神奈川県 神奈川県史 資料編12 近代・現代(2)政治・行政2 相澤氏は明治十八年から昭和三十七年までの七十八年間日記を書きつづけられた 近代資料としてすぐれた歴史的価値をもっている 写真は昭和二十年八月十五日の部分である(本文六三一ページ参照) 相澤菊太郎日記 相模原市元橋本 相澤栄久氏蔵 敗戦直後に米軍に接収された横須賀軍港の一部である 手前に特殊潜航艇が放置されたままになっている この写真は米兵によって撮影されたものである 敗戦直後の横須賀軍港 横浜市神奈川区 斎藤秀夫氏蔵 横須賀市のやみ市 横浜市神奈川区 斎藤秀夫氏蔵 敗戦により県民は生活物資の不足という大津波にのまれ このため各地にやみ市が横行した これは敗戦直後に横須賀市に出現したやみ市の様子である 米軍政部の指令には 教職員がすべて指令文書に押印することになっていた これは湘南中学校(現湘南高校)の一例である(資料一五七 本文四三〇ページ参照) 米軍政部の教育に関する指令文 県立湘南高等学校蔵 左は 神奈軍川政部より川崎市に宛てられた「市政月報」提出指令書であり 右は 川崎市がそれに基づいて作製した報告書の一例である 川崎市市政月報提出に関する指令書 川崎市市政月報 川崎市役所蔵 神奈川新聞社が昭和三十年五月現在で調査した町村合併の状況(資料二三二 本文五八一ページ参照) 神奈川県の町村合併の様子 神奈川新聞社蔵 横須賀市水爆被害実情報告大会 東京都江東区 広田重道氏蔵 ビキニ環礁水爆実験は 県内漁業関係者に深刻な問題を投げかけた(資料二八一本文九六五ページ等参照) 水爆実験を契機として 県内には原水爆禁止を求める平和運動が育ち始めた この横須賀平和の会は 先駆的役割を担った(資料二八三 本文九八三ページ参照) 横須賀平和の会結成大会ポスター 東京都江東区 広田重道氏蔵 公害反対神奈川県民集会ちらし 川崎医療生活協同組合蔵 地域住民から告発された「公害」は次第に「公害」反対運動という大きな潮流となっていった 上中下共に県庁舎 上 横浜市金沢区 小柴俊雄氏蔵 中 横浜市図書館蔵 下 神奈川県庁蔵 上の庁舎は震災で破壊され 中は昭和三年にたてられ現存する 下は昭和四十一年に完成した 序 この資料編12近代・現代⑵政治・行政2は政治・行政1(昭和四十九年発行)を引き継いで、昭和初期から昭和四十年代後半までの期間を対象としています。この時期は戦争、敗戦、占領、戦後民主化、独立、高度成長時代と、目まぐるしい激動の歳月でした。 日本の歴史のなかでも、これだけはげしく揺れ動いた時代は、他に比類をみないのではないでしょうか。それだけに、この時代を生きてきた私たちの記録というものが、大きな意味をもってくると考えます。 本巻では、この間の政治・行政の実態とその動きを基軸とする諸問題が、神奈川の地域と県民を通じて、どのようにあらわれているかを伝える資料に編集の重点を置きました。 この巻の刊行にあたり、貴重な資料の提供や紹介に御協力下さった諸機関や多くの方々および多数の資料の調査・収集と編集にあたられた執筆委員の皆様に対し、心から感謝申し上げます。 昭和五十二年三月 神奈川県知事 長洲一二 凡例 一 神奈川県史資料編、近代・現代編は政治・行政関係資料と産業・経済関係資料とを収録する。本巻は政治・行政編二巻の第二巻として昭和初期から昭和四十年代までの県政の推移に関する資料を収録した。なお、戦後は社会運動関係資料も収録した。 一 資料はテーマ別に分類し、それを原則として年代の順に従って収録したが、資料の前後関係によって配列し直す等の処置を講じた場合もある。 一 各資料の標題は、編者がつけた。しかし原資料の標題が内容に照応するものはそのまま採用した。 一 各資料にはすべて一連番号をつけ、さらに小番号を付して一括したものもある。 一 収録した資料は、いずれも原資料の形態を残すように努めたが、編集の都合上と資料を理解しやすくするため、原資料の意味を損じない限り、次のように扱った。 ㈠ 字体は、当用漢字表にある漢字については原則として当用漢字体表を用い、この表にない漢字は原資料に従った。 ㈡ 明らかな誤字は訂正したが、あて字、俗字等は原資料に従った。 ㈢ 戦後資料のおくりがなについては、原資料に従った。 ㈣ 各資料の欄外に書きこまれた所見の類は、編者において、〔欄外注記〕として表記した。 ㈤ 脱字は該当部分に〔 脱〕の傍注を付した。 ㈥ 虫くい、破損等は、□□・□でその状態を示した。 ㈦ 抹消部分は原則として省いたが、必要な場合は資料の末尾に編者注として表記した。 ㈧ 敬字の欠字は一字あけとし、改行の場合は原資料に従った。 ㈨ 署名簿等で人数が多い場合は、二段組みにしてすべてを収録した。 (一〇) 編者のつけた注にはすべて〔 〕を用いた。 (一一) 別記・別紙資料で原資料に記載のないものは編者が〔別記〕〔別紙〕として区分した。 一 収録した資料はその末尾に出典および所蔵者名を付記し、解説の末尾に所蔵者一覧表を掲げた。 一 本巻の編集は、大久保利謙・金原左門が担当した。 目次 表紙題字 前知事 津田文吾 序 凡例 第一編 昭和準戦時戦時 第一章 国民更生経済更生運動 第一節 県更生計画 資料番号 ページ 一 神奈川県国民更生運動実施計画要綱 1 二 農山漁村経済更生計画樹立に関する件通牒 6 三 時局匡救国民更生に関する県知事横山助成の訓示要旨 8 四 昭和八年度町村長会における県知事横山助成の訓示要旨 10 五 神奈川県農山漁村経済更生計画協議会指示事項 13 六 昭和九年度町村長会における県知事横山助成の訓示要旨 17 七 昭和十年度町村長会における県知事石田馨の訓示要旨 19 八 昭和十一年度町村長会における県知事半井清の訓示要旨 21 九 神奈川県農山漁村経済更生特別助成要旨 22 一〇 神奈川県農山漁村経済更生計画再検討の方針 27 第二節 自力更生対策 一一 昭和七年度神奈川県副業奨励計画概要 29 一二 失業対策事業に関する国庫補助の件通牒 34 一三 神奈川県納税奨励規程 39 一四 養蚕実行組合設置奨励に関する件通知 41 一五 足柄下郡町村長会の時局匡救に関する調査報告 41 一六 神奈川県農村匡救耕地拡張改良事業補助規則 43 一七 小田原土木出張所農村振興土木事業等に関する事務打 合会議案 46 一八 時局に対する国民の信念培養の指導要項実施事項 52 一九 神奈川県精神作興週間に関する件要項 53 二〇 神奈川県下自力更生町村の事例㈠ 54 二一 神奈川県下自力更生町村の事例㈡ 61 二二 昭和十年度精神作興週間ならびに運動に関する件要項 64 二三 建国祭行事徹底に関する件通知 67 第三節 経済更生実施事情 二四 足柄下郡吉浜村経済更生計画書 68 二五 中郡大磯町大磯漁業組合経済更生計画書 101 二六 中郡成瀬村経済更生計画実行費調 113 二七 神奈川県下農山漁村経済更生計画実施概況(一―四) 151 二八 中郡成瀬村経済更生進行状況 158 第二章 戦争体制の組織 第一節 国民精神総動員 二九 国民精神総動員第二回強調週間実施要綱および実情 (一―二) 163 三〇 国民精神総動員第二回強調週間実践要綱 165 三一 神奈川県民の国民精神総動員運動に対する態度 165 三二 昭和十三年度市町村長会議における県知事半井清の 訓示指示注意(一―二) 167 三三 藤沢町戦勝行事の件届 183 三四 自治振興運動実施要項ならびに運動指定町村の状況 (一―二) 184 第二節 総動員 三五 日中戦争勃発一周年記念献納運動実施要綱 185 三六 一戸一品献納代金蒐集の件報告 187 三七 昭和十三年八月経済戦強調週間実施要綱 189 三八 昭和十三年十二月経済戦強調週間実施要綱 192 三九 戦時下配給統制に関する件通牒 194 四〇 重要物資の廃品回収に関する件通牒 196 四一 中郡農会の農業労働力補給調整に関する会議事項 197 四二 中郡秦野町第九回経済警察協議会開催の件通知 199 四三 中郡秦野経済報国会会則草案 199 第三節 大政翼賛の進行過程 四四 大政翼賛会神奈川県郡市町村支部結成式に関する件通牒 202 四五 大政翼賛会支部規定 202 四六 大政翼賛会神奈川県支部第一回協力会議における支部 長松村光磨の挨拶 204 四七 大政翼賛会神奈川県支部第一回協力会議における運動 経過報告 206 四八 大政翼賛会神奈川県支部第一回協力会議の指示事項 208 四九 興亜奉行日新方策実施要綱 213 五〇 神奈川県農山漁村経済更生整備計画樹立要綱 214 五一 輸送力強化協力に関する件要請 220 五二 神奈川県郷土芸術振興資料調査に関する件依頼 221 五三 木灰供出強化運動に関する実施要綱 222 五四 戦時下仙石原村年末年始対策要綱 224 五五 足柄上郡仙石原村常会要綱(一―四) 225 五六 大政翼賛会推進の報道網確立に関する件通牒 232 五七 翼賛壮年団員の立候補等取扱方針決定に関する件通牒 232 五八 昭和十七年四月八日大詔奉戴日実施方策 234 五九 天長節国民奉祝実施要綱 236 六〇 大政翼賛会構成員と選挙に関する件通牒 237 六一 大政翼賛会神奈川県支部役員協力会議員更新方針 239 六二 昭和十七年度神奈川県町村長会の宣言決議 241 六三 昭和十六年度大政翼賛会神奈川県支部事業報告 242 六四 大政翼賛会神奈川県支部常会徹底事項説明資料 247 六五 大日本体育会神奈川県支部設置に関する注意事項 250 六六 農家増加収益の貯蓄化運動実施要綱 251 六七 戦時下衣生活簡素化実施に関する件通牒 252 六八 第二期町村決戦体制確立実行方策要綱 254 六九 非常回収物件の回収対象および範囲に関する件通知 258 七〇 神奈川県一億敢闘総決起大会開催要項 259 七一 翼賛壮年団の活動に関する件通牒 259 七二 大政翼賛会神奈川県支部決戦生活実践促進要綱 260 七三 足柄上郡仙石原村常会徹底事項 270 七四 町内会部落会等の機構整備指導に関する件通牒 271 七五 常会指導員選定に関する件通牒 272 七六 アメリカなど交戦国の文書図画等届出制周知徹底の件 通知 273 七七 空襲時における情報放送の周知に関する件通知 274 七八 撃墜敵機搭乗員に対する地方官民の措置に関する件 通知 275 第二編 昭和戦後(一) 第一章 政治改革 第一節 敗戦と県民地域 七九 横須賀終戦連絡委員会業務報告(一―二) 277 八〇 アメリカ合衆国進駐軍軍人宿舎勤務誓約書 282 八一 敗戦後の旧日本国軍隊の国家再建参加 283 八二 時局転換下の軍事援護に関する件通達 283 八三 神奈川県下全市民代表の食糧供出懇請電報文案 284 八四 横須賀市の食糧危機に関する陳情書(一―二) 285 八五 敗戦後の町村常会等指導方針要旨 286 八六 神奈川県足柄下郡常会(一―六) 288 八七 横須賀市戦災学徒数調査ノ件通達 297 八八 横須賀市汐入国民学校欠食および虚弱学童数調 298 八九 連合国の指令占領目的に対する有害行為処罰の件通知 298 九〇 ポツダム宣言遵守に関する経済界取締強化の件通達 299 九一 神奈川県出身満州開拓移民等救済の件通達 300 九二 神奈川県遺族会結成の趣旨 301 九三 平塚市の危機打開と「甲地」への引上げに関する陳情書 301 九四 敗戦後横須賀市の財政事情 303 九五 伊勢原警察署管内の盗難事故防止要請 305 第二節 占領と県政 九六 終戦連絡横浜事務局等設置の経緯と業務組織 306 九七 極東委員に対する神奈川県管内事情説明 311 九八 第八軍を中心とする軍政機構 316 九九 連合国軍隊横須賀進駐にともなう注意の件布告(一―二) 317 一〇〇神奈川県下の治安状況等に関する証言 318 一〇一連合国軍隊進駐地域の住民の心得事項 321 一〇二連合軍憲兵と日本国警察との事務打合会報告 322 一〇三物品買受等取締に関する件通牒 324 一〇四神奈川県下連合軍兵士関係の事故防止対策 325 一〇五連合国軍隊兵士による危害等防止心得事項 327 一〇六進駐軍兵士の不法不当行為等防止の件指示 329 一〇七連合国軍隊に対する食糧品供給に関する件通達 331 一〇八市町村長懇談会における県知事藤原孝夫の訓示要綱 332 一〇九昭和二十二年県知事内山岩太郎の年頭の辞 338 一一〇旧日本軍隊の軍需品の無断持出等注意の件通達 340 一一一旧戦力増強関連企業の転用および金属回収に関する善 後措置の件通牒 341 一一二戦時補償打切の件通達 343 一一三昭和二十一年度開拓増産隊要綱概要 345 一一四神奈川県下の食糧情報第四報 346 一一五神奈川県市町村長懇談会の食糧対策決議 353 一一六食糧危機突破対策の件通達 354 一一七昭和二十二年度米穀甘藷の買入対策要綱 354 一一八神奈川県食糧緊急対策 358 一一九神奈川県食糧調整委員会協議会決議文 362 一二〇経済危機緊急対策実施にともなう経済道義昂揚に関す る件 363 一二一経済緊急対策抄 365 一二二物価引下運動実施に関する件通達 366 一二三統制物資不正売買取締徹底の件通達 367 一二四物価安定署名運動展開に関する要請の件 368 一二五物価監視委員任期延長の件通達 369 一二六連合国総司令部の横浜市等地方財政状況視察 370 一二七座間相模原町地域の進駐軍の不法事件処理経過(一―二)370 一二八講和後横浜市の接収地処理に関する要望書 372 第三節 復興民主化政策 一二九神奈川県戦災都市復興都市計画事業概要 376 一三〇横須賀市更生対策要項 379 一三一川崎市民需対策委員会規程 382 一三二武器引渡命令に対する緊急措置の件通牒 383 一三三神社への寄進行為等禁止および注意の件通牒(一―二) 385 一三四旧大政翼賛団体等解散団体の資産接収の件通牒 386 一三五戦後国民貯蓄増強方策に関する件説明 387 一三六金融緊急措置等実施にともなう国民貯蓄増強の件指針 397 一三七救国貯蓄運動要綱 402 一三八中等学校長常会通達事項 403 一三九校長会議事項 404 一四〇教職員の教育研究協議会新設に関する件通知 405 一四一復員軍人の教育職復帰又は採用等に関する件通知 407 一四二教職員適格審査に関する件通知 408 一四三昭和二十一年度母親学級開設要項 409 一四四昭和二十二年度母親学級開設要項 410 一四五公民啓発運動に関する青年常会開催の件通牒 412 一四六総選挙に関する公民啓発運動実施の件通牒 415 一四七公民館設置運営の件通知 415 一四八社会教育関係事項情況調査に関する件通知 416 一四九連合軍の教育関係等指令の徹底に関する件通知(一―二) 416 一五〇国民学校後期用図書中の削除修正箇所徹底の件通牒 418 一五一教科用図書使用に関する注意の件通牒 419 一五二国民学校青年学校中等学校師範学校青年師範学校用旧 教科書の使用禁止の件通知 419 一五三師範学校中等学校教科書中発行供給中止図書取扱の件要項420 一五四修身国史地理教科用図書の回収に関する件通知 422 一五五国史の授業再開に関する注意の件通知 424 一五六国史授業指導要項 425 一五七行進徒手体操等実施に関する注意の件通知 430 一五八演劇脚本および紙芝居の検閲に関する件通知 433 一五九御真影奉還に関する件通牒 432 一六〇国家神道神社神道に対する政府の保証支援保全監督お よび弘布禁止に関する件通牒 433 一六一勅語および詔書の取扱措置に関する件通知 434 一六二学校における宮城遥拝等禁止の件通牒 435 一六三学校生徒の神社関係行事等への参加禁止徹底の件通知 435 一六四忠霊塔忠魂碑等撤去の徹底に関する件通知 436 一六五国旗掲揚の制限に関する件通知(一―二) 437 一六六国旗掲揚の制限措置解除の件通知 437 一六七戦後民主教育の理念と実践要項 438 一六八中郡成瀬村小学校時報創刊号 454 一六九農地改革に関する歎願書 457 一七〇農地改革数え唄 458 一七一足柄下郡湯本町町民の政治関心調査結果 459 一七二憲法精神普及徹底の指導者講習会の件通知 469 一七三憲法普及に関する実施事項および計画案 470 一七四憲法施行記念週間 472 一七五憲法施行記念週間行事および憲法に関する論文の募集 の件通知 474 一七六憲法普及会編「新しい憲法明るい生活」配布の件通知 475 一七七憲法討論会要領 476 一七八憲法の普及徹底の件通知 479 一七九憲法実施記念郡市対抗駅伝競争第一回打合会事項ならび に第二回全日本毎日マラソン大会要項に関する件通知 480 一八〇憲法施行記念植林の件通知 482 一八一憲法普及会神奈川県支部主催憲法精神普及徹底指導 者講習会の件通知 482 一八二憲法普及夏季大学講座の件通知 483 一八三各種団体の集会運動等届出に関する徹底の件通知 485 一八四集会示威運動の届出の件通知 485 一八五軍国主義的政治団体結社等禁止に関する件通牒 486 一八六軍国主義的政治団体結社等の禁止に関する調査の件 通知 488 一八七足柄上郡仙石原村の軍国主義的政治団体結社等解散状 況報告 489 一八八政治団体の結成変更届等の励行に関する指導の件通牒 491 一八九川崎市集会集団行進および集団示威運動に関する 条例の設定理由と条例(一―二) 492 第二章 地方行政改革 第一節 県行政 一九〇 地方制度改正にともなう公民啓発運動に関する件通知 495 一九一 公務員の集団欠勤に関する警告書 496 一九二 自治体警察署警察官募集の件通知 497 一九三 神奈川県自治体警察署設置町村および町村長名 498 一九四 神奈川県自治体警察町村連絡協議会規約 499 一九五 自治体警察町村連絡協議会(仮称)発足打合会の件通知 500 一九六 自治体警察事務再配分に関する意見書提出依頼の件および中郡伊勢原町の所見 500 一九七 高座郡座間町警察職員の宣誓教育訓練礼式および服装に関する規則 503 一九八 高座郡座間町自治体警察廃止の件報告 503 一九九 中郡伊勢原町自治体警察廃止の件決定 504 二〇〇 政府自治体の広報活動に関する原則 504二〇一 神奈川県下の地方自治に対する世論調査等結果調 507 第二節 市町村行政 二〇二 民主自治発展協議懇談会要綱 517 二〇三 町村庶務主任会議開催の件通知 518 二〇四 民主自治発展協議懇談会開催の件通知 518 二〇五 特別市制に関する件報告 518二〇六 町内会設置規程等廃止の件告示 520 二〇七 町内会部落会等の運営に関する件通牒 520 二〇八 部落会町内会規約準則案協定の件通知 523 二〇九 足柄下郡湯本町部落会町内会規約準則 523 二一〇 町内会部落会等の神道に関する諸行為禁止徹底の件通牒 507 二一一 戦災復興等常会での徹底事項指示 528 二一二 町内会部落会等長の選挙に関する件指示 529 二一三 町内会部落会の廃止ならびに措置の徹底に関する件通牒 529 二一四 町内会部落会等長の公的活動の禁止に関する件通牒 531 二一五 町内会部落会等の解散およびその他の行為制限に関する件通知 532 二一六 隣組制度廃止にともなう主要食糧の戸別配給の件通知 535 二一七地方税制度財政制度改正事項 536 二一八県民税の創設および町村民税の拡充の件通知 537 二一九神奈川県町村長会の農山漁村行財政刷新拡充の件決議 538 二二〇神奈川県町村会会則 539 二二一昭和二十一年度神奈川県町村長会会務報告 543 二二二昭和二十二年度神奈川県町村会会務報告 545 二二三神奈川県町村会の宣言決議(一―三) 548 二二四昭和二十二年度町村予算編成の件通牒 551 二二五昭和二十六年度予算編成方針の件通知 552 二二六県知事内山岩太郎の特別市制案に対する意見 555 二二七特別市制反対意見書(一―二) 560 二二八地方制度改正にともなう神奈川県訓令第四十九号 565 二二九第二十二回神奈川県町村合併促進審議会議録 566 二三〇神奈川県町村合併計画案 573 二三一神奈川県町村合併一覧表 579 二三二神奈川県町村合併促進審議会の町村合併の結果報告 581 二三三中郡成瀬村の町村合併の動き(一―八) 582 二三四県知事内山岩太郎の伊勢原町新町建設計画案に対する意見619 二三五中郡伊勢原町建設計画 620 二三六中郡伊勢原町等関係町村現況表 626 相澤菊太郎日記 昭和二十年~昭和二十四年 631 第三編 昭和戦後(二) 第一章 労働社会状態 第一節 農村労働問題 二三七 神奈川県民主団体協議会活動状況 643 二三八 物価値上反対神奈川県民大会等関係資料(一―三) 648 二三九 神奈川県取引高税反対同盟等決議(一―三) 651 二四〇神奈川県労調査部の津久井郡串川村実態調査報告 655 二四一産別会議等の昭和電工川崎工場爆発事件調査報告 657 二四二神奈川県下組織労働者の消費生活調査報告 659 二四三中小企業労働者余暇利用調査報告 676 第二節 基地問題 二四四全駐労神奈川地区本部関係労働協議会議事録(一―二) 678 二四五全駐労神奈川地区本部の労働者失業反対要求 695 第三節 公害問題対策 二四八神奈川県事業場公害防止条例同施行規則 744 二四九神奈川県公害の防止に関する条例同施行規則 748 二五〇産業公害による農作物被害調査(一―二) 762 二五一ヨコハマゼンソクの実態 764 二五二川崎市煤煙防止対策協議会調査報告 771 二五三昭和三十二年度横浜川崎市の公害に関する請願陳情 778 二五四朝日製鉄株式会社の公害問題(一―五) 780 二四六厚木航空基地騒音問題等関係資料(一―六) 700 二四七神奈川県基地関係県市町連絡協議会の提供施設返還要望書734 二五五日の出製鋼公害問題の陳情および報告書(一―三) 795 二五六昭和三十六年度中小企業公害除去施設資金助成事業場の公害状況 800 二五七昭和三十六年度現在公害陳情問題処理概要 806 二五八昭和三十七年上期神奈川県公害業務概要 807 二五九公害防止条例の沿革公害発生経過 810 二六〇昭和四十年五月現在公害処理状況 816 第二章 社会運動 第一節 労働運動 二六一昭和二十一年一月~二十四年六月月別型態別発生労働 争議調 824 二六二昭和二十一年五月一日現在労働組合名簿 826 二六三昭和二十一年現在神奈川県下労働組合連合体組織実態調 844 二六四昭和二十二年六月現在単位労働組合および労働協約締結 状況 855 二六五昭和二十二年十一月現在単位労働組合の組織状況 858 二六六昭和二十三年四月分労働紛争争議 867 二六七昭和二十四年一月~五月末現在工場閉鎖ならびに人員整理状況 873 二六八昭和二十四年六月現在神奈川県主要単位労働組合調 889 二六九昭和二十四年十一月現在産業別事務所別労働組合の 組織等実態調 895 二七〇産別会議神奈川地方会議の賃金問題等に関する要請書 902 二七一昭和二十二年産別会議神奈川地方会議運動方針 903 二七二産別会議神奈川地方会議の企業整備反対声明書 910 二七三昭和二十三年メーデー世話人会議事録 911 二七四産別会議神奈川地方会議の労働戦線統一声明書 912 二七五神奈川県労働組合会議運動関係記録(一―四) 913 二七六東神奈川電車区国鉄人員整理反対運動経過(一―八) 921 二七七川崎地区労働組合連絡協議会の弾丸道路調査報告(一―二)949 二七八神奈川県下基地労働者解雇反対運動(一―三) 952 二七九昭和三十三年十月現在基地労働者組織状況一覧表 960 第二節 原水爆禁止平和運動 二八〇神奈川県平和評議会規約草案 964 二八一第十三光栄丸船員一同の原水爆実験禁止の訴え 965 二八二横須賀市市民大会の水爆実験反対決議 967 二八三世界平和大集会神奈川県準備会活動記録(一―五) 967 二八四逗子原水爆禁止促進協議会ニュース第一号 987 二八五横須賀平和の会便り第三号 991 二八六神奈川平和祭原水爆禁止運動に関する決議案 998 二八七逗子平和懇談会ニュース第十九号 999 二八八神奈川平和評議会ニュース第五号 1001 二八九足柄原水爆禁止運動ニュース 1004 二九〇逗子平和懇談会第五回定期総会資料 1006 二九一横浜市岸根基地反対連絡会議の訴え 1018 二九二軍事基地反対県民大会 1020 二九三神奈川県原水爆禁止運動センター設立の呼びかけ 1025 二九四原水爆禁止横浜市協議会の結成 1026 二九五原水爆禁止神奈川県協議会規約活動記録(一―七) 1027 二九六横浜市原水爆禁止協議会の運動趣旨 1051 二九七第二回神奈川県婦人大会宣言決議 1051 二九八横須賀在住婦人の生活記録 1053 二九九第一回横浜母親大会記録 1076 三〇〇鎌倉の自然をまもる会の結成 1079 三〇一風致特別保護地区自然擁護の共同見解 1081 三〇二神奈川自然保護連盟の結成 1085 解説 一 政治・行政編2の「戦後」の構成をめぐって 1 二 昭和準戦時戦時 4 三 昭和戦後(一) 10 四 昭和戦後(二) 18 収録資料所蔵者一覧 26 あとがき 口絵 相澤菊太郎日記(相澤栄久氏蔵) 敗戦直後の横須賀軍港(斎藤秀夫氏蔵) 横須賀市のやみ市(斎藤秀夫氏蔵) 米軍政部の教育に関する指令文(県立湘南高等学校蔵) 川崎市政月報提出に関する指令書(川崎市役所蔵) 川崎市政月報(川崎市役所蔵) 神奈川県の町村合併の様子(神奈川新聞社蔵) 横須賀市水爆被害実情報告大会(広田重道氏蔵) 横須賀平和の会結成大会ポスター(広田重道氏蔵) 公害反対神奈川県民集会ちらし(川崎医療生活協同組合蔵) 県庁舎(小柴俊雄氏蔵・横浜市図書館蔵) 付録 横浜港隣接地帯接収現況図(県史編集室蔵) 神奈川県管内提供施設区域現況図(神奈川県渉外部基地対策課蔵) 神奈川県管内在日合衆国軍の使用施設および区域 (神奈川県渉外部基地対策課蔵) 装てい 原弘 (裏表紙・遊び紙のマークは県章) 第一編 昭和準戦時戦時 第一章 国民更生経済更生運動 第一節 県更生計画 一 神奈川県国民更生運動実施計画要綱 七農第五一六六号 昭和七年九月五日 内務部長 学務部長 足柄下郡仙石原村農会長殿 国民更生運動ニ関スル件 現時未曾有ノ難局ニ際シ之カ打開ヲ策スル為九月五日ヲ期シ全国一斉ニ国民更生運動ヲ開始スル事ト相成本県ニ於テモ同日知事ヨリ県民更生ニ関スル告諭ヲ発シ県民ノ自覚自奮ヲ促スト共ニ市町村長宛別冊所載ノ通リ通牒相成候就テハ市町村ト相提携シテ速ニ別冊国民更生運動実施計画要項ニ基キ夫々地方ノ実状ニ応シ最適切有効ナル計画ヲ樹立シ之カ実効ヲ収メラレ度依命及通牒候也 〔別冊〕(表紙)「国民更生運動実施計画要綱神奈川県」 目次 一 国民更生運動ノ趣旨 二 国民更生運動ニ関スル告諭 三 国民更生運動ニ関スル件依命通牒 四 神奈川県市町村更生委員会設置ノ趣旨並規程 一 国民更生運動ノ趣旨 (昭和七年八月二十七日発社第九一号内務次官並社会局長官連名通牒別冊) 我国ハ今ヤ未曾有ノ難局ニ直面セリ財界ノ不況ハ益々深刻トナリ商工業ハ萎靡沈滞シ農山漁村ノ疲弊困憊更ニ甚シク国際関係亦弥々重大ヲ加ヘツツアリ仍チ時局匡救ノ根本対策ヲ樹立シ民心ノ安定ヲ図ルノ緊要ナルハ言ヲ俟タスト雖殊ニ之カ応急的諸施設ヲ講スルハ正ニ焦眉ノ急務ナリト謂ハサルヘカラス依テ政府ハ各種匡救施設ヲ行ハントス此ノ秋ニ方リ国民亦内外ノ情勢ト困難ノ実相トヲ真ニ理解シテ自奮自励以テ生活全般ノ一新ヲ画スルト共ニ公共奉仕ノ精神ヲ発揮シ愛国的熱情ト信念トヲ以テ挙国一致曠古ノ難局打開ニ協力邁進セサルヘカラス之レ即チ本運動ヲ計画実施セントスル所以ニシテ其ノ要目並方法ヲ定ムルコト概ネ次ノ如シ 第一 国民更生運動ノ要目 一 建国ノ大義ニ則リ挙国一致国難打開ニ協力邁進セシムルコト 現下我国ハ内外共ニ未曾有ノ難局ニ直面セリ此ノ国難ニ際シテハ国民ハ能ク其ノ難局ノ真相ヲ認識スルト共ニ我建国ノ大義ニ立脚シ一致協力難局ノ打開ニ向ツテ邁進セサルヘカラス 二 自力更生ノ気風ヲ振作スルコト 凡ソ民心ニシテ消極退嬰ニ傾キ徒ニ他力ニ依頼セントスル弊風瀰漫スル時ハ国家凡百ノ救済保護ノ施設モ其ノ実効ヲ挙クルコト難シ仍チ時局匡救ノ第一義ハ国民ヲシテ積極敢為ノ精神ト新興ノ鋭気トヲ以テ自力ニ依ル生活ノ確立向上ヲ図ラシムルニ在リ 三 経済ノ組織化計画化ヲ図リ之カ実行ヲ期セシムルコト 自力更生ノ方途ハ経済ノ組織化計画化ヲ基調トシテ生産消費ノ両方面ニ亘リ共同ノ組織ヲ整備シ計画アル経済ヲ確立シ国民経済ノ全般ニ亘リテ根本的工夫改善ヲ加へ地方財政ニ於テモ亦之カ趣旨ニ鑑ミ其ノ合理化ヲ計リ以テ公私両方面ニ於ケル経済的更新ヲ期スルノ要緊切ナリト謂ハサルヘカラス 四 国民各自ヲシテ其ノ分ニ応シ社会公共ニ奉仕セシムルコト 社会生活ハ社会連帯ノ本義ニ基キ相互扶助共存共栄ノ実ヲ挙クヘキハ論ヲ俟タスト雖往々一己ノ利害ニ膠着シテ之カ本義ヲ没却スルモノナシトセス然レトモ自力更生ハ国民全般ノ協力提携ヲ俟ツニ非レハ其ノ実効ヲ収メ難キモノナルヲ以テ此ノ際国民タルモノ各自其ノ財力資産職業ニ応ジ社会公共ニ奉仕スルノ覚悟ナカルヘカラス 第二 国民更生運動ノ方法 一 新聞雑誌等ト連絡ヲ図リ其ノ協力ヲ求ムルコト 二 教化団体実業団体(農会商工会議所水産会山林会等)男女青年団在郷軍人会婦人団体等民間団体トノ連絡ヲ図ルト共ニ学者教育者実業家宗教家其他ノ篤志者ノ協力ヲ求ムルコト 三 各種冊子ノ頒布映画ノ作製利用懇談会講演会講習会等ノ開催ヲ為スコト 四 学校寺院教会劇場活動写真館其他ノ場所ニ於テ多数集合ノ機会ヲ利用シ国民更生運動ニ関スル趣旨ノ徹底ヲ図ルコト 二 国民更生運動ニ関スル告諭 (昭和七年九月五日神奈川県告諭第一号) 国家興隆ノ本ハ国民精神ノ剛健ニ在リ今ヤ我カ国ハ内外多事殊ニ財界ノ不況弥々深刻ニシテ商工業ハ萎靡沈滞シ農山漁村ハ疲弊困憊其極ニ達セリ而モ人心動モスレハ倚恃退嬰ニ傾キ軽佻詭激ニ流レントス真ニ国歩艱難非常戒慎ノ秋ナリ方ニ応急的施設ヲ講シテ以テ焦眉ノ急ヲ済フト共ニ大イニ国民ノ意気ヲ振作シテ質実剛健ニ趨キ経済生活ヲ改善シテ国力ヲ不抜ニ培ハサル可ラス 畏クモ 皇室ニ於カセラレテハ夙ニ時局ニ軫念アラセラレ先般救療並学術振興ノ思召ヲ以テ巨額ノ内帑ヲ賜フ 聖慮広大洵ニ恐懼感激ノ至リニ勝ヘス政府ニ於テモ這般臨時議会ヲ召集シテ専ラ時局匡救ノ応急対策ニ関シ協賛ヲ経ル所アリ本県亦之ニ対応シテ各般ノ施設ヲ実行センカ為臨時県会ヲ開クニ至レリ 惟フニ時局匡救ノ方途多岐ナリト雖汎ク国民ノ自奮自励ニ愬へ徒ニ他ニ依頼スルノ弊風ヲ排除シ独立自主ノ下ニ積極敢為ノ精神ト新興溌溂ノ鋭気トヲ以テ産業経済公私生活其ノ他各般ニ亘リテ更生ノ方策ヲ樹立シ之ヲ実行スルヲ以テ第一義トス是レ政府ガ全国ニ向テ国民更生運動ヲ強調スル所以ノモノナリ 茲ニ本県ハ政府ノ方針ニ則リ神奈川県市町村更生委員会ヲ設置シ市町村ニ於ケル自主的更生ノ諸施設ニ対スル指導誘掖ニ任セシメントス必スヤ県下各市町村ハ一斉ニ蹶起シ学校並教育教化産業其ノ他ノ各種団体及一般篤志家ノ協力援助ト相俟ツテ更生ノ実効ヲ挙クルニ至ル可キヲ期待スルモノナリ 想起ス九年前彼ノ大震火災ノ惨禍頗ル激甚ヲ極メタリシモ百六十万県民不撓不屈ノ努力ハ灰燼ノ中ニ復興ヲ志シ荒蕪ノ裡ニ更生ヲ策シ遂ニ今日ノ盛運ヲ再現スルニ至レリ曩日既ニ克ク此ノ試練ニ堪ヘタル県民ハ亦克ク現下ノ難局ヲ打開シテ正ニ更生シ得ルノ県民タルヲ信シテ疑ハサルナリ 冀クハ県民諸士清新溌溂タル意気ヲ以テ協心戮力本運動ノ旨意達成ニ邁進セラレンコトヲ 昭和七年九月五日 神奈川県知事 横山助成 三 国民更生運動ニ関スル件依命通牒 (昭和七年九月五日付七地第四三二二号ヲ以テ市町村長宛内務部長及学務部長連名通牒) 現時未曾有ノ難局ニ際シ之カ打開ヲ策スル為九月五日ヲ期シ全国一斉ニ国民更生運動ヲ開始スル事ト相成本県ニ於テモ同日知事ヨリ県民更生ニ関スル告諭ヲ発シ県民ノ自覚自奮ヲ促カス事ト相成候ニ就テハ各市町村共該告諭並左記各項御了知ノ上速ニ別紙国民更生運動計画ニ基キ夫々地方ノ実情ニ応シ最適切ノ有効ナル計画ヲ樹立シ之カ実効ヲ収メラレ度依命通牒候也 記 一 本運動ノ趣旨ハ急速且ツ敏活ニ之カ徹底ヲ期セラルヘキコト 二 本運動ノ実施ニ当リテハ既設ノ教化団体農会漁業組合其他各種産業団体男女青年団在郷軍人会婦人団体等ノ民間団体等トノ連絡提携ヲ図リ其ノ自発的活動ヲ促シ本運動ノ趣旨ノ徹底ニ努ムルコト 三 本運動ハ国民ノ自主的更生ヲ目標トスルモノナルヲ以テ国民更生ニ関スル講演会ヲ開催シ其ノ趣旨ヲ徹底セシムルノ外政府並ニ県ノ時局匡救施設ト相俟ツテ特ニ前記諸団体ヲ中心トシテ懇談会座談会等ヲ開キ自力更生ニ関シ各市町村各部落或ハ各種組合等ニ適切ナル各般ノ具体的申合セ又ハ実際的計画ヲ樹立セシメ之ガ実行ヲ期セシムルコト 右申合セ又ハ計画ヲ樹立スルニ当リテハ特ニ左ノ諸点ニ留意スルコト ⑴ 申合セ又ハ計画ノ内容ハ当該地方ノ実情ニ適応シタルモノタルコト ⑵ 申合セ又ハ計画ハ之カ実行実現ニ重キヲ置クコト ⑶ 申合セ又ハ計画ハ当該地方住民又ハ組合員等ノ自主的更生ノ意気ニ依リ之ヲ定メ且ツ実行セシムル様指導誘掖ヲ為スコト 尚右具体的申合セ又ハ実際的計画ノ事例トシテハ産業上必要ナル事項例ヘバ農家経営ノ総合的改善作業ノ共同化物資ノ共同購入生産品ノ共同販売等ニ関スル計画負債ノ整理ニ関スル計画地方団体又ハ組合等ノ財政ヲ確立スル計画社交儀礼ニ於ケル弊風打破其ノ他合理化ニ関スル申合セ等当該地方ニ適切ナル事項ニ付定メシムルコト 四 尚本運動ノ趣旨ヲ徹底セシメ其ノ実効ヲ挙ゲシムルノ目的ヲ以テ本県ニ於テハ県ニ神奈川県市町村更生委員会ヲ設置シタルヲ以テ其ノ設立ノ趣旨並委員会規程ノ趣旨ニ従ヒ各市町村ハ之ガ善用ニ努メラレタキコト 国民更生運動ニ関スル件 (昭和七年九月五日付七社第七九九号(産業団体ヘハ七農第五一六六号)ヲ以テ学校長青年訓練所主事男女青年団長在郷軍人分会長教化団体長各種産業団体長宛学務部長内務部長連名通牒) 現時未曾有ノ難局ニ際シ之カ打開ヲ策スル為九月五日ヲ期シ全国一斉ニ国民更生運動ヲ開始スル事ト相成本県ニ於テモ同日知事ヨリ県民更生ニ関スル告諭ヲ発シ県民ノ自覚自奮ヲ促カスト共ニ市町村長宛別冊所載ノ通牒ノ次第モ有之候ニ就テハ市町村ト相提携シテ速ニ別冊国民更生運動計画要項ニ基キ夫々地方ノ実情ニ応シ最適切有効ナル計画ヲ樹立シ之カ実効ヲ収メラレ度依命及通牒候也 四 神奈川県市町村更生委員会設置ノ趣旨並規程 神奈川県市町村更生委員会設置ノ趣旨 現下極度ニ窮迫セル市町村ノ不況打開ニ就テハ素ヨリ国家並ニ上級団体ニ於テ時局匡救ノ根本対策ヲ樹立シ民心ノ安定ヲ図ルト共ニ之カ応急的諸施設ヲ講スルハ将ニ焦眉ノ急務ナリト謂ハサルヘカラス依テ政府並ニ県ハ臨時応急ノ各種匡救施設ヲ講シ以テ此ノ未曾有ノ難局打開ニ邁進セントス然レトモ真ニ能ク時局匡救ノ目的ヲ達セムカ為ニハ市町村自体ノ自覚ニ依ル自力更生ノ方途ニ従ヒ必死ノ努力ヲナスニ非サレハ到底其ノ不況打開ヲ求ムルコト至難ナリト信ス然ルニ市町村ノ現状ヲ観ルニ非常ノ難局ニ際シテ動モスレハ徒ニ他ニ依頼スルノ弊ニ陥ルノ傾アルハ洵ニ遺憾ニ堪ヘサル所ナリ依テ此ノ弊風ヲ去リ積極敢為ノ精神ト新興ノ鋭気トヲ以テ独立自主ノ信条ノ下ニ自力ニ依リ産業経済公私生活其ノ他各般ニ亘リテ更生ノ策ヲ講セシメ統制アル指導方針ノ下ニ専ラ市町村ノ自主的更生ヲ企画セシムルノ要緊切ナルヲ認ム茲ニ於テ県ハ之レカ指導誘掖ノ機関トシテ神奈川県市町村更生委員会ヲ設置シ県下市町村ヲシテ自力更生ノ実ヲ挙ケシメムトス 神奈川県市町村更生委員会規程 (昭和七年九月五日付神奈川県告示第六一四号) 第一条 本委員会ハ現時ノ難局ニ当リ県下ノ市町村ヲシテ自主的更生ノ精神ヲ振起セシムルト共ニ経済更生ノ実ヲ挙ケシムルタメ之カ指導誘掖ヲナスヲ以テ目的トス 第二条 本委員会ハ自主的更生ニ自覚セル市町村ニ対シ概ネ左記事項ニ関シ特別指導ノ任ニ当ル 一 産業計画ヲ樹立実行セシムルコト 二 町村財政ノ樹テ直シヲ為サシムルコト 三 公私生活ノ改善ヲ徹底セシムルコト 第三条 本委員会ハ前条ノ事業ヲ行フ外左ノ事項ヲ行フ 一 自力ニ依リ更生シタル市町村ノ実例ヲ「パンフレツト」トナシ関係方面ニ頒布スルコト 二 懇談会座談会講演会映画会等ヲ開催スルコト 三 更生運動指導者講習会ヲ開催スルコト 四 其ノ他必要ト認メタル事業 第四条 本委員会ハ会長一名委員若干名ヲ以テ組織ス 第五条 会長ハ本県知事之ニ当リ委員ハ知事之ヲ任命又ハ委嘱ス 第六条 会長ハ会務ヲ総理シ本委員会ヲ代表ス会長事故アルトキハ会長ノ指名シタル委員其職務ヲ代理ス 第七条 本委員会ニ幹事若干名ヲ置キ委員中ヨリ会長之ヲ委嘱ス幹事ハ会長ノ指揮ヲ受ケ庶務ヲ整理ス (仙石原村農会「農会書類綴」(昭和七年)箱根町役場蔵) 〔注〕本規定は昭和八年二月十七日付県告示第一〇二号で次の部分が改正された。 第二条 本委員会ハ自主的更生ニ自覚セル市町村ニ対シ概ネ左ノ事項ニ関シ特別指導ノ任ニ当ル 一 経済更生計画ヲ樹立実行セシムルコト 二 市町村財政ノ樹テ直シヲ為サシムルコト 三 公私生活ノ改善ヲ徹底セシムルコト 第三条 本委員会ハ前条ノ事業ヲ行フ外左ノ事項ヲ行フ 一 本県農林漁業其ノ他産業全般ニ亘ル組織的統制計画ニ関スル調査及立案 二 当該年度内ニ於テ経済更生計画ヲ樹立スヘキ農山漁村ノ選定及更生計画ノ審査 三 自力ニ依リ更生シタル市町村ノ実例ヲ「パンフレツト」トナシ関係方面ニ頒布スルコト 四 懇談会座談会講演会映画会等ヲ開催スルコト 五 更生運動指導者講習会ヲ開催スルコト 六 其ノ他必要ト認メタル事業 二 農山漁村経済更生計画樹立に関する件通牒 七農第七九九四号 昭和七年十二月十三日 内務部長 古川静夫 町村長殿 農山漁村経済更生計画ニ関スル件 標記ノ件ニ関シテハ政府ハ曩ニ農林省ニ経済更生部ヲ設置シ農山漁村経済全般ニ亘リ計画的組織的ニ整備改善ヲ図ルコトヽ相成本県亦之レカ趣旨ヲ体シ神奈川県市町村更生委員会ヲ設置シ農山漁村経済更生計画樹立及実行ニ関スル指導督励ヲ為スコトヽ相成候ニ就テハ部内一般ニ周知ノ上町村ニ於テモ自主的ニ同様委員会ヲ設置セラレ夫々更生計画ノ樹立実行ニ御考慮相成度尤モ県ニ於テハ毎年十五ケ町村ヲ指定シ次第ニ各町村ニ及サントスル方針ニ付御含ミ相成度尚今般農林省ニ於テ農山漁村経済更生計画樹立方針決定相成候ニ付一部及送付候条左記事項御留意ノ上之レカ計画樹立実行ノ指針トセラレ度依命此段及通牒候也 追テ為参考町村ノ経済更生計画樹立実行ノ場合ニ於ケル委員会規程準則別紙ノ通作製致候ニ付御了知相成度申添候 記 一 農山漁村経済更生計画ハ農村経済ノ運営及組織ノ根本的改善ニ付農山漁家ノ自醒ヲ促シ隣保共助共同融和ノ精神ト自奮更生ノ熱意トニ依リ農山漁村経済全般ニ亘リ整備改善ヲ加へ農山漁家ノ経済生活ノ安定ヲ図リ奨来ニ向ヒテ其ノ福利ノ増進ヲ図ルヲ以テ目的トスルモノニシテ別冊「農山漁村経済更生計画樹立方針」ハ此ノ趣旨ニ依リ農山漁村ヲ通シ経済更生上必要ナリト認ムル原則ヲ広ク網羅セルモノニ有之従ツテ個々ノ町村ニ就テハ具体的ニ立案スルニ当リテハ当該町村ノ実情ト本書ノ第二以下各項目ニ示セル精神トヲ能ク照合スルヲ要シ徒ニ形式ニ拘泥シ本方針第二以下各項目ノ全部又ハ大部分ヲ其ノ儘ニ強ヒテ取入レントスルノ結果却テ緊要ナル経済更生計画ノ樹立及実行上支障ヲ来スカ如キコト無キ様充分留意シ其ノ実行ヲ主眼トシ現状ニ顧ミ本書一ノ第二以下ニ掲クル事項ノ取捨配分宜シキヲ得最モ実行性アル適切ナル経済更生計画ヲ樹ツル様致度尚経済更生計画ハ確定不動ノモノニ非ズシテ各種ノ事情ニ依リ逐次修正ヲ為シ又計画及実行事項ハ漸ヲ以テ進ムコト寧ロ可ナルコト多カルベキヲ以テ注意セラレ度キコト 二 経済更生計画ノ樹立実行ノ完璧ヲ期スルニハ各種団体ヲシテ各分野ニ応シテ充分ナル活動ヲ為サシメ且ツ其ノ間充分ナル協調ヲ保タシムルハ勿論ナルモ町村内ニ於テモ町村吏員小学校教員其他団体役職員等ノ密接ナル連絡融和ト経済更生ノ理解トニ依リ統制的ニ之カ計画ノ樹立実行ニ当ルヲ最モ緊要トスルモノナルヲ以テ此点特ニ注意セラレタキコト 〔別紙〕 何町(村)更生委員会規程準則 第一条 自主的更生ノ精神ヲ振起セシムルト共ニ経済更生ノ実行ヲ挙ケシムル為メ本町(村)ニ更生委員会(以下単ニ委員会ト称ス)ヲ設置ス 第二条 委員会ハ左ノ事業ヲ行フ 一 経済更生計画ノ樹立 二 県委員会ノ審査ヲ経テ決定セラレタル経済更生計画実行ノ指導及督励 三 町村財政ノ樹直シニ関スル事項 四 公私生活ノ改善ニ関スル事項 五 其ノ他自力更生ニ関シ必要ナル事項 第三条 委員会ハ会長一人副会長一人委員若干名ヲ以テ組織ス 会長ハ町(村)長ヲ以テ充ツ 副会長ハ委員ノ互選ニ依ル 委員ハ町(村)吏員町(村)会議員区長小学校長産業組合長 町(村)農会役職員農事実行組合長養蚕実行組合長在郷軍人 分会長青年団長其他農林漁業ニ経験アル者ノ中ヨリ町(村)長之ヲ命シ又ハ嘱託ス 第四条 会長ハ会務ヲ総理シ会議ノ議長トナル 副会長ハ会長ヲ補佐シ会長事故アルトキハ其ノ職務ヲ代理ス 第五条 委員会ニ幹事及書記若干人ヲ置ク 幹事及書記ハ会長ノ指揮ヲ受ケ庶務会計ニ従事ス (仙石原村役場「勧業書類綴」(昭和七年)箱根町役場蔵) 〔注〕別冊省略。 三 時局匡救国民更生に関する県知事横山助成の 訓示要旨 横山神奈川県知事訓示要旨 本日時局重大ノ秋ニ当リ爰ニ諸君ノ会同ヲ煩シ過般地方長官会議ニ於テ総理大臣以下各省大臣ヨリ訓達セラレタル事項ヲ伝達シ併テ所懐ノ一端ヲ披瀝シ諸君ト共ニ当面焦眉ノ問題ニ付隔意ナキ意見ヲ交換スルコトヲ得ルハ洵ニ欣幸トスルトコロナリ 敬神尊皇ノ精神ヲ振作シ国本ノ培沃ヲ図ルハ何レノ時代ニ在リテモ極メテ緊要ノ事ナリト雖殊ニ現下ノ情勢ニ於テハ最モ其ノ必要ヲ痛感スルモノナリ這般ノ日支事変ニ際シ我カ派遣将兵カ競フテ尽忠報国ノ赤誠ヲ捧ケ国民挙テ亦後援ニ努メタル摯情ハ正ニ皇国ノ精華タル敬神尊皇ノ精神自然ノ発露ニシテ他国民ノ断シテ追随ヲ宥ササル美点ナリトス予ハ諸君ト共ニ今後益々民心ヲシテ此ノ堅実性ヲ発揚セシメ国威ヲ中外ニ宣揚セシムル為一段ノ力ヲ竭サムコトヲ期ス 我カ国ハ今ヤ未曾有ノ難局ニ直面シ貿易ハ減退シ国内産業ハ萎靡不振ニ陥リ都市農村ノ別ナク殆ト疲弊困憊ノ極ニ達シ殊ニ農山漁村民及中小商工業者ノ窮状ハ実ニ見ルニ忍ヒサルモノアリ今ニシテ之カ救済ノ策ヲ講シ人心ノ不安ヲ除キ前途ニ希望ヲ認メシムルニ非サレハ国運ノ隆興ヲ期スルコト能ハサルヘキヲ惧ル依テ速ニ深刻ナル財界ノ不況ヲ克服シ国民経済ノ更生ヲ図ルニ足ルヘキ適切有効ナル対策ヲ樹立実行スルハ実ニ喫緊ノ要務ナリト信ス 然レ共此ノ種ノ問題ハ単ニ一地方一局部ニ限定セラレタル問題ニ非サルヲ以テ政府ノ対策方針ト相呼応シ施設宜シキヲ制スルニ非サレハ其ノ効果ヲ挙クルコト至難ナリ依テ県ハ過般臨時帝国議会ノ協賛ヲ経タル政府ノ時局匡救対策ニ基キ本県ノ実情ヲ顧ミ最モ緊要ト認ムル各種ノ事業ヲ計画シ臨時県会ノ議決ヲ経今ヤ正ニ之カ実行ニ入ラムトシツヽアリ而シテ該施設事業中最モ重要ナルモノハ所謂土木事業ニシテ之ヲ農村振興土木事業及農業土木事業ニ大別シ事業ノ性質ニ応シ或ハ県ノ直営ニ依ルモノ或ハ町村事業トシテ施行セシムルモノ又ハ組合個人等ヲシテ之ヲ施行セシムルモノ等ニ区分セリ 農村振興土木事業中県ニ於テ直接施行セムトスルモノハ府県道改良費二十万円砂防費二十万円ニシテ計四十万円町村ヲシテ施行セシムルモノ町村道改良費ニ於テ四十四万円河川改修費十八万円港湾改良費三万円計六十五万円ノ予定ナリ然シテ町村施行ノ工事ニ対シテハ国庫ヨリ何レモ其ノ工費ノ四分ノ三ヲ補助シ且不足財源ヲ起債ニ求メムトスル場合ハ全部預金部低利資金ノ融通ヲ為シ七、八、九、三年度間利子ノ補給ヲ為サムトスル予定ナリ 農業土木事業ニ於テハ県直営ニ係ルモノハ僅ニ用排水幹線改良費及荒廃地復旧工事費合セテ八万六千余円ニ過キス其ノ余ハ主トシテ組合又ハ個人等民間ノ事業トシテ施行セシメムトスルモノニシテ内耕地拡張改良ニ関スル事業其ノ大部ヲ占メ総額五十八万四千余円ニ上リ之ヲ開墾助成法ニ依ル開墾小開墾小用排水改良暗渠排水小設備ノ五種ニ区分ス是等事業ハ何レモ之ニ依リ直接農民ニ労銀ヲ取得セシムルト同時ニ将来生産費ノ低下ヲ図リ土地ノ生産能率ヲ向上セシメ永ク地方民ノ収入増加ノ源泉タラシメムトスルモノノミナリ右ノ内国庫ハ開墾助成法ニ依ル開墾ニ付テハ四割其ノ他ノ事業ニ付テハ五割ノ補助ヲ為スト雖疲弊困憊ノ極ニ達セル農家ノ現状ニ在リテハ残余ノ六割乃至五割ノ負担ヲ為ス事ハ此ノ際頗ル困難ナリト認メタルヲ以テ県ニ於テハ財政窮迫ノ折柄ナルニ拘ラス是等事業費ニ対シ二割ノ追加補助ヲ為シ以テ事業ノ実行ヲ遂ケシメムトセリ 其ノ他山村及漁村ニ対スル事業トシテハ林道ノ開設船溜及築磯ノ築造ヲ為スモノニ対シ補助金交付ノ計画ヲ樹テタリ 以上叙説シタル各種ノ土木事業ハ可成之ヲ農山漁村ニ普遍的ニ配分施行セシメ而モ之カ就労者ハ主トシテ地元居住者ヲ使役セシムル予定ニシテ之ニ依リ地元居住者ニ労銀取得ノ機会ヲ与へ以テ収入ノ増加ヲ図リ自力更生ノ資タラシムルト共ニ将来地方産業ノ進展ニ寄与セシメムトスルニ在リ従テ之等事業ノ町村配当ニ就テハ最モ慎慎ナル調査ヲ遂ケ普ク公平ニ分布セムカ為大半ハ之ヲ農家戸数ニ按分シ之ヲ基根トシテ特ニ窮乏ノ程度深刻ナリト認ムル町村ノ特殊事情ヲ加味シ且各種事業ノ重複ヲ避クル等適当ニ之ヲ按配シテ出来得ル限リ公平ナル分配ヲ為サムコトヲ期シタリ 其ノ他農村振興ニ関スル施設トシテ県ニ於テハ国庫補助ノ下ニ農村経済ノ更生蚕糸業ノ振興施設共同作業場ノ設置農業倉庫ノ設置肥料ノ改良増殖炭窯ノ構築等ヲ奨励助成セムトシ相当ノ県費ヲ投シテ之カ実施ニ違算ナキヲ期シタリ 次ニ中小商工業者ノ匡救ニ関シテハ以上農村振興諸施設ノ実施ニ依リ農村経済ハ漸次更生シ其ノ購買力ノ回復ニ伴ヒ自ラ商工業ニ好影響ヲ及ホスモノト信スルモ当面ノ緊急問題トシテ中小商工業者ニ対スル金融梗塞ノ現状ニ鑑ミ之カ円滑疎通ノ途ヲ講スルコトノ最モ緊要ナルヲ認ムルニ依リ政府ニ於テ示サレタル補償制度ニ依ル低利資金融通ノ方法ニ依リ県ハ市町村ト協力シ資金貸出ニ対スル一定限度ノ補償ヲ為スコト、シ当業者ノ金融疏通ニ最善ノ努力ヲ払ハムトシ既ニ必要ナル事案ノ議決ヲ経着々準備ヲ進メツヽアリ 以上数項ニ亘ル本県ノ対策ハ何レモ政府ノ施設及方針ニ基キ一面本県ノ実情ニ照シ適切有効ト認ムル施設事業ナルヲ以テ之カ実行ニ拠リテ相当地方経済ニ好影響ヲ期待シ得ヘシト雖素ヨリ限リアル経費ヲ以テ限リアル事業ヲ遂行スルニ過キサルヲ以テ独リ政府又ハ県市町村等ノ公施設ニノミ依リテ之カ匡救ノ完キヲ望ムハ至難ナリ要ハ国民各自カ克ク内外ノ情勢ト国難ノ実相トヲ理解シ徒ニ他力ノ救援ニノミ俟ツコトナク相率ヰテ自奮自励全能力ヲ傾注シテ勤倹業ニ励ミ自力ニ依リテ窮迫ノ悲境ヲ離脱スルノ勇気ト発奮更生ノ決心トヲ以テ難局ノ打開ニ当リ更生ヲ期スルニ在リ若シ此ノ自力更生ノ建設的努力ヲ基調トセス徒ニ政府又ハ県等ノ保護救済ニノミ倚頼セムトスルノ傾向ヲ馴致スルニ於テハ政府及県市町村ニ於ケル今回ノ匡救施設モ啻ニ所期ノ効果ヲ挙ケ得サルノミナラス却テ依頼心ヲ助長セシメ国民ノ士気ヲ消磨セシムルノ結果ニ終ルナキヲ保シ難シ之大ニ警メテ諸君ト共ニ協力策励ヲ要スヘキ点ナリト思料ス 政府ハ夙ニ此ノ点ヲ考慮シ本月五日臨時帝国議会閉会ノ日ヲ期シ全国一斉ニ国民自力更生ノ一大愛国運動ヲ開始セラレタリ本県亦同日ヲ以テ県民ニ告諭スルト同時ニ市町村更生委員会ヲ設ケテ本運動ノ趣旨ノ徹底ヲ図リ且市町村ノ更生施設ニ対シ特別ノ指導誘掖ノ任ニ当ラシムルコトヽ為セリ諸君ハ時局匡救並ニ国民更生運動ノ第一線ニ立チ直接ニ施設策励ノ途ヲ講スヘキ重大ナル責任ノ地位ニ在ルヲ以テ各其ノ市町村ノ事情ニ即シタル機宜ノ施設ヲ実行スルト共ニ当面ノ匡救施設事業ヲシテ一時的効果ニ止マラシメス将来永久ニ亙リテ人心ノ健実ナル伸展ヲ期シ弛緩ナカラシメムカ為大ニ自力更生ノ民風ヲ興起セシメ地方経済生活ノ整備振作ニ格段ノ力ヲ致サレムコトヲ切望シテ已マス 以下細目ニ就テハ別ニ項ヲ別チテ指示スルトコロアルヘキニ依リ諸君ハ十分其ノ意ヲ体シ其ノ措置ヲ謬ラス部民ヲ善導シテ実効ヲ収メラレムコトヲ望ム (仙石原村役場場蔵)「神奈川県町村長足柄下郡町村長小田原外廿五ケ町村組合会長会書類」(昭和七―八年)箱根町役 四 昭和八年度町村長会における県知事横山助成の訓示要旨 昭和八年六月 横山神奈川県知事訓示要旨 本日茲ニ諸君ノ会同ヲ煩ハシ過般地方長官会議ニ於テ総理大臣以下各省大臣ヨリ訓達セラレタル事項ヲ伝達シ併セテ所信ノ一端ヲ披瀝シ諸君ト共ニ当面ノ問題ニ就キ隔意ナキ意見ヲ交換スルコトヲ得ルハ洵ニ欣幸トスル所ナリ 今次帝国カ国際連盟ヲ離脱シタルニ際シ去ル三月二十七日畏クモ大詔ヲ渙発セラレ国民ノ嚮フヘキ鍼路ヲ示サセ給ヒシコトハ 聖旨宏遠寔ニ恐懼感激ニ禁ヘサル所ナリ 現下我国ハ内外極メテ多事多難ニシテ 詔書ニ宣ハセラルル通リ正ニ非常ノ時艱ニ遭遇シツツアリ此ノ機ニ於テ宜シク挙国一心 聖旨ヲ奉体シテ刻苦淬励シ協力一致難局打開ニ当リ苟モ秋毫ノ弛緩ヲ容ササルノ秋ナリ諸君ハ此ノ 大詔ノ 聖旨ヲ遵奉シ更ニ一段ノ緊張ヲ以テ事ニ当リ建国ノ大義ニ則リテ愈々惟神ノ日本精神ヲ更張シ庶政ノ刷新ニ努メ国力ノ充実ヲ図ルト共ニ皇威ヲ中外ニ宣揚セシメムカ為此ノ際一段ノ力ヲ竭シ以テ時局ニ善処セラレムコトヲ望ム 現下ノ世相ハ経済界ノ不況其ノ他ニ因由スル一種ノ社会的焦躁ノ裡ニ在ルノ実状ニシテ此ノ不安ヲ一掃シ国民生活ノ安定ト向上トヲ期図スルハ方今喫緊ノ要務ナリ之カ対策トシテ健全ナル国民思想ヲ培養シ事端ノ発生ヲ未然ニ防止スルハ固ヨリ緊要ノ事ニ属スト雖更ニ現下ノ状勢ニ鑑ミ各般ノ行政及財政ノ上ニ社会的意義ヲ拡充スルコト亦最モ急務ナリトス彼ノ各種社会運動ニシテ我カ建国ノ大義ト絶体ニ相容レサルモノニ在リテハ固ヨリ之ヲ排撃セサルヘカラサルモ然ラサルモノニ在リテハ徒ニ之ヲ抑圧スルハ努メテ之ヲ避ケ常ニ正確ナル判断ト理解アル態度ヲ以テ之ニ臨ミ更ニ進ムテハ克ク其ノ真相ヲ究明シテ之ヲ健実中正ナル方向ニ誘導スルト共ニ之カ根本的解決ニ努力セサルヘカラサルヲ以テ諸君ハ常ニ各種ノ施設ヲ通シ適切有効ナル措置ヲ講セラレムコトヲ望ム 政府ニ於テハ経済難局ノ打開ニ全力ヲ注キ之カ為時局匡救事業ノ執行ヲ始トシ恩賜救療事業失業応急事業其ノ他各種ノ方策ヲ講シ其ノ遂行ニ努メツツアリ本県ニ於テモ亦政府ノ対策方針ト相呼応シテ最モ緊要ト認ムル各種ノ事業ヲ計画施行シツツアリ而シテ之カ目的達成ニ付テハ前途尚一段ノ努力ヲ要スルモノアリ随テ右ニ関スル施措画策ニ付テハ諸君ノ留意ヲ望ムヘキ幾多ノ事項アルモ特ニ左記諸項ニ関シテハ今後慎重ナル調査研究ヲ遂ケ万遺漏ナキヲ期セラレムコトヲ切望ス ㈠ 市町村財政ハ益々窮迫ニ陥リツツアルニ拘ラス時局ノ為ニ要スル必要経費ハ却テ漸次増嵩スルノ傾向ヲ示シツツアリ随テ此ノ間ニ処シ累ヲ将来ニ貽スカ如キコトナキ様予メ充分ナル考慮ヲ為スハ財政爕理上極メテ肝要ノ事ナリ仍テ事業ノ計画ニ当リテハ緩急軽重ヲ精査シ苟モ放漫ニ流ルルカ如キハ厳ニ戒メサルヘカラサルハ勿論予算ノ経理ニ当リテモ専ラ浪費ヲ制シ冗費ヲ省キ殊ニ収支ノ適合ニ意ヲ注キ以テ財政ノ基礎ヲ堅実ナラシムルコト最モ緊要ナリ而シテ負担ノ関係ニ付テモ深ク経済並社会事情ノ動向ニ稽ヘテ宜シキヲ制シ徒ニ従来ノ行懸リニ囚ハレ若ハ地方ノ情実ニ左右セラルルコトナク緩急ノ序ヲ制スルニ於テ一ニ公正ナル判断ヲ愆ラサル様一段ノ注意ヲ切望ス ㈡ 農村振興土木事業ハ幸ニ諸君ノ熱誠ナル努力ニ依リ幾多ノ困難ヲ排除シテ各市町村何レモ予期ノ通リ年度内ニ事業ヲ完成シ概ネ良好ノ成果ヲ収メ得タルハ一ニ諸君ノ努力ニ依ルモノニシテ茲ニ深ク謝意ヲ表スル次第ナリ 政府ニ於テハ昭和八年度ニ於テモ前年度同様県市町村ニ対シ補助金ヲ交付シテ土木事業ヲ執行セシメ以テ時局匡救ニ資セムトス而シテ本県ニ於ケル市町村土木事業費ハ総額金九拾七万弐千円ノ見込ニシテ近ク各市町村配当額ヲ決定スヘキヲ以テ諸君ハ宜シク本事業企興ノ趣旨ニ鑑ミ工事箇所ノ決定工種ノ選択等ニ就キ深甚ナル注意ヲ払ヒ既往ノ経験ニ顧ミテ更ニ一段ノ工夫ヲ重ネ関係吏僚ヲ督励シテ一層緊張事ニ当ラシメ本事業ノ目的達成ニ万遺憾ナキヲ期セラレムコトヲ望ム由来土木事業ハ地方住民ノ利害休戚ニ関係スル所極メテ大ナルモノアルヲ以テ従来動モスレハ種々ノ運動ニ禍セラレ又ハ権勢情実ニ偏倚スルノ虞ナシトセス諸君ハ常ニ公正ナル判断ニ依リ之等運動ノ渦中ニ投セラルルカ如キコトナキヲ期スルハ勿論工事ノ執行ニ当リ苟モ綱紀ノ問題ヲ惹起スルカ如キコトナキ様自他共ニ深ク戒慎ヲ加へ間隙ナカラシメラレムコトヲ望ム ㈢ 農山漁村ニ対スル時局匡救施設ニ付テハ爾来官民一致ノ努力ト機宜ノ措置トニ依リ稍々更生ノ曙光ヲ望ミ得ルニ至リタルハ洵ニ慶賀ニ堪ヘサル所ナリ然リト雖農山漁村振興ノ恒久的対策ハ其ノ経済ノ根柢ニ横ハル諸種ノ禍因ヲ芟除シ其ノ経済ヲ組織的計画的ニ整備スルヲ最モ緊要ナリトス即チ生産費ノ可及的逓減ト生産物ノ合理的配給トヲ計ルヲ根本義トス之カ為ニハ農山漁村ニ於ケル余剰労力ノ活用休閑地ノ利用等ヲ策進シ又一面農漁業ノ機械化優良品種ノ改良普及等一層ノ改善発達ヲ計リ以テ個人経済ノ改善ニ資スルト共ニ農山漁村ニ現存スル各種産業団体ノ連絡協調ヲ図リ各其ノ分野ニ応シ充分其ノ機能ヲ発揮セシムヘキナリ 本県ニ於テハ昨秋設置セル市町村更生委員会ヲシテ専ラ如上ノ目的ヲ達成セシメムカ為自力更生ニ関スル各種ノ施設ヲ企画実行セシメツツアリ各位ニ於テモ一層其ノ意ヲ体シ近時漸ク盛ナラムトスル自力更生ノ気運ヲ善導シ以テ農山漁村更生ノ実ヲ挙ケラレムコトヲ望ム ㈣ 医療救護ノ普及充実ハ国民保健上並救護上最モ緊要ナルモノアリ客年八月畏クモ救療ノ資トシテ御内帑金御下賜ノ御沙汰ヲ拝シタルハ誠ニ感激ニ堪ヘサル所ナリ政府ニ於テモ亦救療ニ要スル経費ヲ支出セラレタルヲ以テ之ニ県費ヲ加へ恩賜救療事業ヲ開始セル処幸ニ諸君ノ尽力ニ依リ着々所期ノ効果ヲ挙ケツツアリ本年度ニ於テモ過去ノ実績ニ鑑ミ非常時施設トシテノ機能ヲ十分発揮シ 聖旨ニ副ヒ奉ラムコトヲ期シツツアルヲ以テ諸君ニ於テモ本施設ノ趣旨ヲ諒セラレ一層協力援助ヲ与ヘラレムコトヲ望ム 終リニ今夏八月初旬ニ於テ帝都ヲ中心トシ東京神奈川千葉埼玉及茨城ノ一府四県ニ亘リ実施セラルル関東防空演習ニ関シテハ諸君ノ既ニ了知セラルル所ナリ本演習ハ単ニ防空知識ノ普及宣伝ヲ目的トスルモノニ非スシテ防空施設ノ訓練向上ヲ図ルニ在リ且ツ其ノ規模ノ広大ナル其ノ地域ノ重要ナルトニ於テ従来此ノ比ヲ見サル所ニシテ演習実施ノ成績如何ハ将来ノ国防上ニ至大ノ関係ヲ有スルヲ以テ之カ所期ノ目的達成ニ就キ充分ナル協力ヲ与ヘラレ実施上万遺算ナキヲ期セラレムコトヲ望ム 以上ノ外諸君ノ協力ヲ請ヒタキ事項ニ付テハ別ニ指示注意スル所アルヘキヲ以テ諸君ハ克ク其ノ意ヲ体シ益々庶政ノ刷新ニ力ヲ協セ此ノ難局ニ善処スルノ策ヲ愆ラサラムコトヲ切望ス (人事課「地方長官会議書類」(昭和八年)神奈川県庁蔵) 五 神奈川県農山漁村経済更生計画協議会指示事項 「昭和八年七月十三日 農山漁村経済更生計画協議会指示事項」 指示事項 第一 農山漁村経済更生計画樹立根本方針ニ関スル件 曩ニ農林省ニ於テ農山漁村経済更生計画樹立方針別冊ノ通決定セラレ本県ニ於テモ同一方針ニ拠リ該計画ヲ樹立セシメムトス抑モ農山漁村経済更生計画ノ樹立ハ農山漁家ノ嚮フベキ進路ノ確立ニシテ一町村ノ共同目標ナルヲ以テ之レガ樹立ニ当リテハ左記ノ点特ニ留意ノ上当該村ノ実情ニ即シ適切ナル計画ヲ樹立シ之カ実行ヲ期スル様一段ノ努力アランコトヲ望ム 一 農林省ノ示セル農山漁村経済更生計画樹立方針ハ農山漁村ヲ通シ経済更生上必要ナリト認ムル原則ヲ広ク網羅セルモノニシテ従テ個々ノ町村ニ就キ具体的ニ立案スルニ当リテハ当該村ノ実情ト該方針第二以下各項目ニ示セル精神トヲ照会スルヲ要シ徒ニ形式ニ拘泥シ該項目ノ全部又ハ大部分ヲ其ノ儘ニ強ヒテ取入レントスルノ結果却テ緊要ナル経済更生計画ノ樹立及実行上支障ヲ来スガ如キコト無キヤウ充分留意シ其ノ実行ヲ主眼トシ現状ニ鑑ミ該項目ノ取捨配分宜シキヲ得最モ実行性アル適切ナル経済更生計画ヲ樹立スルコト 二 計画実現ニ要スル年限ハ五ケ年位ヲ目標トシ特殊ナル事項ニ付テハ適宜伸縮スルコト 三 計画遂行ハ急ヲ要スルモノヨリ着手スルコト但シ直ニ着手シ難キモノト雖モ其ノ実行方法ノミハ決定シ置クコト 四 完成迄ニ数年ヲ要スルモノハ年次計画ヲ樹立スルコト 五 負債ノ整理ニ関シテハ特ニ留意スルコト 六 余剰労力ノ利用ニ関シテハ特ニ留意スルコト 七 従来ヨリ懸案トナレル諸問題ノ如キハ此際計画シテ其ノ解決ヲ図ルコト 第二 農山漁村経済更生計画樹立実行ノ具体的方針ニ関スル件 一 町村経済更生委員会ノ設置 町村経済更生委員会ハ経済更生計画ノ樹立及実行ノ中枢機関ナルヲ以テ之レガ組織ニ当リテハ左記標準ニ依リ人選等ニハ特ニ留意シ極力情実ヲ排シ適任者ヲ任命又ハ嘱託セラレンコトヲ望ム ㈠ 委員会規程 別紙準則ニ依ルコト ㈡ 委員会ノ構成 ⑴ 会長ハ原則トシテ計画樹立団体長ヲ以テ之ニ充ルコト ⑵ 委員ハ村吏員村会議員区長各種団体長及農山漁業ニ精通セルモノ等二十名乃至三十名ヲ以テ之ニ充ルコト ⑶ 幹事ハ村吏員及各種団体ノ実際事務ヲ鞅掌スルモノヲ以テ之ニ充ルコト 二 基本調査ニ関スル件 基本調査ノ項目ハ余リニ多岐三旦リ理想ニ走ルトキハ調査ノ為ニ意外ニ長時日ヲ要シ却テ調査倒レニ傾ク虞アルヲ以テ町村ノ経済事情ヲ透視シ得ル範囲ニ於テ成ル可ク簡明ナルヲ望ムモ本調査ノ目的ハ町村ノ真相ヲ観察セムガ為ニ行フモノナルガ故ニ之レガ調査ハ成ル可ク正確ヲ期スル必要アルヲ以テ左記ノ方法ニ依リ万全ヲ期セラレンコトヲ望ム ㈠ 調査員ノ設置 調査員ハ常任調査員ト部落調査員トノ二種トス常任調査員ハ役場吏員技術員町村経済更生委員中ノ適任者等ヲ任命又ハ嘱託シ公簿統計又ハ認定ニ依リ調査ス 部落調査員ハ町村経済更生委員ニ統計調査委員各種団体(特ニ青年団)ノ幹部ヲ嘱託シ各個人ニ付各般ノ調査ヲナス ㈡ 調査方法 部落調査委員ハ一人ニテ数戸ヲ分担シ予メ調査用紙ヲ各戸ニ配付シ置キ申告ノ能力アルモノハ自ラ申告セシメ能力無キモノハ調査員ガ聴取リ調査ヲ行フ而シテ調査ノ事実ハ成ル可ク現在若ハ最近ノモノヲトルコト尚借金貯金ニ付テハ実数ヲ得ンガ為メ特ニ無記名申告ヲ為サシムルコト ㈢ 調査ノ項目ハ別冊(町村単位及個人単位)ニ依ルコト ㈣ 調査集計方法 部落調査員ハ各部落毎ニ集計ヲナシ之ヲ常任調査員ニ提出ス常任調査員ハ之等ヲ集計シテ全町村ノ調査書ヲ作製ス ㈤ 町村更生委員会ニ於テ調査ノ結果ニ付各部落毎ニ各項目ニ付長所短所ヲ検討シ后町村全体ノ批判ヲ下ス 三 計画ノ樹立 経済更生計画ハ町村共同ノ目標ナルヲ以テ之ガ樹立ニ際シテハ左記ニ依リ慎重審議実情ニ即セル適切ナル計画ヲ樹立セラレンコトヲ望ム ㈠ 計画案ノ作成 計画ハ町村経済更生委員会ニ於テ基本調査ノ批判ニ基キ樹立スヘキモノナルガ其ノ原案ハ多人数ニテ作成スルハ困難ナルヲ以テ全委員会ニ於テ各委員ノ意見ヲ充分ニ聴取シ置キ委員ヲ産業部経済部社会部等ノ部門ニ分ケ各部ニ於テ委員会ノ総意ニ基キ別紙計画書例ニ依リ夫々分野ニ対スル計画案ヲ作成シ后役場吏員技術員委員中ノ各部長等数名ニテ全計画書ノ原案ヲ作成スルコト ㈡ 計画書ノ提出 前項ノ如クニシテ作成シタル計画ノ原案ハ町村経済更生委員会ノ承認ヲ経タル后基本調査書ト共ニ三部宛ヲ県へ提出スルコト県ニ於テ各課各係ニ於テ之ヲ訂正補足シ町村へ返戻ス而シテ町村ニ於テハ之ヲ再ビ町村経済更生委員会ノ承認ヲ受ケ印刷ニ附シ基本調査書ト共ニ各々四十部宛ヲ県へ提出シ県市町村経済更生委員会ノ審査ヲ受クルコト ㈢ 町村経済更生委員会ノ指導 町村経済更生委員会開催ノ際ハ成ル可ク県、県郡農会関係職員ノ参列ヲ乞ヒ指導ヲ受クルコト ㈣ 計画樹立促進ニ関スル件 計画樹立ヲ促進スル為メ左記日程ニ依リ進行セラレンコトヲ望ム ㈠ 町村経済更生委員会ノ組織 七月中 ㈡ 第一回村民大会(趣旨ノ徹底)㈢ 部落懇談会(趣旨ノ徹底)㈣ 基本調査ノ着手}七月中 ㈤ 基本調査書ノ完成 九月 ㈥ 計画案ヲ作成シテ県へ提出十一月 ㈦ 計画案ノ審議(県関係職員) 十二月 ㈧ 県関係職員ノ審議ヲ経タル計画案ヲ町村経済更生委員会ノ承認ヲ経印刷シテ県へ提出 一月 ㈨ 市町村経済更生委員会ニ於テ計画ノ審査 二月 (一〇) 第二回村民大会(基本調査及計画ノ内容ヲ発表シ実行ヲ誓約セシム) 三月 ㈤ 計画ノ実行 計画ハ実行ヲ主眼トスルモノナルガ故ニ之レガ実行ニ関シテハ極力工夫ヲ凝ラシ実績ヲ挙ゲラレンコトヲ望ム ㈠ 計画趣旨ノ徹底 経済更生計画ハ町村挙テノ大事業ナル故左記方法ニ依リ其ノ趣旨ヲ各戸各人ニ徹底セシムルコト 1 計画書ヲ簡易ニ印刷シ(一枚刷)各戸ニ配付スルコト 2 町村民大会 町村民ヲ一堂ニ集メ調査現況及計画ヲ説明シ同時ニ其ノ実行ノ決意ヲ固メセシムル方法ヲ講スルコト 3 部落座談会ノ開催 町村民大会ノミニテハ町村民ノ全部ニ徹底シ難キ虞アルヲ以テ更ニ各部落毎ニ座談会ヲ開催シ成ル可ク家族全員ヲ集合セシメテ町村民大会同様ノ説明ヲ為シ一層其ノ徹底ヲ期ス尚部落座談会ハ毎月一回之ヲ開催シ計画実行ニ付協議ヲナスコト ㈡ 実行機関 経済更生ノ実行ハ町村経済更生委員会ノ統制ノ下ニ左記各機関互ニ連絡協調ヲ図リ各々其ノ分野ニ応シテ其ノ分担スル計画ノ遂行ニ当ルモノトス 1 経済的事項ハ総テ町村区域トスル産業組合ニ於テ行フ 2 農林漁業改良ノ指導督励ハ町村農会森林組合漁業組合等之ニ当ル 3 各部落ニ農事実行組合(養蚕実行組合)ヲ設置シ之ヲ以テ基礎的実行機関トス其他養豚組合養鶏組合園芸組合等ハ便宜其ノ分担又ハ補助機関トス 4 村内各種団体ノ幹部其ノ他村内ノ有力者ヲ計画実行督励員ニ嘱託シ経済更生委員ト共ニ自ラ範ヲ示シ他ヲ指導セシム ㈢ 実行奨励方法 1 成績審査会ノ開催 町村又ハ町村農会主催ニテ部落ヲ単位トシテ計画実行成績審査会ヲ開催シ団体的競争心ヲ刺戟シテ各個人ノ実行成績ヲ平行的ナラシム 2 計画進度表ノ作成 計画年度ノ終リハ勿論同一年度内ニ於テモ時々実行ノ経過ト計画トヲ照合シタル表ヲ作成シ部落座談会ニ於テ発表シ実行不充分ナル事項ニ付テハ更ニ発奮セシムルコト (水産課「経済更生関係」(昭和八年)神奈川県庁蔵) 〔注〕別紙、別冊共省略。 六 昭和九年度町村長会における県知事横山助成の訓示要旨 横山神奈川県知事訓示要旨 昭和九年六月 本日茲ニ諸君ノ会同ヲ煩ハシ過般地方長官会議ニ於テ別冊総理大臣以下各省大臣ヨリ訓達セラレタル事項ヲ伝達シ併セテ所信ノ一端ヲ披瀝シ諸君ト共ニ当面ノ問題ニ就キ隔意ナキ意見ヲ交換シ以テ行政ノ更新ニ資スルハ洵ニ欣幸トスル所ナリ 昨年末畏クモ 皇太子殿下御降誕アラセラレ益々御健カニ御成育遊バサレ給フハ皇室ノ御繁栄天壌ト共ニ窮リナク国礎弥々鞏キヲ加ヘタル次第ニシテ寔ニ慶賀ニ堪ヘザル所ナリ本年二月此ノ慶福ヲ治ク国民ニ頒タセ給フノ 聖旨ヲ以テ畏クモ恩赦ノ 大詔ヲ渙発アラセラルルト共ニ更ニ児童並母性ニ対スル教化及養護施設ノ資トシテ多額ノ御内帑金ヲ下シ賜ヒシハ国民トシテ寔ニ恐懼感激ノ至リニ堪ヘザル次第ナリ 選挙制度ハ現代ニ於ケル政治機構ノ根柢ヲ成スモノニシテ弊竇ノ存スル限リ政治ノ純化ハ恐ラク期シ難ク而モ既往ノ実績ニ徴シ遺憾ノ点尠カラザルヲ以テ政府ハ今回先ヅ衆議院議員選挙法ノ改正ヲ行ヒ之ガ法律ハ未ダ公布ヲ見ルニ至ラザルモ其ノ内容ハ選挙方法ノ整備改善選挙運動ノ取締強化選挙犯罪ニ対スル刑罰ノ加重所謂選挙公営ノ実施等相当広汎多岐ニ渉レリ右ハ畢竟中央地方ノ別ナク等シク選挙ニ関スル多年ノ積弊ヲ芟除シ其ノ自由ト公正トヲ図ラムトスル趣旨ニ出デタルモノニ外ナラザルヲ以テ諸君ハ十分ノ研究ヲ重ネ其ノ実施ニ際リテハ克ク此ノ趣旨ヲ体シテ適正ナル運用ヲ期シ以テ選挙ノ浄化政治ノ純化ニ一段ノ努力アラムコトヲ望ム 地方自治ヲシテ健全ナル発達ヲ為サシムルト否トハ国家ノ隆替ニ至大ノ関係ヲ有スルヤ論ヲ俟タズ顧フニ我カ国ノ地方自治ハ制度実施以来既ニ四十有余年ノ実験ト訓練トヲ積ミ逐年改善刷新ノ域ニ進ミツツアリト雖現下ニ於ケル自治ノ実状ニ察スルニ未ダ依然トシテ旧套ヲ脱セズ其ノ成績遅々トシテ不振ノ感ナキ能ハザルハ甚ダ遺憾トスル所ナリ以是地方自治体ヲシテ益々自主自立ノ気風ヲ旺ナラシメ以テ自治ノ健全ナル発達ヲ遂ゲシムルハ極メテ喫緊ノコトタルヲ信ズ県ハ茲ニ鑑ミル所アリ本年度ヨリ優良町村ノ建設並特別町村ノ指導計画ヲ樹テ一面ニ於テハ所謂優良町村ヲ建設シ専ラ之ヲ中心トシテ県内他市町村ノ同化遷善ヲ図ルト共ニ他面成績不振ノ町村ニ対シ特別ノ指導監督ヲ施シテ町村治ノ改善刷新ヲ期セムトシ既ニ之ガ実行ニ着手セリ市町村ニ首長タル諸君ハ克ク此ノ趣旨ヲ体シ自治行政ノ改善刷新上更ニ一段ノ努力アラムコトヲ望ム 政府ニ於テハ農山漁村民及中小商工業者ノ救済ニ関シ或ハ時局匡救事業ヲ興シテ地方民ニ直接収入ヲ得ルノ道ヲ与へ或ハ米穀蚕糸等ニ関スル諸般ノ施設ヲ為シテ生産物ノ価格ヲ維持スルノ方途ヲ講ジ或ハ金銭債務臨時調停法農村負債整理組合法ニ依リ負債ノ重圧ニ苦メル農民等ニ之ガ整理ヲ容易ニシテ更生ノ曙光ヲ得シメ或ハ商業組合法ヲ制定シテ中小商工業者ノ経営ヲ合理化シ又金融難ヲ緩和スルノ途ヲ開ク等鋭意力ヲ之ガ解決ニ致シツツアリ県ニ於テモ政府ノ対策方針ト相呼応シテ之ガ救済ノ策ヲ講ジ爾来諸君ノ努力ト県民ノ自力更生ノ意気トニ依リ著々所期ノ成績ヲ挙ゲツツアルハ洵ニ同慶ニ堪ヘザル所ナリ然リト雖不況ノ因テ来ル所遠ク且深キモノアルヲ以テ之ガ更生ハ永続的ニシテ且永遠三旦ル計画ヲ樹立実行スルニ非ザレバ到底之ガ更生ノ実ヲ挙グルコト至難ナリ而シテ時局匡救事業ハ今ヤ茲ニ第三年ヲ迎ヘタルモ更ニ一段ノ緊張ト努力トヲ以テ過去ノ経験ト地方ノ実状トヲ考慮シ最公正適切ナル計画ヲ樹立シ以テ本事業ノ目的達成ニ万遺憾ナキヲ期セラレムコトヲ望ム 近年我ガ国ニ於ケル社会運動ハ異常ニ深刻且複雑ノ度ヲ加へ殊ニ共産主義運動ノ如キハ厳密ナル取締ヲ受クルニモ拘ラズ執拗ナル潜行的策動ヲ為スノ傾向アリ又近時頓ニ興リ来リタル右翼急進ノ思想ニ在リテモ革新ヲ希求スルノ余リ其ノ運動動モスレバ常軌ヲ逸シテ或ハ矯激ナル思想ヲ宣伝シ或ハ直接行動ニ訴フル等不穏ノ策謀ヲ敢テスル者アルハ洵ニ寒心ニ堪ヘザル所ナリ依テ政府ニ於テハ夙ニ力ヲ思想対策ノ樹立ニ効シ健全ナル思想ノ培沃ニ努メ各般ノ方策ヲ講ジテ之ガ徹底ヲ期シツツアリ諸君ニ於テモ十分此ノ趣旨ヲ体シ克ク地方民衆ノ思想傾向ニ留意シ日本精神ノ作興ヲ基調トシテ普ク国民思想ノ善導ニ最善ノ努力ヲ払ハレムコトヲ望ム 近時世相ノ変転ト産業経済ノ発展トニ伴ヒ著シク社会生活ノ不安ヲ醸成セルハ真ニ憂慮ニ堪ヘザル所ナリ之ヲ打開シテ人心ノ安定ヲ期スル為政府ニ於テハ土木事業ノ施行医療救護ノ徹底失業救済事業ノ実施其ノ他社会事業施設ノ整斉普及等各般ノ経営ニ力ヲ効シツツアリト雖国民生活ノ不安ハ尚未ダ除去セラルルニ至ラズ随テ今後ニ於テモ益々都市農村ヲ通ジテ有効適切ナル社会政策施設ノ充実ヲ図リ以テ社会生活ノ安定ヲ期図スルハ最緊切ノ要務ナリ諸君ハ克ク部内ノ実情ヲ考察シ各般ノ施設常ニ宜シキヲ制シ人心ノ安定ヲ図ルニ就キ善処セラレムコトヲ望ム 以上ノ外諸君ノ協力ヲ請ヒタキ事項ニ付テハ別ニ項ヲ別チテ指示注意スル所アルベキニ依リ克ク其ノ意ヲ体シ益々庶政ノ刷新ニ力ヲ効サレムコトヲ切望ス (知事官房「地方長官会議書類」(昭和九年)神奈川県庁蔵) 〔注〕別冊省略。 七 昭和十年度町村長会における県知事石田馨の訓示要旨 石田神奈川県知事訓示要旨 昭和十年六月 本年一月本県ニ着任後茲ニ初メテ各位ノ会同ヲ煩ハシ過般地方長官会議ニ於テ内閣総理大臣以下各省大臣ヨリ訓達セラレタル事項ヲ伝達シ併セテ所懐ノ一端ヲ披瀝シ各位ト共ニ当面ノ諸問題ニ就キ隔意ナキ意見ヲ交換スルノ機会ヲ得タルハ予ノ深ク欣幸トスル所ナリ 建国以来上ニ万世一系ノ 皇統ヲ奉戴シ下ニ衆庶至誠ヲ傾倒シテ奉公ノ道ニ粉骨砕身スルハ実ニ我カ国体ノ精華ニシテ世界万邦ニ其ノ比ヲ見サル所ナリ方今人心動モスレハ詭激ニ趨ツテ中正ヲ失ハムトスルノ風潮アルニ鑑ミ苟モ国体ノ本義ニ疑惑ヲ生スルカ如キ言説ハ厳ニ之ヲ戒メ愈々国体ノ本義ヲ明徴ニシ醇厚中正ノ美風ヲ振起シ国民精神ノ振作更張ヲ図ラサルヘカラス各位ハ常ニ中正ヲ保持シテ時代ノ進運ニ適応シ益々日本精神ノ闡明ニ努メ以テ時弊ノ匡正ト国運ノ伸張トニ力ヲ致サレムコトヲ望ム 敬神崇祖ハ我カ国民精神ノ精髄ニシテ神社祭祀ハ実ニ一貫セル我カ邦政教ノ枢軸ナリ近時日本精神愈々作興セラレ神社崇敬ノ淳俗大ニ興ラムトスルヲ見ルト雖尚一層神社祭祀ノ本義ヲ明徴ニシテ敬神崇祖ノ美風ヲ涵養助長スルハ最喫緊ノ要務ナリト信ス各位ハ宜シク此ノ趣旨ヲ体シ益々神社ノ機能発揚ニ努メ神社行政ノ振粛ニ遣憾ナキヲ期セラレムコトヲ望ム 我カ国選挙界ノ弊竇年ト共ニ漸ク甚シク自由公正ナル民意ノ発露ヲ妨ケ憲政ノ基礎ヲ危ウシ諸般ノ政弊其ノ因ヲ此処ニ発スルモノ尠カラス今ニ於テ此ノ弊風ヲ矯正スルニ非サレハ憲政ノ前途寔ニ寒心ニ堪ヘサルモノアリ仍テ政府ハ這般選挙粛正委員会令ヲ公布シテ府県ニ選挙粛正委員会ヲ設ケ選挙粛正ニ関スル国民的運動ノ本源タラシメムトセリ本委員会ハ広ク有識経験者ヲ以テ組織シ選挙ニ関スル弊害ノ防止公正ナル選挙観念ノ普及等選挙粛正ニ関スル事項ヲ調査審議セシメ其ノ結果得タル諸方策ハ各其ノ分担ニ応シテ直ニ之ヲ実行ニ移シ官民相協力シテ選挙界ノ廓清ヲ期セムトスルモノナルヲ以テ各位ニ於テモ克ク其ノ趣旨ノ存スル所ヲ体シ本運動ノ徹底ニ協力援助アラムコトヲ望ム 農山漁村及中小商工業ノ不況ハ依然トシテ解消ヲ見ルニ至ラサルモ其ノ後政府並県ノ種々ナル匡救的施設ト官民一致ノ努力トニ依リ漸ヲ逐フテ更生ノ歩ヲ進メ稍々其ノ曙光ヲ望ミ得タリト雖不況ノ因テ来ル所深遠ナルノミナラス各種ノ天災等ノ為一層其ノ度ヲ深カラシムルハ寔ニ遺憾トスル所ナリ是ヲ以テ各位ハ益々自主的精神ヲ振起シ隣保共助堅忍不抜ノ気風ヲ根本義トシ進ンテ農家並中小商工業者ノ経営ヲ合理的ニ計画樹立セシメ以テ農山漁村及中小商工業ノ経済更生ノ実ヲ挙クルニ一層ノ努力ヲ払ハレムコトヲ望ム 今般政府ハ従来ノ実業補習学校及青年訓練所ノ特徴ヲ統合シテ青年学校ヲ創設シ其ノ施設経営ノ努力ヲ一ニ集中スルト共ニ其ノ内容ニ於テモ亦夫々改善ヲ加へ青年大衆ヲシテ真ニ堅実有為ノ国民タラシムヘク一層青年教育ノ普及徹底ヲ期セラレタリ各位ハ克ク新制度ノ趣旨ヲ体シ其ノ組織内容ノ整備充実ヲ期スルト共ニ之カ目的達成ノ為一段ノ努力ヲ致サレムコトヲ望ム 輓近時勢ノ進運ニ伴ヒ自治体ノ事務ハ日ヲ逐フテ其ノ量ヲ増スト共ニ其ノ内容亦著シク複雑多岐ヲ極メ之カ為市町村吏員ノ職責愈々重且大ヲ加フルニ至レリ宜シク忠実精励其ノ重責ニ任シ以テ市町村民ノ福祉増進ヲ図ルヲ念トシ深ク自ラ戒メテ過ナカラムコトヲ期スヘキモノナルニモ拘ラス往々ニシテ其ノ職責ヲ誤リ甚シキニ至リテハ刑辟ニ触ルル者ヲモ見ルニ至ルハ寔ニ遺憾ニ堪ヘサル所ナリ謂フ迄モナク綱紀ノ振張ハ庶政刷新ノ根本ヲ為スモノナルヲ以テ各位ハ特ニ此ノ点ニ留意シ部下吏員ノ規律ニ些ノ弛緩ヲ生スルコトナク常ニ公正真摯ノ態度ヲ以テ事ニ当リ大ニ庶政ノ刷新ニ力ヲ協セ実効ヲ収メラレムコトヲ望ム 終リニ本年十月一日ヲ以テ施行セラルル国勢調査ハ法律ノ規定ニ依ル簡易調査ナリト雖国勢ノ基本ヲ明ニスヘキ目的ニ於テ毫モ大規模ノ調査ト異ル所ナク我カ帝国ノ全版図ニ亘リ人口現象ノ実状ヲ調査シ複雑ナル社会組織及国民生活ノ実況ヲ審ニシ又過去ノ調査ト比較シテ我カ国勢ノ動向ヲ明ナラシメ以テ行政経済其ノ他各般ノ基礎資料タラシムヘキ重要ナル調査ナルヲ以テ各位ハ克ク現下ノ国情ト本調査ノ重要性トニ鑑ミ万遺漏ナキヲ期セラレムコトヲ望ム 以上ノ外各位ノ協力ヲ請ヒタキ事項ニ付テハ別ニ項ヲ別チテ指示注意スル所アルヘキニ依リ克ク其ノ意ノ存スル所ヲ体シ各種ノ機関ト連繋シテ其ノ実効ヲ挙クルニ善処セラレムコトヲ望ム (人事課「地方長官会議書類」(昭和十年)神奈川県庁蔵) 八 昭和十一年度町村長会における県知事半井清の訓示要旨 昭和十一年五月 半井神奈川県知事訓示要旨 現下時局極メテ重大ナル秋ニ当リ先般図ラスモ本県知事ヲ拝命シ茲ニ地方長官会議ニ於ケル内閣総理大臣以下各大臣ノ訓示ノ趣旨ヲ伝達シ相共ニ此ノ非常時局ニ処シテ奉公ノ誠ヲ効サントス 近時世相ノ推移ニ伴ヒ時ニ矯激ナル思想ニ趨リ動モスレハ国体ノ本義ニ悖ルカ如キ言動ヲナスモノアルハ寔ニ憂慮ニ堪ヘサルトコロニシテ殊ニ去ル二月二十六日輦轂ノ下ニ於テ異常ノ事変起リ上ハ宸襟ヲ悩マシ奉リ下ハ人心ニ衝動ヲ与へ治安乱レテ遂ニ戒厳ノ布告ヲ見ルニ至リシコトハ真ニ恐懼措ク能ハサルトコロナリ 今次ノ不祥事件ハ固ヨリ一部不穏分子ノ策動ニ基クモノニシテ皇軍ノ基礎ハ之カ為ニ毫モ微動スルモノニアラス而モ其ノ前後措置ニ関シテハ軍部ニ於テ確固タル決意ヲ以テ軍紀ノ粛正ニ努メラレ国民ハ深ク其ノ措置ニ信頼シテ益々軍民一致ノ実ヲ挙ケ弥々皇軍ノ精華発揮ニ協力スル所ナルヲ以テ各位ハ宜シク時局ヲ正視シ本事件ノ影響ニ依リ崇高ナル兵役義務ノ観念ニ疑惑ヲ抱カシメ或ハ国民的支援ヲ減退セシムルカ如キコトナキヤウ努メラレンコトヲ望ム 抑々我カ国体ノ崇高尊厳ハ炳トシテ日星ノ如ク世界万邦ニ其ノ比ヲ見サルトコロナリ此ノ崇高尊厳ナル国体ノ精華ヲ顕揚シ以テ一君万民挙国一体ノ美ヲ済スハ庶政百般ノ基調ニシテ国民ノ方ニ率由スヘキハ言ヲ俟タサルトコロニシテ鞏固ナル国体観念ヲ愈々明徴ニシ苟モ国体ト相容レサル思想ハ断シテ之ヲ芟除シ常ニ国憲国法ヲ遵守シ其ノ尊厳ヲ保持スルコトニツトムルハ特ニ現下ノ時局ニ処シテ最モ緊要ナルコトナリ 惟フニ国家興隆ノ淵源ハ一ニ教育ノ振興ニ俟ツトコロニシテ教育ノ振興ハ一ニ教育者自身ノ向上ト其ノ熱意トニ依ルニアラサレハ其ノ実績ヲ挙クル能ハサルコト亦明ラカナリ今ヤ国家非常ノ時艱ニ直面シ其ノ淵源スルトコロ甚ダ深キモノアリ挙国一心一段ノ真剣味ヲ以テ之カ打開ニ勇往邁進スヘキノ秋ニ拘ラス国民ノ間ニハ軽佻浮華ノ風尚其ノ跡ヲ絶タサルハ洵ニ遺憾トスルトコロニシテ各位ハ此ノ際一段ノ緊張ヲ以テ教育ニ当リ大ニ国民精神ヲ更張シテ堅実真摯ナル民風ヲ振作スルヤウ剴切ナル施設経営ヲ講シ其ノ効果ヲ挙クルニ一層意ヲ用ヒラレンコトヲ望ム更ニ公職ニ従フモノハ公明ナル心事ト中正ナル態度トヲ以テ上下相共ニ吏道刷新ニ勇往スルノ秋各位ハ宜シク躬ヲ以テ範ヲ垂レ部下職員ヲ督励シテ相共ニ師表タルベキ徳操ヲ磨キ学力識見ノ増進ヲ図リ学校長ヲ中心トシテ全職員協力一致以テ教育ノ徹底ニ最善ノ努力ヲ払ハレンコトヲ希望シテ已マサルトコロナリ 以上ハ此ノ際特ニ教育関係者ニ対シ考慮ヲ煩ハスヘキ事項ニツキ述ヘタルニ過キスト雖各位ハ現下社会情勢ノ実相ヲ洞察認識セラレ教育ノ進展ニ格段ノ努力ヲ効サレンコトヲ切望シテヤマサル次第ナリ (人事課「地方長官会議書類」(昭和十一年)神奈川県庁蔵) 九 神奈川県農山漁村経済更生特別助成要旨 「昭和十二年七月経済更生特別助成要旨神奈川県 」 農村経済更生と特別助成 一 農村経済更生の趣旨 農山漁村を根本的に振興せしむるには其の経済力を伸張しなければならない。之が為には各種の農村政策を続けて実行し更に益々之を拡充しなければならぬが之だけでは未だ充分でない。国の農村政策と相俟て農山漁村民をして経済更生計画の実行に邁進せしむる事が極めて必要である。 それでは農村経済更生計画とはどう云ふものであるかと云ふにそれは農山漁家が有機的一体となつて自治協同の精神を作興し自奮自励協力一致して各々其の村の実情に即して樹てらるべきものである。そして其の目標とする所は土地水面共同施設等の基本的要素を整備総合し産業及経済を組織的計画的にする。そして又肥料食糧等の自給範囲を拡大し負債を整理し生活の改善を行ふ。斯くて其の収入を増加し支出を合理化し更に備荒共済―不時の用意や互に助け合ふ施設を充実して更生の目的を達し生活の安定を齎らさんとするのである。 この農村経済更生計画の樹立実行は昭和七年以来全国の農山漁村に於て逐次之を実行し相当の実績を挙げつゝあるが若し農山漁村に此の経済更生計画の樹立実行と云ふ自奮更生自力更生の意気と努力とがなかつたならばどうであらうか。国に於て如何に農村政策を継続実施し益々之を拡充しても其の効果を充分に発揮せしむる事は出来ない。農山漁村に於ける経済更生計画の樹立実行と云ふ自力更生運動は国の他の施設を効果あらしむる為にも極めて必要なことである。 二 農村更生運動の進展 農村経済更生計画の樹立実行即ち農村の自力更生運動が全国的に開始せらるゝや旺盛なる更生精神が全国各地に燃え上り本運動は山村水郭にまで拡大進展し爾来相当の熱意を以て迎へられ既に計画を樹立した町村は六千五百九十九(昭和十一年度現在)の多きに達した。 本運動の開始当初農林省の計画では一年に一千町村経済更生計画を樹立実行せしむる予定であつたが本運動は常に予定計画を突破して進展し五ケ年にして六千五百九十九町村正に全国農山漁村の六十%以上に経済更生計画が樹立実行され引続いて全国農山漁村に及ぼさんとしてゐる。 三 経済更生の効果 然し経済更生計画の樹立実行は計画樹立町村の多きを以て満足すべきでない。要は其の実行にある。実績が如何に挙りつゝあるかにある。さうして此の点に於ても経済更生計画は年一年と実行が確保され相当な成績を挙げつゝある。例へば計画実行一両年にして既に赤字を黒字に転化し或は五ケ年計画を両三年にして実行し終り更に第二次計画に突入した町村も決して尠くない。 農村経済更生計画樹立実行の目標は農山漁家をして村計画部落計画の下に各戸計画を樹立実行せしめ赤字を黒字とし負債を整理し其の更生状態を恒久化するにある。計画樹立町村は何れも此の目標に向かつて進みつゝあるが赤字を黒字とする計画は大体五ケ年を以て完成するものが多く従て其の目標を完全に達成した町村は未だ多くはない。赤字黒字の関係は以上の如くであるが此の計画の実行が農山漁村民に及ぼした影響は其の他に於て相当大なるものがある。 その第一は全村民が協力一致更生の意気に燃ゆるに至つた事である。不況下の農山漁村民は前途に光明を失ひ何を為すべきかに迷つたものも尠くなかつたが経済更生計画の樹立即ち自村建直しの計画を樹てゝ之によつて村民の進むべき道が示されて以来村民は其の前途に光明を認め全村老若男女に至るまで各々其の分担事項に対して活動し自奮更生の意気に燃え協力一致更生の一路を邁進しつゝあることは本運動の齎らした著しき効果と云ふべきであらう。 第二は各種機関団体が連絡協調して活動しつゝある事である。経済更生計画樹立実行以来町村長は常に其の第一線に立つて活動し小学校長亦経済更生委員として町村民の教育教化の方面に於て重要な役割を演じ農会産業組合部落の農事実行組合養蚕実行組合等村内の各種機関団体が連絡協調して自村の更生に活溌なる活動を為すやうになつた事も本運動の著しい効果である。 第三は産業の総合化多角形化である。経済更生計画樹立実行以来町村を一有機体と考へ之を総合的に指導しようとする気運が生じ特に農村指導者の方面で農林漁業の一部門に膠着することなく産業の多角形化によつて町村経済の安定を図る傾向に進み漸次産業の総合化多角形化が実現されつゝある。 第四は農家経済及農村生活の改善である。経済更生の進むに従つて予算生活の実行農家簿が記帳されて農家経済の合理化が行はるゝと共に冠婚葬祭等の改善を始めとし農村生活が漸次改善されつゝある。 第五は男女青年及婦人の活動である。経済更生の為に青年が各戸調査を行ひ又は産業開発の自発的研究を為すと共に共同作業場の利用共同開墾等常に協同運動の先頭に立つて活動しつゝあることは相当各地に見受けらるゝ所である。又之と同様に農村の主婦女子青年達が生活改善副業等に活動し始めた事も経済更生計画樹立実行以来の著しい現象である。 四 経済更生特別助成 特別助成の趣旨 農山漁村経済更生の趣旨及更生運動の進展状況並に其の効果は大体以上の如くであるが全国六千有余の経済更生指定町村中には村民の熱意と努力とに拘らず資力が乏しいと云ふ一事によつて重要な計画事項を実行することが出来ず其の為に計画全体を水泡に帰する虞ある町村も尠くない。仍て昨年度から此の如き町村に対しては其の実情に適した町村単位の総合助成をして基礎的要素の整備自給範囲の拡充其の他農村経済の建直しに必要欠くべからざる重要計画事項を実行せしむる事となつた。昭和十一年六月二十三日農林省令第十号を以て農山漁村経済更生特別助成規則が定められたが之が即ち農村経済更生特別助成施設である。 特別助成の効果 然らば此の特別助成は農山漁村経済更生の上に如何なる効果を齎らすであらうか次にそれを簡単に述ぶることゝする。 此の施設によつて特別助成を受くる農山漁村は之に依て経済更生の基礎要素―土地水面共同施設等を整備し産業経済の全般を組織的計画的にし恒久的更生の基礎を確立する事が出来よう。又村民は此の基礎の上に立つて従来に倍して計画の実行に邁進する様になり更生目標を容易に且確実に実現して其の収支の均衡を図り負債の整理を促進して生活の安定を齎らすであらう。 然し此の特別助成は自力更生の方向転換でなく其の生成発展である。何となれば此の特別助成は本来村民に更生の熱意が無く協力一致を欠き村民自体に於て為すべきことを為さない町村には助成しないからである。村民の更生の熱意が旺盛であつて克く協力一致し村の建直し計画の実行に邁進しつゝある町村に対して助成するものであるから自力更生に拍車を加へこそすれ毫も其の方向を転換するものでない。従て動もすれば助成金交付等に伴つて生ずる村民の依頼心を誘起する虞もなく却つて更生の熱意旺盛となり計画の実行を迅速に且つ之を徹底せしむるであらう。 尚此の特別助成は現に更生計画の実行に邁進しつゝある町村に対して其の全体の実行を可能ならしむる為村民の自力を以てしては実行することが出来ないものに総合的に助成するものである。従て其の助成は克く農山漁村の実情に即することが出来独り経済更生計画の実行に効果があるのみならず国の他の助成施設と相関係を保つて農山漁村の振興に資することが極めて多大であらう。 特別助成の種類及条件 特別助成には経済更生計画の実行費に対する国の助成と経済更生計画実行の為の借入金に対する利子一部補給との二種がある。 前者即ち経済更生計画の実行費に対する国の助成は当該町村の経済事情諸施設の有無村民の経済力負債国及道府県の助成施設の程度町村財政の状況其の他各般の経済事情特に村民の協力一致更生の熱意の有無等を検討する。そして委員会の審査を経て自力に依ては実現困難な計画事項に対して之を交付するものである。 後者即ち経済更生計画実行の為の借入金に対する利子の一部補給は経済更生の計画事項の中には借入金を以て之を実行するものがあるから此等に対して低利な資金を供給し更に利子負担の軽減を必要とするものに対しては利子の一部を補助するものである。 特別助成の金額 特別助成の金額は町村の更生計画に応じて夫々異るべき事は勿論である。然し之を平均して一ケ町村の事業分量約四万円に対し助成金一万五千円低利資金の融通一万五千円材料供給労力奉仕負担金等に依る自己負担一万円の割合とする。又低利資金に対しては満五ケ年間年一分二厘の利子を補給するものとする。尚昭和十二年度予算に計上された助成金総額は五百万円で内十二年度二百五十万円十三年度分二百五十万円である。 更に此の農村経済更生特別助成は其の助成の趣旨方法効果等に於て従来の補助助成施設と相当異る所があるから特に此の点について其の主なるものゝ二三を挙げることゝする。 その第一は総合助成であることである。経済更生特別助成は個々の具体的町村を指定して其の総合的指導をすると共にそれに総合助成をして経済更生計画を完成せしめようとするものであつて単なる事業別助成でない。従て其の助成たるや克く当該農山漁村の実情に即して農山漁村別に其の窮乏の原因が審にされ各村の環境に応じて総合的に更生の基礎的条件を整備する事が出来る。 第二は特別助成は村の人的精神的協同の力を重視してゐる事である。何となれば其の町村の選定に当つては中心人物の有無村民が自力を以て更生せんとする熱意と努力村内各種団体の協調連絡の程度はどうか等の人的要素が重視されるからである。此の点に於て此の施設は単なる生産助長政策と全然異つた画期的政策と云ひ得るであらう。殊に村民に更生の熱意なく協力一致を欠き村民自体に於て為すべき事を為さゞる町村は如何に窮乏しても此の助成金を交付しないから一般町村の経済更生運動をも更に大いに活溌に進展せしむるであらう。 又特別助成を受くる町村の計画実行に当つても経済更生の本旨に鑑みて村民の一致協力徹底的に自力更生の精神に終始することを厳重なる指令条件とするから特別助成をすることによつて自力更生の精神を高めこそすれ之を阻害するやうな虞は絶対にない。 第三は特別助成は一時的救済でないことである。此の特別助成は匡救土木事業のやうに労賃収入によつて村民の経済を一時的に救済せんとするものでない。真に村民の更生の為必要な計画事項を村民の自力更生の精神を基調として完成せしめんとするものである。従つて労力の如きも村民の労力奉仕によるものが多い。特に此の施設は青年男女が村の更生計画の完成の為に総動員すると云ふ農村独特の美風を徹底せしむることが出来よう。 第四は全村民の生活の安定を目標とすることである。此の特別助成は正確な基本調査の下に村民の総意によつて樹てた自主的計画を完成せしめんとするものである。そして其の目標とする所は全村民の収支の均衡を図り負債を整理し其の生活を安定せしめんとするにある。故に単に少数者の模範的施設を奨励せんとするものでなく又単なる各種の共同施設を充実せしめんとするものでもない。従て特別助成を受くる町村は必ず負債整理計画と部落計画それから各戸計画の樹立実行を条件とする。 第五は此の特別助成は全村民を更生せしむることである。経済更生計画の樹立実行は隣保共助の精神によつて村民の生活の安定負債の整理を行はしめんとするものである。従て従来の助成施設のように助成の結果が却て貧富の懸隔を大にし動もすれば少数有志の利得に帰する様な虞はない。此の点については特に留意した為耕地の少ない零細農民に耕地を得せしめようとする計画や部落民の労力奉仕によつて共同に開墾し共同に耕作して其の収益を積立て備荒共済に充てんとする計画や共同負債償還農地の経営共同農具の利用共同種畜の経営等零細農民を対象とする計画事項の多いことは従来の助成施設とは大いに異るものである。 斯様に此の経済更生特別助成は従来のやうな単なる生産助長政策でなく又村民の一時的救済を目的とするものでもない。村民の自力更生協力一致の精神を一層強調して個々の村の実情に応じ町村自ら樹立した経済更生計画を完成せしめ農村に対する国策と相俟つて農山漁村を永遠に更生繁栄せしめんとするものである。 (新磯村役場「経済更生特別助成関係書類」(昭和十三年)相模原市立図書館蔵) 一〇 神奈川県農山漁村経済更生計画再検討の方針 時局対処農山漁村経済更生計画再検討方針 第一 指導精神 昭和七年農山漁村経済更生運動創始以来満六ケ年ヲ経過シ此ノ間指定町村数ハ逐年増加シ既ニ九十三ケ町村ニ達シ県下全町村数ノ約六割強ニ及ベリ 戦時体制下ニ際会セル之等農山漁村経済更生計画ハ既往ニ於ケル実行経過ト時局ノ推移ニ鑑ミ当初計画ニ適切ナル検討ヲ加へ以テ経済更生計画ノ完璧ヲ期スルヲ要ス而シテ之ガ修正増補ニ当リテハ当該農山漁村ノ既往計画ノ実績ヲ検討シ自村ノ実情ニ即セシムルヲ要スルハ勿論ナルモ特ニ左記事項ヲ強調セシメムトス 第二 実施要項 一 精神作興ニ関スル事項 1 所謂全村学校ヲ設ケ年一、二回之ヲ開設スルコト 即チ一回ハ三日間ニ亘リ第一日ハ男女青少年第二日ハ戸主第三日ハ主婦ヲ招集シテ講演会ヲ開催シ全村民ニ対シ時局認識ノ強化徹底ニ努ムルコト 2 部落常会ノ励行共同収益地ノ設置等ニ依リ精神的結合ヲ一層強固ナラシムルコト 3 町村経済更生委員会ハ隔月一回同委員会部長会議ハ毎月一回之ヲ開催シ経済更生計画ノ反省是正ニ関シ協議シ其ノ結果ヲ部落常会ニ於テ徹底セシムルコト 4 青年ニ農民道場ヘノ入場ヲ勧奨シ農村中堅人物ノ養成ニ努ムルコト 5 学校児童生徒ノ開墾植林其他ノ共同労働ニ依ル勤労奉仕ヲ行フコト 6 随時各種強調週間ヲ設定シ強調項目ノ実践窮行ニ努ムルト共ニ一面精神訓練ニ資スルコト 7 町村区域ノ短期合宿講習会等ヲ行ヒ特ニ部落指導ノ中心タルベキ男女青年ノ養成ニ努ムルコト 二 農山漁村民ノ保健栄養ニ関スル事項 農山漁村民ノ保健栄養ノ改善ヲ図リ特ニ婦人ノ労働増加ニ稽へ農繁期共同炊事同託児所等ノ普及ニ努メ又医療衛生施設ノ整備充実ヲ図ルコト 三 生産力ノ維持拡充ニ関スル事項 1 部落実行組合ノ組織ノ整備充実ヲ図リ該実行組合ヲ中心トシテ村計画ニ即応セル部落計画ヲ樹立実行セシムルコト 2 軍需関係作物(甘藷苧麻飼料作物等)ハ部落計画ニ基キ農家各個ガ其ノ責任分量ヲ協約実行スル様各戸計画ヲ樹立実行セシムルコト 3 開墾ニ依ル耕地ノ拡張其他資源ノ開発ヲ図ルコト 4 種苗燃料肥料等ノ生産資材並ニ生産資金ノ供給ヲ円滑ナラシムルニ努ムルコト 四 農林漁業経営改善ニ関スル事項 1 労力ノ減少ニ依リ経営ニ欠陥ナカラシムル為勤労奉仕共同作業共同経営共同利用施設ノ拡充強化ヲ図ルコト 2 産業ノ基本的要素ノ整備充実ヲ図ルコト 3 町村ノ自然的経済事情ノ変化ニ応ズル経営規模経営方式ヲ考究シテ之ニ応ズル如ク計画ヲ再検討スルコト 4 購買販売ノ改善統制ヲ一層徹底強化スルコト 五 労働力ノ調整ニ関スル事項 1 町村毎ニ労働力調整計画ヲ樹テ村内所要労力ヲ確保スルト共ニ村外供給労力ノ調節ヲ図ルコト 2 勤労奉仕ヲ一層組織的ニ計画化シ且之ガ施設ヲ恒久化スルコト 3 児童生徒婦人其他ノ未利用労力ノ活用ヲ図ルコト 4 役畜ノ共同利用ヲ普及スルコト 六 金融調整ニ関スル事項 1 国民貯蓄奨励ノ方針ニ対応シ各種貯金ヲ一層励行セシムルコト 特ニ農山漁村ニ於テ軍需労務軍備品ノ供出農林水産物ノ価格騰貴ニ依リ収入ノ増加シタルモノニ対スル特別ノ貯蓄計画ヲ樹ツルコト 2 産業組合及漁業組合ハ生産拡充ノ資金ニ対シ努メテ融通ヲ図ルコト 3 有畜農業ヲ徹底スル為農業動産信用法ノ制度ヲ一層活用スルコト 4 負債整理委員会ノ一層積極的ナル活動ヲ促シ負債ノ整理ヲ徹底スルコト 七 満洲農業移民 満洲集団農業移民ヲ実施シ農村ニ於ケル土地ト人口ノ調整ヲ図リ以テ根本的ニ農村ノ更生ヲ図ルコト 第三 実施方法 一 本要項ニ依リ樹立セラルベキ第二期計画又ハ追補計画ハ町村経済更生委員会ノ審議ヲ経テ之ヲ決定スルコト 二 第一期計画ヲ完了シ又ハ完了セントスル町村(昭和七年度指定及昭和八年度指定)ハ既往ノ実績ヲ全面的ニ検討シ尚本要項ニ留意シ第二次五ケ年計画ヲ樹立スルコト 三 第一期計画ノ未完了町村ハ一応残余ノ実行期間ヲ目標トシ本要項ニ依ル追補計画ヲ樹立スルコト (仙石原村役場「経済更生計画樹立実行ニ関スル書類綴」(昭和十三年)箱根町役場蔵) 第二節 自力更生対策 一一 昭和七年度神奈川県副業奨励計画概要 七農号外 昭和七年六月六日 内務部長 各市町村各郡市農会各郡市水産会足柄上郡津久井郡木炭同業組合}長殿 昭和七年度副業奨励計画書送付ノ件 副業奨励参考資料トシテ昭和七年度副業奨励計画別冊ノ通及送付候 〔別冊〕 昭和七年度神奈川県副業奨励計画概要 社会生活ノ向上ト経済界変動ノ影響トハ動モスレバ中小産業者ノ経済ヲ圧迫シ其生活ヲ脅威スルコト漸ク甚シク殊ニ農山漁村ニ於テハ主業収入ノミヲ以テ生活ノ安固ヲ期シ難キノ状態ナリ故ニ産業組織ノ拡張経営方法ノ改善労働能率ノ増進ヲ図ルト共ニ主業ノ傍余剰労力ヲ以テ適当ナル副業ヲ経営セシメ収入ノ増加ヲ計リ生活ノ安固ヲ期セシムルコトハ県下ノ現状ニ鑑ミ最緊要ノコトナリ県ハ前年度ニ引続キ昭和七年度ニ於テ県費九千五百八円ヲ支出シテ左ノ通副業奨励計画ヲ実施シ副業ノ扶殖副業ノ共同経営又ハ生産販売ノ改善ヲ図ラントス 第一 副業奨励事務 一 副業奨励ニ従事スル職員 前年度ニ継続シ専任技師一名技手一名主事補一名ヲ置キ副業ニ関スル指導奨励ヲ継続スルト共ニ必要ト認メタル事項ノ調査研究ヲナス 二 奨励施設 (イ) 講習会伝習会開催 特ニ副業技術ノ指導ヲ必要ト認メタル事項ニ付講習会伝習会ノ開催ヲ希望スル者ハ該施設ヲ必要トスル事由並ニ日時会場ヲ記載シ受講者名簿ヲ添付ノ上開催申請書ヲ一ケ月前ニ提出セラレ度 (ロ) 講師又ハ実地指導教師ノ派遣 適当ナル団体ニ対シ其申請ニヨリ講師又ハ実地指導教師ヲ派遣スルヲ以テ之ガ希望者ハ(イ)ノ場合ニ準ジタル手続ニ依ラレ度 (ハ) 奨励金交付 副業奨励上適切ナル施設ヲ助成スル為市町村農会水産会産業組合漁業組合其他申合組合ニシテ県ニ於テ適当ナリト認メタルモノニ対シ奨励金ヲ交付スルヲ以テ之ガ交付ヲ受ケントスル者ハ本年ニ限リ六月末日迄ニ昭和二年七月県令第九十三号副業奨励規程別項参照ニ依リ申請書ヲ提出セラレ度 第二 奨励事業 本年度ニ於テ奨励金又ハ現物ヲ交付シテ奨励セントスル副業ハ農産林産水産工産畜産副業品販売路拡張ノ六類ニシテ其奨励施設ノ内容左ノ如シ 一 農産副業 (イ) 農産製造奨励 漬物其他蔬菜果実類ノ加工製茶等副業的農産物加工ニ関スル講習会ヲ開催スルト共ニ生産販売ニ関スル共同施設 (ロ) 藁稈細工奨励 縄莚蜀黍箒等ノ伝習会ヲ開設スルト共ニ製品ノ改良統一及生産販売ニ関スル共同施設 (ハ) 屑繭加工奨励 玉繭出穀繭等ヲ利用シ玉糸真綿加工ノ講習会ヲ開設スルト共ニ生産販売ニ関スル施設 (ニ) 苗木配付 空廃地利用ヲ目的トシテ栗及柿ヲ集団的ニ栽植セシメ将来地方的ニ相当ノ生産ヲ挙ゲ得ル様計画ヲ樹テタル団体ニシテ適当ナリト認ムルモノニ対シ左記苗木交付要綱ニヨリ苗木ノ無償交付ヲナサントス 1 団体若クハ団体各員ノ栽植面積一団地五畝歩以上ノコト 2 団体若クハ団体各員ニ対スル交付本数ハ二十五本ヲ限度トス 3 成育中ハ十分ナル肥培監理ヲナスコト 4 成育ノ途中ニ於テ枯損ノ場合ハ補植ヲナスコト 5 事業ノ施行不適当ト認メタルトキハ苗木評価額ノ一部若シクハ全部ノ還付ヲ命ズルコトアリ 6 苗木ノ配付ヲ受ケタル者ニ対シ知事ハ監督上必要ナル命令検査指示ヲ行フコトアリ 7 本年ニ限リ六月三十日迄ニ別紙第三号様式ニ依ル苗木交付申請書ヲ知事ニ提出スルコトヲ要ス 8 交付ヲ受ケタル者ハ第四号式ニ依ル事業並経費決算報告ヲ四月三十日迄ニ提出スルコトヲ要ス 二 林産副業 (イ) 製炭改良奨励 製炭実地指導教師ヲシテ各地巡回指導セシメ又ハ製炭ニ関スル伝習会ヲ開設スルト共ニ製品ノ改良統一並ニ販売ニ関スル共同施設 (ロ) 山葵栽培奨励 実地指導教師ヲシテ各地ヲ巡回指導セシムルト同時ニ山葵田ノ開墾改良施設 (ハ) 筍栽培奨励 筍栽培ノ講習講演会ヲナスト同時ニ生産販売ニ関スル施設 三 水産副業 (イ) 水産製造奨励 其地方ニ適スル鹿尾菜荒布和布畳鰮薩摩揚鰮味淋乾鰤ノ藁巻等ノ水産製造ノ改良普及ヲ図ル為講習伝習会等ヲ開催スルト共ニ生産販売ニ関スル適当ナル施設 (ロ) 淡水養魚奨励 淡水ノ養魚池(鯉金魚)ノ新設又ハ魚苗(鯉金魚)ノ共同購入生産品販売等ノ施設 四 工産副業 (イ) 家庭製作品奨励 家庭副業トシテ適当ナル布帛加工編物麻糸織物等ノ講習会ヲ開催スルト共ニ生産販売ニ関スル施設 (ロ) 木竹加工奨励 竹細工並木工品ノ製作等ノ講習会ヲ開催スルト共ニ生産販売ニ関スル施設 (ハ) 土産品製作奨励 名所旧跡等遊覧客ノ参集スル地方ニ於テ郷土色ヲ背景トシテ適切ナル土産品ノ製造講習並生産販売ニ関スル施設 (ニ) 和紙製造奨励 桑皮楮ノ生産並ニ之レガ利用ニヨル和紙製造ノ伝習会ヲ開催スルト共ニ生産並販売ニ関スル共同施設 五 畜産副業 (イ) 養豚奨励 豚舎ノ新設生産並販売ニ関スル共同施設 (ロ) 養兎奨励 家兎生産ニ関スル設備講習会開設生産販売共同施設 六 副業品販路拡張奨励 副業生産品ノ販路拡張ヲ図ランガ為展覧会試売ニ出品スルト共ニ販路拡張トナルベキ各般ノ施設 第三 経費予算 昭和七年度副業奨励費中事業費予算左ノ如シ 副業奨励規程(昭和二年七月二十六日公布神奈川県令第九十三号) 第一条 副業奨励ノ為本規程ニ依リ毎年度予算ノ範囲ニ於テ奨励金ヲ交付ス 第二条 奨励金ハ左ノ各号ノ一ニ該当スル市町村又ハ十五名以上ヲ以テ組織スル団体ノ施設ニ対シ知事ニ於テ適当ト認ムル場合ニ交付ス但シ特別ノ事情ニ依リ十五名以下ノ団体又ハ個人ト雖モ奨励金ヲ交付スルコトアルベシ 一 講習会伝習会ノ開催又ハ実地指導教師ノ招聘派遣 二 生産ニ関スル設備 三 種苗種禽種卵種畜又ハ器具機械ノ共同購入 四 生産品ノ共同販売若クハ販路拡張ニ関スル施設 五 前各号ノ外副業奨励上適切ナル事項 第三条 本奨励金ノ交付額ハ知事ニ於テ適当ト認メタル其事業予算額ノ半額以内トス但シ特別ノ事情アル場合ハ此ノ限リニ在ラズ 第四条 奨励金ノ交付ヲ受ケントスル者ハ当該年度四月末日迄ニ第一号様式ニ依ル申請書ヲ知事ニ提出スベシ但シ二年目以後ノ奨励金交付申請書ニハ第一号様式ニ依ル添付書類第二号乃至第四号ノ事項ニ付異動ナキ場合ハ其添付ヲ省略スルコトヲ得 第五条 奨励金ノ交付ヲ受ケタル者ハ第二号様式ニ依ル事業成績並経費決算報告書ヲ翌年度四月三十日迄ニ知事ニ提出スベシ 第六条 奨励金交付ヲ受ケタル者其事業計画又ハ経費予算ヲ変更セントスルトキハ其事由ヲ具シ知事ノ認可ヲ受クベシ 前項ノ場合経費予算各減額シタルトキハ交付金額ヲ減額スルコトアルベシ 奨励金ノ交付ヲ受ケタル者当該年度内ニ事業完了スルコト能ハザルトキハ知事ノ認可ヲ受ケ次年度ニ繰越施行スルコトヲ得 第七条 奨励金ノ交付ヲ受クル者ニ対シ知事ハ奨励及監督上必要ナル命令ヲ発シ又ハ部下ノ官吏吏員ヲシテ事業ノ施行並収支ノ状況ニ付検査又ハ指示セシムルコトアルベシ 第八条 奨励金ノ交付ヲ受ケタルモノニシテ左記各号ノ一ニ該当スルトキハ奨励金交付ノ指令ヲ取消シ又ハ交付金ノ一部若シクハ全部ノ還付ヲ命ズルコトアルベシ 一 申請書添付書及事業成績書ニ虚偽ノ記載ヲ為シタルトキ 二 本規程及命令ニ違反シタルトキ 三 経費支出額ガ申請書記載額ニ対シ著シク減少シタルトキ 四 事業施行ノ方法不適当ト認メタルトキ 附則 本令ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス 大正十二年四月神奈川県令第四十七号ハ之ヲ廃止ス (仙石原村役場「勧業書類綴」(昭和七年)箱根町役場蔵) 〔注〕 様式等雛形は省略。 一二 失業対策事業に関する国庫補助の件通牒 七社第二三六八号 昭和七年六月七日 学務部長 市町村長殿 失業応急事業ニ関スル件 政府ニ於テハ産業ノ開発ヲ図ル為道路河川港湾其ノ他土木事業ヲ起興シ併セテ失業ノ防止並救済ニ努ムルコトヽ相成候ニ就テハ貴市町村施行ノ公営事業及民間事業ニ関シテモ其ノ施行ノ時期地域方法等ニ於テ失業ノ防止並救済ノ為最モ有効ナル方法ヲ講シ政府施行事業ト併セテ失業ノ緩和ヲ図ラレ候様致度右ノ手段ニ依ルモ尚救済ヲ要スヘキ失業者多数存シ之レカ救済ノ為特ニ事業ヲ起興セムトスルトキハ失業応急事業トシテ左記条件ニ依リ国庫補助相成ルノミナラス預金部資金ハ都合ノ許ス限リ低利資金ヲ融通スル旨内務大蔵両次官ヨリ通牒ノ次第モ有之候ニ就テハ右御了知ノ上部内失業状況ニ応シ適宜ノ御措置相成度依命此段及通牒候也 記 (甲) 一般労働者失業応急事業国庫補助条件要綱 一 政府ハ本文記載ノ如ク一般的ニ各種土木事業ヲ起興シ失業ノ防止並救済ニ努ムルヲ以テ特ニ失業応急事業トシテノ施行地域ハ原則トシテ六大都市関係府県及福岡県トスルコト但シ其ノ他ニ於テモ救済ヲ要スヘキ失業者特ニ多キ地方ニシテ必要已ムヲ得サル場合ニハ之ヲ認ムルコトアルヘキコト 二 事業施行主体ハ道府県市町村市町村組合タルコト 三 事業費ニ対スル労力費ノ割合カ二割以上ヲ占ムル事業ナルコト但シ労力費カ事業費ノ一割以上ニシテ之ト国産材料費トノ合計カ事業費ノ五割以上タル場合ニ於テモ認ムルコト 四 事業ハ延人員一万人以上ヲ使用スルモノナルコト 五 事業ハ施行団体ノ直営タルコト但シ技術上直営トシテ施行困難ナル場合ハ請負ニ附スルコトヲ認ムルコト 六 国庫補助額ハ労力費及労働手帳作製費ノ二分ノ一トス 七 事業ハ失業者ニシテ特ニ生活困難ナルモノヲ救済スルヲ目的トスルモノナルヲ以テ其ノ施行ニ関シテハ特ニ左記各号ニ拠ルコト (イ) 失業者中救済ヲ必要トスルモノナリヤ否ヤニ関シテハ方面委員警察官吏宿泊所長等ノ活動ヲ促シ之カ認定ニ遺憾ナキヲ期シ且認定セラレタルモノニ対シテハ本人ノ写真ヲ添付セル労働手帳ヲ職業紹介所ヲ経テ交付スルコト (ロ) 右労働手帳ノ様式形状作製時期作製方法交付時期交付方法等ニ関シテハ地方ニ於テ適宜塩梅工夫シ得ルコト尚手帳ハ単ニ失業応急事業ニ就職希望ノ登録ヲ受ケ居ル証左ニ過キスシテ決シテ就業ヲ保障セルモノニ非ル趣旨ヲ被交付者ニ徹底セシムルコト (ハ) 事業ニ使用スル労働者ハ原則トシテ労働手帳ヲ交付シタル要救済失業者ヲ職業紹介所ノ紹介ニ依リ採用シ其ノ数ハ少クトモ全使用労働者数ノ七割ヲ下ルコトヲ得サルコト未タ適当ナル職業紹介所無キ地方ニ於テ失業応急事業ヲ施行セムトスル場合ハ先ツ常時的又ハ臨時的ノ職業紹介所ヲ設置シ使用労働者ノ紹介ニ遺憾ナキヲ期スコルト (ニ) 前項要救済者ノ採用ニ就テハ其ノ生活状況失業期間等ヲ参酌シ困窮ノ度甚シキモノヲ優先セシメテ且相互間就労機会ノ分配ヲ公平ナラシムルコト従ツテ職業紹介所ヨリ採用スル要救済失業者中ノ顔付(指定人夫)ノ数ハ技術上必要ノ最少限度ニ止メ其ノ数ハ少クトモ其ノ三割以内タルヘキコト (ホ) 失業応急事業ノ為他地方ヨリ不自然ニ労働者ヲ招致シ又ハ他ノ事業ニ従事セル労働者ヲ奪フカ如キ結果ヲ来ササル様細心留意スルコト (ヘ) 労働賃銀ハ其ノ地方ニ於ケル同種ノ者ノ賃銀ヨリ低額ナルヲ原則トシ且成ルヘク多数ノ労働者ヲ就業セシムル為夜業歩増等ハ之ヲ避クル様努ムルコト (ト) 労働賃銀ハ額刎ネヲ避ケ且日払トシ必要ニ応シ立替支払制度ヲ利用スルコト 八 事業ヲ施行セムトスルトキハ左記事由ヲ具シ予メ内務大臣ノ認可ヲ受クルコト (イ) 労働者ノ失業状況 特ニ労働者ノ種別(日傭労働者及其他ノ労働者)毎ニ労働者ノ総数失業者数及要救済者数ヲ示シ失業ノ状況ヲ記載シ且右状況ヲ見ルニ至レル具体的事由ヲ明ニスルコト (ロ) 事業施行ヲ必要トスル具体的事由 特ニ通牒本文ニ記載セル如キ失業緩和ノ手段ヲ講スルモ尚当該事業ノ施行ヲ必要トスル事由ヲ数字ヲ以テ具体的ニ示スコト (ハ) 事業ノ種類並其ノ計画概要 (ニ) 事業関係予算書 事業ノ財源ヲ起債ニ求ムルトキハ起債決議書謄本ヲ併而添付スルコト (ホ) 労力費労働者使用延人員及使用人員中要救済失業者使用ノ割合 (ヘ) 労働者一日平均使用人員及一日平均賃銀 (ト) 事業着手並終了ノ予定年月日 (チ) 事業施行箇所ヲ示シタル図面 (リ) 設計書 (ヌ) 本要項第五項但書ニ依リ事業ヲ請負ニ附セムトスル場合ハ其ノ已ムヲ得サル事由及契約条件(就中労働者使用ニ関スル条件詳細)尚(ハ)号以下ノ事項ヲ変更セムトスルトキハ予メ内務大臣ノ認可ヲ受クルコト 九 事業ノ着手一時休止又ハ終了ノ場合ニハ其ノ年月日ヲ具シ直ニ其ノ旨内務大臣宛報告シ且施行中ハ認可件別ニ左記ニ依ル事業成績ヲ社会局長宛報告スルコト 一般労働者失業応急事業成績 備考 一 本表ハ月報トシ毎月十日迄ニ前月末迄ノ分ヲ報告スルコト 二 事業種目は工事種類別(道路河川水道下水其他等)ニ区別シ現場別ニ区別スルコトヲ要セス 三 本表ハ凡テ事業開始以来ノ累計ヲ示シ且支出済額ハ支払ノ有無ニ不拘支払義務額ヲ計上スルモノトス 四 使用労働者延人員ハ出役頭数ノ延人員トス 五 実際使用労働者延人員ノ内職業紹介所利用ニ依ルモノノ数ヲ其ノ左側ニ( )ヲ附シテ示スコト 六 工事施行日数ハ一事業種目ニ多数ノ工事ヲ一括シテ掲記スル場合ニハ最初ニ着手シタル工事ヨリ起算シタル日数ヲ示スコト 七 前年度ヨリ繰越施行スルモノハ其ノ事業完了迄当初年度分トシテ計上スルコト (乙) 小額給料生活者失業応急事業国庫補助条件要綱 一 事業施行主体ハ六大都市及関係府県タルコト 二 事業ハ小額給料生活者ノ失業者(知識階級ニ属スル未就職者ヲ含ム以下同シ)ニシテ生活困難ナル者ヲ救済スル為特ニ施設シタル当該公共団体ノ事務又ハ官庁ノ委託ニ係ル事務ニシテ失業者ヲ従事セシムルニ適当ナルモノナルコト但シ必要ナル場合ハ職業輔導ヲモ併セ行フコトヲ得ルコト 前項ノ事務ハ或特定ノ事務ナルコトヲ要シ従テ不特定事務ノ為ニ漠然ト一定期間使用スルカ如キモノニアラサルコト 三 官庁ノ委託ニ係ル事務トハ当該官庁ニ於テ当該特定事務ノ遂行ニ関シ何等ノ経費ヲ有セス之カ遂行ヲ公共団体ニ対シ委託セルモノヲ指称ス但シ其ノ経費カ地方費ノ負担ニ属スヘキモノハ之ヲ含マサルコト 四 事業施行期間ハ一年未満トシ成ルヘク次年度ニ亘ラサルコト 五 国庫ハ本事業ヲ為ス公共団体ニ対シ左ノ割合ヲ以テ補助スルコト (イ) 官庁委託ニ係ル事務ニ就テハ就業者手当ノ全額 (ロ) 公共団体ノ事務ニ就テハ就業者手当ノ二分ノ一 (ハ) 前各号以外ニ事業施行上必要ナル経常諸費ノ二分ノ一但シ就業者手当総額ノ二割ヲ超ユル部分ニ対シテハ補助ノ限ニ在ラス 六 事業ハ失業者ニシテ生活困難ナルモノヲ救済スル目的トスルモノナルヲ以テ其ノ施行ニ関シテハ特ニ左記各号ニ拠ルコト (イ) 失業者中救済ヲ必要トスルモノナリヤ否ヤニ関シテハ戸別調査ヲ為シ当該事業ニ適当セル相当ノ技能ヲ有スルモノニシテ本人ノ扶養スヘキ家族ヲ有シ困窮ノ度甚シキ者ヨリ採用スルコト (ロ) 事業ニ使用スル小額給料生活者ハ職業紹介所ノ紹介ニ依ルモノタルコト (ハ) 採用ニ当リテハ就業手帳又ハ之ニ代ルヘキモノヲ交付スルヲ妨ケサルモ之カ交付ニ際シテハ一定ノ期間当該特定事業ノ為臨時ニ採用セラレタルモノナル旨ヲ徹底セシムルコト (ニ) 失業応急事業ノ為他地方ヨリ不自然ニ小額給料生活者ヲ招致シ又ハ他ノ事業ニ従事セルモノヲ奪フカ如キ結果ヲ来ササル様細心留意スルコト (ホ) 就業者手当ハ其ノ地方ニ於ケル同種ノ者ノ手当ヨリ低額ナルヲ原則トスルコト (ヘ) 就業者手当ハ月二回以上ニ分チテ支払ヲナスコト (ト) 就業者ヲシテ本事業ニ固定セシメサル為事業施行主体ハ事務ノ性質等ノ許ス限リ一定期間毎ニ一応就業者ノ就業ヲ打切リ又常時職業紹介所トノ連絡ヲ緊密ニシ能フ限リ本事業ニ就業スルモノヲ普通職業ニ就業セシムル様斡旋スルコト 七 事業ヲ施行セムトスルトキハ左記事項ヲ具シ予メ内務大臣ノ認可ヲ受クルコト (イ) 給料生活者ノ失業状況 給料生活者ノ総数失業者数及要救済者数ヲ明示シテ失業状況ヲ記載スルコト (ロ) 失業応急事業ノ施行ヲ必要トスル具体的事由及当該事業ヲ適当ナリトシタル理由 (ハ) 事業ノ種類並其ノ計画概要 官庁ノ委託ニ係ル事務ニ就テハ第三項ニ該当スル旨ノ当該官庁ノ証明書ヲ添付スルコト (ニ) 事業関係予算書 事業ノ財源ヲ起債ニ求ムルトキハ起債決議書謄本ヲ併而添付スルコト (ホ) 就業者手当総額及使用予定人員 (ヘ) 一日平均使用予定人員及一日平均就業者手当 (ト) 事業着手並終了ノ予定年月日 尚(ハ)号以下ノ事項ヲ変更セムトスルトキハ予メ内務大臣ノ認可ヲ受クルコト 八 事業ノ着手又ハ終了ノ場合ハ其ノ年月日ヲ具シ直チニ其ノ旨内務大臣宛報告シ且施行中ハ認可件別ニ左記ニ依ル事業成績並就業者異動調ヲ社会局長宛報告スルコト ㈠小額給料生活者失業応急事業 成績備考 一 本表ハ月報トシ毎月十日迄ニ前月末迄ノ分ヲ報告スルコト 二 本表ハ凡テ事業開始以来ノ累計ヲ示シ且支出済額ハ支払ノ有無ニ不拘支払義務額ヲ計上スルモノトコ 三 前年度ヨリ繰越施行スルモノハ其ノ事業完了迄当初年度分トシテ計上スルコト ㈡小額給料生活者失業応急事業 就業者異動調 備考 事業種目欄ノ配列ハ前表ト合致スルヲ要ス (「神奈川県公報」第五八一号) 一三 神奈川県納税奨励規程 神奈川県告示第六百一号 納税奨励規程左ノ通定ム 昭和七年九月一日 神奈川県知事 横山助成 納税奨励規程 第一条 納税思想ノ普及ヲ図リ租税ノ完納ヲ奨励スル為本規程ノ定ムルトコロニ依リ毎年度予算ノ範囲内ニ於テ奨励金又ハ物品ヲ交付ス 第二条 納税組合ニシテ前一年度間ヲ通シ県税ヲ法定期限内ニ完納シタルトキハ当該納税組合ニ対シ奨励金又ハ物品ヲ交付ス納税組合ヲ組織セスト雖モ市内ノ町又ハ町村内ノ部落ニシテ前項ニ該当スル事績アリタルトキハ前項ニ準シ之ニ対シ奨励金又ハ物品ヲ交付ス 第三条 一定区域内ニ居住スル者共同シテ県税ヲ納付スル目的ヲ以テ新ニ納税組合ヲ設立シタルトキハ当該組合ニ対シ奨励金ヲ交付ス但シ組合員二十名未満ノモノハ此ノ限ニ在ラス 同業者共同シテ其ノ業態ニ関スル県税ノ納付ヲ目的トシテ組合ヲ組織スル場合ハ前項但書ノ規定ニ拘ラス之ニ対シ奨励金ヲ交付ス 第四条 左ニ掲クル期間継続シテ県税ヲ年度内ニ県金庫ニ完納シタル市区町村アルトキハ各期間毎ニ当該市区町村ニ対シ県税完納表彰旗及奨励金ヲ交付ス 一等 十年 二等 五年 三等 三年 一等表彰旗ヲ受ケタル市区町村ニシテ爾後年度内ニ完納ヲ継続シタルトキハ継続五年毎ニ飾総及奨励金ヲ交付ス 下級ノ表彰旗ヲ受ケタル市区町村ニシテ上級ノ表彰旗ヲ受ケタルトキハ下級ノ表彰旗ハ之ヲ返付セシム 表彰旗ヲ受ケタル市区町村ニシテ表彰旗ヲ受ケタル年度以後ニ於テ滞納繰越ヲ生シタルトキハ表彰旗ハ之ヲ返付セシム 前各項ノ規定ハ組合員数三百人以上ノ納税組合ニ之ヲ準用ス 第五条 納税奨励ニ関シ功績顕著ナルモノアリタルトキハ奨励金又ハ物品ヲ交付シテ之ヲ表彰ス 第六条 市区町村長ハ第二条又ハ第五条ニ該当スルモノアリタルトキハ毎年度八月三十一日迄ニ第三条ニ該当スルモノアリタルトキハ其ノ都度左記各号ノ事項ヲ具シ之ヲ知事ニ上申スヘシ 一 第二条ニ該当スルモノ ㈠ 組合ノ名称所在地 ㈡ 組合ノ区域組合員 ㈢ 組合ノ代表者 ㈣ 毎年度別県税科目別賦課額及納付額 ㈤ 組合ニ於テ納税奨励ノ為メ施設シタル事績概要 ㈥ 其ノ他必要ト認ムル事項 二 第三条ニ該当スルモノ ㈠ 組合ノ名称所在地 ㈡ 組合ノ区域及組合員数 ㈢ 組合ノ代表者 ㈣ 組合ノ規約 ㈤ 組合ノ一年度間県税納付見込額 ㈥ 設立以来ノ組合事績ノ概要 ㈦ 其他必要ト認ムル事項 三 第五条ニ該当スルモノ ㈠ 功労者ノ氏名又ハ団体名及住所又ハ所在地 ㈡ 履歴又ハ目的ノ概要 ㈢ 事績 ㈣ 其ノ他必要ト認ムル事項 第七条 税務出張所長ハ第四条ニ該当スル市区町村又ハ納税組合ヲ調査シ毎年度八月三十一日迄ニ左記各号ノ事項ヲ具シ之ヲ知事ニ上申スヘシ 一 市区町村名又ハ組合員数 二 前年度以前各等所定期間ノ県税年度別科目別賦課額及納付額 三 納税事務整理状況 四 其ノ他必要ト認ムル事項 第八条 税務出張所長ニ於テ市区町村吏員中徴税事務ノ成績優良ニシテ第五条ニ該当スト認ムルモノアルトキハ毎年度八月三十一日迄ニ第六条第三号ノ事項ヲ具シ之ヲ知事ニ上申スヘシ 附則 本規程ハ告示ノ日ヨリ之ヲ施行ス但シ第二条ノ規程ハ昭和六年度第四条ノ規程ハ昭和六年度以前ノ事実ニ付キテモ亦之ヲ適用ス 本規程ニ定ムル上申ノ期限ハ昭和七年度ニ限リ九月三十日トス (「神奈川県公報」号外) 一四 養蚕実行組合設置奨励に関する件通知 足農収第三六三号 昭和七年九月三日 足柄下郡農会長 町村農会長殿 養蚕実行組合設置奨励ニ関スル件 今回政府ニ於テ蚕業匡救対策トシテ桑園整理改植奨励夏秋蚕繭共同保管助成及養蚕業ノ応急対策指導督励ニ関スル経費ヲ昭和七年度追加予算トシテ臨時議会ニ提出相成候 右ハ孰レモ養蚕業者ニ有利ナル事業ニシテ議会通過ノ上ハ急速実施ノ事ト存候モ其ノ内容ヲ窺フニ養蚕実行組合員ニアラザレバ其ノ恩恵ニ浴スルコト能ハザル次第ニ有之候条此際養蚕実行組合員ニアラザル養蚕業者ハ急速ニ養蚕実行組合ヲ設立スルカ或ハ既設ノ養蚕実行組合ニ加盟シ其ノ利益ヲ均霑スル様特ニ御配慮相成度此段及移牒候也 追而今后政府及県ニ於ケル養蚕業ノ保護奨励ハ総テ養蚕実行組合ヲ中心トシテ督励致ス方針ノ趣ニ付特ニ申添候 (仙石原村農会「農会書類綴」(昭和七年)箱根町役場蔵) 一五 足柄下郡町村長会の時局匡救に関する調査報告 時局匡救ニ関スル調査(評議員会ニ於テ決定ノモノ) イ 資金疏通問題 1 不動産資金化ノ状況 本郡ハ関東大震災ノ為メ蒙レル災害ノ為メ個人ノ不動産ハ大部分資金化シテ担保物件ニ供セラレ居ルカ依然滞納ノ状況ニアリ今回ノ時局匡救ノ恩典ニアスカラス 2 産業組合ニ対スル低資融通状況 本郡ノ各産業組合ハ低資融通ノ申込ミヲナシ居レ共未タ供給ヲ受ケタルモノナシ 3 蚕糸低資融通ノ模様 該当ナシ 4 各種公共団体低資融通ノ状況 第二項ニ同シ 5 其他関係事項 ナシ ロ 負債整理問題 1 負債ノ状況ト之カ整理ニ対スル地方ノ要望 本郡ハ関東大震災ノ為メ公私ノ負債莫大ナル増加ヲナシ其整理ニ苦シメルカ個人ノ負債ハ各銀行ニ提供セル担保物件ヲ以テ利率五分位ノ長期債ニ借換ヘヲナス途ヲ講セラレムコトヲ要望ス 2 金銭債務臨時処理法実施ノ成績 相当ノ効果ヲ収メ債権債務両者共ニ満足セル模様ナリ 3 其他関係事項 ナシ ハ 産業統制問題 1 蚕価並米価ノ変化及影響 蚕価ハ稍好望ナレトモ米価ハ依然トシテ上騰セサルタメ本郡農家ハ尚疲弊ノ極ニアリ 2 右両者ニ対スル今後ノ対策希望 生繭価ハ一〆七円米価ハ四斗一俵十二円ノ公価ヲ維持センコトヲ要望ス 3 農漁山村及中小商工業ノ収支経済状態並生活ノ状況 凡テ収支償ハス其ノ生活状態ハ暗胆タリ 4 其他関係事項 ナシ ニ 公共事業問題 1 土木事業実施ニ対スル政府ヨリノ指令内容及予算分布状態余リニ少額ニシテ焼石ニ水ノ如シ 2 各府県ノ各種土木事業ノ選択実施ノ状況 郡町村長会ノ調査権内ヲ超越セルヲ以テ不明ナリ 3 土木事業ニ伴フ地方負担ノ状況 地元負担ノ財源ナク各町村共借入ノ止ムヲ得サル状況ナリ依テ工事費ノ半額ヲ着工許可ト同時ニ交付シテ賃金支払ノ円滑ヲ期セラレタシ 4 其他関係事項 ナシ ホ 其他ノ事項 1 払下米配給ノ状況ト其影 本郡ノ払下米ハ昭和七年内ニ於テ四万七八千俵ニ及ヒタルモ各町村共此較的公平ニ配給セラレシカ其影響ハ消費者多キ町村ニハ大ニ喜ハレタルモ生産者多キ町村ニハ其産米ノ価格ニ悪結果ヲ来セリ尚払下米ノ下級消費者ニ配給スル途ナカリシハ遺憾ナリトス 2 各地ニ於ケル思想的運動ノ状況 イ 左右両系ノ思想運動 不明 ロ 労働運動 ナシ ハ 小作争議等 ナシ 3 軍需品工業ニ関スル事項 ナシ 4 失業者ノ状態 本郡ニハ各町村ニ失業者アリタレ共今回ノ匡救事業ニ依リ幾分緩和セラルヽ見込ナリ 5 其他関係事項 (仙石原村役場役場蔵)「神奈川県町村長足柄下郡町村長小田原外廿五ケ町村組合会長会書類綴」(昭和七―八年)箱根町 一六 神奈川県農村匡救耕地拡張改良事業補助規則 神奈川県令第七十六号 農村匡救耕地拡張改良事業補助規程左ノ通定ム 昭和七年十月二十五日 神奈川県知事横山助成 農村匡救耕地拡張改良事業補助規則 第一条 農村匡救ノ目的ヲ以テ耕地ノ拡張改良事業ヲ施行スル者ニ対シ知事ニ於テ適当ト認ムル場合本則ノ定ムル所ニ依リ毎年度予算ノ範囲内ニ於テ補助金ヲ交付ス 第二条 補助金ハ耕地ノ拡張改良事業ニ要シタル工事費(開墾助成法ニ依ル二年量ノ開墾事業ニ付テハ事業費)ニ対シ知事ニ於テ之ヲ査定シ昭和七年度ニ於テハ左ノ歩合ニ依リ之ヲ交付ス 但シ昭和八年度以降ノ歩合ニ付テハ更ニ之ヲ定ム 一 開墾助成法ニ依ル二年量ノ開墾事業 百分ノ二十 二 小開墾事業(災害復旧事業ヲ含ム) 百分ノ七十 三 小用排水事業 百分ノ七十 四 暗渠排水事業 百分ノ七十 五 小設備事業 百分ノ七十 開墾助成法ニ依ル二年量ノ開墾事業ハ一団地ノ施行面積五町歩以上小開墾事業ハ同三反歩以上五町歩未満(但シ災害復旧事業ニ付テハ同三反歩以上)小用排水事業ハ支配地積五町歩以上五百町歩未満暗渠排水事業ハ同三反歩以上小設備事業(耕地ニ関スル道路提塘井堰樋管樋門等ノ改良新設)ハ一箇所工事費三百円以上ノモノニ限ル但シ開墾助成法ニ依ル二年量ノ開墾事業ヲ除キタル以外ノ事業ニ付テハ土地ノ状況ニ依リ此ノ制限ニ依ラサルコトヲ得 第三条 前条ノ工事費トハ工事ノ為ニ支出シタル一切ノ金額(夫役現品ノ換算金ヲ含ム)中ヨリ工事監督費事務費ノ類ヲ除キタルモノ即チ人夫賃材料費敷地買収費補償費ノ類ヲ謂フ 第四条 補助金ノ交付ヲ受ケムトスル者ハ工事著手前様式第一号ニ依ル申請書ニ様式第二号ノ設計書ヲ添付シ知事ニ提出スヘシ前項ノ設計書ヲ変更セムトスル者ハ変更設計書ヲ添付シ知事ニ申請スヘシ 数人共同シテ事業ヲ行フ場合ニ在リテハ代表者ヲ定メ其ノ正当ナルコトヲ証スル書面及事業施行ニ関スル契約書ノ謄本ヲ申請書ト共ニ差出スヘシ 第五条 知事ニ於テ前条ノ申請書ヲ受理シ補助金ヲ交付スヘキモノト認メタルトキハ指令書ヲ交付ス 第六条 工事ノ指導又ハ監督ヲ受ケムトスル者ハ様式第三号ニ依リ技術員ノ派遺ヲ知事ニ申請スルコトヲ得 第七条 工事ニ著手シ又ハ竣功シタルトキハ遅滞ナク知事ニ届出ツヘシ 第八条 補助金ノ交付ヲ受ケムトスルトキハ様式第四号ニ依ル補助金請求書ニ様式第五号ノ工事出来形並工事費(又ハ事業費)精算調書ヲ添付シ知事ニ提出スヘシ 第九条 補助金ハ工事出来高ニ対シ出納並出来形検査ノ上年四回以内ニ分割交付ス但シ特別ノ事情アル場合ハ此ノ限ニ在ラス 第十条 補助金ノ交付ヲ受クル者ハ事業ノ施行及経費ノ収支ニ関シ該当官吏又ハ吏員ノ指揮命令又ハ検査ヲ拒ムコトヲ得ス 第十一条 左ノ各号ノ一ニ該当スルトキハ補助ノ指令ヲ取消シ又ハ変更シ既ニ交付シタル補助金ノ全部又ハ一部ノ還付ヲ命スルコトアルヘシ 一 本則又ハ本則ニ基キ発スル命令ニ違背シ其ノ他不正ノ行為アリト認メタルトキ 二 工事ノ出来形不完全ナリト認メタルトキ 三 工事ノ竣功ノ見込ナシト認メタルトキ 四 事業ヲ廃止シタルトキ 附則 本規則ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス 様式第一号 何々事業費又ハ何々工事費補助金交付申請 昭和 年度ニ於テ別紙設計書ニ依リ何々事業又ハ何々工事施行致度候ニ付神奈川県農村匡救耕地拡張改良事業補助規則ニ依リ補助金御交付相成度此段申請候也 年 月 日 住所 工事施行者又ハ代表者 氏名 印 知事宛 様式第二号 設計書 一 事業施行地ノ現況 二 工事計画説明 三 工事ノ仕様 四 工事施行後ニ於ケル土地ノ地目別地積 五 工事ノ著手及竣功ノ予定時期 六 工事費其ノ他一切ノ費用予算並明細書 七 事業施行地ノ現形及予定図 備考 一 事業施行地ノ現況ハ施行地区ノ位置地積土地ノ現状等記述ノコト 二 工事費其ノ他一切ノ費用予算ハ各年度別ニ工事費ニ付テハ各工種別ニ事務費ニ付テハ給料及報酬旅費備品費消耗品費通信運搬費測量製図費雑費等各科目別ニ詳記ノコト 明細書中夫役現品ニ付テハ種目数量及換算金額ヲ記載シ其ノ換算ノ基礎ヲ具体的ニ説明ノコト 様式第三号 何々工事指導(又ハ監督)申請 一 指導(又ハ監督)事項 何々 二 指導(又ハ監督)希望時期 三 何々 右工事指導(又ハ監督)相受度候ニ付吏員御派遣相成度此段申請候也 年 月 日 住所 右工事施行者又ハ代表者 氏名 印 知事宛 様式第四号 何々事業費又ハ何々工事費補助金請求書 金 円 昭和何年自何月何日至何月何日何々事業費又ハ工事費精算額 右何年何月何日神奈川県指令耕第 号ニ依リ何々事業又ハ何々工事 施行致候ニ付補助金御交付相成度別紙工事出来形並事業費又ハ工事 費精算調書添付此段請求候也 年 月 日 住所 右工事施行者又ハ代表者 氏名 印 知事宛 様式第五号 何々工事出来形並事業費又ハ工事費精算調書自昭和何年何月何日 至昭和何年何月何日 (「神奈川県公報」第六二二号) 一七 小田原土木出張所農村振興土木事業等に関する事務打合会議案 小土発第一三七号 昭和八年六月二十九日 小田原土木出張所長(印) 仙石原村長殿 事務打合会議開催ノ件 七月四日(火曜)午前九時ヨリ元郡庁舎会議室ニ於テ農振工事其他事務打合会開催致度候条可相成土木事務主任者帯同定刻迄ニ御参集相成度此段及通知候也 迫而一般土木事務ニ関シ提案事項有之候ハヾ其節御提示共ニ研究致度候ニ付申添候 〔別冊〕 「土木事務会議案小田原土木出張所」 昭和八年度農振土木事業其他事務打合会議案 昭和八・七・一 小田原土木出張所 ○協議事項 一 雑費ノ支途ニ関スル件 1 六分以内 2 二分シ町村長扱 土木出張所長扱 3 土木出張所扱ハ現金前渡ノ取扱ト致シタシ 4 技術及事務員給料諸手当通信費諸用紙其他消耗品代ニ当ツ 5 給料賞与ニ付テハ事務主任委任ヲ受ケ支払ヲナス 6 通信費ハ土木出張所長ノ証明ニ依リ支出ス 7 消耗品其ノ他ハ各商店ヨリ請求セシメ所長証明ノ上支出ス 8 毎月末支出計算書ヲ二通作製シ町村長会長ト土木出張所長トニ保管ス 9 現金出納簿経理支出整理簿ニ依リ処理ス 10 以上ノ取扱ニ付テハ経理課長ヨリ更ニ詳細指示ヲ受クル筈ニテ大略ノ骨子ナルヲ以テ御了承セラレタシ 二 技術及事務員採用ニ関スル件 1 本年度ハ賞与支出モ包含セラルヽコト 三 諸用紙共同調製ニ関スル件 1 工事執行伺工事ケ所調書施行認可申請請負条件就労状況報告昨年ヨリ増加 四 測量杭木及手伝人夫提供ニ関スル件 ○指示事項 一 補助率ニ関スル件 1 前年ノ通リ七割五分補助ナルコト 二 予算決議ニ関スル件 1 此ノ場合治水工事アルモノニシテ随意契約ニ依ラントスルモノニ対シテハ町村会ノ同意決議ヲ失念セザルコト 三 直営請負ノ区分ニ関スル件 1 監督雑費計算率ニ相違アルガ故ナリ 四 工事施行ニ関スル件 市町村土木工事起工ケ所ノ選定工事執行方法労働者使用方法等ニ関シテハ前年ノ例ニ依ルベキハ勿論ナルモ尚左記事項ニ付特ニ留意シ共ニ自奮自励一層能率シ向上シ昨年ニ倍加セル良績ヲ挙ケシメラルヽ様鋭意努力セラレタシ 1 起工ケ所ノ選定ニ付テハ経済ヲ考慮シ効果至大ナルケ所ニシテ労力費亦多キ工事ヲ選択スベキハ勿論ナルモ更ニ路線ノ重要性ヲ思考シ最モ改良効果大ナルモノヲ選定シ特ニ数ケ所ニ渉ラサル様留意セラルヽコト尚河川工事ニ付テハ指定セル河川ニノミ使用ノコト 2 工事ノ選択ニ当リ地方的勢力ニ動カサレ或ハ其ノ他ノ情実ニ禍サレ不急ナル事業ヲ起工シ又ハ部落間ニ於テ事業ノ争奪ヲ醸スガ如キコトナカラシムルコト 3 工事ハ必ス年度内ニ完成セシムルノ要アルヲ以テ速ニ起工ケ所ヲ決定シ各地方ニ於ケル農閑期ヲ利用随時工事ニ着手セシメ遅クモ十二月末日迄ニハ竣功ヲ期セシムル方針ヲ以テ指導監督スルコト従テ一度起工ケ所ノ決定ヲ見タル場合ハ特別ノ事由アルモノニセヨ再ビ変更セサル様特ニ留意セラルヽコト 4 特別ノ事由ニ依リ府県道ヲ市町村事業トシテ改良ヲ為ス場合ニ於ケル補助率モ町村事業ニ於ケルト同様四分之三トス而シテ右事業ハ特ニ之カ設計監督ニ留意シ将来府県道トシテノ効用ヲ発揮スルニ遺憾ナカラシムルコト 5 道路ハ道路工事執行令其ノ他ハ神奈川県工事執行規程ニ準ズルコト 6 地元部落請負ノ方法ニ依リ執行スル場合ハ特ニ左記各項ニ留意セラルヽコト イ 設計金額ヲ以テ部落ニ請負ハシムルコト ロ 下請負ハ之ヲ認メザルコト已ヲ得サル事由ニ依リ下請ヲナス場合ニアリテハ請負ノ方法条件ニ付キ土木出張所長及町村長ノ承認ヲ受ケシムルコト 7 工事ニハ必ズ地元及隣接町村ノ住民ヲシテ就労セシムルコト イ 特ニ生活困難ナルモノヲ優先シテ就労セシムルコト ロ 就労圏内ニ於ケル町村ニアリテハ就労者名簿ヲ調製シ就労ノ機会ヲ均等ナラシムルコト ハ 就労圏内ニ内務省直轄工事又ハ県施行ノ工事アル場合ハ各関係者ト就労者ノ割当数ヲ速ニ協定スルコト ニ 賃金ハ可成日払トスルコト 8 町村ノ負担ヲ軽減スル目的ヲ以テ労力ノ提供又ハ労力費ノ寄付ヲ強要スルカ如キコトナキ様特ニ留意セラルヽコト 9 職工人夫賃金ハ設計単価ヨリ二十銭以上扣除セザルノ件 (参考) 五 報告書類ニ関スル件 1 就労状況報告ハ昨年度ノ成績ヲ見ルニ実ニ不成績ト云ハサルヲ得ス一ケ町村ノ報告ナキ為メ下郡全部ノ不成績トナリシヲ以テ本年度ハ必ズ期限ヲ違ヘサル様セラルヽコト 2 工事功程報告ハ毎月十五末日現在ニヨリ町村ヨリノ報告ヲ取纒メ報告スベキニ依リ毎期所定ノ期日内ニ報告セラルヽコト六 砂利砂及石材無料採取ニ関スル件 道路愛護作業ト同様申出ニ依リ採取シ得ヘキニ付係員ト打合セノコト 七 農村振興土木工事費ノ経理ニ関スル件 前年度ニ於ケル標記工事ノ執行ニ当リ結果県下ニ於テ左記ノ如キ不備アルヲ認メタルニ依リ本年度ニ在リテハ之等欠点ナキ様充分留意セラレタシ イ 事業費精算ニ当リ配当工事費額ニ符合セシムル為殊更ニ事実ニ反スル証憑書ヲ作成セルモノアリ右ハ事実ニ依リ精算ヲ為スコト ロ 雑費ノ支出ニ当リ事業費ニ対スル一定歩合ノ額ハ必ズ支出スルヲ要スルモノト誤解シ事実ナキ仮空ノ支出ヲ為セルモノアリ前項同様精算ヲ為スコト 八 町村道ノ維持管理ニ関スル件 町村道ノ維持管理ニ関シテハ注意ヲ促スマデモナキ義ナレ共農村振興事業トシテ前年来施行ニ係ルモノヽ内路線認定ノ変更道路区域ノ決定又ハ道路ノ供用開廃等道路法ノ規定ニ依ル手続洩レノモノ又ハ買収若ハ上地ニ依ル用地ノ登記未済ノモノ等ハ速ニ其ノ手続ヲ完了スルト同時ニ非常時農村対策トシテナシタル本事業ノ効果ヲ永遠ニ保持センガタメ一層道路愛護ノ奉仕的精神ノ涵養ニ努力セラレタシ 九 農振土木事業施行ニ当リ理事者ノ責任ニ関スル件 農村振興土木事業施行ニ関シ工事監督其他出来得ル限リ県ニ於テ之ヲ為スト雖第一次責任監督ハ管理者タル町村長ニ在ルハ今更事新シク申ス迄モナキ義ナレ共偶々然ラザル町村ノナキニシモアラズ昨年度ノ施行ニ付経験ヲナメタル事実アルヲ以テ此ノ点篤ト留意セラレタシ 十 所属所員明示ニ関スル件 十一 農村振興土木事業雑費割当ニ関スル件 十二 雑費納入期厳守ニ関スル件 毎期(二十日限)遅滞ナク納入セラルヽコト 十三 其ノ他ノ事項ハ前年ノ例ニ依ル 〔別表一〕 農村振興土木事業雑費割当表。 〔別表二〕 所員受持区域表 昭和八年六月一日改正 小田原土木出張所 田島村 下曾我村(但シ八年度農振工事ヲ除ク) 土木工手 反町泰吉 大窪村 温泉村湯本町(湯本元箱根線及農振工事ヲ除ク) 土木道路工手 亀井伯 旭橋改築工事 土木工手 内堀朝治 湯本元箱根線畑宿樫木茶屋ヨリ国道一号線元箱根村分岐点マデ 土木工手 松尾勇夫 (仙石原村役場「土木書類」(昭和八年)箱根町役場蔵) 一八 時局に対する国民の信念培養の指導要項実施事項 八教第八六〇号 昭和八年四月二十一日 学務部長 市町村長殿 学校長昭和八年三月三十日文部省訓令第三号並ニ第四号ヲ以テ現下ノ非常時ニ処スヘキ国民ノ覚悟ニ関シ訓令相成リタルニ付テハ特ニ左記指導要項並ニ実施要項御留意ノ上貴部内学校青年訓練所社会教育関係諸団体神社宗教団体等ト提携シ訓令ノ趣旨徹底方ニ関シ万遺漏無キヲ期セラレ度旨其ノ筋ヨリ通牒ノ次第モ有之依命此段通牒候也 記 一 指導要項 イ 時局ノ真相ヲ明ニシ正義ニ立脚セル国民的信念ノ透徹ヲ図ルコト ロ 中正ナル思想ヲ堅持シ各其ノ分ニ励ミテ奉公ノ誠ヲ竭サシムルコト ハ 社会ノ現状ニ鑑ミ相戒メテ風教ノ粛正ニ努メシムルコト ニ 堅忍持久ノ精神ヲ養ヒ克己ノ生活ニ耐ヘシムルコト 二 実施要項 イ 敬神崇祖ノ思想ノ徹底 ロ 国旗掲揚ノ奨励 ハ 時局ニ関スル訓話 ニ 体育ノ奨励 ホ 団体的行動ノ訓練 へ 公共的運動ニ対スル協力ノ奨励 ト 風紀粛正並ニ生活ノ緊張ニ関スル協同的行動ノ奨励 チ 困苦欠乏ニ耐フル訓練 リ 警備並ニ防空ノ訓練 ヌ 銃後活動ニ関スル訓練 備考 文部省訓令第三号第四号ハ昭和八年三月三十日官報参照 (「神奈川県公報」第六七四号) 一九 神奈川県精神作興週間に関する件要項 精神作興週間に関する要項 一 趣旨 「国家興隆ノ本ハ国民精神ノ剛健ニ在リ」我徒この聖旨を奉体して策励奮起その徹底を期すべく微力を傾倒する所あり 之れを以て既に教化の大綱略々整へるものあるを見るも時局の変転日に甚だしくして之れに対応すべき方途尚未だ備はらざるに今又未曾有の時艱に遭遇せり 偶々本年十一月十日は先帝この大詔を渙発せられて満十年に相当すその「今ニ及ヒテ時弊ヲ革メスンハ或ハ前緒ヲ失墜セムコトヲ恐ル」の詔尚炳乎たるを拝すれども我徒の微力遂に聖慮の万一に奉答し得ずして今日に至る真に恐懼に堪えず 茲に既往を省み更に現下世局の弥々重大なるに想到して感慨量るなし仍ちこの記念の時を迎へて茲に精神作興週間を設定し新にこの聖旨を奉じ且今次国際連盟離脱に際して賜りたる詔書の御趣旨の普及徹底を図り以て非常時国民の精神を振作し自力更生の意気を喚起し挙国振張の実を挙げむことを期す 二 強調要目 (一) 国民相戒メテ自己ヲ反省シ家族的協同生活ノ本義ヲ自覚セシムルコト (二) 非常時日本ノ真相ヲ明知シ挙国振張ノ秋タルヲ痛感セシムルコト (三) 克己忍苦ノ修練ニ耐へ剛健ナル国民精神ヲ振作セシムルコト 三 運動の機関 中央及道府県教化連合団体之れが主体となり中央地方官民各方面は勿論各種有力団体言論機関放送局等の賛助協力を求めて全国一斉に運動の徹底を期すること 四 期間及実行事項 (一) 期間 十一月七日より十三日まで(詔書渙発記念日たる十一月十日を中心とする前後一週間)右の内十一月十日を「克己日」とす (二) 実行事項 (イ) 全期間中の実行事項の一斑 1 各地方の実情に基づき週間中の各日につき適切なる実行事項を定めて其の実行をなすこと 2 本週間を起点として団体的申合せによる生活更新の実行を期すること 3 懇談会座談会講演会講話会其他適宜集会を催し時局の真相を熟知せしめ聖旨を徹底せしむること 4 印刷物の配布「リーフレット、ポスター等の配布」 (ロ) 克己日「十一月十日」の実行事項の一斑 1 各戸に国旗を掲揚すること 2 道府県市町村部落団体等に於て神社(又は仏閣学校等)に参集し多摩御陵遥拝式並に詔書奉読式を挙げ終つて共同的実行事項を定めて厳粛なる宣誓をなすこと等 3 町村部落団体等に於ては適宜起床時間を定めて一斉に早起を敢行し良習慣の動機となすこと 4 国民各自身辺を顧み克己忍苦以て非常時に処する生活訓練をなすこと 5 当日の克己によりて節減し得たる余財は額の多少を論ぜず之を拠出して軍資金国防資金出征軍人並遺家族慰問金国債償還資金其他公共施設資金に献じ又は各自貯金或は共同積立金に充つること 神奈川県社会事業協会教化部 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和八年)箱根町役場蔵) 二〇 神奈川県下自力更生町村の事例㈠ 「昭和七年十月更生へ進む滞納無き町村神奈川県市町村更生委員会」 序言 近時農山漁村の疲弊中小商工業の不況は愈々深刻となりその影響が漸次公租公課の上に及ぼしつゝあることは洵に憂ふべき現象である。市町村税に於ても近年年を逐うて滞納が著しく増加し試みに之を本年七月一日現在の過年度滞納額について表示すれば大正十五年昭和元年度以前ノ分一、〇七〇、三六〇円昭和四年度分 五〇二、三三九円昭和二年度分 二七八、八六一円昭和五年度分 八一〇、九二八円昭和三年度分 二七〇、七五七円昭和六年度分一、三八七、六六八円となりその累計は実に四、三二〇、九一三円の巨額に達し方に市町村財政をして危機に瀕せしめつつある。 かくの如く民心の弛緩と財政窮乏の結果滞納の弊風が滔々として拡大せられて行くのは真に遺憾に堪へない次第であるがその中に立つて克く納税の義務を怠らず全然滞納のない町村が現に県下に八つも存するのは聊か意を強うするに足らう。其の由来する所を尋ぬれば或は村民の自覚に基くもの或は村当局の指導又は施設の宜しきを得たるによるもの或は聖賢の薫化今日に及べるもの等多種多様であるが要するに村民と村当局とが一致協力して自力更生の途に邁進した結果に外ならぬのである。以下之れ等滞納なき八ケ町村の努力の跡を検討し以て自力更生の資料たらしめたいのである。 昭和七年九月 神奈川県市町村更生委員会 目次 三浦郡初声村 中郡南秦野村 鎌倉郡村岡村 足柄下郡元箱根村 足柄上郡共和村 足柄上郡清水村 足柄上郡桜井村 足柄上郡金田村 更生へ進む滞納なき町村 三浦郡初声村 本村は三浦半島の西端に位し浩渺たる太平洋の波の磯うつ所山紫に水清き勝地である。畏くも上皇室に於かせられては此の地を以つて御用邸御造営の地として御選定遊ばされて居るのであつて戸数六百二十三戸人口三千六百八十九人の農漁を主たる生業とする村落である。 本村が納税完納村となる迄即昭和二年度以前に於ける納税状況を見るに明治三十四、五年頃は村治上にも兎角円満を欠き納税成績も亦甚だ宜しくなかつた。依つて明治四十四年頃大いに納税思想の普及に努めたのであつたが容易に良好なる結果に至らず。国県税は相当の成績を示してゐるに拘らず村は毎年度出納閉鎖期の近くになつて俄に滞納の督促を強行して辛うじて年度内に完納せしめつゝあつた様な状態であつた。当時の郡長からも此の弊風を改めて納期を厳守せしめる様屡々勧告もあつたのであるが未だ村民の心を一新せしめるに足る適当な機会もなく荏苒年を経つゝある中昭和三年二月現河田村長の提唱に依り御大典記念事業として従来ある五人組の組織を利用して全村に亘り九十の納税組合を作るに至つたものである。 爾来各納税者は夫々組合長へ現金と徴税令書を持参し組合長は之を取纒めて納期末日迄に役場へ納付することとなつたが一部の組合では日掛又は月掛の貯金をなし之を税金に充てるの方法もとつた。昭和六年度に至り満三ケ年完納の組合八十四を表彰し大いに其の功労を賞揚すると共に弥々此の良風の永続を期せしめ且一般村民の奮起を促した結果諸税納期の末日は組合関係納税者が先を争つて役場に殺到するといふ有様である。 現下不況の秋尚且此の美風の保持せられてゐる所以のものは現河田村長の組合提唱に起因するは無論であるが村民が之れに呼応して一致協力その完成に力め各自勤勉力行大いに敦厚なる気風を振作した賜とも謂ふべく一戸当二十九円の高率なる村税も勤勉節約をモツトーとする村民の前には何等の痛痒をも感ぜしめないものゝ様である。 此の外本村には全村を区域とし村長を組合長助役を副組合長として昭和四年七月に創立せられた有限責任初声信用販売購買組合がある。之が利用に依つて農山漁村不況の波を自力によつて漕ぎ進まんと努力しつゝあるは実に頼もしい村と謂ふべきである。 中郡南秦野村 本村は彼の煙草を以て有名なる秦野町の南方に在つて戸数八百五十八人口は五千三十五人を有する村落である。 本村民は従来農を以て本業としてゐたが隣接秦野町の発展と小田急電鉄の開通に伴つて本村地内に停車場を設けられてから急速な発展をなし商工業者の来往も頻繁となり且全戸数の約半数は何れも各種の商工業を営むに至つた。然し営業者の大部分は日月税者であり随つて業者の転出入も繁劇である所から人情も一様ならず貧富の懸隔も甚しく負担の公平納税の円滑を期することは頗る困難なことであり村当局の常に苦慮する所であつた。従来本村は納税成績が余り良好の方ではなく動もすれば滞納が増加するといふ傾向を示すに至つたので当局者は此の弊風を一掃する為めには納税組合を組織することが緊要であることを痛感し明治四十四年の初期に於て試に字西大竹に納税組合を設けたのであつたが其の成績が極めて良好であつたので全村に亘つて之が設置を見るに至つたのである。 組合は各字毎に一組合として十五組合を作り各組合には組長を置き更に各組合が数組に分れてゐる。各戸には納税期限一覧表を配布し予め納税期日を一般に知悉せしめ徴税令書は役場から之を組長に交付し組長からは組合員に配布し且税金を取纒めて収入役に納付するの制度を採つてゐる。納税組合が設置せられてからは納期迄には完納されるのが常例となり適々納期に後れる様なものがあつても期日後三日以内には各税を通じて屹度完納せられるといふ様な優良の成績を示して居る。 尚本村は南秦野村納税組合表彰規程を設けて毎会計年度末には表彰式を挙げて表彰金品を贈り或は納税奨励に関する講演会を開催し或は小学校児童を通じて納税の重要なる所以を説き或は納税標語を配布する等常に納税義務の観念を鼓吹してゐる結果村民亦克く当局の意の存する所を諒得し滞納は恥辱の最たるものであるとなし互に競つて其の義務の履行に力めるといふ風になつた。農村不況に喘ぐ折柄自立的更生の実を挙げつつあるものと謂ふべきである。 鎌倉郡村岡村 本村は東海道線の藤沢駅から六、七町の処に在つて戸数は僅に二百四十五戸人口千六百九十八人といふ民風の頗る質朴敦厚なる一小村である。歴代の村当局は常に村内の情況に細心の注意を払ひ且役場吏員の言行は直に村民視聴の的となり其の思想上に及ぼす所亦極めて深きを信じ常に其の儀表たらんことを念とし又機会ある毎に村民一般に村勢並に財政の情況を周知せしむると共に納税思想の涵養に最善を竭して居る。従つて役場事務の如きも凡て整然として一点の疑惑を受くるが如きことなく村民は亦当局者に絶大の信頼を寄せてゐる。 この故に納税成績は単に村税のみならず県税国税に就ても頗る良好であつて昭和五年には国税二十ケ年完納の故を以て表彰を受けるに至つた。依つて益々従来の納税成績を保持せんが為に昭和六年納税奨励規程を制定し納税組合の設置を奨励した結果現に十五の組合が組織せられ村民二百五人が之に加入してゐる。納期内完納者には納税額の一割を奨励金として交付する予定である。 村民は又一致協力して経済上の共同施設を企画利用して居る。其の主なるものは村岡村購買販売利用信用組合園芸組合等である。加入者は二百二十七を算し生産の統制規格の統一販路の拡張消費の合理化を図り貯蓄の奨励及金融の円滑方法を講じ着々其の実績を挙げつゝある。信用組合に於ける貯金額の如きは現に十万余円に上り多くの農村が不況に悲鳴を上げつゝある今日更生の歩を強く堅く踏みしめ進むものと言ふを憚らない。 足柄下郡元箱根村 本村は所謂総称しての箱根の中心を為す地域を占め湖上の富士を以て有名なる芦ノ湖の大部を含む広大なる地籍を有して居る。戸数は僅々八十四戸人口四百五十六人の小部落ではあるが箱根権現姥子大涌谷等の名勝史蹟は何れも同村内に在る。住民の大部は所謂遊覧地箱根の恩恵と冬季に於ける篠竹採取等の山林収入に依つて生計を立てつゝある。 実質的には極めて小村であるから行政組織も他と異り明治十四、五年戸長役場の時代から隣接箱根町及芦ノ湯村との組合を組織し来つたもので現に箱根町外二ケ村組合と称し役場事務の全部並救助事務勧業事務教育事務の共同処理をして居る。 従前から広大な基本財産土地を所有して居たのではあるが其の一部が御料地として宮内省御買上の恩典に浴した結果現金有価証券合せて二十余万円を有するに至り其の益金を以て村費全額を経理し得たが為に大正十四年度迄は村税を賦課する必要もなく県下唯一の無税村として全国的に其の名を知られて居たが水道布設其の他事業の為基本財産を村費に運用した結果自然収入の減少を来し大正十五年昭和元年度始めて県税雑種税附加税を賦課し昭和二年度からは戸数割を除く他の国県税附加税全部を賦課することゝなつて現在に及んだものであるが当初から滞納として翌年度に繰越された事実はないのである。 前記の如く村税の賦課が徐々に始められたといふ関係とまだ他町村に於て最も徴収に困難を感じつゝある戸数割を賦課して居ない為に納税者が割合に苦痛なく義務を果し得るといふことも言へようが其の間豆相大震災に依る甚大な被害及今次の深刻な不況等打続いての打撃に遭遇しながらも尚且村税完納の美風を持続しつゝあることは村民の不撓不屈の精神の発露とも言ふべく自力更生の範を如実に示したものと称すべきである。 足柄上郡共和村 東海道山北駅から渓谷を辿り山嶺に倚つて急傾斜の小径を登ること約二里海抜三百米の高処に点在する二百有二戸の村落が此の共和村である。素より山間の僻村交通機関と言ふべき程のものは何一つ無く自転車の利用さへ殆ど不能の状態にある。住民は五百二十八人あるが生業の主なるものは養蚕や薪炭等で天恵の薄い山村ではあるが民情は極めて質朴温順である。 村役場には吏員としては従来村長唯一人であつたが大正十年信用組合の事務を取扱ひ始めてからは助役も常勤し収入役は村長兼摂のまゝで事務の整理も極めて良好であるから村民の信頼も亦厚い。 歴代の当局者は頗る村政に熱心で常に村民を相誠め相励まして勤倹貯蓄を奨励し大正十年三月には村民一般より成立せる前記信用購買組合を設立し事務所を役場に置いて一切の事務を処理し金融の円滑を図ると共に貯蓄の観念を普及せしめ各戸毎月一口二十銭以上の強制的貯蓄を励行して居るから現に打続く農山村の不況にも各自相当の貯金を有し青年団処女会戸主会等の団体預金を合せると約八万円の巨額に上つてゐる。 又村の一般経費の中に村有林管理費(造林下刈)数百円を計上して比較的納税困難と認められる者には該労役に服して之を納税の資に充てしめてゐる。尚大正十三年以来県有林野の砂防工事が行はれてゐるので無産階級の者も金融が潤沢であり且之等に対する労銀の支払は凡て信用組合で取扱ふ関係上自然納税成績も良好となつたものである。 足柄上郡清水村 本村は県の最西部に位し戸数三百十八戸人口二千六百人を有する村落である。 村内には東京電燈株式会社の峯嵐の両大発電所が在るので従来該会社の納める営業税附加税(現営業収益税附加税)だけでも相当多額に上るために一般村民の負担は比較的に軽く財政的には大いに恵まれて居つた関係上納税に就ては苦慮する者もなかつた。然るに近来会社の事業不振から其の納税額も年々に減少して行くので其の補塡は勢村民の負担を増加することゝなり大正十三年に於ける一戸当りの負担は七円昭和元年度に於ては十円当七年度の如きは十三円といふ風に漸次増加して来た結果滞納の弊が漸く現れて来るやうになつたのに鑑み昭和六年各部落に二組宛の納税組合を設置して組合長副組合長を置き凡ての税金は組合長が取纒めて期日までには必ず納付することゝし年一回の納税金額に応じた奨励金を交付することになつた。 又村当局は地味が茶業に適してゐることを力説して大いに茶園の開墾増植を奨励し産業の振興を図り昭和元年には製茶事業の村営を企画して工場を新築し数台の製茶機械を据付け村内の生葉を一手に引受けて製造出荷した処成績頗る良好で年々に隆昌に趣き相当村民の福利を増大しつゝある。 尚昭和二年からは自動車運輸事業の村営を計画し特別経済を以て之を実施するに至つたが現在では昭和七年度予算一万四千円に上り昭和五年度の決算では村一般費の繰入を為さずに約一千円の剰余金を生ずる様な有様で相当収益を得つゝある。 斯く村当局は常に村民の福利を増進することを念とし一方財政的にも恵まれてゐるので当局に対する村民の信望も篤く従て納税の成績にも好影響を及ぼし今日完納村の誇を贏ち得たものと思はれる。 足柄上郡桜井村 酒匂川の西岸に在つて戸数は二百七十六戸人口千六百二十六人を有する純農村で彼の尊徳二宮翁出生の地である。 翁の薫化は今日に及び村民が翁の徳を慕ふの念は頗る篤く勤倹力行義務を重んずるの風が全村に漲つてゐる。小田原急行電鉄の開通以来交通は至便となり沿道の村民には人情に風俗に著しく頽廃の嫌あるものも少くないが本村は華美に流れず軽浮の風の染まず文明の利器を利用して益々産業の振興に力めてゐる。 永年に亘る勤倹努力の効は各戸に報いられ本村には大なる富豪とては無いが富は広く均霑し純小作人僅に四十余他は何れも相当田畑を所有し耕作反別一戸当平均一町歩余に及び殆ど二毛作を為してゐる。又近年米穀価格の低落に鑑み果樹園芸に一層の力を注いだ結果昭和三年頃より葡萄年産額一万貫価格三千余円無花果年産額三万箱価格亦三千余円梨の産額は五六千貫二千余円の収益に上り裏作の主なるものには一寸蚕豆の年産五万貫五六千円の如き何れも出荷組合の手を経て小田急電鉄を利用して東京小田原熱海方面に販出せられる。 縄綯ひ俵編み莚織等生業上の必需品で自家に於て製作し得るものは凡て夜業を以て之を処弁し四季を通して昼夜間断なく業務に精励する有様であるから全く貧困者と称すべき者なく大正十二年創設せられた信用購買組合も遺憾なく利用せられて居る。本年度に於ける一戸当三十四円五十銭といふ村税負担も何等苦痛を感ずる者なく納付せられつゝある。克く自力を以て向上発展しつゝある良村と言ふべきである。 足柄上郡金田村 本村は酒匂川の東岸に在る戸数三百十八戸人口二千二百二十八人の純農村であつて生業は主として米麦作野菜養豚養鶏果樹園等である。位置地勢等の関係上一般に財政的には恵まれず比較的有産階級の人も少く従つて納税困難の人も少くないのであるが歴代の村当局に其の人を得大正十年頃には納税遅延勝の者へは村長自ら出向き時には親戚知人等を立会はせて大いに納税義務の重大を説き或は金策を授け或は強圧的訓誡督励を試みる等百方手を尽し又集会等の機会ある毎に納税観念の鼓吹に力めた結果村民も大いに理解し「滞納して多くの人に迷惑を掛けることは大なる罪悪である借金しても税金だけは期日迄に必ず納めなければならぬ」との自覚を深める様になつた。 大正十二年従来の五人組の制度を活用して納税組合を設け十戸乃至十七戸を以て一組合を組織したが其の数が現に三十二ある。又昭知二年三月には金田村納税奨励規程を設けた。 之れ等の定めに依ると納税組合長は各自組合の税金を取纒めて納入する制度であるが表彰区分の関係上特に納税指定日(納期日の二日前)を定め指定日迄に完納した組合は優良組合納期日迄に完納した組合は佳良組合として表彰に等差を設けてある。 継続五ケ年間納期内完納組合 七 同 四ケ年間納期内完納組合 一五 同 三ケ年間納期内完納組合 二二 其の他も納期日後二三日中には全部完納するといふ状態である。 前記納税優良組合に対しては毎年一回村民一同を集めて表彰式を挙げるのであるが此の時は税務署長県税務出張所長等の臨席を乞ひ式後納税に関する講演会を催するのが例である。 其の他徴税令書納額告知書等を差込み置く状差を各戸に配布し之には各税の納期を印刷して置く等細心の注意を払つて常に納税思想の普及に努めて居るから納税義務観念は相当徹底し可なりの困苦を忍びつゝも納税成績は極めて良好である。 尚昭和四年十一月東京税務監督局長より昭和三年度国税完納の廉により表彰を受くるに至つた。