公文書館だより 38号
特別展示「神奈川の海外引揚ー『在外私有財産実態調査票』をめぐってー」
(平成29年10月1日から平成30年3月31日開催)の紹介
平成29(2017)年10月に当館で公開を開始した資料「在外私有財産実態調査票」については、『公文書館だより』第37号でご紹介しました。
今号では同資料の公開を記念して開催された特別展示「神奈川の海外引揚」について展示資料を交えてその内容をご紹介します。当展示は4つの切り口(コーナー)から構成されています。
1番目のコーナーは、「在外私有財産実態調査票」とは何かについて扱います。昭和20(1945)年8月以降、かつての大日本帝国を構成していた海外領土や勢力圏からの退去と日本本土への引揚を余儀なくされた一般邦人は、在地で築いた財産の大半を失いました。引揚者団体全国連合会による在外私有財産実態調査は昭和39(1964)年という戦後19年を経過した時点で実施されていますが、それに至る「在外財産問題」の経緯を解説パネルで概観します。
「在外私有財産実態調査票」【古文書・私文書2201703001から2201703045】
加えて、当調査に先立つ8年前の昭和31(1956)年に厚生省によって実施された、神奈川県在住者分の「引揚者在外事実調査票(控)」も展示しています。
「引揚者在外事実調査票(控)」【歴史的公文書30-5-7-101から118】
ところで、調査の実施は引揚者にどのように告知されたのでしょうか。その実態の一端を示す資料として調査を告知するポスターがあります。
〔在外私有財産実態調査を告知するポスター〕【個人蔵】
さらに、生活の基盤を失った引揚者への対処として行われた給付金や特別給付金の支給は、切り取り式の「賦札」によって行われましたが、それを示す債券の残骸も展示資料の一つです。
「引揚者特別交付金国庫債券弐万円」【個人蔵】
なお、当館が所蔵する461,456枚の調査票の内、神奈川県在住者回答分3,193枚については回答結果(主要な一部)の集計が行われ報告書としてまとめられています。この報告書の内容は平成30年度内に刊行予定の当館『紀要』誌上に掲載される予定です。
2番目のコーナーは、この調査票に回答された方々が経験した「引揚」は、どのように行われたのか。その経緯を解説パネルで振り返るとともに、300万人以上(復員した兵士を含めると約660万人)の引揚者を受け入れた国、県はどのような対応をしたのか、引揚援護業務の一端をご紹介しています。
戦地から復員する兵士や外地から引き揚げる一般邦人は船舶によって帰還するため、これを受け入れるための引揚港が指定され、各港ごとに引揚援護局が開設されます。神奈川県内に開設された浦賀引揚援護局は主に南方諸地域から約56万人の復員・引揚者を受け入れます。その引揚援護の活動内容は、閉局後に『浦賀引揚援護局史』としてまとめられます。今は茶色く変色した下級紙にガリ版刷りで印刷された稀少な記録です。
『浦賀引揚援護局史』より【行政刊行物・図書K369-0-0218】
昭和21(1946)年2月、戦後初の巡幸地の一つとして昭和天皇が浦賀引揚援護局を慰問します。その姿を撮影した写真(アメリカ国立公文書館所蔵写真の複製)や、神奈川県が作成した「天皇陛下 横浜・川崎・浦賀地区 行幸警衛警備計画」の文書も残されています。
【当館資料「アメリカ国立公文書館所蔵写真」より】
『昭和21年3月参事会議原稿』より【歴史的公文書館 県会-1946-2】
その他、援護策の中でも重要課題であった住宅の提供に関する資料や、戦後の食糧確保や復員・引揚者の雇用、帰農のために実施された「緊急開拓事業」に関する資料を取り上げています。
3番目のコーナーは、そもそも「引揚」をもたらした前提として、日本人の海外への大量渡航が、特に満豪開拓を中心にして、どのように行われたのかを扱います。
疲弊した農村問題の解決を目指して当時の農林省が進めた経済更生運動の中で、適正規模論に基づく「分村移民」という大量移民が満州の地へ向けて国策として進められます。
戦前、神奈川県内から送り出された満豪開拓団は6団体とされています。中でも、ソ連国境近くに入植した津久井郡の青根村と青野原村の開拓団は、終戦直前のソ連侵攻によって悲惨な逃避行を余儀なくされます。戦後35年を経て地元の高校生らによって、当時の開拓団員の聞き取り調査が行われ、貴重な記録として残されます。
