令和2年度(第9回)県立図書館・公文書館合同展示「流行性感冒の歴史―前近代の流行り風邪―」序~3
令和2年度(第9回)県立図書館・公文書館合同展示「流行性感冒の歴史―前近代の流行り風邪―」序~3
第9回 県立図書館・公文書館合同展示
(公文書館担当パート)
流行性感冒の歴史
―前近代の流行り風邪―
序
1 風邪は万病のもと―古代中国由来の疾病観―
2 前近代の流行り風邪
3 風邪と風病
4 海外から吹き込む風邪
5 風邪のひきはじめ
6 寛元二年の流行り風邪 ―鬱陀鬼、内竹房、三日病―
7 四角四堺祭と都市鎌倉の四至
8 中世の流行り風邪?三日病(みっかやみ)
9 流行り風邪と改元
10 流行り風邪のあだ名
11 せく、たぐる、こづく・・・あなたの咳はどのタイプ?
12 咳除け信仰のおしゃもじさま
史料1 『日本三代実録』貞観5年(863)正月21・27日条
『新訂増補国史大系』第4巻 吉川弘文館 1966年
【県立公文書館所蔵 3199406150/G27-0-0025】
【県立図書館所蔵 10339117/210.08 44】
これは今からおよそ1150年ほど前、平安時代の感染症流行に関する記録史料です。ここにみえる「咳病(がいびょう)」・「咳逆(がいぎゃく)」はその名の通り咳(せき)を主な症状とするところから、一般に現在の風邪に当たる病気とされます。しかし全国規模での感染状況から、この時蔓延していたのは単なる風邪ではなく流行性感冒、いわゆるインフルエンザであり、「世界最古の確証のあるインフルエンザ流行の記録」(菫科2010)ともされています。
いにしえより我々日本人は様々な感染症に悩まされつつ、それらを生き抜き、記録を残してきました。新型コロナウイルスの脅威の真っ只中にいる現在にあって、先人の残した記録を顧みることは、意義あることではないでしょうか。このパートではそうした感染症の中から、近代以前における流行性感冒、流行り風邪に関する史料をご紹介します。
一日も早いコロナ禍の終息を願いつつ。
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1 風邪は万病のもと―古代中国由来の疾病観―
「風邪は万病のもと」というのは病気に関する有名なフレーズですが、これは古代中国の医・科学書である『黄帝内経』の「風者百病之長也」がその基になっています。古代中国では悪い風が入ると人の体を損ない、さまざまな病気を引き起こすと考え、それを風邪(ふうじゃ)と呼びました。現在でも破傷風や痛風・風疹のように、病気の名前にしばしば風の字が見られるのは、こうした病気に対する観念の名残です。
そして、のちに風邪が病気としての「かぜ」を意味するようになると、「風邪(かぜ)は万病のもと」と言われるようになりました。
史料2 『黄帝内経素問』風論篇 第四十二
【京都大学附属図書館所蔵 RB00002406/ソ/31】より転載、加筆
→京都大学貴重資料デジタルアーカイブ、富士川文庫 『黄帝内経素問』(リンク)
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2 前近代の流行り風邪
現在われわれが「風邪」と呼んでいる病気(急性上気道炎、普通感冒、風邪症候群)について、古くは咳病(がいびょう)や咳嗽(がいそう)、咳逆(がいぎゃく)といった呼ばれ方がされていました。また、しわぶきやみという和風な呼び方も見えています(しわぶきは咳の事)。
ただ、これらは咳という症状に特化した呼び方であるため、現在では別の病気とされているものを含んでいる可能性もあります。
時代が下ると感冒や傷風、さらには現在のような風邪(風と表記する場合も多い)といった表現も見えるようになります。
史料3 『日本三代実録』貞観5年(863)3月4日条
『新訂増補国史大系』第4巻 吉川弘文館 1966年
【県立公文書館所蔵 3199406150/G27-0-0025】
【県立図書館所蔵 10339117/210.08 44】
史料4 『玉葉』嘉応2年(1170)3月5日条
『玉葉』第一 名著刊行会 1979年
【県立公文書館所蔵 3199800216/G27-0-0106】
【県立図書館所蔵 10374981/210.4 31】
史料5 『源氏物語』夕顔
『日本古典文学全集』12 小学館 1970年
【県立公文書館所蔵 3199509247/G90-0-0002】
【県立図書館所蔵 20660015/918CC 102 20】
史料6 『時還読我書』坤
【国立国会図書館所蔵 000007295140/特1-2161】より転載、加筆
→国立国会図書館デジタルコレクション『時還読我書』坤(リンク)
史料7 『武江年表』文化8年(1811)条
『東洋文庫118 武江年表2』 平凡社 1968年
【県立図書館所蔵 10424026/213.6 68 2】
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3 風邪と風病
前近代の史料には「風病」や「風気」といった、風邪を思わせる病気の記述がしばしば見られます。中には咳や熱といった症状を伴っていることから風邪であると考えられるものもあるのですが、『病草紙』の「風病の男」の記述などから、風病はいわゆる風邪のほかに、脳神経疾患やその後遺症なども広汎に含むものであったと考えられています。
史料8 『病草紙』より「風病の男」
『日本絵巻大成』7 中央公論社 1988年
【県立図書館所蔵 20372140/721.2 107 7】
参考『病草子』より「風病の男」
【京都大学図書館所蔵 173792/8-44/ヤ/1貴別】より転載
→京都大学貴重資料デジタルアーカイブ 一般貴重書(和)『病草子』(リンク)
史料9 『玉葉』治承2年(1178)12月26日条
『玉葉』第一 名著刊行会 1979年
【県立公文書館所蔵 3199800216/G27-0-0106】
【県立図書館所蔵 10374981/210.4 31】
史料10 『玉葉』寿永元年(1182)8月1日条
『玉葉』第一 名著刊行会 1979年
【県立公文書館所蔵 3199800216/G27-0-0106】
【県立図書館所蔵 10374981/210.4 31】
史料9で日記の記主である九条兼実は、風病を咳病、いわゆる風邪とは別のものとして扱っているので、この風病は脳神経疾患を指すと考えられます。しかし史料10では、熱が出たが汗をかいたら下がったとしており、こちらの風病はいわゆる風邪を指すように読めます。
このように風病については前後の内容などから判断する必要がありますが、単に風病と書かれているなど、それが困難な場合も少なくありません。
序~3 おわり
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