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和七年)箱根町役場蔵) 二一 神奈川県下自力更生町村の事例㈡ 再ビ更生へ進ム滞納ナキ町村ニ就テ 昨年七月一日現在ヲ以テ市町村税ノ過年度滞納額ヲ調査セルニ実ニ四、三二〇、九一三円ノ巨額ニ達シ方ニ市町村財政ノ危機ヲ思ハシメタルニ此ノ間ニ処シテ全然滞納ナキ町村ガ八ケ町村モ存在セシコトハ我ガ郷土ノ誇トシテ当時天下ニ発表セシ処ナリ 然ルニ本年三月末現在ニヨリ更ニ市町村税ノ滞納額ヲ調査セルニ驚クベシ総額五、七五一、八一六円ノ巨額ニ達シ昨年七月一日現在ト比較スルニ一、四三〇、九〇三円ノ増加ヲ来セリ而シテ自力更生ノ模範ト謳ハレタル滞納ナキ八ケ町村中依然トシテ其ノ名声ヲ保持セルハ三浦郡初声村中郡南秦野村足柄上郡桜井村ノ三ケ村ニ止マリ鎌倉郡村岡村足柄上郡共和村清水村金田村足柄下郡元箱根村ノ五ケ村ハ僅カナル滞納額ノ為ニ此ノ列ニ残ラザリシハ誠ニ遺憾ノ極デアル 然シ乍ラ茲ニ吾々ノ最モ誇リトナスベキハ此ノ滔々タル滞納ノ弊風ノ間ニ処シテ新タニ滞納ナキ二ケ村ヲ加へ今尚五ケ村ノ税金完納ノ美風ヲ保持スル優良ナル町村ヲ有スルコトヽナリ今左ニ新タニ更生へ進ム滞納ナキ町村ニ加リタル二ケ村ノ努力ノ跡ヲ検討シ以テ自力更生ノ資料タラシメントス 更生へ進む滞納なき町村 足柄上郡曾我村 東海道線下曾我駅から西北へ約半里戸数四七〇人口三〇〇〇其の面積五万粁の純農村である 村民は古くから農業を営み質朴勤倹よく其の生業に励み東海道線は村内中央を南北に走り文化の煙は豊饒な田園から軽佻浮薄な生活へと間断なく誘惑するけれ共天与の土を固く愛する村民は如何なる誘惑にも惑はず孜々として天来の生業を完うせんとする牢固なる信念は遂に平和村模範村として今日あらしめた所以であり此の麗はしい思想が村政に反映し滞納なき町村として推賞される様になつたのは寧ろ当然と謂はねばならぬ。 けれ共多年の間には経済界の変動あり財政窮迫の時細民をして完納せしめる為歴代の理事者が嘗めた幾多の苦心を想はねばならぬ。又明治四十年の頃一時政浄から此の平和村を攪乱せむとする秋さへあつた。当時一部理事者に対する反感等から動もすれば滞納者を出さんとする危機に当面した時の理事者は深く之を憂へ考究の結果青年団員をして督励せしめる事とした。即ち理事者は更めて青年団員に納税義務の重大を説き各部落の団員は各自部落を受持ち納期の前後各戸を訪問して督励した。大概一名位の青年を有する各戸は名誉の為互に競て納税する様になつた。爾来約五ケ年間此の計画を継続したが青年団員は或は納期の前日納税者を訪れて納期日を注意し期日の翌日は更に各戸を訪ひ納入済か否かを質し未納者に対しては完納に到る迄は何回となく訪問する等此の間に於ける彼等の努力は真に涙ぐましいものがあつた。 理事者の此の計画は真に当を得たものと謂ふへく此の結果納税成績は目に見へて向上し納税思想は此処に根強くも亦完全に播植されたのである。爾来今日に到る迄此の思想は聊かの動きもなく継続され納期日には一日にして殆と全額納められ時に一二困窮者に於て都合の為遅れる事はあつても必ず納期日には役場に出頭して事情を訴へ数日内に日を約して去れば必ず約束の日には完納され無断滞納する様な者は全くない。 昭和六年四月従来殆と有名無実であつた納税奨励規程を根本的に改正し平均八戸位を単位とする納税組合六十を組織し伝統的に優秀な納税成績へ更に一段の拍車を加へる事にした。 規程第四条に一ケ年ヲ通シ納期指定日迄ニ完納セル組ニハ左記標準ニ依リ奨励金並賞状ヲ交付ス 一 国税納付金ノ千分ノ一 (当該組合員総額ノ税額) 一 県税納付金ノ千分ノ二 ( 〃 ) 一 村税納付金ノ千分ノ二 ( 〃 ) 四ケ年間続続完納セル組ニ対シテハ其ノ組ニ於テ四ケ年間受領セル奨励金ノ十分ノ一ヲ交付ス とあり此の規定に基く第一回表彰式を客年十二月小学校で挙行した表彰を受けたもの実に全組合当日は名誉職は勿論全村民出席して質素乍らも村内の手料理に満喫し甘露に酔ひ乍ら表彰を感謝する和気靄々たる情景は現代稀に見る理想郷といはねばならぬ。斯く村民の脳裡へ深刻に浸潤された納税思想は総てに反映して農会費部落協議費赤十字掖済会々費等諸団体費徴収に当ても期日違はず納入して理事者に手数をかける様なことは絶対にない。 又理事者及有志は政争から来る村内の軋轢を極度に憂へ村民の親睦を図ると共に生活を改善して其の安定を図る為客年十二月全村民を会員とする公正会なるものを組織し会長以下役員はよく会員を善導し一糸乱れず目的に邁進しつゝあり。理事者の指導は村民の自覚と相俟つて今日の善蹟を挙げ得た事は真に模範とするに足るものである。 足柄下郡仙石原村 本村は足柄下郡の西端箱根連山の中腹に位する高原の一寒村に過きないと雖天然の宝庫たる温泉随所に湧出し四囲何れも山岳重畳して中央に濶け南に芦ノ湖を控へ西空には富士の霊峰を仰き而も芦ノ湖を源とする早川の渓流は滾々として東流し山に水に風光絶佳而も第二号国道村内を貫通して交通至つて便利であるが為四季を通して浴客遊覧客の絶えることなく誠に羨望に価する仙境である。戸数百八十六人口千六十余人何れも農業林業を以て生業としてゐる。民風頗る質朴敦厚且つ当局との接触緊密であつて相提携して村治の発展に努めてゐる。 歴代の理事者は常に村内の状況を監察して機会ある毎に村勢財政の現況を一般に知悉せしめて改善の資料とし殊に納税思想の涵養に付ては更に一段の力を加へて之か徹底を図つて居るか故に村民全体は従来から国県村各税を通して全然滞納の声を聞かないのであるが偶々村内土地の異動に伴つて他市町村人が納むへき不動産取得税を滞納することがあるので折角完納の美風を是れ等の人々によつて傷つくることのあるのは同村のため甚た遺憾に堪へないのである。然しながら周囲の感化は遂に彼等をして常道に導き茲に全く滞納なき村として県下に其の誇を示し得たのである。 納税奨励施設としては村規程に基いて相当の予算を計上し毎年一月開会する戸主会の総会席上で表彰状に物品を添へて之を贈呈し表彰を続けてゐる納税組合は全村一組合(組合員一八六人)として活動してゐる。 今や世相は刻々として変化し財界又混沌として累卵の危ふきにある今日尚且此の美風を完全に掌握し得た所以のものは理事者不断の努力は勿論であるが一面村民一般の不撓不屈の精神の発露の結果と云ふべく自力更生の範を如実に示すものと称して敢て過言でないのである。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和八年)箱根町役場蔵) 二二 昭和十年度精神作興週間ならびに運動に関する件要項 「 昭和十年度精神作興週間並克己日運動に関する要項愛国婦人会神奈川県支部財団法人中央教化団体連合会」 目次 一 趣旨 二 指道要目 三 運動の機関 四 期間及実行事項 ㈠期間 ㈡実行事項 五 準備及施設 ㈠中央教化団体連合会に於ける準備及施設 ㈡道府県朝鮮台湾各教化連合団体に於ける準備及施設 精神作興週間並克己日運動に関する要項 一 趣旨 曩に重畳せる国難打開の一方途として昭和八年十一月十日国民精神作興詔書渙発十周年記念日をトし前後一週間官民各方面協戮の下に「精神作興週間」並「克己日」を設定して全国民の精神的総動員を促し以て聊か非常時下に於ける民心の振作に資する所あり爾来この声歳と共に大を加ふ惟ふに本運動たる「国家興隆ノ本ハ国民精神ノ剛健ニ在リ」との聖訓を格遵し国民各自職分淬励の裡に其の決意を新にし尽忠報国の微忱を効さんとしたるに外ならず而も今この重大時局に対処して更に之を高調するの要愈々緊切なるを痛感せざるを得ず即ち茲に三度これを提唱し自覚ある国民の協戮によりて之を全土に展開せしめ以て国家躍進の一助に寄与する所あらんとす 二 指導要目 ㈠ 聖訓ヲ奉戴シ弥々国体精華ノ発揚国民精神ノ作興ニ努ムルコト ㈡ 国民各自深ク責務ヲ省ミ奮励努力其ノ生活ノ充実向上ヲ期セシムルコト ㈢ 克己忍苦ノ修練ヲ積ミ進ンデ国家公共奉仕ノ実ヲ挙ゲシムルコト 三 運動の機関 中央及道府県朝鮮台湾各教化連合団体之が主体となり中央地方官民各方面は勿論各種有力団体言論報道機関等の賛助協力を求めて全国一斉に運動の徹底を期すること 四 期間及実行事項 ㈠ 期間 十一月七日より十三日まで(詔書渙発記念日たる十一月十日を中心とする前後一週間)右の内十一月十日を「克己日」とす ㈡ 実行事項 イ 全期間中の実行事項一斑 1 各地方の実情に基づき週間中を通じ又は其の各日に就き適切なる実行事項を定め之が貫行を期すること 2 本週間を起点として団体的(例へば数府県連合府県郡市町村部落其他の団体毎に)申合せによる生活更新の実行を期すること 3 懇談会講演会其他適宜集会を催し趣旨の普及指導要目の徹底を期すること 4 教化御奨励の 聖旨を奉体し地方教化連合団体に於ては其の基金の造成教化網の完成教化常会の開設等適切なる教化振興の記念施設を講ずること ロ 十一月十日克己日の実行事項一斑 克己日としては昭和六年十二月十五日全国一斉に実施せる第一回克己日の趣旨に準じ地方事情に適応したる方法によるべきも大要左記各項を参酌実施のこと 1 当日は国民精神作興詔書渙発記念日なるを以てなるべく道府県市町村部落団体等に於て神社(又は仏閣教会学校公会堂等)に参集し詔書捧読式を挙げ終つて共同的実行事項を定め厳粛なる宣誓等をなすこと 2 町村部落団体等に於て公共奉仕の勤労作業其他適宜の施設をなすこと 3 国民各自身辺を顧み克己忍苦以て重大時に処するの生活訓練をなすこと 4 当日の克己によりて節減し得たる余財は額の多少を論ぜず之を醵出して国防資金出動軍人並遺家族慰問金国債償還資金其他府県郡市町村教化振興基金並公共施設資金に献じ又は各自貯金或は共同積立金に充つること之が取扱に関しては適宜地方教化連合団体に於て定むること 五 準備及施設 ㈠ 中央教化団体連合会に於ける準備及施設 イ 週間設定の趣旨徹底に関する施設 1 政府道府県庁朝鮮台湾両総督府樺太南洋関東州各庁に協力援助を求む 2 加盟団体の協力を求むるは勿論更に全国的組織を有する教化関係団体各宗教団体本部及其他有力なる中央諸団体に対し提携協力を求む 3 印刷物による趣旨宣伝 趣旨要項の冊子ポスターリーフレット等必要と認むるものを印刷配布す ロ 日本精神作興資料懸賞募集当選作発表 週間中に於て去る九月一日に懸賞募集したる日本精神作興資料漢詩民謡伝説実話の当選作品発表をなす ハ 記念講演のラヂオ放送 日本放送協会に協力を求め記念講演を全国中継にて放送のこと(予定) ㈡ 道府県朝鮮台湾各教化連合団体に於ける準備及施設 イ 当該地方に於ける本運動の主体となり管下市町村各郡市町村教化連合団体各種教化関係団体及新聞雑誌等の報道機関放送局に其の参加協力を求め一斉活動を促すに遺憾なき方法を講ずること ロ 中央教化団体連合会にて発刊せる諸印刷物の複製又は別にパンフレットポスターリーフレット等の作製配布をなすこと ハ 講演会映画会座談会街頭宣伝等普通一般に行はるゝ方法に依るは勿論各地方の実情に即して夫々適切なる方法を講ずること 猶週間中の具体的実行事項を例示すること 備考 本運動に必要なる参考資料 一 昭和七年八月十十一日開催の第九回全国教化連合団体代 表者大会に於ける決議 二 昭和八年五月十七十八十九日開催の同上第十回大会決議 三 昭和九年四月二十九三十日開催の同上第十一回大会決議 四 昭和十年六月十二十三日開催の同上第十二回大会決議 五 昭和六年十二月十五日実施の満蒙派遣軍将士慰問並軍資献金「克己日」設定に関する要項 六 本会発行「国民更生運動要綱及綱領解説」 七 同「大詔奉体と非常時日本(指導大綱解説)」 八 同「国際連盟離脱に関する詔書衍義」 九 同「国民精神作興詔書衍義」 十 同「重畳せる非常時諸相の検討」 十一 同「非常時と我が国防」 十二 同「世界の大勢と日本」 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和十年)箱根町役場蔵) 二三 建国祭行事徹底に関する件通知 謹啓 災禍頻発の旧年を送りて茲に歳華を新たにすると共に民心頓に作興を覚ゆるは皇国の瑞祥洵に同慶の至りに存じ候 建国際の行事に就いては予ねて格段の御尽力によりて逐年盛大と相成り今や日本国民の居住する処旭日の旗翻る限り内外を挙げて重大なる年中行事と相成り申候 顧みれば建国祭本部を創立してこれが実行を提唱いたし候て以来未だ僅に満十年を数ふるに過ぎざるに斯くの如き普及と盛況とを見るに至り候ことは申すまでもなく皇国精神の自らなる帰趨を示すものにして国体の尊厳国民性の発露今更ながら感激を深うするのみに御座候 就いては今後と雖も尚一層の建国の大理想に基き高朗なる国民精神の発揚を期したく候につき本年も亦格段の御尽力を以て各地各家庭を挙げて建国祭行事の徹底いたすよう御計画相煩度御願ひ申上候 本部に於ては昨年古典に因める建国祭人形を謹製し宮中に奉献の儀御願申上候処直ちに御嘉納の光栄に浴したるのみならず紀元節当日には畏くもこれを宮中にお飾りつけ相成りたるやに漏れ承り恐懼感激致居候 本年は又前述の如く本部を設置して以来十周年に相当いたし候につき東京に於ては提灯行列をもつて盛大に当夜を祝く計画もこれあり尚既に発表いたし候通り建国精神を象徴する映画の筋書を懸賞募集しこれを撮影して映画をもつて全国民に普及いたすべき計画も着々進行いたし居り候 梅の節句の家庭的古典料理も亦今年は専業者間に於て一層の工夫を凝らして普及をはかるやうに努力いたし居候 各地に於ても夫々御工夫の上可然創意を加へて朗らかなる祭事とせられるやう御尽力御願上候 皇紀二千五百九十五年の紀元節も目睫にあり世界的重大事件を前にして我等は悠々日本帝国の建国を偲び併せて仁愛勇武の国民性の発揮につとめ可申候 此上ながら御自愛御奮励の程偏へに御願申上候拝具 追伸 一 別冊建国祭施設要項御一覧の上在郷軍人分会長男女青年団長青年訓練所主事教化団体長等に可然御通達相願度 二 機関印刷物(会報団報)発行の向に対し建国祭に関する記事を掲載相成様御取計相願度 三 本年より建国祭ポスターの御送附を廃することに致候に付貴方に於せられ可然御調製相願度 四 建国祭当日の状況其ノ他資料を集録保存致すべきに付東京市四谷区明治神宮外苑霞ケ丘口日本青年館内建国祭本部宛御送附相成様御配慮願度 昭和十年一月七日 昭和十年建国祭委員長 丸山鶴吉 同 副委員長 鳥巣玉樹 同 同 中島虎吉 同 同 大野緑一郎 同 相談役 永田秀次郎 同 同 後藤文夫 同 同 石光真臣 町村長殿 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和十年)箱根町役場蔵) 〔注〕別冊要項は省略。 第三節 経済更生実施事情 二四 足柄下郡吉浜村経済更生計画書 足柄下郡吉浜村経済更生計画書 第一 目的 本村ニ於テハ数年来ノ不況ニ依リ生産物価格ノ暴落ヲ来シ為ニ各農家ノ収入激減シ別紙基本調査ノ示スガ如ク昭和七年度ニ於テハ負債総計六拾六万円(一戸平均壱千五拾円)ニ達シ而モ村全体ノ収支ハ差引参万弐千八拾八円ノ損失ヲ見タリ故ニ今ニシテ自主的精神ヲ振起シ更生ノ途ヲ開カザレバ将来大ナル悲境ニ陥ルベキヲ以テ今般県助成ノ趣旨ヲ体シ左記経済更生計画ヲ樹立シ全村民ノ和衷協同ト各種団体ノ連絡協調ノ下ニ産業的並ニ社会的改善ヲ遂行シ本村ノ経済更生ヲ完成セントス 第二 目標 本目標ハ第三計画要綱ノ実行ニ依リ向フ五ケ年(昭和拾弐年)ノ終リニ於テ到達セントス 一 経済更生目標 二 生産目標 三 収支目標 第三 計画要綱 一 土地ニ関スル事項 ㈠ 自作農地ノ創設 本村ニ於ケル土地所有ノ状況ハ農家ニシテ土地ヲ所有セザルモノ八〇戸五反歩未満一六四戸五反歩以上七〇戸一町歩以上四〇戸二町歩以上七戸三町歩以上三戸ニシテ之レガ経営状態ヲ見ルニ自作者一一一戸自作兼小作者一七三戸小作者八二戸ニシテ比較的小作者多数ナルヲ以テ之等自作兼小作者及小作者ノ農業経営ノ安定思想善導上土地ヲ所有セシムルヲ肝要ト認メ向フ五ケ年間ニ予定地合計二四町歩ノ創設ヲ行ハントス 創設目標 ㈡ 耕地ノ改良 本村ノ耕地ノ現況ヲ見ルニ畑二百町歩余ニシテ其ノ大部分ハ柑橘園ナリ而シテ之レニ通ル道路ハ急勾配ニシテ且幅員狭ク辛シテ人馬ヲ通スルニ過ギザル所多キヲ以テ今後三ケ年ヲ期シ部落毎ニ改修シテ幹線ニハ自動車ヲ支線ニハ車馬ヲ通シ耕作上ノ利便ヲ図ラントス 以上ノ計画ヲ実施センガ為メ耕地整理組合ヲシテ之レガ施行ヲナサシメ工事ノ年割予定ヲ樹ツルコト左ノ如シ ㈢ 耕地ノ拡張 農家一戸当平均耕作地積田一反歩畑五反歩ナルガ村有地並ニ私有地ニシテ畑ニ開墾スベキ適地三十町歩アリ之ガ開墾工事ヲ耕地整理組合ヲシテ実施セシメ左記ノ通リ工事ノ年割予定ヲ樹立シ以テ将来一戸当平均耕作地積ヲ畑七反歩以上タラシメ農業経営ノ安定ヲ図ラムトス ㈣ 閑地ノ利用 大震災ニヨリ山間部ニハ各所ニ閑地アリ又畦畔廃川敷廃道敷等多々アルヲ以テ之等ヲ整理シテ栗梅柿等ヲ植栽シ土地ノ集約的利用ヲ図ラントス ㈤ 宅地ノ利用 本村ハ宅地総面積四六〇六二坪アリ此内海岸ニ沿ヘル吉浜部落ハ比較的閑地少ク利用ノ余地ナキモ其他ニ於テハ相当ノ閑地アルヲ以テ之レガ整理ヲ行ヒ柿梅栗其他適当ナル蔬菜花卉等ヲ栽植シテ各戸平均年収五円以上全村弐千円以上ノ生産ヲ挙ケシメントス ㈥ 船揚場ノ拡張整備 本村ニハ発動機付漁船四隻無動力漁船十五隻ニシテ船揚場ハ字船岡ニ一ケ所アリサレド狭隘ニシテ朝夕出漁ノ際ハ勿論一朝波浪高キトキハ漁船ノ引揚ニ不便尠カラズ故ニ漁業組合ヲシテ左記ニ依リ之レカ整備拡張ヲ行ハントス 記 二 生産ニ関スル事項 一 農業経営組織 本村ノ農業生産ハ大体全収入ヲ左記標準ニ依リ収得シツヽアリ 猶又本村ノ生産状態ヲ見ルニ 稲作水稲陸稲{四三町一 其収量 一三〇七石 四四町四 仝 四五一石 麦作大麦小麦{五六町四 仝 一〇一六石 三四町八 仝 四一九石 西瓜 七町 其収量 四二〇〇〇貫 温州蜜柑 一二二町九 仝 五七四八八九貫 収繭 三七六六瓦 仝 一八四四貫 等ヲ主要ナルモノトシ殆ド之ヲ以テ生活ノ資源トナセリ就中蜜柑 ハ本村ニ於ケル主産物ニシテ其ノ不作ト価格ノ低落ハ直チニ生活ニ大ナル影響ヲ来スヲ以テ之ガ品質ノ向上ト収穫ノ増加ヲ図ルト共ニ販売組織ニ改善ヲ加フルハ緊要トスル所ナリ西瓜ハ夏期ニ於ケル重要産物ニシテ避暑客ヲ始メ一般ノ需要ハ益々増加ノ傾向ニアルヲ以テ之又栽培ノ増加ニ努メントス殊ニ本村ハ米作ノ生産額尠ク食糧ハ大部分之ヲ他ヨリ購入セザルベカラザルノ状態ニ在リ其他ノ普通作物園芸畜産副業等ハ別紙基本調査ニ示スガ如ク不振ノ状態ナルヲ以テ自給ヲ原則トシテ左記事項ノ励行ヲ図リ極力増産ニ努メシメントス (イ) 土地資本利用ノ集約化 本村農家ノ経営規模ハ一般ニ狭小ナルニ鑑ミ市場其他ノ経済事情ヲ考慮シ土地労力資本ノ利用ヲ極力集約化シ反当収量ノ増加ヲ図ラントス (ロ) 農業ノ計画的経営ノ励行 本村農家中農業ヲ計画的ニ経営スルモノ少キヲ以テ本年ヨリ各農家ニ将来ニ亘ル計画ヲ樹立セシメ之ニ基キ家族相協力シテ其ノ実行ニ努メシムルコト (ハ) 農家簿記ノ励行 本村農家中簿記ヲ記帳スルモノ甚タ少ク為ニ農家経営改善上遺憾ノ点多キヲ以テ本年ヨリ本村ニ於テ一定ノ帳簿ヲ印刷シ各戸ニ一冊宛無償交付ヲナシ其ノ記入ヲ励行セシメムトス ㈡ 労力利用ノ合理化 本村ニ於ケル農家労力ハ個人的ニ見ル時ハ良否ノ差アルモ之ヲ村ノ総体ヨリ見ルトキハ農業従事者六八二名ニ対シ余剰日数一七一四一六日アリ一人当リ一ケ年四五八日余ニ達シ之ヨリ家事日数ヲ控除スルモ尚相当ノ余剰日数アルヲ認メラルヽモ其農業経営ノ状態カ人力ニノミ依頼スルノ嫌アリ一面畜力利用ノ状況ヲ見ルモ馬匹八〇頭役牛一六頭其使用日数八三一六日ニ過ギズ其他改良農具ノ利用少ク又其利用個人的ニシテ作業能率必ズシモ良好ナラズ尚一層改善ノ余地アリト認ムルガ故ニ左記施設ノ実行ニ依リ能率ノ増進ヲ図リ其ノ余剰労力ヲ園芸其他ノ副業ニ向ケントス (イ) 畜力利用奨励 田畑合計一町二反以上ノ耕地者ニハ必ス役牛一頭ヲ飼養セシメ田畑ノ耕起生産物肥料等ノ運搬ニ利用セシメントス (ロ) 共同作業所ノ設置並ニ利用 産業組合並ニ柑橘出荷組合ニ於テ設置シアル共同作業場六ケ所アルヲ以テ之レヲ単ニ蜜柑ノ荷造ノミニ止メス各種ノ農産物ノ荷造作業ニ利用シ更ニ石油発動機又ハ「モーター」ヲ動力トシテ精米麦製粉其他肥料ノ配合等ヲ行ハシメントス (ハ) 貯蔵庫建設 各部落又ハ柑橘出荷団体ヲシテ柑橘貯蔵庫ノ建設ヲ奨励シテ新設又ハ増設セシメ以テ市場ノ需要ニ応シ価格ノ維持ト需供ノ調節ニ努メシム (ニ) 改良農具ノ利用奨励 各部落ノ産業組合出荷団体等ニ石油発動機又ハモーターヲ動力トシテ籾摺機脱穀機選果機等ヲ利用セシメントス (ホ) 労力ノ交換 濫リニ多クノ雇傭労力ヲ使用スルハ農業経営上不利益尠カラザルヲ以テ蜜柑採収植付収納等ノ雇傭労力ヲ一時ニ多ク要スル場合ニ於テハ相互ニ労力ノ交換ヲ行ヒ可及的雇傭労力ニ要スル経費ヲ節約スルニ努メシメ猶所要能力ハ可成之レヲ村内ニ於テ求メ村農会又ハ出荷団体ヲシテ之レカ斡旋ヲナサシム㈢ 生産方法ノ改良 本村ノ生産技術ニ関シテハ尚ホ未熟ナルモノアリ将来出来得ル限リ農業ノ学理ヲ応用シ生産ノ合理化ヲ期セシムルタメ特ニ左記事項ノ実行ヲナサントス而シテ其実行ニ当リテハ村農会指導ノ下ニ各部落毎ニ実行団体ヲ設ケ産業組合養蚕組合養豚組合柑橘出荷組合等ノ各種団体カ互ニ連絡提携シ本事業ノ完璧ヲ期スルモノトス(イ) 普通作物ノ改善 現在裁培セラルル普通作物ノ種類ハ五種ニシテ其而積ハ百七十余町歩ナルモ其内米麦最モ主要ナル位置ヲ占メ百六十余町歩ニ達スルモ其生産額ハ二百三十石ニ過ギザルヲ以テ到底村民全体ノ消費量ヲ充スコト能ハズ依テ先ツ耕地ノ拡張ト相俟ツテ米麦作ノ改良ニ重キヲ置キ生産額ノ増加ヲ目標トシ反当ノ収量増加ト生産費ノ軽減ニ力ヲ注キ各農家ヲシテ左ノ施設ヲ行ハシム ⑴ 深耕及増土ヲ奨励シ堆肥ノ使用量ノ増加 ⑵ 品種ノ整理優良品種ノ普及施設―米麦採種圃ノ設置 ⑶ 合理的栽培法ノ指導施設―指導地ノ設置 村農会ニ於テ各部落毎ニ米麦作ノ熱心家一名宛ヲ指定シ一定ノ計画ヲ示シ之ニ基ク栽培方法ノ実施指導ヲナス ⑷ 苗ノ共同育成施設―共同苗代ノ経営 ⑸ 技術競技ニ関スル施設―農業競技会ノ開催 村農会主催ニテ水陸稲大小麦ノ立毛品評会ヲ開催シ競争心ヲ刺戟シテ各個人ノ技術ヲ平行的ニ向上セシメントス ⑹ 播種挿秧期日ノ協定 播種期ハ五月五日ト定メ挿秧期ハ六月十八日以後トス ㈣ 工芸作物 落花生ハ従来生産ノ大部分ヲ自家消費トナシタリシガ今後之ガ作付反別ヲ増シ収量ヲ増加シテ共同販売ノ下ニ収益ヲ図ラントス ㈤ 園芸作物ノ改善 本村ハ気候温暖ニシテ土質ハ砂質壌土又ハ粘質壌土ニシテ地味ハ中庸ナルヲ以テ各種園芸作物ニ適スルト雖モ未ダ従来ノ因襲ニ依リ時代ノ趨勢ニ逆行セルモノ少カラス故ニ各農家ヲ指導督励シテ生産技術ノ熟達ト共ニ栽培方法ニ改善ヲ加へ品質ヲ一定シテ大量生産ニ依リテ収入ノ増加ヲ図ラントス 右ノ目的ヲ達スル為メ特ニ左記ノ作物ノ改良増殖ニ努メントス 一 蔬菜 西瓜 品種ノ選択ヲ計リ採種圃ヲ設ケ一代雑種ノ利用ニヨリ栽培ノ統一ト栽培ノ容易化ヲ計リ現在七町歩ノ栽培面積ヲ十五町歩ニ拡張シテ年収量七万八千貫ノ増加ヲ図ル 茄子胡瓜トマト 冬期ノ余剰労力ヲ以テ鍛冶屋及川堀ノ山林地帯ノ部落ニハ落葉ヲ利用セシメテ堆肥製造ヲ計リ其ノ発熱ヲ温床ニ用ヒテ技術的ノ促成栽培ヲ奨励ス又水田ニハ三毛作ノ指導地ヲ設置シテ之ガ奨励ヲナス 大根白菜 品種統一病虫害ノ予防駆除ヲ励行シ播種期ヲ定ム沢庵漬其ノ他ノ漬物ノ奨励ヲナス 甘藷 品種ノ改良ヲナシ夏期ニ於ケル旱魃ノ安全作物トシテ開墾地ニ栽培ヲ奨励ス 馬齢薯 西瓜ノ後作トシテ好適種ナルヲ以テ優良品種ヲ普及シテ早出ヲ計ル其他柑橘園ノ間作トシテ奨励ス 二 果樹 温州蜜柑 優良苗木ノ普及ヲ計ル(優良母樹ヲ選定シ採穂樹ヲ作ル)肥料試験地ヲ二ケ所設置スルコト 病虫害ノ一斉駆除ヲ励行スルコト 剪定技術者ノ養成ヲナシテ剪定ノ統一ヲナスコト 以上ノ事業ヲ行ヒ品質ノ向上ト収量ノ増加ヲ計ラントス 晩生柑橘 バレンシヤ日向夏等ノ晩生種ノ柑橘ヲ栽培セシメ三四月頃ノ温暖期ノ需要ニ応シテ収益ヲ計ル以上ノ園芸作物ヲ選択シ之ヲ奨励シテ相当市場ニ於テ認メ得ラルヽ程度ニ生産ヲ心掛ケ且ツ荷造品質等ヲ一定シテ出荷セシムルモノトス 之レガ為メ其地勢ニ応シ各部落ニ左表ノ通リ作物ノ栽培ヲ奨励ス 一 部落別園芸作物栽培標準 ㈥ 養蚕業ノ改善 ⑴ 桑園 桑園ハ他作物トノ関係上現在以上ニ其面積ヲ拡大セズ専ラ肥培管理ヲ懇ニシ現在反当十四貫二百匁ノ収繭量ヲ将来十七貫ニ達セシムルヲ目標トシ左記事項ヲ実行セントス (以上ノ実行ニヨリ二町二反ノ減反ヲ生シ之ヲ蔬菜ノ栽培ニ利用セントス) 1 桑園ノ一割ヲ夏秋蚕専用ニ改ムルコト 2 反当三百貫以上ノ自給肥料(堆肥又ハ緑肥)ヲ施スコト3 品種ノ改良ト共ニ桑苗ノ自給生産ヲ為シ荒廃桑園ノ整理改植ヲナスコト ⑵ 養蚕 現在ニ於ケル春秋蚕飼育割合春蚕六割初秋蚕一割晩秋蚕三割ナルモ価格ノ乱高下著シキヲ以テ暫ク現在ノ程度ニ止ムルモノトス ㈦ 病虫害ノ予防駆除 本村ニ於テハ一般ニ前記各作物ニ対スル病虫害ノ研究幼稚ナルタメ動モスレハ之レヲ等閑ニ付シ往々不慮ノ損失ヲ蒙ルコトアリ殊ニ近年柑橘ニ於ケル「ルビー」蝋虫芥殻虫ノ発生甚シク樹脂病煤病等モ逐年漫延ノ傾向ナルヲ以テ村農会又ハ各部落ニ於テ講習講話会並ニ指導会ヲ開催シ該知識ノ向上ヲ図ルト共ニ之レカ予防駆除ヲ一斉ニ励行シテ其根絶ヲ期セントス ㈧ 畜産業ノ改善 本村ハ基本調書ニ示スカ如ク自給肥料ノ施用量ハ耕地反当僅カニ一七五貫ニシテ年々金肥十二円ヲ購入シツヽアリ依テ之カ節約ノ為メ畜産ヲ奨励シ廐肥ヲ増産セシムルト共ニ収入ノ増加ヲ図ルタメ左ノ事項ヲ実行セントス ⑴ 飼養頭数ノ増加 家畜家禽ノ飼養数ハ耕地反別ニ依リ厩肥ノ所要量及自家労力等ヲ基本トシテ家畜家禽ノ飼養頭数ヲ定ムルコト ⑵ 自給飼料ノ奨励 飼料費軽減ノ為メ努メテ自家生産ニ依リ之ヲ補ヒ飼料ノ自給化ヲ図ルコト 之カ為メ唐モロコシ等ノ穀類ノ下等品甘藷大根其他ノ根菜類野菜類等総テ農産残物ヲ利用シ又大豆粕麦糖魚粕等ノ如キ飼料ハ之ヲ飼料化スルハ勿論事情ノ許ス限リ毎戸相当面積ヲ飼料作物ノ栽培ニ充ツルコト ⑶ 種畜種禽ノ改良並ニ共同事業ノ奨励 1 役肉牛及馬ノ飼養ヲ奨励スルト共ニ耕耘運搬其他畜力利用ニ努メ役用後相当年齢ニ達シタル牛ハ売買又ハ交換前販売価格ノ増加ヲ図ル為メ努メテ飼育シ販売スルコト 2 豚ハ現在飼養頭数僅カニ二百八頭ニ過キサルヲ以テ之ヲ今後四百頭ニ増加シ左ノ計画ニヨリ部落別ニ養豚組合ヲ設置シテ飼養ノ奨励ヲナサントス 以上ノ計画ノ下ニ県畜種場其他ヨリ優良種ヲ購入シ蕃殖ヲ図ラントス 3 鶏ハ飼養管理不完全ニシテ且ツ産卵成績頗ル不良ナルヲ以テ今後飼養数ヲ現在一六八五羽ヲ今後三ケ年間二五〇〇〇羽ニ増加スルト共ニ左ノ方法ニヨリ之レカ改善ヲ加ヘントス 一 共同育雛場ヲ設置シテ各人ニ優良種鶏ヲ配給スルコト 一 飼料ノ共同購入ヲナスコト 一 飼料配合ヲ合理的ニナシ廉価ニシテ且適当ナル飼料ノ供給ヲナスコト 一 生産物ハ販売ヲ統一スルコト 一 駄鶏ヲ淘汰シ柵飼トナスコト 以上ノ各事項ヲ実行スルニ当リ各部落ニ養鶏組合ヲ設置シ左ノ目標ニ向ツテ実行ヲ期セントス 共同雛育場ハ鍛冶屋部落ニ設置ス 4 畜舎家禽舎ノ良否ハ生産能率ニ影響スル所甚大ナルヲ以テ之カ改善ヲ期スル為メ各団体毎ニ改善ノ方法ヲ講スルコト 5 厩肥舎ノ建設奨励 従来貴重ナル廐肥ヲ軽視シ日光雨露ニ曝シ家畜飼養ノ目的ヲ没却スルモノ多シ依テ之ヲ完全ニ利用スル為メ簡易ナル廐肥舎ヲ設クルコト 以上ノ事項ヲ実行スルコトニ依リ生産目標ニ到達セントス ㈨ 副業ノ改善 一 余剰労力並ニ能率増進ニ依リ将来生スベキ余剰労力ヲ基本トシ自家生産ノ材料ヲ以テ製造シ得ル適当ナル副業ヲ選択シ生活費ノ補充ト貯畜ノ資源ニ充テントス 二 タオル生産 曩ニ副業トシテタオル生産ヲ奨励シ生産技術ノ熟達ト機械ノ整備ヲ得タルモ財界不況ノ為メ之レカ拡張ヲ控ヘタリサレド今後景気恢復ヲ俟ツテ其普及ト発展ヲ図ラントス (一〇) 肥料ノ改善 本村ニ於ケル施用肥料中自給肥料ノ生産僅少ニシテ反当厩堆肥四二二三九五貫緑肥二二四三二貫合計四四四八二七貫ニ過キス故ニ努メテ堆肥ノ奨励ヲナシ金肥ノ施用量ヲ減少セシメントス猶金肥ハ村農会指導ノ下ニ適切ナル配合ヲナシテ施肥ノ合理化ヲ行ハントス 一 自給肥料ノ生産増加計画 二 主要作物施肥標準ノ指示 村農会ニ於テ主要作物ノ種類ニヨリ肥料ノ配合標準ヲ定メ価格ト成分トヲ案配シテ配合表ヲ作リ之レヲ印刷等ニナシテ各農家ニ配布スルモノトス 三 販売購買金融ニ関スル事項 販売購買金融ニ関シテハ産業組合ニ於テ村内各種産業団体ト提携シテ左記事項ヲ統一実行スルコト ㈠ 生産物ノ整理統一ト共同販売ノ徹底 (イ) 柑橘ハ本村ノ主要産物ナルヲ以テ県営検査ノ標準ニ基キ品等規格ニ留意シ之レヲ共同作業場ニ集果シテ選果機ヲ利用シ産業組合又ハ出荷組合等ニ依リ共同販売ヲナス 右ノ外西瓜其ノ他ノ蔬菜類ノ荷造リ等ハ該作業場ニ於テ行ヒ統一ノ下ニ之レヲ販売スルモノトス (ロ) 共同作業場ノ建設 以上ノ目的ヲ達成スル為メ各部落ニ共同作業場ヲ設置ス (ハ) 柑橘貯蔵庫ノ設置 柑橘ヲ有利ニ販売スル目的ヲ以テ貯蔵庫ヲ建設シ以テ収入ノ増加ヲ図ラントス ㈡ 購買品ノ選択統一ト購買方法ノ改善 農業需要品又ハ家庭必需品ハ可成共同購入ヲ実行シ単独購入ノ不利不便ヲ避クルコト 殊ニ米ハ本村生産額僅少ニシテ一ケ年約七万円ヲ他ヨリ購入セザルベカラザルノ状態ナルヲ以テ之レガ購入方法ノ如何ハ直チニ本村経済ニ大ナル影響アルヲ以テ努メテ系統機関ヲ利用シ産地ヨリ直接購入シ廉価ニ之レヲ供給スルコト其ノ他ノ購入品ノ仕入等モ出来得ル限リ購買組合ヲ利用シ己ヲ得ザルモノハ広ク購買市場ヲ精査シ優良品ノ低価購入ヲ計ルコト ㈢ 金融機関ノ充実ト其ノ機能ノ向上 一 出来得ル限リ普通銀行其ノ他個人金融者ヨリ借入ヲ避ケ産業組合ヨリ融通ヲ受クルコト 二 産業組合ヲ拡充強化シテ村内金融機関ノ衝ニ当ラシム ㈣ 産業組合拡充ノ目標 一 産業組合ハ本村ニ於ケル経済上重要ナル事業ナルヲ以テ之レガ拡充強化ヲ計ル為メ組合機能ヲ発揮シ以テ各自経済ノ基礎ヲ強固ナラシメントス (イ) 組合員ニ関スル事項 有限責任吉浜信用組合 有限責任吉浜購買組合 無限責任信用販売購買組合庚子社 保証責任川堀信用組合 (ロ) 資金ニ関スル事項 有限責任吉浜信用組合 有限責任吉浜購買組合 無限責任信用販売購買組合庚子社 保証責任川堀信用組合 (ハ) 事業ニ関スル事項 一 信用事項 有限責任吉浜信用組合(昭和九年ヨリ保証責任ニ変更ス) 無限責任信用販売購買組合庚子社 保証責任川堀信用組合 二 販売事業 無限責任信用販売購買組合庚子社 三 購買事業 有限責任吉浜購買組合 無限責任信用販売購買組合庚子社 本村ハ産業組合ノ益々重要ナルニ鑑ミ各部落ニアル既設組合ヲシテ現在経営シツヽアル事業ノ内容ノ充実ヲ計ルト共ニ昭和九年度ヨリ左記事業ヲ兼営セントス 一 吉浜部落 吉浜信用組合並ニ購買組合ハ出荷団体ト合流シテ五ケ年計画ノ下ニ左ノ事業ヲ行フ 一 販売事業 一 鍛冶屋部落 無限責任信用販売購買組合庚子社ハ既ニ三種ノ事業ヲ経営セルモ更ニ昭和九年度ヨリ利用事業ヲ行ハントス 一 利用事業 一 川堀部落 川堀信用組合ハ信用事業ノミヲ経営セルヲ以テ昭和九年度ヨリ販売購買事業ヲ兼営セントス 一 販売事業 一 購買事業 四 負債整理ニ関スル事項 本村負債総額金六拾六万円中銀行関係弐拾六万弐千四百円内 {農工銀行 拾 弐万円普通銀行 拾四万二千四百円}産業組合関係弐拾六万八千円政府低利資金七万参千円個人関係其ノ他六万余円アルヲ以テ此内普通銀行四万弐千四百円ト個人関係其ノ他六万円ト合計金弐拾万弐千四百円ヲ左ノ通リ整理シ各自負債ノ軽減ヲ図ラントス 一金九万円也 産業組合ニ借替へ可成年賦償還トス 一金五万円也 負債整理組合ニ於テ条件緩和ニヨリ借替へ償還ス 一金六万弐千四百円也 各自経済更生計画ノ実行ニ依リ剰余金ヲ以テ償還ス 一 全村ノ金融ハ総テ産業組合ヲ以テ之レヲ統一スルコト 一 負債整理組合ヲ設置シ負債ヲ根本的ニ整理スルコト 一 負債整理組合員ニハ組合ニ対シ左ノ誓約書ヲ提出セシムルコト 誓約書 一 家族ハ敬愛ヲ旨トシ益々家庭ノ円満ニ努ムルコト 二 経済更生計画ヲ誠実ニ実行シ生産ノ増加ヲ図ルコト 三 経済更生計画ニ基キ節約ヲ守リ努メテ剰余金ヲ多額ナラシムルコト 四 負債ノ償還ニハ期日ヲ違ヘザルコト 五 収穫物其ノ他ノ収入中特定ノ貯金ヲ実行シ負債償還貯金トナスコト 六 組合ノ承認ヲ得ザレバ新ナル借入金ハ絶対ニ為サザルコト 七 組合ノ承認ヲ得ザレバ何人ノ依頼ト雖モ債務ノ保証ヲ為サザルコト 八 収穫物其ノ他主ナル物ノ販売又ハ主ナル物資ノ購入ニハ組合ノ指導ヲ受クルコト 九 農事及家事ニ関スル主要事項ハ総テ組合ニ協議スルコト 一〇 其ノ他組合ヨリ指定セラレタル事項ハ総テ遵守スルコト 右ノ各項ハ組合ニ於テ樹立セラレタル負債償還計画実行完成迄厳守可致家族一同承知ノ上誓約仕候也 以上 一 精神教育ノ徹底 1 聖旨ノ捧体 勅語並ニ詔書ノ聖旨ヲ奉体シテ其ノ徹底ヲ図ルコト 2 敬神崇祖ノ精神ノ発場 敬神祖崇ノ念ヲ篤クシ神社ヲ郷土生活ノ中心トナスコト 家ノ祭祀ヲ重ンズルコト 3 宗教心ノ養成 宗教心ヲ養ヒ確固タル信仰ノ下ニ立脚セシムルコト 4 農村生活ノ自覚 愛郷心ヲ喚起シ農村ノ特質ヲ研究シ安ンジテ其ノ生活ニ勤ムコト 子弟教育ニ関シ其ノ方針ヲ過ラシメサルコト 5 公民教育ノ振興 建国ノ精神ヲ強調シ我国立憲政治並ニ自治制度ノ理解ヲナスコト 公共生活ヲ訓練シ団体的活動ヲ促進スルコト 義務心ヲ向上セシメ責任観念ヲ涵養スルコト 至誠ヲ重シ勤倹ノ美風ヲ奨励スルコト 一 生活改善 陋習ヲ改善シ弊風ヲ打破シテ冗費ヲ省キ合理的ニ消費節約ヲ行ヒ生活ノ安定ヲ図ランガ為別紙生活改善ニ関スル実行要目ヲ制定シ併テ左記事項ヲ実行スルモノトス 一 本村ハ米産額僅少ニシテ到底其ノ需要ヲ充スコト不能現在一ケ年約七千俵六万七千八百三十二円ノ米ヲ他ヨリ購入セサルベカラサルノ状態ナルヲ以テ先ヅ食糧ノ自給策トシテ水陸稲ノ増収ヲ計リ之レニ依ツテ年収二百石金額四千四百円ノ節約ヲナシ猶又麦ノ増収ニ依リ七百円ノ食糧費ヲ節減スルコト 一 節酒励行ニヨリ現在八千八百四十七円ノ消費ヨリ約千五百円ノ節約ヲナスコト 一 砂糖及菓子類現在一万八千円ヨリ二千五百円ノ節約ヲナスコト 一 味噌醤油等ノ自家醸造ヲ励行シ現在ノ消費額一万二百五十二円ヨリ約三千七百円ノ節約ヲナスコト 一 生活改善ノ実行ニヨリ冠婚葬祭費及被服費現在五万三千九百六十一円ヨリ約四千九百三十円ノ節約ヲナスコト 一 其ノ他ノ生活費ニ於テ現在十二万九千四百二十四円ノ内ヨリ約七千七百二十円ヲ節約スルコト 以上ノ実行ニヨリ総額二万五千四百五十円(一戸当リ金四十円)ノ生活費ノ節約ヲナスモノトス 右ノ外左ノ事項ヲ行フモノトス 一 記帳ヲ励行シテ予算生活ヲ行ヒ現金ノ支払ヲ実行スルコト 一 服装ヲ簡素ニシテ作業服ハ活動ニ便ナルモノヲ選ビ其ノ使用ヲ奨励スルコト 一 保健衛生 衛生思想ヲ涵養シ公衆衛生ニ関スル知識ヲ普及スルコト 一 農村行事ノ改善ト日常ノ生活改善ノ実行要目ヲ定メ之レヲ信条トシテ趣旨ノ徹底ヲ図ルト共ニ其ノ実蹟ヲ挙ゲシメムトス 実施方法 一 前項ノ趣旨ヲ一般ニ徹底セシムルタメ左ノ方途ヲ講スルコト 1 講演会講習会座談会ヲ開クコト 2 実地要目ノ申合セヲナスコト 3 実地指導ヲナスコト 4 印刷物ノ配布ヲナスコト 5 展覧会品評会ヲ開催スルコト 6 表彰其ノ他ノ奨励方法ヲ行フコト 二 各部落毎ニ実行組合ヲ設ケ計画ノ実行ヲ収メシムルコト 三 学校青年訓練所教育教化産業等ノ各種団体神職宗教家トノ連絡提携ヲ保チ其ノ実現ニ努ムル事 五 計画実行方法 本経済更生計画ノ実行ハ本村経済更生委員会ノ統制ノ下ニ左記各機関互ニ連絡協調ヲ図リ各々其ノ分野ニ応ジテ其ノ分担スル計画ノ遂行ニ当ルモノトス 一 経済的事項ハ主トシテ産業組合ニ於テ行フ 二 農業改良ノ指導督励ハ村農会之レニ当ル 三 各部落毎ニ実行組合ヲ設ケ各部門ニ依ツテ分担シ其ノ実行ヲ期スルモノトス 四 村内ヲ九区ニ別ケ更ニ之レヲ数班ニ分チ各実行委員ハ委員長指揮ノ下ニ部内ヲ指導督励スルモノトス 生活改善実行要目 一 起床ハ日ノ出三十分前トシ各区ニ於テ適当ノ方法ニ依リ時間ヲ報知スルコト 各種会合ハ時間ヲ厳守シ定刻十分前ニ必ズ会場ニ集合スルコト 夜間十時ヲ過ギテハ用談ノ外空シク時間ヲ費サザルコト 但シ事故アルトキハ其ノ旨主催者ニ申出ヅルコト 個人間ニ於ケル会見訪問等モ亦右ニ同ジ 一 誕生祝七五三祝初節句祝ハ内祝ニ止ムルコト 但シ長男長女ニ限ル 右ニ対スル祝儀ハ壱円以内トシ返礼トシテ赤飯以外ノモノハナササルコト 一 青年会ノ入会ニ対シテハ近親ノ外祝儀ヲ贈ラサルコト 一 婚礼ハ左ノ方法ノ一ヲ選ビ神前式ヲ以テ荘厳ニ行フコト イ 村社ノ神前ニ於テ行フコト ロ 家庭神前ニ於テ神職ノ出張ヲ乞ヒ挙行スルコト ハ 家庭神前ニ於テ媒酌人其他ノ者カ神職ニ代ツテ行フコト 一 婚礼ノ調度費ハ左ノ標準ニ依ル 特別税戸数割年額 十円以下ノモノ 金百円 以内 仝 二十円以下ノモノ 金弐百円 以内 仝 三十円以下ノモノ 金弐百五拾円 以内 仝 五十円以下ノモノ 金参百五拾円 以内 仝 五十円ヲ超ヘタルモノ 金五百円 以内 右ノ外婚礼費用ヲ節約シ育児費其他有意義ノ費用ニ充ツルタメ之レヲ持参スルコト 一 調度品ヲ婚家ニ持参シタルトキハ衣裳見セヲナササルコト 一 結納金ハ五拾円以内トシ結納返シヲナササルコト 一 披露ノ宴会ハ開会ヨリ二時間以内ト定メ午後十二時ヲ超ヘサルコト 一 招待客ハ近親並ニ近隣ノ組合内ニ止ムルコト 一 友人間ハ祝儀ヲ廃シ互ニ招待ヲナササルコト 一 宴会ハ質素ヲ旨トシ分度ヲ守リ一人ニ付金弐円以内ニ於テ行フコト 但シ引物ハ新客ノミトス 一 宴会ノ席上ニ於テハ濫リニ酒ヲ強ヒサルコト 一 婚礼ノ祝儀ハ親戚並ニ特別縁故者ノ外ハ金壱円以内トスルコト一 披露廻礼里帰リヲ廃スルコト 但シ通常服ヲ着シ簡単ニ行フコトハ此ノ限リニアラズ 一 結婚後ハ成ルベク速カニ戸籍上ノ手続キヲ履行スルコト 一 葬具ハ共同備付ノモノヲ使用スルコト 一 出棺及儀式ハ時間ヲ厳守スルコト 一 葬儀ノ花ハ団体ヨリ贈ラレタルモノヽ外可成之レヲ差シ控へ一対位ニ止ムルコト 一 婦人ノ会葬者ハ通常礼服又ハ通常服ヲ着用シ白衣ヲ着用スルニ及バサル事 一 念仏ハ左ノ忌日ニノミ之レヲ行フコト 出棺当日初七日三七日(廿一日)五七日(三十五日)四十九日百ケ日 一 念仏講者ニハ夜食ヲ供シ(おたま)其他ノ土産物ハ一切廃スルコト 一 忌吊ヲ全廃スル事 一 香奠ハ五拾銭以内トスル事 但シ近親及特別縁故者ハ此ノ限リニアラズ 一 香奠返シハ従来ノ通リ全廃スル事 一 他町村ノ葬儀ニハ直接縁故者ノミ会葬シ其ノ他ノ者ハ会葬者ノ自宅ヲ訪問シテ弔意ヲ表スル事 一 年忌ハ質素ヲ旨トシ自宅又ハ寺院ニ於テ近親又ハ縁故者ノミヲ以テ行フ事 一 毎月一回以上必ズ展墓ヲ行フ事 一 入営ノ祝宴ヲ廃シ幟ハ従前通リ贈ラサル事 但シ出征凱旋等ノ場合ハ此ノ限リニアラズ 一 入退営兵ノ服装ハ可成軍服又ハ之レニ準ズルモノトシ和服ノ場合ハ有リ合セノモノヲ着用シ之レガ為メ特ニ新調ヲナサヽル事 一 除隊兵ノ土産物ヲ廃シ祝宴ヲナサヽル事 一 国家ノ祝祭日ニハ必ス国旗ヲ掲揚スル事 一 神社ニハ毎月一日十五日参拝スル事 一 田植ニハ耕作主ヨリ依頼ヲ受ケタル場合ノ外ハ其ノ手伝ヒヲ遠慮スル事 一 農事ノ手伝ヒヲナス者ニ対シテハ簡単ナル食事ヲ供スルニ止メ酒其他ノ饗応ヲナササル事 一 農繁ノ際交互ニ手伝ヲナス時ハ互ニ食事ヲ供セサル事 一 節酒節煙ヲ行ヒ可成ク巻煙草ヲ廃スル事 一 未成年者ノ禁酒禁煙ニ対シテハ特ニ監督ヲナスコト 一 普請祝ハ質素ニ之レヲ行ヒ腰掛俵ハ全廃スル事 一 上棟ノ手伝ハ当事者ト打合セ必要人員ニ止ムル事 本実行要目ニ拠リ難キ特別ノ事情アル者ハ予メ吉浜村更生委員会長ニ申出デ其ノ承諾ヲ得ル事ヲ要ス 右実行要目ハ昭和八年十一月一日ヨリ施行ス 吉浜村経済更生委員会 吉浜村生活改善実行方法 第一条 吉浜村更生委員会ハ村内ヲ区ニ分チ各区ヨリ実行委員ヲ五名乃至八名選挙シ其ノ任期ヲ二ケ年トス 実行委員ハ実行部長及其ノ代理者各一名ヲ互選ス 第二条 生活改善実行部員ハ常ニ部内ノ生活改善事項ノ実行ニ留意シ実行要目ニ記載シタル事実ノ発生シタル場合ニ於テハ予メ当事者ノ家庭ヲ訪問シテ実行上ノ注意ヲ促シ其ノ実行ヲ監視シ相当ノ援助ヲ与フルモノトス 前項ノ場合ニ於テ実行部長ヨリ其ノ実行ヲ促シ再三注意ヲ加フルニモ係ラズ実行ノ誠意ヲ示ササルモノアル時ハ実行部長ハ状ヲ具シテ之レヲ更生委員会長ニ報告スルモノトス 第三条 吉浜村更生委員会長ガ前条ノ報告ヲ受ケタル時ハ実行部長会ニ諮リ適宜ノ処置ヲ執ルモノトス 第四条 更生委員会長ハ毎月一回実行部長会ヲ招集シ各区実行ノ状況ヲ報告セシメ互ニ意見ノ交換ヲナシ各区実行上ノ連絡統制ヲ計ルモノトス 第五条 生活改善事項ノ実行ヲナスニ当リ他町村ニ関係アリト認ムル時ハ実行部長ハ之レヲ更生委員会長ニ報告シ更生委員会長ハ直チニ関係町村長ヲ経テ生活改善実行ノ趣旨ヲ徹底セシムル文書ニ実行要目ヲ添へ発送ノ手続キヲナスモノトス 第六条 吉浜村更生委員会ハ生活改善ニ関スル部落懇談会主婦会又ハ研究会講演会等ヲ開催シ趣旨ノ徹底ヲ期ス 第七条 至誠ニシテ勤勉克ク家運ノ挽回ヲ謀リ他ノ模範トスルニ足ルモノアリト認ムル時ハ実行部長ハ之ヲ調査シ更生委員会長ニ報告シ更生委員会長ハ実行部長会ノ意見ヲ諮ヒ之ガ表彰ヲ村長ニ申請スルモノトス 第八条 本規定ニ定ムルモノヽ外生活改善事項ノ実行ニ関シ必要ナル事項ハ実行部長会ノ決議ニ依リテ之ヲ定メ更生委員会長ニ報告スルモノトス 以上 一 本村ハ経済更生計画樹立実行ニ関シ左記役職員ヲ網羅シテ趣旨ノ徹底ヲ図ルト共ニ之レガ指導督励ニ当リ其ノ目的ノ達成ニ邁進セントス 一 吉浜村経済更生委員会 会長 村長 岩本福太郎 副会長 助役 小沢栄三郎 更生委員 浅田岩次郎 小沢開蔵 小沢菊治 井上武雄 小沢久三浅田長吉 力石由太郎 中村真一 河野周作 力石由太郎小沢陸蔵 常盤作太郎 柏木親重 鈴木慶吉 吉田弁吉杉山周吉 力石梅吉 岩本勝次郎 小沢藤吉 藤中里次郎林彦次郎 内藤清吉 力石秀太郎 小沢栄太郎 岩本君之助小沢金太郎 村上新吉 家本清治 露木儀三郎 内藤彦太郎近藤徳寧 常盤梅次郎 小沢一郎 幹事 浅田岩次郎 小沢開蔵 鈴木弘慥 富田武夫 常盤竜蔵小沢菊治 井上武雄 林泰助 向笠武治 力石芳雄 書記 林泰助 井上武雄 小沢菊治 一 経済更生計画樹立実行ニ関シテハ之レヲ産業経済社会教化ノ四部ニ分チ各部門ニヨリ担当委員ヲ定メ指導督励ニ任ス 一 産業部 部長 小沢栄三郎 副部長 常盤作太郎 主任 井上武雄 穂坂次郎 産業部実行委員 第一区委員長力石梅吉 副力石房吉 力石伝蔵 岡崎竟治小沢米太郎 秋沢茂三郎 力石森三郎 部落評議員 力石秀太郎 小沢栄太郎 岩本浅吉 岩本房次郎小沢幸蔵 岩本君之助 第二区委員長村上新吉 副小沢柳吉 岩本勝次郎 力石勘次郎青木豊吉 力石勝治 浅田房治 第三区 稲葉音吉 小沢虎蔵 浅田長吉 小沢時蔵夏目儀三郎 露木儀三郎 力石長吉 向笠富次郎浅田福松 大津祐男 第四区委員長一〇一二力石由太郎 副原力石由太郎 夏目菊治 藤中里次郎山口金平 藤池助七 小沢藤吉 内藤七之助内藤作平 石塚作太郎 加藤仙吉 小沢亀太郎力石栄蔵 松野幸太郎 米岡幸作 柳沢与市 第五区 小野広 鈴木鶴吉 柏木定吉 鈴木慶吉 鈴木松次郎 内藤清吉 鈴木久信 内藤徳次郎柏木春吉 柏木藤吉 常盤定蔵 鈴木庄太郎榎本岩太郎 小沢剛 常盤幾太郎 柏木森太郎露木安一郎 常盤松蔵 西山平吉 常盤寿延北村竜蔵 常盤作太郎 柏木鶴吉 木村鶴吉北村東作 深沢将蔵 小沢健蔵 吉田弁吉柏木親重 杉山周吉 柏木源助 常盤正雄常盤定敏 常盤晴夫 内藤正則 榎本義隆柏木重雄 部落顧問 近藤徳寧 常盤梅次郎 一 経済部 部長 浅田岩次郎 副部長 近藤徳寧 主事 林泰助 主任 常盤竜蔵 委員 第一区 小沢栄太郎 岩本房次郎 力石秀太郎 岩本君之助 力石梅吉 第二区 浅田長吉 家本清治 小沢金太郎 岩本勝次郎村上新吉 小沢和三郎 中村真一 向笠富次郎(原)力石由太郎 露木儀三郎 藤中里次郎 小沢栄三郎小沢一郎 杉山久太郎 第三区 常盤梅次郎 柏木親重 杉山周吉 鈴木慶吉北村柳吉 内藤善吉 常盤作太郎 小清水太次郎 一 社会部 部長 岩本福太郎 副部長 小沢栄三郎 主事 小沢菊治 実行委員 第一区 実行部長 力石秀太郎 仝副部長 小沢栄太郎 委員 力石梅吉 力石房吉 小沢幸蔵 小沢米太郎 第二区 実行部長 小沢金太郎 仝副部長 浅田房治 委員 青木豊吉 根本良之助 小沢親三 向笠延吉 第三区 実行部長 小沢藤吉 仝副部長 力石八百蔵 委員 家本清治 露木儀三郎 小沢和三郎 小沢時蔵浅田幸太 夏目儀三郎 御守常吉 第四区 実行部長 中村真一 仝副部長 力石由太郎 委員 山口金平 小沢広家 柳沢与市 力石栄蔵 第五区 実行部長 力石由太郎 仝副部長 藤中里次郎 委員 内藤作平 内藤七之助 藤池助七 土肥野長太郎 第六区 実行部長 河野周作 仝副部長 林彦次郎 委員 中村八郎 西本兵作 飯田松太郎 榎木清土屋浜之助 小沢浜之助 第七区 実行部長 小沢陸蔵 仝副部長 柏木親重 委員 小沢健蔵 深沢福太郎 鈴木梅蔵 常盤寿延常盤梅次郎 第八区 実行部長 杉山周吉 仝副部長 木村福次郎 委員 小沢剛 常盤定蔵 常盤善太 柏木森太郎 第九区 実行部長 鈴木慶吉 仝副部長 鈴木松次郎 委員 柏木藤吉 杉本富太郎 鈴木演治 内藤徳次郎 小野広 一 教化部 部長 小沢久三 副部長 常盤貞雄 主事 小沢開蔵 委員 熊沢清太郎 原忠太郎 小沢新太郎 向笠孝之富田吾兵衛 細川正義 柳川鼎 石井亀代鈴木弘慥 鈴木隆明 坪井俊彦 米山祖雄近藤徳寧 笠原恵孝 露木文吾 小沢陸蔵内藤七之助 岩本助太郎 露木英男 常盤正雄林武蔵 榎本昌男 力石正司 岩本常蔵根本延三 内藤正則 木村久治 常盤晴夫向笠ツナ 岩本チヨウ 力石ハナ 御守ヒコ青木ヨシ 杉山ヤマ 鈴木リセ子 一 基本調査ニ関スル調査員 常任調査員 (役場吏員) 調査部長 浅田岩次郎 調査員 鈴木弘慥 井上武雄 小沢菊治 向笠武治富田武夫 林泰助 小沢開蔵 力石芳雄 部落調査員 第一区 第一班 岩本助太郎 第二班 岩本治三九第三班 岩本常蔵 第四班 力石森三郎 第二区 第一班 向笠春蔵 第二班 岩本勝次郎第三班 鈴木隆明 第四班 小沢金太郎第五班 村上新吉 第六班 坪井俊彦第七班 菊池内匠 第三区 第一班 向笠孝之 第二班 小沢時蔵第三班 大津祐男 第四班 神保寅之助第五班 根本延三 第六班 向笠一雄第七班 夏目儀三郎 第四区 第一班 力石芳雄 第二班 山口金平第三班 佐藤隆治 第四班 力石栄蔵 第五区 第一班 藤中幸作 第二班 小沢藤吉第三班 内藤七之助 第六区 第一班 榎本清 第二班 小沢真一第三班 西本兵作 第四班 斎藤和郎第五班 青木喜助 第六班 土屋浜之助 第七区 第一班 原忠太郎 第二班 北村東作第三班 竹原幸久 第四班 木村久治 第八区 第一班 柏木源助 第二班 小沢剛第三班 常盤晴夫 第四班 常盤正雄第五班 榎本昭造 第九区 第一班 鈴木歌吉 第二班 常盤定敏第三班 小野広 第四班 加藤忠太郎第五班 鈴木久信 (仙石原村役場「視察町村参考書類」(昭和十一年)箱根町役場蔵) 〔注〕別紙基本調査書省略。 二五 中郡大磯町大磯漁業組合経済更生計画書 「昭和八年度経済更生計画書中郡大磯町大磯漁業組合」 大磯町漁業組合経済更生計画書目次 第一 目的 第二 目標 一 経済更生目標 二 生産目標 三 収支目標 第三 計画要項 一 土地ニ関スル事項 ㈠ 船揚場船溜場ノ拡張整備 二 生産ニ関スル事項 ㈠ 副業奨励 ㈡ 水産業改善 (イ) 漁業共同経営ノ改善及組織ノ改善 (ロ) 漁業ノ統制 (ハ) 漁業ノ新計画 ㈢ 水産物ノ価値増進対策 ㈣ 沿岸漁業ノ拡充 (イ) 蕃殖保護ノ徹底 ⑴ 種苗放養及害敵ノ駆除 ⑵ 築磯ノ設置 ⑶ 瀬ノ海魚礁ノ愛護 (ロ) 漁業権ノ整理及充実 ㈤ 発動機付漁船ニ依ル漁業経営ノ改善 (イ) 隻数噸数馬力数ノ統制 (ロ) 機関ノ規格統一 (ハ) 燃料費ノ軽減 三 販売購買金融ニ関スル事項 ㈠ 販売ニ関スル事項 ㈡ 購買ニ関スル事項 ㈢ 金融ニ関スル事項 四 負債整理ニ関スル事項 五 衛生設備ニ関スル事項 ㈠住居ノ改善 ㈡ 医療設備 ㈢ 浴場設備 六 社会教育ニ関スル実行要目 ㈠ 精神教育 ㈡ 生活改善 婚礼 葬儀 年始中元歳暮等ノ贈答 出産並子女ノ祝 附 大磯漁業組合更生規約 大磯漁業組合更生計画書 第一 目的 本漁業組合ニ於テハ数年来財界ノ不況ニ依ル魚価ノ暴落ト漁獲ノ減少トノ為ニ各漁家ノ収入激減シ別紙基本調査ノ示スカ如ク昭和七年度ニ於テハ負債総計四六三七四円(一戸平均一三六円)ニ達シ而カモ組合員全体ノ収支ハ差引三二七三七円ノ損失ヲ見タリ故ニ今ニシテ自主的精神ヲ振起シ更生ノ途ヲ開カザレバ将来大ナル悲境ニ陥ルベキヲ以テ今般県助成ノ趣旨ヲ体シ左記経済更生計画ヲ樹立シ全組合員ノ和衷協同ト各種団体ノ連絡協調ノ下ニ産業的並ニ社会的改善ヲ遂行シ本組合ノ経済更生ヲ完成セントス 第二 目標 本目標ハ第三計画要項ノ実行ニ依リ向フ五ケ年(昭和十二年)ノ終リニ於テ到達セントス 一 経済更生目標 二 生産目標 三 収支目標 第三 計画要項 一 土地ニ関スル事項 ㈠ 船揚場船溜場ノ拡張整備 本組合ニハ発動機付漁船五十三隻無動力漁船百五隻アルニ船揚場ハ二ケ所三二七〇坪ニ過ギズ朝夕出漁ニ際シテ混雑ヲ来シ漁業能率ヲ減スルコト尠カラス故ニ左記ニ依リ更ニ之カ整備ヲ行ハントス 震災直後岩盤隆起ノ為漁船ノ出入ニ際シ危険甚シク且其ノ引揚ニ著シキ障害アリタルヲ以テ海底ヲ浚渫シテ水深ヲ増加シ海岸ノ切均シテ行ヒ護岸工事ヲ施シテ海水ノ浸蝕ヲ防ギ以テ之ヲ船揚場トシ傍ラ漂砂防禦ニ備フル為防砂堤及砂壁ヲ設ケタルモ尚充分ナラサルヲ認メ昭和八年工費金弐万四千円ヲ投シテ更ニ浚渫並防波壁ヲ設定セリ 然レドモ尚拡張ノ要アルヲ以テ更ニ沖合東西ノ方向ニ約六十間ノ防波堤ヲ築造シテ船溜ノ完璧ヲ期シ出漁ニ便ヲ得セシメントス 二 生産ニ関スル事項 ㈠ 副業奨励 (イ) 漁家ノ余剰労力(家庭婦女子並時化休漁)ヲ利用シ副業トシテ横浜市中区南太田町横浜麻真田集団工場(代表者田中兵助氏)ノ応援ヲ得テ工場建物五十坪ヲ建設シ動力設備ニ依リ最初五十台ノ機械ヲ据付ケテ麻継ヲ為サシメ年収五千円ノ収入ヲ計ラントス (ロ) 家庭ノ副食品タル野菜類ハ従来土地狭隘ニシテ耕作地ニ乏シク悉ク購入シ居ル状態ニアリ其ノ購入年額ハ実ニ七千有余円ニ達ス故ニ大磯町有地ノ三千坪並ニ官有地ニシテ耕作可能ノ土地約三千坪及渡辺千秋氏所有ノ埋立地五千坪ヲ借入レ栽培上ニ関シテハ中郡農会ノ実地指導ノ下ニ共同菜圃ヲ設ケ自給自足ノ途ヲ講□ ㈡ 水産業改善 (イ) 漁業共同経営ノ改善及組織ノ改善 個人経営ヨリ漸次共同経営ニ移シテ出資制度ニ依リ小規模漁業ヨリ漸次向上セシメ被傭者観念ヲ離脱シテ責任感ヲ強カラシメ以テ漁業経営機能ノ充実ヲ図リ冗費ノ節約福利ノ増進ヲ計ラントス (ロ) 漁業ノ統制 漁業ノ発展ニ関シ遠キ将来ヲ考慮シ各種漁業間ノ調和ヲ図リ漁船漁具等ニツキテモ其ノ統制ヲ図ラントス (ハ) 漁業ノ新計画 ⑴ 本組合漁業者ハ従来鰹漁業其ノ他ノ餌料ハ何レモ須賀三崎静岡方面ヨリ購入シ居リ之ガ為ニ常ニ好漁ノ機会ヲ失シ拱手傍観スルノ不利ナル状態ニアリ依テ組合員ニ低資ヲ供給シ出資制度ニ依リ巾着網漁業者組合ノ組織ヲナサシメ餌料自給自足ノ途ヲ講シ生産費ノ低減ヲ計リ利益ヲ増進セントス ⑵ 揚繰網ヲ経営セシメ定置漁業鰤大謀網ノ漁期(五月三十日)終了後ニ於ケル漁業余剰労力ヲ直ニ揚繰網漁業ニ転換セシメ漁業者ノ利益ヲ均等ナラシメントス ㈢ 水産物ノ価値増進対策 水産物ヲ良ク市場化スルコトハ最モ重要視セラル将来ハ生産ノ増加ト之カ処理トニ向ツテ特ニ左記事項ニ付意ヲ用フル必要アリ (イ) 魚類ハ腐敗シ易キ特質ヲ有スルヲ以テ農林省ノ補助ヲ得テ製氷設備ヲ行フカ若ハ製氷会社ト特約シ氷ノ需給関係ヲ円滑ニシ鮮度ヲ高カラシムルコトニ意ヲ用フ (ロ) 水産製造加工処理所ヲ設置シ共同作業ニ依リ水産物加工製造ヲ奨励シ漁獲ノ予想困難ニシテ不時多量ニ漁獲セラルル鰮ニ対シテハ煮乾製造又ハ圧搾シテ魚肥ノ製造ヲ行ヒ鰤ハ鰤藁捲ノ製造ヲ為シ以テ価値ノ培加ヲ図ラントス ㈣ 沿岸漁業ノ拡充 (イ) 蕃殖保護ノ徹底 ⑴ 種苗放養及害敵ノ駆除 竜蝦ノ親蝦一千尾ヲ放養シ自昭和九年四月至昭和十年八月禁漁期間ヲ設定シ且害敵タル蛸駆除ノ為メ蛸壷ニ依リ一挙ニシテ増産ト蕃殖ノ実ヲ挙グルモノトス ⑵ 築磯ノ設置(魚族ノ誘致) 大型ノ廃船ヲ購入シ餌料ヲ積載シテ之ヲ沈下セシメ人工魚礁ヲ造リ鰺鯖黒鯛鱸等ノ魚族ヲ誘致シ漁獲高ヲ増加セントス ⑶ 瀬ノ海魚礁ノ愛護 相模湾内瀬ノ海魚礁ニ対シテハ極力関係漁業組合ト連絡シテ魚族蕃殖及保護ノ実ヲ挙ゲ漁獲ノ増加ヲ計ル (ロ) 漁業権ノ整理及充実 利用少ナキ定置漁業改良三捜張漁業二統ヲ整理シ定置漁業鰮猪口網漁業権ヲ設定シ漁業組合ノ利益増進ヲ計ラントス ㈤ 発動機付漁船ニ依ル漁業経営ノ改善 (イ) 隻数噸数馬力数ノ統制 相模湾内瀬ノ海魚礁ハ魚族豊富ニシテ本組合ヨリ出漁スルモノ多ク最近強力ナル火光ヲ用ユル網漁業ニ依リ著シク漁獲減少シ逐年沿岸漁業ノ衰退ノ傾向アルニ鑑ミ将来遠洋漁業奨励ヲ為トス共ニ一面極メテ近距離ニ有力ナル漁場ヲ持ツ本組合ハ出漁船数噸数ニ考慮ヲ用ヒ更ニ馬力数ニ付テモ消費節約ノ見地ヨリ最大限度ヲ定ムルノ要アリ充分基礎調査ノ上実施セントス (ロ) 機関ノ規格統一 機関ノ修繕ニハ最モ多額ノ経費ヲ要シ漁業者ノ等シク苦痛トスル所ニシテ機関ノ種類多ク部分品モ千差万別ナルヲ以テ調査ノ上規格統一ヲ行ヒ然ル後之ニ必要ナル修繕工場若ハ指定工場ヲ設置セントス (ハ) 燃料費ノ軽減 燃料ノ使用ハ年額弐万円ノ巨額ニ達スルヲ以テ本組合共同購買事業取扱種目ノ一ニ加へ且機関ノ合理的使用法ヲ徹底セシメテ消費節約ヲ図ラムトス 三 販売購買金融ニ関スル事項 ㈠ 販売ニ関シテハ現行法ノ定ムル所ニ依リ既設市場トノ関係上遺憾ナカラ計画シ得サル悩ミアリ故ニ販売ニ関シテハ左記事項ニ意ヲ用ユ (イ) 漁獲物ハ漁業者唯一ノ収入資源ナルヲ以テ自己ニ有利ニ且確実ニ販売スルノ必要ヲ認ム単一魚市場ノ取扱ニノミ委スルコトハ本組合ノ実情ニ即シテ最モ考慮スヘキ重点ナリ依テ中郡農会其ノ他産業団体ノ応援ヲ求メ郡内経済更生町村ト協定シ農産物トノ物々交換ハ相互ノ利益ヲ増進シ一面保健衛生上ノ見地ヨリスルモ最モ機宜ニ適スル方法ニシテ併セテ魚価牽制ノ一手段ナリ (ロ) 計画実施ニ依ル副業水産製産品及漁獲物ハ何レモ製品ノ統一ニ力ヲ用ヒ共同出荷共同販売ニ依リ経費ノ節減ヲ計ル ㈡ 購買ニ関シテハ現在取扱中ノ日常生活必需品ニ対シ購買品ノ選択ニ注意ヲ払ヒ特ニ現金購入ニ依リ廉価ニ配給シ家計費ノ逓減ニ資セントス 漁業必需品タル氷石油餌料漁具等ハ組合購買部ニ於テ取扱ヒ生産費低減ニ資スル外不況打開ノ途ナシ故ニ主トシテ共同購入ヲ行ヒ単独購入ノ不利不便ヲ避ケ系統機関ヲ利用シ購買市場ヲ精査シ優良品ノ低価購入ヲ図ル ㈢ 金融ニ関スル事項 (イ) □□銀行ノ借入ヲ成ルヘク避ケ極力組合ヨリ融通ノ途ヲ講ズルコト (ロ) 経済更生部落ニ指定セラレテ以来旧債償還ノ目的ヲ以テ既ニ実行中ノ日掛貯金(更生貯金)ヲ励行シ更ニ出漁貯金(端銭貯金)ヲ実施セントス 四 負債整理ニ関スル事項 ㈠ 本組合負債総額四万六千円(一戸当一三〇円) ハ各自経済更生計画ノ実行ニ依リ生ズル余剰金ヲ以テ返済ス ㈡ 親戚知人及無尽其ノ他金融会社等ノ借入金ハ組合ノ低利資金ニ借換セシム ㈢ 以上ハ組合役員会ノ決議ニ依リ借換者決定シ順位ハ自力更生ノ精神ニ富メル者ヨリ漸次決定ス 五 衛生設備ニ関スル事項 ㈠ 漁業組合員ノ住居ハ宅地ノ面積狭隘ノ為乍遺憾通風採光ニ欠クル所多シ殊ニ台所ノ改善ハ生活上最モ重要事項ニ付改築其ノ他ニ当リテハ此ノ主旨ニ基キ慫慂セントス ㈡ 医療設備 大磯町内ニ開業医アルモ従来漁業者ノ家庭ニ対シテハ事情ノ如何ヲ問ハス極メテ悲惨ナル情態ニアリ依テ組合嘱託医ヲ設置シ実費診療ヲ為サセシムルト共ニ県ノ助力ヲ仰ギ定期診療所ヲ開設セントス ㈢ 浴場設備 漁業者ノ家庭ニ風呂ノ設備アルモノ極メテ少数ニシテ漁業者ノ入浴料ハ家計上極メテ多額ニシテ不漁ニ際シテハ家族ハ全ク入浴セサルモノアリ衛生上遺憾ノ点多シ依ツテ組合共同浴場ノ設置ヲ為サントス 六 社会教育ニ関スル実行要目 ㈠ 精神教育 1 勅語並詔書ノ聖旨ヲ奉体スルコト 2 祝祭日及神社ノ祭典当日軍人送迎ノ際ニハ各戸ニ国旗ヲ掲揚スルコト 3 毎月一日十五日ニハ必ズ氏神ニ参拝スルコト 4 毎月一日十五日ニハ神棚及仏壇ヲ清掃スルコト 5 出漁及帰家ノ際ニハ必ズ神仏ヲ念スルコト 6 祖先ノ祭祀ハ質素ナル方法ニテ必ズ之ヲ行フコト 7 郷土ノ特質ヲ研究シ愛郷ノ念ヲ発揚スルコト 8 漁業ニ関スル研究ヲ為シ之ニ対スル信念ヲ持ツコト 9 父老ヲ尊敬シ長幼ノ序ヲ重ンスルコト 10 選挙ニ関スル知識ヲ啓キ且之ヲ公正ニ履行スルコト 11 各種団体ニ対シ協力互助ノ精神ヲ発揚スルコト 12 集会等ノ時間ヲ励行スルコト 13 利己心ヲ抑制シテ漁業組合ノ精神ヲ発揚スルコト 14 子女ノ教育ニハ一層ノ力ヲ用フルコト 15 町内会員中ノ葬儀ニハ可成会葬シテ死者ニ対スル礼ヲ行フコト ㈡ 生活改善 1 予算生活ヲ実行スルコト 2 漁業組合ノ購買部ヲヨク利用スルコト 3 冗費ヲ省キ倹素ナル生活ヲナスコト ◎ 婚礼 イ 持参品ハ虚飾ニ流レズ必ズ分度ヲ守ルコト ロ 式服ハ之ヲ質素ニシ式場ニ於ケル晴着ノ着換ヲ全廃スル コト ハ 饗宴ハ可成質素ニシ特ニ酒ノ無理強ヒヲナサザルコト ニ 衣服調度品ノ披露ヲ全廃スルコト ホ 三ツ目五ツ目等ノ振舞ヲ全廃スルコト へ 婿嫁ノ目見得歩キノ配茶ヲ廃止スルコト ◎ 葬儀 イ 穴掘及忌中払ヒノ外ハ一切酒ヲ用ヒサルコト ロ 香奠返シハ可成簡単ニスルコト ハ 生花造花ノ贈受ハ可成少クシ放鳥ハ之ヲ全廃スルコト ◎ 年始中元歳暮等ノ贈答 イ 年始ノ贈答ハ結紙ノミニ止ムルコト ロ 中元歳暮ノ進物ハ質素ニシテ実用品ヲ用フルコト ◎ 兵士ノ入退営 イ 長旗ハ必ズ一本ニ限ルコト ロ 入退営ノ饗応ハ之ヲ全廃スルコト ハ 退営者ノ土産ハ手拭一節ヲ以テ限度トスルコト ◎ 出産並子女ノ祝 イ 産児舞孫抱ハ訪問ノミニ止メ贈答品ハ全廃スルコト ロ 初孫祝ノ贈答品ハ近親者ノミニ止ムルコト ハ 男女初節句ノ祝ハ成ルヘク質素ニスルコト ニ 七五三ノ祝ハ家祝ノミニ止ムルコト 4 保健衛生ニ関シテハ大イニ意ヲ用フルコト 5 婦女子ハ余剰労力ヲ活用シテ家計ノ補助ヲナスコト ⦿大磯漁業組合更生会規約 第一条 本会ハ生活改善勤倹力行ノ美風ヲ奨メ自力更生ノ実行ヲ期シ会員相互ノ福利ヲ増進スルヲ以テ目的トス 第二条 本会ハ大磯漁業組合更生会ト称ス 第三条 本会ノ事務所ハ之ヲ大磯漁業組合事務所内ニ置ク 第四条 本会員ハ自己ノ都合ニ依リ脱会スルコトヲ得ス 第五条 本会ニ左ノ役員ヲ置ク 会長一名 副会長 名 組長 名 第六条 役員ハ総テ名誉職トシ大磯漁業組合役員之ヲ兼ヌルモノトス 第七条 役員ノ職務ヲ左ノ如ク定ム 会長ハ本会ヲ代表シ会務ヲ総理ス 副会長ハ会長ヲ補佐シ会長事故アルトキハ年長順ニ依リ会長ノ職務ヲ代理ス 組長ハ組内ノ事務ヲ処理シ且ツ実行要目ニ関スル実行ヲ監査シ違背者ニ対シテハ警告ヲ発シ又ハ之ヲ会長ニ申告ス 第八条 本会ニハ本会ノ発展ヲ図ル為メ顧問及嘱託員ヲ置クコトヲ得 第九条 総会ハ之ヲ通常総会臨時総会ノ二種トス 第十条 通常総会ハ大磯漁業組合通常総会ニ附随シテ之ヲ開キ左ノ事項ヲ行フ 一 会務及成績ノ報告 一 講演談話申合等 一 其他必要ト認ムル事項 第十一条 臨時総会ハ必要ニ応シ会長ノ意見又ハ会員十分ノ一以上ヨリ請求アタリル場合之ヲ開会ス 第十二条 役員会ハ必要ノ都度開会シ左ノ事項ニ付協議ス 一 会長ノ諮問ニ関スル事項 一 目的貫徹ニ関スル実行方法 一 経費ニ関スル事項 一 其ノ他重要ナル事項 第十三条 本会ハ本会ノ目的貫徹ヲ期スルタメ会員ノ主婦ニ対スル啓発決意実行ノ指導方法ヲ講スルコトヽス 第十四条 本会ハ特ニ副業ニ関スル斡旋及指導ヲ施行スルコトヽス 第十五条 本会ニ要スル経費一切ハ大磯漁業組合ニ於テ之ヲ支弁スルモノトス 第十六条 本会ノ会員ニシテ本会ノ規約ニ違背シタルモノアルトキハ総会又ハ役員会ノ決議ニ依リテ之ヲ処置スルモノトス 附則 一 本規約ノ改正ハ総会ニ計リテ会員半数以上ノ賛成アルニアラサレハ之ヲナスコトヲ得ス 一 本規約ハ会員ノ記名捺印ヲ了シ之ヲ事務所ニ保管ス 一本規約ハ昭和 年 月日ヨリ之ヲ施行ス (神奈川県農政部水産課「経済更生関係」(昭和八年)神奈川県庁蔵) 〔注〕別紙基本調査書省略。 二六 中郡成瀬村経済更生計画実行費調 「昭和七年度指定(農村) 経済更生計画及其ノ実行費 神奈川県中郡成瀬村」 目次 第一 経済更生計画ノ要旨 第二 村ノ概況 第三 村民ノ収支及負債並更生ノ目標 第四 経済更生計画実行ニ要スル施設項目 第五 特別助成ノ対象トナル計画事項ヲ包含スル経済更生計画実 行費調 神奈川県中郡成瀬村経済更生計画及其ノ実行費 第一 経済更生計画ノ要旨 数年来ノ不況ニ依リ生産物価格ノ暴落ヲ来シ為ニ各農家ノ収入激減シ村民ノ経済力ハ極メテ窮迫シ居レリ而シテ之ガ更生ヲ図ルノ方策多々アルベシト雖モ本村民ガ真ニ農民精神ヲ体得シ自奮自励総協力ニ依リ而モ老若男女ガ其ノ受持ヲ通ジテ本村ヲ提ゲ邁進スルノ精神ヲ根基トシ左ノ更生計画大綱ヲ実現スルノ一途アルノミナリ ㈠ 産業組合ヲ拡充活用シ産業及経済ノ発達ヲ期スルコト ㈡ 負債整理組合ヲ設立シ負債ヲ整理スルコト ㈢ 共同収益地ヲ設定シ更生基金備荒共済基金ヲ積立ツルコト ㈣ 食糧自給シ得ザル農家ニ耕地ヲ供給シ食糧ノ自給自足ヲ図ルコト ㈤ 家畜ノ増殖特ニ本村ニ適スル牛豚緬羊ノ普及ヲ図ル為畜舎ノ改良空地ノ整理牧草植栽採草地設定受乳所設置集卵所設置牛豚購入資金融通ヲ図ルコト ㈥ 共同出荷場ヲ各部落ニ一個所宛設置シ農産物販売統制ノ徹底ヲ図ルコト ㈦ 改良農具ヲ完備シ共同利用ニヨリ能率増進ニ資シ労力ノ分配利用ニヨリ裏作栽培ノ増加ニ努メムトス ㈧ 自給肥料ノ増産ト施肥ノ合理化ヲ図ラン為堆肥舎ノ全農家建設ヲ計画シ産業組合ニヨル肥料配合ノ徹底ヲ図ルモノトス ㈨ 農民道場ニ青年男女ヲ入場セシメ中堅人物ノ養成ニ努メ精神振作ヲ為スコト 而シテ之ガ計画実行ニ当リテハ各部落ニ連帯責任ヲ負フ実行組合ヲ設置シ此ノ実行組合ハ各実行班ニ分チ恰モ往年ノ五人組制度ノ如クナシ之等実行組合ヲ産業組合農会ト密接ナル関係ヲ保タシメ学校其ノ他教化団体モ夫々連絡協調シ村経済更生委員会ニ於テハ之等総テヲ統制シ計画実行ノ円滑ヲ期スルモノトス 各部落ヨリ中堅青年ヲ選抜シ農民道場ニ入場セシメ帰村ノ上ハ之ヲ実行組合ニ配属セシメ幹部ノ指揮ノ下ニ又ハ独立シテ郷土更生ノ第一線ニ当ラシムルト共ニ村民各戸ニ我ガ家ノ更生計画ヲ部落ノ実行組合ニ「部落計画」ヲ夫々樹立セシメ村ノ経済更生計画ノ実行ヲ徹底セシメントスルモノナリ 第二 村ノ概況 一 位置及地勢其ノ他村情大観 村民ノ気風ハ質朴温順ニシテ勤倹ナリ納税観念良好ニシテ九九%ノ完納率ヲ示セリ農業以外ノ営業ハ醤油醸造業一戸材木業一戸雑貨店三戸ニシテ経済更生計画ヲ徹底セシムル上ニ於テモ別ニ影響ヲ及ボスコトナシ 産業組合ガ米穀類ノ販売統制ヲ強調シ肥料飼料ノ配給計画ヲ徹底セシムルモコレニヨリ生業ノ脅威ヲ受クル者ナシ 備考 商工業ハ計二九戸アルモ内工七雑業一〇菓子飲食等七戸ニシテ大ナル営業ハ僅々五戸ナリ 二 戸口 三 土地面積 イ 地目及所有別土地面積 備考 本町民所有地本村地積ヨリ多ハ他町村ニ本村民ノ所有地多キニヨル ロ 利用経営別土地面積 ハ 山林原野放牧採草地等ノ利用状況 山林原野ノ利用ハ頗ル行届キ放牧地等ハ地積ノ関係上ソノ余裕ナシ採草地ハ僅カニ道路ノ畦畔堤塘等ニコレヲ求ムルモ堆肥ノ原料トシテ或ハ家畜ノ飼料トシテヨク利用セラル ニ 魚場水面等水産資源ノ利用状況 ナシ 四 主ナル生産物(最近五ケ年平均) 農産物 二五四、八三七円 林産物 三、〇五〇円 水産物 ナシ 工産物 ナシ 鉱山物 ナシ 其ノ他 一、〇七〇円 五 村民ノ収支及負債(昭和八年) 村全体 農家全体 農家一戸当 収入 三四六、四六〇円 二六〇、七二〇円 六六八円 支出 三七〇、九八八円 二八二、二四八円 七〇六円 差引不足 二四、五二八円 二一、五二八円 不足 三八円 負債 五〇〇、〇〇〇円 二五〇、〇〇〇円 六二五円 預貯金額 一三二、〇〇〇円 一一二、〇〇〇円 二八〇円 備考 負債ハ推定ナリ村全体ニハ村債九万円(内自作農創設資金三万円)耕地整理組合十五万円計二十四万円ヲ合算シアリ農家全体ニハソノ分ヲ除外シ且ツ農家ニ非サルヽモノヽ分一万円ヲ除キタリ 六 部落別経済大観(昭和十年) 備考 租税公課ノ比較的多キハ耕地整理組合ノ分賦金モ公課ニ合算セルニヨル 七 農家ノ負債及貯金調査(昭和十年) イ 負債戸数及負債額 ロ 借入先別内外別負債額 ハ 利率別負債額 七分未満 二一、五〇〇円 七分以上一割未満 二二一、三〇〇円 一割以上一割五分未満 七、二〇〇円 一割五分以上 ― 計 二五〇、〇〇〇円 ニ 担保別負債額 有担保 田畑担保 一五三、〇〇〇円 其ノ他 六、〇〇〇円 無担保 九一、〇〇〇円 ホ 貯金額 ロ 成瀬村財政状況 1 成瀬村歳入出一覧表(昭和十年) 2 歳入総額ニ対スル村税総額(昭和十年度) 3 成瀬村有基本財産表 一 土地 二 建物 三 債券 四 現金 4 村債 5 租税納税成績調(昭和十年度) ニ 産業組合 名称 保証責任成瀬村信用販売購買利用組合 区域 成瀬村一円 設立年月日 大正十年四月三十日 組合員数其ノ他ハ別冊昭和十年度報告書添付 ホ 産業組合更生計画 別紙本組合経営方針及拡充計画達成目標添付 へ 成瀬村農会 名称 成瀬村農会 区域 成瀬村一円 会員数 六百名 農会歳入出予算(昭和十一年)別冊ノ通リ 八、経済更生計画実行組織 (イ)町村ニ於ケル経済更生ニ関スル指導及実行ノ統制組織一覧表 第三 村民ノ収支及負債並更生ノ目標 一 収支目標 二 生産目標 第四 経済更生計画実行ニ要スル施設項目 一 経済更生委員会ノ活動 イ 現況及将来 経済更生委員会ニハ会長一名(村長)副会長一名(助役)幹事若干名及委員二十六名ヲ常置シ村内ヲ二十六区ニ分割シ各区ニ一名ヅヽ委員及督励員ヲ配置シ計画実行及各事業ノ連絡ニ当ラシム ロ 経営主体 村 ハ 所要経費 百円(一ケ年分)継続事業 二 技術員増員 イ 現況及将来 現在村費ニテ一名農会費ニテ一名養蚕実行組合ニテ一名計三名常置シアルモ将来農産物販売統制ヲ拡充スル為産業組合ニテ一名ヲ設置セムトス ロ 計画実行主体 産業組合 ハ 所要経費 一ケ年分 七百円 継続事業 ニ 経費支弁方法 自弁(産業組合)七百円 助成 ナシ 借入 ナシ 三 採種圃設置 イ 現況及将来 現在本村ニ栽培セラルヽ稲作及小麦等ハ其ノ品種雑駁ニシテ之ヲ統制セズンバ収量ハ勿論販売統制上不利甚ダシキ為農会ニ於テ採種圃ヲ設ケ優良ナル籾種子及小麦種子ノ配布ヲナシ品種ヲ統制シ増収並販売上ノ利便ヲ計ラムトス ロ 計画実行主体 農会 ハ 所要経費 二千六百五十円(一ケ年分) 継続事業 ニ 経費負担区分 農会負担 三百円 種子代収入見込 二千三百五十円 四 農産物其他ノ品評会ノ開催 イ 現況及将来 大小麦立毛水稲苗代堆肥増産及各種農産物品評会ヲ順次開催シ品質ノ向上増殖ニ資セムトス 又小麦作ニ於テハコレガ改善ノ為更生区単位ノ共進会ヲ開催シ増殖ト販売統制ニ資セムトス ロ 計画実行主体 農会 ハ 所要経費 三百二十円(一ケ年分) 継続事業 ニ 経費負担 村農会 五 負債整理 イ 現況及将来 村民ノ負債ハ村債及耕地整理組合債ヲ除キタル個人負債ニ於テモ総額二十四万円アリテ内負債整理組合ヲ設立シテ整理ヲ要スベキ八万円ニ対シ三箇ノ組合ヲ設立シ負債ノ整理ヲ計ラントス ロ 計画実行主体 負債整理委員会ノ設置 村 ハ 所要経費 百円 ニ 経費負担区分 別途助成金百円ヲ以テ之ニ充ツ 六 記帳奨励 イ 現況及将来 農家経営ノ改善ニハ各戸農家ニ記帳ヲナサシメ之ヲ基礎ニ改善計画ヲ樹立シ各農家ノ経済更生ヲ計ラン為全農家ニ帳簿ヲ備へ付ケ記帳ヲ奨励セムトス ロ 計画実行主体 村農会 ハ 所要経費 金八十円(一ケ年分) 継続事業 ニ 経費負担区分 農会負担 四十円 各自負担 四十円 七 堆厩肥舎新設 イ 現況及将来 堆肥舎改善計画ノ現況ハ完全堆肥舎ハ僅七十余棟ニ過ギズコレヲ農家全部ニ完成セシムベク二百棟ノ増設ノ計画五ケ年ニテ達成 ロ 計画実行主体 村農会 ハ 所要経費 金二万三千八百円也 一棟 百十九円 二百棟分 ニ 経費負担区分 農会負担 二千円 村農会費ヨリ支出五ケ年間ニ行フモノトス 借入金 三千円 産業組合ヨリ貸付ス年々六百円宛五ケ年分(農家ニテ自弁金不足ノモノニ貸付) 各農家自弁金 一万八千八百円 八 畦畔整備 イ 現況及将来 水田ノ畦畔ハ年々畦塗リ作業雑草除草等ノ為労力其ノ他ノ不経済少ナカラザルニ付コノ際共同苗代地帯全部ニ対シ畦畔ヲ全部コンクリートニ改善セントス 関係農家 一五〇戸 関係水田面積 七十五町歩 畦畔延長 七千五百米 ロ 計画実行主体 農事実行組合 ハ 所要経費 六千四百八十円 ニ 経費負担区分 受益者出金 三千二百四十円 助成金 三千二百四十円 九 共同収益地設置 イ 現況及将来 各部落ニ若干ノ共有地等アレド部落協議費ノ一部ニ充当スル程度ニテ将来ニ備フベキ為ノ共同収益場即チ備荒田畑ノ共同耕作地ヲ各部落毎ニ設置セシメ労力ヲ奉仕シ粗収ヲ全額蓄積セムトス 村及各部落別ノ計画事項左ノ通リ 成瀬村 一 成瀬村ノ事業トシテ無立木山林三町歩購入青年学校生徒ノ実習トシテ植林事業ヲナス 二 本村内ノ土地ニテ他町村民ノ所有セル水田約四町歩購入シ村民中ノ小作農及転業農家ニ耕作セシム 以上土地購入金 山林 二千四百円 水田 一万四千円 合計 一万六千四百円也 内 村債ニヨルモノ 一万五千円 助成金 一千二百円 二十ケ年間ニ村債ヲ土地ノ収益ニヨリ償還シ一万六千四百円ノ備荒貯蓄ヲナスモノトス 石田 見附島 下落合 三農事実行組合 用排水路ヲ利用シ用排水ニ支障ナキ様稲作ヲ作付シコレヨリ下落合ハ米十五俵見附島モ米十五俵石田ハ米二十俵ヲ収穫シコレヲ販売シ年額下落合見附島ハ各々百五十円石田ハ二百円ヲ蓄積シ十ケ年計画ニ於テ三組合合計七千四百円ノ備荒貯蓄ヲナス 東富岡農事実行組合 荒廃地一町歩ヲ購入シ之ヲ開畑シ反当年額四十円十ケ年計画元利合計五千九百二十円ノ備荒貯蓄ヲナサムトス 購入費 反当 六十円 計 六百円 助成金 三百円 粟窪農事実行組合 無立木地ノ山林一町歩ヲ購入シコレニ植林(杉苗)シ三十ケ年ノ計画ヲ樹立ス苗木ノ成育スル迄間作ニ農産物ヲ収穫シ三千円ノ備荒貯蓄ヲナサムトス 購入費 反当 八〇円 計 八百円 助成 四百円 北高森農事実行組合 畑二反歩ヲ借入シ桑苗ヲ育成シ桑苗約三万本ヲ生産コレヲ販売シ其ノ代金中経費ヲ差引キタル残額ヲ積立ツルモノトス年額六百円ノ売上ニ対シ経費概算三百円差引年三百円十ケ年元利計四千五百円ノ備荒貯蓄ヲナサムトス 前高森農事実行組合 山林七町歩ヲ購入開畑シ反当年収四十円宛二百八十円十ケ年元利計四千円ノ備荒貯蓄ヲナスモノトス 購入費 反当 八十円 計五百六十円 助成 二百八十円 下糟屋農事実行組合 水田一町歩共同耕作ニヨリ反当五十円年額五百円十ケ年元利七千五百円ノ備荒貯蓄ノ予定 小金塚農事実行組合 水田四反歩ノ共同耕作ヲナシ反当五十円計二百円十ケ年元利三千円ノ備荒貯蓄ヲナス予定 以上共同収益金ヲ以テ備荒積立ヲナシ計画目標達成後ニハ金五万一千七百二十円ノ備荒貯蓄ヲナスモノトス ロ 計画実行主体 村及農事実行組合 ハ 所要経費 一万九千三百九十五円 内訳{土地購入費(村)一万六千四百円 仝 (実行組合)一千九百六十円 経営費 (実行組合)一千三十五円 ニ 経費負担区分 村費 二百円 村債 一万五千円 実行組合出金 二千十五円 助成金 二千百八十円 一〇 藁工品共同作業所 イ 現況及将来 本村水田地方ノ副業トシテ藁細工ヲ奨励スル為之ガ製品ヲ取纒メ加工スル為村内中央ニ共同作業所ヲ設置セムトス ロ 計画実行主体 産業組合 ハ 所要経費 金一千七百三十円 ニ 経費負担区分 自弁 金三百六十五円 助成 金八百六十五円 借入 金五百円 ホ 借入金償還計画 産業組合償還年次表別紙ノ内ニ含ム 一一 共同集積倉庫ノ増設 イ 現況及将来 本村ニハ農業倉庫二棟六十坪アレド内一棟四十坪ノモノハ震災以前ノモノニテ震災ノ為使用能力ハ半減セル現状ナリ然ルニ本村産業組合ノ米麦販売取扱総数ハ経済更生計画樹立後特ニ増加シ現在村内販売総数ノ七割以上ヲ統制スル有様ニテ倉庫ノ収容力少ナキハ甚ダ不便ナリ一面購買事業ノ増大ニ供ヒ旧農業倉庫ヲ購買部用ニ変更シ新タニ完全ナル農業倉庫一棟五十坪ノモノヲ村内中央ノ産業組合事務所附近ニ増設セムトス ロ 計画実行主体 産業組合 ハ 所要経費 金四千円 ニ 経費負担区分 自弁 金五百円 助成 金二千円 借入 金一千五百円 ホ 借入金償還計画 低利資金ヲ借入シ五ケ年据置十五年賦償還年次表ハ別紙産業組合債償還年次表ニ含ム 一二 有畜農業経営 イ 現況及将来 有畜農業経営ヲ徹底普及シ多角形農業ニヨル農家収入ノ増加自給肥料ノ増産ヲ計ルベク現在畜舎ノ改良ヲセシ者僅一百戸乳牛飼養者五十人優良種豚飼養者十人ニ過ギズコレニ対シ畜舎改良二百棟ヲ増シ乳牛購入五十頭優良種豚ノ飼育奨励一百頭ヲ計画ス五ケ年計画ナリ ロ 計画実行主体 村農会 ハ 所要経費 金一万四千五百円 内訳 畜舎改良 二百棟分 一棟四十五円 九千円 乳牛購入資金 五十頭分 一頭一百円 五千円(五ケ年分一ケ年一千円宛貸付資金) 優良種豚購入奨励 一百頭分 一頭五円 助成五百円ニ 経費負担区分 農会費負担 金一千五百円 助成 ナシ 借入(産業組合)金五千円 産業組合ニテ低利資金ヲ借入シソレヲ貸付ス 各農家出金 金八千円 一三 共同受乳所共同集卵所設置 イ 現況及将来 有畜農業経営ノ発達ニ供ヒ村ノ中央役場附近ニ建坪二十坪ノ受乳所及集卵所ヲ新設セムトス昭和十二年中ニ達成ノ予定 ロ 計画実行主体 産業組合 ハ 所要経費 金九百八十円 ニ 経費負担区分 自弁 金四百九十円 助成 金四百九十円 一四 部落共同集荷所 イ 現況及将来 各部落ニ共同集荷揚ノ設置ヲナシ販購事業ノ利便ニ資セントス 一面部落ノ共同作業ニ便ナラシム 八部落ニ各一ケ所宛設置一棟二十坪平均ノモノヲ建設セムトス ロ 計画実行主体 産業組合 ハ 所要経費 金六千四百円 ニ 経営負担区分 組合員寄附金 金一千三百二十円 産業組合出金 金一千円 農事実行組合出金 金一千五百十六円 助成金 金二千五百十六円 一五 改良農具ノ共同利用設備 イ 現況及将来 本村ハ米麦養蚕ヲ主タル産業トセル関係上一ケ年中ニ於テ春繭出荷後田植開始マデ僅々十日間ニ大小麦ノ収穫調整ヲ行フ為コノ機ニ大ナル労働力ノ不足ヲ来シ為ニ田植ノ時期モ遅延シ米ノ収穫ニモ甚大ナル影響アル故各部落ノ十戸内外ノ農家組合単位ニ動力農具ヲ完備シ前記ノ欠点ヲ改善シ併セテ共同作業ニヨル農家経営ノ合理化ヲ企図セムトス 現在本村ニハ二ツノ動力農具利用農家組合アリテ其ノ成績実ニ良好ナレバコレヲ全村ニ普及セシメムトス 完備スベキ動力農具(一農家組合設備) 石油発動機(三馬力)一台 二百二十円 脱穀機 一台 五十五円 籾摺機 一台 百二十円 計 三百九十五円 以上ヲ全村ニ十六組合分完備セムトス 他ニ 米撰機 四十台(一台十三円) 製簇機 十三台(一台四十五円) 桑抜根機 十一台(一台十七円) ヲ併セテ設備セムトス(機械代ニハ運賃ヲ含ム) ロ 計画実行主体 農事実行組合 ハ 所要経費 金七千六百十二円 ニ 経費負担区分 受益者出金 三千八百六円 助成 三千八百六円 一六 産業組合事務所設置 イ 現況及将来 本村産業組合ハ茲数年ニ著シキ事業分量ノ増加ヲ来セルモ未ダ役場内ニ同居シ貯金其ノ他ノ不利不便少ナカラザルニヨリ昭和十五年迄ニ独立セル事務所ヲ設置シ大イニ事業ノ拡大ヲ計ラムトス ロ 計画実行主体 産業組合 ハ 所要経費 金三千四百八十円 ニ 経費負担区分 産業組合出金 金九百八十円 組合員寄附金 金五百円 助成 ナシ 借入 金二千円 ホ 借入金償還計画 低利資金ヲ借入シ五ケ年据置十五ケ年賦ニテ償還償還財源ハ組合ノ事業拡大ニ供フ剰余金ヨリ之ニ充ツ 一七 火力乾燥場設置 イ 現況及将来 小麦ノ収穫期ハ往々ニシテ雨期ニ際会シ為ニ粒々辛苦ノ小麦ヲシテ著シク品質ヲ低下シ損害ノ及ブ所農家一個人ノ損失ニアラズシテ延イテハ国家ノ損失トナル為本村ニ於テモ已ニ見附島ト石田ノ二部落ニ一棟ヅヽノ火力乾燥場ヲ設置セシモ未ダ不足ニ付下糟屋部落ニ一棟前高森部落ニ二棟(内一棟ハ葉煙草乾燥室ニ兼用)ヲ増設セントス ロ 計画実行主体 農事実行組合 ハ 所要経費 金七百十四円 ニ 経費負担区分 組合員寄附金 七十八円 実行組合出金 三百円 助成金 三百円 一八 緬羊飼育奨励 イ 現況及将来 農家ノ副業ニ緬羊ノ飼育ヲ奨励セム為本郡畜産組合ニ於テ農林省ヨリ貸下ゲノ緬羊五十頭ヲ本村内ニ飼養場ヲ設置シ飼養中ニ付之ガ仔緬羊ヲ本村内希望農家ニ集団的ニ貸下ゲヲ受ケ最初第一年度ニ於テ二十頭五ケ年計画ニテ飼羊数二百頭ニ達セシメントス之ガ羊毛処理モ畜産組合加工場ヲ利用シ各農家自ラ行ワシメントス ロ 計画実行主体 農会 ハ 所要経費 種牝羊一頭四十円二十頭トシテ八百円ヲ要スルモ貸下ゲヲ受ケ仔羊ヲ以テ返済ノ計画ナリ 一九 畜牛繋留場設置 イ 現況及将来 畜牛ノ病疫予防ノ為毎年数回村内ノ畜牛ヲ一個所ニ繋留シ検疫或ハ予防注射等ヲ行ヒオルモ其ノ都度仮設ノ建物ノ為甚ダ不経済且ツ不便ナルニヨリ今般永久的設備ヲ完成シ常時ニ於テハ産業組合ノ物置場或ハ集荷場等ニ兼用セムトス 間口十二間奥行四間建坪四十八坪ノモノ一棟 ロ 計画実行主体 村 ハ 所要経費 七百二十円 ニ 経費負担区分 畜牛組合員寄附金 二百二十円 村費 二百五十円 助成金 二百五十円 二〇 農繁期託児所ノ経営 イ 現況及将来 本村ノ農繁期ハ六月及十一月ニシテ小学校ニ於テハ尋常科三年以上授業短縮ヲ行ヒテ各自ノ力ニ応ジテ農業ノ手伝ヒ又ハ子守等ヲ行フモソレ以外別段助力ノ途ナク乳幼児ノ保護意ノ如クナラズ往々溺水シ又ハ失火等不慮ノ災ヲ招クコト多キ為ニ幼児ヲ有スル家庭ノ主婦ハ農業ニ従事スルコト能ハザルノ状態ナリ依テ農繁期託児所一ケ所ヲ小学校内ニ開設シテ乳幼児ノ保護ヲナサムトス ロ 経営実行主体 成瀬村 ハ 所要経費 三百八十円 内訳 経営費 一百円 一ケ年分 設備費 二百八十円 ニ 経営負担区分 自弁金 二百四十円 助成金 一百四十円 二一 農民教育充実 イ 現況及将来 農家ノ長男ニ農業教育ヲ徹底スル為現在ノ青年学校ノミニテ不充分ニツキ青年学校卒業者及農学校卒業者ヲシテ経済更生ノ目標達成迄毎年農民道場ニ講習生ヲ順次派遣シ特ニ一二三月ノ農閑期ヲ利用シテ成人講習ヲ開講セムトス ロ 計画実行主体 青年学校(村) ハ 所要経費 一百円(一ケ年分) ニ 経費負担区分 村 費 一百円 二二 荷物自動車設置 イ 現況及将来 産業組合ニ於テ農産物ノ販売ノ為及肥料其ノ他物資ノ購入ノ為運搬設備トシテ貨物自動車二噸車一台ヲ購入セントス 現在本村産業組合ニテ一ケ年ニ取扱フ事業分量ハ米七千俵(自動車百四十台分)大小麦三千五百俵(七十台分)菜種及落花生五万斤(自動車十台分)肥飼料五百噸(自動車百五十台分)合計年取扱自動車数三百七十台ニシテ一日平均一台トナリコレガ支払運賃モ一台十円トシテ年額三千七百円トナリ将来コレ等運搬物資ハ漸増ノ一途ニツキ自動車一台ヲ新調シ産業組合及組合員ノ物質運搬ニ大イニ利用セントス ロ 計画実行主体 産業組合 ハ 所要経費 購入金四千円 ニ 経費負担区分 低利資金借入 金二千円 助成金 金二千円 ホ 借入金償還計画 償却費計画トシテ四千円ヲ五ケ年ニ償却ノ為一ケ年八百円償却ヲ見ル一ケ年運賃収入三千七百円支出運転手及助手給料一千円ガソリン其ノ他消耗品費千二百円差引七百円ノ利益ヲ生ズル見込 二三 裏作奨励 イ 現況及将来 本村ノ耕地整理完了地ハ二百余町歩モアルモ内裏作栽培可能面積ハ八十町歩以上アリ然ルニ未ダ三十五町歩ノ裏作作付ニシテ今後経済更生運動ニヨリ五十町歩ノ増加ヲナサムトス ロ 計画実行主体 農会 ハ 所要経費 一百円(一ケ年分)継続事業 ニ 経費負担 村農会 二四 婦人会設置 イ 現況及将来 本村ニハ産業的及修養的各種団体ガ整備セラレオルモ婦人ノ活動及修養ニ資スル婦人会ガ未ダニ存置セラレザル現状故今般学校ヲ中心トシテ婦人会ヲ設置シ児童教養上ニ於ケル家庭トノ連絡経済更生計画ノ各戸計画樹立及生活改善施設等ニ於ケル婦人ノ活動ニ資セントス ロ 計画実行主体 学校 (村) ハ 所要経費 金一百円(一ケ年分)継続事業 ニ 経費負担区分 村費負担 第五 特別助成ノ対象トナル計画事項ヲ包含スル経済更生計画実行費調 一 低利資金関係一覧表 其ノ一 其ノ二 二 既設施設計画事項(計画樹立後施設セルモノ) 三 計画樹立前ノ施設ニシテ現存ノモノ 一 共同施設 二 個人施設ニシテ国又ハ道府県ノ補助ヲ受ケル施設 四 村ノ施設ナラザルモノニシテ本村内ニアル施設中経済更生上利便多キモノ 一 中郡畜産組合経営種畜繋養場 本村石田ニ昭和十年度ニ於テ新設セラレシモノニシテ牛豚ノ種畜ヲ繋養シ種付及仔畜ノ払下ゲヲ行ヒ以テ家畜ノ改良ヲ計ル事業ナリ 一面農林省ヨリ貸下ノ緬羊五〇頭ヲ飼養シ将来緬羊ノ貸付及羊毛処理ノ副業ヲナスベク計画セラル故ニ本村民ハ最モ便利ニ優良家畜ノ種付払下ゲ等ノ恩沢ニ浴スルヲ得ルタメ有畜農業発展上将来大ナル期待ヲ持ツモノナリ 二 神奈川県営苗圃 本村東富岡ニ昭和十年度ヨリ新設セラレタルモノニシテ敷地五町歩ヲ要シ山林苗木各種ノ育成ヲナシ以テ優良山林苗木ヲ廉価ニ払下ル施設ナリコレ亦本村山林多キ地方農家ノ利便甚ダ多ク且ツ一ケ年ニ老幼男女ニ至ル迄延人員約四五千人ヲ使用スルタメ農家ニ現金収入ヲ計ル上ニ於テモ好都合ノ施設ナリ (麻溝村役場「経済更生特別助関係書類」(昭和十三年)相模原市役所蔵) 「注〕 別冊別紙共省略。 二七 神奈川県下農山漁村経済更生計画実施概況(一―四) ㈠ 中郡国府村 ㈡ 中郡成瀬村 ㈢ 中郡大磯漁業組合 ㈣ 足柄下郡吉浜村 (神奈川県「農山漁村経済更生計画実行ノ概況」(昭和十年)農林省図書館蔵) 二八 中郡成瀬村経済更生進行状況 「昭和七年度指定 経済更生進度状況 中郡成瀬村」 更生計画実施中ノ本村ノ概況 昭和七年本村ハ経済更生ノ指定ヲ受クルヤ全村ヲ二十六ノ更生区ニ分割シ各区ニ委員ヲ置キ各農家ニ就キ更生計画ヲ樹立セシムル外之ガ計画ノ指導農事ノ研究部落民ノ一致融和ヲ図ル等ノタメ極力部落座談会ヲ開催セリ 昭和十二年中開会数 九四回 出席延人員 二、四〇七名 猶特ニ左ノ事項ニ対シテハ特ニ実行ニ努メタリ 一 記帳奨励 農家ガ記帳ノ生活ヲ為スハ更生ノ為尤モ必要ナルタメ之ガ奨励ニ努メ現在農家戸数四一四戸ニ対シ三五〇戸ノ実行ヲ見今後農家全部ニ対シ実行ヲ徹底セシメントス 一 納税奨励 納税思想ノ鼓吹ニ努メタルニ村民ノ経済的更生ト相俟ツテ別紙ノ如ク殆ド完納ニ近キ好成績ヲ挙グルヲ得タリ 一 更生事業計画ニ依ル設備ノ完成 本村経済更生ヲ計ルタメ昭和十一年度以来農林省ノ特別助成ヲ仰ギ村民ノ自己出資労力奉仕等ニ依リ左ノ如キ設備ヲ完了セリ 経済更生特別助成ニ依リ設備セラレタル施設 一 産業組合 計画当時不幸解散ニ頻セントスル組合ノ更生ヲ決意シ先ズ農産物ノ販売統制ニ手ヲ染メ昨年度ハ村内販売農産物(畜産及生繭ヲ除ク)ノ八割余ヲ統制シ次ニ購買品中肥料ノ配給ニ主力ヲ注ギ猶施肥ノ合理化ヲ図ル為肥料配合工場肥料配給倉庫ヲ建設村農会ニ於テ肥料配合計画樹立セシメ配合作業ハ肥料知識ノ向上ト共同労役ノ実習ノ目的ヲ以テ青年団員及青年学校生徒ニ当ラシメ昨年度八二〇五叺ヲ配給セリ目下ハ貯金ノ奨励ニ専ラ意ヲ注ギ之レガ組合資金ニ依リ高利債固定債等ノ借替ヘヲ行ヒ徹底的ニ村民ノ更生ヲ計ラムトス 産業組合更生進度状況別紙ノ通リ 一 教化方面 小学校ニ於テハ専ラ児童ノ勤労教育ニ依ル自主的教育ニ意ヲ注ギ自治機関タル日ノ丸少年団ヲ結成シ之ガ中心団体トナリテ左ノ事業ヲ行ヘリ校舎内外ノ清潔整頓従来放課後実施セル校舎内ノ掃除ヲ正課トシテ舎外ノ清掃ヲ併セ勤労精神ト自立自営ノ精神ノ涵養ニ努ム 道路ノ清掃 勤労精神ト奉公ノ念ヲ涵養スルタメ村内主要道路ヲ清掃ス 神社仏閣ノ清掃 敬神崇祖ノ念ト早起ノ習慣ヲ得セシメルタメ毎日曜日早朝神社仏閣ノ清掃ニ当ラシム 銃後ノ施設 少年勤労奉仕班ヲ編成シ簡易ナル応召遺家族ノ作業ニ当ラシメ畑ノ除草稲刈麦畑ノ手入等ニ奉仕セシメシニ応召農家ヲシテ感激セシメタリ 奉仕延人員 一、四四一名 勤労教育 秋蚕一蛾育一坪農業自給肥料増産教育ニ依リ草刈デーノ実施(本年度ハ軍部供出用ノ乾草一、〇〇〇貫ヲ製造スル計画ナリ) 貯蓄教育 二宮尊徳翁ノ教育ヲ中心トセル勤倹貯蓄ノ教育ヲ施シ勤労収入其ノ他ヲ「報徳貯金」ト名ヅケ貯金セシム 三月末日現在貯金額三、七九〇円也 男女青年団 青年学校 青年修練場設置 勤労奉仕観念及団体訓練ノ目的ヲ以テ青年修練場ヲ設ケ三町三反八畝余ヲ植林シ将来有望ナル村基本財産タラシメントス 肥料配合 産業組合ノ部ニ於テ前述ノ通リ 家庭薬配給 女子青年団ヲシテ家庭薬ヲ配給セシメ家庭衛生ニ当ラシム 〔「一 納税奨励」の別紙〕 〔「一 産業組合」の別紙〕 産業組合更生進度表 イ 資産ノ部 ロ 事業ノ部 (麻溝村役場「経済更生特別助成関係書類」(昭和十三年)相模原市立図書館蔵) 第二章 戦争体制の組織 第一節 国民精神総動員 二九 国民精神総動員第二回強調週間実施要綱 および実情(一―二) ㈠ 国民精神総動員第二回強調週間ニ関スル件 (昭和十三年一月二十一日十二地第四、九一六号総務学務両部長通牒市町村長及公私立中等学校長宛) 聖戦第二年ニ入リ我ガ皇軍ノ武威大ニ揚リ国内亦愛国ノ熱情ニ湧ク皇紀二千五百九十八年ノ紀元節ヲ期シ国民精神総動員第二回強調週間ヲ全国一斉ニ実施相成候ニ就テハ別紙実施要項ニ依リ地方ニ適応セル計画ヲ樹テ之ガ実績ヲ挙グルニ遺憾ナキ様実施相成度及通牒候〔別紙〕 国民精神総動員第二回強調週間実施要綱 一 趣旨 興隆日本ノ建設ハ肇国精神ノ顕現ニ在リ仍テ事変下ノ紀元節ヲ機トシ我ガ尊厳ナル国体宏遠ナル肇国ノ理想日本文化ノ精粋ヲ国民ニ徹底セシメ国民精神総動員強調週間ヲ設定シ国民精神総動員ノ中核タル国体観念ノ明徴日本精神ノ昂揚ヲ強調シ之ヲ社会万般ノ上ニ具現セシメントス 二 期間 自昭和十三年二月十一日(紀元節) 至昭和十三年二月十七日ノ一週間 三 実施方法 (一) 紀元節奉祝ニ関スルコト (イ) 官庁学校等ニ於テ奉拝式又ハ祝賀式ヲ行フニ当リテハ特ニ前文趣旨ノ徹底ヲ図ルニ努ムルコト 従来式ヲ挙行セザル銀行会社工場等ニ於テモ努メテ之ヲ行フコト止ムヲ得ザル事由ニ依リ挙式セザル向ニ対シテハ右ニ準スベキ方法ヲ講ズルコト (ロ) 市区町村ニ在リテハ市区町村民ノ為成ベク次号ニ掲グル時刻ヲ期シ神社学校公会堂等適当ナル場所ニ於テ祝賀ノ方法ヲ講ジテ(建国祭 愛国行進等)前文趣旨ノ徹底ヲ図ルコト (ハ) 当日午前十時ヲ期シ「紀元節奉祝ノ時間」ヲ設ケ前各号ノ式典ニ参列セザル一般国民ハ各家庭其ノ他ノ場所ニ於テ夫々宮城遥拝ヲ行フコト 此ノ為同時刻ニハ汽笛サイレン鐘等ヲ用ヒ適当ナル周知方法ヲ講ズルコト 尚「ラヂオ」ハ同時刻ニ「紀元節奉祝ノ時間」ノ放送ヲ行フ予定 (ニ) 各家庭寄宿舎船舶等ニ対シテハ左ノ事項ノ実行ヲ慫慂スルコト 一 各戸必ズ国旗ヲ掲揚スルコト 一 家族揃ヒ宮城遥拝ヲ行フコト 一 赤飯等ヲ用ヒテ意義ヲ深カラシムルコト(将来国家ノ祝日ト一般家庭生活トヲ愈々密接ナラシメントスル趣旨ニ有之) (二) 強調週間中市町村ニ於テハ左ノ事項ヲ参考トシテ強調施設ヲ実施スルコト (イ) 神社聖蹟忠魂碑等ノ浄域ノ清掃奉仕 (ロ) 実行委員会市町村振興委員会経済更生委員会ヲ開催シ日本精神ノ昂揚社会風潮ノ改善等ニ関スル積極的活動ヲ促スコト (ハ) 国体日本精神ニ関スル講習会ヲ開催スルコト (ニ) 各種団体ノ活動ヲ促シ本運動ノ徹底ヲ期スルコト (ホ) 部落範囲ニ於ケル時局認識堅忍持久ノ申合セ及懇談会ヲ開催スルコト (へ) 各種ノ集会行進等ニ於テハ愛国行進曲ヲ合唱スルコト (ト) 小学生等ノ紀元節作品(絵画作文等)ノ慰問品状ヲ発送スルコト(無邪気ナル生徒ノ作品ニヨリ銃後ノ紀元節ノ模様ノ一端ヲ戦線ノ勇士ニ伝へ度キ趣旨ニ有之) (チ) 政府ニ於テハ「週報」特輯号ノ発行冊子ポスタービラ等ヲ作成シ配付セラルヽ予定ニ付之ヲ利用シ周知ノ方法ヲ講ズルコト (リ) 「ラヂオ」ハ本週間中放送番組ノ特別編成ヲ行ハルヽ予定 ㈡ 実施状況 (一) 紀元節奉祝ニ関スルコト (イ) 官庁学校等ニ於テ奉拝式又ハ祝賀式ヲ行ヒ特ニ前文趣旨ノ徹底ヲ図ルニ努メタリ 従来式ヲ挙行セザル銀行会社工場等ニ於テモ努メテ之ヲ行ヒ止ムヲ得ザル事由ニ依リ挙式セザル向ニ対シテハ右ニ準ズベキ方法ヲ講ゼリ (ロ) 市区町村ニ在リテハ市区町村民ノ為次号ニ掲グル時刻ヲ期シ神社学校公会堂等適当ナル場所ニ於テ祝賀ノ方法ヲ講ジ(建国祭愛国行進等)前文趣旨ノ徹底ヲ図リタリ (ハ) 当日午前十時ヲ期シ「紀元節奉祝ノ時間」ヲ設ケ前各号ノ式典ニ参列セザル一般国民ハ各家庭其ノ他ノ場所ニ於テ夫々宮城遥拝ヲ行ヘリ 此ノ為同時刻ニハ汽笛サイレン鐘等ヲ用ヒ適当ナル周知方法ヲ講ゼリ (ニ) 各家庭寄宿舎船舶等ハ左ノ事項ヲ実行セリ 一 各戸洩ナク国旗ヲ掲揚シ 一 家族揃ヒ宮城遥拝ヲ行ヒ 一 赤飯等ヲ用ヒテ意義ヲ深カラシメタリ (二) 強調週間中左ノ事項ヲ強調施設ヲ実施セリ (イ) 神社聖蹟忠魂碑等ノ浄域ノ清掃奉仕 (ロ) 実行委員会市町村振興委員会経済更生委員会ヲ開催シ日本精神ノ昂揚社会風潮ノ改善等ニ関スル積極的活動ヲ促シ(ハ) 国体日本精神ニ関スル講演会ヲ開催シ (ニ) 各種団体ノ活動ヲ促シ本運動ノ徹底ヲ期シ (ホ) 部落範囲ニ於ケル時局認識堅忍持久ノ申合セ及懇談会ヲ開催シ (へ) 各種ノ集会行進等ニ於テハ愛国行進曲ヲ合唱シ (ト) 小学生等ノ紀元節作品(絵画作文)等ノ慰問品状ヲ発送セリ (神奈川県「国民精神総動員実施概況第四輯」(昭和十四年)久保田昌孝氏寄託相模原市立図書館蔵) 三〇 国民精神総動員第二回強調週間実践要綱 国民精神総動員第二回強調週間ニ関スル件 (昭和十三年二月九日十二地第四、九一六号総務学務両部長通牒市町村長各学校長宛) 標記ノ件ニ関シ客月二十一日十二地第四、九一六号ヲ以テ通牒致置候処家庭実践一日一行別紙ノ通決定シ中央放送局ヨリ全国ニ放送可相成候条一般家庭ニ於テ実践方可然御取計相成度 記 国民精神総動員第二回強調週間家庭実践一日一行 一 紀元節の奉祝 各戸洩なく国旗を掲揚し午前十時の奉祝時間には家族打揃つて宮城遥拝を行ひまた赤飯等を用ひて国祭日の意義を深からしめ肇国の精神を偲び家庭奉祝の実を挙ぐること 一 敬神崇祖の実践 神社に参拝して赤誠を捧げ非常時下に於ける国民の覚悟を固むると共に各家庭にありては神棚仏檀等を清めて礼拝し祖先を偲び「家」の観念を深め一家の和親につとむること 一 御製の奉誦 明治天皇の御製を奉誦して一層大御心の奉体につとめ長期戦下に於ける国民の覚悟を新にすること 一 国史美談の回顧 家族揃つて古来の忠臣義士若くは郷土の孝子節婦等の伝記事蹟を語り合ひ先人の遺風を偲ぶこと 一 国債購入の勧奨 第二回愛国国債を挙つて購入し銃後の御奉公に努むること 一 社会奉仕の実践 家族夫々分に応じ自宅附近又は関係場所の清潔整理若くは警備に当る等奉公の精神養成に努むること 一 出征軍人及び遺家族の慰問 近隣の出征軍人の遺家族の家庭を訪問して慰藉激励し又近親知人等の出征者に対しては慰問文を送ること (神奈川県「国民精神総動員実施概況第四輯」(昭和十四年)久保田昌孝氏寄託相模原市立図書館蔵) 三一 神奈川県民の国民精神総動員運動に対する態度本運動ニ関スル県民ノ態度 1 長期戦ニ対スル県民一般ノ態度 事変ノ愈々長期ニ亘リ此ノ曠古ノ聖業ヲ達成スル為ニハ益々国民ノ非常ナル覚悟ヲ促ス事ガ急務ナルニ鑑ミ本県ニ於ケル国民精神総動員運動モ亦此ノ新情勢ニ対応スル時局ノ正シキ認識ノ上ニ基礎ヲ置キ長期戦ニ対スル県民ノ覚悟ト真意ヲ理解セシムルニ努ムルト共ニ県民斉シク益々日本精神ヲ発揚シ以テ挙県一体ノ体制ノ下ニ愈々奉公ノ誠ヲ致シ堅忍持久ノ精神ヲ堅持シテ国力ノ充実ヲ図ル一方銃後後援ノ強化ニ万全ヲ期シ今次事変ノ目的達成ニ邁進シツツアリ 併シテ之ガ運動ノ方法トシテハ県民ノ長期戦ニ対応スベキ覚悟ヲ強調スル為各種会合ニ於テ政府声明ノ趣旨ニ基キ知事訓示ヲ以テ県民ニ長期戦ニ関スル決意ヲ促スト共ニ昭和十三年二月十一日紀元節ヨリ一週間ニ亘ル第二回強調週間ニ於テハ国民精神総動員ノ中核タル国体観念ノ明徴日本精神ノ昂揚ヲ強調シ之ガ一層徹底ヲ図ル為講演会映画会等ヲ開催其ノ他パンフレツトビラ等ノ配付ニ依リ県民一般ノ啓発宣伝ニ努メツツアリ 2 貯蓄奨励ニ対スル県民ノ態度並ソノ実績 国民貯蓄奨励ニ関シテハ曩ニ政府ニ於テ具体的方策ヲ樹立シ八十億円ヲ目標トシテ奨励セラルルニ当リ賀屋前大蔵大臣閣下ノ講演ヲ初メ其ノ他各種講演映画ニ更ニ二回ニ亘リ実施セラレタル強調週間等ニ依リ県下市町村部落ノ隅々迄モ本趣旨ノ透徹ヲ見タル結果近代戦下ニ於ケル国家総力戦ノ意義ヲ克ク諒得シ貯蓄組合ノ結成国債購入等ニ曾テ見ザル真摯ナル心組ヲ以テ実行シツツアリ而シテ其ノ貯蓄組合結成状況九月末現在ニ付テ見ルニ県下総市町村数一四七ニ対シ貯蓄組合数三、三二六実ニ其ノ市町村数ノ二十二倍ニ当リ次ニ管下総戸数三八二、一四二戸ニ対シ貯蓄組合員数三五五、七〇九名ニ達シ其ノ加入率ハ九割三分ヲ示ス而シテ貯蓄額ニ於テハ二百余万円ヲ算シ(事変貯蓄以外ノ個人預金ヲ含マズ)本運動ニ対スル県民一般ノ熱意ヲ察知スルヲ得ベク更ニ他方本県内ニ本支店ヲ有スル銀行信託無尽各会社並ニ郵便局信用組合連合会等ノ金融機関九月末現在貯蓄高ハ五億八千二百余万円デ之ニ前記国民貯蓄総額二百万円ヲ合算スル時ハ本県貯蓄総額五億八千五百万円ニ達スル成績ニテ之ヲ本県人口百九十万人ニ対比スル時ハ実ニ一人当リ貯蓄高三百七円ニシテ長期建設下ニ於ケル県民ノ貯蓄報国ノ意気ヲ語ルモノト謂フベシ 3 消費節約生活改善ニ対スル県民ノ態度 事変発生以来県民斉シク挙国一致尽忠報国ノ精神ヲ以テ現下ノ時局ニ対処シ凡ユル困苦欠乏ニ堪ユルノ心構ヘヲ持ツテ所期ノ目的達成ニ邁進シツツアルモ其ノ運動ノ一端トシテ戦局ノ拡大ニ伴フ軍需ノ増加ニ因ル物資需給調整計画ニ基ク処ノ物資ノ消費節約及生活ノ改善ノ実践ニ当リテハ非常時国民生活様式ノ確立ヲ目標トシテ着々之ガ実効ヲ収メツツアリ 即チ曩ニハ非常時財政経済ニ協力スベキ実践項目ヲ挙ゲテ家庭ニ於ケル消費節約ノ目標ヲ定メ日常生活ノ消費節約ヲ実践躬行シ又ハ各強調週間ノ実施申合等ニ依リ服装ノ簡素新調ノ見合セ冠婚葬祭ノ簡易化年末年始其ノ他ニ於ケル虚飾ノ廃止等極力生活ノ刷新ヲ図ルト共ニ冗費ヲ節約シテ貯蓄ヲ励行シ或ハ代用品使用ノ奨励廃品ノ回収等ヲ実行シテ愈々事変下総力戦ノ下ニ全県一致シテ銃後県民ノ使命遂行ト非常時国民生活ノ刷新ニ協力実践シツツアリ 4 銃後後援ニ対スル県民ノ態度 支那事変勃発スルヤ県ニ於テハ県民ニ対シ事変ノ真相ヲ認識セシムル為各種ノ会合ヲ利用シ或ハ印刷物等ヲ以テ之ガ徹底ニ努メタルガ為其ノ後事態ノ推移ニ伴ヒ政府ハ国民精神総動員運動ヲ開始セラレタルヲ以テ其ノ方針ニ従ヒ昭和十二年十月初旬官民合同ノ実行委員会ヲ組織シ本県ニ即応セル実施方策ヲ樹立シテ日本精神ノ発揚社会風潮ノ改善非常時財政経済ヘノ協力ニ努メ就中出征軍人ノ遺家族ノ扶助並援護相談ニ或ハ出征軍人傷痍軍人ノ慰藉慰問等銃後ノ護リノ強化持続ニ努メツツアリ 県民ハ克ク今次事変ノ如何ニ重大ナルカヲ認識シ和衷協力シテ皇軍将兵ノ労苦ヲ感謝シ戦歿軍人ニ対スル慰霊傷痍軍人ノ平癒並出征軍人ノ武運長久ノ祈願ヲ行ヒ遺家族ニ対シテハ隣保相扶ノ念ヲ昂揚シテ勤労奉仕ヲ一層徹底シ自営業ヲ営ム者ニ対シテハ営業ノ維持継続ニ或ハ慰問事業ニ又ハ軍需産業ノ拡充資源ノ愛護等ニ堅忍不抜ノ精神ヲ振起シテ常ニ困苦欠乏ニ耐ユルノ心構ヲ以テ聖業ノ達成ニ精進シツツアリ (神奈川県「国民精神総動員実施概況第四輯」(昭和十四年)久保田昌孝氏寄託相模原市立図書館蔵) 三二 昭和十三年度市町村長会議における県知事半井清の訓示指示注意事項(一―二) ㈠ 「 昭和十三年六月半井神奈川県知事訓示要旨 」 半井神奈川県知事訓示要旨 本日各位ノ御会同ヲ煩ハシマシタノハ先般地方長官会議ニ於テ内閣総理大臣以下各省大臣ヨリ訓達セラレマシタ所ニ基キ現下ノ情勢ニ於ケル国民ノ邁進スベキ方途ト覚悟トヲ伝達シ更ニ各位ノ一段ノ協力ヲ御願ヒ致サムトスルニアルノデアリマス。 畏クモ 天皇陛下ニハ特ニ地方長官一同ヲ宮中ニ召サレテ御陪食ヲ仰セ付ケラレ長時間ニ亘リ夫々拝謁ヲ賜ハリマシテ詳細ニ地方民情ヲ始メ銃後ノ護リニ関シ各道府県ノ実情ヲ 御聴取遊バサレタノデアリマス。殊ニ本県下ノ情況ニ就キマシテハ有難キ 御下問ヲ拝シマシタノデ謹ンデ奏上申シ上ゲマシタ次第デアリマス。事変下ノ民草ニ 大御心ヲ垂レサセ給フ 聖慮ノホド誠ニ恐懼感激ニ堪ヘナイ次第デアリマス。 我ガ国現下ノ情勢ニ於ケル当面ノ急務ハ速ニ支那事変ヲ根本的ニ解決シ以テ東洋永遠ノ平和ヲ確立スルニ在ルノデアリマシテ之ガ為ニハ蒋介石政権ヲ徹底的ニ膺懲シテ之ガ潰滅ヲ見ルマデハ断ジテ退転セザルト共ニ北支中南支ニ成立致シマシタ親日新政権ノ育成発達ニハ国ヲ挙ゲテ全力ヲ集中スルト云フ大方針ヲ以テ一路邁進セネバナラヌノデアリマス。 聖戦約一ケ年ニ亘リ我ガ忠勇無比ナル将兵ハ日夜奮戦力闘赫々タル戦果ヲ収メ皇国ノ威信ヲ世界ニ宣揚シツツアリマスコトハ私共ノ真ニ感謝感激ニ堪ヘナイ所デアリマス。銃後ノ護リニ任ズル者ハ益々時局ノ重大ナルヲ認識シ挙国一致堅忍持久ノ精神ヲ以テ時艱ノ克服ニ邁進スルト共ニ前線ニ在ル将兵ヲシテ後顧ノ憂ヘナカラシムル為最善ノ努力ヲ払フコトガ最モ喫緊ノ事デアルト信ジマス。 各位ハ昨年国民精神総動員運動ヲ実施致シマシテ以来克ク本運動ノ趣旨ヲ体シ不断ノ努力ヲ致サレタノデアリマシテ其ノ御熱誠ニ対シ深ク謝意ヲ表スル次第デアリマス。其ノ結果愛国ノ赤誠ガ澎湃トシテ興リ涙グマシキ幾多ノ情景ガ次々ニ展開サレテ居ルノデアリマス。又他府県ニ率先シテ学生々徒及男女青年ヲ初メ県民一般ノ勤労奉仕資源ノ充実並開発銃後ノ結束ニ日本精神ノ発露ヲ見ツツアルコトハ私ノ密ニ心強ク思ツテ居ル所デアリマス。此ノ際特ニ一言申シ上ゲテ置キマスコトハ先般 皇后陛下ノ有難キ 思召ニヨリ事変戦傷病者ノ御慰問ト銃後援護事業ノ概況トヲ 御聴取遊バサルル為御差遣ノ 高松宮妃殿下 当県庁ニ御成リ遊バサレマシタ砌県下ニ於ケル銃後援護ノ活動状況ノ写真及遺家族ニ対シ授産致シマシタ作品ノ数々ヲ 台覧ニ供シ御説明ヲ言上致シマシタ所妃殿下ニハ御熱心ニ御聴取遊バサレマシテ有難イ御言葉ヲ賜ハリマシタ次第デアリマス。 各位ハ今後益々本運動ノ強化持続ニ力ヲ効サレタイノデアリマス。去ル第七十三回帝国議会ハ事変下挙国一致ノ国民ノ意思ガ反映致シマシテ時局ニ対処スベキ国家総動員法ヲ初メ幾多ノ重要法律案ガ全部通過シ又八十億円ニ上ル多額ノ予算モ成立致シタノデアリマス。国家総動員法ハ全国民ガ一致協力シテ国防ニ当ル為ノ根本的事項ヲ規定シタモノデアリマスカラ各位ハ克ク本法ノ趣旨ヲ了得セラレ国民ヲシテ本旨ニ則リ欣然之ガ運用ニ協力セシメラレタイノデアリマス。尚多額ナル国ノ予算執行ニ伴フ物価騰貴ノ趨向ヲ防止スルガ為ニハ政府ニ於テモ資金物資及労力ノ需給調節ニ或ハ生産力ノ拡充ニ極力手段ヲ尽サレツツアルノデアリマスガ市町村予算ノ計画執行ニ当ツテモ此ノ国家ノ方針ニ則リ従前指示シタル所ニ遵ヒマシテ緩急宜シキヲ制シ苟モ不急ナル事業ノ執行ハ之ヲ取止メ又ハ延期シ冗費ハ力メテ之ヲ節約スル等特ニ考慮ヲ煩ハシタイノデアリマス。 政府ノ勧奨致シマス国民貯蓄奨励ニ付テハ各位ノ協力ヲ求ムベク曩ニ通牒致シマシタ次第デアリマスガ本年度八十億円ニ達スル予算ノ財源ト致シマシテハ大部分公債ニ拠リ今後一ケ年間ニ発行スル国債額ハ五十余億円ニ達スルモノト予想セラレ又生産力拡充資金モ大体三十億円以上ヲ要スル見込デアリマスカラ総計八十億円ハ国民ノ貯蓄ニ待タネバナラヌノデアリマス。各位ハ克ク此ノ趣旨ヲ諒得セラレマシテ事変前ニ比シ所得ノ増加シタ者ハ其ノ増加所得ヲ然ラザル者ト雖モ比ノ際極力生活ヲ改善シ消費ノ節約ヲ図リ貯蓄ノ増加ニ努ムル様勧奨シ以テ国策ノ貫徹ニ協力セラレタイノデアリマス。 本年度ニ於ケル臨時地方財政補給金ハ事変ニ伴フ地方歳入出ノ変動並土地賃貸価格ノ改訂ニ因ル収入減少等ノ為特ニ前年度ヨリモ三千万円ヲ増額セラレ総額一億三千万円トナツタノデアリマス。申ス迄モナク補給金交付ノ根本趣旨ハ過重ナル地方負担ノ軽減ヲ図リ経済更生ノ障碍ヲ除去セムトスルニアルノデアリマスカラ各位ハ本年度ニ於テモ比ノ趣旨ヲ克ク一般ニ周知徹底セシメラレ更ニ進ンデハ自力更生ノ精神ヲ旺盛ニシ納税思想ノ涵養貯蓄心ノ喚起其ノ他自治振興ノ機運ヲ醸成スル等地方更生ノ実ヲ挙グルコトニ格段ノ努力ヲ望ム次第デアリマス。 本年ハ恰モ憲法発布五十年ニ当リ又自治制発布五十周年ヲ迎ヘタノデアリマス。其ノ式典ニ当リマシテハ特ニ優渥ナル 勅語ヲ賜ハリ国民奉公ノ道ヲ 御諭シニナリマシタコトハ寔ニ恐懼感激ニ堪ヘヌ次第デアリマス。地方自治ノ要職ニ在ル各位ハ比ノ 聖旨ヲ奉体シ愈々和衷協同隣保団結ノ精神ヲ実践ニ移シ益々自治報国ノ実ヲ挙ゲラルル様期待シテ已マヌ次第デアリマス。 終リニ防空ノ完璧ヲ期シマスコトハ内外ノ情勢ニ鑑ミ極メテ緊切ノ要務デアリマス。従テアラユル機会ニ教育訓練ヲ徹底セシメラルルト共ニ設備資材ノ充実ニ努メラレムコトヲ望ム次第デアリマス。 以上ハ事変下ニ対処スル政府ノ方針ヲ伝達シ併セテ私ノ所信ヲ申述ベタノデアリマシテ各位ハ克ク叙上ノ趣旨ヲ体シ之ヲ管内ニ普ク周知徹底セシメテ益々国家総動員態勢ヲ完成シ時艱ノ克服ニ邁進シ奉公ノ誠ヲ竭サレムコトヲ切望シテ已マヌ次第デアリマス。 ㈡ 「 昭和十三年六月市町村長会議指示注意事項 」 指示事項 目次 一 国民精神総動員運動ニ関スル件 一 自治振興ニ関スル件 一 支那事変ニ際シ召集中ノ者ノ選挙権及被選挙権ニ関スル件 一 国民貯蓄奨励ニ関スル件 一 市町村義務教育費国庫負担法ニ依ル国庫支出金ノ交付時期ノ特例ニ関スル件 一 国民体力向上ニ関スル件 一 青年学校教育義務制実施準備ニ関スル件 一 敬神思想ノ徹底ニ関スル件 一 召集及徴発事務ニ関スル件 一 農繁期託児所及共同炊事実施ニ関スル件 一 軍事援護相談所設置ニ関スル件 一 傷痍軍人ノ保護優遇ニ関スル件 一 軍事援護事業ニ関スル件 一 職業紹介法ノ施行ニ関スル件 一 入営者職業保障法中改正法律ノ施行ニ関スル件 一 応召者遺家族ノ職業保護ノ徹底ニ関スル件 一 農業保険法ニ関スル件 一 農地調整法ニ関スル件 一 自作農創設維持ニ関スル件 一 事変ニ伴フ農山漁村応急施設ニ関スル件 一 農山漁村経済更生計画ノ拡充強化ニ関スル件 一 臨時農村負債処理法ニ関スル件 一 農産資源開発奨励ニ関スル件 一 米穀ノ生産維持ニ関スル件 一 肥料ノ消費調整並自給肥料ノ増産ニ関スル件 一 馬ノ資質向上ニ関スル件 一 畜牛補充施設ニ関スル件 一 自給飼料ノ増産並輸入飼料ノ配給統制ニ関スル件 一 軍需生産品供出ニ関スル件 一 物価調整ニ関スル件 一 石油ノ消費規正ニ関スル件 一 銃後営業援護ニ関スル件 一 綿糸鉄鋼等ノ統制実施ニ関スル件 一 農耕地ノ改善補給ニ関スル件 一 民有林間伐増産ニ関スル件 一 民有林造林奨励ニ関スル件 一 防空法ノ運用ニ関スル件 一 国民精神総動員運動ニ関スル件 国民精神総動員運動ニ付テハ各位ノ努力ニ依リ相当実績ヲ挙ゲツツアル処ナルモ頑迷ナル蒋介石ハ未ダ尚長期抗戦ヲ称へ為メニ我ガ忠勇ナル将兵真ノ東洋平和建設ノ為勇躍邁進シツツアルノ現状ニ鑑ミ今後益々銃後ノ護リヲ固メ後顧ノ憂ヒナカラシムル様更ニ一段ノ努力ヲ払ハレタシ 一 自治振興ニ関スル件 市町村自治振興ノ成否ハ直ニ国運ノ隆替ニ影響スル所大ナルモノアリ之ガ為曩ニ市町村振興委員会又ハ経済更生委員会或ハ選挙粛正委員会部落常会等ヲ組織シテ各々其ノ目的ノ範囲内ニ於テ自治振興ニ貢献セラレツツアリト雖未ダ其ノ所期ノ目的ヲ達成スルニ至ラザルハ甚ダ遺憾トスル所ナリ 本年ハ恰モ自治制発布五十周年ノ記念スベキ好機ヲ迎ヘタルヲ以テ過去ノ実績ヲ顧ミ又時局ノ重大性ニ鑑ミテ比ノ際一層健全ナル自治ノ進展ヲ促スハ極メテ意義深キコトヽ存スルヲ以テ各位ハ既往ノ組織ニ改善刷新ヲ加ヘテ有機的活動ヲ促シ又ハ古来ノ伍人組制度ヲ強化シテ自治振興ノ実ヲ挙グル様一層ノ努力ヲ致サレタシ 一 支那事変ニ際シ召集中ノ者ノ選挙権及被選挙権ニ関スル件 支那事変ニ際シ召集中ノ者ノ選挙権及被選挙権ハ衆議院議員選挙法第七条第二項府県制第六条第二項市制第十一条同第十四条町村制第九条同第十二条ニ依リ孰レモ資格ヲ喪失スルモノナル処去ル五月十七日法律第八十四号支那事変ニ際シ召集中ノ者ノ選挙権及被選挙権等ニ関スル法律公布セラレ又同日勅令第三百三十三号及内務省令第二十一号ノ公布ニ依リ衆議院議員府県会議員又ハ市町村区会議員等ノ選挙ヲ行フ場合ニ於テ「支那事変ニ際シ召集中ナルニ因リ選挙人名簿ニ登録セラレザリシ者ニシテ召集ヲ解除セラレタルモノアルトキ」ハ市町村長等ノ名簿調製義務者ハ臨時ニ其ノ者ノ選挙人名簿ヲ調製スルコトヽナリ又府県会議員市町村区会議員ニシテ「支那事変ニ際シ召集中ナルニ因リ其ノ職ヲ失ヒタル者召集ヲ解除セラレタルトキ」ハ其ノ職ニ復スルコトヽナリタルヲ以テ市町村区会議員選挙ヲ行ハルヽ場合又ハ議員ノ職ニ復スベキ者アルニ至リタルトキハ規定ノ手続履行ニ関シ遺漏ナキヲ期セラレタシ 一 国民貯蓄奨励ニ関スル件 国民貯蓄奨励ニ関シテハ本月一日附十三事第八一号ヲ以テ通牒セル所ナルモ此ノ事業ノ成否ハ直ニ事変ノ目的達成ニ必要ナル背後ノ経済力ニ至大ノ関係ヲ有スルニ鑑ミ各位ハ此ノ際充分之ガ趣旨ヲ諒得シ指導者階級ヲ指導督励ノ上実効ヲ収ムルニ協力セラレタシ 附 国民貯蓄奨励要領 県民ハ政府ノ勧奨セル国民貯蓄奨励方針ニ基キ今後発行セラルベキ巨額ナル国債ノ消化並ニ生産力拡充ノ資金ノ供給ヲ円滑ナラシメ且ツ物価騰貴ノ経済界ニ及ボス悪影響ノ大ナルヲ慮リ勤倹力行貯蓄報国ノ実ヲ挙ゲ銃後ノ強化ニ一致協力邁進スルモノトス 一 貯蓄ノ目標 県民ハ出征将兵ノ労苦ヲ思ヒ且ツ銃後国民トシテ国家財政経済ニ協力スル趣旨ヲ以テ勤倹力行殊ニ生活ノ改善ニ努メ従来行ヒ来リタル程度ノ貯蓄ノ外事変前ニ比シ所得ノ増加シタル者ハ原則トシテ増加所得ノ全部ヲ出来得ル限リ貯蓄シ従来ニ比シ所得ノ増加セザル者ト雖モ生活ノ改善ニ依リ(市町村町内会団体ニ於テ生活改善特ニ虚礼廃止ノ決議ヲ為ス等)出来得ル限リ貯蓄ニ努ムルコト二 貯蓄ノ方法 貯蓄ノ方法ハ郵便貯金銀行預金信託預金組合貯金保険加入公債応募等確実ナルモノナルニ於テハ各自自由ニ之ヲ選択シ差支ナキモ之ガ貯蓄ハ自由ニ処分スルコトナク出来得ル限リ据置トスル方針ヲ以テスルコト 三 貯蓄ヲ取扱フ機関並ニ組織 貯蓄ヲ取扱フ機関トシテハ産業組合商業組合漁業組合或ハ官公署職場等ニ於ケル既設ノ団体等ニ於テ貯金ヲ取扱ヒツツアル向ニ於テハ之ヲ拡充シ何等貯蓄ヲ取扱フノ組織ナキ向ニ於テハ町内会部落或ハ官公署職場ニ於テ此ノ際速カニ貯蓄組合ヲ設置シ各々具体的計画ヲ樹立シ直チニ実行スルコト 而シテ之ガ成果ヲ収ムル為メニハ共同一致隣保団結ノ精神ヲ振起シ自治的ニ之ヲ行フノ要極メテ緊密ナルニ鑑ミ部落ニ於テハ伍人組或ハ什人組ヲ整備シ都市ニ於テハ町内会等ノ組織ヲ整備シ一円融合以テ目的ノ達成ニ協力邁進スルコト 四 貯蓄組合ノ設置 1 官公署 銀行 会社 工場 イ 官公署銀行会社工場等ニアリテハ各執務庁営業所工場等ニ組合ヲ設置シ若シ既設ノ貯蓄組合等アル場合ハ之ヲ拡充又ハ利用スル等貯蓄ニ努ムルコト ロ 貯蓄組合ハ国民貯蓄奨励局ノ規約例(以下規約例ト称ス)其ノ一別表ノ割合ニ依リ実行スルコト ハ 銀行会社工場等ニアリテハ社員従業員ト組合ヲ分割スルモ差支ナキコト ニ 勤務人員少数(二十人以下)ノ場合ハ組合ヲ設置セズ規約例其ノ四ニ依ル規約ヲ定メ貯蓄ヲ実行スルモ差支ナキコト 2 各種団体 イ 各種団体ニ於テモ貯蓄組合ヲ設置シ(此ノ場合其ノ団体ニ於テ其ノ儘貯蓄ノ実行出来得ルモノハ特ニ貯蓄組合ヲ設置セザルモ差支ナキコト)尚産業組合商業組合漁業組合等既ニ貯蓄ヲ実行シツツアル組合ニアリハテ一層組合ヲ拡充シ日掛月掛売上貯金等其ノ状況ニ応ジ貯蓄ニ努ムルコト ロ 貯蓄割合ニ就テハ規約例其ノ二別表ニ依ルコト 3 一般市町村民 イ 市町村内ニ産業組合商業組合漁業組合或ハ納税組合等貯蓄ヲ取扱フ団体アル場合ハ成ルベク之ガ組合ニ加入スルコト ロ 町内部落ニ貯蓄ヲ取扱フ何等ノ団体ナキ場合ハ規約例其ノ三ニ依リ貯蓄組合ヲ設置スルコト ハ 町内部落ニ於ケル組合員ノ数ハ別ニ規定セザルモ大体一組合ハ百戸程度ヲ限度トスルコト ニ 貯蓄額ハ規約例其ノ三別表ニ依リ納税額町会費等ヲ標準トシ或ハ日掛貯金一口何銭月掛貯金一口何円売上貯金何割等ト定ムルモ一方法ニ付キ夫々地方ノ状況ニ応ジ之ヲ定ムルコト ホ 官公吏銀行員会社員工場従業員等ニシテ勤務先ニ於テ貯蓄スル者ト雖モ居住地貯蓄組合ニ於テ出来得ル限ニ組合ニ加入シ貯蓄ノ励行ニ努ムルコト へ 特殊ノ事情ニ依リ組合ヲ設置セザル者ハ規約例其ノ四ニ依リ貯蓄ヲ励行スルコト此ノ場合ノ貯蓄割合ハ規約例ノ四別表ニ依ル外適宜相当ノ割合ヲ定メ貯蓄ニ努ムルコト 4 各種学校 公私立各種学校ニ於テハ児童生徒ニ対シ月何銭或ハ一口何銭ト定メ可成貯蓄ノ実行ニ努ムルコト(此ノ場合特ニ組合トセザルモ可) 五 貯蓄組合ノ帳簿 貯蓄組合ノ帳簿ハ其ノ組合ニ於テ適宜ニ設備シテ差支ナキモ大体ノ様式ヲ示セバ別記ノ如シ 組合員名簿 備考 戸主ニ非サルモ其ノ所得ニ依リ家族ノ生活ヲ営ムニ於テハ扶養家族ヲ有スル者ト看做ス 一 市町村義務教育費国庫負担ニ依ル国庫支出金ノ交付時期ノ特例ニ関スル件 本年四月十六日勅令第二百五十三号ヲ以テ市町村義務教育費国庫負担法ニ依ル国庫支出金交付時期ノ特例ニ関スル勅令ヲ制定即日施行セラレタル処右ハ本年土地賃貸価格ノ改訂ニ伴ヒ本年度当初ニ於ケル市町村財政ヲ考慮シ小学校教員俸給ノ経理ニ支障ヲ生ゼシメザル為特ニ本年度ニ限リ義務教育費ニ対スル国庫支出金ノ繰上ゲ交付ヲ必要ト認メ制定実施セラレタルモノナルニ付テハ此ノ点十分留意ノ上将来教員俸給ノ支払ニ関シ万遺憾ナキヲ期セラレタシ 一 国民体力向上ニ関スル件 国民ノ体力向上セシメ国民精神ヲ振作シ真ニ国家ノ要望ニ副フベキ健全有為ナル日本国民ヲ育成スルハ極メテ緊要ノコトナリ県ニ於テハ之ガ一助トシテ本年度ヨリ青年団ヲ通ジ県下青年ノ体位向上ヲ企図シ近ク之ガ実施ノ予定ナリ此ノ際各位ハ国民ヲシテ普ク保健ニ関スル注意ヲ喚起セシメ体育運動ヲ生活化スルト共ニ体育運動ノ国家的意義ヲ強調シ国民ヲシテ普ク心身ヲ鍛錬陶冶スルノ機会ヲ与フルト共ニ青少年ノ体力検査或ハ集団的勤労訓練ヲ行フ等地方ノ実情ニ即応セル計画ヲ樹立シ之ガ目的達成ニ努力セラレタシ 一 青年学校教育義務制実施準備ニ関スル件 青年学校教育義務制ハ昭和十三年度ヲ準備期間トシ同十四年度ヨリ実施セラルヽヲ以テ県ハ本趣旨ノ徹底ヲ期スルト共ニ義務制実施ニ伴ヒ必要ナル教員ノ臨時養成ヲ図リ優秀ナル教員ノ育成ニ努メツヽアル処ナルヲ以テ各位ハ地方ノ実情ニ応ジ適当ナル計画ヲ樹立セラレ未ダ専任教員ノ設置ヲ見ザル町村ニ在リテハ之ガ設置ニ付キ遺憾ナキヲ期セラレタシ 一 敬神思想ノ徹底ニ関スル件 現下ノ非常時局ニ際シ国ヲ挙ゲテ尊皇愛国ノ精神益々旺盛ニ趨キ随所ニ神社崇敬ノ至誠ノ発露ヲ見ルハ寔ニ欣ブベキ現象ナリ然レドモ国家ノ将来ニ想到スルトキハ更ニ一層惟神ノ大道ヲ宣揚シ挙国国民精神総動員ノ実ヲ挙グルノ要愈々緊切ナルモノアリ各位ハ宜シク神職ト協力シ祭祀ヲ厳修シ神徳ノ宣揚ニ努メ氏子崇敬者ヲ始メ広ク国民ノ敬神観念ノ向上ニ資スルト共ニ普ク国民ヲシテ神社ヲ中心トシ渾然融和シ報国ノ至誠ヲ捧ゲシムベク適切ナル方途ヲ講ゼラレタシ 一 召集及徴発事務ニ関スル件 今次事変ニ際シテハ屡々多数ノ召集及徴発ヲ実施セラレタルモ各位ノ適切ナル指導ト当時者ノ不断ノ努力トニ依リ概ネ順調ニ実施シ得タルハ寔ニ感謝ニ堪ヘザル所ナリ 然レドモ尚細部ヲ観察スレバ平時ニ於ケル此等ノ準備ニ周到確実ヲ欠キ為ニ之ガ実施ニ際シ一部齟齬渋滞ヲ来シタル事例無シトセズ 而シテ事変ハ愈々長期戦ヲ予想セラルヽヲ以テ此等召集徴発事務ハ将来益々複雑多岐ヲ加フルノミナラズ出師準備ノ基礎トシテ其ノ重要度ハ愈々増加シ来ルベキヲ以テ各位ハ克ク其ノ本質ヲ認識シ一層当事者ヲシテ法規ノ研究ト書類ノ整備ニ万遺漏ナキヲ期シ以テ将来ニ於ケル出師準備ノ要求ニ即応セシメラレタシ 一 農繁期託児所及共同炊事実施ニ関スル件 農繁期ニ於ケル幼児保護及労働能率増進ヲ目的トシテ実施セラルヽ農繁期託児所ハ経費僅少経営簡易ニシテ而モ農村福祉ニ寄与スル所甚ダ大ナルモノアリ又農繁期ニ於ケル保健及労働能率ノ増進ヲ目的トスル農繁期共同炊事ハ昨秋中郡高部屋村ニ於テ実施シ頗ル好成績ヲ見タリ今次事変ニ多数応召者ヲ出セル農村トシテハ殊ニ益々本施設ノ必要アルモノト認メ県ニ於テモ其ノ開設ヲ一層奨励スルコトヽナリタルヲ以テ市町村又ハ社会事業後援会其ノ他地方実情ニ応ジ之ガ開設方ニ関シ一段ノ尽力ヲ効サレタシ 一 軍事援護相談所ノ設置ニ関スル件 出動又ハ応召軍人ノ家族遺族ハ其ノ主働者ヲ失ヒ又ハ不在トナリタル為家業ノ維持経営其ノ他身上及家事万般ニ関スル相談指導ヲ要スル事項尠シトセズ就中考慮ヲ要スベキハ恩給賜金等ニ関スル紛議等モ予想セラルヽヲ以テ之ガ指導斡旋ニ関シテハ既ニ人事相談所ノ設置其ノ他適当ナル方途ヲ講ゼラレツヽアル所ト存ゼラルヽモ時局ノ推移ニ鑑ミ総合的且全県的ニ此種ノ専門ノ機関ヲ設置シ積極的ニ之ガ相談指導斡旋ヲナス要アルヲ認メ今般県ニ神奈川県軍事援護中央相談所ヲ設置シ市区町村ニ対シテハ之ガ設置ニ要スル経費ニ対シ県費ヲ補助シ市区町村軍事援護相談所ヲ設置シ両者呼応協力シ銃後々援ノ円滑ナル運行ヲ期スルコトヽナリタルヲ以テ各位ニ於テハ県ニ於テ作成セル準則ニ依リ適当ナル相談所ヲ設置セラレ之ガ運営ニ関シ遺憾ナキヲ期セラレタシ 一 傷痍軍人ノ保護優遇ニ関スル件 身ヲ挺シテ皇国ニ報ジタル傷痍軍人ニ対シテハ国民挙ツテ感謝ノ至情ヲ現シ此等勇士ガ郷里ニ在ツテ更ニ至誠奉公克ク忠良ナル臣民タル本分ヲ尽スニ遺憾ナカラシムル為政府ニ於テハ医療保護職業保護又ハ子弟ニ対スル育英助成等各種優遇保護ノ方途ヲ講ジ以テ其ノ心身ノ恢復ヲ図ルト共ニ之ヲシテ適職ニ就カシメ社会的経済的ニ十分ナル活動ヲ期シツヽアリ各位ハ本事業ノ重要性ニ鑑ミ之ガ実施ニ当リテハ格段ノ力ヲ効シ傷痍軍人保護並ニ優遇ノ完キヲ期セラレタシ 一 軍事援護事業ニ関スル件 今次事変ニ当リ召集解除又ハ除隊トナリタル下士官兵ノ帰郷ニ際シテハ就業斡旋ニ意ヲ用ヒ速ニ生活ノ安定ヲ得シムルハ最モ緊要ナリ各位ニ於テハ既ニ配意中ノコトヽ存ゼラルヽモ今後一層之ガ徹底ヲ図リ以テ召集解除又ハ除隊兵ノ生業援護ニ遺憾ナキヲ期セラレタシ尚戦傷病死セル軍人軍属ノ遺児ニ対スル育英ノ途ヲ講ズルコトヽ相成リタルヲ以テ各位ニ於テハ本事業ノ趣旨ニ鑑ミ之ガ活用ニ関シ遺漏ナキヲ期セラレタシ 一 職業紹介法ノ施行ニ関スル件 改正職業紹介法ハ我国現下ノ情勢ニ鑑ミ労務ノ適正ナル配置ヲ図ル為政府ニ於テ職業紹介事業ヲ管掌スルト共ニ之ニ類似スル事業等ヲ規制セントスルモノニシテ来ル七月一日ヨリ之ヲ施行スル予定ニシテ目下諸般ノ準備中ナルモ国営職業紹介所ハ改正法律ノ施行ト同時ニ大体都市ニ之ヲ設置(郡部ハ明年度当初設置ノ見込)シ関係市町村ヲ其ノ管轄区域トシ之ニ必要ナル職員ヲ配置スルノ外之ガ補助機関トシテ職業紹介所ニ連絡委員ヲ置キ且市区町村長ニモ補助的事務ヲ掌理セシムルコトヽセリ各位ハ本法ノ改正趣旨及内容ヲ充分理解シ之ガ適正ナル運用ニ付充分協力セラレタシ 一 入営者職業保障法中改正法律ノ施行ニ関スル件 入営者職業保障法中改正法律ハ過般公布施行セラレタリ同法改正ノ要旨ハ再雇傭ニ関スル規定ノ適用範囲ヲ拡張シ又再雇傭ノ場合ニ於ケル処遇ニ関スル規定ノ趣旨ヲ明確ニシ更ニ再雇用ニ関スル規定ノ適用ヲ受ケザル退営者ノ就職保護ニ関スル規定ヲ加へ之ニ依リ入営者及応召者ノ職業保障ノ徹底ヲ期セントスルニ在リ各位ハ克ク現下ノ情勢ニ鑑ミ同法改正ノ趣旨ノ普及徹底ヲ図リ之ガ適正ナル運用ニ留意スルト共ニ職業紹介所其ノ他関係方面ト緊密ナル連携ヲ保チ召集解除者ノ就職斡旋ニ遺憾ナキヲ期セラレタシ 一 応召者遺家族ノ職業保護ノ徹底ニ関スル件 今次事変ニ因ル応召者遺家族ノ職業保護ニ関シテハ各位ノ特別ナル配意ニ依リ各地方ノ実情ニ応ジタル施設ヲ講ジ予期以上ノ成績ヲ収メツヽアリト雖モ現下ノ情勢ハ本施設ノ普及拡充ヲ図ルノ要アリ県ニ於テハ「事変関係職業斡旋部」ノ特設其ノ他ニ依リ応召者遺家族ノ就職斡旋職業輔導授産施設等ニ付之ガ実効ヲ期スル為鋭意努力シツヽアルヲ以テ各位ハ本事業ノ重要性ニ鑑ミ一層有効適切ナル措置ヲ講ジ所期ノ目的達成ニ遺憾ナキヲ期セラレタシ 一 農業保険法ニ関スル件 過般ノ議会ヲ通過シタル農業保険法(昭和十三年四月二日法律第六十八号公布)ハ市農会町村農会地方ノ事情ニ依リテハ養蚕実行組合ヲシテ原則トシテ郡ノ区域ニ依リ農業保険組合ヲ設立セシメ之ヲシテ水稲桑葉及麦類ニ関スル農業保険ヲ行ハシメ其ノ組織スル連合会ヲシテ道府県ノ区域ニ依リ再保険事業ヲ行ハシメ更ニ政府ニ於テハ連合会ノ行フ再保険ニ対シ再保険事業ヲ行ハシメ明年度ヨリ之ガ実施ノ見込ヲ以テ本年度ニ於テ之ガ準備ヲ整ヘントスル方針ナルガ之ガ実施ニ当ツテハ農業保険組合及同連合会ノ設立及事業ノ経営農業保険組合ノ組合員タル市農会町村農会及養蚕実行組合ノ共済事業ノ経営等各般ノ事項ニ付適正ナル指導監督ヲ行ヒ以テ本制度ノ健全ナル普及発達ヲ図ルヲ要スルヲ以テ各位ハ充分之ガ趣旨ヲ体シ目的達成ニ協力セラレタシ 一 農地調整法ニ関スル件 農地調整法ノ施行ニ関スル勅令及省令ニ付テハ目下政府ニ於テ攻究中ナルモ農地調整法施行ニ当リテハ克ク立法ノ趣旨ヲ周知セシメ同法制定ノ目的達成ノ為遺憾ナキヲ期セラレタシ尚同法施行ニ伴ヒ道府県及市町村ニ農地委員会ヲ設置シ現在ノ自作農審議会ノ審議事項ヲ処理セシムルノ外農地ニ関スル諸般ノ事項ヲ地方ノ実情ニ即シテ適当ニ処理セシムル予定ヲ以テ目下農地委員会ノ組織権限等ニ関スル勅令ヲ準備中トノ事ナルガ市町村ニ於ケル農地委員会ノ設置委員ノ任命等ニ付テハ各位ノ配慮ヲ煩スコトトナルベキヲ以テ之等ニ付予メ準備シ円滑ナル運用ヲ期セラレタシ 一 自作農創設維持ニ関スル件 自作農創設維持施設ハ大正十五年之ヲ実施セラレ爾来着々其ノ実績ヲ挙ゲ来リタル処政府ニ於テハ近時農村事情ノ推移ニ鑑ミ一層之ガ施設ノ整備充実ノ必要ヲ認メ自作農創設維持資金ノ増額ヲ為スノ外自作農創設ノ為ニ市町村其ノ他ノ団体ガ農地ヲ一時取得管理スルニ要スル資金ノ貸付ヲ認メ尚未墾地開発ニ依ル自作農創設ヲ助成スル為之ニ要スル資金ノ融通ヲ為スト共ニ其ノ開発ニ対シ奨励金ヲ交付シ以テ農地制度ノ改善ニ資シ農業経営及農村生活ノ安定向上ヲ期セラルルヲ以テ本県ニ於テモ先般従来ノ自作農創設維持資金貸付規則ヲ廃止シ之ニ代へ自作農創設維持奨励規則ヲ制定公布シ之ガ施設ノ拡充ヲ図ルコトトナリタルニ依リ本事業ニ対シ遺憾ナキヲ期セラレタシ 一 事変ニ伴フ農山漁村応急施設ニ関スル件 今次事変ノ勃発ニ伴ヒ農山漁村ニ於テハ人馬ノ応召徴発等ニ因リ労力不足ヲ来シ農林漁業経営上幾多ノ困難ヲ予想セラレタルヲ以テ曩ニ県ハ之ガ応急策トシテ勤労奉仕班ノ設置奨励農具畜力利用機具等ノ共同利用施設ノ助成共同授産施設養蚕共同施設ノ助成等各般ノ方法ヲ講ジ辛ウジテ昨秋収穫期ヨリ今日ニ至ル迄経営ヲ維持シ得タル状況ナリ然レドモ今春ニ於テハ一時ニ多量ノ労働力ヲ必要トシ昨秋ニ倍シ農林漁業経営上困難ヲ生ズル虞アルハ勿論事変長期ニ亘ル時ハ更ニ一層ノ困難ヲ予想セラルルヲ以テ今後ハ右応急施設ヲ拡充シ勤労奉仕施設ヲ中心トシテ其ノ徹底ヲ図リ之ガ対策ニ万全ヲ期セントス各位ニ於テモ町村民ニ献身的活動ヲ促シ各種団体ノ連絡協調ヲ図リ長期活動ニ堪へ得ル様充分配慮セラレタシ 一 農山漁村経済更生計画ノ拡充強化ニ関スル件 農山漁村経済更生運動ハ昭和七年以来実行セラレ着々実績ヲ挙ゲ計画樹立町村数モ昭和十二年迄ノ六ケ年ニ八十三ケ町村ニ達シ県下全町村ノ半数以上ニ及ブノ状況ナルガ是等町村ニ於テハ農民精神ノ作興ト整備セラレタル組織トニ因リ今回ノ事変ニ於テモ応召農山漁家ノ経営ノ安固及生活ノ安定軍需農林水産物ノ供出馬匹徴発等ニ関シ必要ナル措置又ハ諸般ノ対策ノ実行ヲ極メテ容易ナラシメタリ現下ノ非常時局並事変後ノ対策トシテ一層農山漁村経済更生運動ヲ強化徹底シ農山漁村ノ計画経済ヲ確立スルコトハ極メテ緊要ニシテ之ガ為ニハ既ニ樹立セラレタル経済更生計画ニ検討ヲ加へ必要ニ応ジ速ニ適切ナル修正補充ヲ為スト共ニ更ニ長期戦ニ備フル為国民精神総動員ノ趣旨ニ則リ経済更生ノ指導督励ニ邁進セラレタシ 一 臨時農村負債処理法ニ関スル件 過般ノ議会ニ於テ成立ヲ見タル臨時農村負債処理法(昭和十三年四月二日法律第六十九号)ハ支那事変ニ因ル戦死傷者遺家族ニシテ農山漁村ニ居住スルモノノ経済更生ヲ図ル為従来ノ負債整理制度ニ準ジ其ノ負債ヲ処理スルコトヲ目的トシテ制定セラレタルモノニシテ新ニ県ニ臨時負債処理委員会ヲ設ケ其ノ委員会ニ於テ条件緩和ノ斡旋及負債処理計画ヲ樹立セシムルト共ニ市町村産業組合中央金庫及農工銀行ヲシテ之ニ必要ナル負債処理資金ヲ融通セシメ右融通ヲ為スニ因リテ是等ノ機関ガ損失ヲ受ケタルトキハ政府ハ現行ノ損失補償制度ニ依ルモノノ二倍ニ相当スル損失補償ヲ為スモノナリ 本法ハ不日施行ヲ見ルベキモ之ガ実施ニ当リテハ本制度ノ趣旨ニ鑑ミ特ニ細心ノ注意ヲ払ヒ速ニ其ノ目的達成ニ遺憾ナキヲ期スル様努力セラレタシ 一 農産資源開発奨励ニ関スル件 現下ノ時局ニ鑑ミ軍需農産物工業原料農産物及貿易関係農産物ノ改良増殖ヲ図ルハ喫緊ノ要務ナルヲ以テ政府ノ方針ニ順応シ相当予算ヲ計上酒精原料用甘藷飼料原料用玉蜀黍油脂原料用菜種繊維原料用苧麻棉其ノ他貿易農産物ノ増殖奨励ノ為優良種苗ノ育成配給栽培ノ拡張其ノ他生産改良指導ニ関スル各種施設ヲ拡充スルコトトセルヲ以テ各位ハ右ノ趣旨ヲ体シ是等農産資源ノ開発ニ協力シ就中酒精原料農産物ノ増殖ニ付テハ既ニ系統農会ヲシテ夫々増殖供出等ニ関シ計画実行セシメツツアル次第ナルガ右ハ政府ノ燃料国策上絶対ニ必要ナル数量ナルヲ以テ酒精原料以外ノ食用澱粉及焼酎原料等ノ需給状況ヲモ考慮ノ上之ガ供給ニ遺憾ナキヲ期セラレタシ 一 米穀ノ生産維持ニ関スル件 支那事変ニ伴フ農村労力ノ不足等ニ因リ米穀ノ生産減退ノ虞ナキヲ保セザルヲ以テ之ガ生産ヲ確保センガ為本年度政府ノ奨励方針ニ順応シテ予算ヲ計上シ稲熱病ノ発生甚シキ地方ニ於ケル防除用薬剤購入ヲ助成シ之ガ共同防除ヲ奨励スルコトトセルヲ以テ各位ニ於テモ本施設ニ対応シ米穀ノ生産維持ニ協力セラレタシ 一 肥料ノ消費調整並自給肥料ノ増産ニ関スル件 現下ノ時局ニ際シ農業生産ノ確保増進ヲ図ルノ要アルニ拘ラズ農業生産上極メテ重要ナル肥料ノ給源ニ付テ見ルニ販売肥料ハ肥料及肥料原料ノ輸入ノ困難ニ伴ヒ其ノ供給漸ク不足ヲ示スニ至レルノ外自給肥料亦人馬ノ応召徴発ニ因リ生産減退ヲ来スノ虞ナキヲ保シ難キヲ以テ販売肥料中過燐酸石灰及加里塩等ノ合理的消費節約方ニ就キテハ一層留意ノ上遺憾ナキヲ期セラルベク又自給肥料ニ付テハ之ガ増産ヲ図ル為従来ノ奨励施設タル緑肥採種圃ノ設置緑肥種子購入配付緑肥根瘤菌培養配布畜舎床ノ改造及自給肥料増産一斉運動等ヲ拡充セルヲ以テ各位ニ於テハ本施設ノ普及徹底ヲ図ラレタシ 一 馬ノ資質向上ニ関スル件 県ハ政府ノ方針ニ則リ馬ノ国防上及農業経営上ノ重要性ニ鑑ミ昭和十三年度ニ於テモ将来ニ於ケル軍ノ需要ヲ充足シ且其ノ産業上ノ能率ヲ増進スル為軍用候補馬ノ資質向上ニ関スル施設ヲ行フコトト為シタリ右ハ馬資源ヲ涵養シテ農業労力ノ不足ヲ補ヒ自給肥料ノ増産ニ資スルコトトナレルヲ以テ各位ニ於テハ馬ノ国防上ノ重要性ニ鑑ミ目的達成上遺憾ナキヲ期セラレタク特ニ軍用候補馬ノ資質向上ハ馬飼養者ノ自発的改善ニ俟ツコト大ナルヲ以テ之ガ督励ニ付留意セラレタシ 一 畜牛補充施設ニ関スル件 支那事変ニ伴フ軍ノ牛肉需要ノ激増ト牛肉輸入ノ減少トニ因ル牛ノ屠殺ノ増加ニ対応シ応召等ニ因ル農業労力ノ不足ヲ補ヒ且自給肥料ノ増産ニ資スル応急施設トシテ政府ヨリ数種牡牛ノ貸付ヲ受ケ牛ノ増殖ヲ促進スルト共ニ前年度ニ引続キ朝鮮牛ノ共同購入事業ニ対シ助成スルコトトナレリ各位ハ本施設ノ趣旨ヲ体セラレ各地方ノ実情ニ照シ事業遂行ニ協力セラレタシ 一 自給飼料ノ増産並輸入飼料ノ配給統制ニ関スル件 本邦ノ畜産ハ農業経営ノ改善並畜産物ノ急激ナル需要増加ニ伴ヒ逐年顕著ナル発達ヲ遂ゲツツアリト雖モ国内飼料資源ノ開発之ニ伴ハザル為年々五六千万円ノ飼料ヲ海外ヨリ輸入シツツアリタル処今次事変ニ因リ飼料輸入ハ益々不安且不経済トナリツツアル現況ニ鑑ミ飼料ノ経済的給源ヲ確保スルハ刻下喫緊ノ要事ナリ之ガ為政府ハ昭和十三年度ニ於テ新ニ飼料ノ自給促進ニ関スル経費ヲ計上シサイレーヂ埋蔵施設ノ奨励飼料共同施設ノ奨励飼料自給促進ニ関スル講習講話及伝習会ノ奨励並県ニ飼料ニ関スル専任技術員ヲ設置シ自給飼料ノ増産ヲ図ルト共ニ輸入飼料ニ付テハ飼料配給統制法ヲ運用シ特殊機関ニヨリ海外飼料ノ輸入配給ヲ統制シ以テ供給ノ確保ト価格ノ低廉及安定ヲ期シ畜産資源ノ保持並国際収支ノ調整ニ資セントシテ着々諸般ノ準備ヲ為シツツアリ県ニ於テモ亦之ニ即応施設スルコトトナルベキニ付各位ハ之等施設事業ノ遂行ニ協力セラレタシ 一 軍需生産品供出ニ関スル件 支那事変勃発以来各種軍需農林水産物ノ供出ニ関シテハ農林省並軍当局ト連絡ヲ保チ生産者団体ノ努力ニ依リ大体順調ニ進捗シ来レルガ事変今後ノ推移ニ因ル軍ノ需要ニ対応スベク本年度ニ於テモ相当数量ヲ供出スル見込ナルヲ以テ各位ニ於テハ地方軍需生産物ノ供出実施上遺憾ナキ様協力セラレタシ 一 物価調整ニ関スル件 物資ノ需要調整ト物価調整トハ戦時体制下ニ於ケル国策遂行上最モ重要ナル問題ニシテ就中最近ニ於ケル物価ノ急激ナル騰貴抑制対策ノ樹立ハ特ニ緊急ヲ要スルモノアルヲ認メ政府ニ於テハ中央物価委員会ノ設置等各般ノ施設ヲ講ゼラレツツアルガ本県ニ於テモ近ク神奈川県地方物価委員会ヲ設置シ中央委員会ト緊密ナル連絡ヲ保持シ急激ナル物価暴騰ヲ抑制スルト共ニ物価調査員ヲ設置シテ物価ニ関スル調査及監視等ニ当ラシムル見込ニ付関係者ニ之ガ趣旨ノ徹底ヲ図ルト共ニ物価対策実施ニ付協力セラレタシ 一 石油ノ消費規正ニ関スル件 五月一日ヨリ実施セラレタル石油ノ消費規正ハ所要ノ軍需ヲ確保シ国際収支ノ適合ヲ図ル上ニ於テ最モ重要ナル国策ノ一ナルヲ以テ此ノ際各位ハ管内各方面ノ協力ヲ得テ設備ノ転換其ノ他各種ノ合理的方法ヲ講ジ産業上交通上ノ支障ヲ最少限度ニ止ムルト共ニ消費節約ノ目的達成ノ為一段ノ協力ヲ効サレタシ 一 銃後営業援護ニ関スル件 応召者ノ遺家族ニ対スル後援ハ既ニ各位並各種団体ノ協力ニヨリ着々実施セラレツツアルモ現下ノ情勢ニ鑑ミ特ニ応召中小商工業者ノ営業ノ存続維持ヲ図ルハ頗ル喫緊事ナルモノアルヲ以テ本県ハ政府ノ方針ニ則リ中小商工業営業援護委員会ヲ設置シ以テ営業援護及復員ニ関スル方針ノ樹立ヲ図ルト共ニ他方商工業奉仕員ヲ設置シテ援護措置ノ実施ニ当ラシムル見込ニ付之ガ施設ノ趣旨ヲ了得セラレ万遺憾ナキヲ期セラレタシ 一 綿糸鉄鋼等ノ統制実施ニ関スル件 時局ニ鑑ミ重要物資ニ付生産配給消費ノ各部門ニ亘ル統制ノ実施ハ益々強化セシムルノ要アリ既ニ棉花綿糸鉄鋼銑鉄鋳物金白金銅等ニ付キ夫々輸出入品等臨時措置法ニ基ク省令等実施セラレツツアルハ各位ノ承知セラルルトコロナリ是等各般ノ経済統制ノ円滑ナル実施ニハ各市町村内ノ関係業者ハ勿論一般市町村民ニ対シ之ガ趣旨ヲ了得セシメ其ノ協力ヲ得ザルベカラズ今日マデノ実施ノ経験ニ徴スルニ必ズシモ其ノ認識ニ於テ充分ナルモノアリト言ヒ得ザルヲ遺憾トス今後一層之ガ統制実施ニ万遺憾ナキヲ期セラレタシ (参考) 綿製品ステープルフアイバー等混用規則 (省令) 毛製品ステープルフアイバー等混用規則 (同) 綿糸配給統制規則 (同) 綿糸販売価格取締規則 (同) 鉄鋼工作物築造許可規則 (同) 白金使用制限規則 銅使用制限規則 (省令) 銑鉄鋳物ノ製造制限ニ関スル件 (同) 一 農耕地ノ改善補給ニ関スル件 不良農耕地ノ改善及過小農ノ耕地面積ノ補給ハ現下非常時ニ於ケル農産資源ノ拡充並ニ農山漁村民ノ生活安定上最モ適切喫緊ノ事項タルハ言ヲ俟タザル処ナルヲ以テ各位ハ本事業ニ対スル国及県ノ奨励施設ト相俟テ一層之ガ促進ニ留意セラレ銃後農山漁村ノ使命ヲ全フスルニ遺憾ナカラシメラレタシ 一 民有林間伐増産ニ関スル件 現下ノ情勢ニ鑑ミ木材殊ニパルプ資材ヲ増産シ之ガ供給ヲ保続スルハ国際収支ノ調整上極メテ緊急ナル要務ナルヲ以テ今回政府ニ於テハ民有林ノ間伐ニヨリ合理的ニパルプ資材ノ増産ヲ図ルコトトシ本県ニ於テモ右国策ニ順応シテ本年度ヨリ五ケ年間民有林ノ間伐ヲ奨励シ且生産及配給ヲ確実円滑ナラシムル為搬出設備及販売斡旋ヲモ行ハルルヲ以テ之ガ事業達成上遺憾ナキヲ期セラレタシ 一 民有林造林奨励ニ関スル件 時局ニ鑑ミ政府ニ於テハ木材殊ニパルプ資材ノ保続的供給ヲ必要トスル見地ヨリ新ニ伐採跡地ノ造林並ニ之ニ要スル樹苗ノ養成ヲ奨励スルコトトナレリ本県ニ於テハ昨年ノ災害林地跡地ニ対シテモ造林ヲ勧奨シツツアル折柄ニ付本事業ト併行シ奨励セムトスルモノナルヲ以テ本趣旨ニ基キ将来ニ於ケル木材及パルプ資材ノ生産確保ニ努メラレタシ 一 防空法ノ運用ニ関スル件 現下内外ノ情勢ニ鑑ミ国民防空ノ整備充実ヲ図ルハ極メテ緊要ナリトス仍テ防空法ノ運用ニ当リテハ県防空計画ニ準拠シ各市町村ノ実情ニ適応セル防空計画ノ樹立設備資材ノ充実防空訓練ノ徹底防空思想ノ普及等ニ一段ノ意ヲ用フルト共ニ防空ニ関スル事項ガ其ノ関係スル所甚ダ広汎ナルニ思ヲ致シ各機関各組織相互ノ連絡協調ニ特段ノ努力ヲ払ヒ相率ヒテ所期ノ効果ヲ挙グルニ万遺憾ナキヲ期セラレタシ 注意事項 目次 一 繭糸調査ニ関スル件 一 繭綿蒐集ニ関スル件 一 銃後授産施設事業ノ件 一 木炭瓦斯発生装置助成ニ関スル件 一 丹沢報国寮勤労奉仕ニ関スル件 一 繭糸調査ニ関スル件 糸価安定施設法運用ノ基礎資料調査ノ為同法施行規則ニ基キ関係市町村ニ繭糸調査員ヲ嘱託シ繭生糸ノ現在高及生糸ノ生産消費高調査ヲ行ヒツツアルモ本調査ノ結果ハ糸価安定対策上特ニ戦時経済界ノ異変ニ備フル為重要ナル資料タルヲ以テ其ノ趣旨ヲ諒セラレ充分調査員ヲ督励シ迅速且正確ニ行ハシメラルルト共ニ調査員応召或ハ其ノ他ノ事情ニ依リ右調査員ノ更迭ヲ必要トスル場合ハ速ニ之ガ手続ヲ採リ調査上遺憾ナキヲ期セラレタシ 一 繭綿蒐集ニ関スル件 今次事変ニ当リ軍部ヨリ繭綿ノ供給要望アルノミナラズ繊維国策ニ対処スル為民間事業会社ヨリ多量ノ要求アルヲ以テ目下各養蚕業団体ヲシテ蒐集セシメ共同処理方督励中ニ付各位ニ於テモ充分指導援助ヲ与ヘラレタシ 一 銃後授産施設事業ノ件 昨年ヨリ引続キ農山村ニ於ケル林務関係授産施設トシテ炭俵藤畚揚子等ノ製作ヲ奨励スルコトトナレリ本年度ハ相当多額ノ助成金アルヲ以テ之ガ運用ニ付十分配慮セラレタシ 一 木炭瓦斯発生装置助成ニ関スル件 燃料国策ノ一助トシテ昨年ヨリ木炭瓦斯発生機ノ装置助成ヲ見タリシモ末ダ之ガ普及ニ付キ徹底セザル向アルヲ以テ事変下ニ於ケル「ガソリン」ノ消費節約ノ趣旨ニ鑑ミ益々本装置ノ奨励ニ協力セラレタシ 一 丹沢報国寮勤労奉仕ニ関スル件 本県ニ於テハ昨年十月ヨリ丹沢報国寮ニ於テ森林治水事業ヲ根基トスル勤労奉仕事業ヲ実施シ県下各青年団員ヲ収容シ以テ日本精神ノ体現困苦欠乏ニ耐フル質実剛健ノ気風ノ養成ニ努メタリ而モ其ノ成績頗ル顕著ナルヲ以テ本年ハ更ニ箱根ニ第二報国寮ヲ建設シ中等学校生徒ヲ主トシ同一趣旨ニ基キ勤労奉仕ヲ実施スルコトトナレリ戦時体制下ニ於テ奉公ノ念ニ燃ユル青年ノ養成ハ刻下喫緊ノ要事ナルヲ以テ其ノ目的達成ニ更ニ一層協力セラレタシ (大山町長「知事召集市町村長会議訓示指示其他」(昭和十三年―)伊勢原市役所蔵) 〔注〕別表省略。 三三 藤沢町戦勝行事の件届 藤発第一二三〇号 昭和十三年十月二十七日 藤沢町長 藤沢警察署長宛 戦勝奉告祭旗行列並提灯行列挙行ノ件 漢口陥落ノ公報発表ヲ期シ戦勝奉告祭執行致候ニ就テハ当日左記計画ニ依リ旗行列並提灯行列挙行致候ニ付此段及御届候也 記 一 漢口陥落ノ公報発表アリタル日ノ翌日又ハ翌々日ヲ期シ午后二時ヨリ伊勢山公園忠魂碑前ニ於テ戦勝奉告祭執行(日取決定ノ上ハ電話ヲ以テ報告ス) 二 旗行列ハ奉告祭当日町立小学校六年以上ノ児童及女学校生徒ヲ以テ行ヒ午后一時各学校出発伊勢山公園ニ至リ奉告祭場ニ集合祭式終了ト同時ニ帰校奉告祭ニ参列セザル児童及生徒ハ各校長ノ裁量ヲ以テ通学区域ニ於テ旗行列ヲ行フ 三 提灯行列ハ奉告祭当日一般町民ヲ以テ行ヒ午後正六時三十分辻堂駅前出発府県道辻堂停車場羽鳥線ヲ北上シ東海道ニ出デヽ東進シ遊行寺橋ヲ渡リ農工銀行前ヲ右折藤沢橋ヲ経テ藤沢駅前広場ニ至リ午后八時半(予定)解散 (藤沢町役場「庶務書類」(昭和十三年)藤沢市文書館蔵) 三四 自治振興運動実施要項ならびに運動指定町村の状況(一―二) ㈠ 自治振興運動実施要項 今ヤ国ヲ挙ケテ新東亜ノ建設ニ邁進セムトスルニ当リ之カ遂行ノ為ニハ我カ光輝アル国史ノ精華ヲ省察シ其ノ伝統的皇国精神ヲ発揮シテ和協一心不退転ノ決意ト不撓ノ努力トヲ不断ニ続ケネハナラヌ 之カ為銃後ノ護リニ在ル者ノ特ニ肝要ナルコトハ各人カ時局ヲ正シク認識シテ必勝ノ途ニ協力シ益々堅忍持久各々其ノ職分ヲ守リ克ク困苦欠乏ニ堪へ剛健ナル国民精神ヲ振作更張シテ地方ノ振興ヲ図リ以テ自治報国ノ誠ヲ具現スルニ在ルモノト信ス 茲ニ二十ケ町村ヲ選定シ左記要項ニ依リ自治振興運動ヲ実施セムトスルモノナリ 記 一 指導精神 イ 時局認識 ロ 和協一心 ハ 自治報国 二 指導事項 イ 聖戦ノ意義 ロ 聖業翼賛 ハ 総親和 ニ 総努力 ホ 公共心ノ振作 へ 銃後諸施設ノ強化徹底 ト 紛争ノ根絶 チ 補給金ニ関スル趣旨ノ徹底 リ 公租公課ノ完納 ヌ 国民貯蓄ノ拡大 ル 其ノ他 三 実施方策 イ 自治振興委員会ヲ開キ率先協力セシムルコト ロ 部落常会又ハ懇談会等ヲ開キ趣旨ノ徹底ヲ期スルコト ハ 右諸会合開催ノ場合ハ県ヨリ指導員ヲ派遣スルコト 四 各町村ノ実施計画ハ速ニ樹立ノ上可成来ル二月十五日迄ニ報告セラレタシ ㈡ 町村状況 (西秦野村役場「庶務書類」(昭和十四年)秦野市役所蔵) 第二節 総動員 三五 日中戦争勃発一周年記念献納運動実施要綱 支那事変勃発一周年記念実施事項中「一戸一品献納運動」ニ関スル件 (昭和十三年六月二十五日十三事第一四三号総務学務部長通牒各市町村長宛) 支那事変勃発一周年記念実施事項ニ関シテハ別途通牒致候処右実施事項ノ一トシテ「一戸一品献納運動」全国一斉ニ実施ノコトヽ相成候ニ就テハ各種団体学校方面ト協力ノ上地方ノ実情ニ応ジ別記実施案適宜斟酌ノ上実施方可然御取計相成度 〔別記〕 一戸一品廃物献納運動実施案 一 目的 来ル七月七日ノ支那事変勃発一周年ヲ記念シ資源愛護ノ国民訓練トシテ一戸一品廃物献納運動ヲ行フ 一 献納品目 左記金物中ヨリ一品(廃品)ヲ選ビ献納スルコト (イ) 鉄類 古釘 ブリキ鑵 金属製玩具 鉄棒片其ノ他 (ロ) 銅 黄銅(真鍮) 亜鉛 古銅鍋 古銅網 銅又ハ黄銅製火箸 銅線 黄銅金具片其ノ他 (ハ) 鉛 鉛管片 鉛板片 鉛製玩具其ノ他 (ニ) 錫 錫箔 錫製チユーブ ブリキ鑵其ノ他 (ホ) アルミニウム 古弁当箱 古アルミニウム鍋 アルミニウム製匙又ハ箸 アルミニウム箔(煙草ノ銀紙)アルミニウム製チユーブ(歯磨容器)其ノ他 尚献納品ハ家庭内ノ廃品ヲ以テ之ニ当テ特ニ本運動ノ為ニ物品ヲ購入スルガ如キハ絶対ニ之ヲ避ケ其ノ量モ自由トスルコト 今次ノ献納運動ハ資源愛護ノ国民訓練ニ主眼ヲ置ク故ニ品目ハ簡単ナル古金物トシボロ其ノ他消毒ヲ要スベキ廃物ハ取扱ヒ煩雑ナルヲ以テ之ヲ除外セリ 一 協力スベキ民間団体其ノ他 在郷軍人会男女青年団婦人団体町内会廃品回収懇話会屑物業者及其ノ組合小学児童男女中等学校生徒等 (イ) 市区町村長ハ関係者ノ協議会ヲ開催シ諸般ノ打合ヲ行フコト (ロ) 学校教職員ハ本運動ニ協力スルコト 一 献納品蒐集方法 (イ) 在郷軍人男女青年団員婦人会員等ハ当日各家庭ヲ巡訪シ献納品ノ蒐集ニ当リ保管場所迄運搬ス (右ニ支障アル場合ハ小学児童男女中等学校生徒等ヲシテ献納品ヲ各家庭ヨリ保管場所へ持参セシムルモ一方法ナリ) (ロ) 保管場所ハ学校校庭又ハ雨天体操場等適当ナル場所ヲ選定スルコト 一 献納品ノ処分 献納品ハ保管場所ニ於テ前記懇話会又ハ屑物業ト協力シテ速ニ処分スルコト 一 献納品ノ管理及ビ代金処理 献納品ノ管理及ビ処分代金ノ保管ハ当該市区町村長之ニ当リ取纒メタル上ハ七月十五日迄ニ県庁事変係ニ持参スルコト 一 献金方法及ビ其ノ使途 市町村長処分代金ヲ取纒メ献金ニ当リテハ国防献金恤兵金傷痍軍人保護施設費等ト区分シテ政府ニ献納スルモノトスルモ国民精神総動員中央連盟ノ方針ハ成ルベク傷兵保護施設費(或ハ娯楽室建設等ノ形ニ於テ)トシテ献納致度希望ニ付出来得ル限リ此ノ趣旨ニ御同意協力セラレタシ 一 結果ノ報告 右実施ノ結果ニ付テハ大体左記様式ニ依リ詳細報告スルコト 備考 1 蒐集方法並保管場所蒐集参加人員等ハ詳細備考トシテ説明スルコト 2 現品献納或ハ現金ニ当リ特ニ推奨スルニ足ル者等特殊事例アリタル場合ハ別紙トシテ添付報告スルコト (神奈川県「国民精神総動員実施概況第四輯」 (昭和十四年)久保田昌孝氏寄託相模原市立図書館蔵) 三六 一戸一品献納代金蒐集の件報告 一戸一品献納代金蒐集状況ノ件 支那事変一周年記念行事トシテ一戸一品献納運動実施方御配意煩候処本月十一日現在ニ就テ別紙ノ成績ヲ収メ候条不取敢及報告候也 七月七日一戸一品献納運動代金調(昭和十三年八月十日現在) (神奈川県「国民精神総動員実施概況第四輯」 (昭和十四年)久保田昌孝氏寄託相模原市立図書館蔵) 三七 昭和十三年八月経済戦強調週間実施要綱 経済戦強調週間実施ニ関スル件 (昭和十三年七月二十八日十三事第一七一号総務部長通牒市町村長宛) 国民精神総動員ノ実施トシテ標記週間ヲ実施スベキ旨其ノ筋ヨリ指示有之候ニ付テハ別記要綱ニ依リ地方ニ即応セル事項ヲ定メ一般民衆ニ政府ノ意ノ存スル所ヲ強調認識セシメ之ガ実績ヲ挙グルニ万遺憾ナキヲ期セラレ度依命及通牒候也 追而右実施ノ上ハ其ノ結果ヲ八月二十五日迄ニ御報告相成度申添候 〔別記〕 経済戦強調週間実施要綱 一 趣旨 支那事変ハ支那側ノ長期抗戦ニ拘ラズ今ヤ戦局ノ一大進展ヲ見ルニ至リシモ事変ノ前途ハ猶遼遠ニシテ官民一体益々堅忍持久ノ覚悟ヲ固メ以テ聖戦所期ノ目的達成ニ邁進セザルベカラズ而シテ官民一体戦時態勢ヲ確立スルハ国家総力ノ拡充飛躍ノ根基ヲ確保スル所以ナルコトト現下経済戦ノ実情並ニ今後来ルベキ経済的諸問題ノ真相トヲ一般ニ認識セシメ挙国一致国家ノ目的ニ邁進スルノ決意ヲ固メシムルニアリ 仍テ此際総動員的経済戦遂行ヲ要スル所以ヲ明ラカニシ進ンデ県民一致ノ実践躬行ヲ求メントス 二 名称 経済戦強調週間 三 実施期間 八月十日ヨリ同十六日迄一週間ヲ強調週間トシ其ノ後ニ於テモ継続実践ヲ求ム 四 実施項目 現下ノ国際収支ノ見透シ及戦局ノ拡大ニ伴フ軍需ノ増加ニ因ル物資需給調整計画ニ即応シ戦争遂行ニ必要ナル諸般ノ物資ヲ充足シ且将来ニ備フル国防力ヲ強化セシムル為特ニ左ノ事項ニ重点ヲ置キ県民一致ノ実践ヲ促ス 実践スベキ事項 (一) 物資ノ消費節約 1 綿製品麻製品毛製品皮革製品ゴム製品金属製品ノ新規購入ヲ差控フルコト 2 紙類石炭ガソリン(燃料)水道電気瓦斯ノ節約ニ努ムルコト(二) 廃品ノ回収 各家庭ニ廃品整理箱等ヲ備へ置キ常時分類蒐集ニ努ムル等組織的回収ノ方法ヲ講ズルコト (三) 物資ノ活用 1 金ヲ政府ニ献納又ハ売却スルコト 2 不用品廃品ノ極度ノ更生利用ヲ計ルコト (四) 代用品使用ノ奨励 (例示) 綿製品麻製品毛製品皮革製品ゴム製品金属製品ニツキテハ代用品ヲ使用スルコト 1 下駄草履草鞋等ノ使用ヲ奨励スルコト 2 藁蒲団ノ使用ヲ奨励スルコト 3 金属類ノ備品装飾品ハ代用品ヲ使用スルコト (五) 貯蓄ノ実行 1 金銀銅ニユーム其ノ他金属類ハ代用品ヲ使用シ之ヲ売却シ国民貯蓄ヲナスコト 2 凡ユル方法ヲ以テ貯蓄ノ励行ヲナスコト (六) 物価騰貴ノ抑制ニ対スル協力 1 買占買溜売惜ミヲ為サヾルハ勿論価格料金ノ引上ヲ極力避クルコト (七) 生産ノ拡充 1 大麦苧麻棉花甘藷ノ増殖奨励ヲ計ルコト (八) 生活ノ刷新 1 生活一般ノ水準ヲ低下シ堅忍持久困苦ニ堪フルコト 2 冠婚葬祭ノ簡易化贈答宴会ノ自制其ノ他一般生活ノ刷新緊縮ヲ行フコト 3 服装ハ質素ヲ旨トシ統制物資ハ勿論生活用品ハ新調ヲ為サズ有リ合セニテ間ニ合スコト 五 実施方法 右実施ニ当リテハ講演会懇談会協議会等ヲ開催シ趣旨ノ徹底ヲ計リ職場若クハ町内会部落等ニ於テ特ニ申合ヲナシ実践ノ促進ヲ期スルコト (参考) 一 綿製品 衣類 手拭 足袋 靴下等 二 麻製品 洋服布 ハンカチーフ ワイシヤツ 紐 袋等 三 毛製品 洋服 シヤツ セエーター 襟巻 帽子 毛糸編物類 セル又ハモスリンノ衣服等 四 皮革製品 靴 鞄 ハンドバツグ トランク バンド 手袋 運動具等 五 ゴム製品 靴 手袋 タイヤー バンド エボナイト製品玩具 敷物等 六 金属製品 (イ) 金 白金 時計 指環 鎖 入歯 装身具等 (ロ) 鉄 瓦斯道具 鍋 釜鉄コンロ其ノ他ノ炊事道具 鉄ストーブ各種刃物家具釘鉄線トタン板玩具等 (ハ) 銅 真鍮 鍋 釜 薬鑵 火鉢 線 錠前 水指 水盤家庭用器具 器物等 (ニ) 鉛 ペイント 鉛管 玩具等 (ホ) 亜鉛 トタン トタン製品 ペイント等 (へ) 錫 各種錫器 ブリキ玩具 ブリキ鑵 菓子包装 歯磨チユーブ等 (ト) ニツケル ニツケル鍍金食器器具洋銀器具ライター等 (チ) アンチモン 琺瑯鉄器置物 煙草セツト 玩具等 (リ) アルミニユーム 鍋釜 其ノ他ノ炊事道具 家庭用器具 (神奈川県「国民精神総動員実施概況第四輯」 (昭和十四年)久保田昌孝氏寄託相模原市立図書館蔵) 三八 昭和十三年十二月経済戦強調週間実施要綱 経済戦強調週間実施ニ関スル件 (昭和十三年十一月二十九日十三事第三〇九号総務 経済 学務 警察部長通牒市町村長 警察署長 消防署長 学校長廨長宛) 経済戦対処ノ国民運動ニ関シテハ国民精神総動員運動ノ一トシテ屡次強調実施シ来リタル処武漢攻略後ノ情勢ニ対応シテ益々長期建設ノ体制ヲ整へ聖戦所期ノ目的ヲ達成センガ為今般別紙要綱ニ依リ更ニ経済戦強調週間ヲ実施致スコトト相成タルニ付テハ政府ノ意ノ存スル処ヲ一般ニ強調認識セシメ之ガ実績ヲ挙グルニ万遺憾ナキヲ期セラレ度依命此段及通牒候也 追テ右実施ノ上ハ其ノ結果ヲ十二月二十八日迄ニ御報告相成度申添候 〔別紙〕 経済戦強調週間実施要綱 一 趣旨 本年七月以後強調シ来リタル経済戦ニ関スル国民運動ヲ更ニ強調実施シ広東武漢攻略後ニ於ケル内外ノ諸情勢ニ対応シテ益々長期建設ノ体制ヲ整へ聖戦所期ノ目的達成ヲ期セントス 二 期間 自昭和十三年十二月十五日至昭和十三年十二月二十一日 一週間 三 実施要領 (一) 時局ノ現段階ニ於ケル経済戦ノ重要性並ニ政府ノ採リツツアル政策ニ対スル理解ヲ十分徹底セシムルト共ニ特ニ経済戦ノ強化ヲ図ル為左ノ三事項ニ重点ヲ置キ県民一致ノ実践徹底ヲ図ルコト イ 生活ノ刷新 ロ 物資ノ節約 ハ 貯蓄ノ実行 (二) 「生活ノ刷新」ニ関シテハ国民皆戦場ニ在ルノ心構ヘヲ以テ自粛自戒ニ努メ戦時国民生活ノ確立ヲ目標トシ特ニ年末年始ノ虚礼廃止ノ励行ニ努ムルコト (三) 「物資ノ節約」ニ関シテハ国防資材ノ確保生産力ノ拡充輸出ノ振興物価騰貴ノ抑制等ノ見地ヨリ物資ノ節約ヲ要スル所以ヲ明カニシ之ガ実行ヲ奨メ併セテ公定価格ノ遵守ニ努ムルコト (四) 「貯蓄ノ実行」ニ関シテハ貯蓄報国ノ意義ヲ更ニ徹底セシメ特ニ貯蓄組合ノ整備拡充ニ努ムルコト 四 実施方法 (一) 本週間実施ニ関シテハ曩ニ行ヒタル貯蓄報国強調週間ニ於ケル通牒ノ趣旨及其ノ実績ヲ十分考慮ノ上計画スルコト (二) 官公署学校各種団体会社銀行工場部落町内会等ニ於テハ生活ノ刷新物資ノ節約貯蓄ノ実行等ニ関スル適切ナル実践項目ヲ設定スルト共ニ之ガ実績ヲ挙グル様工夫スルコト (三) 本週間ヲ機トシ官公衙学校会社工場各種団体町内会部落等ニ於テハ特ニ左記事項ノ励行実践ニ努ムルコト イ 生活ノ刷新ニ関スル事項 1 社会風潮ヲ一新シ堅実ナル民風作興ニ努ムルコト 2 年末年始ノ形式的贈答ハ断然之ヲ廃止スルコト 3 事変下第三年ヲ迎フル新年ノ奉祝ニ当リテハ厳粛質素ヲ旨トスルコト 4 年賀状年賀広告ノ類ハ特ニ必要ナル範囲ニ之ヲ止ムルコト5 吉凶儀礼ノ改善並ニ簡易化ヲ図ルコト 6 各宴会ハ必要已ムヲ得ザル場合ノミニ之ヲ制限シ且努メテ質素ヲ旨トスルコト ロ 物資ノ節約ニ関スル事項 1 買溜ヲ為サザルハ勿論物資ノ活用ヲ図リ特ニ年末新年ニ際シ衣類調度等ノ新調ヲ見合スコト 2 百貨店商店等ニ於ケル年末年始ノ売出広告装飾福引等ハ之ヲ控へ目ニスルコト 3 価格料金ノ引上ヲ極力避クルト共ニ販売者ハ勿論購買者モ公定価格ヲ遵守スルコト 4 物資統制ノ趣旨ヲ徹底スルト共ニ廃品利用再製品代用品等ノ工夫研究並ニ冬期ニ於ケル薪石炭ガソリン瓦斯電熱等ノ燃料ノ消費節約ニ努ムルコト 5 公私ヲ問ハズ器具機械ノ愛護並ニ職場報国ノ念ヲ涵養シ之ガ徹底ヲ図ルコト ハ 貯蓄ノ実践ニ関スル事項 1 貯蓄組合ノ未ダ設置ナキ向ニ対シテハ此ノ際其ノ設置ニ努メ之ガ拡充ヲ図ルコト 2 毎月ノ貯蓄額ノ増加ニ努ムルト共ニ貯蓄組合未加入者ノ絶無ニ努ムルコト 3 官公署学校銀行会社工場等ノ勤務者ハ年末賞与ヲ極力貯蓄ニ充ツルコト 4 殷賑産業関係者其ノ他収入ノ増加セル向ニ在リテハ特ニ高率貯蓄ノ実践ニ努ムルコト 5 工場ニ於ケル貯蓄率ノ引上ニ関シテハ銃後生活刷新運動ヲ強調シ各自ノ貯蓄力ニ応ジ出来ル限リノ貯蓄ヲ為スコトヲ申合サシメ貯蓄率ノ向上ヲ図ルコト 6 賞与ノ一部ヲ以テ十二月五日及十五日ヨリ発行ノ貯蓄債券又ハ国債ノ購入ニ努ムルコト 貯蓄債券発行日 自十二月五日至十二月二十日 額面 五円 十円 支那事変国庫債券発行日自十二月十三日 至十二月二十四日 額面 十円 二十五円 五十円 百円 五百円 千円 7 劇場映画館其ノ他多数集合スル場所ニハ「貯蓄報国」又ハ之ニ類スル字幕ヲ掲出スルコト 五 学校ニ於ケル実施事項 (一) 校内訓話 (二) 貯蓄ニ関スル作文標語ポスターノ作成 (三) 映画ノ利用 (四) 貯蓄ニ関シ模範トナルベキ者ノ表彰 (五) 各教科ノ教授ニ際シ其ノ徹底ヲ図ルコト 六 県ノ実施事項 (一) 県下数ケ所ニ於テ懇談会講演会映画会ヲ開催ス (二) 商業組合工業組合貿易組合其ノ他商工団体ニ対シ貯蓄実行ニ関スル具体的方法ヲ決定シ之ガ実行方ヲ勧奨ス (三) 廃品回収強調日ヲ設定シ之ヲ強調実施ス (四) 廃品回収展覧会ヲ開催ス (五) 物価政策ノ現状及将来ニ就テ巡回講演会ヲ左記ノ通開催ス 川崎市 横須賀市 平塚市 小田原町 (六) 模範物価表示会ヲ県下二十九物価調査地区毎ニ開催ス (七) 代用品ノ発明奨励ノ為ノ発明奨励金交付ノ趣旨ノ方途ヲ講ズ(八) 輸出振興ニ就キ イ 輸出業者工業者ノ協議会ヲ開催ス ロ 商品別ニ依ル輸出業者生産業者ノ研究会ヲ創設ス (九) 商業組合ヲ通ジ歳末売出ニ関シ自粛スル様通牒ヲ発シ其ノ徹底ヲ図ル (十) 本運動ノ趣旨ノ徹底ヲ図ル為県下各戸ニ配布スベキ「ビラ」四十万枚ヲ印刷シ予メ市町村ニ配付ス (神奈川県「国民精神総動員実施概況第四輯」 (昭和十四年)久保田昌孝氏寄託相模原市立図書館蔵) 三九 戦時下配給統制に関する件通牒 昭和十四年三月十七日 経済部長 殿 釘針金(亜鉛引鉄線)鉄線ノ配給統制ニ関スル件 鉄鋼統制ノ強化ニ伴フ釘針金鉄線ノ生産減少ト其ノ需要増大ニ鑑ミ之ガ需給調整ヲ図ル為今回之ガ配給統制ヲ実施スルコトヽ相成候処本県ニ於テハ差当リ左記ニ依リ運用致スコトヽ相成候条貴管内関係業者其他一般ニ周知方可然御取計相煩度此段及通牒候也 記 一 統制品目ハ釘針金鉄線ニシテ釘トハ丸釘ニシテ(折釘カスガヒ等ヲ含マズ)針金トハ亜鉛鉄線ヲ言フ 二 主要需要(小口需要ト称ス)ト一般需要トニ区分ス小口需要トハ凡ソ左ノ需要ヲ指シ一口十頓未満ニシテ且ツ一規格毎ニ釘ニ付テハ一樽(六十瓩)以上針金ニ付テハ一巻(五十瓩)以上鉄線ニ付テハ三十瓩以上ノモノトス ㈠ 輸出関係ノ需要 ㈡ 軍需関係ノ需要 ㈢ 生産力拡充関係ノ需要 ㈣ 官庁関係ノ需要 ㈤ 農山漁村ノ生産力維持増進ニ関スル需要 ㈥ 市町村其ノ他之ニ準ズルモノヽ需要 ㈦ 其ノ他一般需要ニシテ数量ニ於テ相当多量且ツ重要ナル事由ノ認メラルヽモノ 三 小口需要者ハ県ノ発行スル購入票(様式別紙)ト引換ニ地問屋ヨリ購入スルモノトス購入票ノ交付ヲ受クルニハ申請書(様式別添)ヲ県(輸出関係ノ需要者ハ商工課宛其他ノ需要者ハ臨時物資調整課宛)ニ提出スルコト 四 右ノ申請書ニ関シテハ ⑴ 一月乃至三月分ニ付テハ本月二十五日迄ニ四月乃至六月分ニ付テハ四月二十日迄ニ提出スルコト ⑵ 輸出関係軍需関係土木建築関係等ニ関シテハ注文書請書又ハ証明書ノ写ヲ申請書ニ添附スルコト ⑶ 会社団体ヨリノ申請ハ代表名ニテ申請スルコト ⑷ 団体申込ノ場合ハ各団体員ニ付テノ明細書ヲ附スルコト ⑸ 一事業ニシテ二期以上ニ亘ルモノハ各期分数量毎ニ申請書ヲ作製スルコト ⑹ 申請量ハ最少ノ必要量ヲ申請スルコト ⑺ 釘針金鉄線別ニ申請書ヲ提出スルコト 五 小口需要者ニ非ザル一般需要者ハ従来通金物小売業者ヨリ自由ニ購入スルコト但地方問屋ハ一般需要者ニ対スル販売ヲ取扱ハス六 一口十頓以上ノモノヲ大口需要トシ県ヲ経テ日本線材製品工業組合連合会(所在 東京市京橋区宝町一ノ九 現任理事長石津武彦)ニ申請書ヲ提出シ中央釘針金鉄線配給協議会ノ査定ニ依リ配給ヲ受クルモノトス 右申請書記載要項ハ左ノ通 ㈠ 品目 ㈡ 使用目的 ㈢ 使用場所 ㈣ 使用期間(大体三ケ月ヲ標準トス) 七 一口トハ一契約ノ数量ヲ言フ 八 販売価格ハ最近公定サレタルヲ以テ之ニ依リ売買スルコト 九 詳細ハ経済部臨時物資調整課ニ照合ノコト (西秦野村役場「庶務書類」 (昭和十四年)秦野市役所蔵) 四〇 重要物資の廃品回収に関する件通牒 十四商第二九九一号 昭和十四年六月十七日 経済部長 渡辺広警察部長 辻山治平 県下各市町村長殿 〃 警察署長殿 重要物資ノ廃品回収ニ関スル件 標記ノ件ニ関シテハ曩ニ神奈川県廃品回収懇話会ヲ組成シタルト共ニ県下警察署管内毎ニ廃品買出人組合ヲ結成セシメ其ノ組合員ニ対シテハ本県制定ノ廃品買出人徽章ヲ交付シ之ガ佩用ヲ勧奨シツヽアルニ付テハ爾今関係業者並ニ一般廃品供出者ニ周知徹底方御取計ノ上左記ニ依リ実施上(取締上)万遺憾無之様期セラレ度此段及通牒候也 追而廃品買出最低価格ハ今後決定ノ都度通牒可致ニ付為念申添候 記 一 本県内ニ於テ廃品回収ニ従事スル廃品買出人ニ対シテハ其ノ品位向上ト信用ヲ高メ且取引ノ改善ヲ計ル為一定ノ徽章ヲ佩用セシム 二 廃品買出人徽章ハ住所(又ハ居所)所在ノ買出人組合ヲ通ジテ其ノ所轄警察署ニ申請ノ上交付ヲ受クベシ 三 警察官及市町村吏員ニ於テ徽章ヲ佩用セザル廃品買出人ヲ発見シタルトキハ右各項ノ注意ヲ与へ前項ノ手続ヲ履践セシムルコト 四 市町村長ハ廃品回収最低価格ノ通知ヲ受ケタルトキハ市町村内適当ナル場所ニ掲示スル等(例ヘバ市町村公報ニ登載スル如シ)之ガ一般的周知方ヲ図ルコト 五 廃品買出人ハ神奈川県廃品回収懇話会協定廃品買出最低価格ニ準拠シテ廃品ヲ回収スルコト 六 廃品買出人廃品回収ニ付不正行為又ハ回収ノ促進ヲ阻害スル行為アリタル場合ハ徽章ノ佩用ヲ禁止スルコトアルベシ 七 警察署ハ管下ノ廃品買出人組合ニ対シ必ラズ組合員ノ住所氏名年令及買出人徽章番号ヲ登載スル帳簿ヲ作成ノ上整備シ置クコト 八 右各項ハ昭和十四年六月二十日ヨリ実施ス 廃品買人徽章雛型 古物行商人徽章 赤紫色地 雑業徽章 黄色地 (西秦野村役場「庶務書類」(昭和十四年)秦野市役所蔵) 四一 中郡農会の農業労働力補給調整に関する会議事項 労力補給調整ニ関スル件 今事変勃発以来県下農村ニ於テハ将兵ノ応召軍需工業ヘノ転出農馬ノ徴発等ニ依ル労力不足ノ為メ農業経営ニ支障ヲ来タス虞尠ナカラサルニ鑑ミ之ガ対策トシテ昭和十二年秋作以来国庫助成ヲ受ケテ実施セル主ナル事項ヲ挙クレバ ㈠ 勤労奉仕運動 隣保共助ノ精神ヲ昂揚シ勤労奉国ノ至誠ヲ基調トスル勤労奉仕運動ヲ興シ応召農家ノ農業経営ヲ援護スル為メ町村ニ勤労奉仕部部落ニ勤労奉仕班ノ設置ヲ奨励シ昭和十二年度ニ壱万弐千円昭和十三年度ニ弐万参千七百五拾円ノ助成金ヲ交付シタルニ現在勤労奉仕部一九九勤労奉仕班一四二二ノ設置ヲ見タリ 昭和十四年度モ引続キ予算弐万五千円計上シテ之レガ助成ヲナサントス ㈡ 農具及畜力利用機具ノ奨励 農事実行組合等ヲシテ農具及畜力利用機具ノ共同利用ヲ為サシムル為メ国庫助成ヲ受ケテ奨励金ヲ交付セリ其ノ成績左ノ如シ ㈢ 共同作業ノ奨励 県農会ヲシテ国庫助成ニ依リ専任職員一名兼務職員三名ヲ設置セシメ郡市農会職員ヲ督励シテ管下千百三十ノ農事実行組合等ニ於ケル共同採種共同田植共同収穫及調整等ノ共同作業並必需品ノ共同購入及生産物ノ共同販売等ノ共同施設ノ実地指導ヲ為サシム ㈣ 農耕牛(朝鮮牛)ノ共同購入 農業労力及自給肥料ニ対スル銃後対策トシテ産地ヨリ朝鮮牛ノ共同購入ヲ畜産組合連合会ヲシテ施設セシメ国庫助成ヲ得テ輸送費並斡旋費ニ対シ昭和十二年度ニ於テ百七十八頭四千六百十八円昭和十三年度ニ於テ五百頭七千百六十九円ノ奨励金ヲ交付セリ 昭和十四年度ニ於テ引続キ五百頭ノ共同購入ヲ奨励セントス ㈤ 動力農具ノ移動配給調整ノ奨励 動力農具ノ地域的扁在ヲ調整シ且ツ之レガ利用率ヲ高揚セシメ農業労力ノ不足ヲ補ヒ以テ農業生産ノ確保増進ヲ図ル為メ国庫助成ヲ得テ県農会ヲシテ左ノ施設ヲ実施セシメタリ (イ) 農業機械ノ共同利用斡旋指導 (ロ) 郡市町村農会産業組合農事実行組合等ニ於ケル農業機械共同斡旋指導費補助 (ハ) 前項団体ニ於ケル既存農業機械ノ移転又ハ改装整備費補助(ニ) 前項団体ニ於ケル既存農業機械ノ地域的調整ヲ行フ為メ之レガ買入費補助 然レドモ今ヤ事変ハ興亜ノ大業建設ノ一段階ニ入リ農業労力ノ不足ハ愈々深刻トナルモノト予想セラルヽヲ以テ之レガ補給対策トシテ昭和十四年度ヨリ更ニ左ノ奨励施設ヲナシ万遺憾ナキヲ期センガ為メ夫々実施計画中ナリ 一 動力農具ノ奨励 予算額一五、〇〇〇円 農業労力ノ最モ不足ヲ来スハ収穫期ニシテ従来ノ実績ニ徴スルニ動力農具ハ手農具ニ比シ約十倍以上ノ作業能率ヲ有スルヲ以テ之ガ購入ヲ奨励シ応召農家ヲ中心トシテ共同利用ヲ為サシメントス 二 畜耕班ノ奨励 予算額一五、〇〇〇円 収穫期ニ亜グ労力不足ハ播種前ノ耕耘作業能率六倍以上ト認ムル畜力利用ニ依ル耕耘作業ヲ為サシムル為畜産組合ヲ通シテ町村ニ奨励シ応召農家余力アラバ一般農家ノ耕耘作業ヲ為サシメントス 三 労力補給集団移動労働施設 県内及県外ニ於テ季節的ニ労力余裕アル地方ト地方的ニ耕作作業ノ早晩ニ依ル余裕労力トヲ必要地方ニ移動セシムル為国庫助成ヲ得テ集団的移動労働班ノ設置ヲ県農会ヲシテ施設セシメントス 尚小学校中等学校ノ児童生徒ニ農業報国ノ精神ヲ涵養シ併セテ労力補給ノ一助ニナス為移動労働班ヲ組織セシメントシテ実施方法ニ関シ研究中ナリ (大磯町農会「庶務文章綴」(昭和十四年)大磯町役場蔵) (注)「七千百六十九」が「一四、一三五」と、又「一五、〇〇〇」が「六、三四〇」と訂正されている。 