『青野原「満洲」開拓団』【行政刊行物・図書K26-9.52-0002】
満豪開拓に参加する男子に開拓民として必要な訓練を施す施設として神奈川県内にも「神奈川県拓務訓練所」が昭和15(1940)年に開設されます。その施設の外観を示す青写真を始め、当館に寄託された民間所在資料の中にも、入所者が携帯したハンドブック『大和魂』や入所者名簿など、その実態の一端を知ることができる資料があります。
『昭和16年営繕課第4号』より【歴史的公文書県各課11-3-101】
相模国愛甲郡林村(厚木市)成瀬家文書より【古文書・私文書2199440257】
相模国愛甲郡林村(厚木市)成瀬家文書より【古文書・私文書2199440258】
当時、満豪開拓者の配偶者となる女性たちは「大陸の花嫁」としてもてはやされます。その組織的な養成機関として開設された「女子農民道場」や、女子拓殖講習を展開する神奈川県の公文書も紹介しています。
戦前、内閣情報局が発行していた広報雑誌『写真週報』は当時進められていた国策等の数々を豊富な写真で紹介しており、国民教化の実際を知ることができます。
『写真週報』73号より【行政刊行物・図書G74-0-0014】
4番目として、過酷な運命に翻弄された引揚者たちの肉声を綴った「体験談」の数々をご紹介するとともに、体験談と、それを綴った同じ引揚者が記入した調査票とを対比することで、私的な体験談と、公的な記録の、各々の資料としての特徴を実感していただくコーナーを設けています。
これらの資料展示と解説等によって、「在外私有財産実態調査票」という資料の背景の一端に触れて、資料への興味と理解を深めていただければ幸いです。(資料課 木本洋祐)
神奈川県立公文書館における展示の目的とその意義について
公文書館とは何か。
当館の普及啓発活動において、最も主張しなければならないのはこれに尽きます。
アーカイブズという言葉が社会に広まり始め10年以上経ちますが、いまだにアーカイブズとは何かを日本の社会は理解するには至っていません。字義的には、1.現用価値を失った後も歴史的・文化的価値のある記録資料、2.記録資料を保存・利用する施設、3.記録資料を収集・整理・保存・公開する機能、主にこの3点がアーカイブズとされています。
当館はこれに完全に合致しており、神奈川県が作成した文書を収集し、歴史的価値のある文書を選別・保存し、利用者に公開することを業務の第一としています。また、神奈川県域における江戸時代から明治初期の村の行政文書や往時の人々の生活や組織のあり様がわかる文書といった古文書・私文書も同じく収集・整理・公開しています。これらは、当館が公文書館として存在し得るために欠かせない業務となります。
さて、そんな当館ですが、ほとんどの方は図書館あるいは博物館のような施設と認識されているのではないでしょうか。
当館に入ると、右手に閲覧室、左手に展示室があります。閲覧室には神奈川県をはじめ、国や県内市町村の発行した行政刊行物、当該収蔵資料に関係する参考図書などを配架していますが、それが図書館のように映るのだと思います、そして、展示室では展示ケース内に古文書をはじめとした資料を展示しているため、博物館とも映るでしょう。しかし、図書館・博物館と公文書館は、その前提が全く異なります。
図書館・博物館は、その設置根拠となる図書館法・博物館法において、社会教育法に基づき国民の教育・学術・文化の発展に寄与することを目的としています。対して、公文書館の設置根拠となる公文書館法では、公文書等の歴史資料を保存・利用することを目的としています。つまり、図書館・博物館は社会教育施設であるが、公文書館は情報もしくは資料の提供施設であり、その目的が根本的に大きく異なるということです。まずは、こうした違いを理解していただくことが必要でしょう。
この点を踏まえ、当館において展示を行う目的、またその意義について考えていきたいと思います。