四二 中郡秦野町第九回経済警察協議会開催の件通知 秦経保発号外 昭和十四年十月二十一日 秦野警察署長 各町村長各協議員殿 第九回経済警察協議会開催方ノ件 今般国家総動員法ニ基ク九・一八価格停止ニ関スル勅令ノ公布アリタルヲ以テ之ニ関スル協議会ヲ左ノ通リ開催致シ度候条万障御差繰リノ上御出席相成度此段及通知候也 追而当日ハ協議会終了後秦野経済報国会役員会ヲ開催スル筈ニ付キ出席不能ノ場合ハ必ズ代人ヲ出席セシメラレ度 記 一 日時 十月二十三日午后一時ヨリ(時間厳守) 二 場所 秦野警察署楼上ニ於テ 三 議案 1 価格等統制令ニ就テ 2 賃金臨時措置令ニ就テ 3 家賃地代統制令ニ就テ (西秦野村役場「庶務書類」 (昭和十四年)秦野市役所蔵) 四三 中郡秦野経済報国会会則草案 秦野経済報国会々則草案 第一章 総則 第一条 本会ハ秦野経済報国会ト称ス 第二条 本会ハ秦野警察署管内ニ於ケル各町村長農会長産業組合長及統制関係業組合ヲ以テ之ヲ組織シ其ノ組合ニ所属スル組合員ハ本会ノ会員タルモノトス 但シ其ノ他ノ商工業ニ従事スル者ノ入会ヲ妨ゲズ 第三条 本会ハ事務所ヲ秦野警察署内ニ置ク 第二章 目的及事業 第四条 本会ハ現下ノ時局ニ鑑ミ経済統制諸法令ノ研究ヲ遂ゲ国策ノ趣旨ヲ広ク各会員ニ普及徹底セシメ之ガ違反ノ根絶ヲ期スルト共ニ関係官庁トノ連絡ヲ図リ報国ノ誠ヲ尽スヲ以テ目的トシ其ノ協議並ニ実行ノ機関トス 第五条 本会ハ前条ノ目的ヲ達成スル為左ノ事業ヲ行フ 1 経済統制ニ関スル協議会ノ開催 2 前項ニ於ケル申合事項ノ実施 3 公定価格ノ周知徹底 4 関係法令並ニ公定価格等ノ速報 5 講演会座談会等ノ開催 6 関係法令研究会ノ開催 7 会員及従業員ノ表彰教化並ニ慰安事業 8 其ノ他本会ノ目的ヲ達成スル為必要ナル事業 第三章 役員 第六条 本会ニ左ノ役員ヲ置キ書記ノ外ハ無報酬トス 名誉会長 一名 会長 一名 副会長 二名 常任幹事(係員) 若干名 幹事 〃 相談役 〃 会計 一名 書記 一名 第七条 名誉会長ハ秦野警察署長ノ職ニアルモノヲ推戴シ会長副会長ハ名誉会長ノ推薦トス 常任幹事ハ会長ノ推薦ニ依リ名誉会長之ヲ任命シ幹事ハ各組合長トス 会計及書記ハ会長之ヲ任命ス 相談役ハ各町村長及第二十七物価調整地区内物価調査委員ヲ推戴ス 第八条 役員ノ任期ハ二ケ年トシ其ノ時期ハ会計年度ニ準ズ 但シ重任ヲ妨ゲズ 第九条 役員ニシテ欠員ヲ生ジタル時ハ直ニ補充シ其ノ任期ハ前任者ノ残任期間トス 第十条 名誉会長ハ本会ニ対シ必要ナル指示命令ヲ発ス 会長ハ会務ヲ総括処理シ本会ヲ代表ス 会長事故アルトキハ副会長之ヲ代行ス 常任幹事ハ会長ヲ補佐シ幹事ト連絡シ会務ヲ処理ス 相談役ハ名誉会長及会長ノ諮問機関トス 会計ハ金銭出納ノ責ニ任ズ 書記ハ名誉会長並会長ノ指揮ニヨリ諸般ノ事務ヲ処理ス 第十一条 本会ニ功労アリタルモノハ顧問ニ推戴ス 第四章 会議 第十二条 本会ノ会議ヲ分ケテ定期総会協議会役員会ノ三種トス 第十三条 定期総会ハ毎年一回四月ニ之ヲ開催ス 但シ幹事以上ノ役員ヲ以テ之ニ代ルコトヲ得 第十四条 定期総会ニ於テ本会ノ事業及会計ニ関スル事項ヲ報告ス 第十五条 協議会ハ毎月一回名誉会長ニ之ヲ召集シ幹事以上ノ役員ヲ以テ開催ス 第十六条 役員会ハ必要ニ応シ名誉会長ニ諮リ会長之ヲ召集シ幹事以上ノ役員ヲ以テ開催ス 第五章 入会及脱退 第十七条 本会ニ加入セントスルモノハ其ノ旨所属ノ組合代表ノ幹事ヲ経テ申込ムベシ 第十八条 会員ニシテ脱退セントスル者ハ其ノ理由ヲ但シ幹事ヲ経テ名誉会長ニ届出其ノ承認ヲ受クベシ 第六章 経費 第十九条 本会ノ出納ハ会計法ニ従ヒ一般会計年度ニ拠ル 第二十条 本会ニ必要ナル経費ハ会員ヨリ之ヲ徴収シ其ノ金額ハ役員会ニ於テ審議シ総会ノ議決ニ依リ之ヲ決行ス 第二十一条 会費ノ納期ハ毎月末トス 第二十二条 経費ノ支出ハ会長ノ決裁ヲ経テ会計之ヲ支出ス 附則 第二十三条 本会則ニ規定ナキ事項発生セル時ハ会長ハ名誉会長ニ諮リ役員会ヲ召集シ之ヲ処理シ次期総会ニ報告スルモノトス 第二十四条 本会則ニ変更ノ要アルトキハ役員会ニ於テ審議ノ上総会ノ議決ニヨリ変更ス 第二十五条 本会則ハ昭和十四年 月 日総会ノ議決ヲ経テ即日ヨリ実施ス (西秦野村役場「庶務書類」(昭和十四年)秦野市役所蔵) 〔注〕 「名誉会長」の下に「署長」、「会長」の下に「業者」ヽ「副会長」の下に「警部補、業者」、「幹事」の下に「農会長、産業組合長」、「相談役」の下に「町村長」の書込みがある。 第三節 大政翼賛の進行過程 四四 大政翼賛会神奈川県郡市町村支部結成式に関する件通牒 昭和十六年三月十五日 大政翼賛会神奈川県支部 庶務兼組織部長(印) 各市町村長殿 郡市町村支部結成ニ関スル件 首題ノ件ニ関シテハ各郡市町村支部ニ於カレテ着々御備準中ノ事トハ存シ候モ郡協力会議等モ近ク開催ノ運ト相成候ニ就キ可及的速カニ支部結成式挙行相成度 追而近衛総裁告辞県支部常務委員会主催者祝辞追送可仕候ニ就キ可然御代読相煩度候 別紙 其の一 支部結成式次第(一例) 二 実践要綱並誓 支部長 理事分 三 同要綱解説 別紙其の一 支部結成式(一例) 一 一同敬礼 一 開会之辞 一 宮城遥拝 一 国歌奉唱 一 紀元二千六百年紀元節ニ当リ賜ハリタル詔書奉読 支部長 一 戦歿将兵ノ慰霊並出征将兵ノ武運長久祈念 一 支部長挨拶 一 誓 理事代表朗読 一 総裁告辞 (代読) 一 県支部常務委員会主宰者祝辞 (代読) 一 来賓祝辞 一 万歳奉唱 一 一同敬礼 (「大政翼賛」 (昭和十五―十八年)伊勢原市役所蔵) 四五 大政翼賛会支部規定 大政翼賛会支部規程 (昭和十六年四月十八日改正) 第一条 道府県郡(支庁長管轄区域ニ在リテハ其ノ区域以下同ジ) 市町村及六大都市ノ区(以下単ニ区ト称ス)ニ大政翼賛会支部ヲ置ク但シ町村数寡少ナル郡ニ在リテハ二郡以上ノ区域ニ一支部ヲ置クコトヲ得 第二条 支部ニ左ノ役員ヲ置ク但シ郡市(六大都市ヲ除ク)区町村ノ支部ニ顧問参与ヲ置ク場合ハ道府県支部長ノ承認ヲ得ルヲ要ス 支部長 一名 顧問 若干名 常務委員 若干名 参与 若干名 第三条 支部ノ役員ハ道府県支部長ニ在リテハ総裁之ヲ指名又ハ委嘱シ其ノ他ノ役員ニ在リテハ道府県支部長ノ推薦ニ依リ総裁之ヲ指名又ハ委嘱ス 役員ノ任期ハ一年トス但シ再指名又ハ再委嘱ヲ妨ゲズ 第四条 支部長ハ総裁及上級支部長ノ指揮ヲ受ケ支部ヲ統理ス 常務委員ハ支部長ヲ輔ケ支部ノ運営ニ参画ス 顧問ハ支部長ノ諮問ニ応ズ 参与ハ支部ノ企画及活動ニ参与ス 第五条 支部ニ其ノ事務ヲ処理スル為事務局ヲ置ク 第六条 道府県支部ノ事務局ニ庶務部及組織部ヲ置ク 庶務部ハ支部ノ庶務及協力会議並ニ国民生活ノ指導宣伝等ニ関スル事項ヲ掌ル 組織部ハ国民ノ地域的及職域的組織国民ニ対スル各種訓練及指導各種団体トノ連絡ニ関スル事項ヲ掌ル部ニ支部長ヲ置キ支部長之ヲ指名ス 第七条 六大都市ノ支部ノ事務局ニハ前条ニ準ジ部ヲ置クコトヲ得第八条 事務局ニ必要ナル職員ヲ置クコトヲ得 第九条 支部ニ協力会議ヲ附置ス但シ市(六大都市ヲ除ク)区町対ノ協力会議ハ市区町村常会ヲ以テ之ニ充ツ 第十条 協力会議ノ議員ハ其ノ区分ニ従ヒ左ニ掲グル者ノ中ヨリ指府県支部長ノ推薦ニ依リ総裁之ヲ指名又ハ委嘱ス 一 道府県協力会議ニ在リテハ イ 郡市協力会議員但シ各郡市ヨリ少クトモ一名ヲ指名スルコトヲ要ス ロ 各種団体代表者 ハ 道府県会議員 ニ 其ノ他適当ナル者 一 六大都市ノ市協力会議ニ在リテハ イ 協力会議員但シ各区ヨリ少クトモ一名ヲ指名スルコトヲ要ス ロ 各種団体代表者 ハ 市会議員 ニ 其ノ他適当ナル者 一 郡協力会議ニ在リテハ イ 町村協力会議員但シ各町村ヨリ少クトモ一名ヲ指名スルコトヲ要ス ロ 各種団体代表者 ハ 其ノ他適当ナル者 第十一条 協力会議員ノ定数ハ道府県及六大都市ニ在リテハ三十名乃至六十名トシ郡ニ在リテハ二十名乃至六十名トス但シ町村数五十以上ノ郡ニアリテハ七十名迄ヲ増スコトヲ得 第十二条 協力会議ノ議長ハ道府県支部長ノ推薦ニ依リ総裁之ヲ指名ス 第十三条 協力会議ハ支部長之ヲ招集ス 協力会議ハ年二回以上之ヲ開会ス 協力会議ノ会期ハ道府県協力会議ニ在リテハ三日以内トシ其ノ他ノ協力会議ニ在リテハ二日以内トス但シ必要ニ応ジ延長スルコトヲ妨ゲズ 第十四条 支部ノ経費ハ本部補助金其ノ他ノ収入ヲ以テ之ニ充ツ (「大政翼賛」(昭和十五―十八年)伊勢原市役所蔵) 四六 大政翼賛会神奈川県支部第一回協力会議 における支部長松村光磨の挨拶 松村県支部長挨拶 本日茲に本県第一回の大政翼賛会協力会議を開催することを得まして御挨拶を申上げる機会を得ましたことを洵に光栄に存ずる次第であります。 昨年秋本県支部結成以来各位には常に多大の御援助御協力を願つて居つた次第でありますが今回県協力会議の組織に当りましては此の仕事を御引受下さいまして本日は非常に御多忙の所を御出席下さいましたことは衷心より感謝に堪へない所であります。 我が国も今や聖戦五年を迎へまして我が忠勇なる第一線の将兵は益々我が国の武威を四海に輝かして居り国民亦物資の欠乏其の他有ゆる困苦欠乏に堪へ銃後の護りを完う致して居りまするが世界の情勢から之を判断致しますれば我が国は真に二千六百年来曾てない一大国難に逢着致して居るのであります。独り我が国のみならず世界の列強が今や其の国運を賭して其の民族の興亡を賭して死闘を繰返して居るやうに思ひます。我が国も此の支那事変解決の為には非常なる困難を見つゝあり又国際環境から申しましても我が国の地位は極めて困難であり而も又太平洋の怒濤はいつ何時如何なる事変を起すやも図り難い情勢になつて居りまして国民としては全く非常なる決心をしなければならぬと思ふのであります。 吾々は二千六百年の光輝ある歴史を吾々先祖に依つて承け継いだのでございまするが吾々は此の歴史を更に吾々の次代の国民に引継がなければならぬのでありまして吾々現代国民の責務たるや実に重大であると思ふのであります。さう云ふ意味合に於きまして吾々は有ゆる困難欠乏に堪へ有ゆるものを犠牲にして此の事変解決の為に邁進しなければならぬと思ふのであります。聖戦五年とは云ひながら我が国はまだ彼の「ヨーロッパ」に於ける空襲下の「ロンドン」の如き逆封鎖を喰つて居ります。 「イギリス」国民に比べて見ればマダ〳〵非常なる安泰であり平和であると思ふのであります。又赫々たる戦果を挙げつゝあります。「ドイツ」国民の全く身命を賭して二十年の復讐を遂げつゝある状況而も物資の欠乏に堪へて協力一致して居る様子を見ますと我が国民は洵に幸福であると思ふのでありまして併し此の幸福に狎れて却つて時局に対する認識を十分にしない為に或は国内に一部不平が起り或は色々国内の議が纒まらないとか真にまだ我が国が重大なる時局に面せりと云ひながらそこに到達して居ない感なきにしもあらずと思ふのであります。併し先程申上げましたる如く既に私が言ふまでもなく時局が益々深刻なる方面に進みつゝあります。表面或は国際情勢が緩和せるやの感なきにあらずと致しましても今後益々我が国が強大となり我が国が支那大陸へ発展すればする程益々我が国民の国際的地位は難かしくなつて参る訳でございましてさう云ふ意味合に於きまして吾々国民は更に覚悟を新にし又国家と致しましても今日まで之を止めたとは言ひながらまだ〳〵「イギリス」や「アメリカ」に其の経済を依存し有ゆる物資の援助を受けて居つたのでありまするが今後は独立独歩と申しまするか真に東亜の盟主として東亜新秩序の建設者として世界の列強を向ふに廻して戦はなければならぬ平和の戦争も又武器の戦争もせねばならぬと云ふことになりますと今後一層吾々は覚悟を新にして行かなければならぬかと思ふのであります。 さう云ふ意味合に於きまして此の大政翼賛会が昨年発足以来国民の非常なる熱意の下に其の運動を展開して来たのであります。又今年の春は大政翼賛会の運動を更に強力にし更に国民的挙国的に展開する為に其の改組も行はれたのでございまするが今後此の運動の更に一層力強く進められて行くべき国家的の要求と申しますかさう云ふものが更に大きくなつて行くと思ふのでありまして又翼賛会は段々と下部運動の熾烈となるに連れまして今後発展して行くことゝ思ひます。どうぞ各位は今後一層御協力の程を御願ひ申上げたいと存ずるのであります。 本日は第一回の協力会議でございまするがどうぞ十分下情を上通し又上意の下達すべきものは之を下達し御協力を戴きまして意義ある会議を御願ひ致したいと存ずる次第であります。二百万県民も此の第一回の協力会議の成果に付て非常なる注目を致して居ることゝ思ふのでございまするが私は必ずや是が県民の期待に十分副ひ得ることゝ確信致して居ります。甚だ簡単でございまするが一言茲に御挨拶を申上げる次第であります。 (大政翼賛会神奈川支部「第一回協力会議議事録」 (昭和十六年)伊勢原市役所蔵) 四七 大政翼賛会神奈川県支部第一回協力会議における運動経過報告 経過報告並協力会議運営要項 ○田辺庶務部長兼組織部長 協力会議のことに付て先に申上げます。県協力会議は御奉公の為の全県民の家族会議でありまして職能職域各分野に於きます所の衆智全能を一堂に集めより良き翼賛の道を発見せんとするものであります。従ひまして其の運営に当りましては常に能く国家の大目的を理解し運動の方向を正確に把握致しまして与へられましたる役割を尽して万民翼賛の実を挙げるやうに其の運営に万全を期さねばなりませぬ。協力会議で最も重要なことは上意の下達下情の上通でありまして此の事が適切に行はれるか否かは直ちに全翼賛運動の活溌なる展開に影響を及ぼすものであります。即ち上意を伝へて国家の目的や施設が国民全体に最も迅速に理解せられ国内に隈なく滲透するやう具体的に之を解明し其の自覚を喚起して国民自ら進んで協力実践する所の指導性を作り出し又下情を上通しては国民の正しき希望が完全に諒解せられて政治の上に反映する所あらしめる。斯くして官民一体となつて臣道実践の極致を尽すことに依りまして無限絶大なる国力の発揮を見ることが出来るのであります。斯かる任務を完遂する為には協力会議は単なる上意下達の機械的伝達機関たるに止まらず互譲相戒しめ切瑳琢磨如何にしたらよりよく御奉公が出来るかを反省し次の建設への総力の源泉ともなり臣道実践の道場ともなるべきものであります。従ひまして是に於きましては対立観念よりする攻撃や防禦形式的な質疑応答議論の為の議論は見られない筈でありまして総てが国家の大目的を前提として時局に応じ機宜に従ひ国民の総意により盛り上る建設と懇切なる指導とが行はれるのであります。会議は総て議長に依つて指導され進行するものであります。会議の運営は議長の統裁に依つてなされるものであります。議長の指導と会議員其の他役員の協力が愛国の熱情に依つて融合する所に其の本来の使命の達成を見らるゝ訳であります。明朗活発に所信を腹蔵なく披瀝しそれ〴〵の立場持場の良き意見優れた智慧をしてより高き臣道実践の一路に統一集結して大政翼賛運動へ貢献致すべく努むることが肝要であります。協力会議は翼賛運動に於ける燃え上る国民意識の血脈として其の組織細胞の末端に至るまで愛国の赤誠が強く明るく清らかに脈々と躍動して居るものたらしめねば相成りませぬ。尚協力会議は支部長が之を招集致します。議案は議員より出すものと支部其の他より出す場合もあります。議長の衆議統裁でありますが協力会議は数に依つて決するものではございませぬ。全員が和衷協力して自己の有する最も優れたものを選定吐露致します時渾然一体生きた生命が生れてそれを議長の統裁と云ふ形で結論するものであります。個人々々の意見を多数集めたものではなく個人の意見を基礎としながら全体的一個の生きたものたらしめることに依りましてより高き方途を発見し国運隆昌に資する国民家族会議でありますから構成組織の考へ方も従来のものとは異る訳であります。会議員が推薦せられます場合はそれ〴〵の地域なり職域なり或は各種団体なりの指導的な立場にある人から銓衡されるのでありますが既に使命を受けて会議に列したる以上はそれ等の地域や団体の利益代表の立場ではございませぬ。そこにあるものは唯己れの属する地域職域に於ける体験と知識とを顕現せんとする魂と意思があるのみであります。是こそ期待の掛けられる所であります。農村会議員は肥料製造者の苦労を聴いて是の協力の途を発見せんとし配給業者は消費者の立場を見て如何にして其の人々の生活に役立つべきかを考へ企業者は技術者の研鑚を採入れて之を実際に効果あらしむべきことを案ずる即ち全県全国民の知識と力の泉となり茲から新に起上らんとする国民の意思の支柱となる態度こそ絶体の要請であります。今回の会議は中央協力会議を目前に控へて居りますので議案に対しまして十分なる会議時間を取ることの出来なかつたことを非常に遺憾に存じます。是が為め説明は一人当り五分程度と云ふやうな非常な無理な御願ひを致しましたることを事務局と致しまして御詫び申上げる次第であります。会議場も協力会議場の作り方と致しましては本意でない点もございますが他に適当なる場所もございませぬので県会議場を其の儘之に充てたやうな次第であります。此の点併せて御諒承を御願ひ致したいと存じます。 前後致しましたが経過に付て極く簡単に申上げます。当神奈川県支部は昨年の十二月十三日に結成を見たのであります。爾来半歳を経過致して居りますが県協力会議の組織を最後と致しまして県下各支部悉く組織を見るに至つたのであります。其の間三月十一日から同月末日までの間三浦郡外七郡支部に於きまして郡協力会議を開催致しました。又五月一日より同月末日までの間に於きまして横浜市外五市の常会横浜市の協力会議を開催することが出来たのであります。又此の間に於きまして既に各位の御承知の通り神奈川県文化翼賛連盟の結成を見まして現に県下八十六団体会員数三千八百余人を算するものが外廓団体として発足致し着々其の歩を進められて居ります。一方湘風会始め思想団体に於きましても翼賛体制の建設に協力を寄せられて居りますことを欣幸とするものであります。県支部と致しましては県下各郡市町村支部と共に県及び市町村と表裏一体の関係を持続致しまして支部役員推進員の強力なる発動を促し及び協力会議の運営に努むると共に前申上げましたる外廓団体近く結成を見んと致して居ります壮年団或は在郷軍人分会産業報国会其の他産業経済関係の諸団体と緊密なる連絡を取りまして此の運動の強力なる展開を推進せんとして居ります。 以上を以ちまして経過並に説明を終りますが最後に一言自分の所信を述べさせて戴きます。大政翼賛会が発足以来八箇月を算へます。此の間に於きましても最も遺憾に思ひましたのは改組問題であります。此の緊迫したる国際情勢下に於きましてどうしても此の体制を整へねばならぬと云ふことは一億国民の恐らく異存のない所であらうと思ふのであります。然るに御承知の如き経過を辿つたのであります。勿論翼賛会は極めて短い期間に組織実施せられたものでありますから其の機構に於きまして或は人選に於きまして遺憾の点があつたことゝ考へる者でありますが唯見逃すことの出来ないと思ひますことは議会に於ける論議之が基底をなします所の精神であると思ひます。又之に呼応する所の所謂現状維持的の勢力の存在も其の一つでなければなりませぬ。国家の危急を前にして尚ほ私心を去り得ない存在を非常に遺憾に存じます。 最近翼賛会が精動化したと云ふやうなことを屡々聞くのでありますが此の点を特に申上げて皆様の御協力を御願ひ致したいと存じます。近衛総裁始め翼賛会は当初の理念方針を断じて変へないと云ふことを屡々強調されて居ります。高度の政治性を維持して居りますこと勿論であります。一口に申上げまするならば政府と表裏一体の関係から倒閣運動は許されませぬがそれ以外の政治的行動は一切差支へないとされて居るのであります。どうぞ今日の協力会議を契機と致しまして皆様の御力に依つて二百万県民の情熱を動員し当初の方針通り少くも我が神奈川県下に於きましては一日も早く此の翼賛体制の完成を見ますやう皆様の絶大なる御協力を御願ひ致します。 (大政翼賛会神奈川県支部「第一回協力会議議事録」(昭和十六年)伊勢原市役所蔵) 四八 大政翼賛会神奈川県支部第一回協力会議の指示事項 県支部指示事項 一 戦時食糧増産並節米運動実施方策ニ関スル件 二 昭和十六年度国民貯蓄奨励ニ関スル件 ○議長(寺島健君)右の指示事項に付きまして上意下達の為め支部役員たる参与の県振興課長に御説明願ひます。 ○桝本参与 私から便宜二つの事項に付きまして御説明を申上げます。戦時食糧増産並節米運動実施方策は御手許に配付してあります印刷物に依りまして其の要点だけを御説明申上げたいと思ひます。現下我が国に於ける重大な問題は此の戦時下に於ける国民の食糧確保の問題でございます。然るに本年度の米穀の需給状況を考へて見ますと昨年度に比較致しまして決して楽観を許さない状態にあるのであります。随ひまして吾々は全力を尽しまして其の需給の円滑なる運営に協力をしなければならぬと考へて居る訳であります。特に増産の問題に付きましては其の要素である天候是は人力を以て如何ともすべからざる問題でございますが他の点に付きましては吾々有ゆる人力の限りを尽しまして是が円滑なる遂行に協力しなければならないと考へるのであります。随ひまして政府の指示に依つて県の主管各課と翼賛会の支部と色々協議を致しまして茲に御示し申上げましたやうな食糧増産並に節米運動実施方策を設定致した訳であります。 そこで第一に本県下に於ける食糧農作物の目標を決定致しまして二頁の表にございますやうに此の数量を確保することを期した訳であります。さうして之を各町村に割当を致し各町村毎に又其の確保を期することに相成つて居る訳であります。そこで其の方法と致しましては第一は技術方面の改善でございます。即ち耕種の改善で耕種の改善に関する基準並に施肥基準等を設定致しましてそれに依つて増産を図ることになつて居ります。第二は土地の問題でございます。之に付きましては空閑地並に荒蕪地の活用それから開墾並に耕地改良次の第四桑園の整理是等に依って食糧の増産を期して居る訳であります。空閑地並に荒蕪地の活用は本県下に於きましては相当の面積があるやうでありまして其の一部は既に実施を致して居るのでありますが尚ほ相当の余裕もありますので各部落会町内会或は各種工場学校等の諸団体の奮起に依りまして一坪の土地も残さずに食量の増産に振向けて行くと云ふことで色々奨励助成を致して居る訳であります。尚ほ開墾並に耕地改良桑園整理等に付きましては農林省の助成等の方針に基きまして此の表に示してあるやうな助成の下に出来るだけ甘藷或は馬鈴薯其の他食糧となる農産物の増産に振向けることに相成つて居るのであります。第五に労力の増強の問題であります。労力の不足は今更茲で申上げるまでもないのでございまして之に付きましては相当他府県からも労力を移入して居つたのでありますが現下の情勢に於きましては之を十分に期待することは出来ないのでございます。どうしても自給自足の計画を徹底しなければならないと考へるのであります。そこで其の合理化の第一と致しまして農繁期に於ける共同作業の徹底でございます。之に付きましては県下四百五十の農事実行組合を指定致すと共に労力調整指定町村として二十箇町村を指定致しましてそれ〴〵共同託児所或は共同炊事或は勤労奉仕等の諸施設を包含致しまする共同作業の徹底を期して居る次第であります。次は女子の農業動員並に学生生徒児童の農業動員又工鉱業労務者帰農動員でございます。是等に依つて幾分でも労力の増強を期したいと考へて居るのでありますが特に学生生徒児童の農業動員に付きましては文部省農林省の御協議の下に特に詳細なる御指示がありました。之に依りまして各関係方面で其の計画を致して居る訳であります。尚ほ本年度特に注目すべき問題は三十日だけは学業を廃して余分に其の労力を勤労の方面に振向けてもそれは授業をしたものと看做すと云ふやうになつて居りまして之に付きましては学校方面と農会其の他各市町村方面と連絡の下に既に御実施に相成つて居るやうな状態でございます。 工鉱業方面の労務者動員に付きましては平和産業を主として二週間以上自家農業に服せしめる外他の労力不足方面に応援を致すことゝ相成つて居りまして是も各工場と各農村方面との連絡の下にそれ〴〵計画が進められて居るのであります。尚ほ此の外労力の能率増進の為に共同託児所並に共同炊事の奨励を致して居る訳であります。其の次は肥料の増産の問題でございます。金肥の増産は電力其の他資源の関係から致しまして此の増産を期待することは非常に望みが薄いのでございまして是は極力自給肥料の増産に依らなければならないのでございます。そこで第一と致しましては木灰の蒐集に依りまして加里肥料を幾分でも補足さして行かう斯う云ふ風に致して居ります。其の次は都市方面の御協力に依りまして特に都市家庭婦人の職域奉公と致しまして厨芥雑芥と云ふやうに塵芥を区別して其の厨芥は家畜の飼料特に豚の飼料と致します。又雑芥の方は之を堆肥化することに依りまして之を全国的に計算致しますと豚百万頭堆肥七百万貫の増産は優に出来るであらうと云ふ風に言はれて居るのであります。是は特に農村の青年団其の他の団体と都市の家庭とを結び付けた計画に依らなければならないと考へるのでありまして実際に今県下にも実施をされて居るのでございます。それから下水泥土の肥料化並に草刈を奨励致しまして是も堆肥の増産に協力致すことゝ相成つて居ります。 以上は大体の要綱でございまして是が為には県の経済部農産課に本部のあります食糧農産物指導班或は農村に於ける篤農家を中心と致しまする食糧増産実行共励委員或は内原の訓練所に於て訓練を経て来ました農業報国推進隊の設置等に依りまして各方面の下に以上のやうな要綱の趣旨徹底並に指導率先垂範と云ふことに努めて居るのであります。是が大体増産方面の要領でございます。次に其の一面と致しまして節米の問題でございます。是は米を有難く思ふと云ふことが勿論第一でございますが其の実施の方法と致しましては代用食混食の励行或は間食の廃止完全咀嚼の励行雑炊粥食の励行共同炊事栄養食の普及さう云ふ方面に付きまして或は部落会町内会は常会に於て是が徹底を期する或は学校を通じ或は婦人団体の活動に依りまして少くとも全国に於て百万石以上の節米の徹底を期すると云ふ意気込でそれ〴〵御協力を願つて居る訳でございます。此の方策の大体の要綱は以上の通りでございますが詳細は此の印刷物に依りまして御了知を願ひまして十分の御指導と御協力を御願ひする次第でございます。 次に昭和十六年度の国民貯蓄奨励方策でございます。是も印刷物がありますので極く概要だけを申上げたいと思ひます。本年度に於きまして政府は国債消化の資金と致しまして七十五億円生産力拡充資金と致しまして六十億円を要するので随て一年間に増加を要する国民貯蓄の目標額としては百三十五億円と相成つて居る訳であります。それで本県の割当は八億円と決定を見たのであります。併しながら昨年即ち十五年度の実績はどうかと申しますと洵にお恥しい話でありますが其の八億の約半数位しか達して居ないのであります。そこで大蔵省の方ではもう少し目標額を減したら宜いではないかと云ふやうな話もあつた位でありますが本県の実力から申しましても又国民貯蓄奨励方策から申しましても是が減額と云ふことは洵に面目ない次第であります。之に付きましては色々の事情はございまするが本年は全力を尽して目標を達成するやうに考へて居るのであります。それで三月には国民貯蓄達成委員会を組織致しますと共に各職場に於て又各地域に於て御世話を願ひします国民貯蓄達成実行委員を数千名御委嘱致し各方面の御協力を願ひますと共に具体的方策を決定することに相成つたのであります。 国民貯蓄奨励方針の要点を申上げますと第一は国民貯蓄組合の拡充強化でございます。是は本年三月に国民貯蓄組合法と云ふ法律が出まして近く是が実施に相成ることになつて居ります。是は免税或は其の指導方面に付きまして特に御考慮が払はれて居る訳でありまして之を中心と致しまして貯蓄の増加を期さうと云ふことに相成つて居ります。今までの組合の成績に再検討を加へますと共にまだ組合の出来て居ない所には其の設立を要望致しまして県民一人残らず此の組合を通じて貯蓄をするやうに御願ひしたいと考へて居るのであります。第二は貯蓄標準の適正化でございます。今までの実績を見ますと或は五十銭均一或は一円均一と云ふやうに洵に申訳的の貯蓄でございましたが今回は各人の収入資産其の他の能力に応じまして精一パイの御奉公をして戴くと云ふ所まで進んで戴きたいと考へて居るのであります。第三は浮動購買力の吸収でございますが之に付きましては小額債券の発行或は郵便切手貯金の復活等に依りまして相当の効果を挙げられるのであります。其の他考へなければならないことは販売代金等の預金振替等でございます。此の方面に付きましては実施の方策を細目に於て詳細に書いてありますが特に天引貯金を考慮致して居るのであります。第四は勤労の強化と貯蓄の励行で是は御説明申上げるまでもないと思ひます。第五が金融機関の活動強化で今度は金融機関の積極的な活動を促すことに相成つて居ります。それ〴〵各金融機関毎に責任額を持つて戴きますと共に預金者に便宜を与へるやうな具体的方法を講じて戴くことになつて居ります。それと同時に本県に於て特に考へなければならない問題は本県に在ります会社工場の中で東京方面に本店がございますと東京の方に預金されると云ふこともあります。是は出来るだけ県の貯蓄奨励の方策に御協力を願ふと云ふ意味から本県の金融機関を御利用願ふことゝし之に付ても相当積極的な御活動を御願ひすると云ふことになつて居ります。第六が貯蓄に対する障碍の除去でございますが此の方面に付きましては苟くも斯かる言動をなす者は徹底的に取締を励行することに相成つて居ります。大体以上のやうな要点を心構へと致しまして今度奨励を致して行くことに相成つて居るのでありますが今申上げましたのはほんの抽象的のことでございます。別の印刷物にございますやうに各官公署学校工場会社商店或は各種団体部落会町内会さう云つた各方面毎に細目を決定致しまして是が強力なる遂行を御願ひして居るのでございます。今申上げました外に国民貯蓄の性質と致しまして長期の貯蓄でなければならぬと云ふことは勿論でございますし尚ほ是が徹底を期します為には源泉に於て貯蓄させると云ふことが特に必要でございますので此の方面に付きましては細目の中に特に天引貯蓄と云ふ特別の方法を講じて居る訳でございます。之に依りまして八億の目標達成を期して居るのでございますのでどうぞ此の点に付きましても御指導御協力の程を切に御願ひ申上げる次第でございます。 ○議長(寺島健君)只今御指示になりました二つの事項は現下の状況に於きまして最も緊要なことゝ存じます。お互に御指示の事項の徹底的完遂の為に御協力を御願ひ致したいと存じます。 (大政翼賛会神奈川県支部「第一回協力会議議事録」(昭和十六年)伊勢原市役所蔵) 〔注〕別冊省略。 四九 興亜奉行日新方策実施要綱 十六振第四六号 昭和十六年一月二十七日 大政翼賛会神奈川県支部理事総務部長 各市町村長殿 各警察署長殿 興亜奉公日新方策実施ニ関スル件 興亜奉公日新方策実施要綱左記ノ通決定相成候ニ付テハ本運動ノ実施ニ当リテハ大政翼賛会県支部ニ於テ追テ具体的強化徹底方策ノ決定有之ヘクト被存候モ重点主義タル「勤労ト増産」ノ趣旨ニ鑑ミ時局下重心トナルヘキ諸種運動ノ強力ナル実践展開ニ意ヲ用ヒ夫々ノ地方ノ実情ニ即シ時宜季節ニ応シ自粛自省従来ノ運動ニ断乎タル刷新ヲ加へ一ニ実践ニ依リ積極的努力ヲ傾注シ一段ノ強化徹底ヲ期シ以テ大政翼賛ノ誠ヲ効ス様致サレ度尚運動ノ実践ニ関シテハ特ニ部落会町内会其ノ他常会ノ申合ニ依リ有効適切ナル方策ヲ決定ノ上之カ実践強化ニ努メラレ度此段及依頼候 追テ貴管下ニ於ケル本運動ノ周知徹底実践強化ニ付テハ貴職ヨリ充分ニ御手配相煩度因ニ右実践事項トシテハ末尾記載参考例参照ノ上然ル可ク御配慮相成度申添候 記 興亜奉公日新方策実施要綱 一 趣旨 興亜奉公日ハ昭和十四年九月一日ヲ以テ実施シ爾来此ノ日ハ国民ノ自粛自省ノ日トシ相互ニ戦場ノ労苦ヲ偲ヒ大政翼賛ノ誠ヲ致シ以テ之ヲ日常生活ニ於ケル恒久実践ノ源泉タラシムヘク之カ普及徹底ニ努メタリシモ一部ニハ今尚銃後奉公ニ遺憾ナルモノナシトセサルヲ以テ今回大政翼賛会ノ決定ニ基キ本県ニ於テハ一層興亜奉公日ノ趣旨ヲ徹底シ真ニ一億一心之カ実践ヲ期シ所期ノ目的ヲ達成セントス 二 実践事項 興亜奉公日ニ於ケル国民ノ実践ハ重点主義トシテ「勤労ト増産」ノ日タラシムルト共ニ其ノ季節地方ノ実情並ニ時局下ノ運動ヲ考慮ニ加へ反省ト実践ノ精神ヲ籠メテ積極的努力ヲ傾注スルコト 三 実施方策 (イ) 一般ノ方策 興亜奉公日ノ真義徹底ニ努メ特ニ部落会町内会等ノ常会ニ於テ之カ実践強化ヲ図ルコト (ロ) 官公署ノ方策 官公署ハ率先垂範ノ実ヲ挙クルコト (ハ) 会社工場銀行商店等ノ方策 各々実行ノ申合ヲ為シ実情ニ即シテ奉公日ノ実践ヲ期スルコト (ニ) 学校各種団体ノ方策 夫々興亜奉公日ノ趣旨徹底ニ努メ之カ実践ヲ強化スルコト 実施事項参考例 一 空閑地ノ利用開発 二 共同訓練ノ実施 三 心身ノ鍛錬 四 貯蓄ノ強化励行 五 節米ノ強化励行 六 銃後援護ノ強化 七 其ノ他成ル可ク奉公日ニ於ケル休日ヲ廃シ「勤労ト増産」ノ趣旨ニ副フ (「大政翼賛」(昭和十五-十八年)伊勢原市役所蔵) 五〇 神奈川県農山漁村経済更生整備計画樹立要綱 十六農政第二一二八号 昭和十六年五月十九日 経済部長 仙石原村長殿 農山漁村経済更生計画ノ整備ニ関スル件 農山漁村経済更生計画ノ樹立実行ハ昭和七年以来九ケ年ヲ経過シ来リ候処輓近我国ニ於ケル産業経済其ノ他諸般ノ情勢殊ニ今事変ヲ契機トスル戦時経済体制ニ即応シ農山漁村ヲシテ克ク経済更生ノ実ヲ挙ゲ以テ其ノ課セラレタル使命ノ遂行ニ遺憾ナカラシムルコトト共ニ国力ノ源泉タル農山漁村ノ基礎ヲ確立培養シ以テ長期建設ノ国策遂行ヲ完カラシムル必要有之嚮ニ中央ノ農林計画委員会ニ於テ農林大臣ノ諮問ニ対シ慎重審議ノ結果答申セラレタルモノニ基キ別冊「農山漁村経済更生整備計画樹立要綱」ヲ決定致候ニ付テハ既ニ計画ノ樹立ヲ了シタル町村ニ対シテハ右方針ニ基キ速ニ之ガ増補改訂ヲ行フト共ニ今後樹立スベキ町村ニ対シテハ従来ノ「農山漁村経済更生計画樹立要綱」ニ依ルノ外方針ニ則ラシメ以テ長期建設下ノ新事態ニ対処スベキ農山漁村経済更生計画ノ整備ニ付配意相成度依命此段及通牒候也 〔別冊〕 「昭和十六年三月農山漁村経済更生整備計画樹立要綱神奈川県経済部」 農山漁村経済更生計画整備方針 一 整備ノ要旨 経済更生計画ノ樹立実行ハ啻ニ農山漁村又ハ農山漁家各個ノ経済ノ建直シヲ図リ其ノ収支ノ均衡ヲ期スルニ止マラズ進ンデ東亜建設ノ新経済体制ニ即応シ農業報国ノ精神ヲ昂揚シ農山漁村ヲシテ其ノ課セラレタル各般ノ任務ヲ完全ニ遂行スルト共ニ更ニ進ンデ国力ノ源泉タル農山漁村ノ基礎ヲ確立培養スルコトヲ主眼トスルコト 二 組織ノ整備 ㈠ 実行基礎団体タル実行組合ノ整備強化ヲ図リ之レト農会及産業組合トノ一体的活動ノ実現ヲ期スルコト ㈡ 農会ノ経費及事業ヲ検討シテ機能ノ拡充強化ヲ図ルコト ㈢ 産業組合ノ農家全戸加入出資ノ増加貯金ノ奨励販売購買利用ノ各事業ノ拡充強化ヲ図ルコト 特ニ産業組合不振ノ町村ニ在リテハ此際根本的ニ之レガ立直シヲ計画シ将来ノ安定ヲ図ルコト 農会技術員ト産業組合職員トヲ相互ニ嘱託トシテ兼務セシムル等ノ方法ヲ講ジ両者ノ緊密ヲ図ルコト ㈣ 経済更生委員会ノ委員及各部ノ分担ハ必要ニ応ジ之ヲ改組シ之レガ整備強化ヲ図ルコト特ニ実行組合長ハ必ズ経済更生委員ニ加フルコト 経済更生委員会ノ部及其分担事項ハ次ノ通リトスルコト 統制部 計画ノ樹立及各部ノ統制督励ニ関スル事項 教育部 精神作興ニ関スル事項 生産部 重要農林水産物ノ増産農業経営ノ改善肥料農具其他資材ノ配給労力ノ需給調整等ニ関スル事項 経済部 販売購買金融土地等ニ関スル事項 社会部 生活刷新社会事業銃後援護施設等ニ関スル事項 ㈤ 町村内ノ各種機関及団体ハ経済更生委員会ノ統制指導ノ下ニ其ノ機能ヲ発揮セシムルコト ㈥ 部落常会ノ励行ヲ期スルコト 三 土地利用計画 ㈠ 農地ノ工場地又ハ住宅地等ヘノ利用変更ニ付テハ将来ニ於ケル農村人口ノ保有並ニ農家生活ノ安定其ノ他ノ事情ヲ考慮シ慎重ニ処置スルノ方法ヲ講ズルコト ㈡ 中堅農家ノ増強ヲ図ル為極力自作農ノ創設維持ニ努ムルコト㈢ 農地委員会ト協力シテ小作関係ヲ再検討シ特ニ小作料ノ適正化ヲ実行スルコト ㈣ 耕地ノ交換分ヲ励行シ作業能率ノ増進ト生産ノ増加ヲ図ルコト ㈤ 開田開畑暗渠排水客土床締等ノ耕地拡張改良事業ノ促進ヲ期スルコト ㈥ 農道林道溜池用排水路等ノ新設又ハ改修ノ促進ヲ期スルコト㈦ 空閑地ノ利用徹底ヲ期スルコト 四 労力調整計画 ㈠ 労力ノ調整ニ就テハ部落ヲ単位トシ農繁期ニ於ケル労力需給ノ基礎調査ヲ行ヒ之レニ基キ不足労力ハ共同作業ノ普及徹底ヲ根幹トシテ作業ノ繰上ゲ繰延べ整地作業ノ省略改良農具利用調整ノ徹底畜力利用等ニ依リ可及的其ノ町村内ニ於テ労力ノ自給ヲナス計画ヲ立テ尚不足スル労力ハ他ヨリ集団移動労力ノ請入レ計画ヲ為シ又余剰労力ハ他へ集団移動労力トシテ供出ノ計画ヲ為スコト ㈡ 部落毎ニ勤労奉仕班ヲ設ケ応召軍人遺家族ノ勤労奉仕ヲ行ヒ町村農会ニ於テ之レガ連絡督励ヲ行フコト ㈢ 必要ニ応ジ学校生徒児童ノ勤労奉仕ヲ計画スルコト ㈣ 部落ノ必要ニ応ジ改良農具ノ共同設備既存改良農具ノ合理的利用農繁期托児所共同炊事等ヲ計画セシムルコト ㈤ 協定賃金ノ実施ヲ励行スルコト ㈥ 軍需産業等ニ要スル労務者ノ送出ニ付テハ各部落ノ労力調整計画ニ基キ農業生産ニ必要ナル労力ノ確保ニ留意シ両者ノ間ニ於ケル調整ヲ図ルコト 五 重要農林水産物増産計画 ㈠ 国ノ増産計画ニ基キ県ヨリ割当ラレタル米麦甘藷馬鈴薯等重要農産物ノ増産ニ関シテハ之レヲ各部落ニ割当テ之等ノ栽培反別ノ確保及耕種改善基準農地開発計画等ヲ決定シ極力増産ノ遂行ヲ図ルコト 増産目標ハ充分当業者ニ認識セシムルコト ㈡ 其ノ他特ニ奨励セラレツヽアル南瓜蕎麦大小豆苧麻牛豚鶏兎繭及其ノ町村ノ特産物ニ関シテハ他ノ作物又ハ作業トノ関係ヲ考慮シ増産目標ヲ定メテ計画的ニ之レガ実現ヲ図ルコト ㈢ 山村ニ於ケル木材木炭ソノ他林産物ノ計画的増産ノ遂行ヲ期スルコトヲ中核トナス生産計画ヲ樹立シ之レガ実行ヲ確保スルコト尚土地利用ノ集約化ヲ図リ力メテ時局ニ於テ需要セラルヽ林産物ノ増産ニ努ムルコト ㈣ 森林組合ヲ整備強化シ森林トシテ経営スベキ土地ニ付テハ施業案ヲ確立シ森林資源ノ保護培養ヲ期シ施業ニ必要ナル資金ノ借入村内森林所有者ノ維持創設ヲ図ルコト ㈤ 林道網ノ普及整備ニ努メ林産資源ノ経済的利用開発ヲ期スルコト ㈥ 漁村ニアリテハ沿岸漁業資源ノ維持培養沿岸漁場ノ整備調整漁業ノ協同経営漁業用資材ノ合理的使用漁業組合ノ整備強化ヲ図ルコト ㈦ 漁村ニ於ケル農耕地ノ設置ヲ計リ食糧自給ニ努ムルト共ニ漁村資源ノ維持培養ニヨリ漁家ノ安定向上ヲ図ルコト尚漁村ニ於ケル青少年及婦人ノ教育ニ努メ農民精神ノ陶冶ヲ図ルコト 六 肥料ノ消費調整 ㈠ 肥料配給計画ヲ樹立スル為メ市町村ニアリテハ作物別作付反別ヲ調査シ肥料ノ需要量ヲ明ニシ毎年一-七月及八-十二月両期ノ肥料割当ヲ受ケタル場合ハ上記資料ニ基キ公正ニ農事実行組合若クハ部落ニ割当量ヲ決定スルコト ㈡ 配給肥料ノミニテハ作物別需要量ニ充タザル場合多キヲ以テ之レガ不足ヲ補フ為メ緑肥栽培堆厩肥ノ改良増産灰ノ蒐集屎尿ノ利用等極力自給肥料ノ増産利用ニ努メ地力ノ維持増進ヲ図ルト共ニ配給肥料ニ対シテハ共同設備ヲ利用シ合理的配合ヲ行ハシメ施肥ノ合理化ヲ図ルコト 七 飼料其ノ他資材配給計画 飼料農具其ノ他必需物資ノ配給ニ関シテハ毎月町村内必要数量ヲ調査シ配給ノ円滑適正ヲ期スルト共ニ既設農用資材ノ合理的使用代用品ノ活用等ヲ促進シソノ最大ノ効果ヲ発揮スルニ努ムルコト八 部落団体ノ整備統制 部落ニ現存スル産業経済ノ各種団体ヲシテ部落会トノ連絡調整ヲ計リ且ツ生産集荷配給並消費等ニツキ最適単位組織タラシムル様整備強化シ之レヲ基礎トシテ町村計画ノ完全ナル消化運営ヲ図ルタメ部落計画ヲ樹立シ実行ノ確保ヲ期スルコト 九 農家経済安定計画 農村ニ於ケル土地其ノ他ノ資源ト包容戸数ノ適正ナル均衡ヲ期シ農家経済ヲ安定セシムル為自然的経済的諸条件ヲ等シクスル地域毎ニ特ニ農業組織ニ重キヲ置キ調査地区ヲ決定シ地区内各戸ニツキ農業労力ノ状況農業生産手段ノ状況農作業改善状況農業経営ノ成果土地資源開発ノ状況農家所得ノ状況等各般ノ基礎的事項ニ渉リ調査シ安定農家適正規模ノ標準ヲ定メ中堅農家ノ土地細分ヲ防止シ且ツ学校其ノ他ノ関係機関ノ協力ヲ得中堅農家ノ相続者タル子弟ノ教育ニ特別ノ指導ヲ加へ以テ中堅農家ノ維持安定ヲ図ルコト 一〇 満洲開拓民ノ送出計画 ㈠ 町村内ニ於ケル資源ト包容戸数トヲ考慮シ満洲開拓民ノ送出ヲ適当トスルカ又ハ其可能性アル農村ニ於テハ分村計画又ハ二三男ニ対スル青少年移民ノ送出計画ヲ立テルコト ㈡ 右ノ場合ニ於ケル移住民ノ土地及其ノ他ノ財産負債ノ管理及処分負債ノ償還方法ノ決定移住者残留家族ノ援護等ノ指導ヲ講ズルコト 一一 社会改善計画 ㈠ 高度国防国家建設ノ国策ニ協力シ節米消費ノ節約物資ノ愛用等生活用式ノ全面的刷新ヲ一層強化徹底スルコト就中冠婚葬祭ニ於ケル永年ニ亘ル虚栄的形式的陋習ヲ排シ贅沢全廃運動ノ徹底ヲ計リ我国独特ノ家族制度ノ美風ノ顕揚ニ努ムルコト ㈡ 農村体位向上ヲ計ルタメ農村主婦ノ衛生知識涵養住宅台所ノ改善出稼帰郷者ノ健康診断乳幼児ノ保健養護寄生虫ノ駆除並予防等ノ施設ヲ講ズルコト 一二 貯蓄ノ奨励負債ノ整理 ㈠ 国民貯蓄奨励ノ方針ニ対応シ各種ノ貯蓄ヲ一層励行スルコト特ニ農林水産物価ノ騰貴及賃金収入ニ依リ収入ノ増加シタル者ニ就テハ特別ノ貯蓄ヲ為サシムル様計画ヲ樹立スルコト ㈡ 公債ノ消化ヲ円滑ナラシムルタメ産業組合ノ貯金ハ可及的公債ニ振向ケルコト ㈢ 時局ノ為増加セル収入ハ出来得ル限リ負債整理ニ充当セシムルハ勿論一層負債整理組合ノ活動ヲ図ルコト 一三 銃後援護施設ノ徹底 応召農家ノ生活ノ安定ヲ期シ後顧ノ憂ナカラシムル為応召農家へノ勤労奉仕耕地ノ共同管理負債ノ整理自作農地創設召集解除者ノ生業援護傷痍軍人並ニ遺家族ノ保護其ノ他軍事扶助並優遇方法ノ徹底ヲ期スル等各般ノ軍事援護施設ノ活用ヲ図ルコト 一四 精神ノ作興 ㈠ 以上各般ノ計画ノ目的達成ハ一ツニ町村民ノ精神作興団体訓練ニ俟タザルベカラズ之レガ為メニハ従来奨励シ来ル精神綱領ノ外特ニ自我功利ノ念ヲ排除シ公益ヲ重ンジ国策ニ順応スル精神ノ昂揚ヲ図ルコト ㈡ 部落常会ノ励行共同収益地ノ設置等ニヨリ精神的結合ヲ一層鞏固ナラシムルコト ㈢ 農家中堅青年ノ養成特ニ相続人ノ職業指導上ニ留意シ中堅青年ヲ選ンデ講習会農民道場等ニ出席セシムル様助成計画ヲ立ツルコト ㈣ 特ニ農村婦人ノ教養訓練ニ力ヲ致シ各種婦人団体ノ連絡統制ヲ計ルコト 経済更生計画整備ノ実施方針 一 既ニ樹立サレタル実行中ノ経済更生計画ノ内容ヲ国ノ要求ニ基ク計画生産肥料資材等ノ配給計画及労力調整計画等ニ対応シ増補改訂スルコト 二 更ニ此際農家ノ経営規模ノ適正化ヲ図リ地方ノ維持土地水面及共同施設ノ整備並ニ部落内ノ産業経済団体ノ整備等ニヨリ一層農山漁村ノ基礎ヲ積極的ニ確立スルコト 三 本整備方針ハ既ニ指定セル町村ノ経済更生計画ノ増補改訂ニ関スル方針タルノミナラズ今後指定スル町村ニ付テハ従来ノ農山漁村経済更生計画樹立要綱ト共ニ経済更生計画樹立実行上ノ方針タラシムルコト 四 既ニ指定セル町村ヲ原則トシテ二ケ年間ニ亘リ計画ノ増補改訂ヲナサシムルノ方針ノ下ニ県ニ於テ指定スルコト 五 町村指定ノ順位ハ生産達成上必要ナル町村ヨリ順次之ヲナシ地方「ブロツク」的ニ一地方ノ町村ヲ全部指定シ順次他ノ地方ニ及ボスコト 六 整備計画ハ産業生活等ノ状況ニ付考究シ地域的総合的ニ実施スルヲ適当トスルヲ以テ整備町村選定ニ当リテハ自然的経済的諸条件ヲ同ジクスル近隣数ケ町村又ハ郡単位等ニテ整備地区ヲ決定シ「ブロツク」的ニ全地域内ノ町村ヲシテ整備方針ニ基ク計画樹立町村タラシムルコト 七 整備計画樹立ニ当リテハ其ノ地域並町村ノ特異性ヲ活スニ努ムルハ勿論ナルモ国及県ノ計画トノ総合性ニ付遺憾ナキヲ期スルコト 八 整備計画樹立ニ当リテハ地域内各町村ノ共通重要事項ニツキ地域整備計画ノ大綱ヲ決定シ各町村ニアリテハ大綱ニ即応シ自村計画ノ増補改訂ヲナシ其ノ他各項ニツイテハ整備方針ニ基キ独自ノ整備計画ヲ樹立スルコト 九 指定ヲ受ケタル町村ニ於テ樹立又ハ増補改訂セル経済更生計画ハ県経済更生委員会ノ審議ヲ経テ知事之レヲ決定スルコト (仙石原村役場「振興書類」(昭和十六年)箱根町役場蔵) 五一 輸送力強化協力に関する件要請 昭和十六年七月十七日 大政翼賛会神奈川県支部長(印) 市町村支部長殿 輸送力の強化協力に関する件 独ソ開戦を契機とする世界情勢の急変に際し内外の時局は真に重大化し国内諸体制の整備確立は一刻も忽せになし得ざる秋と相成候就中近時旅行者の激増に依り交通機関は混雑を極め為に重点輸送力に影響する所尠しとせず此際全国民を挙げて正しき時局観に立ち国家に輸送力を捧ぐべき認識を透徹せしむるは緊迫せる新段階に即応する重要なる処置と思惟仕候 就ては国家の輸送力を減退せしむべきが如き左記事項は部落会長隣組長を通じて積極的に抑制中止せしむる様至急御手配相成度候 追而部落会長隣組長宛協力要請書(回覧板用)同封致置候に付申添候 記 旅行等の制限協力に関する事項 ㈠ 登山海水浴避暑等の旅行にして輸送能力に影響するものは停止せしむること ㈡ 団体視察参拝旅行等は自発的に取止めしむる様自粛を求むること ㈢ 学生生徒の旅行一般人の帰省旅行等も見合さしむる様協力せしむること ㈣ 勤労奉仕等も近接地を撰定し遠距離交通機関の利用を避けしむること ㈤ 運動競技講習会等も汽車利用のものは主催者をして見合さしむる様協力せしむること ㈥ 其他不急なる個人的汽車旅行を差控へしむる様誘導すること㈦ 停車場に於ける送迎の廃止方自粛を求むること ㈧ 個人的所要並に贈答等に為さるゝ輸送品を積極的に見合さしむる様協力せしむること ㈨ 郵便小包暑中見舞不要なる通信も輸送力に影響あることを認識せしむること (「大政翼賛」(昭和十五-十八年)伊勢原市役所蔵) 五二 神奈川県郷土芸術振興資料調査に関する件依頼 昭和十六年八月一二日 大政翼賛会神奈川県支部 庶務部長兼組織部長(印) 各市町村支部長殿 神奈川県郷土芸術振興資料ニ関スル件 大政翼賛運動ハ政治経済文化ノ刷新ト興隆ヲ要請致居就中文化ノ興隆ハ地方文化ノ発揚ニ俟ツモノ多ク本県トシテモ特ニ此点ヲ考慮シ既ニ神奈川県文化翼賛連盟ノ結成ヲ見着々生活文化ノ建設ニ努力セラレツヽアルノ実情ニ御座候就テハ之ガ振興ノ為ニ県下伝承芸術ノ振起活用ハ欠ク可カラザル事ニテ古クヨリ伝ヘラルヽ其ノ土地ノ芸能ニハ我国本来ノ民族文化ノ象徴サへ見出サルヽモノニ御座候此意味ニ於テ本支部ハ文化翼賛連盟ト相謀リ今秋ヲ期シ「神奈川県郷土芸能祭」ヲ開催シ其ノ存在ト価値ヲ恰ク江湖ニ紹介シ今後ノ振興ニ資シ度ト存候就テハ御多用中恐縮乍ラ右ノ趣旨御賛同ノ上貴支部管内ニ於ケル郷土芸術ヲ御調査ノ上左記要領ニヨリ折返シ御一報煩度其ノ御報告ハ取纒メ整理ノ上「神奈川県郷土芸術資料」トシテ印刷保存致ス様相成筈ニ御座候 尚郷土芸術トハ俚謡能楽民謡人形芝居踊其ノ他之ニ準ズルモノヲ指称スル次第ニ付為念申添候 凡例 (「大政翼賛」(昭和十五-十八年)伊勢原市役所蔵) 五三 木灰供出強化運動に関する実施要綱 昭和十六年十一月六日 大政翼賛会神奈川県支部 庶務部長兼組織部長(印) 各郡市町村支部長殿 木灰供出強化運動ニ関スル協力方依頼ノ件 標記ノ件ニ関シ今般神奈川県農会ニ於テ別紙実施要項ニ依リ食糧増産ノ重要資料タル加里肥料補給ノ一助トシテ木灰ノ供出強化ノ運動ヲ実施スルコトヽ相成本支部ハ之ニ協力致ス事ニ決定候ニ付テハ貴支部ニ於テモ同運動実施要項ニ基キ農会其他ノ関係団体ト充分連絡ノ上本運動ノ目的達成ニ御協力相成度特ニ実施ニ当ツテハ構成員ヲ動員シ部落会町内会隣組ノ常会等ヲ通シテ格別ノ御配意相成度此段及御依頼候也 〔別紙〕 木灰供出強化運動実施要項 一 主催 神奈川県農会 二 協力 大政翼賛会神奈川県支部 農業報国連盟神奈川県支部 産業組合中央会神奈川県支会 神奈川県信販購組合連合会 神奈川県青少年団 愛国婦人会神奈川県支部 大日本国防婦人会神奈川地方本部 神奈川県肥料協会 神奈川県塵芥灰配給組合 三 後援 神奈川県 四 蒐集目標 百十五万貫(来春迄) 五 期日 昭和十六年十一月一日ヨリ開始 六 地域 県内及市町村 七 実施事項 ㈠ 県協議会 (県農会ニ於テ計画スルコト) ㈡ 郡市協議会 (郡市農会ニ於テ県協議会ニ準ジテ計画スルコト) ㈢ 町村常会 (市町村ノ指示ニ基キ協議計画スルコト) ㈣ 隣組常会 (町内会ノ指示ニ基キ協議計画シ特ニ婦人部ニ徹底ヲ計ルコト) (注意)以上各協議会等ニハ各上級機関ヨリ出席シ指導督励スルコト ㈤ 県督励 (県農会ニ於テ中央督励ニ準ジテ計画スルコト) ㈥ 郡市督励 (郡市農会ニ於テ中央督励及県督励ニ準ジテ計画スルコト) ㈦ 趣旨書作製配布 ㈧ ポスターノ作製配布 ㈨ ラヂオ放送 (一般放送 政府時間 ニユース放送) (一〇) 各関係団体ノ機関雑誌及新聞ト連絡 (一一) 関係官庁ヨリ各関係機関ニ通牒 〔一二) 各関係団体ヨリ各系統団体ニ通牒 (一三) 回覧板ノ利用 (一四) 一般新聞社ト連絡 (一五) 優良事績ノ調査発表 (一六) 農村ニ対シテモ灰ノ蒐集利用強化ニ関シ督励 (一七} 其他各地方ノ実情ニ即シ適当ナル事項 八 実行方法 各市町村各市町村農会主唱シ市町村警防団婦人会学校青少年団等ト連絡シ左記事項ヲ実施スルコト但シ左記ハ実行方法等ノ一例ナルヲ以テ実行ニ当リテハ各地方ノ実情ニ即応シ最適当ナル方法ニ依ルコト ㈠ 各町村常会及隣組ヲ通ジ各戸ニ趣旨及実行方法ヲ通達スルコト ㈡ 各国民学校中等学校ノ生徒及青少年団等ヲ通ジ各家庭ニ趣旨及実行方法ヲ通達スルコト ㈢ 各戸ヲシテ古バケツ火消壷甕等適当ナル容器ヲ備付ケシメ毎日生産セラレタル木灰ヲ(煉炭灰石炭灰豆炭灰ヲ除キ)其ノ中ニ集メ完全ニ消火セシムルコト ㈣ 右ニ依リ完全ニ消火シタル木灰ヲ石油箱等ノ中ニ貯蔵セシムルコト ㈤ 右ニ依リ貯蔵シタル木灰ヲ毎月興亜奉公日(雨天順延)ノ午前中ニ隣組ヲ通ジ各市町村内ノ一定ノ場所ニ持出サシムルコト ㈥ 市町村農会ハ県農会及郡市農会ト連絡シ近隣村農会ノ協力ヲ受ケ予メ作成シタル蒐集計画ニ基キ毎月興亜奉公日ノ午後右ニ依リ持出サレタル木灰ヲ蒐集シ木灰仮置場ニ集荷スルコト 此ノ際婦人会学生生徒及青少年団員ヲシテ勤労奉仕セシムルコト ㈦ 集荷セラレタル木灰ハ県農会ト連絡シ適当ナル方法ヲ以テ公平ニ配給セシムルコト ㈧ 官衙学校及会社ニ於テ生産セラレタル木灰モ前記ニ準ジ供出スルコト (「大政翼賛」(昭和十五-十八年)伊勢原市役所蔵) 五四 戦時下仙石原村年末年始対策要綱 仙収第二六四八号 大政翼賛会仙石原村支部長石村喜作 昭和十六年十二月十一日 村常会員各位殿 年末年始対策要綱通知ノ件 年末年始対策要綱ハ別紙ノ通ニ候条現下ノ重大ナル時局ノ推移ニ鑑ミ部落並ニ団員一般へ之ガ徹底方特ニ御配慮相成度此段及通知候也 〔別紙〕 年末年始の対策要綱 聖戦こゝに六年有史以来の一大難局に直面しつゝ昭和十七年の新年を迎へるのである。 一億国民は真に時局の重大さを認識し更に決意を新にして一意難局の突破に当らねばならぬ。 従つて年末年始に際しては各自の生活に一層の緊張を加へ従来やゝもすれば起りがちなる遊楽的風潮を一掃すると共に簡素にして明朗且つ剛健なる必勝態勢下の新年に臨ますとするものである。 実施内容 一 虚礼や無駄の徹底的排除 忘年会新年会等の会合歳暮年始等の贈答及年賀状年頭の廻礼等は一切差控へ特に服装等は努めて簡素にすること 二 年末年始用品は最少限度に 年末年始用品は極力物資の節約に努め特に門松〆飾等をしつらへる場合は極めて簡素を旨としまた食糧品等は配給による消費規正を厳重に守り苟も買溜浪費等の絶対になき様心掛けること 三 物を買ふより先つ貯蓄 「百七十億貯蓄」の新目標は是が非でも達成せねばならぬ従つて賞与其の他の収入は極力貯蓄にふり向け経費を極度に切詰めて更らに年末年始用品のみに限らず新調新規購入等は絶対に見合せ貯蓄奉公に邁進すること 四 行楽旅行は絶対に廃止 年末年始の休暇に於ての行楽旅行は勿論不急不要の旅行は絶対に廃止し更に小包其の他の託送荷物等も極力差控へ鉄道輸送力の緩和に協力すること 五 隣保協同力強く和やかに 必勝態勢下の新年にふさはしく力強く和やかに隣組や部落会を中心に明朗且つ健全なる団体的娯楽行事を行ひ団欒を通じて近隣との結束を強め一朝有事の際に備へること (仙石原村役場「振興書類」(昭和十六年)箱根町役場蔵) 五五 足柄上郡仙石原村常会要綱(一-四) ㈠ 仙石原村常会要項 昭和十六年二月六日自午後七時 至午後九時 一 一同敬礼 一 宮城遥拝 一 黙祷 一 村是朗誦 一 伝達事項 ⑴ 大政翼賛実践要綱決定ノ件 別冊神奈川県総動員第十号表紙裏ノ通リ六項目ノ実践要綱ガ決定サレマシタ ⑵ 本年度農業ノ重要問題 高度国防国家ノ完成□軍民ノ食糧確保ガ重要デアリマシテ農林省デハ五ケ年計画デ四十七万町歩ノ水田可能地ト百十五万町歩ノ畑可能地ヲ取敢ズ水田二十万町歩畑三十万町歩ヲ開墾スルコトニ決定シマシタ ⑶ 国民学校実施ノ件 本年四月ノ新学期カラ国民学校制ガ実施サレマシテ全国一斉ニ看板ガ国民学校ト換ヘラレマシテ制度ヤ教育ノ内容ガ根本的ニ刷新改善サレマス 其内容ハ初等科六ケ年高等科二ケ年ニ分レテ何レモ義務教育デスカラ必ズ終了シナケレバナリマセン ⑷ 下部組織指導者訓練講習会訓練生推薦ノ件 今回大政翼賛会本部及大日本報徳社ニ於テ講習会ヲ開催セラルヽヲ以テ左記要項ニ依リ各部落ヨリ二月八日迄ニ適任者選定セラレ度其ノ中ヨリ村長ニ於テ推薦ス (イ) 部落会ノ実践運営ニ熱意アル人物ニシテ少壮身体強健ナルモノ (ロ) 旅費実費□村負担 (ハ) 講習期間 一週間(大政翼賛会本部主催水戸市) (ニ) 講習期間 十五日間(大日本報徳社主催掛川町) ⑸ ラジオ聴取ノ件 ラジオ無届聴取者ナキ様部落民ニ注意スルコト 一 報告事項 ⑴ 国際情勢ニ就テ 松岡外相並陸海相議会答辞ノ要点 一 協議懇談事項 ⑴ 部落会相互視察ニ関スル件 各部落ニ於テ相互ニ視察シ其長所ヲ採リ短所ヲ補フハ各部落会ノ発展上堅要ナルヲ以テ其実現ヲ望ム ⑵ 優良部落会選定ノ件 各部落会長ニ於テ優良部落ヲ別紙用紙ヲ以テ選挙セラレタシ ⑶ 国民健康保険組合設立ノ件 別紙通知書ノ通リ国民健康保険組合ヲ設立セルニ依リ同意書ニ所要ノ記入捺印ノ上来ル二月二十日迄ニ必ズ提出セラレタシ ⑷ 国債所有者報告ノ件 別紙ニ記入国庫債券報国債券貯蓄債券所有高報告セラレタシ ⑸ 二宮翁夜話精神ノ研究ニ就テ 毎月村常会ニ於テ二宮翁夜話ノ研究ヲナシ部落民ニ対シ其□□ノ普及ヲ図リ日常生活ニ実践セシムルコト ⑹ 其他必要事項 一 閉会ノ辞 〔注一〕 この六項目は次の通りである。 一 臣道の実に挺身す 即ち無上絶上絶対普遍的真理の顕現たる国体を信仰し歴代詔勅を奉体し職分奉公の誠をいたしひたすら惟神の大道を顕揚す 二 大東亜共栄圏の建設に協力す 即ち大東亜の共栄体制を完備しその興隆を図るとともに進んで世界新秩序の確立に努む 三 翼賛政治体制の建設に協力す 即ち経済文化生治を翼賛精神に帰一し強力なる総合的翼賛政治体制の確立に努む 四 翼賛経済体制の建設に協力す 即ち創意と能力と科学を最高度に発揮し翼賛精神に基く総合的計画経済を確立し以て生産の飛躍的増強を図り大東亜における自給自足経済の完成に努む 五 文化新体制の建設に協力す 即ち国体精神に基き雄渾高雅明朗にして科学性ある新日本文化を育成し内は民族精神を振起し外は大東亜文化の昂揚に努む 六 生活新体制の建設に協力す 即ち翼賛理念に基き新時代を推進する理想と気魄を養ひ忠孝一本国民悉く一家族の成員として国家理想に結集すべき科学性ある生活体制の樹立に努む 〔注二〕以下別紙省略。 ㈡ 仙石原村常会要綱 昭和十六年三月六日午後七時 一 儀礼 一同着席 宮城遥拝 黙祷 村是朗読 一 伝達事項 ㈠ 人口政策ノ確立 人口ノ減ツテ行ク国ハ必ズ滅亡シ人口ノ増シテ行ク国ハ漸次発展スルト言フ世界ノ情勢デアルカラ我国ノ毎年生レル二百十万余ノ産児ヲ(一ケ年ニ一割死亡)完全ニ保育シ又年々十四五万人死亡(日露戦死ノ二倍)スル結核患者(死亡者ノ約十倍百四五十万人)ノ撲滅ニ努メル為メ平素ヨリ心身ノ鍛錬ヲ怠ラズ昭和三十五年迄ニ内地人口一億ヲ確保シヨウト言フノガ人口国策ノ目標デアル ㈡ 国防保安法ニ就テ 国家ノ機密ガ外国ニ筒抜ケデアレバ戦争ハ必ラス負ケデスソコデ今議会デ国防保安法ト言フノガ出来テ御前会議枢密院会議閣議又ハ五相会議トカ議会ノ秘密会等ニ附議サレタ内容ヲ外国又ハ他へ洩ラスト死刑カ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ処セラレル ㈢ 臨時農地等管理令ニ就テ 政府デハ臨時農地管理令ヲ本年二月一日公布セラレ今日ヨリ実施スルコトニナツテ居マス農地ノ潰レテ行クノヲ防グ為メ今後五十坪以上ノ農耕地耕作以外ノ目的ニ使用スル為メ他ニ売買譲渡スル場合ニハ原則トシテ地方長官ノ許可ヲ受ケルコトニナリマス又空閑地ノ利用ニ就テ法的根拠ヲ与ヘテアリマス即チ地方長官ハ空地ノ所有者ニ市町村ノ農地委員会ヲシテ耕作ヲ勧告サセ自分デ耕スコトガ出来ナケレバ外ノ者ニ耕作サセル様命令スルコトガ出来マス其ノ外賛沢ナ果物トカ値段ガ高クテ実用ニナラヌ物ヲ作ルコトヲ制限サレ時ニハ禁止サレルコトニナリマス ㈣ 臨時農地価格統制令ニ就テ 之ノ法モ二月一日カラ実施サレルコトニナリマシテ今後全国ノ農地ハ地租法ニヨツテ土地台帳ニ登録サレテイル賃貸価ニ一定ノ率ヲ掛ケタ価格ヲ超ヘテ取引スルコトガ出来ナイノデス其ノ率ハ去ル一月三十日農林省ヨリ全国府県郡市別ニ告示サレマシタ ㈤ 青年学校振興運動ノ件 本年四月一日ヨリ就学ノ義務ヲ有スル青年学校生徒ハ別表ノ通リデ有リマスカラ各部落会ニ於テ克ク義務制ノ主意ヲ徹底セシメ一人ノ不就学者モナイ様切望シマス ㈥ 大日本青少年団ノ新発足ニ就テ 去ル一月十六日文部大臣ガ団長トナツテ府県ノ団長ハ地方長官トシテ町村青少年団ヲ置キ其ノ区別ハ左ノ通リトス 青年団長青年学校長{青年団{普通団員 青年学校生徒及十四才乃至二十才ノ男子青年 幹部団員 幹部又ハ指導者トシテ加入スル二十一才乃至二十五才ノ男子青年 女子青年団 青年学校生徒及十四才乃至二十五才ノ未婚ノ女子青年 少年団長 小学校長 尋常小学校第三学年以上ノ小学児童団長ノ外ニ顧問審議員参与専門委員ヲ置キマス ㈦ 町村会議員等任期延長ニ関スル法律施行ノ件 昭和十六年法律第四号及第五号公布ニ相成現下内外ノ緊迫セル情況ニ鑑ミ国民間ニ不要ノ摩擦競争ヲ起スヲ避クル主旨ノ下ニ一ケ年間選挙ヲ執行セザルコトニシタル者ニツキ了承セラレタシ 二 協議懇談事項 ㈠ 馬鈴薯増産ニ就テ (種子用二千五百貫) 各部落ニ就テ開墾若シクハ空閑地ヲ利用シ馬鈴薯ヲ増産スルコト ㈡ 家計簿記帳者ニ新帳簿交付ノ件 家計簿ヲ記帳シタ者ニハ新帳簿ヲ村ヨリ交付イタシマス ㈢ 新入学児童ノ学用品購入ニ就テ 四月一日カラ新入学ノ生徒ガ有リマスガ学用品ノ購入ニツキマシテ新入学トカ或ハ進級セラレタ生徒ノ学用品ハ無理シテモ新調シテヤリタイノガ親心デアリマシヤウガ時局柄可成新調ヲ見合セテ兄姉ノ古カ或ハ親戚近所ノ下リ者ヲ以テ学童ノ誇リトスル様ニ家庭モ学校モ高唱シテ頂キタイノデス ㈣ 部落常会ノ運営ニ就テ 開会定刻ニ至ラバ必ズ儀礼伝達報告事項ヲ進行シ而シテ協議懇談事項ニ入ル前ニ貯金其ノ他ノ納金等取扱フ方法トシタ意見如何ニヤ ㈤ 優良町村ノ視察ニ就テ 部落会長優良町村ノ視察ヲ本月中ニ実施セントス部落会長故障アルトキハ会長ノ推薦ニ依リ其部落ノ熱心ナル者ヲ代理者トシテ認ムルコト 三 申合セ事項 四 二宮翁夜話ノ研究 常会ハ物心両方面ノ開拓ガ最モ必要デ其ノ精神方面ノ部門ヲコノ夜話ノ研究ニ依ツテ更生シテ行キタイト言フノデスカラ大変重要ナ事デス 五 常会歌合唱 六 閉会ノ儀礼 〔注〕別表省略。 ㈢ 仙石原村常会要綱 昭和十六年四月七日自午後七時三十分 至午後九時三十分 一 儀礼 一同着席 開会辞 宮城遥拝 黙祷 村是朗誦 一 伝達事項 ⑴ 戦時食糧増産並ニ節米運動実施ニ就テ 食糧ノ増産節米ニ関シテ数々伝達協議シテ居リマスガ尚一層部落民ニ徹底セシメ戦時食糧ノ確保ニ努メタイト思ヒマス (神奈川県総動員第十二号十六項) ⑵ 講会取締ニ就テ 昭和十六年二月二十日神奈川県令第十一号講会取締規則ヲ定メラレテ三月一日カラ施行サレマスカラ従来ヨリ講会ヲ設立シテ居ル者又ハ之レヨリ講会ヲ設立セントスルモノハ本令施行ノ日ヨリ六十日以内ニ届出デルコトニナツテ居ル(先般回覧板デ通知セリ)カラ必ラズ届出ヲ忘レヌコト 但シ届出用紙ハ便宜役場デ印刷シテアルカラ申出者ヘハ交付スル 一 協議懇談事項 ⑴ 肥料配給ニ関スル件 昭和十六年一月ヨリ七月迄ノ肥料ヲ別紙ノ通リ配給シタイト思ヒマス ⑵ 水稲種子消毒ニ関スル件 水稲増産ニハ病害ノ予防ガ最モ必要デスカラ種籾ノ消毒ヲ励行シテモライタイ尚方法ヤ薬ハ近ク各実行組合別ニ指導致シマス⑶ 木灰ノ蒐集ニ就テ 各家庭ノ主婦ハ毎朝木灰ヲ採ツテ火災ノ危険ナキ様又雨ニカカラヌヤウ保存シテ金肥ノ補足トシテモラヒタイ ⑷ 貸家貸間調査ノ件 本村ハ奥箱根ノ健康保養地トシテ避暑来遊者逐年賑フ盛況ヲ見季節ヲ前ニ避暑滞在ノタメ貸家貸間ヲ求メ役場ニ間合スモノ漸ク多シ之ニ伴ヒ村民中ニハ貸家ヲ備へ貸間ヲ営ムモノ亦多クヲ見ルハ観光地トシテ喜ブベキ現象ナリトス此際相互便宜ノタメ貸家貸間ヲナサントスルモノニ就キ予メ調査シ今夏避暑客ニ備へ出来得ル限リ仲介斡旋ノ労ヲ試ミントス 依テ部落内ニ就キ別紙用紙ニ依リ之ガ調査ヲ煩シ本月末日迄ニ当役場ニ御提出相成タシ ⑸ 部落常会長視察報告 杉山部落 中郡高部屋村 別紙視察報告書 ⑹ 金時祭ニ就テ 子供角力ヲ箱根山四校児童ニテ競技会ヲ施行シタキ希望ナルモ如何 ⑺ 申合セ事項 一 二宮翁夜話ノ研究 一 講演 一 常会歌合唱 一 閉会ノ辞 儀礼 〔注〕 別紙省略。 ㈣ 村常会要綱 昭和十六年十二月一日自午後七時 至午後九時 一 開会ノ辞 一 国民儀礼(宮城遥拝 祈念 村是朗誦 常会ノ誓) 一 伝達事項 ⑴ 一億前進の誓ひ樹立に就て 十二月一日の興亜奉公日は差し迫つた時局の重大性に鑑み全国民の決意を一層強化する為め「一億前進の誓ひを」道標に掲げて今次事変発生以来国を挙げて努力せられた生活戦の跡を反省すると共に更に前途の多難に対し従来に倍して一家と隣保が互に手を携へて万遺憾なき前進を力強く踏み出すことを要望する次第です 別紙大政翼賛臨時増刊号を熟読してください 一 実践事項 一 一億前進の誓ひの実行 ⑴ 貯蓄の強化 貯蓄の強化運動に関しては本年第七十七臨時議会に於て全国貯蓄目標を百七十億に増加した為め本年度に於て十二月より明年三月迄に八十億の貯蓄をどうでもせねばならぬので本村に於ても別表の通り各組合へ割当を増加した次第ですから目標額を極力達成する様にしてください ⑵ 金属類回収に就て (イ) 民間金属類特別回収(指定施設)は町村長より配付せられたる譲渡申込用紙に供出物件其の他所要事項を記入し期限迄に回収機関に譲渡の申込書二通を提出する事(仙石原村役場へ十二月五日迄に提出し取纒め送付す) (ロ) 一般家庭の金属類特別回収は十二月十日迄に各部落会長に於て工作物供出申込書を取纒め置く事 一 大政翼賛会推進員金属類特別回収勧奨委員委嘱書伝達 一 協議懇談申合事項 ⑴ 翼賛壮年団員内申ノ件 仙石原村翼賛壮年団ヲ結成スルニ当リ其年令ハ満二十一才ヨリ四十五才迄ノ男子ニシテ大政翼賛ノ実践者トシテ適当ナル者ヲ選ビ別紙用紙ニ所要ノ記入ヲナシ部落会長及在郷軍人会長ヨリ内申スルコト 人員ハ其ノ部落ニ現在スル人員ノ約半数以内トシ特ニ実践者トシテ適当ナル人物多数アルトキハ半数以上トナルモ差支ヘナシ⑵ 正月用糯米ノ配給ニ関スル件 本年度米穀国家管理制度ノ強化ニ伴ヒ消費者ニ対スル配給ハ全部政府所有米ノ払下ヲ得テ賄フ建前ト相成正月用糯米ノ一人当リ配給量ハ一キログラム(七合五勺)ノ範囲内ニ於テ行ハルベク内示有之候ニ付部落内世帯員名簿ヲ整理ノ上来ル十五日迄ニ別紙報告用紙ニ各戸ノ世帯員数報告相成度 但シ自家用保有米ヲ取持スル者ニシテ糯米ヲ所持スル者ハ除外スルコト ⑶ 一般家庭用酒類配給ニ関スル件 去ル十一月ヨリ実施セラレタル一般家庭用酒類配給ニ関シテハ切符制ノ実施ニ依リ円滑ニ行ハレツヽアルト察セラルヽモ右切符ハ記名者限リ有効ナルハ勿論他人ニ貸与又ハ業務者方面ニ融通スルガ如キ事アル場合ハ直チニ配給ヲ停止スベクニ付部落員ニ対シ指示相成度 ⑷ 正月用糯米供出ニ関スル件 本村ニ於ケル今年糯米作付反別三町一反四畝十六歩ニシテ之ガ実収高(十一月一日現在調)ハ三十五石ナリ依而上記ノ内ヨリ二石八斗ノ供出割当有タルニ依リ追而本村農会ヨリ発スル供出命令ニ依リ糯米作者ニ対シ供出セラル様示達相成度 但シ実収高一斗ニ対シ約八合ノ割 ⑸ 国民学校肥料汲取ニ関スル件 国民学校ノ肥料汲取希望者ハ十二月十日迄ニ仙石原村役場へ申出デ汲取方法ノ決定ヲ受ケラレタシ ⑹ 夜警施行ニ関スル件 昨年ハ警防団員ガ名簿順ニヨリ勤務セシモ種々ノ関係ニヨリ勤務ニ堪ヘザル事情ニアリ依テ之ガ処置如何ナルモノナルヤ 一 研究体験発表 山崎教化部長兼青年部長 鈴木経済部長 一 閉会ノ辞 敬礼 (仙石原村役場「村常会関係書類」(昭和十六-十八年)箱根町役場蔵) 〔注〕別紙、別表省略。 五六 大政翼賛会推進の報道網確立に関する件通牒 昭和十七年一月七日 大政翼賛会神奈川県支部長 大政翼賛会 市町村支部長殿 推進員ニヨル組織的報道網確立ニ関スル件 今回本部ヨリ左記要綱ニヨリ推進員ニヨル組織的報道網ヲ確立シ以テ各地方ニ展開セラレツヽアル翼賛運動ノ模範的事例ヲ交換シ運動ノ具体的方途ノ参考ニ資スルト共ニ併セテ推進員ノ積極的活動ヲ促進セシメ度トノ通牒有之候ニ就テハ右趣旨御諒承ノ上貴支部推進員中ヨリ適当ナル者一名報道責任推進員トシテ折返シ県支部宛推薦相成度尚左記ニ依リ活動セシメラレ度此段及通牒候也 記 一 貴支部推進員中一名ヲ報道責任者トシテ推薦セシメ氏名年齢職業学歴住所ヲ県支部宛報告スルコト 二 報道責任者ハ毎月ノ推進員ノ活動状況其他支部町内会部落会其他ノ団体並個人ノ模範的活動事例ヲ翌月五日迄ニ直接本部地方部及県支部宛報告スルコト 三 本部ニ於テハ右報告中適当ナルモノヲ本部会報ニ掲載シ又ハ随時事例集トシテ印刷配布ス 四 報告用紙封筒郵券ハ県支部ニテ負担 責任者決定報告次第送付ス (「大政翼賛」(昭和十五-十八年)伊勢原市役所蔵) 五七 翼賛壮年団員の立候補等取扱方針決定に関する件通牒 昭和十七年三月二十六日 神奈川県翼賛壮年団 名誉団長 近藤壌太郎 翼賛壮年団市町村名誉団長殿 役職員及団員ノ立候補等ニ対スル取扱方針決定ニ関スル件 今次行ハルヽ衆議院議員総選挙ニ際シテハ曩ニ「翼賛選挙貫徹運動壮年団実施要領」ヲ定メ詳細指示シタル所ナルガ飽クマデ右要領ニ従ヒ翼賛議会確立ノ実ヲ挙グル為又大日本翼賛壮年団トシテノ統制上ヨリ今回団ノ役職員及団員ノ立候補並選挙運動ニ関シ統制ヲ加フルコトヽシ本部ニ於テ左記ノ如キ方針ヲ定メタルニ付上述ノ趣旨ヲ十分御諒承ノ上同方針ヲ関係方面ニモ周知徹底セシメ之カ運用ニ関シ万遺憾ナキヲ期セラレ度及通牒候 記 大日本翼賛壮年団役職員及団員ニ対スル立候補等ノ取扱方針㈠ 立候補 一 各級団役員(名誉団長 顧問 参与ヲ除ク) 各級団本部職員 団員 (イ) 立候補ニ付予メ大日本翼賛壮年団長ノ承認ヲ受ケシムルコト (申請書ハ別紙様式ニ依リ当該道府県団長ヲ経由シテ提出スルコト当該道府県団長ハ別紙様式ニ依ル調書ヲ附シテ之ヲ進達スルコト) (ロ) 今次総選挙ノ目的ニ照シ厳選主義ヲ採ルコト (ハ) 承認ヲ受ケザルモ尚立候補セントスル者ハ辞職又ハ退団ノ上之ヲ為スコト (ニ) 推薦母体ニヨリ推薦セラレタルニヨリ立候補スルニ至リタル者ハ(イ)ノ承認ヲ要セズ顧問参与ニ準ジ当該道府県団長ヨリ報告スルコト 二 顧問 参与 立候補シタルトキハ当該道府県団長ヨリ前項ニ準ジタル調書ヲ附シ大日本翼賛壮年団長ニ報告スルコト ㈡ 選挙運動 一 各級団役員(名誉団長顧問参与ヲ除ク)及各級団本部長 (イ) 団統率及団務主宰ノ立場上他ノ候補者ノ為選挙事務長又ハ選挙委員トナルハ之ヲ遠慮スルコト但シ常務ヲ司ラザル理事(総務)ニ付テハ所属団長ノ承認ヲ得タルトキハ此ノ限ニ在ラザルコト 但団関係者ガ立候補シタル場合ニ限リ当該道府県団長ニ於テ特ニ支障ナシト認メ承認ヲ為シタルトキハ其ノ者ノ為ニ選挙事務長又ハ選挙委員トナルコトヲ得 二 各級団本部職員 (イ) 職務遂行ノ立場上他ノ候補者ノ為選挙事務長又ハ選挙委員トナルハ之ヲ遠慮スルコト若シ已ムヲ得ザル場合ハ辞職シテ之ニ当ルコト 但団関係者ガ立候補シタル場合ニ限リ当該道府県団長ニ於テ特ニ支障ナシト認メ承認ヲ為シタルトキハ其ノ者ノ為ニ選挙事務長又ハ選挙委員トナルコトヲ得 (ロ) 第三者トシテ演説又ハ推薦状ニ依ル選挙運動ヲナスハ可ナルモ努メテ翼賛議会確立ノ線ニ沿ハシムル様当該団長ニ於テ指導統制スルコト 三 団員 他ノ候補者ノ為選挙事務長若ハ選挙委員トナリ又ハ演説若ハ推薦状ニ依ル選挙運動ヲナスハ自由ナルモ努メテ翼賛議会確立ノ線ニ沿ハシムル様当該団長ニ於テ指導統制スルコト (「大政翼賛」(昭和十五-十八年)伊勢原市役所蔵) 〔注〕別紙省略。 五八 昭和十七年四月八日大詔奉戴日実施方策 昭和十七年四月四日 大政翼賛会神奈川県支部長 大政翼賛会 各郡市町村支部長殿 四月八日ノ大詔奉戴日実施方策ニ関スル件 四月八日ノ大詔奉戴日ハ曩ニ決定シタル実施要項中実施項目第一項乃至第四項(詔書捧読 必勝祈願 国旗掲揚 職域奉公)ノ実行ヲ期スルト共ニ更ニ別紙方策ニ基キ実施スルコトニ決定相成候条之ガ徹底方ニ付特ニ御配慮相成度此段及通牒候也 追而本運動ノ徹底方ニ付テハ夫々ノ機関ヲ経テ御配意相成コトヽ存候得共特ニ隣保班又ハ部落会町内会ヲ通ジテ本運動ノ実践ニ万全ヲ期セラレ度 尚実践事項解説ノ印刷物ハ貴支部宛本部ヨリ直送シアルニ付御配意相成度 当日ノラジオ放送ニ付テハ決定次第御通知可申上モ時日ノ関係上連絡不能ノ際ハ新聞報道ニヨラレ度 〔別紙〕 四月の大詔奉戴日実施方策 四月の大詔奉戴日は既に強調し来れる「承詔必謹」の精神に徹底し以て大東亜戦争完遂の基盤たるべき食生活を愈々強化し必勝の信念を固め大御心に副ひ奉らんため左記実施方策によりその趣旨を普く知らしめこれが具体化を図ることゝする。 実施方策 一 大詔に関する講話 四月八日午前六時三十分より十五分「国民の誓」の時間に於て大詔に関する講話を放送し全国民をして「承詔必謹」の精神の徹底を期すること。 一 実践事項 (イ) 翼賛選挙の貫徹 現下決戦下にも拘らず来る四月卅日を以て衆議院議員総選挙が敢て行はるゝ所以はその意義極めて深きものがある。国民はこの選挙の重要性に鑑み愛国の熱情を傾け清新強力なる翼賛議会の確立のため翼賛選挙を貫徹し以て大東亜戦争完遂に挙国邁進すべきである。 (ロ) 必勝食生活の実行 必勝の食生活の実行は決戦下極めて緊要である。この要請に応ふるには一面配給の円滑化のために協力するは勿論なるも他面国民は宜しく配給量の範囲に於て定量食の実行調理の工夫食べ方等の合理化により国民の栄養を高めると共に食膳感謝の習性に徹し必勝食生活を実行し以て大東亜戦争の完遂を期すべきである。 (ハ) 実践事項解説の放送 四月八日夜(時間未定)「常会の時間」に於て本項に関する解説の放送をなすこと。 〔別紙〕 必勝食生活の実行要目 一 戦時食の調理工夫 ⑴ 手許にある物出廻り豊富な品で工夫する ⑵ 残材料の再活用 ⑶ 炊き増しの工夫 燃料の節約 ⑷ 必勝食の励行 ⑸ 新興食糧の普及 ⑹ 偏食の是正 二 定量食の実行 ⑴ 配給量の計画消費 ⑵ 配給量中よりの非常用米蓄積 三 共同炊事の実行 ⑴ 隣組等に於ける主食の共同炊事 ⑵ 学校工場会社等の副食物共同炊事 ⑶ 非常炊出しの研究 四 食事方法の改善 ⑴ 完全咀嚼の徹底 五 食膳感謝 ⑴ 家庭に於ける食前食後の感謝 ⑵ 食堂に於ける食前食後の感謝の習慣樹立 (「大政翼賛」(昭和十五年-十八年)伊勢原市役所蔵) 五九 天長節国民奉祝実施要綱 昭和十七年四月八日 大政翼賛会神奈川県支部長 各郡市町村支部長殿 天長節国民奉祝実施要綱ニ関スル件 来ル四月二十九日ノ天長節国民奉祝実施要綱別紙(趣旨実施方法)ノ通決定相成候条可然御配慮相成度此段及通牒候也 〔別紙〕 天長節国民奉祝実施要綱 一 趣旨 皇威燦トシテ全世界ヲ光被スル世紀ノ大御代コヽニ天長節ヲ迎フルニ当リ謹ンデ聖寿ノ無窮ヲ寿ギ宏大無辺ナル聖恩ヲ欽仰シ奉ルト共ニ皇民一億愈々尽忠報国ノ精神ヲ振起シ大東亜戦争完遂ノタメ邁進スルノ決意ヲ固ムル趣旨ノ下ニ奉祝ヲ行フコト 一 実施方法 ㈠ 当日午前八時ヲ期シ「国民奉祝ノ時間」ヲ設定シ左記要領ニ依リ国民奉祝ノ途ヲ講ズルコト 尚「ラジオ」ハ同時刻ニ「国民奉祝ノ時間」ノ放送ヲ行フコト ㈡ 各家庭ニ於テハ「国民奉祝ノ時間」ニ夫々宮城遥拝ヲ行フコト ㈢ 市区町村ニ在リテハ市区町村民ノタメ神社学校公会堂等適当ナル場所ニ於テ祝賀ノ方法ヲ講ズルコト ㈣ 官公衙学校会社工場船舶等ニ於テハ奉拝式又ハ祝賀式ヲ行フコト ㈤ 官国幣社以下神社ニ於テ執行セラルヽ天長節祭ニハ成ルベク多数参列スルコト 尚神社ノ祭典ハ午前九時ヲ期シテ執行セラルヽ様取計フコト㈥ ソノ他ノ場合ニアリテハ国民各自「国民奉祝ノ時間」ヲ銘記シ同時刻ニハ各々在処ニ在リテ宮城遥拝ヲナスコト 附記 「国民奉祝ノ時間」ノ周知方法ニ就テ 1 「ラジオ」ハソノ禁止ナキ限リ午前八時ヲ期シ「国民奉祝ノ時間」ノ放送ヲ行フニヨリ之ニヨルコト 2 従来行ハレタル「汽笛 サイレン 鐘等」音響合図ニヨル周知ハ時局下禁止中ナルニヨリ国民各自ニ同時刻ヲ銘記セシムベキ方途ヲ講ズルコト 3 汽車汽船電車バス等ノ車中ソノ他集会ノ場合ニ於テハ乗務員又ハ司会者ハ「国民奉祝ノ時間」ヲ知ラスベキ方法ヲトルコト (「大政翼賛」(昭和十五-十八年)伊勢原市役所蔵) 六〇 大政翼賛会構成員と選挙に関する件通牒 昭和十七年四月十日 大政翼賛会神奈川県支部長 大政翼賛会 郡市町村支部長殿 翼賛会構成員ト選挙ニ関スル問題送付ノ件 本部ヨリ別紙翼賛会構成員ト選挙ニ関スル問題ニ付通牒有之候条送付候也 〔別紙〕 翼賛会構成員と選挙に関する問題 一 立候補の可否 ㈠ 役員の立候補 本部(総裁 副総裁 顧問 総務) 支部(道府県市町村支部長 常務委員 顧問 参与) 役員の立候補は本部たると支部たるとを問はず役員としての資格に於て立候補しても差支ない。 ㈡ 職員の立候補 本部(事務総長 局所長 部長 副部長 部員 書記) 支部(部長 部員 書記) 職員もその資格に於て立候補して差支ない。 ㈢ 推進員の立候補 推進員としての資格に於て立候補しても差支ない。 ㈣ 調査委員会委員本部参与中央地方協力会議長及会議員本部嘱託の立候補 其の資格に於て立候補して差支ない。 二 候補者の推薦届出の可否 候補者の推薦届出は単に特定人を議員候補者として届出る行為であつて選挙運動ではないのみならず推薦届出は個人の行為に過ぎない。 従つて原則として役職員其他総べて差支ない。只道府県支部長は道府県知事を以て之に充てゝをる関係上選挙の取締の責任者である道府県知事たる支部長が推薦届出を為し若くは選挙運動を為すことは妥当でない。 三 大政翼賛会として公認候補選出の可否 第七十六議会に於ける近衛首相の答弁より観ても翼賛会の性格上妥当でない。 四 選挙運動の可否 翼賛運動が全国民の運動であり超党派的の運動である限り翼賛会が或る特定の候補者の為めに選挙運動を為すことは妥当でない。然し乍ら翼賛会が高度の政治性を持ち且つ政治新体制の確立がその実践目標である以上議会の質的刷新を企画することは当然である。従つて翼賛会が精神運動としての翼賛選挙貫徹運動の部面を担当すると同時に実践運動として構成員が自ら立候補して選挙運動を為すことは翼賛政治建設上望ましいことであつて決して翼賛運動と矛盾するものではない。 翼賛会の構成員の選挙運動可否の問題もその選挙運動が本部又は支部自体の運動である場合若くは尠くとも翼賛会自体の運動と見らるゝ虞ある場合に限り否定すべきであつて全面的に之を否定することは必ずしも当らない。 個々の場合を摘記すれば次の通りである。 ㈠ 職員以外の選挙運動 ⑴ 自ら立候補して選挙運動を為すの可否 自ら立候補して選挙運動を為す場合は既に其の資格に於て立候補してをるのであるから候補者が翼賛会の構成員であることは自明の理であるばかりでなく立候補した以上選挙運動を為すことは当然であるから翼賛会自体の選挙運動と見らるゝ虞もない。従つて其の資格に於て選挙運動をしても差支ない。 ⑵ 選挙事務長又は選挙委員として選挙運動を為すの可否 選挙権者が特定の候補者の選挙事務長又は選挙委員として選挙運動を為すことは個人の資格に於て為すことであるから職員以外の構成員の場合に於ては差支ない。 ⑶ 演説又は推薦状に依り選挙運動を為すの可否 職員以外の構成員が演説又は推薦状に依り選挙運動を為す場合は其の肩書を利用することが翼賛会自体の選挙運動と見らるゝ虞ある場合に限り否定すべきである。従つて総裁府県支部長に限り之を避くべきであつて其の他の構成員が其の資格に於て選挙運動をしても必ずしも翼賛会の運動とは見られないから差支ない。 只此の場合に於ても構成員全員が連名を以て特定の候補者を推薦するが如きは妥当でない。 ㈡ 職員の選挙運動 ⑴ 自ら立候補して選挙運動を為すの可否 此の場合に於ても其の資格に於て選挙運動をしても差支ないことは職員以外の役員構成員等の場合と同様である。 然し乍ら職員の選挙運動は役員其の他の構成員等の場合と異なり其の職務上の立場から考慮する必要がある。従つて選挙運動の為めに職務を抛擲しその職責を果し得ない場合は解職すべきであるが現在本部支部には衆議院議員府県会市会議員等が多数あり之等の職員が自ら立候補して選挙運動を為す場合直ちに之を解職することは酷であり職務上の立場から考察しても選挙期間中に於ける事務の渋滞よりは之を更迭することによる支障の方が寧ろ大である。従つて現職のまゝ選挙運動をしても差支ない。 只道府県支部両部長の場合は第七十九議会に於て総理大臣より善処する旨答弁ありたるを以て善処の内容に就ては近く決定する筈である。 ⑵ 選挙事務長又は選挙委員として選挙運動をなすの可否 自ら立候補する場合と異なり他人の選挙事務長又は選挙委員となり常時選挙運動を為すが如きは職務上の立場から見て妥当でない。従つてこの場合は解職すべきである。 ⑶ 演説又は推薦状に依り選挙運動を為すの可否 職務上支障のない限り現職のまゝで差支ない。個人の資格に於て為すべきや否やに就ては職員以外の場合に準じ総裁道府県支部長に限り之を否定すべきであつて其の他の者は其の資格に於て選挙運動をしても差支ない。 五 職員の立候補の場合に於ける手続 職員が立候補する場合は本部に在りては総裁の許可を受くることを要し支部に在りては支部長の内申に基き総裁の許可を受けねばならない。許可の取扱方針等に関しては追而通牒する。 (「大政翼賛」(昭和十五-十八年)伊勢原市役所蔵) 六一 大政翼賛会神奈川県支部役員協力会議員 更新方針 昭和十七年五月二十九日 大政翼賛会神奈川県支部 組織部長 下田博 大政翼賛会郡市町村支部長殿 支部役員(常務委員)並協力会議員(郡支部)更新ニ関スル件標記ノ件ニ関シテハ夫々御配意中ノコトヽ存候得共来ル六月二十日迄ニ御銓衡ノ上県支部宛御報告相成度 追而更新方針ハ別紙添付候 〔別紙〕 支部役員並協力会議員更新方針 一 基本方針 ㈠ 過去一ケ年ニ渉ル翼賛運動ノ経験ニ徴シ本会ノ目的ヲ体得シ強烈ナル熱意ヲ有シ常時本運動ニ挺身スル少壮有為ノ士タルコトヽシ勢力均衡ノ弊ニ堕スルガ如キハ厳ニ之ヲ避クルコト ㈡ 其ノ銓衡ハ既往ノ経緯ニ関セズ全然白紙ノ立場ニ於テ之ニ臨ミ現構成員ニ必要ナル更新ヲ加フルコト但シ一部再指名(協力会議員ノ場合ハ三分ノ一ヲ超エザルコト)スルヲ妨ゲズ ㈢ 常務委員ヲシテ真ニ支部運営ノ枢機ニ参画シ其ノ中心指導力タラシムルノ方針ヲ以テ之ガ強化ヲ図ルコト ㈣ 郡協力会議長ヲシテ郡支部常務委員会ニ出席シ支部ノ運営ニ参画セシムルコト 二 候補者ノ資格 ㈠ 思想信念ニ於テ国体ノ本義ニ徹シ衆人ノ疑惑ヲ受クルコトナキモノタルコト ㈡ 其ノ地域又ハ職域ニ於テ衆人ノ心服スルモノタルコト ㈢ 其ノ地域又ハ職域ニ於テ率先ノ垂範旺盛ナル実践力ヲ有スルモノタルコト ㈣ 衆人ニ対シ充分推進力ヲ有スルモノタルコト ㈤ ナルベク当該郡市町村内ニ常住スルモノタルコト ㈥ 前科等(政治犯ヲ除ク)ナキモノタルコト ㈦ 政治団体ニ所属セザルモノタルコト ㈧ 過去及現在ニ於テ治安維持法違反ノ容疑ナキモノタルコト 三 郡市町村支部役員銓衡方針 ㈠ 常務委員ノ強化ニ付特ニ留意スルコト 委員数 郡市支部 拾名 町村支部 五名 ㈡ 郡市町村翼賛壮年団長ノ既ニ決定セル支部ニ於テハ右団長ヲ必ズ委員候補者トシテ加フルコト団長未決定ノ場合ハ委員数ノ中一名欠員トシ決定後推薦スルコト ㈢ 郡協力会議員 ⑴ 郡協力会議員ノ員数ハ区域内町村数二十五ヲ加ヘタルモノトシ凡ソ左ノ基準ニ依リ選任スルモノトス (イ) 町村協力会議員中ヨリ 町村数 (町村ヨリ地域的ニ選出スル) (ロ) 各種団体代表者中ヨリ 加算数ノ三分ノ二(拾名) (ハ) 其他適当ナル者ノ中ヨリ 加算数ノ三分ノ一(五名) ⑵ 町村協力会議員ハ従来概ネ町村常会長ヲ以テ充テタルモ町村長ハ町村支部長タルト同時ニ町村常会ノ議長タルヲ以テ之ニ専念セシムルコトヽシ上級協力会議員トシテハナルベク之ヲ認メザルコト ⑶ 各種団体代表者中少クトモ半数以上ハ当該地域内ノ翼賛壮年団ノ中ヨリ指名スルコト ◎名簿提出ニ関スル件 イ 郡支部経由提出ノコト ロ 提出部数 県支部 一部 郡支部 一部 ハ 新任重任ヲ明記ノコト (「大政翼賛」(昭和十五-十八年)伊勢市役所蔵) 六二 昭和十七年度神奈川県町村長会の宣言決議 宣言 大東亜戦争下茲ニ第二十三回定期総会ヲ開キ県下同僚相会シ聖戦目的完遂ノ決意ヲ新ニスルト共ニ自治振興ノ為研鑽討議ヲ尽スハ吾人ノ最モ本懐トスル所ナリ 惟フニ東亜ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄与スルハ我ガ肇国ノ大理想ニシテ畏クモ宣戦ノ大詔ニ明示シ給フ処ナリ 帝国ハ今ヤ全力ヲ挙ゲテ其ノ目的完遂ノ為邁進シツツアリ 是洵ニ曠古ノ大業ナリ 皇師一タビ出デテ赫々ノ戦果ハ世界ノ耳目ヲ〓動セシメ着々大東亜建設ノ巨歩ヲ進メツツアリト雖其ノ前途尚遼遠ナリ 仍チ内一億ノ国民一体トナリテ国策ニ順応シ各々其ノ職域ニ奉公シ堅忍持久其ノ総力ヲ以テ戦争目的ヲ貫徹セザルベカラザルハ固ヨリ言ヲ俟タザル処ナルモ一面斯ル情勢ニ対応スベキ国内諸制度ノ一大刷新コソ喫緊ノ要務タルモ疑ハザルナリ 政府ハ夙ニ政治経済産業等諸方面ニ亙リ戦時体制化ヘノ再編成ニ真摯ノ努力ヲ傾注セラレ着々其ノ面目ヲ一新シツツアリト雖吾等多年ノ要望タル町村制ノ根本的改正ノ如キ未ダ以テ其ノ実現ヲ見ルニ至ラザルハ甚ダ遺憾トスル処ナリ 顧フニ国内体制ノ整備ハ政治ノ強化ヲ以テ最トナス 而シテ町村自治ハ実ニ国家百政ノ根基ニシテ町村長ハ総合行政庁トシテ戦時下国家ノ要望ニ即応シ食糧ノ増産物資ノ配給貯蓄ノ奨励軍事援護等重要国策ノ遂行ヲ初メ時局下部内民心ノ指導啓発ニ或ハ隣保共助ノ精神ノ昂揚等万般ノ施策一トシテ之ヲ通ジテ行ハレザルハナシ 則チ国政ノ強化ハ一ニ町村長ノ権限ヲ拡大シ鞏固ナル法制ノ基礎ノ上ニ立タシメ其ノ行政ノ総合性ヲ弥々最高度ニ発揮セシムルニ在ルハ論ヲ俟タザル処ニシテ各種産業行政ノ如キモ須ラク町村行政ニ一元化シ町村長ニ之ヲ統轄セシムルヲ要ス 町村吏員ノ地位ノ向上並ニ待遇ノ改善ヲ図ルハ戦時下町村行政ノ能率ヲ増進シ延イテハ国策遂行ヲ円滑迅速ナラシムル所以ニシテ之又吾人ノ恒ニ希求セル所ナリ 政府ハ速ニ之ガ実現ノ方途ヲ講ゼラレンコトヲ要望ス 曩ニ政府ハ戦時下敢テ衆議院ノ総選挙ヲ断行セラレ続イテ地方議会ノ選挙ヲモ施行セシメラレタルハ惟フニ中央地方ヲ通シ清新強力ナル議会ノ確立ヲ庶幾セントスルニ外ナラズ 而シテ地方自治体ニ於ケル選挙ノ結果ハ地方民意ノ動向ヲ明確ニシタルト共ニ其ノ力強キ総意ニ依リ構成セラレタル地方議会コソ真ニ画期的清新強力ナル議会タルヲ疑ハス 吾等ハ之ト相倚リ相携ヘテ愈々奮起シ挺身大政翼賛ノ実ヲ挙ゲ以テ聖慮ニ応へ奉ランコトヲ期ス 昭和十七年六月二十六日 神奈川県町村長会 決議 一 宣戦詔勅ノ聖旨ヲ奉戴シ聖戦ノ目的完遂ヲ期ス 一 戦時下ニ即応セル諸制度刷新特ニ町村制度改正ノ即時断行ヲ期 ス 一 町村吏員ノ待遇改善ヲ期ス (大山町「町村長会書類」(昭和十六-二十年)伊勢原市役所蔵) 六三 昭和十六年度大政翼賛会神奈川県支部事業報告 「昭和十六年度 大政翼賛会神奈川県支部事業報告 大政翼賛会神奈川県支部」 昭和十六年度 大政翼賛会神奈川県支部事業報告 一 翼賛運動推進ニ関スル事項 イ 会議 ㈠ 常務委員会 毎月第一木曜日ヲ定例委員会トシ支部長ヲ輔佐シ支部ノ運営ニツキ参画協議シ緊急ノ場合臨時会ヲ開ク等二十回ノ会合ヲ重ネタリ ㈡ 県協力会議 第一回(六月十日十四日ノ二日間)第二回(十二月五日) ノ二回ニ亘リ招集総会並政治経済文化教育国民生活ノ各委員会等ニ夫々左記事項ヲ伝達協力ヲ求ムルト共ニ各種下情ノ上通ヲナセリ 第一回 ⑴ 戦時食糧増産並節米運動実施方策ニ関スル件 ⑵ 昭和十六年度国民貯蓄奨励方策ニ関スル件 第二回 民間金属類特別回収ニ関スル件 ㈢ 顧問 参与会 中央協力会議ノ経過報告並県翼賛壮年団結成等ニ関シ支部ノ企画及活動ニ参画ヲ求メタリ 招請シタルコト五回 ㈣ 市町村支部長会議 十月十日市町村支部長ヲ招集シ主トシテ翼賛壮年団結成ニ関シ指示協議セリ ㈤ 郡市支部事務主任者会議 七月三十日十七年三月七日ノ二回ニ亘リ郡市支部事務主任ヲ招集事務上ノ連絡並運動展開上ノ指示ヲナシ協議懇談セリ ロ 推進員ノ銓衡指名 各地域ニ於テ翼賛運動ヲ推進セシムル為五月三十日附ヲ以テ八百十一名ノ推進員ヲ銓衡指名セリ 後本部ヨリ之カ拡充ノ指示アリタルヲ以テ十一月十八日附五千九百二十七名十二月十六日附二千九百二十七名(横浜市分)翌二月二十五日附六百四十三名(横浜市分)計一万二千百七十八名ヲ指名シ銅鉄回収国民貯蓄ニツキ強力ニ協力セシムルト共ニ壮年団ノ発足ニ際シテ之ガ中核トシテ其ノ結成ヲ促進シ特ニ大東亜戦争完遂翼賛選挙貫徹運動ニ際シテハ強力ナル推進力ヲ発揮セリ ハ 講演会 ㈠ 時局講演会 1 本部ト共同主催ニテ七月二十四日(川崎市)二十九日(小田原市)八月五日(平塚市)三回開催 2 本部ト共同主催ニテ十一月十日高橋三吉大将吉川英治氏石渡荘太郎氏等ノ講師ヲ迎へ緊迫セル国際情勢ニ対シ県民ノ覚悟ヲ促セリ 3 必勝士気昂揚大講演会 県並東京日日新聞社共同主催ニテ十二月二十二日-二十五日ニ亘リ小田原平塚横須賀川崎ノ四市ニ開催大東亜戦下県民士気ノ昂揚ニ資シタリ ㈡ 必勝士気昂揚国民大会 十二月十二日横浜公園音楽堂ニ県下各級支部代表者市民有志等約三千名招集大東亜戦必勝ノ決意ヲ堅ムル大会ヲ開催池崎忠孝氏ノ講演並皇軍ヘノ感謝ノ決議ヲ行ヒ陸軍飛行機三台上空ヨリ通信筒ノ投下ヲ行ヒ参集ノ会員ニ多大ノ感銘ヲ与ヘタリ 二 文化教育ニ関スル事項 ㈠ 第一回郷土芸能祭 神奈川県文化翼賛連盟ト共同主催ニテ十月二十五日横浜公園音楽堂ニ於テ県下伝習郷土芸能ノ会ヲ開催厚生運動ノ一面トシテ県民ニ一資料ヲ提供スルト共ニ埋モレタル郷土ノ伝習芸能ヲ紹介之ガ振興ニ資シタリ ㈡ 神奈川県文化翼賛連盟文化協力会議後援 四月十五日同会ガ文化協力会議ヲ開催シ県下ニ於ケル主トシテ芸能文化人ノ団結並相互研究ヲ企画セルヲ後援セルノ外同連盟ノ発展ノ為ニ応援シタリ 雑誌「教育」主催教育ニ関スル座談会ニ組織部長ヲ派遣郡市学校職員報国団ニ部員ヲ派遣スル等教育者方面ノ翼賛運動ノ推進ニ協力セリ 三 錬成ニ関スル事項 ㈠ 推進員錬成 八月二十日-二十二日ニ致ル二泊三日ヲ第一回トシ昭和十六年中ニ四回足柄下郡湯本町日本精神道場ニ於テ主トシテ推進員ヲ初メ郡市町村ノ指導者ヲ本部中央訓練所ノ方針ニ基キ錬成ス百四十六名 ㈡ 中央訓練所錬成 中央訓練所ノ錬成ニハ特別指導者錬成ニ十一名地区錬成ニ九十四名ヲ送リ錬成ヲ受ケシメタリ 八月東亜局主催大東亜建設講習会ニ二〇名 十七年二月東亜局主催南方事情講習会二十七名ヲ受講セシメタリ ㈢ 各種団体ノ錬成ノ後援 県会議員有志産業報国会商業報国会学校職員報国団等ニシテ中央訓練所ノ方針ニ依ル錬成ヲ希望セル諸団体ニハ道彦教典等可及的之ヲ斡旋後援シ中央訓練所ノ錬成方式ノ普及徹底ニ努メタリ 四 経済ニ関スル事項 ㈠ 草刈大会 県農会ト共同主催ニテ戦時食糧増産並飼料確保ノ国民運動トシテ実施各郡市毎ニ予選七月十九日足柄下郡仙石原村ニ於テ県大会(全日本大会ノ予選)ヲ行ヒ入選者ニ賞状並賞品(国債)ヲ授与セリ ㈡ 蕎麦播運動 七月県下水害ノ一対策トシテ農建同盟県産報ト共催ニテ勤労ノ余暇ヲ活用シ隣組及工場内ノ空閑地原野河原堤防等ノ利用ヲ勧奨シ種三百二斗ヲ頒布セリ ㈢ 木灰供出強化運動 県農会ト協力シ特ニ推進員ノ具体的任務トシテ実施ス(十一月-十七年三月) ㈣ 青年学校酒精甘藷増収競技会後援 重要国防資源タル酒精原料甘藷ノ栽培ヲ奨励セムタメ同競技会ノ主催者タル県並東日社ヲ後援シ入選者ニハ賞状並賞品(債券)ヲ授与セリ(十七年二月二十八日) ㈤ 新穀感謝祭(十一月二十三日) 新嘗祭ノ当日県社伊勢山皇大神宮ニテ執行県農会産組産報国婦愛婦県青少年団等ノ後援ノ下ニ各郡市支部ヨリ二点宛ノ農産物ヲ奉納各家庭ニ於テモ夫々適宜農産物ヲ神棚ニ供へ食物ニ対スル感謝ノ念ノ昂揚ニ努メタリ ㈥ ヒマ栽培献納運動 県農会郷軍横浜支部ト共同主催ニテ本県割宛四十五万本ヲ目標ニ種子ヲ学校工場都市ノ隣組農家等ニ頒布目下栽培中ナリ㈦ 経済道義昂揚運動(十七年二月四日-十日) 右ノ一週間ヲ経済道義昂揚週間ト称シ県商報経報物価統制協力会議ト共催ス 二月八日経済道義昂揚大会ヲ横浜市公園音楽堂ニテ開催ス 其ノ他座談会臨店監査検量配給動員訓練展示会等ヲ実施目的達成ニ努メタリ ㈧ 銅鉄回収運動ヘノ協力 推進員ノ重要ナル具体的任務ノ一トシテ率先一般物資ノ回収ニ協力方ヲ強調セリ ㈨ 半転業座談会(八月三十日) 県並読売新聞社ト共催関係係官並半転業者十名ヲ中心ニ半転業ノ経過将来等ニ関シ座談会ヲ催シ其ノ結果ヲ新聞ニ依リ県民ニ周知セシメタリ 五 国民生活ニ関スル事項 ㈠ 興亜奉公日並大詔奉戴日 本部ノ指示ニ基キ県ト密接ニ連繋シ毎月一日ノ興亜奉公日ノ実施要綱□□□シ国民□□□□ノ日トセリ 昭和十七年一月大詔奉戴日実施セラルルヤ更ニ国民士気ノ昂揚ニ重点ヲ置クト共ニ健全明朗ナル積極面ヲ発揮スルヤウ指導シツツアリ ㈡ 祝祭日等ノ奉祝 新年奉祝式年末年始対策紀元節奉祝式等ニ関シテハ本部ノ指示ニ基キ夫々下級支部ニ伝達指導セリ ㈢ 市民交通訓練 横浜市支部ニ於テ実施ヲ担当シ市民ノ交通訓練ヲ実施セリ ㈣ 健康優良児童ノ母ノ表彰 朝日新聞主催健康優良児童ノ表彰ニ際シ表彰ヲ受ケタル健康優良児ノ母六名ニ対シ支部長ノ表彰状ト共ニ色紙(県文化翼賛連盟美術部協力)ヲ贈呈シ愛育ノ労苦ヲ犒フト共ニ民族ノ母トシテ感謝ノ意ヲ表セリ 六 翼賛壮年団ニ関スル事項 ㈠ 結成準備並結成経過 1 九月二十六日両部長会議ニ於ケル指示ニ基キ十月初中旬ヨリ夫々常務委員会議顧問参与会議市町村支部長会議等ヲ招集郡市町村団ノ結成ヲ準備ス 2 県団ハ二月二十四日結成準備委員会ヲ招集会則ヲ決定シ団長以下役員ノ銓衡ヲ準備ス 3 県団結成式(三月十九日) 4 結成情況(三月三十一日現在) 百十六市町村中百十市町村団結成終了 ㈡ 活動情況 年度内ニ於ケル団活動ノ重要ナルモノハ大東亜戦争完遂翼賛選挙貫徹運動ニ際シ県並県翼賛会ト緊密ナル連絡ノ下ニ本部長総務等ヲ出来ル限リ郡市町村団結成式ニ臨席積極強力ナル啓蒙運動ヲ展開シ年度ヲ送レリ (「大政翼賛」(昭和十五-十八年)伊勢原市役所蔵) 六四 大政翼賛会神奈川県支部常会徹底事項説明資料 一月の常会徹底事項説明資料(世話役世話人用) 大政翼賛会神奈川県支部 「征戦第三年 総員戦闘配置へ」に就て 大東亜戦争はいよ〳〵第三年頑敵撃滅の「決勝の年」を迎へました。この年こそ皇国三千年の運命を決すべき年としてあらゆる意味に於て一億国民が一大覚悟をもつて臨まねばならぬ年であります。 戦局は敵の本格的総反攻によつていよ〳〵苛烈の度を加へながらも我が忠勇なる皇軍将兵の善謀勇戦により赫々たる戦果は挙つてゐますが彼等はあの莫大な損害をかへり見ず必死となつて歩一歩神洲に迫らんとしてゐます。今にして断乎これを撃砕し更らに反撃を加へねば重大な危機を招来するかもわからぬ重大なときです。戦争第三年は第二年よりも尚一層悽愴な戦ひ血の努力が要請されることは明らかであります。 この深刻な一大決戦の時にあつて最も重大な生産力の拡充もまた戦ふ国民の生活を安定するための食糧の確保も更らに敵が虎視耽々と狙ふ我が本土空襲に備へての国土防衛の強化にしてもつまるところは如何に「人」を適切に配置するかによつてその成否は決せられるものであることを忘れてはなりません。 既に東条首相から「一億国民総員戦闘配置につけ」の進発命令が発せられ学徒はこの声に応じて勇躍出陣しました。苛烈悽愴な戦争第三年目の年頭私ども国民の一人残らずが今こそ従来の行きがゝりや感情などを一切戦時的に切かへて神洲日本護衛のために晴れの応召者の気持をもつて直接戦争遂行に役立つ職場に就き一日も早く「総員戦闘配置」を完了せねばなりません。 イ 「平時的な仕事にある人々はこの際飛行機船舶その他の軍需工場などに進んで転出し女子も挺身隊となつて生産戦場で戦ひ抜くこと」に就て 「生産力でも敵を圧倒」 敵米英は尨大な生産力を唯一の頼みとして執拗なしかも不遜極まる決戦をいどみつゝあります。敵の企図するところは日本に航空機や船舶の莫大な消耗戦を強ひることによつてその生産補給の戦で最後の勝利を得やうとしてゐるのであります。この敵の企図を完全に撃砕するためには全生産力を一つに集めて戦力の増強特に航空機の飛躍的な増産と船舶その他の軍需品の尨大な生産増加がされねばなりません。 またこれが基礎である鉄や石炭、軽金属などの増産を図りこれによつて敵を圧倒するだけの兵器をどしどしと第一線に送り皇軍将兵に思ふ存分活躍してもらはねばなりません。 「国民勤労動員が戦力増強の鍵」 ところで生産の拡充を図り戦力を増強するには資材資金設備などいろいろの要素が必要ですがその根本は結局「人」であります。銃後の勤労力を充実しこれを完全に発揮させることが戦九を増強させるために最も重要なことです。この決戦段階に突入し国民の勤労動員の徹底を期することが絶対に必要となつて来ました。 従がつて今年は国民徴用の範囲が非常にひろげられまた男子の就業禁止の範囲もひろくなり女子の動員も一段と強化されることが当然予想されます。今や一億国民すべてが前線銃後の別なく等しく戦線に在るのであります。皇国非常の秋に際会した私どもはこの大みいくさを勝ちぬくため進んで応徴しまた平時的な仕事にあるものはこの際すべてを投げ出して直接戦力増強に役立つ職場に転喚するのは今であります。 「皇国女性も戦列に」 また女子にあつても男子の奮闘に即応して進んで勤労挺身隊や勤労報国隊に参加して勤労に邁進し男子に代つて各職場に敢闘することが皇国女性の真の姿でありこれあつてこそ敵米英の婦女子にも打ち勝つことが出来るのであります。 ロ 「米麦を増産するための土地改良をなし遂げまた米や甘藷の供出割当量は必ず果すこと」に就て 「今年こそ食糧自給の年」 昨年度の内地米の実収は六千六百七十万石の豊作でしたが朝鮮米が不作で内地補給が出来ずまた麦類が減産であつたためこの対策として農家に対しては極力本年度の早場米の供出促進を図り一般消費者に対しては薯類や小麦粉などの総合配給を強化しまた蕎麦その他雑穀の緊急増産を行ひ米の不足を補つて来ましたが更らに不足した分は已むなく外米の輸入を行つたのであります。 しかしこの深刻な決戦段階に入つては最早外米を運ぶために船を使ふことは断じて許されなくなりました。例へば米百万石の重量は約十五万トンですから六千三百トンのA型標準貨物船で運ぶとすれば約二十隻の延船腹を必要とします。これまで外米を運んだ船で第一線に送る武器や其他軍需資材原材料などを少しでも多く運ばねばならぬ時です。 従つて国内で消費する食糧はすべて国内で賄はねばなりません。 戦争に勝つためには食糧の自給自足の体制をしつかりと打ち建てることが先づ急務であります。 「今年の食糧事情は」 本年度(十九米穀年度)の食糧の需給関係はこの要請にもとづいて外米の輸入を全く絶ち切り日満を適ずる食糧の自給体制を確立しこれによつてやつて行くことゝなつたのであります。このため供給の面では内地米の第二回予想収穫高で六千二百五十五万石の米と今後増産を期待される麦類と薯類や雑穀とそれに移入を期されてゐる朝鮮米台湾米や満洲国の雑穀などが内地の供給を賄ふすべてゞあり一方需要の面では人口の自然増加によつて一般の消費の量がふへたことや国民動員の計画の徹底による労務者の特配の増加などが見込まれ結局酒造米の減少などで節米に努力あると共に一般の消費者に対する総合配給は更らに強化されることを予想せねばなりません。 「土地改良と米甘藷の供出」 戦争に勝つためには食糧の確保は絶対の要件でありしかも今年こそ食糧の自給体制が成るか否かの重大な時です。増産のため最も大きな使命をもつ土地改良は一刻も早くなし遂げねばなりません。差当つて最も力を入れねばならぬ麦の増産にしても一毛作田の暗渠排水などによる土地改良によつて全国で二十五万町歩の麦の裏作が可能となれば反当り一石として二百五十万石の増産が実現するわけで現下の差迫つた食糧事情にあるとき土地改良こそ如何なる困難があらうと必ずやり遂げねばならぬ喫緊の問題です。また農家ではこの際出来るだけ郷土食の実行などによつて米や甘藷の供出を完全に果さねばなりません。一般消費者は麦類や薯類などの総合配給が一層強化されるのでこれ等の混食を工夫しあくまでも食糧戦に勝ちぬきませう。 ハ 「疎開を行ふ都市に住む必要の少い人々はこの際地方に移ること」に就て 「空襲は必至」 敵米英はしきりに我が本土空襲の機を狙つてゐます。在支米空軍や米国の海上機動部隊の動きは一刻の油断も許されません。また英国もその勢力の一部を太平洋方面に廻航せんとする今日敵の本土空襲は必至の状勢にあります。しかも彼等の爆撃はドイツの諸都市に於ける無差別集団爆撃によつても明らかな通りさながら悪魔の如き非人道ぶりを示してゐます。「空襲は必至」今こそ国土防衛の徹底的強化を図らねばなりません。 「疎開は何故必要か」 都市で防空の備へを固めるためには第一に人口を余り密集させぬことまた建物と建物の間に適当な空地のあることなどが根本の要件です。特に航空機の性能が向上し大規模な空襲が行はれることを覚悟しなければならぬ今日重要都市は急速に建物や人の疎開を行ふ必要があります。 「疎開を行ふ地域」 差当つて重要都市で疎開を行ふのは京浜阪神名古屋北九州の各地方です。 「進んで地方に転出」 この際何より大事なことは疎開地域に住んでゐる必要の少い人々は自発的に地方に移りそこで戦力増強に役立つ仕事につくことです。この場合はなるべく郷土か或は縁故者のある土地へ移住するやうにしたいものです。地方ではこれ等の区域に居住する縁故者を引とりまた疎開のため移住する人々を心から迎へ出来るだけ家屋や空間の提供など充分世話を致しませう。 「疎開に当つては」 疎開のため移転する場合の家財道具の輸送やそれに要する資材などは出来るだけ当局で心配してゐます。また子弟の転校等についても便宜が図られることになつてゐます。なほ各市役所区役所等では疎開相談所が設けられ疎開についての相談に応じてゐます。 「疎開も戦闘配置の一つ」 疎開のため地方に移住する人々は決して疎開地から逃げるのだといふやうな考へ方であつてはなりません。あくまでも積極的に地方に帰つて戦力増強のための戦闘配備につくのが根本の目的です。 (仙石原村役場「村常会関係書類」(昭和十六-十八年)箱根町役場蔵) 六五 大日本体育会神奈川県支部設置に関する注意事項 郡市町村支部設置ニ関スル注意事項 第一 基本性格 郡市町村支部ハ大日本体育会ノ最下部ニシテ国民ノ日常生活ニ触レ本会活動ノ基調トナルモノナルニ付市町村支部ハ其ノ目的組織事業ガ之ニ即応スベキコト 第二 目的 ソノ地方特有ノ体育的事情ニ即応セル様目的ヲ具体的ナラシムルコト 第三 事業 第一線ノ活動機関トシテソノ地方ニ必要ナル事業ヲ具体的ナラシムルコト 1 郡市町村ニ於ケル体力ノ実情生活様態習慣等ニ基キ地方民ニ適シタル体力錬成ノ具体的方策ヲ樹立シ之ガ実践ヲ期スルコト 2 郡支部ト市町村支部トノ間ニハ密接ナル連繋アラシメ互ニ協力シ同種事業ノ重複ヲ戒シムルコト 3 大都市ニ於ケル事業ハ道府県ノ事業ニ最モ関係深キモノアルベキニヨリ互ニ密接ナル連絡ヲ保ツベキコト 第四 構成 1 郡市町村並ニソノ健民部及錬成委員トノ関係ヲ緊密一体タラシメ各協力団体(帝国在郷軍人会大政翼賛会青少年団翼賛壮年団婦人会等ノ各支部分会単位団)及学校関係ト密接ナ連携ヲ保ツコト 2 組織ハ努メテ簡単ヲ旨トシ特ニ町村支部ハ成ル可ク他ノ団体若ハ組織ヲ活用スル様ニスルコト 3 大都市ニ於ケル支部ノ組織ニ関シテハ道府県支部規則例ニ準ズルモ班ノ組織ハ第二次的ニ考慮シ専ラ実践組織ヲ中心的組織トシ且道府県支部ノ班組織ト重複セザル様密接ナル連携ヲ図ルコト 4 郡市町村内ノ各種体育運動団体ハ悉ク之ヲ解消セシメ支部ニ包摂スルコト 5 規約中ニ市町村支部ハ道府県支部ノ指揮監督ヲ受クルコトヲ含マシムルコト 第五 支部ノ設立 1 郡市町村支部ハ成ル可ク速ニ全市町村ニ設置スルコト 2 設立ニ当リテハ規則案役員予定表ヲ提シ道府県支部ノ副申ヲ具シ本会会長ノ承認ヲ受クルコト 但シ市支部ノ外ハソノ事務ヲ道府県支部長ニ委任ス (仙石原村役場「振興書類」 (昭和十八-二十年)箱根町役場蔵) 六六 農家増加収益の貯蓄化運動実施要綱 十八下総収第一四八〇号 昭和十八年七月十七日 足柄地方事務所長(印) 各町村長殿 米価引上ニ伴フ農家増加収益ノ貯蓄化ニ関スル件 政府ニ於テハ今般主要食糧タル米穀ニ対スル買入価格ノ引上ヲ断行セラレ相当多額ノ資金ガ農村ニ放出セラルヽ見込ニ有之之等資金ノ浮動ヲ防止スルハ現下ノ時局ニ鑑ミ喫緊ノ要務タルヲ以テ本年度収穫期以降ニ於テ農家ノ増加収益ノ貯蓄化ニ関シ強力ナル方策ヲ実施スル予定ニ有之候ニ就テハ別紙要綱ニ依リ予メ具体的措置ヲ考究準備ノ上之ガ実施上万遺憾ナキヲ期セラレ度依命此段及通牒候也 〔別紙〕 米価引上ニ伴フ農家増加収益ノ貯蓄化運動実施要綱 一 趣旨 政府ハ今般米価ノ大幅引上ヲ断行セラレタルニ伴ヒ政府ノ新ニ支出スル多額ノ資金カ農村ニ放出セラルヽコトヽナリ従ツテ之等資金ノ浮動ヲ防止スルコトハ現下時局ニ鑑ミ喫緊ノ要務ナルヲ以テ本年度農家ノ増加収益ノ貯蓄化ニ関シ強力ニシテ実効アル方策ヲ樹立シ以テ所期ノ目的達成ニ万遺憾ナキヲ期セントス 二 実施要領 ㈠ 米穀生産者ニ対シテハ此ノ際米価引上ニ依ル増加収益ヲ見込ミ浪費ヲ為スガ如キコトナキ様指導スルト共ニ之ヲ引当トスル借入金等モ之ヲ抑制セシムルコト ㈡ 信用組合農会農事実行組合大政翼賛会支部翼賛壮年団婦人会其他農村関係諸団体ノ緊密ナル協力ノ下ニ農家ノ消費生活ヲシテ苟モ放漫ニ流レザル様努メテ自粛セシムルコト ㈢ 増加収益ハ一応従来ノ如ク産業組合ニ於テ振替払ヲ行フト共ニ自作農創設土地購入資金土地改良資金等農業増産上真ニ有効適切ナル用途ニ充ツルノ外ハ挙ゲテ之ヲ産業組合ノ定期的貯蓄又ハ負債整理ニ振リ向ケシムル様措置スルコト ㈣ 本件措置ノ事前ニ於ケル大々的ナル宣伝ハ一面ニ於テハ米穀増産運動ニ悪影響ヲ及ボスベキ虞アルニ付之ガ指導ノ取扱方ニ関シテハ克ク農民心理ノ動向ヲ察知シ深甚ナル留意ヲ以テ万全ヲ期スルコト ㈤ 本件措置ニ基ク貯蓄額ハ本年県貯蓄目標額ノ範囲外トスルコト ㈥ 本件ニ依ル市町村別貯蓄目標額ハ別ニ決定スルコト (仙石原村役場「振興書類」 (昭和十八-二十年)箱根町役場蔵) 六七 戦時下衣生活簡素化実施に関する件通牒 十八下総第一四五一号 昭和十八年七月二十三日 足柄下地方事務所長(印) 各町村長殿 戦時衣生活簡素化実施ニ関スル件 国民貯蓄増強ノ一方途トシテ国民生活ノ決戦化ニ就テハ夫々適切ナル方途ヲ講セラレツヽ有之候処今般政府ハ「戦時衣生活簡素化実施」ニ関スル閣議ノ決定ヲ為シ戦時衣生活ハ益々決戦化セラレタル処更ニ次官会議ニ於テモ別紙ノ通官庁員ノ戦時衣生活ノ簡素化実施ニ関スル申合ヲ行ヒ官庁員率先シテ戦時衣生活ノ簡素化ヲ実践スルコトトナリ差当リ礼装廃止並ニ夏期上衣廃止ヲ実行スルコトト相成依テ当所ニ於テモ別紙写ニ依リ実施相成候ニ就テハ貴職員ハ固ヨリ其ノ他公共団体銀行会社工場ノ職員等ニ対シテモ之ガ実行方充分徹底セシメ以テ決戦生活実践ノ浸透ト国民貯蓄増強トニ格段ノ御配意相成度依命此段及通牒候也 追テ本件実施ニ当リテハ左記事項御留意ノ上之ガ徹底ヲ期セラレ度申添候 記 一 本件実施ノ趣旨ハ戦時ニ於ケル執務能率ノ増進並物資衣料費ノ節約等ニ資スルヲ目的トスルモノナルヲ以テ一般民ニ対シテモ之ガ趣旨ヲ充分理解セシメ実践ノ効果ヲ挙グル様凡ユル会合場所機会ヲ捉へ或ハ申合ヲ行ハシムル等之ガ実践気運ヲ蓄醸セシムルニ努ムルコト 二 特ニ職域等ニ在リテハ首脳部面ヨリ率先実行セシムル様適当ナル措置ヲ講シ以テ全般ノ実践ヲ促進スルコト 〔別紙〕 十八人第二八二号 昭和十八年六月三十日 官房長 各部課長殿 各廨長殿 戦時衣生活簡素化実施ニ関スル件 標記ノ件ニ関シ次官会議ニ於テ官庁員ハ率先シテ戦時衣生活ノ簡素化ヲ実行シ戦時衣生活簡素化ニ関スル国民運動ニ協力スルコトトシ差当リ 一 宮中ニ関スル場合及法令ニ特別ノ定アル場合ノ外公私一切ノ儀礼的ノ場合ニ於ケル衣服ニ関スル制限ヲ徹廃スルコト 一 夏期中ハ上衣ヲ着用セザルモ差支ナキコトトスルコト ヲ実行スルコトニ申合有之候ニ付右趣旨御了知ノ上其実行方可然御配意相成度 尚本趣旨ニヨリ当庁職員ノ夏期戦時衣生活実践要綱左ノ通決定致候 記 一 夏期ニ於テハ室内屋外ヲ問ハズ通勤外出ノ場合ニ於テモ上衣「カラー」「ネクタイ」ノ着用ヲ廃止スルヲ得ルコト 此ノ場合ニ在リテハ下着ハ必ズシモ「ワイシヤツ」ヲ着ルコトヲ要セザルモ半袖又ハ長袖ノモノヲ用ヒ全然袖ノナキ「運動シヤツ」ノ類ハ用ヒザルコト 其ノ他華美ナル色彩ヲ施セルモノ等官庁職員ノ服装トシテ不適当ト認メラルルモノハ之ヲ避クルコト 他ノ服装ニテ知事室ヘノ出入モ差支ナキコト 二 警報発令中等ノ場合ニ於テハ夫々其ノ場合ニ適スル服装ニ依ルコト 三 本件ノ実行ニ付テハ非礼ノ謗ヲ招クガゴトキコトナキ様外来者其他ニ対スル応接態度等ニハ留意スルコト 四 本件実行ノ為上衣ノ新調ヲ避クルハ勿論適当ナル下着ナキ場合ノ外下着ノ新調ヲモ避クルコト 追而夏期ノ期間ハ慨ネ七月一日ヨリ九月三十日ニ有之候 (仙石原村役場「振興書類」(昭和十八-二十年)箱根町役場蔵) 六八 第二期町村決戦体制確立実行方策要綱 第二期町村決戦態勢確立実行方策要綱 本施策は大東亜戦争決戦段階に於ける町村自治体の国家的使命を最高度に達成する為め改正町村制と切実なる時局の要請とに基き其の体制を整備強化し以て銃後国民生活の安定確保と戦力の増強とに万遺憾なきを期せんとするものなり 第一 目標 一 町村長を中心に町村内の諸勢力を結集して強力なる指導性を確立すること 一 町村役場を中心に町村内の諸組織を融合統一し各種施策の総合能率化を図ること 第二 実行方策要項 一 町村と町村農業会との一体的連繋を確保し以て揺なき国内態勢の基礎を確立すると共に各般に渉る重要国策の遂行に万遺憾なきを期すること ㈠ 町村農業会の長は総て之を町村長に於て兼任すること ㈡ 町村農業会は之を其の儘町村の経済部として活用するを最も適当とすること ㈢ 町村農業会の専務理事は総て之を町村の名誉職助役に任じ若くは名誉職助役を以て之に充て且つ経済部長に任ずること (註) ⑴ 町村農業会の専務理事を名誉職助役とする為必要あるときは此際助役の定数を増加すること ⑵ 町村役場の事務を鞅掌する助役は原則として之を一名に止め有給職とし少くとも町村農業会の専務理事と等額の待遇を与ふること ⑶ 右の町村農業会の専務理事たるべき名誉職助役と町村役場の事務を鞅掌する有給職助役とは之を夫々の部門に於ける事務上の責任者とし其の事務を委すに足る有為練達の士を配するに意を用ふること ⑷ 役場と農業会事務所とを成るべく同一建物内に置き事務の連絡及人事の交流を図ること 二 速に参与を設置し町村内各種重要施策の総合的運営と町村の総力体制の確立とを期すること ㈠ 参与の員数を成るべく少数に止めて其の人選を厳にし各種重要施策の権威ある審議機関たらしむべきは勿論町村内に於ける総力結集の中核たるに相応しき組織体たらしむること ㈡ 参与会に於て審議すべき事項は凡そ町村内に於て実施せらるゝ各種重要施策の全般に亘るは勿論なるも参与条例中に適宜審議事項の概目を明にし之が制度の実効を挙ぐるに努むること ㈢ 参与会に於て審議したる各種重要施策に付ては各種団体部落会町内会等の各分担事項を定め之を町村長より示達して其の遂行実践に当らしむることゝし各種団体等の機能の発揚に付充分なる督励を加ふること ㈣ 参与と町村常会とは常に緊密なる連繋を保持せしめ参与は之を町村常会の幹部会たるの機能を営ましむる如く運営し参与に諮りて決定せる重要事項は町村常会を通じて遍く町村住民に徹底せしむる如き方途を講ずること ㈤ 参与と各種委員との関係に付ては機能の重複を避け委員は専門的事項の企画調査並に執行の補助に当らしむることゝし委員に於て専門的に企画調査したる事項は之を参与に諮り其の審議を経たる後実行に移すこと (註) ⑴ 参与条例は概ね別記附録一の「参与条例案」の如きものなること ⑵ 参与制度の運用は町村内各種重要施策の総合的運営上重要なる意義を有するものなるを以て之が活用に充分意を用ふること ⑶ 参与は各種団体の代表者等の中より之を選任するものなりと雖も町村長が各種団体の長を兼ぬるを最善とすることには何等変りなきに付誤解を生ぜざる様注意すること 三 改正町村制の趣旨に則り此際町村に経済部委員及文化部委員を設置し将来は成るべく之以外に委員会を設けざること ㈠ 経済部委員の構成及職分を左の如くすること ⑴ 委員は町村の実情に応じ概ね町村農業会等の主要産業経済団体役職員其の他学識経験者中より適材を選任し定員を七名内外とすること ⑵ 委員会は町村長を以て会長とし経済部長(農業会の専務理事たる助役)を以て委員長とすること ⑶ 委員は食糧の増産及供出生産資材の配給労務の調整等を重点的職分とし之が企画調査及其の執行の補助に当るものとすること ㈡ 文化部委員の構成及職分を左の如くすること ⑴ 委員は町村の実情に応じ概ね在郷軍人分会青壮年団婦人会方面委員等文化系統団体の役職員其の他学識経験者中より適材を選任し定員を七名内外とすること ⑵ 委員会は町村長を以て会長とし文化部長を以て委員長とすること ⑶ 委員は簡素強靱なる戦時国民生活の確保安定健民施策の徹底各種国民運動の強化等を重点的職分とし之が企画調査及其の執行の補助に当るものとすること ㈢ 前各部委員設置に関しては別記附録二の「委員設置規則案」に準じ町村規則を以て之を定むること (註) ⑴ 委員は必ずしも公民たることを要せざるを以て実際の必要に基き真に適材を選任して之が活用を図ること ⑵ 各委員会に於て企画調査したる各種施策にして重要なる事項は町村長を通じて之を参与会に諮り其の審議を経て実行に移すこと 四 役場機構を拡充強化して概ね総務部経済部文化部及経理部の四部制とし事務の体系を整備すること ㈠ 総務部は概ね庶務文書議事税務土地土木警防戸籍兵事統計其の他他の部に属せざる事務を分掌するものとすること ㈡ 経済部は概ね農産物の増産及供出各種生産資材の配給事務及各種産業経済団体等の指導督励に関する事務を分掌するものとすること ㈢ 文化部は概ね社寺学務又は教育衛生社会事業等の事務及各種文化団体等の指導督励に関する事務を分掌するものとすること㈣ 経理部は概ね収入役の事務を分掌するものとすること ㈤ 町村の実情に応じ適宜各部に課若くは係を置くこと ㈥ 各部の部長は助役(経済部長は農業会専務理事たる名誉職助役)収入役(経理部長)主事其の他適当なる吏員を以て之に充つることとし助役収入役以外に適任者なき場合は差当り一助役を以て数部長を兼ねしめ追て適当に考慮すること ㈦ 課(係)長は従来通り主事書記技術員等を以て之に充て已むを得ざるときは差当り一人数係兼務とし必要に応じ追て適当に考慮すること ㈧ 前各項に依る役場機構の拡充強化並に事務の体系整備に関しては別記附録三「処務規程案」に準じ処務規程を改正すること (註) ⑴ 各部に於て此際特に重点的に力を注ぐべき事項概ね左の如し 総務部 貯蓄の増強 徴兵徴募及徴用 軍事援護 徴用扶助 防空及警防 部落会町内会の指導等 経済部 食糧の増産 生産物の供出 物資の配給 労務の調整 職業指導等 文化部 国民精神の錬成昂揚 結婚奨励 健民運動の徹底 生活の簡素化 農村新文化の建設等 経理部 国の中央地方を通ずる財政政策と町村財政の実際上の間に於ける不調和の調整 事務の合理化と政費の節約等 ⑵ 各種団体の職員は之を成るべく町村吏員(嘱託等)とすること ⑶ 各部に於ける事務の運営に関しては町村内の諸組織を充分に活用し処務の敏活徹底を期すること殊に経済部に在りては農業会其の他の産業団体を一元的に包括する様工夫すると共に此等団体の機能暢達に付充分なる意を効すこと ⑷ 部制の設定に関しては別記附録四「役場部制実例」を参照すること 五 部落会町内会(以下単に部落会と称す)の法制化を機とし此際之が運営の万全を期し其の健全なる発達に一段の努力を為すこと ㈠ 部落会の区域及名称は甚だしく不適当なるものを除くの外原則として此際変更せざること ㈡ 部落会の長は従来通り部落会の意嚮を徴し町村長に於て之を任命し真に部民の信望厚く国策に挺身し得る第一等の人材を挙ぐること ㈢ 部落会と同一区域の行政区は此際原則として之を廃止すること但し連合会の設置を必要とする町村に於ては其の連合会の区域を行政区として存置し区長を配置すること ㈣ 部落会又は行政区として存置する部落会連合会の区域(其の他適当なる区域)に町村長の任免に係る職員(部落指導員として成るべく地元の青壮年中より適任者を抜擢登用す)を駐在せしめ部落会長の事務的負担の軽減と事務処理の迅速徹底を期すること ㈤ 部落会費の徴収に付ては町村長に於て適当なる基準を定め妄りに之が増徴を為さしめざる様留意すること ㈥ 部落会の財産所有に付ては従来所有せるものに之を認むるを原則とし競つて財産を所有する傾向は之を抑止すること ㈦ 経費及財産の管理に付ては記帳を励行せしめ適正を期せしむる様町村長に於て常に指導監督すること ㈧ 部落に於ける各種名義の財産は此際部落会の所有たることを明確ならしむること但し部落有林野等にして部落の共同生活上又は維持管理上必要の度を超ゆるものは此際成るべく之を町村有に統一移管すること ㈨ 部落内の諸団体は之を部落会に統合し部落会に適当なる部制を設けて事務の体系を整備すること特に農事実行組合は此際総て部落会に統合すること (例) 総務部 健民部 青年部 農事部 (農事実行組合を之に統合すること) 配給部 納税部 警防部 婦人部 (一〇) 町村長は随時(町村常会の運用と睨み合せ)部落会長又は部長を招集して必要の指示を為し相互の連絡を緊密にして真に挙町村一体の総力態勢を確保することに力むること (大山町「町村長会書類」(昭和十六-十八年)伊勢原市役所蔵) 〔注〕別記省略。 六九 非常回収物件の回収対象および範囲に関する件通知 十八総収第一五四五号 昭和十八年八月二日 足柄下地方事務所長(印) 各町村長殿 非常回収物件及其範囲ニ関スル件 非常回収第二種実施方法ニ依ル物件中寝台ノ回収対象及範囲ニ付照会ノ向モ有之候条左記御諒知ノ上実施上遺漏無キヲ期セラレ度 記 一 寝台ノ回収対象 官庁公共団体及五台以上ヲ所有スル指定施設(ホテル病院等) 二 回収方法 代替物設置ノ状況ヲ考慮シ何レモ其全部ヲ回収スルモノトス即チ官庁公共団体ニ於テハ一台ノ場合ト雖モ回収シ指定施設ハ四台以下ヲ所有スルモノハ回収セズ五台以上ヲ所有スルモノハソノ全部ヲ回収スルモノトス (仙石原村役場「振興書類」 (昭和十八-二十年)箱根町役場蔵) 七〇 神奈川県一億敢闘総決起大会開催要項 十八下総第一五五五号 昭和十八年八月四日 足柄下地方事務所長(印) 仙石原村長殿 一億敢闘総蹶起大会開催ノ件 今般一億敢闘実践運動実施ニ関シ標記大会開催可相成候ニ就テハ左記要項ニ依リ夫々本運動関係者ヲ動員シ最モ盛大且真摯厳粛ニ実施致度候条多数参会相成様格段ノ御配意相煩度此段及通牒候也 記 一億敢闘総蹶起大会開催要項 一 趣旨 一億敢闘実践運動実施要項ノ趣旨ニ基キ本大会ヲ開催シ一段ト県民ノ戦場精神ヲ昂揚シ挙県生産ノ増強食糧ノ増産供出決戦生活ノ実践国民貯蓄ノ増強ニ蹶起敢闘シ戦力ノ増強ヲ図リ以テ対日反攻ヲ呼号スル宿敵米英ノ徹底的撃砕ヲ期ス 二 名称 一億敢闘総蹶起大会 三 主催 一億敢闘実践運動神奈川県本部 四 日時場所 八月七日午后七時ヨリ小田原市本町国民学校 五 参会者 町村長 県会議員 町村会議員 翼賛会並翼壮関係者町内会長 部落会長 各種団体関係者 其ノ他一般 六 大会次第並担当役割 一 開会ノ辞 一 国民儀礼 一 詔書奉読(小田原市長) 一 挨拶(秦理三郎) 一 講演(中村熊三高橋長治安藤覚) 一 誓詞 一 万歳奉唱 一 閉会ノ辞 (仙石原村役場「振興書類」 (昭和十八-二十年)箱根町役場蔵) 七一 翼賛壮年団の活動に関する件通牒 十八下経発第二一八六号 昭和十八年八月十二日 足柄下地方事務所長(印) 町村長殿 空荒廃地解消ニ干シ翼賛壮年団ノ活動ニ干スル件 決戦下ニ於ケル国民食糧ノ絶対的確保ノ必須要請ニ即応シ今ヤ凡ユル方途ヲ講ジ主要食糧農作物並ニ雑穀ノ増産ニ鋭意努メツツ有之単位面積ノ増収ニ於テハ大ナル期待ハ為シ得ザル現況ニアルヲ以テ此際空荒地(含原野牧場ノ類)等ノ解消ニ依リ一大増産ノ要緊切ナルモノアルニ鑑ミ之ガ事業ハ翼賛壮年団ニ於テ活発ナル運動展開ニ依リ町村内ニ於ケル右該当ノモノハ同団ノ責任ニ於テ其ノ実績ヲ収メシムルヲ最モ効果的ト思考致候ニ付テハ特急翼賛壮年団ヲシテ御計画セシメ実施相成様示達御督励相成度此段及通牒候也 追テ右計画樹立ノ上ハ左記ニ依リ其ノ都度報告方併而御指示相成度申添候 記 (仙石原村役場「振興書類」(昭和十八-二十年)箱根町役場蔵) 七二 大政翼賛会神奈川県支部決戦生活実践促進要綱 「昭和十八年九月 決戦生活実践促進要綱 附決戦食生活方策 冠婚葬祭其ノ他戦時様式規準 大政翼賛会神奈川県支部」 決戦生活実践促進要綱 一 趣旨 戦局の現段階は戦力の大飛躍的増強を要す而して其の実現は一日の遅延を許さず一億国民は大決心を以て生活の総てを「勝ち抜くため」の一点に凝集するの要現在より緊切なるはなし 然るに一般に決戦生活として実践すべき事項は既に知り尽しあるにも拘らず其の実行は尚未だ現戦局に即応せず 茲に於て吾等帝国臣民は愈々「天皇陛下の御為に」の日本魂を発揮し一億総蹶起して更に自省自奮一意決戦生活に突入し以て速かに米英を撃滅する為之が促進を期せんとす 二 主唱 大政翼賛会神奈川県支部 三 挺身実行団体 神奈川県翼賛壮年団 神奈川県産業報国会 農業報国連盟神奈川県支部 神奈川県経済協力会 海運報国団関東支団 神奈川県青少年団 大日本婦人会神奈川県支部 神奈川県労務報国会 四 国民の心構へ ㈠ 国民は総てを君国の為に捧ぐること 常に我国体に思を致し皇室の尊厳と皇室と国民との関係を理解し我等祖先の至誠尽忠を想起し国民は総てを君国の為捧げ「勝ち抜く」ことに専念すべきなり ㈡ 必勝の信念を堅持すること 世界に冠たる国体を有し尊厳無比なる皇室を奉戴 精強類なき皇軍を有し東亜共栄圏の要地を占領せる大日本帝国は如何なる大敵に対しても国民の総力を「勝ち抜くため」の一点に結集せば絶対不敗なることを銘心し不動の信念とすべし 之即ち必勝の信念なり ㈢ 戦局の変化に一喜一憂せざること 戦争に於ては各種の波瀾を生ずるを通常とす故に戦況の良果に楽観するは危険なり又一時不利なる如き戦況を生じたる場合悲観するが如きは必勝の信念を有せざる証拠なるを思ひ自ら之を恥とし苦難来らば愈々必勝の信念を堅持し之に対応の手段を講じ勇奮以て最後の勝利に向ひ邁進せざるべからず ㈣ 米英思想たる自由主義利己主義私利追及主義を自らの心中より駆逐すること国民は「 天皇陛下の御為」「御国の為」と云ふことは充分知り乍ら苛烈なる戦局にも無関心なるが如く闇取引買溜買漁り其の他自己の利益の為不徳の行為をなすもの尠からざるは利己主義私利追及主義より脱却せざるものにして「勝ち抜くため」の一大障碍となりつゝあるは厳に戒めざるべからず表面国家的の言動をなしつゝ裏面私利私慾を図るものは日本人を装ひたる米英人なることを思ひ自ら愛国心を喚起し真の日本人に立帰ると共に他は親愛と熱意とを以て之に協力するを要す ㈤ 国民は進んで犠牲を払ふことに努むること 犠牲を払はずして戦争に勝たんとするは戦闘に於て戦死負傷者を出さずして敵に勝たんとするに等しく愚なる考なり 戦場に於て各将兵各部隊が犠牲の平等を希ひたりとせば勝利は得られず皇軍将兵は自らの犠牲に於て他を勝たしめ各部隊は自己部隊の犠牲に於て他の部隊の戦闘を有利ならしめんとして努力しあることを忘るべからず ㈥ 国民は自己の負担の多きことに不満を持たざること 国民自ら喜んで多くを負担することに努むる結果は即ち前項犠牲心の発露と相俟ちて戦力大増強の根本なることを銘心すること 戦場に於ては我将兵各部隊は独立任務又は重大なる任務特に堅固なる敵陣地を攻撃する任務又は他より危険多き任務等(負担多き任務)を受くることを無上の名誉として奮闘是努め以て大戦果を挙げつゝあることに常に思を致すべし ㈦ 国民皆働の精神を昂揚すること 戦力増強の為には大なる労務を必要とするは論を俟たず故に勤労を尊び一人と雖も遊休徒食を許さず 特に政府は勤労に国家性を持たしめ徴用せられたるものに対し応徴士なる称号を与へ兵役に服するものと同意義の性質なるを明かにし又之が援護に関しても軍人援護と同様の取扱をなす如く規定したり国民は現在の勤労は旧来の一会社一私人の利益の為にあらずして国家戦力の増強に任ずる尊き御奉公に思を致し旧来の労務者に対する観念を一擲し勤労は国家に対する国民当然の義務なりとの観念を堅持し挺身勤労に従事し以て戦力増強に貢献すること必要なり 特に女子に於ては男子は男子にあらざれば能はざる勤労に従事せしめ其の他は総て女子勤労に依り之を補塡し以て戦力の飛躍的増強に貢献するの覚悟を要す ㈧ 困苦欠乏に堪ゆること 戦局の発展に伴ひ時に困苦悲惨の状を呈し欠乏愈々加る場合に於ては益々不屈不撓の精神を以て之を克服し最後の勝利に向ひ突進せざるべからず ㈨ 決戦に即応するやう心の切換を断行すること 安易と豊富とを求むる柔弱なる精神の存在を許さずこの際断然之を決戦的に切換へ国民中一名の落伍者もなく確固不動の戦場精神を以て終始すべきなり (一〇) 皇軍に感謝すること 常に思ひを戦場に致し護国の英霊に感謝の誠を捧ぐると共に皇軍の勇戦奮闘に応ふることに努むべきなり 五 決戦生活具体的実践事項 決戦生活の具体的実践事項に就ては従来隣組回覧板常会徹底事項大詔奉戴日実施事項其の他運動要綱に依り一般に充分知り尽しある処なるを以て本要綱に於ては新事項及特別のものを除く外は細部に亘り之を述べず只従来の事項を総合的に列挙し各人の実践せるものに照し合せ未だ実施せざる事項を取り上げ速に全事項を実践する為に便せんとす ㈠ 衣生活に就て (イ) 新調を見合せ已むを得ず新調するときは男子は国民服女子 は標準服とすること (ロ) 服装を簡素化し決戦生活に適する如く工夫すること (ハ) 臓衣及古着を充分活用し且つ婦人標準服の普及に努むること (ニ) 防空服装の着用徹底に努むること (ホ) 空襲其の他非常災害の場合を顧慮し襟裏等に住所氏名を記入せる片布を附すること ㈡ 食生活に就て(詳細別記の如し) (イ) 極力玄米食を用ふること (ロ) 混食雑穀食を用ふること (ハ) 右の外雑草樹根等より採取して食糧に供し得るものを利用すること 右三項は国内食糧自給の為食糧増産と相俟つて実行すべき緊要事なり殊に米のみに依存するは絶対に不可なり此後の戦局の推移天変地異其の他非常災害等を顧慮せば雑穀雑草食を研究し之を常食となす覚悟と実行とを必要とす ㈢ 住生活に就て (イ) 不必要なる住宅は之を戦力増強の為進んで提供すること (ロ) 寺院教会等の建物は可成戦力増強の為に活用すること 住職並に教会主は勿論特に檀家及信徒は戦力増強の為には進んで之を提供すること (ハ) 勉めて家具の新調を見合せ一般に必要ならざる家具調度を有する家庭は之を供出し新家庭に利用せしむること (ニ) 家屋内の整理整頓を良くし空襲火災其の他非常の際に備ふること (ホ) 電気及瓦斯其の他燃料を極力節約し戦力増強に努むること㈣ 其の他の事項に就て (イ) 航空兵海軍兵船員に子弟を志願せしむること (ロ) 軍人援護に努むること (ハ) 応徴士の援護に努むること (ニ) 船員の援護に努むること (ホ) 貯蓄を益々増強すること (ヘ) 空閑地の利用 (ト) 冠婚葬祭等を厳粛簡素に行ふこと(詳細別記の如し) 本項に就ては最も必要にして且従来実行頗る困難なるに顧み次の如く其の基準を定めたるを以て各市町村に於ては基準に示す範囲内に於て各々其の地方及家庭の実状に応ずる如く研究工夫をなし之を実施するものとす 〔別記一〕 決戦食生活方策 一 方針 決戦下緊迫せる国民食糧確保の為め政府に於ては凡ゆる食糧増産緊急対策を講ぜられ着々として其の成果を挙げられつゝありますが一方之と平行して其の消費の面に於て規制方策を忽がせにする時は所期の目的は完全に達成されません 茲に於て此際全県民総蹶起して一大決意の下に食生活刷新を断行し速かに外米依存より脱却して食糧の国内自給不敗の態勢を整へると共に剛健なる心身を養成し以て大東亜戦を勝ち抜きませう 二 方法 イ 玄米皆食の断行 ○当支部発行の「玄米食の炊き方」隣組読本を参考にすること○二三割の節米となり栄養保健上よろしく食生活簡素となり生活が安定します 「参考」 米の精白度による各栄養分の損失(大阪衛生試験所調) ロ 混食混炊の実行 ○甘藷馬鈴薯南瓜大根等の蔬菜類麦大豆粟稗等の雑穀の混炊混食 ○間食に使用せず必ず混炊にすること 「参考」 ○各食品百瓦中のビタミンB1B2の割当 (横須賀海軍軍需部調) ハ 郷土食の励行 ○其土地々々に古来より伝へられたる雑穀雑草其他を利用せる郷土食の励行 ニ 代用食の新工夫 ○現在の配食量にて玄米食にすれば充分足りるのみならず剰余を生ずる筈なれど子供等多き家にては当分の間代用食を工夫して補ふこと ホ 食用野草薬用野草等の利用 ○のぜりたんぽぽせりにら山牛蒡其他種々の野草の中に栄養価高きものあり之等を研究利用すること へ 過食抑制 ○日本人は元来過食の習慣ありと云はる 必要栄養分以上の過食の陋習を矯正すること ト 完全咀嚼 ○適当な食物を完全に咀嚼して其の食物の栄養を百パーセントに摂取すること ○完全咀嚼すれば今迄の量の三分の二又は半分にて栄養価充分なりと云はる チ 科学的調理の工夫 ○計量を正確にして時間や物資の無駄を省く ○分量の予定を正確にすること ○限られたる調味料による新工夫 ○食物の栄養的取混ぜ ○調理法の研究 一般に野菜類等煮過ぎる傾向あり之は其の物の栄養価を損じ味も落ち燃料にも関係します リ 果実蔬菜の皆食励行 ○果実蔬菜類は実と皮の間に栄養価ありと云はる 皮ごと食する習慣をつけること蜜柑など皮ごと食すれば一ケにて充分となる ○芋類大根等も皮ごと調理すること 果実蔬菜類の皮の部分には実の部分より四、五倍の栄養価あると云はる ヌ 食物貯蔵法の工夫 ○乾燥蔬菜干飯等食品貯蔵につき工夫すると共に防空時の食品につき平素より研究と用意を怠らぬこと ル 残物の利用更生 ○煮物残物蔬菜類の屑等の活用 ○養豚養兎養鶏等の飼料 ○農作物の肥料 ヲ 皆食の実行 ○汽車食堂等には未だに残飯相当量ありと云ふ食物の皆食を実行すること ワ 共同炊事 ○農村等に於て農繁期のみに限らず恒久化すること カ 共同献立 ○共同炊事の前提として都市隣組等より研究実行すること ヨ 台所の改善 ○台所を出来るだけ能率的又は衛生的に工夫すること タ 節食の修練 ○一日二食励行を試みること健康によろしく気分爽快となり能率増進し節米となり食物の真の味と有りがたさを知る 一ケ月一回より始め一週間一回として漸次恒久化す(但し過激労働者農業者等は漸減すること) 全国二食を励行すれば米二千万石以上余り国内生産米にて自給自足され一般健康も増進します ○一日断食 一ケ月一回より始め一週間一回位随時試みること 有事の際の準備ともなり前線を偲ぶ戦場生活の真の実践となる レ 無駄排除 食物を大切に取扱ふこと ○一世帯で一日一粒の米を無駄にすれば全国一日で二石九斗三升余(全国の世帯数約一八六七万世帯とし一升の米約六万四千粒として)一ケ年で一千六十九石余となる ○国民一人が一日三度の食事毎に一粒の御飯を茶碗に残せば九千万人として一日二億七千万粒一日四十二石余一ケ年一万五千三百九十五石余となる ソ 食物感謝の実践 ○毎日の食物は決して自分一人の力で食膳に運ばれたのではありません 神恩皇恩父母祖先の恩其他天地人一切の量り知れざる恩報によるもので皇国に於きましては畏れ多くも 上御一人からの賜りものです 食事毎に必ず報恩感謝の誠を捧げること 食前の詞として種々ありますが曩に当支部で常会の徹底事項として取上げた左記の詞を参考にすること 箸とらば天地御代の御恵み 君と親との御恩味はへ 頂きます 〔別記二〕 冠婚葬祭其の他の戦時様式規準 一 要旨 冠婚葬祭其の他儀礼は精神を主とし勉めて簡素厳粛ならしめ敢然旧套を脱し決戦に即応する如く努むるものとす 二 結婚様式の改善 ⑴ 見合 (イ) 見合は媒酌人の家庭若しくは之に準ずる場所を選び劇場料亭等を廃すること (ロ) 質実簡素を旨とし高価な服装や饗応は絶対になさざること(ハ) 相性十二支日取等の迷信に囚はれず双方合議の上健康診断書を交換すること ⑵ 結納 (イ) 簡素に約束の儀礼として行ふ程度とすること (ロ) 儀礼品としての指輪袴帯小袖等は之を全廃し末広熨斗に止めること (ハ) 結納金は少額(百円以内)に止め国債を用ひ又は単に目録のみとすること ⑶ 支度 (イ) 支度は双方合意の上極力簡素にすること (ロ) 調度衣類等は出来る限り新調を見合せること (ハ) 必要と余裕ある場合は貯金帳国債等を持参せしめ生活準備金として新家庭の堅実化を図ること ⑷ 式服 (イ) 式服は国民服団服制服婦人標準服等を用ふること (ロ) 振袖裲襠胸模様色直しは絶対廃すること 参列者の服装も之に準じ簡素にすること ⑸ 挙式 (イ) 挙式は神社家庭又は公共の場所を主とし簡素且厳粛に行ふこと (ロ) 挙式前国民儀礼を行ふこと (ハ) 神社以外の場所に於て挙式の場合は氏神に報告参拝を行ふと共に祖先の霊への報告を行ふこと (ニ) 神社其の他の挙式料はなるべく少額に止むること(廿円以下) ⑹ 披露 (イ) 披露宴は之を廃し通信を以て披露すること (ロ) 挨拶廻りは最少限度に止め金品を持参せざること ⑺ 結婚祝 (イ) 精神を主とし近親者以外は金品を贈らぬこと (ロ) 返礼は全廃すること ⑻ 其の他 (イ) 見合及記念写真はキヤビネ型八ツ切以内とす (ロ) 新婚旅行は廃止すること (ハ) 婚姻届は結婚式当日作製し速に届出づること 三 其の他の祝事改善 ⑴ 出産祝 (イ) 出産祝は精神を主とし可成物品を用ひず近親者のみに於て出来る限り貯金帳子宝貯金国債等で祝ふこと (ロ) 祝の返礼は行はざること ⑵ 御宮詣り 七五三には晴着の新調を全廃すること ⑶ 節句誕生祝金婚式還暦古希喜寿米寿等の祝事も時間と物資の徒費を避け簡素に行ふこと ⑷ 入営応召の歓送 精神を主とし簡素厳粛に行ふこと(別途県よりの通牒参照) 四 葬祭様式の改善 ⑴ 総て精神を主とし簡素厳粛に行ふこと ⑵ 死亡通知 (イ) 親戚の外は故人と親交ありし範囲に止め其の他は葬儀終了後通知すること (ロ) 新聞広告をなす場合は簡略を旨とし妄りに多数の名を連ね又は幾通りも掲載せざること ⑶ 通夜 (イ) 一般の通夜は九時を刻限とし酒食を全廃して御茶の程度に止むること (ロ) 出棺の際の立振舞は全廃すること ⑷ 喪服 (イ) 喪服は国民服団服又は制服婦人標準服等を用ふること (ロ) 一般参列者は礼を失せざる程度で簡素な服装とし喪服着用を要せざること ⑸ 葬列 (イ) 葬列は近親者のみとすること (ロ) 列立者も可成近親者等小範囲に限ること (ハ) 野辺送り自動車の使用は努めて之を制限し三台迄に止めること ⑹ 葬儀 (イ) 葬儀の時間を励行し相互に迷惑を掛けぬ様にすること (ロ) 会葬者に対する物品包切手等の配布品を全廃すること ⑺ 花輪香奠其の他 (イ) 花輪生花放鳥其の他供物等の寄贈は全廃すること (ロ) 香尊は精神を主とし小額に止め香奠返しは廃止すること (ハ) 会葬への礼状御礼廻りは全廃すること ⑻ 祭事法要 葬儀に準じて簡素を旨とし引物は全廃すること 五 実施方法 ⑴ 町村支部若しくは町内会部落会隣組に於ける実施事項の決定並に実行申合 (イ) 町村支部若しくは町内会に於ては夫々役員会を開き右基準に基き其の地域に適応せる実施の具体的事項を決定し各常会に於て実行の申合をなす (ロ) 各部落会隣組常会に於て決定事項を詳細説明し実行の申合をなさしむ (ハ) 新入者に対してはその都度世話役世話人より詳細に指導す ⑵ 各団体各職域への徹底 各団体各職域に於ても夫々之に協力実行せしむ ⑶ 当事者に対する指導 冠婚葬祭の当事者はその都度必ず隣組長部落会長町内会長要すれば支部長に申出で実施方法の指導を受けて取行ふものとす ⑷ 壮年団員 婦人会員 青年団員の協力 会員をして本運動の趣旨徹底に努め率先して改善様式の実行に当らしむこと ⑸ 貯蓄奨励 節約したる費用は冠婚葬祭節約貯蓄を行はしむる様指導す (仙石原村役場「村常会関係書」(昭和十六-十九年)箱根町役場蔵) 〔注〕通牒省略。 七三 足柄上郡仙石原村常会徹底事項 十二月常会徹底事項 昭和十八年十一月廿六日午後七時 午後九時 一 伝達事項 一 二百七十億貯蓄総攻撃期間設定ニ関スル件 大詔渙発第三年記念日ヲ迎へ前線将兵ノ士気大イニ振ヒ国民ノ必勝信念益々固ク敵米英撃滅ノ意気日ニ昂リ国内態勢ノ強化ト共ニ物的戦力ノ画期的増強愈々要望セラルヽ秋国民貯蓄ノ躍進的増強亦一層切実ノモノアリ 本年度上半期ノ貯蓄成績概ネ順調ニ進展シアルモ戦局ノ苛烈サハ二百七十億貯蓄ノ急速ナル達成ヲ期スベキ緊迫セル情勢ニアルヲ以テ今般「二百七十億貯蓄総攻撃」期間ヲ設定県民総蹶起「応召」ノ気魄ヲ以テ只管勤労ニ励ミ消費ノ節約ヲ断行シ誓ツテ貯蓄ノ増強ヲ期セザル可ラズ依ツテ本村ニ於テハ左ノ実施方策ニ依リ実施シ極力コレガ突破ニ努ムルモノトス 運動ノ名称 二百七十億貯蓄総攻撃期間 運動期間 自昭和十八年十二月一日 至昭和十八年十二月卅一日 運動期間中ノ増加目標額 六十億(本県三億円) 運動方法 各組ニ於テ国債貯金ヲ必ラズ励行シ貯蓄目標突破ニ一段ノ努力ヲスルコト 戦時生活ノ実践 応召ノ気概ヲ以テ衣食住ノ簡素化ヲ図ルコト 年末年始ノ贈答廃止 遊興宴会遊山等ノ自粛 二 十八年度産米供出ニ関スル件 聖戦ヲ勝チ抜ク為ニハ国民ノ総力ヲ挙ゲテ戦力増強ト果敢ナ実践ニ依ラナケレバナラヌ殊ニ食糧ノ確保ハ最モ緊要ナ事デ戦力増強ノ根本デアル而シテ此ノ食糧ヲ生産シ供給スル者ハ農家デアツテ之レガ完遂ハ農家ノ責任デアリ最大ノ義務デ農家ニ課セラレタ使命デアルカラ国家ニ御奉公スル唯一ノ臣道実践デアルカラ喜ンデ可成沢山供出スルコト此レガ為ニハ白米食ヲ絶対ニ禁止スルコト三 麦ノ増産ニ関スル件 前項ト同様国内ノ生産食糧ニ依ツテ自給出来ル様ニ麦ノ増産ニ専心ノ注意ヲ払ヒ殊ニ冬期ノ耕作ヲ怠ラヌ様セラレタシ 四 日本赤十字社員増募ニ関スル件 聖戦完遂決戦下ニ於テ赤十字社ノ活動ハ実ニ目ザマシキモノアリ本県ニ於テモ数次ニ渉リ救護班ヲ派遣シ重大任務ヲ遂行シ好成績ヲ挙ゲツヽアリ此レガ為メニハ多額ノ経費ヲ要スルコト論ヲ俟タザル所ニシテ全県下ニ社員増募割当テヲナシ必ラズ一戸一人当リ加入スルコトヽナリタルヲ以テ進ンデ社員ニ入社セラレンコトヲ望ム 二 協議懇談申合事項 一 常会出席督励並ニ書類整備ノ件 出席簿及常会記録会計簿等ノ整理ヲ完全ニシ殊ニ常会出席ヲ督励シ戦時下ニ於ケル国家中心意識ヲ深メ決戦生活ノ心構ヲ復読実践シ益々戦力ヲ増強セントス 〔欄外注記〕一 配給券ハ現品到着ノ後出スコト 砂糖 塩 期間ヲ可成余裕アル如クスルコト 一 醤油 味噌(需用家ノ要求スル程ナシ) 三 特別申合事項 十二月 師走 報恩感謝致しませう 報徳訓 『年々歳々報徳ヲ忘ルベカラズ』 大東亜戦争第二周年ヲ迎フルノ時ニ当リ戦局ハ益凄惨苛烈ヲ極メ第一次乃至第五次ブーゲンビル島沖航空戦ニ於テ赫々タル戦果ヲ収メ敵米英ノ出血ハ殆ト咯血的消耗戦ニシテ如何ニ豊富ナル物的資源モ無限ノ補充ハ不可能ナリ我等ハ皇軍将兵ノ勇戦奮闘ニ感謝スルト共ニ皇恩神徳ニ報ヰナケレバナラヌ年々歳々徳ニ報イルヲ忘レテハイケナイ特ニ本年ノ如キハ一層感謝ノ念ヲ昂メテ戦力ノ増強ニ努メマセウ 四 閉会ノ辞 一同起立 敬礼 (仙石原村役場「村常会関係書類」(昭和十六-十九年)箱根町役場蔵) 七四 町内会部落会等の機構整備指導に関する件通牒 二十下総第一八四号 昭和二十年三月二十三日 足柄地方事務所長 各町村長殿 町内会部落会等ノ指導ニ関スル件 町内会部落会等ノ整備及運営ノ指導ニ関シテハ屡次ノ訓令通牒ニ依リ夫々御措置相成居候処戦局ハ真ニ熾烈ニシテ将ニ危急ノ秋戦局ノ要請ニ即応シテ町内会部落会等ノ指導ヲ強化シ隣保自治ノ本義ニ基キ愈々結束ヲ固クシテ挙国戦争即生活ノ態勢ヲ確立シ以テ国民ノ全生活ヲ挙ゲテ戦力増強ト皇土防衛トニ寄与セシムルハ真ニ喫緊ノ要務ナリト被存此ノ際特ニ左ノ諸点ニ御留意ノ上真ニ非常ノ熱意ヲ以テ速ニ之ガ機構ノ整備及運営ノ指導ニ付格段ノ御努力相成度 記 一 機構ノ整備ニ関スル事項 ⑴ 町内会部落会等ノ役職員ニ付適任者ノ選任ニ一層ノ努力ヲ致スト共ニ之ガ指導ヲ強化シ苟モ其ノ地位ヲ濫用スル不正不当ノ所為ナカラシムルコト 役職員ニシテ若シ不適当ナリト認メラルヽ者アルトキハ実情ニ応ジ適宜措置ニ依リ之ガ更迭ヲ期セシムルコト ⑵ 市区町村ニ於テ直接町内会部落会等ノ指導ノ任ニ当ル職員ノ人選ニ付特段ノ意ヲ用ヒ指導力ニ富メル熱意アル人物ヲ起用シテ其ノ陣容強化ヲ期シ之ガ指導ヲシテ単ナル形式的事務ニ堕スルガ如キコトナカラシムルコト ⑶ 町村ノ職員ヲシテ地区別ニ町内会部落会等ノ分担ヲ定メ責任ヲ以テ之ガ指導並ニ市区役所町村役場ト町内会部落会トノ連絡ニ当ラシムル等ノコトヲモ考慮スルコト 二 常会運営其ノ他ニ関スル事項 ⑴ 常会ノ運営ハ形式ニ流レズ実践的ナルコトヲ旨トシ各種国策ノ滲透徹底ニ付一段ノ工夫ヲ致スト共ニ国民ノ憤激ヲ熾烈ナラシメ国策ノ遂行ニ対スル部民ノ自発的協力ノ風ヲ盛ナラシムル如ク指導スルコト ⑵ 町内会部落会等ノ指導ニ当リテハ其ノ国民ノ道徳的錬成ト精神的団結ヲ図ルノ基礎組織タル点ニモ深ク留意シ之ヲシテ単ナル行政補助的下部組織ニ堕スルガ如キコトナカラシムルコト ⑶ 非常事態ニ際シテノ防空防火救護等ノ諸活動及増産供出等ニ付隣保相扶ノ団結ニ依リ総力ノ発揮ニ遺憾ナキ対策ヲ樹立実施セシムルコト ⑷ 町内会部落会等ノ指導ニ対シテハ大政翼賛会ニ於テ設置セル指導委員トノ連繋ヲ密ニシ之ガ指導ノ一元化重点化ヲ徹底スルコト (仙石原村役場「振興書類」(昭和十八-二十年)箱根町役場蔵) 七五 常会指導員選定に関する件通牒 二十下総発第四四四号 昭和廿年四月廿八日 足柄下地方事務所長三橋甚蔵(印) 仙石原村長殿 常会指導員選定ニ関スル件 有史以来世界戦史ニ見ル長期戦ノ勝敗ハ四年目ノ危機ヲ切リ抜ケ得タル国ニ勝利ノ栄冠アリ之ニ躓ケル国ハ悲シムベキ運命ヲ辿ルノガ常ナリ 今ヤ我ガ国ハ大東亜戦争四年目ノ危機ニ直面シ又四年目ノ神機ヲ得テ居ルノ時ナル故特ニ国民ノ士気ヲ昂揚シ最後迄頑張ルノ気魄ヲ養フコト極メテ緊要ナリ而シテ之レガ指導教化ハ各種常会ノ運営強化ニ俟ツコト甚ダ多シ然ルニ近来稍モスレバ常会ニ弛緩ノ風アルハ洵ニ遺憾トスル所ナルヲ以テ各町村ニ於テハ各種常会ノ指導ニ重点ヲ置キ左記要項ニ依リ常会指導員ヲ選定シ強力ナル精神教化ヲ実践セラレ聖戦完遂ノ目的ヲ達セラルヽ様特段ノ御努力相成度尚選定セラレタル人名ヲ左記様式ニ依リ来ル五月十日迄ニ御報告相成度此段及通知候也 記 常会指導員選定要項 一 選定人員 一町村 五名乃至十名 二 選任範囲 役場吏員学校職員町村参与町村会議員大政翼賛会役員各種団体長其他有識者中ノ熱意アル実践者タルコト三 指導要領 毎月町内部落隣組婦人常会等ノ日割表ヲ作成シ指導者出場計画ヲ樹立スルコト 様式 常会指導者人名報告書 何町村 住所生年月日職名略歴役職名指導者氏名 (仙石原村役場「振興書類」(昭和十八-二十年)箱根町役場蔵) 七六 アメリカなど交戦国の文書図画等届出制周知徹底の件通知 相発第九九号 昭和二十年四月五日 相模原町長(印) 各出張所長殿 敵ノ文書図画等ノ届出等ニ関スル省令制定周知徹底方ノ件 標記ノ件警察署長ヨリ通知有之次第ニ付管内一般ニ周知徹底方御取計相成度 敵ハ客月十六十七ノ両日艦載機ニヨル本土爆撃ヲ敢行シ其ノ際当管下ニモ多数ノ宣伝ビラヲ撒布シ更ニ最近大阪府下工場地域ニ約二十万枚ノ宣伝ビラヲ撒布セル等銃後ノ思想謀略ハ執拗ヲ極メツツアリ之ニヨリ一部ニ於テハ既ニ之等宣伝ビラ撒布ニ関スル流言行ハレ居ル状況ニ鑑ミ此ノ際左記回覧板要領ニヨリ至急町内各隣組ニ回覧セシメ省令ノ周知徹底並之ニ対スル部民ノ自発的協力的気運ヲ喚起シ敵ノ思想謀略ヲ封殺セラルル様御取計相成度此段及依頼候也 尚回覧板要領記載ノ冒頭ニ当局ヨリノ依頼ニ基キタルモノナル旨附記相成度 (左記) 回覧板要領 昨秋以来敵機ノ本土空襲ハ漸次熾烈ヲ加ヘテ参リ之ニ伴ヒ敵側ハ予期セル如ク各地ニ多数ノ宣伝ビラヲ撒布スルニ至ツタノデアル 従来当局トシテハ指導ニヨリ之ニ宣伝ビラ等ノ提出ヲ求メ今日迄県民ノ理解アル協力ニヨリ極メテ良好ナル成績ヲ収メツツアルガ今後敵ノ策動ハ執拗且ツ巧妙ヲ極ムルモノト予想セラレ度重ナルト遂ニハ届出等モ怠リ勝ニナリ敵側ヨリ付込マレル隙ヲ招来スル虞ガアルノデ今回規則ヲ定メ届出又ハ提出義務ヲ明確ニシ県民ノ協力ヲ求メル次第デアルガ左記了知ノ上敵側ノ謀略宣伝ヲ破摧シ以テ防諜ニ協力願ヒマス 神奈川県警察部 上溝警察署 記 一 敵ノ文書図画等ノ届出等ニ関スル件 (昭和二十年三月十日内務省令第六号) 敵ノ撒布又ハ送付シタル文書図画其ノ他ノ物件ヲ発見シ又ハ拾得若ハ収受シタル者ハ速ニ之ヲ警察官吏ニ届出デ又ハ差出スベシ 故ナク前項ノ届出又ハ差出ヲ怠リタル者ハ三ケ月以下ノ徴役若ハ拘留又ハ百円以下ノ罰金若ハ科料ニ処ス 二 (イ) 右ノ文書図画トハ 宣伝謀略用ビラ偽造衣料切符等ノミナラズ不用意又ハ墜落ノ際ニ落下セル参考図書ノコトデアル (ロ) 其ノ他ノ物件トハ 謀略用偽造紙幣万年筆菓子等ノコトデアル 以上 (麻溝出張所「時局関係綴」(昭和二十年)相模原市立図書館蔵) 七七 空襲時における情報放送の周知に関する件通知 相収第四六八号 昭和二十年四月十一日 相模原町長(印) 各出張所長殿 敵襲時ニ於ケル情報放送ノ周知ニ関スル件 敵襲時ニ於ケルラジオニ依ル情報放送ヲラジオ聴取者以外ノ者ニ周知セシムルコトハ最近ノ警報発令方法ニ鑑ミ且亦真空管不足ニ依ルラジオ聴取可能者ノ減少傾向ニ鑑ミ特ニ必要アリト認メラルヽヲ以テ至急左記ニ例示セルガ如キ措置ヲ講ゼラルヽ様一般へ周知方万遺憾ナキ様御配意相成度 追テ本件省営及私営交通機関ノ停車場ニ於ケル周知方ニ関シテハ運輸通信省ヨリ別途手配済ニ付御了知相成度 記 一 普通地域ニ於ケルモノ 隣組等ニ於テラジオノ設置ナキ家庭ニモ情報放送ヲ聴取シ得ルヤウ敵襲時ニ組内適当ノラジオヲ高声ニ戸外ニ向ケ掛ケシムルコト右ニテモ定ラザル時ハ適当ナル担当者(防火群長隣組長等ニシテ家庭ニラジオヲ有スルモノノ如キ)ヲ定メ置キ情報放送ノ都度巡回又ハ拡声器若ハメガホン等適当ナル方法ニ依リラジオ施設ナキ組員ニ周知セシムルコト 二 公衆ノ集合スル場所ニ於ケルモノ 公衆ノ集合スル場所(劇場映画館公集堂大商店等)ニ於テハ其ノ管理者ヲシテ拡声器ニ依リ(拡声器ナキ場合ハ適当ノ方法ニ依リ)情報放送ヲ直ニ集合者ニ伝達セシムルコト 三 交通者ノ多キ街路ニ於ケルモノ 市町村又ハ警防団等ヲシテ遊休ノ拡声器其ノ他ノ資材ヲ活用シテ拡声器ヲ施設セシメ又ハ沿道ノラジオ所有者ヲシテ其ノ設備ノ許ス限リ成ルベク高声ニ街路ニ向ヒラジオヲ掛ケムシムルコト等ニ依リ通行者ガ情報ヲ聴取シ得ルヤウ図ルコト 之ガ為拡声器ノ蒐集ニ付速ニ適当ナル措置ヲ講ズルコト 四 一般ニ対スルモノ 既ノ計画ノラジオ班ヲ活用スル外警察署及警防団等ハ前項ノ拡声器其ノ他メガホン等ヲ利用シ情報放送ヲ必要地域ニ伝達スルコト追テ二、三、四ハ既ニ各警察署ニ於テ実施中ノモノニツキ為念 (麻溝出張所「時局関係綴」(昭和二十年)相模原市立図書館蔵) 七八 撃墜敵機搭乗員に対する地方官民の措置に関する件通牒 相収第三六七号 昭和二十年四月十一日 相模原町長(印) 各出張所長殿 撃墜(不時着)敵機及搭乗員ニ対スル地方官民ノ措置ニ関スル件 敵空襲ノ激化スルニ伴ヒ今後彼我飛行機ノ墜落及搭乗員ノ落下傘ニヨル降下等ノ事案激増スベキニ鑑ミ曩ニ警察署長ヨリ関係機関ニ対シ之ガ措置ニ関シ指導ノ徹底ヲ図リツヽアル処ナルモ一部ニ於テ其ノ徹底不十分ニシテ敵味方ヲ誤認シ之ガ措置ヲ誤リタル等ノ事案発生セル場合アルヲ以テ今般本省ヨリ通牒ノ次第モ有之警備機関ノミナラズ隣組一般ニモ其ノ措置ニ関シ回覧板常会等ヲ通シ周知徹底セシムル様致度ニ付テハ左記文案ニヨリ御措置相成度此段及通牒候也 記 回覧文案 空襲が激化するに伴ひ激撃戦の結果友軍又は敵の飛行機墜落不時着及び搭乗員の落下傘による降下等があると思はれますが此等を見たら直ぐ最寄憲兵隊又は警察官警防団に届出をすると共に左の事柄に御留意して下さい 一 飛行機の墜落又は不時着を見たら友軍機の場合は出来得る限り火災の消防乗員の救出に努め敵機のときは爆弾等により危険の場合もあるから近寄らないこと 二 落下傘により降下した搭乗員は飛行服装の為敵味方の区別が判り難く負傷又は気絶状態のことが多いので昂奮せずよく注意して友軍の勇士ならば速く救護し不幸にして戦死されて居たら鄭重に取扱ひ軍隊から引取に見える迄適当の場所に安置すること 三 落下傘により敵兵が降下した時は大勢で取り囲み又は武器等で嚇かして捕へ若し逃走又抵抗の気配を示して危険のときは力を合せて之を捕獲すること 四 捕獲した敵兵は軍で有利な情報をとる必要があるので捕へた以上は昂奮して私刑的行為を加へたりせず届出により引取に来る迄監視し機体部品特物等が落ちてゐたら隠さず届け出ること 五 此等の事柄に就いては防諜上口外を慎み流言を散らす様なことを絶対に防ぐこと (麻溝出張所「時局関係綴」(昭和二十年)相模原市立図書館蔵) 第二編 昭和戦後(一) 第一章 政治改革 第一節 敗戦と県民地域 七九 横須賀終戦連絡委員会業務報告(一-二) ㈠ 横須賀終戦連絡委員会業務報告(昭和二十年九月前半期) 第一 準備期間 東久邇内閣総理大臣宮殿下ハ昭和二十年八月末横須賀ニ入港及上陸予定ノ連合国軍ニ対シテ撤退地域ニ於ケル諸情報ヲ提供シ進駐準備ヲ容易ナラシムルト共ニ其ノ要求スル進駐ニ応ズル基地ノ整備及宿舎並ニ給養等ノ統制斡旋ト之ニ伴フ案内接待等ニ関スル事務ヲ処理スル為八月二十四日附ヲ以テ横須賀鎮守府司令長官戸塚海軍中将ニ令旨ヲ賜ヒ仝地ニ之ガ連絡委員会ヲ設置シ二十五日ヨリ業務ヲ開始スベキ旨命ジ給ヘリ依テ戸塚中将ハ二十四日海軍側委員ヲ招集スルト共ニ外務省外各省ニ対シ委員ノ派遣方要望シ越シタルニ付本省ヨリハ太田(三郎)書記官西山(昭)事務官及長谷川(孝昭)属ヲ帯同シテ横須賀ニ出張シ本委員会ノ創設ニ参画セリ 八月二十七日戸塚委員長ハ前日来東京湾口ニ停留中ノ連合国軍艦ニ連絡ノ為幕僚高崎参謀(別ニ通訳将校一名)ヲ派遣セルガ仝日夕刻仝参謀連合国側要求事項(文書ニ依ル)ヲ持参シテ帰還シ右回答ハ翌二十八日十三時三十分迄英文ヲ以テ為スベキ旨伝ヘタルニ付委員会ハ小村参謀長以下総員徹宵之ガ翻訳ト準備ニ忙殺セラレタリ 本要求要旨左ノ如シ 一 日本軍隊ハ九月二日十八時迄ニ最小限度ノ必要人員ヲ残シテ逗子金沢ヲ結ブ線外ニ撤退スベキコト 二 軍事施設ハ迅速ニ指定通整頓シ引渡準備ヲ完了スベキコト 三 通訳及案内人ヲ指定ノ員数及位置ニ配備シ置クコト 八月二十八日十三時三十分川畑参謀副長竹宮少尉(通訳)ヲ帯同シテ連合国艦隊ニ赴キ米国側ニ対シ前日ノ回答文ヲ手交セリ 仝日夕刻川畑参謀副長ハ若干ノ注意書ヲ受領シテ帰来セルガ其ノ要旨左ノ如シ 一 連合国海軍ハ曩ニ提示セル約束ニ随ヒ八月三十日横須賀地区ニ上陸ヲ開始ス其ノ際路上ニ群集又ハ車輛ノ通行往来ヲ禁止ス 二 連合国空軍ハ上陸ニ先立ツ二十四時間内ニ飛行機上ヨリ消毒薬ヲ撒布スベク右ハ蚊其ノ他虫類ノ撲滅ニ有効ナルモノニシテ撒布機ハ白煙ノ如キモノヲ曳クベキモ市民警怖スルニ及バズ 八月二十九日当鎮守府司令部ハ連合軍側ノ要求ニ基キ三笠会館ニ移転シ連絡委員会事務所モ同様右ニ移一転セリ 尚仝日本省派遣ノ通訳三十名(全員東京都中学教員)来着セルヲ以テ幕僚会議ヲ開催シ各省派遣員ト協議ノ上之ガ配置ヲ定メ所要事項ニ付最後的打合セヲ為シ米軍上陸ニ対スル一切ノ準備ヲ完了セリ 因ニ本省派遣員ハ太田書記官速日帰京シ西山事務官及長谷川属(官補書記生)ノ二名ニテ当面ノ事務ヲ処理シ居リタル処其ノ後古沢官補書記生岡本中島両嘱託及女子「タイピスト」弐名ヲ追加シ八月二十九日本官関副領事ヲ帯同シテ来援シ鎮守府幹部トモ協議ノ上三十日ノ上陸ニ備ヘタルガ事態ノ推移ニ随ヒ爾来引続キ当地ニ滞在連絡並ニ事務ノ処理ヲ統轄シ居ル次第ナリ 第二 米軍上陸初期ニ於ケル動向 九月三十日午前十時「ハルゼー」米国第三艦隊司令長官代理「バツヂヤー」少将ハ海軍桟橋ヨリ上陸シ仝桟橋上ニ於テ戸塚横須賀鎮守府司令長官ヨリ引渡書ノ転達ヲ受ケタリ 終ツテ午前十時半米国海兵隊ノ一部ハ完璧ノ戦時武装ヲ以テ桟橋ヨリ上陸ヲ開始シタルガ先鉾隊ノ一部(十数名)ハ機関銃小銃等ヲ擬シツヽ三笠会館内司令部事務室ニ侵入シ来リ将校二三名ニテ保管武器ノ存否ヲ確カメ案内役タル横鎮幕僚畠山参謀中佐ノ説明ニテ納得シ司令部玄関ニ兵数名ヲ残シテ退室セルガ孰レモ興奮緊張ノ面持ナリシモ我方ノ態度極メテ平静ニシテ何等興奮ノ色ナク紳士的応待振リニ米国将兵モ漸ク安堵セルモノノ如シ 他方市内ニ於テハ米国側ヨリ「上陸開始後占領指定地区附近ノ路上ニ動クモノハ人畜ノ如何ヲ問ハズ総テ飛行機ヨリ掃射スベキ」旨ノ予告アリタル為仝日ハ早朝ヨリ市民ノ住来影ヲ潜メ上陸米軍ハ横須賀駅前ヨリ警備隊本部前ニ到ル鋪装道路占領地区ヲ限界トシテ之ヲ占拠シ十数間毎ニ歩哨ヲ立テテ監視ヲ行ヘルガ占領地区内外共至ツテ平穏ニシテ一発ノ発砲事件モナク極メテ平和裡ニ進駐ヲ了シタリ然ルニ米軍上陸後六時間以内ニ米兵ニ依ル強姦既遂三件仝未遂一件及腕時計金銭巡査ノ帯剣小銃等ノ掠奪事件アリテ人心ノ動揺蔽ヒ難キモノアリシガ鎮守府幕僚ヲ中心ニ外務内務両省委員憲兵隊警察側代表ト協議ノ上上陸軍指揮官「バツヂヤー」少将宛公文ヲ以テ右取締及処分方ヲ申入ルルコトニ決定シ一括之ヲ米側ニ提示セリ 上陸米兵ノ動静ヨリ察スルニ当地区上陸米兵ハ太平洋上歴戦ノ海兵隊ニシテ当初心身共ニ疲労シ居リ気分荒ビ感情ヲ自制スルコト困難ニシテ酒色ヲ追求シ戦利品又ハ「スーヴエニア」トシテ入手シ得ル物品ハ手当リ次第掠奪セントスル傾向ヲ有シ居リタルガ米軍指揮官ノ威令ノ浸透ト統制力ニ依リ日ヲ逐フテ平静ニ復シ治安ハ日々ニ好転シ民心モ次第ニ安定スルヲ得タリ 第三 連絡会議(連絡委員会会報) 曩ニ連合軍ノ進駐ニ伴ヒ総理大臣宮殿下ノ令旨ニ基キ当地ニ戸塚鎮守府司令長官ヲ委員長トスル連絡委員会ヲ設置シタル次第ナルガ其ノ機構モ横鎮幕僚ヲ主体トシテ外務内務陸軍大蔵農商運輸及逓信ノ各省派遣員ヲ配合シ当初之ヲ総務部対外部及対内部ノ三部ニ大別シテ当面ノ事務処理ヲ計リ来リタル処其ノ後右ヲ総務部会連絡部会及処理部会ノ三部会組織トシ各部会ニ幹事長一名幹事二名委員及委員附若干名ヲ置カントセルモ終戦事務ノ処理上不便多ク仍テ本官ノ提案ニ基キ之ヲ総務部会軍事部会及民事部会ノ三部会ニ変更シ(別添付録一参照)一般軍事問題ハ川畑参謀副長ヲ幹事長トシ陸海軍関係官ノミヲ以テ組織セル軍事部会ニ於テ又民事全般ハ本官ヲ幹事長トスル民事部会ニ於テ夫々処理スルコトトセリ 尚本委員会ハ終戦事務処理上直接関係ヲ有スル横須賀市役所仝警察署仝駅及郵便局警備隊電気通信工事局税務所興信銀行支店三浦地方事務所東亜交通公社等ノ幹部ニ夫々事務ヲ委嘱シ(付録二参照)而テ連日午後四時ヨリ三笠会館内事務室ニ会合シテ各方面ノ情報及意見ノ交換ヲ為シ事件ノ処理方針ヲ決定シツヽアル次第ナリ〔以下略〕 〔注一、二〕別添省略。 ㈡ 終戦連絡横須賀事務局業務報告(昭和二十年十月) 第一 終戦連絡地方事務局ノ開設 昭和二十年十月一日勅令第五五〇号ヲ以テ終戦連絡事務局官制改正公布セラレ次デ十月十日右官制第二条ニ基キ外務省告示第五号ヲ以テ横須賀市ニ終戦連絡地方事務局開設セラレ「終戦連絡横須賀事務局」ト呼称セラルルコトヽナリ本官之ガ事務局長ニ任命セラレタル次第ナル処爾来横須賀終戦連絡委員会ハ横須賀鎮守府司令長官ヲ以テ委員長ニ充テラレ居タルガ其ノ実質ハ漸次海軍側ヨリ各省委員ニ事務ノ担当ヲ移譲セラレツヽアリシ次第ニシテ十月二十日戸塚中将連絡委員会委員長ヲ辞任シ右ニ伴ヒ鎮守府幕僚並ニ関係官一同久里浜旧通信学校ニ移転シ海軍側ヨリ川畑参謀副長(少将)泉大佐久馬及藤田(主計)中佐並ニ山内主計大尉ノ五名他ニ陸軍側ヨリ塚田大佐当事務局ニ残留スルコトヽナリ右ニ運輸省ヨリ吉武書記官及黒田事務官ノ来任(連絡官トシテ)ヲ得テ茲ニ新タナル発足ヲ見ルニ到リタル次第ナリ 依テ本官ハ十月二十五日公文ヲ以テ左記関係当局者ニ対シ前記地方事務局ノ開設ト本官事務局長就任ノ旨ヲ通告スルト共ニ委員会規程ノ先例ニ慣ヒ当事務局ノ事務ヲ委嘱セリ 記 横須賀市助役 加藤木保次 仝 市総務部長 松本烈 仝 市経済部長 羽生健次 仝 市土木部長 大村四郎 仝 市水道部長 神田真美 神奈川県横須賀土木出張所長 長谷川正勝 横須賀警察署長 山本圀士 仝 警部 松尾久一 仝 警部補 中村美 横須賀駅長鉄道官 山本義夫 神奈川県商工経済会横須賀支部長 松田徳太郎 仝 仝支部事務長 手島三郎 横浜興信銀行横須賀支店長 日本交通公社横須賀事務所長 巌野可明(日銀代理店) 三宅侃二 横須賀海仁会病院長 長谷川静一 横須賀税務署長 金子五郎 横須賀郵便局長 石井新蔵 横須賀電話工事局長 北園良雄 関東配電神奈川支店横須賀営業所長 角田孝太郎 横須賀国民勤労動員所長 深津直四郎 専売局横須賀出張所長 菅沼要 神奈川県三浦地方事務所長 渋谷寛吾 船舶運営会横須賀出張所長 和田金五郎 因ニ外務省側連絡官並ニ職員ハ左ノ通 終戦連絡横須賀事務局長連絡官 高岡禎一郎 連絡官 佐藤由已 仝 宇井儀一 仝 笠井重雄 仝 関興吉 仝 秋山孝 連絡官補 本多信寿 仝 長谷川孝昭 仝 古沢一男 官補書記生 岩間龍夫 嘱託 鈴木藤蔵 仝 中島薫 仝 内田勇(十月九日採用) 仝 山田孫次郎(十月二十五日採用) 仝 堀江生蔵 仝(タイピスト)横山リリ 前記機構ノ切替ニ依ル事務局ノ業務ハ概ネ委員会当時ノ体系ヲ踏襲スルコトヽセルガ軍事問題ニ関シテハ前述六名ノ陸海軍武官之ガ掌ニ当リ民事問題ニ関シテハ旧民事部会職員及運輸厚生(当時未赴任)両省連絡官ヲシテ之ヲ担当セシメ又庶務及会計ニ関シテハ十月十七日庶務一般ヲ木村主計大尉ヨリ仝十九日会計事務ヲ藤田主計中佐ヨリ夫々引継ヲ了シ本省側職員ヲシテ之ヲ管掌セシムルコトヽナレリ尚九月末米国第三艦隊帰国シ第五艦隊旗艦「ニユージヨージア」号横須賀ニ来航シ当港ヲ根拠地ト定メタルニ依リ海軍ニ於テハ武器弾薬軍需品及海軍諸施設ノ引渡ニ関シ第五艦隊ト連絡ノ為メ十月一日矢野少将ヲ機関長トスル連絡機関ヲ開設シ当事務局(当時委員会)庁舎内ニ事務所ヲ置キ十月三日矢野機関長実松大佐以下五名ノ補佐官及職員ト共ニ来任シ執務ヲ開始セルガ右ニ対シ内務省側ヨリ井上書記官坂東事務官及属官一名調査部派遣員トシテ之ニ参加セリ 第二 労働問題 進駐軍ニ対スル労務ノ供給ハ「ポツダム」宣言履行上重要ナル要素トシテ連合国最高司令部指令第二号四ニ明示セラレ居ルモノニシテ本問題ニ付テハ各地ニ於テ幾多困難ナル事態ヲ招来シ居ル趣ナルガ当地方ニ於テモ種々煩雑ナル事件ノ発生ヲ見居ル次第ナル処其ノ主タルモノヲ列挙スレバ ㈠ 労務省ノ出動員数ノ不足 ㈡ 労務者ノ怠慢及窃盗行為 ㈢ 継続事業ニ関スル労務者ノ「顔触」ノ変更 ㈣ 雨天其ノ他荒天日ニ於ケル出勤率ノ激減 ㈤ 労務者ノ賃銀ノ支払問題 ㈥ 少年及老年者ノ労務従事 右㈠及㈡ニ関シテハ九月中旬以来米側指揮官ヨリ本官並ニ警察署長ニ対シ其ノ都度不満ヲ表明シ我方ノ善処方ヲ強要セルガ十月一日「ケツシング」代将山本警察署長ヲ招致シ(イ)労務者ガ常ニ米側要求数ニ満タザルコト及(ロ)「セイムメン・セイムジヨツブス」(Same men S-ame jobs)ノ主旨ヲ徹底セシムベキコトヲ命ジ右解決不可能ナルニ於テハ断固タル措置ヲ執ルベキ旨言明セリ 警察当局トシテハ之ガ対策トシテ労務者ノ斡旋及統制ハ勤労動員署ニ於テ之ヲ担当アリ度キ旨希望シ又労務者ノ監督ノ設置等ヲ考慮セルモ結局労務請負業者ノ責任ニ於テ之ガ解決ヲ計ルコトニ決定シ労務者ノ怠慢ニ対スル警察ノ取締ヲ強化セシメ其ノ後事態ハ漸ク好転シ偶々十月四日荒天ニ於ケル火薬投棄作業中海上ニ於テ爆発事故発生シ四十四名ノ遭難者ヲ出ダシ(死者及行衛不明三十五名重軽傷九名)内本省臨時嘱託通訳二名ハ重傷ヲ負ヒ九死ニ一生ヲ得タル次第ニシテ米側ニ於テモ右犠牲者ニ対シ深甚ナル同情ヲ表明シ委員会ニ於テモ労働者災害扶助法ノ適用方ニ付研究スルコトヽセルガ九月下旬以来荒天屡々ニシテ労務者ノ出席数ノ激減ヲ見タルモ米側ニ於テハ寧ロ雨衣ノ提供ヲ考慮スル等同情的態度ヲ示シ来タレリ 然ルニ他面労銀ノ高騰ト需要ノ増大ニ伴ヒ労務者中ニ少年乃至老年者ヲ交フル傾向著シク十月二十七日「ケツシング」代将本官ヲ招致シ(イ)労務者ノ供給ヲ尚一層充分ナラシムルコト及(ロ)老人及少年ノ使用禁止方ヲ要求セルガ翌二十八日米軍司令部構内清掃者中ニ数名ノ少年ヲ含ミ居ルヲ発見セラレ「ケツシング」ハ再ビ本官及警察署長並ニ業者側責任者ヲ招致シ現場ヲ指摘シテ最後的考慮ヲ促シ前記二項((イ)及(ロ))ノ厳守方ヲ命令セルヲ以テ爾後警察側ヲシテ米司令部前其ノ他労務者集会地点ニ三名ノ警官ヲ配置シテ出勤労務者ノ減員ト老少年ノ参加ヲ防止セシムルコトヽセリ 次ニ米側ニ於テハ労務者(就中熟練労務者)ノ賃銀支払ニ付キ大ナル関心ヲ抱キ労務監督士官中個別的ニ事務局ニ問合セヲ為シ来タル者アリタルガ他方米軍司令部内労務係官ニ於テ佐藤連絡官ト之ガ支払方法ニ関シ種々協議ヲ重ネタル結果十月十七日米軍基地指揮官(Captain of the Yard) ヨリ戸塚中将並ニ本官ニ宛テ左記趣旨ノ指令ヲ送達シ越セリ(附録一参照)既チ 一九四五年十月十五日佐藤領事戸塚中将及米国陸海軍士官協議ノ結果熟練労働者ノ各組ノ代表ハ姓名住所及支払ヲ受ケザル労働時間ヲ纒メタル名薄ヲ日本政府当局ニ差出シ各組ノ米国監督官ハ本名薄ニ署名シ当該労務者ノ日本海軍関係者ナル場合ハ十月十八日迄ニ之ヲ戸塚中将ニ又一般市民ナル場合ハ之ヲ日本政府連絡事務局(高岡参事官宛)ニ提出シ十月二十日午後四時ヨリ五時迄ノ間ニ右名薄ニ基キ三笠会館内連絡事務局及海軍事務所ニ於テ賃銀ノ支払ヲ行ハルベク尚ホ自今毎土曜日同時刻本件支払ハ規則正シク為サルベキコト 右ニ随ヒ当事務局ニ於テハ熟練工及進駐軍ト直接契約ニ依リ雇傭セラレタル労務者ノ労銀支払ノ為メ準備完了シ居タルモ当日支払ヲ受ケタルモノ僅カニ数組ニ過ギザリシ状態ナリシガ其ノ後本旨令ノ徹底ニ伴ヒ之ガ支払ハ毎土曜日順調ニ行ハレツヽアリ尚元海軍工廠施設部及技術廠等ニ於テ終戦後引続キ元職場ニ留マリ進駐軍ニ労務ヲ提供シツヽアル海軍関係工員ニ対シテハ其ノ復員ト共ニ当事務局ヨリ支払ヲ受ケシムルコトヽナリ居レルガ又市役所其ノ他官公署直属ノ工員ノ賃銀ノ不均衡ニ関シテハ関係官公署ニ於テ研究セシムルコトヽセリ 以上当事務局ニ於ケル労務供給ノ概況ヲ申述ベタル次第ナルガ本件ニ関シテハ別号計細報告申進スルコトヽ致シ度ク為念申添フ 〔以下略〕 (「各地方軍政状況報告関係綴」(昭和二十年)外務省外交史料館蔵) 〔注一〕 本官とは終戦連絡横須賀事務局長高岡禎一郎をさす。 〔注二〕 附録一省略。 八〇 アメリカ合衆国進駐軍軍人宿舎勤務誓約書 誓約書 今般市役所ノ御斡旋ニ依リ米国進駐軍将校宿舎ニ就職致スコトヽ相成候処先方ノ申付通リ誠実ニ勤務シ国ノ名誉ト日本人ノ信用ヲ失墜致サヽル様心掛クルハ勿論斡旋者タル市御当局ニ対シテ御迷惑等ノ相掛ラザル様充分戒心留意致スベク茲ニ保証人連署ノ上誓約仕候也昭和二十年九月五日 横須賀市○○○○○○ 本人○○○○(印) 横須賀市○○○○○○ 保証人○○○○(印) 横須賀市長 梅津芳三殿 (「司令部将校宿舎傭人名簿」(昭和二十年)加藤木保次氏蔵) 八一 敗戦後の旧日本国軍隊の国家再建参加 昭和二十年八月十八日 突第一〇一三〇部隊長(印) 足柄下郡仙石原村長殿 当兵団作戦準備間ハ幾多障碍ノ発生ニモ不拘能ク軍ノ意ノ在ル所ヲ察セラレ労務等ニ絶大ナル御協力ヲ賜リ以御蔭短期間中ニ多大ノ成果ヲ挙クルコトヲ得誠ニ感謝ノ外ナク茲ニ衷心ヨリ識意ヲ奉表候 然ルニ事態ハ急転シ闘魂空シク悲涙ヲ呑ムデ矛ヲ収ムルノ余儀ナキニ至リタルハ折角ノ御尽力ニ対シ真ニ申訳ナキ仕儀ニ存候 此ノ上ハ唯々御聖断ノ御意図ニ副ヒ只管ニ大命ヲ待チ将来ノ国家建設ニ邁進仕度候 就者当兵団ニ於テ戦備ノ傍ラ左記事項ニ意ヲ用ヒ度候条貴管内ニ於テ御希望御要求有之候ハバ忌憚ナク御申越相成度乍微力万全ヲ尽ス所存ニ御座候 追而右要望ハ市役所地方事務所ニ於テ取纒メ一括御請求相成度依頼申上候 左記 一 道路小橋梁修繕 二 援農 三 小運送 四 戦災整理 (仙石原村役場「兵事書類」(昭和二十年)箱根町役場蔵) 八二 時局転換下の軍事援護に関する件通達 二十発兵収第一、三六四号 昭和二十年九月十七日 愛甲地方事務所長(印) 玉川村長殿 時局転換ノ下ニ於ケル軍事援護ニ関スル件 標記ノ件ニ関シテハ本月五日付二十発兵第一、三三三号ヲ以テ通知致置候処尚之ガ実施ニ際シテハ差当リ左記各項ニ留意シ特ニ町村ノ実情ニ即応シ迅速適切ナル措置ヲ講ズル様其筋ヨリ通牒有之候条急変セル時局下ノ軍人援護ニ遺憾ナキヲ期セラレ度 記 一 軍事扶助法ノ施行ニ当リテハ今後絶ヘズ召集解除又ハ除隊トナリタル下士官兵ノ実体ノ把握ニ意ヲ用ヒ其ノ扶助ノ継続又ハ変更或ハ廃止ニ細心ノ注意ヲ払フコト 一 急変セル時局ニ依リ軍人ノ遺族家族又ハ傷痍軍人等ニシテ新ニ生活困難トナリタルモノニ対シテハ軍事扶助法又ハ援護団体ノ援護ヲ迅速適切ニ実施スルコト 一 軍事援護事業計画ニ付テハ此ノ際再検討ヲ行ヒ実施ノ要ナキニ至リタルモノ又ハ見合スベキモノハ中止スル傍ラ新規計画ヲ要スル戦後ノ軍人援護事業ニ特ニ重点ヲ置キ速ニ其ノ転換ノ方針ヲ講ズルコト 一 召集解除者生業援護事業ニハ特ニ力ヲ注ギ苟モ皇国防衛ノ第一線ニ立チテ勇戦奮闘セル将兵ヲ失望落胆セシメザル様留意シ其ノ援護ニ万全ヲ期スルコト 一 町村軍事援護相談所市町村銃後奉公会等ニアリテハ戦時中比較的職員ニ其ノ人ヲ得ザリシ憾アリタルニ付此ノ際傷痍軍人召集解除者其ノ他ノ中ヨリ適任者ヲ極力採用シ人的充実ニヨリ其ノ積極的活動ヲ促進シ本来ノ目的達成ヲ図ルコト 一 戦歿軍人遺児育英資金給与者事業及戦歿者遺児委託教養事業ニ付テハ趣旨ノ普及徹底ト敏速的確ナル実施ヲ図リ特ニ弧児ニ付テハ克ク実情ヲ調査シ要援護者ニ対シテハ速ニ温キ援護ヲ差伸べ苟モ援護ヨリ洩ルヽガ如キコトナキ様万全ノ留意ヲナスコト 一 軍人遺族家族ノ授産事業ニ付テハ軍需品制作ニ重点ヲ置キ拡充ヲ図リ居リタルモ此ノ際事業ノ内容ニ再検討ヲ加へ国民生活必需品制作並ニ厚生作業等ニ機能ヲ転換セシメ積極的ニ事業ヲ強化シ援護ノ徹底ヲ期スルコト 一 帰還軍人ノ帰郷ニ際シテハ深キ感謝ノ念ヲ以テ之ヲ迎フルト共ニ軍人遺族家族ニ対シテハ婦人指導嘱託婦人相談員等ヲ極力活用シ此ノ際慰籍激励セシメラレタキコト 一 軍人援護教育ハ急変セル新事態ニ即応セシメツヽ将来ニ継続実施ノ要アリ 一 戦歿軍人個人ノ墓碑ノ建設ハ従来抑制セシメ居リタルモ賛沢ニ亘ルコトナキ様注意シ徐々ニ建設スルモ差支ヘナキコト (玉川村役場「復員関係書類」(昭和二十年)厚木市役所蔵) 八三 神奈川県下全市民代表の食糧供出懇請電報文案 供出懇請電報文案 一 関係県知事宛 神奈川県下全市市民ハ甚シキハ十有数日少クモ四日乃至五日ノ主食欠配シ正ニ飢餓線ニ彷徨ス 貴県生産者各位此ノ窮状ヲ諒トセラレ一日モ速カニ割当量ノ充分ナル供出ヲ御実行相成度此段 閣下ヨリ貴県内関係方面ニ洩レナク伝達御督励乞フ右切ニ懇請ス 神奈川県下全市市民代表 緊急食糧対策委員会 二 関係県農業会長宛 神奈川県下全市市民ハ甚ダシキハ十有数日少クモ四日乃至五日ノ主食欠配シ正ニ飢餓線上ニ彷徨ス 貴県生産者各位此窮状ヲ諒トセラレ一日モ速カニ割当量ノ充分ナル供出ヲ御実行相成度此段 貴下ヨリヨロシク伝達御督励乞フ 右切ニ懇請ス 神奈川県下全市市民代表 緊急食糧対策委員会 (加藤木保次氏蔵) 八四 横須賀市の食糧危機に関する陳情書 (一-二) ㈠ 陳情書 現下食糧事情ノ窮迫ハ愈々其ノ緊迫度ヲ加へ本市ニ於ケル主食ノ欠配状況多キハ十数日少キモ一週間ニ及ビ市民大衆ノ不安動揺益々顕著トナリテ集団的示威行為ヲ為スニ至リ危機ハ将ニ其ノ頂点ニ達シツヽアルヲ以テ本市会ハ市、警察当局ト協力シテ極力不祥事ノ発生ヲ防止スルト共ニ他面消費者代表ヲ新潟、秋田等ノ本県向米穀出荷県ニ派遣シ関係方面ニ対シ縷々窮状ヲ訴へ出荷ノ懇願ヲナシタルモ結果ニ於テ効ヲ奏スルコト能ハザリシヲ遺憾トス今ヤ市民ハ全ク餓死線上ヲ彷徨スルノ状態ニ置カレツヽアリ 仍テ県当局ハ更ニ一層ノ努力ヲ傾倒セラレ連合軍ニ対シ救援ノ懇願ヲ継続サルヽト共ニ政府当局ニ対シ速ニ強力適正ナル政治的非常措置ヲ実行サルヽ様具申相成度 茲ニ市会ノ決議ヲ以テ及陳情候也 昭和二十一年五月十五日 横須賀市会議長 酒井 衛 ㈡ 陳情書 閣下ニ於カレテハ平素横須賀市民ノ食糧事情ニ関シ多大ノ御理解ト御援助ヲ賜リ市民一同衷心ヨリ感謝致シテ居リマス。 御承知ノ通リ本市ニ於ケル米其他ノ主食ノ配給ハ最近著シク悪化シ欠配ハ平均一週間以上ニナツテ居リマス。ソノタメ市民大衆ノ不安動揺ハ日々顕著トナリ集団的示威行為スラ見ルニ至リマシタ。 若シ万一不祥事ノ発生スル様ナコトガアリマスレバ日本国民トシテ洵ニ不幸ナコトデアリ且全世界ニ対シ不名誉ナコトデアリマスカラ私達市会議員ハ市民代表トシテ市、警察当局ト協力シテ極力其ノ防止ニ努力シツヽアリマス。他面米ノ入荷ヲ促進スルタメ私達ハ市民代表数名ヲ出荷県ニ派遣シテ市民生活ノ窮状ヲ訴ヘテ出荷ノ懇願ヲ致シタノデアリマスガ農村ニ於ケル食糧事情モ亦前途不安ノタメ代表者達ノ努力モ結局効ヲ奏スルコトガ出来ナカツタノデアリマス。 市民ハ迫リツヽアル餓死ヲ怖レ巷ニハ吾々ハ近ク餓死スルノダトイフ悲痛ナ叫ビガ日々ニ高マリツヽアリマス。 斯ノ如キ市民ノ窮状ヲ救フ決定的ノ方法ハ閣下ノ御同情ニヨル御援助以外ニハナイノデアリマス。何卒横須賀市民ノ苦境ヲ一日モ速ニ御救援賜ル様市会議員一同市民ヲ代表シテ懇願致ス次第デアリマス。 年 月 日 横須賀市会議員一同 氏名(印) 海軍基地司令官 デツカー大佐 第八軍司令官 アイケルバーカー中将閣下 連合軍総司令官 マツカーサー元帥閣下 (横須賀市「市会に関する書類」(昭和二十年)横須賀市役所蔵) 八五 敗戦後の町村常会等指導方針要旨 常会指導要旨 昭和二十年九月廿五日印刷 足柄下地方事務所 一 戦争終結後ニ於ケル国運ノ再建ト勇邁ナル国民気魄ノ振作 大詔ノ渙発ニ依リ戦争終熄ヲ見茲ニ新日本建設ノ大業ヲ完遂シ正シキ道義観ニ立脚セル世界平和ニ貢献セントスルハ大詔ノ明示シ給フ処デアルカラ吾々国民ハ今後如何ナル艱難ニ遭遇スルモ堪へ難キニ堪へ忍ビ難キヲ忍ビ国体護持ト国運ノ開拓ニ邁進セナケレバナラヌ之ガ為メニハ吾々国民ハ徒ラニ悲観惟悴スルコトナク旺盛ナル復興精神ト剛健ナル国民気魄ノ振作ニ依ツテ益々敢闘セネバナラヌ 二 開闢ノ大道ト報徳精神 如何ニ国土ガ狭小ナルモ皇祖開闢ノ昔ヲ思ヘバ天分ハ莫大ナル増加デアルカラ国民ハ此ノ天分ニ随ツテ分度ヲ確立シ皇祖皇宗ノ国ヲ肇ムル精神ヲ以テ勤労スレバ必ラズ文化的平和ナ新日本ノ建設ハ完成スルノデアツテ之レガ即チ皇国二千六百年以来ノ神徳皇徳ノ君恩ニ報ユルニ我ガ徳ヲ以テ報ユルト云フ報徳ノ道デアリ開闢ノ大道デアルカラ報徳ノ教ニ依リテ国体ノ精華ヲ世界ニ発揚セネバナラヌ 三 自由尊重ト義務観念ノ昂揚 新シキ文化ト平和的国家ヲ建設シ国民ノ自由ヲ尊重スルコトハ今後ニ於ケル政治経済思想上各般ニ渉ル機構ノ一大転換デアルト共ニ吾々国民ハ義務履行観念ヲ最モ強ク最モ厳格ニ履行セネバナラヌ自由ト義務トハ表裏一体ノモノデ在ツテ義務観念ニ乏シキ者ガアレバ必ラズ他人ノ自由ヲ傷ケルコトニナルカラ深ク自由主義ノ正体ヲ研究シテ正シク理解シテ社界ニ貢献セネバナラヌ 四 食糧増産ト供出ニ就テ 国民ノ衣食住ニ不安ナカラシムルハ最モ緊急ナル国策デアルト同時ニ他力ニ依ツテ安定ヲ期スルニ非ラズシテ吾々ガ荊ノ道ヲ切リ開イテ食糧ノ増産ヲ図リ円満ナル供出ノ実ヲ挙ゲテ始メテ食生活ノ不安ヲ芟除スルコトガ出来ル 即チ農ハ国ノ大本タル所以ハ実ニ茲ニ存スルノデアルカラ二宮尊徳先生ノ荒地ハ荒地ノ力カラ開発シ生々発展ヲ期スルノデ全国ニハ四百万町歩ノ開墾可能地ガ力強キ国民ノ発奮力ヲ待ツテ居ル之レヲ完全ニ耕地トシテコソ食生活ハ安定スルノデ国民ハ私利私欲ノ為メ増産供出スルノデハナイ崇高ナル道義心ニ基ク社会政策ヲ理解シ喜ンデ之レニ応ジナケレバナラヌト同時ニ如斯尊キ農民精神ニ依ツテ増産サレタ食糧ノ尊サヲ思ヒ一人デモ徒食者ガアツテハナラヌ「一日勤メザレバ一日食サズ」ヲ元則トシテ一般ニ指導スルコトガ肝要デアル 「天地の恵み積み置く無尽蔵 鍬で堀り出せ鎌で刈りとれ」 二宮先生道歌 財非無 勤労無也 食非無 勤無故也 五 悪性インフレ防止ニ就テ 戦争終結ト同時ニ軍費ノ放出ハ終止スルガ戦災復興費産業転換費トカ或ハ各種ノ施設費等多種多様ノ出費ガ有ツテ我国経済ノ負担ハ益々加重スルノデアツテ最近著シク通貨ノ膨張ヲ見ルニ至ツタガ国民ニ戦争ガ終ツタカラ貯蓄ハ必要ガナイ等ト心ニ弛ミガ生ズルナラバ怖ルベキインフレーシヨンノ惨害ヲ被ルコト火ヲ見ルヨリ明ラカデ遂ニ収拾スベカラザル破壊混乱ニ陥ラシメルカラ国民経済安定ノ為ニモ国家経済ノ堅実ヲ期スル為メニモ各種貯蓄ヲ一層強化シ殊ニ闇取引等ノ為メ物価ノ高騰スル事ハ一面ニ売主トシテ個人ノ懐中ニ財価ガ増シタ様ニ思フガ貨幣価値ヲ其レダケ下落セシメテ即チ自己ノ財産価値ヲ其レ丈下ゲテ居ルノデアルカラ却テ大損ヲシテ居ルノデアル此ノ点ヲ克ク理解セシメテ官懈ノ取締リヲ受ケル迄モナク自発的ニ根絶ヲ期セネバナラヌ 六 時代ノ推移ニ即応セヨ 戦争終結ト同時ニ時々刻々ト時代ガ変遷スルコトハ当然ノ情勢デアルカラ吾々ハ常ニ常会ヲ通ジテ正シク時代ノ推移ヲ認識シテ将来国民ノ嚮フベキ方途ヲ誤ラザル様ニ研鑽指導セネバナラヌ殊ニ農ヲ営ムニモ工商業ヲ営ムニモ譲ノ精神ヲ以テ自己ノ利欲ヲシテ顧ミズ社会ヲ利スル為メ又各部落隣組ヲ一家族的ニ融和共助スル為メニモ譲ノ精神ヲ培ヒ道義ヲ昂揚セネバナラヌ 「一邑譲ニ興レバ一国譲ニ興ル 譲無損 奪無益」 (仙石原村役場「足柄下郡常会書類」(昭和十七年)箱根町役場蔵) 八六 神奈川県足柄下郡常会(一-六) ㈠ 十月郡常会提案事項 十月六日自 午前十時 至 正午 総務課 一 進駐軍ニ対スル国民ノ態度ニ就テ 進駐軍ニ対シテハ飽迄親切ニ日本国民トシテノ襟度ヲ失ハヌ様ニセネバナラヌ国情及風俗ノ相違ト言語ノ通ゼヌ為メ諸種ノ問題ヲ起シ易イカラ其点ニモ細心ノ注意ヲ払フ必要ガアル又学童ヤ少年等ノ取締指導ニ関シテモ学校当局者ニノミ依存スルコトナク父兄ガ其任ニ当ラナケレバナラヌカラ充分注意ヲ望ム 二 常会運営強化並ニ定例日変更ノ件 戦争終結後ニ於ケル国運ノ再建ト国民気魄ノ振作ノ為メ各種常会ノ運営ヲ最高度ニ発揮シ正シキ道義ニ立脚スル世界平和ニ貢献シ文化新日本ノ建設ニ邁進セネバナラヌカラ各町村ニ於テハ之レガ指導運営ニ極力意ヲ用ヰラレ万遺憾ナカランコトヲ望ム尚ホ常会定例日ヲ左記ノ通リ変更セントス ⑴{郡常会 毎月廿五日午前十時開始 町村常会 毎月自廿六日至翌月五日間ニ於テ決定 部落町内隣組常会 毎月町村常会終了後十日頃迄ニ終了 ⑵ 常会指導運営研究会ノ開催 別紙通牒ノ日割ヲ以テ開催シ県ヨリモ関係官出席ノ予定ニ付各町村長及庶務主任(主トシテ常会事務担当者)並ニ町村常会指導員全員参加出席セシメラレタシ 三 戦後ノ貯蓄推進並ニインフレ防止対策ニ関スル件 戦後ノ貯蓄推進ハ非常ニ困難ナル点アルモ通貨ノ膨張ニ伴ヒ悪性インフレ現出ノ恐レアルヲ以テ極力手持資金ノ吸収ニ努メ自己経済ノ保全ト国家経済ノ確立ヲ期セラレンコトヲ望ム 学務課 四 帰村青年学校義務就学該当者ノ公立青年学校へ入学督励並ニ一般青年層ノ教育指導強化ノ件 五 道義教育並ニ科学教育振興ノ件 国民ノ学力道義心ノ低下ハ敗戦ノ最大原因タリト思料セラルヽ今日日本再建ノ鍵ハ特ニ之レガ二道ノ振興発揚ニアリ而モ之レガ方途ハ只ニ学校教育ニノミ頼ルコトナク広ク一般社会ノ責ニ於テ完璧ヲ期セラルヽモノト思考セラルヽヲ以テ特ニ其点理解セラレ協力ヲ望ム 兵事厚生課 六 防空頭巾供出ニ関スル件 戦災者越冬対策ノ一助トシテ不用トナリタル防空頭巾ノ活用ヲ図ル為メ之ガ供出運動ヲ実施ス 七 帰還軍人ノ慰籍運動実施ニ関スル件 政府ノ方針ニヨリ十月一日ヨリ十月三十一日迄ノ一ケ月間帰還軍人ノ慰籍運動ヲ実施シ国民ヲシテ出征軍人ヲ歓送シタル日ノ感激ヲ忘レズ帰還軍人ニ対シ感謝ノ意ヲ表明セシムルト共ニ其労苦ヲ慰籍シ併セテ新生活ヘノ発足ヲ激励スルモノトス 八 恩賜財団軍人援護会ノ育英事業実施ニ関スル件 従来ノ学資補給ヲ更ニ範囲ヲ拡張シ昭和二十年四月ニ遡リ実施セラル 林産課 九 薪炭増産ノ件 今冬ニ於ケル燃料問題ハ極メテ深刻ナルモノト予想セラルヽヲ以テ之レガ生産割当量ハ絶対確保セラレ度ク併セテ生産者ノ選定原木ノ取得等ニ付平日協議会ヲ催シ度特別ノ配慮ヲ望ム 〔欄外注記〕薪 百束 炭 四百俵 一〇 軍残置材処分ノ件 戦災者及戦災転住者中永住希望者ノ住宅資材特配方ニ付承認ヲ得タルモ全部短尺モノニシテ柱梁土台等ハ今后ノ生産ニ俟ツモノナルニ付之ニ要スル原木ノ供出ニ付極力斡旋方配慮セラレタシ 経済課 一一 青果物及魚介類ノ統制撤廃ニ関スル件 九月十八日ノ閣議ニ於テ青果物及魚介類ノ統制ニ関シテハ一切撤廃スル方針ヲ決定相成タルコトハ新聞及ラヂオ等ニ依リ発表セラレタルモ今後ニ於ケル運営ニ付テハ未ダ何等ノ具体的指図モ無之従ツテ何分ノ指示アル迄ハ従来ノ方法ヲ以テ継続致スベキモノニ付供出配給ニ付テモ格段ノ御配意相成度 協議懇談事項 一 地方事務所ト町村トノ緊密連絡並ニ常会運営研究会ニ就テ 二 其他必要事項 特別実践事項 十月 和心協同 報徳訓 父母富貴在祖先勤功 吾身富貴在父母積善 子孫富貴在自己勤労 二宮先生道歌 むかしまく木の実大樹となりにけり 今蒔く木の実後の大木ぞ ㈡ 十一月郡常会提案事項 十月二十五日自 午前十時 至 正午 総務課 一 衆議院議員選挙ニ関スル件 〔欄外注記〕午前十時主任会議 学務課 二 青年団再組織ニ関スル件 〔欄外注記〕従来ハヒットラーユーゲント 自治的ニ組織 三 中等学校生素行ニ関スル件 四 疎開学童引上ニ関スル件 十月二十日ヨリ月末迄ノ間ニ引上完了ノ予定ナリ 〔欄外注記〕完了 経済課 五 企業許可ノ特別措置ニ関スル件 終戦後ノ企業許可令ノ運用ニ関シテ之ガ応急措置ヲ実施スルコトヽ相成十月十九日附市町村長宛通知ノ次第モ有之ニ付充分趣旨ノ徹底ト指導ニ努メラレタシ 六 本年度麦増産ニ関スル件 終戦後国内食糧自給態勢ヲ確保スルハ我国再建ノ重要ナル事項ニシテ明年端境期ノ食糧難ヲ切抜ケル為メ本年播種ノ麦大増産ニ俟タザルベカラズ依テ之ガ趣旨ノ徹底ニ付格段ノ協力ヲ望ム七 甘藷供出ニ関スル件 八 米早期供出完遂ニ関スル件 目下端境期ニ於ケル食糧事情ハ最モ重大ナル危機ニ頻シツヽアルヲ以テ之ガ供出完遂方特段ノ指導協力方ヲ切望ス 耕地係 九 緊急開墾ニ関スル件 食糧確保ノ為メ本県デハ新ニ四千八百町歩ノ緊急開墾ヲ計画シ十月末迄ニ一千九百町歩ヲ完成シ之レニ麦ヲ播付ケル予定デシタガ十月上旬ノ降雨ノ為メ進捗状況ハ楽観ヲ許シマセン一層努力セラレムコトヲ希望ス 注意事項 総務課 一 宝籤発行ニ関スル件 林産課 二 薪炭増産ニ関スル件 冬ヲ眼前ニシテ逼迫セン現下ノ薪炭需給事情ニ対シ一段ト督励セラレタシ 三 其他必要事項 特別実践事項 十一月新穀感謝 報徳訓 身命長養在衣食住三 衣食住三在田畑山林 田畑山林在人民勤耕 二宮先生道歌蒔けば生え植うれば育草も木もあはれ恵みの限りなき世ぞ ㈢ 十二月郡常会提案事項 十一月二十六日 自 午前十時 至 正午 総務課 一 官庁事務刷新週間ノ設定実施ニ関スル件 二 民生活安定ニ就テ 今年金ヲ使フト悪性ナインフレヲ起シ私共ノ生活ヲ破滅ニ導ク事ニ□□生活物資ハ追々出廻ツテ来マス、段々ト値段モ安ク良イ物ガ出テ来マスカラ暫ラク辛抱致シマセウ 経済課 三 生果物並鮮魚ノ公定価格並ニ配給統制撤廃ニ関スル件 四 甘藷並ニ米穀供出割当完遂ニ関スル件 同胞愛ヲオ米ヤ甘藷ノ供出ニ向ケマセウ、本年度産米ハ近年稀ニ見ル減収デアリマスガ食糧自給ノ窮迫ニ伴ツテ農家ノ供出割当ハ相当強化サレテオリマスノデ農家ノ努力ヲ願フト共ニ国民全部ガ一致協力シテコノ食糧危機ヲ突破セナケレバナリマセン 今年ノ米ノ供出ハ今迄ト異ツテ麦、大豆、甘藷、菜葉、桑葉、団栗、海藻等デモ一部代替供出ガ出来マスノデ未利用資源ヲ集メテ供出ニ邁進シテクダサイ 五 塩ノ自家製造ト消費ノ合理化ニ就テ 塩ハ食糧用ノ外ニ工業用トシテモ極メテ必要デスガ本年ハ支那、台湾、満鮮等カラ移入セヌ為メト中国地方ノ風水害ノ為食糧用ノ半量ニモ足リナイ現情デスカラ沿岸地帯デハ砂浜等ヲ利用シテ濃鹹水ヲ造リ料理、漬物、味噌、醤油ノ醸造等ニマデ使用スル様ニシテ海浜カラ離レタ町村モ沿岸町村ト連絡シテ自ラ製塩スル様ニ企テマセウ 学務課 六 新教育ノ動向 根幹 1 軍国主義教育ノ払拭 2 民主々義、平和主義教育ノ確立 手段 1 画一主義教育ノ排撃 2 個性教育ノ完成 3 詰込主義教育ノ排撃 4 自由、自発的努力教育強化 内容 1 女子教育ノ強化 2 科学教育ノ強化 3 芸能教育ノ向上 4 増産教育ノ向上 5 体力養成(体位保持) 6 公民教育ノ普及 厚生課 七 復員者(軍人及工場事業場カラノ帰省者)健康診断ニ関スル件戦争中ノ疲レヤ栄養不足ノ為ニ種々ノ病気ニカヽツテ居ル人ガ有リ又今迄内地ニ無イ様ナ流行病ヤ伝染病ニ罹ツテ居ル者ガアリマスカラ一日モ早ク健康診断ヲ受ケル様ニシテ下サイ 県デハ結核並ニ伝染病ニ関スル健康診断ヲ無料デシテ居リマスカラ町村役場ト連絡シテ必ラズ一度診察ヲ受ケシメル事 林産課 八 造林計画ト実行指導ニ関スル件 戦時中ノ過伐ニ対シ森林ノ保□並ニ其ノ治水的見地ヨリ跡地造林ノ緊要ナルヲ認メ目下管内林野ノ基本調査中ニテ完了次第造林計画ヲ樹立スルヲ以テ之ガ実行上夫々充分ナル督励指導ヲ望ム 九 戦災復興用材ノ取扱ニ関スル件 協議懇談申合事項 一 民生活ノ安定ト主要食糧問題ニ就テ 二 其他必要事項 〔欄外注記〕一戸二十五石当リ 特別実践事項 十二月志はす(師走)八紘一宇 報徳訓 今年衣食在昨年産業 来年衣食在今年艱難 年々歳々不可忘報徳 二宮先生道歌 受け得たる徳をおの〳〵譲りなば 四海の間父子の親しみ 〔欄外注記〕協議事項 食糧問題ニ就テ 塩ノ自家製造ト消費ノ合理化ニ就テ □□開田一斉堀耕起ニ関スル件 ㈣ 一月郡常会提案事項 十二月十三日 総務課 一 建設貯蓄ノ取扱ニ就テ 去ル九月十一日附閣議デ決定シマシタ国民貯蓄増強ノ重要性ハ新シキ目標ヲ皇国財政護持新日本建設ト悪性インフレ防止ニ置キ個人経済ノ安定ヲ目差シテ居ルノデスカラ今迄ノ様ニ割当的強制貯蓄ハ致シマセンガ従来ノ実績ヲ参酌シテ「各町村デ」国家ノ要望ニ適応スル様ニ一定ノ貯蓄目標ヲ樹立シ国民ノ愛国心ニ訴ヘテ現金手持ノ弊害ヲ克ク理解ヲシテ貯蓄ノ増強ニ一層努力ヲ望ミマス 厚生課 二 引揚民ニ対スル衣料供出ノ件 浦賀引揚民ノ生活ハ極度ニ逼迫シ特ニ被服ニ於テハ想像以上ノモノヲ着用シ婦女子ニ於テハ男子用ノ衣服ヲ着用スルノ現状ナルヲ以テ之等引揚民ニ対シ真ニ同情セザルベカラザルヲ以テ最低ノ越寒資材トシテ衣料ヲ贈与方協議アリタルニ付各部落ニ於テ数点宛取纒メ来ル二十五日迄ニ寄付供出セラレ度シ 三 甘藷並ニ米穀供出督励ニ関スル件 甘藷ノ供出ニ関シテハ再三依頼督励セル処ナルモ未ダ供出未了ノ町村アルヲ以テ供出完遂ノ万全ヲ期セラレ度尚本年度産米ノ供出ニ関シテハ特段ノ配意ヲ煩シタク希望シマス 林産課 四 簡易木炭伏焼法ノ普及化ニ就テ 木炭需給ノ逼迫ニ鑑ミ簡便容易ナル伏焼法ヲ普及シ以テ生産ヲ促進スルト共ニ其自給化ヲ図ラレ度シ 協議懇談申合事項 一 復員軍人並ニ軍需工場復員者ノ就業状況及補導施設ニ就テ 二 其ノ他必要事項 特別実践事項 一月 明朗敢闘 報徳訓 父母根元在天地令命 身体根元在父母生育 子孫相続在夫婦丹精 二宮先生道歌 ふる道に積る木の葉をかきわけて天照す神の足あとを見む ㈤ 一月郡常会提案事項 昭和二十一年一月十八日午後二時 総務課 一 建物調査令施行ノ件 別紙通牒ノ通リ今回警察署ヨリ移管セラル地方事務所ニ於テ取扱フコトニ相成リタルヲ以テ各町村ニ於テハ各個人ノ届出方励行セラレ各町村ヨリ建物竣功調査週間報告ヲ提出スル様特ニ配慮セラタシ 二 婦人会及青年団組織ノ件 十二月廿五日下総収第一〇四三号ヲ以テ通牒セル通リ大日本婦人会及大日本青少年団解散後ニ於テ新日本建設ニ即応セル婦人会及青壮年団ヲ組織スルハ極メテ必要ナルヲ以テ未結成ノ町村ハ直チニ結成シ前ニ通知セル要綱ニ依リ結成報告ヲ直チニ提出セラレタシ 三 湯本町火災義捐金募集ノ件 先般通知セル通リ去ル十一日湯本町ニ於テ大火災ニ罹リ多数ノ罹災民ハ見ルニ忍ビザル窮乏ニ陥リツヽアルヲ以テ之レガ救済ニ同胞愛ヲ以テ別表ノ如ク義捐金募集セラレ来ル廿五日迄ニ下地方事務所へ御醵金相願ヒ度シ □務課 四 □□科教授停止ノ件 国史修身地理ノ教科書使用禁止ニ伴ヒ三教科教育ノ一時停止サレタルニツキ了解アリタシ 五 学校職員ノ政治教育啓蒙運動ニ関スル件 婦人選挙権付与ニ伴フ政治教育啓蒙運動ニ関シ特ニ学校職員ヲシテ協力セシムルコトヽ相成タルニツキ御了解アリタシ 六 学校職員物価引下生活改善運動ニ関スル件 事態ヲ憂へ国民生活ノ安全ヲ希フノ真心ヨリ学校職員一致団結シ広ク愛国ノ至情ニ訴ヘテ標記ノ運動ヲ行フニツキ御協力ヲ願ヒタシ 経済課 七 昭和二十年産米供出促進ニ関スル件 昭和二十年産米供出確保ニ付テハ各段ノ御尽力相煩居候処目下ノ供出成績ヨリ見ル時之ガ供出完遂ニ特別ノ配意相成度 八 昭和二十一年米穀年度主要食糧需給計画ニ関スル件 主要食糧ノ需給情況容易ナラザル実情ニ鑑ミ之ガ配給ノ円滑適正ヲ期スル為メ供出ノ促進ヲ計ルト共ニ需給計画ヲ至急作成シ提出方特段ノ配意相成度 林産課 九 用材薪炭ノ取締励行ノ件 耕地係 一〇 第四次土地改良食糧増産対策事業量割当ニ関スル件 割当表 協議懇談申合事項 一 各種必要事項 特別実践事項 二月 徒食者一掃 報徳の教 一 まことの大道 真の道は学ばずしておのづから知り習はずしておのづから覚へ書籍もなく記録もなく師匠もなく而して人々自得して忘れず是れぞ誠の道の本体なり(夜話一) 〔注一、二〕別紙通牒、別表共に省略。 ㈥ 二月常会徹底事項 一 明朗な正しい投票をして立派な代議士を選出しませう 近く行はれんとする衆議院議員総選挙は終戦に伴ふ新日本建設の基盤たる民主政治の確立のため先般の第八十九回臨時議会で画期的に改正せられた新選挙法に依つて行はれます。その改正の眼目とする処は ○選挙権被選挙権の拡張 選挙権の年齢は二十五歳より□□□し被選挙権の年齢は三十歳より二十五歳に引き下げられ其の上国民の総意を遺憾なく発揮する為め長年叫ばれて来た婦人参政権が認められ今次総選挙から実施する事になり男子と同様に女子にも選挙権被選挙権が与へられたのです。女子有権者の数は男子有権者の数と略々同じですから婦人の投票は選挙の結果に大きな力を持つのであります。男子も女子も有権者はすべて演説会、選挙公報、新聞等に依つて十分立派な候補者を選定して一人残らず正しい投票を致しませう。 ○大選挙区制と投票の制限連記制の採用 本県からは十二名の議員を選出するのですが新時代にふさはしい立派な人が出やすい様に今迄県内を三選挙区に分けてゐたのを一選挙区にし投票も一票に一人だけ書いてゐたのを今度は一人で一枚の投票用紙に三人の候補者を書くことになりました。かやうに県下何れの所から立候補した人にでも投票出来る事になり尚其の上選挙運動取締規定が徹底的に簡素化されました。従来のやうに恐怖心をもつて選挙に臨むといふ悪い習慣を払拭して明朗闊達に新らしい人材を選挙致しませう。 ○選挙運動取締規定の徹底的簡素化 ⑴ 法定選挙運動者即ち選挙□□長及選挙委員以外の者は演説又は推薦状によるほかは選挙運動は禁止されてゐたのですが今度は自分が適当と信ずる者のために選挙運動が出来るやうになりました。 ⑵ 演説会出演者数を四人迄と制限してゐたのを此の制度も撤廃されました。 ⑶ 個々の面接又は電話に依る選挙運動は禁止されてゐたが之れも撤廃されました。しかし戸別訪問は従来通り禁止されて居ります。 以上の外細かい点で改正された部分がありますから若し選挙手続について疑問の点があれば遠慮なく警察署等に問合せ間違いの起らぬ様に注意致しませう。 二 お米の供出割当を完遂して部落挙つて『供出完納の家』を貼りませう。 同胞愛をお米の供出に向け食糧危機を突破するため遅くも二月十日迄に検査を受け二月十五日迄に必らず供出入庫を一人でも左のやうな罰則に触れないやうに致しませう。 ⑴ 供出を完了する迄は譲渡買受又は販売の委譲を受けた者は十年以下の懲役又は五万円以下の罰金 ⑵ 供出割当を受けた生産者地主が他へ譲渡をなし供出をしない場合は三年以下の懲役又は一万円以下の罰金 ⑶ ブローカーに対しては十年以下の懲役又は五万円以下の罰金一日も早く供出を完納して農業会から『供出完納の家』の門札をもらつて家の入口に貼りませう。 (仙石原村役場「足柄下郡常会書類」(昭和十七年)箱根町役場蔵) 八七 横須賀市戦災学徒数調査ノ件通達 昭和二十年十一月十二日 横須賀市教育部長 杉山彦一郎 国民各青年中等学校長殿 戦災学徒数調査ノ件 戦災ヲ被リタル学徒調査ノ必要有之戦災学徒数至急御調査ノ上来ル十五日迄学務課宛左記様式ニヨリ御回報相成度 記 (注意事項)学年別、男女別ニ記入ノ上計ヲ附スルコト (汐入国民学校「往復文書綴」 (昭和二十年)横須賀市立教育研究所蔵) 八八 横須賀市汐入国民学校欠食及虚弱学童数調 昭和二十一年一月廿九日 横須賀市汐入国民学校長 富田波之助 教育部長殿 欠食及虚弱学童調査ノ件 標記ノ件ニ関シ左記ノ通リ及報告候也 記 欠食及虚弱学童数調 横須賀市汐入国民学校 (汐入国民学校「往復文書綴」(昭和二十年)横須賀市立教育研究所蔵) 八九 連合国の指令占領目的に対する有害行為処罰の件通知 隣組回報 足柄下地方事務所役場(印) 昭和二十一年七月三十日 連合軍の指令違反や占領目的に有害な 行為に対する処罰に就てお報らせ 連合軍の指令違反の行為や占領目的に有害な行為に付ては国内法に罰則のないものが多く止むを得ず占領軍の軍事裁判で裁判せられて来ましたが既に新聞やラジオで御承知の通り去る六月十二日「連合国占領軍の占領目的に有害な行為に対する処罰等に関する勅令」が公布せられ七月十五日より実施せられました。 この勅令で連合国最高司令官の指令は勿論これを履行する為連合国占領軍の軍、軍団、師団の各司令官の指令及び日本政府の発する法令に違反する行為は悉く占領目的に有害な行為として日本側でも裁判し国内法に違反する行為は悉く占領目的に有害な行為として日本側でも裁判し国内法に罰則があればその法令で罰則がなくともこの勅令で十年以下の懲役又は七万五千円以下の罰金といふ厳罰に処せられます。特にこの勅令該当事項の取締に当る検察官が違反を見逃すとか情状酌量で不起訴処分にする等適正な措置をしなかつた場合には検察官自身も処罰されると云ふ内容を持つておる趣ですから我々は一層自粛自戒して迷惑が他に及ばない様注意しなければなりません。 ○勅令に該当する事項を左に例示致します。 ㈠ 現在の通常裁判手続によらずに処罰せられる場合(進駐軍の即決処分) 1 連合軍関係者を殺害したり暴行を加へたり、安全に対し有害な行為をしたり、或は連合軍関係者の財産を不法に所持し取得し受領し又は処分する等の行為 2 連合軍関係者の職務執行に関し妨害を加へ、その要求する情報を提供せず、又は虚偽や誤解を招く様な事を申述べ或はだましたりする行為 3 連合国最高司令官によつて又はその命令に基いて解散され又は非合法と宣言された団体を支援する様な行為 ㈡ 現在の通常裁判手続によつて処罰せられる場合 1 物価統制令、住宅緊急措置令、都会地転入抑制緊急措置令、 臨時建築制限令、土地工作物使用制限令、有毒飲食物等取締令、政党協会其他の団体の結成の禁止等に関する勅令等(まだ沢山ありますが町村民各位に密接な関係あるものを例示しました)ポツダム宣言受諾に伴ひ発せられた国内法に違反する行為(この場合は夫々当該国内法によつて処罰せられます) 2 その他㈠に掲げた様な罪以外の占領目的に有害な一切の行為 右諸行為の内物価統制令違反の所謂、闇行為、闇取引は極めて広般な内容のものですから充分に警察署経済防犯係に御相談になり違反のない様特段の御注意を願ひます。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 九〇 ポツダム宣言遵守に関する経済界取締強化の件通達 昭和二十一年八月十五日 中地方事務所長 相川村長殿 ポツダム宣言遵守に伴ふ八・一粛正について 昨年八月十五日を機として国民全部が之を遵守して平和新日本の建設に邁進せねばならぬ事は今更言ふまでもない事ですが殊に経済(営業)の自粛再編については常に監督機関の風有、苦難と犠牲を克服しつゝ指導を励行し相当なる効果を挙げつゝあるにも不拘斯業の実体は依然として粛正されざるのみならず取締の間隙を狙つて其の跳梁を逞しふし而も其の傾向は却つて増勢を示すのみならず最近に至つては取締を繞り或は業者間の商機伸張を企図する等悪質行為はその跡を絶たづ誠に治安上憂慮すべきものあるを以つて連合軍当局より申達の次第もあり八月一日を期して全国的一斉取締を強力に実施する事となりましたので左記要点に依り業界の粛正明朗化を期し一人の違反者もなき様指導徹底せしめられたい 追而 本件は昭和二十年勅令第五四二号ポツダム宣言受諾に伴ひ連合軍最高司令官の占領目的に反せざる様日本政府の発する法令にして本年七月十一日勅令第三一一号を以つて発令せられたるものである 註 占領目的に有害なる行為とは連合軍最高司令官の日本国政府に対する指令の趣旨に反する行為、其の指令を施行する為め連合国占領軍の軍団又は師団の各司令官の発する命令の主旨に反する行為を履行するため、日本国政府の発する法令に違反するを云ふのである 記 一 取締の要点 1 主要食糧及之を主材として加工せる食糧品及調味品 2 生鮮食糧品 3 繊維製品、燐寸、ゴム製品等 二 其の他一般物資に対しては価格統制令に依つて厳重に取締を受けること 三 農家に於ける売買も公定価格に基き厳重取締を受けること 四 本件は営業者は勿論、回覧板、常会等を以つて一般に浸透する様最善の措置を講じられたい (相川村役場「庶務書類」(昭和二十一年)厚木市役所蔵) 九一 神奈川県出身満州開拓移民等救済の件通達 昭和二十一年八月十九日 中地方事務所長 各市町村長殿 県出身満洲開拓民救済に関する件 本県として満洲に送出致しました開拓民並に満蒙開拓青少年義勇軍及県在満報国農場隊員は目下ぼつぼつ県内に帰還しつゝありますが今秋までには大部分の引揚を予想せられますが彼等の生活は吾々内地の人達の想像以上に困難なるものがあると思はれますので帰還後の援護並に対策は県に於ても種々講じて居りますが更に県下各農家の温き御援助を仰ぎ救護の万全を期し度いと思ひますので別紙満洲開拓民救済資金募集要綱に依つて救済金の募集を致し悲惨なる開拓民を救済することゝなりましたから部内各農家に趣旨徹底の上救済金募集方を御願致します (相川村役場「庶務書類」(昭和二十一年)厚木市役所蔵) 〔注〕別紙省略。 九二 神奈川県遺族会結成の趣旨 神奈川県遺族会結成の趣旨(案) 今次の戦争に於ける最大の犠牲者たる詢国英霊の遺族は今如何なる状態に置かれて居りましようか。或は一家の柱石と頼む父を又最愛の夫や子や兄弟を亡つた老いたる父母若き未亡人は敗戦後の深刻なる社会情勢の下に在つて生活の方途も立たづ他から温い救援の手も差延べられず孤立無援物心両面の苦痛に呻吟して居る状態にあります。然も社会の之れに対する慰安救援の施設は誠に貧弱であつて他の引揚同胞、戦災者等比し低調たるを免れず又一般社会の遺族に対する認識も曾つての感謝と同情の念が段々薄らぎつゝある状態に在ります事は社会道義の上からも誠に遺憾の至りであります。 然しながら今は国民の一人〳〵が真に廃墟の中から起ち上つて国家を再建しなければならない重大なる時であります。 我々遺族も亦徒に他の同情援護のみに俟たず遺族先づ自ら起ち上らなければなりません。お互に手を執り合つて涙の中から雄々しく起ち上り相寄り相扶け万苦を克服し自らの生活を建設し英霊をして後顧の憂なからしめ常に靖国の遺族たる誇りを持し其の行動を慎み進んで之れ周囲に及ぼし社界道義を昂揚し又我々が痛切に味はつた戦争の惨苦再び我々の子孫に繰返へさせぬ様戦の無き真の平和国家を建設し万の為めに泰平を開かせ賜ふ大御心に副い奉る事こそ我々遺族に与へれたる使命と存します。我々はこの崇高なる目的達成の為茲に全県下族を打つて一丸とする神奈川県遺族会を結せんとするものであります。 (大山町役場「庶務書類」(昭和二十一年)伊勢原市役所蔵) 九三 平塚市の危機打開と「甲地」への引上げに関する陳情書 陳情書 平塚市所在官公署職員に対する臨時家族手当及び臨時勤務地手当等の給与に干しては、これを六大都市に準ずる地域に、急速御指定方特別の御詮議を願いたく、当地の特殊事情を左に詳具、陳情申し上げます。 昭利廿二年三月二十日 記 一 当平塚市は、神奈川県の地域的中心地にして、京浜地区に近き故を以て、戦時中当市に疎開せるもの、住宅を求めるもの、或は工場を建設する者、年年激増し、農村としての昔の面影は片鱗だに見受けられず、駅の乗降人員も、現在の構造を以てしては狭きため、目下拡張中にして、真に衛星都市としての発展を遂げ、交通機干の発達と相俟つて、文化その他の面についても、京浜地区に遜色なきに□□ました。 しかも、当市は戦災に因り全市廃墟と化したるため、物資の焼失に伴うところの打撃は極めて多く、未だ建設途上何かと出費多い時に悪性インフレーの危機に直面し、物価、家賃等においても京浜都市より高騰しているものがあります。 二 当市には生産物資がありません。 工場施設は、すべて軍需工場に転換したため、当分生産の見込みがないのです。 生鮮魚類は当市消費の七割を他から移入するの実情で、その他当地産の農産物とともに、他都市からの集中的買出し等によつて更に闇価格高騰の傾向で、しかもこれ等生産者は闇行為の発覚を恐れて、近隣の者には売りおしみをしているので、容易に購入することが出来ません。よし購入し得たとするも、他都市から買出しに来る者より遥かに上廻る闇値でなければ入手し得ない現状であります。 しかも、現在の配給機構においては、生鮮食料品にしても、都市中心主義であるので、当市在住者には、余りにも恵まれぬ現状であります。 三 当市は戦災後着着、復興しているように見えますが実際に建築されているのは、娯楽街及び商店街にして、勤労者の住宅は遅遅として進まず、あまつさえ悪性インフレーのため俸給生活者は、物価高につれて、衣食住共に困窮いたしております。 以上申し述べましたことは、別紙資料の通りでありまして、現在甲地に指定されている各都市同様に市民一般は、その高物価と物資入手難に苦闘呻吟しつつあることを御諒察下さいまして、特別の御詮議をもつて是非とも甲地に御引揚賜わりますよう陳情に及んだ次第であります。 (平塚市立第二青年学校平塚市第二実務女学校「往復文書綴」(昭和二十二年)平塚市教育研究所蔵) 〔注〕別紙資料省略。 九四 敗戦後横須賀市の財政事情 横須賀市財政事情説明 (昭和二二・六現在) 御承知の通り本市の戦災は軽微に止まりましたが、他の戦災を受けた都市と事情が非常に異つてゐて、其の受けた打撃は戦災都市と同様に財政上非常なる圧迫を加へられて居る実情であります。 戦時中は本市の全地域に亘る厖大なる官有地に軍部関係諸施設が沢山あつて本市の都市的経営は所謂軍都として財政的犠牲を顧りみないで一億戦争目的遂行の為に施策実施をしておつたのであります。 他面市民の生活は概ね海軍工廠其ノ他軍関係工場に或は官納業者として軍関係施設に依存せられておつたのであります。この様な特殊事情により本市は昭和二十年度一般経常費支弁の為市税充当の外特定財源として軍関係市町村財政補給金六〇五、九三二円、海軍補助金三、三五〇、〇〇〇円、海軍特別助成金二七〇、〇〇〇円計四、二五五、九三二円の国庫補助がありましたが終戦の昭和二十一年度に於ては之等の必要なる財源は市税の増徴によつて経理しなければならなくなつた反面敗戦によつて市民の大半は進駐軍労務者として辛くも生計を維持し又嘗つて軍関係施設に依存してゐた官納業者は販路を失ひ中小商工業も自然衰微となつたので市税増徴にも非常なる制約が考へられ市財政は極度に弾力性を失ふ傾向を辿りつゝありました。 更に昨今に至つては本市財政需要は嘗つての戦時施設によつて残された厖大な負担の上に終戦以来激しつゞける経済事情に伴ひ急増の一途を辿り都市経営に及ぼす影響は甚だ深憂に堪へないものがあります。 戦後の我国の実情を直視すれば文化日本の再建の為複雑多岐な困難の下に戦後の復興を初めとして、民生の安定に或は進駐軍の要望による各種事業の完成を期して努力せざるを得ないものがあり今後本市財政需要の増嵩は予測し難い情勢であります。 大略右の如き財政事情にありますので義務的経常的経費は市税其の他税外収入を以て賄ひ、新規事業経費は国庫補助及起債を主とする財源によつて経理してゐるのであります。然るに本市昭和二十二年度事業費(二二・六現在含見込)三七、九二三、一〇〇円の中起債予定額は一四、六六六、〇〇〇円であるのに昭和二十一年度起債許可額五、〇三二、〇〇〇円について見るも借入済のものは僅かに三一六、〇〇〇円で政府資金借入は殆ど見込薄の状態であり、他方金融機関よりの借入は短期債によらなければ借入不能であり、本市の経営と財政に及ぼす支障は亦甚大なるものがあります。将又公債償還の元利金の支払についても昭和十八年度五一三、九四〇円、昭和十九年度五四七、三八一円、昭和二十年度七七六、一五二円、昭和二十一年度九〇四、四三〇円となつて利子のみについても昭和十九年度分一三二、八一四円に対し昭和二十一年度三九五、〇八七円となつて居ります。起債額についてみても昭和十八年度二九二、三〇〇円、昭和十九年度三、九九四、五〇〇円、昭和二十年度四、二七五、〇〇〇円、昭和二十一年度五、〇三二、〇〇〇円となつて之等は戦争目的遂行の為防空関係、疎開関係経費の起債による負債の膨張となつたのであります。 公企業を経営してゐない本市財政は総て財源を市税収入以外には求められないで、前述の様に毎年度事業経費並びに経常経費の一部として海軍より特定財源が下附せられてゐたが軍の解消によつて財源を別に求めなければならなくなつたのです。 次に本市当面の財政事情について観れば地方税法の改正に伴ふて国税の三収益税即ち地租、家屋、営業の三税が今回地方税として移譲せられましたので、その附加税として昭和二十二年度に於て二、四六三、五四三円の増収(当初予算六、八一三、〇六九円)、其の他独立税等の増収見込額六、四五五、六八二円、更に予算編成当初に見込たる給与改善費国庫補助金四、三五九、九九九円は分与税として配付さる見込に付今回減額し分与税に更正して分与税額八、四五五、二〇〇円(当初予算二、一一三、八〇〇円を含まず)、増減差引合計一三、〇一四、四二六円を見積り得るのでありますが、職員待遇改善費は一〇、七一二、六八九円(一、四〇〇円案)、二、六七六、〇〇〇円(一、六〇〇円案)計一三、三八八、六八九円を要し需用費一、五〇〇、〇〇〇円は印刷費、郵便、電話電報料、薪炭費等の値上り初級中学校費四、五〇〇、〇〇〇円、其他一、〇〇〇、〇〇〇円は生活保護費、消防費、地方振興費等合計二〇、三八八、六八九円の財政需要を必要とする現状でありまして、収支差引七、三七四、二六八円財政が不足でありますので市民税の許可限度の増徴をなし之が増収となる額二、四〇〇、〇〇〇円を見込むも尚四、九七四、二六八円の収入減となりますが、職員待遇改善費中一、六〇〇円案による所要経費二、六七六、〇〇〇円に対しては、地方税法改正に当り財源が附与されてないものでありますから別途附与されるものとしても尚二、二九八、二六八円不足となり加ふるに今後の財政需要に対しましては引当財源なく財政経理上格段の工夫、努力を致して居る次第であります。 尚、本年度に於る新規事業は別表の如くでありますが、前述の通り之等新規の積極的経費に国庫補助及起債にその財源を求めてゐるのであります。更に明年度以降に関し瞥見するならば戦時中借入た公債元金も昭和二十三年度より元金償還時期になつてをりますので、益々経常費支弁に支障を来してゐる現状でありますので一寸前言に戻りますが、国家的事業完遂の為必要な事業費起債額の借入れについても昭和二十一年度五、〇三二、〇〇〇円に対し、三一六、〇〇〇円を政府より低利資金の融通を受けたるのみにて他はすべて短期で然も高利によつて金融機関より融資を受けなければならぬ実情下にありますので、また昭和二十二年度起債の事もありますので本市の財政実情よりして事業資金の貸出しは、全面的に政府より低利資金を受ける必要があり逓信大臣宛簡保資金貸出方陳情書を提出し政府の特別なる措置に基く融通条件の緩和を願出る等本市財政の健全化を計らんとしてゐるのであります。 (横須賀市役所「財政税制行政に関する調書」(昭和十七年)横須賀市役所蔵) 〔注〕別表省略。 九五 伊勢原警察署管内の盗難事故防止要請 〔町村〕長殿 最近管内に盗難事件が毎日の様発生致しますので御手数乍ら左記回覧板を各隣組に配布をして御互の注意を御願いすると共に御協力の程懇願致します。 (御手数乍ら左記原稿を各町村に於て作成隣組に至急配布相成様御願い致します) 伊勢原警察署長 記 回覧板 皆さん御用意は大丈夫でせうか。昭和二十一年の最終も近づいて師走がやつて来ました。師走と新年が来ると毎年の如く『ドロボー』が活動しましてお互の大切な物ばかり盗去てしまいますが本年は特に衣類の盗難が非常に多くて 最近十一月二十日より十二月十日までの二十日間に伊勢原警察署管内の某所六ケ所で衣類四百十枚を盗れ其の他学校やお宮さんの硝子戸の硝子をはづして三ケ所で百五十枚を盗た 特種な事件もありますのでもう一度居宅、土蔵、物置等の鍵と皆様の心の鍵を調べて御協力を願います。 十二月十三日 伊勢原警察署長 大山町役場 (大山町役場「庶務書類」(昭和二十二年)伊勢原市役所蔵) 第二節 占領と県政 九六 終戦連絡横浜事務局等設置の経緯と業務組織 横浜事務局設置の経緯 ㈠ 占領軍受入設営委員会 昭和二十年八月十九日、河辺参謀次長マニラにて調印したる降伏に関する文書、其他一般命令等をもたらし連合軍の厚木及横浜上陸に伴ふ設営準備方要求あり仍て内閣総合計画局長官池田中将を中心とし外務省を主役として「占領軍受入設営委員会」を設け外務省より委員長、内閣総合計画局、内務、陸海軍、逓信、鉄道軍需、大蔵及関係地方庁より各委員一名を出し(外に補助事務員を含む)横浜地区の設営其他諸準備に当ることとなり外務次官の命に依り秋山特命全権公使委員長として又吉岡(範武)大使館参事官、武内総領事(時之助)、古内書記官(事務総長)牛場、服部(恒雄)各事務官を外務省側係員とし藤原神奈川県知事を副委員長として八月二十二日より九月二十九日迄之に関連する事務に当れり 本委員会は其後の横浜終戦連絡委員会及現在の終連横浜事務局の前身を為すものなるか神奈川県に於ては外に進駐軍受入本部なるものを組織し同県各部課長を網羅し特に警察部長を中心として必要建設物の保全管理に従事せしめたり 神奈川県に設営委員会事務所として県庁の四室を提供し又必要資材に関しては陸海軍特に横須賀鎮守府所蔵の資材其他軍需省及神奈川県手持資材を利用したり 委員及事務員の宿舎はニウグランド、ホテルたりしが同ホテルが進駐軍幹部宿舎と指定せらるるに及んで八月二十八日偕楽園に移したり 八月二十九日秋山公使は本省に移りたり ㈡ 横浜終戦連絡委員会 八月二十九日夕鈴木公使は重光外務大臣の命を受け前記設営委員会に代るべき横浜終戦連絡委員会(閣議決定)を主宰することとなり八月三十日朝横浜に赴いた。同委員会は前述吉岡大使館参事官以下の外務省員の外山□公使以下多数の新なる省員の援助を得陸、海、蔵、運、逓、商、等各省員をも加えた。他方有未陸軍中将を首班とし鎌田陸軍中将、中村海軍少将等を含むいはゆる有未機関も設置されて同様神奈川県庁内にその事務室を作つた。 米国進駐軍の先遣隊は八月二十八日、二十九日と厚木飛行場に到着したが「マツクアーサー」元帥及その幕僚第八軍司令部は八月三十日午後厚木に空路到着直ちに横浜に進駐、いはゆる横浜の関内を中心として連合軍最高司令部及第八軍司令部を設置し横浜終戦連絡委員会は八月三十日夕刻より米進駐軍との接触を開始した。 爾来連合軍最高司令部が九月十七日東京に移転するまで同司令部と接衝しその間九月二日横浜沖「ミスリー」号上の降服文書調印あり内地軍隊の解隊復員、進駐軍の内地各方面進駐、東条大将以下の戦犯容疑者引渡等に付接衝した。進駐そうそうの事であり米軍側はほとんど昼夜兼行の仕事振りでありこの三週間は文字通り委員会はほとんど不眠不休の状態であつた。而してGHQが横浜に在つた間は委員会は原則として直接第八軍司令部とは交渉が出来ぬ建前であつた。 ㈢ 終戦連絡横浜事務局 GHQが東京に移つた後は第八軍司令部との接衝に当る事となつたが昭和二十年九月二十二日の外務省告示第三号で終戦連絡横浜事務局が正式に設置された。そして第八軍は最初日本の東半分を占領していたが同年十二月末日をもつて西半分を占領していた第六軍が帰国して第八軍が日本全国の占領を行ふ事と成つたので横浜事務局の任務は全国的の性質を有するものが少くない。 他方同年の十月に第八軍は USACOM-C なる機関を設置し第八軍管下の物資補給と神奈川県の軍政を管掌させたが右機関は昭和二十一年三月末をもつて解体新に Tokyo-Kanagawa MilitaryGovernment Listrict が出来てこれが東京都及神奈川県の軍政に当る事と成つた。横浜事務局は第八軍司令部との接衝の外右USACOM-C 次いで Tokyo-Kanagawa Military OovernmentListrict との交渉にも当つて来たのである。 横浜事務局業務の概要 ○終戦連絡事務局官制第一条 終戦連絡事務局ハ外務大臣ノ管理ニ属シ今次ノ戦争終結ニ関シ連合国官憲トノ連絡ニ関スル事務ヲ掌ル ○昭和二十年九月二十二日外務省告示第三号 終戦連絡事務局官制第二条ノ規定ニ基キ昭和二十年九月二十二日横浜市ニ終戦連絡地方事務局ヲ設置シ終戦連絡横浜事務局ト呼称ス 終戦連絡横浜事務局ハ米国第八軍ノ管轄区域ト同ジ区域ヲ管轄シ管内米国軍ニ対スル情報ノ提供設営各種ノ便宜供与及其他ノ連絡事務ヲ掌ル、但シ管下ノ他ノ終戦連絡事務機関ノ所管ニ属スルモノヲ除ク ㈠ 横浜事務局と国内諸官庁との関係 終戦連絡地方事務局の業務は終戦連絡事務局官制ならびに昭和二十年九月六日閣議決定により連合国官憲に関する事務就中、連合軍司令部に対する諸情報の提供設営(関係各庁の十分なる協力によりこれを行う)各種の便宜供与及びその他連絡事務を担当することになつており、昭和二十年九月二十二日外務省告示第三号によつて横浜に地方事務局が設置せられた。 右に基き当事務局にて取扱いつつある業務は、(イ)設営関係として住宅、建築、営繕、土木、土地、建物、物資、労務等(ロ)経済関係として引継物資、賠償問題、工場転換、運輸その他経済関係諸事項(ハ)その他一般内政に関する事項、在外邦人送還、進駐軍の不法行為、刑事問題、戦犯裁判、便宜供与等凡ゆる業務に亘つており、且つこれ等の業務に付ては後述連合軍との関係において述べている通り、事務局は連合軍官憲に対し日本政府を代表し全面的に責任を負はされている関係上、これ等各業務に付単に内地官庁と連合軍との連絡に当るのみならず各案件に付実質的にその運営に関与している。県庁との連絡に当つては県渉外課及び他の凡ての部課と密接なる連絡を執り、渉外課員の当事務局への出張勤務を求めて事務の迅速なる処理を期しており、又設営関係及び物資関係においては先ずP、Dを受領これを県及び関係者に通達後これが実施についても県庁と連絡し処理している。 なお横浜事務局は担当区域として神奈川、山梨、長野、群馬、埼玉、新潟の各県を管轄しこれら各県の渉外課と夫々連絡している。(福島県は最初横浜事務局に属していたが仙台に移管せられた。なお東京都を中央事務局と共管している。) ㈡ 横浜事務局と連合軍との関係 次に連合軍との関係においては昭和二十年九月三日の指令第二号には 「日本帝国政府ハ一ノ中央機関ノ主要占領区域ノ各ニ必要ナル下級機関ヲ設置スルモノトス右機関ノ主要ナル職務ハ、占領者ノ為ニ要スル区域及施設ニ関スル情報ヲ提供シ且右区域及施設ノ為ノ要求ヲ受理スルニ在ルモノトス」 とあり、地方事務局は、単なる連絡に止まらず対外的に日本政府を代表して全責任を負う訳である。事務局は軍政部の行つている内政、経済、財政、物資調達、労務、土地、家屋、法務その他の各課のみならず戦犯裁判所現地部隊等凡ゆる方面より日本側への申出となつており、又日本側より連合軍側への申出の関門となつている。斯の如く広い範囲の業務を扱つているので、関係各官庁の十分なる協力を得て事務を処理し、又関係各庁に意見を提示し、あるいは連合軍側に意見を述べ責任を負ふ立場より各案件の運行に直接間接関与している。 特に横浜には第八軍司令部がある関係上、横浜事務局の業務は単なる地方的の事務に止まらず、全国に亘る事務従つて又常時中央と連絡すべき事務も著しく多い。 終戦連絡横浜事務局組織及分課規定(内規) ㈠終戦連絡横浜事務局に左の職員を置く 事務局長 一名 事務次長 一名 課長 五名 課員 若干名 ㈡次長は局長を佐け且局長の命を承け事務を総括す ㈢課長は上官の命を承け課務を掌理す ㈣課員は上官の命に従ひ課務に従事す ㈤終戦連絡横浜事務局に政治課、経済課、設営課、物資労務課及庶務課並に翻訳室を置く イ 政治課においては連絡、引揚、内政、不法行為、戦争犯罪関係事務その他他課に属さない事務を掌る ロ 経済課においては経済に関する事務を掌る ハ 設営課においては土地住宅、建築、建物、営繕、土木に関する事務を掌る ニ 物資労務課においては物資及労務に関する事務を掌る ホ 庶務課においては人事、文書、電信、会計、庶務及秘書に関する事務を掌る へ 翻訳室においては翻訳に関する事務を掌る 横浜終戦連絡事務局担任事務別職員表 昭和二十一年十二月一日現在 事務局長 連絡官(一級) 鈴木九万 次長 大使館一等書記官(二級) 河崎一郎 (設営課長兼務) 一 政治(二級官三名、三級官一名、嘱託二名) 中央及び地方との連絡、便宜供与、在外邦人送還、不法行為戦 犯関係事務 大使館二等書記官 (二級)永田大二郎 連絡官 (〃)石出瑞穂 〃 (〃)神原富比古 外務書記生(三級) 谷口□岸 嘱託 渡部登 堀久吉 田中豊 二 経済 賠償関係事務を含む一般経済事務 連絡官 (二級) 服部比佐治 〃 (〃) 東郷文彦 外交官補 (〃) 高橋正太郎 嘱託 本重志 高橋直 中野直樹 三 設営(二級官三名、三級官四名、嘱託四名) 住宅建築、営繕、土木、土地建物関係事務 大使館一等書記官(二級)河崎一郎 副領事(〃)田辺新一 外交官補(〃)高橋正太郎 外務書記生(三級)浅井順一 外務通訳生(〃)山口隆二 外務書記生(三級) 坂本頸介 嘱託 大儀見准 〃 江沢正年 〃 高久虔一 〃 本田和三 四 物資労務(二級官二名、嘱託一名) 物品調達及び労務関係事務 領事 (二級) 古川靖 連絡官 (〃) 早川聖 嘱託 藤田英雄 五 庶務 庶務、人事、文書、電信、会計、通訳監督、局長秘書及び翻訳関係事務 外務書記生 (三級) 飯島一平 連絡官 (〃) 中尾協 〃 (〃) 石川八州太郎 嘱託 中川康範 〃 武沢清見 〃 堀久吉 嘱託 酒井美代子 〃 中沢建 〃 勝泉外吉 〃 佐藤惣八 〃 内木寿満治 〃 巌真広 雇 黒田倫子 〃 横山英子 〃 伊藤美和子 〃 (タイピスト) 奥村登美子 〃 〃 石黒満弥子 〃 〃 斉藤登美子 〃 滝沢みつ子 〃 関野供哉 (終戦連絡横浜事務局「YLO執務報告」(昭和二十一年)布沢宏一氏寄付神奈川県庁蔵) 九七 極東委員に対する神奈川県管内事情説明 昭和廿一年二月十四日 神奈川県知事 内山岩太郎 外務大臣 吉田茂殿 極東委員ニ対スル管内事情説明ノ件 右別紙ノ通ノ状況ニ有之候条御参考迄及報告候 極東委員ニ対スル管内事情説明ノ件 曩ニ来朝中ノ極東委員一行ハ去ル一月卅一日来浜、県側ト会見懇談 ヲ遂ゲタルガ其状況大要左記ノ通ニ有之御参考迄御報告申上候 記 一 日時 一月卅一日、自午前十一時至午后三時 二 場所 横浜市中区本町四丁目 進駐軍将校倶楽部(元銀行集会所) 三 出席者 極東委員側 ニユージーランド カールバランスン卿 米国(顧問) ゲスプレークレー博士 オランダ ロイフリン氏 英国 チヤールスボクサー少佐 米国(常任幹事) ヒユーデイーフアーレー氏 終戦連絡事務局 鈴木横浜事務局長 県側 内山知事 後藤内政部長 八木警察部長 田代経済第一部長 広橋経済第二部長 田沼土木部長 佐藤官房主事 鍋田食料課長 田島横浜市助役 四 経過 一月廿七日委員側ヨリ米第八軍及終戦連絡横浜事務局長ヲ通ジ藤原前知事ニ対シ同卅一日午前十時会談希望ノ申入レアリ其後新旧知事ノ事務引継アリ、卅一日午前十時赴任ヲ一日繰上ゲタル内山新知事以下前記氏名ノ者全部所定ノ場所タル将校倶楽部ニ参着先方ハ第八軍訪問ノ為約一時間遅刻ノ上午前十一時頃来場 双方紹介、知事挨拶ノ後懇談開会ス 当初短時間ノ為内政部長ヨリ県政ノ概況ヲ説明スルコトトセルガ説明未了ノ中先方ヨリ当方ニ於テ用意シ置キタル県政概要説明書ノ提出ヲ求メ時間節約ノ為右ノ翻訳ヲ以テ概況説明ニ代へ度キ旨ノ申出アリ 以後自由懇談ニ入ル午前中ノ時間短縮セラレタル為先方ヨリ特ニ午後三十分間延長ノ申込アリ、午後一時三十分ヨリ再開ス、懇談ハ終始極メテ熱心有効ニ行ハレ知事ハ通訳抜キニテ常ニ自身説明ニ努メタリ為ニ当初ノ予定ヲ超過シ概ネ三時近ク迄一時間以上ニ亘リ懇談継続セラル閉会ニ際シテモ米人顧問ハ特ニ県政ノ成功ト日本ノ再建ヲ希望スルトノ発言アリ、米人常任幹事及オランダ人ト共ニ再会ヲ約シタリ 五 懇談内容 委員 一月四日ノ軍国主義的指導者追放指令等ト関連シテ日本ハ民主化ヲ如何ナル程度ニ進メツツアリヤ 内山知事 日本政府ハ目下充分慎重ニ考慮中デアル 如何ナル範囲迄之ヲ行フヤ其限界ニ付テハ目下検討中ニシテ未ダ適確ナル訓令ニ接シテ居ラヌ、日本政府ハ極力厳格ニ広範囲ニ解釈シ以テ指令ヲ遵守セントスル意向ナラント信ズルモ自分個人トシテハ単ニ一日或地位ヲ占メタリトノ理由ニテ立派ナ人物ヲ機械的ニ追放スルト共ニ他面其本質ニ於テ真ニ追放スベキモノヲ見逃スト言フガ如キコト無キ様此際特ニ注意ヲ要スルモノト信ズル 委員 国民ノ民主化ノ為従来ノ軍国主義的教育ニ付頭ノ切替ハ進ンデヰルカ状況ノ如何真ニデモクラシーヲ理解シ積極的ニ民主主義的教育ヲ行ヒツツアリヤ已ムヲ得ズ行ヒツツアリヤ 内山知事 短期間ニ頭ノ切替ヲ行フハ困難デアルガ出来得ル限リ速カニ実現スベク努力中ナリ学校教育ノ中心的地位ニ嘗ツテ非軍国主義的ナリトシテ排斥セラレタル世界法的自然法学者田中耕太郎教授ヲ据エタルガ如キハ其一例デアル 田島横浜市助役 横浜市ニ於テハ特ニ公民教育ニ力ヲ入レ昨年十月以来公民講座ヲ設置シ米人将校ヲ講師ニ招聘シ居ル状況ニテ徐々ニデハアルガ着実ニ民主化ノ実現ニ努力シツツアリ 委員 政治ノ動向並ニ選挙ノ見込如何 内山知事 現在日本ノ政治ノ分水嶺ハ天皇制ノ問題デアル此問題ヲ囲リ日本ノ政界ハ確然ト左右両分野ニ分レテ居ル夫ハ恰モ欧州ニ於ケル旧教ト新教又ハ王政ト共和制ノ争ヒノ如ク深刻デアル従ツテ此問題ニ付結論ノ一致セル進歩党、自由党、社会党ノ間ニハ政策的ニ殆ンド大ナル差異ヲ認メラレス尚共産党ノ提唱スル社会党トノ提携ニヨル人民戦線ノ統一的結成ハ不成立ニ終ルモノト見テヰル従ツテ新聞ラジオ等ニ誇大ニ表現セラレテ居ル彼等ノ勢力ノ実体ハ余リ大シタモノトハ思ハレヌ現在ノ新聞ノ論調ヲ以テ日本ノ輿論ナリト速断スルコトハ最モ危険デアル然シ乍ラ過去ニ於テ日本ノ朝野ガ遂ニ軍閥ノ跳梁ヲ許スニ至ツタアノ政治的無気力ト利己的態度ヲ以テ今日再ビ左翼ニ望ムナラバ遠カラズ彼等ノ跋跪ヲ如何トモ為シ得ザルニ至ル虞レガ十分デアル「自分ハ専門学校ノ学生ト中学生ヲ子供ニ持ツテ居ルガ彼等ノ自由ナル言ハ恰ヲ共産党ノソレノ如ク奔放過激ナ所ガ少クナイガ然シ充分話シ合ツテ見ルトソノ共産党ナラザルコトヲ知ルノデアル」 (右ノ説明ニ対シ大体ニ於テ之ヲ諒解シタル感アリアル部分ニハ特ニ我意ヲ得タリトノ感ヲ表ハセリ) 委員 食糧事情ニ付如何 内山知事 日本全体ガ絶対量ニ於テ相当ノ不足ヲ来シツツアルハ御承知ノ如クナルガ特ニ本県ノ主食糧ハ七〇%ヲ外部ニ依存スベキ状況ニアリ特ニ復員者、進駐軍労務者、連合軍貸与船乗組員等ニ喰込マレ絶対量ノ不足ハ真ニ深刻ナリ成程日本全体ニハ絶対量トシテ四-五ケ月分ノ手持ストツクアルヲ以テ其レ程心配ノ要ナシトノ意見アルモ他面其レ以後ヲ如何ニスルカノ見通シ無キ為食糧ニ対スル国民ノ不安ハ極端デアツテ之ガ国民ノ全活動ヲ臆病且消極的ナラシメテヰルノハ事実デアル連合国ノ中ニモ食糧ノ不足ニ困難シツツアル国ノ存スル此際日本ヘノ輸入ガ相当ノ困難ヲ伴フコトハ万々承知ナルモ現在ノ如ク絶対的ナル食糧不足ニ直面シツツアル日本ニ対シ食糧ヲ提供セラルルコトハ人道的ニモ理解サルルモノト信ジテ疑ハヌ殊ニ積極的ニ日本ノ再建ヲ指導援助セラレントスル連合国ニ於カレテハ日本再建ノ根本ガ道徳的ニモ物質的ニモ食糧問題ニ帰スルコト明白ナル今日其ノ一滴ノ呼水ノ意味ニ於テモ速カニ食糧輸入ヲ具体化スルコトノ必要ヲオ認メ願ヘルモノト信ズル (右ノ説明ニ対シテハ何レモ同情的ニ傾聴充分諒解セルモノノ如シ) 委員 連合軍ノ軍政ニ関シ此際特ニ或種ノ措置ヲ希望シ或ヒハ現在ノ措置ニシテ差止メヲ希望スル等ノコトアラバ此際開陳アリ度シ 八木警察部長 現在ニ於ケル治安状況並ニ終戦後著シク犯罪ノ増加セル傾向其中ニハ進駐軍ニヨル犯罪ガ相当件数含マレ居ルコト等ニ関シ詳細説明アリタル後右ノ実情ニ即応スル警察官ノ増員方ニ付特ニ配意ヲ乞ヒタリ右ニ関連シ委員側ヨリ警察官ノ素質如何、彼等ハ充分信頼スルニ足ルヤ、又彼等ノ待遇ニ付改善ノ要アルニアラズヤトノ質問アリ八木部長ヨリ終戦直前ニ於テハ遺憾乍ラ警察官ノ素質相当低下シタルモ終戦後逐次改善サレツツアルコト並ニ待遇ノ改善ハ考慮中ナリトノ説明アリタリ 田代経済第一部長 現下ノ喫緊ノ重要問題ハ食糧対策ナルガ我ガ神奈川県ハ消費県ニシテ特ニ他県ニ依存スルコト大ナルガ生産県ニ於テハ本年度産米少ク食糧ニ関シテハ何レモ逼迫シ居リ今後ニ於ケル食糧ノ輸入ニ付一段ノ御援助ヲ乞フ 広橋経済第二部長 本県ハ元来工業県ニシテ戦災ニヨリ相当打撃ヲ受ケタルモ極力平和産業ヘノ転換ヲ図リツツアリ、然シ乍ラ各工場ノ手持資材ハ何レモ三ケ月程度ニ過ギズ而モ今後材料入手ノ見通ナキ為製造ヲ手控ヘツツアリ若シ此儘放置スレバ機械ノ損朽ヲ免レズ戦災復興ノ為ニモ見返リ品製造ノ為ニモ是非綿花、鋼材其ノ他ノ必要資材ノ輸入ニ付御配意アリ度シ (右ニ対シテハ何レモ諒解セルモノノ如シ) 田島横浜市助役 一 横浜市ヲ再ビ生糸輸出港トシテ復活セシムル為現在一部使用ヲ許可セラレ居ル生糸検査所ヲ更ニ解放セラレ度 二 進駐軍占拠地域ガ今後何処迄拡大スルヤ予測セラレザル為復興計画樹立上困難ヲ感ジ居レリ、予メ占拠地域ヲ概定セラレンコトヲ望ム 三 進駐軍関係労務ノ供出ニハ格段ノ努力ヲ払ヒツツアルモ住宅ナキ為相当遠方ヨリノ通勤者多ク確保ニ困難ヲ来シツツアリ之等労務者用住宅建設ノ資材等ニ付格段ノ御配慮願ヒ度 内山知事 県内在留ノ台湾人ニ付テハ今日迄ニ略本国還送ヲ完了セルモ尚中華民国人朝鮮人ハ相当数在留シ事故モ各所ニ頻発シ居レリ、之ガ早急ナル帰還ノ促進ニ付御配慮願度委員 極東委員ノ使命ニ付テハ如何ナル風ニ考ヘテ居ラルルヤ 内山知事 (明白ナルモ返答ニ困難ヲ感ジツツ次ノ如ク答フ) 国民ノ諒解ハ必ズシモ一定セズ或者ハ日本ガ指令完遂ノ上ハ日本ヲ立派ナル国トスル目的ニテ連合軍指令部ヲ動カシ得ルモノト言フ然シ乍ラ相当多数ノ者ハ日本ヲ徴罰スル目的ノモノナリト言フ 余個人トシテハ日本ガポツダム宣言ノ趣旨ヲ体ジ誠意ヲ以テ指令部ノ指令ヲ遂行シ平和的日本ヲ再建セントスル時ハ近ク国際連合ノ一員トシテ立チ得ル様指揮援助セラルル有力ナル存在ト確信シ始メテカカル機会ニ恵レタルヲ幸ヒ余ノ考ヘヲ開陳スル次第ナリ 之ハ余一個ノ意見ナルガ衷心ヨリ希望スル次第ナリ 委員 然ラバ吾々ノ使命ニ付ステートメントヲ出スコトハ如何 内山知事 何卒民衆ヲ納得セシムル為ニモオ願ヒ致度 (我意ヲ得タリトノ感アリ) (「各地方軍政状況報告関係」 (昭和二十年)外務省外交史料館蔵) 九八 第八軍を中心とする軍政機構 軍政組織 (Miiitary Governmeコt 〇rganization) 政策と命令 (Policy and Orders) -連合軍の最高司令官 実施(Operations) ―第八軍、指揮官 (Commanding General) 軍司令官は、最高司令官の幕僚が取扱う軍政の諸方面の大部分を実施の段階で指揮しなくてはならないから、軍政としての第八軍の組織は諸方面を指揮するための諸分隊を包含し、添附図に見られるように、SCAP の組織に相当する三つの主要機関で構成されている。 ⑴この司令部(第八軍)の参謀部 ⑵二つのアメリカ軍団司令部、各々に軍政参謀部がある。 ⑶日本全国に配置された五四の軍政チーム 四六都道府県のそれぞれに一チーム、八行政区のそれぞれに一チームあり、四二二人の将校と一四六六人の兵士が配属されている。 隊員は、約六〇〇人の行政事務職員 (Authorized Civil ServicePersonnel) によつて補われ、このうちおよそ三二五人だけは確保された。 確保できた人員を最も効果的に活用するために、チームはそれぞれ配属される地域の大きさと重要さに従つて組織される。したがつて、チームはそれほど重要でない諸県における六人の将校と二五人の兵士で構成されたチームから、東京都と神奈川県における連合チームの六七人の兵士にいたるまでその規模は様々である。南本州の五県からなる中国地方と四国の四県地方は、イギリス連邦軍隊が進駐占領している。これら二つの地域と、東京都と神奈川県から成る東京-神奈川地城は、第八軍司令部が直接に監督する。残りの地方は二つのアメリカ軍団司令官たちを通して統制する。 軍政チームの組織全体は、多くの文民 (Civilians) が職員となるように力を尽くしており、将来この組織が望ましいものであることを証明するために最高司令官の直接統制に帰属するように、特別に設計されている。職員の中には幾人かの女性が高い地位についている。というのはこの仕事のある部分は日本女性に教育上の便宜を多く与えようとすることに向けられているからであり、また、日本人には多くの女性教師が存在しているからである。 軍政指揮系統の職務 (Functions Of Miiitary Government Echelons) 連合国軍の最高司令官は、日本の降伏を有効にするために、ポツダム宣言の条項と総合参謀本部の指令を実行する権限を与えられている。最高司令官は、日本の天皇および天皇の意図に添う日本帝国政府の様々な輔弼によつて、実行できる最大の範囲で、その権限を行使する。最高司令官はすべての政策を発表し、日本政府に対するすべての命令を発する。最高司令官は、第八軍が行う特別指令を遂行する日本人の監督任務の性質と範囲を詳述し、第八軍の司令官 (The Commanding General) に対し、指令を発する。 第八軍の司令官は軍政の実施上の諸方面の任務を課されている。 司令官の特別任務は最高司令官によつて日本政府に命ぜられた指令を実行している野戦部隊(The Field Units) に作戦上の指令を発し現場の状況に関して最高司令官に勧告し、日本政府あるいは日本人の下層階級による命令や通達の不履行を報告する。司令官は、非常の場合を除いて直接干渉の権限はない。 各々の軍団の司令官は、それぞれの責任をもたされている地域での軍政上の諸問題の調整と指揮監督の任務を担当する。八人の地方司令官は、それぞれの地位によつて 軍政の責任をもちそれぞれの地域にある県軍政チームの作戦活動の調整という任務を担当する。県の軍政チームは軍政における野外作戦部隊である。チームの隊員は大部分が日本人と親密に接触し、周囲の状況をじかに観察している。チームの司令官とその補佐グループは日本人の日常生活の政治、経済、教育、衛生、福祉、その他の諸方面に関心を高めなければならない。実際、日本人の生活には、各々の軍政チームの何人かの隊員には関係のないいくつかの面がある。 (竹前栄治氏蔵) 〔注〕添附図略。 九九 連合国軍隊横須賀進駐にともなう注意の 件布告(一-二) ㈠ 布告 一 彼我最高当局ノ了解ニ基キ連合軍(米国軍)ハ横須賀軍港地区及横須賀航空基地(追浜)ニ上陸シ両地区並ニ之ニ隣接スル地域内ノ海軍施設ニ進駐ス 二 右進駐ヲ行フ期間危険防止ノ為横須賀市域(逗子、長井、大楠、武山、浦賀、久里浜及北下浦各出張所区域ヲ除ク)内所在者ハ屋内ニ留マルベク車馬ノ運行ハ禁止セラル 三 進駐軍ニ対シ妨害ヲ加フルモノト思惟セラルベキ所在者ノ通行及車馬ノ運行ニ対シテハ連合軍飛行機ハ之ニ対シ攻撃ヲ加フルコトアルベキヲ以テ注意ヲ要ス 四 進駐開始ノ日時ハ八月三十日一〇・〇〇頃ナリ 昭和二十年八月二十九日 横須賀連絡委員会 〔欄外注記〕 (委員長ハ旧横鎮参謀等 委員ハ旧参謀等 事務所ハ三笠会館内) ㈡ 二十横総々第五九七号 昭和二十年八月二十九日 横須賀市長 梅津芳三 町内会長殿 連合軍(米軍)進駐ニ関スル件 今般連合軍(米軍)本市進駐ニ関シ横須賀連絡委員会ヨリノ布告ノ通リ八月三十日午前十時ヨリ特命アル迄別紙地区内所在者ノ通行及車馬ノ運行ハ絶対禁止スルコトヽ相成候ニ付至急各家庭ニ周知徹底セシメラレ万遺憾ナキヲ期セラレ度 追而八月三十日午前十時ヨリ特命アル迄他地域ヨリ旧横須賀地域(田浦、衣笠、各出張所管内及市役所本庁管内)ヘノ人車馬ノ通行モ絶対ニ禁止セシメラレ度申添候 (加藤木保次氏蔵) 〔注〕別紙省略。 一〇〇 神奈川県下の治安状況等に関する証言 発特高秘第六九四号 昭和二十年九月十一日 鳥取県警察部長 小倉政博(印) 内務省警保局保安課長殿 中国地方総監府第一部長殿 京浜京阪方面ヨリノ帰来者ノ言動ニ関スル件 要旨 一 治安状況 進駐後京浜地方ハ比較的平穏デ治安ハ維持サレテ居ル一部右翼ノ動揺ト将校ノ自刃ナドガアルガ民心ハ平静デアル 二 進駐軍ノ動向 米兵ハ一人デハ暴行セヌガ二、三人集団スルト暴行スル特ニ悪質ナノハ比島兵ダ 暴行ノ主ナモノハ自動車強奪、住居侵入、婦女強姦、時計万年筆等ノ窃取等デ又身体検査ノ際若イ婦女子ニモンペヲ脱セ凌辱スルコトモアル 農家ガ一番困ルノハ牛ノ徴発デアル 記念品漁リハ面白半分ニ遣ル様ダ 米兵ハ呑気デ又話セバ分リ親切ナ所モアル 三 進駐軍ニ対スル部民ノ意嚮 相当恐怖シテ居リ外出モ遠慮シテ居ル 併シ戦争ヲ継続スレバモツトヒドイニ此位ハ我慢セネバト諦観シテ居ル様ダ 警察官等米兵ニ暴行セラレタリ日本人ノ身体検査ハ嫌ダト云ツテ辞職ヲ願出ルモノガ相当アル 四 食糧事情 京浜地方ノ食糧事情ハ目下特配サレテ居ルノデヨイガ実際ハ相当窮迫シテ居ルノデ復員ニ依ル人口増加モアリ今冬ハ数十万ノ餓死者ガ出ルダロウ 五 進駐軍ニ対スル享楽機関 東京デハ各業者ヲ株主トシ五千万円ノ費用デ売店、カフエー、バー、ダンスホール、映画館等設置ノ計画アリ。警視庁管下デ二万ノ特殊接待婦ヲ募集シタラ五万ノ応募者ガアツタ 六 進駐軍ニ対スル心得 通訳ハ人選ニ相当考慮スベシ 婦女子強姦ハ服装デ剌激スルノガ原因ダカラ服装ハ清楚ニキチントセヨ 七 京浜地方ノ俘虜ノ動向 釈放サレタ俘虜ハ無銭遊興シテ居ル 自動車強奪ヲヤル 京浜地区ニ対スル連合軍進駐後ノ治安状況暴行事件一般部民ノ意嚮又ハ京阪方面ノ釈放セル連合軍俘虜ノ行動等ニ関シテハ地方民ハ多大ノ関心ヲ持チ同方面ヨリノ帰来者ノ言動、新聞記事等ガ誇大ニ宣伝セラレ各種流言流布セラレ居ルヲ以テ鋭意之ガ取締啓発ニ努メツヽアルガ連合軍進駐後京浜、京阪方面ヨリ管下ニ帰来セルモノヽ言動左記ノ通リニ有之 右及申報候也 記 一 東京都神奈川区恩田 会社重役 橋谷勝之助 当四十三年 ⑴ 私ハ九月八日賜仮帰郷シタガ終戦後ノ東京ハ平静デ暴動ノ起キタ地区ハナイ 治安維持ハ武装警官憲兵ガ当ツテ居ルガ之等ノ殆ドハ神奈川其ノ他ノ進駐地区ニ派遣サレテ居タ 一部右翼ノ動揺ガ少々見受ケラレルガ概シテ平静デ却ツテ田舎ガ騒イデ居ル ⑵ 食糧事情 現在余分ナ食糧ヲ配給シテ居ルガ近ク窮迫シ暴動ガ起キルハ必然ダ 住宅難復員ニ依ル人口増加等デ今冬ハ少クトモ三十万人位ノ餓死者ガ出ルダロウ 殊ニ外国ノ統計カラ子供ノ餓死者ガ多イト思フ ⑶ 進駐軍ノ行動 厚木ニ進駐シタ連合軍ハ逐次兵力ヲ増強地域ヲ拡大シテ居ル 米兵ハ街角等ニ立哨シテ居テ身体検査ノ際携行シタ時計等ヲ笑ヒ乍ラ失敬スル代償トシテ煙草一箇ヲ与ヘル若イ女性ハ路上デモンペヲ脱ガセタリスル 設計ヤ民間ノ自動車ヲ米記者等ガ横取リスルガ強奪デナク一時使用デアル 併シ米国人ハ話セバ分ル様ダ ⑷ 通訳問題 通訳ヲ利用シテ婦女子ノ世話ヲサセタ事例モアルカラ通訳ハ思想上充分ナ人選ガ望マシイ ⑸ 進駐軍ニ対スル享楽機関設置 京都デハ進駐軍ノ享楽機関トシテ各業者ヲ株主トシ五千万円ノ予算デ売店、カフエー、バー、ダンスホール、劇場、運動場等ヲ設置スル計画ヲ樹テ進行中デ三越モ娯楽場ニナル 先般警視庁管下デ二万人ノ特殊接待婦ヲ募集シタラ五万人ノ応募者ガアツタ 一 神奈川県国府津 補助憲兵 馬場利男 当三十二年 進駐軍ハ敵地ニ上陸シタ様ナ気持ハナク平気デ民家ニモ立入ル神奈川県地方ハ民心平静ダ 米兵ハ一人デハ暴行ハセヌガ二、三人集団スルト暴行スル民家保護ノタメニ米兵ニ殺サレタ者ガ相当アリ特ニ警察官ガ多イ 米兵デモ本国兵ハ良質デ悪質ナノハ比島兵ダ 彼等ハチヨコレートヤ煙草ヲ遣レバ万事OKト思ツテ居ル民心ノ動向ハ戦争ヲ継続スレバモツトヒドイ目ニ遭フガ此位ハ仕方ガナイト諦観シテイル 一 神奈川県平塚駐屯憲兵隊 憲兵伍長 清川喜治 進駐地区ハ相当混乱シテ居ル治安維持ニ当ル憲兵、警察官ハ無力デ暴行掠奪サレテモ民衆ハ許モセズ諦メテ居ル特ニ目立ツノハ牛ノ徴発デ相当金ハ支払フガ農家ハ最モ之ヲ嫌ツテ居ル 婦女子ノ暴行ハ相像以上デ公然ト行ハレテ居ル之ハ服装カラ受ケル刺激ニヨルモノガ大部分ダカラ此点婦女子ニ強調シタイ学生ハ憲兵ガ護衛シ通学サセテ居ル軍ヤ民衆ノ身体検査ハ厳重デ之ハ日本ノ憲兵ヤ巡査デ行フノデ「同胞ニコンナコトハ出来ヌ」ト辞職ヲ願出ルモノガ多数アル (内務省警保局「各種情報並民心ノ動向」(昭和二十年)神奈川県庁蔵) 一〇一 連合国軍隊進駐地域の住民の心得事項 よく読んでまわしてください! 号外 昭和二十年九月五日 玉川村長 各部落会長殿 〝連合軍進駐地附近住民の心得〟ニ関スル件 標記連合軍進駐ニ関スル注意事項ニ関シテハ既ニ新聞紙上ニ於テ充分御承知ノ事ト存シ候得共所轄警察署ヨリ左記注意事項部落一般ニ徹底相成度旨通牒有之候ニ付及移牒候也 記 連合軍進駐地附近住民の心得についての注意 去る八月二十八日以降米軍は神奈川県下に逐次進駐中で現在までの処、一般に秩序正しく極めて平穏であり、彼我平和的雰囲気の中に事態は進行中であるから一般国民は無用の不安動揺をなすことは絶対禁物である。 唯、極めて一部外国兵に命令不徹底、又は好奇心、出来心などから若干事故もあり又言葉の通じないところから一寸した「ゴタ〳〵」も散見されたので、之に鑑み我政府として不法行為に対して連合軍側に厳重申入れをなし事故防止に努めつゝあり一方現地警察も連合軍警備隊と連絡し治安維持について万全の策を採り、又連合軍側に於ても善処を約しつゝあるが、一般国民としては此の際更に自粛自戒各個人の権利は自分自身で充分護る事に努め不祥事発生を未然に防止せねばならない。 ○外国兵ハ国内ノ風俗習慣等ヲ理解セズ好奇心乃至出来心ニテ種々悪戯ヲナス傾向アルヲ以テ国民側ノ態度トシテ最モ重要ナルコトハ彼等ノ不法行為ヲ誘発セザル様努メテ隙ヲ見セナイ事ガ大切デアル 即チ外国兵ト色々ナ事デ個人的ニ交渉シナケレバナラヌ場合ガ起ツテモ努メテ冷静沈着ナ態度デ応対シ自分ノ権利(生命、貞操、及財産)ハ飽ク迄自分デ主張スル事ガ必要デアル ○進駐地附近ノ町内会、部落会、隣組ハ皆ガ相戒メ相助ケ合ツテ事故ノ未然防止ニ努力スル様ナ仕組ヲ必ズ確立スル事 亦隣リ組、部落会内ニ外国語ノ話セル者ガ有ル場合ハ之ヲ活用スルコト ○各人ハ成ル可ク外国兵士ト接触シナイ様注意スルコト 又婦女子ハ服装ヲ正シクシ独リアルキヤ夜間ノ外出ヲシナイコト 家ヲ留守ニシ或ハ女ノミデ留守居スル時ハ住家ノ戸じまりヲ厳重ニシ特ニ夜分ハ外部カラ中ガ見エナイ様ニスルコト ○外国兵ノ習慣トシテ其ノ土地ノ品物ヲ〝記念品〟トシテ持チ帰ル為種々ノ物品ヲ好奇心ニテ強要スルコトアルヲ以テ貴重品等ハ彼等ノ目ニフレヌ様注意スルコトモ肝要デアル ○万一暴行、掠奪等ノ事態ガ生ジタナラバ大声ヲ出シテ近所ニ救ヒヲ求メルトカ護身ノ為抵抗スルトカ等ノ自衛上必要ナル手段方法ヲ必ズトラネバナラヌ ○外国兵ノ不法行為ニ就テハ政府トシテモ厳重抗議ヲ為シ其ノ善処方ヲ求メルコトヽ成ツテ居リ米国側モ事実ガ明白ナル場合ハ適当ナル処置ヲトルノガ通例デアルカラ苟モ不法行為ノ行ハレタ場合ハ国民トシテ、犯行、場所、日時、犯行時、服装、其他ノ特徴等証拠トナル可キ事物ヲ速カニ警察官官吏憲兵ニ届出スル事ガ是非共必要デアル (玉川村役場「復員関係書類」(昭和二十年)厚木市役所蔵) 一〇二 連合軍憲兵と日本国警察との事務打合会報告 外秘号外 昭和弐拾年九月拾参日 神奈川県知事 藤原孝夫 内務大臣 山崎巌殿 横浜地方裁判所検事正 渡辺俊雄殿 連合軍憲兵トノ警察事務打合会開催ニ関スル件 連合軍ノ本土進駐ニ伴ヒ各地ニ諸般ノ事故発生シツヽアリ之ガ対策トシテ米憲兵側ヨリノ招致ニ依リ本月拾弐日横浜市加賀町警察署ニ於テ関係事務打合会ヲ開催セルガ状況左記ノ如クニ有之 右及申報候也 記 一 日時 昭和弐拾年九月拾弐日 午前九時三十分開会 〃拾時五分閉会 二 場所 横浜市加賀町警察署楼上訓授室 三 出席者 警察側 警察部長、警防、輸送、各課長及ビ横浜市内各警察署 長 (但シ戸塚署長欠席寿署ハ署長代理荒川警部補出 席) 米憲兵側(エム・ピー) 憲兵大尉ビーテイー 四 状況 開会ニ先立チ警察部長ヨリビーテイー大尉ニ対シ出席各署長並ニ其ノ代理ヲ招介ス 尋デ議事ニ入リ被我ノ希望及要望事項ヲ協議検討シタル結果別添議事要旨ノ如ク取締事項ヲ決定散会ス 議事要旨 一 横浜ニ於ケル「エム・ピー」(米国憲兵)ノ組織 (イ) 横浜ニ於ケル合衆国憲兵ノ代表者 憲兵大佐 パヂエツト(Paddgett) (ロ) 右代表ノ許ニ憲兵大尉二名アルガ主トシテ警察関係事務ノ担当者ハ 憲兵大尉 ビーテイー (Beotey) ナリ (ハ) 係員数 エム・ピー(米国憲兵) 現在員数 六百名 (ニ) 本部 加賀町警察署 (ホ) 憲兵大佐パヂエツトノ宿舎 横浜市中区海岸通一丁目 但シ税関西門ヨリ二軒目ノビルデイング内 (ヘ) 所属並区域 上掲エム・ピー(米国憲兵)ハ何レモ 合衆国第八軍団第十一軍ニ所属シ其ノ担当区域ハ横浜市内ノミヲ一区域 トシテ其レ以上ニ小分割セルモノナシ 二 目下ノ処横浜市内ニ於ケルエム・ピー(憲兵)ノ総数ハ如上ノ通リ特ニ訓練サレタルモノ六百名配置サレアルガ将来其ノ必要アラバ何時ニテモ増員サルヽ筈ナリ然レ共現在ハ其ノ必要ヲ認メズ故ニ今後日本警察官一、五〇〇名ト米国憲兵六〇〇名計二、一〇〇名ヲ以テ横浜市ノ治安維持ニ当ル 三 エム・ピー(憲兵)ハ普通ノ犯罪ニ就テハ之カ調査若ハ捜査等ヲセズ換言スレバ米国兵ニ係ル事犯ノミヲ取扱フ 四 横浜市内各警察署ニハ二、三日中ニエム・ピー(憲兵)ヲ各二名宛配置スル 加賀町警察署ヲエム・ピー(憲兵)ノ本部トスル尚右エム・ピー(憲兵)本部ニ在リテハ向後前記ノ如ク各署ニ配置セル憲兵ニ対シ事故ノ皆無等ニ因リ其ノ必要無キモノト認メラルヽ場合ニハ之ガ配置ヲ解クコトアルベシ 五 ラヂオ装置ノエム・ピー自動車ヲ市内各警察署管内ニ最少限度一台宛配ス右記自動車ハ必ズ一時間ニ一回宛予カシメ定メラレタ地点ヲ警邏ス 六 エム・ピー(憲兵)ハ一般市民ノ諸権益ヲ保護スル任務モアル故ニ両者ノ協力ヲ望ム 七 米国兵ノ諸犯罪行為防止若ハ犯人検挙ノ為メエム・ピー(憲兵)ニ対スル連絡ハ可及的速ニセラレタシ 従来米兵ニ干スル事件発生ニ当リ警察側ヨリエム・ピー(憲兵)ヘノ連絡或ハ通告ハ早クテ二、三時間位遅クテ二、三日後ニ行ハレ居タルガ斯ル事ニテハ犯人ノ検挙上ニ困難不能等ヲ来タス虞アルニ付特ニ此ノ点留意シ速ニサレ度シ 八 警察電話ノ修理ヲ速ニサレ度シ電柱不足ニ困リ修理ガ阻害シアルト雖モ万難ヲ排シ早急ニ之ガ完成ヲ計ルコト 但シ米国軍側ハ此ノ問題ニ就テハ絶対ニ援助不可能ナリ 九 市内各署ニハ警察官並エム・ピー(憲兵)等ノ輸送用トシテ最少限度自動車一台以上ヲ備へ置クコト ガソリンガ不足シ前掲自動車ノ運行不能ガアリトスレバ市内鶴見区大黒町一一番地ニ在ル給油所ヲ調査シ同所ヨリ之ガ補給ヲ為スコトヽスルモ之ハ一応調査ノ上知ラス 一〇 市内各署ニハ終日通訳者ヲ置キ昼夜ヲ問ハザル事故発生ニ備ヘラレ度シ 追而会談ガ可能ナレバ結構ナルモ若シ之ガ不能ニ在リトスレバ筆談ニテモ結構ニ付之ガ通訳者トシテ使用セシメラレ度シ (通訳ハ各署ニテ各々二名宛採用ノコト) (内務省「事故防止資料綴」(昭和二十年)国立公文書館蔵) 一〇三 物品買受等取締に関する件通牒 経第一第二六四号 昭和二十年九月二十二日 経済警察部長 警務部長 各警察署長殿 物品買受等取締ニ関スル件 近時進駐連合軍将兵ヨリ街頭又ハ家庭ニ於テ煙草、チヨコレート、チユーインガム、ビール等物品ヲ買受クル者激増ノ傾向ニアルハ甚ダ遺憾ナリ此種行為ヲ放任スルニ於テハ大日本国民ノ道義ヲ失堕スルノミナラズ延テハ統制経済ヲ攪乱スル虞アルヲ以テ爾今之等行為ニ対シテハ左記ニヨリ指導取締ニ努メ之ガ根絶ヲ期セラルベシ 記 一 町会常会其ノ他凡ユル機会ヲ利用シ又ハ回覧板(雛形参照)等ヲ通ジ一般部民ニ周知徹底ヲ図リ国民ノ教養ヲ高ムルコトニヨリテ自発的ニ止メシムル如ク指導スルコト 二 街頭ニ於テ物品ヲ買受クル為連合軍将兵ニ接近シ或ハ追随スル者アルトキハ穏カニ説諭ノ上之ヲ阻止スルコト 三 物品買受中ノ者ヲ発見シタルトキハ前号ニ準ジテ措置シ既ニ買受タル者ニ対シテハ将来ヲ訓戒説諭スルコト 四 前二号ノ措置ヲ為スニ当リ其ノ相手方タル連合軍将兵トノ間ニ摩擦紛議等ヲ惹起セザルコトニ細心ノ考慮ヲ払フハ勿論其ノ虞アル時キハ事後ニ於テ買受者其ノ他ニ懇篤説諭スルコト 五 物品ヲ買受ケタル者ニシテ当該物品ヲ他ニ転売シタル者アルトキハ立件送致スルコト 尚当該物品ガ外国製品ニシテ基準価格分明ナラザルモノハ夫々統制機関(例ヘバ煙草ニ就テハ専売局ノ如キ) ニ物品ノ価格査定ヲ委嘱シ基準価格ヲ定ムルコト 回覧板 一 最近街頭で連合軍兵士に追縋つたり取囲んで煙草「チヨコレート」 「チユーインガム」等を買ひ受け又は之等を道路で撤いた場合先を争つて拾ふ者がありますが、このやうなことはお互ひが日本国民たるのほこりを自分で傷け汚すことであり、全世界の物笑ひとなりますのでお互ひ節義を高く持つて之等のことは避けるやう戒めませう。 連合軍側に於ても兵士が私達に物品を売ることは固く禁じて居るのであります。 二 連合軍兵士と応待する場合は、はき〳〵とした明確な意志の表示を致しませう。 言葉が通じないのになまじか覚えた片ことまじりの英語を使用したり或は訳も判らず徒らにうなづいたり又只黙つて□たりすることは誤解の因となり相互の為ではありません。 (内務省「事故防止資料綴」(昭和二十年)国立公文書館蔵) 一〇四 神奈川県下連合軍兵士関係の事故防止対策 神奈川県ニ於ケル連合軍兵士関係ノ事故防止対策 神奈川県警察部 本県ニ於テ目下実施中ノ連合軍兵士関係ノ事故防止対策左ノ如シ 一 町内会、部落会、隣組等ニ対スル外国人取扱要領ノ指導啓蒙曩ニ内務省ヨリ指示セラレタル『連合軍進駐地附近ノ住民心得』ニ若干現地事情ヲ加味シ別添ノ如キ印刷物ヲ配付回覧セシムルト共ニ各常会ヲ通ジ更ニ之等各層ノ指導者ヨリ具体的事例ヲ口伝ニ依リ徹底セシメツヽアリ 二 新聞紙利用ニ依ル一般民衆ノ指導啓蒙 事故ノ予防警戒ノ為メ本省ノ新聞紙指導要領ニ則リ同盟並地元新聞記者ト緊密ナル連絡ノ下ニ差支ナキ範囲ノ記事ヲ発表民衆ノ警戒心誘発ニ努メツヽアリ 三 連合軍憲兵ト我方警察官トノ連絡協調ニ依ル第一線現場ニ於ケル事故防止 連合軍進駐直後ニ於ケル事故ノ頻発ニ鑑ミ連合軍側ノ軍秩ヲ維持スルハ結局連合軍側憲兵ヲ利用スルニ而カズトシ本県警察部長ハ八月三十一日ヨリ連合国進駐軍第八軍憲兵司令官シー・ヴイキヤドウエル大佐ト緊密ナル連絡ヲ保持スルト共ニ所轄警察署長ヲシテ同大佐ノ麾下各将校ト直接連絡ヲ執ラシメ且ツ先ノ所属部下ヲ警察署ニ常時配置ヲ受ケ事件発生ノ都度何時ニテモ警察官ト同道ニテ現場ニ臨検迅速ナル事件処理ニ当リ当該事件ノ検挙ト一般予防ニ相当ノ効果ヲ収メツヽアリ 今其ノ配置状況ヲ示セバ次ノ如シ (イ) 加賀町警察署 第八軍憲兵大尉以下将校八名 (ロ) 藤沢警察署(厚木飛行場管轄) 中尉以下 四名 (ハ) 鎌倉警察署 大尉以下下士官十六名 (ニ) 横須賀警察署 〃 二十五名 (ホ) 小田原警察署 中尉以下下士官二十名 (ヘ) 平塚警察署 少尉以下 四名 ◎註 横須賀市内各署ハ加賀町警察署ニ本部ヲ設置シ他ノ警察署ニハ特別配置セズ全区域ヲ一括処理シツヽアリ 四 終戦中央連絡委員会地区委員会ヲ通ジ連合軍当局ニ対スル抗議横浜、厚木、横須賀各地区ニ設置セラレタル終戦中央連絡委員会各地区委員会責任者ニ対シ各種事故発生ノ都度速カニ連絡セシメ夫々具体的事案ノ内容ヲ示シテ抗議ヲ提出シ連合軍当局ノ善処ヲ要請シツヽアルガ連合軍側ニ在リテモ具体的証拠ノ判然セルモノニ付テハ遺憾ノ意ヲ表スルト共ニ誠意ヲ以テ善処スベキ旨回答シツヽアリ(抗議後解決事件三件) 五 土産物販売店ノ整備拡充 進駐軍ノ一般民ニ対スル物品強取事件ノ根本原因ハ概ネ土産品乃至ハ紀念品漁リト認メラレ目下各地共斯ル商店殆ンド無キ実情ナルヲ以テ急速ニ斯種商店ノ開店整備ヲ期スベク関係方面ヲ督励シ目下準備中ナリ 六 慰安施設ノ整備拡充 カフエ、キヤバレー、ビヤホール、娯楽場、遊廓其ノ他一般慰安施設ノ早急整備拡充ヲ為スベク目下極力関係方面ヲ督励シツヽアルガ整備資材ノ不足ト保健衛生施設ノ不完備ニ悩ミツヽアリ 七 連合軍兵士トノ一般国民間ノ街頭ニ於ケル物品売買行為ノ取締 最近ノ日本国民ニシテ街頭ニ於テ連合軍兵士ヨリ煙草、チヨコレート其他各種ノ物品ヲ円価ノ価値ヲ崩ス程度ノ価格ヲ以テ購スル者激増シツヽアル実情ニシテ一般新聞指導ヲ以テ県民ノ覚醒ヲ促シツヽアルモ効果薄ク近ク連合軍憲兵側ト協議ノ上夫々分担ヲ完メテ一斉取締ヲ実施スベク計画中ナリ 八 警察英語通訳ノ増員配置ト一般人中ノ英語通訳可能者ノ利用 言語不通ニ依ル事故ノ発生モ亦相当数ニ達セル模様ナルヲ以テ差当リ県下各署ニ一名乃至三名ノ警察通訳ヲ増員配置スルト共ニ警察部外事課ニ機動性ヲ有スル優秀通訳十名ヲ常時配置シ各種事案処理ニ当ラシメツヽアリ又一方町内会、部落会、隣組等ニ対シテモ英語通訳可能者ヲ平素物色シ置キ万一ノ場合之ヲ利用シ得ル様指導シツヽアリ 九 警察官自体ニ対スル事故防止 連合軍進駐以来警察官自体ニ対スル連合軍側兵士ノ不法行為ハ目ニ余ルモノアリタルガ就中警察官ノ装備タル刃剣、拳銃等ノ強奪行為頻発セルヲ以テ別添ノ如キ簡素ナル英和両文印刷物ヲ作成ノ上警備警察官ニ配付シ会話ニ依ル拒否ノ代リニ先方ニ所要ノ部位ヲ指示シテ応対拒絶セシムルコトヽ為シタル外制服警察官ノ勤務配置等ニ関シ連合軍側警備兵ノ配置勤務ト睨ミ合セ相互友愛接近スルガ如キ雰囲気ノ醸成ニ努メ以テ事故防止ニ当リツヽアリ (内務省「事故防止資料綴」(昭和二十年)国立公文書館蔵) 〔注〕別添省略。 一〇五 連合国軍隊兵士による危害等防止心得事項 相収第一三一六号 昭和二十年九月十七日 神奈川県高座郡相模原町長 篠崎太一(印) 各出張所長殿 上溝町内会長進駐連合軍外出ニ依ル危害未然防止ニ対スル回覧ニ関スル件 管下駐留ノ連合軍ニ在リテハ近日中外出許可ノ見込ミニ付之ガ一般民衆トノ接触ニ依ル危害予防ノタメ左記案文至急回覧セラルヽ様御取計相成度 回覧板 相模原町内ニ駐留スル連合軍ハ近ク外出ヲ許可サレマスノデ一般町民ト種々ナル接触ガ起ルト思ヒマスカラオ互ヒニ次ノ諸点ニ充分注意シテ不慮ノ危害ヲ予防シマセウ 一 連合軍ハ外出シタ場合飲食店ヤ土産物ヲ買フタメ物品販売店ニ立寄ル事ガアリマスカラ無用ノ摩擦ヲ生ジナイ様注意スルコト 二 上官ノ命令デ一般家庭ニ出入スルコトハ厳禁サレテ居リマスガソレハ事故ヲ未然ニ防止スルタメノ措置デアリマス 三 中ニハ一般家庭ニ入ル者ガアルカモ知レマセンガソレハ日本ノ友達ガ欲シイノデスカラソノ時ハ穏カニ応待シテヤルコト 四 暴行ヲシタリ物ヲ強奪スル様ナコトヲスレバ厳重ニ処分サレルコトニナツテ居リマスノデ左様ナ素振リガ見エタラ断然立入ヲ拒絶スルコト 五 若シ事故ガ起ツタ時ニハ警察ガ米軍憲兵ト連絡シテ厳重処分スルコトニナツテ居リマスカラ米兵ノ人相特徴等ヲ良ク見テ置イテ直ニ警察ニ届ケルコト 六 横浜、横須賀等デハ可成リ多クノ事故ガ起ツタ様デスガ一部ノ被害者ハ泣寝入リシタタメニ犯罪捜査ガ出来ズ其ノタメニ尚米兵ノ不法事件ヲ多クシタ様ナ嫌モアリマシタガ事件ヲ早ク届出テ捜査シテ貰フコトハ其ノ後ノ事件発生ヲ少クスル事ニナリマスノデ被害者ハ小サナ事故デモ必ズ早ク届ケルコト 七 米兵ノ服ノ左肩ノ処ニ付イテ居ル印ハ師団ヲ表ハス印デス階級ノ印ハ准士官以下ナラバ服ノ両腕ノ処ニ「山形」デ表ハシテアリマスシ将校以上ハ右襟ノ処ニ付イテ居リマスカラ其ノ処ヲ良ク注意シテドンナ印ガ付イテ居タカヲ見テ置クコト 八 連合軍将兵ガ一般家庭ヲ訪レ「家ヲ貸シテ貰ヒタイ」トカ「自転車ガ欲シイ」トカ又ハ其ノ他ノ交渉ヲシタ場合ハ次ノ様ナ意味ノ文面ヲ記シタ英文ノ紙片ヲ示シテ下サイ MAN OF THE ALLIED TROOPS THE ORDER OF THE GENERAL HEADQUARTERS OFTHE ALLIED FORCES PROVIDES THAT ALL NEGOTI-ATIONS REGARDING BUILDINGS, HOUSES, AUTOMO-BILE, SHOULD BE DONE THROUGH THE CENTRALLIAISO之 OFFICE ANU NOT DIRECTLY BY PRIVATEI之DIVIDUALS (訳文) 連合軍ノ方へ 進駐軍総司令部ノ命ニヨリ建物、住居、自動車其ノ他ニ関シテハアナタガタ個人的ニ直接交渉スルコトナク終戦連絡事務局ヲ通シテ行フコトニナツテイマス。 (麻溝出張所「時局関係綴」(昭和二十年)相模原市立図書館蔵) 一〇六 進駐軍兵士の不法不当行為等防止の件指示 別紙㈤ 神奈川県警察部 不法行為を為し又は秩序を紊す進駐軍兵士の確認について 連合軍が進駐してから早くも一年となります。 紀律ある行動紳十的なる立派な態度そして又子供達にまで親しまれる明朗なまた親切な兵隊達、私達は大いに進駐軍兵士から学ばねばならない事が多いと思います。 併し乍らこれら立派な尊敬すべき進駐軍兵士の中にも稀には故意に或は不注意に種々の事件を引起して居ります。 此の事は私達日本人よりも進駐軍当局ではより以上に遺憾に思つて日本人の為又連合軍の名誉の為め斯様な事件が一件も起きぬ様努力されて居るのであります。 吾々日本人としては此の連合軍の御気持に報ゆる為めにも自から被害にかからぬ様注意すると共にこれら犯人検挙等には全面的に協力せねばならないのであります。 それで今後皆さんが不幸にも之等の被害にあつた時には次ぎの事がらを必ず注意して下さい。 一 証拠をよく握むこと A 自動車番号の確認 自動車の前後部の「バンバー」の向つて左側は部隊記号右側は部隊内の番号を示す この記号と番号の二つを必ず覚えておいて下さい (エンジンカバー)に書いてある長い数字は記憶しても効果は小ない 進駐軍自動車の番号の見方 (前からでも後からでも見方は同じです) 記号と番号の二つを覚える 暇のないときは記号だけでも 先に覚えておいて下さい 左は記号 (部隊の略号)です トラックや乗用車についても ジープと同じく左の記号と 右の番号を覚えておくことです 右は番号 (その自動車番号)です B 本人の肩章、襟章 C 靴(軍靴か私物か)バンド(色や金具に異つたものがある)其の他服装 D 本人の特徴、顔型身長体格等 E 其の他本人確認の助けとなるべき諸点 二 何部隊に属するか又行先地は何処かを確かむる為に相当の距離を保ちつゝ追跡して之を確かむること。 三 被害に逢つた時は直ちにこれを最も近い警察署或は交番か駐在所に届けること。 此の届けにははつきりと証拠となるべきものを報告して戴けば効果的です。然しはつきりした証拠を扼れなかつたとしても迅速に届けることを怠つてはなりません。 四 自動車の略図を添付してありますから良く御覧下さい。 五 次にかうした犯罪を未然に防ぐ事にお互が深く注意して貰ふ事です。 進駐軍兵士の犯罪も日本人の犯罪と殆ど同様で犯罪は起す方は勿論悪いのですが被害者の方にも注意が足りないと思はるゝ点が沢山あるのです。 例へば大金を持つて一人で夜歩くなどは絶対に避けねばならぬことは勿論夜間人通り少い場所と婦人のみの歩行や男であつても少人数で歩行することは危険です。 又戸締の不完全から思わぬ被害にかゝつた例は日本人の強盗事件と変りありません。 それから婦人の被害等もよく事情を聞きますと逃れば逃られる機会があるにもかゝわらずずる〳〵と引ずり込まれたりして居る例も沢山ありますが自から事を避けるためもつと勇敢に出てもらいたいと思います。 又交通事故ですが連合軍のジープや「トラツク」に刎ねられて死傷する人が随分多いのですが、これも被害を受けた人達がもう少し注意すれば防げると思います。 最後に一言申上げたいことは進駐軍兵士の事故であつても之等を防ぐためには常に隣組の人達が連絡協調することが絶対必要であると思います。 以上の事柄を良く守つて事故防止に御協力を願います。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一〇七 連合国軍隊に対する食糧品供給に関する件通達 相物収第五七五号 昭和二十年九月十七日 相模原町長 各出張所長殿 連合国進駐軍ニ対スル食糧品供給ニ関スル件 標記ノ件ニ関スル諸般ノ措置ハ全軍司令部ト終戦連絡中央事務局横浜連絡委員会ト折衝ニ基キ夫々行ハレツヽ有之候処食糧品ノ供給ニ付テハ概ネ左記ニ依リ取扱フコトヽ相成候趣通牒ノ次第ニ付テハ右御了知ノ上万遺憾ナキ様此ノ段及通牒候也 記 一 進駐軍ニ対スル食糧品ノ供給ハ原則トシテ県ノ承認ヲ得タル上為スコト 二 進駐軍ノ食糧品ハ同軍幹部ト懇談ノ結果進駐軍ニ於テ自国ヨリ持参セルモノニ依リ賄フヲ原則トシ県民ノ食糧ニハ迷惑ヲ掛ケザル様申入アリタルニ付了知スルコト 但シ予定ノ食糧未着ノ場合或ハ生鮮食糧品等ニ於テ県民ノ需要ヲ満タシ尚且ツ余力アル場合ニ於テハ同軍ノ要請ニ基キ情況ニ応シ供給ノ方途ヲ講ズルコト (麻溝出張所「時局関係綴」(昭和二十年)相模原市立図書館蔵) 一〇八 市町村長懇談会における県知事藤原孝夫の訓示要綱 市町村長懇談会ニ於ケル知事訓示要綱 自十一月十二日至十一月十四日於県会議場 本日茲ニ各位ノ御会同ヲ煩ハシマシタノハ曩ニ地方長官会議ニ於テ政府ノ所信ヲ明ニセラレマシタノデ所懐ノ一端ヲ加ヘテ之ヲ御伝へ致シマスルト共ニ、此ノ機会ニ於キマシテ御互ニ胸襟ヲ披イテ、所謂膝ヲ交ヘテ篤ト懇談ヲ遂ゲ現下ノ難局突破ニ相共ニ全力ヲ捧ゲタイト存ズル次第デアリマス。 先ヅ各位ハ現下ノ我国ノ実態ニ付テ二ツノ点ヲ正確ニ把握シテ戴キタイノデアリマス。 其ノ一ハ、我国ガ満洲事変以来十数年ニ亘ル戦争ニ因リ我ガ国力ノ殆ンド全部ヲ消尽致シマシテ、今ヤ疲労困憊ノ極ニ達シテ居ル事実デアリマス。数百万ノ同胞ガ戦災ニ因リ、又ハ戦場ニ於テ、或ハ斃レ或ハ傷キマシテ、単リ貴重ナル人命ノ損害ヲ受ケタルノミナラズ、為ニ多クノ家族ニ孤児ヤ寡婦ヲ残スコトヽナリ、又他面凡ユル物資ハ戦争ノ目的ニ動員セラレ、消費セラレ、破壊セラレ、生活ノ必需品モ生産用ノ器材モ共ニ著シク払底シ、国家トシテモ個人トシテモ極メテ窮状ニ陥ツテ居ルノデアリマス。国及地方ノ財政モ亦一大緊縮ヲ断行シナケレバナラヌ状況ニ在ルコト御承知ノ通リデアリマス。斯カル惨怛タル情勢ノ下ニ於テ、国民生活ヲ恢復シ、平和国家トシテノ日本ヲ再興スルコトハ実ニ並大抵ノ苦労デハナイコトヲ十分ニ覚悟シテカヽラナケレバナリマセン。 其ノ二ハ我国ハ戦敗国デアルト言フ事実デアリマス。戦争ニ敗レテ「ポツダム」宣言ヲ受諾シマシタ結果、我国政ノ運営ハ連合軍最高司令部ノ指示ニ服スルコトヽナリ、我国主権ノ行使ハ自然ニ制限ヲ受クルニ至ツタノデアリマス。我国ハ開闢以来未ダ曾テ外国ト戦ツテ斯ル苦杯ヲ嘗メタコトガナイノデアリマスカラ、国民ガ容易ニ敗戦ノ冷カナル現実ヲ自覚シ得ラレナイノハ無理モナイコトデアリマスルケレドモ、事実ハ即チ事実デアリマス。但シ「ポツダム」宣言ハ我国ノ軍国主義ヲ払拭シ、民主主義、平和主義、合理主義ニ基イテ我国ヲ改革セムトスルモノデアリマスカラ、徹頭徹尾之ヲ忠実ニ履行スルコトハ、単リ我国ノ連合国側ニ対スル義務デアルノミナラズ、平和国家トシテノ新日本ヲ建設スルニ欠クベカラザル基礎デアリマス。従ツテ我国トシテハ、連合国側ノ意図ヲ明確ニ理解シ、政治、経済、文化等各般ニ亘ル諸施策ヲ樹立スルニ当ツテモ、常ニ其ノ枠内ニ於テ然モ之ヲ強力且迅速ニ実施シナケレバナリマセン。以上ノ二点ハ国政及地方行政ニ通ズル二大前提条件トモ申スベキモノデアリマス。以下当面ノ問題ニ関シ大要ヲ述ベタイト思ヒマス。 第一ハ民主政治ノ確立ト言フコトデアリマス。政府ハ既ニ言論、思想、結社ノ自由ヲ確保センガ為ニ法令並ニ制度ノ改廃ニ付テ必要ナル措置ヲ講ジタノデアリマス。自由ト言ツテモ公ノ秩序ヤ善良ナル風俗ヲ乱スガ如キ無節制ヲ意味スルモノデナイコトハ申ス迄モアリマセン。又政府ハ衆議院議員選挙法ノ画期的ナル改正ノ立案ヲ進メ真ニ自由公正ナル選挙ヲ行ヒ、国民総意ヲ遺憾ナク代表セル清新溌剌タル議会ノ成立ヲ待望シテ居ル次第デアリマス。実ニ自由ヲ尊重シ、民権ヲ伸張スルハ、我ガ民主政治ノ要諦デアリ、我ガ国体ノ真姿モ亦此ニ在ルト存ズルノデアリマシテ、之ガ実施ハ、平和日本ノ再興ノ根幹ヲ為スモノト申サネバナリマセン。此ノコトハ又、地方行政ニ付テモ根底トナルベキ事柄デアリマシテ、私モ県政ノ運営ニ当リ一段ト意ヲ用フル所存デアリマスガ、各位ニ於カレテモ同一ノ趣旨ニ依リ市町村行政ノ運営ニ当ラレ、常ニ能ク人心ノ帰趨ヲ察シ、之ヲ反映セシメ、真ニ所謂自治行政ノ具現ニ努力セラレタイノデアリマス〇而シテ斯ル政治、行政ノ基礎トナリマスモノハ教育ノ刷新デアリマス。此ノ際苟モ排外思想又ハ偏狭独善ノ世界観ヲ鼓吹スルガ如キ傾向ハ極力之ヲ避ケ、個性ノ完成ト国民並ニ社会ヘノ奉仕トヲ目標トスル教育施策ヲ確立シ、就中社会教育ノ普及強化ヲ徹底シ又近年著シク頽廃セル道義ノ昂揚ヲ図リ、社会ノ進運ニ寄与セシムルコトガ肝要デアリマス。各位ニ於カレテモ社会教育ノ徹底ト道義ノ昂揚方策ニ関シ格段ノ御努力ヲ御願ヒ致ス次第デアリマス。 コヽデ衆議院議員選挙ノ執行等ニ付一言附ケ加ヘタイト存ジマス。 現任衆議院議員ノ任期ハ明年四月二十九日ヲ以テ満了致スノデアリマスガ、上述ノ趣旨ニ依リ、政府ハ現下ノ新事態ニ即応シ、成ルベク速カナル機会ニ之ガ総選挙ヲ行フコトヲ希望シ、過般来衆議院議員選挙法ノ根本的改正ヲ断行スル意図ヲ以テ準備中デアリマシテ、其ノ骨子ハ、選挙権ノ年齢及被選挙権ノ年齢引下ゲ、婦人参政権ノ実施、大選挙区制並ニ之ニ伴フ制限連記制ノ採用及選挙運動取締規定ノ徹底的簡素化等デアリマス。今回企図セラレテ居リマスル選挙法ノ改正ハ洵ニ憲法施行以来画期的ナモノデアリマシテ、之ニ基ク総選挙ハ現下ノ事態ニ鑑ミ極メテ重要ナル意義ヲ有スルモノデアリマスガ故ニ、之ガ適切公正ナル執行ニ万全ヲ期セラレ度イノデアリマスガ、殊ニ改正法施行後短時日ノ間ニ総選挙執行ノ運ビトナルヤモ図ラレマセンノデ、選挙執行上諸般ノ調査、準備等ニ付テハ、今ヨリ万遺漏ナキヲ期セラレタイノデアリマス。 第二ハ国民生活ノ安定ト言フコトデアリマス。戦争ニ因リ破壊セラレタル国民生活ヲ速ニ安定セシムルハ喫緊ノ要務ト言ハネバナリマセン。特ニ食糧ノ問題ハ最モ深刻デアリマシテ、正ニ国民ヲ飢餓ヨリ救ヒ得ルヤ否ヤト言フ岐路ニ立ツテ居ルノデアリマス。政府ニ於キマシテハ海外ヨリノ食糧ノ移入ニ関シ、連合国側ノ同情アル考量ヲ求メテ居ルヤウデアリマスガ仮令其ノ同意ガ得ラレマシテモ、船舶、見返物資等ノ関係モアリ、前途ハ決シテ楽観ヲ許サナイ実情ニ在ルノデアリマス。政府ニ於テハ本問題解決ノ為ニ凡ユル手段ヲ講ゼラルヽト思ヒマスガ、国民ノ側ニ於テモ亦進ンデ協力シ、互ニ助ケ合ヒ、互ニ我慢シテ此ノ難局ヲ突破セナケレバナリマセン。 此ノ食糧問題ニ対処シテ努力スベキ主ナル方途ハ次ノ諸点ト存ジマス。第一ハ供出ノ促進デアリマス。第二ハ未利用資源ノ徹底的集収利用デアリ、第三ハ今秋播種スル麦ノ増産及ビ来春ノ馬鈴薯増産ニ最大ノ努力ヲ払フコトデアリマス。第四ハ水産物ノ増収ヲ図リ漁獲高ヲ徹底的ニ増進スルコトデアリ、第五ハ耕地ノ開拓等デアリマス。先ヅ供出ノ問題ニ就キマシテハ今年ハ総合供出制度ヲ採ラルヽコトヽナリ、米屑米麦類、藷類、雑穀ノ外各種未利用食糧資源ニ付テモ之ガ供出ヲ御願ヒ致スコトヽナリマシタト共ニ、民意ヲ尊重スル委員制度ヲ設ケ、又供出完了者ニハ其ノ必需物資ヲ特別配給セラルヽ見込デアリマス。 此供出ノ問題ハ極メテ困難ナ事柄デアリマスガ、之ガ成否ハ直ニ国民全体ノ飢餓ノ問題ニ係ルノデアリマスカラ各位ニ於カレテハ、我ガ国民ノ伝統的精神デアル同胞愛ノ観念ニ訴へ、生産者モ消費者モ共ニ食ヲ分チ合ツテ、此ノ難局ヲ突破スルヤウ、供出ノ完納ニ対シテ最善ノ努力ヲ払ハレンコトヲ切望スル次第デアリマス。 尚此ノ際特ニ御願ヒ致シタイ事ハ今日ノ配給ノ実情ニ鑑ミ、出来得ル限リ速ニ供出ヲ促進シ、又速ニ輸送シ得ル様特別ノ御協力ヲ御願ヒ致ス次第デアリマス。 未利用食糧資源ノ問題ニ付テハ、先ヅ此ノ秋ニ於テ集収シ得ル未利用資源ハ総テ之ヲ徹底的ニ掻キ集メル努力ヲ致サナケレバナリマセン。 例ヘバ、ドングリ、甘藷ノ「つる」及葉、澱粉粕、桑ノ残葉、蝗、海藻其ノ他凡ユル食用化シ得ル未利用資源ヲ集収貯蔵スルコトガ必要デアリマス。而シテ之ガ処理、加工ノ為、各地方ニ乾燥設備、製粉機等ノ施設、又大都市ニハ製パン等ノ施設ヲ必要トシマスガ、之等ノ措置ハ目下政府及県ニ於テ努力中デアリマス。此ノ未利用資源ノ集収ニ付テハ、既ニ各位ノ御配意ヲ得ツヽアリマスガ、其ノ重要性ニ鑑ミラレ、所謂学校仕事トシテ委セ切ラズ、地方民ガ全力ヲ挙ゲテ、各地方時期ヲ逸セズ、之ガ集収ニ当リマス様格段ノ御骨折ヲ御願致シマス。 次ハ今年度麦及馬鈴薯ノ問題デアリマスガ之ガ収穫ノ豊凶ハ今年度ノ米穀需給ニ最モ大ナル影響ヲ与フルモノデアリマス。而シテ増収ノ根本ハ何トシテモ適期播種ト作付面積ノ確保デアリマス。愈々其ノ時期ニ差迫ツタ今日之ガ指導推進ニ付一段ノ御努力ヲ御願ヒ致シマス。 水産ノ確保ニ付キマシテハ戦時中減退シマシタ漁獲高ノ急速ナル増強ニ努メ、水産資源ノ充実ヲ図ルコトデアリマス。之ハ施設ヨロシキヲ得レバ必ズ相当ノ期待ヲ持チ得ルト存ジマス。 政府ニ於テハ漁船ノ急速ナル建造、燃料ノ充足、漁網ノ補給等ニ努力セラレツヽアリマスガ、関係地方ニ於テモ凡ユル施策ヲ講ジ、之ガ増産ニ付一層ノ努力ヲ致サルヽ様御願致シマス。 斯ノ如ク我ガ国民ガ此ノ食糧難ヲ突破スルニ凡ユル努力ヲ傾倒シテ始メテ打開ノ道ガ開ケルノデアリマシテ、之ヲ怠ツテ連合国ニ対シ輸入ヲ要請スルガ如キハ成リ立タヌコトデアリマス。 尚今後ノ問題トシテハ、食糧自給態勢ノ確立ヲ期スル為政府ニ於テハ、国内ニ残サレタ未墾地ノ開墾、農地ノ改良及開拓ニ関スル大規模ナル開拓計画ヲ樹立シ、目下其ノ急速ナル実施ノ準備ヲ進メラレテ居リマス。之等ニ付テハ政府ノ具体的施策ノ通達ニ俟ツテ各位トモ御協議申上ゲタイト存ジテ居リマスガ、此ノ中、特ニ飛行場跡等直ニ耕地化シ得ルモノニ付テハ、別途急速ニ開拓スルコトニナリマシタノデ、関係市町村ニ於カレテモ特別ノ御推進御協力ヲ御願致ス次第デアリマス。 尚又魚類、野菜類等生鮮食糧品ノ配給ニ付テハ、政府ニ於テ近ク方策ヲ決定発表セラルヽ見込デアリマスコトヲ附ケ加ヘテ置キマス。 然シソレマデハ、従来ノ方式ニ依ルコト勿論デアリマシテ、其ノ過渡期ニ於テ混乱ヲ生ジマセヌ様各位ノ御協力ヲ御願シテ置ク次第デアリマス。 コヽデ食糧其ノモノデハアリマセンガ、食糧問題ニ重要ナル関連ヲ有ツベキ蚕糸業ニ付テ申上ゲマス。蚕糸業ハ今ヤ全ク戦時中ト事情ヲ異ニシ、今日ハ多量ノ食糧輸入ノ為ノ支払物資ニ生糸ガ最大ノ役目ノ果スコトヽナルノデアリマス。従ツテ此ノ生産ハ即食糧ノ生産デアルノデアリマス。依ツテ政府ハ従来ノ桑園面積整理ノ方針ヲ一擲シテ、蚕糸業ニ十二分ノ努力ヲ払フコトヽナリマシタ。各位ハ此ノ重要性ニツキ生産者ニ認識ヲ徹底セシメ、桑園ノ維持確保、其ノ能率ノ増進等、繭ノ増産ニ格段ノ御努力ヲ御願ヒ致シマス。 更ニ現下ノ国民生活ノ安定上、衣料、住宅其ノ他ノ生活必需物資ノ逼迫モ之ヲ看過シ得ナイ状況デアリマシテ、此ノ現状ヲ緩和スルニ必要ナ措置ニ付テハ、政府ニ於テモ凡ユル努力ヲ払ツテ居ル所デアリマスガ、各位ニ於カレテモ一段ノ御配意、御協力ヲ御願致ス次第デアリマス。 特ニ戦災地ニ於ケル住宅、寝具、衣類等ノ補給、所謂越冬対策ノ実施ハ、寸刻ヲ争フ焦眉ノ急務デアリマス。此ノ中、住宅ノ緊急建設ガ遅滞致シテ居リマスコトハ洵ニ遺憾デアリマス。其ノ理由ハ多々アルト存ジマスガ、主タル原因ハ木材集荷ノ不良デアリマス。政府ニ於テモ之ガ急速ナル出荷ヲ促進スル諸施策ヲ講ゼラレツヽアリマスガ、各位ニ於カレマシテモ特ニ御協力ヲ御願致ス次第デアリマス。尚、国民生活ニ大ナル関係ヲ有スル薪炭デスガ、寒冷ニ向フ節更ニ一層ノ御努力ヲ下サイマシテ所要薪炭□生産ヲ得ラレマスル様切ニ御願ヒ致シマス。 更ニ又、国民生活ノ安定上重要ナ問題ハ、悪性インフレーシヨンノ防止デアリマス。現在ノ情況ガ更ニ昂進センカ、寔ニ慄然タラザルヲ得マセン。政府ニ於テハ、之ガ防遏ノ為各種ノ施策ヲ講ジ努力セラレツヽアリマスガ、就中貯蓄ノ増強ハ戦後寧ロ一段ト重要ナ事柄トナツテ参ツタト存ジマス。現下ノ国民生活ノ情況ニ於テハ、之ガ推進ニ甚ダ困難ナ部面ガアルコトハヨク察セラレマスガ、然シ夫々ノ実情ニ即シ、剴切妥当、而モ強力ナル貯蓄ノ推進ニ一層ノ御努力アランコトヲ切望致シマス。 第三ハ戦災復興ノ問題デアリマス。戦災ニ因リ荒廃ニ帰シタル都市ヲ速ニ復興シ、再ビ平和産業ノ繁栄ヲ招来センガ為、官民一体トナツテ凡ユル努力ヲ捧ゲル必要ガアリマス。商工業方面ニ付キマシテハ民間経済人ノ自由ナル創意ト活溌ナル活動ヲ促シ、之ガ障害トナルガ如キ従来ノ経済統制ニ付テハ果敢ニ之ガ改廃ヲ行フ方針デアリマス。而シテ今後ニ於ケル我ガ国産業ハ主トシテ中小規模ノ経営型態ヲ以テ構成セラルヽモノト認メラレマスノデ、此ノ間中小工業ノ健全ナル育成コソ我ガ国産業政策ノ根幹ヲ為スモノト考ヘラレマス。就中民生安定ニ必要ナル分野ニ付テハ、積極的ニ之ガ援助指導ニ当ラレンコトヲ望ミマス。 尚以上ノ諸問題ニ関連シ、傷痍軍人、軍人遺家族、戦災者及海外同胞引揚者ノ援護、復員ノ補導、失業対策、輸送力ノ強化、物価対策等緊急且困難ナル問題ガ山積シテ居リマスガ、之等ニ付テハ後刻御懇談致シタイト存ジマスガ、各位ニ於カレマシテハ、政府ノ施策ニ呼応シ、関係機関ト緊密ナル連絡ヲ保持シ、以テ適切ナル措置ヲ考究実行セラレムコトヲ希望スル次第デアリマス。 尚先般連合軍ノ好意ニヨリ我陸海軍ヨリ連合軍ニ引渡スベキ資材、補給品及装備品ノ大部分ハ、民間救済用トシテ日本政府ニ交付セラルヽコトヽ成リマシタガ、我国民経済ノ実情ニ鑑ミルトキ洵ニ感謝スベキ所デアリマス。之ガ本県ニ交付セラルヽモノモ相当ノ数量ニナルト思ヒマスガ、目下各位ノ御協力ヲ願ツテ居リマス之等物資ノ保管ニ万全ヲ期セラレマスト共ニ、其ノ配分ガ決定セラレマシタ場合ニハ、最モ適切ナル方法ニ依リ迅速ニ措置シ、国民生活ノ安定及国民経済ノ復興ニ資セシメラルヽ様御配意ヲ願ヒマス。 今ヤ国内各地域ニ秩序整然タル連合軍ノ進駐ヲ見ルニ至リ、国民亦安心ト信頼ヲ以テ之ヲ迎ヘマシタコトハ洵ニ御同慶ニ堪ヘマセン。 各位ニ於カレテモ、進駐軍ノ諸般業務ノ遂行ニ対シ、誠意アル協力ヲ致サレ度イノデアリマス。 戦争終結ノ冷厳ナル事実ニ直面シ洵ニ万已ムヲ得ザルコトヽハイへ、一般ニ志気ガ今尚萎微沈滞シ、茫然自失ノ状態ニ在ルモノ少カラザル感ノアリマスコトハ洵ニ遺憾ナコトデアリマス。国民ノ奮起、協力ナクシテハ、各種ノ施策モ到底其ノ結実ヲ見ズ、平和新日本ノ速カナル再建モ望ミ得ザルコトハ明カデアリマス。各位ハ茲ニ思ヒヲ致サレ民心ノ興起ニ意ヲ用ヒラレンコトヲ切望スル次第デアリマス。 最後ニ一言致シタイ点ハ、此ノ難局ニ処スル行政運営ノ刷新デアリマス。行政ノ運営ガ簡素迅速ヲ旨トスベキコトハ常ニ申サレテ居ル所デアリマスガ、今日程之ガ必要ナ時ハナイト存ジマス。政府ニ於テモ今般行政整理ノ方針ヲ決定セラレ、行政各部門ノ機構ニ一大刷新ヲ加フルコトヽセラレテ居リマスガ、各位ニ於カレテモ夫々ノ実情ニ即シ陣容機構ヲ簡素強力化スルト共ニ、常ニ新ナル工夫ヲ凝シ、敏速事ヲ処シ、皆其ノ努力ヲ倍加シ、以テ其ノ業績ヲ挙グルニ一段ノ意ヲ用ヒラレンコトヲ希望シマス。 前途ハ甚ダ遠ク今後ノ苦難ノ益々加重セラルヽコト因ヨリ予想致サナケレバナリマセンガ、我々ノ努力ニ依ツテ必ズ打開ノ道ヲ啓ク決意ノ下ニ、平和ト文化トノ新日本建設ニ邁進シ、以テ聖旨ニ副ヒ奉ランコトヲ誓ヒタイト思ヒマス。 日夜職務ニ励精セラレツヽアル各位ニ対シ茲ニ深甚ノ謝意ヲ表スルト共ニ、向後更ニ一段ノ御奮闘ヲ切望シテ已マヌ次第デアリマス。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十年)箱根町役場蔵) 一〇九 昭和二十二年県知事内山岩太郎の年頭の辞 年頭の辞 神奈川県知事 内山岩太郎 私は只今日本放送協会の御厚意に依りまして日頃敬愛する二百万神奈川県民各位に直接新年の御挨拶を申上げ得ることを仕合せに存じます何は兎もあれ皆様明けまして御芽出度う御座います本年は昨年よりも幸福な年であることを希望して止みません 昨年は寔に多難な年でありましたが分けても彼の四五月頃皆様に籠城の覚悟を御願ひした時のことを思ひ出しますと今でもぞつとするのであります、本年神奈川県は米の供出も極めて順調で年頭既に殆ど百パーセントに近づきつつありまして量に於てこそ尠いのですが努力の跡を見れば精神的にも物質的にも極めて立派な成績であると申すことが出来ます、此の際農民の皆様には特に御礼申上げねばなりません此の成績を以て参りますれば生産県に参りましても自ら責任を果したと云う感じがありまして頗る心強い次第であります 昨年の食料危機に当つて米軍の放出食糧が我々の饑餓を救つて呉れたことは私の終生忘れることの出来ない所でありまして私は茲に皆様と共に謹んで感謝の意を表し度いと思ひます、これから政府当局にも御願ひし又生産県の御好意にすがり何とか皆様を再び饑餓に陥れない様に致し度いものとひたすら念願してゐる次第であります、扨て本年は如何なる年でありましやうか、敢て神奈川県とは申しません日本に取つて実に重大な年であります、我々は先づ我々の現在の姿を顧みなければなりませんがそれは恰も不幸なる親が事業に大失敗を演じ財産を費ひ果たし更に借金の山を残し近所隣にも顔向けの出来ない不始末の後を継いだ息子の如きものであることをしみじみと考へねばならないと思ひます、此の家を再興する為には先づ近隣の信用を恢復せねばなりません、此の跡取り息子は親父とは違つて律義者であり働き者である、夫婦仲もよければ子供も可愛い良い子である、彼れ程一生懸命に働き親の名誉恢復をやつてゐるのだから親が悪かつたからと言つて此の上責めることは可愛想である、無理である、彼には寧ろ同情すべき家名再興には進んで加勢してやるがよいと云はれる様にならねば駄目だと思ひます、諸君、私は本年は重大な年だと申しましたが、本年こそ日本人が真に「ポツダム」宣言の忠実なる履行に依つて民主的平和日本建設の確実なる証拠を全世界に見せねばならぬ時であります 交戦権をも放棄した日本国民は丸腰でも立派に世界に立つて行くと云ふ新しい大きな理想を持ち何ら秘す所なく虚心坦懐に且つ謙譲な気持を以て国際社会に再出発する大覚悟を如実に示さなければならない年であります これから次々に行はれる地方選挙には政党政派の如何を問はず有権者の総てが挙つて投票に参加しなければならない。