当館展示の第一の目的は、「公文書館のことを知ってもらう」です。そのために行っているのが常設展示「公文書館の仕事紹介」になります。常設展示では、公文書館が出来るまでの経緯や、公文書館で行っている資料の収集や修復といった業務についての紹介を行っています。普段、なかなか目にすることのできない公文書館業務を知ってもらうことで、公文書館がどんな施設であるかを理解していただけるのではないかと思います。
もう一つの目的が、「公文書館の資料を知ってもらう」です。当館が収蔵する資料は開館以来増え続け、約80万件になろうとしています。これらの資料はデータベースに登録され、簡単に検索できるようになっています。しかし、そもそも公文書館にはどんな資料があるのか、ということを知らなければ、検索のしようもないでしょう。そこで展示室において収蔵資料紹介展示や企画展示を開くことにより、公文書館にはどんな資料があるのかを紹介しています。
特に企画展示では毎回特定のテーマを設定し、そのテーマに関するどんな資料があるかを集中的に紹介しています。平成29年度は「かながわと漁業-東京湾漁業組合ができるまで-」と題し、江戸時代から明治初めの東京湾の漁業に関する資料を展示しました。
東京湾漁業関係資料は、当館では「武蔵国橘樹郡神奈川宿本陣石井家文書」「武蔵国久良岐郡森公田村浜田家文書」「武蔵国久良岐郡野島浦鈴木家文書」に多く含まれています。石井家文書・鈴木家文書は研究利用されてきましたが、漁業に関する資料の利用はほとんどありません。また、浜田家文書に至っては、資料群の利用自体が稀です。こうしたあまり利用されていない資料にスポットを当てることで、より多くの資料の利用が促進されることを企図しています。
このように、当館における展示は、当館自体と当館が収蔵する資料の紹介を目的としています。展示で当館のことを知ってもらい、より多くの人に利用していただけるよう願っております。(資料課 上田 良知)
公文書館の利用案内
当館では、県が作成した歴史的に重要な文書や、神奈川に関わりのある古文書、図書などを収集、保存しています。
平成30年度の事業計画は、次のとおりです。
講座のご案内
- 生涯学習講座 (定員100人)
- 明治150年記念企画 「神奈川の地名 町村の変遷に見る明治維新」
5月20日土曜日
県民に関心の高いテーマを当館の収蔵資料等を利用して解説する講座を開催します。 - 古文書講座入門編 夏 (定員100人)
6月10日から7月8日の各日曜日 (全5回) - 古文書講座入門編 秋 (定員100人)
8月19日から9月16日の各日曜日 (全5回) - 古文書講座応用編 (定員100人)
10月7日から11月4日の各日曜日 (全5回)
古文書関係の講座は、「入門編」と「応用編」を開催します。初めて古文書を読む方から、ある程度の読解力のある方まで、それぞれの方を対象に開催します。 - 夏休み親子講座
7月22日日曜日
歴史の勉強を親子でできるように、当館の資料を使って楽しい講座を開催します。 - アーカイブズ講座 (定員100人)
11月11日日曜日
県民共有の知的資源である歴史資料の収集、保存等について理解を深めていただくためにアーカイブズ講座を開催します。
展示のご案内
- 明治150年記念企画展示 「明治維新と神奈川県」
4月17日火曜日から9月16日日曜日 - 公文書館開館25周年記念展示 「公文書を考える」(仮称)
10月2日火曜日から3月31日日曜日まで
企画展示は、毎回テーマを定め、これにかかわりのある事柄を当館収蔵資料を活用して紹介します。 - 常設展示 「公文書館の仕事紹介」
当館1階ホールにおいて当館の業務を分かりやすく紹介しています。
施設の公開
- 公文書館見学会
11月11日土曜日
当館の裏側を公開します!書庫や選別室、修復室などいつも見られない部分をご案内します。
館利用のご案内
利用時間 |
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休館日 | 月曜日、国民の祝日及び祝日が月曜日の場合は翌火曜日、年末年始12月28日から1月4日 4月1日から15日は、資料整理のため閲覧室は休室します。 |
利用方法 |
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