今後の政治は人任かせではいけません、国民の一人一人が責任を持たねば駄目であります 政治の闇取引は過去のことであります、若し我々が真剣に自分の権利を行使しないならば必ず少数者の暗躍と横暴を来たし遂に少数独裁となり我々は内心不平を懐き乍ら飛んでもない泥田に引込まれることを覚悟しなければなりません、今後数ケ月間に行はれる数種の選挙は昨年の衆議院議員総選挙にも勝り日本国民の文化の程度と民主的政治能力の有無とを世界に示す具体的な出来事であることを銘記しなければなりません 日本は敗戦の結果尨大な賠償を支払はねばなりませんが、これは我々の目前に迫つた問題であります、次に来るものは連合国との平和条約であります、我々は一昨年無条件降服をしたのであります、しかし私が先に例を以て申上げました現在の日本国民の立派な跡取り息子であるか又は親に似て困つた息子であるかに依つて此の条約の時期も条件も随分変化し得るものと私は確信するのであります 私は二百万神奈川県民は申すに及ばず八千万日本国民に対し諸君は今こそ全国民が外交官になつた積りで外国に対し総ての者が責任を感じ此の一年を有意義に暮さねばならないと申上げ度いのであります 我々は今何よりも物が欲しい、お金否紙幣をいくら沢山握つて見ても之を使へば結局物価を釣上げるばかりでありましやう、前世界大戦の後欧州大陸を襲つた「インフレ」の波が如何に恐ろしきものであるかは我々日本人もよく考へねばならない所であります 我々は何よりも先づ物の生産に全力を傾注し紙幣を要求する前に物価を下げろと要求すべきではないかと考えます 我々は今衣食住は素より毎日の燃料にすら困つてゐる 特に戦災者引揚者復員者遺族等のことに思ひ致せば唯々胸が迫まる計りであります、私は知事として県民の皆様に申訳なく誠に御気の毒に堪へない皆様の御協力と御鞭韃に依つて今後共凡ゆる努力を致し度いと念願して居りますが皆様も何卒困苦窮乏に堪へ頑張つて下さい 県民諸君、世界史上未曾有の大戦争に凡ゆる犠牲を払つた日本国民は年頭に当り悲壮なる覚悟を新にせねばならない、我々の愛する国家の再建は前途遼遠にして且つ極めて苦しいものと此の年の初めに於てよく〳〵観念しなければならない それは一家の再興に勝るとも決して劣らぬ決心と努力を要するからであります 私は苦しい中にも希望に満ちた此の芽出度い新年を迎ふるに当り二百万神奈川県民諸君が夫々の御家庭に於て隣組に於てそして村でも町でも共に仲よく相倚り相助けて元気で此の一年を働き我等の愛する日本国家の再建に精進出来まする様心静に御祈りするものであります (終) (大山町役場「庶務書類」(昭和二十一年)伊勢原市役所蔵) 一一〇 旧日本軍隊の軍需品の無断持出等注意の件通達 隣組回報 昭和二十年八月三十日 足柄下地方事務所 小田原警察署 仙石原村役場 軍需品ノ無断持出シ方ニ対スル注意 今回当村駐屯軍ガ急遽撤退ニナリマシタノデ従来之等駐屯軍ガ管理シテ居マシタ軍需品ニ対スル監視ガ手薄ニナリマシタノヲ機会ニ各所ニ格納又ハ集積サレテヰタ火砲及附属品等ノ危険物ヲ軍需用品等ト共ニ無断デ運ンダ方ガアリマス 火砲類ハドウイフ拍子デイツ爆発スルカ判リマセンノデ非常ニ危険デス又子供達ガ悪戯ニ持出サレタ向モアリマス 隣組員オ互ニ注意シ合ヒ直チニ返サレル方ハ罰セラレマセンカラ大至急最寄リノ警察署(駐在所)及役場ニ返ス様ニシテ下サイ 一人ノ不注意カラ之等ノコトガ原因シテ思ヒガケナイ不祥事ヲ惹起シナイトモ限リマセンシ、ソレガ為ニ私達同胞ノ多数ノ方々ニ迷惑ヲカケル結果トモナル虞レガアリマスカラ私達国民ハ飽ク迄大日本帝国々民トシテノ矜恃ヲ保ツテ御聖旨ヲ奉戴シ御協力ヲ御願ヒ致シマス 尚秘匿シテ居ル疑ノアル家、場所ハ、警察署、憲兵隊ニ於テ家宅捜索ヲ行ヒマス 発覚ノ場合ハ厳罰ニ処セラレマスカラ予メ御注意下サイ (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十年)箱根町役場蔵) 一一一 旧戦力増強関連企業の転用および金属回 収に関する善後措置の件通牒 二十中経発第二六六三号 昭和二十年十二月十四日 神奈川県中地方事務所長 北秦野村長殿 戦力増強企業整備ニ伴フ工場ノ転用及金属回収ニ関スル 善後措置ノ件 昭和十八年六月一日閣議決定戦力増強企業整備基本要綱ニ基ク首題ノ件ニ関シテハ終戦後ノ新事態ニ対処シ民需産業ノ復興ニ即応シ且之ヲ促進スル如ク左記要領ニ依リ措置相成ルベキ旨其ノ筋ヨリ通牒ノ次第モ有之候条右御了知ノ上之ガ実施ニ遺憾無キヲ期セラレ度依命此段及通牒候也 追而金属類回収令ハ今般十月二十四日附ヲ以テ廃止セラレタルニ付了知相成度 尚工場及金属設備ノ転用ニ関シテハ地方総監ニ権限委譲シアリタルニ付□□本要領ニ基キ地方総監ニ於テ現ニ手続継続中ノモノト共ニ意見ヲ付シ地方長官ニ廻付相成度申添候 記 戦力増強企業整備ニ伴フ工場転用及金属類ノ回収ニ関スル善後措置要領 一 方針 昭和十八年六月一日閣議決定戦力増強企業整備基本要綱ニ基ク戦力増強企業整備ニ伴フ工場ノ転用及金属ノ回収ニ関シテハ終戦後ノ新事態ニ対処シ民需産業ノ復員、復興ニ即応シ且之ヲ促進スル如ク左ノ要領ニ依リ善後措置ヲ行フモノトス 二 要領 ㈠ 企業整備ノ実施ニ関スル措置 ⑴ 企業整備計画ノ樹立並ニ既定ノ計画ニ基ク企業整備ノ実施ハ昭和二十年八月十五日ヲ以テ之ヲ打切ルコト ㈡ 転用工場ニ関スル措置 1 工場(工場又ハ事業場ニ於ケル土地及建家トシ金属設備ニ属スルモノヲ含マズ以下同ジ)ニ関スル廃止ノ区分決定ハ八月十五日以降之ヲ行ハザルコト 八月十五日以降右ノ区分決定ヲ行ヒタルモノアルトキハ速カニ之ガ□□ヲ行フコト 2 八月十五日以前ニ於テ廃休ノ区分決定アリタル工場ニ関スル措置ハ左ニ依ルコト (イ) 八月十五日迄ニ転用工場トシテ区分決定無カリシモノニ付テハ爾後転用工場トシテノ決定ハ之ヲ為サザルコト (ロ) 八月十五日以前ニ於テ転用工場トシテノ区分決定アリタルモ具体的転用先未決定ナルモノニ付テハ速カニ転用工場ノ区分ヲ解除スルコト (ハ) 八月十五日以前ニ具体的転用先ノ決定シタル転用工場中転用ヲ受ケタル事業者ニ於テ之ガ処分ヲ為サントスルモノ及工場設備等未設置等ノ事情ニ在リ未ダ操業ニ至ラザルモノニ対シ転用前事業者ニ於テ返還希望アリタルトキハ優先的ニ之ヲ返還セシムル如ク指導スルコト 三 金属設備ニ関スル措置 金属設備(工場又ハ事業場ニ於ケル機械器具及金属ヲ主体トスル工作物等ニシテ金属類回収令ニ依ル回収ノ対象タリ得ベキ種類ノ設備トス)ノ供出ニ関スル措置ハ左ニ依ルコト 1 行政官庁又ハ統制団体ニ於テ行フ金属設備ノ供出決定通知ハ八月十五日以降之ガ行ハザルコト 八月十五日以降右ノ決定通知ヲ行ヒタルモノアル時ハ速カニ之ガ取消ヲ行フコト 2 金属設備ニシテ供出設備(産業設備営団若ハ国民更生金庫ニ譲渡セラルタル設備又ハ此等ノ機関ニ対シ譲渡ノ申立若ハ処分ノ委託アリタル設備並ニ右ノ機関ニ供出スベキコトニ行政官庁又ハ統制団体ニ於テ決定ノ上通知アリタル設備ヲ謂フ以下同ジ)タルモノニ付テハ (イ) 撤去解体方着手済ナルモ原状回復容易ナルモノニ付テハ能フル限リ撤去解体ヲ中止スルコト (ロ) 相当程度撤去解体ニ着手済ニシテ原状回復困難ナルモノニ付テハ撤去解体ヲ続行スルコト 3 供出設備中撤去解体未着手ノモノ及前号(イ)ニ該当スルモノニ付テハ譲渡ノ申込者若ハ処分ノ委託者ヲシテ譲渡ノ申込撤回若ハ処分ノ委託ノ解除ヲ為サシムル如ク措置スルコト 但シ供出者ニ於テ依然産業設備営団若ハ国民更生金庫ヘノ譲渡ヲ希望スルモノアルトキハ昭和二十年十一月三十日迄ニ右機関ニ其ノ旨出テシムルコト 4 産業設備営団、国民更生金庫及金属回収統制株式会社ノ保有(此等ノ機関ニ譲渡アリタルモ引取未済ニシテ供出者ノ事業場ニ残置セラレ居ルモノヲ含ム)ニ係ル供出設備ニ付テハ当該設備ノ所在地ヲ管轄スル地方長官ニ於テ其ノ指示ニ依リ転用ヲ行フモノトス 右ノ転用指示ハ概ネ左ニ掲グル者ニ対シ優先的ニ為サザルモノトス 同一業種ニ属スル空襲罹災工場 当該設備ノ供出者ニシテ転廃以前ノ事業ニ復元セ□□ル者 現ニ金属類回収令施行規則別表甲号ニ掲グル事業ヲ営ム者 5 既ニ転用決定シタルモ転用ヲ受ケタル事業者ニ於テ未設置ナル金属設備又ハ設置済ナルモ差当リ之ヲ使用スルノ計画ナキ金属設備ニ対シ転用前ノ事業者ニ於テ返還希望アリタルトキハ優先的ニ之ニ返還セシムル如ク指導スルコト 備考 一 産業設備営団ニ供出アリタル遊休工作機械、自動車、設備動員機械及未稼動重要物資ニ付テハ本要領ニ準ジ措置スルコト (北秦野村役場「庶務書類」(昭和二十年)秦野市役所蔵) 一一二 戦時補償打切の件通達 回覧板 小田原税務署 仙石原村役場 金融機関 戦時補償打切リニ関スル御知ラセ 一 戦時補償特別措置法ノ説明 政府ハ去ル議会デ協賛ヲ得タ戦時補償特別措置法ヲ去ル十月卅日ニ施行シマシタ、此レハ所謂軍需補償ヲ打切ルバカリデナク皆様ノ持ツテヰラレル戦争保険ヤ企業整備ヤ強制疎開等ノ特殊予金等モ打切ラレルコトニナリマスノデ皆様ノ財産ニ重大ナ関係ガ御座イマス 二 戦時補償トシテ打切ラレルモノ 1 戦争保険契約ニ依ツテ設ケラレタ特殊予金 2 企業整備ノ特殊予金 (政府特殊借入金債務者特殊借入金ヲ含ム) 3 強制疎開ノ特殊予金(右ニ同ジ) 三 打切ラレル人 法律ノ施行ニナツタ十月卅日現在デ此等ノ特殊予金等ヲ持ツテヰル人、従ツテ他人ノ特殊予金ヲ譲受ケタ人 貸金ノ弁済トシテ受取ツテ持ツテヰツタ人モ打切ラレマス 然シ打切ラレタ人ハ譲渡シタ人ヤ借金ヲ返済シタ人ニ打切ラレタ分ダケ請求スルコトガ出来マス 四 基礎控除 此等ノ特殊予金ハ全部打切ラレテシマフ訳デハナク左ノ金額ダケ 皆様ノ手許ニ残リマス 1 戦争保険強制疎開}ノ特殊予金{法人ノ場合 一請求権一万円 個人ノ場合 総 額五万円 2 企業整備ノ特殊予金{法人個人共 総額 五万円 説明 戦争保険ノ一請求権ト云フノハ一ツノ保険契約デ一回事故ノ場合受取ル保険金額デス、家族ノ中ニデモ名儀ノ異フ時ハ別々ニ五万円ヅツデスガ相続人ト被相続人ノ分ハ合算シテ計算シマス 戦争保険、強制疎開デ五万円マデ残ツタ方ハ企業整備ノ方ハ全額打切ラレマス、五万円ニ足リナイ時ハ足リナイ分ダケ企業整備ノ方カラモ残リマス、即チ合計シテ数十万円ノ特殊予金ガアツテモ五万円ダケシカ残リマセン 但シ法人ノ戦争保険強制疎開ノ特殊予金ハ、十請求権マデアレバ十万円残リマス 五 申告 前ニ述べタ基礎控除ヲ受ケテ許サレタ範囲ノ特殊予金ヲ手許ニ残スニハ政府ノ定メタ日マデニ手続ヲシナクテハナリマセン 其ノ手続ハ特殊予金ヲ預ケテイル銀行ヤ信託会社へ行ツテ所定ノ申告書ニ書込ンデ提出スルノデス 各所ノ銀行ニアル時ハ各銀行毎ニシマスガ基礎控除ハ一人デ幾口アツテモ五万円マデデス(法人ノ場合十請求権アレバ十万円マデ)申告スル期限ハ『十一月三十日』マデデス 企業整備ヤ其ノ他デ当然特殊予金トナルベキモノヲ特殊予金ニシナイデ銀行ノ借金ヲ返シタ人モ返済シタ銀行ニ申告ガ必要デス 終戦後此ノ法律ガ施行ニナルマデ特殊予金等ヲ払戻シテ銀行ノ借金ヲ返済シタ銀行ニ申告シナクテハナリマセン 六 申告ノナイ時 基礎控除ハ申告シタ人ニダケ認メラレマスノデ十一月三十日迄ニ申告ノナイ方ノ特殊預金ハ申告スレバ当然手許ニ残ル金額デアツテモ金額ノアツテヰル銀行ガ国家ニ納入シテシマヒマスカラ呉々モ御注意下サイ 七 残ツタ特殊予金 申告シテ残ツタ特殊予金ハ封鎖予金トナリマス 其ノ他種々細カイ事ヤ不明ノ点ハ最寄ノ銀行カ税務署ニ御問合セ下サイ (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一一三 昭和二十一年度開拓増産隊要綱概要 昭和二十一年度開拓増産隊要綱概要 一 目標 帰農セントシテモ耕ス土地ノ無キ人ノ為ニ開墾地ヲ斡旋シ中堅農家ノ創設ヲ目標トス 二 隊員資格 (イ)農家ノ二、三男、復員者、疎開者等ニシテ年令十八才以上―三十才以下ノ者ナルコト(可成独身者タルコト) (ロ)心身健全ニシテ集団生活ニ耐へ得ル者 三 農家創設マデノ訓錬 1 編成 五〇名ヲ以テ一組、三組ヲ以テ一枝隊トシ左ノ通リトス 神奈川県開拓増産隊--第一枝隊―{第一組(五〇名) 第二組 第三組 -第二枝隊―{― ― ― -第三枝隊―{― ― ― -第四枝隊―{― ― ― 2 訓練(一ケ年間) 右編成に依リ県立修練農場(高座郡有馬村)県農事講習所(足柄上郡中井村)ニ於テ基礎訓練ヲ実施シ後ハ各枝隊各組毎ニ県内外ノ開墾地、土地改良事業等ニ協力シツツ農業技術、農事諸般ノ修得ヲ企ルモノトス 3 期間ハ昭和二十一年四月上旬ヨリ昭和二十二年三月末日迄一ケ年トス 4 訓練修了後ハ各組毎ニ県内県外ノ適地ニ入植ヲ行フモノトス 5 入植後各農家創設ニ付テハ、伐採材木ヲ以テ開拓隊中ノ建築隊ニ於テ家屋ヲ建築農具、家蓄等県ニ於テ斡旋ノ予定 四 給与 1 手当 一人当月六〇円程度支給ス 2 食糧 移動証明ニ依ル規準配給ノ他不足分ハ県ニ於テ加配ス 3 衣類 作業衣、地下足袋、等ハ期間中ニ支給ノ予定 4 農具県ニ於テ準備ス 五 申込順序 各居住地ノ市町村役場又、地方事務所ニ四月五日迄ニ申込ノコト (比々多村役場「雑書類」(昭和二十年)伊勢原市役所蔵) 一一四 神奈川県下の食糧情報第四報 昭和二十一年五月二十日現在 神奈川県食糧情報(第四報) 神奈川県 目次 一 概説 二 供出状況 三 県外搬入状況 四 配給状況 五 今後ノ見通 六 県民ノ動向 七 緊急措置要目 神奈川県食糧情報 第四報 (五月二十日) 一 概説 本県ノ食糧事情ハ益々逼迫ノ度ヲ加ヘツヽアリ乃チ現在一日当平均所要量三、九〇〇石ニ対シ五月中(五月十五日迄)ノ県外ヨリノ搬入量ハ一日平均僅カ四五〇石程度ニシテ政府ノ庫物払下ヲ加フルモ二、〇〇〇石ヲ出デズ所要量ノ約五〇%程度ナリ其ノ結果ハ欠配ハ日々累加持続サレ民心ノ不安動揺ハ愈々顕著トナリツヽアリ県ハ配給所要量ノ確保ニ付テハ県内、県外ニ対シ凡ユル方途ヲ講ジツヽアルモ現在ノ情勢下ニ於テハ殆ンド好転ノ曙光ヲ見出スコトヲ得ズ政府ニ於テ局面打開ノ施策ヲ講ズルニ非ラザレバ消費都市ハ正ニ饑餓ニ頻スルニ到ルベシ而シテ県下ノ供出状況ハ漸次上昇シツヽアリテ五月十日現在米雑穀ニ在リテハ一〇〇%突破ノ好成績ヲ挙グルコトヲ得タリ尚又県下各地ニ隣保相助ノ精神燃へ所謂同情米ノ拠出ニ依リ同胞相愛ノ美風漸ク顕ハレ挙県一致食糧危機突破ニ邁進スル気構横溢シツツアリ 二 供出状況 農家ノ供米状況ハ屡報ノ通リ農家ノ時局認識ト関係諸機関、団体等ノ懸命ナル努力トニ依ツテ漸次上昇シ五月十日現在ニ於テ左ノ如ク米雑穀ニ在リテハ一〇〇・四%ノ好成績ヲ挙グルニ至リタリ而シテ未利用資源ニ於テハ当初ノ計画ニ多少無理ノ点ガアリタルコト及収穫時期等ノ関係上五月十日現在ニ於テハ左ノ如キ甚ダ不良ナル成績ナルモ是ハ五月中旬以降採取サルベキ海藻類ニヨツテ相当(約米一〇、〇〇〇石相当量)ノ成績ヲ挙グベク目下鋭意努力中ナリ 三 県外搬入状況 県外ヨリノ搬入状況ハ左表ノ通リ四月中旬ヲ最頂点トシ以来漸次減少ノ一途ヲ辿リツヽアルガ五月中旬ニ於テハ稍々好調ヲ示セルモ所要量ニ対シテハ依然トシテ五分ノ一程度ヲ充シ得ルニ足ラズ而シテ今後ノ入荷見通シハ左表ノ如クシテ知事始メ各部長並市長県、市議員、工場代表者、一般消費者代表等数次ニ亘リ各産地ヲ訪問懇請シツヽアルモ甚ダ悲観的ナリ 県外産米搬入状況 尚十一月以降五月十七日迄ノ各県別総入荷量ヲ示セバ左ノ通リナリ (註)総入荷量ハ県食糧営団ノ入荷量(二六三、四八二石)ノミナラズ政府ノ庫入、直売ノモノ等本県内ニ搬入サレタル政府輸送ノモノ一切ヲ掲記ス 四 配給状況 五月十七日現在ノ地区別配給状況ヲ示セバ左表ノ通リニシテ欠配ハ日々ニ悪化シ都市ハ平均一〇・四日長キハ十三日ニ及ブモノアリ郡部ニアリテモ平均五・六日ニ及ブ而シテ食糧営団ノ手持米若干アルモ欠配分ニ補充スレバ皆無トナルノミナラズ逆ニ一三、一九八石約三日四分ノ不足ヲ生ズル状態ニ在リ (註)右ノ外政府直接割当ノモノ復員船用等ノモノ一日平均二〇〇石ノ所要アリ 配給凹凸ノ是正ニ付テハ屡報ノ如ク食糧営団ヲシテ常ニ努力セシメツヽアリ 五月十八日ヨリ同二十四日迄ノ七日間ノ需要計画ヲ樹ツルト左ノ通リニシテ約九日間ノ欠配ハ免レザル結果トナル ㈠ 需要量 六一、九四七石 欠配補充分 三四、六四七石(実際ノ欠配量) 期間中所要量 二七、三〇〇石(一日平均三、九〇〇石ノ七日分) ㈡ 供給量 二七、九六〇石 営団保有量 一九、七一八石(二一、四四九石中目下加工中ノ玄蕎麦玄粟等一、七三一石ヲ除ク) 県外廻着米 三、二二〇石(現在ノ廻着状況ヨリ推シ一日平均四六〇石ヲ予定ス) 政府払下 五、〇二二石(玉蜀黍九〇〇石 小麦紛一、四四二石 玄小麦二、五〇〇石 脱脂大豆一八〇石) ㈢ 差引不足 三三、九八七石(八日八分ノ欠配トナル) 尚五月十七日現在ニ於テ政府(農林省横浜食糧事務所)並ニ県食糧営団ノ在庫量ニ依ル維持日数ト欠配日数トヲ「グラフ」ヲ以テ示セバ左表ノ如クニシテ欠配量ヲ補充スレバ政府及営団ノ保有量ハ僅カニ三日間ヲ維持スルニ足ラザルナリ 備考 一日平均所要量ヲ左ノ通トシ維持日数ニ依リ示ス 二月 三、五〇〇石 三月 三、七〇〇石 四月 三、九〇〇石 五月 三、九〇〇石 五 今後ノ見通 第三報記述ノ当時ト略同様ノ見通シニシテ政府保有食糧(二六、九三三石中直チニ払下可能ノモノハ約一、五〇〇石)農家ノ供米未利用資源ノ供出並隠退蔵食糧等ノ調査摘発等ニ依リ或ル程度ノ数量ヲ確保シ得ルモ其ノ量タルヤ総需要量ニ対比スレバ極メテ微々タルモノナルヲ以テ如何ニシテモ県外ヨリノ搬入米ニ期待ヲ懸ケザルヲ是ズ而シ乍ラ各産地ノ情況ヲ詳サニ観ルニ既ニ出荷指図アリタルモノト雖尋常ノ手段ニテハ容易ニ入手困難ト謂フ甚ダ芳シカラザル実情ニ在リ仍テ県ハ従来ノ方針ヲ或程度変ヘテ本省ノ了解ノ下ニ積極的ニ見返物資ノ活用等ノ方法ニ依リ強引ニ入荷促進ノ対策ヲ講ズルコトヽセリ然レ共現在ノ状況ヲ以テスレバ本月下旬以降ノ需給計画ノ樹立ハ殆ンド不可能ノ状態ニ陥リツヽアリ 六 県民ノ動向 欠配ノ全般的且長期トナルニ伴ヒ消費大衆ノ不安動揺ハ愈々増大シ集団的、示威的行動ハ日々熾烈トナリツヽアリ特ニ工場労務者ノ大衆行動、中小都市ノ理事者、市会議員等ノ陳情者ノ数夥シク増加シツヽアルハ消費者ガ真ニ困窮ノ度ヲ加ヘツヽアルコトヲ如実ニ物語ルモノト思料サル、是等ノ陳情者ノ中ニハ食糧問題ヲ口実ニ単ニ政府官憲等ヲ非謗攻撃シ破壊的ノ言辞ヲ弄スルニ終始スルモノアルモ概ネ真剣ニ食糧危機ノ真相ヲ知リ食糧ノ確保又ハ配給ノ改善ニ協力シ官民共ニ此ノ難関ヲ突破セントスル気構ノモノ多キコトヲ観取サル県ハ是等ノ陳情者ニ対シテハ努メテ其ノ真相ヲ語リ正確ナル認識ノモトニ行動セシムルヤウ配意シツヽアリ 又最近ノ顕著ナル傾向トシテハ都鄙ヲ通ジテ自発的ニ町内会、隣組等ノ単位ニテ相互扶助ノ精神ニ基キ所謂同情米、同情金等ノ拠出ニ依リ隣保相扶クルテウ美風漸ク起リツヽアルハ蓋シ本県民性ノ醇豊ナルコトヲ示セルモノトシテ特記ス 七 緊急措置要目 曩ニ四月二十一日食糧対策トシテ緊急措置要目ヲ決定シ夫々実施シツヽアルモ食糧事情ノ緊迫化ニ伴ヒ更ニ新ナル措置ヲ講ズルノ必要アリ、五月十九日左ノ如ク其ノ要目ヲ追加決定シ急速且強力ニ実施スルコトヽナリタリ 一 農家ニ対シ保有食糧ノ積極的供出ヲ求ムルコト 一 町内会、隣組等ヲシテ消費生活者間ノ相互扶助ノ方途ヲ講ゼシムルコト 一 見返リ物資ニ依リ県外産米ノ搬入促進策ヲ講ズルコト 一 隠退蔵食糧ノ徹底的調査ト摘発ヲ断行スルコト此ノ場合民間人ノ協力ヲ求ムルコト 一 未利用資源殊ニ野草類ノ採取ヲ積極的ニ実施スルコト 一 農産物ノ増産運動ヲ急速ニ展開スルコト殊ニ戦災空地ノ利用ヲ図ルコト 一 生鮮食糧品(魚類、青果物)ノ積極的集荷配給ヲ為スコト 一 横浜、川崎、横須賀等都市ニ在リテハ人口ノ再疎開ヲ実施スルコト 四月二十一日決定ノ緊急措置要目ノ処理状況ヲ記スレバ左ノ如シ (牧野村役場「主要食糧ニ関スル綴」(昭和二十一年)藤野町役場蔵) 一一五 神奈川県市町村長懇談会の食糧対策決議 決議 吾国の食糧事情は今や未曾有の深刻さを以て食糧危機に発展しつゝあり殊に消費県たる本県は処により既に遅配、欠配十数日に達し今後の見通も寔に暗澹たるものあり全く飢餓の危機に直面し一般民衆の不安動揺は日増しに増大しつゝあるを以て我等はこれが対策の一環として飢餓突破県民運動を展開し県民一致の共愛共助の精神により左記各項の実現を期し且本県の窮状を政府当局に陳情し之れが対策善処方を要望するものとす 右決議す 昭和二十一年五月二十一日 神奈川県市町村長懇談会 一 救援食糧の積極的供出運動 二 隣保共助の運動 三 野草、海藻類の採集運動 四 焦土、空閑地急速活用増産運動 五 魚類、青果物の積極的供出運動 六 人口の転入抑制と再疎開の勧奨運動 七 備蓄食糧の積極的供出運動 八 隠退蔵食糧の摘発協力運動 九 麦、馬鈴薯の早期供出運動 十 幽霊人口の摘発協力運動 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一一六 食糧危機突破対策の件通達 昭和二十一年七月十七日 高座鎌倉地方事務所長(印) 各市町村長各国民学校長殿 青年学校長食糧危機突破対策について 食糧危機の現状に対処してこの度政府において食糧危機突破対策を決定したが学校については其の筋からの通牒もあつたので次の事項を参照して適当な措置を講ぜられたい 記 一 大消費都市にある国民学校青年学校中等学校の児童生徒で受入可能地方に縁故のある者に対してはこの際積極的に地方の同種学校へ転校する様勧奨しこれら児童生徒が復帰しうる時期には原校に優先復帰できるやうに取扱ふこと 二 この際大消費都市より転校の申込を受けた学校では定員又は規定に拘らず即時転校を認める様措置しその手続は校長の転校依頼状ですます事 三 第一項の学校の残留児童生徒に対する授業は次の様に実施する事 1 五月三十一日附二一高学収第三四四号教育の食糧危機非常措置に関する件通牒適用 2 授業短縮による学力低下を防ぐ為毎日簡単な宿題を課すとか其の他校外指導を行ふとか適当な教育的措置を講ずる 3 食糧事情の為保護者より欠席の申出があつた場合にはこれを許可し宿題を与へる等自宅で学習が出来るやうな措置を講ずる但しこの場合の欠席は及落の条件に加へない 備考 本通牒の大消費都市とは横浜、横須賀、川崎の三市とす 参考 文部省にては本県三市に加ふるに東京都三十五区及立川京都、布施、尼崎、西宮、神戸、広島、呉、福岡の各都市並に山梨県、青森県、北海道とす (大野青年学校「往復文書綴」(昭和四-二十一年)相模原市立図書館蔵) 一一七 昭和二十二年度米穀甘藷の買入対策要綱 昭和二十二米穀年度に於ける米穀・甘藷の買入対策要綱 神奈川県 方針 昭和二十二米穀年度に於ける米穀及甘藷の買入については食糧の需給事情と農村の実情とに鑑み生産者の生産増強に必要な食糧は之を総合的に保証すると共に其の生産意欲の昂揚を図り以て買入割当数量の確保を期する 要領 ⑴ 昭和二十二米穀年度の買入割当は本年産米穀、甘藷等及び明年度麦類馬鈴薯を通じ其の中より飯用(味噌醤油用を含む)及び種子用等の固有用途向として必要な一定量を農家に確保することを本則として之を行ふ ⑵ 農家飯用保有量は耕作農家人口一人当り別紙㈠の如き年齢別の保有量を定めその品目別の割合は従来の消費実績の比率を参酌して決定する(別紙㈡参照) ⑶ 米穀及び甘藷の買入割当に当つては原則としてその生産見込量より⑵により算定した飯用保有量と種子用等の固有用途向数量との合計を差引いた数量につき割当を行ふものとする 前項の生産見込量は耕作面積及び耕地の生産力を基準とし施肥量気象状況其の他の条件を参酌して之を算定す ⑷ 自己生産量を以て保有量を充たし得ない農家(一部保有農家に対しては買入割当を行はず不足分は一般消費者の基準に依つて配給を行ふ) ⑸ 市町村への買入割当は⑶により当該市町村の米穀及甘藷の生産見込量から⑵に依つて算定した農家飯用保有量と種子用等の固有用途向数量との合計を差引いた数量を割当てるものとする (本年産麦類及馬鈴薯の割当について行つた県割当を市町村調整用割当との区分は之を撤廃する) ⑹ 割当数量は米穀及び甘藷等の各品目毎に定めるが一定の限度に於て相互の代替は之を認める(別紙㈢参照) ⑺ 市町村長は県から割当てられた数量に基き市区町村食糧調整委員会の議を経て⑶に依り各農家の生産見込量及保有量に応じ食糧増産班(部落)を通じて各農家に対し必ず文書を以て割当を行ひ(別紙㈣参照)口頭割当、反別割当等を絶対に為さざるものとする ⑻ 市町村長は十月二十日迄に食糧増産班(部落)に割当を行ひ地方事務所長に報告するものとする食糧増産班長(部落)は十月二十一日迄に各農家に割当を行い市町村長に報告するものとする 割当数量は総べて之を公表する ⑼ 市町村長は農業会長の協力の下に食糧管理台帳を作成して各農家別にその耕作する田畑の各筆毎の面積及び食糧の平均収量実収高、家族構成員数、家畜頭数、種子用所要量及び年間保有量(一部保有農家については保有量及び要配給予定時期)等を記載し食糧の需給事情を明確ならしめるものとする ⑽ 食糧検査所は実収高の調査に当り市区町村食糧委員会等耕作者の代表を参加せしめ各耕作者を納得せしめ得るやうな方法をとるほか合同調査を行ひ各地方相互の均衡を得るに努めると共に気象並び成育状況に関する科学的資料をも汎く蒐集して調査の正確を期する ⑾ 食糧増産班(部落)に割当られた数量の買入が完了した場合に於て実収高の増加、その他により割当てられた数量を超えて米穀を売渡し農家に対し政府はその超過売渡分を特別の価格を以て買入れるものとす ⑿ 実収の結果が市町村を通じ当初の生産見込量に比し減少した場合は市町村又は市町村食糧調整委員会の議を経て村内農家の消費計画を再検討し減収の実情に応じて屑米等の利用其の他必要な措置を講じ割当数量の確保を図るものとする (別紙)㈠ 農家保有基準量 備考 一 玄米換算石とす 二 保有量は米麦藷類、雑穀の総合保有とす 三 総合保有率は過去消費実績等に依り之を定む 四 一日平均主食量は三合六勺、四勺は加工用其の他とす (別紙)㈡ 農家年間保有率 (別紙)㈢ 一 米穀甘藷及雑穀の代替買入限度 ㈠ 生甘藷及切手甘藷の米穀代替買入は買入割当量の五%を超えることを得ない ㈡ 雑穀の買入品目は粟、蕎麦、大豆、落花生とし代替買入の限度を設けない ㈢ 代替買入食糧の米穀換算率は別途通知する 二 米穀を以て総合保有率に基く保有量を保有□□□ざる甘藷作農家(米作に関係なき甘藷作農家)に対する措置 ㈠ 右の如き農家に対しては総合保有率に依る甘藷の保有量以上に従来程度迄の甘藷保有を認め爾余のものは供出せしめ其の結果所定の保有量に不足する場合は其の不足分は配給に依り補ふものとする ㈡ 之が詳細の措置は別途通牒する (別紙)㈣ 通知案 本年度産米穀及甘藷左記の通り買入割当しましたから検査を受けて期日迄に○○倉庫へ搬入して下さい 記 昭和 年 月 日 ○○ 村長 ○○ 村農業会長 ○○ 増産班長 殿 (牧野村役場「主要食糧に関する綴」(昭和二十一年)藤野町役場蔵) 一一八 神奈川県食糧緊急対策 神奈川県食糧緊急対策(昭和二二・八・二二)午前中 逼迫した食糧事情に対処して曩に政府は食糧緊急対策を発表したが二十一年産米の供出は遂にその全国的完遂を見るに至らず本年産麦馬鈴薯亦必ずしも良好でなく食糧の輸入も決して楽観を許さないこと等の為七-十の間に於ける主要食糧は凡ゆる供給の手段を講じても全需要に対し一六・一%の規正率即ち六月の遅配を其儘据置きして尚且二十日、各月平均五日の欠配を如何とも為し得ない情勢であつて其の計画も予測した条件の順調な進展を前提としてのみ可能であり今後の食糧需給は寔に容易ならぬ覚悟を必要とする事情の下にある この事態に鑑み県は政府の施策に即応し且つこれを補充する意味に於て今般次の様な諸対策を総合して速かに且つ確実に実施することゝする 県は県内生産地と消費都市との強靱なる協力の下に県民の自主的な努力を期待し大消費県として自己の当然為すべき処を実践し各種の対策をあわせ講じて県民及び勤労者の食糧をできるだけ実質的に確保し分配の公正化を格段に徹底して県民が窮乏に堪へて且つ希望ある将来の発表へ前進するための生産活動に支障ないようにあらゆる努力をつくすものとす 第一 麦及馬鈴薯の供出期限は曩に消費県としての建前より八月三十一日迄としたがこれが確実なる完遂の為特段の努力を傾注する 一 肥料のリンク配給の方法を供出の促進とその完遂とに役立つ様に改善する これが為に原則として供出期日迄に責任供出量の九〇%の供出をした場合に肥料の一般基準配給量(麦一反硫安約四貫馬鈴薯一反硫安約三貫)の配給をすることゝする 一方供出を完遂した者に対しては供出数量に応じ特に厚く配給量を増加する 即ち供出期日迄に九〇%を超えて供出した者に対しては越えた数量につき麦一俵硫安四貫、馬鈴薯一〇〇貫硫安四貫の特配を行ふ 尚供出期日迄に責任供出量の供出を完遂した者に対しては右の時に供出総量につき麦一俵硫安五〇〇匁、馬鈴薯一〇〇貫硫安五〇〇匁を特配する 二 報奨物資は早期供出分と総供出分とに区分した左の基準より特配する ⑴ 早期供出分 ⑵ 総供出分 但し酒煙草に付ては総量に制限があるので他の物資を以て代替することがある ⑶ 塩 供出割当を完遂した農家に対し供出数量一米石当り二瓩を特配する ⑷ 地下足袋、銘仙 部落割当が完遂せられた場合当該部落の供出総量により農林省の定むる基準に従つて供出完了農家に対し特配する ⑸ 政府の報奨金及び報奨物資の外県に於て供出軽減量分に対する供出に対しては左の基準に依つて一斗(米石)当り二点を特配する 第二 緊迫化せる食糧事情に鑑み農家の隣人愛に遡え自家保有麦、馬鈴薯等の醵出救援運動を左の方法により展開する 一 本運動は県下都市及農村の各種団体市町村一体となつて展開するものとする 尚本運動の細目は別に定める 二 醵出食糧(政府の超過買入とし)はその半量を其地区(市及に地方事務所単位)の要配給者の計画遅配分補塡に充当する□□県に於て配給操作をなすものとする 三 本醵出分に対しては政府で交付する報奨物資並に報奨金の外県に於て左の基準により繊維品、日用品其の他の水産加工品の一部を一斗(米石)当り五点として特配する 四 醵出救援食糧を受ける都市は其の醵出農村に対し感謝の意を表する為県の指示により一定の金品を其の農村の生産振興施設に寄附することゝする 第三 当面危局をのりきるため未利用資源を活用する 一 現在未利用資源として次の三種類を利用することゝする 1 海藻澱粉粕 一〇〇、〇〇〇貫 2 乾燥澱粉粕 一〇、〇〇〇貫 3 麬(外麦) 三〇瓩 二 未利用資源製品 1 海藻海宝麺 三〇〇、〇〇〇貫(一〇〇匁一合として米三、〇〇〇石) 2 海藻澱粉粕パン 四五匁(一食)一五三四、五〇〇ケ(米一、二七九石) 3 麬(外麦)パン及び餅 (イ) パン麬を微粉化して二〇%混入(六〇瓩)四五匁(一食) 四八〇、五〇〇ケ(米四〇八石) (ロ) 餅同じく微粉化して六〇%混入(三〇瓩)六〇〇匁(米一升)二〇、〇〇〇枚(米二〇〇石) 三 未利用資源製品完成見込 1 海宝麺 (七月-十月) 2 乾燥澱粉粕パン(八月-十月) 3 麬パン (八月-十月) 4 麬餅 (九月-十月) 第四 南瓜の大量移入を図ること(八十五万貫米換算四、二五〇石)肥料とのリンク制を活用し県内産五十五万貫県外産三十万貫の南瓜の入荷を計り大都市重点に配給せんとする 第五 蔬菜の緊急増産対策及出荷促進対策 一 蔬菜の増産出荷対策として八月より十月まで出荷出来る主なる蔬菜に対して硫安を基肥或は追肥として肥料を先渡し其の増産分は既定出荷計画に追加して増加出荷するものとする 増産分に対する先渡配給肥料の基準は左の通りにする 大根 六〇貫に対し 硫安一貫 茄子 三〇貫 〃 胡瓜 三〇貫 〃 菜類 六〇貫 〃 二 蔬菜の出荷意欲を促進する為硫安六〇噸を消費地に保管(三市の青果会社及農業会中支部倉庫)して置き蔬菜を三市に出荷した者に報奨用として特配する 七月の肥料のリンク率左の通りとする 第六 空閑地利用対策 本年春以来都市空閑地を極力利用し食糧の一部補給と蔬菜の確保を図る為指導をして来たが尚更に左記に依つて都市空閑地を活用し之れに必要な種子を七月中に有償配付するものとする 一 雑穀 二 蔬菜 第七 雑炊食堂の拡充 主要食糧を一段と圧縮未利用資源を利用し貧窮者多子家族等本施設を利用せしむること 救援食糧醵出運動による支部別期待数量(米石単位) (牧野村役場「主要食糧ニ関スル綴」(昭和二十一年)藤野町役場蔵) 一一九 神奈川県食糧調整委員会協議会決議文 決議文 本協議会は本日茲に大会を開催し次の諸事項を政府並に県に要望し速にこれが実現を期する。 一 食糧一割増産運動並に本年度主要食糧供出割当に付いて 1 農業生産資材を適期に配給すること 2 増産分については次年度供出算定基礎としないこと 3 土地改良事業を急速且つ積極的に実施すること 4 農業技術機構を急速に整備拡充すること 5 供出報償物資は供出と同時に配給すること 6 主要食糧の価格を早急に決定すること 二 農産物価格について 1 一般物価及び農産物価格の決定については民主的機関を設け農民代表を参加せしめること 2 農産物価格の決定に当つてはパリテイ制を検討し原則としてスライド制を採用し農業の再生産と農民の文化的生活水準を保証する価格たること 3 昭和二十二年産米価格を新物価体系の決定に基き是正の上追加支払をなすこと 三 農業課税について 1 農業課税の決定については農民代表を中心とする法制化された農業所得査定委員会を設けること 2 基礎控除三万円、家族控除一万円に引上げること 3 農業再生産を阻害せざる課税たること特に土地使用税に付いては絶対反対のこと 4 昭和二十二年度分については延納を認め追徴税及延滞利子は徴せざること 昭和二十三年度以降については分納を認めること 5 供出報償金は所得額の対象にしないこと 6 所得並に必要経費の算定基礎は公定価格に依ること 7 徴税取扱金融機関として農業協同組合を指定すること 四 報奨物資について 1 報奨物資は農業生産の必需物資たること 2 報奨物資は原則として無償とし有償の場合の価格は特に低廉たること 五 食糧調整委員会について 1 食糧調整委員会の経費は全額国庫負担とすること 2 食糧調整委員会書記の経費を増額すること 右決議する 昭和二十三年五月一日 神奈川県食糧調整委員協議会 (成瀬村役場「庶務書類」(昭和二十三年)伊勢原市役所蔵) 一二〇 経済危機緊急対策実施にともなう経済道 義昂揚に関する件 二十一教第二四二号 昭和二十一年三月七日 教育民生部長(印) 地方事務所長市区町村長殿 経済危機緊急対策実施ニ伴フ経済道義昂揚ニ関スル件 今般金融緊急措置令等一連ノ経済危機緊急対策ノ施行セラルヽニ就テハ其ノ成否ハ一ニ懸テ国民ノ之ニ対スル理解ト協力トニ存スルヲ以テ之ニ関スル教育的施策ハ極メテ緊要ナルニ依リ別紙要領参照ノ上各学校、社会教育諸団体、教宗派、教団関係者ト緊密ナル連絡ヲトリ之ガ実効ヲ挙グルヤウ格段ノ御努力相成度此段及依命通牒候也 別紙 経済道義昂揚並ニ新生活運動展開要領 一 要旨 アラユル機関、団体、組織ヲ広ク且急速ニ動員シ国民一般ニ対シテ今般ノ経済危機緊急対策ノ新日本建設上ニ於ケル真ノ意義ヲ諒得サセ社会連帯ノ観念ヲ徹底シ経済道義ヲ一段ト昂揚シ国民各自ガ深イ反省ト自発的ナ熱意ノ下ニ責任ヲ以テ新事態ニ即スル新生活様式ヲ樹立実行スル様ナ国民運動ヲ展開サセ社会風潮ノ一新ヲ図ラントスルモノデアル 二 指導要領 ㈠ 今度ノ経済危機緊急対策諸法令ニ含マレタ真精神ヲ徹底的ニ分リ易ク解説スルコト ㈡ 今度ノ措置ハ敗戦後一部ノ国民ガ各々自分ノミノ利益ニ趨ツテ物価ヲ釣リ上ゲ其ノ為ニ生産者側モ消費者側モ共ニ益々窮迫ノ一途ヲ辿リツヽアリ、斯クテハ新シイ日本ノ再建ガ不可能トナラウトシテヰル現状ニ於テ此ノ状態ヲ救フ最後ノ手段トシテ取ラレタモノデアリ、若シ国民ガ之ニ協力シナケレバ其ノ結果ハ恐ルベキ国家ノ混乱状態ヲ齎シ我ガ国ノ滅亡ヲモ招ク結果トナラヌトモ限ラナイ事ヲ充分諒解反省サセルコト ㈢ 今度ノ措置ニ伴ツテ国民ノ間ニ社会連帯ノ観念ヲ充分ニ徹底シ公共ノ福利ヲ顧ミズ利己的ナ行動ヲナスコトガ、真ノ意味ニ於テ自己ヲ利シ得ザルコトヲ解セシメ、全体ノ利益ト国民個々ノ利益トガ不可離ノ関係ニアリ、国民各個ノ生活ヲヨクスルコトガ即チ国家社会ヲヨクスル道デアリ、国家社会ノ為ヲ計ルコトガ自己ノ真ノ幸福ヲ増進スル所以ナル趣旨ヲ徹底セシムルト共ニ天ヲ畏レ独リヲ慎シム敬虔ナル信念ヲ抱カセ相携ヘテ新日本ノ建設ニ進マントスル根本的ナ自覚ヲ起サセル機会トスル様指導スルコト ㈣ 此ノ措置ニ即応スベキ国民ノ生活態度トシテハ消費、生産ノ両面カラ真面目ニ計画的ニ之ニ協力スル様ナ生活指導ヲ行フコト、即チ (イ) 消費者ノ立場ニ於テハ限ラレタ生活費ノ中デ入ルヲ計ツテ出ヅルヲ制スル予算生活ノ設計ヲ立テ不要ナ浪費ヲ慎シミ健実デ科学的文化的ナ生活ヲ送ル様ニ研究実行サセルコト (ロ) 一方、生産者ノ立場ニ於テ国民各自ガ自分ノ天分ニ合ツタ職業ヲ求メ、各々其ノ職域ニ於テ献身的ニ働クコトニ依ツテ国家ノ生産ヲ上ゲ新日本ノ再建ニ貢献スル様研究実行サセルコト 特ニ農村ニ於テハ供米ト言フコトガ新日本建設ニ奉仕スル自己ノ神聖ナ使命デアルコトヲ覚ラセルコト ㈤ 右ノ方針ニ則リ新生活様式ヲ樹立シ隣リ同志ガ仲良ク相携ヘテ励ミ助ケ、自分ノ市町村、町内、部落ヲ充実繁栄サセ又、自分ノ属スル職域団体ノ活動ヲ活発ニシ融和提携シ以テ国ヲ救ヒ日本ヲ建テ直ス気持ニ一致結束スル様ナ国民運動ノ展開ニ迄盛リ上ゲテユクコト 三 指導方法 ㈠ 学校教職員ヲ広ク動員シ、学生、生徒、児童ノ指導ニ当ラシメルト共ニ一般社会教育トシテ適宜各種ノ講演会、講座、座談会等ヲ開催シテ趣旨ノ徹底ヲ図ルコト ㈡ 学識者、徳望家殊ニ宗教家、宗教団体ノ奮起ヲ促シ其ノ協力ニ依ツテ趣旨ヲ徹底スルコト ㈢ 各種社会教育団体、言論報道機関ノ協力ヲ求メルコト ㈣ 青年団、婦人会等ヲ活用シ、特ニ純真ナ青年層ヲ此ノ運動ノ中心トスルコト ㈤ 公民教育講座、母親学級、勤労学級等ノ社会教育講座ニ於テ趣旨徹底ヲ図ルコト ㈥ 部落会、町内会、隣組等ノ常会ヲ利用スルコト ㈦ 指導的地位ニアル者ノ特ニ率先躬行ヲ求メルコト ㈧ 街頭、交通機関、各種集会等ニ於ケル日常ノ談話ニ於テ経済危機ノ克服ニ関スル真面目ナ話ガ交サレル様ニ指導スルコト (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一二一 経済緊急対策抄 二二・六・一一 経済緊急対策抄 供出制度改正、横流れ絶滅 第一 国民生活、特に国民の勤労の基礎である食糧を確保することがすべての根本であるから、これ以上の遅配をくいとめ、横流れを絶滅させるためにあらゆる努力をつくす 物資の流通秩序を確立 第二 食糧の確保、物資の安定その他すべての経済安定施策のかなめである物資の流通秩序を確立する 賃銀の停止統制行わず 第三 これまでの経済の推移の結果、現行公定価格がまじめな産業企業の活動を著しく妨げている現状にあるので、この際賃銀、物価を全面的に改訂してその維持安定をはかる 財政金融の健全主義堅持 第四 通貨面からのインフレーシヨン促進の要因を除去するために財政金融の健全化をはかる 一 財政は国民経済全般の円滑な運行をはからい再建にもつとも効果のあるように運用することを主眼とし、健全財政主義を堅持する 二 歳出の節約繰延をはかるために実行予算を編成する 三 やむをえない歳出の増加は極力現行税制の適切な運用によつて補塡するが、事情によつては増税を考慮する 四 徴税機関の拡充や税源捕捉方法の改善を行い、インフレーシヨンやヤミによる不当な利得に対する課税を強化する 五 事業特別会計については、独立採算制の本旨を徹底する 六 予算実行上の監査を励行する 七 融資統制を継続強化し、赤字金融は厳にこれを抑制する但し重要産業に必要な資金はこれを確保する 八 通貨発行審議会の機能を活用し、国庫収支と産業資金の適時調整を実施して通貨発行量の合理的規正に資する 九 貯蓄増強運動を引続き強力に展開する 重点生産継続、経営の健全化 第五 経済回復の根本は生産の増強と生産能率の向上である政府は重点生産の継続と企業経営の健全化の中心としてその実現をはかる 能率賃金制の拡大に努力 第六 勤労者の自覚による勤労能率の向上こそ生産増強の原動力であるから、政府は乏しい国力をさいても、勤労者の生活と雇傭の確保に必要な手段をとる 国内消費を縮め輸出を振興 第七 食糧や再建のため必要な基礎資材の輸入をまかない、ひいては東洋諸国の復興に出来るだけ寄与するために、国内消費の一時的圧縮を忍んで輸出の振興に力を注ぐ 不成績な基本産業は管理 (平塚市立第二青年学校平塚市第二実務女学校「往復文書綴」(昭和二十二年)平塚市教育研究所蔵) 〔注〕以下欠。 一二二 物価引下運動実施に関する件通達 二十二地収第四九三号 昭和二十二年六月十四日 総務部長 各地方事務所長市区長殿 物価引下運動の実施について 最近全国各地に物価引下運動の機運が澎湃として起りつゝあるとき、これを育成助長し、救国貯蓄運動と表裏一体的関係においてまた貯蓄運動の一環として、その健全な発展を図ることが極めて緊要と認められるが、本運動の性質より見て各部及び職員組合等の協力のもとに、総合的、多面的に運用されなければ、所期の目的は達成し得ないと考えられるので、概ね左記の要領によつて相互の緊密な連絡のもとに、本運動を強力に展開したい。 なお貴部(組合、委員会)の指導運営方針等の意見を、六月二十日迄に提出されたい。 記 一 物価引下を目的とし商業者、生産者、消費者を含む国民運動として展開すること。 二 商業者、生産者に関しては、商工会議所、農・水産業会その他の商工業者の団体、消費者に関しては県、県通貨安定推進委員会、職員組合、労働組合をそれ〴〵運動の主体とすること。 三 各商工会議所は同業者の団体を指導して卸小売業者、百貨店、商店街団体に呼びかけ、一定の物価引下目標を定めその励行を図るため自主的運動態勢を確立すること。 四 商工会議所は同業者の申合せにより物価引下協力店を指定せしめ、指定協力店は取扱商品につき、定められた一定の引下価格を厳に励行せしめ、もしこれに違反する者あるときは、協力店たるの指定を取消すこと。 五 商工会議所及び農・水産業会は生産者に呼びかけ、指定協力店以外の店と取引をせぬように措置をするとゝもに、取引価格についても引下を考慮すること。 六 県及び県通貨安定推進委員会は労働組合と相提携し、消費者団体、青年団体、婦人団体、文化団体等によびかけ、指定協力店のみより購入し、その他の者よりの不買同盟を結成せしめること。 七 指定協力店の販売価格の決定に当つては、消費者代表の意見を反映せしめるように考慮するとゝもに、消費者をして常時監視せしめること。 (平塚市立第二青年学校平塚市第二実務女学校「往復文書綴」(昭和二十二年)平塚市教育研究所蔵) 一二三 統制物資不正売買取締徹底の件通達 中東刑防発号外 昭和二十三年十月二十日 中東地区警察署長 神奈川県警視本多郁三(印) 成瀬村々長 重田朝光殿 経済強力取締について 終戦後三年敗戦日本の経済復興の為にする国民大衆の政府当局に寄する絶大な協力と政府自身のたゆまぬ努力とに依り一時は崩壊の危機に瀕して居た国民経済も漸くにして今後に明かるい希望が持たれて来つゝあるが巷間やゝともすると経済再建を阻害する闇行為が半ば公然と行われて居り之については軍政府当局に於ても日本再建の癌であるとし至大な関心を寄せて居り今般その指令に依つて県下一斉に経済強力取締を統制諸物資全般に亘り実施する事に成つたので各位に於ては克くその趣旨を諒とされ取締の実効発揚に御協力下されん事を切に望みます。 各団体長は此の文書を構成員に対し回覧等の方法を以つて通達し本取締の性格乃至は趣旨を諒知せしめられ度い。 (成瀬村役場「庶務書類」(昭和二十三年)伊勢原市役所蔵) 一二四 物価安定署名運動展開に関する要請の件 二四教中収二一九号 昭和二十四年□□月□□日 神奈川県教育委員会事務局中出張所長 町村長町村婦人団体長殿 物価安定署名運動展開について インフレの暴騰と闇価格の横行に伴う極度の経済不安の只中にあつて又高物価改訂が行はれようとしています。この重大事態に対処すべく神奈川県新生活運動婦人団体協議会に於ては別紙の趣意のもとに県下全婦人が物価安定署名運動を展開することに二月二十三日の協議会で決定いたしましたので貴町村婦人団体に右趣旨御伝達の上町村取りまとめ三月七日迄(午前中)に必ず完成の上御届け願いたい。 記 署名方法の説明 一 用紙 規格藁半紙を使用。二つ折にして右端を綴じ込むこと。用紙は各婦人団体で負担することになつています。 二 書式 別紙書式要領で縦二十糎横十五糎の粋内を三段に分けて一列十名署名捺印のこと。 趣意書は署名簿頭書に明記のこと。 三 署名簿は三通作製のこと。 四 署名書は婦人代表により三月八日午前総理大臣及経済安定本部総裁に提出 五 尚婦人団体のない町村は適当な人に委嘱し一般婦人の署名を願い取まとめの上町村役場より中出張所に御届け願いたい。 物価安定署名運動 趣意書 経済的安定なくして平和日本の再建は望まれません。 然し終戦来インフレの暴騰と闇価格の横行は刻々に国民生活を脅かし続けています。私共家計を預る主婦は日夜家庭経済面に精魂を傾注し数年に亘る物価高騰に血みどろなる喘ぎを続けてゐることは周知の事実であります。私共神奈川県下各婦人団体に於てはこの苦難を切り拓くべく新生活運動に邁進し特に闇撲滅と生活改善の両面より必死の努力を重ねて来ました。 然るに政府はこゝに又々高物価改訂を行はうとしております。もしそんなことになりますと私共の努力は水泡に帰し家庭経済は破滅し国民生活は全く危機に晒されてしまいます。 この度の物価改訂に当り「せめて生活必需品の公値上げは絶対に喰ひ止めたい」という私共主婦としての切実な叫びをこゝに署名運動により表明し当局に嘆願致す次第であります。 昭和二十四年三月二日 神奈川県中郡成瀬村婦人会 婦人団体名 (成瀬村役場「庶務書類」(昭和二十三年)伊勢原市役所蔵) 一二五 物価監視委員任期延長の件通達 二四商第九三三八号 昭和二十四年十二月十九日 神奈川県知事内山岩太郎(印) 比々多村 近藤信綱殿 物価監視委員の委嘱について 貴下の物価監視委員としての任期は来る十二月二十日を以て満了となるのであるが現在は統制経済より自由経済への移行転換期に直面しており且又年末年始に際して一段と物価安定運動を活発に推進する必要も愈々増大しており、他方生活必需物資の配給、価格、量目等の維持励行に対する取締運動も強化されておるのでその実効を期するためにも本年度は各地区共物価監視委員の改選を行はないで引続き、更に一ケ年間任期を延長することと致し再度貴殿を第二十七区物価監視委員に委嘱することとなつたから本制度の円滑な運営とその有終の成果を挙げるよう重ねて御協力を御願いたい。 なお再選なので改めて辞令を用いないので併せて御高承を願いたい。 (比々多村役場「庶務書類」(昭和二十四年)伊勢原市役所蔵) 一二六 連合国総司令部の横浜市等地方財政状況視察 ○総司令部係官の地方財政状況視察 神奈川県はシヤウプ税制使節団の財政視察上のモデル県となつている関係上、その予備調査のため、五月十九日総司令部経済科学局歳入課アラン氏は横浜市役所を訪れ、市財政上の難点、歳入歳出の詳細、国庫並に県補助、支出金の現況、地方配付税、並に徴税制度につき三時間にわたり質疑応答を行つた。越えて二十日及二十三日には同市中区役所に赴き終日同所の徴税(地方税)事務につき研究すると共に窓口事務の実情を視察した。 右視察には神奈川軍政部の要請により当事務局係官が同行したが、視察の主眼点は歳入、殊に地方税の徴収方法、徴税強行手段、欠損処分方法等であつたが、同氏はニユーヨーク市財政事務に二十五年の経験を有する専門家であるためその着眼も核心をつき、又日本側係官も之に啓発される所が大であつた。同氏は今回の視察の結果得た資料をシヤウプ使節団に提供する任務を有しており来月も引きつゞき来県、県庁はじめ代表的市町村財政を視察する予定である。なお神奈川軍政部の要求により同軍政部に提出しておいた県及び県下各市町村の財政報告(執務報告第三十六号参照)は同氏が総司令部に持ち帰り直接資料の一部として利用している模様である。 (横浜終戦連絡事務局「YLCO執務報告第四十号」(昭和二十四年)神奈川県庁蔵) 〔注〕執務報告第三十六号省略。 一二七 座間相模原町地域の進駐軍の不法事件処理経過(一-二) ㈠ ○座間、相模原方面の進駐軍不法事件取締方 (イ) 神奈川県相模原町に於ける進駐軍兵士の邦人に対する不法事件頻発に関し、同町当局から神奈川県知事宛て町長、公安委員長其他諸団体員百五名連署の陳情書を提出したので右八軍当局へ申入れ方同知事から当事務局に要請があつた。 (ロ) 陳情書の要旨は終戦直後同地方に進駐した部隊は規律厳正で且これが果して歴戦の将兵かと疑うばかり仁愛の精神に充ちたものであつたが、其後来駐の部隊は多く黒人で日夜強窃盗、暴行、傷害等の事件が絶えず其為に過去約八ケ月町民は日没後は門戸を鎖じ夜間の外出は不可能なるに至つたと云うに在つて、本年一月初頭以来三月十五日までの同町に於ける不法事件統計として四十八件(此内正式届出事件三件)の要領を表として添付したものである。 (ハ) 然るに県下に於ける進駐軍関係事件の最も頻繁なのは座間地方であつて、前記期間内に於ける事件として座間附近の各警察から当事務局へ報告のあつた全事件数は六十一件、地区別内訳座間五六、海老名三、相模原及厚木各一件と云う実情なので、本件は相模原のみならず座間其他近隣町村一帯の問題として八軍憲兵司令官に申入れ其注意を喚起した。 (ニ) 右に続き座間郵便局集配人に対する兵士の暴行事件数件に付て東京郵政局長からも同様申入方要請に接したので同じく当事務局覚書として八軍に申入れを行つた。 (ホ) 四月十日八軍憲兵司令部から鈴木局長に対し同方面の事態に付ては八軍司令官からも厳命があつたので三月末MPの増強等により取締を強化したから其後の事態に関する日本側現地報告を徴せられたい旨口頭申出があつたので座間及相模原両警察当局に移牒の上査報を求めた処、三月二十五日からMP等五十三名による一日二十四時間制三交替式の徒歩及ヂープ巡羅が実施せられ、且駐屯部隊及憲兵司令官以下将校の監督巡視も頻繁に行われるに至つた為、爾来事態著しく改善せられ、医師、郵便電信の夜間サービスも四月初旬から再開せられ、相模原警察も臨時派出所増設、通訳の増員等により米側との連絡を密にした結果少数乍ら夜間開店営業する者も出で又夜間外出者も多少は見られるに至つた趣である。右の事態は当方に対する警察報告にも如実に反映せられ即之等地区に於ける一月乃至三月三十一日の不法事件計七一件中特別警戒実施の三月二十五日以後の事件は僅に二件に止つて居るので、八軍に対し報告旁々新措置に対し謝意を表して置いた。 (ヘ) 八軍司令部は四月二十九日附を以て本件に付ては直に適当取締措置を講じた結果事態改善せる旨並に取締は今後共継続して住民の不安除去に努むべき旨を当事務局宛及東京郵政局長宛公信として夫々回答越したので神奈川県知事及郵政局長に之を転達した。 ㈡ ○座間方面進駐軍の不法事件 本問題に付ての当方申入れ及之に対する八軍当局の取締措置に付ては前号月報記載の通りであるが、其後五月一日附座間警察報告として神奈川県知事から当事務局宛通知せられたところによれば三月末の取締強化以来同地方に発生した事件は強奪二件暴行一件を数えるのみで、加之従来頻発した不祥事件の主なる責任部隊たる第七六及第九三三高射砲部隊は四月末他に移駐を命ぜられたので町民も約十ケ月振りで平常に復したとのことである。 (横浜終戦連絡事務局「YLCO執務報告第五八・五九号」(昭和二十五年)神奈川県庁蔵) 〔注〕 資料㈠が五八号資料㈡が五九号より抜粋。 一二八 講和後横浜市の接収地処理に関する要望書 「講和後における接収地の処理問題に関する政府への要望書横浜市復興建設会議」 講和後における接収地の処理問題に関する政府への要望書 横浜市は昨年十月多数市民の賛成投票を以て国際港都建設法を制定し、以来この法律を根幹として近代的国際港都百年の大計を樹立する機会を得、直ちに必要にして有効な年度計画を樹て現にその一部は二十六年度の予算に具体化し、歩一歩将来の大計を固めんとしているのであるが、今回の講和条約の締結を機として港都々市計画遂行上致命的な関係を有し且又百万市民が戦後六ケ年その地域における経済活動を閉塞され、常に苦難の中に待望して止まなかつた市街地広域に亘る接収解除の問題が将に一挙に解決されんとする唯一絶対の時期に際会しているので、茲に事情を具し政府関係当局の特別の御考慮と御明察を賜わり国家全体の立場より最善の解決を見ることができるよう懇請する次第である。 第一 土地、建物、港湾施設接収の現況 ㈠ 市街地の接収状況 横浜市内の全接収面積は約二百十余万坪に及び、特に市の中枢地帯である中区ビジネスセンターは、その約七四パーセントに相当する広大な土地を占有されているのである。この使用状況を大別すれば次の通りである。 しかして現に接収を受けている市街地の内、中区内のいわゆる関内関外地区は横浜港湾の中心部に直結する背後の心臓部的要地であつて、かつては名実共に本市の貿易産業経済活動の中枢地帯であつたのである。一方神奈川子安生麦方面は、かつて本市が多大の経費を投じて造成した地域を含む臨港工業地帯として、これ又経済復興上極めて重要の地域である。更に本牧山手根岸方面は、気候温暖な点において、又空気の清浄にして眺望絶佳な点において、最好適住宅地として京浜間一般都人に広く知られている地帯である。 ㈡ 港湾施設の接収状況 港湾の接収状況はこれ又添付の図面に示す如く極端を極め、かつて日本の国際貿易に重要な役割を果し又現にその必要にせまられているにも拘わらず、現在民間貿易に解放されている公共施設、港域は僅かに全体の一割に過ぎない現状である。 ㈢ 公私建物の接収状況 現在接収建物の現況は、実に総坪数約二十万坪に及び何れも以前横浜市の経済的、文化的、教育的発展力の根源として重要な使命を果していたものがその大部分である。 第二 接収のため受けつゝある横浜市の経済的損失 元来横浜市はその都市の立地条件よりして終戦直後進駐軍の重要拠点として利用されることは当然のことであり、これがためにはむしろ市民も心よりこれを歓迎し進んで軍に協力し来つたのであるが、その間進駐軍におかれても県市政に対して尠からざる利便と御支援を与えられ、市民生活の上にも直接間接多くの福祉を供与され、この点百万市民斉しく感謝している次第である。しかしながら一方こうした広域の接収が相当長期に亘つている関係上諸般の経済事情がようやく落ちつきを示し、本格的な復興の段階に進みつゝあるに拘わらず横浜市の経済活動が大きく抑制されていることは事実であつて、これがため蒙りつゝある損失は今日までまことに図り知れざるものがあるのである。 茲に幾多の具体的資料を提示して事情を証明する前に、特に顕著な実情を概説すれば、前述のように進駐軍が接収している関内関外の地域は、横浜市の経済中枢部であつて、以前は横浜の経済活動を支持する金融機関や各商社の本支店の所在地域であり、多くの外国商社貿易関係業者の店舗が集中され、又観光客向きの一流店舗街が形成され、港湾の中心部に近接する唯一の心臓部的地域である。従来こうした地域に活動していた多くの市民は、殆ど追われて他に転じ、或は再起の機会を失い、逐次脱落し、又現在かろうじて取引上頗る条件の悪い都辺地に店舗を構え、僅かにその片影を維持している等、全く惨たんたる状況を呈しているのである。最近横浜港の貿易取引上の悪条件に堪え得ず多年市内に活動の経歴を残していた有力業者が、相次いで東京方面にその活動本拠を移転しつゝある事例に徴するも、本問題の解決が真に横浜市の経済復興の根本に通ずる基本的重要問題であることを示唆するものというべきである。更に港湾の状況を見るに、前述の如く全施設の約九割を軍の管理に供されているので、民間貿易は極度に抑制せられ、輸出入貨物の取扱についても沖取沖積荷役の増加、荒天時等による荷揚能率の減退、滞船日数の増嵩等により、自然港湾諸掛りの昂騰を招来し、立地条件上横浜港の利用を最も経済的とする輸出入貨物すら、漸次他港に移動する傾向を生じ、将に横浜港の危機的症状を露呈している現状である。かくして貿易を中軸として回転する横浜市の経済力は漸次衰退し、これが影響は県市税収入にも如実に現われ、この接収による直接的な県市税減収額は年間実に約拾億円に達する状況にあるのである。 第三 接収地と横浜市の復興問題 元来接収された土地、建物、港湾等は連合国が日本に対する占領政策遂行の途上、戦争活動の延長的形体において緊急的に出先機関の現地調達の方式で、あくまでも一時的の必要性からこれを接収したものであるのである。従つて将来の横浜市の総合的都市計画体型の観点に立つ必要な考慮の暇なく、随所に進駐軍の急速な利用計画が具体化され来つたので横浜の都市構成は全く分裂混乱の状態を呈しているのである。横浜市は終戦後今日までその復興に最大の関連を持つ接収地の解除を希求し、全市的な復興計画実現の緒につく日の、 一日もすみやかに来たらんことを待望しつゝあつた次第であるが、幸い来月四日桑港において対日講和条約が締結され、名実共に主権の独立を見る段階を迎え、前地域施設の解除問題につき恒久的な観点に立つて再検討される機会が到来しているように思考されるので、政府御当局におかれては是非とも、横浜市の経済発展と都市計画の基盤確立のため特段の考慮を尽されんことを懇請する次第である。 第四 駐兵協定に基く軍利用地設定問題 横浜市は接収地の問題について以上の如き見解を持つているのであるが、一方新たな日本の安全保障協定に基き、日本防衛の立場より、重要港湾を有する横浜市の客観的諸条件より考察して、或は今後共港湾市街地等の租借的軍利用計画が要求されることあるは止むを得ないことであると信ずるも、この場合従来現地応急の非常措置として接収された形体そのまゝの姿で、直ちに半ば恒久的な租借地計画に移行することは、横浜市の港都計画の見地からは勿論、市民の経済的生命線維持の立場よりも到底忍び難いところである。よつて政府御当局においても特に此際充分にこの間の事情を御了察願いたいのである。 尤も新たな駐兵協定に基ずく軍の租借地の設定については、アメリカ政府の要請に基ずき日本政府の責任においてこれを決定するものであるが、われわれが敢て云わんとするところは単に神奈川県、横浜市のみの一方的犠牲において、この問題を安易に解決することなく、県市のためにも、又国土防衛的見地よりも、はた又国家再建の立場よりも、日本の国民全体の負担において、最善の計画の出現を希望するものであつて、これがためには市域の内外に展開されるべき軍の利用地計画と、横浜市並びに神奈川県の都市計画とが完全に両立し得るよう、両者の調整を図らんことを衷心から懇請する次第である。この場合、地元県市が進んで政府に協力する意志のあることは勿論である。 第五 横浜市復興建設会議 以上の如き状況にあるので、横浜市並に神奈川全県の政界、財界、業界は挙げて横浜市の現状を憂慮し、講和後の変化に重大関心をもつているので、今回茲に県市の当面する重大問題解決のため、その中核的機構として、全体の力を一つに結んだ横浜市復興建設会議を設け、あらゆる角度より本問題を検討し、国家的見地に立つて最善の結論を発見し、その実現を強力に推進すると共に、併せて政府の施策に提携協力し以て県市百年の誤らざる大計を確立せんと企図している次第である。 希くば政府におかれても事情篤と御明察の上、本問題の解決に最善を尽されんことを庶希して止まない次第である。 昭和二十六年八月 日 横浜市復興建設会議 神奈川県知事 内山岩太郎 神奈川県会議長 加藤詮 横浜商工会議所会頭 平沼亮三 横浜市会議長 嶋村力 事務取扱横浜市助役 復興建設会議事務総長 田中省吾 横浜市長 平沼亮三 (横浜市復興建設会議「講話後における接収地の処理に関する政府への要望書」(昭和二十六年)神奈川県庁蔵) 〔注〕 本巻附録1を参照。 第三節 復興民主化政策 一二九 神奈川県戦災都市復興都市計画事業概要 神奈川県戦災都市復興都市計画事業概要 本県に於ける復興都市計画事業は、横浜、川崎、平塚、小田原の四市に於て施行中であるが経済安定本部の認証を得て公共事業として昭和二十一年度より実施中であり、その計画大要次の通りである。 一 事業実施の目的 戦前の我国の都市は道路の幅員は狭く区劃も不良で交通上、近代交通に適するものゝ極めて少く且つ公園其の他公共施設殆んど乏しく又家屋は木造小家屋が密集して衛生上、保安上、憂慮すべき状態であつたが之が改良は土地所有権及借地権、地上権等が錯雑して之等の整備は甚だ困難であつたが罹災によつて改良すべき好時期を得たといふ現況である。 先ず第一に都市復興は我国の経済復興の基礎である事であり、商工業の振興は農村の食糧増産と平行して実施されねばならないので都市の復興なくして平和日本の再建は成り立たない。之れが基盤となる都市計画に基く実施計画を急速に行ふ必要がある。 次に都市の交通、防火、衛生、文化等のため必要なる道路、広場、公園等の用地を確保すると共に街廊劃地を整備するために土地区劃整理事業を主体にして戦災都市復興都市計画事業が初められたのである。尚又我国の家屋は大部分木造のため年々大火災を生じ之れが防火の便も甚だ不良で本事業実施によつて防火区劃を構成せしめ損害を著しく軽減せしめるのが目的の第三である。 第四には住宅敷地の確保が目的である。罹災した敷地に住宅が促進出来ないのは区劃の不整及借地権其の他の関係が甚だ多く区劃整理によつてその敷地が合理的に配分せられ、道路用地、公園用地等の決定が解決せられゝば本格的なる家屋の建築も安心して出来且つ仮設的なる住宅にあらずして安定した地盤に立つて経済の復興が出来る為である。 第五には都市の失業者の救済に資せんとするもので機械及技術を要しない労力で実施出来得ることが、多大である為である。 二 復興都市計画事業の方法 都市の復興計画は特別都市計画法が新たに制定せられ之に基き各市の民主的なる委員の審議を経て神奈川県の都市計画委員会に於て決定せられる都市計画委員会は知事を会長として内閣総理大臣によつて任命せられたる当該市長、市会議員、県会議員及学識経験者並に県市の吏員より成り、之に於て計画が決定せられる。決定せられたる計画は市、県に於て年度計画を定め、之れが主管の建設院総裁に資料を呈出し、建設院に於て全国の事業を纒めて経済安定本部の認証を得、之によつて定められたる事業量を建設院を通じて県市に通牒せられ、実施に移されるのであるが実情は各県市に於て予定する事業量の四分の一程度であつて、之が為の事業は遅々として進まず多大なる迷惑を市民に与へて居る結果となつて居る。本事業の中核である区劃整理事業は区域内の宅地面積の一五%は無償で提供されるが、夫に上は政府が補償し之が換地及補償については民選により区劃整理委員から成る委員会に於て処理せらるゝもので神奈川県に於ては既にその議を経て換地が決定せられたるもの七ケ処地区に及び面積一、二二一、六〇〇坪に及んで居る。 三 区劃整理事業を急速に実施する必要性 a 本事業は先ず都市中心部が焼失したゝめ、市民は郊外に居住し中心部への通勤の為めに交通が雑踏を極めて居り特に駅附近は甚だしい。之が為め先づ駅附近及主要交通路線敷地の確保をなし交通の保安増加を計ると共に漸次市内の復興を促進して交通問題を解決せしむる為非常に役立つ。 b 焼失した地区を対象とするので家が今後全部建築せられた時よりも費用がずつと低廉であり之が為め早々実施すればする程低廉であり時期が遅れる程高価であり実施困難となる。 c 区劃整理を施行した地区は本建築も許可されることになり仮建築でないので市民は安住した住宅を建て得るし又商業も確固たる地盤を得て経済安定上根強い力となる。 d 現在区劃整理地区は一時建築の禁止が行はれたる処で現在建築せられたる建物は焼失前より一層無秩序なる仮建築であり之を放置する時は保安、衛生、交通上甚だ面白くない現象を呈し且つ区劃整理の完了を待つて本建築をなさんとして居る善良なる市民に建築敷地の提供が出来ず不公平なる結果を来す。之が為正常なる土地建物に対する投資等が円満に行はれず経済安定上阻害を来す虞がある。 四 本県に於ける事業概要 復興事業は県市の財政難及国家的なる災害の為め国の補助費を主体とし区劃整理事業八〇%を最高とし三三%以上の国庫の補助を得残額を地方公共団体の負担として実施して居るが経済安定本部で認証せられたる事業費以上は起債も不可能であり単独地方費負担も困難であり特に国の認証額を期待しなければ実施出来ない現状である。 横浜市、川崎市は日本の玄関であり貿易並に工業の中心地である。之が為めには両市の都市計画事業は之を目的として計画せられ着々実施中であるが毎年度民主的なる市会に於て多額の予算を計上するもその事業量は誠に少なく査定せられ此の程度に進めるならば今後三十年を要する事となり之が増額は緊急を要するものと考へられる。 平塚市は神奈川県中心部に於ける農業の集散地及地方農村文化の中心地であると共に漁港を有し水産物の重要地点であり、その工業地及住宅地としての発展も期すべき所あり。市街の大部分焼失した為め市民は本格的なる都市復興を希望して居るが之又予算僅少で此の儘移推すれば一般市街地再建は不可能なる状況に立至るのみならず、又区劃整理区内に別途公共事業として漁港を築造中であり、之が漁港を急速に完成する為めには本事業は之より先行して実施せざるを得ないものであり本事業の縮少によつては漁港も実施不可能に立入る現況である。 小田原市は面積も少なく事業も少量であるので二十三年度内に完成し全国の戦災都市の内最初に完成すべき現況である。 (神奈川県土木部計画課「復興関係書類」(昭和二十二年)神奈川県庁蔵) 一三〇 横須賀市更生対策要項 横須賀市更生対策要項 今ヤ我国ハ「ポツダム宣言」受諾ニ基キ連合諸国ノ管理方策ニ従ヒ平和国家建設ノ方途ヲ自主的ニ遂行スベク国ヲ挙ゲテ政治、経済、思想、文化等各般二亙リ旧制ハ逐次是正セラレ、所謂民主的理念実現ノ意図ノ下ニ新日本建設ニ鋭意経営努力ヲ致サレツヽアリ 翻ツテ本市ハ横須賀軍港ノ所在地トシテ軍活動専ラ行ハレ民生又軍ニ直接間接ニ依存スルノ実情ニ在リタルハ一般ノ知ル所ニシテ終戦ニ伴フ軍ノ解消ハ立市ノ基盤、民生ノ培養源ヲ一挙ニ剔抉シ本市ノ民生経済面ニ空前ノ影響ヲ与へ本市並ニ本市民ハ一旦ニシテ憂慮スベキ経済的危局ニ投入セシメラレ寔二寒心ニ堪ヘザルモノアリ 茲ニ於テ本市モ亦叙上ノ新日本建設ノ方途ニ準拠シ且ツ政府ノ国土計画ニ包摂セラレツヽ他面本市個有ノ地理的優位性其ノ他ノ積極的条件ニ依存シ本市恒久ノ更生根本策ヲ勘考シ以テ立市ノ基底ト為サザルベカラザルニ至レリ 然ル所幸ニシテ本市ハ戦禍ヲ免ガレ全市無疵ノ状態ニ在リ、本市民タルモノ宜シク自彊奮起新事態ニ処スベキハ固ヨリ言フヲ俟タズ、而モ全市域ニハ厖大ナル嘗テノ軍施設其ノ儘残在シ之等施設中我国産業文化振興並ニ本市更生ノ為転換活用スルヲ適当ト思料セラルヽモノ数多存在スル事実ハ本市更生ノ上ニ絶好ノ条件トシテ無限ノ光明ト天来ノ福音ヲ与フルモノニシテ真ニ本市ノ至幸トスル所ナリ 以下本市更生委員会ノ議ヲ経本市更生対策及ビ之ガ実現ニ資スベキ残存施設ノ転活用ニ関シ概述セントス 一 工業ノ振興 新日本ニ対シテハ往時ノ軍需工業ハ完全ニ解消セシメラレ又将来軍需転換ノ可能性アル工業等ハ許容セラレザル如ク規定セラレ専ラ平和工業ノ限度ニ於テノミ認メラルヽモノヽ如シ 此ノ制限ノ下我国民ノ間ニ生活手段ヲ喪失スル者無数ニ及ブコトヲ思フトキ農業立国ノ外所謂過剰人口対策上ヨリスルモ新生日本ノ平和的工業振興ハ必須ノコトヽ謂ハザルベカラズ 然ル所本市ノ東海岸ハ旧海軍工廠、海軍航空技術廠、海軍軍需部、造兵部等巨大ナル工業施設ニ依リ既ニ工業的地区ノ形態ヲ整へ居リタルモノニシテ之等地区ノ平和産業ヘノ転換ハ其ノ立地支配因子ニ従ヒ適種ノ撰定ヲ過ラザレバ其ノ期待甚ダ大ナリト謂フベシ即チ旧海軍工廠ハ内外船舶ノ修理又ハ商船等ノ造船造機又ハ木工業ニ旧軍需部ハ製缶製函工業並ニ食品工業ニ旧造兵部ハ平和的器械工業旧航空技術廠ハ建築用資材工業ニ金沢ノ旧航空技術廠□車輛工業又ハ附近ニ特産ノ粘土ヲ利用スルセメント工業ニ更ニ市東南方ニ一転シテ久里浜ノ旧海軍軍需部倉庫及防備隊工作学校等ノ施設ハ其ノ港湾地帯ヲ包含シテ漁業基地ニ併セ水産加工工業等ニ何レモ現存施設ヲ更生利用シテ容易ニ平和産業ニ転換シ得ベシ二 商業ノ振興 平和工業其ノ他ノ更生振興ニ伴ヒ商業ノ勃興又期待スベク旧横須賀軍港ハ天与ノ良港ナルニ加ヘテ数十年来巨額ノ国帑ヲ投ジテナサレタル完全ナル港湾施設ヲ有シ大船巨舶ト雖モ接岸可能ニシテ之ガ開放ニ依ル商工港トシテノ活用ハ本市貿易商業ノ振興ニ資スル処大ナルモノアルベシ即チ陸上連絡輸送施設ノ整備充実ニ依リ貿易横浜港ノ外港トシテ将又客船発着港トシテ天然的良港ノ特質ヲ顕著ニ発揮シ得ベシ 三 港湾ノ整備 三浦半島ハ天然的良港ニ恵マレツヽモ従来軍事上ノ制肘ヲ受ケ開放セラレタル港湾ハ僅ニ浦賀、安浦、三崎ノ三少港ヲ数フルノミニシテ海上ヨリノ輸送連絡ハ貧弱ヲ極メ加之何レモ陸上連絡施設ニ欠クル処多クシテ全ク地方的小港ノ域ヲ脱セズ港湾的使命ヲ果シ能ハズシテ本市産業界ニ寄与スル所乏シカリシハ甚ダ遺憾トスル処ナリ 横須賀港、長浦港、深浦港等ノ旧軍港ハ之ヲ全面的ニ平和的ニ改装スル一面海陸連絡施設ノ完璧ヲ期スルニ於テハ其ノ天然的良港ノ本質ニ加へ将来一般使用ニ開放セラルヽノ時商工港トシテ日本的大港湾タルコト万人ノ疑ハザル所タルベキヲ信ズ 久里浜港ハ其ノ修築ヲ急ギツヽアリシモ工事半途ニシテ終戦ニ遭遇シタルモノニシテ陸上連絡施設ハ既ニ成リ鉄道ハ省線、社線ノ二線ヲ有シ道路ニ於テハ国道、県道ノ整備ヲ終ル等間然スル所ナク之ヲ附近旧軍施設ト共ニ漁港トシテ改修スルニ於テハ太平洋漁業ノ一大根拠地トシテ日本水産界ニ寄与スル所甚大ニシテ以テ国民食糧問題ノ解決ニ多大ナル貢献ヲ為スベク国家的役割ヲ果スベキヤ必セリ 要約スルニ久里浜港ヲ除ク各港ハ其ノ海陸連絡施設ヲ整備シ横須賀港ノ商工港、深浦、長浦、浦賀港ノ工業港、久里浜並ニ太田和港ノ漁港等各港ニハ夫々本来ノ目的ニ則シタル諸々ノ平和産業ヲ附設シ自然地理的条件ヲ活用シテ半島ニ位置スル特色アル港湾都市トシテ更生シ平和的産業ノ国家目的ニ副ハントスルモノナリ 四 観光施設ノ整備拡充 三浦半島全域ハ風光ノ明眉秀麗ナルニモ拘ラズ随所ニ軍施設点在シ之ガ機密保持ノ必要上諸般ノ制限ヲ厳ニセラレタル為其ノ天然的風光ハ更ニ世ニ紹介宣伝セラルヽ機会ニ恵マレズ従而又現在観光施設ハ皆無ニ等シク将来ノ観光客誘致方策ニ欠クル所頗ル大ナルモノアリ自然美ニ恵マレ史実ニ豊カナル三浦半島ハ観光地トシテ好個ノ条件ヲ具備セリ此ノ天恵ヲ利用シ恒久平和ヲ理想トスル日本ヲ世界ノ平和線上ニ描出スルタメ此地ヲ国際観光要地タラシメ国民外交ノ一端ヲ担ハントスルハ将ニ戦後日本ノ国策ニ副ヒ極メテ有意義ナルコトヽ思料セラルヽ所ナリ依ツテ半島循環鉄道及軌道、周遊道路、国際的観光ホテルノ建設、其ノ他歓興施設、公園施設、案内施設等ノ整備拡充ハ漸ヲ逐ツテ之ヲ具現ノ要アリ観光ホテル等ノ施設ハ嘗テノ軍施設ヲ転用スルニ於テハ之ガ実現比較的容易ニシテ例之野比所在ノ旧海軍病院、網代湾ニ臨メル旧海軍施設ノ如キハ気候風光環境設備等他ニ比ナク理想的施設タリ得ベシ尚又陸海軍旧練兵場其ノ他ヲ利用シテ野球、庭球、ゴルフ等ノ運動施設ヲ整へ各所ノ丘陵ニ散在スル旧軍用地ヲ撰ビテ公園ニ転換シ或ハ秘島猿島ヲ開放シテ歓興施設トナス等ハ観光施設計画トシテ当然企図セラルベキモノナリ 五 学園ノ建設 青巒翠波ヲ背ニ白砂ヲ踏ミ松籟ヲ友トシテ四囲ノ静寂ナル環境ニ浸リツヽ只管勉学ニ励ミ得ル如キ環境ハ一度此地ニ入ル者ノ等シク認ムル所ニシテ幸ヒ残存セル旧陸海軍諸学校ノ施設中其ノ適スルモノヲ転用シテ帝都ヲ初メ戦災地ノ大学専門学校等ニ充当セバ即時其ノ用ヲナシ之ニ学ブ者ハ全テ寄宿制トシテ其ノ舎内ニ収容スルコトヲ得ベク教育効果ノ万全ヲ期シ得ベシ 即チ馬堀ノ旧陸軍野戦重砲兵学校、久里浜ノ旧海軍通信学校等ハ共ニ広大ナル施設ノ存スルヲ以テ大規模ナル学校又ハ研究所ノ転用ニ適シ其他田浦ノ旧海軍水雷学校、大楠ノ旧機関学校、旧砲術学校或ハ旧機雷研究所等ハ其ノ位置並ニ施設ノ内容規模等ヲ参酌シテ夫々適当ナル学校施設ニ転換セバ啻ニ新日本ノ教育上利スル所大ナルノミナラズ国家財産ヲ活用スルノ効顕著ニシテ機宜最善ノ措置ナルハ敢テ信ジテ疑ハザル所ナリ 六 住宅地帯ノ設定 本市ハ帝都ノ四十粁圏内ニアル衛星都市ノ一ト考フルヲ得時余ニシテ帝都ニ至ル交通至便ノ地点ニ位置スルヲ以テ其ノ冬暖夏涼ノ気候明眉ノ風光ト共ニ京浜地域ノ住宅地帯トシテハ蓋シ絶好ノ条件ヲ具備セリ就中半島西海岸ハ我国有数ノ住宅地帯ニシテ逗子葉山大楠等別荘地トシテ世ニ宣伝セラルヽ所以素ヨリ故アリ省線或ハ社線ニ依ル半島環状線完成ノ暁ハ住宅地帯ハ更ニ拡大セラレ居住者ノ利便ヲ増シ住宅地トシテノ都市的使命ヲ充分ニ果シ得ベシ七 交通運輸機関ノ整備拡充 前述ノ如キ各種ノ建設振興ニハ交通運輸機関ノ整備拡充ハ絶対的ナル必要条件ニシテ半島環状線ノ建設、横須賀武山間ノ半島横断電車ノ促進ハ最モ急ヲ要シ乗合自動車路線ノ拡充道路網ノ整備ハ之ニ次グ 而シテ省線根岸線ノ横須賀線トノ接続地点ヲ田浦附近ニ求ムルニ於テハ帝都連絡ノ最短線トナリテ本市ノ都市活動ノ動脈トナリ商工業ノ振興ニ寄与スル処大ナルヲ以テ強力ナル期成方策ヲ講ズルノ要アリト思料セラル 刻下ノ我国ハ食糧問題、インフレーシヨン問題、戦災復興問題、財政租税問題、人口再配置問題、失業問題等ニ直面シツヽアルノミナラズ当来ノ賠償問題其ノ他国運ヲ決定スベキ国家的諸問題ノ山積セルハ言フヲ俟タザル所ナリ 而カモ敢テ以上各項ヲ挙ゲテ本市更生ノ根本方針ヲ勘案スルハ地方的ナル戦後再生復興ノ諸対策措置ハ密接ニ国家ノ産業及文化ノ振興ニ相通ジ之ニ寄与スルモノアルヲ信スルト共ニ国土並ニ軍用ノ諸財産ヲ最高度ニ新日本建設ニ活用シ且ツハ動モスレバ焦躁ニ流レ失意ノ淵ニ沈湎セントスルノ傾キアル市民ノ民主的ナル自奮自励ヲ促シ政府並ニ関係諸官憲ノ同情アル理解ノ下大方各位ノ賛助協力ヲ冀ヒ其ノ実現ヲ期セントスルモノニ外ナラザルナリ 昭和二十年十二月 (横須賀市役所「市会に関する書類」(昭和二十年)横須賀市役所蔵) 一三一 川崎市民需対策委員会規程 川崎市告示第 号 川崎市民需対策委員会規程左ノ通定ム 昭和二十一年月日 川崎市長 江辺清夫 川崎市民需対策委員会規程 第一条 市民生活必需物資ノ適正ナル需給並ニ運営ヲ図ル為川崎市民需対策委員会ヲ設ク 第二条 委員ハ市吏員、市会議員、業者、連合町内会長、工場、隣組中ヨリ市長之ヲ委嘱又ハ命ス 第三条 委員長ハ市長、副委員長ハ第二助役及復興対策委員会産業部会主査ヲ以テ充ツ 第四条 委員会ハ必要ニ応シ随時委員長之ヲ招集ス 第五条 委員会ニ幹事及書記若干名ヲ置キ委員長之ヲ命ス 幹事ハ委員長ノ指揮ヲ承ケ会務ヲ整理シ書記ハ上司ノ命ヲ承ケ庶務ニ従事ス 付則 本規定ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス (川崎市役所「市例規関係書類上」(昭和二十一年)川崎市役所蔵) 一三二 武器引渡命令に対する緊急措置の件通牒 藤警備収第二〇六五号 昭和二十年九月二十日 藤沢警察署長地方警視松下英太郎 市町村長学校長殿 武器引渡命令ニ対スル緊急措置ニ関スル件 終戦後ニ於ケル銃砲火薬類ノ取締殊ニ帰郷兵等ノ所持スル拳銃其他危険物ノ取締ニ関シテハ曩ニ配布セル回覧板等ニ依リ措置セラレツヽアルコトヽ存候得共今次連合軍最高司令官ノ指示ニ基キ発セラレタル一般命令第一号第十一項ニ依リ一般民間ノ所有スル一切ノ武器ハ之ヲ連合国側ニ引渡準備ヲ為スノ要アルヲ以テ概ネ左記方針ニ依リ本月二十八日迄ニ緊急措置スルコトヽ相成リタルヲ以テ特段ノ配意相煩度此段及通牒候也 記 一 提出セシムベキ武器ノ種類 イ 軍用銃砲 小銃拳銃重軽機関銃等一切ノ軍用銃砲トス ロ 拳銃単銃仕込銃 民間所有ノモノ一切トス ハ 刀剣 軍刀指揮刀銃剣ノ類其ノ他一般刀剣トシ刃渡九寸五分以下ノ匕首ノ類ヲ除クコト 美術的骨董的価値アル刀剣ハ警察署ニ登録シ提出ノ用意(届出)ヲ為スニ止メ中央ヨリ改メテ指示アル迄一応蒐集ヲ見合スコト〔欄外注記〕所有者ノ申告ヲ尊重スル ニ 仕込刀剣 ホ 軍用火薬 弾薬手榴弾等 二 提出ヲ命スベキ範囲 一般個人ハ勿論学校公共団体等ニ付テモ漏ナク提出セシムルモノトス 三 提出期日 九月二十八日一斉ニ行フ 〔欄外注記〕晴雨不問 新聞ノ十月十日トアルハ所謂最終日限ナリ 四 提出場所 管下市町村役場トス 五 提出ノ要ナキモノ 陸海軍将校警察消防官吏刑務所官吏等服制ニ依リ職務上之ヲ所持スルモノハ提出ノ要ナキモノトス 但シ転官退職失官等ニ依リ職務上所持スル必要止ミタル時ハ直チニ之ヲ提出セシムルモノトス 六 提出シタル武器ノ取扱 イ 警察署長ハ提出シタル武器ニ対シ其種別毎ニ別添様式ニ依リ提出者名簿ヲ作製シ(市町村長ニ作製方依頼ス)又個々ノ武器ニ付名札ヲ附シ盗難毀損混合等ノコトナキ様厳重保管方ヲ市町村長ニ依頼スルモノトス ロ 学校等ノ所持スル武器ニシテ相当多量ノ場合ハ一応別添名簿ノミヲ警察署ニ送附シ現品ハ学校側ニ於テ厳重保管スルコト ハ 保管ノ武器ハ追テ連合軍側ノ指示ヲ俟チ連合軍側ニ引渡シ又ハ提出者ニ還付其ノ他ノ措置ヲ為スモノトス 但シ軍用銃砲軍用刀剣軍用火薬ニ付テハ警察署長(市町村長)保管スルモノトス 七 実施上ノ注意事項 イ 今回ノ武器蒐集ハ連合軍ニ対スル降伏条件履行ニ関シ行ハルヽモノニシテ之ガ成果ハ連合国側ニ対スル日本国民ノ誠意ノ程ヲ示スモノトシテ相手方ニ於テハ之ガ実施結果ニ対シ多大ノ関心ヲ払ハルベク思料セラルヽヲ以テ之ガ実施ニ当リテハ隣組常会ヲ主トシ回覧板掲示板等ヲ併用シ一戸一人ノ漏レナキ様一般ニ充分納得徹底セシムル等ノ方途ヲ講シ所持者ヲシテ進ンテ提出セシムル様配意セラレ度 ロ 在郷将校ニ対シテハ失官セザル限リ其ノ所持スル軍装用私物刀剣拳銃等ハ本措置ニ依リ強制スルハ妥当ナラザルヲ以テ此ノ機会ニ於テ特ニ懇切説得シ進ンデ提出スル様配意セラレ度 ハ 美術的骨董的価値ナキ日本刀ノ所持者ニ対シテハ別添様式ノ提出書ヲ作製シ日本刀提出ノ際之ヲ添付セシムルコト ニ 美術的骨董的価値アル刀剣ノ所持者ニ対シテハ別添様式ノ届出書ヲ作製ノ上届出セシメ刀剣ハ此際特ニ所持者ニ於テ保管ヲ厳重ニシ盗難紛失等ノ事故ナキ様厳ニ注意セシムルコト ホ 所持者ニシテ隠匿其ノ他ニ依リテ提出ニ応ゼザルトキハ直接連合国官憲ニヨリ強制セシメラルヽコトアルベキニ付一般ニ注意スルコト 『協議事項』 一 武器供出 〔欄外注記〕指揮刀警察へ寄附され度し(かくされると困る) 二 連合軍接遇 〔欄外注記〕子供が物をねだる闇取引 三 慰安施設 〔欄外注記〕婦女子に対する暴行を措止する 藤沢「新地」七〇人大和に新設す 茅ケ崎方面は考慮中 四 放出物資ノ措置 〔欄外注記〕二十五日ニ出ス 五 警備力ノ強化ニ関スル件 〔欄外注記〕基地ニ千名来リシガ五千名増加セシメル 警防団ヲAuxiliaryc.p.トス 巡査毎月一〇〇名(藤沢署ガ供出スル) 毎週月午前九時一〇〇円(初任給) 復員軍人 中少尉―警部補 大尉少佐―警部中大佐―警視 ◎「連合軍ノ進駐管内ニ立入ラザルコト」射殺サレル 六 土産品ノ販売所開設 〔欄外注記〕商工協会古物商二箇所 (湘南中学校「マ司令部指令綴」(昭和二十年)神奈川県立湘南高等学校蔵)〔注一~四〕別添省略。 〔注〕別紙に湘南中学校教員三一名の署名捺印がある。 一三三 神社への寄進行為等禁止および注意の件 通牒(一-二) ㈠ 二十二中総収第一六三号 昭和二十二年二月七日 中地方事務所長 各町村長殿 神道指令違反について 神社の奉納金、祭典費等募集について、昭和二十一年八月二十一日附二十一教第一九七六号を以て、町内会、部落会、隣組等が之に支援を与へたり。 又は此らの機関を利用しないように通牒したが同年十一月六日附を以て連合国最高司令部より更に禁止指令があつたので、重ねて十二月六日附を以て中総収第一、三〇四号を以て、此の種の違反は勅令三一一号が適用されるから違反のないよう取締られるように通牒して置いた。最近千葉県下の氏神、八幡神社の神輿製作に当り、此らの通牒に違反し町内会役員が寄附募集に関係した事件があり、千葉地方検事局に於て取調べた結果、通牒の趣旨を知つていたにもかゝはらず町内会長及び神社の総代が、町内会、隣組等の集会や回覧板を利用し、又寄附を強要した事実が判明し、町内会長、副会長二名及び神社総代一名が夫々起訴され罰金刑の求刑があつたのであるが今後もこの種の違反は容赦なく摘発されるから貴内の神社及び下部行政機関に対し、一層注意を喚起し、違反のないよう充分に注意せられたい。 (大山町役場「庶務書類」(昭和二十一年)伊勢原市役所蔵) ㈡ 中学第一五号 昭和二十三年一月十八日 神奈川県中地方事務所長 各学校長町村長殿 神道指令の履行徹底について 最近神道指令に関し左記のような事例が各地に頻発しているがこれらは何れも同指令の条項に違反するものであり関係方面より注意があつたので今後これに類似する事件が発生しない様一段と注意を加へられ度い。 尚貴管下一般に対しても十分注意を喚起せられ度い 記 某庁で某神社の大祭に当り、地方事務所等の地方公共団体の機関が其の名のもとに祝賀の意を表する広告を地方新聞に掲載した。 国鉄某駅の竣工式を神道式により執行し所在地市長等公職者が公の資格でこれに参列して玉串を奉奠した。 某神社で氏子崇敬者でない住民に対し総代をして氏子と同じ様な負担金を強制的に徴募させようとした。 備考 国家神道、神社神道に対する政府の保証支援保全監督及弘布の廃止に関する件 (昭和二十年十二月十五日連合国軍最高指令総司令部参謀副官発第三号日本政府に対する覚書) (神田村立神田小学校「指令綴」(昭和二十年)平塚市教育研究所蔵) 一三四 旧大政翼賛団体等解散団体の資産接収の 件通牒 二十一下総第一一八九号 昭和二十一年十二月十六日 足柄下地方事務所長 各町村長殿 解散団体の資産接収について 十一月二十六日勅令第五七〇号を以て大政翼賛会及び其の関係団体の資産(帳簿、書類及び記録を含む)はその取引、散逸を禁止せられると同時に政府に接収されることゝなつたから不当処分等のないやう貴町村内関係団体の責任者又は事務担当者に対して厳重注意を与えられるよう命によつて通牒する。 追つて大政翼賛会の関係団体とは左記の通りにつき為念申添える。 記 一 大政翼賛会の関係団体1 大政翼賛会興亜総本部2 大日本翼賛壮年団3 大日本産業報国会4 商業報国会5 日本海運報国団以上各団体の郡市又は警察署単位 6 農業報国連盟以上の系統団体 7 大日本婦人会8 大日本青少年団9 大日本労務報国会10 機械化国防協会(仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一三五 戦後国民貯蓄増強方策に関する件説明 「昭和二十年十二月 戦後ニ於ケル国民貯蓄増強方策ノ内容説明 神奈川県」 神奈川県 戦後ニ於ケル国民貯蓄増強方策ノ内容説明 昭和二十年九月十一日附閣議決定ヲ以テ戦後ニ於ケル国民貯蓄増強ノ重要性ハ闡明セラレ、其ノ新ラシキ目標ヲ皇国ノ護持新日本ノ建設、悪性「インフレーシヨン」ノ防止ニ置キ、戦争中ニ増シテ更ニ一段ノ努力ヲ払ハサルヘカラサルコトヽナレリ、而シテ之カ増強方策ハ同年九月二十八日附国民貯蓄奨励委員会ノ答申ニヨリ決定セラレタルガ今其ノ内容ヲ具体的ニ説明スルコト次ノ如シ 先ツ本文ニ述ヘラレタル要点ハ (イ) 過去八年ニ近キ貯蓄運動ノ経験ヲ生カスコト 右ハ戦後ニ於ケル貯蓄運動開始ニ当リ与ヘラレタル前提条件ニシテ若シ国民ヲシテ再建ニ対スル熱意ヲ燃ヤサシメ得ルニ於テハ既ニ習慣的トナレル貯蓄ヲ引続キ実行セシムルコト敢テ難キニ非ストモ謂ヒ得ヘシ、然レトモ八年ノ歳月ハ亦国民ニ貯蓄ニ対スル嫌圧感ヲ与ヘタル傾アルヲ以テ、従来行懸リ其ノ他ノ関係上改メ得サリシ諸問題ニシテ斯ル感情緩和ニ資シ得ヘキモノハ須ク此ノ機会ニ断乎是正セサルヘカラス、採長補短ノ意味ニ於ケル過去ノ経験ノ活用ハ固ヨリ言ヲ要セザル所トス (ロ) 新事態ニ適応スル新鮮ナル企画構想ヲ凝スコト 戦後ニ於ケル貯蓄ト雖モ其ノ実質ハ戦争中ノソレト何等撰フ所ナキモノナルヲ以テ引続キ之カ実践ヲ国民ニ要請セントセハ凡ユル外的条件ノ変化ヲ考慮ニ入レ新事態ニ相応シキ企画構想ニ基ク施策ヲ講シ国民ヲシテ成可新タナル感触ヲ以テ之ヲ受取ラシムル様措置スルコト肝要ナリ (ハ) 他ノ経済諸施策ト常時緊密ナル連絡ヲ採ルコト 貯蓄ハ悪性「インフレ」防止ノ為最有力ナル手段ナルモ猶其ノ一手段ナルコトヲ忘ルヘカラス、他ノ経済諸施策ト相俟ツテ初メテ所期ノ効果ヲ達成シ得ヘキモノナルカ故ニ常時此等ト緊密ナル連絡ヲ保持スルニ非レハ殆ト其ノ意味ヲ成ササルモノト謂フヘシ即チ貯蓄増強ノ為他ノ施策ニ変更ヲ求ムルノ要アル場合アルヘク又他ノ施策ノ効果ヲ挙クル為貯蓄施策ニ於テモ特別ノ配意ヲ要スルコトアルヘシ、凡テハ総合的見地ニ立ツテ善処スヘキモノトス 尚右連絡ニヨリ常時政府資金ノ撒布産業資金ノ放出其ノ他資金ノ移動経路ニ注意シ適時ニ之カ捕捉吸収ヲ図ルコト亦留意ノ要アルモノトス (註) 世ニ貯蓄増強ノ要諦ハ食糧ノ確保ニアリトシ或ハ配給ノ適正物価ノ低落ニアルト説ク者多シ、一応至言ナリ然リト雖比等カ完璧ニ実ヲ見タル暁ニハ国家的見地ニ於ケル貯蓄奨励ハ殆ト其ノ必要性ヲ失フヘク此等ノ施策ノ実現容易ナラス、又之ヲ実現セシムル為ニハ民間ノ過剰購買力吸収ノ要アルモノニシテ此ノ意味ニ於テ貯蓄ノ重要性ヲ理解スヘキモノトス、換言スレハ一切ノ諸施策ハ並列推進セラレテ初メテ所期ノ効果ヲ挙クヘク、単ニ一施策ノ推進ヲ以テシテハ真ノ成果ヲ庶幾シ得ヘキニ非ス、故ニ甲ノ施策ニ対シテハ何等ノ努力ヲ払フコトナク其ノ一切ヲ已ノ施策ノ徹底ニ委スルガ如キ態度ハ所謂問ヲ以テ問ニ答フルノ類ナルへシ、要之本文ニ示サレアルカ如ク貯蓄施策ト他ノ経済諸施策トノ連絡強調ハ最肝要ナルモ、同時ニ貯蓄ノ増強ハ金ト物トノ不均衡テフ異常的経済状態是正ノ手段タルノ本質ヲ銘記スル要アリ尚一部ニハ貯蓄増強ノ為ニハ各人ノ給料ノ引上ヲナスヘシトノ意見アルモ、勤労増生産増ノ結果トシテノ収入増ナルニ於テハ格別、単ニ名目的ナル収入引上ニヨル貯蓄増加カ殆ト意味ヲ成ササルハ詳説ノ要ナカルヘシ(ニ) 国民心理ノ動向ニ深ク留意スルコト 貯蓄ハ他ノ多クノ施策ト異ナリ法律ニヨリ強制力ヲ伴ハサルモノナルヲ以テ国民ノ真ノ協力ヲ得サル限リ殆ト何等ノ効果ヲモ庶幾スルコトヲ得ス如何ニ優秀ナル立案ト雖国民心理ノ現実ノ動向ニ逆行スルニ於テハ成績ノ挙揚ハ毫末モ期シ得ラレサルモノトス、此ノ点関係者一同深ク銘記セサルヘカラス特ニ今後連合国家ノ問ニ生スヘキ諸問題失業ノ激化其ノ他国内経済面ニ予想セラルヽ諸事態ト関連シ身心困憊ノ状態ニ於テ敗戦ニ直面セル国民ノ心理ハ必スヤ微妙ナル変化ヲ惹起スヘク、貯蓄施策ノ根底ハ常ニコノ心理ノ把握ニ之ヲ置カサルヘカラス然リト雖国民ノ心理ハ必スシモ固定的ナルモノニ非スシテ宣伝啓発ノ方法如何説明ノ良否、貯蓄手段ノ適否等ニヨリ成果ハ相当大幅ニ左右セラルヘキ弾力性ヲ有ス、故ニ国民ノ心理ニ全然逆行スルガ如キ施策ヲ排スルト共ニ右ノ点ニ深甚ノ注意ヲ払ヒ其ノ動向ニシテ順調ナラハ順調ナルカ如ク逆調ナラハ逆調ナルカ如ク夫々適切ニ対処シ須ク努力ヲコノ面ニ傾倒セサルヘカラズ (ホ) 貯蓄ノ質ノ向上ニ特ニ努力スルコト 戦争中ノ貯蓄ハ戦費ノ調達ヲ旗印ニ掲ケタル関係上量ノ増加ヲ主眼トシ之カ為一面ニ於テ相当ノ効果ヲ挙クルト共ニ他面可成ノ弊害ヲ斉セリ、之ニ対シ戦後ノ貯蓄ハ悪性「インフレ」ノ防止ヲ眼目トスルモノナルヲ以テ質ノ向上ニハ特別ノ関心ヲ払ハサルヘカラス、固ヨリ一定量ノ貯蓄ノ獲得ノ必要ナルハ言ヲ俟タサルモ、従来動モスレハ質ノ面ヲ軽視セル傾向顕著ナリノ故ニ今後ハ特ニコノ面ヲ強スルノ要アリ而シテ質ノ向上ニ付テハ考慮スヘキモノ多キモ其ノ最大重点ハ之ヲ応能ニ置クヘキモノトス、以上ヲ絶エズ念頭ニ置キツヽ貯蓄ノ増強ニ努力スヘキモノニシテ之ガ為採ルヘキ方策トシテ一応次ノ十二項目ヲ掲ケラレタリ、勿論右ハ大体ヲ示スニ止マリ事態ノ推移ニ処シ大々補正ヲ要スヘキハ言ヲ俟タス、以下方策各項目ノ意味スル所ヲ個条書ノ形式ニヨリ解説セントス 一 宣伝啓発ノ指導方針 第一 (イ) 宣伝啓発ノ重点ヲ先ツ悪性「インフレ」問題ニ置クコト 但シ時ト所ニヨリ或ハ発生ノ危険ト惨害ヲ説キ、或ハ防止可能ヲ強調スル等之ニヨル逆効果ノ招来ヲ充分注意スルコト、一般的ニ云ヘハ後者ノ強調特ニ国民一致シテ貯蓄ニ協力スレハ防止可能ノ所以ヲ懇切且具体的ニ説明スルヲ可トスヘキコト 尚将来ニ於ケル民需物資ノ出廻、財政負担ノ縮減、失業ニヨル賃銀低落等ノ関係ヲ説明シ中途ノ起伏如何ニ不拘結局物価ハ下落シ通貨価値ハ必ズ向上スベキコトヲ国民ニ確信セシムル様常ニ留意スルコト(コノ確信ヲ国民ニ植付クルコトヲ得ハ戦後ノ貯蓄運動ハ半ハ既ニ成功セルモ同然ナルベキコト) (ロ) 戦時中ニ於ケル国民貯蓄増強ノ効果ニ付テハ各方面ニ疑問ヲ有スル向多キヲ以テ常ニ其ノ蒙ヲ解クニ努ムルコト、右ハ戦後ニ於ケル貯蓄ノ役割ヲ知悉セシムルニ間接的乍ラ大ナル寄与ヲナスヘキヲ以テ相当ノ努力ヲ注クヘキコト 尚預貯金ノ引出制限(モラトリアム)平価切下、国債ノ将来等ニ付不安ヲ抱ク国民不尠ヲ以テ之ヲ平易ニ解説シ貯蓄増強ノ障害ヲナス前提ノ除去ニ努ムルコト (ハ) 従来ノ命令的ナル訴へ方(例ヘハ「貯蓄セヨ」)及感情ト結付クル訴へ方(例ヘハ「勝ツ為」)ヲ可成少クスルコト 反面国民ノ理性ニ訴フル訴へ方ヲ多クシ、可成結論マテヲ示サス途中マテノ過程ノ解明ニ止メ、結論ハ国民自ラ之ヲ下スカ如クシ、真ノ納得ニヨル協力ヲ促スニ努ムルコト 此ノ点官庁方面ヨリ直接国民ニ呼掛クル場合ハ特ニ注意スルコト (ニ) 今後貯蓄政策全体ハ著シク個人経済本位利益誘導本位ニ転向セラルルコトヽナルヘク、コノ面ヲ強調シ不可ナキ場合アルヘキモ右ハ多クハ個別勧奨ノ場合又ハ金融機関側ヨリスル場合ニ限ラルヘク其ノ他ノ場合ニアリテハ之ヲ表面ニ出スコト概ネ適当ナラサルヘキヲ以テ依然国家本位ヲトルノ要アルヘキコト 尚国家本位ニ説クニ当リテモ可成貯蓄ヲ表面ニ出サス、勤労、節約、買漁ノ抑制(已ムヲ得ス購入スル場合ニアリテモ可及的安価ニ之ヲ獲得スルノ要アルコト)価格、配給等ニ関スル統制ノ遵守ノ如キ面ヲ強調スル方効果的ナル場合多カルヘキコト (ホ) 宣伝啓発ノ実施ニ当リテハ努メテ新機軸新構想ヲ尚ヒ、或ハ特定事項ニ付一括シテ民間ノ専門家ニ委スル等ノ方法ヲ講シ、少クトモ宣伝媒体ノ異ナル毎ニ夫々専門家ノ意見ヲ徴スル等官僚独善ノ弊ニ流レサル様注意スルコト 尚民間側ノ諸団体及貯蓄取扱機関ニ対シ従来ニ倍スル活溌ナル宣伝啓発ヲ求ムルコト 二 宣伝啓発ノ指導方針 第二 (イ) 貯蓄及悪性「インフレ」防止ノ問題ハ時ト所ニヨリ更ニヨリ高邁ナル見地ニ於テ之ヲ力説スル必要アル場合不尠ルヘキコト、コノ場合ニ於テハ概ネ次ノ如ク解説スルコト 1 一朝悪性「インフレ」到来セハ之ニ利益ヲ受クルハ国民ノ一少部分ニ過キスシテ最大部分ハ其ノ生活ヲ破壊セラルヽコトヽナルノミナラス今ヤ国民ノ資産ハ大部分資金ノ形態ニ依リ蓄積セラレ居ルヲ以テ之ヲ無価値ナラシムベキコト従ツテ貯蓄ニ精進スルハ国民カ一致協力シテ自ラノ生活ト資産トヲ防衛スル所以ニ外ナラサルヲ以テ其ノ道義的責務ト称スベキモノナルコト故ニ一身一家ノ目前ノ利害ニ拘泥シ貯蓄ニ協力セサルモノハ国民共通ノ利益ノ毀損者ニシテ道義新日本建設ノ防害者トモ称スベキ筋合ナルコト 2 今後予見セラルヽ失業等ニ想到スレハ個人経済ノ立場ヨリ見タル貯蓄ノ必要性亦戦時中ヨリ増大セリトナスヘキコト更ニ新日本ノ基本条件カ文化、道義、平和ニアリトスレハ平和的社会建設ノ為ニハ国民各自カ恒産アル建全ナル平和的家庭ヲ営ムコトヲ絶対条件トナスヘク、又コノ条件充タサレタル後ニ於テ初メテ文化国家道義国家ノ建設ハ可能トナルヘキコト故ニ貯蓄ノ実践ハ新日本建設ニ不可欠ノ方途ナルコト(尚別掲六及八項参照)3 真ノ皇国護持ヲ期センニハ世界史上ニ前例ヲ見サル武装ナキ理想国家ヲ建設シ以テ人類永遠ノ平和確立ニ範ヲ垂ルヽヲ大目標トセサルヘカラサル処現在ニ於ケル皇国ハ文字通リノ弧立無援、僅ニ大和民族ノ相倚リ相扶クル以外何等頼ムヘキモノ無キ状態ニ在ルモノナルカ故ニ此ノ際ニ於ケル悪性「インフレ」ノ激化、経済秩序ノ破壊ハ皇国存立ノ基礎ヲ危フスルモノナルコト (ロ) 本項ノ説キ方ヲナス場合ニ於テモ別項(一ノ(ハ)(ニ)(ホ)及三、尚六及八参照)ニ述ヘタル所ニ留意スルコト 三 国民運動ノ色彩ノ濃化 (イ) 官庁ハ極力舞台裏ニ引込ミ専ラ事務処理、指導者トノ連絡、資料ノ供給等ニ当リ実体ハ自ラ行フモノニアリテモ努メテ表面ニ現レサル様留意シ為ニ官庁カ無為ニ過シ居ルカ如キ批評モ之ヲ甘受シ結果第一主義ヲ以テ臨ムコト (ロ) 直接一般大衆ニ呼掛クル第一線ニハ極力民間団体及民間人、特ニ地方的ニ徳望アル者公正ナル判断者ト目セラルヽ者(例ヘハ学者)等ノ活躍ヲ要請スルコト 貯蓄指導員、表彰受賞者其ノ他第一線貯蓄指導者トノ連絡ヲ密ニシ之カ再教育ニ力ヲ致シ其ノ一層ノ活動ヲ求ムルコト 前記民間人ノ言動ニシテ大局ニ於テ誤ル所ナクンハ政府ノ施策ニ対スル若干ノ非難等ノ如キハ欣然黙過スヘキコト (ハ) 貯蓄ニ関スル凡ユル民間ノ着想工夫等ヲ歓迎シ其ノ採用可能ノモノハ着々採上ケ実行ニ移シ且之ヲ宣伝スルコト 言論報道機関等トモ連絡ノ上貯蓄ニ関スル批判ヲ旺ナラシメ民意ノ動向ヲ察スルト共ニ常ニ最末端ニ至ル迄ノ貯蓄施策ノ適否ニ付厳粛ニ自己反省ヲ行フコト (ニ) 全国ヲ通スル画一的運動ヲ可成避ケ、部分的、地方的運動ノ伝播ニ力ヲ致スコト同時ニ個人間団体間ノ公明ナル競争意識ノ刺戟ニ努ムルコト、要スルニ地方ニ於ケル貯蓄関係諸委員会ヲ改組シ民主的色彩ヲ濃厚ナラシムルコト出来得レハ悪性「インフレ」防止ノ為メ自主的国民運動展開ノ気運ヲ醸成シ貯蓄運動ヲ其ノ最有力ナル一翼タラシムル様仕組ムコト 四 貯蓄下部機構ノ再整備 (イ) 下部機構ノ基礎ハ之ヲ団体的相互推進体タル貯蓄組合ニ置キ当面ノ重点トシテ先ツ地域及職域ノ復興強化ニ努ムルコト、之カ為1 貯蓄組合ヲシテ単ナル貯蓄取纒乃至斡旋機関ニ堕セシムルコトナク進ンデ自主的ニ貯蓄心ノ積極的昂揚ヲ図ル機関タラシムル様工夫スルコト従ツテ組合運営、目標額樹立等ニ付テモ自主性ヲ加味スル等工夫セルコト 2 各種貯蓄指導員及貯蓄主幹ノ一層ノ活動ヲ求ムルコト 3 転入者多キ組合ハ速ニ之ヲ同化シ転出者多キ組合ハ従来ノ努力ヲ弱メサル様措置スルコト 転出入ニ依ル貯蓄目標額ノ機動的変更転出入ニ当リテハ貯蓄ヲ保持及連絡ニ付適切ナル方途ヲ講スルコト (ロ) 地方的実情ニ関シ或ハ隣保組織ノ強化ニ協力シ、或ハ学校方面旧婦人会組織、宗教家等ノ側面的援助ヲ求ムルコト 又各地ニ自発的ニ漸次勃興ヲ予想セラルヽ各団体ノ貯蓄面ヘノ全面的協力ヲ促スコト (ハ) 業域方面ハ比較的影響ヲ受ケサルモノト認メラルヽヲ以テ従来ノ方針ヲ踏襲強化スルコト 五 貯蓄取扱機関ノ機能ノ促進 (イ) 貯蓄政策ノ切替ニ伴ヒ貯蓄取扱機関ノ責任ノ倍加セルヲ強調シ幹部以下ノ奮起ヲ促スコト (ロ) 貯蓄取扱機関ノ間ニ於ケル公正ナル競争ヲ刺戟スルト共ニ資金吸収額ニ対スル責任体制ヲ確立スルコト、要スルニ之カ為必要ナル法規ヲ整備シ之ニ努力セサルヲ得サル様仕組ムコト 成績優秀ナル貯蓄取扱機関又ハ従業員ニ対シ公的ニ褒賞ヲ与フルコト (ハ) 貯蓄取扱機関ヲシテ貯蓄者ニ対スル便益供与ニ専心セシムルコト 1 店舗ノ増設………最近ノ人口異動等ニ伴フ再配置、簡易店舗、季節的店舗、共同店舗等ノ設置ヲ行フコト 2 集金勧誘制度ノ復活………特別褒賞制、或ハ小口ノ払戻等モ考慮スルコト 3 要員及資材ノ確保………画期的措置ヲ講スルコト 4 組合貯蓄其ノ他貯蓄取扱機関ノ採算上好マシカラサル制度ヲ励行シ及戦時中停止セル「サーヴイス」ヲ復活スルコト 5 窓口事務ノ親切敏速化………職員ノ再訓練ト幹部ノ陣頭指揮必要ニ応シ随時査察ヲ行フコト (ニ) 郵便局貯蓄ヲシテ大蔵省ト常時緊密ナル連絡ヲトラシメ従来ノ如キ弊害ノ頻発ヲ未然ニ防止スルコト 六 新生活ヘノ精進ト既存貯蓄ノ保持奨励 (イ) 帝国再建ノ為之ニ相応シキ生活運動ヲ旺ナラシムルコト 即チ 1 帝国ハ其ノ国力経済力ヲ損耗シ且世界ニ弧立無援ノ現状ニアリ之ヲ再建スルハ一ニ国民ノ勤労ト節約ニ俟ツノ外ナキコト、若シ此ノ際国民カ自暴自棄ニ堕スルニ於テハ日本民族ハ事実上滅亡ノ外ナキコト(例ヘハ食糧ノ輸入ヲ期待センニハ少クトモ之ニ代ルヘキ輸出物資ヲ国民カ生産スルノ外ナキモノナルコト)同時ニ右努力ノ結果獲得セラルヘキ国民生活ノ向上、将来ノ光明ニ言及スルコト 2 戦争継続ト仮定スレハ又敗戦ニ対スル各人ノ責任、戦災者、外地ヨリノ引揚民及帰還兵ノ状態乃至帝国々力ノ現状ヲ考慮スレハ此ノ際己独リ積極的ニ消費生活ヲ向上セシメントスルカ如キ態度ハ警沢以上ノモノナルコト、尤モ今後ハ民需物資ノ出廻リ充分ナルヘク国民ハ之カ分配ニ預リ生活向上スルコトハ勿論ナルコト 真ノ民主主義、真ノ自由ハ無責任ナル言論行動ヲ意味スルモノニ非スシテ各人ノ社会的責任遂行ヲ基礎トナスモノナルコトヲ強調スルコト 3 戦争中体得セル勤労尊重ノ観念、物資ノ愛護活用ニ対スル創意工夫ヲ戦後ニ生カシ生活ノ合理化科学化ノ方向ニ指導シ新日本建設ニ相応シキ生活設計ヲ樹テ常ニ貯蓄源泉涵養ニ努ムルノ風潮ヲ持続セシムルコト 4 勤労ト節約ニ付テハ単ニ之ヲ道徳的ニ理解スル従来ノ観念ヨリ飛躍シテ効果第一、能率第一主義トシ、最少ノ原料、資材、労務、資金、時間等ヲ以テ最大ノ成果ヲ挙クルヲ眼目トナシ以ツテ文化国家建設ノ基盤トナスコト 従ツテ勤労ニアリテハ単ナル勤務時間ノ延長労働ノ強化等ヲ尊重スルノ風ヲ排シ何ヨリモ出来栄エヲ重ンスルコト、節約ニアリテハ単ニ個人ノ家庭生活面ニ於ケルモノヽミナラス其ノ勤務先ニ於ケル物、人、金一切ノ節約ニ観念ヲ拡張スルコト 5 以上ニ付テハ専ラ生活諸団体、教化修養団体、宗教団体、新タニ組織セラレルヘキ婦人団体、青少年団体、等ノ活動ヲ求ムルコト但シ飽迄個人ノ立場ヲ尊重シ劃一的形式的統一ヲ避クルコト (ロ) 右(イ)ノ観念ハ之ヲ弘ク個人以外ノ国、公共団体、会社其ノ他ノ法人及諸団体ニ及ホスヘキコト、就中4ニ於テ特ニ然リトス 1 国及公共団体ハ卒先ノ意味ニ於テ此ノ際経費ヲ緊縮シ濫費ヲ慎ムヘキコト 2 会社等ノ浪費ハ戦争中個人ノ節約運動推進ニ甚大ナル障害ヲナセルカ将来我カ産業カ実力ヲ以テ国際場裡ニ活躍スル為ニモ斯ノ如キハ厳ニ戒ムヘキトコロナルコト言ヲ俟タサルカ故ニ産業合理化ノ運動ト並行シテ法人方面ノ節約ヲ強調スルコト (ハ) 今次ノ失業ハ従来ノソレト趣ヲ異ニシ戦争中相当ノ貯蓄ヲ貯積セル者不尠ヲ以テ勤労能力アルニ不拘既成貯蓄ニ依存シテ徒食生活ヲ営マントスル者ノ予想セラルヽ点ニ着目シ之ニ対スル方策ヲ講スルコト 1 (イ)ノ1ニ則リ勤労ニ厭ヒ容易ニ就カントスル風潮ハ亡国ノ途ナルコトヲ強調スルコト、尚所謂闇ブローカー的生活ヲ極力排撃スルコト 2 一旦既成貯蓄ヲ崩済ス習慣付クニ於テハ容易ニ脱却シ得サルモノトナルコト 註 但シ右ハ貯蓄取扱機関ノ窓口ニ於テ引出要求ニ対シ制限ヲ加フヘシノ意ニ非ス 此ノ点厳重ナル区分ヲ要ス 3 既存貯蓄ノ保存奨励ノ為特別ノ制度ヲ考究スルコト 七 割当貯蓄及組合貯蓄制度ノ整備 (イ) 所謂割当貯蓄制度若ハ組合貯蓄制度ハ其ノ貯蓄全体中ニ占ムル分量カ比較的小ナルコト、其ノ実施ニ当リ屡々摩擦ヲ生ズルコト貯蓄ノ重要性ヲ徹底セシムル使命ハ既ニ果シタルコト等ノ理由ニヨリ一部ニ之カ廃止ヲ唱フル意味アルモ、戦後ノ貯蓄ハ悪性「インフレ」ノ防止ヲ主眼トシ質ノ面特ニ国民全部ノ実践ヲ期待シ得ル制度ニ力ヲ注クノ要アリ、従テ現行制度ハ他ニヨリ効果大ナル制度ノ発見セラレサル限リ引続キ実施スルモノナルコト (ロ) (甲)現行制度ノ最大欠陥ハ其ノ運営自主的ナラサルコト形式的ノ劃一主義ニ堕セルコト、応能実践ノ実ヲ挙ケ居ラサルコト等ナルカ就中応能貯蓄ニ非ル限リ「インフレ」防止ニ対スル寄与ノ大半ヲ失フコトナルヲ以テ単ナル目標突破ヲ眼目トスルコトナク、右弊害ノ除去ニ全力ヲ注クコト 1 応能ノ徹底ハ形式ニヨラズ実践ニ即スルヲ主眼トスヘキコト 2 貯蓄者本人並貯蓄者相互間ノ真ノ納得ニ重点ヲ置クヘキコト 3 単ニ各人ノ間ニ於ケル応能ノミナラス隣保班間町内会部落会間貯蓄組合間市区町村間都道府県間ノ応能均衡ニ及スヘキコト 4 本制度所期ノ目的ニ鑑ミ最高ヲ一定限度ニ止ムルト共ニ最底ハ可成之ヲ引上クルコト (乙)無用ノ摩擦ハ極力之ヲ避クルト共ニ本制度ノ円滑ナル運営ヲ図ル為新事態ニ即応スル新工夫ヲ凝シ貯蓄者ヲシテ新タナル気分ヲ以テ再出発セシムル様措置スルコト 例ヘハ 1 指導者推進者ノ人選ニ再教育ニ力ヲ尽スコト 2 貯蓄者ヲシテ貯蓄ハ自己ノ資産ナリノ認識ヲ徹底的ニ把握セシムルコト、之ニ障害ヲ加フルカ如キ運営方法ハ速ニ改善スルト共ニ之ニ効果方法ハ之ヲ普及スルコト 3 非協力者ヲ説得スル自主的民主的組織ヲ考究スルコト 4 成績優秀ナル団体ニ対スル物的褒賞ヲ考慮スルコト (ハ) 現行制度中ニハ整理統合ヲ要スルモノ相当包含セラレ居ルモノト認メラレルカ之カ断行ニハ尚幾多検討ヲ加フヘキ点アルト同時ニ徒ラナル拙速ハ貯蓄心一般ニ稍衰退ノ今日其ノ重要性ヲ国民ニ認識セシムル上ニ於テ逆効果ヲ招クノ虞不尠ヲ以テ戦後貯蓄ノ実践カ軌道ニ乗シ趨勢ヲ組合セツヽ可及的速ニ実行シ得ヘキモノヨリ順次整理改変ヲ行フコト 註 具体的ニハ追テ別途決定ノ見込 八 所得変動ノ捕捉ト国民皆国民態勢ノ確立 (イ) 戦争中国民所得ノ分布状態ニハ著シキ変動有タルカ戦後ニ於テハ更ニ之カ変動ヲ生スヘキコト必至ノ情勢ニナルカ故ニ国民各階層ノ所得ノ変動ニ対シテハ不断ノ注意ヲ払ヒ早期ニ之ヲ把握スルニ努メ適時ニ適切ナル手段ヲ講シ戦争中ニ於ケル所謂新興所得者階層ニ対スル対策ノ不徹底ノ如キ轍ヲ繰返ササルコト 1 所得ノ急増セル方面ニ対シテハ可成早期ニ強力且適切ニ充分ナル貯蓄ノ実行ヲ求ムルコト、尚所得ノ種類ニ応シ劃一的ナラサル様注意スルコト 註 差当リ右ニ該当スト認メラルルモノハ都市附近ノ農家闇ブローカー、人口異動ニ伴フ貸家、貸間収入者(一部)進駐軍相手ノ商業者等 2 戦後ハ課税ノ対象トシテハ大ナル担税力ヲ庶幾シ難キモ貯蓄ノ対象トシテハ恰好ナルノミナラス動モスレハ浮動化シ易キ各種ノ収入(例ヘハ戦争保険金、退職金、不動産売却代金等)ヲ得ル向不尠ヲ以テ常ニ此等ヲ捕捉注意スルコト、此等ニ対シテハ貯蓄等個人経済トノ繋リ今後ニ於ケル失業関係等ヲ説キ又貯蓄取扱機関ノ方面ヨリスル勧誘ヲ主トスルヲ可トスヘキ場合多カルヘキコト 3 戦災者(外地現地ヨリノ復員軍人及引揚民等ヲ含ム)トソレ以外ノ者トノ負担ノ公正、今後凡ユル施策ノ一大重点タルヘキモノナルヲ以テ充分留意スルコト、但シ貯蓄ハ自己ノ資産ノ保存ニ外ナラサルヲ以テ戦災者ト雖モ区分スルノ必要ナキ場合尠カラサルコト (ロ) 戦後ハ所得ノ減少者続出シ之ヲ理由トシテ貯蓄ヲ顧ミサル者モ現ハルヘク此等ノ者ノ貯蓄額ノ減少ハ固ヨリ已ムヲ得サル所ナルモ、悪性「インフレ」防止ノ見地ニ於テ将又貯蓄ノ道義性昂揚ノ立場ヨリ貯蓄実践ノ努力ニ至リテハ必ス従来ノ程度ヲ弱メサル様要請スルコト 1 若シ戦後所得ノ増加スル者ハソレタケ生活ヲ膨脹セシメ、減少スル者ハ戦争中ノ生活ヲ続ケントスルカ如キ態度ニ出ツレハ悪性「インフレ」ハ必至ナルヘキコトヲ銘記セシムルコト 九 地方的資金吸収方法ノ創設 (イ) 一定条件ノ下ニ地方的ニ夫々実情ニ適セル資金吸収方法(例ヘハ特殊ノ債券、割増金付、預金、富籤等)ヲ考案セシメ依リテ吸収セル資金ノ一定部分ハ之ヲ当該地方ノ復興資金ニ充当セシムル方途ヲ講スルコト (ロ) 場合ニヨリテハ貯蓄総目標額ヲ超ユル実績ニ対シ其ノ超過部分ノ一定割合ニ付前号ノ趣旨ヲ適用スルコト 一〇 現金使用ノ節約 (イ) 戦時中ハ取引方法ノ変化空襲運輸通信ノ不円滑貯蓄取扱機関ニ於ケル資材要員ノ不足等ニヨリ已ムナク手持現金ヲ大ナラシメタル傾向顕著ナルモノアリシカ右ノ諸事情ハ今後漸次解消セラルルコトヽナルヘキヲ以テ此ノ機会ニ於テ極力現金ノ使用ヲ節約セシメ手持現金ノ減少ヲ図ルコト、之カ為考慮セラルル方法トシテハ1 振替払、小切手使用ノ普及 2 預貯金ノ預換及各店払預金小切手制度ノ周知 3 特殊小切手制度等ノ創設 (ロ) 戦後ニ於テモ各種ノ政府補償金其ノ他物ノ裏付ナキ資金カ巨額ニ放出セラレ其ノ内ニハ性質上源泉ニ於テ封鎖スルヲ適当トスルモノ不尠ニ依リ特殊決済制度ヲ之ニ拡張シ要スレハ多数債権債務ノ一括処理、譲渡、期間、金利等ニ新構想ヲ加フルコト 一一 物ト結付キタル資金吸収方策ノ新設 軍用地兵舎其ノ他国有ノ不用遊休不動産並ニ動産、住宅、電話、酒、煙草等ノ嗜好品、或ル種ノ生活必需品等ト貯蓄トヲ結付ケ、貯蓄券制度ヲ整備シ或ハ特殊料理店ヲ開設シ、或ハ戦災ヲ免レタル者ヨリ日用品ヲ提供セシメテ之ヲ戦災者ニ相当ノ代償ニテ分配スルト共ニ右代金ヲ貯蓄セシムル等ノ方法ヲ講スルコト 一二 富籖ノ活用 勝札制度ヲ根本的ニ改メ名称ヲ変更シ或ハ正賞又ハ副賞トシテ物ヲ附シ売出期間売出方法等ニ変更ヲ加へ、抽籤期日ヲ早メ或ハ買入即時当否ノ明白トナルカ如キ手段ヲ講シ又地方的ニ乃至売捌店別特別ナル富籤ノ発行ヲ得シムル等種々工夫ヲ凝シ其ノ活用ヲ図ルコト (仙石原村役場「国民貯蓄債券消化関係書類」(昭和十九年)箱根町役場蔵) 一三六 金融緊急措置等実施にともなう国民貯蓄増強の件指針 二十一下総収第五四二号 昭和二十一年六月二十三日 足柄下地方事務所長 各町村長殿 金融緊急措置等実施に伴ふ国民貯蓄増強方に関する件 金融緊急措置等の実施に伴つてインフレーシヨン激化の原因を成しつゝあつた過剰購買力は一応大幅に封鎖されたが封鎖預金等の現金支払許容限度と現金支払いを本則とする新規の収入所得に起因する購買力の浮動化の傾向等に依つて依然購買力の吸収は喫緊事であつて今回の措置の実施のみで通貨金融面よりのインフレ対策は万全であるとし既存貯蓄の払出のみを頼つて勤倹貯蓄の気風を喪失するやうなことがあれば本措置の最終目的は到底達成し得ないのみでなく将来に於ける経済再建乃至は新日本建設への努力は一朝にして画餅に帰してしまふことは論を俟たぬところであつてこの為国民貯蓄の増強は今後の重要施策の一として愈々徹底強化を図る必要があると考へられる。 ついては今般大蔵省で「金融緊急措置等実施に伴ふ国民貯蓄増強指針」を別紙の通り決定して施策の徹底を期することになり本県でもこれを概ねの方針として運動を展開することになつたから右の趣旨を徹底して実効を挙げるやう格段の御配意をお願ひする次第である。〔別紙〕 金融緊急措置等実施に伴ふ国民貯蓄増強指針 一 一般的事項 ㈠ 国民貯蓄の重要性 金融緊急措置等(以下本措置と称す)の実施に伴ひインフレーシヨン昂進の要因を形成しつゝあつた過剰購買力は一時大幅に封鎖されるに至つたが左に掲ぐるやうな事情から国民貯蓄は依然其の重要性を減じない。 ⑴ 本措置に依る過剰購買力の封鎖は絶対的完全な封鎖ではなく必要事情に基く必要現金等の払出は相当な範囲に於て認められてゐるのであるから此等が集積すれば相当巨額の顕現購買力となつて再びインフレーシヨン進行の素因を形成する虞あること而も本措置実施に伴ふ心理的影響等を考慮すれば許容限度内の封鎖預金等の最大限の払出傾向を生ずべき虞が多分にあること。 ⑵ 本措置実施後の新規の収入所得に付ても色々封鎖の措置は講じてゐるが一面物資供給等の現状よりすれば依然購買力の吸収は喫緊事であり他面産業再建の基盤たるべき資本の補塡及蓄積は将来に亘り不可欠の要件であつて此等の要請は国民貯蓄の増強なくして絶対に充し得ないこと。 ⑶ 本措置も貯蓄増強施策も究極の目的は一に帰すべきであつて何れか一方のみを以て完璧な効果を期し得ぬことは明白であるから苟も本措置のみに頼り貯蓄を軽視するが如きことあらばインフレーシヨン防遏の最終目的は到底完遂することが出来ぬこと。 ㈡ 国民貯蓄の重点 国民貯蓄増強施策は今後に於ても「戦後に於ける国民貯蓄増強方策」の線に沿つて運営せらるべきものであるが本措置に伴ひ特に左の如き事項に重点を指向することが肝要である。 ⑴ 勤労増進、生産増強、消費節約を主眼とする「生活再建貯蓄」の励行インフレーシヨンの徹底的防遏は単なる通貨金融面の施策のみを以てしては所期の目的を達成し難く益々勤労を増進し物資の増産を図り愈々消費の節約に努め生活の合理化を図ることを主眼とする「生活再建貯蓄」の徹底的励行に依つて初めて真の目的を達成し得べき点に留意し此の面に於ける積極的な施策を講ずること。 ⑵ 貯蓄に対する信頼感の再建 本措置に依る通貨金融面の緊急対策の影響として貯蓄の将来に対する疑惑不安感等を抱く傾向を生じたるは否み難い事実であるが今回の措置が窮迫せる事態に対処する己むを得ざる措置なることを卒直に鮮明すると共に将来に於ける財政経済再建の鍵は一に懸つて今後の貯蓄成績如何に依拠する点に付ての理解納得を確保するに努め右の如き疑惑不安感の一掃を期すこと。 ⑶ 封鎖預金等の温存及自由貯蓄の増強 預貯金等の封鎖は急迫せる事態の落着に至る迄の臨機の措置であつて其の性質上無制限且永久的なものでないから許容限度内の払出と雖も真に已むを得ざる場合の外は極力之を行はざる気風を醸成すると共に新規の収入所得に付ては封鎖せらるゝことなき自由貯蓄の方法に依り大いに之を増強すること。 (註)本措置に依る封鎖預金等の現金支払は新規の収入、所得乃至は自由貯蓄の払出を以てしては賄ひ切れぬ場合の救済方法であるから此の点を誤解し此の方法を最高度に活用せざれば不利益を蒙ると謂ふ如き観念の払拭に努むること。 ⑷ 新事態に即応する新生活運動 本措置の実施を契機とする国民生活の一大刷新は焦眉の急務なる点に鑑み此の際積極的なる生活の新設計国民生活擁護の為の新生活運動の機運を醸成すること。 尚都市生活者就中俸給生活者方面に付ては定期的給与の現金支給限度及封鎖預金等の現金支給限度等を併せ考ふるときは却つて生活費の膨張を来さゞるを保し難きを以て此等の点に充分留意し新生活の実践を特に強調すること。 (註)新事態に即応する新生活運動に関しては婦人団体方面の活動を促進し家庭主婦等に呼びかけを為すこと。 ⑸ 現金収入の累積せらるべき部面に対する貯蓄推進 例へば農山漁村方面、中小商工業(特に一般大衆を相手とする各種営業)交通運輸業方面、露店商、日傭労務者等は本措置の適用上他の部面に比し現金収入の獲得の機会多き点に鑑み此等の方面に於ける高度の貯蓄実践を期すること。 ㈢ 啓発宣伝の方向 本措置は事業の性質上謂はゞ抜打的に公布施行せられ極めて短時日の間に大半の事項を処理する如き建前をとりたる関係上之が趣旨並に取扱要領等の普及徹底に当り相当の困難性あるは当然にして特に貯蓄増強の為の宣伝啓発等の関係に於ては右の事情を充分考慮し誤たざる方向を採ることが必要である。 ⑴ 総合的宣伝啓発 貯蓄関係のみを切離しての啓発宣伝は時勢に適合せざることは明白であり且本措置も貯蓄施策も究極の目的を同じくするものなるに鑑み今後に於ては総合的施策をして宣伝啓発に努むること。 ⑵ 協議会、打合会、説明会等の開催及解説書の撒布 関係施策との関連に於ける貯蓄関係事項の宣伝啓発の機会を可及的多からしめ且凡ゆる機会を捉へて趣旨の普及徹底を図ること。 ⑶ 関係方面との連絡 本措置の実施そのものに関しては財務局金融機関等を直接の関係当局とするも市町村、町内会、部落会等の機能の側面より協力なくしては其の円滑なる運営を期し得ぬ事情並に右の地方行政下部機構の行ふ貯蓄事務の遂行も今回の措置と併せ考慮せねばならぬ事情を勘案し此等関係方面の一層の連絡協調を図ること。 ⑷ 自主的、自律的機運の醸成 本措置並に之と併行する貯蓄の増強の窮極の目的とするところは国民経済を破壊し国民生活を窮迫せしむるインフレーシヨンを断乎防遏し新日本建設の礎石を築き上げることに存するのであるから此の点に関する国民自身の理解納得を確保し全国民の自主的自律的なる協同態勢の下に効果の達成を図る如き機運を醸成すること。 二 細目的事項 従来の各種貯蓄施策の中本措置実施に伴ひ特に考慮すべきもの又新に考案を要するものを列記すれば概ね次の如くである。 ㈠ 二月期郵便局売出及特別消化国債の取扱 右に関しては情勢の変化に依り予定額の消化極めて困難なること及特別消化の対象となるべき資金移動も今後封鎖支払の方法に移行すること多かるべきを以て当期分は取敢へず中止すること。 但し今回の売出中止は応急の措置にして今後のものに付ては追而検討の上其の方針を決定するものとす。 ㈡ 現存する貯蓄債券、報国債券、福券、割増定期貯蓄の割増金及勝札宝籤の換金の支払方法は昭和二十一年三月二日迄は旧券に依り支払をなし三日以後は封鎖支払の方法に依るものとす。 尚今後に於ては自由支払の方法による宝籤の発売等を積極的に実施する方針なること。 ㈢ スピード籤の取扱 昭和二十一年二月二十五日以降三月二日迄は発売を中止し当籤金の支払は同年二月二十四日迄発売のものに付ては三月二日迄は旧券に依る現金支払三月三日以降発売の分は新円に依る現金支払をなすものとす。 ㈣ 国債又は貯蓄債券、報国債券の買上代金の取扱 封鎖支払の方法に依るものとす。(引揚を為す朝鮮人及中国人に付ても同様なること) ㈤ 合同貯蓄の取扱 封鎖せられたる合同貯蓄の貯蓄者が貯蓄の払戻を受けんとするときは当該貯蓄の代表者に請求して払戻請求書に払戻を受けんとする金額に関する証明を受け金融通帳を持参して許容限度の払戻を受け得ること。 ㈥ 代表者名儀に依る組合貯蓄の取扱 封鎖せられたる代表者名儀貯蓄組合貯蓄に関しては代表者以外の組合員が貯蓄の払戻を受けんとするときは代表者に請求して自己の貯蓄額及払戻を受けんとする額の証明を受け且当該貯蓄組合長の払戻の同意ありたる旨の証明を添へ当該預貯蓄金通帳及自己の金融通帳を持参して許容限度の払戻を受け得ること。 ㈦ 勤務先預け金の取扱 (イ) 受入者が現金を有する場合は許容限度の払戻を受け得ること。 (ロ) 受入者が現金を有せず封鎖預金等の払出を俟つて当該預け金の払出をなさんとする場合は既存債務の弁済として封鎖預金等の封鎖支払の方法に依り払出請求書の預貯金等に振替預入を為したる上当該本人より□。 ㈧ 国民貯蓄組合の運営 本措置実施後に於ても国民貯蓄は依然重要であり国民貯蓄組合の運営に付ても特別の変更を加へる必要はない。但し地域、職域等の組合の種類に応じ夫々の構成員たるべき者の本措置に依る経済的影響を充分考慮して適宜の措置を為す必要がある。 ㈨ 農産物等振替払制度の運営 農林畜水産部等の供出代金の振替払制度は今後も大いに普及せねばならぬ所であるが振替払の方法は本措置に依る封鎖支払と異り必要ある場合の払出は何等拘束を為さゞる建前であるから右を混同せざるやう留意して適宜の指導を為す必要がある。 (一〇) 臨時資金調整法第十条の二に依る臨時収入等の貯蓄化に関する取扱 右に該当する場合の中一部(例へば住宅購入代金等)は本措置に依る封鎖支払の適用を受くることゝなり貯蓄勧奨手続は不要となるが其の他の場合に付ては更に施策の徹底を図る要がある。 (一一) 新種貯蓄制度の拡充普及 新規の収入、所得乃至は封鎖預金等の現金支払に依る新円を以てする自由貯蓄は今後大いに増強を図る必要ある点に鑑み封鎖支払の方法に依らざる割増定期貯蓄、宝籤等の活用を積極化する方針なること。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一三七 救国貯蓄運動要綱 救国貯蓄運動要綱 (神奈川県) 一 趣旨 新憲法の制定、食糧事情の好転等、経済の安定化に発足し得る客観的条件の熟しつゝある秋本運動によつて通貨に対する一切の不安を除去し、浮動購買力の吸収、退蔵現金の資金化、復興資金の確保等、貯蓄心の昂揚を図り民生の安定、経済の復興が一にかゝつて国民自らの努力にあるべきを自覚せしめ新日本経済建設への国民的気運の醸成を図らんとするものである 二 名称 救国貯蓄運動 三 期間 自 昭和二十一年十一月三日 至 昭和二十一年十二月三十一日 四 実施要領 本運動は「貯蓄増強に関する件」 (昭和二十一年十月十一日閣議決定)及びこれに基く「救国貯蓄運動方策」の趣旨に則り「救国貯蓄運動事業計画書」によつて実施するが、特に左の諸点に留意する ㈠ 民主的国民運動とすること 本運動は真に民主的な国民運動たるの実を挙げることを目途としこれがため通貨安定推進委員と充分連絡協調すると共に民間各種団体、各階層の幹部に対する趣旨の徹底を図り、その積極的協力を獲得すること ㈡ 貯蓄に対する信頼感の回復を図ること 再封鎖、平貨切下は絶対に行はざる、政府の根本方針を国民に周知徹底せしめ、巷間に流布されるデマの一掃を図り、通貨預貯金に対する国民の信頼感の回復を図ること ㈢ 金融機関の活動を支援すること 金融機関の資金吸収活動に対しては積極的にこれを支援し金融機関のサービスの改善事務の能率化等一般が貯蓄し易き態勢の整備に努力するやう常に勧奨すること ㈣ 国民の自覚心に訴へ貯蓄心の昂揚を図ること 現下の経済危機を突破し、新日本経済を建設するためには国民総てが勤倹力行し貯蓄によつて資本の蓄積を図ることを不可欠の条件とし、若し国民が貯蓄せざるときは通貨の増発を来すことゝなり国民自ら墓穴を掘るに等しきものなる所以を理解納得せしめるに努め高圧的な啓発宣伝は断じて採らざること ㈤ 応能貯蓄の実行を推進すること 国民総ての応能貯蓄の実行を推進すると共に所謂新興所得階層に対してはこれに適切な方策を以て資金の吸収、貯蓄増強を図り農漁村の売却代金は必ず貯金振替とすること (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一三八 中等学校長常会通達事項 中等学校長常会通達事項 十二月二十一日 於一高女講堂 一 連合軍トノ関係事項ニ関スル件 (イ) 校内武器一掃ニ関スル件 (ロ) 校内外戦時色払拭ニ関スル件 集団登校 挙手敬礼 額 学徒隊表示 等 一 昭和二十一年度中等学校入学者選抜ニ関スル件 一   高等専門学校入学者選抜ニ関スル件 一 終戦ニ伴フ中等学校措置ニ関スル件 一 教員ノ解職並ニ再任用ニ関スル件 一 中央航空研究所教習部普通科在学者ノ編入ニ関スル件 一 科学教育用資材ニ関スル調査ノ件 一 引上ゲ学校職員ノ措置ニ関スル件 一 石炭需給事情逼迫ニ伴フ汽車通学生徒ノ措置ニ関スル件 一 総選挙ニ対処スル公民啓発運動ニ関スル件 一 婦人教養施設ニ関スル件 一 学校農場等ノ調査ニ関スル件 一 航空機関係発動機其ノ他備品棄却処分ニ関スル件 一 中等学校体操科研究会開催ニ関スル件 一 中等学校新教育相互研究会ニ関スル件(反省、今後ノ運営) 一 其ノ他雑件 午後 約一時間三十分 講演「日本ノ将来ノ範トナルベキ瑞典国」 大使館一等通訳官 坂部源吾 講演要旨 武力ナキ日本ノ将来ヲ如何ニスベキカ 世界最高ノ文化、最大ノ徳義ヲ誇ル平和、中立国瑞典ニ範ヲトルベキデアル 瑞典ノ現状ハ如何(講演者ハ一九三六年ヨリ三八年迄瑞典ニ在勤セリ) (湘南中学校「マ司令部指令綴」(昭和二十年)神奈川県立湘南高等学校蔵) 〔注〕別紙に湘南中学校教員二八名の署名捺印がある。 一三九 校長会議事項 一月十四日校長会議事項 一 御真影奉還ニ関スル件 二 教科用図書ニ関スル件 〔欄外注記〕補助教材ヲ印刷スル場合ハ英訳シテ許可ヲ得テカラスル(処罰サレル) 三 連合軍最高司令部ヨリ発スル指令ノ徹底方ニ関スル件 〔欄外注記〕小使室ノ物置キ整理 四 一雇傭方針ニ関スル件 〔欄外注記〕陸海軍人ニ対シテ優先的庸用任用ハダメ復員者ノ任命モ同様差控ヘルコト 五 公民啓発運動ニ関スル件 〔欄外注記〕◎報告ヲ要ス 婦人参政権ニ従ヒ婦人団体ニ新ラシク選挙権ヲ得タ男子 六 学校農事指導者講習会ニ関スル件 七 二十年度末教員異動ニ関スル件 〔欄外注記〕年齢勇退 高等官ノ退職者ハ二月十日マデニ県ニ提出 疎開ヤ戦災ノタメ学校ノ異動ガアル異動通勤者ノ便利ノタメ異動ヲ行フ 八 学校体錬科関係事項ノ処理徹底ニ関スル件 〔欄外注記〕一月十八日マデ報告 二〇、九、二九 教第一四〇九(公報)武器引渡シ令ニ対スル学校教練用 二〇、一一、二二 第一八八八号(公報) 学校ノ内外ヲ問ハズ集会、行進、敬礼、登校下校ノ方法ニ関シテ軍事的色彩一掃 道具ノ処理方 テツカブト 飯合 九 修身国史地理ノ科目及教科書取扱ニ関スル件 〔欄外注記〕時間割ヲ消ス 文部省ニテハ中止 教科書ハ集メルコト 修身ノ時間ヲ学力補充ノ時間ニ充テル 一〇 十月三十日以降ノ復員教員ノ勤務ニ関スル件 〔欄外注記〕勤務スベカラズ(但シ職ハ失職セス 教育作用ヲ行ハナイ) 一一 来年度中等学校進学志願者数ニ関スル件 〔欄外注記〕進学指導ヲスルコト 横中 三五一 三二 計三八九名 {横中 三八九逗子 三八六三浦 三三八鎌中 三〇八} 三中 二〇一 平農 二四八 県高女 三六一 市立高女一 三九二 市工 二四一 市立第二 二八七 県工 一六四 逗子三 一〇六 横商 一四六 □南 二八四 三崎水産 六 信証 五三 県立 一六二 楠葉 五五 商工 二九〇 湘南 三九九 一中 二六一 二中 三四二 横浜 県立一女 三二三 二女 一〇二 鎌倉市立 一六九 (〃私立 五九一 北鎌倉 八九 紅蘭 五三 一二 児童栄養素球ニ関スル件 〔欄外注記〕一〇〇錠―八円 県保健課へ申込ムコト 一三 其ノ他 〔欄外注記〕生徒ノ衣類ニ関スル件 正服 正帽 裁縫教材古利用 奨学金 中学校ニ進学 一月三十一日マデニ推薦状 一 青年学校教授訓練要目改正ノ件 二 甘藷増収競技会褒賞授与式ニ関スル件 三 青年学校特別視察ニ関スル件 四 馬鈴薯栽培研究校打合会ニ関スル件 五 大八車購入希望申込ニ関スル件 (汐入国民学校「往復文書綴」(昭和二十年)横須賀市立教育研究所蔵) 一四〇 教職員の教育研究協議会新設に関する件 通知 教育民生部長 地方事務所長横浜横須賀川崎市長殿 中等学校長教職員の教育研究協議会新設に関する件 教育の劃期的刷新の秋に当り米国教育使節団報告書の意向もあり教職員の自発的活動を促進しこれに方向を与へ積極的に協力出来るやうにとの意図の下に今般新に左記のやうな趣旨の教育研究協議会を設置することを勧奨する旨其の筋から通牒があつたのでこの会の健全な発達に御尽力願ひたい。 記 一 学校教職員会は従来学校長司会の下に行はれ教育上の諸問題が研究協議せられ相当の成果を挙げつゝあるのであるが学校教育民主化促進の見地から之と別箇に学校長司会によらざる教職員の自主的な会合が作られ定期的な集会をして教育上の諸問題を研究協議することが望ましい。この教育会を教育研究協議会(以下協議会と略称する)と称しその運営に関しては次の如き注意が必要である。 二 協議会は各学校単位に設け教職員自らに依る自からの再教育機関として新教育方針の徹底教育内容及方法の刷新充実を図ることを目的とすること。 三 協議会は教職員各自が学術的建設的な立場に於て自由に忌憚なく意見交換し活発に研究協議出来るやう運営せられること。即ち言論と研究の自由が尊重せられると共に責任の自覚と協同の精神とを以て民主的に運営せられること。 四 協議会は各学校の現教職員を以て会員とすること。 五 協議会の組織研究題目の選定司会者等については会員自ら協議決定すること。 六 協議会には学校長は参加しないが会員の希望ある時は特定の会議に加はることが出来る。 七 研究協議は夫々の学校に於て具体的な重要な教育上の問題を捉へて科学的実際的に行はれその結果が夫々の学校の父兄児童生徒の要望に応ずるやうなすべきこと。 八 協議会は概ね次のやうな事項につき研究協議すること。 1 会員の研学修養 2 教育関係法令通牒等の趣旨の検討とその学級への導入 3 学校行事と児童自治 4 児童生徒の必要に応ずる為の教科課程、日課表、教材等の研究 5 民主教育の原理と方法、科学的考査方法 6 訓育、保健上の諸問題 7 児童、生徒環境等の調査と生活指導 8 学校教育設備 9 社会教育 九 協議会は学校長の協力機関たるの本分に則り研究協議せる所に基き学校長に報告し或は有益な提案をなし学校長は之を尊重しつゝ自らの責任と権威を以て学校の運営に当ること。 一〇 協議会はその研究協議した事項の中特に重要なものは文部省に上申する事。学校長は必要と認むる時は之を地方庁に進達すること。 一一 協議会は或は研究部門別に他の教育諸会の事業と結合し或は更に師範□□青年師範学校をはじめ各専門学校大学等の教職員研究室とも連繋してその目的を達成するやう努めること。 以上 (湘南中学校「マ司令部指令綴」(昭和二十年)神奈川県立湘南高等学校蔵) 一四一 復員軍人の教育職復帰又は採用等に関する件通知 二一高学収第四一一号 昭和二十一年七月二日 各国民学校長各青年学校長高座鎌倉地方事務所長 殿 復員軍人の復職又は採用等に関する件 標記の件について連合国最高司令部より別紙写の通り指令がありま したので御承知の上遺漏なく実施して下さい。尚この指令は昨年十一月一日附二〇秘収第一六〇一号(教育者中ヨリ本業トシテ陸海軍人タル経歴ヲ有スル者等整理ニ関スル件)及び本年一月十七日附二一教第四一号(復員軍人ノ復職又ハ採用ニ関スル件)の通牒の一部が解除されたものでありますがその復職又は採用については審査をうけなければならない。該当者は五月七日附で公布された教職員適格審査の関係法令に基いて審査の上措置されるのであるから左記事項参照の上よろしく御取計ひ下さい。 記 一 教員は職の如何に拘らず凡て審査をうける。 昨年十一月一日附二〇秘収第一六〇一号及び本年一月十七日附二一教第四一号通牒に依つて授業を保留されてゐる者及び復員軍人で新に教職につかうとする者は凡て他の一般教員の場合と同様五月七日附の教職員適格審査に関する規定の適用を受け同日附閣令、文部省令、農林省令、運輸省令第一号別表第二に掲げてある範囲に属する者は当然不適格者として教職につけないことになる。それ以外の者は適格審査委員会の審査をうけ適格の制定があつた場合には授業を担当することが出来又新に採用せられることが出来る。 二 教育関係官公吏等で本年五月七日附閣令、文部省令、農林省令、運輸省令第一号別表第三に掲げてある者は凡て審査をうける。昨年十一月一日附二〇秘収第一六〇一号及び本年一月七日附二一教第四一号通牒に依つて右職務に従事することを留保されてゐる者及び復員軍人で新に右職に就かうとする者も凡て一般教育関係官公吏と同様五月七日附教職員適格審査に関する規定を受け同日附閣令、文部省令、農林省令、運輸省令第一号別表第二に掲げてある範囲に属する者は当然不適格者として其の職に従事することは出来ない事になる。それ以外の者は適格審査委員会の審査をうけ適格の判定があつた場合にはその職に従事することができ又新に採用されることができる。右法令別表第三に掲げてある職以外の教育関係官公吏等は適格審査委員会の審査をうけないが適格審査に関する法令の趣旨に照し詮議し差支へなき場合に職務に従事することを留保されてゐる者は復職することが出来又新に採用されることが出来る。 三 官公私立学校の教職員の新規採用の場合は「便宜措置」として本年五月七日附閣令、文部省令、農林省令第一号別表第二の各項に該当しないと思料せられる者に限り取敢へず任用し任用後其の教職の適格不適格を審査すればよい。但し復員軍人の教職については本年五月二十二日附の連合国最高司令官覚書「復員軍人の教職従事に関する件」により必ず先づ審査を終了した後でないと就職することは出来ない。 (大野青年学校「往復文書綴」(昭和四-二十一年)相模市立図書館蔵) 〔注〕別紙省略。 一四二 教職員適格審査に関する件通知 二十二下学収第一二三号 昭和二十二年六月二十一日 足柄下地方事務所長(印) 中学校小学校青年学校長殿 教員適格審査に関する件 今般改正規定による標記委員会が六月二十日に設置され今後の新規採用者を審査する事になつたので爾后便宜措置として未審査者を採用する事は認められないから必ず審査済の者を採用する様念のため通知する。 尚先般校長会に於て指示の通り爾今未審査のものを採用したる場合に責任者は厳重なる処置をとられる事になつてゐるので遺憾のなき様留意されたい。 (西箱根青年学校「連合軍関係書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一四三 昭和二十一年度母親学級開設要項 昭和二十一年度「母親学級」開設要項 一 趣旨 一般婦人ヲシテ終戦ニ依リ今後多難ナルベキ国民生活ニ処スル主婦若クハ母親タルニ相応シキ人格並ニ教養ノ向上ニ努メシムルト共ニ家庭生活ノ科学化並ニ公民トシテノ識見ヲ高カラシムルヲ以テ本旨トス 二 開設場所及主催者 成ルベク国民学校ヲ中心ニ開設シ学校長又ハ関係婦人団体等ニ之ヲ主催セシムルコト 開設ニ当リテハ国民学校教職員中ノ適当ナル者ヲシテ常ニ指導ニ当ラシムルコト 三 期間及時間 昭和二十二年三月末日迄ノ間ニ於テ毎月一定ノ日時ヲ選ビ開設スルコト 但シ地方ノ実情ニ応ジ業閑期等ヲ利用スルコト 尚今回ハ近ク施行セラルベキ総選挙ニ対処シ本年中ニ我ガ国体ト民主々義、立憲政治ノ本義、選挙ノ意義等政治教育ニ資スル題目ヲ選ビ施行スルコト 時間ハ一学級概ネ一〇時間乃至二〇時間程度トスルコト 四 対象 対象ハ一般婦人トシ一学級概ネ五〇名トスルコト 五 講師並講義内容 イ 講師 学識経験者中ヨリ広ク本学級ノ目的達成ニ適当ト認メラルヽ者ヲ選ブコト ロ 講議内容 人格ノ修養教養ノ向上ニ資スルモノ、子女教育ニ関スルモノ、家政家事科学ニ関スルモノ、公民的識見ノ涵養ニ関スルモノ、音楽体操映写会等趣味ニ関スルモノヲ適宜按配シ懇談会見学等有効ナル施設ヲ講ズルコト 六 開設上ノ注意事項 イ 開設ニ際シテハ関係諸団体ト緊密ナル連絡協力ヲ図ルコト ロ 開設計画決定ノ上ハ別記様式㈠ニヨリ二月五日迄ニ本施設終了後ハ直チニ別記様式㈡ニヨリ県教育課社会教育係宛報告書ヲ提出スルコト ハ 修了後ノ事後輔導ニ関シテハ適当ナル施設ヲ講ズル等適宜ノ措置ヲ講ズルコト 七 学級数及経費 イ 貴管下ニ於テ実施スベキ学級ハ二学級トス ロ 終了報告書ノ提出ヲ俟チ本学級ニ要セル経費ニ充ツルタメ一学級ニ付金五十円ヲ交付ス ハ 尚右開設ノ経費ニ関シテハ開設者、主催団体、関係市町村ニ於テモ成ルベク之ヲ分担シ其ノ実情ニ応ジ多数開設シ且ソノ内容ノ充実ヲ図ルコト 別記様式 ㈠ 昭和二十一年度「母親学級」開設予定報告書 主催者 (学校又ハ団体)名 主催責任者 職氏名 別記様式 ㈡ 昭和二十年度「母親学級」実施報告書 主催者 (学校又ハ団体)名 主催責任者 職氏名 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一四四 昭和二十二年度母親学級開設要項 中学第一七〇号 昭和二十二年五月二十一日 中地方事務所長 市町村長 中学校長婦人会長 青年学校長女子青年団長 小学校長殿 昭和二十二年度婦人教養施設「母親学級」開設について 婦人教養施設としての「母親学級」が開設され関係者の格段の配意により施設の普及充実等見るべきものあるが本年は特に新憲法の実施に伴ひ婦人の地位教養の画期的向上を図るべき新事態に対処して「母親学級」施設の方針、内容及運営方法等全般に亘つて新しい構想の下に之が刷新充実を期する必要がある。 就ては当管内に於て「母親学級」二十一学級を開設する様本県教育部長より通牒があつたので左記御参照の上関係各位の御協議により郷土の実情に即して自由活溌に創意工夫に満溢した学級の開設を進められ其の企画運営に遺憾なき様期せられ度い。 昭和二十二年度「母親学級」開設要項 一 趣旨 新憲法実施と内外の情勢の重大な変化により婦人の地位教養の画期的向上を図るべき現状に対処して「母親学級」を開設し民主々義理念に基く生活を通じ婦人教養の向上を期せんとする。 二 開催場所並に主催者 小学校、中学校、公民館等を中心に開設し学校長は関係婦人団体等に之を主催せしめているが公民館の設置されている町村ではその教養部の事業としてもこの学級を開催する様配慮し市町村民が自分の責任に於て自主的に施設を推進させて行く様に図ること。 三 期間及時間 昭和二十三年三月未日迄の間に於て毎月一定の日時を選んで継続的に開設することゝし地域の実情に即して計画され度い。 四 対象 対象は一般婦人として特に婦人会母親の会等の指導的地位にある者概ね五〇名位とする事がよいと思ふが地域の実情に即する様にして婦人にのみ限ることなく町村内で教養を求める者があれば誰でも開放する様考慮せられ度い。 五 教養内容 1 新憲法精神の普及徹底並に生活化及遵法精神の涵養に関するもの 2 民主々義の解明に関するもの 3 公民的識見の涵養に関するもの 4 科学思想、文学、芸術及宗教等文化の諸領域に関するもの 5 家庭生活並に職業の合理化に関するもの 6 家庭教育並に純潔教育に関するもの 7 保健、衛生及体育に関するもの 8 其の他趣味、娯楽に関するもの 地方の実情に即して適宜按配し且つ懇談実習及見学等の方法によつて成るべく具体的に取扱ふこと。 六 講師 各関係官庁団体と連絡をとり学識経験ある者を広く求め本学級の目的達成に適当と認めらるゝ者を選ぶ。 七 開設上の注意 イ 開設に際しては関係諸団体と緊密なる連絡協力を図ること。 ロ 開設計画決定の上は別記様式㈠により六月五日正后迄、本施設終了後は直に別記様式㈡により当所学務課宛三通報告書を提出すること。 ハ 修了後の事後輔導に関しては適当なる施設を講ずる等適宜に措置を講ずること。 八 学級数及経費 イ 当所内に於て実施すべき学級は二十一学級(別表の通)とする。 ロ 終りに報告書の提出を待ち本学級に要する費用に充つる為一学級に一〇〇円を交付する。 模範母親学級には三〇〇円とする。 ハ 尚右開設の経費に関しては開設者、主催団体、関係市町村に於ても成るべく予算を計上し其の実情に応じ多数開設して内容の充実を図ることゝする。 別記様式㈠ 昭和二十二年度母親学級開設予定報告書 主催者 (学校又は団体)名 主催責任者 職氏名 別記様式㈡ 昭和二十二年度母親学級実施報告書 主催者(学校又は団体)名 主催責任者 職氏名 (平塚市立第二青年学校平塚市第二実務女学校「往復文書綴」(昭和二十二年)平塚市教育研究所蔵) 〔注〕別表省略。 一四五 公民啓発運動に関する青年常会開催の件通牒 二十一教第一一四号 昭和二十一年二月六日 教育民生部長 地方事務所長市町村長殿 公民啓発運動ノ一環タル青年常会ノ開催ニ関スル件 来ルベキ総選挙ニ当リ曩ニ部落別「公民の集ひ」ヲ開催セシムルヤウ指示致シ置キタル処更ニ部落会ノ特種形態トシテ青年層ヲ主体トスル政治討論会ノ如キモノヲ開催シ自主的ニ青年層ニ於ケル政治的関心ヲ昂揚セシメ度ニ就テハ之ガ成果ヲ期スル為格段ノ配意相成度此段依命通牒候 追而各学校長既設青年団体長等ニ対シテハ貴職ヨリ本趣旨ヲ徹底セシメ其ノ努力ヲ要請セラレ度 尚青年公論会ノ開催等ニ関シテハ別紙要領ヲ参考トセラレ度 〔別紙〕 「青年公論会」(青年常会)の開き方 一 民主主義の政治は国民個人の自由な意思を尊重することを第一義とし真に国民の総意によつて政治が行はれることを本旨とする。われわれは日常自分で政治上の問題其他生活全般について深く考へ研究し又他人の意見を聴き之を批判すると共に自ら自分の意見をも発表して他人の批判を求むる習慣と実力とを養ふことが必要である。特に将来の新日本を背負ふべき青年諸君は其の純情と良心と熱意とを以て民主主義的な日本甦生の礎石となつていたゞかねばならない。この要領は青年諸君が各々其の属するグループ(青年団、女子青年団或は青年を母胎とする読書会、修養会、文化会等の青年文化団体)に於て「青年公論会」といつたやうな集りを開く場合の参考のために示すものである。 二 会は大体五十人位を単位として集るのが適当で連合討論会等の場合は其れ以上となつても差支へない。この会には団員以外の市町村の主だつた人々或は一般の人々にオブザーバーとして加つて貰ふのもよく又団員の間に尊敬の的となつてゐる人に参加して貰つて指導して貰ふのもよい。 三 会の開催にあたつては大体次のやうな点に留意して青年特有の熱が会場全体に漲り活気横溢したものにせねばならぬ。 1 お互に新日本の使命について正しい認識を持ち青年の熱意と創意とを以て新日本を建設せんとする機運を盛にすること。 2 自己の周囲にあるいろいろの問題について研究調査の眼を開き生活と政治とのつながりをよく諒解して良心と自覚とを以て総選挙に臨む気慨を作ること。 3 自分の判断で物を考へ自分で考へたことを他人に発表する習慣を養ふと共に又他人の言ふことを尊重して他人の言葉から自己の立場を反省するやうな癖をつけること。 四 会の運営にあたつて特に注意すべき点は大体次のやうな諸点である。 1 あらかじめ当面の重要な問題の二、三を選んで討論の議題として適宜に意見のあるものから発言して充分にその意を尽させその後之等の意見に関連させて出来るだけ多くの団員に意見を発表させるやうにし参会者の全部が討論に直接関係あることを卒直に且つ簡明に述べて問題の解決に貢献し合ふやうにすることが大切である。 2 討論にあたつてはなるべく観念を弄ぶやうな抽象的論議でなく努めて其の地方に於ける具体的問題を例に引いてこれ等の正しい解決のためには如何なる政治が行はれ又地方民としてどんな心構と協力とがなされねばならぬかを中心にして論議をすゝめることが必要である。 3 討論の指導にあたつては司会者が自分の持つ意見を独断的に参加者に押しつけることを避け参加者と共に考へ共に論ずるといつた雰囲気を作ることが必要であつて特に故意に討論にケチをつけたり討論中全然沈黙したり或は枝葉に亘つてあげ脚をとつたりするもののないやうに努め全員が討論に参加する様な形で会を進めることが大切である。 4 選挙の問題については選挙運動と混淆されるやうなことのないやう討論中特定の政党又は候補者を支持し又は排斥するやうな印象を与へぬやうに注意せねばならぬ。 5 会の指導にあたつては出来る限り参考となるやうな小冊子等を配布又は回覧するとかして団員の関心を高め自分の意見を整理して会に臨むやうにすることも一方法である。 五 討論に上ざるべき議題としては次のやうな問題が考へられる。 1 選挙に於ては政見本位で選ぶべきか、人物本位で選ぶべきか 2 選挙は国民の権利なりや、義務なりや 3 理想選挙を実施する為の具体的方策如何 4 新日本建設のための青年の任務如何 5 国民の政治的関心を高める為の具体的方策如何 6 理想郷土を築く為にわれわれは何を為すべきか 六 会を終るに当つては団員以外に参加した主なる町村指導者又は団と関係の深い人の批評を求め或は之に関する一応の結論を聞かせて貰ふことが必要であらう。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一四六 総選挙に関する公民啓発運動実施の件通牒 二〇教第八五〇号 昭和二十一年一月十一日 内政部長(印) 地方事務所長市町村長殿 総選挙ニ対処スベキ公民啓発運動実施ニ関スル件 標記ノ件ニ関シテハ客月十五日附同号ヲ以テ通牒致置候処貴管下ニ於テハ夫々右運動ノ展開ニ鋭意御努力中ノコトヽ思料セラルヽモ今般総選挙期日ノ延期ニ伴ヒ該運動ニ期間的余猶ヲ生ジタルヲ以テ此際一層ノ努力ヲ傾倒シ特ニ各部落会町内会ニ於ケル公民ノ集ヒノ開催方ヲ強力ニ取進メラレ以テ目的達成ニ一段ノ御配意相成度此段及通牒候 追而曩ニ配布致候紙芝居幻燈フイルム等ハ此際機ヲ逸セズ充分利用スルヤウ御配意相成度為念申添候 尚期間終了後ハ左記ニ依リ直チニ管内ニ於ケル実施状況報告相成度 記 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一四七 公民館設置運営の件通知 昭和二十一年八月十六日 高座鎌倉地方事務所長(印) 各市町村長殿 公民館の設置運営について 現下の国情を打解し新日本再建を図るためには国民の教養を高め道徳的知識並政治的水準を引上げつゝ町村自治体に民主々義の実際訓練を与へ科学思想の普及と平和産業の振興の基を築かねばならない。此の要請に応ずる為に郷土図書館公会堂町村民集会所等の設置計画が進捗し其の実現を見つゝあるもの少くない事はまことに欣ばしい事である。今般文部省に於ても此の種の計画があり町村公民館の設置を奨励してゐるので別紙に基いて郷土の実情に即応した自律的創意的な公民館の設置について指導奨励を加へられたし。 (大野青年学校「往復文書綴」(昭和四―二十一年)相模原市立図書館蔵) 〔注〕別紙省略。 一四八 社会教育関係事項情況調査に関する件通知 昭和二十二年四月十四日 横須賀市教育部長 各小学校長殿 社会教育関係事項情況調査ニ関スル件 社会教育ノ重要性ニ鑑ミ各般ノ施設運営上向上発展ニ努力セラレ其ノ効果ヲ挙ゲラレツヽ存ジマス 事務多端ノ折柄ナレド昭和二十一年度中ノ婦人教養「母親学級」、青年団、少年団、少年教化事業ノ情況承知致シ度左記、別紙様式ニ依リ四月三十日迄ニ社教水島宛報告セラレタシ 尚校下各青年団ノ報告ハ御手数ナガラ当校係員ニ於テ一括報告方相煩ハシタシ 様式一 昭和二十一年度婦人教養「母親学級」実施報告 主催者 (校名) 主催責任者 印 様式二 昭和二十一年度少年団々勢情況報告 (校名) 様式三 少年教化事業情況ニ関スル報告 様式ハ随意 (汐入国民学校「往復文書綴」(昭和二十二年)横須賀市立教育研究所蔵) 一四九 連合軍の教育関係等指令の徹底に関する件通知(一―二) ㈠ 二十一教第二三号 昭和二十一年一月十一日 内政部長 横浜横須賀川崎市長地方事務所長殿 連合軍最高司令部ヨリ発スル指令ノ徹底方ニ関スル件 連合軍最高司令部ヨリ発スル指令並ニ之ニ基ク具体的措置ニ関シテハ夫々御配意相成居ルコトヽ存スルモ往々其ノ趣旨徹底不充分ノ為現地進駐軍部隊ノ調査等ニ際シ指令内容ノ不知等ノ理由ニ依ル指令違反ノ事例尠カラズ向後指令部ニ於テ指令伝達ノ責任ヲ明確ナラシメントスル意向モ有之今後左記方法ニ依リ確実徹底セシメ洩レナク遵守セシムル様格段ノ御配意相成度此段依命及通牒候 尚既往ノ指令徹底方ニ関シテモ同様御取計相成度申添フ 記 一 当庁ヨリ送付セル連合軍最高司令部ヨリ発シタル指令写ヲ受領セル場合ハ其ノ受領月日ヲ別記様式ニヨリ回報スルコト 二 指令ノ内容ヲ管下各関係者全員ニ熟知セシムル様措置スルコト指令ノ各条項並ニ其ノ精神ヲ遵守スルコトガ各官各個人ノ責任トセラレアル場合ニアリテハ特ニ留意スルコト 三 管下各学校団体等ニ移牒ノ場合ハ学校長又ハ団体ノ責任者ヨリ関係職員全部ニ洩レナク徹底方措置スル如ク注意セラレタキコト 四 前項ノ移牒受領ニ際シテハ学校長又ハ団体ノ責任者ヨリ受領月日ヲ回報セシムルコト 別記様式 ㈡ 二十一高学収第五七九号 昭和二十一年十月二十四日 高座鎌倉地方事務所長 各国民学校長青年学校長殿 連合軍関係指令徹底に関する件 標記の件に関しては昭和二十一年四月十七日付通牒したが今回更に連合軍より左記の如き指令が来ましたので周知の上万遺憾なきを期せられたい。 記 文部省発行新教育指針附録マツカーサー司令部発教育関係指令参照の上 1 日本教育制度の管理についての指令 2 教育関係者の資格についての指令 3 国家神道についての指令 4 修身科国史科地理科についての指令 は常時見易き掲示板に通牒の写しを貼布し置くこと並に他の連合軍関係通牒は少くとも二週間貼布熟読せしめ後別に一括して置くやうにすること。右四通牒に準ずるものは今後其の都度通知する。 各職員の捺印についても厳重実施せられたい。 (大野村役場「最高司令部指令綴」(昭和二十一年)相模原市立図書館蔵) 一五〇 国民学校後期用図書中の削除修正箇所徹底の件通牒 二一高学収第二六号 昭和二十一年三月十一日 高座鎌倉地方事務所長 学校長宛 国民学校後期用図書中ノ削除修正箇所ノ件 現行教科書ノ取扱ヒ方ニ関シテハ曩ニ通牒ノ次第ニ依リ図書中終戦ニ伴ヒ不適当トナリタル教材ニハ削除修正ヲ施シ使用セシメ居ルコトヽ存候処今般文部省ヨリ後期用使用国語(初等科第一学年乃至高等科第一学年用)及算数(初等科第三学年乃至第六学年用)図書中ノ削除修正箇所ニ付キ別表ノ通リ連合国軍最高司令部ノ承認ヲ得決定致シタル旨ヲ以テ通牒有之候条削除修正洩レ有之ハ別表ニ依リ必ズ削除修正セシメタル上使用セシメラレ度此段及通牒候 追而左記事項附記アリタルニ付予メ御了知相成度参考迄ニ申添候 一 教師用指導書ノ発行供給ノ件 今般師範学校及青年師範学校教員生徒並ニ中等学校青年学校及国民学校教員ニ対シ我ガ国ガ現在直面セル諸問題ヲ理解セシメ新事態ニ即応スル教育ノ根本方針ヲ示スト共ニ修身国史及地理ノ授業停止期間即チ之等三科目ノ新教科書出来迄ノ代行課程トシテ生徒児童ニ教授スベキ教材並ニ其ノ取扱ヒ方法ノ指示ヲ目的トセル教師用指導書ヲ発行供給スベク目下作成中ナリ 尚右ハ印刷ノ上前記各学校ニ供給ノ予定ナルモ原稿出来ノ上ハラジオ放送及新聞雑誌等ニ転載シ之ガ普及徹底ノ迅速化ヲ期スル予定ナリ 二 昭和二十一年度使用教科書ノ件 終戦後ノ新事態ニ即応スベキ各学校用新教科書ニ関シテハ本年中ニ新編纂ノ上明二十二年度ヨリ之ヲ使用セシムル予定ヲ以テ目下之ガ準備中ナリ 尚本年四月ヨリ使用セシムベキ教科書ニ付テハ取敢ヘズ暫定教科書ヲ編輯シ之ヲ発行供給スルコトニシ目下之ガ進行過程ヲ極力促進シツツアリ (「連合国軍関係通牒綴第十六号」(昭和二十一年)久保田昌孝氏旧蔵 相模原市立図書館蔵) 一五一 教科用図書使用に関する注意の件通牒 二一高学収第三四三号(二一・五・三〇)地方事務所長 学校長宛教科用図書の使用について 此度文部省教科書局長より標記のことについて通牒がありましたから左記事項充分徹底方御願ひします。 記 昭和二十一年度で使用する教科用図書については通牒済ですから御了知のことゝ思ひますが教科用図書は連合国軍総司令部の検閲承認を経て印刷発行されたものに限られるので本年三月迄使用されたものは勿論のこと他の印刷物(謄写刷でも)の使用は一切許されないものですから誤りのないやう念の為に更に御注意します。従つて前回の通牒で国民学校の芸能科図画及工作は「既に発行供給せられ児童所持の図書に付便宜削除訂正(其の箇所は追て文部省より指示)を厳密に施したるものゝ使用は認めらるゝものとす」とありましたが之は取り消します。 連合国軍総司令部の検閲承認を経た図書には奥付に左の様に附記してあります。 「Approved by Ministry of Education (Late―)」 尚発行中止の予定の中等学校音楽教科書は発行供給することになりましたから御了知下さい。 又修身国史及地理授業再開に至るまでの代行教育計画として編纂中の「新教育方針」の前編第一分冊は近く発行され各発行会社より学校宛五月下旬頃までに供給される見込であります。 (「連合国軍関係通牒綴第十六号」(昭和二十一年)久保田昌孝氏旧蔵 相模原市立図書館蔵) 一五二 国民学校青年学校中等学校師範学校青年師範学校用旧教科書の使用禁止の件通知 中学第九三号 昭和二十一年八月二十六日 中地方事務所長 国民学校長青年学校長殿 国民学校青年学校中等学校師範学校青年師範学校に於て使用する旧教科用図書の使用禁止について 標記各学校に於て使用する旧教科用図書の使用禁止に関し本月七日附二十一教第一、 一二一号教育民生部長通牒があつて旧教科書の使用は八月一日以降一切禁止されることになりましたから左記事項周知の上其の徹底に遺憾のない様にせられたい。 記 一 昭和二十一年六月十九日附二十一教第六六二号通牒第一項及び第二項によつて文部省において連合国軍総司令部の許可を得て発行した国定又は検定教科書が届くまでは従前の教科書に所要の削除訂正を施したものゝ使用が許され又用紙其の他の事情によつて発行をしない図書についても何分の指示がある迄は所要の削除訂正を施した従前の教科書を当分使用して差支なかつたのであるが之等は八月一日以降厳重に禁止され旧教科書は如何なる事情であつても一切使用し得ないこと 但し実業学校の実業学科目教科書及び師範学校の器楽の教科書に限り追て何分の指示ある迄は従前の通り取扱つてよろしい。 二 地理の授業については本年七月二十日附二一教九〇〇号通牒に基き実施上遺憾のない様にすること。 修身及び国史については現在尚授業が禁止されてゐる事を念の為申添る。 三 本年六月十五日附二十一教第六六二号通牒の第四項及び第五項については従前の通りであるから実施上遺憾のない様に留意すること。 (神田村立神田小学校「指令綴」(昭和二十年)平塚市教育研究所蔵) 一五三 師範学校中等学校教科書中発行供給中止図書取扱の件要項 二十一教第二〇三六号 昭和二十一年九月六日 教育民生部長 各中等学校長殿 師範学校中等学校教科書中発行供給中止図書の件 本年四月二十日附二一教第四四七号新学期授業実施について通牒致しましたが本年度使用教科用図書の発行供給計画要領中標記の件については別紙教科々目取扱要項に基き授業に十分留意の上指導に遺憾のない様御配慮煩はしたく通牒致します。 (別紙の分) ○中等書道 ㈠ 書写―字句を国語教科書の教材等に取り、書体や太字、細字、仮名、漢字の振りあひ等は従来の教科書にならつて毛筆もしくは硬筆を用ひ練習させるがよい。この際特に行草のくづし方について誤りなき示範を期せられたい。 ㈡ 鑑賞―軍国主義や極端なる国家主義的思想の鼓吹、或は一宗一派の宗教に渉る等、教育上好ましからぬ影響を与へる懸念のない材料で各学校備付のもの又は教師所持のものがあれば、それを利用して実施してよい。但し教科書のやうに生徒に持たせてそれに依つて授業することは許されない。 ○中等工業 教授要目に依り特に次の点に留意して教授せられたい。 ㈠ 我が国工業の歴史的発展を概観してその特質を明かにすること。 ㈡ 戦後の我が国工業の実状を述べその使命の重大なることを自覚させること。 ㈢ 実習を重んじ随時見学をなし技術を習得させると共に働く人々の心構へを学ばせるやう指導すること。 ㈣ 地方に於ける産業の実状に即して適切なる指導をなし研究的態度を養成すること。 ㈤ 各工業相互間及び工業と他の産業との関係、地理、交通その他の事情との有機的関連を明かにし各工業を羅列的にではなく、総合的に教授指導すること。 ㈥ 他教科殊に理数科との関連を密にし適切に指導せられたい。 ㈦ 航空機工業その他軍事工業には絶対に触れぬやう注意せられたい。 ○中等英習字 英習字一のみ発行し二、三は発行を中止した。 ㈠ 英習字の時間を設けてもよいし、読本の時間を割いてもよし、或は家庭における課題としてもよい。 ㈡ 既習教材中重要な語句文章、長い文章及び数字符号を含む文章等を練習させるがよい。 ㈢ 有罫の用紙ばかりでなく、無罫の用紙も用ひて正しく早く練習をさせるがよい。 ㈣ 練習した語句、文章の発音、読方、意味、語法をよく覚えさせなければならない。 ○中等英文法 単独のものを発行せず、読本巻二、三、四の巻末にそれぞれ附録とした。 ㈠ 生徒の学力、読本の進度等により英文法の時間を設けてもよいし読本の時間を割いてもよいし家庭に於ける課題としてもよい。 ㈡ 読本巻二、三、四の附録「文法」に掲げた各項目について既習の教材から帰納せしめるのもよいし更に読本の研究によつて文法の項目を増補してもよい。 ㈢ 国文法と比較した方が英文法の理解を助けると思はれる事項には国文法の知識を活用するがよい。 (湘南中学校「マ司令部指令綴」(昭和二十年)神奈川県立湘南高等学校蔵) 一五四 修身国史地理教科用図書の回収に関する件通知 昭和二十一年三月四日 足柄下地方事務所長 国民学校長青年学校長中等学校長殿 修身、国史、地理教科用図書ノ回収ニ関スル件 標記ノ件ニ関シテハ予メ指示致シ置キタル処ニシテ既ニ夫々御用意ノトコロト存ゼラレ候モ今般別記ノ通リ実施要項決定相成候条之ニ基キ確実ナル完遂ヲ期セラルル様格段ノ御配意相煩シ度候也 追而右ハ連合軍ヨリノ指令ニ基ク件ナルニツキ万遺憾ナキヲ期セラルルト共ニ期日ノ遵守相願度為念申添候 記 修身、国史及地理教科用図書ノ回収要項 一 回収スベキ教科用図書(以下単ニ図書ト称ス) 次ニ列挙スル生徒児童用教科書及教師用書(編纂趣意書、指導書及掛図ヲ含ム) ㈠ 国民学校教科用図書 (イ) ヨイコドモ 上下 初等科修身一、二、三、四 高等科修身一 男子用 高等科修身二 男子用 高等科修身一 女子用 (ロ) 初等科国史上、下 高等科国史上、下 (ハ) 初等科地理上、下 初等科地理附図上、下 高等科地理上、下 ㈡ 青年学校教科用図書 青年修身公民書 普通科 上巻下巻 青年修身公民書 本科五年制用 巻一、二、三、四、五 青年修身公民書 本科四年制用 巻一、二、三、四 青年修身公民書 本科女子三年制用 巻一、二、三 ㈢ 中等学校教科用図書 (イ) 中等修身男女用一、二、三 中等修身女子用一、二、三 修身(検定本)一 (ロ) 中等歴史二、三 歴史皇国篇(検定本) (ハ) 中等地理一、二、三、四 地理国土国勢篇(検定本) 新選大地図(検定本)日本編、外国編 ㈣ 右ノ外 ()イ 該当科目ニ於ケル旧教科書ヲ参考用ニ使用中ノモノアル場合ハ其ノ図書モ含ム (ロ) 右教科用図書ガ在校生ノ家庭ニ一冊モ残ラザル様回収スベキコト 二 回収要項 ㈠ 回収方法 (イ) 本件ハ連合軍総指令部ノ指令ニ基キ文部省ニ於テ該当図書ヲ回収シ之ヲ製紙資源トシテノ活用ニ資スル為実施スルモノトス (ロ) 各地方事務所及横浜横須賀川崎ノ三市ハ其ノ管内所在ノ各学校(前記教科用図書ヲ現ニ使用中ノ官公私立ノ学校教育機関ヲ含ム以下同ジ)ニ於ケル図書回収(学校教職員児童ヨリノ回収以下同ジ)ノ絶対責ニ任ズルモノナルニツキ承知アリタシ (ハ) 日本故紙統制組合ノ係員左記日程ニテ受取ニ出頭致スコトト相成ニツキ各学校毎ニ集積場所ニ輸送スルトトモニ別紙様式ニヨル報告書ヲ提出スベシ(二通引渡ノ際持参シ地方事務所立会人ニ手渡スベシ) (ニ) 集積場所及日時 足柄上郡 三月八日 松田町国民学校 受取人萩原為吉 足柄下郡 三月七日 小田原市万年町萩原為吉方 右同 (ホ) 引渡ノ際ハ地方事務所員立会フニツキ勝手引渡ヲセザルヤウ願度シ ㈡ 回収ニ関スル費用 学校教職員及生徒児童ヨリノ図書ノ回収ハ無償トス(学校教職員及生徒児童ヨリ無償ヲ以テ国ニ提出セシムベキ旨別途省令公布アル見込) 集積所迄ノ費用ハ各学校負担トス ㈢ 報告書ノ提出 提出スベキ報告書ハ必ズ図書各巻別ノ冊数、重量ヲ誤リナク記載シ輸送ノ方法等モ明記スルコト 様式(例) 回収図書報告書 校名 (西箱根青年学校「連合軍関係書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一五五 国史の授業再開に関する注意の件通知 昭和二十一年十一月二日 足柄下地方事務所長(印) 国民学校長青年学校長殿 国史の授業の再開について 連合国軍最高司令部から授業再開の許可があつたから左記事項に御留意の上其の実施に遺憾のない様に取計られたい。 記 一 授業の再開は文部省に於て編纂し連合国軍最高司令部の認可した教科書を使用することを条件とするものであること。 前項の教科書は国民学校用「くにのあゆみ」上下、中等学校用「日本の歴史」上下及師範学校用「日本歴史」上下であつて、その中国民学校用教科書は既に製造を終り輸送中であるが、其の他は多少おくれる見込である。授業はすべて之等の教科書が到達した時から再開すること。 二 国民学校用図書の上巻は初等科第五学年及高等科第一学年に下巻は初等科第六学年及高等科第二学年に於て使用せしめること。 但し高等科に於ては児童の心理的、社会的諸事情を考慮して適切な指導を行ふこと。 三 青年学校に於ては教師に於て国民学校用又は中等学校用の教科書を使用し適宜授業を行ふこと。所要の冊数は学校から取次供給所を通じて至急各発行会社に申込むこと。 四 授業は本年度中に一応終了する予定を以て時間配当を計画すること。 五 授業の指導要旨については追つて詳細に通牒すべき筈のこと。 六 修身の授業の停止に付ては前の通牒に依り諒承されたいこと。 受命書 (西箱根青年学校「連合軍関係書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一五六 国史授業指導要項 中学第一三二号 昭和二十一年十一月二十七日 中地方事務所長 国民学校長青年学校長殿 国史授業指導要項について 国史の授業再開については去る十一月六日附中学第一二一号を以て通知したが同通牒第五項に示した指導要旨は別紙の通りにつき右により教授せしめられたき旨本県教育民生部長より通牒があつたので御了知願ひたい。 尚「くにのあゆみ」上下の訂誤表を添付したから誤植の箇所を訂正して使用せしめられたい。 記 国史授業指導要項 第一 新国史教育の方針 正しい国史の教材を通じて歴史的事象に対する思考力と判断力とを養ひ以てわが国家及び社会の発展を総合的に且つ批判的に理解せしめると共に新日本建設に対する自覚と実践を培ふ。 第二 新教科書編纂の趣旨(授業全般について留意すべき点) 1 軍国主義、極端な国家主義、国家神道の宣伝並に排外的思想を助長する教材を排除する。 2 公正な立場からあくまで真理を追求する科学的態度を以て歴史の発展を総合的合理的に把握させ併せて正しい伝統の理解につとめさせる。 3 単なる治乱興亡の跡をたどり政権争奪の歴史に偏することなく国民生活の具体的展開の様相を社会経済文化の各方面より明かにする。 4 独断偏狭の史観に陥ることなく世界史的立場に立ち国際親善、共存共栄、文化の交流、互恵の史実を挙げ以て世界平和の増進並に人類文化の進展に寄与せしめる。 第三 教材の取扱上特に留意すべき点 1 古代及び上代史 この時代に関しては最近種々の議論が行はれてゐるが、教授者に於ては常に冷静な批判的態度を持ち絶えず学界の成果に留意して授業の内容を深めながらしかも極端な見解に走らない様に注意する。 ⑴ 神話・伝説 神話伝説は古代民族の理想を表明するものであり、且つそれが後世に与へた影響も少くない。しかしながら神話伝説はあくまで神話伝説として歴史的事実と混同しないことが必要である。故に教科書に於てはこれを記さない。 ⑵ 日本民族の由来 従来の神秘的取扱を排するが、その生成、渡来の経緯等に関してはなほ定説化してゐないので断定は差控へる。 ⑶ 日本国家の起源 従来古代史の叙述は記紀を中心として行はれて来たが、その最初の記述には神話的要素が多分に含まれてゐる。よつて今後は考古学、社会学その他の研究成果や大陸方面の文献等を参照し学問的に客観的史実と認められる場合に限つてこれを授ける。 ⑷ 日本文化の始源 徒らに考古学的な資料を羅列することなく外来文化との関係を明らかにし且つ農耕文化の渡来に伴ふ社会組織の変化等に注意し文化統一の経過を説明する。 ⑸ 摂関政治 摂関政治を政治史上の一現象として冷静に理解させその社会及び文化に及ぼした影響を説明する。 2 中世史及び近世史 この間の武家政治についてはその成立するに至つた社会的歴史的事情を明かにして封建社会の実態を批判的に説明し併せて現代に及ぼした影響を適切に考慮する。 ⑴ 建武中興 社会の動きからこれを取りあげ両統迭立の問題もありのまゝに説明する。 ⑵ 戦争・人物 従来戦争史的叙述が詳密を極めいはゆる英雄中心主義に陥る傾向があつた。かゝる態度を排除して一般社会及び国民生活との関係においてこれを扱ふと共に社会の進歩発展に寄与した人々の功績を充分に考慮してこれを郷土史とも結びつけて取り上げる。 ⑶ 社会経済史的事象 従来顧みられなかつた農民の生活や商工業都市の発達、庶民文化の向上等の史実にも注意を払ひ現在との関連を明らかにする。 3 現代史 新社会の建設は現代史の正しい理解に基いて行はれねばならない。この意味に於て現代史を一層重視する必要がある。殊に現代社会の理解に重要なる関連をもつ資本主義や立憲政治の発達、科学の進歩等の史実を明らかにする。 ⑴ 外交問題 維新前後から欧米諸国との交渉は漸く繁くなり、従つて世界情勢の推移がわが国に及ぼした影響は大きい。故にこの間の説明はどこまでも歴史的事実に基いて正しく取扱ひ且つ国際親善の立場に立つて従らに排外的とならない様に留意する。 ⑵ 対外戦争 平和国家の建設を目的とし世界平和樹立の一礎石たらんとするわが国に於て日清、日露以下の対外戦争の取扱は殊に注意する。 4 紀元 皇紀の算定については種々の説があるが、未だ学界の研究が十分でない実情に鑑み慎重な態度を要する。教科書では世界的立場に立つて国史理解を助けるために便宜上一応西暦を採用する。 5 皇室 わが皇室の存立は国史の展開に重要な意義をもつてゐるのでこれについてはあくまでも歴史的事実に基づき慎重な態度を以て取扱ふ。 第四 編纂形式上の特色 1 題名 ○初等科五年用「くにのあゆみ」上 ○初等科六年用「くにのあゆみ」下 歴史といふよりはもつとかみくだいて児童心理に合致させわが国の発展経過を示すために右の題名とする。 ○中等三年用「日本の歴史」上 ○中等四年用「日本の歴史」下 五学年に於ては下巻の現代史を中心として取扱ふ。 ○師範一年用「日本歴史」上 ○師範二年用「日本歴史」下 2 区分 ○初等用上古代から安土桃山まで 下江戸時代から現代まで ○近世及び現代の記述を従来よりも豊富にするため安土桃山時代を上巻にくり上げ江戸時代以後を下巻で取扱ふこと。 ○中等用上古代から室町末期まで 下近世から現代まで 安土桃山時代を近世の始めとして取扱つてゐるが、戦国時代及びヨーロツパ人の渡来に関しては生徒の理解を助けるため上巻の終りの部を下巻に於ても概括的に繰返した。 ○師範用も略々中等用と同一である。 3 章節 古代と上代、中世、近世、現代の大単化に従い大よそ政権所在地による時代区分に準拠す。 「小みだし」をつけて児童、生徒の理解に便ならしむ。 4 文章 従来の文章記述に多かつた修飾語を除き出来るだけ素直によみやすく記述して読解を容易ならしめようとした。 5 設問 従来やゝもすれば記憶の科目とされてゐたのに対し総合、比較、類推、批判を重んじ且つ自学、自習を促すため各章の終りに問題を添へた。 中等用及師範用には設問を附さないが、適宜教授者に於て考慮されたい。 6 挿絵 印刷の技術上少数の例にとゞめ章末に一括してのせた。教授者に於て適切な説明と適当の補充を加へることが望ましい。 7 年表 初等では簡単な二頁大として政権のうつりかはり、主なる事柄、大陸諸国の興亡等を教科書の章名と対比させ且つ欧米の重要要件についても同様取扱ふこと。 中等及び師範に於ても初等とほゞ同様である。 第五 授業の方法に関する注意 1 教科書の内容は従来より著しく豊富になつて居るから授業にあたつては必ずしもこれを詳説する要はない。むしろ国史の流れを理解させるに必要な事項を重点的に授けられたい。 2 徒らに暗記を強ひることなく説話、討議、見学、作業、自発的研究等児童、生徒の理解能力を考慮してその興味を喚起するやう種々の方法をとられたい。 3 国民学校教科書に提出した問題はたゞ例示したにとゞまるものであるから教授者において適切な問題を附加せられたい。 4 初等科六年生及び中等学校四年生の授業においては最初の数時間において新しい見方によつて従来の既習教材を整理批判することが必要である。 中等学校五年生の授業も前に準じ爾後は現代史を中心に行はれたい。 5 初等科における本年度の時間配当は一週およそ四時間として本年度中に一応終了の細目を立案せられたい。 中等学校及び師範学校に於ける時間配当に就いても本年度中に一応終了するやう計画されたい。 第六 第四学年「郷土の観察」の授業要旨 既に地理科の授業が開始されてゐるわけであるが歴史科授業再開に伴ひ次の点を考慮しつゝ実施されたい。 1 児童の直接的環境を自然的歴史的に理解させることによつて共同生活に対する認識を深めると共に未分化の状態において歴史及び地理の初歩的指導をなし上級学年の学習の素地をつくる。 2 教材の選択は児童生活に直接関係の深い周囲事象から始め学校聚落の実態調査からその社会との関係に及び更に交通産業史蹟を適宜に選定する。 3 郷土の観察は四年生において完結するものでなく全学年を通じて行はるべきものであるから最初は簡素な教材を選定して具体的に観察し処理する態度を養う。 4 児童が自ら興味を以て観察し考察する自発的態度を馴致し且つ他教科と連関を保ちつゝ発展的に理解させる。 第七 高等科国史の授業要旨 本年度は国民学校高等科においては初等科教科書「くにのあゆみ上」を用いて国史の授業を行ふ。(上は第一学年下は第二学年に当つ)この際高等児童の心理的社会的諸事情を考慮しそれぞれ実情に即した指導を要する。 特に次の諸点に特に留意せられたい。 1 高等科児童は既に初等科において旧教科書による国史教育を一応終つてゐるのであるから、新しい歴史の見方に基づいて既習事項を合理的に批判させ正しいわが国の歴史を理解させる。 2 授業に当つて「くにのあゆみ」の内容を拡大敷衍するにとゞまらず、あるひは見方をかえて各時代の文化的特色を比較考察させ、また時代史のわくを外して問題史的に考察を行はせるなど歴史的思考力、判断力、批判力等の陶冶につとめられたい。 3 教材の取扱上次の二点は特に重視して詳説すべきものである。 (イ) 社会経済の発展のあとを総合的に扱ひ現代の問題と結びつけて理解せしめる。 (ロ) 人類文化の発展といふ世界史的立場に立つて国史の流れに即し東洋史及び西洋史の知識を併せ授ける。 「くにのあゆみ」正誤表 上巻 頁 段 行 誤 正 二〇 下 一六 中尊寺 中尊寺 二一 上 一四 平治 平治 三七 上 一四 龍造寺 龍造寺 下巻 一二 上 一三 鎖国ののら ヽヽのち 四六 上 一〇 大正三年の七月 ヽヽ六月 四六 下 一四 西園寺 西園寺 五〇 下 六 近衛文麿 文麿 五一 上 一七 二十年の四月 五月 年表 誤 正 一〇八九 一〇八六 ペルリ来る ペリー来る ポッダム宣言 ポツダム宣言 蒙古 蒙古。 (神田村立神田小学校「指令綴」(昭和二十年)平塚市教育研究所蔵) 一五七 行進徒手体操等実施に関する注意の件通知 二十一教七八九号 昭和二十一年八月十日 教育民生部長 横浜、横須賀、川崎市長地方事務所長中等学校長殿 秩序、行進、徒手体操等実施に関する件 終戦後の学校体育については昭和二十年十一月二十二日付二〇教第一、五五三号「学校体錬科教授要項(目)ノ取扱ニ関スル件」及昭和二十一年一月十一日付二十一教第一五号「学校体錬科関係事項の処理徹底に関する件」通牒の次第もありますので夫々万全を期せられてゐることゝ存じますが、尚細部については種々疑問も生じそのため指導の上に積極性を欠いてゐる向もありますので此の際特に左記一例を送付いたしますから、更に之を参考として其の取扱に遺憾のないやうにして下さい。 追而体育運動実施について進駐軍関係より直接指示、注意又は指導を受けた場合は其の事実を成るべく具体的に記載し別紙記入様式により二通教育課長宛報告して下さい。 記 一 秩序運動 秩序運動として必要な命令、号令、指示、例へば「気を付け」「休め」「右(左)向け」「廻れ右」「整頓」「番号」等は最少限度に止め、且軍事的色彩がなく愉快な気持を与へるやうに行ふならばさしつかへない。然しそれ自体を反復訓練することは避けねばならない。 二 行進 隊列を組んでの行進は場所を移動する目的で行ふならば従来行つてゐたやうな正常歩行進や、音楽に合して調子よく歩くことはさしつかへない。 然しながら隊列行進それ自体の訓練を目的として行ふことは避けねばならない。又行進間に「一―二」「左―右」等と調子を唱へることは適当でない。軍隊で行つたやうな股上げ行進(速歩行進)は絶対に避けねばならない。 三 徒手体操 徒手体操は非軍事的態度で行はなければならない。此の意味で必要があれば全校の合同体操を行ふこともさしつかへない。 「集れ」「体操隊形をとれ」等の命令、号令、合図は行つてさしつかへない。然し軍隊式の口調や態度をとらないやうにしなければならない。 従つて必要あれば各種の開列(例へば片手間隔、二歩間隔、自由開列等)をすることはさしつかへない。 然しながら開列のしかたについて特別に訓練することは避けねばならない。 指導者の呼称は最少限度に用ひ然も愉快な調子で非軍事的に行はねばならない。○全員で呼称をとることはよくない。 ○体操に音楽を用ふることはよいことである。 ○新らしいラヂオ体操は授業の一部として行つてよい。 ○合同体操を行ふ場合は画一的な形式、調子、回数等にとらはれて個人差を無視しないやうにしなければならない。 四 其の他 操転器、廻転器(フープ)等航空適性強化を目的として使用した器具類を学校の施設内にて使用することは適当でない。 以上は一例をあげたに過ぎないが、要は学校より軍事色を払拭することが目的であるから学校長及教職員は「軍国主義及極端な国家主義を学校より排除すべき」旨の連合軍司令部通牒の文字のみならず、その精神に従ひ責任をもつて実施すると共に許される範囲のものについては積極的に指導することが肝要である。 様式 学校名 校長名 指導者氏名 一 年月日 二 場所 三 指示又ハ注意等ヲナシタ進駐軍関係者ノ氏名及所属官職名 四 指示、注意等ノ具体的事例 五 右ニ関シ学校トシテトツタ具体的措置 六 其ノ他参考トナル事項 (湘南中学校「マ司令部指令綴」(昭和二十年)神奈川県立湘南高等学校蔵) 〔注〕別紙に湘南中学校教員四十一名の署名、捺印がある。 一五八 演劇脚本および紙芝居の検閲に関する件通知 昭和二十二年四月十五日 高座鎌倉地方事務所長 各学校長殿 演劇脚本及び紙芝居の検閲に関する件 標記の件に関し文部省に於て左記の通り連合軍最高司令部の承認を得た旨通牒がありましたので通知致します。 記 一 演劇及び紙芝居で教官指導の下に学校内で学生、生徒児童が自演する場合は連合軍最高司令部民事検閲部の検閲を受け又は地方軍政府の承認を得るため脚本又は作品を提出することを要しない。 二 本件については県報、新聞、雑誌等の刊行物に公告発表せず問合せに対してのみ回答せられたい。 三 連合軍最高司令部民事検閲部は東京都芝区田村町関東□ゐる。 (「連合国軍関係通牒綴第十六号」(昭和二十年)久保田昌孝氏旧蔵 相模原市立図書館蔵) 一五九 御真影奉還に関する件通牒 二十秘第一、七三九号 昭和二十年十二月二十六日 内政部長 地方事務所長横浜、川崎横須賀市長学校長}殿 御真影奉還ニ関スル件 今般天皇御服御制定ニ伴ヒ曩ニ各学校ニ下賜ノ今上陛下御真影ハ将来新制定ノ御服装ニ改メラルベクマタ皇后陛下御真影モ右ニ準ジ下賜相成趣ニテ従来下賜ノ御真影ハ至急奉還致ス可キ旨文部次官ヨリ通牒有之候条奉還ニ関スル措置ニ付キテハ追ツテ近日指示可致モ奉拝ニ関シテハ左記ニ依リ(遺漏ナキヲ期セラレ度)管下学校長ニ対シ遺漏ナキ様徹底方至急御手配相成度 記 一 奉還上遺憾ナキヤウ十分ナル準備ヲナシ置クコト 一 来ル一月一日式場ニハ奉還スベキ御真影ハ奉掲セザルコト 一 拝賀式場ニ御真影ハ奉掲セザルモ敬虔真摯ノ念ヲ以テ終始シ大君ノ下愈々国家再建ノ決意ヲ鞏カラシメ相率ヰテ時艱克服ニ邁進スルヤウ適切ナル処置ヲ講ズルコト (汐入国民学校「往復文書綴」(昭和二十年)横須賀市立教育研究所蔵) 一六〇 国家神道神社神道に対する政府の保証支援保全監督および弘布禁止に関する件通牒 昭和廿一年一月廿七日 足柄下地方事務所長 国民青年学校長殿 国家神道神社神道ニ対スル政府ノ保証支援保全及監督並ニ弘布禁止ニ関スル件 標記ノ件ニ関スル客年十二月十五日連合軍最高司令部ヨリ政府ニ対シ指令アリタル処之ニ基ク実施要領別紙ノ通相定メラレタル趣其ノ筋ヨリ通牒ノ次第モ有之候条之ガ措置ニ関シ万全ヲ期セラレ度此段依命及通牒候 一 学校(私立神道学校ヲ除ク以下同シ)内ニ於ケル神道ノ教義ノ弘布ハ其ノ方法様式ノ如何ヲ問ハス禁止スルコト 二 学校内ニ於テ神社参拝者ハ神道ニ関連スル祭式ノ儀式及慣例ノ挙行乃至其ノ後援ヲ為シ得ザルコト右ニ関シ特ニ左ニ留意スルコト ㈠ 伊勢神宮、明治神宮等ニ対スル遥拝ハ之ヲ取止ムベキコト (註 宮城遥拝ハ差支ヘナシ) ㈡ 氏神等ニ対スル団体参拝ハ不可ナルコト ㈢ 氏神等ニ於ケル休業日ハ之ヲ廃止スルコト ㈣ 国祭日ニ対スル取扱ニ付キ内閣ニ於テ考究中ナルヲ以テ追而指示アルベキコト ㈤ 神宮・大麻・頒布、神饌田・神饌米奉献等ノ行事モ取止ムルコト 三 学校内ニ於ケル神社、神祠、神棚、大麻、鳥居及注縄等ハ撤去スルコト 尚御真影奉安殿、英霊殿又ハ郷土室等ニ対スル神道的象徴撤去スルコト 四 学則、校則、校訓又ハ綱領等ニ付テモ神道的字句ヲ除去スルコト 五 官公立学校ノ教職員ノ公的資格ニ於テ神道ノ支援保全及弘布ヲ為シ得ザルコト 尚教職員ノ右ニ該当スルガ如キ講義ヲ為シ得ザルコト 六 官公立学校ノ教職員ハ公的資格ニ於テ神社ニ新任乃至現状等ノ奉告ヲ為シ若ハ学校ヲ代表シテ神道ノ儀式ニ参列シ得ザルコト 七 教職員乃至生徒児童ニ対シ神道其ノ他如何ナル宗教ヲ問ハス之ヲ信仰セザルガ故ニ若クハカヽル特定宗教ノ慣例祭式、礼式等ニ参列セザルガ故ニ差別待遇ヲ為スコトヲ得ザルコト 八 学校ニ於テ現ニ使用セラレツツアル凡テノ教師用参考書及教科書中ノヨリ神道教義ニ関スル個所ヲ削除セシムルコトト共ニ教授セシメザルコト 尚削除スベキ個所ハ目下文部省ニテモ検討中ナルヲ以テ決定次第指示スベキモ不敢取本措置ヲ講ズルコト 九 「国体ノ本義」「臣民ノ道」ノ使用ハ之ヲナサザルコト 十 「大東亜戦争」「八紘一宇」等ノ用語ニ認メ得ザルモ之ト類似スル他ノ用語ノ使用禁止ニ付テハ目下検討中ナルヲ以テ追テ指示ノ 見込アルコト (西箱根青年学校「連合軍関係書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一六一 勅語および詔書の取扱措置に関する件通知 二十一下学収第一一四号 昭和二十一年十月二十四日 足柄下地方事務所長(印) 西箱根青年学校長国民学校長殿 勅語及詔書の取扱について 標記の件については往々疑義をもつ向もあるから左記の通り御了知の上御措置願ひたい 記 一 教育勅語を以て我が国教育の唯一の淵源となす従来の考へ方を去つてこれと共に教育の淵源を広く古今東西の倫理、哲学、宗教等にも求むる態度を採るべきこと 一 式日等に於て従来教育勅語を奉読することを慣例としたが、今後は之を読まないことにすること 一 勅語及詔書の謄本等は今後も引続き学校に於て保管すべきものであるが、その保管及奉読に当つては之を神格化するやうな取扱をしないこと (西箱根青年学校「連合軍関係書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 〔注〕別紙受領書には、 「受領年月日 二一・一〇・二六」と記されている。 一六二 学校における宮城遥拝等禁止の件通牒 二二下学収第一二〇号 昭和二十二年六月十九日 足柄下地方事務所長(印) 各学校長殿 学校に於ける宮城遥拝について 標記の件について別記のような通牒があつたから了知の上注意されたい 記 儀式に際して学校が主催し、指導して行われた宮城遥拝、天皇陛下万歳は今後やめることとする。 また学校の校長及び教員は、学生生徒及び児童の教育に際し、天皇神様化の表現を強制したり、又は指導したりしてはならない。このことはもとより学生、生徒及び児童各人の天皇に対する自発的な尊敬の表現を妨げるものではない。 なお従来祝日において儀式を行うに際して、学校によつては、形式的画一的に行はれていた向もあるが、今後はこれを改め、これを行う場合は学校の実情に即して例へば学芸会、運動会、展覧会又は講話、講演等を行い、適切に祝日の趣旨を徹底させ参加者がひとしく喜びを共にするように実施されたい。 (西箱根青年学校「連合軍関係書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 〔注〕別紙受領書には、 「受領年月日」とあるが無記名のままである。 一六三 学校生徒の神社関係行事等への参加禁止徹底の件通知 中学第四二〇号 昭和二十二年十一月二十一日 中地方事務所長 各学校長、幼稚園長殿 神社関係について 標記の件については既に四大指令によつて周知のはずであるが最近之が徹底を欠く向もあるので左記の点につき特に御留意の上遺憾なきを期せられたい。 記 一 神社の主催する行事は勿論之に関係ある行事に学校として参加してはならない 二 神社の主催する展覧会、競技会等について学校に於て公表してはならない 三 学校が神社及神社に関係ある場所を会場として行事催物を行つてはならない 四 神社の関係行事に於て生徒が個人で受けた賞状等を学校に於て授与してはならない 五 教師が生徒を引率し神社に拝礼してはならない (神田村立神田小学校「指令綴」(昭和二十年)平塚市教育研究所蔵) 一六四 忠霊塔忠魂碑等撤去の徹底に関する件通知 中学第四五号 昭和二十三年二月十八日 中地方事務所長 町村長学校長殿 軍国主義的又は超国家主義性を有すると認められる忠霊塔、忠魂碑、銅像の措置について 右のことについては先に通牒(昭和二十三年十二月二十一日附中学第四五号)に依りそれ〴〵措置せられてあることと思ふが、未だ該当のものが現出する向もあるよう聞き及んで居るのでこれにあてはまるものがあれば至急撤去方実施するよう御取計い願ひたい。 撤去については本省よりの通牒写其の他参考書類を添附したのでそれに依られたい。 なお昭和二十三年一月三十一日以降撤去したものについては、その都度左記様式に依り地方事務所学務課宛報告書二通を提出せられたい。 記 本通牒受領後は受領証を必ず返送のこと (神田村立神田小学校「指令綴」(昭和二十年)平塚市教育研究所蔵) 〔注〕添附資料省略。 一六五 国旗掲揚の制限に関する件通知(一―二) ㈠ 二十一下学収第一四六号 足柄下地方事務所長(印) 青年学校長国民学校長殿 国旗掲揚に関する件 祝祭日等に於ける国旗掲揚方に関してはこれまでもその都度政府より連合国軍総司令部に申請し其の許可を得て実施して居る次第であるが、国旗の掲揚については往々疑義をもつ向もある様であるから連合国軍の占領下にある現下の我が国情に鑑みこれが取扱方に付掲揚等は厳に差控へられたく念のため通報します。追つて右の連合国軍総司令部の許可指令はその都度、新聞、ラジオ放送等に依つて承知せられたい。 (西箱根青年学校「連合軍関係書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 〔注〕別紙受領書には、 「受領年月日 二十二・一・八」と記されている。 ㈡ 二十二中総収号外 昭和二十二年十月三十一日 中地方事務所長(印) 各町村長殿 国旗掲揚に関する件 来る十一月三日明治節当日に於ける国旗掲揚は差支へないから通知する 尚当日参賀の儀は廃止されたから管下関係方面及び一般へも周知せられたい (大山町役場「庶務書類」(昭和二十一年)伊勢原市役所蔵) 一六六 国旗掲揚の制限措置解除の件通知 二十四中総収第二七四号 昭和二十四年二月二十三日 中地方事務所長 各町村長殿 国旗の掲揚について 国旗の国内に於ける無制限使用については已に御了知の事であるが別紙の通り総理庁よりの指示もあるので遺憾なき様一般に周知せしめると共に祝日その他適当の場合には率先国旗を掲揚する様御配慮願いたい (別紙) 写 自発第一二六号 昭和二十四年二月四日 総理庁官房自治課長 各都道府県知事殿 国旗の掲揚について マツカーサー元帥の年頭のメツセージにより国旗を国内において無制限に使用し掲揚する事が許可されたのであるが右に関し連合軍司令官から日本政府に対し左記要旨の通知があつたので「国民の祝日」においては勿論その他適当の場合において此れを掲揚し広く国民に一層国旗敬愛の風習を興すよう格段の御配慮を願いたい 尚「国内において」とはこの場合領海を含まず従つて船舶(港湾等に碇泊中のものを除く)は国旗を掲揚できない事に御注意願ひたい 記 一九四九年一月六日 日本政府宛覚書要旨 一 一九四九年一月一日より日本国内において無制限に日本国旗を掲揚する事を許可する 二 本件に関し占領軍には通知済である 成収第四四二号 昭和二十四年二月二十四日 中郡成瀬村役場 お知らせ 国旗の掲揚について 国旗の無制限使用についてはマツカーサー元帥の年頭のメツセージにより已に御承知の事と存じますが今回総理庁よりの指示もあり祝日は勿論其の他の場合でも極力国旗を掲揚するよう通牒がありましたから御知らせ致します (成瀬村役場「庶務書類」(昭和二十四年)伊勢原市役所蔵) 一六七 戦後民主教育の理念と実践要項 序 一 新教育は如何にあるべきか 二 新しい教師は如何にあるべきか 第一 新しい教師の活動は如何にあるべきか 1 新しい教師はどんな働きをするか 2 新しい教師はどんな基礎的の教養が必要か 第二 教育資料を如何に整理し参考にするか 1 新教育の原理と方法に就いてはどう理解したらよいか 2 教育動向の考察とその応用は如何にするか 第三 教師の実際活動は如何にあるべきか 1 実際活動の態度は如何にあるべきか 2 学級及校内の巡視は如何にすべきか 3 教師の実地活動の指導 4 学籍簿の運用 5 学校学級の施設の整備 第四 教師の研究活動は如何にあるべきか 1 基礎的研究の態度は 2 研究活動と図書館其他に付いて 3 各種研究機関の利用 4 研究成果の発表 5 新検査法の研究と活用 第五 教師の社会活動は如何にあるべきか 1 学校と社会との関係は如何にあるべきか 2 学校と社会をつなぐ者は誰か 3 学校と社会とはどうして結ばれるか 4 社会活動の限界は 〘新教育は如何にあるべきか〙 民主的の理想社会の建設↓国家再建 一 新教育は人間の再検討から ―人間本来の面目そのまゝの姿として認めらるゝこと ―人間自体の内に人格と尊厳とが正しく保証さるゝこと→個人尊重 ↓憲法教育基本法に明記さる 個人は孤立的存在ではない ↑ 自由と秩序との調和を愛する共同社会の成員として 一 新教育は真の民主的社会の把握の上に成立する 社会は不完全ながら進歩しつゝあり児童を如何なる目標に発達させるか ↓理想的民主社会の実現 ←←実現可能の社会の在り方を把握 ↑希望を抱いて育成する努力の過程 教育 三 新教育は豊富な内容を 社会が必要とする多くの内容を学校教育に用意する ↓社会に応じて 1 民主的社会についての社会的政治的経済的文化的理解と家庭社会国家及世界の正しき人としての態度 2 各個人の個人的及社会的資質の最大限度の発達 3 健康な身体とその保全の良習慣 4 芸術的教養とその生活 5 職業的能力を獲得する目的 教科書参考書社会現象の観察研究 民主生活を知る教師と児童の継続的努力 四 新教育は新教育方法によつて達成される 新教育↓新教員技術から ←児童発達心理学の研究から〈身体的精神的〉科学的の精査から 1 素質的に一人一人の個人差がある 社会的 協力的 民主的 2 個人性 社会的集団に参加させ経験を通して漸次民主的の態度↓行動化する↓学ぶ →自発的な←――形式的ならざる児童と教師 l集団的討議に堂々たる勇気 ―素直に受ける寛容な態度 五 新教育は優れた指導を望む 民主教育の徹底↓教師(自治協力の生活態度) 学校長↑↓教師―視学主事 ―教育委員 ――一体 →賢明な指導↓現場教育 〘新しい教育は如何にあるべきか〙 新しい精神で民主教育の実現 一 性格 資格、権限、職分、地位、待遇、養成、研修↓法律政令に示す 二 旧い教師 『与えられた教師』 権威主義 事務に忙殺 三 新しい教師 親しまれる児童の相談役 1 教育の熱愛者である ○教育的職分が天分であるという強い信念を持つ ○教育的発達を促がす計画を樹立する ○機会ある毎に児童のためになる創造的な能力を持つ 2 教育の責任者 ○教師と校長は新しい時代の人を作る責任を有する 3 思想に対する批判力を持つべき ○児童に対して圧迫感と不安を抱かせない ○不如意の下にも真の自由の世界の夢を具体化する様 ○時代の思想や文化の傾向に留意し批判を怠らない社会科学研究の一学徒であるべき ○新鮮な感覚と新しい思想を吸収し経験を通して思想を再組織して計画を立てる 4 真理の探究者であるべき ○常に生成発展する教育の原理を検討する ○生活を通して新しく現成されて行く補導者である ○人格に対する尊敬は何人にとつても自由の基盤である事を信ずる ○教育の内容、方法、生長と発達に対して研究し真理を究明する熱意と学問的態度を有する ○科学的方法によつて得た事実を常識によつて変えない 5 学校と社会の連絡者である ○学校と社会との関係を組織し改善するには如何にしたらよいか ○実態の調査をする 政治経済其の他の問題を知り親しく話す事が出来る様に ○民主的原理を説明する ○地方部落民の教育の考え方を指導する責任がある 6 明るい豊かな心情を持つ ○ユーモアに対して優れた感覚を持つ ○元気のある教師 学校を愛し村に親しみ子供のよい相談相手となり且つ家庭のよき相手となる。 〘新しい教師の活動は如何にあるべきか〙 一 新しい教師はどんなはたらきをすべきか ○児童をして自発自律の社会人たらしめる 個人の自由を伸ばし社会に対する責任を負う能力を完全に発揮 ○校長は教師の独自性によつて力量を自由に発揮し最良の教師になる様に助力するためにある ○教育心理学、手引、教科書、学習指導要領、専門家の研究書を研究する活発な活動を展開すべき ○校長は教師間の複雑な人間関係を処理すべきである 1 教師の研究団体を作るべき ○新しい書物にある事柄を相互に研究する、協力する、尊敬し合う 自らも向上発展することを望む a 人がら―感情の均衡 b 長所の発見―潜在力の発展 c 創造力への関心―教育計画、教育方法、教育方途 d 問題の着眼―問題の発見―正しき理解と解決―示唆 e 世人の視聴を集める―世人の注意を促す ―学校に対する具体的問題に関心 を深める ―新聞雑誌ラジオに注意 ―皆の力で皆の力を伸ばす―友情 2 教師の研究の方法は ○教師は教室の独裁者ではない―(校長は教師の独裁者にもあらず) ―(同心同行者なり) ○校長は教師の助言者なり a 民主的な方法―発案企画 b 研究集会―共通な問題を研究討議――相互啓発 ――専門家の依頼は重要 ――自発的 c 公開授業 ○協力的教育改善のため ○授業法に新工夫を持つ―改善、進歩のため ○材料は自然又は社会自身―観察 ――経験 ――問題の解決――知識技能を得て行く ○自発的活動 ○授業は千変万化―教師の力量を充分駆使する ○奮起する ○示唆、努力、向上の資料 d カリキユラムの構成 ○社会の要求に即して内容、運営が進歩的に吟味さるべき ○カリキユラムの継続的組織的の研究 (学校毎に研究すべきものである) 二 新しい教師はどんな基礎的の教養が必要か ○教育的意志 教職的教養の深化 1 教職的教養は重要である(教育意志) ○よりよい教育者たらんとする意志と児童に学ばんとする意志が合致して教育の効果成功あり(真しな教育活動) ○学習指導要領参考書は直接必要―児童の成長発達 ○教育心理、人間的の一般の教養―基礎的に必要―社会生活 a 教育心理 生成発達の実態の研究は重要である (教育計画方法に必要) (青年心理的、学習心理学、発達心理学、教育環境学、教育測定法) 教材の文化的心理的研究として教科課程論にも影響あり 日本の教育と外国との比較研究 日本の現在奨来の教育計画進展の方向を理解のため (教育史、教育社会学、教育管理、教育時事問題) b 教育の社会的意義 社会的の責任の重大さを感得 2 一般的教養(総合) ○教師の一般的教養の必要が強調されている 教師としての職能的教養技術、社会科学、人文自然科学 ○特に社会科が中心的の位置をしめている 指導要領を教師が作り出す a 社会科学 社会研究 新聞雑誌 社会問題 社会学の研究 政治経済研究 地方自治 家族制度 国家政治経済 人口食糧政策貿易 文化研究 道徳 宗教 芸術 b 人文科学 国文学の研究 哲学 c 自然科学 環境 栽培 飼育 生物界の物資循環 化学原素と其の化合物 物資と其のエネルギー 現象と数学 3 専門的教養(研究組織) 〘教育資料を如何に整理し参考にするか〙 一 新教育の原理と方法に就いてはどう理解したらよいか 憲法―民主的文化的な国家の建設 世界の平和と人類の福祉に貢献する ―国家理想の実現に基本法教育法施行規則 1 原理 〇一貫精神―人間の尊重 旧来の教育は人間の価値に先行して国家の政策があり人間の権利を阻害していた家族制度の伝統や社会生活の伝統があつた 法のもとに平等男女差なし言論信教集会の自由、公正な裁判の保証と自他の責任 右の如き基本的人権の上に教育が成立する(新教育の原理) ○教育目標の追求 社会人としての発展 個人としての生成 職業能力の育成 2 実現の方法は ○教育の目的を知り原理を十分了解するために諸書を生かす教育心理学 教科書 各教科指導要領 ○教師は教育は何を要求しているか どんな仕組で編まれているか 有効に働くにはどうしたらよいか 新教育の方法はどんな所に眼目工夫があるか ○教育方法の具体化 旧教育は理念的観念的に重点があつた―具体性がとぼしい其の矯正法は a 教育目標が明確に定まり実現方法が計画されること 多量の材料多岐な要求が整えられること 系統的秩序が整然とする 学年相応の目的が達せらるよう b 社会と共に教育が行われるよう 児童の生成発達の生活に即しつゝ社会の要求に応えるような教育をなすべき c 教育は児童と共に 教師は自ら教育計画を立案すべきである 教師は児童と共に計画し討議し生活に即し学習が展開出来る様に やがて児童が自主的自発的に学習が出来る様に d 教育は実物に即してすゝめるべき 言葉のみの教育は禁物―現実に即した教育計画 実物を多く用意する 実験する 記録する 整理する 説明する ○教育方法の個別化 如何なる方法で個性を発揮させるか ―地方独自の自由と創意による教育をするか――教師の実力 a 教師は新鮮な感覚で一人一人を了解する 個人差によつて適当な考慮を払うべき b 創造的の教育の実態を実現する 学校学級によつて教科過程によつて創造的に 田舎と都市 寒地と暖地 地方の特異性 教科過程の案出 c 自発的に興味と歓喜とを持つて学習する 疑問と好奇心―引込思案にならぬ様 ○教育方法の民主化 教育方法の民主化によつて新教育が徹底する 教師と児童の協力によつて教育 児童相互の協力によつて 教師児童父兄及一般社会人の協力と信頼によつて発展する教育 a 相互の誠意と信頼とを高め関係人が目標に向つて建設的な力を発揮し得る様に組織する 研究会 委員会 b 組織的な活動は進歩的でなければならない 自己の使命 児童、他の教師、校長、社会の協力者を真剣に考える ○基準の示すものは 理想と現実とは離れている(校舎、教師の不足、教具の不足、資材不足) 文教政策は確立されている 光を求め、障害を克服 最低限度の基礎確立↓積極的に―理想え 二 教育動向の考察と其の応用は如何にするか 動向に関心と熱意を持て↓新聞、ラジオ、雑誌 教育実際家の意見実験記録 学者の研究と所見 一般社会人の考察意見 教育関係者の政治経済文化社会記事の大観 ○教育雑誌及刊行物の研究 内容を推奨し合い 研究し合う ○教育資料としての新聞 日々の記事の読み方と整理を合理的に 教科書に準じて資料とする時は撰択と解釈に注意深く指導する 新聞利用手引き必要 ○ラジオと教育活動 声の教科書として利用すべきもの 教師の時間―研究の時間―示唆と刺戟あり 必らず記帳すべきものである―進駐軍の命 子供の時間―授業に準じてなすこと―効果あらしめる様 〘教師の実際活動は如何にあるべきか〙 一 実際活動の態度は如何にあるべきか 今迄の教育の中心は子供の外部にあつた。教師の中に、教科書の中に何処でもよいとにかく子供自身の直接の本能と活動との外部にあつた今こそ子供が太陽になつて、子供の仕組は其の周囲を廻る様にならねばならない。 教育の中心である子供 ―自然の生命に根ざす自発性に基づいて常に活動を続行している動的の存在 ―自発性の原理と生長えの適合 ↑↓教育活動の根幹であり↓社会的要求を満たすことに新教育の特質がある ○児童の実態研究に当れ 教師は児童の性と年齢により各々深い研究と理解を持つべきである 特に青春期の指導は大切である 教師の教育心理 豊富な資料―問題解決―ワークシヨツプ ○広い視野と深い根底のもとに 近来日本の教育は性格を改めて来た 新教育―目的、内容、方法、性格、を明瞭にして来た 教師は性格を身につけていなければならない ―学校は教育の中心的存在―将来も―躍動する生命体 →個々の児童の実態を深く正確に把握して完全な人格に発展させる 熱意(教師)と教育者の団体及自体の絶えざる修養 要は 学習指導要領の研究指導書の研究――十生活地域に即した創意と工夫 児童発達心理 将来は 個性を見落さない一人一人の全人的完成への指導であるべき 若き者への切実な期待 すぐれた知能 健全な感情的な調整 公民としての責任感 伸び行く健康体の育成 張り切つた力を与える ○学校の性格の把握 自校の性格の把握を明確にする 学校は常に―↓新しい方向と計画を持つべき―頭を切り替える ↓教育理念の基礎を築く 憲法 ―教育基本法学校教育法 施行規則―目的目標の把握 実際家の研究―環境の整理 ――具体的発展の要素――教科過程の存在 ―創意工夫 二 学級学校内の巡視は如何にすべきか 1 目的 教師の批評 授業参観して批評は建設的でない ↓学級及児童の美点は何処か ↓教師の問題(日常指導上の)を観察 即ち活動状況実施事項、方法面、教師の煩悶点を知るため 又他の学級及学校の教師及児童を引用して比較研究する PTAの関係 具体的事例 イ 学校経営と教師の実際部面とが相似しているのか否か ロ 男女共学の諸問題 相反するか 融合するか ハ 教師が欠勤した後の児童の活動状況 ニ 進歩的な立案か否か 日案、週案、月案、学期案、年計画案 ホ 自発的の学習か へ 図書、新聞、雑誌の利用 ト 教師児童の相合した授業及種々の試みは如何に チ 民主的な経営及指導 リ 児童の研究記録は如何にしてあるか ヌ 父兄との連絡は如何に ル 児童個性の伸展方法及方策は ヲ 児童の民主的傾向は ワ 学級の給食状況は カ 児童のクラブ活動状況は ヨ 各科の指導方針は タ 学校放送の活用状況は レ 映画利用状況 ソ 学習法↓討論法の目的と研究実際 ツ 時事問題の研究 ネ 補充題材は ナ 学級新聞、学校新聞、壁新聞は ラ 運動場の改善及利用 ム 農園の利用空間地の利用 ウ リクレーシヨン施設 エ 施設及設備 ノ 学級及其他の附近の美化整頓、衛生状況について オ 研究物 ク 特殊児童の補導 ヤ 社会施設の利用 マ 事故防止の訓練 ケ 生産的、報徳的訓練 フ 家庭的訓練 校長は教師の良き相談相手でなくてはならない 求めに応じて 示唆と資料の提供者―識見技術参考資料 2 新しい態度とは何か 総べて友誼的でなければならない 校長対教師 教師対児童 総べて信頼的で 〃 校長対児童 同情的友情的 激励的(校長) 裏面的に常に活動すべき優しい母親の存在 3 常に賞するを第一とする 児童の美点を常に捉えて短所を覆う事 指導に同情的、温情的、建設的に 長所は他学級に伝達する様に 4 学級参観に対して如何にあるべきか 教師は常に校長教頭に何時間目が適当なるかを申出ずべき 優れた実際活動は美点は何処であつたか 個別的に討議すべきだ 職員の常会に話すべきだ 問題を早くから提出して研究して頂くべきだ 常に理論と実際とが結ばれる様に討議すべきだ 三 教師の実地活動の指導は ○指導書の相互研究 学習形態の変化―教師の独裁から児童の興味え 教師の役割は―指導刺戟 激励 教授 ―教師各自が自発的に読むべき ―相互研究(疑問点を)して話し合う ○実地の成果の整理と発展 なす事↓成果の整理↓発展の集積↓無限え― ←努力 ←継続 ←反省 ←教師の喜び 四 学籍簿の運用は ○学籍簿の使用と活用 常時使用すべき帳簿であるべき―学籍簿は新教育の縮図なり工夫、活用、努力↓民主的社会形成者(全人格)として ↓個性の欠陥を矯正する(科学的) ↓記録、観察、実験、質問調査票、面接、検査、測定 ↓教育指導の源泉的意義を持て ○学籍簿利用の方法 児童指導用教師手引に記載される 評価法 学習の単位 学習の結果の評価 適応性と矯正法心理学的教養を持て 五 学校学級の施設の整備 ○児童用の図書教具類の整理 「教育あれで教養なし」 自発性に根ざす民主的学習形態上から重要である 社会科の研究(実態調査 図書 教具) 個人的↓グループ的 ○学校学級の美化衛生給食の施設に付いて 生活環境―美化施設―高尚な趣味 豊富な見識 ―有形無形の美 ―衛生―健康保全と増進 ―家庭と学校の協力 ―食糧事情 ―学校給食―科学的な調理と愛 ―衛生的、経済的、能率的 〘教師の研究活動は如何にあるべきか〙 一 基礎的研究の態度は 1 実際的で専門的であるべき 教育目的達成の要件 ○学問研究の本質である真理探究という自由な精神 ○実際生活を基礎として出発し其の成果が生活に体験づけられて行く ○真理探究↓掘下げた態度―○学究的、科学的 な態度 ○自信を持て ○形式的でない ○体験づける↓広い視野を持つ実際的な態度―2 本質的なものへの追求 六・三制は新しい性格を持つている 基盤は 自由と平等を基調とする民主的な新教育理念を求むべく人間的価値の理念に立脚する 教育者の使命は学級的、科学的、実際的な態度による教養に集結する 即ち、日本を民主的文化的平和国家として成長させる ○法規や図書の研究 ○社会的文化施設諸機関の研究 ○実際生活に即する教育 3 継続的、発展的であるべき 研究的態度の欠陥は継続的、発展的でなかつた 〇一つの研究が終ると終止符をつげるのは不可 広い視野と深い根底に立つ研究でありたい ○無限の成長の一過程的存在であれ 一段づゝ出現の成果を見出す―明日への発展の反省 ――継続 教育↓社会の実相と文化の成長を反映―一大革新させる 4 共同的である 個人の研究活動が基礎である―共同研究が更に肝要である ○各個人の努力の集積が組織を通して 総和の持つ偉力を期待する ○独善的になり易い教育界を共同して事に当るのが今後の進むべき行方だと思う 二 研究活動と図書館其の他に付いて 1 調査と其の資料 教員の研究活動と図書館は密接な関係である 読書研究は精神の糧である 図書館の存在の必要 学校図書館↓都市、学校勤務中は出来ない故に 特に 教育 ―心理 ―哲学 ―社会学――座右の銘とすべきだ 旅行記―物語伝記小説詩集美術音楽―補助教材 雑誌―ラジオ新聞切抜帳―利用 大学研究室の利用 三 各種研究機関の利用 1 各研究機関の調査とその利用 教育に関連のある研究機関と連絡をとるべき (大学、師範学校、国立、私立の教育研究学校) (図書館、研修所、研究室) (同種の学校の研究事項)―参観 講師の招持 2 地区研究組織の計画 共同研究―共通した事項の研究 研究協議会 新しい知識を得る 資料を蒐集する 特に社会科、職業指導、自由研究は重視すべき 四 研究成果の発表 書くことは話す以上に自己思想を統一し体系づける 教員はまとまつた発表をする事が大切―書くことも話すことも 1 将来の研究発表は 自主的は勿論である 中央の試案に熟考的である ○学校自体から生れる提案であるべき ←地区的研究 討論 批判 修正↓自己を磨き 刺激 教材論 原理論 方法論 施設設備論 学習効果の判定 学習形態 教科別の経営方法 学籍簿 五 新検査法の研究と活用 知能―学習性格―標準テスト正否法―完成法論文法―評価法 試験法―構成等級 適性―対照法多岐撰択法―○児童指導の上に適切有効に利用するか―要は科学的な指導 〘教師の社会的活動は如何にあるべきか〙 一 学校と社会との関係は如何にあるべき 郷土(市町村)は児童が社会を学ぶ生活の中心であり実験室である ○経験や生活態度を学習する ○民主国家人として素直に健康に成長する事を誰も望む ○学校も父兄も村も一体となつて教育の責任を分ち合う ○教育環境を整える―学校は文化の中心 ―村の生活から離されない ○村民総意と要望を教育に反映し協力と援助を与えるだらう 学校と社会が結ばれて民主教育の効果がある 二 学校と社会をつなぐ者は誰か 1 疎かつた学校と社会を密接にする者は校長、教師である 村の人の毎日の生活が学校につながり教育の理解と熱情が強固になり持続する所に新しい教育がある 2 校長教師は高い教育理想を持て 共同の問題に深い関心 村人と親しく語り合う―実態をつかむ―正確に社会改善に協力すべし 特に政治経済産業に関心を持つべし↓学習活動←思想↓書物雑誌映画 3 民主教育の根底は 村民と協力して村民の問題に献心的解決に意を注ぐ 三 学校と社会はどうして結ばれるか 1 社会が財政的援助を与える 両者の間柄を密接にする 2 相互のよりよい深い関心と理解をする イ PTAを大いに活用すること 家庭と学校と社会とが責任を分ち合う 子供を幸福に 学校をよくし 社会を改善する 会の適切な運用が社会と学校を結びつける 健全発達のため骨を惜しむ勿れ ロ 学校の教育計画に参加させる 教科の内容は児童の必要と興味によつて撰択塩梅する 教育委員会を通じて地方の実情意向を教育に反映する 広く大いに多人数を教育に参加させる(助言者、忠告者) 例 教育に理解ある人 経験の深い人 計画実行性のある人 学識々見のある人 篤農家 婦人会―家事技術家 男女青年団 職業代表者 ハ 学校の施設を一般に開放する ○正規の授業を妨げない範囲に於いて一般に開放する 学校図書室 実験室 作業室 家庭室 空いている室 音楽会 学芸会 展覧会 運動場 映画会 ○教育の雰囲気が乱されてはならない ○開放規則 学校長 村長 地方の有力者 児童の代表者が慎重に考えて ○規則の厳守 秩序の維持 教師と委員の定めた点に必らず素直に従う ○随時随所にて指導 ニ 学校が社会に奉仕する 教師も児童も社会に奉仕する心構と実践が必要 ○村の美化計画―道路清掃 ○農作物の害虫駆除―〓虫駆除、いなご取等 ○防疫作業―種々な調査 ○農繁短縮―家事手伝、労力奉仕 教師は常によい相談相手となる ホ 各種の実態調査をする 人口調査―産業状態資源交通状況――科学的な統計調査―知能発達程度に応じ 社会科のよき指導 協力と援助が常に必要 へ 各種の社会施設を利用する 農業協同組合―指導農場牛乳集荷場製材所工場―利用―休暇利用 見学―実習 ト 地方文化に深い関心を持て 文化の理解は新しい方向づけとなる―社会的使命 文化の背景――産業状況――各所史蹟――文化の認識を得る 四 社会活動の限界は 社会活動の範囲は広い 限界と軽重が必要 校長は常に教師を助けて民主的な教育理想を実現すべく教育的 効果をあげよりよい教育への――強い意志と聖らかな教育的な熱情 ―冷厳な理性による教育理念への反省 どうすれば教育効果が十分に挙がるか 有効 新しい教授法として教室を拡げて社会を取り入れる方法で社会的に、人間的に、教養に、知識技能を修得 社会の変化はさけられない 要は 社会と学校に貢献する (成瀬村役場「庶務書類」(昭和二十四年)伊勢原市役所蔵) 〔注〕表紙欠。 一六八 中郡成瀬村小学校時報創刊号 成小時報 創刊号 六・三制実施せられて二年は過ぎ三年を迎えました。 「敗戦日本を救うは教育にあり」という言葉は民衆の声であり又我々担当せる実さい家にあつては喜びであり又責任の益々大であることを痛感しています。 将に三年、実を結ぶべき時は来ました。 元より教育は教師のみによつて出来得べきものでない事は今更申上げる必要はありません。 家庭、学校、社会(村、国家)が真に一体となつてこそ、効果があるべきである。 学校にのみは偏知になり易く家庭のみでは偏情的に社会だけでは放任的になり何れを軽重する事は出来なく調和があつてこそ民主的な平和な新しい国家が出来ると思います。 かゝる意味に於いて学校の方針を述べ又家庭及村民の声を充分に聞き村の子供、国家の子供世界に通ずる教育を実施したい点よりこの「成小時報」 を刊行した理であります。 月に二、三回出したいと思います。 右記の理由でありますので、各家庭に必らず回覧して頂きたいと思います。 そして御意見や希望がありましたら、この紙の裏面によめるようにていねいに無記名で書いて下さい。 誠に恐縮ですが、伍長さんかPTAの役員の方でも結構ですから自発的にお廻し下さい。 最後の方は近所の子供さんにたのんで学校に持つて来て頂くようにお願いします。 成瀬小学校長 小柴俊也 学校だより 新しい先生 越地英三先生 転任の先生 大村弘廸先生(秦野中学校へ) 退職の先生 府川多津子先生 二十四年度の受持の先生 一年 A 小林ハツ先生 一年 B 長沢千恵子先生 二年 A 高橋すま先生 二年 B 重田美代子先生 三年 A 武田幸子先生 三年 B 松井慶四郎先生 四年 A 梠田金作先生 四年 B 大貫幸子先生 五年 A 溝呂木喜代子先生 五年 B 越地英三先生 六年 A (福住菊治先生 梶山洽子先生 六年 B (牧口矩伯先生 松本安司先生 成小の子供の数 受持先生のきめ方 三月二十四日、二十五日の二日間 1 先生方の第一、第二希望提出(多くあるため) 2 全員投票によりまとめる 3 案の提出 4 学校長の決定 四月の主なる行事 一日 一年入学式 五日 始業式、新任、転任、退職先生の挨拶式 六日 学級委員せんきよ 九日 自治会 一五日 身体検査 美化作業 二〇日 貯金日 二五日 遠足打合せ 二九日 天皇誕生日 其の他 給食開始十一日頃 職員研究協議会(時々) 特別事項 ◎お祭のため授業は短縮致しません(進駐軍指令) 校舎校地の使用について 1 教育目的には村長校長に申出 2 其の他一切は届出 A 集合届(五日前)警察 B 使用届(校長)三日前 3 政治関係政党関係は禁止 4 明細は村長又は校長に問合せされたい(進駐軍指令) 学校行事の内容の説明 △学級委員とは 自分の学級の向上を計るために意見をきいたり運営をする人先生と相談相手ともなる △自治会とは 学校及校外の生活を向上させるため自主的な活動(計画実行)を教師の指導のもとに行う △身体検査 身長、体重、胸囲、座高 座高が又新しくなる 医者、歯医者の検査 △美化作業 学校内をきれいに整頓する(修繕、花かざり) △貯金日とは 貯蓄精神の養成のため 二十三年度の貯金は九万九二一五円九〇銭 累計は 一九万九三五円一〇銭 △天皇誕生日 式はありません 国旗を立てゝ下さい △遠足 五月になつてから五、六年には横浜の貿易博覧会にやらして下さい お祭りのお小使を倹約してね △研究協議会 先生方が子供を幸福にし又自分をみがくための会で校長をぬきにした会 △ナトコ映画 近い内にあります △PTA 近い内に総会を開きます 規約も改正全員出席しないと成立しません (成瀬村役場「庶務書類」(昭和二十四年)伊勢原市役所蔵) 一六九 農地改革に関する歎願書 農地委員会長殿 竹中静恵(印) 歎願書 今般私儀所有ノ神奈川県高座郡相模原町淵野辺字岳ノ内上在耕作地ハ自作農創設特別措置法ニ依リ買収対象ニ指定セラレタルニ付別紙ノ如ク規定ニヨリ異議ノ申立書ヲ提出致シタルモ決シテ法ノ趣旨及御地委員会ノ決定ニ対不当ナル措置トシテ抗弁異議ヲ申立テタルモノニ絶対無之申立理由中ニ述ベタル如ク引揚者タル甥ヲシテ其ノ修得セル才能ヲ活用シ農業ニ挺身セシメタルニ於テハ農地ヲ最高度ニ活用食糧増産ニ寄与セシメルト共ニ引揚者救済援護ノ一石二鳥ノ成果ヲ揚ゲルコトヽナリ此ノ方針並ニ事情ヲ御同情御賢察賜リ度彼等ノ住宅モ早急ニ御地ニ建築致ス所存ナルニ付テハ今一応御協議賜度茲ニ歎願申上候也 六月二十日 (大野村役場「農地改革ニ伴フ歎願書陳情書等(仮題)」(昭和二十二年)相模原市立図書館蔵) 〔注〕別紙欠。 一七〇 農地改革数え唄 牧馬部落前村議沢田義平氏は本誌発刊に際し、次のような数へ唄を寄せられた。 此処に掲げ厚く謝意を表する次第である。 農地改革数へ唄 一ツトセ 一筆毎に調査して国の増産計らんと農地改革案をたつ 二ツトセ 不在地主や社、寺所有貸付農地は開放と保有農地は限度制 三ツトセ 見よや国法無理はせぬ地主自小作各々の委員は我が手で選ばれる 四ツトセ 欲は互の持前でいさゝか争議も無理はない調停役は委員会 五ツトセ 今更法には背かねど証券手にして泣く地主思へば心が偲ばれる 六ツトセ 無言ぢやいるけど受けし土地真心こめて増産に努めて感謝の意を表す 七ツトセ 中に委員は補助員と共に協力この土地に黄金の穂波打たせけり 八ツトセ やがて開かる農地発会長委員の労を謝し合せて地主に手を合はす 九ツトセ 交換分合進めつゝ小作契約文書とし綴つてこゝに納まれり 十ツトセ 共に応へん国策に互に努めん増産に栄ゆる御国の礎ぞ 因に同氏は当時補助員として本改革に御努力願つたことを附記する (牧野村農地委員会編「牧野村農地改革誌」(昭和二十六年)藤野町役場蔵) 一七一 足柄下郡湯本町町民の政治関心調査結果 二十一学収二九号 昭和二十一年三月五日 足柄下地方事務所長 湯本町長殿 国民政治関心調査ノ件 今般民主主義ニ対スル理解ノ程度具体的時局問題ニ対スル関心並理解程度等国民ノ政治関心調査ヲ実施致度ニ付左記事項御了知ノ上調査報告相成様御配意相成度 追而右ハ貴官ニ於カレテモ之ガ調査資料ニ基キ適切ナル対策樹立ノ資トセラレ度 尚之ヲ以テ選挙干渉ノ手段トスルガ如キ疑ヲ与ヘザルヤウ実施上特ニ留意セラレタク為念 記 一 調査事項ハ別表ノ通二十二問ニ付之ヲ行フコト 二 各町村ニ適当ナル機関ヲ利用シテ二〇名以上ニ付調査スルコト 三 調査ノ上ハ右資料ヲ取マトメ別記ノ如キ集計表ヲ作製シ三月十三日地方事務所学務課宛提出スルコト コノ際個人調査表ハ送付ニ及バズ 四 調査範囲ハ国民各階層ニ亘リ職業、年齢、性別等種々雑多ナルヲ可トス 五 集計表様式ハ裏面記載要領ヲ参照セラレ度 国民政治関心調査集計表 市町村名 以下二十二問ノ八迄各欄ヲ作ルコト (備考) 1 各欄共夫々回答用紙ニ記入セラレタル○ノ数ヲ記入スルコト 2 二十及二十一問ハ第三位迄二十二問ハ〇三ツマデヲ限度トシテ集計スルコト 国民政治関心調査表 一 調査期日 昭和二十一年三月十四日 二 調査場所 神奈川県足柄下郡湯本町 三 回答者 職業性別年齢ヲ記入スルコト 無記名ノコト 四 方法 イ 一番適当と思ふ答に一つだけ○印をつけて下さい ロ 示された答の中に自分の答が思ふやうに付けられぬ時は別に書き入れること 一 日本は何故敗けたと思ふか 1 日本の兵隊が弱かつたから 2 科学が外国より劣つてゐたから 3 一部の軍人が政権を取つて勝手な政治を行つたから 4 国民全体の道義が頽廃してゐたから 5 議会が腐敗していたから 6 分りません 二 戦時中の自分の行動を省みて如何思ふか 1 省みてやましくない行動を取つたつもりである 2 戦争に対する協力が足らなかつたことを懴悔してゐる 3 敗戦と分つてゐたので故意に協力しなかつた 4 自分も至らなかつたが政府のやり方も悪かつたと思ふ 三 過去を省みて議会政治の如何なる点が悪かつたと思ふか 1 選挙が腐敗してゐた 2 国民の日常生活が直接政治に反映してゐなかつた 3 議員が財閥と結託して利権あさりしてゐた 4 議会の権限が制限されてゐた 5 婦人参政権が与へられてゐなかつた 6 政党にはつきりした政策がなかつた 7 分りません 四 何故に選挙が腐敗してゐたか 1 国民の政治的関心がなかつた 2 買収が行はれた 3 情実によつて選挙された 4 官の干渉が強かつた 5 正しい政治教育が行はれなかつた 6 分りません 五 日本が平和国家として立上る為に先づ何を為すべきか 1 産業を復興せねばならぬ 2 民主主義を徹底せねばならぬ 3 文化を向上させねばならぬ 4 国内の争を止めねばならぬ 5 戦争責任者を処罰せねばならぬ 6 国民生活を安定させねばならぬ 7 分りません 六 民主々義の政治とは如何云ふ政治か 1 政府が国民の要求を聞いて国民の為の政治をすること 2 国民が主体となつて政治をとること 3 国民が政治に参与すること 4 国民の間で日常の色々の問題を処理してゆくこと 5 分りません 七 今度の総選挙は如何なる理由で行はれるか 1 議会が国民の意志を反映せぬものとして解散されたため 2 マツカーサー司令部の命令による 3 国内政治を刷新して民主生活を実現するため 4 分りません 八 初めて選挙権を与へられて如何なる感想をもつか 1 連合軍の指令によつて与へられたのだから一向有難くない 2 有り難い選挙権を有効に使はねばならぬと思ふ 3 選挙権を貰ふより米の一俵でも貰ふ方がよい 4 選挙権は有難いが如何使つてよいか分らない 九 総選挙は何日行はれるか 1 三月二十日 2 四月十日 3 三月三十一日 4 まだきまつてゐない 5 何日か知らない 一〇 選挙権は何歳以上の者に与へられてゐるか 1 満十八歳以上 2 満二十五歳以上 3 満二十歳以上 4 満二十一歳以上 5 何歳か知らない 一一 被選挙権は何歳以上の者に与へられてゐるか 1 満十八歳以上 2 満二十五歳以上 3 満二十歳以上 4 満二十一歳以上 5 何歳か知らない 一二 今度の選挙には如何なる態度で臨むか 1 自分の判断で選ぶ自信がある 2 新聞や講演会で候補者の人格識見をよく知つた上で選挙する 3 別に努力せずとも噂を聞いて居れば大体選ぶ人の見当がつくと思ふ 4 自分では知らぬから誰かに聞いて教へて貰ふつもりである 5 適任者がないから棄権する 一三 何を規準にして投票するか 1 自分がよいと思ふ政党に属する人を選ぶ 2 政党の政策とは関係なく其の人の政見を調べた上で選ぶ 3 政見よりも人物のしつかりした人を選ぶ 4 政見と人物の両面から選ぶ 5 好感のもてる人を選ぶ 6 誰れを選んでよいか分りません 一四 適当な人が見つからぬときは如何にするか 1 次善の人を選ぶ 2 棄権する 3 自分の信念を実現して呉れる人を推薦して立候補させる 4 自分で立候補する 5 分りません 一五 如何なる政策を実現したいか 1 現在の政府の政策を漸次民主的に改革する必要があると思ふ 2 統制のない自由な社会を実現したい 3 国民が大体平等な生活を送る様な社会にしたい 4 財産を全部国有にして公平に分けるがよい 5 政策のことは分らない 一六 すべての面で統制を撤廃した方がよいと思ふか 1 統制をやめれば却つて不公平になるから不可ない 2 統制をやめてすべてを自由にする方がよい 3 従来の統制を緩和する程度がよい 4 統制は益々強化すべきである 5 分りません 一七 米の供出について如何に考へるか 1 戦時中だまされて供出したから今後は絶対に供出しない 2 買上価格が安いから供出の少ないのは当り前である 3 政府の割当が不当であるから到底供出できない 4 国民全体の為に無理を押しても供出せねばならない 5 農村の必需品(農具、肥料等)を貰へばいくらも供出する 6 不作の為に供出出来ない 7 分りません 一八 食糧問題の解決は如何すればよいか 1 配給方法がまづいから之を改善せねばならない 2 農民は今迄の数倍も働くべきである 3 農業技術を改善し肥料を供給すべきである 4 連合軍に交渉して外米を移入すべきである 5 復員軍人や失業者を動員して大いに開墾すべきである 6 強権を発動して供出を促進すべきである 7 闇売を厳禁すべきである 8 方法がない 9 分りません 一九 失業問題の解決は如何すればよいか 1 政府で土木事業を起して就職させればよい 2 未耕地を開墾させるがよい 3 連合軍の許可を得て移民するがよい 4 炭鉱に送るがよい 5 工業を盛んにするがよい 6 方法がない 二〇 現在日本の政治問題で何を一番に解決すべきか(第三位まで重要な問題から番号をつけること) 1 憲法を改正すること 2 失業問題を解決すること 3 労働組合を整備すること 4 インフレーシヨンを防止すること 5 食糧問題を解決すること 6 在外同胞の引揚を促進すること 7 戦災者を援護すること 8 工業を振興すること 9 国民の教育水準を引上げること 10 輸送を円滑にすること 11 治安を維持すること 12 国際的信用を獲得すること 二一 貴方の町村で現在何の問題を速やかに解決すべきか(重要な問題から番号をつけること、第三位まで) 1 復員軍人に定職を与へること 2 沈滞した町村の気風を刷新すること 3 治安を回復すること 4 米の供出を促進すること 5 町村民の教養施設を作ること 6 部落設備を作ること 7 町村長以下の復員を交代させること 8 青年学校を整備すること 9 農業会の組織をかへること 10 町村民の生活を合理化すること 11 産業を興すこと 二二 貴方の教養のためにどんな方法を採つて居るか(二つ以上の方法を採つている者はそれ〴〵に○をつけること) 1 毎朝新聞を読んでゐる 2 毎月雑誌をよんでゐる 3 努めて講演会をきゝにゆく 4 研究会を聞いてお互の教養につとめている 5 ラヂオを聞いてゐる 6 巡回文庫を利用してゐる 7 学者の本をよんでゐる 8 特に努力してゐない (湯本町役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 〔注〕問一三の六の集計欄は欠。 一七二 憲法精神普及徹底の指導者講習会の件通知 中学第八一号 昭和二十二年三月二十四日 中地方事務所長 各町村長学校長殿 憲法精神普及徹底指導者講習会開催について 曩に公布せられた新憲法精神の普及徹底を図り県民生活のうちに深く浸透せしめ民主的文化日本の急速な実現を期する為標記講習会左記に依り実施せらるゝ事になりましたので貴職に於て適格者推薦の上受講せしめられたい 記 憲法精神普及徹底指導者講習会開催要項 一 趣旨 社会教育係官並に社会教育関係団体指導者層を一同に会し新憲法精神の真諦を把握せしめんとする 二 受講者 社会教育係官並に関係係官、婦人団体、母親学校、青年団体、産業団体、其の他一般有識者等の指導者たるべきもの 三 開催場所並日程は左表の通り 会場 参加範囲 期日及時間 講師 横浜第一高女校 横浜市五〇名 三月二十八日 未定 川崎市 三月三十日 大津国民学校 横須賀市 三月二十七日 金目村国民学校 中地方事務所管下 三月二十七日 鎌倉御成国民学校藤沢市湘南中学 高座鎌倉地方事務所管下 三月二十八日 小田原市本町国民学校 足柄下 〃 三月二十九日 未定 足柄上 〃 三月三十日 厚木国民学校 愛甲 〃 三月二十八日 中野 〃 津久井 〃 三月二十九日 三崎 〃 三浦 〃 三月三十日 (大山町役場「庶務書類」(昭和二十一年)伊勢原市役所蔵) 一七三 憲法普及に関する実施事項および計画案 中学第一二三号 昭和二十二年四月二十一日 中地方事務所長 市町村長 小学校長 中等学校長青年学校長殿 憲法普及に関する実施事項及八月迄の計画案 標記の件に関し憲法普及会神奈川県支部から左記の通り通知がありましたから市町村並に各学校におかれては新憲法精神普及徹底のため特別の御協力と御参加を願ひたい 記 実施事項及八月迄の計画案(四・一六) 憲法普及会神奈川県支部 (大山町役場「庶務書類」(昭和二十一年)伊勢原市役所蔵) 一七四 憲法施行記念週間 新憲法施行記念週間 憲法普及会神奈川県支部 一 期日 自 昭和二十二年五月三日 至 〃 五月九日 二 実施事項 1 ㈠ 記念講演会 一回 支部主催 イ 日時 五月五日 午后一時より仝四時迄 ロ 場所 横浜市内 ハ 講師 中央より招へい ニ 聴講者 一般市民、各学校教職員及青年会婦人会等の幹部 ホ 備考 ㈡ 都合によつては映画、演芸等を加ふ ○各官衙に於ける記念式典 2 各学校(小中)に於ける行事 各学校主催 イ 記念式典挙行 ロ 新憲法講演会(事情の許す限り) ハ 記念体育会、記念音楽会、記念学芸会、記念展らん会等各学校の事情に即したものを開催する ニ 標語による宣伝 学校生徒、児童の考案によるもの或は他の標語を清書し学校、劇場、街頭、店頭、車内等に掲出する 3 新憲法施行記念都市訪問、駅伝競走 川崎市出発……………湯ケ原町決勝 神奈川県体育会、読売新聞支局と共催 4 青少年団、婦人会及各種団体の行事 各団体主催 講演会、座談会、討論会等の開催 5 新憲法に関する青年弁論大会 神奈川新聞社、神奈川県青年団連盟と共催 五月八日 6 工場、事業場等に於ける行事 記念体育会、座談会、討論会等の開催 7 各町内、各部落関係行事 イ 五月三日国旗掲揚(マ司令部の許可を得て) ロ 各町内又部落毎に夫々の自治団体による記念式典挙行 8 記念映画の観覧 イ 憲法普及会本部製作の新憲法に関する映画を一斉封切予定 につき一般に観覧する様慫慂する ロ 各学校の児童生徒に対し前記映画の便宜な観覧方斡旋の予定 9 印刷物配布 「解説付憲法条文パンフレツト」(各戸に)「民主団体とは」 「新憲法早わかり」(二種共各町、各部落に) 10 記念事業 イ 記念植林 ―ロ 記念運動場――各市町村各学校等に於て適宜実施のこと ハ 記念図書館 各市町村、各学校、各団体に於て公民館の施設の一部として考慮するか単独に創設される ニ 県立図書館、新憲法記念館と共に考究したい 論文募集 憲法普及会神奈川県支部神奈川新聞社共催 一 趣旨 新憲法の精神を闡明し更に進んでこれが県民の日常生活の実際に言及する 二 課題 三部門に分つ 1 一般の部 新憲法を論じ県民生活の実際に及ぶ 2 中等諸学校の部 新憲法に対する吾等の覚悟 3 国民学校の部 私達の新憲法 三 応募規定 1 〆切 昭和廿二年五月三十一日 2 結果発表 昭和廿二年六月三十日 3 応募点数及分量 イ 一般の部 県民一般(点数自由)六千字(四百字詰十五枚)以内 ロ 中等校の部 各中等学校(青年学校も含む)弐点宛 弐千字(四百字詰五枚)以内 ハ 小学校の部 各小学校(五年以上)の弐点宛 八百字 (四百字詰弐枚)以内 4 原稿 楷書で句読点をつける 四 審査員 各部共五名の審査員を委嘱する 五 賞金 1 一般の部 一等一名(千円)二等二名(五百円宛) 三等三名(弐百円宛) 2 中等校の部 一等一名(三百円程度の品物) 二等二名(弐百円程度の品物) 三等三名(百円程度の品物) 3 小学校の部 一等一名(二百円程度の品物) 二等三名(百円程度の品物) 三等五名(五十円程度の品物) 六 其の他 1 原稿は神奈川県社会教育課内憲法普及会神奈川県支部宛送附する 尚一般の部は住所氏名職業年齢を学校の部は学校名学年氏名を書く 2 当選論文は新聞紙上に掲載したい 以上 (大山町役場「庶務書類」(昭和二十一年)伊勢原市役所蔵) 一七五 憲法施行記念週間行事および憲法に関する論文の募集の件通知 昭和二十二年四月二十三日 足柄下地方事務所長(印) 各小学校長中学校長市町村長殿 新憲法施行記念週間行事及新憲法に関する論文の募集に就て 昨年十一月三日公布された新憲法は愈々来る五月三日より実施せらるゝ事となり文化日本の建設に力強き一歩をふみ出すことになりました。就いては憲法普及会神奈川県支部に於て此曠古の盛典を記念し新日本の建全な発展を祝福するために標記の件世話人会の議を経て左記の通り実施する様依頼がきましたので関係各方面に徹底の上これが目的の達成に十分御協力願いたい。 記 一 新憲法施行記念週間行事 別紙の通り 特に 2 各官衙に於ける記念式典を夫々盛大に挙行されたい 3 各中小学校に於ける行事は小学校青年学校に対し然るべく連絡の上実施方御取計願いたい。 5 青少年団婦人会及各種団体の行事は青少年団に就いては県青年団連盟、各郡市関係団に又婦人会に就いては横浜市婦人団体連合会、川崎市婦人連盟、新生横須賀市婦人会、神奈川県婦人文化協会には夫々当支部より連絡の筈につき御含みの上御配慮願いたい。 8 各町内各部落の自治団体行事は夫々実施方奨励願いたい。 9 記念映画の観覧は一般に対しては適宜の方法により観覧方慫慂されたく各学校の児童生徒に対して適宜の方法で観覧出来る様斡旋方御願いたしたい。 10 印刷物配布は三種類共週間中に配布の予定で「民主団体とは」「新憲法早わかり」の二種は部数が少い(各町内、部落、団体等に一部)関係上利用方について特に御考慮を煩したい。 11 記念事業中記念植林は イ 県林務課に苗木の斡旋を申込まるゝ向は次の表に記載の上五月廿日迄に申出られたい(各市、各事務所にて取りまとめの上、中等学校には直接当支部より連絡する)。 ロ 苗木代は一・五円―三円程度で県より若干の補助ある見込。 ハ 当支部に於て申込の取まとめの上県林務課に申入をなし其の状況に就いては追つて連絡する。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十二年)箱根町役場蔵) 〔注〕別紙欠。 一七六 憲法普及会編「新しい憲法明るい生活」配付の件通知 昭和二十二年四月二十五日 足柄下地方事務所長(印) 各町村長殿 憲法普及会編パンフレツト「新しい憲法明るい生活」 配付の件 憲法普及会編パンフレツト「新しい憲法明るい生活」を左記により配付致しますから夫々貴町村各戸に洩れなく配付の上十分之を利用して新憲法精神の普及徹底の一助とされる様御配慮願ひます 尚 五月三日迄に各戸に配付する必要がありますので地方事務所に御出の折学務課より受領せられ度 記 (湯本町役場「庶務書類」(昭和二十二年)箱根町役場所蔵) 一七七 憲法討論会要領 「新憲法討論会」の開き方 一 趣旨 さきに公布された新憲法にはこれからの日本の進むべき方向と原則とが示されてゐる。国民の一人一人はこの新憲法の精神と内容とを誤りなく理解してそれ〴〵の生活を建設して行かねばならぬが特に新日本の先駆者となるべき青年に於て然りである。新憲法を理解するためには適当な書物に親しんで研究することも必要であるが同時にその研究の結果についてみんなの間で討論することが大切なのである。討論はある問題についてみんなが考えているところをお互に述べ会つて正しい結論のために協力することでありそれによつてみんなが偏見のない正しい考へ方を持つことができるばかりでなく新しい見地から一層深い研究をするやう刺戟することゝもなる有数な方法である。 この際青年諸君のグループ(青年団女子青年団或は青年を母胎とする読書会修養会文化会等の青年文化団体など)の間で「新憲法討論会」のような集りが盛んに開かれ新憲法研究の熱が大いに高まつて憲法の線に沿つて物事を民主的に解決する習慣が養われていて社会一般に新憲法の精神が日常生活化されるやうになることが望ましい。 二 論題 「新憲法討論会」にふすべき論題として凡そ次のやうな問題が考へられてゐる。 1 明治憲法は何故に改正されねばならなかつたか 2 新憲法と明治憲法とはどのような相違点をもつか 3 新憲法の精神はどんな原則に立つてゐるか 4 国民主権とはどんなことか天皇の地位についてどう考へるべ きか 5 戦争放棄の将来はどうなるかもし他国より戦争をしかけられたときはどうすべきか 6 基本的人権とは何か国民の自由と権利とを尊重する結果社会の秩序が乱れることはないか 7 新憲法はわれ〳〵の日常生活にどんな関連を持つてゐるか 8 いかにすれば新憲法の精神を日常生活化することができるか 三 討論の形式 討論会の形式はその議題により参加するものゝ知識や教養の程度によりまた中心に立つ司会者の能力によつていろ〳〵の方法があらう。参会者はあまり多人数にならぬ方が望ましく大体五十人内外が適当と思はれるから部落会町内会などの狭い範囲で集まつた方がよい。 大別して次のような方式をとる場合が多いと思う。 ⑴ 円卓式討論 人数が少く例へば三十人以下のような場合しかもみんなが議題について相当の理解を持つている際にはこの方式が一番相応しこの方式は一人の司会者を中心にして円く座を占めみんなが自由に発言し司会者の進行に従つて結論を導く方法であるが参加者の準備次第で効果をあげることができる。 ⑵ 講義式討論 この方法は⑴の場合よりも人数の多い場合に一人又は数人の講師を依頼して一応議題となつてゐる事項について解説を願ひそれが終つたあとで参加者から質してそれを素材として相互に討論をすゝめて行くやり方である。この際参加者が前もつて司会者の手元まで質問事項を差出し司会者がこれを整理して講師に手渡し答へて貰ふこともあり得る。 このほかにいろ〳〵の形式もあらうが「新憲法討論会」ではみんなのものが参加するような着意からそれ〴〵独自な形式を工夫するのが望ましい。 四 指導者について 討論の進行を指導して貰ふために先輩や有識者などを頼む場合でも出来るだけ平常指導を願へるような人が望ましいのであるが適当な人の見当らぬ場合には他から招いて指導して貰ふことも考へられる。しかしながらこれ等の人々はどこまでも会の進行のために脇役的な立場に立つので必要な助言は結構であるが会員の意見をその人の考へ通りに導いて行くことのないような注意が必要であらう。 五 準備 ⑴ 主催者は会の開催に先立ち議題の中心問題となるような点あるいは討論の順序などについて考へておきまた議題に関連する研究事項について簡単な参考資料(例へば憲法の正文など)を準備してみんなが積極的な関心をもつて討論に臨むよう配慮することが必要である。 ⑵ 予め数名の発言者を指定して置いてこれ等の人々に討論の緒を切つて貰ひその話題を中心として討論をすゝめるようにして活発な討論の空気が生れるように準備することも一方法である。 ⑶ 会場は殺風景な肩苦しいものにならぬよう座席などもみんなが平等な立場で自由に話し合えるよう留意し黒板や参考書などは必要に応じて準備しておくことが望ましい。 六 司会者として注意すべき事項 ⑴ 司会者は会の進行と会員の意見発表の取纒めに責任を持つものであるから討論の渦中に入つて流されることなくいつも大処高処から討論の全体に気をくばつて会員が充分その意を尽し正しい討論に進むことが出来るやうな工夫と努力とを払ふことが大切である。 ⑵ 会員の発言が中心の議題からはずれるような場合には随時に注意し討論がその議題を中心に正しく円滑に進むよう心を配ることが必要である。 ⑶ 司会者は結論を急いで参加者に充分意を尽させないことのないよう注意したい。 ⑷ 全然発言しない者のある場合は指名とか質問の形で討論に参加させるよう仕向けることが望ましい。 ⑸ 参加者が不得要領の議論をする場合でもその意を汲んでその意味を補足したりまた随時にそれまでの意見に一応の締めくゝりをつけたりして常に全体が新しい関心を持つて次の議論に発展するように導くべきである。 ⑹ 解決不能の事項に出会つた時には直ちに結論を与えずになるべく会員相互に解決するように導き又は臨席の指導者の意見をきくとかまた司会者としても研究の上後日答えるようにして問題を留保するのがよいであらう。 ⑺ 結論を導く際にもできるだけ各人の発言の中に含まれた取り上ぐべき点を活かすようにも司会者としては結論までの大要を報告して全員が道筋をはつきり理解できるように留意することが必要である。 六 討論者として注意すべき事項 ⑴ 討論に際してはいつも寛容の精神を忘れて努めて感情的にならぬようにして故意に枝葉の問題などに揚げ脚をとつたり心にもない罵倒嘲笑などに陥らぬようにする ⑵ 意見の発表には自己の経験と事実とに則して率直簡明に述べることゝし余り抽象的な議論に走らぬようにする ⑶ 参加者は発言者の言葉をよく聞いて疑問の点があれば理解できる迄冷静にその真意をたゞし同じ質問や議論などを蒸しかえさぬようにする ⑷ 討論中の放心や沈黙は討論が無意義になるし又参加者としての責任を欠くことになるからそのようなことのないやうにする ⑸ 全体の協力によつて達した結論や決議に対してはこれを尊重し責任をもつてこれに従う習慣を養うようにする 七 備考 以上は討論のための一つの参考であるが、参加者はこの精神をよく吟味していろ〳〵研究し最も適切な方法をつくり出して欲しい (平塚市立第二青年学校平塚市第二実務女学校「往復文書綴」(昭和二十二年)平塚市教育研究所蔵) 一七八 憲法の普及徹底の件通知 中学第一〇七号 昭和二十二年四月十五日 中地方事務所長 市長 町村長国民学校長青年学校長殿 新憲法の普及徹底について 憲法の普及徹底については曩に憲法普及会神奈川県支部が発足し既に活発な活動を展開しつゝあり、三月二十七日附中学第七五号にて憲法討論会の開催を奨励するなど極力その実効を期するやうに努めつゝあるのであるが来る五月三日の施行期日を目前に控へ新憲法を普く国民に滲透徹底させることは目下の急務であり、その為には県憲法普及会支部等より委嘱するものゝ外国民自身の自発的活動として憲法普及に関する講座講習会等を更に積極的、効果的に実施されることが望ましいので昭和二十二年度の事業計画を樹立される際にも左記事項を御留意の上新憲法の普及徹底について万遺憾なきを期せられたい。 記 一 憲法普及講座、講習会等は出来るだけ国民の自発的な活動として民間の社会教育団体、文化団体、青年団体、婦人団体等によつて自主的継続的に開催されるよう勧奨されたいこと。 二 「父母と先生の会」については神奈川県第一高等女学校、小田原市本町国民学校にて民間情報教育部の方々の講演会がありましたし「父母と先生の会」の参考資料も後日送附することにしていますが同会の結成を促進すると共に同会の事業として憲法に関する講座、講習会等を自発的に継続的に開催するよう奨励すること。 三 国民学校等に於ける母親学級、公民館に於ける教養部の事業としても憲法に関する講座を取入れるよう奨励すること。 四 右の講座、講習会等は農閑期、業閑期、殊に夜間等を利用して出来るだけ多数の参加者を得るよう努められ度い。 五 講座等開設に際しては必要な資料を出来るだけ多く作製の上聴取者の便に役し一般にも頒布するよう努めると共に幻燈映画、紙芝居等の利用についても考慮せられたいこと。 六 右の講座、講習会等の経費に関しては成るべく主催者側の負担とすることが望ましいが、市、町、村に於ても補助金を交付するなど出来るだけ援助を与へるよう努められたいこと。 備考 文部省より新憲法普及の資料として「新しい憲法のお話」(小学校五・六年程度)を作製五月上旬頃全国の小学校に頒布する予定であるから一般の講座等に於ても適宜に利用され度いこと。 (平塚市立第二青年学校平塚市第二実務女学校「往復文書綴」(昭和二十二年)平塚市教育研究所蔵) 一七九 憲法実施記念郡市対抗駅伝競争第一回打合会事項ならびに第二回全日本毎日マラソン大会要項に関する件通知 中学第一三二号 昭和二十二年四月二十二日 中地方事務所長 市町村長青年団長青年学校長殿 憲法実施記念郡市対抗駅伝競争第一回打合事項並に第二回全日本毎日マラソン大会要項に関する件 標記の件に関し本県体育課から別紙の通り通知がありましたので、市町村、青年団体並に各学校におかれては新憲法実施慶祝記念のた め及び体育振興のため特別の御協力と御参加を願い度い 別紙 ○憲法実施記念郡市対抗駅伝競走第一回打合事項 一 期日 昭和二十二年五月四日(日)晴雨にかかはらず挙行 一 集合 午前八時三〇分 出発正九時 一 走路 川崎市役所前より湯河原小学校前まで 一 仲継所 大体実施要項の通りですが、藤沢市に於ては藤沢市役所前(郵便局前)に変更いたします 一 協議事項 1 応援について a 自動車は川崎より小田原迄は可とするも以後は道路隘少のため、応援は遠慮されたい。尚どうしても行かんとの希望あらば全選手通過後行かれたい b 伴走は絶対に不可 2 選手の配置等は各所属チームに於て行はれ度い 3 メムバー交換 二十八日午后一時 県庁体育課 出席者 監督・主将 4 宿泊希望の者は二十八日迄に体育課迄申込れ度し ○第二回 全日本毎日マラソン大会要項 主催(毎日新聞社・日本陸上競技連盟) 一 期日 五月十八日(日曜日) 一 コース 大阪市東区御堂筋東別院毎日運動場 省線池田駅 (兵庫県)間往復 二十六マイル四分の一(オリムピック正式距離) 一 参加資格 年齢職業を問はず 但し日本に国籍を有するもの 一 参加選手 各道府県陸上競技協会より推薦されたる代表選手二名(本県に於ては一応希望者をたしかめ、それにより詮衡する) 一 競技方法 日本陸上競技連盟の規約による 一 参加章 参加全選手に記念メダルを授与す 一 表彰 優勝者に優勝楯を授与 なほ十位までを入賞とす 一 旅費宿泊費 代表選手の旅費(都道府県庁所在地より大阪まで)は片道支給三等 宿泊費として百円主催者側にて補助す なお、宿舎は主催者側にて斡旋するが主食は各自携行のこと 一 集合 五月十七日正午迄に毎日新聞社(大阪本社)三階講堂 一 申込連絡 神奈川県庁内体育課宛 五月五日迄 (平塚市立第二青年学校平塚市第二実務女学校「往復文書綴」(昭和二十二年)平塚市教育研究所蔵) 一八〇 憲法施行記念植林の件通知 昭和二十二年五日八日 中地方事務所長 市町村長 各団体長小学校長 中学校長 青年学校長殿 一 新憲法施行記念植林について 標記の事業について県林務課で苗木の斡旋をすることになつたので希望各市町村、各種団体、各学校は左記の様式により夫々申込書類を作製、五月十五日迄に当所学務課に御提出願い度い 左記 (様式) 備考 苗木代は一・五円―三円程度で若干の補助ある見込 二 新憲法施行記念週間中の実施事項の報告を各市町村単位にとりまとめ五月十五日迄に二部当所学務課に御提出願い度い (平塚市立第二青年学校平塚市第二実務女学校「往復文書綴」(昭和二十二年)平塚市教育研究所蔵) 一八一 憲法普及会神奈川県支部主催憲法精神普及徹底指導者講習会の件通知 中学第一八一号 昭和二十二年五月二十一日 中地方事務所長 町村長中学校長青年学校長小学校長殿 憲法普及会県支部主催新憲法精神普及徹底指導者講習会開催について 今回新憲法精神を各町村の町内部落に迄浸透せしむる必要を痛感いたしこれが指導者を養成するため標記講習会を左記要項により実施致すことゝなりましたので適格者御推薦の上受講せしめらるゝ様御配意願い度い 追つて 新制中学、青年学校、小学校及青年団、婦人会の出席者の氏名を当所学務課宛五月末日限り報告願い度い 記 指導者講習会要項 一 趣旨 県民一般に対し新憲法精神を普及徹底せしめるため指導者を養成するにある 二 受講者 県下各中等新制中学、青年学校、小学校の各学校より一、二名各青年団婦人会その他団体幹部一名以上とする 三 開催場所並に日程 (平塚市立第二青年学校平塚市第二実務女学校「往復文書綴」(昭和二十二年)平塚市教育研究所蔵) 一八二 憲法普及夏季大学講座の件通知 中学号外 昭和二十二年七月八日 中地方事務所長 小、中、青校長殿 憲法普及夏季大学講座開設について 今回新憲法の精神を更に一段と県民の各層に透徹せしめ且日常生活に之を具現せしめる必要を痛感する処から今般文部省憲法普及会神奈川県及普及会本県支部の共同主催の下に小学校、青年学校、新制中学校の各社会科担任教職員を対象とする憲法普及夏季大学講座を別記要項の通り開設致すことに相成りました、就きましては御多用中誠に恐縮ですが貴校に於ける受講者決定の上実施要項の受講者名簿を御提出下され度 憲法普及夏季大学講座開設に就いて 一 趣旨 新憲法の精神を更に一層県民の各層に透徹させる必要の有る事は申すまでもないところで有る仍て新日本の次代を創建する青少年学徒の直接指導の任に当る小学校、青年学校及新制中学校の社会科担任教職員に対し夏季休暇を活用して左記要項に依り新憲法に関し更に高次の透徹した識見を啓培せしめ併て社会教育第一線の指導陣の強化充実をはからうとするものである 二 実施要領 1 主催 憲法普及会 文部省 神奈川県 憲法普及会神奈川支部 2 名称 憲法普及夏季大学講座 3 開催期間 自七月二十六日 至七月二十八日 三日間 4 会場 茅ケ崎第一小学校講堂 5 受講者 小学校、青年学校、新制中学校、各校一名宛(社会科担当教職員)とする約七百名 但、成田町に開催の中央講習会に於ける受講者中の希望者は此の外に受講するも支障ない 6 日程及講師等 月日時刻要項講師 第一日 (土)七月二十六日自午前八・三〇至〃后三・三〇午前近代政治思想比較憲法論 質疑午后新憲法概説(主権)質疑東京帝大教授 堀豊彦 第二日 (日)七月二十七日自午前八・三〇至〃后三・三〇午前新憲法概説 質疑午后仝 前 質疑東京帝大教授 宮沢俊義 第三日 (月)七月二十八日自午前八・三〇至〃后三・三〇午前新憲法特別問題質疑(家族制度 教育経済婦人労働農林問題)午后仝 前 質疑東京帝大教授 川島武宜 備考 都合に依り毎日講義終了后約一時間憲法音頭(舞踊)の指導を実施する予定 7 本講座履修者に対しては修了証書を授与する 8 本講座履修時数は「小学校、新制中学校及幼稚園教員認定講習会実施基準」に依る本県主催の認定講習会の一部(一般課程の三時間分専門課程「中学校社会科」の三時間分従つて中学校社会科の教員ならば六時間分に当る)として認められる 9 三市、七事務所に於ては最小の小、青、新制中学の各校よりの受講者名簿を七月廿日迄に当支部に提出されたい 尚関係私立学校に於ても前項に準じて名簿の提出を煩したい 奉職校職名氏名生年月日 (平塚市立第二青年学校平塚市第二実務女学校「往復文書綴」(昭和二十二年)平塚市教育研究所蔵) 一八三 各種団体の集会運動等届出に関する徹底の件通知 藤教発第一二五号 昭和二十一年四日三十日 藤沢市長金子小一郎 湘南中学校長殿 各種団体ノ集会多衆運動等届出ニ関スル件 標記ノ件ニ関シ昭和二十一年四日二十日付藤庶収第四六六号藤沢警察署長通牒ニ依リ今般各種団体ノ集会多衆運動等ニ関シ連合軍騎兵第一旅団司令部ピンクストン中尉ヨリ別紙ノ通リ指令有之候ニ付イテ爾今各種団体ニシテ集会又ハ多衆運動等ヲ開□セントスル場合ハ二十四時間前ニ同司令部ニ到達シ得□時間的余裕ヲ見越シ左記事項ヲ事務所在地□轄警察署ニ届出シムル様貴職ヨリ周知徹底方御□計ヒ相成度及移牒候 記 一 日時及場所 二 参加予定人員 (写) 訳文 四月十五日午前十時 団体集会ニ就而 各種集会団体行動ニ就而ハ如何ナル行動ニ於テモ左記事項ヲ二十四時間前ニ第一騎兵旅団司令部宛通知ノコト 一 日時及場所 二 参加予定人員 騎兵第一旅団司令部 (湘南中学校「マ司令部指令綴」(昭和二十年)神奈川県立湘南高等学校蔵) 一八四 集会示威運動の届出の件通知 各家庭の皆様へ 集会並に多衆運動の届出について 進駐軍の指令に基く集会並多衆運動の届出につきましては皆様方の御協力に依り当相模原町に関する限り現在まで間違ひなく行われて参りましたが最近県下某所に於ては集会を無届にて行つた結果MPに逮捕され相当な処罰をされた事例もあり地方選挙切迫につれて各地に集会等が数多く開かれるのではないかと思われますので今後共集会並に多衆運動の届出は所定時間(七十二時間)前に警察署に行ひ間違の起らぬ様致される事を切に望みます 集会多衆運動とわ 行列、行進、示威運動、集会、祭典記念行事等多数の人の集ることを云ふので申添へます 昭和二十一年十一月二十五日 相模原町役場 上溝警察署 (大野青年学校「往復文書綴」(昭和四―二十一年)相模原市立図書館蔵) 一八五 軍国主義的政治団体結社等禁止に関する件 通牒 二十一収地第一三一号 昭和二十一年三日一日 地方事務所長 内務部長 湯本町長殿 政党協会其ノ他ノ団体ノ結成ノ禁止等ニ関スル件 昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム宣言」受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件ニ基ク政党、協会其ノ他ノ団体ノ結成禁止等ニ関シ本月二十三日勅令第百一号ヲ以テ公布相成候処右ハ我国ニ於ケル政治団体ノ性質ヲ一般ニ周知セシメ且秘密的軍国主義的極端ナル国家主義的及反民主主義的結社並ニ団体ノ組織ヲ阻止スルト共ニ個人ノ此ノ種ノ行為ヲ禁圧セントスル趣意ニ外ナラザル趣今般内務次官依命通牒ノ次第モ有之付テハ右ニ伴ヒ解散セシムベキ団体ノ措置並ニ届出ヲ要スル団体ノ取扱等ニ付テハ本月二十三日内務省令第十号ニ依リ左記事項御留意ノ上之ガ実施上万遺憾ナキヲ期セラレ度此段依命及通牒候也 記 一 勅令第二条及第四条第一号(イ)ノ規定ニ依リ指定セラレタル団体ノ資産(帳簿書類及記録ヲ含ム)ハ勅令第三条ノ規定ニ依リ接収保管セラルベキヲ以テ当該団体ノ資産ニ付テハ別途指示アル迄当該資産所在地ヲ管轄スル地方長官ニ於テ善良ナル管理者ノ注意ヲ以テ保管スルモノナルニ付之ニ該当スルモノハ直ニ報告ノコト 二 接収資産ノ保管、管理及処分ニ付テハ必要ニ応ジ特別ノ機構又ハ係ヲ設クル等ノ措置ヲ講ズベキヲ以テ予メ御了知ノコト 三 接収資産ヲ食糧ノ生産其ノ他民生ニ必要ナル用途ニ使用セントスルトキハ事情ヲ具シ内務大臣ノ承諾ヲ受クル義ニ付予メ御了知ノコト 四 廃止スベキ団体解散シタルトキハ市町村長ハ速ニ其ノ解散ノ年月日其ノ接収シタル資産ノ保管責任者タルベキ者(住所共)及保管方式ニ付財産目録ヲ附シ知事宛報告スベキコト 五 勅令第一条ノ規定ニ該当スル団体又ハ個人若集団ニ対スル取締ニ遺憾ナキヲ期スルト共ニ勅令第四条ノ規定ニ該当スル政党、協会其ノ他ノ団体ハ勅令第一条第一項ノ団体ト看做シ其ノ結成ヲ禁止セラレタルヲ以テ常ニ管内ノ査察ヲ怠ラズ取締上遺憾ナキヲ期スルコト 六 政党、協会其ノ他ノ団体ニシテ其ノ目的及行為ガ勅令第五条第一項各号ノ一ニ該当スルモノニアリテハ同条第二項ノ規定ニ依リ届出ヲ為スニ非ザレバ結成スルコトヲ得ザルヲ以テ右該当ノ団体等ニ付テハ其ノ主幹者ヲシテ別記様式ニ依ル届出ヲ為サシムルコト 七 市町村長ハ勅令第五条第二項ノ規定ニ依ル届出アリタル場合ハ其ノ記載ニ依リ勅令第一条第一項及第四条ノ規定ニ該当セザルヤ否ヤヲ確認シタル上之ヲ受理シ内務省令第十号第一条ノ規定ニ依リ届書ノ写三通ヲ作成シ知事ニ提出スルコト 八 地方長官前項ノ届書写ヲ受理シタルトキハ其ノ内容ヲ審査シ勅令第一条第一項及第四条ノ各号ニ該当スルヤ否ヤノ意見ヲ附シ内務大臣ニ進達スベキ義ニ付予メ御了知ノコト 九 市町村長及地方長官ハ勅令第五条第二項ノ届書縦覧ノ設備ヲ為スコト 一〇 本件施行ニ関シ取締ヲ除ク一般ノ事務ハ内務部ニ於テ之ヲ担当スベキニ付御了知ノコト 一一 廃止セラルベキ団体ハ本月二十五日内務省告示第十九、二十号ヲ以テ指定セラレタルニ付御了知ノコト 一二 既存ノ政党、協会其ノ他ノ団体等ハ勅令公布後二十日以内ニ届出ヲ要スルヲ以テ之等ノ団体等ニ対シテハ個別ニ届出ニ関シ指示スルコト 一三 政党等ノ今次総選挙ニ当リ候補者ヲ推薦スル団体ニアリテハ届出ヲ為スニ非ザレバ推薦行為ヲ為スヲ得ザルヲ以テ此ノ際至急届出ヲ為サシムル様特段ノ取計ヲナシ過誤ナキヲ期スルコト 一四 届出書中ニ記載ヲ要スル「主ナル財政的援助者」ノ項中其ノ金額ハ総計千円以上ニ付キ記載セシムルコト 一五 連合国総司令部ヨリ要請アリタルヲ以テ特ニ政党ニ対スル寄附者ニ付テハ前項ニ依リ調査ノ上至急報告ノコト 内務省告示第十九号 昭和二十一年勅令第百一号(昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件ニ基ク政党、協会其ノ他ノ団体ノ結成ノ禁止等ニ関スル件)第二条ノ規定ニ依リ左ノ団体ヲ指定ス 昭和二十一年二月二十五日 内務大臣 三土忠造 東亜連盟(東亜連盟同志会及東亜連盟協会ヲ意味ス) 大東亜協会、勤皇護国会、大化会、玄洋社、大日本勤皇会、勤皇維新同盟、日本思想研究会、青年亜細亜同盟、東亜思想研究所、政教社、聖戦完勝会、全日本国民特攻隊総本部、皇国同志会、東亜協会亜細亜大陸協会、興亜運動同志会、同仁会、振東塾、聖明塾 (以下略) 内務省告示第二十号 昭和二十一年勅令第百一号(1)第四条ノ規定ニ依リ左ノ団体ヲ指定ス 昭和二十一年二月二十五日 内務大臣 三土忠造 大日本一新会 (川崎、横浜) 大日本赤誠会(大日本青年党ヲ含ム) (横浜、平塚、横須賀、浦賀、中区、愛甲、川崎、磯子、 南区、中) 国際反共連盟(仁愛会) 尊攘同志会 (中区) 東方同志会 (横浜) やまとむすび (横浜、川崎) 明倫会 (横浜、戸部) 大日本興亜同盟、大日本生産党、大東塾、鶴鳴荘、建国会、黒龍会国際政経学会、国粋大衆党、国体擁護連合会、瑞穂倶楽部、天行会東方会、時局協議会、言論報国会、全日本青年倶楽部、大東亜青年同盟、国粋同盟、天関打開期成会、大日本皇通会、愛国社、皇民実践協議会、勤皇まことむすび、大日本勤皇同志会、御楯塾、同策社大日本経国連盟、世界皇化会、アジア青年社 (以下略) (湯本町役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場所蔵) 一八六 軍国主義的政治団体結社等の禁止に関する調査の件通知 昭和廿一年六月廿九日 足柄下地方事務所長 殿 各種政治団体結社等の禁止に関する件 昭和廿一年勅令第百一号に基く標記の件に関する件、マ司令部に報告の必要があるので左記に依り至急に御調査の上御報告願ひたい 記 一 解散せる各種団体の昭和十二年七月七日以降解散当時迄の役員の地位にあつた人物の氏名住所及び地位を左記様式に依り迅速に提出されたい 本書類はマ司令部で公文書とされる 尚且完全な人名録をも提出されたい 解散団体の構成員調 一 役員 二 構成員人名録 備考 一 解散団体とは勅令第百一号第五条の二、第七条第二項の規定にして大政翼賛会、翼賛政治会及び大日本政治会並にこれ等の団体の関係団体である即ち町村では大体大政翼賛会の町村支部、翼賛壮年団、大日本婦人会の分会等である (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一八七 足柄上郡仙石原村の軍国主義的政治団体結社等解散状況報告 号外 昭和二十一年七月八日 仙石原村長石村喜作 足柄下地方事務所長殿 各種政治団体結社等の禁止に関する件 昭和二十一年勅令第百一号に基く解散団体の構成員調の件 別紙之通取調報告致します 解散団体左記の通 一 大政翼賛会仙石原村支部 一 仙石原村翼賛壮年団 一 仙石原村青少年団 一 大日本婦人会仙石原村支部 大政翼賛会仙石原村支部 一 役員 三十一名 一 構成員人名録 全村組織ノ方式ニ付人名省略 仙石原村翼賛壮年団 一 役員 三十五名 一 構成員人名録 四十三名 仙石原村青少年団 一 役員 二名 一 構成員人名録 仙石原村青年団 別紙之通 仙石原村女子青年団 仝 仙石原村少年団 仝 〔別紙〕 仙石原青年団 一 役員 十三名 一 構成員人名録 十九名 仙石原村女子青年団 一 役員 二十一名 一 構成員人名録 六十二名 仙石原村少年団 一 役員 三名 一 構成員人名録 合計二四九名 大日本婦人会仙石原村支部 一 役員 五十七名 一 構成員人名録 二六九名 〔別紙〕 神奈川県足柄下郡仙石原村国民学校少年団長(印) 一 役職員 団長 一名 副団長 一名 一 構成員 初等科第三学年 五二名 初等科第四学年 五七名 初等科第五学年 四四名 初等科第六学年 四三名 高等科第一学年 三四名 高等科第二学年 一九名 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 〔注〕役員、構成員の氏名は省略し、総計のみを掲載した。 一八八 政治団体の結成変更届等の励行に関する指導の件通牒 二三中総収第一一四〇号 昭和二十三年十二月九日 中地方事務所長 各町村長殿 結成変更届等の励行に関する指導について 政治団体の届出の励行について既に数次に亘つて指示した通りで之が励行に特別の御配慮を煩している処であるが団体主幹者或は事務担当者の法令に対する不慣、主旨の不徹底等から結成届変更届解散届及び財政的援助者に関する届出が適正に行われていない団体も尠くないようである。殊に去る四月結成発足した民主自由党に所属すべき旧日本自由党の支部にして解散結成等の届出をしないで政治活動を行つている団体も多数あるように認められ国会の解散総選挙の施行も予想せらるゝ折柄このような無届団体の政治活動は厳に禁止せらるべきである。 従つて各関係において此の際重ねて届出団体の責任者及事務担当者に対して法令の趣旨及び届出の重要性を充分説明し之が励行方を懇切に指導せられたい。 右については今般法務庁民事局長からも通牒があつたから特に御留意願いたい、尚御不明の点は当所へ問合せられたく念の為。 法務庁民事局民事甲第三五六七号 昭和二十三年十一月十二日 法務庁民事局長 都道府県知事御中 結成変更届等の励行に関する指導について 政治団体の届出の励行について既に数次に亘つて指示通牒しているので各都道府県におかれても従来各種の手段を講じて之が励行に配慮せられていることゝ思ふが団体主幹者或は事務担当者の法令に対する不如、無関心届出事務の煩瑣又は関係官公庁の指導の不徹底等から結成届、変更届、解散届及び財政的援助者に関する届出が適正に行われていない団体も尠くないようである。 殊に去る四月結成発足した民主自由党に所属すべき旧日本自由党の支部にして解散、結成若しくは名称変更等の届出をしないで政治活動を行つている団体も多数あるように認められ国会の解散総選挙の施行も予想せらるゝ折柄このような無届団体の政治活動は厳に禁止せらるべきである。 以上の点に鑑み最近本庁においては五大政党の各届出責任者を招致して届出の励行につき勧告し各支部に対してもその旨を徹底する措置をとるやう依頼した次第である。 従つて各関係係において此の際重ねて届出団体の責任者及び事務担当者に対して法令の趣旨及び届出の重要性を充分に説明し之が励行方を懇切に指導せられたい。 なほ本庁においては最近の政治情勢に備えて五大政党及び日本自由党支部の実体を把握したいので左記により報告相成りたい。 一 五大政党(民自、社会、民主、国協、共産党) 支部数 名称 主幹者 構成員数 結成年 月 日 二 日本自由党(世耕弘一氏首班) 支部数 名称 主幹者 構成員数 結成年 月 日 三 報告日時 昭和二十三年十月三十一日現在によること (成瀬村役場「庶務書類」(昭和二十三年)伊勢原市役所蔵) 一八九 川崎市集会集団行進および集団示威運動に関する条例の設定理由と条例(一―二) ㈠ (設定理由) 本市においては集会、集団行進および集団示威運動は従来これを直接対象として取扱うべき法令がなかつたため、専ら関係方面の指令にもとづき取扱を実施し来たのであるが、最近各地において無統制な集会、集団示威運動などのため公共の安寧を害する例多くこれが適正なる取締りは現下内外の情勢に鑑み、治安の確保上喫緊の要務とされているところであるがこのたび関係方面よりの要請もあり本条例の制定に因り集会、集団行進および集団示威運動等によつて起り得べき公共の危害を防止し安寧を保持することを目的として本条例の制定方を提案するものであります。 ㈡ 集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例 第一条 道路、その他公共の場所で集会若しくは集団行進を行おうとするとき、又は場所のいかんを問わず集団示威運動を行おうとするときは公安委員会の許可を受けなければならない。 但し、次の各号に該当する場合はこの限りでない。 一 学生、生徒その他の遠足、修学旅行、体育、競技 二 通常の冠婚葬祭等の慣例による行事 第二条 前条の規定による許可の申請は、主催者である個人又は団体の代表者(以下主催者という)から集会、集団行進又は集団示威運動を行う日時の七十二時間前までに次の事項を記載した許可申請書三通を開催地を管轄する警察署を経由して提出しなければならない。 一 主催者の住所、氏名 二 前号の主催者が川崎市以外に居住するときは、川崎市内の連絡責任者の住所、氏名 三 集会、集団行進又は集団示威運動の日時 四 集会、集団行進又は集団示威運動の進路、場所及びその略図 五 参加予定団体名及びその代表者の住所、氏名 六 参加予定人員 七 集会、集団行進又は集団示威運動の目的及び名称 第三条 公安委員会は、前条の規定による申請があつたときは、集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合のほかはこれを許可しなければならない。 但し次の各号に関し必要な条件をつけることができる。 一 公官庁の事務の妨害防止に関する事項 二 じゆう器、きよう器その他の危険物携帯の制限等危害防止に関する事項 三 交通秩序維持に関する事項 四 集会、集団行進又は集団示威運動の秩序保持に関する事項 五 夜間の静ひつ保持に関する事項 六 公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合の進路、場所又は日時の変更に関する事項 2 公安委員会は、前項の許可をしたときは、申請書の一通にその旨を記入し、特別の事由のない限り集会、集団行進又は集団示威運動を行う日時の二十四時間前までに、主催者又は連絡責任者に交付しなければならない。 3 公安委員会は、前二項の規定にかかわらず、公共の安寧を保持するために緊急の必要があると明らかに認められるに至つたときは、その許可を取り消し又は条件を変更することができる。 4 公安委員会は、第一項の規定により不許可の処分をしたとき、又は前項の規定により許可を取り消したときは、その旨を詳細な理由をつけて、すみやかに市議会に報告しなければならない。 第四条 警察長は、第一条の規定、第二条の規定による記載事項、前条第一項但し書の規定による条件又は同条第三項の規定に違反して行われた集会、集団行進又は集団示威運動の参加者に対して、公共の秩序を保持するため、警告を発しその行為を制止しその他の違反行為を是正するにつき必要な限度において所要の処置をとることができる。 第五条 第二条の規定による許可申請書に虚偽の事実を記載してこれを提出した主催者、及び第一条の規定、第二条の規定による記載事項、第三条第一項但し書の規定による条件又は同条第三項の規定に違反して行われた集会、集団行進又は集団示威運動の主催者、指導者又はせんどう者は、これを一年以下の懲役若しくは禁こ又は五万円以下の罰金に処する。 第六条 この条例の各規定は、第一条に定めた集会、集団行進又は集団示威運動以外に集会を行う権利を禁止し、若しくは制限し、又は集会、政治運動を監督し若しくはプラカード、出版物その他の文書図画を検閲する権限を公安委員会、警察官、警察吏員、警察職員又はその他の市吏員若しくは職員に与えるものと解釈してはならない。 第七条 この条例の各規定は、公務員の選挙に関する法律に矛盾し、又は選挙運動中における政治集会若しくは演説の事前の届出を必要ならしめるものと解釈してはならない。 付則 この条例は、公布の日から施行する。 (川崎市役所「市例規関係書類中」(昭和二十五年)川崎市役所蔵) 第二章 地方行政改革 第一節 県行政 一九〇 地方制度改正にともなう公民啓発運動に関する件通知 内務省発地第二六〇号昭和二十一年十月二日 内務次官 神奈川県知事殿地方制度改正に伴う公民啓発運動について 近く公布施行せられる地方制度関係改正法令は地方自治行政の一段の伸展を策し、改正憲法の実施と共に我国の民主主義化を実現せんとするものであつてその内容も地方自治団体首長の直接選挙、選挙権及被選挙権の拡張、自治行政への住民の直接参加等極めて多岐に亘り我国地方自治制度創設以来の根本的改正である。従つて之が円滑なる施行を確立する為には右法令の施行を直接担当する官公吏等の努力のみでは不充分であつて、全国民が今回の地方制度改正の趣旨を充分理解し、此の精神に基く積極的な協力がなければ、所期の目的を達し得ないから、左記事項留意の上所期の効果を挙ぐるに遺憾なきを期せられたい。 記 一 地方制度改正の趣旨を国民各層に充分徹底せしめること 二 今回の改正の内容が国民の政治的教養の向上に期待するところの大きいのに鑑み、差当り選挙終了後も絶えず国民の政治的教養向上の方途を講ずること 三 本運動は出来得る限り官製的運動であるやうな印象を与へないやう留意しその実施に当つては民間団体、民間有識者、言論報道機関等国民各層の積極的な活動を慫慂して之に対して必要な援助を与へること 四 地方制度改正の実施と共に改正憲法に関してもその啓発宣伝が行はれる筈であるから之と本運動との一体的関係を保持すること 五 選挙に際しては投票の尊重すべき所以を明にすると共に新に選挙権者となるべき者に対する政治教育に付て特段の努力を払ふこと 六 今冬より明春にかけては各種の選挙が連続的に実施せられることになるであろうから予め選挙権者に其の各々の選挙の意義を徹底せしめると共に此等の選挙に関しての公民啓発運動はこれを計画的に行ふこと 七 選挙に関しての啓発運動は選挙期日前尠くも十日以前には一応打切り選挙運動の妨害をしないこと 但しパンフレツトの配布やポスターの貼付等は選挙直前に及ぶも妨げない 八 運動実施の為中央に於て行ふべき事項は客年十二月十二日発地第二三一号内務、文部両次官及情報局次長通牒に準じて行ふ予定であるから地方に於ても右通牒に準じ創意工夫を凝らし地方の実情に適した事項を実施すること (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 一九一 公務員の集団欠勤に関する警告書 二十二中総収第一三七三五号 昭和二十二年十一月十四日 中地方事務所長 各町村長殿 官公庁従業員に対する警告書について 標記について政府は十月二十二日別紙の通り官公庁従業員に対する警告書を発表し現状勢下に対処する官公庁従業員の心構へを強く要望し業務の円滑なる遂行を期してゐるので市町村に於ても右警告書の趣旨を徹底せられると共に業務遂行上遺憾なきやうせられたく念のため通知する。 (別紙) 内第二、九九〇号 昭和二十二年十一月一日 内務次官 神奈川県知事殿 官公庁従業員に対する警告書について 政府に於いては十月二十二日別紙の通り官公庁従業員に対する警告書を発表し現状勢下に対処する官公庁従業員の心構へを強く要望し業務の円滑なる遂行を期してゐるから本警告書の趣旨を貴庁部内に徹底するやう特に御配意ありたい。 管下町村へも可然御伝達願ひたい。 官公庁従業員に対する警告書 一 官公庁労働組合員の一部が生活困難に名をかり集団的に欠勤し業務の円滑なる遂行に多大の支障を及ぼすものゝあることは誠に遺憾に堪へない。官公吏の集団的欠勤は官紀を紊乱し経済再建を妨害するのみならづ国民生活に与へる影響の重大性よりしても法規に照らして厳重に処断する方針である。 二 最近一部の組合員が集団的欠勤をなしこれを以つて争議行為にあらづと弁明してゐるが組合側の要求貫徹を支援せんとするものであつて争議行為と断定せざるを得ない。特にかゝる戦術的行為は組合本部の指令に基かない。いわゆるワイルドキヤツトストライキ(山猫争議)と称さるべき極めて悪質なる争議行為である。 従つてかゝる不当なる行為者に対しては当然給料の差引をなすのは勿論情勢によつてはその欠勤者並に共謀者に対しては業務妨害又は関係事業法違反等によつて断乎処分する方針である。 三 然しながら組合員中には右の事情をわきまへない者又は労働組合運動本来の使命を理解せづ一部分子の言動に盲従してゐるものゝあることを認め今日までの者は一応寛容なる処置に止める方針である。 四 官公庁労働組合の要求については目下中央労働委員会に於いて調停手続中でありその公正なる裁断のために政府、組合側共に誠意を尽くして平和的解決に努力すべきである。特に労働組合側に於ては官公吏の国民に対する職責の重大なるに鑑み冷静なる態度を保持し規律ある統制下に行動すべきである。かくてこそ健全なる労働組合の発達が期待されるのである。中央労働委員会の調停進行と共に一部に於いては諸種の戦術的行為が考慮されてゐると伝へられてゐるが政府は今後これらの行為に対して断乎たる態度を以つて臨むことを警告しその猛省を促すものである。 (大山町役場「庶務書類」(昭和二十一年)伊勢原市役所蔵) 一九二 自治体警察署警察官募集の件通知 二十二警秘発第三五八号の内 昭和二十二年十二月二十四日 神奈川県警察部長 県下各市町村長殿 拝啓厳寒の砌り益々御健勝の段御同慶の次第であります。就而御承知の通り先般警察法が公布されて警察制度が改正となり国家地方警察と自治体警察とに分れることゝなりますので、それに要する警察官二、六四二名を本県に於て来年四月末日迄に採用せねばならぬことゝ相成りましたのであります。その新規採用者の殆んど全部が自治体警察に配置される予定でありまして連合軍の指令もあり万難を排して絶対確保せねばならぬので左の点につき特段の御協力を御願ひ申し上げます。 一 市役所、区役所、町村役場に別添の立看板を掲示されたい 二 横浜市におきましては特に市電外部に警察官大募集の看板をお願ひしたい 三 本籍照会が各区役所、町村に行きましたら迅速に御回答下さる様関係者に御指示願ひたい 四 各種各様の集会、その他の機会に警察官を志願する様御勧誘をお願ひしたい 〔別添〕 拝啓 今年も最早数日に押し詰り公私共に御忙しいことでせう。 今次警察制度改革に伴ひ本県に於ても二千六百四十二人の警察官を緊急増員し明年四月末日迄に採用を完了し、同年六月末日迄に教養訓練をして治安維持の態勢強化を図るため改組に伴ふ要員に充つることになりました。 御承知の通り御互の町村は御互が護ることです。治安が乱れて平和日本の建設はありません。 当署に於ても今回の大増員に対し四十五名の責任割当があり全署員を動員して募集に当つて居りますが何卒御協力下され。人の生命財産の保護のため愛郷の精神に燃ゆる前途有望の青年を奮つて御推薦下さる様左記御了承の上御願申上ます。 昭和二十二年十二月二十四日 藤井伊勢原警察署長 町村長殿 青年団長殿 左記 一 応募資格 1 年齢 二十歳以上三十歳未満但し優秀なる者は三十歳以上の者も採用す 2 学力 中等学校卒業程度なるも学歴問はず 3 体格 身長五尺二寸以上 体重十三貫以上 4 条件 品行方正、身体強健、思想堅実、身許確実なるもの 二 試験 毎日午前九時より伊勢原警察署で行つて居ります 其の他 いろ〳〵の特典がありますから詳細は御問合せ下さい (成瀬村役場「庶務書類」(昭和二十三年)伊勢原市役所蔵) 一九三 神奈川県自治体警察署設置町村および町村長名 神奈川県自治警察署設置町村及町村長名 (座間町役場「警察に関する綴」(昭和二十三年)座間市教育委員会蔵) 一九四 神奈川県自治体警察町村連絡協議会規約 神奈川県自治体警察町村連絡協議会規約按 第一条 本会は、神奈川県自治体警察町村連絡協議会と称し、県下自治体警察設置の町村長を以て組織する。 第二条 本会は、事務所を神奈川県町村会事務局に置く。 第三条 本会は、自治体警察に関する相互の連絡協調を図るを以て目的とする。 第四条 本会は、前条の目的を達成するため左の事項を実施する。 一 自治体警察に関する研究 二 自治体警察相互の連絡調整 三 その他目的達成上必要な事項 第五条 本会の会議は、総会会長に於て必要と認めた場合に之を開く。 第六条 会議に於ける議長の職務は会長がこれを行ふ。会長事故ある場合は副会長がその職務を代理し、会長、副会長ともに事故あるときは出席者中より仮議長を選挙し、その者をして議長の職務を行わせる。 第七条 本会に、会長一名、副会長一名、幹事一名を置く。会長、副会長は総会に於て会員中よりこれを互選する。 幹事は神奈川県町村会事務局長を以てこれに充てる。 会長、副会長の任期は二年とする。 第八条 本会に顧問及び相談役を置くことが出来る。顧問及び相談役は会長の推薦により総会の決議を経てこれを委嘱する。 第九条 本会に必要なる経費は、会費及び補助金、寄附金その他の収入を以てこれを支弁する。 第十条 この規約は、総会の議決を経なければ変更することができない。 第十一条 この規約に規定せざる事項は、総会の議決を経なければならない。 (附則)この規約は昭和二十三年 月 日からこれを施行する。 (座間町役場「警察に関する綴」(昭和二十三年)座間市教育委員会蔵) 一九五 自治体警察町村連絡協議会(仮称)発足打合会の件通知 拝啓秋晴快適の候となりました。各位には愈々御清勝に亘らせれられ公務に忙殺され居ることゝ存じます。 陳者先般自治警察署の設置となりその運営に当り各独自の立場に於て運営され他の自治警察町村との連絡に欠如致し何にかと不便を感じて居る次第で御座いますが此の点について他の府県でも不便を感じ連絡調整の為め自治警察町村連絡協議会とか連盟とか結成致して相互の連絡協調を図つて居る向もあり本県内にても結成の必要な話しを仄聞致して居るような次第であります。 ついては本県内の自治警察町村の連絡協議会(仮称)設置について各位と御相談致したいと存じ僣越ではありますが左記により御打合せ致し御意見拝聴の上善処致し度く此の段御案内申上ぐる次第で万障御差繰り合せ御出席下さるよう御願い致します。 記 一 日時 昭和二十三年十月十三日 午后一時 二 場所 県庁第三議員控室 昭和二十三年十月五日 三浦郡三崎町長 杉崎定治 高座郡相模原町長 小林与次右エ門 中郡大磯町長 橋本実斐 高座郡座間町長殿 (座間町役場「警察に関する綴」(昭和二十三年)座間市教育委員会蔵) 一九六 自治体警察事務再配分に関する意見書提出依頼の件および中郡伊勢原町の所見 昭和二十六年一月十二日 神奈川県自治体警察町村連合会 会長 小林与次右エ門(印) 伊勢原町長殿 意見書提出依頼の件 今回全国町村会より別紙の如き自治体警察に関する意見書提出方依頼がありましたので御記入の上本会まで御届け下されたく御願い申上げます。 〔別紙〕 昭和二十五年十二月二十日 全国町村会長 白鳥義三郎 自治体警察設置各町村長殿 自治体警察事務再配分に関する意見提出依頼の件 既に御承知の通り、以前より地方自治拡充強化の一環として又大きい問題として行政事務再配分の問題が政府並に関係各方面で検討されており、近く、地方行政調査委員会議からはこれに関する勧告もなされますが、本会もさきに第一次試案を政府並に関係当局へ提出要望した次第であります。然るに唯一町村の自治体警察事務についてのみは、地方自治の本旨とか、経費、能力、能率等の諸点で町村に設置すべきか否かについて意見の一致を見ることが出来ずに未解決のまゝとなつていますので、本会としては早急に本問題に関する意見をとりまとめて関係当局に提案要望しなければなりません。 そこで、過般の本会の政調会、常任理事会の決定に従ひ、全国の警察設置町村に改めて本問題に関する御意見を承つて、これを本問題解決の資と致したいと考へます。 ついては、御多忙中恐縮ながら別紙調査表に記入要領御熟読の上、適宜御記入下さいまして、至急貴県(都道府)町村会へ御届け下さいますよう、此段宜敷く御願ひ申上げます。 自治体警察事務再配分に関する意見調査表記入要領 一 ㈠乃至㈥の各案中最善と考へる案一つを選んで、その下の可の字を○印で囲むこと。 二 右最善案を可とする理由を記入のこと。 三 残りの他の案を否とする理由についても記入のこと。 四 ㈠乃至㈥の各案以外に適切最良なる案があれば記入のこと。 五 人事交流等の意見欄についても適宜記入のこと。 六 調査町村の人口数、町村名、所在地名を記入のこと。 自治体警察事務再配分に関する意見調査表 (伊勢原町役場「庶務書類」(昭和二十六年)伊勢原市役所蔵) 一九七 高座郡座間町警察職員の宣誓教育訓練礼式および服装に関する規則 座間町規則第四号 座間町警察職員の宣誓、教育訓練、礼式及び服制に関する規則 警察法第五十条の第二項に基き座間町警察職員の宣誓、教育訓練、礼式及び服制に関する規則を次の通り定める。 第一条 座間町警察職員の宣誓、教育訓練、礼式及び服制に関しては当分の間この規則に定めあるを除く外なお神奈川県の例による。 第二条 座間町警察職員はその任命後、警察長は公安委員会の面前において、その他の職員は警察長の面前において次の宣誓書に署名してからでなければその職務を行つてはならない。 宣誓書 私は日本国憲法及び法律を忠実に擁護し命令条例及び規則を遵守し、その組織又は綱領が警察職務に優先してそれに従ふべきことを要求する団体に加入せず何ものにも捉らわれず何ものをも恐れず何ものも憎まず良心のみに従つて公正に警察職務の遂行に当ることを厳粛に誓ひます。 昭和 年 月 日 階級 氏名 ㊞ 第三条 警察吏員の服制には左図に示す標章一箇を左腕上部に附するものとする。 附則 この規則は昭和二十四年一月十日よりこれを施行する。 (座間町役場「警察に関する綴」(昭和二十三年)座間市教育委員会蔵) 一九八 高座郡座間町自治体警察廃止の件報告 高座発第一、一八〇号 昭和二十六年九月七日 高座郡座間町長 稲垣俊夫(印) 神奈川県国家地方警察隊長山本幸雄殿 座間町自治体警察を維持しないことの報告について 昭和二十六年九月五日執行の座間町自治体警察維持に関する住民投票の結果は次の通りであり警察法第四十条の三第五項により座間町自治体警察を維持しないことに決定しましたので同条第六項の規定により九月六日附内閣総理大臣宛報告いたしましたから報告いたします。 記 一 投票総数 二、五三一票 一 有効投票 二、四八九票 賛成 二、〇一二票 反対 四七七票 一 無効投票 四二票 (座間町役場「警察に関する綴」(昭和二十三年)座間市教育委員会蔵) 一九九 中郡伊勢原町自治体警察廃止の件決定 伊勢原町報(回覧) 昭和二十六年九月二十五日 伊勢原町役場 町民各位 ◎伊勢原町の警察廃止決定について 去る十五日執行致しました伊勢原町の警察維持に関する住民投票の結果は次のとおりであり、警察の廃止が決定されました。 これにより警察維持に関する責任の転移は十月一日に行われます。 投票総数 一、九七八票 有効投票 一、九四九票 廃止に{賛成一、六四六票 反対 三〇三票 無効投票 二九票 (伊勢原町役場「庶務書類」(昭和二十六年)伊勢原市役所蔵) 二〇〇 政府自治体の広報活動に関する原則 昭和二十五年二月二十八日 神奈川県広報文書課長(印) 比々多村長殿 政府、自治体の広報活動の適当な範囲について 標記のことについて二月二十四日来県した関東地方民事本部民間報道部副部長バーグ氏から別紙のとおり民主主義における政府の広報活動の一般原則が提示されました。 なお、原則は市町村及びあらゆる報道機関を通じて一般に徹底するよう強く要望があつたのでお知らせします。 (別紙) 政府、自治体の広報活動の適当な範囲について 政府、自治体の広報活動の適当な範囲については広報活動担当者の知識が非常に不充分である。根本的にして、原則的な方針を充分に理解していないから、たえず間違つた非民主的な政策と行動が発生する。従つて、特に日本に関して、民主的な政府、自治体の広報活動に関する数箇条の指導的な一般的な原理がここに提議される。 一 政府、自治体の広報は論争□ないことに限らるべきものである。 論争における党派心、煽動を事とすることは民主的な政府、自治体の広報には入る余地がない。 民主的な政府、自治体の職員は県市町村民の全体の公僕である。 されば県、市、町、村民を分裂させるような見解を支持するか、反対してはならない。客観性と偏頗なきことは民主的な広報活動の礎石である。 二 政府、自治体の広報機関以外のものを押し除けるのでなく、補助するのが政府、自治体の広報機能である。 されば私設の広報機関を通じて、充分な広報播布のあるものは、これらの機関の領域にそのまゝまかして置くべきものであり、しかも、私設広報機関と競争することを企図すべきではない。 たとえば新聞の如き広報機関が官公吏に充分な満足を与えぬ見地に立つて、政府、自治体のニユースを取扱うからというて、他に競争すべき機関を設ける根拠とはならない。新聞の自由という民主的な組織の下においては事実を提供し、声を大にして自由に解釈し、批判を加えることが私設広報機関である新聞の特権である。 しかしながら社会に、広範囲にわたつて強力な関心のある事項でありながら、私設広報機関が興味が薄いか又少しも関心を持たない広報素材が沢山ある。 普通私設広報機関が取扱わないことは商業的に利益がないからである。 ここに政府、自治体の広報が大変に価値ある役割を果し得るのである。 三 政府、自治体の広報担当者が、新聞、市民団体、その他、かゝる広報を要求している人々に、政府、地方自治体の施策と関連する事柄についての充分な、正確なそして客観的な広報を用意しなければならない。広報に色彩を施し、ごまかして抑制するような企てがあつてはならない。 民主的な国家の市民は、市民の名の下に運営される行政施策において完全に事実を知る権利がある。 四 いかなる場合においても、広報機関そのもの、広報取扱の態度さえも抑制することを官公吏が企てゝはならない。官公吏は最早、日本には全体主義の最も賤しむべき悪い点である思想統制は断じて禁ぜられていることを忘れてはならない。 五 政府、自治体の広報担当者は広報の地方分権といふ言葉をよく知つているが、実際の操作に関しては、一般的にいつて充分な意義を把握できないことが多い。 県の広報担当者はたえず、中央政府の指導を求めて、政府の仕事をできるだけあらゆる点において実行しようと努力している。かくして、地方自治体の官公吏は自らに与えられた権利と義務を自ら進んで放棄している。 地方庁の官公吏が求むべき適切な政策は地方がどんな広報を必要とし、又欲求するかを決定するに際して、地方事情をよく研究しなければならない。なお広報実施計画がこれらの必要と欲求に添うように作らなければならない。 この計画が作られてから、若しも中央政府からの広報資料のある部分の必要をみたし、地方自治体の計画の一部であることがたまたま発見されたならば、それからその資料を利用すべきである。 上級官庁の対象や計画が勘定に入れらるべきでなく、地方民の必要と欲求が勘定に入れられなければならない。このような方向を追い求めなければ地方民が官公吏に与えた信頼を裏切るに至るのみでなく、伝統的な全体主義的情報型に逆行する傾向になる。 いうまでもなく、上述の民主主義の原則は中央及び地方庁の関係に適用されるのみならず、他の自治体との間にも適用されるものである。 六 最も大切なことは地方庁の広報活動並びに政策が地方自治体のために有力な政治的支持を克ち得んがために、大衆への宣伝並びにそれに類似する企てをしてはならない。 若し政治的な含みで自治体の広報活動がなされゝばこれは多分罰せらるべき根つからの不埒な行動である。しかしながらこのことは日本の政府、自治体の広報政策と行動に多いのである。 広報活動に関係している公務員は直ちに自己批判をし、政治的支持を克ち得るために大衆に宣伝並びにそれに類似せる何ものをも完全に避けなければならない。 政府、自治体の広報の目的は官僚の利己的な利益をあげるためでなく、必要にして有用な広報を提供して、大衆に奉仕するものであらねばならない。上記の宣伝の型は全く非民主的、全体主義的であつて公金の濫費である。 (比々多村役場「庶務書類」(昭和二十五年)伊勢原市役所蔵) 二〇一 神奈川県下の地方自治に対する世論調査等結果調 「神奈川県下自治新報 第八号総務部地方課」 「自治新報」は県下市町村相互の緊密な連絡を計り、地方自治に関する資料、統計、情報、研究などを掲載し、自治行財政の運営と発展に資そうとするものであります。 一 地方自治に対する世論調査の結果について 二 自治体警察維持についての住民投票結果 三 統計編 1 都道府県別人口最多町村及最少町村調 2 地方公共団体の長及び議員の党派別調 四 地方自治法関係実例 (さきに配布の実例集に加えて下さい。引続き自治新報で送付いたします。) 一 地方自治に対する世論調査の結果について 地方自治法が施行されて早くも四年有余の歳月が経ち、今地方自治は色々の面で転換期に入つたのではないだろうか。 ふり返つて見ると種々の問題を孕んで漸く世人の批判も高まつて来ているようである。 地方自治法制定以来の経過を辿つてみると次のように見られるのではなからうか。 昭和二十三年頃は地方制度が樹立され、これが確立のための混乱の時代であり、将来の見通しもはつきり把めなかつた時代である。昭和二十四年昭和二十五年初めまでは制度に伴う地方自治の質的変化と地方公共団体の併列化及び中央の後見的監督権の排除に伴つて行政の総合性と地方公共団体の協調的調整が取れず混乱した動揺期ともいえる。 昭和二十五年の終りから本年に入り講和後の自立を目安として地方自治がいかにあるべきか整理期反省期に入つたのである。 地方自治をます〳〵確立伸張しようとする動きと、地方自治の行財政の現実からしてこれを批判し、不信を標ぼうする声もあるのである。この期において我々地方自治に関係するものはどうあるべきか。 地方自治は終戦以来新しい民主々義の線にそつた行き方であるとはいえ、我国に根を持たない浅いものではない。漸くその華がさかんとしているのである。制度の面でも警察法、教委法の制定、更に財政の裏付としての地方税制の改革、地方財政平衡交付金法の制定等強化、確立の措置が執られ、確かに行政の面でも六・三制の教育、社会福祉、環境衛生、農地改革、土地改良等の問題は何れも躍進し、新しい特色を築きあげた。 しかしそれにもかゝわらず、この四年間に真の地方自治が確立されたといえない。制度の上にもまだ〳〵いろ〳〵な問題が残つている。地方公共団体がほんとうに自主的に地方の民意によつて処理できる仕事の範囲が著しく限られていることが問題の一、また地方の創意によつて新しい仕事をするだけ財政的な余裕がないことがその二である。 しかし問題は制度の上のみではない。地方自治はいゝかえれば住民の自治であるべきであるが、根本において住民にまだほんとうの自治意識がそなわつていないようで住民を代表する地方議会の議員や、長にも新しい地方自治の本旨についての理解に欠けている点必しも少くないようである。これが問題の三である。 その他色々な問題があるであらうが、どうゆう所に問題があるのか、そしてそれをどうすればよいのか、我々お互いで反省してみなければならない。 過去の色々の経験を省み、育てるべきは育て、改めるべきは改めなければならない。地方自治の窮極の担い手は一般住民であり、住民の自覚にまつ部面が大きい以上、問題の解決は一般住民の積極的関与協力を求めることなしには考えられない。その意味において住民が地方自治についてどれだけ関心を示しているか、その態様を知ることも必要であらう。そこで本号では「地方自治に関する世論調査の結果」をお知らせして参考とする。 この調査は総理府国立世論調査所において「地方自治に対する住民の認識の態様を把握し、もつて今後の行政施策の参考」とするため 一般住民が地方自治をいかに認識し体得しているか 一般住民は地方自治に対しいかに批判し何を希望しているか を調査の課題として市町村を対象とし層化無作為抽出の方法で満二十才以上の男女について行つたものである。 結果の概要 一 先づ市町村との結びつきがどの程度であらうか。 大きく見て 現在自己の生活に追われて、地方自治に限らず、凡そ社会的に関心を持つ余裕のないとみなされる人が約40% 部落或は国全体のことには一応関心を持つが市町村となると関心が薄いというものが約40% 自治的な面に限らず何らかの形で自分の住んでいる市町村をよくしたい、またはよくすることに協力したいというものも約40%という数字が表れる。 二 地方自治についても全然知らないというものは殆んど無かつた。 例えば首長の名前は90%が知つている。地方自治という言葉も50%のものは知つている。然しリコール制、終戦后の地方自治の変革を理解し、原則的にその意義を理解しているものは、恐らく10%前後に止まるようである。 三 自発的のものであるか或はある程度の義務感を伴つたものであるかはつきりしないが、自治体の運営に協力しようとする必要は80%前後のものが感じている。 少くとも選挙を通じてだけは協力しなければならないし、また協力できるという気持はかなり強い。しかし更に立入つて積極的に協力しようという気持を持つものは次第に減少し、選挙後も委せ切りではいけないと感じているもの約60%、行動の面で消極的にもそうしているもの40%、積極的にそうするというものは僅かに10%に満たない。 四 市町村当局、または一般住民に対してはつきりした批判力を持つものは少く15%程度である。現制度に矛盾、不便を感じているものは極く一部であり、何等かの面で漠然とした不満、反感を抱いているものは1/3前後に止まるようである。 調査の結果 一 地方自治について調査の程度 地方自治法施行から現在まで現制度の周知徹底は大きな仕事の一つとして努力されて来たが一般住民にどの程度まで浸透しているのであらうか。 ○問 今こゝの村(市、町)長さんは何という方ですか 全然しらない11% まあ知つている89% 計100% 注 幾分あいまいなものは「何々さんでせう」「何々さんぢやないですか」又は「何々さんか、何々さんでしよう」というように二者を対比させた場合等正しい姓や名のいずれかに言及したものはすべて含めた。 ○問 あなた方の納めた税金が村(市、町)でどういう風に使はれているか御存知ですか 村(市、町)の経費のことを大筋だけでも御存知ですか 全然知らない53% 現在多少知つている43% 現在よく知つている4% 計 100% ○問 こゝの議会の議員の定数は何人ですか 知らない58% 大体知つている24% 正確に知つてゐる18% 計100% ○問 地方自治という言葉をお聞きになつたことがありますか 聞いたことがない46% 聞いたことがある54% 計100% ○問 リコールということを御存知ですか 全然知らない 60% 名前だけは聞いたことがあるが意味はまるでわからない20% リコールが村政監視の手段であることを漠然と知つている(少くとも漠然とは知つていそうだ) 16% リコールが村政監視の手段の一つであることを知つている4% 計 100% ○「国」と村との関係についてお伺いしたいのですが、なるべく多くの仕事を国が直接やる(処理したり監督したりする)のとできるだけ村(市、町)に委せるのとどちらがよいですかという質問に対し 事務再配分の問題ということがわからないもの 89% 漠然と事務再配分の問題として答へたもの 10% 明確に事務再配分の問題として答へたもの 1% 計 100% ○村(市、町)民の住民自治の原則の自覚は今の程度でよいか 問 以前には一般の人達は、村の上に立つ人の云うことに従つて行けばよいという考え方でしたが、今では自分達の村(市、町)は自分達自身の手で治めるという考え方に変つて来たと云いますが、どちらがよいと思いますか わからない44% まだ足りない40% 現在でよい15% 行きすぎた1% 計100% ○問 選挙の結果、誰が当選しても自分達の生活にとつて大した変りはないという人もいますが、あなたはどう思いますか 生活との関連あり{何となくあるような気がする 17% 当然ある筈だとするもの 20% よくわかつてあるとするもの 9% 生活との関連なし{選挙は公けのもので私ごとに38% 結びつけて考えてはいけない 当然ある筈だがそうなつていない 14% 日本の現状ではあり得ないことだ 2% 計 100% 二 地方自治に協力する気持の有無 現在、地方自治運営の実情は必ずしも十分の成果をあげているとはいゝがたい面があるといわれている。その原因の半ばは前項にも見受けられるように周知度の不足に帰せられ、更にさかのぼつて制度、運営にも幾多の問題があるのであるが、何れにしても住民の無力という点を十分考えねばならない。この調査の結果から見れば少くとも観念的には76%のものが一部のものに委さず自分達の手で治めるのが良いと思つている。 自治体の首長は官選より選挙した方がよいとするものが84%ある。 然し府県知事については住民の選挙がよいとする者の%は61%に減る。 選挙後も自治体の仕事を一部の理事者に委せ切りにしておいてはいけないと思つているもの、時には村(市、町)の財政状況を考えて見ないわけではないというもの、それ〴〵60%、自治体運営に協力して行かうとするものは数%にすぎない。 ○自治体の運営に協力する気持 被支配者のつもりに{まかせる{まかせるのが当然 21% 仕方がない 8% (支配者に対する不信) まかせない(支配者に対する反抗、不信) 14% その事を別に感じない {まかせる{つまらない事だから 1% すまない事だが 4% 代表者だから 8% まかさせない協力する{消極的に 37% 消極的に 7% 計 100% 三 地方自治に対する希望と批判 常識的に予想されるように、当局に対し、あるいは住民に対してはつきりとした批判を持つものは極く少く15%程度である。 この調査で批判、賛否を求めてもその明確な回答を述べ得るものは少ない。例えば一番関連の深い選挙についても、その当選人の質の問題にしても、議員の定数が多いか、少いかという点も意見はなし、或はそれに近いものが約半数を占めている。 然しながら、間接的にそれをみると32%のものは現在たとえ良い人が選ばれていなくとも選挙はよいことだとしている。 首長選挙を直接、或は間接選挙の何れによるべきかでは間接の12%に対して71%が直接を支持しており、少くとも選挙制度については現制度に反対は少い。 財政の冗費についても85%のものが、それがあることを指摘している。 事務再配分の問題にしても、良くは判らぬが仕事を村に移すことを支持するものが多い。 ○当局に対する批判 問 この村(市、町)はいい村(市、町)ですか (補助質問) 昔と比べてどうでしようか ○この村(市、町)にお住みになつては何か困る不便のことはありませんか 批判のあるもの15% 観察している40% 不満、苦情がある3% なし42% 計 100% ○現在の選挙でよい人が選ばれていますか 良い人が出ていない14% よい人も悪い人も20% 小数悪い人がいる13% よい人が出ている33% わからない20% 計100% ○議員定数が多いか少いか わからない 45%多すぎる(財政上) 5%〃 (まとまらないから) 3%〃 (数が多いと無能者が多くなる等その他の理由なし ) 14%}少なすぎる(衆知を集める) 2%〃 (その他理由なし) 3%}5% 67% 丁度よい 28% 計 100% ○よい人が選ばれなくても選挙はよいことか やはりよい69% あいまい31% 計100% ○現在の村財政に無駄があると思うか わからない38% 無駄があるという気がする35% 気がしない27% 計100% 四 その他 ○村をよくしたいと思うか 村がよくなればよいという希望を持つているとは思えない 24% よくなればよいが、よくしたいとは思わない 24% よくしたいが何もできない (自分は駄目である よくするにはどうしたらよいかわからない) 6% よくしたいが何もしない(他に仕事がある) 5% 消極的に協力する 34% 積極的に協力する(先に立つて) 7% 計 100% ○日常会話で村のことが話題になるか ならない42% 村(市、町)政の問題25% その他の問題27% 単なる噂6% 計 100% ○国のこと、村のこと、部落のことのうち、どれが関心を持ち易いか 少くとも(市、町)のことより国のことの方が考え易い14% 少くとも村(市、町)のことより部落(町内)のことの方が考え易い 30% 国や部落よりはやはり先づ村(市、町)のことの方が考え易い44% 不明 12% 計 100% ○国税と村税とどちらを先に納めるか わからない、どちらも納める条件を述べたもの 29% 国税 39% 村税 32% 計 100% ○村(市、町)に対する態度 好意的56% 中立的33% 非友好的11% 計100% ○公聴会、説明会へ出たり掲示板を見たりすることはありませんか 出ない87% 出た13% 計100% ○問 村(市、町)の経費のことを一般の村の人に知らせるには、どうやつて知らせたらよいと思いますか わからない 22% 村報 30% 回覧板 18% 説明会 (村の) 11% 〃 (部落の) 13% 〃 (特別の) 3% 掲示板 13% その他 5% 自治体警察維持に関する住民投票について 本年六月警察法の一部が改正されて、自治体警察の設置されている町村は住民投票によつてこれを維持しないこと及び廃止後再び維持することができるようになつた。本県でも松田町の住民投票(九月一日)を皮切りに二一ケ町村が投票し寒川町(九月二十九日)を最後として一応の結末を告げた。すなはち逗子町、相模原町の二署を除く一七署が国警に編入され新たな機構の下に発足したのである。 昭和二十二年警察法が制定された当時、さらにそれ以前から自治警設置については論議され批判されたが三年有半経つた今日、町村における大多数の自治警が廃止の運命に至つたことは関係町村はもとより少くとも地方自治確立に関心をもつ者としてもう一度反省してみる必要があるのではなからうか。警察法制定の目的は「国民のために人間の自由の理想を保障する日本国憲法の精神に従い、又地方自治の真義を推進する観点から……」というにあつた。 地方自治確立のために発足した制度が種々の見地から、とりわけ財政的基盤の貧弱から今日の事態にたち至つたことを思ふと地方自治確立の困難さを痛感せざるをえない。 勿論その他小自治警の装備力や能力の貧弱、人事管理、能率の問題、ボスとの結託や介入による腐敗、国警と自治警との連絡協調の不円滑等指摘された問題も少くないが、国際情勢の変化に伴う国内治安維持の強化、町村財政危機の深刻化という二点から改正が要望された。しかしながら存廃を決するに当つては「真に町村民の自由な自発的判断による」べきことは当然である。 町村財政上の理由についても平衡交付金制度中警察費に関する基自治体警察維持に関する住民投票の選挙結果一覧表 (26.1〇.1作成) (備考) 投票総数に対する有効投票率 97.8% 無効投票率 2.2% である 準財政需要量と実際の支出に相当の差があるとか、単位費用が安すぎるとかいう問題については、すでに諸新聞に発表されたところであるから再び繰返さないが、各町村の議事録や住民投票に付する理由書にはこの面が大きくとりあげられていることは事実である。 かくして本県では各町村議会において慎重な審議検討の結果七月地方公共団体の長の党派別 26.9.1現在 地方公共団体の議員の党派別 26.9.1現在 三日松田町の廃止議決を始めとして「町村民全体の公正妥当な」住民投票によつて二一ケ町村一七署の廃止が決定し一〇月一日をもつて国警に切替えられたのである。 全国的にみて国警に編入と決定した警察署数は実に一、〇二六の多きに達し、住民投票の結果存置と決定したのはわずかに四ケ町村に過ぎない。各町村の住民投票の結果は別表の通りであるが、投票に関して四月選挙に比べ著しく低率であることは住民の警察制度に対する関心の薄さを示すのであるが、しかし我々としては投票率の如何は第二の問題として賛成(七八・八%)反対(二一・三%)の比率をより注目すべきであろう。 (比々多村役場「庶務書類」(昭和二十六年)伊勢原市役所蔵) 第二節 市町村行政 二〇二 民主自治発展協議懇談会要綱 民主自治発展協議懇談会要綱 足柄下地方事務所 趣旨 民主自治を発展完成するには其の基部組織である部落会町内会の自主的活動に俟たなければならぬ そこで其の運営活動の良好な町村を選んで各階層の座談会を開催して之れを民主自治の指針とし結果を各町村に対し推進発展を促したいと思ふ次第である 一 参会者(弐拾名内外) 1 部落会、町内会長(十人内外) 2 各種団体長又は幹部十人内外 3 町当局関係者及地方事務所係官 4 新聞記者 二 会期及会場 七月十七日 自午後一時至三時 湯河原町役場 七月廿日 仝 国府津町役場 七月廿四日 仝 仙石原村役場 三 会議事項 1 食糧緊急対策と供出 2 金融緊急措置と国民貯蓄 3 常会の運営と部落会町内会の自治的活動 四 其の他 1 会場の設備は地元町村に於て斡旋すること (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 二〇三 町村庶務主任会議開催の件通知 昭和二十一年八月三日 足柄下地方事務所長(印) 各町村長殿 庶務主任会議開催の件 左記要綱に依り町村庶務主任会議を開催しますから主任者を出席せしめられたい。 記 一 趣旨 町村自治の振興は新日本建設の礎石として極めて緊要で殊に自治の運営上庶務主任の担任して居る事務は複雑多岐に亘り従つて研究を要する事項も頗る多様である故に不断の熱意と誠実を以て努力すべきである 二 日時 八月十四日午後壱時 三 場所 湯本町役場会議室 四 会議事項 1 町村自治の運営刷新に就て 2 町村常会及部落町内常会の運営と婦人会の活躍に就て (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 二〇四 民主自治発展協議懇談会開催の件通知 号外 昭和二十一年九月六日 仙石原村役場(印) 勝俣要吉殿 民主自治発展協議懇談会開催ノ件 延期トナツテ居リマシタ標記ノ件左記ノ通リ開催致ス事ニ決定致シマシタカラ御多忙ノ折デスガ努メテ御出席願ヒマス 記 一 日時 九月九日 自午後一時 至午後三時 二 場所 仙石原村役場 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 二〇五 特別市制に関する件報告 特別市制に関する県民への報告 「特別市制」の問題に就ては曩に十一月十二日地方制度調査会第二部会に於て五大都市当局の用意せる「独立市制」案を殆ど其のまゝ採択したるに対し反対の声強く同月二十七日の調査会総会は「特別市制」に就ては府県と市との融和を計る様政府に於て善処せられ度いとの附帯決議を可決したる外内務当局より「独立市制」を法規化する場合は特別法に依ると一般法に依るとを問はず府県の分合を実施する時は新憲法第九十五条に該当すべき旨極めて明快なる言明ありたる為本問題は神奈川県に関する限り二百万県民の諒解なくしては実現不可能なるを確めたるを以て県は一応独立市制反対の運動を停止し此の際全県民は融和して専ら国家の復興再建に邁進致し度きものと考へ其の線に沿ひ県民各位にも御諒解を得て参つた積りであります。 然るに市側に於ては県の沈黙を奇貨とし其の後も陰に陽に独立分離の猛運動を続けて居りますことは新聞紙上にも散見する通りであります。一方前記地方制度調査会は去十二月十一日第五回総会に於て特別市制に関し更に小委員会を設置することゝなり十名の委員は会長に依り指名され其の顔触に就ては必ずしも我々より反対の理由はなかつたのであります。 併し乍ら其の後同小委員会の活動状況を見るに過日毎日新聞紙上に報道されました通り五大府県市の代表者を府県毎に招致して意見を質し更に其の妥協方を懇望したのであります。 私共は此の問題は既に八十余名よりなる総会に於て部会の決議に対し不満足の意を表し附帯決議を以て政府に善処方を要望したのでありますから此の小委員会が既に一応決定済の問題をむし返すことは如何なものかと考へられるが本月二十四日僅に二十四時間の予告で知事と県会議長が県の代表として此の小委員会に呼び出されて見ますと小委員会は十名の委員中出席者は委員長の外僅に二名で其処には前横浜市長及市長代理、横浜市会議長及一市会議員の外多数の市関係者が見へましたが前市長や一市会議員が私共と同列で堂々と意見を開陳する光景を見て全く阿然たらざるを得なかつたのであります。殊に現在横浜市の代表者とも思はれないそして政治運動は慎むべき辞職後の半井前市長が委員長に対し此の問題は是非本年中(残す所は僅一週間です)に何とかして呉れと要求して居りましたことは如何に民論を無視し独立市制を遮二無二強行せんとするかの市側の動向を察知するに余りあるものがあつたのであります。委員長からは個人的意見として私共に県市間融和に尽力せられ度旨申出があつたのでありますが私にしても県会議長にしても此の問題に就ては既に神奈川県内六市の外百余の全町村長の明確なる反対決議ありたる次第なれば我々の一存にては如何とも致し難き旨答へて会見を終つたのであります。 猶此の席上他の府県は既に大体賛成してゐるかの如き言辞を洩した委員がありましたが聞く処に依れば或る県からは知事の代りに一課長が出席した由でありますが前記の如き空気の小委員会席上で一課長が如何なる応答をされたとしても之れに依つて一府県二、三百万住民の重大なる利害が左右されるが如きことは民主的新日本には断じて相容れないことだと思はれます。 右の如く大都市側の運動は凡ゆる部面に亘り執拗であります故今後の成行に就ては決して楽観を許さざるものがあります。今後起り得べき新事態に就ては成るべく時機を失せず御報道申上げ各位の御考慮を煩はす所存でありますが皆様に於かれても事態を重視し此の問題が真に民主的に全県民の福祉の為に解決せらるゝ様夫々の分野から御研究御善処下さる様御願する次第であります。 猶御参考の為此の問題が去十一月初め県の問題として取上げられてから後約一ケ月に亘る経過の概要を摘記し別添御送附申上げますから御一読下さる様御願申上げます。 (昭和二十一年十二月二十五日内山記) (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十二年)箱根町役場蔵) 〔注〕別添欠。 二〇六 町内会設置規程等廃止の件告示 昭和二十一年一月十七日 総務部長 重田巌(印) 秘書課長 川神寛寿殿 町内会設置規程等廃止ニ関スル件 戦後ニ於ケル新日本ノ完成ハ一ニ我ガ国民ノ急速ナル民主化ニ俟ツアルノ秋国家組織ノ基盤タル町内会並ニ隣組ノ真ニ自主的ナル組織ニ改変スルハ現下喫緊ノ重要事タルニ鑑ミ爾今本市ハ別紙町内会隣組設置要綱ニ基キ新ニ発足致ス事ト相成候ニ付テハ左記規程廃止ニ関シ告示方御取計相成度 記 一 川崎市町内会設置規程並仝規程準則 仝改正規程 一 町内会専任書記助成規程 一 伺定 川崎市町内会長及副会長選任内規 追テ別紙要綱ハ本市部長会議、各地区事務所出張所長会議、町内会連合会長会議ニ於テ異議ナク確定ヲ見タルモノニ付申添候 (川崎市役所「市政月報」(昭和二十一年)川崎市役所蔵) 〔注〕別紙欠。 二〇七 町内会部落会等の運営に関する件通牒 二十振第九二三号 昭和二十一年二月二十日 内務部長 地方事務所長殿 市長殿 町内会部落会等ノ運営ニ関スル件 標記ノ件ニ関シテハ昭和十五年九月内務省訓令ニ基キ同年十月本県訓令第三十四号ヲ以テ之ガ整備規程設定爾来数次ニ亘リ通牒ノ次第モ有之格別ノ御配意ニ依リ逐年其ノ組織モ整備セラレ亦活動範囲モ拡大シ今ヤ国民生活上不可欠ノ組織ト相成居候処戦時中或ハ町内会部落会ニ課セラレタル業務大ニ過ギ或ハ其ノ業務遂行ノ必要上部民ニ対シ強圧感ヲ与へ若ハ部民ニ対スル負担重キニ過グルノ憾モ有之候処右ハ時局ノ推移ニ伴ヒ真ニ止ムヲ得ザルニ出デタル処トハ被存候へ共斯クテハ隣保団結シテ自主的ニ部内ノ共同事務処理ニ当ラシメントスル町内会部落会設置ノ本旨ニ副ハザル次第ニシテ殊ニ現下ノ状勢ニ鑑ミ速カニ既往ノ諸弊ヲ一擲シ民意ニ立脚シテ真ニ隣保相助ノ本然ノ組織ニ還元セシムルノ要極メテ緊切ナル折柄今般内務次官ヨリ通牒ノ次第モ有之候条右趣旨御了承ノ上爾今苟モ行政事務遂行ノ単ナル便宜ニ依リ町内会部落会ニ対シ過重ナル負担ヲ課シ或ハ其ノ自発的協力ニ俟タズシテ強圧ニ依ル負担ヲ部民ニ強ヒ若ハ其ノ自発的活動ニ制肘ヲ加フルカノ感ヲ与フルガ如キハ努メテ之ヲ避クルト共ニ現下当面セル消費経済生活各般ニ亘ル業務ニ付テモ積極的自発的ナル活動ヲ促進スル等ノ措置ヲ講ゼシメ地方ノ実情ニ即シ真ニ町内会部落会ヲシテ自由濶達ナル隣保互助国策協力ノ自主的組織タラシムルガ如ク之ガ運営指導ニ遺憾ナキヲ期セラレ度此段及通牒候也 追テ昭和十五年十月県訓令第三十四号部落会町内会等整備規程ハ本月二十日限リ廃止相成タルヲ以テ之ニ関連スル従前ノ通牒等ニシテ牴触スル部分ハ自然消滅ノ儀ト御了承相成度尚今回部落会町内会及隣組再建要綱制定協議会ニ於テ議了シタル別紙要綱ニ準拠シ適切ナル規約ヲ定メ運営上支障無之様御留意相成度為念 〔別紙〕 部落会町内会及隣組再建要綱 (神奈川県) 一 部落会町内会ノ性格及任務 部落会町内会ハ其ノ本来ノ性質タル住民ノ自由意志ニ基ク地域的親和団体タルノ性格ヲ保持シ隣保相愛ノ精神ヲ基調トシ区域内ニ於ケル民生ノ安定、道義ノ昂揚並地方自治ノ基部機構トシテノ機能ヲ発揮スル自主的組織トシ新日本建設ノ基盤タラシムルコト 二 部落会町内会ノ区域及組織 1 市町村ノ区域ヲ分チ部落会町内会ヲ組織スルコト 2 部落会町内会ノ名称ハ部落名町名ヲ冠スル等適宜郷土的タル名称ヲ定ムルコト 3 部落会町内会ハ区域内全世帯ヲ以テ組織スルコト 法人学校病院事務所其ノ他之ニ類スルモノハ之ヲ世帯ト見做スコトヲ得 4 部落会町内会ノ区域ハ行政区其ノ他既存ノ部落又ハ町内ノ区域ヲ斟酌シ真ニ隣保親和ヲ図リ地域的共同活動ヲナスニ便ナル様地方ノ状況ニ応ジ之ヲ定ムルコト 但シ関係部落会長町内会長ハ予メ市区町村長ト協議スルコト 5 部落会町内会数多数ニシテ特ニ必要アルトキハ適当ナル区域ニ依リ部落会町内会連合会ヲ組織シ得ルコト 6 部落会町内会ノ活動内容ハ産業経済文化自衛厚生其ノ他社会施設等住民ノ共同生活ニ関連スル各般ノ事項ニ亘ルモノナルヲ以テ之ガ運営上必要ニ応ジ適切ナル部制ヲ設クルコト 7 部落会町内会ノ区域其ノ他組織ニ異動アリタル場合ハ其ノ都度市区町村ニ報告スルコト 三 部落会町内会ノ規約運営役員及財産 1 部落会町内会ノ規約中ニハ左ノ事項ヲ明示スルコト ㈠目的㈡名称㈢事務所㈣事業㈤役員組織及選任ニ関スル事項㈥財産及経費ノ管理ニ関スル事項㈦規約ノ制定廃止及変更ニ関スル事項㈧其ノ他必要ナル事項 2 規約ノ設定、変更若ハ廃止ハ会員常会ニ於テ決定スルコトトシ之ヲ規約中ニ規定スルコト 3 部落会長町内会長及自主監督ニ当ル役員等ハ従来ノ慣行ニ従ヒ選挙其ノ他適当ナル方法ニ依リ之ヲ選任スルコト 4 部落会町内会ノ財産管理ニ関シテハ別ニ詳細ナル規定ヲ設ルコト 5 部落会町内会ノ会費ノ徴収ハ合理的基準ニ依ルコトトシ徒ニ住民ノ負担ヲ過重ナラシメザル様留意スルコト 6 事務職員ヲ置ク場合ハ之ヲ規約中ニ規定スルコト 7 規約制定廃止変更、部落会町内会代表者ノ異動等ノ場合ハ其ノ都度市町村長ニ報告スルコト 四 隣組ノ組織運営 1 隣組ハ従来ノ五人組十人組等ノ旧慣ハ成ル可ク之ヲ採入ルヽコト 2 隣組ハ部落会町内会ノ隣保実行組織トスルコト 3 隣組ニハ隣組長ヲ置クコト隣組長ハ従来ノ慣行ニ従ヒ互選其ノ他適当ナル方法ニ依リ選任スルコト 4 隣組長異動アリタル場合ハ其ノ都度部落会町内会代表者ニ報告スルコト 五 常会 1 部落会町内会及隣組ニハ常会ヲ設ク 2 常会ハ相互連繋ヲ保チ民意暢達ノ機能ヲ十分発揮スルニ努ムルコト 3 常会ハ部落会町内会及隣組ノ目的達成ノタメ物心両面ニ亘リ住民生活各般ノ事項ヲ協議シ相互ノ教化向上ヲ図ルコト 4 常会ハ代表者ノ招集ニ依リ区域内全世帯集合スルコト 但シ部落会町内会ニ於テ特別ノ事情アル場合ハ区域内代表者ヲ以テ之ニ代フルコトヲ得ルコト 5 常会ハ毎月定例日ニ開催ス(区域内各種会合ハ努メテ之ニ統合スルコト) 但シ必要アルトキハ臨時常会ヲ開催スルコト (「神奈川県公報」号外) 二〇八 部落会町内会規約準則案協定の件通知 二十一下総発一六一号 昭和二十一年三月二日 足柄下地方事務所長(印) 各町村長殿 部落会町内会規約準則案協定ノ件 去二月廿日県公報ヲ以テ公布セラレタル県訓令第八号及二十振第九二三号通牒町内会部落会及隣組再建要綱制定セラレタルニ依リ部落会町内会規約ヲ一般ニ改変シ再組織ノ必要有之候条之レガ準則ヲ制定スルノ要アルヲ以テ来ル二月十五日午前十時ヨリ右ニ関スル協議会開催仕リ候条主任者一名部落会町内会長中代表者二名ヲ必ラズ出席セシメラレ度此段及通知候也 追而午後三時終了予定ナルヲ以テ昼食御持参相成タシ (湯本町役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 二〇九 足柄下郡湯本町部落会町内会規約準則 部落会町内会規約準則案 第一章 第一条 本会ハ湯本町部落会町内会ト称ス 第二条 本会ハ部落内町内ニ居住スル全世帯ヲ以テ組織ス但シ法人、学校、病院、工場、営業所、事務所其ノ他之レニ類スルモノハ之ヲ世帯ト見做ス 第三条 本会ハ部落会町内会本来ノ性質タル住民ノ自由意志ニ基ク地域的親和団体タルノ性格ヲ保持シ隣保相愛ノ精神ヲ基調トシ民生ノ安定ヲ期シ道義ノ昂揚ヲ図リ地方自治ノ基部機構トシ新日本建設ノ基盤タラシムルヲ以テ目的トス 第四条 本会ハ前条ノ目的ヲ達成スル為メ左ノ事業ヲ行フ 一 民主々義ノ助長育成 二 国民道義ノ昂揚 三 住民ノ共同生活及相互扶助 四 公民ノ再教育及文化ノ向上 五 科学知識ノ普及 六 保健衛生ノ指導 七 生産拡充及物資ノ配給消費 八 自警自衛 九 納税 一〇 国民貯蓄ノ勧奨推進 一一 其他相互福利ノ増進 第五条 本会ノ事務所ハ 番地ニ置ク 第二章 部制及事務分掌 第六条 本会ニ左ノ部制ヲ設ク 一 庶務部 二 産業経済部 三 教化厚生部 〔欄外注記〕神社事務ヲ含ムコト 四 納税貯蓄部 五 婦人部 第七条 各部ノ分掌事項左ノ如シ 一 庶務部 1 諸令達等ノ普及徹底ニ関スル事項 2 町村役場其他各種団体隣組トノ連絡 3 予算及決算、会計事務 4 水火消防其他警備自衛関係 5 勤労動員関係及他ノ部ニ属セザル事項 二 産業経済部 1 生産増強及農事実行組合トノ連絡 2 生活必需物資ノ配給統制 3 人員及世帯数ノ調査整備関係 4 生活改善消費節約ノ啓発訓練 5 其他産業経済ニ関スル事項 三 教化厚生部 1 成人再教育、社会教育並ニ選挙啓発運動道義ノ昂揚 2 社会事業及社会教育機関トノ連絡 3 保護救護関係事項 4 科学教育及文化生活ノ向上 5 結核及伝染病ノ予防救治関係 6 健民運動及衛生思想ノ普及其他教化厚生宗教関係事項 四 納税貯蓄部 1 公租、公課ノ徴収納付関係 2 貯蓄ノ指導奨励 3 通貨膨張抑制其他ニ関スル件 五 婦人部 1 婦人、社会的教養ノ向上ニ関スル件 2 台所科学ノ普及徹底並ニ食生活ノ改善事項 3 子女教育上学校ト家庭トノ連絡関係 4 婦人団体ノ指導協力其他各部ノ関係事項中特ニ婦人ノ協力ヲ必要トスル事項 第三章 役職員 第八条 本会ニ左ノ役員ヲ置ク 会長 一名 副会長 一名 部長 若干名 第九条 会長ハ会務ヲ総理シ本会ヲ代表ス 第十条 副会長ハ会長ヲ補佐シ会長事故アルトキハ其ノ職務ヲ代理ス 第十一条 部長ハ会長ノ命ヲ承ケ所属部ノ事務ヲ掌理ス 第十二条 役員ハ会員ノ選挙ニ依ル但シ会員ノ総意ヲ以テ推薦又ハ協議ニ依リ選任スルコトヲ防ゲズ 第十三条 本会ニ顧問ヲ置クコトヲ得 顧問ハ本会ノ功労者又ハ区域内ニ居住スル学識経験者中ヨリ会員ノ総意ヲ以テ推薦ス 第十四条 役員ノ任期ハ二箇年トス但シ重任ヲ妨ゲズ補欠ニ依リ就任シタル役員ハ前任者ノ残任期間トス 役員ハ任期満了後ト雖後任者ノ就任スルニ至ル迄ハ其ノ職務ヲ執行スルモノトス 第十五条 役員ハ役員会ヲ構成ス 顧問ハ役員会ニ出席シ発言スルコトヲ得 第十六条 本会ニ書記ヲ置クコトヲ得 書記ハ会長之ヲ任免シ毎年度予算ノ定ムル所ニ依リ給料ヲ支給ス書記ハ会長ノ命ヲ承ケ本会ノ事務ヲ処理ス 第四章 隣組 第十七条 本会ノ区域ヲ何組ニ分チ其ノ区域ヲ以テ隣組トス 第十八条 隣組ハ隣保共和相互扶助タル実践機関トス 第十九条 隣組ニ組長一名副組長一名ヲ置キ組員ノ互選トス 組長及副組長ノ任期ニ就テハ第十四条ノ規定ヲ準用ス 組長及副組長決定若シクハ異動シタルトキハ直チニ会長ニ報告スルコト 第五章 常会 第一節 部落会町内会常会 第二十条 本会ニ常会ヲ設ク 第二十一条 常会ハ会長ノ招集ニ依リ区域内全世帯集会ス但シ予算決算会費徴収方法及役員ノ選挙財産ノ処分其他重要事項ヲ除クノ外特別ノ事情アル場合ハ其ノ区域内ノ役員及隣組長ヲ以テ全世帯ニ代フルコトヲ得 第二十二条 常会ハ第三条ノ目的ヲ達成スル為メ住民ノ生活安定ヲ中心ニ各般ノ事項ヲ協議懇談シ和気靄々タル内ニ民主的自由意志ノ疎通ヲ図リ隣保相愛ノ美徳ヲ涵養シ自治ノ顕現ニ努メ以テ共同福利ノ増進ヲ図ルモノトス 第二十三条 常会ハ毎月 日ヲ定例日トシ之ヲ開催ス但シ必要アルトキハ随時開催ス 第二節 隣組常会 第二十四条 隣組ニ常会ヲ設ク 隣組常会ハ組長ノ招集ニ依リ毎月 日ヲ定例日トシ全世帯集合シ之ヲ開催ス但シ必要アル場合ニ於テハ随時之レヲ開催ス 第六章 事務、経理 第二十五条 本会ノ会計年度ハ四月一日ニ始リ翌年三月卅一日ヲ以テ終ル 第二十六条 本会ノ経費ハ会費、寄附金、町村助成金其ノ他財産ノ収入ヲ以テ之ニ充ツ 第二十七条 会費ハ一定ノ基準ニ依リ常会ノ決議ヲ経テ之ヲ徴収スルモノトス既納会費ハ理由ノ如何ニ拘ハラズ之ヲ返還セズ 第二十八条 毎年度ノ予算及決算会費徴収方法及財産ノ処分ハ常会ノ決議若クハ承認ヲ経ルモノトシ其ノ他ノ事項ハ役員会ニ於テ之ヲ決ス 第二十九条 本会ニ左ノ帳簿ヲ設備ス 一 会員名簿 二 金銭出納簿 三 財産台帳 四 常会出席簿 五 常会記録簿 六 決議録 七 其ノ他必要ナル帳簿 第三十条 本会ハ左ノ事項ヲ町村長ニ報告スルモノトス 一 規約ノ設定及変更 七日以内 二 役員ノ当選及更迭 七日以内 三 会費ノ徴収方法 七日以内 四 予算決算 七日以内 五 財産ノ処分 七日以内 六 其ノ他必要ナル事項 其ノ都度 第七章 補則 第三十一条 本会ニ於テ寄附金ヲ募集セントスルトキハ町村長ノ承認ヲ受ケタル後警察署ノ許可ヲ受クルモノトス 第三十二条 本会ヲ通ズル寄附金募集ニ就テハ町村長ヲ通ズルモノヽ外予メ町村長ノ指示又ハ承認ナキ限リ斡旋又ハ協力セザルモノトス 附則 本規約ハ昭和二十一年 月 日ヨリ之ヲ施行ス 昭和十七年 月 日施行ノ何村何部落会町内会規約ハ之ヲ廃止ス (湯本町役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 二一〇 町内会部落会等の神道に関する諸行為禁止徹底の件通牒 二十一中総収第一、三〇四号 連合軍関係 昭和二十一年十二月六日 中地方事務所長 各町村長殿 町内会隣組等に依る神道の後援及び支持の禁止に関する件 神社の奉納金、祭典費等の募集や神符、守札等の頒布については昭和二十一年八月二十一日附二十一教第一、九七六号を以つて今後町内会、部落会、隣組等が行はないやうに通牒したがこの趣旨が徹底を欠きなほ種々の違反の事例が起つてゐるので昭和二十一年十一月六日附連合国軍最高司令部より更にこの事に付いての禁止指令があつた。此の際貴部内に於ては一層さきの通牒の趣旨が末端に迄も良く徹底するやう取計られ今後一切かやうな事例の起らぬ様厳に取締られ度い。なほ左記の事項の徹底方に万全をせられたい。命に依つて通牒する。 記 一 神社の寄附金、祭礼費等の募集や神符、形代等の頒布に町内会、部落会、隣組等よりの援助又はこれらの機関を利用することは昨年十二月十五日附連合国軍最高司令部より発せられた「国家神道、神社神道に対する政府の保全、監督並びに弘布の廃止に関する覚書」中の第一条第一項に違反する。従つて本年六月十二日附発せられた勅令三一一号(昭和二十一年八月十六日附二十一教第一、六六九号通牒)が適用されるから違反のないやう充分に取締られたい。 二 市区町村、町内会、部落会等が種々の祝祭行事を行ふ場合は如何なる場合でも神社等の祭祀と厳密に分離し誤解を生じないやうにすること。なほその費用を神社等の名義を籍りて居住者に対し募集しない事。 三 町内会、部落会、隣組等の有力なる役職員にして神社の総代や世話役等に就任することは誤解を生ずる虞があるから之を避けしむること。 四 慣行の氏子区域に依る氏子組織を改め新たにその神社を崇敬する者を以つて氏子崇敬者の団体を結成せしめるやう勧奨すること。この場合前項の趣旨に基き市区町村、町内会、部落会等の下部行政機関がこれに援助を与へたり又はその団体の基礎とならないやうにすること。 追つてこの通牒を貴部内の下部行政機関にまで周知せしめ、措置又は方法等について昭和二十一年十二月十三日までに社会教育課長あて報告せられたい。 (相川村役場「庶務書類」(昭和二十一年)厚木市役所蔵) 二一一 戦災復興等常会での徹底事項指示 十二月常会徹底事項 ㈠ 本県戦災復興事業に協力しませう 戦災復興事業遂行の緊要なことは今更申上げる迄もありません。 本県に於ても鋭意復興事業に努力して来たのですが、資金の関係上これを強力に遂行することが出来ませんでしたが今度地方宝籤制度が創設されたので、本県の戦災復興資金の調達を目的として来年一月五日より一ケ月間宝籤を発売することになりました。 我等の郷土復興は我等の手で! 県民各位の絶大なる御協力をお願ひします。 ㈡ 救国貯蓄運動に協力しませう 十一、十二の二ケ月間を救国貯蓄運動期間として全国一斉に国民運動を展開中でありますが、現下の経済危機を突破し新日本経済を建設するには国民総べてが勤勉力行し、貯蓄に励んでこそ始めてよく成就するのであつて若し十分な貯蓄が出来なければ通貨は増発しいよ〳〵生活は苦しくなつて来ます。 国民全部が気を揃へて貯蓄をすれば物価は忽ち安定し、生活は明るくなる道理です。 事業収入、勤労所得の増加分、米、甘藷、果実、鮮魚等の売却代金は必ず貯蓄しませう。 ㈢ 再建日本の民主化のため、地方財政を確立するため進んで負担分任に努めませう 地方団体の住民の福祉は一に自治団体の自主、自律の強化である。 今迄のやうに殆ど国の補助にたよつてゐたのを改めて住民自らの負担において自治事業を自らの力によつて行ひ、生きた自治団体としなければならない。それがため今次議会で県民税の創設、市町村民税の大幅引上げ等を含む地方税法の改正があつたのである。 この線に沿つて吾々県民として負担する県税も次のやうに変つたので其の概要をお知らせして今から納税の準備を願ひ一人の未納者も出さないやう御協力願ふ次第です。 (相川村役場「庶務書類」(昭和二十一年)厚木市役所蔵) 〔注〕県税の概要省略。 二一二 町内会部落会等長の選挙に関する件指示 昭和二十二年一月二十日 足柄下地方事務所長(印) 各町村長殿 町内会部落会等の長の選挙について 首題のことについては本年一月四日勅令第四号が公布されたがその筋より何分の指示があるまでは右の選挙は行はないよう通知があつたから御了知願いたい。従つて現在その職にあるものはなほ引継いで留任することが出来るのであるから念の為申添へる。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十二年)箱根町役場蔵) 二一三 町内会部落会の廃止ならびに措置の徹底に関する件通牒 二十二高総収第六八八号 昭和二十二年五月二日 高座鎌倉地方事務所長(印) 各町村長殿 町内会部落会の廃止並びにその後の措置について このことについては三月五日本号を以て通知した所により市区町村への事務移管その他諸般のことにつき夫々御措置したことと存ずるが未だ国民並びに関係当事者の中には此の措置に対して明確な認識を有してゐない者もあるように見受けられるので此の際特に別紙事項について徹底を期するよう別紙の通り通牒があつたから貴管下一般に対し御指導願ひたい。 (別紙) 一 本年四月一日以降町内会部落会及びその連合会並びに隣組は存在しないことになり之等四つの機関の長の職務も消滅し今後此の種の強制的性格を持つ団体の存在は如何なる形においても一切許されず後継団体もなくなること。 二 今次措置は改正憲法の施行に先立ち地方行政の末端に至る迄戦時統制機構を一掃することによつて四月中行われる各種選挙の公正な実施を確保し以て民主日本建設の基盤を確固不動ならしめようとするものであり我が国の民主化の上に極めて重要な意義を有することを国民各層に対し徹底せしめる措置を講ずること。 三 市区町村において今回廃止される町内会部落会等の長を新たに設置される出張所の職員や駐在員に委嘱しても差支えないように解釈してゐる向もあるやうに見受けられるがこれらの長が引継ぎ従来の機能を担当することわ折角廃止した戦時機関を実質上継続させることゝなる惧があるからかかることは絶対に避けなければならないこと。 四 隣組廃止後においても配給に関する機構がそのまゝ継続するように解してゐる向が見受けられるが今後配給については如何なる団体の存在も必要とせず各消費者は直接配給を受けることができること尤も消費者が自己の便宜のために自発的に任意的且つ非公式な団体をつくつて配給を受けることは差支えないがこの場合においてもその団体に入るか否かは各人の任意であり配給機関はかゝる団体に入らないことを理由として配給を拒むことは絶対に許されないこと。 各種の配給物資については夫々主管省より指示せられる所により右の趣旨に基いて公正適確な運営を図り以て些かの紛議をも招かないように措置すると共にこの際配給機関に対する指導監督を厳にして不公正乃至不明朗な事実に対しては厳重にこれを取締ること。 (相模原町役場「嘱託員関係書類」(昭和二十二年)相模原市立図書館蔵) 二一四 町内会部落会等長の公的活動の禁止に関する件通牒 二十二地第四〇二号 昭和二十二年四月十八日 内務部長 神奈川県会議員 選挙管理委員会委員長 地方事務所長 各市町村長殿 市町村会議員 選挙管理委員会委員長 町内会部落会若はその連合会又は隣組の廃止後に於ける 措置特にこれらの長たりし者の選挙運動について 町内会部落会又は隣組等の組織は去る四月一日をもつて廃止されたがその後においてもこれが趣旨不徹底の憾があるので特に今次選挙と関連して別紙各項留意の上名実共に充分その徹底を期する様今般内務次官より別紙の通り通牒があつたから移牒する 記 一 町内会部落会若しくはその連合会又は隣組の廃止後に於ても従来町内会部落会若しくはその連合会の長又は隣組の長であつた者が、従来から有する特殊な地位を利用して従前の構成員に対し選挙運動をなし或は旧組織を利用して公的機能に従事するが如きことは町内会落部会隣組の組織を廃止した指示に違反するものであるから斯る事態につき調査すると共に今後絶対に斯ることのないやう措置すること。尚斯るものが従来同様の公的支配力を継続することの禁止に関し別途考慮中である。 右は国民の自由なる意思を妨げられるが如き印象を国際的に与へる虞もあるので特に注意すること。 二 過般の地方公共団体の長の選挙については、なお次のやうな事例があつたやうであるから選挙に関する事務の執行に際しても前記一の趣旨に鑑み荀くも町内会部落会等の長及び旧組織を利用するが如きことのないやうに注意すること。 又斯様な事例を惹き起した地方公共団体に対しては直にそれぞれ次の各項に示す如き措置を講ぜしめること。 1 各種選挙に共通せる投票所入場券を投票後直ちに選挙人に返さずに選挙終了後町内会部落会及びその連合会並に隣組等の旧組織又はこれらの旧役員を通じて選挙人に返さうとする向があると聞くが投票後は今後の選挙に使用すべき部分は直ちに選挙人に返すべきものであるから、今後斯ることは絶対に避けると共に去る五日の投票の場合に返さぬ向は至急市区町村選挙管理委員会において直接に若しくは市区町村の出張所駐在員を通じ選挙人に返すか又は選挙人にこれを郵送すること。 2 市区町村選挙管理委員会において従来町内会部落会若しくはその連合会の長、又は隣組の長であつた者を利用して棄権の事由を調査した向があると聞くが斯の如きことも厳に禁止すること。 三 町内会部落会若しくはその連合会又は隣組の廃止後において非公式的な純任意団体が自由に発生することは勿論差支へないが半強制的に類似組織を設けることは許されない。 今後任意団体を設けるか否か、又これを設ける場合にはその組織を如何にするかは真に国民の自由意思に基いてこれを決定させること。 なほ右の任意団体においてその代表者を選挙する場合に用ふる投票用紙には当該団体に加入するか否か、又一旦加入した後においても脱退することは各人の自由であり、加入を欲しない者は投票の必要がない旨を明記し置かせること。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十二年)箱根町役場蔵) 二一五 町内会部落会等の解散およびその他の行為制限に関する件通知 二十二下総第三六〇号 昭和二十二年五月二十四日 足柄下地方事務所長 各町村長殿 町内会部落会又はその連合会等に関する解散就職禁止 その他の行為の制限に関する件について 今般政令第一五号を以て標記の件が制定されたがこれは町内会部落会若しくはその連合会又は隣組が本年四月一日以降廃止せられたにもかかわらずその後継的団体や旧役員等が依然従前の活動を継続してゐるように見受けられるのでこれらの団体の廃止措置をして一層実効あらしめる目的を以て制定されたものであるからよく右の趣旨を体し特に左記各項に留意して遺漏のないよう格段の配意を加え貴管下各区町村に対して関係事項を示達すると共にこれが周知徹底については特に適切な措置を講ぜられたい。 記 一 従前の団体の長及び補助職員の就職禁止に関する事項第一条第二項に掲げる団体の長の就職禁止の範囲は「従前町内会部落会又はその連合会の長の職務に属した事務でその区域に係るものを主として掌る職」であるからこれらの者は今後四年間市区町村の当該地域に置かれる出張所若しくは駐在員事務所の職員たる地位又は市区町村の部課であつても従前の職務でその区域に関係のある事項を主として掌る職例へばその区域を主として担当とする配給係等の職に就くことができず現にその職に在る者は遅滞なくその職を退かねばならない。 同条第二項に掲げる補助職員は従前の団体の長以外の役員及び事務職員(但し使丁小使等単なる労務に従事する者を除く)を指称する。これらの者は今後四年間「その地域において従前その職務に属した事務を掌る職に就くことができない」。然しその地域以外においてその職に就くことは差支えない。 二 財産の処分に関する事項 第二条第一項に掲げる「財産」は従前の東京都制、市制又は町村制に基いて自己の名を以て所有する財産のみならず名義の如何を問はず実質上町内会部落会又はその連合会の所有に属するものを包含する。 同項に掲げる「規約又は契約」とはその財産の処分について何等かの規定を設けた団体の規約又は団体が締結したすべての契約を意味する。 同条第三項は町内会部落会等の財産を処分し又は市区町村にその財産が帰属する場合にはその財産について寄附者その他特別の縁故者がある場合においてその者に対して相当の金銭上の補償をなし又は当該家土地物品等の現物を返還若しくは提供する等其の他事実に即応して適当な考慮を払つて妥当な措置を為すべき旨の規定である。 三 官公吏の旧組織利用の禁止に関する事項 第三条に掲げる「指令」は命令訓令その他名称の如何を問わず従前の組織又はこれらに類似する団体の組織を利用する目的を以て発せられるものをいう。但し廃止に関するものはこれを除く。 この際従来の回覧板等の強制的又は命令的にわたりやすい周知方法は掲示その他適当な方法に改めなければならない。 四 従前の団体の長の行為の制限に関する事項 第四条第一項に掲げる「下部組織の構成員又はその所轄地域の住民であつた者」とあるのは町内会部落会若しくはその連合会の会員及び隣組の組員であつた者又は以上の構成員以外でその所轄地域の住民であつた者を意味する。同項に「指令」とあるのは第三条における場合と同様の意味である。 尚例へば事業の経営主が従業員に対し命令を発する場合の如きは偶々それが旧町内会長と会員との関係に在つたとしても全く別の私的業務上の立場に基くものとして本条に該当しないことは勿論であり又同項但書に該当するものはこれを含まない。本項違反については第八条により罰則及び就職禁止の制裁が付せられてゐる。 同条第二項に「前項の規定に違反して従前の支配力に基いて発する如何なる指令にも従う義務はない」とあるのは第一項の規定に対応して一般住民側において承諾義務のないことを明確にしたものである。 五 従前の団体の長の証明行為に関する事項 第五条に「その効力を有しない」とあるのはその証明は法律上無効であり従つて官公署の職員等はこれらの団体の長の証明がないことを理由としてその職務の執行を拒んではならない。 六 類似団体の解散に関する事項 第六条に類似する団体とあるのは名称の如何を問はず地域組織構成員事業その他の要素を総合的に判定して従前の団体と類似すると認められるすべての団体を指称する。従つて自治会生活協同組合等の名称を有するものであつて従前の団体が肩替りしたと認められるものは当然解散しなければならない。但し従前の団体が解散する以前から存在してゐた純粋に経済的な協同組合は差支えない。 七 配給業務従事者の旧組織の利用禁止に関する事項 第七条に掲げる「一般的配給」とあるのは職域配給又は消費組合員に対する其の組合の配給等特定者に対する配給を徐く一般的配給を意味する。尚この条の違反については第八条の規定により罰則及び就職禁止の制裁が付せられてゐる。 八 従前の機能等の配分に関する事項 第九条に「官公署の当該部局」とあるのは国及び地方公共団体の機関であつて従前の団体が行つてゐた行政的事務を処理するものを意味する。従つて市区町村が住民の便宜を図るために必要最少限度の出張所を設置するとか或は市区町村の駐在職員を任命するとかの方法を講ずることは差支えないが連絡事務所又はこれに類する事務所は昭和二十二年五月三十一日迄に解散しなければならない。 前項により市区町村において出張所又は駐在員事務所を設置する場合においてはその受け持つ区域は人口一万五千人又は面積四平方粁を標準として定めなければならない。 九 趣旨の普及徹底に関する事項 この政令は従前の組織の機能を徹底的に廃絶せしめることを目的とするものであり国民全般の自覚と協力に俟つ所が甚だ大きいからこれが周知徹底について必要な措置を急速に講ぜられたい。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十二年)箱根町役場蔵) 二一六 隣組制度廃止にともなう主要食糧の戸別配給の件通知 二二津経収第五五一号 昭和二十二年六月四日 津久井地方事務所長 各町村長殿 隣組制度廃止に伴ふ主要食糧の配給について 標記の件に関し別紙写の通り経済部長より通牒あつたから御了知の上関係方面可然指導相成度い。 別紙写 二二食第三四二号 昭和二十二年五月二十二日 神奈川県経済部長 津久井地方事務所長殿 隣組制度廃止に伴ふ主要食糧の配給について 隣組制度廃止後の主要食糧の配給に付いては五月三日附政令第十五号「町内会部落会又はその連合会等に関する解散就職禁止その他の行為の制限について」の趣旨に鑑み原則として戸別持込を行ふことゝし左の要領に依つて遅くとも六月一日迄に実施をして居る様致し度いので関係方面可然指導相成りたい。右通牒す。 記 一 都市に於ては一回の配給量が五日分以上の場合は必ず戸別持込配給をなし農村に於ても之に準じ戸別持込配給を原則とすること。 但し受配者の住所が極端に分散して居り持込配給の至難な場合又は純農村で以前から持込配給をしなかつた様な箇所については一部持込配給を為さぬことも許されるがこの場合でも一括受配を強制したり又は配給予定日のみに配給を限定したりすることがあつてはならない。 持込配達の至難な地域は五に記載の通りである。 二 食糧営団は前号事項を円滑確実に実施する為に消費者の状況と地勢道路担当区域の状況等を考慮して配給所の増設配達人員及運搬用具の増加整備を可及的速に実施する。 右に関しては目下計画を持つて準備しつゝあり実現しつゝある。 三 配給所の増設運搬具の整備が完成する迄は一部既設店舗の借上出張販売所の設置運搬用具の賃借等凡ゆる手段を尽して速かに配達態勢の強化を図ることになつて居るので市、地方事務所、町村の強力なる援助を得たきこと。 四 配給物資の手持数量の窮迫により一回の配給量が五日分に満たぬ時及配給遅延が甚だしい時或は配給物資の品目が数種に亙り戸別持込に特に支障ある時は連絡員等によつて配給品目、配給数量等を受配者に連絡徹底させること。 この場合臨時置場、出張販売所等を設置して可及的受配者に労力時間の負担をかけない様に処置すること。 臨時置場、出張販売所等を設置して配給をした場合にも一括受配を強制してはならない。又開設期間内迄受配者の都合で受配出来なかつたものには常設の配給所で受配出来る様にして置かねばならない。 五 貴管内戸別持込不可能なる地域 川尻村、湘南村、三沢村、串川村、鳥屋村、青野原村、青根村、内郷村、吉野組合村、日連組合村、牧野村、佐野川村。 (青野原村役場「主要食糧ニ関スル綴」(昭和二十一年)藤野町役場蔵) 二一七 地方税制度財政制度改正事項 二十一下総第九六二号 昭和二十一年九月三十日 足柄下地方事務所長(印) 各町村長殿 地方税制度財政制度改正について 終戦後の地方財政の現況に鑑み地方財源の拡充、地方財政の自主性の強化、地方財政調整の適正化の三つを主要な目標として別紙の地方税制財政制度改正の要領の通り地方税制及び財政制度一般に亘る改正が行はれ別紙「地方税法及び地方分与税法中改正事項」の通り地方税法及び地方分与税法の一部を改正する法律が本年九月一日公布されたので左記各項に留意の上町村財政の再建整備を図るよう格段の努力を払はれたい。 記 一 地方財源は大幅に拡充せられたが財政全般に亘る需要の増加を見込でゐるわけでないのでこれだけでは猶現在の地方財政の窮乏を救けるといふ目的を達するわけには行かない。然しこれも国力の実相に稽へるときは已むを得ないことである。従つて地方財政の運営に当つては安易な従来の観念を一擲して所謂重点主義を徹底して行くことが必要である。 二 地方税は大幅に増税せられた。然も国民の生活上の困難さは増加してきてゐる。それだけに地方税制の運営に当つては地方住民の理解と協力を得るに特段の努力を払ふと共に公費の使途については厘毫と雖も忽にすべきではない。滞納の弊風を起すは易くこれを打破することは難かしい。納税の精神の徹底については充分努力せねばならない。 三 地方税制及び財政制度についてその弾力性が強化せられたのでこれを活用して地方団体の運営に創意と工夫を凝らして行かねばならない。然し他面或は財政経理が濫に流れて漫然その弾力性を喪失し或は税制財政の運用が独断に失して住民負担の過重又は不均衡を招くが如きことのないやう充分注意して行かねばならない。 四 配付税は大幅に増額せられたが将来は独立財源を拡充し調整財源は可及的少額に止めやうとする方針であるから徒らに配付税制に依存することなく進んで自立の工夫を講ずる必要がある。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 〔注〕別紙省略。 二一八 県民税の創設および町村民税の拡充の件通知 二十一下総収第九六六号 昭和二十一年九月三十日 足柄下地方事務所長 各町村長殿 県民税の創設及び町村民税の拡充について 今般県民税が創設せられると共に町村並に国庫財政の現況に鑑み町村住民に対する負担分任精神の徹底を期しつゝ町村をして自主的に財政収入の増加を図らしめるため町村民税が拡充せられることになつたので左記各項を了知され実施に遺憾のないやう致されたい。 記 一 県民税の納税義務者は町村民税の納税義務者と全く同一であること。 二 県民税及び町村民税はともに自治の基本である負担分任の精神を税制の上に顕現せしめることを主要な目的としてゐるものであるので、その三分の一を下らない程度のものは納税義務者に平等に負担せしめること。 三 納税義務者一人に対する最高賦課額は県民税及び町村民税を合せ、個人については、資産所得に対する所得税引所得額(別紙「資産所得の所得税引所得額調」を参照すること、尚所得額は現実の所得税の課税標準によらないで当該年度の情況によつて差支へないのは勿論であること)の一割を超えない程度とし、法人についてはその平均賦課額に対する割合が従前の賦課額の平均賦課額に対する割合を超えない程度とすること。 但し個人については高額所得者に対する課税に付いて資産所得の税引所得額の一割を超えない様にその他の所得者の負担額を按配することゝし、低額所得者についても一律に税引所得額の一割を課税する様なことを避けること。法人については資産及び収益の情況を斟酌してこの最高制限額によることが負担過重とならないやう注意すること。 尚町村民税について最高賦課額の制限が撤廃せられたのは賦課総額が著しく引上げられた結果地方の実体如何を問はぬ絶対額に依る一律な制限規定を存置することが適当でなくなつたからであつて、この税の性質並びに所得税との関係からみてこの税には自から最高賦課額の限度があるものであること。 四 課税標準に所得を採る場合には総合所得税の累進割合が極めて高くなつてゐる点に鑑み住民税の所得に対する割合を累減的ならしめること。 五 課税標準に資産を採る場合には財産収入の相対的減少並びに財産及び財産収入に対する国税増徴の情況に鑑み、これに重点を置かないこと(少くとも金額の二割以下とすること)。 六 数市町村に課税事業のある納税義務者に対しては負担の過重を来さないやう留意すること。 七 住民税の制限外課税と三収益税附加税の標準率超過課税の何れかを選択する場合は充当経費の性質、担税者の担税力の情況等を精査の上決定すること。本年度は住民税の負担が急騰する際であるのでその制限外課税には特に慎重を期すること。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 〔注〕別紙省略。 二一九 神奈川県町村長会の農山漁村行財政刷新拡充の件決議 決議文 地方自治団体の存立は団体住民の有機的関連性において一体感を形成する区域と住民とを構成要素とし団体が自治行政を運営するに足る財政力を基礎として設置されねばならない。 然るに我国の府県は狭小弱体であつて今後の民主主義文化国家構成の基盤団体としては不充分であるから再検討しこれが廃置分合を必要とするのは緊急の要請である。この根本問題を等閑にして大都市があるからとの理由によりその所在府県を細分するが如きは地方団体の存立を一層薄弱ならしめこれが運営に支障を来すを以て絶体反対である。 特に我国の大都市は国土計画政治経済教育文化其の他国民生活の全般に亘り再検討するときは都市の分割境界変更は必至にしてこれに反し都市と不可分の関係にある農山漁村との総合調整を行ひ其の急速なる伸展向上を期し以て新日本を再建するは喫緊の要務である。 従来地方行政の重点は概ね都市に集注された為今日の大都市の異常不健全なる膨張を見たのであるが、其の都市に更に自治権並に財政自主権の拡充を行ひ行政の高度能率化を図り住民の福祉を増進せんとするは大都市の異常不健全なる膨張を助長することゝなり適当と認め難い。よつて大都市の行政改善に先行して農山漁村における行財政の刷新拡充に重点を置き都市行政の是正改善が必要である。 大都市制度に関する五大都市共同の要望は唯単に大都市は中小府県と同等の実力を具備してゐるを以てこれを府県から分割し更に同数の府県的な存在を創設するものに過ぎず、其の理由は極めて薄弱にして何を以て特別市を設置すべきか、其の都市の特別の存立目的は何であるかを明にせず、又背後地たる農山漁村との諸般の関連性を科学的に調査研究もせず杜撰極まるものにして、これにより特別市の住民は勿論残存部民に徒らに自治行政権の縮少と税金負担の増加並に財政権の弱体化を招来するの外何等の期待すべきものがないのみならず残存部民にこれが為不測の不利益を蒙らしむるが如きことは断じて許されない。 叙上の理由により次の帝国議会に特別市制法案を提案せらるゝは時期尚早にして府県の廃置分合、大都市の将来の輪廓、戦災復興、第二次地方制度改正の成果、背後地たる農山漁村間における地方的諸懸案の総合調整等が充分に検討せられ関係住民の円満なる諒解が成立する迄は我等は絶体反対する者である。 右決議する。 昭和二十一年十一月二十四日 神奈川県市町村長会 (湯本町役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 二二〇 神奈川県町村会会則 神奈川県町村会々則 第一条 本会は神奈川県町村会と称し、地方自治法第二百九十八条の規定により、別記町村を以てこれを組織する。 第二条 本会は事務局を神奈川県庁内に置く。 第三条 本会は地方公共事務の円滑な運営と、地方自治の振興発展を図ることを目的とする。 第四条 本会は前条の目的を達成するため右の事項を実施する。 一 町村の事務及び町村長の権限に属する事務の連絡調整 二 法律又は政令により本会の権限に属する国、地方公共団体その他公共団体の事務の処理 三 地方自治の振興発展に関する調査研究 四 町村事務に必要な各種資材の確保並びに斡旋 五 町村職員の教養並びに福利厚生に関する施設 六 町村有物件の損害保険に関する特約施設 七 郡町村会、全国町村会との連絡並びに協力 八 その他目的達成上必要な事項 第五条 本会の会議は、総会、評議員会、及び理事会とする。 総会は定期総会及び臨時総会とし定期総会は毎年一回これを開き臨時総会、評議員会、及び理事会は、会長において必要があると認めた場合にこれを開く。 第六条 総会、評議員会及び理事会は、会長がこれを召集する。 評議員定数の四分の一以上から会議に付議すべき事件を示して臨時総会又は評議員会の招集の請求があるときは、会長はこれを招集しなければならない。 第七条 総会に出席すべき各加入町村の代表者は、これを一人とし当該町村の町村長を以てこれに充てる。 第八条 総会、評議員会及理事会の会議における議長の職務は、会長がこれを行ふ。但し会長に故障がある場合は副会長がその職務を代理し、会長及び副会長にともに故障がある場合は、その会議に出席している者の中から仮議長を選挙し、その者をして議長の職務を行わせる。 第九条 総会、評議員会及び理事会の会議は、その構成員の半数以上の者が出席しなければ議事を開き議決することが出来ない。 前項の会議の議事は出席している者の過半数でこれを決し可否同数のときは議長の決するところによる。 前項の場合においては、議長はその構成員として議決に加わる権利を有しない。 第十条 本会に、会長一人、副会長二人、理事七人、監事二人及び評議員二八人を置く。 会長及び副会長は、加入町村の町村長の中からこれを互選する。 理事は、郡町村会長を以てこれに充てる。 監事は、評議員中からこれを互選する。 評議員は、郡町村長の中からこれを互選する。 第十一条 会長は、本会の事務を総理し、本会を代表する。 副会長は、会長を補佐し、会長に故障があるときその職務を代理する。 理事は、一般会務に参与する。 監事は、会計を監査する。 評議員は、重要事項につき会長の諮問に応ずる。 第十二条 会長、副会長、理事、監事及び評議員の任期は二年とする。 前項の任期は選挙の日からこれを起算する。但し前任者の任期満了の日前に選挙を行つた場合においては、前任者の任期満了の日の翌日からこれを起算する。 前任者の任期満了の日後に選挙を行ふ場合においては、前任者は後任者の就任するまでなお在任する。補欠により会長、副会長、理事、監事又は評議員となつた者の任期は前任者の残任期間とする。 第十三条 役員には報酬を支給しない。但し必要に応じ実費を支弁することが出来る。 第十四条 本会に事務局長一人、参事、主事若干人、書記若干人を置き会長が任免する。 事務局長は、会長の命を受け本会の事務を整理する。 参事は、事務局長の命を受け事務を司る。 主事及び書記は、上司の命を受け庶務に従事する。 第十五条 本会に顧問及び相談役を置くことができる。 顧問及び相談役は、会長の推薦により理事会の議決を経てこれを委嘱する。 第十六条 本会に政務調査会を置くことができる。 政務調査会の組織運営等に関する事項は理事会の議決を経て会長がこれを定める。 第十七条 本会に常設又は臨時の専門委員を置くことができる。 専門委員は、専門の学識経験を有する者の中から会長がこれを選任する。 専門委員は、会長の委託を受け必要な事項を調査する。 第十八条 本会の経費は、会費、補助金、寄附金その他の収入を以てこれを支弁する。 第十九条 本会の毎年度歳入歳出予算は、会長がこれを理事会に諮り年度開始前に評議員会の議決を経て、総会に報告しなければならない。 本会の会計年度は政府の会計年度による。 第二十条 本会の決算は、会長がこれを評議員会の認定に付し、翌翌年度の通常予算を議する総会に報告しなければならない。 第二十一条 この会則は総会の議決を経て知事の許可を受けなければこれを変更することができない。 前項の総会の議決権は、総会によりこれを評議員会に委任することが出来る。 第二十二条 この会則の施行に関し必要な事項は理事会の議決を経て別にこれを定める。 附則 この会則は、昭和二十二年八月九日からこれを施行する。 この会則施行の際現に神奈川県町村長会が所有する一切の権利義務は現状のまゝこれを神奈川県町村会に引き継ぐものとする。この会則施行の際現に神奈川県町村長会の会長、副会長、幹事、評議員及びこの会則による事務局長に相当する地位に在る主事その他の職に在る者は、この会則により神奈川県町村会の会長、副会長、理事、幹事、評議員、事務局長その他の相当職に選挙又は、任命されたものとみなし、任期があるものについてはその任期は従前の会則による選挙、又は就任の日からこれを起算する。 別記 加入町村名 郡名三浦郡鎌倉郡高座郡中郡足柄上郡町村名 葉山町 南下浦町 三崎町 初声村 大船町 深沢村 茅ケ崎町 寒川町 小出村 御所見村 有馬村 海老名町 相模原町 大和町 綾瀬町 渋谷町 大磯町 国府町 二宮町 大野町 神田村 相川村 成瀬村 大田町 城島村 岡崎村 豊田村 金目村 旭村 土沢村 金田村 伊勢原町 高部屋村 大山町 比々多村 大根村 秦野町 東秦野村 西秦野村 南秦野村 北秦野村 寄村 上秦野村 中井村 相和村 曽我村 金田村 松田町 山北町 共和村 清水村 三保村 北足柄町 南足柄町 福沢村 酒田村 吉田島村 桜井村 岡本村 足柄下郡愛甲郡津久井郡豊川村 上府中村 下府中村 下曽我村 田島村 下中村 前羽村 国府津町 酒匂村 湯本町 温泉村 宮城野村 仙石原村 箱根町 元箱根村 芦の湯村 片浦村 真鶴町 岩村 福浦村 吉浜村 湯河原町 厚木町 依知村 中津村 高峰村 愛川町 荻野村 睦合村 小鮎村 煤ケ谷村 宮ケ瀬村 玉川村 南毛利村 川尻村 湘南村 三沢村 中野町 串川村 鳥屋村 青野原村 青根村 内郷村 千木良村 小原町 与瀬町 吉野町 小淵村 沢井村 日連村 名倉村 牧野村 佐野川村 (湯本町役場「庶務書類」(昭和十八年)箱根町役場蔵) 二二一 昭和二十一年度神奈川県町村長会会務報告 神奈川県町村長会々務報告 昭和二十一年度中に於ける本会々務の概要左の通である。 一 本会の事業 ⑴ 町村公用紙配給統制事業 町村公用紙配給統制事業は昭和十九年度から全国町村長会において実施し来つたが戦時中から引続き用紙の生産逐年減少となり随て其の配給もまた減配の一途を辿り、昭和二十一年度の配給は二十年度第四、四半期と二十一年度第一、四半期分と合し僅かに事務用西洋紙四千七百余封度和紙百九十四貫の配給を見たるのみなり。 加ふるに紙類配給機構の改正に禍いせられ第二、第三、四半期分は遂に欠配となり、辛ふじて第四、四半期分は二十二年に至りこれ又僅かな配給を受くる始末にて町村の事務運営に重大なる支障を来たしたるものと思料せられ、洵に遺憾の次第である。 今後の用紙は本邦唯一の生産地たる樺太の喪失により愈々窮屈となるは必然であり、これがため用紙の節約に努むることは勿論であるが、一方入手方についても出来得る限り努力をする考へである。 ⑵ 町村公有物件の火災保険事業 全国自治協会の町村公有物件火災保険特約契約は、昭和二十年七月より一応中止されたが翌年四月から復活を見るに至りたるも、其の間町村の単独契約の期間中なるもの或は自治協会との契約復活周知徹底を欠けるものありて、昭和二十一年度に於て加入契約町村三六件数一六六、保険金千五百六十二万五千二百七十三円、保険料八万五千九百六十七円と云ふ僅かな取扱に過ぎぬ。又支払保険金は、一件にて十七万八千三百十円である。 未加入町村の極めて多き為め、之が普及徹底に努めたる結果新に申込みを受けつゝある次第につき、今後は全町村全加入を目標に加入運動に努め、町村公有物件の安全保証に寄与せんとす。 ⑶ 物資の斡旋事業 現在町村役場における消耗品(公用紙を除く)の調達は其の町村毎に随時適宜に購入せられつゝあつて中には入手困難な物品にありては闇値で取引せらるる向も尠くないでもない状態である。依つて本会は全国町村長会消費部と連絡をとり、町村用事務用品並に吏員其の他の必需品を斡旋し出来得る限り経済的にかつ良品を調達配給しつゝあつて相当効果を収めつゝあり。 二 会議 本会の会議は戦時及終戦後の諸事情に依り開会の機会を得ず。殊に昨年十一月末本会々長以下の退職により以後は其の機能を失ひ随つて会議も不能に陥りたるも概ね左の会議を開き会の運営を為したり。今後は努めて役職員会を開き、郡町村長会との緊密な連絡を図り会の目的達成に努力せんとす。 ⑴ 幹事会 昭和二十一年十月三十一日大磯町役場に於て開会 旅費規則中一部改正の件 ⑵ 幹事会 昭和二十一年十一月十一日県庁に於て開会 公職追放令に関する説明(会長) ⑶ 幹事会 昭和二十一年十一月十五日県庁に於て開会 公職追放令に関する説明(地方課長) ⑷ 郡町村長会主事会 昭和二十二年三月十一日足柄下郡湯本町に於て開会 (イ) 会長欠員中主事が会長代行の件 (ロ) 町村公用紙配給機構改正に伴ふ事務打合 (ハ) 町村公有物件火災保険取扱に関する件 (ニ) 物資配給斡旋に関する件 (ホ) 本会並に郡町村長会の拡充強化に関する件 ⑸ 全国町村長会評議員会及主事会 昭和二十一年一月二十一日全国町村長会館に於て開会 (イ) 昭和二十年度歳入歳出決算の件 (ロ) 昭和二十二年度歳入歳出予算の件 (ハ) 地方制度改正に際し地方特別官庁の設置及存置反対に関する件(各関係閣僚、政党に陳情) (ニ) 地方系統町村長会、各府県市町村吏員互助会資金第二封鎖預金解除方の件(内務大臣、大蔵大臣に陳情) (ホ) 町村立中学校建設費並に備品費等国庫負担方陳情の件 (ヘ) 戸籍、寄留等に関する手数料引上げ方陳情の件 (ト) 統計調査費全額国庫支弁方陳情の件 (湯本町役場「庶務書類」(昭和十八年)箱根町役場蔵) 二二二 昭和二十二年度神奈川県町村会会務報告 「昭和二十三年五月二十日昭和二十二年度会務報告神奈川県町村会 」 神奈川県町村会会務報告(昭和二十二年八月 臨時総会以後) ◎臨時総会 昭和二十二年八月九日高座郡茅ケ崎第一小学校講堂に於て神奈川県町村長会臨時総会並に神奈川県町村会設立総会開催 一 総会顛末 イ 開会の辞(午前十一時) 会長事務代行大沢主事 ロ 会務報告 仝右 事業の概要 昭和二十年度決算報告 昭和二十三年度予算 ハ 仮議長選定 仮議長選定につき大沢主事より会員に諮り永山松田町長指名 ニ 議事 会則一部改正及本会の改組に関する会則を会議に附し満場一致可決 ホ 役員選挙(会長、副会長、監事) 仮議長より会長選挙の方法につき会員に諮りたるに会員の発議により投票によらず詮衡委員会を開いて推薦することに決定。 永山仮議長辞任さる。会長事務代行大沢主事直に会員に諮り仮議長小林相模原町長を指名。 小林仮議長会員に諮り各郡より一名の詮衡委員を指名しその詮衡委員の協議により左の通り詮衡せられたり。 会長 茅ケ崎町長 添田良信 副会長二名監事二名は会長の指名により左の諸氏を指名されたり。 副会長 湯本町長 石村幸作 同 三崎町長 松崎定治 監事 湘南村長 吉村一雄 同 愛川町長 大貫和助 総会に於て詮衡委員の詮衡及会長指名通り決定 へ 町村長会解散決議 ト 閉会の辞(午后三時三十分)会長 二 神奈川県町村会創立総会 イ 開会の辞 会長 ロ 本会創立の経過報告 ハ 宣言、決議(別記の通り) ニ 知事告辞及来賓の祝辞 ホ 閉会の辞(四時)副会長 (続て市町村吏員互助会総会を開催) 〔別記〕 宣言 自治制が布かれて六十年、こゝに民主主義の原理に基く新しき憲法の施行と、待望の地方自治法が公布され地方自治体の組織と運営が真のあるべき姿にかへり、平和日本、文化日本の再建の体制が樹立された。洵に慶賀に堪へない。吾等は、現在の混沌たる社会情勢に逡巡することなく国民各自の権威と責任とを以て敗戦日本民族興亡の危機を克服し明日の明るき希望に邁進しなければならない。 吾等は、県下町村の連繋のもとに各自の本領を充分発揮することにより、本県が、教育、産業、貿易、観光に特殊な地位を占めてゐる事実を強力に推進して日本民族興亡に国家の基盤として、重要な役割を果さなければならぬと信ずる。 吾等は、地方住民諸君の信頼と協力を期待して、民生安定への諸施策に全力を尽したいと決意する。 こゝに新憲法施行最初の記念すべき総会において、その所信を宣言して県民各位に訴ふ。 昭和二十二年八月九日 神奈川県町村会 決議 一 崇高な日本国憲法の精神を体し、新しき日本の建設に邁進する。 一 民意に基づいて地方自治体の運営と、その民主化に挺身する。 一 民生の安定を図るため緊急諸問題の対策に最善の努力を尽す。 一 文化日本の基盤たる民主教育の重要性に鑑みて、その施設の充実と徹底を期す。 昭和二十二年八月九日 神奈川県町村会 ○理事会 昭和二十二年八月二十六日高座郡茅ケ崎町役場に於て開催 一 特別市制施行実施反対運動について 二 東北地方水害見舞金募集に関しその通知について(町村各戸より一円以上醵出) ○各郡町村会事務局長会議 昭和二十二年九月十七日藤沢市片瀬町に於て開催 一 特別市制施行実施反対運動実践方法協議 二 東北地方水害見舞金募集取扱方について 三 町村公用紙配給に関する事務打合せ 四 町村公有物件火災保険未加入町村の加入申込みについて 五 県町村会事務局強化拡充について(高座・鎌倉郡町村会提案) ○茅ケ崎町は十月一日より市制施行され会長添田氏市長就任により会長欠員となる ○理事会 昭和二十二年十月八日足柄下郡湯本町に於て開催 一 特別市制施行実施反対運動に対する各郡の実施状況報告 二 会長欠員によるその選挙について打合せ(評議員会に諮ることに決定) ○県補助金下附 昭和二十二年十月九日特別市制実施反対運動其の他の経費として下附され領収○評議員会 昭和二十二年十月二十四日県庁県会議場に於て開催 一 全国町村会臨時総会に出席の提案事項協議 二 会長選挙に関する打合せ 総会を開催して選挙による事に決定 その時期会場等は副会長に一任 ○評議員会 昭和二十二年十一月十四日県庁第一応接室に於て開催 一 食糧供出期限内完遂運動に関する協議 二 全国並に本県に於ける食糧事情に関し秋山県食糧課長より説明あり 三 食糧供出に伴ふ各種諸問題について県関係係と質疑応答其の他要望するところあり 四 本県におけるコムミユニテイ・チエスト運動に関し委員参画につき委員長に通告の件決議 五 六・三学制に伴ふ新制中学校の建設に要する経費並に初年度調弁費を全額国庫負担の件政府に要望方全国町村会に提案の件 六 入場税を地方税に移譲方政府に要望方全国町村会に提案の件 七 食糧供出期限内完遂運動及選挙に関し臨時総会開催の件 左記の通り決定 日時 昭和二十二年十一月二十六日午前十時 場所 鎌倉郡大船町玉縄小学校 ◎臨時総会 昭和二十二年十一月二十六日鎌倉郡大船町玉縄小学校講堂に於て開催 (成瀬村役場「庶務書類」(昭和二十三年)伊勢原市役所蔵) 二二三 神奈川県町村会の宣言決議(一―三) ㈠ 宣言(按) 地方自治法が施行せられ、新憲法の精神に基く地方自治確立の巨歩を踏み出して、ここに満一ケ年を経過した。この間、われわれは、公選最初の町村長として町村住民と共に新制度の下幾多の困難を克服し地方自治の振暢と県民福祉の向上に渾身の努力を捧げて初期の理想に邁進して来た。 しかし、新憲法に言う地方自治の本旨を達成するには、前途なお遼遠で数多の障碍が存在してゐる。特に町村においては、財政的破局ともいうべき六・三制実施に伴う経費の問題、自治体警察の経費、更にまた食糧対策土地改良事業、治山、治水の根本対策、肥料及び農具の確保、農業協同組合の設立等の諸懸案が山積して、いまや町村自治行政の死命を制しつあゝる。 国家の再建は、町村自治の確立を基盤としなければならないのである。われわれ町村長は、民主的な自治行財政のために身命を睹して、あらゆる施策を完遂する覚悟である。 しかして、地方自治の運営に当つては、地方住民の理解と協力とをもつて一致融合し、豊饒な成果を成就し、以て有終の美を挙げなければならない。 こゝにその決意を新にするものである。 右宣言する。 昭和二十三年五月二十四日 神奈川県町村会 決議(按) 一 六・三学制に伴う経費全額国庫負担の実現を期す。 二 中央官庁地方出先機関の整理撤廃を期す。 三 地方財政確立に関する地方財政委員会を全面的に支持し、地方財政の自主独立を期す。 四 土地改良事業の即時断行並に経費を全額国庫補助 五 食糧調整委員会経費全額国庫負担 六 食糧供出事前割当に伴う肥料の適期配給 右決議する。 昭和二十三年五月二十四日 神奈川県町村会 ㈡ 決議 一 国家地方警察費の予算増額の件 理由 従来警察費の予算編成は、県費支弁当時よりその計上少なく、各警察署共に地方住民による警察後援会を組織し、多額の寄附金を募り、之が警察官吏の福祉施設に充当される目的なりしも、一般警察費の県よりの配当少なきため物件費に使用され、甚だしきは旅費其の他の人件費にまで消費されるので後援の趣旨に副わない甚だ遺憾の経理であつた。 一方警察署に於ても警察事務の性質上管内住民より多額な寄附を強要する事は警察本来の機能を十二分に発揮する上に相当遺憾の点が多い事は否定の出来ない事実である。 今春警察法が実施され国家地方警察と地方自治体警察とに組織が区分され地方自治体警察は町村財政の窮迫し居るにも不拘その費用の全額は支弁の止むない事情に於かれているが、一方国家地方警察の経費は依然として増額されず、今以て町村及住民より多額な寄附を仰いで、当然国の経費で賄ふべき人件費、物件費に消費され寄附本来の目的に背くもので洵に不都合である。地方住民はこの措置を心好しとせず、こと警察なるが故に黙しているのが真の実情である。 警察官が斯かる寄附行為に依存し警察行政を遂行せんか完全な運営に支障を来し、その機能を発揮することが困難となるばかりでなく追々と警察と住民との疎隔を来し洵に寒心に堪えない結果を招来する。 今や諸般の国策が逐次改善され真に民主的な警察が創造されんとするに当り警察所要の当然な経費を地方町村や住民に需める様な予算措置は洵に心外に堪へない。 政府は此の際充分な予算を計上し、国家地方警察府県本部に配当するのが至急である。亦府県本部も地方地区警察に対し速に予算を増額し寄附行為に俟つが如き非民主的な警察の存在でなく十分な予算を以て警察の機能を全からしめその威信を失墜せしめる様な素因を排除し旧来の悪弊を脱却し明朗で然かも民主的な警察の運営を要望する。 右町村長の総意に基き之を決議する。 昭和二十三年十一月一日 神奈川県町村会 ㈢ 決議 さきに芦田内閣は、閣僚に列する国務大臣並に要路大官連が昭和電工其の他の醜悪極る汚職疑獄事件を惹起し、これがため内閣は道義的辞職をなしたりと雖も、これにより政治責任が解消されたとは言へない。 近来政治道徳は極度に頽廃し、国民の政治に対する信頼全く地に墜ち、亦官僚吏僚の贈収賄事件到る処に続出し其の不信行為目に余るものあり。 この儘に看過せんか国家の再建は政府政党の空念仏に過ぎず国民をして益々窮地に失墜せしむること明かなり。 吾等は、到底現在の如き腐敗せる政党を黙視し難く更に亦堕落紊乱せる官僚吏僚を信任し行政を委ぬることは出来ない。 依つて現政府は、速かに政党の浄化、官僚の綱紀粛正の必要あるを以て左の各項の断行を強く要望する。 一 政府は、政党浄化の為め、速に国会を解散し国民信頼の国会を創造すること。 二 政府は、綱紀を紊乱し国民の信望を失墜せる官僚吏僚を速に処分し、明朗な行政の刷新を図ること。 三 政府は、この際中央官庁の出先機関の整理撤廃と広汎な行政整理を速に断行し行政機能を高度に発揮し然して内政を整えること。 四 政府は、不必要な統制を撤廃し冗費を整理し統制に起因する醜悪事件の惹起を排除すること。 五 政府は、醜悪疑獄に関連せる政党並に官僚吏僚は徹底的に之を摘発検挙し将来の禍根を一掃すること。 如上吾々は、数項を政府に要望すると共に現今の堕落腐敗した政党並に綱紀紊乱している官僚吏僚の醜悪をこのまゝ黙視し難い様相を深く認識するとともに、よく自己を反省して国家基盤たる町村行政を完全に遂行し真に民主的な明るい国家の再建に邁進しなければならぬと此の機会に決意を新にするものである。 右町村長の総意に基き之を決議する。 昭和二十三年十一月一日 神奈川県町村会 (成瀬村役場「庶務書類」(昭和二十三年)伊勢原市役所蔵) 二二四 昭和二十二年度町村予算編成の件通牒 二十一下総収第一、〇九三号 昭和二十一年十一月十九日 足柄下地方事務所長(印) 各町村長殿 昭和二十二年度町村予算の編成について 多年に亘る戦争と敗戦とに因り我が国の経済力は深刻な打撃を蒙り其の著しい低下を招来した。然し乍ら国民は苦難の中にも奮起し、目下一意急造的民主体制の確立完成を期しつゝ諸般の施策と相俟つて経済力の恢復再興に力を効して居るのであるが、何としても自力更生によつて我が経済の再建を図らんとする為には国力は余りにも疲弊困憊して居り、容易ならざる覚悟と努力を要することは論ずるまでもなく、しかも道は甚だ遠く将来幾多の歳月を必要とするのである。 従つて昭和二十二年度の予算編成に当つては真に国力の実相を直視して従来の行き懸りを一擲し、全く新な観点に立つて進むことゝし別記各項に留意せらるゝと共に其の当初予算の編成に当つては之を義務的経費等の骨格予算に止め積極的施策に属するものは其の計上を追加予算に譲ることゝするやう致されたく以上命に依つて茲に通牒する次第である。 〔別記〕 第一 一般に関する事項 一 あらゆる経費を通じ既定費又は既定計画等の考へ方を一切排除し新なる見地より徹底的に検討を加へることゝし経費の計上については厳に科学的基礎に立脚したものとすること。 二 経済再建の基本国策と表裏一体をなすやうに企画性を附与すると共に予算の性格を能ふ限り生産化すること。 三 経済界の安定を欠く現状にも鑑み地方的に税源を捕捉することに努め法定外独立税制度を活用してその財源に係る産業の発達文化の進展等に寄与する工夫を凝らすこと。 第二 歳出に関する事項 一 公共事業については急速に生産的効果を発揮し且つ民生安定に欠くべからざるものに限り実施するものとし、重要物資を多量に必要とする種類の経費については物資の配当関係手持の現況等をも充分考慮すること。 二 戦災其の他の復旧については民生安定に必要な限度に於て資材等の関係を充分考慮の上行ふこと。 三 補助費については当該事業の効果、生産性等を再検討し、その徹底的整理を断行すること。 四 職員給与制度の改正等に伴ひ人件費に関する予算単価を実情に即し改正すると共に厳に予算定員と実定員との適合を図ること。 五 職員特に第一線行政の実務に当る者の資質を向上せしめる為研究研修制度の充実、その他必要な措置を講ずること。 六 我国技術及び能率の水準に鑑み官民を通ずる試験研究施設の刷新を図り技術の高度化と能率の増進の為実効的方策を講ずること。 第三 歳入に関する事項 一 積極的に歳入の増加を図ることゝしその徴収機構を刷新充足すること。特に使用料、手数料等については経済事情変化の現況に即応するやうこれが増徴に工夫すること。 二 本年六月以降に実施せられた待遇改善措置に依る所要経費の増加額は引続きその財源を国庫補助に求めても差支ないこと。 三 配付税は本年度分与額中第一種配付額及び第二種配付額並に臨時特別配付税の分与額の二分の一の合算額の範囲に於て適宜その計上額を定めること。 四 三収益税附加税の標準率超過課税及び住民税の制限外課税は真に已むを得ないものの外はこれを行はないことゝし歳入の弾力性保持に努めること。 五 歳入に欠陥を生ずるもこれが補塡の財源を起債に求めてはならないこと。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 二二五 昭和二十六年度予算編成方針の件通知 二五地第一、〇二六号 昭和二十五年十二月二十三日 総務部長(印) 牧野村長殿 昭和二十六年度予算編成方針について 首題のことについては国の予算及び地方税制の運用方針並びに災害復旧費制度の最終的決定が行われていないのでこれらの点については決定次第通知いたしますがとりあえず左記方針によられるよう通知します。 記 第一 一般に関する事項 一 来年度の地方財政は財政需要の増嵩に拘らず追加地方財源の供与は相当抑止せられるためその状況は実に窮屈の度を加えるものと予想されるので、予め確実に見込み得る財源の程度を勘案して年間財政規模の精密なる策定を行いその範囲内において予算を編成し、従来往々にしてみられるが如く緊要経費につき不確実な特定財源を予定して予算に計上し、或は必要な財源の留保を行うことなくして漫然これを今後の追加予算に委ねる等の措置を講じ、以つて、徒らに財政の窮迫とその規模の膨脹を招来するがごときことのないよう厳に留意すること。 二 経費の生産的効果、事業の重要性等を充分検討の上、所謂既定経費の観念を排除し徒らなる国庫財政追随主義を改め、愈々地方団体の自主的判断によりその効率的運営を企図して真に重点的且つ生産的予算の編成に努め、苟くも地方財政に冗費ありという世人の誤解を招かざるよう留意すること。 三 公営企業については起債の縮減が予想されるものと職員の給与改訂があるので、充分独立採算の実を挙げるようされたいこと。 四 従来の国庫補助金にして経済事情の変更に伴い削除せられたものについては、地方経費についてもこれが削減を加うべきは当然であるが、国庫補助金を廃止の上地方財政平衡交付金を含む地方一般財源に振替えられるものについてはこれが措置のためにその行政の規模と内容に低下を来し国政事務遂行に支障を齎すことのないよう、これが確保につき財政運営上の配慮を行うこと。 五 予算の編成に当つては本通達によるものゝ外、別紙「国の予算の編成方針」を参考にされたいこと。 第二 歳入に関する事項 一 地方税収入については更に課税物件の徹底的捕捉に努めるとゝもに、物価の変動特需景気等経済事情の変化に伴う国民所得の増加を勘案の上一層増収に努めること。なお法人事業税の課税、遊興飲食税の捕捉等については、徴税機構の整備等徴税事務の能率化を図り徴税費の節減に努めること。 二 地方財政平衡交付金はこれと地方税収入を含む所謂一般財源の総額が本年度交付金の本決定額(取敢えず仮決定額によることとするが、今後の交付方法の修正予定の状況を勘案し、減額見込のものは減額すること)と本年度地方税収入見込額との合算額を超えない範囲内において計上すること。 三 地方債は総額としては略々本年通りと見込まれるが、災害復旧事業費をも含めて公共事業費の増額等に鑑み、これらの地方負担額に対する起債の限度はその三分の一程度となること。 従つてこれらの事業については予算に計上するものにあつては当初から予め必要な限度の一般財源を充当し、これら計上を追加予算に委ねるものについては所要一般財源の留保を行うこと。なお、公営企業に充てるべき地方債もその総額において本年度の半分程度となる見込であるから、これを予定する事業は継続事業中来年度直ちに事業遂行の実効を揚げ得るものに重点を指向すること。 四 手数料、使用料等については当該収入の目的となる経費の増嵩に鑑みこれが増収を図ること。 五 所謂奨励的補助金については確実なる内示又は指令を得たものにつき計上し、その際これが地方負担額の財源につき充分なる用意を有するものに限ること。 第三 歳出に関する事項 一 給与費の計上については現員現給主義を貫徹し、国家公務員に対する法律の基準に基いて計上すること。 二 来年度の年末給与については本年度からこれが恒久制度化されたのに伴い当初において見込むこと。 三 職員費については欠員不補充、増員の配置転換による充足等を図ることはもとより、進んで冗費の排除、勤務の能率化により経費の節減に配意すること。 四 所謂既定経費についても再検討を加え、就中旅費、食糧費、その他雑費について慎重にその内容を審査の上計上すること。 五 本年度地方財政平衡交付金制度の運営に照し、これが算定に用いる基準財政需要額には拘束されないよう重ねて注意されたいこと。 六 公共事業、失業対策事業、その他一般国庫補助事業に関しては地方団体の実情に即しその施行事業の効果並びに雇傭問題の解決等を充分考慮し、自主的見地より事業内容と保有財源の状況を勘案して取捨を行い徒に容易な国庫補助依存に堕することなきよう留意すること。 七 来年度において国が企図している各種の立法的措置による地方負担の経費についてはこれら立法措置が完了するまでその新規計上を見合わされたいこと。 八 地方債を財源とする単独事業についてはその起債の承認をまつて計上すること。 (牧野村役場「庶務書類」(昭和二十五年)藤野町役場蔵) 〔注〕別紙省略。 二二六 県知事内山岩太郎の特別市制案に対する意見 「特別市制案に対する意見 神奈川県知事 内山岩太郎」 本年九月京都、大阪、横浜、神、名古屋の五市長会議に於て作成した「大都市制度要綱」は其の法案第二条に於て市は従来の区域に依り之を府県の区域外とするとなし第四条に於て市長に対し府県知事と同等の権限を与へることを要求して居る。即ち現在の所謂五大府県を各々完全独立の二府県に分離せんとするものである。而して此の運動は市当局二十年来の運動であつて、去る議会に於ては衆議院を動かし大都市に速かに特別市制を実施すべしとの附帯決議を為さしめたのである。 此の外市当局の運動は曾て衆議院をして所謂特別市制に関し一法案を成立させたこともあるが之は貴族院に於て審議未了となつた経緯を持つて居る。 今回内務省で設置した地方制度調査会に於ては最近の部会に於て五大都市の代表者及び其の他の委員であつて市側の意見に賛成する者に依り、多数を以て五大都市作成の特別市制要綱の如く府県から市を完全に分離する意見を採用した。 併し此の部会に於て府県を代表して反対意見を述べ得た者は神奈川県知事内山岩太郎一人で他の府県からは府県会及市町村会等の意見が殆んど例外なく大都市の府県からの分離に反対なりとの府県知事からの報告があつたのみで部会は終始不均衡な空気の中に議事が進められた。但し委員の中国際法の権威者である貴族院議員山田博士は関係府県内に於て分離反対の強き意思表示ある事情と新憲法下に於ける新事態とを考慮し、健全な自治制発達の為に大都市の分離を好ましからずと主張せられたこと及び産業協議会々長貴族院議員石山氏が産業会の意見として最近行はるべき知事公選の結果地方ブロツクの強化を虞れられる際、更に主要府県の分離を見ることは寔に由々しい問題であつて極力之を避けたいとの発言のあつたことは注目に値する。 予は大都市を其の府県から分離することが其の結果の如何あるべきかに付之を主張しつゝある人々と雖も明確な認識なく殊に一般住民は之に付て充分な知識を与へられて居らぬ現状に於て単に市当局並に之を応援する一部の政治家に依つて斯の如き住民に重大関係ある問題を既に多数住民の意思が寧ろ反対なるべきこと明らかなるにも拘らず之を押し切つて府県、大都市分離を実現する虞あることを重大視し、神奈川県の場合は特に次の諸理由に依り県市分離案に絶対反対する。 尚此の問題は日本新憲法第九十五条に正に該当する問題と思はれるが、市当局者は憲法の効力発生の時期が昭和二十二年五月三日なる為其の効力発生前に於て遮に無に之を強行せんとするものと思はれるが、予は仮令新憲法の効力は未だ発生して居なくても現に本年十一月三日之が公布を見た以上我々は新憲法の精神を尊重することが民主日本建設の基底をなすものと信ずる。 (註)日本国憲法(抄) 第九十五条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は法律の定めるところに依り其の地方公共団体の住民の投票に於て其の過半数の同意を得なければ国会はこれを制定することが出来ない ㈠ 所謂大都市の所属府県よりの分離は地方制度の根底を覆す大問題であること 所謂特別市制の実施は其の実質に於ては関係府県を細分し更に同数の府県的な存在を創設するに他ならぬが府県の区域は歴史的な産物であり、府県住民の共通的な感情習慣といふものは法令を超越した存在である。即ち例を神奈川県にとれば何といつても横浜市は神奈川県の脳髄であり復興も建設も苦しみも楽しみも相共にして来た永年の伝統は誰しも否めない事実であつて、県民も市民も共通の感情の下に混然融け合つて居るのが詐のない現状である。これ等の点を無視して単なる一片の法令を以て俄かに特別市なるものを創設し、且つ特別市を切離した残存部分を以て縮少された府県を形造るといふことは実情に即せぬ措置であり徒に混乱を招くのみである。 而して右の様な措置を必要の都度各個に切離して頻繁に実施されるといふことになれば我国永年の地方制度は其の根底に於て大なる動揺を来たさゞるを得ない。 ㈡ 所謂特別市制の実施は財政上の見地から見て実現性なきこと 地方分権乃至は地方自治の裏づけを成すものは言ふまでもなく其の財政力である。所謂市制の実施を見た暁に於て当該特別市及び残存区域を以てする府県の財政力は果して如何様であらうか。戦争に於て最も打撃を受けたものは言ふまでもなく所謂大都市である。戦後の復興に於て最も経費を必要とするものは所謂大都市を擁する府県である。而も最近に於ける地方財政の逼迫は言語に絶するものがあり就中其の傾向は所謂大府県乃至大都市に於て特に著しい。例を神奈川県にとるならば昭和二十一年度に於ける県税収入中横浜市よりの徴収見込額は約二千万円であり一方横浜市の区域内に於ける施設の経営並に事業遂行に要する経費は約四千五百万円である。右の如く横浜市の区域内の税収額は総べてが市に移管せられたりとしても到底其の所要経費の半ばをも賄ひ切れぬ実情であり之に加へて特別市制の実施に伴ふ必然的な職員の増加県営施設の買収債務の引継等の財政負担増を見込す時は市財政の極度の逼迫は火を見るよりも明らかである。 (註)此の点「大都市制度要綱」が特別市制の実施は市財政を豊かにし市民の税負担を軽からしめるといふ観点に立つて居ることは甚だ了解に苦しむところである。 右の如き市財政の逼迫は国庫補助の増大又は市税の大幅引上に依存せぬ限り到底之を打開する方途が発見されないが前者は国家財政の現状より見て全く不可能であり後者は戦災都市の実情から見て実行性がない。一方横浜市を喪失した県に於ても財政上の逼迫の度合は大同小異であつて従来第二次的に考慮せられて居た横浜市以外の戦災都市の復旧道路其の他の施設の改善等に要する経費は今後相当巨額に上る見込であり、而も経済力を半減せられた残存地域内の経済圏の育成並に民生の安定を図る為には全く新規の経費を多額に計上する必要が生じて来る。 ㈢ 食糧事情の極度の逼迫が予想されること 戦後における経済生活の中心課題は謂ふ迄もなく食糧問題であるが所謂大都市共通の特徴は何れも純然たる消費地といふ点に存る。例を横浜市にとれば米麦等主要食糧の自給率は僅かに九%に過ぎない。若し現在の如き県内自給の方途を失ひ其の大部分を他よりの移入に俟つことになれば区域外よりの入荷促進に要する努力は現在の事例に照し蓋し甚大なるを予想せられるべく物心両面よりする特別市の負担は想像に余りあるものがある。一方横浜市を除きたる残存地域における食糧自給率も極めて低位であつて其の大部分は県外移入に俟つべき実情に在り。其の入荷促進に付ては市と合併せる物心両面の協力なくしては到底之が打開策なしと謂はねばならぬ。 ㈣ 特別市の府県よりの分離は戦後経済の再建を著しく阻害すること 戦後経済の再建は刻下の急務であるが新事態に即応する経済の再編成は従来都市と農村の峻別の弊を避け農工商業等代表的産業部門を有機的に結合した総合的基盤の上に設計されなければならぬ。即ち一個の自治体として理想的な発展を遂げる為には経済地理的に見て尠くとも現在の府県の区域程度を基盤としなければ到底経済再建の見通しはつかない。 ㈤ 特別市制の実施は益々地方割拠主義の弊を助長せしめること 地方自治の伸張乃至地方分権の確立は其の一面に於て稍もすれば割拠主義の弊を招き易いものであるが就中従来精神的にも物質的にも相互関連の立場にあつた一個の府県をことさらに細分し利害の対立を招来し感情の齟齬を来たさしめる如き特別市制の実施は現在既に徴候のある地方割拠の弊害を更に助長し現在以上に物資の交流を不円滑ならしめる譏りを免れない。 ㈥ 戦災復旧に重大な支障を来たすこと 戦災に伴ふ住宅の喪失学校其の他の公営施設の損耗戦災者引揚者の増勢は所謂大都市方面に顕著な事実であり之が復旧事業並に援護対策は到底所轄の市に於て処理し切れない現状である。之に必要な資金、資材、労務の供給に当つては現在所管の府県に於て全能力を挙げ更に他府県からの援助を受けつゝある状況である。斯かる際に特別市制を実施し府県内の自給力を進んで放棄し、他県からの移入能力を弱体化することは戦災復旧に重大な支障を与へるものと謂はざるを得ない。 ㈦ 教育文化の面に於て重大な支障を来たすこと 教育の再建文化水準の昂揚といふことは日本民主化の重要課題であるが其の第一着手としては勢い現在の府県の区域を足掛りとして所謂大都市部面と他の郡部方面とを平均化しめる施策を講じ漸進的に文教施策の充実を図るといふことが必要である。斯かる際に文化水準の高い大都市部面を当該府県から分離し他を置き去りにするといふことは絶対に避くべきである。手近な例を取つても国民学校教職員の合理的配置を阻害し又は図書館其の他の文化施設の偏在を来たさしめる様な難点が即座に生じて来る。 ㈧ 勤労行政の運営上致命的な困難を伴ふこと 現在の勤労行政の中心は失業救済と進駐軍労務の供出とであるが労務の給源を確保するには地域的に相当に広汎なものを背景に持ち機動配置の妙を発揮出来る状態に在ることが不可欠の要件である。殊に現下の重要国策である失業救済事業に付ては失業者は所謂大都市に集中し公共事業は府県内全般に亘つて居る状態であつて此の間の調整は至難である。 ㈨ 治安維持の見地から難点があること 若し本案の如く警察権の全面的移管を特別市に対して行ふことになれば相互の警察力の減殺を来たし治安の確保といふ面に於て量り知られざる欠陥を来たすことになる。 ㈩ 衛生部面に於て重大な支障があること 最近衛生関係の施策は益々重要性を加へて来たが就中終戦後の特徴たる伝染病対策を中心とする防疫関係部面の施策遂行に当つては現在の大都市のみを切り離して事を処理せんとするは到底不可能事であつて、上下水道汚物処理場等寧ろ市域外の施設に重点が置かるべきである。 (十一) 所謂特別市と残存府県との区域の分割が理想的に行はれぬこと 本案に依れば区域の点に付ては現在の区分に依ることになつて居るが此の点は甚だ不合理千万な見解である。尠くとも府県と市とを分割するには経済的に見ても地理的に見ても人口の配分の点に付ても其の各々が一個の自治体として独立し得る範囲のものを持たねばならないことは当然である。而も近年盛に行はれた隣接町村合併の結果所謂大都市の区域其のものについても何等の統一的色彩なく市街地の体裁を為さぬ農村的部分を多分に包蔵し、莫然と大区域を擁した不具者的存在であることは注目に値する。斯かる現状を無視し無理矢理に府県を二分することは相互に不具者乃至は貧弱者を形造る以外の何ものでもない。尚神奈川県の例をとれば此の問題は特に重大であつて川崎市、横須賀市等の地域を考慮するときは県を二分するに非ずして実質上は県を三分することになる。 (十二) 渉外事務に重大な支障を及ぼすこと 例を神奈川県にとれば兵舎、住宅其の他の施設の建設、物資及び労務の供給等渉外事項は県下全般に亘るものであつて横浜市と他の地域とを二分して事を処理することは其の性質上全く不可能に近い。渉外事務の処理に当つては迅速簡略を旨とすべきことは謂ふ迄もない所であつて、若し本案の如く特別市なるものを新設し当該系統事務を二個の機関に分割することは徒に事務を繁雑ならしめ、関係事務の不統一を来たさしめる等占領軍に与へる不便は蓋し甚大なものがある。 ◎所謂特別市制案は以上の理由に依り絶対に排除すべきものと断ぜざるを得ないが、所謂大都市と他の市町村との差異を考慮し従来の慣習並に最近の地方分権の趣旨に顧み此の際所謂五大都市に対して他の方法に依つて特別の地位を与へんとすることは決して無益な試みではない。具体策としては次の如き制度が考へられる。 「大都市の区域を府県から分離せずに当該市に対して必要最大限の監督排除の措置を講じ之に伴ふ財源を府県から移譲すること」 ⑴現在に於ても所謂大都市は其の特殊事情に基き法令上(大正十一年法律第一号六大都市行政監督特例)大幅なる監督権排除の措置が講ぜられて居るのであるが、新事態に即し範囲を拡張する必要が生ずべく之に付ては概ね別表の如き事項が予想される。 ⑵右に伴ひ市に移管すべき県税の種目は県民税を除きたる八種目の独立税全部とすることが適当と認められる。 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 〔注〕別表省略。 二二七 特別市制反対意見書(一―二) ㈠ 「昭和二十二年七月特別市制実施について大阪府京都府神奈川県愛知県兵庫県」 特別市制実施について 特別市制の問題は多年関係市において論議せられて来たところであるが、最近新に地方自治法が施行せられ「特別市」に関する条項が規定せられるに及んで関係市においては急速にこれが実現を期し、今や関係方面の論議が急に高まつて来つゝあるのである。 仄聞する所によれば衆議院内の治安及び地方自治委員会においては地方自治法による特別市に関する法律案を今議会に提出すべき運びになるやに聞き及んでゐる。 元来現在行われてゐる大都市の特別市制論は専ら大都市側の利益のみを主張し、一般府県民の利害休戚については殆んど何等の考慮をも払われてゐない傾きが強い、従つて一般府県民は大都市の独立を希望してゐるかと云へば、決してそうではなく長い歴史と伝統により寧ろ強い反対の意嚮をもつてゐるのである。而も本問題の関係府県に及ぼす影響は極めて大なるに鑑み再建の途上にある我国として特別市制の実施は之を軽々に決することなく国家の大局を稽へ、関係府県民の輿論を充分尊重せられ、慎重にして公正なる調査研究の上善処せられんことを要望する。 第一 特別市制の実施について 大阪、京都、神奈川、愛知、兵庫の各府県は何れも現下の国情に鑑み特別市制の即時実施に就ては絶対に反対するものである。これを敢えて強行するに於ては、関係府県何れもその都市と郡部との有機的協力態勢を切断せられ、双方に影響する所甚大にして政治力の弱体化を来たし日本再建の上に重大なる支障を招来するものと思考せらる。 第二 理由 一 食糧を初め復興資材、燃料問題等の解決は大都市復興の基本的要請であるが、大都市の背後農山村よりの分離、独立は却つてその逼迫性を益々深刻化し市民生活に脅威を与えるのみならず延いて大都市復興に重大なる悪影響を及ぼすことを虞る。 二 特別市制の実施は消費者と生産者との対立意識を益々激化せしめ食糧の供出にも重大なる悪影響を及ぼすことは到底避けがたい。 当面の重大事たる食糧問題を前にし徒らに国民の感情を刺戟し食糧危機突破に重大なる障害を与ふるが如き行政組織の変革は避けなければならぬ。 三 治安維持及び防疫等については現下の国情に鑑み益々之が総合的、機動的運用を計り万全を期せねばならぬ秋に当り大都市の分離、独立は其の現有能力を更に分散、低下せしめ府県市民相互に社会的不安と人心の動揺を惹起せしむる虞がある。 四 交通、通信等の諸施設は大都市を中心として扇の要の如く発達せる今日、大都市の分離独立は残存府県内に於て相互の連絡を寸断し行政的にも、経済的にもその機能の発揮に重大なる支障を来すことは明らかである。 五 港湾、学校、病院等の特殊施設に関してはその性質上府県市との組合的運営を招来し嘗つての所謂「三部制経済」に復元し、行政能率の低下は勿論将来紛議の基因となる虞れがある。 六 大都市と残存府県との分離独立は必ずしも財政上の負担を軽減せしめる結果とならない。寧ろ重複施設の新設或は人員の増加等を来たし国家的に見て不経済なるのみならず、結局経費は増嵩し双方共に財政上の困難を助長することは必然である。殊に戦災の打撃により担税力の激減せる大都市財政は益々逼迫することは疑ひなき所である。 七 大都市が有機的一体としての活動を展開するためには現在の区域に甘んずることなく当然市域の拡張が予想せられる。その際残存府県の中には益々その区域を縮少し一個の独立自治体としての健全なる発達運営は到底期せられざるものもある。斯かる府県に対してはその区域の廃置分合を併せ考慮すべきであつて特別市制のみ早急に実施するのは早計に失する。 八 特別市制の実施を要望してゐる大阪市を初め四市は曾つては人口百万以上を擁し政治、経済、文化共に我国の中枢都市たるの実力を充分有してゐたのであるが、京都市を除く四市は何れも戦災の打撃を蒙り現在に於ては昔日の面影なく復旧に対する実力も遥に低下し、独立よくその任に堪へ得るや疑なきを得ない。 斯る際特別市制の実施により関係府県の強力なる援助を失ふが如きは果して現下の要請に応へ得るや否や慎重に検討を要する。 九 現行府県自治体はその沿革八十年に及び長き歴史と伝統に基づき府県民は都市、郡部の別なく風習感情に於て渾然一体、府県民としての自覚を持つ、而も現在都市に集中されたる教育、文化、衛生、社会、交通等各種の施設は単に市民のみならず、関係府県民全部の永年に亘る努力により建設せられたものである。今日に到りその永き伝統と府県民一体の感情を無視し強てこれを立法手段により分離せんとするが如きは最も非民主的な考へとも云ふべく果たして関係府県民(市民を含む)の充分なる納得を得るや又その全般の福利増進を図る所以なりや疑わざるを得ない。 一〇 曩に五大都市行政監督特例を設け更に地方自治法においては自治体の権限も拡充された今日、所謂「府県による二重監督の弊害」は既に大部分排除せられたのであるが、今後大都市に対しては能ふる限り大幅の権限委譲と財源の付与をなすべきは当然である。 この為には法令の改廃或は行政の運営によつてこと足りるのであつて、敢えて府県の区域より分離した独立行政組織とする必要は認められない。 一一 憲法第九十五条の適用については特別市制の実施は単に当該市民のみならず関係府県民全部に重大なる影響を有するものなるが故にその可否は関係府県住民全部の一般投票によつて之を決すべきであると解するのが新憲法の精神に合致し最も民主的な態度であると信じ主張するものである。 第三 結言 以上の諸理由により特別市制の実施は将来の府県市相互発展の上に大なる障害をもたらすのみならず、延いては府県市の対立を来たす虞れあるに鑑み慎重に考慮すべきものである。 勿論五十万以上の大都市と他の中小都市とを同一に律することの不合理は論を俟たない所であつて、これについては政府において大幅の権限拡充、市長、市議会等の地位引上其の他適切なる方途を講ずることが必要である。 府県と市を分離して別の自治体とする今回の特別市制案については市民のためにも残存府県民のためにも幸福とは考えられない。敗戦日本が再建途上にある今日過去の経緯に捉はれ軽々に特別市制を実施せんとするは新日本建設のために寧ろ障害といふべきである。 如上の意味において慎重に再検討されんことを望む。 大都市制度問題に関する陳情書 (五大府県会議長) 大都市制度の問題は、終戦後の我国地方自治制度の方向を画する重要課題であると共に、延いては民主的平和日本建設の基盤を左右し、関係府県の死活を制する切実なる問題である。従つてこれが内容の決定に当つては、凡ゆる観点より其の利害得失を検討し、住民の休戚を勘案し、科学的基礎資料に基き時勢に即応せる新しき構想の下に之が立案計画を為すべきものと信ずる。然るところ目下進行中の所謂特別市制案は斯かる慎重なる調査研究に俟つことなく、単に大都市を其の所属県より分離し残存郡部を以て別個の府県を形成するといふ極めて皮相単純なる構想の下に急速に事を処理せんとするものにして、終戦後の国情に適合せざるは勿論、直接住民の文化、経済生活の面に及ぼすべき混乱は蓋し想像に余りあるものがある。 仍て大都市制度の問題は地方制度全般の根本的改革の完成後即ち新憲法の施行、知事、市長の公選、自治団体法の制定施行後に於て之を基礎として慎重に計画するを至当と認められ、所謂特別市制の急速な実現は時局の現段階に照し時期尚早なりと信ずる。 当局に於かれては右事情篤と御諒察の上然るべく善処せらるゝ様茲に関係府県会議長の連名を以て陳情する。 昭和二十一年十一月十九日 神奈川県会議長 白井佐吉 大阪府会副議長 白井重治郎 京都府会議長 藤井彦次郎 兵庫県会副議長 黒田清右衛門 大都市制度に関する進言書 (五大府県知事) 大都市制度の問題は関係都市多年の懸案とする所にして、其の狙ひとする市に大幅の権限を移譲し、所謂二重監督の弊を是正するの外、大都市に対し特別の考慮を払ふべき点に付ては因より之に賛意を表すべきも、終戦後の我国情を具に勘案し、其の府県住民に及ぼすべき利害休戚を勘考するときは時勢に即応せる新しき構想を必要とすべきは論を俟たぬ所である。 即ち本問題は終戦後の我国地方自治制度の方向を画する重要課題でもあると共に、延いては民主的平和日本建設の基盤を左右し、関係府県の死活を制する切実なる問題であつて、之が内容の決定に当つては凡ゆる観点より其の利害得失を勘案し、関係住民の意嚮を充分参酌し、科学的資料に基き慎重にして且つ合理的なる態度を以て、所謂国家百年の計を樹立すべき見地より事を決すべきものと信ずる。 然るところ目下進行中の所謂特別市制案は斯かる慎重なる調査研究に俟つ暇なく、夫々の事情を異にする大都市を各々其の所属府県より分離し、残存区域を以て別個の府県を構成するといふ構想の下に事を急速に処理せんとするものにして現下の国情に適合せざるのみならず、直接関係住民の生活に多大の混乱を惹起すべき処尠しとせず。 仍て大都市制度の問題は地方自治制度全般の根本的改革と睨み合せ、且新憲法の精神を充分反映し関係当局は勿論関係住民の積極的なる調査研究と公正なる判断を基盤とし、産業経済発展の将来等をも充分に考慮し、之が帰趨を決すべきを至当と認め、画一的なる特別市制の急速なる実現は時局の現段階に照し時期尚早なりと信ずる。 右進言す 昭和二十一年十一月二十三日 京都府知事 木村惇 大阪府知事 田中広太郎 兵庫県知事 岸田幸雄 愛知県知事 桑原幹根 神奈川県知事 内山岩太郎 (神奈川県庁蔵) ㈡ 特別市制絶対反対書 特別市制度は、文化、経済、社会、行政その他凡ゆる面において府県の中枢をなす地域を府県から分離し、独立しようとするものであつて、社会経済圏と行政区域とを一致させようとする時代要請にもとるところの府県濫立を来すものであるのみならず、府県内の他市町村を犠牲にして自己の利益のみをはかろうとする大都市の利己主義的主張であつて残存区域市町村の自立性にも重大な脅威をもたらすものである。 われわれは、新生民主国家の一員として早急に再建独立すべき重大なときに当り、県市町村の強力なる連携協調による地方自治の確立を心から要望する。 ここにわれわれは、大都市と残存郡部農村との対立相剋を激成せしめるような特別市制に断乎反対するものである。 昭和二十七年四月 日 (神奈川県津久井地方事務所「特市対策書類」(昭和二十七年)神奈川県庁蔵) 〔注〕資料(二)は特別市制絶対反対書名運動のため町村長署名用に作成されたものである。 二二八 地方制度改正にともなう神奈川県訓令第四十九号 神奈川県訓令第四九号 市役所 町村役場 今回の地方制度改正の趣旨とするところは、憲法改正の精神に則り日本再建の礎として、地方団体の組織及び運営の民主化を図り、地方自治の本旨の徹底的実現を期するに在る。即ち住民自治の原理に従つて、両性を均しく地方自治に参与させ団体の長の公選をはじめとして、住民の直接自治参与の範囲を拡充する等国家再建の新らしき地歩を築かしめようとするに在る。而して今回の改正のこのやうな目的が達成されるか否かは、かかつてその運用の如何に在るのであるから、よくその趣旨を直接自治運営の衝に当る者には固より広く地方住民にも周知徹底させ、地方政治が真にその住民の創意と責任とにおいて運営され日本の民主的発展の基礎を培ふことができるやうにしなければならない。殊に地方政治の指導の地位に立つ者は、常に輿論の真の所在を的確に把握し、住民自治の本義の実現に努めると共に、かりそめにも権力を濫用して民意の暢達を阻止することがないやうに厳に戒しめ、地方自治の真髄を発揮昂揚させるやう最善の努力を尽さなければならない。 右訓令する。 昭和二十一年十一月三日 神奈川県知事 内山岩太郎 (仙石原村役場「庶務書類」(昭和二十一年)箱根町役場蔵) 二二九 第二十二回神奈川県町村合併促進審議会議録 第二十二回神奈川県町村合併促進審議会会議録 昭和二十九年十一月十九日第二十二回神奈川県町村合併促進審議会を、中郡大野町学校組合立大野中学校において開催した。 一 出席した委員の氏名は次のとおりである。 会長 佐々木秀雄 委員 秋山徳雄 委員 足立原永助 委員 今井正治 〃 小沢快三 〃 金子小一郎 〃 亀井辰雄 〃 加藤高次郎 〃 小伝与作 〃 重田朝光 〃 高島耕二 〃 武百太郎 〃 八木邦継 〃 安井常義 〃 山口松雄 一 欠席した委員は次のとおりである。 委員 石井孝 高須康治 間島源太郎 八亀武雄 一 会議に出席したものは次のとおりである。 地方課長 外課員五人 中地方事務所長 外所員二人 大野町長 外大野町合併研究会員約七十人 一 会議の経過概要 1 大野中学校 開会 午前十時三十分 ○佐々木会長 前回の決定に基き、ここに現地の声を聴くことになつた。町村合併については申上げるまでもなく国の要請として行われており、相模原、厚木、秦野、三浦が市となり、来年二月には十三市七十四箇町村となることに決定し、県計画の七割の合併の実現をみることになるが、残り三割は現地に種々の難問題があり早急には進まない。 市町村には血がかよい、合併は生きものであつてみれば、寄木細工のように簡単には行かないもので、現地の人々には感情、貧富の問題から極めてむづかしいということははつきり想像される。しかし合併は今日の問題ではなく、長い将来の問題であつて、これを基本に考えなくてはならぬ。 審議会としては当地方の問題については答申ずみである。即ちこの合併は大野町の問題の解決なくしてはあり得ないということであつて、今日はその結論の問題につき現地の皆様から詳細に意を尽してお話し願いたい。 ○大野町長 本町はかねて中間報告で申上げて置いたとおり、社会情勢に照してなお検討の要ありとして目下この研究を続けている次第である。 ○佐々木会長 ではお集りの皆様から御意見を伺いたい。 ○大野町合併研究会委員長 只今理事者からも申し上げたが、研究会の立場から申し上げると去る九月二十一日に一応の段階は終つて県にも報告し審議会も了承されておることと思うが、目下後段の研究を続けている。 前段は計数整理であり簡単であるが、後段は大野町の将来の問題、又隣接町村のことも充分考慮に入れて研究するとなか〳〵簡単には行かないので、現在は研究会だけの段階で町民に滲透させるまでには行つていない。その第一は対象の平塚市の真意がつかめず納得が行くまでにいたつていないことである。 ○佐々木会長 どうか一つ(他に意見を求める) ○大野町委員 A われ〳〵は今日の会合は審議会委員との懇談会であるという通知で出席したが相違している。 ○大野町委員長 県との打合せが不充分であつたため申訳ない。明らかに私の手落ちであるから御了承願いたい。 ○矢柴委員 なか〳〵話もし難いと思われるので、結論的にいつて「どういうことが合併を阻害しているか」という点を活していただけではないか。それに対して委員の意見や反論を申し上げることにしたいと思う。 ○大野委員 B 私は時期尚早論である。農村に加うるに工場も誘致され現在四千三百万円の固定資産税がこれから入つており、これを財源にして県道の改修も土地改良もすでに開始され、その外今後やつてもらいたい仕事は山積している。今すぐに合併したら三分の二の固定資産税は平塚市とプールになり大野町の施設ができない。平塚市長は駅前の改修事業をやつているかと思うと外の仕事に移り計画に一貫性がない。この現状をみて、合併後は大野町の希望する施設がいつできるか分らないということを肝に銘じている。従つて合併しない訳ではないが、先づ施設を整備してから後のことである。 ○大野町委員 C 私は農民である。第一に適正規模より五割も人口が超過し自己財源もあるのになぜ合併しなければならないか。過去においては大野町は農村としてようやく喰いつなぐ力しかなかつた。地方税制度改正により、やつと一本立できるようになつて一、二年で、財政能力も低く仕事もしてくれない平塚市になぜ合併し再び苦労しなければならないか。平塚市は消費人口のみ増加しすでに工場敷地もなくこれを求めるとすれば大野町であるが、食糧の自給もできない国がなぜ農地を潰してまで工場を作らねばならないか。戦時中勝つためにと農地を工場に提供した。その結果はどうであるか。今また国家百年の大計の美名のもとに合併をしなければならないのは何故か。 又、合併の約束は必ず履行すると誰が保証するか。 平塚市は選挙対策程度の仕事しかしてくれぬことは分つている。大野町も合併をしない訳ではないが、五年、十年後に整備ができたら無条件でも合併する。 (拍手) ○矢柴委員 私は会長不在の間会長代理を勤めてきた。しかし今日は一委員として発言する。町村合併について根本的な思想は、嫌というものを強引に押しつけることはできるものではないということであり、審議会としてもかくあるべしと意志表示をすることは義務であるがこれを強制することはなくこれの意見を参考として合併されることが結構といつた意である。以下の私の申し上げることもそういう意味で御了承願いたい。 第一に適正規模で、しかも財政が確立しているものが何故合併しなければならぬかということであるが、適正規模の考え方はこれでよいというのではなく、これ以下では町村として成り立たないという考え方であつて、現在は次第に大町村主義となつてきた。明治初年来、交通なり社会なりが非常に高度化されるに従い住民の福祉を全うするには町村自体が大きくなり高度のものとならなければならないのであるが、町村合併などはさういつまでもやるものでない。大野町が合併しなければ町自身として種々建設も進むであろう。しかし町村合併は一町村のみの問題ではないということである。仮りに隣りに人口四、五百の村があつたらどうか、小異を拾てて日本全体の町村が完全自治体として成り立つようにしようという考えなくしては合併は成り立たない。損得を問題にすれば必ず何処かに損得はある。それよりも合併後の全体的な姿、無形の利益も考えなければならない。 農地が工場誘致のために潰されるということについては農村の維持には留意しなければならないが、日本の立地条件からしてある程度開拓に求めながらも既存の農地は工場に置きかえられる運命にあるのではなかろうか。 平塚市の財政は赤字であるということについてはあまり神経を使わないで頂きたい。現在の財政状態を百年後のデーターとすること自体が無理であつて、大野町自身も先程のお話の如く税制改革により僅か数年の間に財政状態に変遷があつたことがこれを証明する明らかな事実である。平塚市は昭和二十八年度に二千二百万円の赤字をだしているが、これは純然たる経常的経費から生じたものか、投資的経費から生じたものか分析すると、即ち同市は投資的経費に全額の四四%約一億七千万円を費し、大野町は三八―三九%を費している。かような意味から申すと赤字は本当の赤字ではなく、緊縮可能な財政状態といえるのであつてそう問題にする必要はないと思う。又収入面から見れば税収以外の競輪、競馬が一億円で税収とほぼ同額の収入をあげ、県内では川崎を除き一番の富裕団体であると考えている。 次に合併の際における条件の確保については法律には規定されていないが、無理な条件でない限り道義的な保証で充分ではないか。私自身過去何回かの町村行政の経験から必ず履行されると信じている。さうでなかつた場合には住民が黙つていない。又第三者がこの怒りを認めれば市町村の行政は成立つものではない。 ○佐々木会長 只今矢柴委員から専門的な立場で発言があつたが、これに対して御質問、御意見があつたら発言願いたい。 ○大野町委員(婦人) D 初め私は平塚市合併の意見であつた。が、研究してみると子供を教育する上にもこの儘大野町として残る方が施設も整備されてよいのではないかと思うようになつた。しかし矢柴委員の御話を聴いていると、このまま行けば県から見えない圧迫の手があるのではなかろうかという懸念を持たれる。 ○矢柴委員 教育の問題は充分であるということであるが、平塚市には市立、県立の高等学校があり、県立でも備品やら何やらで市の援助を受けている。図書館等も小さな単位で作るよりも大きな単位で作る方が立派なものができるのであつて、これが合併による無形の利益の一つである。圧迫という点については教育面、財政面からいつても自治体がやる筈がなく、又やり得るものでない。 ○大野町委員(婦人) D 教育の面だけでなく他の面においても圧迫されるのではないかといつているのである。 ○重田委員 私も先程から矢柴委員の話を聴いていて何か圧迫感を感ずる。その点についてはつきりと答えてやつて頂きたい。 (拍手) ○矢柴委員 そのような点は心配無用に願いたい。 ○金子委員 九月二十八日関東甲信ブロック審議会委員が集つた際委員間においても同様な疑問があり当局に質問した処、自治庁の回答としては、起債には一定の枠があり、合併によつて行う事業に優先的に確保したいということであつた。従つて合併しない町村は必然的に減少するのではないかということは考えられる。 ○大野町委員 E 矢柴委員は非常に大きな構想で話されたが、われわれは農民であり観点が小さいかも知れないが、現在の段階では都市が農村に伸びてきたとき徐々に合併してもよいのではないか。(拍手) ○矢柴委員 領土の奪い合いというようなことが全国的にはないでもないが、これには賛成しかねる。しかし、横浜、川崎を見ても合併して取り残された農村はあるが、逆に非常に発展している農村もある。このような観点から平塚、大野を見た場合、私は充分発展すべき場所であると思う。 ○加藤委員 農村行政は農民が一番よく知つている。大野町が平塚市に合併する前に周辺農村との合併を考えるのも一法であるが、周辺町村は既に平塚合併を決議しており、今日に至つてこの線に戻すのは困難である。 従つて次善を選んで大野町も周囲の決議した町村とともに平塚市と大同団結すべきであるというのがわれわれの意見なのである。 ○大野町委員 F 条件の確保に対する法的規定はないと矢柴委員はいわれたが、法が保証しないとき他に適切有効な方法があるか。 次に条件には必ず予算の裏付けがなければならない。合併後特別の取扱いが本町にできるかどうか。歳入の欠陥を理由として延期や不履行があると思う。 要は焦らず時期を待つことが必要と思う。 ○矢柴委員 条件については平塚市に相談して見なければ分らない。保証については道義的な面だけしかないが、この方法には色々あると思う。大野町自治研究会が当分の間残つて監視するのもよいだろう。天下注視の間にあつて一方的に条件を破棄するというようなことは絶対不可能なことである。 次に合併して一市になつた以上差別的な行政を行うのは望ましいことではない。 ただ極く暫定期間大野町が現状の儘であつたら為し得るであろう事業を差別行政ということでなしにやらせてもよろしいだろう。 ゆつくり合併をやるということについては合併はいつでもできるというものではない。促進法には若干の期日があるというものの来春地方選挙後になつては対等に近い合併は不可能なのである。 ○大野町総務課長 構想も計画もない合併は考えられないと矢柴委員はいわれたが、平塚市は果して構想、計画があるのか。 ○八木委員 平塚市の計画は審議会として異論もあつた。しかし五箇村より城島、土沢を除き、更に大野町が了承したならば合併は適当であるとの結論に達したのである。 次に財政の問題については税金は納税者の地域に還元することが当然のことであり、理想であるとも考えられるが、近代国家においては却つて弊害があるのである。大野町よりも大乗的見地からこの点を見ていただきたい。 ○今井委員 審議会の知事の諮問に対する答申には委員全員の一致が必要であるので、個々の意見相違を大乗的見地より調整しこの決定を見たのである。 合併ということは全町がこぞつての意見からこれを行うのが望ましく、われ〳〵が押付けているようなことは絶対にない。今後とも全町挙げて御研究願いたい。 ○高島委員 今まで大野町で研究された結論には、経済的な面よりも或は感情的な面が合併を阻んでいるのではないかとも考えられる。合併決議して半年有余隣接町村は困つている。平塚の今日までとつてきた態度は誠にけしからぬ。 (拍手) 城島、相川辺りまで手を伸ばすなど不愉快千万である。 (拍手) 皆さんが感情的に不愉快なのは同様に私も身をもつて経験し て来たところであつてよく理解できる。しかし合併には時期がある。皆さんも感情、利害を超えて大同団結してもらいたい。 ○大野町委員 G 適正規模の町村を決定するには大野町あたりがモデルになつたのではないかと思う。この適正規模町村を今直ちに合併させる必要はないと思う。 ○大野町委員 H 周辺五ケ町村が平塚合併を県に申請しているのに、大野町を加えぬ合併は考えられぬというだけの理由でなぜ保留しているのか。 ○矢柴委員 大野町を越えて他の町村を合併させるのは考えられない。しからば合併審議会として大野町に合併せよということではない。鵜飼試案にも初めから大野町を含めた合併が考えられているにもかかわらず、「大野町は合併すべし」と申さなかつたのは大野町に圧迫感を与えないように配慮したからである。この点を御了承の上、大野町自身がどうか大乗的見地に立つて考えてもらいたい。 ○大野町委員 I 私は当初から合併賛成である。しかし県や審議会からいわれる必要はなく、自主的に町民が進んで合併したいという気持になることが必要である。 しかし、もし大野町が「合併せず」の結論をだした場合、県審議会はいかなる手段を講ぜられるか。 ○矢柴委員 平塚市と自主的に話合いされ合併されることを期待している。「合併せず」の結論がでたときのことについては一度も問題になつたことはないし全く考えていない。但し国ではある程度の強制的なものを加えるという考え方はあると見受けられる。 ○佐々木会長 各位から熱心な意見を拝聴し感謝する次第である。各位も審議会が大野町に対して非常な理解と同情を持つていることを了承して下さつたと信ずる。 平塚、大野が今後充分膝を交え合併に関する意見を交換してもらいたい。国家百年の大計を樹てるには感情的にならず理性の上に立つて、正すべきは正し、堂々と主張を展開されて充分御研究の上両者会談を徹底的に進めて頂きたい。審議会としては毛頭合併を強制する気持はいだいていないということを繰返し申上げて置く。 ○大野町長 (礼辞) 委員各位には悪天候の中を長時間にわたり、われ〳〵の発言を御聴取願つたことに厚く御礼申上げる。われ〳〵は決して感情に走らず、今后充分研究するものであることを申上げて御礼の言葉に代えたい。 閉会午後雰時五十分 (神奈川県津久井地方事務所「行政合併関係綴」(昭和三十年)神奈川県庁蔵)二三〇 神奈川県町村合併計画案 (表紙)「神奈川県町村合併計画案神奈川県町村合併促進審議会」 神奈川県町村合併促進審議会町村合併計画答申案について 本県町村合併計画については、さきに、県専門委員鵜飼教授がその試案を公にせられ、その方向が示されると共に、研究の口火が与えられ、本県町村合併促進の気運を醸成する一契機となつたものと信ぜられるが、本審議会としては、この鵜飼試案の反響を検討し、さらに現実の町村の実態及び住民の動向をでき得る限り的確に把握するため、県下七郡に赴いて、各町村と意見を交換し、且現地の実情を調査してきたのである。 本年五月一日、知事より本審議会に対し、町村合併に関する計画の策定について諮問があり、本審議会はさらに慎重な調査審議を重ね、ここに本計画案を答申する次第である。 計画の策定に当つては、鵜飼試案を尊重し、さらに本審議会の定めた合併基本方針に基き且町村の実態と動向を参照したのである。 そもそも町村合併は、客観的にみて当然合併すべき自然的又は社会的必然性をそなえている町村間において行われることもあるが、又地方において、町村の中には甲、乙、丙等いずれの町村と合併しても適正規模が得られ、自治体の基礎を強化し得るものがあるのであつて、抽象的に一括して一律に論ずることは不可能なことと云わねばならない。 ここに、住民の正しい判断に基く動向が町村合併の重要な要素となるのである。 しかし乍ら県下全般にわたり、農山漁村として、市街的町村として、都市として、又はその複合体として、その相互の特色をもちつつでき得る限り均衡のとれた適正規模の市町村が新設されることが望ましく、目前の利害得失にとらわれて或は消極的に過ぎ、或は住民の名において団体的個人主義に走り、ために合併の真義が失われ弱小町村のみが残つて自治行政の将来に禍根を残すようなことは厳に避けられねばならないのである。 要するに、町村合併計画の作成に当つては、新設市町村の間に自ら均衡のとれるような全体的、総合的な配慮と、住民の合理的な判断との調和するところにその基準が求められると信ずるのである。 このような立場において本審議会は、この答申案を作成したものである。 附記 なお、町村合併と同時に考慮せらるべき以下の問題点については次の如く処理いたしたい。 一 隣接都県との境界に亘る町村の廃置分合又は境界変更については、原則として次の機会に答申する。 一 分村、飛地については、客観的に明白と認められるものについては本答申において記することとしたが、その他については町村合併の実践的段階における問題として、今後において処理せらるべきものと考える。 高座郡 中郡 併することが適当である。更に、これに上郡中井村、下郡下中村、前羽村を加えた六町村の合併も一案として考えられる。 一 伊勢原町、成瀬村、相川村、大田村、城島村、岡崎村、大山町、高部屋村、比々多村は、合併することが適当である。 一 秦野盆地町村は、終局的には一体として統合せらるべきことが理想である。 現在の段階においては、秦野、南秦野、東秦野の三町村が合併し、西秦野、北秦野の二村については、これに上郡上秦野、寄の二村が加わって合併することが適当である。 足柄上郡 足柄下郡 愛甲郡 津久井郡 三浦郡 (成瀬村役場「町村合併関係書類」(昭和二十九年)伊勢原市役所蔵) 二三一 神奈川県町村合併一覧表 神奈川県町村合併一覧表 (神奈川県津久井地方事務所「行政合併関係綴」(昭和三十年)神奈川県庁蔵) 二三二 神奈川県町村合併促進審議会の町村合併の結果報告 昭和三十一年九月三十日 神奈川県町村合併促進審議会 会長 佐々木秀雄 神奈川県知事 内山岩太郎殿 町村合併に関する報告について 神奈川県町村合併促進審議会の解散にあたり県下の町村合併について次のとおり報告いたします。 報告書 神奈川県町村合併促進審議会は、昭和二十八年十二月十日設置されて以来約三年の間、初期においては町村合併計画答申の調査審議のため各郡別に現地において審議会を開催し、中期においては、直接住民に接して町村合併の促進をはかるため必要に応じ随時現地開催を行い、終期においては、合併の完遂を目指して地区別に小委員会を設けて積極的に勧奨あつせんに乗り出すなど本審議会に課せられた責務を果すためできる限りの努力をつづけてきた。 この結果町村合併促進法施行当時八市三十五町七十三村であつた本県の市町村数は、同法の有効期限の満了する本年九月三十日現在で十三市二十四町三村となり、町村数の三分の一に減少するという当初の予定からみれば実に百十二・五%の進捗率を示すに至つたのであつて、町村合併促進の目的は、数字的には一応達成されたということができる。 しかしながら県下市町村の中には、たとえば高座郡綾瀬町のごとく合併の気運を内蔵しているものもあり、また藤沢市遠藤のごとく合併後必ずしも円満に進んでいないところも見受けられるのであるが、このような市町村についてはなお勧奨あつせんの必要が考えられるので、これらの問題については新市町村建設促進法により円満に処理されることが望ましいと考える。なお本県足柄下郡湯河原町と熱海市泉区との合併問題については、自治紛争調停委員の調停が成立したことにより泉地区の帰属は内閣総理大臣が公正な機関にはかり、地勢、産業、経済、交通、生活関係の諸事情を勘案の上決定することとされているので町村合併がほゞ終了した今日、一日も早くこの結論が出されることを強く期待するものである。 本審議会は、町村合併促進法の有効期限の満了とともに本年九月三十日をもつて自然解散となるのであるが、町村合併の理想の実現はまだその緒についただけである。県当局においては町村合併の仕上げはこれからであるということを十分認識せられ、新市町村の健全な発展のためあらゆる努力を惜しまぬよう強く期待してやまない。 (神奈川県総務部地方課「新市町村建設促進審議会関係綴」(昭和三十一年)神奈川県庁蔵) 二三三 中郡成瀬村の町村合併の動き(一―八) ㈠ 町村合併促進法説明会 昭和二十九年四月二十八日開催午後二時が二時四十分開会となる。 一 重田県審議会委員より県下の状況について大要次の通り話し有全国より見た神奈川県での合併状況及各郡下の動向 県審議委員会の会合、活動状況について 一 小島地方事務所長 理事者側は研究会を開いているが積極的な線は出されていない。昨秋鵜飼試案が出たが、上からの強制的でなく住民の自発的意志により決定するが限度があるので、第三者の立場から合併へのキツカケをつくることになる。 北部の状勢について昨年来伊勢原の町長、議長が北部九ケ村へ呼びかけを行つた。 西部地方は秦野地区を中心とした合併の気運がある。 愛甲、津久井方面は鵜飼試案を支持している。 南部の大磯一万六千は独立を希望、二宮、国府は研究中、四月十四日に二宮、国府、大磯の三町の理事者と議会で研究をしてみようといふことになつている。 四月二十二日更に二回目の協議をした。五月一日に、町長、助役、議長(正副)外に議員三名計七名宛代表を出して協議することになつている。 平塚周辺について、大野町へ合併を申入れた(三月五日)。 豊田村は大野と一しよにならうといつている。神田は大勢が平塚との合併を希望している。金田は平塚合併を望んでいる(村民)が金田、金目、土沢で農村をつくらうじやないかと話し合ふようである。相川は厚木と隣接で厚木との合併も考えられるがまだ研究会は出来ていない。近く出来るらしい。 元来、伊勢原、大田、城島、岡崎は組合中学を組織して関係は深いがまだ合併について未知数で成瀬村も近く協議会が出来るらしい。大田は伊勢原と合併するかどうか今の処分らない。高部屋、大山、玉川等も研究会はまだ出来ていない。 比々多、大根は試案では合併するのが適当となつているが、今の処二ケ村合併の線は出ていない。 つゞいて杉山係長より事務上から合併の是非について話しあり。 一 近年町村の事務量はぼうちようしているので、その団体での財源確保は困難となつている。法律は国一律である為規模の小さい町村は行政能力を発揮出来難い現状である。 町村合併していつた場合の効果については 1 財政力の強大になることである。事務についても能率的であり効果的である。 2 弱小町村の場合は税金の大半は消費的経費(人件費)にくはれるが財政力が強大になれば、その町村自体において事業が出来るようになる。 中地方事務所管内、町村職員一人当平均四〇〇人、大きい町村になると四七〇人位いとなる。 大規模な町村ほど消費的経費より事業費がふえていく。 現在考へられている新町村の規模標準は面積三十平方粁(約直径一里半)人口八〇〇〇以上となつている。 全国的にみて本県は人口密度が高い。 新しい町村の性格構想については立町の精神をもり込むこと。 それにより促進法に盛られた財政上の特例、公職の特例、選挙区についての特例等について説明する。 なお合併について国及県からの補助金が交付されること等について説明あり。 その後質疑応答があり主として財産(村有)はどうなるかについて応答あり。 原則として新しい町村へ引継がれることになつているが協議により財産区を設けることが出来るとの答あり。 ㈡ 促進委員会々議録昭和二十九年五月二十六日午後九時公民館小会議室において開催 出席人員四十三名 一 石井村長より 町村合併について具体的に取上げて検討していく機関について附近町村も最近合併協議機関を作つている。その人員は六十名前後程度と思う。成瀬村としても議会と相談、おはかりしまして、村の総意を挙げてこの問題を研究していくためにこゝに公選による役職員、各団体機関の役職員による人々を委員として協議会(仮称)を作ることになり、先に文書で差上げた通り七十余名の方々を委員にお願してこの問題を検討していくことにしたいと思ひますので、是非共皆さん方に委員を御引受願つて各団体を通じ、各層へ滲とうして頂きたいと思いますので、お引受願いたい。なお皆様方でこの他に委員としてこの人をと思はれる方がありましたら此の機会に申出て頂きたい。 一 白鳥委員 高井さんが民生委員となつていますが、之は当然教育担当教育長で入るのが至当と思われるが。 一 村長 これはどの階層で委員になつているかといふ問題ですが、この名簿へ入れてないということでなしに高井様に入つてもらつてある。これは各議員代表ということで、委員としての発言に変りはないと思いますが、又此の委員会は法的でなく任意団体の意味でしもんきかんですから、教育委員としては高梨さんが代表で出ていられるので私としては差支ないと考へていますが。 一 白鳥委員 町村合併は教育機関があげて町村合併には参加していかなければいけないと思つている。 一 重田県議 どうも市が周囲の町村の領土拡張のみを図つている傾向があるがこれは法のマトを外れている。 促進法は新しい町村を作ることにある。 県の審議委員は二十名だが、構成は学識経験者、県議員代表―県農業団体代表―言論会代表(神奈川新聞社長)である。 平塚は五万以上の市であり―旭村との合併は難点がある。県審議会の勧告をまつて知事が意見をつけることになる。合併の動きがある場合は県から計画案を示すことになつた。 合併は農村建設を主眼として考へていくべきである。 農(村)業振興を主眼とした合併へ促進していきたい。 市への吸収合併は極力排除したい。 県も今秋までに七〇%か八〇%は合併への目鼻をつけたい。 一 村長 この会の名称は仮に町村合併協議会としたが之について名称はこのままでよいでせうか、名称の決定を先にして頂きたい。 一 重田県議 町村合併促進委員会とするのがよいではないか。 一 村長 只今重田さんが云はれた名称はどうでせうか。 一 高梨(麻)委員 促進するべきだからそれでよいと思う。 他に同意見あり。 一 村長 それではこの会を町村合併促進委員会とすると告げる。 一 白鳥美津委員 先程の委員の中へ見附島の重田サク様を一名入れて頂きたい。 このことから役場の村長助役も、のつていないといふことになり役場の三役は当然入つてもらうべきだとの意見多い。 一 議長 これは当然加へてもらうべきだ。その他にも落ちている方があつたら入れた方がよい。 一 村長 それでは四人を加へまして八〇人となるのでさよう御承知願いたい。 この会の性格は―諮問機関ということで御承知願い規約は任意団体だから作らずにいきたい。 一 重田委員 規約は必要ないだらう。 一 村長 それではこの会の役員、会長か委員長かを決めて頂きたい。 一 重田委員 委員長とすべきであらう。委員長は村長さんにお願したらどうか。 全員賛成。 一 村長 折角皆様の御指示でありますので、委員長を御引受いたします。よろしく御支援願いたい。副委員長二人をきめて頂きたい。 一 重田委員 副は村会議長にお願いしたいと思う。 一 高井委員 私も賛成、今一人は石川健之助氏にお願いしたい。皆様如何でしようか。 一 高梨恒光委員 私も是非その二人にお願したい。 全員 異議なし。 一 村長 副委員長は内藤さん、石川さんにお願したい。 一 能条委員 顧問をおいて頂いたらどうか。私は県議の重田氏が最適任と考へるが。 之について、顧問までおく必要はないだらうから、正副委員長でやつてほしいとの発言あり皆諒承する。 一 委員長 委員会はこの線で協議していくことになりますが、なお八〇人の皆様に一々集つて頂くよりも小委員会のような機関を設け御相談していつたらと思いますが此の点どうでせうか。 一 重田委員 小委員会は作つた方がよいだろう。 一 内藤副長 人員はどの位かよいでせうか。 あまり大勢でない方がよいとの声あり。全員小委員会を作ることを諒承する。名称は小委員会とする。 一 高井、高梨(恒)委員 小委員会の人選については正副委員長へ一任したらどうか。 賛成の声多し。 一 委員長 皆様の御意志により、それではこちらでよく協議して人選をして小委員会委員をきめたいと思ひますのでおまかせ願ひたい。 一 重田委員 私の私見ですが合併への決定は議会が定めることゝなるので、小委員の人選も議会中心できめていくのがよいでせう。他は広く各層を代表して出るようにして決めて頂きたい。 一 三野委員 町村長会や議長会等での試案は出ているか。 一 委員長 北部町村の動きについて今までの動向を話す。昨年末伊勢原町長、議長が北部十ケ町村を訪問した。その後町村長と議会の長の合同会議を二回程開催したが、とり分けて動きはない。組合病院やかくり病舎等十ケ町村は従来から慣例的に連けいをもつているので十ケ町村はそのまゝ合併問題を研究していくことがよいではないか。先々分れるまでも、それ迄は、とに角ブロツクを一丸として研究していくことがよいと云ふことで進んでいる現状であります。昨日県地方課長の話しに、生活に必要な規模の適正化をはかつてほしい、弱小町村を取残さないようにしていきたいとの話しがあつたが、農村振興を図る合併を考へていきたい。人口八千ではこの県下としては小さすぎるのではないかと考へている。 北部十ケ町村で人口三五、〇〇〇人、その内神田、相川が若し離れた場合で、北部八ケ町村三万人位となる。 説明会を先に行つたが今後もやるかといふことについて大体良いだろうといふことになつた。 一 三野委員 部落民への承認を得ることについてはどのようにするか。 一 委員長 これについては御手数でも部落へ区長さんから総集会を開いて協議して頂きたいと思う。 委員会の名簿等を部落へ回覧にすることにより諒解を得たい。 一 委員長 以上よろしく今後共御協力を願いたい。今晩はこの辺で閉じたいと思います。 午後十時四十分終了する。 ㈢ 町村合併促進委員会会議録 昭和二十九年七月六日午後八時公民館小会議室において第二回促進委員会を開催する。 出席委員五十名となつたので委員長開会することの可否について会議にはかる所、異議なし、賛成の声多し。八時四十分石井委員長これより会議を開くと告げる。 先づ委員長から(村長)別項の通りの状況報告あり。 去る五月二十六日に合併促進委員会を結成して以来農繁期のためのびのびとなりましたが、その節八十名の委員から更に小委員会を作つて、けんとうしていつたらどうかということで御承認を得、その人選は正副委員長へ一任となりましたので、せんこうして、先に御通知いたしました如く二十五名の小委員をきめまして、去る七月二日に初顔合せをいたしました。 その際今後の運営方法等会議にはかつたのですが、小委員会の正副委員長についておはかりしました処、促進委員会の正副委員長でやつてほしいとの御要望でしたので御引受けいたしました。 一部平塚市への合併の動きもありましたが、大した全般の動きはなかつたが、農繁期中紙上で見られましたように、色々と話題に上るようになりました。 村といたしましても麦の取入、田の代附等のため見送つて参りましたが、北部町村間全般の動きとしましては活発な動きはなかつたのであります。 特に最近になりまして神田村、城島村、金田村、土沢村等が平塚市への合併を議決するようになつたのでありますが、旭につきましてはそれ前に県会で合併議決をみたのであります。 その中で何としても大野町の動向がきまつておらないのに周りの町村が飛んで平塚への合併をすることは妥当でないと思うわけであります。 他に南部方面の町村へ平塚市からの呼びかけがあつたが、大磯、二宮、国府は三ケ町村地帯での合併も考へられている。秦野地区は色々いわれているが一帯としての合併をしていくことに意見が中々まとまらず研究中である。 金目、旭、金田の各町村も旭、金田、がぬけたために大根、金目の線は出されていない。 一方北部町村では、かくり病舎、組合病院、女学校等今までも組合そしきで一体となつている関係から北部はまとまつて一つに相談していかうといふことで参りましたが、その内神田は立地条件上平塚へいくことは止むを得ないと思うが、城島については研究を一しよにしていくことで話し合つて来ました。 三日に県の合併審議会が知事に答申したのによると、神田を除く各町村は合併していくことが適当と思うということであります。 五月に集つて頂いた時から非常にこの問題は進んで来ています。 新聞紙上によれば大田、岡崎も平塚からの呼びかけがあり、本来の合併理想は第二義的となり、領土拡張のみに考へられる。 合併の趣旨と将来の見通しとをもつて村の将来をきめていくことがよいと思つている。 二日に顔合せした際、小委員会等において、各意見をのべてもらいその結果を全体会議へはかることがよいと思うといふことで小委員会で協議いたしましたが、その骨子状況について申上げます。 一 合併についての可否についてけんとうした 促進法の趣旨は何のために合併していくか、規模の合理化であります。明治二十二年町村制施行後六十五年を経過していますが当時の生活はその規模でよかつたかも知れません。今は生活、経済条件が変つて来ており、六十五年前の規模は考へなくてはならない段階に来ていると思います。 町村の行財政力の合理化をはかることは規模の合理化であり、国、県への依存よりも自主的財政力への強化を図ることであると考へます。その方法は租税負担力の強化、税制への改革も考へられますが、現在は望みうすではないか、とすれば残された方法は人口を増してその財源を求めることが一つの方法であらうと考へることが規模の合理化をはかることになる。人口を増すこと、すなはち、規模をふやすことであります。 標準人口八、〇〇〇人で本村はその半分であり、国の考へ方からいつて合併問題の対象となつているわけであります。 行政権と生活はんいを一つにすることは不可でも接近させることは出来る。昔の村役場の事務は国から命令された事をすることで足りたが、今は地方自治体が事業をやる主体性をもつて来た。中央集権から地方分権となつた。これにより各地方自治体の強化をはかることが必要でこれから考へると村として真けんに考へて頂く段階に来ていると思う。 小委員会は合併するといふことを決定して話しを進めることにしたが、北部町村と比較して考へてみても何れの面もこの村としては附近町村にひけをとらないので自主的条件のもとに合体合併がよいと思う。 農村には農村の主体性があるので合併後も農村としての性格を強く打出していく方がよい。 大体一部は別にして北部町村はやはり立地条件から中心地伊勢原を主として農村としての大きな新町村を打出すことがよいと思うといふ事でこれを全体会議にはかり、各部落へ更にはかつて頂き、きめたから変更出来ないということでなしに部落で色々検討して頂き、きたんのない御意見を各部落毎にもちよつて頂き、それにより修正する部面は直して村の態度をきめていく方がよいではないかと思ひますので、よろしく充分御けんとうをお願いいたします。 議長 只今委員長より説明されました中で不明のてんを質問して頂きたい。 重田(朝) 質問がなければ先に話を進めていくことではどうか。 白鳥 委員会を公的な性格をもつものとして考へていつてよいものかどうか。 委員長 委員会は公的として考へてお願したい。 白鳥 この前私が尋ねた時はそうではないとのお答えだつた。 たんなる研究団体であるかのようにお聞きしたが、私は公的なものと考へなかつたが公的なものとすれば当然、私が前に申上げた教育長として委員にといふことも直して頂きたい。合併問題には教育機関は当然入るべきものです。民生委員として入つておられるがこれでは意味をなさない。 委員長 各種団体の役員の中からお願してあるので民生委員を教育長にするといふ事だと思いますが、教育委員の方には委員として入つてもらつてあるので、別に問題とは考へなかつた。 副委員長(内藤) 白鳥さんの御意見がその意志ならば、皆さんもその方がよいとのお話しならばそのように直していつたらどうでせうか。 足立(啓) 職名は変つても人は同じだからどちらでも差支へないではないか。 足立(正) 助役も消防団長として入つているので、その言によると助役として入つてもらうことになると考へる。 委員長 高井さんには教育長兼民生委員に、助役さんは消防団長とすることでよろしいでせうか。高井さん、何か御意見はありませんか。 高井 別にありません。いゝです。 副委員長(内藤) 外の方も他に職をもたれている方はやはりそのようにして頂きたい。 委員長 他に質問なければ、合併するか、しないかについて意見をお聞きしたいと思ひます。 萩原(盛) 箱根町の合併及吉野町の合併について合併しても三千人以下の人口らしいがそれでよろしいものか。 県審議委員の重田さんにお話し願いたい。 重田県議 今迄役場は一つの組合事務をしていたので促進法はよいきつかけだが、更に第二段階で大きな合併を計画しています。箱根町なぞは町村制施行前のまゝであの時に当然今のようにするべきであつたといつている。 萩原(盛) 睦合村も今合併した方が有利だつたと思う。 白鳥 私は当然合併していくといふ事に考へていくべきではないかと思ひます。 今までの箱根町の合併を考へてみても合併していくことがよい。伊勢原を中心にして農村を作つていくこと、今まで話しに出たとおりで、村長の指示でよいと思う。 委員長(村長) 今御意見がありましたが、今後基本となるので各位で御意見を出して頂きたいと思ひます。 合併問題を部落へはかる場合の案として皆さんでよく検討して頂きたい。 (時代の波だから仕方がないと思う)といふ声あり。 井上 村長さんのお話にもありました通り白鳥さんのように合併していくことがよいと思う。ここらで結論を出したらどうか。 副委員長 皆さんの御希望があれば、委員長としてのお考へをきく(内藤)ことにしたらどうかと思うが皆さんどうですか。 賛成―委員長の意見をきゝたいとの声あり。 重田岩雄 大局的にみて伊勢原に一番近い成瀬としては積極的にやつてほしい。平塚は非常に食指を動かしている。新聞等では具体に意見発表しているようですが、村長さんはどうお考へですか、御意見をききたい。 委員長附近町村長が話し合つたことについてですか。 重田県議 委員長さんの意見はどうかきゝたいといふことらしい。 委員長(村長) 先ほどお話しいたしました通り、県のおかれている立場を考へても国が示した線からいつても県の考へ方から申しましても、伊勢原を中心として考へてみると愛甲石田へ一里、東は小稲葉へ一里、南は矢崎へ一里、西は比々多村善波へ一里、大山町子易へ一里といつたようにそれぞれ半径一里で、機械化された今日、距離的に見てもそう遠いものではない。生活かんきようからみても、交通状態からみても、伊勢原を中心としている。 村の中を考へても此の時代には四千人は小さいことゝ考へるので、その税金もふやせない。 職員についても住民二五〇人~二六〇人について一人位で村が大きくなれば大勢の住民を対象としていける。 消費的経費を節減していけることゝ思う。 今の現状では都市と農村のへだたりが大きくなつている。 市と町と村との差も大きいが国は行政力を平均化していくので小規模の町村は無理がいくことになる。 これは現在税制面にはつきりとあらわれている。 とくに本県は大規模な町村で運営されていくことがよいと思う。 成瀬も大きな合併を考へていくことがよいと思う。 伊勢原を中心として考へる場合、農村の力を強大にしていくことが必然的と考へられる。 大きな農村、文化的な農村を建設していくことが出来る。 特に附近の町村が集つていけば、伊勢原町中心でなしに農村の力が発揮出来る。 丁度成瀬村は北部を一つに考へると標準になる。 結論としまして大きな合併をしていくことが村の将来のためにもなり、村民の福祉にもそへるのではないかと思う。 高井 教育行政面から見た場合、三、四千では財政の裏付もなく学校職員の人事交流の面から考へても大きな合併は必要と思う。 内藤副委員長 他に御意見質問はありませんか。 鈴木(宗) 北部町村の具合はどうですか。他の町村は合併の話しが進んでいますか。 委員長 大田は村としての考へは伊勢原と一丸となつて考へていたが、城島村と接近している村、大島小稲葉辺では行動を一しよにしようといふことで申合せをしたが、それが平塚への色がついてしまつたらしい。岡崎は平塚から呼びかけもなくて、そのままだつたが、最近城島の動きについて平塚への動きがある。 比々多は大根との合併も考へられるわけですが色々と考へ伊勢原と一しよになつていこうというようになつている。 大山は御承知の通りで当然伊勢原への合併と思う。 高部屋は大した動き、意見等は見られない。始め試案は玉川と一しよに合併するようになつたが、最近愛甲郡は愛甲郡でとのことから厚木との合併を考へているので一応高部屋としても玉川への動きはない。 相川としては厚木との合併も考へられているが、厚木境、又神田境はそれぞれ部分的な動きもみられるが、村の合併委員会は伊勢原への合併を考へているようだ。 足立(啓) 積極的な意見もないが、村長の意見発表をもとに各字毎に村民の意見をとりまとめ、出来ればその際役場から来てもらい、今一回こゝへ意見を持ち寄つて協議していつたらよいと思う。 高柴(恒) 委員会としての結論を出したらどうか。 三野 意見をまとめていくことにしたらどうか。 委員長 此の案で皆さんへ申上げますが、下落合では五日に字総会が開かれ異議なく伊勢原への合併を賛成されたそうですから報告いたします。 重田県議 今夜はこの程度で打切り字集会へかけたらとの話しですが、又一方委員会のまとめをして部落へ委員会の決定したことを話していくことにしたらどうか、いづれか一方をきめていく方がよいと思う。大田、岡崎は村長としては、伊勢原への合併について協議しているのに一部では平塚への合併に熱中している。 平塚市への吸収は色々条件を出しつけていくことでまとめは早いが、合体合併、対等合併を考へていく場合―みりよくがない。伊勢原へ合併することは、だれか中心となつて動くものがないとのろ〳〵してしまう。 委員長 伊勢原の案を示して説明する。 案のけんとうは規模決定の上にあるが、今お話しするのは一応の案でありまして、これによりけんとうするが、規模決定後改めて新町村建設計画は作成することになる。 委員長 御意見は何かありませんか。 代田勇次 成瀬村が先になり懸命になつてやつてもらいたい。 白鳥 成瀬村が中心となつていくべきと考へる。小田原の吸収合併をみてもとくにその感が深い。国府津もわずかの差で敗れた。曾我に於ても下中も前羽もやはり今色々と問題がある。 成瀬も積極的に動いて合併を促進していくべきであると考へる。 委員長 お説のとおりである。成瀬、高部屋等も、地勢上どこへ合併するよりも伊勢原への合併を考へていくことがよい。 古谷 各町村の理事者は自分を考へずに動いてほしい。 鈴木(宗) 北部町村の中合併にかくらんをもつているのはどこか。 委員長 五十歩一〇〇歩である。 代田成瀬としては積極的に動いてもらいたい。 副委員長(内藤) 皆様の御意見をきいて、大いに意を強うして村長も充分働けると思う。村長としても皆さんの一本になつた力がなければ働けないので、村長、委員長の発言に全面的に賛成を願へるということで決定して差支へありませんか。 重田県議 村長さんも村民の意見を重要視している。北部町村長の中でも比々多、成瀬の村長が大いに割切つていると思う。 只今皆さんから積極的に意見をのべられたので大いに力強いことゝ思う。 高梨麻治 村長は村内のことは助役にまかせて、西部用水との関係もあり明日から強力に動いてもらいたい。 萩原盛重 城島も極力伊勢原へ合併することで、村長さんに動いてもらいたい。 重田県議 すでに城島は議会で議決して県へ送つてあるが、県から近く城島は伊勢原へ合併することが適当と考へる。又、大野町はまはりの町村が先に平塚への合併をきめたのでむくれている。住民の決議は出来ても県の議決が出来なければ合併することが出来ない。土沢と城島の問題はもめると思う。市長へきくところでは、こちら側からは強制していない。まはりの村から入れてほしいといつて来ているのだといつている。 旭の合併について紙上では条件はよいが県へ出た書類には記してないので、今後問題となつた場合、県へ陳情しても公式な文書になければ泣きね入りとなる。いづれにしてもたつて合併していく場合はいづれ歴史の解決することゝ思う。 白鳥 そういふ場合に県としては止めることはできないか。 重田 三ケ月間県がほうつておくと、自治庁へ直接申請出来る。その場合自治庁では知事へ意見を求めてくる。それで県が意見を出すことになる。 委員長 先ほどまでのお話合ひでまとまりがついたと考へますが部落の意向をまとめてもらう方法はどうしたらよいか。 白鳥 日を切つて部落常会を開いたらどうか。 井上 農委選との話しもあり、十日迄にやることになるがどうか。 委員長 農委選の届出期間も十一日ではあり、十一日迄に部落総会できめて頂きたいといふことでよろしいか。 おそくもこの会を今一度開かしてもらいたい。 委員会を次回十四、十五日頃に開きたい。その節部落の意見をきめてほしい。 部落へは委員の皆さんから説明してほしい。 附近町村へ話しを進めて頂く場合、その土地について関係をもたれる方々に御迷惑でもお願いしたい。 こちらからお願いした場合はよろしくお引受け願いたい。 副委員長(内藤) この点は委員長に人選をおまかせ願うことにしたらどうか。 賛成のこえ多くあり。 井上 高部屋方面もやつてほしい(相川、大田のみでなく)。 副委員長(内藤) 部落へは委員の方から御説明を願いたい。 村長委員長 長時間御審議をねがいまして有難う存じました。 部落への会合はよろしくお骨折頂きたい。 終了時間 十一時 委員会を終了する。 ㈣ 促進委員会会議録 昭和二十九年七月十九日午後八時より公民館小会議室において委員会を開催する。 定刻をすぎ委員長遅刻につき内藤副委員長開会することの可否について会議にはかるところ、異議ないので午後八時五十五分開会する。 先づ内藤副委員長より、先の委員会で各部落(字)の意見をまとめて頂くようお願いした、その結果を持寄つて頂いた事でせうから(区長)委員の方から今席で御発表を願いたい。 各区長から事務局へ報告してあり、そちらから発表願いたい。 助役各字から受けた状況を発表します。 と次のように発表する。 各字共総合して促進委員会の決定通り対等合併に賛成する。 内藤副委員長 只今報告の通り、各字共合併に賛成ということですから御諒承を願いたい。十七日の北部町村長で協議の模様を皆様にお話しするのですが、村長がおくれていますので幸ひ同席された重田氏が出席されていますから、その時の模様についてお話しを願いたい。 重田委員(県議) 八ケ町村の町村長が集つた(神田、城島は欠席)が、その後の各町村の状勢、態度を話し合つた。どんな構想にもつていくかといふことも議題に出た。 大山町としては高部屋村の態度が未定につき、高部屋と一しよに協議していきたい。高部屋としては正式な決議はないが伊勢原中心の大同合併がよいと思う。 比々多も大根の合併の話しもあるが、大勢は伊勢原中心の合併をきめる段階である。成瀬はこの前態度がきまつている所ですが、あと大田と岡崎は現在の所まだ何ともいへないといふ所であるが、大田としては伊勢原と話し合つてきめるらしい。十七日では大田は表示出来ない実情らしい。十八日には大体きまつたそうです。岡崎は出発がおくれていて十日にやつと委員会の結成をみたばかりで意志表示はないが、たいせいは伊勢原へとの合併を希望している。たゞ一部地域的に平塚への合併意見も出ている。 相川としては、まだ意志表示をする段階でなく、今のところハツキリすることは少し無理だといふことになつている。 ここで石井委員長出席(午後九時五分) 委員長 今日は相川村で小学校々舎の改築落成式に出席し、引続き直営診療所について会議がありおくれて申訳ない。との発言あり。 内藤副委員長 昨十八日夜、合併を希望する町村の議長がよつて(相川、大田、岡崎、比々多、大山、高部屋、成瀬、伊勢原)議長会を開いて合併について意見調整を図つたが、大体北部町村会で話しのあつたようなことで意見を交換した。 相川としては白黒ハツキリしていない。厚木からも伊勢原からも申入れがあるが、今の所申上げかねる立場である。 大田は平塚からの呼びかけもあるが、村としては大せいは決つたが、その内平塚への合併を希望して署名した者の中に村会議員が二人入つている。今議会としてもこの人の面子を立てることを苦んでいる。署名した議員も今は反省しているとのことです。 大田としては伊勢原中心の合併へは九分以上まとまつているらしい。岡崎は先程の話しにありましたように平塚への合併を希望している向もある。馬渡部落は伊勢原方面への合併を決議したとのこと。北大縄は平塚への合併を希望しているらしい。 比々多としては伊勢原中心の合併に異議はない様子である。高部屋村も別に伊勢原中心の合併については異議がない。 大山町も高部屋との関連があり、高部屋の態度決定をのぞんでいるが伊勢原中心の合併について異議はない。 成瀬村としては皆様の御意志を伝へた。大体議長会での意見交換について以上報告しておきます。 委員長 先に部落の意向をとりまとめ十四、五日によつて頂くことになつていましたが、十七日に町村長、十八日に議長の会議があり、その結果をみて話合つた方がよいとのことで、延ばしたことは御諒承を願いたいと思ひます。対等合併をすることに各部落でまとまつたが、このことについて別に御異議ありませんか。 「異議なし」の声多くあり。 御異議ないので成瀬村としては合併することで話しを進めていきたい。 合併を推進していくために準備委員を作つてこの人達で話を進めていつたらどうか。人選については議会、教育委員会、農業団体等へそれ〴〵おはかりして出ていたゞき、合併に対する態度をきめていつたらどうかと考へますが、この点について御意見を承りたい。 高梨(麻)委員 委員長へ一任したい。 三野委員 町村長間で人員についての申合せはないか。 高梨(麻)委員 五人位でどうか。 委員長 他の町村との話し合いになつた場合はその程度で検討してもらうことでよいか。 「異議なし」の声多し。 委員長 相川について上落合、長沼は伊勢原へ、岡田、堺は厚木へ、中の戸田が未定であり、戸田の方向によつてきまると思う。 高井委員 長沼の一部から話しがあり、相川と大田と成瀬で話し合う機会を作つてもらいたいとの話しがあつた。 委員長 只今の話しについては相川の議長、村長から今日是非一度成瀬と話し合いたいといふことで二十三日午後来てほしいとのことだつた。相川の方は議会と合併準備委員とで十七、八名~二十名位いとのことですが、成瀬としてどの位いつてもらつたらよいか。 大田へも申入れたが、今少し待つてほしい。また日を改めて話し合いたいとのことだつたから近く又これは大田から日を改めて話しがあると思う。 内藤副委員長 これは委員長一任としていつたらどうか。 高梨恒光委員 委員長一任でよい。 委員長 皆さんがよければまかせて頂きたい。又自分がいくといふ御希望の方があれば二十三日午後三時~四時頃になると思うがその時間に出向いて頂きたい。 内藤副委員長 皆さん只今の処で御異議ありませんか。 「異議なし」。 委員長 大田村との話し合ふ場合についてはどうするか。 委員長一任との声あり。 萩原盛重委員 大田村へは井上委員がいつてほしい。 委員長 相川は七月のはじめは厚木へ合併するという意見が七分位あつた。 厚木と合併したいという愛甲郡下町村の動きで、相川としては厚木が大きく合併していく場合相川としては不利な状態になると見ている。そうなると伊勢原中心の合併の方が良いではないかといふことになりつゝあるとのことです。 生活程度から考へても山間地帯と一しよになつた場合、今までの場合よりみじめになるではないか。農業経営にしても土地改良のしてある農地と未改良の地域と合併すると税金は出しても還元されないといふことになる。 今まで同じような環境だつた北部町村と合併を考へた方が有利といふ考へが大方強くなつている。 大体八ケ町村合併する場合は成瀬を大きくしたような地目別の配分となる。 合併について各部落での会合で色々な意見が出たと思ひますが若しあれば此の機会に発表してほしい。 今までの経過について別に話しがなければ村としては今迄申しました線でいくつもりですが、他の町村と話し合ふ場合は出て頂くことになりますが、一々その都度委員会を開き集つて頂かなくてもよいではないかと考へますが此の点どうでせうか。色々御気付の点があればお聞かせ願いたい。 萩原盛重委員 新聞等で伊勢原と合併といふように書いてあるがそういふようにしないで北部合併といふことにしてほしい。 委員長 私も大きな合併をしていくといふ態度をきめていくといふことに話している。伊勢原町は地理的にみて中央だから伊勢原といふ線が出る。 井上委員 村長は慎重すぎるなあと思はれるほど非常に慎重であるが、あまりにも慎重すぎると誤解されるおそれがあるので注意してほしい。 委員長 伊勢原との合併、伊勢原へ合併といふ言葉のとり方で意味がちがつてくる。 内藤副委員長 農村として大きく合併をしていくことしか考へていない。伊勢原へ恩恵を施すといふことは少しも考へていない。伊勢原町を建設するといふ考へはすてゝほしいと議長会の時も強く言つたわけである。 委員長 別に御意見はありませんか。 先程来お話しして来た線で進みたいと思ひますから、何か御気付の点がありましたら、何時でも役場の方へお出を願いたい。 別に御意見もないようですから此の辺で終りたいと思ひます。長時間御苦労様でした。 午後十時二十分終了する。 ㈤ 成瀬村町村合併促進小委員会会議録 一 昭和二十九年八月五日午前八時成瀬村公民館に合併促進小委員会を召集する。 一 開会時間 午前八時二十五分 一 閉会時間 午前十時二十分 一 出席者 十九名その氏名は別紙の通り。 一 石井委員長 それでは始めたいと思いますが、七月二十五日に伊勢原町役場に関係町村の村長、議長が集りまして今後のことについて協議しましたときに、何ケ町村で合併して行くか態度の決らない町村がありますのでわかりませんですが、準備委員として議会代表、各町村長、教育委員会代表、農業代表の四名を各町村で選出して行く事がよいという事になり、それに伊勢原町より商工代表を一名加えて行くことになり、本村はこの前の委員会の時その四名の選出については委員長一任ということになつておりましたが、農業関係からは重田朝光さんに、教育は教育委員会の委員長の高梨恒光さんに、それに私と内藤議長さんと四名で出席することに決まりました。各町村も同じようであります。 去る一日第一回の準備委員会がありまして四名で出席いたしました。その時に準備委員会は合体合併を目標として行き町村合併の協議調整を計ることを目的として行くことに規約を決め、各町村四名でも三十名以上もあるので常任委員を置くことになり、規約により互選となつておりましたが、常任委員は各町村長全員と各教育代表、産業代表等より一名宛入れて構成いたしました。 準備委員会の委員長には比々多の国島村長に、副委員長に竹内伊勢原町長と私にやれということでありまして、町村長以外の常任委員については大田村の麻生さん、成瀬村の重田さん、伊勢原の高島さんに加藤さんで、事務局の方は関係町村の職員で常任委員会で検討して出すことにつき一任されております。経費については各町村で負担することになつております。 先ほど申上げました態度の決定しないところは相川、岡崎村であります。県のこれに対する態度は今後吸収合併の場合、県の審議会等の意見にあつていないものは勧告しないと言つてゐますので岡崎としては県の考えを無視するわけには行かないと思われます。現在岡崎は前よりのいきさつにより色々の問題があり今直ぐに態度を決定することは出来ないようでありますが、準備委員は一応出すことになつております。 一方相川の方でありますが成瀬、大田、相川の三村で話し合うことになつて話し合つて来ましたのですが、その経過をお話しします。 相川村は、鵜飼試案としては厚木、南毛利の線でありました。その後厚木の空気が強くなつたようでありますが、相川村の会議では厚木が強いので結論は急ぐ必要はないということはないということで、現在厚木、南毛利の線で研究することになつてゐるようであります。 その後伊勢原方面の合併は必要があつたら研究することにして行くことになつているようです。 相川村の七、八割は厚木町へかたむいてゐるということでありますが、その後今月に入り伊勢原町を中心とする準備委員会が出来て来てから津古久、長沼、上落合は伊勢原の線へ合併しようとする考えになつて来たようであります。 何故伊勢原の方へという考えになつて来たかと申しますと、この前成瀬から話し合いに参りました時に話したこと等が解つて来たようでありまして、下落合の部落には毎晩のように相談に来てられるときいています。 今朝も私のところに三部落の代表の方が見えて分村しても合併をして行きたいという意見で、地方事務所へ連絡してあるという事で、分村の手続について照会してゐるようです。しかし分村ということはあまり良くないと思われますので、村一本で合併して行くことが良いので先月迄は厚木町へ行くような線が強かつたのですが、この三部落が伊勢原方面へ来たことは非常によいことでありますから成瀬、大田村としては相川村に対して協力していつたらどうかと思つております。 一 足立啓次 今の話をきいてわかりましたが私は先に非公式に相川の小塩君に会つて「君は相川村をどうするのか」と言つたら彼の意見としては分村はしたくない。従つて中郡北部に行くか厚木に行くかということになりどちらにも関係があり、村全体を通して見ると厚木の線が最も強いようだといつていた。 私は思うに分村は困るということは村の将来のためほりさげて考えて行くべきだと思いますので、年月がたつても自然な形により分村したものは誰が見てもよいので岡田、酒井は厚木に近いのだし厚木町のようなもので、村長さんの話しですと相川村は一本で行くように話がありましたが、分村することは相川としても長い将来を考えて見てよいことだと思われますので、相川一村全部ということは無理だと思われるし一村全部と言わずに自然に出来た形が無理がなく自然にそくして行くと思われるし行政面からもよいと思うが。 一 高井章 合併は町村が解消し新らしい町村が出来るのだから相川と成瀬、切ることの出来ない絆であり、相川が厚木町に行くことは今後色々の面で伊勢原がよいと思います。 一 石井委員長 結論的には足立さんの意見のようになつて行くと思われます。 一 三野広司 相川村一本はむづかしいが合併は部落的にまとまつて来るものであり、相川自身が決めて来ると思われます。 一 足立啓次 長沼、津古久、上落合は伊勢原の線を出して来たのか。 一 石井委員長 今日三部落は村長に報告するそうです。現在県知事の意見は伊勢原町である。 一 足立啓次 中郡北部の町村に玉川村を入れてくれという話しをきいたが村長はきいてゐるか。 一 石井委員長 日向部落が伊勢原方面に来る場合は玉川村をこちらに入れてくれと日向から話しがあり、その後伊勢原町から儀礼的に一度申し込んである鶴巻も申込んであるが、大根村としては県の意見の線は考えてゐないようでありまして、秦野町を中心とする合併を考えてゐるようでありますので落幡附近は伊勢原へという考えのようでありますので伊勢原と比々多村から話し合いに行つてゐる。 城島村もこちらが合併することにはつきり態度が決定すれば呼びかけるつもりでいる。 一 高井章 岡田と酒井とが気持よく分村することになればよいが。 一 石井委員長 二、三日前は戸田に呼びかけてくれと言われてゐたのだが、今朝見えた人は津古久、長沼にも呼びかけてほしいと言つていられました。 今まで申上げましたことも総かつすると大田、成瀬から強力に呼びかけてくれと言うことであり、伊勢原方面の合併の話をしてやることで資料を与えてやるだけで合併の判断はむこうで考えてやるようにする。 一 高井章 厚木へ相川村が行くとすれば吸収か。 一 石井委員長 わかりません。 一 足立啓次 準備委員会はどの程度までやるのか。 一 石井委員長 準備委員会は骨子だけで、新町村建設委員会で具体的なことはやるようになると思います。 一 足立啓次骨子は今月中に出来るか。 一 石井委員長 各町村で希望があればこの次の委員会に持つて来てくれということですのでいかがいたしますか。 一 内藤理一 合併後の建設計画を出すことは村の将来のためであります。 一 高井章 条件は出来るだけ建設的なものでなければいけない。 一 三野広司 電話とか土地改良とかそういうものを出すべきだ。 一 石井委員長 これからの問題ですから沢山あると思いますので研究して行く上に相当幅が広いと思いますが、いかがいたしませう。 一 高井章 部落民にはかつてやることがよいと思います。 一 内藤理一 相川村は分村しないということを決めてゐるようでありまして従つてむづかしくなつてゐるわけです。 岡田あたりは伊勢原の線が強いが結局まずい。 一 細野利雄 相川村が厚木に合併した場合厚木はどう考えてゐるか。 一 石井委員長 わかりませんね。 一 内藤理一 厚木は自分自身がどうなつて行くかわからないような状態である。それに海老名が厚木へ行くことはいやのようであり、なほむづかしくなつてしまつてゐる。 一 石井委員長 この村の希望、考えはどのようにして出して行くか、ただこのまゝ部落へはかつたらうまく行かないと思われますので骨子を作り部落にはかることがよいと思います。 一 足立啓次 案を作製して部落へ持つて行き修正するなり加えるなりすることがよいと思います。 一 石井委員長 小委員会を教育とか産業とかわけて行くか。 一 足立啓次 小委員会で各部門にわけて行くことがよい。 一 石井委員長 議会の常任委員会は内務、経済、厚生、教育の四つであるがこれで行くことにしてよいか。 一 細野利雄 研究して行く場合は案が沢山あるほうがよい。 一 石井委員長 案を作成して部落が加えるなり削るなりして、その案の作成には議会の常任委員会のわけ方で部を作つてよいか。 一 細野利雄 それでよいと思う。 一 石井委員長 議会の四部の内、経済は土木部と産業部にわけて五部作ることでよいか。 尚特に希望の部があり入りたい人があつたら申出て戴きたい。 部員が決り次第会議を開き部長を決め研究部として話を進めて行く。 一 足立啓次 無理なことになるかもしれないが、全国的な事例によつて役場で委員が考えるによいように参考資料により原案を作成された。 一 石井委員長 それでは北部合併準備委員会に出す希望事項をこの五部により骨子を作り、部落民にかけて作成して行きたいと思いますのでよろしいでせうか。 全員賛成。 足立さんの御意見につきましてもそうして行きたいと思います。 話がちがいますが、大田と話合つてやつて行くつもりだが先ほど申上げました相川村への説明に行く事はどうするか。 大田村は今週一ぱい位に相川村に行きたいといつていますのでどういたしますか。 一 高梨麻治 部落の常会はその前にやる必要があるか。 一 石井委員長 案が作られてからでよいと思います。 一 内藤理一 相川村が自然に自身で決めて行くことだから説明的なことは必要だと思います。 一 三野広司 相川に呼びかける必要はある。 一 内藤理一 方法が問題で強制することはいけない。 一 石井委員長 落合が一番関係が深いわけで、毎晩のように来てゐるようで相川村の委員会の空気と部落の空気が異つてゐるようでむづかしいようだ。 一 足立啓次 大田はどういう方法で行くのか。 一 石井委員長 二人位づつ一組となり十日間位の間に行くようである。 一 鈴木庫造 行つても学校のことなどをきかれた場合返答が出来ない場合があると思うがどうするか。 一 石井委員長 学校のことも今朝来た三部落の人も小学校を作つてくれるかどうかきいたので、私としては必要があれば分校でも作ることが出来ると申上げておいた。 一 井上芳之助 分校などといわずに本校を作る必要がある。 一 石井委員長 成瀬としては相川で学校が必要だというならば協力してやると言う程度でよいと思うが。 一 石井委員長 どうでせうか。組織的に行くか個人的に行つて戴くかどのようにいたしませう。 伊勢原は個人的に相川に行き話合つてゐるようです。 一 足立啓次 今、農家は忙しいので昼間はむづかしいではないか。 一 石井委員長 私も大田の村長と二人で来てくれとの話があり、行く予定です。 一 内藤理一 行く場合は委員として行く事がよいと思います。 一 井上芳之助 個人的に行くよりも組織的に行くほうが話し合うによいと思う。 一 内藤理一 現在相川村は多数を集めることは困難である。集める人によつて伊勢原側、厚木町側の人等自然にわかれるので集つて来る人が伊勢原側、厚木側となつてくるので集つて来ない。 一 石井委員長 厚木の相川に来てゐるのは区長、議員を主に歩いてゐるようで、個別的に歩く事は非常に空気を変えてゐるようだ。成瀬村としては部落の委員の方で相談して戴き、委員以外の人で行きたい人がありましたらば御願いいたします。 一 内藤理一 成瀬の部落の人が相川全部を歩くかどうか、それとも一定の部落だけ歩くと一度も行かないところが出来るといけないからどうするか。 一 足立啓次 部落別に歩く事がよいと思いますね、そして役場に報告したらどうか。 一 石井委員長 行く場合、賛成してゐる部落できいて行くことがよいと思います。 一 細野利雄 一回やつて見て結果を見てはどうか。 一 石井委員長 相川に行くことについて部落の委員の方と相談されまして行つて戴きたいと思いますが、行かれますとき、どこの家に行くのか、区長さんの家、議員の家はどこかわかりません場合は長沼、津古久、上落合の三部落できいて戴けばわかると思いますので、暑い中をすみませんが御願いしたいと思います。行かれまして帰つて来られましたら役場まで御報告願いたいと思います。 他に何か御意見は御座居ませんか。 一 鈴木庫造 参考資料は今時出来るか。 一 石井委員長 今週中に部員の方を御願いするようになると思いますので、十二日頃、部員全部の方に御集り願えるようになると思います。 それでは長い間ありがとう御座居ました。 〔注〕別紙省略。 ㈥ 町村合併促進委員会会議録 昭和二十九年八月三十一日午後八時三十五分開会、於公民館小会議室、出席委員四十七名(会議に先だち四十三名で開会することの可否を会議にはかる) 石井委員長次のように経過報告をする。 御異議ないので開会しますと告げ、七月十九日全体委員会開催以来北部合併関係町村の動向及態度、準備委員会の合併計画と会議の経過について述べ、更に村としても小委員会・議会と小委員会委員との構成による研究部会等により合併計画を検討して来た経路を説明する。 岡崎村、相川村の態度が決定されないので一応六ケ町村で合併への態度を更に進めたこと、合併の期日を先に三十年一月一日と予定したが、年末その他色々の事情から繰上げて十二月一日としたこと、その場合は九月開会される県会へ提出しなければいけない、その為には九月初旬に申請をしなくてはいけない。 関係町村の準備委員会としては目標をそこにおいて研究し、準備委員会から更に常任委員を選出して常任委員会で鋭意けんとうした。 九月県会に申請することから早急に関係町村では決定しなくてはならないようになつた。 二十九日に準備委員会を開いて最後的なけんとうをした。その線で作りました案が御手許へ差上げた案です。 この案を全体委員会にはかり検討してもらい決定したい。 十二月一日合併となつたために各町村(六ケ町村)共合体合併の基本方針をきめることになつたので、よろしく検討をお願いしたい。 合併について議決しなくてはならないので五日に議会へ出して議決して頂き、それにより六日県へ申請したいと準備委員会の方はなつています。 県へ申請は案の十六項目までの線であります。十七以下は建設計画に入る部分です。 十六までの部分について議案として提出したいのでよろしく検討願いたい。以上申上げました点について御意見がありましたら、おきゝしたいと思う、と述べる。別に御意見がなければ、この案を説明したいと思うと朗読し乍ら説明する。 一 合併の目的構想についてのべる。 意見を問ふも、発言なし。 二 合併町村区域 意見を問ふも、発言なし。 三 合併の形式 四 合併の時期 五の新町村名は最後に述べると告げる。 六 役場の位置について その間高井委員、能条委員より原案でよいとの意見あるも他は意見なし。 七 役場支所、出張所について 高井委員 本庁と支所との事務内容について問ふ。 委員長(石井村長) 説明する。 八 財産・負債の処分 合併町村の消滅により財産は新町村へ引継ぐ。町村により財産の有無の調整は事業面に生かしていくことといふことになつています。 高井委員 負債の多い所は税金等でかんあんするものか。 委員長 税金でどうといふことでなく、起債等公のもので一時借入は含まれない。これは町村の責任で片をつけてもらう。 重井委員 入会地とはどういふものか。 委員長 具体的な説明をする。 高橋(麻)委員 異議なし 重田岩崎委員 向ふ三ケ月間ある場合、合併前に金を借りて事業をやるといふ面がありはしないか。 委員長 起債だけで一時借入は認めないからそういふことはない。 九 議会の任期、定数について 議会としての意見は、新町村は新しい議員でやつてもらはうといふ意見が強かつたが、岡崎、相川の合併も考慮して任期を延長することにしたらといふことになつている。(そうでないと、あとから合併する町村は議員が一人も出れない)県とも相談研究の結果、当分の間現在の議員にやつておいてもらう。全部の町村の決定を待つて改選する。その時は小選挙区制を実施して人口に比例して議員を出すようにすればよいではないかといふことになつている。 この点について何か御意見はありませんか。 代田委員 原案に賛成。 更に問ふに異議なしの声多し。 十 一般職の身分について 早い機会に職員一人当三五〇~四〇〇人位い住民数を受持てるようにしていきたい。これが経費の節減になるし、合併の目的にもそうことになる。 代田(勇)委員 伊勢原役場の職員は本庁の職員として全部引継ぐものか、又本庁への人員は割当制か。 委員長 これは決つていない。能力にもより、村の実情によつてもちがう。 代田(勇)委員 退職吏員に就職あつせんの道があるか。 鈴木(宗)委員 結局勝手に首が切れるといふことになるのか。 委員長 結局はそうなるが、勝手に首を切れない。新町村になつても七〇人や八〇人はいてもらはねばならない。 退職希望者には特別に優遇していくことになつている。 高井委員 失業により家計を維持出来るよう考慮してほしい。 委員長 議会や一般財は特例法により考慮されているが、特別財については何等規定されていない。 十、については皆さんの意見を尊重して善処したい。 十一 町村税の賦課について 三年間を従来でやつていこう。固定資産税については評価の面もあり早急にはむづかしいが、村民税は早く均一化したい。 鈴木(宗)委員 村民税は町村によりよほど違ふものか。 委員長 大した差はない。 他に意見を求める 異議なしの声あり。 十二 国民健康保険の取扱について 委員長 村税と同じようにやつて取扱つていこう。 但し町村により給付内容が違ふ場合があり、差別待遇は早く除き、出来る限り早く一本化しようといふことである。 意見を問ふ。異議なしといふ。 十三 農業委員会の取扱について 特例法によれば三十名までおけることになる。 各町村共二名宛の委員を出していこう。これは委員の互選によりやらう。その他の委員は補助員として村に残り事務をやつてもらう。 意見を問ふ。異議なしの声。 十四 教育委員会の取扱について 特例法により一名づゝ出して新しい委員会をつくつていこう。期間は一年間となつている。 意見を問うに異議なし。 十五 消防団の取扱について このことは非常にむづかしいが、一本化していこう。 全部の消防が公設になる様に出来る限り早い機会にやつてほしい。 高井委員 そうすると成瀬は支部になるのか。 委員長 公設にする場合は予算が伴うから予算とにらみ合せていこうといふことになると思う。 十六 部落連絡員について そのまゝ存続していこうといふことです。 足立正四委員 十三の農業委員会の任期は特例法で何年になつているか。 委員長 一年となつている。五の新町村名をのぞき、どの項でも御意見あれば承りたい。 萩原(盛)委員 庁舎の敷地は伊勢原町で提供するといふことだつたと思うがどうか。 委員長 これは決つていないと思う。 鈴木(宗)委員 伊勢原町では提供してもよいといふことではなかつたのか。 高梨(麻)委員 これは準備委員に一任したらよい。 委員長 他に御意見は、 と問ふに、異議なし。 では新町村名について、―これは時間をかけて皆様におはかりしなければならないのですが、時間も少い関係上早急に新町村名を県へ申請するためには決めなくてはならなくなつている。秦野町の例をとつても合併計画をする前に町村名を先にきめている所もある。 委員会の意見を村民の意見として決定していく様に準備委員会でもきめましたので、今晩きめて頂きたいと思う。これを決める場合旧来の慣習によるとか、色々のとり方があるが、要はめんどくさい、まぎらはしい名でも困ると思う。 山梨県下の合併した町村が山梨市とつけて、色々問題となつた例を引く―字引にもないといふことではいけないと思う。 合体合併であるから新に生れていくのだから新らしい名前がよいといふ方もあるかも知れないが、新らしい名にしてもどれだけの恩恵をうけるか。一見よい様に見えても、新町村名が世間に分つてもらへない。商業取引の場合等も一応説明がいると思う。経済的な面から考へると、今まで呼びつけた名前でもよいではないかと思はれる。 と、終戦後解体された三井、三菱等の例を挙げる。 精神上、経済上、取引上等広い意味においての北部合併町村の名前をきめて頂きたいと思う。 申おくれましたが、小委員会を五部門に分けて、先日慎重にけんとうお願したのを全体の委員会にはかるはずだつたが時間的によゆうがないので今一回よることについて後日更めてけんとうして頂きたいと思いますが、先日の内務部の部長といいますか、座長といいますか、石川さんになつていますのでこのことについて石川さんから御意見を皆さんにのべて頂きたいと思います。 石川副委員長 町村名については慎重にけんとういたしましたが、新しい町村名は未決定だつたが、皆さんの御意見があれば承つてきめていきたいと思う。 委員長 大田も特によい町村名のない場合は伊勢原としても差支のないといふことになつているそうです。 萩原(盛)委員 明日までに決めるべきか。 鈴木(宗)委員 慎重審議といふ話しだつたと思うが、こんなに急にきめなくてはならないものか。 牛村委員 特別の良い名前の意見があつたら云つてもらい、なければ伊勢原でもよいと思う。 委員長 先に町とするか、村とするかを決めてほしい。 「これは町がよい」との意見が強い。 鈴木(庫)委員 町と村では取扱に差があるものか。 委員長 そう違いはないと思う。 高井委員 理想から云へば新しい町村名がよいと思うが、色々考へたが大住町といふのも変だし、商業上や色々の面から新しい町として伊勢原町としたらどうかと思う。 高梨(麻)委員 高井さんの意見に賛成。 古谷委員 住民の意見をきかずに今夜こゝではきめられない。これは住民の意見をとるべきだ。 「これはむりと思う」との声多数あり。 木村進委員 そんなにむづかしく考へる必要はない。 代田(勇)委員 こゝに来ている人に聞いてみたらどうか。 足立(正)委員 こうしていても仕方がないと思うので、成瀬だけがきめてもどうなるか分らない。一応こゝで始めてもらつた方がよいと思う。 委員長 全体会議へこの案を示すのは今晩はじめてでありますが、小委員会へは度々はかつて来たのですが、全体へははからず一足飛びに来て恐縮と思いますが、他の町村でもやはり急になつていると思う。村の方針は部落へ案を示してけんとうしてもらふのですが、委員会の態度は今晩きめてもらいたい。その後において部落へはかつてほしい。とにかく成瀬村委員会の意見としていきたい。この基本方針も成瀬だけできまることでなしに、各町村の意見でどうなるか、多数決になつていくことゝ思う。 あくまでも対等の立場に立つての決定であるので、成瀬でこうきめたいと云つても直ちに新町村の意見とはならない。 この点をお含み願い、新町村名をきめて頂きたい。 細野(利)委員 今晩委員会としての意見ならよいが、今晩決定するのだといふ話しだつたが、部落へ話しなしではいけないと思う。成瀬だけがきめても他の町村がどうするか分らない。 委員長 委員の方の個人の意見をきかせて下さい。 古谷委員 基本方針は字へもち帰つてきかせてから決めた方がよいと思つたから先に話したが、中々字へかへればうるさい。 委員長 議会へ出す議案のこともあり、各町村を統一した案としたために決定は各町村共議会ですることになる。 代田(勇)委員 伊勢原以外の名称をつけた方が後日よい。 委員長 具体的にどういふ名がよいのですか。 代田委員 まだ、名はきめていない。 委員長 先に二人の方は伊勢原でよい、今の方は伊勢原以外の名といふ意見ですが、外の方の御意見をきかせて下さい。 鈴木(宗)委員 相川では伊勢原の名をつければ合併しないといふ説がある。 井上委員 そんな気の小さいことでは相川は合併してもらはなくてもよい。準備委員会の方へ一任したい。 委員長 その外に御意見は……。 それでは先程のお話しにより「伊勢原でよい」「新しい名前がよい」その後「準備委員会にきめてもらつたら」といふ意見も出ました。具体的に名の出たのが伊勢原町、今一つはそれ以外の町村でよい、その中に準備委員会にまかせるといふ意見がありましたが、それでどうでせうか。 高梨(麻)委員 それでよい。 鈴木(宗)委員 準備委員会できまれば決定するものか。 委員長 準備委員会としての決定で、あと議会がきめることになる。 鈴木(宗)委員 それでは各部落の意見は盛られないではないか。 委員長 九部落でどの意見にまとまるか分らない。部落で出しても、少い意見の場合は準備委員会できめることになる。鈴木(宗)委員 準備委員会がきまれば村会もきまるでせう。 不賛成ではないと思うが部落の意向はとり入れられないことになる。 古谷委員 我々は字の代表ではないから村民の代表ではない。 委員長 区長さんは字の代表である。 代田(勇)委員 伊勢原とつけた場合同じ字か。 委員長 伊勢原といつた発表者に「同じ文字か」と問い、そうだとの言に「同一文字です」と答へる。 細野(利)委員 委員会としては、名称をきめたらどうか、たゞ部落へかへりきかれた場合どうするか。「委員会ではこう決つた」でよいか。 委員長 それでよいと思う。 「字への諒解はえておいた方がよい」といふ意見多い。 細野(利)委員 字では別に意見はないと思うが、先にこうだとおしつけにしていつてよいものかどうか。 近藤委員 明日の委員会は何時か。 委員長 九時です。決定は議会がするんです。 細野(利)委員 では議会へまかせたらよい。 高井委員 委員はこの場で各自意志を表明したらどうか。 代田(勇)委員伊勢原とするならば部落へはかるべきだ。 古谷委員 我々は中間にいて中々やりにくい。部落へかへると言はれる。 委員長 部落へ賛否を問い、それにより議会できめる。準備会としてもそのまゝ決つていかない。 鈴木(宗)委員 十六までの原案はそのまゝ決定されていくものか。 委員長 そうです。 鈴木(宗)委員 区長さんが先に部落へはかることがよいではないか。 委員長 こゝできまれば来月四、五日迄に部落の意向をとりまとめていけば議会へまにあふ。 鈴木(宗)委員 北部案がきまれば、それからあとで部落へはなせば天下り式になり、今後きめることは無理だ。日時の余裕をみなくてはむりだ。きめない先に部落へはかるべきで、きまつてから話すと天下り式になる。 委員長 まだこれは決定していない。町村名が入つていない。これは一日にきまることになる。だから委員会としてきめて頂き、成瀬案として準備委員会へはかつていくことでお願いしたい。 高梨恒光委員 何時までもこの事で協議していても仕方がない。 ここに寄つている者で町名をきめて、明日の準備委員会へかけ、これを部落へ出して部落に意見があればそれを準備委員会へ申出てもらう。 あと未決定は町名だけですから、準備委員会にかけたあと部落へ示し意見をきいて、外にあれば準備委員会へもちよつて村長さんから村民の意志を申出てもらうことにしたらどうですか。 近藤委員 高梨さんの意見に賛成。 委員長 只今高梨さんから御意見がありましたが、他の方はどうでせうか。糟屋の方はどうですか。 高梨恒光委員 村内の各字の意見がまち〳〵となればいづれに決定するか分らないと思う。 鈴木(宗)委員 それでは決めてから後で相談することになり後手となるではないか。 高梨恒光委員  外は異議なく町名だけのことであるのでまだ本決定はしていないと思う。 意見により調整出来ると思う。 細野(利)委員 今夜は高梨さんの意見でよいのではないか。準備委員会の決定をあまり重く見ておられるのではないか。他の五ケ町村の意見も調整して案が出来るからまだ五日あるので、そのあいだに議会で決定する迄部落でやつてもらへると思う。 鈴木(庫)委員 村長のお話しを糟屋部落でとり違へたと思うが、高梨さんの案でよいと思う。時間もたつのでこゝで出来れば一応決めて頂きたい。 委員長 大体委員会としてきめようといふ御意見と思いますがどうでせうか。言葉の足りない点は悪しからず御諒承頂きたいと思つています。高梨さんの御意見の線でよろしいでせうか。 「賛成」の声多し。 鈴木(庫)委員 私は伊勢原町で差支ない。 委員長 それでは、多くの御意見が他に適当な名前がなければ伊勢原でよいとの委員会の御意見と思いますが、その線で準備委員会でのぞみ差支ないでせうか。 「異議なし」 「賛成」の声多い。 他に意見なければ十六までの線はこれで進んでいきたいと思います。 町名については一応準備委員会へはかりますが、部落の意見をおきゝ願いたい。 三日午前中に部落の御意見をとりまとめて頂きたいと思つてますがどうでせうか。 区長さん、どうでせうか。 能条委員 それまでに委員会はないか。 委員長 今のところハツキリしない。案により御意見があれば三日の午前中に役場迄おきかせ頂きたい。それでよいでせうか。 井上委員 この案は準備委員会をとおつているか。 委員長 町村名を残して、とおつている。 井上委員 それではこの案により部落の意見をきいて三日午前中に知らせればよいんですね。 委員長 そのようにお願いする。 それでは、三日午前中に報告のない場合は諒承出来たものといたしますから、重ねて申上げます。 三日午前中ですから、お願いいたします。 次の事業計画については、各部でけんとうして頂いて、けんとうの末を部落へもちかへり願い、部落でけんとう願いたい。これは事業になつて村民のことに直接ひびくことで、皆さんにもお集り願い部落でもよくけんとうして頂きたいと思つています。 事業計画を朗読し乍ら説明をする。 事業計画についての意見を問ふ。 社会、教育、青年団、婦人会等の統合はむづかしい。それ〴〵御意見があるが、各団体毎に意見をまとめてきかせてほしい。 井上委員 民生委員について人数の統合は。 委員長 厚生大臣の任命であり、そのまゝ存続と思う。他に質問がなければこの程度で、後程色々御意見をきかせて頂きたいと思う。 これは時間をかけて充分けんとう願いたいと思つている。 何か皆さんの御意見があればきかせてほしい。 別になければ、これで会議を終りたいと思う。 議会の方は五日午後三時頃集つて頂きたいので、後程御通知を上げたいと思つている。 以上で本日の促進委員会は終了、午後十一時三十五分。 (成瀬村役場「町村合併促進委員会関係書類」(昭和二十九年)伊勢原市役所蔵) ㈦ 第七九六号 昭和二十九年九月六日 伊勢原町長 竹内新三郎(印) 大山町長 佐藤政太(印) 高部屋村長 麻生桂作(印) 比々多村長 国島佐一(印) 成瀬村長 石井平(印) 大田村長 飯島邦造(印) 神奈川県知事 内山岩太郎殿 区域変更申請書 中郡伊勢原町、大山町、高部屋村、比々多村、成瀬村、大田村は地域的に隣接し従来から経済的には勿論の事病院、隔離病舎、学校等一部事務組合を設けてその実情相通じこの際之等関係町村を合併する事は将来の発展、繁栄を約束し、住民の福祉に図るところ大なるものがありますから昭和二十九年十二月一日を期して合併実施せられるよう、関係町村議会の議決を経て、こゝに関係書類を添えて申請致します。 一 廃置分合又は境界変更を必要とした理由 昭和二十八年町村合併促進法が施行されこれが法律の本旨に則り、中郡北部町村が大同団結をして新町を建設すべく、着々これが具体化に努力を集中せり。 今回の法律施行により合併を推進せんとする理由は新町を建設し国の要請せる自治行政の運営を能率化し、自治体の建全なる発展充実を計り、住民の福祉の向上に寄与すべきを以て伊勢原町、大山町、高部屋村、比々多村、成瀬村、大田村の関係町村は数次に亘り相寄り慎重に研究協議を重ねた結果、こゝに合併することに意見の一致を見た。 前述の通り合併決定前においては本合併地域内は地形的に隣接し、従来から経済的には勿論病院、隔離病舎、学校等一部事務組合を設けてその実情相通じ、この際之等関係町村を合併することは将来の発展、繁栄を約束して住民の福祉に寄与すること大なるものがあると思料せらるゝにより、各合併関係町村は夫々住民の輿論を取纒めた結果、合併を希望する気運が進展し、こゝに合併の協議が成立したものです。 この合併により新町が発足した場合は自治の行政が単独した自治体から大同団結するによつて町行政は高度に運営され、住民又町民としてのほこりをにない、自から健全なる町の発展が約束されるものであります。 一方行政事務についても合併により事務の統一がなされる為、事務の簡素化は勿論財政面においては各種の費用が節約され、公共事業面にその財源が充てられるため、事業面は逐次その計画を完成すること又当然と考えられる。 以上の如く甚だ抽象的ではあるが、今回の合併による新町実施の計画をするものであります。 尚本合併に含まれていないが、新町発足に対し多年隣接町村としてその境を接する中郡岡崎村、相川村、城崎村等とも協議し合併の計画を進め、その実現により文化的農村の建設に大同団結されんことを希望して合併の理由とするものであります。 二 経緯の概要 昭和二十八年町村合併促進法が施行され、これが法律の主旨に則り中郡北部十ケ町村が大同団結して新町を建設すべく北部町村会、議長会にて寄り〳〵協議を重ね、これが具体化に努めた。 元来北部十ケ町村は地域的に隣接し、従来より経済的には勿論、病院、隔離病舎、学校等一部事務組合を設けてその実情相通じているため、今后の町の発展に寄与せんとして大合併をすべく努めた次第です。 たま〳〵六月に入り北部十ケ町村のうち神田村、城島村は平塚市への合併を宣言したるを以て残り八ケ町村は急ぎ合体合併の構想の下に町村長、議会議長が数次に亘り具体策について協議したのであります。 これにより各町村に於ては合併促進委員会又は合併促進協議会等を結成、住民に主旨の徹底を計り併せて委員会に住民の輿論を反映し委員会の活動を活発ならしめたり。 七月下旬に至り合併の具体化に伴い、関係町村は町村代表、議会代表、教育代表、産業代表を選出し、こゝに町村合併準備委員会の結成を見、八月一日第一回準備委員会を開催し役員並びに常任委員を選出す。 合併準備常任委員会は毎週一日定例日を設けて合併準備について慎重に協議、円滑なる合併に意をそゝぎ、その間準備委員会も数々開催して問題点の解決に当りたる結果、八月末に至り中郡北部町村合併基本方針が円満に成立したるにより九月五日合併関係町村は同時に合体合併の議決をし、八月六日関係町村長連署を以て知事に地域変更申請書を提出、こゝに合併が事実上決定された次第です。 此の間岡崎村、相川村は夫々本合併に日夜努力ありたるも結論に達せず合併の後れたることは甚だ残念なるも、近き将来新町に合併されんことを切に希望いたします。 議案第七三号 伊勢原町外五ケ町村の合併について 中郡伊勢原町、大山町、高部屋村、比々多村、成瀬村、大田村を廃し、その区域をもつて伊勢原町を設置し昭和二十九年十二月一日から施行することを神奈川県知事に申請するものとする。 昭和二十九年九月五日提出 同日原案のとおり議決 伊勢原町長 竹内新三郎(印) 理由 合併関係町村は規模に於て或は財政力に於て弱少なる町村にして、自治体としての使命を充分発揮する事を出来得ざる状況にあるを以て関係町村夫々合併し、町村規模の適正化と行政の能率化を計り、もつて住民の福祉に寄与せんとする。 伊勢原町議会議長 高島耕二 伊勢原町議会議員 梶静夫 伊勢原町議会議員 桜井荘太郎 右原本と相違ない。 昭和二十九年九月五日 伊勢原町議会議長 高島耕二(印) 伊勢原町長竹内新三郎(印) 議案第七四号 合併に伴う財産処分に関する協議について 昭和二十九年十二月一日中郡伊勢原町、大山町、高部屋村、比々多村、成瀬村、大田村(以下関係町村と云う)を廃し、その区域をもつて伊勢原町を設置した場合これに伴う財産処分を別紙の通り関係町村協議の上決定するものとする。 昭和二十九年九月五日提出 同日原案のとおり議決 伊勢原町長 竹内新三郎(印) 伊勢原町議会議長 高島耕二 伊勢原町議会議員 梶静夫 伊勢原町議会議員 桜井荘太郎 右原本と相違ない。 昭和二十九年九月五日 伊勢原町議会議長 高島耕二(印) 別紙 合併に伴う財産処分に関する協議書 昭和二十九年十二月一日中郡伊勢原町、大山町、高部屋村、比々多村、成瀬村、大田村を廃し、その区域をもつて伊勢原町を設置した場合これに伴う財産処分を次の通り決定する。 一 中郡伊勢原町、大山町、高部屋村、比々多村、成瀬村、大田村の財産は全部伊勢原町に帰属せしめる。 (神奈川県中地方事務所「町村廃置分合関係綴その三」(昭和二十九年)神奈川県庁蔵) ㈧ 中郡北部町村合併基本方針について 一 合併の目的、構想 新町村は中郡北部町村を合体して文化的農村建設を計る目的をもつて合併し、逐次道路灌漑、排水路の整備等農村の振興を計ると共に観光資源の開発中心部の都市計画事業の施行、住宅地としての開発並びに商工業の振興を計るものとする。 二 合併町村区域 伊勢原町、大山町、高部屋村、比々多村、岡崎村、大田村、成瀬村、相川村の八ケ町村とし、此の合併に同調せられる隣接町村を含む。 三 合併の形式 合体合併とする 四 合併の時期 昭和二十九年十二月一日 五 新町村名 六 役場の位置 伊勢原地区内とする 七 役場支所、出張所について 当分の間、伊勢原を除く町村に役場支所を設けて住民の日常生活の便を計る。支所の行う事務、次の通り 戸籍、住民登録事務 配給事務 八 財産、負債の処分 財産、営造物、負債は新町村に帰属さす。但し山林、原野の特定の入会地にかかる財産については住民の使用状況等を勘案して決定するものとす。 九 議会議員の任期、定数について 合併後当分の間、任期の延長を認め、任期満了後定員名の小選挙区制を適用する。 十 一般職の身分について 原則として合併の日をもつて新町村に引続き任用するも希望退職者には特別の退職金を支給すること。 十一 町村税の賦課率について 当分の間、従来通りの賦課税率を適用する。 十二 国民健康保険の取扱について 新町国民健康保険特別会計として一本化す。但し当分の間従来の通り各区域の賦課率並びに給付内容其の他をそのまゝ適用するも可及的速やかに税率其他を均一化すること。 十三 農業委員会の取扱について 新町農業委員会を設置す。 委員選出は促進法に依る旧町村委員からの互選とし定員名とす。但し当分の間旧町村を単位として補助員制度を実施して運用する。 十四 教育委員会の取扱について 合併町村教育委員会より互選に依る委員を一名選出して新町村教育委員会を組織する。 十五 消防団の取扱について 消防団の統合整備を計る。 十六 部落連絡員について 当分の間部落との連絡は各支所、出張所を通じ旧来の慣行制度に依る。 事業計画の方針 ⑴ 土木、交通、通信、住宅 (イ) 新町区域内を通過する県道並びに中心部に通ずるための重要行政道路は優先的に拡幅改修を計り、之と併行して逐次産業道路も整備するものとする。 (ロ) 新町としての「公営バス」を計画し、住民相互の交通の便を計り更に平塚―伊勢原間に県営の電車軌道の設置を促し、之を大山に延長して沿線客貨の便と大山の観光開発に努める。 (ハ) 部落電話を架設して、本庁並に相互の連絡を便ならしむ。 (二) 伊勢原都市計画の区域を拡大して中心部の区画整理を施行し、県営水道の実現と共に工場を誘置し、計画性をもつた工場、住宅地区を開発して勤労者を吸収し、もつて住宅建設を計る。 (ホ) 土木技術者を設置する。 ⑵ 産業経済 (イ) 米麦、園芸、果樹、畜産の振興を計るために専門技術員を置き特種、特産地帯の育成を計り、特に畜産については優良豚、乳牛の奨励普及を計る。 (ロ) 湿田を解消して用排水路を完備して土地改良を計る。 (ハ) 生活改善を目標として技術―経営―生活と一貫した技術指導を行う。 (二) 青果市場を開設して物産の集散を計る。 (ホ) 農業協同組合、農業共済組合の指導育成を計る。 (ヘ) 商工業者の振興を計ると共に信用組合の設置を促す。 ⑶ 教育関係 A 学校教育 (イ) 小中学校の設備、施設の充実を計る。 (ロ) 小学校の通学区域は従来のまゝとす。 (ハ) 中学校の通学区域は当分の間従来通りとするも教育の均等と相互の均衡を計るため中学校の統合に努むること。 B 社会教育 (イ) 青年学級を拡大、強化して農村青年の指導に当る。 (ロ) 部落公民館を置き各種団体相互の連絡指導を計る。 (ハ) 青年団、婦人会等各種社会教育団体の統合を計り、その活動を援助する。 ⑷ 厚生関係 (イ) 旧町村診療所を伊勢原病院分院とする。 (ロ) 旧町村保育所はそのまま存続し逐次各地区に之が設置を計る。 (ハ) 環境衛生、保健衛生の充実を計る。 (成瀬村役場「中郡北部町村合併促進委員会関係書類」(昭和二十九年)伊勢原市役所蔵) 二三四 県知事内山岩太郎の伊勢原町新町建設計画案に対する意見 二九地第九一三号 昭和二十九年十一月八日 神奈川県知事 内山岩太郎(印) 成瀬村長殿 伊勢原町新町村建設計画案に対する知事意見について さきに提出された伊勢原町新町村建設計画案については、左記のように考慮されるので、御了知願いたい。 記 中郡北部ブロツク町村すなわち伊勢原町、大山町、高部屋村、比々多村、成瀬村及び大田村はひとしく農村社会を形成し、従来からもきわめて緊密な関係にあつたのであるが、これらの地域が町村合併によつて、自治体としての行財政能力を昂め、新らたな伊勢原町として、住民の福祉もいよいよ増進せられ一層の発展がもたらされることを期待する。 本建設計画案は総体的にみて、新町建設の構想においては適切であると認められるが、財源中町債については、本年度の起債許可方針が基準財政需要額の八割を超える部分については認められないことになつている実情に鑑み、過大見積となることのないよう特に注意する必要があると思料せられる。要するに、堅実な財政計画の下に新建設事業の計画を建てるようにせられたい。 なお、新町全域を都市計画区域とすることは、建設省の方針が、中心市街地並びに将来市街化が予想される区域に限り、定められることとなつているので、見通し困難の状況にあるので、念のため申添える。 (成瀬村役場「町村合併関係書類」(昭和二十九年)伊勢原市役所蔵) 二三五 中郡伊勢原町建設計画 (表紙)「伊勢原町建設計画」 一 新町建設計画 附属書 一 県立伊勢原高等学校に商業、農業の二科を併設されたい。 二 電話の通話区域を町の全地域に統合されたい。 三 部落電話の設置に協力されたい。 四 郵便の集配区域を町の全地域に統合されたい。 五 伊勢原、平塚間に電車軌道を敷設して平塚市(東海道線を結ぶ) との交通を確保し、これを大山に延長して沿線客貨の便と、大山の観光開発に協力されたい。 六 町営バスの運行の計画に協力されたい。 七 町内左記県道の拡幅改修をなし、町民の交通を便ならしむるようされたい。 1 県道伊勢原~平塚線の改修をされたい。 2 仝伊勢原~二宮線の拡幅改修されたい。 3 仝伊勢原~篠原線の拡幅改修をされたい。 4 仝厚木~御殿場線の改修と下糟屋地内歌川架橋の場所の変更をされたい。 5 仝伊勢原~寒川線の拡幅改修をされたい。 6 仝伊勢原~戸塚線の拡幅改修をされたい。 7 仝伊勢原~高峰線の拡幅改修をされたい。 8 仝大山~金目線の拡幅改修をされたい。 9 仝平塚~落合線の拡幅改修をされたい。 10 仝伊勢原~大山線の拡幅改修をされたい。 11 仝厚木~大山線の拡幅改修をされたい。 八 地区内左記河川について改修をし、水害を解消されたい。 1 渋田川橋梁(下糟屋地内道灌橋)の改修をされたい。 2 鈴川堤防石積工事の改修をされたい。 九 県営住宅の計画的建設に協力されたい。 十 農業協同組合を町村支金庫として活用出来るよう協力されたい。 十一 商工業振興のため信用組合の設置許可をされたい。 二三六 中郡伊勢原町等関係町村現況表 十二 区域内観光振興のための施設補助をされたい。 十三 西部用水の工事の促進と区域を拡大されたい。 十四 県立高等学校の学区制の撤廃を願いたい。 (成瀬村役場「町村合併関係書類」(昭和二十九年)伊勢原市役所蔵) 〔注〕別紙省略。 関係町村現況表 合併後議員選出予想数 合併前後町村税率比較調 相澤菊太郎日記 昭和二十年~昭和二十四年 十五日〔昭和二十年八月〕晴予在家保雄ハ表庭ノ壕拵へ中安氏ハ淵ノ辺ノ造兵厰へ花子ハ局へ行此日正午天皇陛下ハラジヲヲ通シテ戦曲ノ最后トシテ和平ヲ米英清魯ノ四国へ申込各国トノ回答ニ応シ平和ヲ旨トシ之ニ応シ是以上人類ヲ失フコトヲ案セラレ戦災ヲ治メントノ聖慮ニ出テタルモノ之ニ対シ鈴木貫太郎総理大臣ノ訓話アリ茲ニ昭和十二年ヨリ今日迄ノ長年月ニ及ブ戦争ハ一ト先終結シ日本ハ本国四国九州及小島ヲ維持シ満州国ト朝鮮ノ独立ト云コトニナ 大詔出ツ 和平成ル直ニ停戦 (成瀬村役場「町村合併関係書類」(昭和二十九年)伊勢原市役所蔵) リ日本ハ沖縄ヲ始メ是迄得タル国及島々モ回収サレ多額ノ資ヲ出シタルモノヲ敵ニ供セルコト斯クナル迄ニ多数ノ人命ヲ失ヒタルコト実ニ痛惜ニ堪ヘサルモノアリ斯クナラシメタル陛下ノ重臣ハ何ヲ以テ答ヘントスルカ内閣ハ年々交代スル是ヲ以テ忠臣ト云ヘルカ三千年ノ歴史ヲ当代ニ終ラシメントセル場合重臣ハ何ヲ成シ来ツタカ下民ニ重厭ヲ加ヘツヽ協賛ノ任ヲ尽セト御世話ヲコトヽシ組織ハ密ニテ動ケサル様ニテ働ケト云フ形ニ了リタル如シ忠臣皆無ト察ス仮令今日ノ詔勅ヲ拝スルモ予ハ日本ノ国体ヲ尊重シ七生報国ヲ期セン 十四日夜阿南惟幾陸相ハ官邸ニ於テ自決 一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル 大君の深き恵にあみし身は言ひ遺すへき片言もなし ノ遺書アリト 尚本日ハ鈴木首相ヨリ閣員ニ諮リ吾足ラズ大命茲ニ到レルヲ畏レ老骨今后ノ任ニ堪ヘスト云ハレ一同々感シ供ニ敬意ヲ表スヘク総辞職ノ署名ヲ為シ午后三時首相参内辞表捧呈トナレリト之ニ対シ后継者定マル迄政務ヲ見ヨトノ御諚ヲ拝シ退下ノ上閣員ニ之ヲ伝へ退散セリト本年組閣以来四ケ月何トシテモ上ニ対シ申訳無キ次第ナリ 〔注〕欄外に「清魯ハ支那蘇連ト改ム」とある。 三日〔昭和二十年九月〕曇冷気此朝六時中安氏ハ厰ヨリ帰リ又出行ク昨夜米兵ト廠内ニテ会見セリト尚此日十時ニハ米兵二千人造兵厰跡へ進駐ニ来ル由予在家十時頃表通リ門前ヲ米兵四名小形自動車ニテ北進スルヲ初メテ見タリ休戦以来軍需品ノ処置ニ付不行平ノ声ニ充満ス軍馬車輛衣類品食料品及雑貨等各隊ニ山ト蓄積セルモノ一斉ニ分取トモ云ヘキ状況ヲ呈セリ此日吾家モ隣組長ヲ経テ五人分ニ対シ茶色厚地綿織大巾(金尺六尺)ト晒一丈二尺ト石ケン一個ヲ受タリ吾家ハ花子ガ橋本局ヨリ分配ヲ受ケ保雄ハ女校ヨリ夫々ノ品ヲ受ケタリ農校ト中学ヨリモ幾分カアルナラン或家ニテハ愕程沢山ノ品々ヲ取入タル由是ハ直接軍人始メ分取スルニ因リ一体ニ其悪風ニツレ皆物欲ヲ生シ其行動不良ノモノ出ツル様子ナリ保雄ハ五時帰宅予小豆選別 十三日〔昭和二十年十二月〕晴予在家花子ハ本家ノスス払手伝ニ五時ニ起行保雄ハ女校へ行ク十時栄久来目下臨時議会中ニテ会期十八日此費用十八万円可決ス然ルニ上記三大法案容易ニ議了セス漸ク昨日選挙法改正案丈下院ノ修正ニテ通過セルノミ内閣ノ運命モ見透シツキ現議員モ戦争責任者トシテ全辞職カ当然ナリトハ一般ノ与論選挙法改正セバ 昭和十二年七月七日ヨリ今日迄約八ケ年 支那ニ始マリ十六年十二月大東亜戦トナル 軍ノ配給品受ニ付テ一般状況 八十九臨時議会開会中開期十八日トシ此費用十八万円ト云 重ナル議案一 選挙法一 農地法一 労働組合法 女子参政権確定ニテ選挙人ハ今迄ノ倍約四千万人トナラン我々ハ無駄ニ終ルナラント思フガ如斯風潮トナレリ一方農地法ノ如キ五町歩以上ノ所有者ナキ様ニシ夫レ以上ハ政府デ買上ケ自作農者ニ売付ケ耕作サスレバ自然増産スルト云フ見解ノ下ニ励行スト云フ我々ハ之ニ反対スルモノナリ他町村へ所有ヲ許サス住居地内ニ五町歩以上ノ所有ヲ許サスト云フ平等式机上論ニテ政府買上ハ時価ノ半分ニモ不達之ヲ行ハヽ自作農ヲ助育シ大地主ヲ殺スニ至ル不自然法ト云ヘリ之レモ如斯法ノ出来ル時運トモ云ヘキカ労働組合トシテモ大要此類ニ似テ施行后ニ内閣ガ変レバ亦改正必然ナラン我日本帝国モ二千六百五年ノ今日米英素連合国ノ下ニ只日本ノ名称ヲ残ス丈ニテ敗戦ノコト八月十五日陛下ノ詔勅ニヨリ以来米国ノ軍人日本へ進駐シ東京へ乗込タル最高司令官マツカーサー元帥ノ命令下ニ宮中始メ行動スルコトトナリ進駐軍ノ費用毎月三億円位ヲ負担シツヽ敗戦補償及其他無償提供等トナリ新日本達成モ予期シ得サル様思ハル殊ニ敗戦ニ伴ヒ陛下ノ直系梨本宮殿始メ是迄三百有余ノ戦争責任者トシテ米国裁判ニ附セラレ昨日山下奉文大将ハ米国判廷ニテ絞首死刑ト決定セシガ亦一時処刑延期ナレリ昨十二日ハ巣鴨刑務所へ梨本宮殿下以下五十八名入所ス東条英機元ノ首モ取調中ナリ尚戦争責任者ハ多数召喚サルヽ様子ナリ政府ハ米価ヲ引上ケ一石百五十円ト云ヒ一俵六十円ヲ公価トスルモ目下闇取引ハ一千円以上ニテ一升廿五円余サツマ一貫目十五円以上此頃初荷ノサンマ魚三匹拾円魚菜皆之ニ準ス人夫自食一人十五円乃至三十円配給米ハ一人一日二合一勺ニテ此内へ豆カ粉カ麦ガ交リタルモノニテ人ヲ頼ミテ食ヲ与ヘルコト不能買出人来リ金ヲ撒テ行故品ヲ有ス農家ハ大成金者トナル亦一方諸収入多キ為メ毎戸何千ト云フ有金者トナレリ此頃巻煙草一本十円トナル由マツチノ小箱一ケ七銭ニテ配給アリ来客アリテモマツチヲ出サヌ有様進駐軍人ハ土産用トシテ日本ノ品ヲ想ヒ〳〵ニ買込居リ亦煙草其他米国品持参ヲ売ツヽアリ愈互ニ同化スルモノナラン此日保雄ハ六時帰リ花子ハ三時本家ヨリ帰リテ原町田へ行八時半帰宅 二十七日〔昭和二十年十二月〕曇予在家此朝田中幸作来リ出生男子へ命名ヲ願フトノコトニ付保雄モ立合三人ニテ考ヘタリ其内予ハ正一トハト云タルニ幸作氏モ自案ナリシト云フ故予ハ之レト定メナサイト云ヒ之ニ一同仝意シ予カ半敗戦 日本ノ状況 闇取引流行 諸物価高 田中幸作出生児命名 紙へ命名田中正一ト大書シテ渡ス保雄ハ中野町柏木方へ行一時帰ル糸子午后本家へ行テ糯米陶ヲ為ス明日本家ニテ餅搗ヲ為スコト吾家ヨリハ豆腐□丁ヲ糸子持行テ呈ス豆腐ハ此頃一丁三十銭トナレリ而シテ形ハ段々少サクナル今日金子島次郎君ガ吾門前へ搬出ノ里芋拾俵ヲ見タリ一俵十貫目モノ二百円ニテ是ガ二千円ニ売レルト云フ是ガ一反植タル芋ノ内ヨリ出タルモノ此外ノ残ハ聞カサルモ是丈モ珍値ト云ヘク夏作丈ニテ此結果此畑ヨリ冬作ノ小麦三俵余モ取レルナラン而モ是迄小作畑一反八九円即十円以下ノ旧値ヲストツプ令ニ押ヘラレ其儘今日迄作リ居タル故今ハ戦争モ終リ戦時百出ノ諸規則モ大方廃止ニヨリ各地主共任意小作者ト協議増収シツヽアリ畑作物高価ハ予カ始テ知ル訳予ガ小供ノ時ニハ酒一升七八銭今ハ人造酒一升十円位闇取引ハ三四十円ナリト一般食糧難ニテ悲鳴中在外資金報告先日マツカーサー司令ニ因リ在外資産調書提出方ニ付先日茂治ガ大蔵省へ行問合ノ上調書ヲ出スヘク宗三ニ此仕事ヲ為サシムルコトトシ此日宗三来リテ調書ヲ作成ス則十六項目ニシテ予ノ関スルモノハ第七項ニ該当シ則朝鮮鉄道第四新株百株此出資金壱阡円ヲ記シタリ此同一書七枚ヲ日本銀行へ提出スヘク今夜宗三ガ持行コトトス此扣書宗三ヨリ受保存ス認印ハ宗三ノ小印ヲ用ヒタリ亦満鉄株アルモ此分ハ本社ニ於テ作製提出ノコトトナレリ此日三時頃ヨリ小雨トナリ夜ニ及フ 三日〔昭和二十一年十一月〕曇晴予此朝旭国民学校へ行テ改正憲法発布祝賀式へ列シ神藤校長ヨリ之ニ対スル式辞丈ニテ散会直ニ退出本家へ立寄十一時帰ル午后栄久方へ行テ生籬根元へ樫ノ実ヲ蒔キ夫ヨリ小山ノ花子方へ行テ秀吉在宅ニ付引揚者届及戦災者届提出方用帋ヲ渡シ雑談シ六時帰ル保雄ハ此朝農蚕校ノ式へ列シ正午帰リ午后在家ス此日国民校来賓トシテ予一人ノミ出張所長モ不参ト云フ有様目下全国教員ハ挙テ待遇改善ヲ文相ニ要求中ニモアリ何ヤラ不安気分見ヘタリ此日天皇陛下ニハ貴族院ニ御臨幸新憲法ヲ公布ノ勅語ヲ賜リ十一時半宮城へ帰ラレ一方貴族院ハ仝食堂ニ衆議院ハ仝食堂ニ政府側役員ハ首相官邸食堂ニ開カルヽ祝宴ニ列シ万歳ヲ祝シタリト当時ノ総理大臣ハ吉田茂氏ニテ本文条章ハ主トシテ国務大臣金森徳次郎ニ成案セシメタルモノ貴衆両院ニ於テ五十余日ノ審議ヲ経茲ニ決定発布トナリタルモノナリ 農作物ノ珍高値 在外資産調書 マッカーサー元帥へ報告 大蔵省令九十五号ニヨル 改正 憲法発布記念式 二十日〔昭和二十一年十一月〕晴予此朝変電所南山へ行キ小檜一本ヲ切テ上溝校ヨリ帰途保雄ニ運ハセル是ハ三十三年忌塔婆ニ用ユルモノ予正午帰リ午后ハ橋本町内会臨時総会へ行追放令ニ依リ町内会長外役員ノ退職ニ伴ヒ新選ノ件ニ基キ町規ノ改正ニ及ヒ町規改正ノ為五町内ヨリ二名ツヽ起草委員ヲ定メ廿二日夜ヨリ開始廿九日夜総会ヲ為シ決定スルコトトシ四時散会保雄ト常彦ガ一区ノ委員ニ出ルコトトナル茂治ハ此委員長トナルコト予夫ヨリ栄久方へ立寄夕方帰ル保雄午后サツマ掘ヲ為ス 二十日〔昭和二十一年十二月〕晴予在家十時役場へ農地委員選挙投票ニ行タルニ一反以下ノ耕作者ハ選挙資格ナキユへ直ニ帰宅糸子ハ米受ニ保雄ハ在家槙拵ヲ為ス橋本ヨリ地主側ノ候補者小泉慎一小作側ニハ三岳要蔵ト星野就出テ何レモ当選ス 二十一日晴時々曇寒気甚シ予在家熊手作リ始メ保雄農校へ行四時帰宅糸子医者へ行二時帰ル此時栄久来リ居リ先日ノ時貸返付アリ公債利子ト差引ニテ此日隣組長ヨリ本年分県税町税ノ納符書ヲ受ク吾家分県税三百円町税三百九十円ニテ合計六百九十円ナリ栄久分ハ二種ニテ六十五円也 此日神奈川県通常県会開会三千三百万円ノ追加予算ヲ提出ス是ハ官公吏教職員其他ノ人権費ヲ筆頭ニ充テ此内約百十四万円ハ平塚復興四十八万水道事業六十二万余円トシ歳入ハ国庫ヨリ二千九百七十万円他ハ県負担ニテ徴税分トナル今夏以来労働団隊ハ各組合ヲ造リ要求中ニテ月六百円ヲ最底収入ト目標ニ置キ之ニ応セサレバゼネス断行ト前置シテ争論シツヽ大部分申出貫通ノ状況ニアリ仮ニ逓信関係ニセバ葉書ヲ一円ニセサレバ支出不能ト云咄モ聞キ国鉄モ尚値上スルト云ヒ石炭ノ生産不足ニテ運転数ヲ減シ目下乗降上死闘ノモノ尚先ヲ案セラル一方食糧ハ偏在シ山積ノ木炭ハ動カズ此状況ニ海外ヨリ復員軍人ト同胞何百万ガ毎日帰朝シ此小国ニ産出スル食糧ニテ分配ニ困ルヘク来ル三月ハ日本ノ最后ト思ハル、様一般ニ今ヨリ心配シツヽアル処ナリ是迄ノ米国ヨリ受タル食糧等ニテ漸ク生活セル次第ユへ尚マツカーサー元帥ノ厚意ヲ頼ム時到ラン昨日新聞ハ用紙難ノ為メ一般タブロイド型トナリ当分此儘カ然ルニ代金ハ先日十二月分ト来一二月分迄二十四円集去レリ是新聞社ノ命令カ或ハ取次人ノ手心カ…… 十三日〔昭和二十二年三月〕晴予在家保雄ハ此朝出テ上京シ町内会臨時総会 農地委員選挙 町民税ノコト 通常県会開会 官公吏外増給ノ件 時曲状況 上野ノ美術館ニ開会中ノ春陽会展覧会ヲ見ニ行ク此日ノ新聞ニ見へ今昔ノ感ニ堪ヘズ茲ニ寸誌ヲ為ス題ハ陛下モ月給生活へ宮城ハ一般ニ開放東京名所ニ新宿御苑トアリ今月十五日納期ノ財産税三十三億四千万円ヲ納付スヘク尚五月三日以降新憲法ニヨリ御手元品ノ外全財産ヲ国ニ供シ以后議会デ定メル皇室費ニヨリ御経世サルヽ訳誠ニ一大変転ト云ヘシ我々モ此財産税(十万以上ノ財産者)ヲ納メ農地ノ所有一町歩以上ハ買上ラレ一体ニ一町歩ノ地主トナルニ付キ此頃農地委員ハ活動開始ス先祖ガ丹精買集メタル田畑ヲ子孫カ受継キ保護増加シタル甲斐ナク一令ノ法文ノ下ニ所置サルヽ時至リ如何ニ時世ノ変化ト云ナガラ先祖ハ知ラズ我等此時ニ遭フ憾慨無量此日新聞ニ出タル宮城内諸施設物ノ図ハ切取保存ス予ハ午后小山ノ原利一君方へ行松切運方依頼夫ヨリ仝人東隣ノ蓮乗院へ立寄岡崎秀仁君ト小話シ帰途花子方ニ立寄五時帰宅花子へ簡保証二通渡シ貯金ノ方ハ局へ見セタル上渡スコト保雄夕方東京ヨリ帰宅 二十九日〔昭和二十二年三月〕晴在家十時ヨリ今度改正ノ自治会(元町内会)役員改選ニ付会場柚木清之助方へ行テ第一会長正副及隣組長ヲ選挙ス此朝保雄ハ中学教員達ト茅ケ崎国民校へ行ク途ニ町内役員ノ選挙ヲ為スコト此集合ハマツカーサー元帥ノ命ニヨリ教職員ニ対シ指導アル由此日我門前ヨリ南へ補装工事ノ為メ測量ス一方坂口ノ辻上ニハ鹿島組受負ノ工事中ニテコンクリ交セ機モ建設砂石ノ運搬中ナリ此日自治会ノ役員選挙ガ柚木方ニ行ヒ午后当選者発表アリ長ニ矢島常彦副ニ加藤弥吉トナリ第一区組長ハ十八票ニテ保雄トナリ四十二票ノ内是丈投票アリ次点ハ是迄ノ隣組長神田稲吉ニテ十三票ナリキ実ハ此頃会長ニ保雄ト常彦ト副ニハ加藤弥吉カ原乙十ト云フ候補ニセルト聞保雄ハ之ヲ辞スヘク内々幹部へ了解ヲ得置タル故此役ハ免レタルモ組長ト意外残念至極ナレトモ止ヲ得サルコトト家中ニテ勘念シ出来ル丈勤ムルコト我家ノ手不足ハ一般モ知ラヌトハ云ヘヌ訳ナリ保雄ハ夕方茅ケ崎町ヨリ帰ル此時砂付生魚ヲ買テ来ル此夜保雄ハ清之助方へ行テ新旧役員会ニ列シ十一時帰宅ス 四日〔昭和二十二年四月〕晴予此朝水道布設申込者名簿ヲ造リ往訪ス保雄モ風邪快方ニテ此朝起床シ風間氏以西金子氏迄ノ各家へ行カセ水道布設申込ヲ受ケ保雄ハ埋設ノ為土掘ニ出動ス十時大貫長次郎氏来ル地代昨年十一月迄ノ分ヲ取宮城様子 陛下御生活財産税並ニ下一般ノ変化 保雄茅ケ崎行 自治会役員選 置タリ午后一時政夫来業ス予二時ヨリ小山ノ花子方へ行テ持行タル割竹〔上図〕ト為ス此時選挙入場券ヲ渡ス秀吉分ハ小山ノ区長ヨリ受テアリ此時松ノ木代百円受取夕方帰宅朝ヨリ夕迄南強風アリ此朝予ハ忠嘉君前ノ電柱下ニ立居ル処へ米人二人乗ノモノニテ停車高尚ト思ハルヽ一人下車シ予ヲ撮影セントス言語不明ノ中ニ写シテ一礼シテ南方へ走レリ此時加藤泰次郎君傍観 〔注〕この図は割竹で植込の柵に用いたものと思われる。 十五日〔昭和二十二年四月〕晴暖気ナレトモ午后冷風アリ予此朝本家へ行雑話正午帰ル午后在家保雄ハ学校へ行正午帰リ又行テ帰途旭校ニ開ク后援会役員会へ列シ五時帰ル此夜配給煙草ノ整理ヲ為ス 今年度ヨリ学制変更ニヨリ男女中学一致シ男女共学トナリ従来ノ高女モ実業中学ノ称モ廃シ尋常六年ヲ了レバ中学一年生ニ入リ六三制ニテ九ケ年ノ義務教育ヲ受ルコトトナリ此為現場ニテ中学生トナル訳従テ学校名モ改マル吾旭国民学校ハ相模原町旭小学校ト相模原町旭中学校ト二枚ノ校名ヲ掲ケルコトトナル目下校舎少ナキ為小中ノ区分不可能ナレトモ追々改良スルナラン予ハ小学校ヲ国民学校ト改メタル上司ノ行動ヲ疑ヒ居タルガ今ヤ亦元ノ小学校トナル宜ナル哉デアル大学アリテ中学小学アルハ天理ナリ 十九日〔昭和二十二年六月〕朝小雨忽止十時ヨリ晴始メ午后久シ振ニテ晴天ヲ仰ク午后南風アリ今迄冷気勝ノ為蚊張ヲ用ヒサシガ愈使用ノ時至レリ予在家保雄ハ農校へ行正午帰リ午后麦揚及サツマ植ヲ為ス本日政府ハ本年ノ買入麦小麦裸麦ノ価格ヲ発表ス大麦一俵ニ付三四五円小麦裸麦同一、一石当一千五十二円ニテ一俵四五五円ナリ故ニ小麦一升ガ拾円五十二銭ト云高値トナル(明治廿二三年頃ハ小麦ガ一円ニ二斗五六升ニテ一俵ノ代金二円以下ナリシ予ガ本家ニ居リ小麦ヲ百二十俵収穫セル時ノ実蹟ナリ)此日糸子ハ梅ヲ洗ヒテ上記ノ如ク二口ニ漬込タリ大ノ方ハ一升対塩二合トシ小ノ方ハ塩ヲ少クセリ目下梅干一ケ一円ト云相場ナリ尤モ今使用スル塩代一升六十円ニ梅代ト云訳亦馬令藷ノ買上代ハ拾貫目当八十七円トナル一坪平均収量二貫目トセバ一坪十七円余ノ収穫トナル訳 二十日〔昭和二十二年六月〕晴南風予此朝出発歩行ニテ川尻村役場へ行キ農地法ニヨリ不在地主土地処分ニ関スル農地委員会ノ決定ニヨル処分地縦覧方通知ニ応シタル訳而シテ 〔注〕 米人ニ撮影サル 六三制ニヨル教育機構改変 校名改正 政府買上麦小麦裸馬令薯等公決定 梅豊作大一斗五升小 八升 予ノ所有地三筆合計二反六畝五歩此買上代金千九拾五円八十四銭トアリ此所有権移転登記ハ七月二日嘱託登記ニ因リ之ヲ為シ代金ハ現金受取ノコトニ申出置タリ夫ヨリ退出村田斉次郎前ヲ通リタル故立寄面会夫ヨリ仝地郵便局長宅ヲ訪ヒ代納金ノコトニ付礼ヲ述へ代納合計三十二円六十七銭ノ内小池喜太郎氏ヨリ払込アリシ小作料二円、七円、七円ヲ引テ其不足額ヲ支払テ別ニ寸志トシテ金二十円包ヲ呈シ十時半退出正午帰宅ス此時衣料品配給方ニ付委員四人集合調査シ居タリ此夜弥一文一来リ亦之ヲ分配スヘキ抽籤準備ヲ為ス一人一点ノ割合ニテ十数種ニ亘リ代金亦数段トナリ居レリ 八日〔昭和二十二年七月〕晴予此朝踏切ノ板野床屋へ行タルニ満員ニヨリ丸産へ廻リ夫ヨリ日晴館ノ床屋へ行理髪ス無毛頭ユへ総五厘刈ト為セリ此店モ五人先着予ハ其次六人目ニテ各拾円ツヽナリ正午帰宅午后二時半迄午睡ヲ為シ夫ヨリ麦穂撰ヲ為ス保雄午前農校へ行午后麦穂撰リ及岡ボへ施肥ト青木店へ玄米一斗搗上依頼ニ持行此頃馬令藷麦作不良ノ為日々高値トナリ馬藷一貫目四十円内外ニ白米ハ百二十円以上百五十円ニテモ売人ナキ様ニナリ一般心配シ居レリ九日晴予在家麦穂撰保雄ハ朝ノ内馬令藷掘十時ヨリ学校へ行二時帰リ麦打其他ヲ為昨日政府ハ配給米代ヲ発表ス拾キロ九十九円ノコト故ニ一キロ九円九十銭ニテ七分搗米一合一円五十銭位トナル表面一人ニ二合一勺ト極テ実際ハ一合五勺位其不足分ハ代用品ノ豆ヤ粉類ユへ一般ニ此不足ヲ暗買ニテ凌キツヽアリ政府ノ御役人ハ上手ニ消光スル様子正直者ハ馬鹿ト云諺本当ト成夕方宮崎氏歌田氏ト来リ泊ル 十五日〔昭和二十二年十月〕晴又曇予在家雑用保雄農校へ行正午帰リ雑用 昨日新憲法ニヨル皇室会議ノ結果天皇陛下ノ外秩父宮高松宮三笠宮三皇族ノ外十一宮家五十一皇族ハ族称ヲ廃シ平民トナリ十四日ヨリ一般人民ノ数ニ加ハリ最高一人百五十万円以下夫々国家ヨリ賜金ヲ受ケラルヽ由故ニ各家ハ此金利ニヨリ新生活ニ入ル訳御気ノ毒ナルハ梨本宮老父婦二人賜金百五万円広キ屋敷モ過半売却ノ上焼残リ茶室ニ御住居今ヤ七十五歳トテ前途ヲ気遣ハレツヽ消光ノ由実ニ世ノ変リ方ノ甚シキヲ思ハサルヲ得ナイ此頃天皇陛下ハ信越地方ヲゴム長靴ヲモ御召ニナリ御旅行中ニテ宮廷列車モ用ヒラレズ供奉員モ少数ニ御軽装ニヨル此変化ノ有様ニモ意外トス農地法ニヨリ川尻村畑政府買上ノコト 川尻村行 諸物価上ル穀類殊ニ甚 皇族廃止平民ニ成 ルモノ多々アリ今昔ヲ稽へ憾慨無量…… 二十二日〔昭和二十二年十二月〕晴予此朝橋本局へ行夫ヨリ本家へ行此時茂治ハ財産税ノ内物納ナル株式ヲ大蔵大臣収得ノ名前替ノモノ三万三千余円ノ調書ヲ造リ厚木税ム署へ今ヨリ持行ナリト云ヘリ予ハ帰リテ亦局へ行一千円ノ預金ヲ引出ス此内ヨリ橋本消防団費へ五百円寄付ヲ為ス扱者神田久治へ保雄ヨリ渡サシメタリ保雄ハ学校へ行正午帰リ米搗其他ヲ為ス此日厚木税ム署ヨリ財産税追徴ノ通知書到着ス先ニ一万一千二百四十円納付ノモノへ四千百十一円九十銭ヲ来ル一月九日迄ニ納付スヘキコトトナルモノ(要現金)亦高北農民組合小泉慎一名ニテ今年分小作料ハ組合員ノ分ヲ組合ニ集メ払フ故事ム所へ受取方申出ル様ニト一人別金額ヲ記シタ表ヲ添ヘテ郵送アリ之ヲ見ト一反歩当上地五十円中地四十円下地三十円ニテ算出シタルモノ如此少額ニテハ近頃増徴ノ税ヲ引時ハ地主ハ皆無収ニ帰スル位何ト云フ馬鹿ナ規構ニテ組合外ノ者ハ記入シテナキモ之レガ一ノ例トナラン是皆農地法施行ヨリ生スル措置ナレトモ是ガ本来ノ善政カ予ハ不安トス 三十一日〔昭和二十二年十二月〕晴予在家小作金及地代等収入事務ヲ為ス本年末ハ予ガ監督ノ下ニ保雄ト栄久ニ取扱ハセルコトニ云渡置タルニ保雄昨夕ヨリ胃痛ヲ起シ休息シ居リ栄久ハ畳屋来業ノ為家庭用ニテ不来全部予一人ニテ対談奔走シ記帳等ヲ為ス殊ニ本年ハ小作権ノ発達ニヨリ小作組合モ出来之ニ加入者ト非加入者ト両方ニナリ其中間ニ問題ヲ生シ取引一定セズ一々交渉ヲ要スル有様ナリキ従テ昨年通払込人ト組合へ払込組合ヨリ払込モアリ橋本分ハ組合事ム所ナル小泉慎一君方へ取ニ行タルモ堺村相模原分ハ組合代人田中弥三郎持参セリ兎ニ角一般ニインフレ景気ニテ百円札ハ先年ノ一円札ニ比スル価値ユへ小作料位ハサツマ五貫目売レバ三百円内外トナル今日何ノ苦ニモ当ラス然ルニ小作組合ナド出来昨年ハ一反百五十円ノ取引モ三四十円ニテ済ムト云小作者利益ニナリ此半面地主ノ権利ハ減少一方トナレリ時勢ノ変化ニテ為政者ノ政策ニヨルモノナレトモ如何ノモノカ今ハ観過ノ状体ナリ以上ハ予ノ小感ノミ 我家ハ予ト保雄ト糸子三人在家シ栄久夫婦及ヒ宣子ト宏紀ノ四人ハ神社南ノ住宅ニ在リテ一同健全ニテ越年ス此日保雄ハ胃痛モ時々アリ然ルニ此夜火ノ番ニテ宿ハ南ノ加藤方へ行テ二回廻ルコトニ為シ帰リテ四時迄二度出タル為カ胃橋本消防団費寄付 小作料農民組合取扱方 年末状況 痛強キ為臥床ス予ハ十一時臥床シ糸子ハ保雄相手及食事等種々作業ス午后本家ヨリ裕文ヲ使ニ歳暮トシテビール二本トイカ二杯ト小鯛一枚ヲ持来リクレタリ 三十日〔昭和二十三年一月〕晴南風寒冷甚シ予在家保雄ハ農校へ行正午帰リ又行ク歌田サン在宅ス糸子午前丸産会社迄買物ニ行正午帰宅此日農業組合設置要項書回覧板来ル今迄ノ農業会ハ三月末ニ全国一斉ニ廃止四月一日ヨリ農業組合ヲ創立シ区域ハ相原、橋本、小山、清新ノ元相原村ノ地域トシ役員ハ理事拾名内組合長及専務理事各一名ト監事三名ト会計ノ外ニ参事ヲ置コト会員ハ二反歩以上耕作者トシ組合費一口金二百円ノ出資トアリ亦二反以下ノモノデモ一ケ年九十日以上耕作従事スル者ハ組合員ノ資格アリ之ハ元ノ村農会ガ産業組合ト合体シ農業会トナリ居リシモノ今回農業組合ト改マル訳ニテ農事会ノ変遷ナルガ人情薄キ今日円満ナル運営ハ六ケ敷思ハル 十九日〔昭和二十三年三月〕曇予在家保雄ハ学校宿直ヨリ帰リ又学校へ行直ニ帰リ内仕事ヲ為ス歌田サン此朝八王子へ行直ニ帰リ夫ヨリ串川ノ自宅へ行カル此日午前零時ヨリ二十四時間本県地区電逓スト決行ニ付橋本局モ一同休業ス近頃労働階級者一団トナリ賃金増額運動起リ鉄道及全官吏教育者等同様行為ニ移リ政府ト談判ス鉄道ハ一昨日政府ノ案ニ応シタルモ他ハ不服ニテ折合ハズ労働者ハ吾々農民モ労働者ナリ各自覚ノ要アリ 十六日〔昭和二十三年十一月〕晴予ハ日誌及出入帳ヲ造ル外雑用裏木戸手入モ為ス保雄ハ農校へ行テ正午帰リ又行テ榎本守君方へ立寄農業組合へ加入ノコトトシ仝氏へ金二百円ノ入金ヲ渡シタリ此日仝人ヨリ青木ナヲニ対スル東方界木片付方伝言シ榎本氏モ之ヲ了シタリト此日冬作耕作届ヲ一反歩トシテ予ノ名ニテ出スモノヲ榎本氏ガ役場へ持行カレタリト保雄ヨリ聞タリ此夜保雄ハ農蚕校へ宿直ニ行ク此時小山ニ出火アリ元原喜市郎君ノ后住者ノ居宅及物置等全焼セリト 二十日〔昭和二十四年三月〕晴ナレトモ寒風身ヲサス有様此日々曜予在家保雄ハ朝ヨリ来集ノ習字生ヲ指導シ十一時終了糸子ハ朝ノ内配給米取ニ行キ七キロ五分代二百六十七円八十銭ヲ払ヒ持帰リ夫ヨリ尾沢満次君方へ行テ亡新作初七日墓参ヲ為ス香料二十円ヲ呈シ午后三時帰ル保雄ハ午后ヨリ裏畑へ馬令藷ヲ百五十株ヲ蒔込タリ此日旭小学校講堂ニ農業組合設置 労働者ト称シスト流行 農業組合加入ノコト 小山ノ火事 馬令藷植 於テ相原地区農地委員会ノ企画ニヨリ農民祭ヲ行フトテ関係地主へ招待状ヲ発セラレ予モ之ヲ受タレトモ不愉快ニ付出席セズ以下予ノ所感ヲ述ヘントス之ニ関スル人ノ内ニハ社会主義者トカ共産主義者トモ思ハルヽ平素不人望ノ者相当居リ我田引水勝手奪収ト思ハルヽ結果ニ見ユ実ニ地主へ無断耕地ヲ現小作人其他へ割当地主ヘハ七反歩ヲ保有セシムルモ地主ノ希望ヲ入レズ不便ノ悪地ヲ保有ニ充ル等何タル処置ゾ我々地主ハ先祖伝来ノ宝ヲ人手ニ任セ処分サルヽ農地法ノ処分ヲ受ル訳ナリ故ニ祭リ処カ終生忘レ得サル恨事件トシテ特記セサルヲ得ス而シテ政府ハ買収地代千円以上ハ農地証券ニテ交付ス此証券ハ二十五ケ年ニ完了スルモノニテ年三分六厘ノ利子ト地代ヲ廿五分シタル元利合計金□記載ノ小札ヲ附シアリ毎年七月一日渡リト為シアリ故ニ地主ハ安キ地代ヲ二十五年間ニ取得ル訳ナリ而シテ此耕地ノ買上方ハ現在ノ賃貸価格ノ四十八倍ニシテ一反歩ノ畑代四百円内外ト云フ案外ノ安値ト云ヘシ此頃税務署ハ農家へ対シ耕地一反歩ノ所得ハ諸経費ヲ引タル所得七八千円ト見積リ所得ノ申告ヲセヨ若シ之ニ準セサルモノハ追徴スト予告シツヽアル今日何ト云フ対照ゾヤ此事ニ付橋本ノ委員ハ地主側トシテ○○○○君小作自作側トシテ○○○○小作側トシテ○○○○氏等相原地区ニテ相原小山ト新旧合テ十五名此内委員長ハ原通一氏ナリ殊ニ橋本小山清新三ケ所ハ都市計画施行地ニ関スル部分ハ畑地ガ四割余モ減リタル分ヲ安値ニ買上ラレ今ニ旧反別ノ納税ヲ為シ居リ雨ニ風ト云フ暴ニ会タルト同様大損ハ地主丈ニテ有ル物損ニ帰ス亦一面土地ヲ安ク所有ストモ二十五年売買不出来農地トシテ責任アル所有者トナリ此先二十五年迄ノ代替リ等ニテ種々変化アルヘシ今此永年ニ亘ルコトヲ極ルハ天理ニ反スルモノト思ハル 二十八日〔昭和二十四年五月〕曇午后晴予此朝本家へ行十時帰ル午后栄久方へ行テ釘ヲ三種ニ撰別シテ使用上ノ便利トセリ夫ヨリ器物修繕及除草等ヲ為ス夕方栄久横ハマヨリ帰宅ス暫時雑談シ夕方帰宅ス保雄朝ヨリ中学へ行夕方帰リ此夜町内会ノ常会へ出席ス本年ハ金子佐一君当役ニ付皆仝家へ行ナリ此時ノ会議ニテ第一区町会費分担額ヲ定メ二十五戸ニテ毎月五百円ヲ集ムルコト見立割付トシ最高三十五円最底拾円トシ吾家ハ最高ニテ一人次ハ廿五円二十円十五円十円ニ夫々定メタリト此金ハ毎月伍長ガ集メ会計役タル吾農民祭 町会費 第一町内会費分担金ノコト 家へ持参スルコト最高三十五円以下毎月五百円集ルコト 九日〔昭和二十四年六月〕雨終日不止予在家此日午后一時頃四十才位ノ男二人来リ警察ノ者ダトテ荷車ノコトニ付問答ノ上所在ノ車ヲ見テ立去レリ此挙動ニ不審感アリ依テ予ハ直ニ橋本駐在ノ北林部長方へ内申ス仝妻君ヨリ取次キ方依頼帰途本家へ立寄此話ヲ為シ四時帰ル此日十一時横浜線モ従業員ストニ入レリト此為保雄ハ東神奈川駅発荷物車ニ便乗七時半帰宅電車丈ストセリト此夜中宿へ常会欠席 二十六日〔昭和二十四年八月〕曇后チ晴又曇雨尚到ラントスル様子予此朝本家へ行夫ヨリ役場へ行テ農地委員会関口書記ヨリ神と第三八六号農地対価金九六一・五〇銭ヲ受取帰宅整理ス此金ハ大西ニテ△△△へ行タル畑二反四畝余ト西八ケ下九セ十四歩ノ畑(山地)ト其南東ノ山二筆一反五セ余合計五反程ノ開拓地ニ買上ラレタルモノ一反歩百九十余円トハ余リ度外ニテ悪イ規則ト委員会ノ共産心裡ニヨリ片付ラルヽ訳ナリ保雄ハ横ハマへ行キ帰リニ東京へ廻リ堀氏方へ立寄夜九時帰宅ス此事后聞ス 三十一日〔昭和二十四年十二月〕曇予在家保雄糸子雑用保雄ハ二時出テ原町田へ買物ニ行ク途ニ香福寺へ歳暮トシテ金三十円包ヲ持行カセル夫ヨリ八木洋服屋へ仕立賃ヲ払テ町田へ行キ五時帰宅ス此頃不景気風吹ツヽアルモ来ル人皆百円札ヲ握リ出シテ其内ヨリ支払フト云フ有様ニテ一般ニ有金セルヲ感セシム地主ハ昨年末迄小作金取立ニテ忙敷カリシガ畑ノ買上ニテ僅七反ノ保有地ヲ貸置小作料(是モ反百五十円内外ノ取引)モ人数モ金モ少ク収入事務減少セリ此夜栄久来リ箱入新巻鮭ヲ持来ル亦六月十三日用立置タル風呂桶代用金弐千円モ返金シ種々三人ニテ雑話シ十一時過住宅へ皈レリ此時降雨シ来ル扨一月以来一年ノ間ニハ種々ノ件モアリシガ我家ハ予ト保雄糸子三人住居モ健康ニテ先不足ナク通過セルハ全ク幸ヲ感ス亦栄久方モ四人健康ニテ越年ス此夜十二時ラジヲノ報スル除夜ノ鐘音ヲ聞キ臥床ス 〔注〕 この日記の筆者・相澤菊太郎氏は慶応二年に高座郡橋本村(現相模原市元橋本)で生れた。氏は明治十八年から逝去された昭和三十七年まで日記を書きつづけられた。この内、大正十五年までは「相澤日記」として刊行されている。なお本編に収録したのは戦後激動期のごく一部であり、収録文中の○○○○ △△△は敢て省略したものである。 警察ノ者来訪ノコト二人 横浜線スト 農地買上対価一部入 年末状況 第三編 昭和戦後(二) 第一章 労働社会状態 第一節 農村労働問題 二三七 神奈川県民主団体協議会活動状況 (表紙)「一九四八・六神奈川民協当面の活動の重点神奈川県民主団体協議会」 民協当面の活動の重点 目次 経過並に概況 一 労戦統一の強化促進 二 民主戦線の統一 三 民協強化 四 民協大会開催 五 当面の斗争 1 労働会館獲得 2 各種委員会対策 3 物価値上反対運動 4 食料獲得運動 5 勤労文化対策 六 神奈川民協運営要項 七 綱領 八 資料 経過並に概況 昨年のメーデー決議実行機関として出発以来過去一ケ年に於ける民協(昭和二二、八月県民大会に於て民協に発展)の足跡は神奈川県に於ける最も輝かしい実績を残し、労働戦線及び民主戦線の統一促進に寄与した成果は目覚ましいものがあつた。 例へば物価引下運動(二二、五)生活協同組合強化運動(二二、六)社会党激励大会(二二、七)飢餓突破県民大会(二二、八)東北、関東水害救援運動(二二、八~九)大山郁夫歓迎講演会(二二、一一)新協劇団公演(二二、一二)救援食料醵出運動(二二、八)労農大会(二三、三)共同募金運動(二二、一二~二三、三)等の運動を展開し、その他集会の自由運動、検察の民主化懇談会等を持ち亦地方行政機関の各種委員会に民生委員、区政委員、生活対策委員等の代表を送り込み亦労働会館の獲得等に努力して来た。 この間組織面では主要単産、地区労を中心に生協、女解、労救、借家、自由懇話会、朝連、社、共等県下の主要民主団体が結集し実践力のある活動となつた。 然し乍ら一方間口の広い組織と活動の面を持つた運動は稍々もすると表面的カンパにおち入り、力のある斗争となり得なかつた観が深い。特に反動陣営との接触面が多いため之等との妥協的運動になり勝ちだつたことは注意を要する処であらう。 更に最近の国内情勢は保守勢力の反攻が特に深まり民戦の統一に凡ゆる防害を加へつゝあるが、総同盟の促□声明が唐突になされた様に反動陣営からの分裂戦術が具体的に現われつゝある現況である。 併しこれらの反攻にもかかわらず、国際的、国内的客観情勢は必然的に労戦、民戦の統一方向に拍車をかけ遂に労戦の統一は(県労)準備として現れ、また最近の物価高に依る労働者の生活は日一日と窮迫し民主戦線の統一に必然の情勢をもたらしている。 一 労戦統一の強化促進 民主勢力の中核体である労働組合が最近急ピツチを上げて来た資本攻勢に対して統一ある力を結集して、一大斗争の機にあるが、従来各種の共斗機関が夫々の立場で斗争を行ひ真に統一ある斗争に結集出来なかつたうらみがあつたが、たま〳〵六月初め、全自の提案により労戦統一懇談会がもたれ、席上特に各種共斗機関の整理強化が叫ばれ、基本方針として各単産の強化、斗争組織、県労戦の統一が申合され、その後この線に沿つて着々準備が進行し具体化されつゝある。 既に労戦統一の声は永い間労働階級の叫びとなつているが、こゝに始めて具体化の一歩がふみ出されたことは重要な意義を持つと同時に我々は凡ゆる力をこゝに結集してその前進を促進しなければならない。 二 民主戦線の統一 最近の資本攻勢は国際的様相を表面化し、国内的には凡ゆる戦術を用いて科学的な幅広い攻撃に出て来ている。 これに対するに民戦側の情況は、組織労働者を中心とする、農民市民との提携による民主民族戦線の統一結成が強く叫ばれているが、必ずしも満足すべき成果を上げていない。 然るに国内的一般情勢は四〇〇〇億と云う厖大予算を中心とする特別会計を含めれば一兆を越すインフレは急速に発展し恐慌のきざしがありありと見えてきた。失業の増大が急速にくるであろう。亡国員并芦田内閣の反人民政策によつて働く者の生活は根底から覆えされ 物価の値上りに依り家庭経済は吹飛ばされ、窮地のドン底につき落されついにこの中から人民のいかりが爆発し、台所から路上から戦場から畑から芦田亡国内閣打倒の声となつて現われている。 これらの下から燃え上つた労農市民の声を我々は急速に結集して一大斗争を巻起さなければならない。 特に人民斗争の前衛として立上つた国鉄労組横浜支部の運賃値上反対ストは電産を中心とする電気瓦斯税反対運動、市電値上反対運動の地方□力への斗争とあわせて今後の発展に重大な意義をもつている。 これらの労働組合を中核とした労農市民の斗争は凡ゆる面で新たな発展を示す段階にある。 従つて我々はこの斗争を通じて民主戦線の統一結成に全力を尽す時が来ている。 三 民協強化 1 民戦統一の客観的情勢に基いて民協の強化を促進する 2 県労との組織的連係並に各共斗機関の整理強化 3 農民、市民、学生各組織えの働きかけと地区毎の民協組織 四 民協大会開催について 1 一週年の決算として民協大会を開催する 2 日時は七月二十一日一〇時(場所未定) 3 議題 イ 経過報告並各団体情況報告 ロ 基本方針 ハ 当面の斗争 五 当面の斗争 1 労働会館獲得運動 イ 県、市当局の労働会館建設計画に対する具体策 ロ 労働会館建設の具体策 ハ 新興クラブ獲得の積極化 1 交渉委員団の結成 2 各団体の交渉対策 3 獲得運動の下部徹底と大衆化 2 各種委員会対策 イ 各種委員会に対する統一的方針 ロ 各種委員の連絡会議 3 物価値上反対運動 イ 物価値上反対斗争の全県的な展開 ロ 運賃、通信料値上反対斗争を中心とした国鉄、全逓各労組と民主団体との結付 ハ 電気、瓦斯税反対運動対策 ニ 市電値上反対運動具体策 ホ 食料獲得運動との結付 4 食料獲得運動 イ 食料獲得運動週間(約一ケ月) ロ 生協、食確、女解等の主団体の運動具体策 ハ 生協デー具体策 ニ 県民大会の開催 5 勤労文化対策 六 附 神奈川県民主団体協議会運営要項 一 名前 この組織は神奈川県民主団体協議会(仮称)神奈川民協と云う。 二 性格 この組織は加盟団体共通の利益を計るため団体交渉その他を行うための協議機関である。 三 組織 この組織は県下の労働組合があらゆる民主団体を自由な立場で包含する。委員会の議を経て個人加盟も認める。 四 目的 この組織の目的は次の各項である。 1 労働戦線及民主戦線の統一に寄与する 2 加盟団体共通の斗争事項を取扱う 3 加盟団体の利益と組合員及勤労階級の生活の向上を計る 4 官庁及各企業経営の民主化を計る 5 失業者、貧困者の救済を計る 6 その他日本民主化に必要な事柄を行う 五 活動 この組織は次に掲げる団体交渉及大衆行動をとる。 1 中央官庁及県市等との交渉 2 加盟団体より要請のあつたとき 3 メーデーその他の大衆行動 4 災害その他の救済事業に対する計画及応援 六 加入と脱退 加盟と脱退は各団体の自由である。しかしその際は委員会にはかる。 七 役員 協議会に委員長、副委員長(二名)、事務局長及常任委員若干名を置く。 八 費用 費用は通信費、消耗費、交通費等を主眼とし加盟団体で負担する。その負担額は最低五〇円とし各団体が自主的にきめる。 本要項は一九四八年一月十五日より之を実施する。この要項の変更は加盟団体の意見を委員会で協議の上きめる。 神奈川民協 綱領 一 全労働者階級の生活を擁護し、共同目的を遂行する為に反動勢力と斗う。 一 組織労働者を中核とし、農民、市民、良心的な経営者をも含めた広範な民主戦線の結成を計る。 一 日本の民主革命を徹底的に遂行する。 一 日本の完全独立と世界の恒久平和に貢献する。 (資料 1) (一九四八年六月二十二日現在) (資料 2) 自由懇話会京浜支部 昭和二十年十月一日終戦後最初の文化団体として民主々義、自由主義を広汎に結集して発足、勤労大衆にとつて切実な凡ゆる経済的、社会的、文化的諸問題の究明とその解決及文化啓蒙活動の展開、併せて国際親善の実を挙げる為の諸方策の講究実施等を主目的として現在に至る。 京浜支部組織現況(六月廿六日現在) 支部長 早瀬利雄 事務局長 岡崎 要 副支部長 藤田親昌 常任委員 越村信三郎他十四名 同 大村栄 委員 春日正一他三十九名 西区平沼町五丁目百六十五番地 電話 神奈川⑷二〇九五番 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 二三八 物価値上反対神奈川県民大会等関係資料(一―三) ㈠ 市電値上反対署名運動 趣意書 去る五月廿五日横浜市会で市電、バス料金の値上に関する条例案が通過し市電が二円から三円五十銭に上つた事は御承知の通りです。私共は既にこれ等の値上に対して総ゆる方法で反対の意志を表明し市会に対しても再三要請したにも拘わらず我々の要求を無視して遮二無二議決した事はまことにいかんな事であります。例えば市当局の値上げ理由の主要なものとして人件費の増大による赤字を特に理由として居りますが果して人件費が値上げの理由になるかどうか、歳出の中で人件費の占める比率は昭和二十年度八〇%、二十一年度八二・八%、二十二年度五七・四%、二十三年度四二・三%、と急激に押し下げられてゐる。従業員数の状態は二十二年度二、一一三名、二十三年度二、七九四名と逆に増加し結論として人件費が急激に縮少されてゐる事実からして人件費による赤字財政云々は事実とまつたく相違している事がわかる。凡そ市電は我々市民にとつての足であり、この足代が二円から三円五十銭、亦々五円、七円と上げられる形勢にあるが斯うした大衆課税が台所経済をおびやかし、大衆の生活を一日〳〵と窮地に落し入れてゐる現状であります。之等は単に市電の値上のみに止まらず、県では電気、ガス税の値上となり、国家的には国鉄運賃の値上、通信料金の値上等、一切が四〇〇〇億と云ふボウ大予算による大衆課税政策から出発して居り、この地方的現れの一つとして市電値上が強行されてゐる様なわけであります。既に電気、ガス税反対の署名運動は絶大な県民諸君の支援により法的な手続で県会の再考をうながし成果を収めて居ります。我々も亦、市電値上反対署名によつて法的に市会に対して再考を要請し、もしこれら市民の要請が再び否認される様な場合は市会の「リコール」(県、市、町、村会等の解散を署名により法的に行ない新しく選出する)も止むを得ずとの固い決意のもとに、この運動を起した様な次第であります。 市民の皆様、何卒私達と共にこの運動に御協力下さる事を切に御願い致します。 署名についての御願ひ!! 1 署名用紙の契印欄と番号とは空欄として記入しないこと。 2 署名年月日は署名の時記入のこと。 3 住所は正確に記入し番地も間違いない様にすること。 4 一家族で二人以上の選挙権が有り、署名する時は印鑑は同じものでも良いが自署すること。(母印は無効) 5 昨年九月十五日現在横浜市居住者で同一区内住所を移転した人は新旧住所を二行使つて書いて下さい。 6 署名簿には同一区内の有権者のみの署名をまとめ他区の署名を混入しないこと。 7 署名簿は後に繰り直し整理致しますから仮り綴とすること。 8 詳細については提唱団体に問合せ下さい。 一九四八年六月十四日 市電値上反対闘争委員会 日産重工労組 横浜市従組 全逓神奈川支部 神奈川地区連 電産神奈川支部 共産党地区委 国鉄横浜支部 ㈡ 農民も! 市民も! 労働者も! 物価値上反対 県民大会 七月一日九ジ カモン山 全労働者参加セヨ! ☆ 主催 神奈川県労準備会 ☆ 日時 七月一日 九時集合 ☆ 場所 カモン山公園 ☆ スローガン 税制の徹底的民主化 市電、電気、瓦斯税値上反対 鉄道運賃、通信料金値上絶対反対 人民を苦しめる物価引上絶対反対 働けるだけの賃金よこせ 砂糖とアンズの主食代替絶対反対 警察官職務執行法絶対反対 一切の不法弾圧絶対反対 労働戦線、民主戦線の統一 一兆四千億の亡国予算絶対反対 反動県、市会の即時解散 亡国芦田内閣打倒、議会即時解散 ☆ 大会次第 一 開会 一 議長、副議長選出 一 経過報告 一 代表演説 電産(電気瓦斯)市電斗委(市電)国鉄(運賃)全逓(通信)予算(電工)全船(賃金)機器(暴圧)教組(教、文)砂糖(女解)総、産、民、社、共、 一 決議文 自治労 一 声明書 電線 一 指揮団 総 全船 副 鉄労、港湾、化学 一 交渉団 (五〇名ヅヽに編成) 国会 電工 市会 全自 県会 国鉄 検察庁 機器 一 デモコース (届出責任 全官公) カモン山↓桜木町↓本町↓県庁↓公園解散 一 連絡場所 民協事務局 ☆ 宣伝・動員 1 緊急に職場大会を開き動員をきめる 2 プラカードを大会に多数持出す 3 ビラ 各団体毎に至急流す 4 ポスター 各団体毎に一斉に張出す ☆ 宣伝板 各単産で三名責任を以て二十八日、二十九日民協事務所に集合のこと。この際各単産で二〇枚のビラを書いて持寄る。 ☆ 大会費 一人当り二〇銭総人員数で納入のこと 新版、治安維持法が出たぞ各団体で至急この問題を取りあげよ! ㈢ 声明書 全県下の労働者、農、漁、市民、学生諸君! 反人民的「物価値上」に反対せよ! 独占資本に奉仕する終戦後の歴代内閣は、常に大衆収奪の悪辣な政策を強行し、いまや芦田亡国内閣は一兆を起す厖大予算を編成して愈々物価値上げを中心とする資本家擁護政策を露骨に強行しようとしている。 これは労働者を首切り、賃金をはらわずに餓死させ、農、漁、市民を経済的に崩壊させ、学生から教育を奪い、働く者に一方的な犠牲を強要し、一方外資導入と植民地化の条件を作つて独占資本をブタの様にふとらせ様とする貪欲な反人民的行為である。 しかも彼等はもり上る人民の反抗を予想してあらゆる弾圧法を準備し、警察を増強している。先に軽犯法を作つたが、亦々警察官等職務執行法を施行しようとしているが、これは有名な治安維持法等と共に廃止された行政執行法をそのまゝ復活させようとする人民暴圧法である。これらの政策が強行されるならば、 あらゆる物価は騰貴しヤミとインフレは激化するし、労働者は三、七〇〇円の喰えない賃金に圧えられ、首切が強化されるだろう。 亦農、漁民の供出が強要され、中小商工業者は大資本の餌食にされるだろう。 ☆われわれはこの様な独占資本のための政策に絶対反対する。 ☆われわれは、運賃、郵便、物価をあげ働く者を苦しめる厖大予算に絶対反対する。 ☆われわれはあらゆる手を以てする人民暴圧法に絶対反対する。 われわれは働く者の生活権の保証なくして日本再建はあり得ないことを確信する。従つて全労働階級の生活安定と祖国日本の復興のために労、農、漁、市民、学生、その他あらゆる民主団体と提携して全人民的な愛国斗争を強力に展開することを大会の名に於て宣言する。 一九四八・七・一 物価値上反対神奈川県民大会 主催 神奈川県労準備委員会 案 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 二三九 神奈川県取引高税反対同盟等決議(一―三) ㈠ 御願ひ 狂奔するインフレの波は、勤労市民の生活を破綻させつゝあります。労働者の実質賃銀は益々急速に低下し、中小商工業者は資金、資材難、ほとんど全収益を奪はれる悪税、購買力低下による著しい売行不振の為営業を続けることすら困難を感じてゐます。 吾々、勤労者、中小商工業者は物価の引下げ、税制の改善をどれ程希望してゐたか分りません。然るに吾々が反対し、その通過を惧れてゐた取引高税がいよ〳〵九月一日より実施されました。別紙決議書にもあります通りこの取引高税は非常な悪税であり吾々を生活奴隷状態に追ひ込みつゝあります。 悪税、取引高税の撤廃を神奈川県の勤労市民は決議し、過般政府及び貴党にも陳情を行ひました。日本民主化の為、国民生活の安定、向上の為日夜尽力されてゐる貴党の御援助を期待してゐます。つきましては、別紙、決議書に対する貴団体の権威ある御意見又は今後の方針を近日中に是非御知らせ下さる様、御願ひ致します。 昭和二十三年九月一日 横浜市神奈川区山ノ内町一ノ二 神奈川県生活協同組合連合会内 神奈川県取引高税反対同盟 神奈川県生活協同組合連合会 神奈川県食糧確保職域代表者会 横浜 民主商工会 川崎 民主商工会 藤沢 民主商工会 神奈川食肉協同組合連合会 書籍商業協同組合 横浜市衣料更正商業協同組合有志 横浜市特殊衣料商業協同組合 横浜果実商業協同組合 三機工業労働組合 文寿堂労働組合 神奈川県労働組合会議 その他五十六団体 産別会議本部御中 ㈡決議 今般創設された取引高税はつぎの理由によつて、最悪の大衆課税と認めその即時撤廃方を要請すると共に全日本の勤労消費者大衆にすべての業者組織が大同団結してかゝる悪税の即時撤廃を期するために戦わんとするものである。 一 取引高税が各段階ごとに百分の一課税されゝば直ちに物価騰貴をもたらし、それだけ勤労大衆および中小業者を一層苦しめ、ひいては経済再建を阻害することになる。 二 取引高税は物品税、消費税その他の間接税と明らかに重複す。 三 取引高税はその課税対象が非常に広汎であり、また納税手続もすこぶる繁雑であるためにおそらく脱税行為が広く行われよう。これは一面ヤミ取引を助長し、流通秩序を破壊するおそれが多い。 四 前三項はいずれも大衆生活をさらに窮迫せしめるばかりでなく、本法の規定によれば大衆の生活維持を目途とする共同購入の機関である生活協同組合や労働組合の恒常的物資取扱の事業、および諸会社工場の厚生施設や甚だしくは中、小学校の購買事業にいたるまで課税されることになり、これは歴史上いまだかつて見たことのない極端な大衆課税である。独占資本のぼう大な利潤の中から充分出し得る二百十四億円の課税が勤労大衆と業者にのみ転嫁されることは全く不合理である。 五 取引高税は業種全般にわたつて非常に繁雑で事実上納税困難であり、税務当局でさえ徴税の困難を指摘している。おそらく多くの業種が申告による納税を行うだろうが、その場合業者の申告と実際の取引は一致しないだろうし、また税務当局の更生決定は昨年の増加所得税に見られたような税務官僚の悪徳行為、または甚だしき官僚独善を招く結果となろう。 右決議す。 昭和二十三年八月十六日 横浜市神奈川区山ノ内町一ノ二 中央市場会議室に於て 神奈川県取引高税反対協議会 ㈢取引高税を即時撤廃せよ! 政府のたび重なる楽観的な言明にもかゝわらず、われわれの生活は去年よりは今年、昨日よりは今日とだんだんと破滅に瀕してきた。 政府は外資導入の名のもとに四千億の厖大予算を通じて勤労大衆にはキガ的な低賃銀を、農民には生産費をはるかにわる低い米価を、中小商工業者にはベラボーな重税をおしつけ、極端なインフレーシヨンの意識的な昂進によつて大衆生活を破滅させ、しかもヒツトラーや東条のときのような大衆弾圧をあえてしている。あまつさえ政府はあらゆる人民の反対をおしきつて一方的に取引高税という歴史上最悪の大衆課税をおしつけてきた。昭和電工にみる如く独占資本の厖大なる利潤には何等手をつけず、公然と彼等一握りの者達のお先棒をかついでいる時、財源がないという事を唯一の理由に又所得税のすずめの涙ほどの軽減の代りとして子供のアメやノートにまでも取引高税を実施せんとしている。 取引高税は業者が苦しむのは勿論、あらゆる消費者もこれによつてどんなにひどい目にあろうか。これが悪税である理由は、㈠直に物価騰貴をもたらして勤労大衆及び中小業者を一層苦しめ、㈡物品税その他の間接税と重複し、㈢ヤミ取引を助長して流通秩序を破壊する、㈣子供のアメにまで課税するような極端な大衆課税であり、㈤税務官僚の悪徳行為、官僚独善を招くということである。 祖国再建のために先頭にたつて斗つている勤労大衆および中小商工業者の生活はおしつぶされ、ついには国の独立もおびやかされて大破綻におちいるであろう。 わが神奈川県ではかゝる悪税に対し、「神奈川県生活協同組合連合会」と「食糧確保職域代表者会議」の共同斗争の申入れに同じて、県下四十数団体は相呼応してたちあがり次々とこの共同斗争に参加している。こゝにおいてわれわれは直に「取引高税反対同盟」を組織して取引高税撤廃の「ノロシ」をあげた。そして八月十八日には代表十五名が首相、蔵相、各政党に決議文を提出した。とくに政府の回答は財源がないというだけでなんらの誠意を示さず、たゞわれわれの斗う決意を強めたのみだつた。 類まれなる最悪の大衆課税、取引高税を撤廃させるには、少数の団休や代表たちが陳情や嘆願しただけでは成功しない。消費者といわず業者といわずすべての人民大衆が堅く団結してその威力を示す以外に途がない。一切の民主的諸勢力を結集し統一してこそこの悪税を撤廃させてわれわれの最低生活を確保し、民族を守ることができるのだ。 悪税に低賃金に高物価に苦しむ全国のみなさん! 都市といわず農村といわず働らくすべてのみなさん! いまただちに全国の津々浦々で労働者と農民と中小商工業者が一致結束して取引高税反対同盟を作ろう! そしてこの力が全国的に結束された時、この時こそ取引高税を即時撤廃させ、フアシズムの狼を吹きとばすことができる。 取引高税を即時撤廃させよう! 取引高税反対同盟をつくろう! 悪性インフレ反対物価を引下げよ! 昭和二十三年八月 横浜市神奈川区山ノ内町中央市場内 神奈川県生活協同組合連合会内 神奈川県取引高税反対同盟 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 二四〇 神奈川県労調査部の津久井郡串川村実態調査報告 一九四九・五・二〇 神奈川県労調査部 農村の実体調査(津久井郡)資料 一 津久井郡串川村勢力分野 1 職業別分布 総戸数約八〇〇戸{農家 約六五〇戸{転落農家 約六二〇戸 完全〃約三〇戸 山林 商人 撚糸中小工場経営等約一五〇戸 2 村の権力 (イ) 岡崎勝男(民自党衆院外務委員長)派 山林地主 農協ボス等 前村長 平本軍平(津久井屈指の山林地主) 現〃 奈良逢之助(山林地主) (ロ) 河野謙三(民自党代議士)派 佐藤卓蔵(糸問屋)工場経営 地主 農協組合長 佐藤仔分 撚糸業 織屋等 (ハ) 村会分野 岡崎派河野派}民自党十名三名社会党系 四名共産党及シンパ 二名}但し平常わ党派的争いなし 二 農地改革の状況 解放地区 総体の約四割 各農家耕作面積の約半分わ小作地 小作料 ヤミ小作料を支払つている者少々(但し物納) 土地の交換分合わ地力差の大と山間地域等の関係で利害関係大のため未遂行 三 村民の生活の基礎 農業 山林労働者 ヨリ糸賃労働 炭焼等 四 農民組織 上部組織との関係なし 貧農、地主等総てお包含しているため全然活動なし 五 他農村との対比 耕作地の拡大わ不可能 地力が殆んど三等地以下の山林開墾地 山間のため農業が原始的である 肥料収穫等すべて肉体労働 他に収入の道がない 六 農民の動向 イ 山林労働も乱伐により大方限界にある ロ 撚糸労働も購買力減少が大きく響いて不況になつた ハ 炭焼も原木不足と原木の無統制による値上りわ公価格でわ採算割れ 七 津久井の食糧危機の実態 伝統的に米不足で有名であり「病気になつたら米搗の音をきかせれば治る」とさえ老人わいふ。終戦後一昨年位までわ炭、織物等と米の交換おしていた。而し購買力不足による撚糸、ハタオリの不況わ決定的に転落農家に打撃となつている処え転落農家え対する供出割当わ収穫後四、五ケ月で保有米お食いつくしている。 作物わ麦、芋、陸稲であり其の保有平均わ麦三十五日―四十日甘薯四十五日―五十日、陸稲三十日―三十五日である。従つてその常食わ主に麺類と芋八分、米二分、その他粟雑穀である。 八 完全農、転落農の保有量の差別扱による打撃 政府わ転落農家に対する還元配給お三・一五合(完全農家保有料四合)にし二十三年十月二十日より実施した。而も地方事務所わ本年三月まで四合配給をしていたが之の食込み分お取り返すため四月より配給お停止した(中にわ超過配給分、返還お押付けている)。此の為全農家とも全く食糧お食いつくし新麦収穫までの食いつなぎの食糧よこせの悲痛な飯米斗争になつた。 九 農民の悲痛な要求 転落農家にも四合配給しろ 十月二十日以降の食込分の切り捨て 転落農家に対する供出割当反対 新麦の収穫までの食糧お保証せよ 尚今後の問題として山林の解放、地主の耕地解放の要求となる形勢にある。 附記 以上 串川村だけでなく全津久井が同様な状況にある。 以上 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 二四一 産別会議等の昭和電工川崎工場爆発事件調査報告 報告第十九号 一九四九年七月一日 民主主義擁護同盟 全国労働組合連絡協議会 団体各 御中 単産昭和電工川崎工場爆発事件現地調査報告書 一 調査団の経過 民主主義擁護同盟の要請により六月三十日午前十時産別会館全日化事務所に全労連(日教組)、産別、東京地労、全金属、全日化、全新聞、薬全協、化全協、硫労連、火薬労協、紙パ労連、全造船、石窒労連の代表と日本共産党春日正一代議士の計十八名集合し、調査団長に産別副議長勝俣保雄氏を推し直ちに現地に直行した。ひる頃到着労働組合事務所で昼食の后、直ちに組合長、組合生産部長他幹部と原因の究明、設備保全の内容などについて専門的な検討をなし、これに対する労働組合の動向も聴取した。つづいて会社側代表(人事課長、技術課長)の出席を求め一時間余にわたる労組代表、春日代議士よりあらゆる角度から質問究明を展開した。終つて、現場である第一合成の惨たんたる状況、地下室の四号破壊ヶ所を調査し四時半、雨中工場を辞去した。調査団の大半は産別本部にもどり直ちに今次の調査報告をとりまとめ、午后七時すぎ散会した。 以下は調査団の報告大要である。 二 爆発事件当日の模様 六月二十四日ひる〇時四十七分、川崎工場(従業員二五〇〇名) アンモニア製造中の第一合成の地下四号油分離器附近で第一回の小爆発がおこり従来の爆発経験から関係従業員は直ちにかけつけてバルプその他のネヂをとめる処置をしをる最中わずか一分間の後第二回の大爆発を起し付属作業場を合せて約四千坪の建築物が一瞬にして吹つとんだ。この時十七名の即死、二十一名の重傷者を出した。この時第一回の爆発で退避すれば死傷者は少かつたであろうが、そのため全従業員はおろか附近の大工場地帯市民に与えた被害は莫大なものであつたろうといわれる。 三 爆発の直接の原因 正かくな結論はまだ出されていない。目下労資協力して原因究明をしているとのことであるが三〇〇気圧に圧縮された混合ガス(水素三容と窒素一容)が老朽したパイプの接続部(第一合成、四号油分離器)附近において小爆発をおこし更に噴出瓦斯が地下室に充満し水素ガスと空気中の酸素と化合して二回目の大爆発をおこしたものとみられる。 四 結論 一 原因は労働者には全く責任がない。 二 直接の原因は更に調査をするが、機械設備の老朽が大きな原因である。パイプよりのガスもれは必らず火をふくということが常識とされ、地下室はパイプその他の機械がたてこみ換気環境が十分とわいえない。 三 会社側は今年の一月から二月に器械を全部点検修理したといつているがその後半年もたつていないで惨事をおこした。今回の爆発も不可抗力であると片づけようとしている。なお第一合成は昭和五年にたてられたもので、その後機械設備の発展改良に関しほとんど研究調査の跡がみられない。パイプその他の機械の消耗度については何らの明かくな資料も方針もない。 四 基準局その他の監督官僚はかかる会社側の設備保全に対するサボを許容しており、その上事件究明について徹底的にサボつている。 五 昭電川崎工場労働組合が犠牲者の処置に追われ不安と動揺ある職場において大衆的基盤の上に積極的な独自の保安斗争、ひいては地域斗争までおしすすめる点について不十分であることは遺かんである。 五 今後の対策 一 今回の惨事は決して偶発的なものではなく現場の設備の命数がすでにきており、長い間放任荒廃のままにされていることである。このためわが国の労働者は最低の線である労働基準法すら資本家官僚によつてサボられ絶えず生命の危険にさらされていることである。このことは国鉄、逓信、鉱山、金属化学、港湾等の基幹産業関連産業についても同様であり、全産業の危機の一表現である。 二 従つて今后力強い保安斗争をおこしあくまで資本家官僚の責任を追求しなければならない。 すなわち労働基準法の完全実施斗争いいかえれば遵法斗争を労働者が主体になつて(労資協調ではない)行うことである。 かくすることにより、首切りをなくし失業者をくいとめ集中生産方式による産業の破かいをふせぎこれを復興する大きな斗争にまで高めなければならない。 三 機械設備環境改善などの保安斗争は同時に労働者の体を守る斗争でなければならない。 すなわち低賃金と労働強化残業深夜業までいかに体を酷使し、罹病率、特に結核罹患を増大しているかをみれば明白である。 四 そのため現場はもちろん広く外部の技術者をも労働者側にひきつけ協力せしめ、職場斗争を強力におこさなければならない。 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 二四二 神奈川県下組織労働者の消費生活調査報告 (表紙)「神奈川県下組織労働者における消費生活の実態調査―特に横浜市内組織労働者の生活様式を中心として―神奈川県労働部」 はしがき 一 調査計画 この調査計画は、昭和二十五年一月下旬、神奈川県労働部労政課から県下労働者の実態調査を委嘱されて、当研究所員会議の結果、表題の他「労働者教育の現状調査」「労働思想の動向調査」等三件の「テーマ」を決定し、それらを労働部において検討、選択のうえ、表題のように採用をみるにいたつたものである。 研究所は直ちに、調査方法および調査項目の内容を検討し、調査表の作製にかかり、調査対象およびその予定数を左記のように決定し、その具体化に前進した。調査対象は、組合系統別を考慮したが、実態調査の第一次的意味からその基礎の確実と思われる会社を単位とするところの産業別に改めた。 二 調査対象 一 可能なかぎり横浜市内居住者 二 男子家族持労働者(事務関係者および職員層を除く) を中心においた。一は調査費用の関係から、二は調査目標の意義から制約されたものである。 三 調査期間 調査開始は三月中旬に実現をみて、各会社、労組両者にその援助を依頼したが、東日本重工業は会社側より全面的に拒否されながらも、造船分会の絶大なる支援のもとに好成績を収めるにいたり、保土ケ谷化学は調査期間中、ストライキ発生のため調査不能に終つた以外は、順調におこなわれ、予定した四月五日をもつて調査表の回収を締切つた。したがつて調査期間は、三月二十日から十七日間であつて、いわゆる三月労働攻勢の末期にあつたことに留意せられたい。 四 調査方法 調査にあたつては、東日本重工業と港湾労働をモデルケースに選出し、その大部分は面接調査とし、残りの若干を記入依頼の間接的方法によつたもので、古河、保土ケ谷、森永、交通はすべて間接的な記入依頼をもつてした。特に直接調査はすべて労働者の自宅を訪問し、家庭の環境を記入することに努めたが、港湾労働の自宅が船上生活であつた点などは、直接聴取調査に特異な様式がみられた。 五 調査成績 調査結果は、当初計画にたいして二〇%を期待し、二〇〇〇名把握の予定が締切日の厳守(これは根本的に費用の関係上已むをえないものであり、調査期間を延長することによつて目的以上の成績を実現しうる見込であつた)と、保土ケ谷化学におけるストライキ発生のため、一五%の結果に了つた。 次の表はその経過の詳細である。 調査計画の推移とその結果 六 無論この調査の内容から規定される諸命題は、直接的には調査対象の枠内のみに妥当性をもちえるものであつて、比較のデータたるほかは、これをもつて直ちに全労働階級にたいして適用されるものではないであろう。 なお、本調査に類似する最近のものとして、総理府統計局編「消費者価格調査報告(C・P・S)勤労者世帯収入報告(F・I・S)(日本評論社版昭和二十五年三月)および、大河内一男編「戦後社会の実態分析」(日本評論社版昭和二十五年三月)などがあげられるが、前者は純統計的資料としての存在意義をもつものであり、後者は稍々理論的に過ぎ、理論が現実を越えて構築されている嫌いがあるなどの諸点にかんがみ、本調査はこれらによることなく、あくまでも当研究所独自な調査方針のもとにこれを遂行した。 七 本調査の実施に当つて、調査表に記入の労をとられた各組合労働者諸氏、また種々積極的な援助をいただいた左記の諸氏にたいして、衷心より感謝の意を呈する。(略敬称) 横浜造船 勤労部調査係長 禰津幸三 執行委員調査部長 近藤龍一 港湾 横浜港沿岸荷役業組合総務課長 中村章一 同 主任 松本徳得 京浜港湾支部執行委員長 倉本節雄 同 書記長 袴田八平 共同運輸株式会社庶務 平野真一郎 関東港湾労組書記 長谷川義彦 古河 人事課 金子熙庶務課 衣斐正道 保土ケ谷 労務課 笠原銀蔵 労働組合書記 金子圭之 森永 労務課長 出口惣市 キャンデー課長 藤原元次 労組書記長 川島 交通 横浜交通労組執行委員 川俣勝一 同 渡辺 博 更に、面接調査と基礎統計の抽出に協力された延三百人にわたる横浜市立大学、および横浜市立経済専門学校学生諸君の御苦労にたいしても深甚なる感謝をおくるものである。 八 調査計画からその報告にいたるまですべて当研究所員スタツフは全力をあげてこれに当つたが、特にこの任を遂行したものは、早瀬利雄研究所長、小泉幸之輔、古沢友吉、淵岡登、柳沢春夫、矢富平八各研究所員であり、本報告の執筆は、小泉幸之輔、古沢友吉両研究所員が担当した。したがつてその文責は、監修者たる早瀬研究所長ならびに執筆者たる小泉、古沢両所員がこれを負うものである。 昭和二十五年五月 横浜市立大学経済研究所 凡例 一 各会社名は、ドツク(東日本重工業)港湾(港湾労働者)古河(古河電気工業)交通(横浜交通)の如く略称した。 二 特殊な統計は摘出統計を行つた。この場合通常ドツク一〇〇名(会社住宅居住者)、港湾一〇〇名(沖仲仕)、古河一〇〇名、交通一〇〇名、森永五〇名が基礎単位となつている。 三 調査表記入事項中、記入もれ、誤謬等については、常識により判断可能なものは調査員において適宜追記した。 四 統計表に表われる数字の小数点二位以下は四捨五入をもつてした。 五 港湾労働者は沖(船内)仲仕、回漕仲仕、浜(陸)仲仕の三職別に分れそれぞれ労働組合を組織しているが、使用者側は七十数社にわかれており、その現状のうえに雇用関係が結ばれている。労組は各会社毎に単位組合をもつものであるが、この調査において「港湾」とはすべてこれらを総括した意味で用いた。 六 本調査における調査様式は次のごときものである。 〔調査様式略〕 第一表 出生地調 第二表 年齢構成調 第三表 勤続年数調 第四表 ドック調査人員の職種別 第五表 港湾労働者調査内容 第六表 本職調 第七表 希望する職業 第八表 引揚復員調 第九表 戦災経験調 第十五表 会社別月収調 第十六表 最低月収調 第十九表 会社別家族別月収調 第三十二表 総収入と家賃との関係(ドック) 第三十三表 総収入と家賃との関係(港湾) 第三十四表 総収入と家賃との関係(古河) 第三十五表 総収入と家賃との関係(森永) 第三十六表 総収入と家賃との関係(交通) 第五十七表㈠ 会社別貯金調(%) ㈡ 会社別貯金機関別調(%) 第五十八表 貯金の目的調 第五十九表 借金調(%) 第六十表 借金高調 第六十一表 金融機関設置希望調 第六十二表 生活節約希望調(%) 第六十三表 小遣使用高調 第六十四表 小遣使用調 第六十八表 収入でやつてゆけるか(%) 第六十九表 家族数別金詰り状況 家族数別金詰り状況㈠ 総状況(数字は%で示す) 家族数別金詰り状況㈡ ドック(数字は%で示す) 家族数別金詰り状況㈢ 港湾(数字は%で示す) 第七十表 不足額を如何にして埋めるや 第七十一表 お金を一番使いたい項目(%) 第七十二表 会社組合への希望 (神奈川県労働部労政課「神奈川県下組織労働者における消費生活の実態調査」(昭和二十五年)神奈川県庁蔵) 〔注〕表については、主要と思われるもののみを掲載した。 二四三 中小企業労働者余暇利用調査報告 中小企業労働者の余暇利用状況 一 調査機関 全国中小企業団体中央会 二 調査時点 昭和四〇年 三 調査対象 産業 製造業 卸・小売業 規模 一〇人~二九九人 事業所数 四〇〇 調査人員 五、七五〇人 一 休日及び年次有給休暇制度について ㈠ 休日 週一日又は四週四日の規定のあるもの 九〇・五% 月二日又は三日の規定のあるもの 五・〇% ㈡ 年次有給休暇 就業規則、労働協約に規定のあるもの 九一・四% 但し、製造業の三〇人以上で規定のないものは0で、三〇人未満では一七・八%である。 ㈢ 土曜日の労働時間 通常と同様(八時間)が九一・七%で規模が大きくなるに従い若干短縮している。 二 年次有給休暇の運営について ㈠ 年休の附与方法 労働者の請求の都度与える 七三・五% (製造業八〇% 卸・小売六〇%) 欠勤などを年休に振替える 四一・一% (製造業四五% 卸・小売三三%) 特定の時期に一斉にとらせる 二三・二% (夏季七八・二% 年末年始五六・四%) 労働者から予め希望をとり計画的にとらせる 一九・六% ㈡ 年休の利用日数 0 一〇% 年休をとらない製造業五〇% 一〇人~二九人 一日~三日 一四・八% 年休をとらない卸・小売一三・〇% 一〇人~二九人 四日~六日 二一・六% 年休をとらない卸・小売五・〇% 三〇人~九九人 七日~九日 一七・五% 一〇日~ 一七・〇% 全部又はほとんどとった 三二・九%(管理一七・九% 事務 技術二七・六% 労働四〇・四%) ほとんど残した 一八・九%(管理三七・九% 事務 技術二二・四% 労働一五・一%) 約2-3とった 一一・七% 約1-2とった 一〇・六% 約1-3とった 九・七% (二〇才~三〇才は大体まとめてとっており、四〇才は、一日づつとる傾向が強い) ㈢ 年休を残した理由 突発的な必要に備えて 四〇・九% 仕事が忙しい 三六・五% 同僚に迷惑をかける 二三・〇% 何となく休みにくい 二二・六% とる必要がない 一六・八% 気にかけない 一四・九% (管理職の場合五八・六%が多忙を理由に残している) ㈣ 年休の利用内容 消極的{家事及び家事手伝 三七・五% 病気 三三・五% 家庭内での休養 二三・一% 積極的{スポーツ 一七・一% 帰省 一二・四% 旅行 一一・一% 娯楽 九・四% 趣味教養 六・七% (神奈川県横須賀労政事務所「地区労働問題懇話会関係綴」(昭和四十一年)神奈川県庁蔵) 第二節 基地問題 二四四 全駐労神奈川地区本部関係労働協議会議事録(一―二) ㈠ 三三労調第二八七号 昭和三十三年九月三日 企画渉外部長(印) 横須賀渉外労務管理事務所長殿 労働協議会議事録の送付について 昭和三十三年八月十八日開催した全駐労神奈川地区本部との労働協議会の議事録を別紙のとおり送付するから執務の参考とされたい。 全駐労神奈川地区本部との労働協議会議事録 一 日時 昭和三十三年八月十八日 午前九時四十五分~十二時三十分 一 場所 横浜労管会議室 一 出席者 県側 佐々木部長、伊藤、三好各課長、江川、田中、松原各係長、五十嵐委員 書記・小村、斉藤各係員 組合側 勝島委員長、高橋副委員長、鈴木書記長、友松委員外八名 一 議題 ㈠ 人員整理と部隊移動について 1 現在続出しているRIFについては夫々労管、支部段階において交渉中であるが、県としては本会計年度における雇用計画(RIFとの関連)等大綱を把握し明示されたい。なお特に追浜兵器厰の今後の推移いかん。 2 SSC、QMCのGDJ移動について、未だ移動計画の全ぼうが判明していないが速やかに明示されたい。また移動後の雇用計画、労働条件等も明示せられたい。 ㈡ PD切替えについて 座間モータープールのPD切替え、その他相模原等においてもPD切替えの情報が流れているが県としてこれ等のPD切替えについていかに対処しているか。 一 議長 組合側、高橋委員 議長 それでは只今から協議会を始めます。本日の議題は特に重要な問題なので双方とも充分に討議していただきたい。まず第一議題については組合より提案説明されたい。 議題㈠ 人員整理と部隊移動について 組合 本件は既に事務折衝で当方の意見を出しておりますので提案説明は省略します。事務折衝以後の本件に関する情報があれば発表していただき、その後具体的に検討したい。 県 本会計年度における雇用計画等の見通し等についてはRIFとの関連もあるので、先般来より夫々の段階において軍首脳部に折衝中であり、その情報の把握次第貴方に連絡しているとおりである。追浜兵器厰の今後の見通しについても目下折角対軍折衝中であり既に連絡しているところより若干変つて来ているが本席で特にお伝えすることはない。事務折衝以後別に情報の把握はないが今後一層努力する。 組合 次の諸点について質問したい。 ⑴ 武山基地は近く接収解除が予想され九月十六日付で四十六名のRIFが出ているのだが、この延期交渉はいかになつているか。 ⑵ 追浜兵器厰の閉鎖については、新聞で発表されその内容もほゞ判明したが、更に詳細に説明していただきたい。 ⑶ 追浜兵器厰の閉鎖に関連して部長が海軍と折衝されたがその内容いかん。 ⑷ 大船のJCEを陸軍が使用しないことになり輸送司令部技術部の労務者が八十一名RIFになるが、今後のJCEの見通しはどうか。 ⑸ QMC、SSCの移動は具体的にどのようになつているのか。 県 ⑴については組合からの要請や、労管から問題を上げて来たので、労管は現地軍と、県はCORとそれぞれ折衝しているが、CORは組合の主張は判るが部隊の閉鎖なので、RIFの延期は困難であると言つている。いずれにしても未だ結論が出ていないので結論の出次第連絡する。 ⑷については労管に指示し、現地交渉させるとともに県もCORに交渉しているがJCEを陸軍が使用しないことはたしかであるが、その後府中の空軍で使用するのか、又労務者はMLCを使うのかそれとも直用労務者を使うのか解らないが軍内部で目下打合せ中なので近日中に結論が出ると思う。 ⑸については相模のCORとも連絡を取り、スペースや転勤後のRIFの見通し等折衝中である。なおQMCのスペースは一両日中に結論が出ると思う。 ⑵⑶についてお答えする。 追浜の閉鎖については発表後さつそく座間の陸軍労務担当部長トライアル大佐に会い、種々の状況からみて労務者の救済対策を立てるためには少し時期が必要なので閉鎖を延期し計画的に実施してほしい等の県の態度、見解を申述べたが、軍としても同情にたえないが充分検討しての結論であるので、方針を変えることは出来ないとのことであつた。そこで、それでは解除地に産業を誘致し労務者の救済対策としたいので同居している海軍関係部隊は如何になるのか問うたところ、その点は陸軍では判らないというので、海軍の参謀長代理スエーン大佐に折衝した次第であり、それによると、個人的な見解だが突発的変動がない限り今の所海軍には変化はないとのことであつた。 この追浜の問題くらい苦労したことはなく陸軍司令部の相当の高官までもが研究中であるとしか言えない状態であり、そこで言えないのなら仮定の上でと言うことで交渉して来た次第で、MLCについては確定的に言えることは一つもつかめなかつた。しかしMLC労務者の問題は判り次第知らせるとのことであつたので通知のあり次第連絡する。又労協で言うのもおかしいが、富士、日飛の特需会社は十二月末で閉鎖されPD労務者もRIFになることが推測されるので、これに鑑みMLC労務者の対策を各方面に働きかけている。調達庁長官も本件の重要性を了解され、閉鎖発表後座間モータープールのPD化の問題と併せて陸軍司令部に折衝されており、私も要路に親しい人がいるので今後の情報の把握に努め救済対策を立てていきたい。 組合 県の回答は、判らない。折衝中の一点張りであるが、公式の席上で情報を発表しないのはまずい。組合としては軍の情報は労務者の今後の対策の資料として欲するのであり、他に他意はないのだから本席で発表していただきたい。七月二十三日の全国知事会に提案するよう大きな要求を出したが、何の決議もされず部長の海軍折衝にしても新聞報道により知つた現状だ。 このような県のあいまいな態度だから軍と折衝中と言ううちにRIFが出てくるし、組合が長年要求している長期雇用計画、失対計画が出来ないのである。追浜の閉鎖問題にしても矢柴副知事はMLC労務者に対する影響は来年四、五月頃と発表しているが、軍としては大半を年末整理し、残りを四、五月頃に整理するだろうから積極的に対軍折衝し救済対策を確立してほしい。 武山の問題については接収解除の時期が判つていないが、RIFは接収解除の日まで延期していただきたい。そこで接収解除の時期はいつか、又解除後の労務者の身のふり方として防衛庁に雇用されるよう努力していただきたい。 県 部隊移動等については現在軍で詳細な計画を立案中であり発表しうる段階でないので、県の情報は只今発表した程度である。又県が何の対策も立てていないと言うが、県としては色々と軍に折衝しており、追浜兵器廠の閉鎖についても発表前に政府に対策を要請しており副知事も各省を訪問しているので、不必要に何もしていないことはない。 キャンプ武山の接収解除時期は、すでに日米合同委員会で解除通告がなされており、問題は横須賀市と防衛庁の土地使用配分に残されているのみであるが、両者で折衝中なので今少しで解決するだろう。RIFされるガードの救済についても離対本部を通じ努力しているし、私としても防衛庁に採用されるよう努力している。 組合 県で事実やつていたとしても、出てくる結果は従来と同じで何らの進展もなく結果的にはやつていないのと同じではないか。武山の問題をみても軍は計画中、協議中として折衝にのらないで、さみだれ的にRIFを出し、九月では全員RIFになろうとしている。又追浜兵器厰にしても計画中と言うが四、五月頃よりRIFが出ており、これはすでに計画が軌道にのつてきている証拠である。このような軍の計画中協議中という言にまどわされ、政府が協議出来ないのは従属的である。駐労の問題は新しい段階が来ているのでこれに対応する対策をもつて積極的に折衝してほしい。 県 県は地方庁の範囲内で行動しているのであり、現実に軍で立案検討中と言うならば軍の特殊事情からもそれを越えて行動することは不可能である。 組合 県の回答には不満である。組合は労協の時以外部長に会うチャンスもないし各支部からも代表が来ているので卒直な回答を聞きたい。 MLC失業者の救済には政府の調査団に現地調査を行うよう失対幹事会及び監理課に要求しているがどうか。又知事は県会で産業誘致は考えないと言つているが、部隊が縮少され大量RIFの出ている現状では是非産業誘致はやつてもらわなければならず知事にも積極的に行動していただきたい。 県 RIF及び部隊移動の情報については県で折角努力しておりますし、本席これ以上言う必要はない。 調査団派遣については政府自らの計画と予算で行うのであるが、県としても賛成なので提案として話しておく。知事が産業誘致を考えていないとはとんでもないことで、武山の件にしても何にしても積極的に行動している。いずれにしても追浜、武山の問題は県政全般の問題として救済対策に努力する。 議長 只今までの組合の要望については県でなお一層努力していただくことにして、RIFの出ている支部の実情や、QMC、SSCの移動について、支部より発表していただきたい。 組合 輸送司令部技術部大船JCEのRIFについては、県は労管に指示を与えたと言うが、労管と交渉しても答弁があいまいである。そこで⑴如何なる指示を与えたのか。又JCEのPX当局では業者に切替えたいと言う意向があるが組合はこれには絶対反対である。そこで⑵PX当局が業者に切替つた時の県の見解を聞きたい。 県 ⑴については内部的問題であり回答の限りでない。労管の態度があいまいであると言うが、千名近いRIFであるので労管としては指示がなくても事実調査等を行い努力している。⑵については、先程説明した通りMLC労務者を使用するのか、軍が直接労務者を使うか又はPD業者にやらせるのか何ら具体的結論が出ておらず、組合の要求については仮定上の問題なので回答はいたしかねる。 組合 県は労管でやつていると言うが労管は交渉を拒否したり、団交でもPD切替は労管の権限外であるとし、本件に余り積極的ではないように思われる。県としても問題解決のためもつと親切な回答をいただきたい。 東京、埼玉地区営繕部のボイラーがPDに切替えられ、昨今、営繕関係がPD化される傾向にあるが、このような部門は当然政府雇用者がやるべきであり、大船のJCEにしてもたとえ空軍が使用する場合でも現在働いている人をMLC様式で雇用するよう強く対軍交渉してほしい。又国有財産管理法からも固有財産を業者が管理するのは疑問がある。本席はつきりと県の態度を表明し職場の労働不安を解消してほしい。 県 大船の施設が如何になるかは調査の要請があつたので労管にも指示し、県も大所高所から並行して折衝しているが、如何なる雇用形態になるのか仮定上の問題なので討議出来ない。いずれにしてもRIFは九月十三日なのでまだ日があり結論が出てから折衝しても遅くないと思うのでもう少し待つてほしい。 組合 結論が出てからでは如何ともしえなくなるので結論が出つつある現在PD反対の態度を確立し折衝していただきたい。 県 本件はすでに充分事務折衝でも話合つているので、県の態度は了解出来ると思う。問題はまだ雇用形態がどうなるのか結論が出てないということなのだが、近日中に結論が出るので出次第軍と折衝する。 議長 大船JCEのRIFについては、現地で折衝中なので今後の努力を県に要請し、PD切替えについては労組と県の意見に相異があるが、時間の関係もあるので第二議題の時にゆずつて議事進行してはどうですか。 双方 異議なし。 組合 QMCの移動問題について詳細は後刻交渉するが、次の一点を確認したい。 QMCは東京から神奈川に部隊所在地の移動により人事措置を行つて来たところ、中途で変更され相模に移動になるのだがこれも所在地の移動による人事措置で行うことを確認したい。 県 組合としては所在地の移動だからRIFを出すのはおかしいと言う主張と思うが、県は所在地の移動は移動であり、RIFはRIFと別個に考えており、RIFが出されてもさしつかえないと思う。 組合 しかし現地司令官と会見した時はQMCのクラス1が相模に移動するのだが、機構は統合するが機能の統合ではなく従つてQMCには何ら変化はないと言つていた。即ちファンクショナル・ユニットも別個であり、相模原のクラス2、4にRIFが出ているとしてもQMCには影響がないはずだが、移動時にRIFが出たのは解せない。 県 移動に伴うスペースについて組合の主張も了解出来るが、全般的に軍の撤退は不可避の状況にありこれがQMCにも影響し、QMCも減少しつつ移転していると思われる。只今の組合の主張についてはエッグマン大佐に会つて確認してみる。 組合 SSCの移動についてはすでに発表後三十八日経過しており具体的には八月十一日に労務者が移動し、行かれないものは即時解雇されるとのことだが、何ら移動に関する情報が解明されないのは遺憾である。この点も努力してほしい。 県 QMCの情報と併せて折衝してみる。 議長 それでは本件はこの辺で終り第二議題に進みます。これは県から答弁されたい。 議題㈡ PD切替えについて 県 本件については先の労協、事務折衝等で詳細に説明したとおりであり又去る十五日の支部の部長会見においてもるる当方の考え方については説明したとおりである。 従つて今後とも調達庁と緊密な連絡のもとに本問題に対処してまいりたい。 組合 池子のPD切替えについてはどのようになつているのか。 県 これは現在労管で交渉中であり県も関係筋に折衝しているが、軍でも現在具体的なことは判つていないので調査している。 組合 輸送司令部技術部の営繕関係ではPD切替えが七月一日以降行われていると言うことだがいかになつているのか。 県 PAに情報を聞いているが判らない。陸軍司令部はPD切替えは軍としても研究しているので噂は流れるであろうが統合司令部と政府で協議調整後行われるのでPAから通告があろうと言つているのでPAに連絡をとつている。 組合 座間モータープールのPD切替えについては十五日PA長官が座間に行き折衝したところだが、この情況について十六日PA長官との折衝における説明と部長の記者発表による報道との間に誤りがある。新聞ではこの問題は十月一日以降に延期になつたと報道し、部長の発表内容はあたかも折衝が成功したかにみられるが、長官は政府との事前調整の間契約はせず従つてこの間RIFはないと言う当然のことを発表したにすぎない。この点誤解のないようにしていただきたい。 その席上長官は事前協議中に契約は行わず従つて今、明日中RIFは出さない。もしRIFが出れば撤回する旨を確認し県にも本朝にこの旨連絡するとのことであつたので、県としても事前調整中のRIFは撤回するよう確認してほしい。 県 丸山長官に、事前調整しないでPDに切替えるのはおかしいので折衝してくれるようお願いし、座間の陸軍司令部に行つてもらつた。その結果については余り時間がなかつたので詳細に聞けなかつたが、PD切替えは政府と調整して行う。調整中はRIFはないということだつたから、これを記者に話したまでである。組合の確認要求については、PAからまだ指示がないので応じかねるが、長官が確認したのなら組合の心配するようなことはないだろう。 議長 PD切替えの問題は重要であり、まだお互に意見を充分出しつくしてないのですが、時間も大部過ぎておりますので、本日はこの辺にして近日中に協議会を再会して討議しあつたらどうですか。 双方 異議なし。 議長 では再会日は双方打合せして決めることにして本日はこれで終ります。 ㈡ 三三労調第四〇七号 昭和三十三年十二月二十五日 企画渉外部長(印) 横須賀渉外労務管理事務所長殿 労働協議会議事録の送付について 昭和三十三年十二月十日開催した全駐労神奈川地区本部との労働協議会の議事録を別紙のとおり送付するから執務の参考とされたい。 全駐労神奈川地区本部との労働協議会議事録 一 日時 昭和三十三年十二月十日 九時五十分~十二時五十分 一 場所 横浜労管会議室 一 出席者 県側 佐々木部長、伊藤、三好課長、江川、田中、内田各係長、五十嵐、井根各委員外一名 書記・斉藤係員 組合側 勝島委員長、室井副委員長、鈴木書記長、友松委員外十名 一 議題 ㈠ 人員整理について 当面の人員整理については退職手当の割増をするよう来月四月二十八日以降までに延期されたい。 ㈡ 年末手当について 年末手当の支給時期を明確にされたい。 ㈢ PD切替えについて 港湾関係のPD切替えについて県はどのように対処しているか。 ㈣ 当面の労働問題について 1 座間の消防通訳に対する体力テストによる不適格解雇については契約上違法性があるので職場復帰の措置をとられたい。 2 CYMG関係の勤務時間制変更については軍の一方的通告により行われているがどうか。又この場合賃下げになる措置についてはどうか。 3 制服支給の完全実施についてはどのようになつているか。 特にCYMG関係運転手については人員整理の関係もあるので早急に支給されたい。 ㈤ 米軍不要器材の払下げについて 米軍不要器材を積極的に優先利用出来るようあつせんされたい。 ㈥ 懸案事項の解決について 1 通勤距離外の解雇手当支給については年末手当支給時期までに解決するよう折衝されたい。 2 不均衡是正については引続き小委員会で討議することとしたい。 ㈦ 追加議題 1 特別給付金即時支給について。 2 IBM取扱労務者の賃下げについて。 一 議長 組合側、室井副委員長 議長 只今から労働協議会を開催しますが、議事に入る前に何かございますか。 県 既に文書にて御通知しましたが、松原委員に替り内田労務厚生係長を新委員に任命しましたのでよろしくお願いします。 組合 議題については事前打合せしたところであるが、特別給付金即時支給の件とGDJのIBM取扱労務者の賃下げの件を追加願いたい。 県 了解。 議長 では第一議題について組合側から提案説明されたい。 議題㈠ 人員整理について 組合 本件は既に事前折衝しているので細部については省略し次の点お聞きしたい。 ⑴ 最近RIFが続出しており、本日の新聞でも輸送司令部に来年三月PD切替えによる千名の大量RIFがあると報じており、調達庁の当初の情報よりもRIFが増加しているが、RIFの新情報を入手しておれば発表願いたい。 ⑵ 当面出ているRIFは退職手当の増額される四月二十八日以降に延期願いたいがこれについてはどうか。 県 第一点については、知事、部長をはじめ我々事務段階もあらゆる機会をとらえ対軍折衝し、又中央を通じても入手に努力しているところであり、先般PAと折衝したところ十二月上旬に確定的情報が入るやに聞いていたが現在まで連絡はない。従つて別段新しい情報は入手していない。本日新聞発表の輸送司令部の大量RIFについてはPAから中央本部に内示されてあるところのものである。 第二点は当面発出されている人員整理は部隊の移動閉鎖、予算削減等やむを得ない事由によるものであるのでRIFを延期することは出来ない。RIFを四月二十八日以降に延期することによる退職手当割増の問題については一地方的な問題でなく全国的な問題であるので中央の交渉とせられたい。なおRIFによる解雇者については従来から行つてきたと同様に出来る限り救済に努力したい。 組合 四月二十八日までのRIF延期については中央で交渉しており又地本としては県会議長、知事に申入れを行つているところだが、大体にPAも県もRIFの延期交渉は本腰を入れていないように思われる。権利のみを剝奪して退職金や特別給付金の支給が遅れ、軍のやり方は一方的である。四月二十八日までの延期に対する県の見解はどうか。 又、労管業務停止期間即ち十二月二十八日から一月四日までの間に解雇予告を出すような事案はあるのかどうか。あるとしたら撤回していただきたい。 県 四月二十八日までの延期については、組合の主張も判るが現在発出中のRIFは日米共同声明による必然的結果でありやむを得ないものと思われるので延期は不可能と考える。従つて先程回答の如く中央の問題といたしたい。又RIFの情報については知事も私も努力しておりある程度の個人的なものは判つているが正式の席上で発表する段階には致つていない。 先般軍より十二月二十四日から一月六日までのRIFについては避るという文書を入手したが、労管業務停止期間中に解雇予告があるか否かについては確定的なことは判明していない。もし出て来た場合はケース・バイ・ケースで調整したい。組合 二十七日以降の解雇予告ならば十二日頃の発表となるのだが、このことが判らないと云うことは少くとも契約にある事前調整がなされていないという証拠である。ケース・バイ・ケースでやるということがこのようなことでは軍の一方的なものに終つてしまうので、只今の回答では不満である。 輸送司令部の大量RIFについて、陸上輸送部隊においては業者がメンテナンスを調査しており富士モーターが取る気配がある。ガードにおいては軍はウエヤハウス、シツプハウスのガードは用はないとのことなのでRIFになるのではないかと懸念されるが、これらについての影響はどうか。 県 これについては第三議題と関連があるので併せて回答します。輸送司令部のPD切替えによるRIFについては目下中央において折角事前調整中であるのでPAと緊密な連絡のもとに対処していきたい。 又PAの情報によると、ガードは別段影響はない模様であり陸上輸送部隊についてはモータープール全体で七五名のRIF計画があるが現在輸送司令部のモータープールに四十名いるので七五名全員が陸上輸送部隊に該当するのか、モータープールの四十名と残りが陸上輸送部隊になるのか判らないのでPAに調整方を督促している。いずれにしても輸送司令部のミラー司令官と近いうち会談をもつてたしかめてみる。 議長 では本件の、RIFを四月二十八日まで延期する件については、県は一応組合の主張を了解しているが県の立場では不可能なので中央に上げるというので、組合も中央に上げるということにしてはどうですか。 組合 前回の労協においても県は中央と統合司令部の段階であるとしているが、過去座間の年末のRIFを撤回した場合のようにやはり現地で努力しないことには実績は上らない。本件はPAに上げると共に現地でも、年末年始のRIF反対と四月二十八日延期を決意していただきたい。 県 卒直に云うと現在出ているRIFは、十一月中に発出されるべきものもあり、人員についても当初は大部多かつたのだが、現地交渉等を行い現在の如くになつた次第で組合の主張も判るが現状からは不可能であるので、全国的な視野から解決を計つていきたい。正式の席上で県が反対とか延期の確答はいたしかねる。問題は今後業務停止期間中の解雇予告についてであり、これは出て来たらケース・バイ・ケースで折衝しよう。 組合 座間のPD切替え以降県は軍の一方的措置を、やむを得ないものとあきらめている向きにあり県の立場上言明出来ないことは判るが、組合としては本席以外に管理者としての知事に組合の主張を申入れる機会がない。組合の要求については県政上からも、労働者の権利を守る上からも知事以下折角の努力を願う。 県 貴主張については知事に充分伝えます。 組合 小柴石油廠の消防が一月二十三日付で全員解雇されるが、少くとも大量の石油を取扱う職場として消防がいないということはありえないので、PD業者にやらせるか又は富岡の労務者をもつてくるかいずれかだと思うが、将来は如何になるのか早く目安をつけていただきたい。尚安善、生麦の消防についても同様お願いする。 県 本件については早急に調査して通報する。 組合 追浜兵器廠内の富士モーターは来年一月契約解除となるが企業誘致のあかつきは若干労務者が残つている方が有利とみて、追浜で最後まで残るとみられている利材課、MHEのPD化を策動しているので、問題とならないうちに手を打つてほしい。 県 了解。 議長 では本件はこの位で次に進みます。第二議題以後は事前打合せで組合の主張点が明確にされていますので、県から一括答弁されたい。 県 それでは回答します。 議題二、年末手当について。これについては〇・一増額のため中央における手続との関係もあり、現在のところ支給期日について本席では明言する段階に至つていない。従つて支給期日の見通しがつき次第貴方にお伝えしたい。 議題四、当面の労働問題について。第一項の座間の消防通訳に対する不適格解雇については八月十二日体力テストの不合格者に再度九月二十五日第二次テストの機会も与えたのであるが、結果的には合格しなかつた。その後配転措置等を講じたが、他にスペースがなく結局軍の要求する職務を十分に遂行出来ないとして、細目書IE節4の手続のとおり不適格解雇となつたものであり契約違反とは考えられない。なお個々の具体的問題については本席親しまぬ問題なので意見があれば苦情処理委員会に付託したい。 第二項について。CYMG関係の勤務時間制変更については契約による十五日前にかかわらず、十一月中より軍側と意見調整を行い最終的に十二月十四日から実施することになつているものであつて、軍側からの一方的通告によつて実施しているものではない。なお時間制変更に伴う夜間給減少は必然的な結果であつてやむを得ないものであるので御了承願いたい。 第三項について。基本労務契約に基く制服支給については昨年五月八日旧附属協定第一三七号実施以来警備員、消防夫に対しては概ね支給されたが自動車運転手に対しては、全国的にも人員輸送の運転手の一部を除いて他は支給されていない状況である。又制服を支給されるのは基本契約にも示されている如く「軍側が特に免除する場合を除き」とあり、従来現地軍より貸与又は支給されている被服もあり且つ軍側予算等の関係で支給されない者もある。CYMG関係運転手については横浜労管所長より文書をもつて支給促進方要請すると共に直接司令官にも支給方要請したが予算の関係で支給は困難である旨の回答に接している。 議題五、米軍不要器材の払下げについて。これについては商工部が直接業務を担当し、渉外部としては、払下げをうける個人もしくは団体が離職者であることの証明等の所謂間接業務となるが、去る八日の失対幹事会で発表説明があつたとおり、今般「米軍処分財産の取得並びに払下げ取扱要領」が定められたので、今後払下げはこの取扱要領に従つて行われることになる。この要領を定めた趣旨は米軍処分財産を特に駐留軍関係離職者のため一般制限を解除して払下げをうけることについての手続を定めたことにあるので、爾後払下げ業務は円滑に実施されることになると思うが、なお貴要望を関係部に連絡し極力援助するようにしたい。 議題六、懸案事項の解決について。第一項のSSC及び追浜兵器廠の部隊移動に伴う紛争については目下中央において折角対軍折衝中であるので見通しがつき次第貴方に御連絡したい。 第二項の不均衡是正の諸懸案事項については引続き小委員会等で討議の上解決を計りたい。 追加議題の特別給付金即時支給については、大蔵省からPAに流される一般会計の資金が遅れていたが、最近資金が来たので出来るだけ早く支給することといたしたい。 IBM取扱者の賃下げについては、キーパンチオペレーターからチーフオペレーターまでの大枠内で支給していたが、十二月二日PAからの通達により十月一日以降は、キーパンチオペレーター、マシンオペレーターシステムサービス、サービスマン、チーフオペレーターそれぞれの枠内で支給することになつたが、貴要求については中央で抜本的に解決を計りたい。 組合 議順を追つて討議していきます。 まず第二議題の年末手当支給については、一・八ケ月分を先に払うのでなく増額分を含めて十五日により近い日に支給することを確認したい。 県 〇・一増額は既定の事実で、労管へは一・九ケ月分で準備させておりますので、附属協定締結次第十五日により近い日に支給する。 組合 第三議題の輸送司令部のPD切替えについては、ステベドアー、チェッカーにつづき今次は大量に予想され、組合としては県会の緊急対策として申入れてあり、実力行使の準備もあり、船員は明十一日から四十八時間ストに入る。座間のPD切替えの経緯をみても事前調整に入る前に県では反対の意思表示を軍に強くする必要がある。 県 近く部長がミラー司令官と会うことになつているので折衝してみます。 組合 第四議題第一項は労管、県で折衝されたが、最終的に軍の予告通り解雇となつた。しかし消防通訳に「懸垂」や「腕立てふせ」等の体力テストを実施すると云うことは過去にも又採用時の労働契約にもなく疑問がある上に、不合格だからと不適格解雇するのは契約上疑義がある。苦情処理委員会で折衝するとしても職場に復帰させてからすべきである。 県 体力テスト不合格が即不適格解雇でなく、消防通訳としては無理なので適当なスペースをさがしたがなかつたのでやむなく解雇した次第で、これは契約の手続通りのものである。個人的なことは本席に親しまないので苦情処理委員会でやろう。 組合 解決見通しのあるものなら苦情処理委員会でやるのもよいが、やむを得ないと云う考えに立つてのなら了解出来ない。県は本人と会つていないので実情は判らないと思うが、消防通訳は現場に行かず、電話当番なので体力は必要としない。未だ調整期間は短いので努力する余地はあるのではないか。 県 我方としては大綱的な契約論を討議しているのであり、個人的なこととなつたらニュアンスが異なるので別な解決の仕方もあると思う。大綱的には契約違反でなく貴方と意見一致をみないので中央の問題となる。 組合 組合としては解雇無効を主張し、県はやむを得ないとしているが、この契約上の疑義については争う場所で争うこととして、その間は労務者は在籍させるようにしてほしく、年末手当支給時までに復職させるべく至急実情調査して努力してほしい。 契約解釈について軍は一方的でありこれが違法か否かはPAに上げることにしても、悪意による解雇のためのテストは許せないのでこの考えの上に立つて反対していただきたい。もしこれが許されるなら将来悪例として次々問題が起るようになる。 県 契約の疑義については中央に委ねることにして、個人的なことは苦情処理委員会で討議します。 組合 二項の陸上輸送部隊の勤務時間制変更については、十五日以前の事前通知は事実であるが、RIFの続出している時期にしかも十二月十四日に変更するというのは、退職手当や年末手当の賃下げを狙つていることは明らかである。今までの時間制は労基法違反と云うが、今日まで軍に協力して来たのでことさらこの時期になつて変更するのは納得出来ない。県は軍の経営権に属するのでやむをえないという態度でなく、一まず延期して話し合つてほしい。軍でどうしても強行すると云うのなら当面十四日実施を延期していただきたい。 県 これは先程回答の通り、軍の一方的通告によるものでなく契約上の十五日前にこだわらず十一月中から折衝しているところであり、軍の通告から十五日間たてば実施せざるをえないので、延期は困難である。組合は賃下げと云うが客観的にみて別段基本給は下らず若干夜間給が下るのみである。 組合 本件は前から委員長が交渉していたとしても、正式交渉は本席はじめてなので、まだ県であきらめた結論を出す段階ではない。軍は政府、県の立場を無視しての政策をおしつけて来ており、情報では一月三十一日付四十名のRIFが出るそうなのでこの際特に知事、部長が卒先してやつてほしい。 県 県に上つてくる問題は、労管、支部も県に来て交渉するし、県も労管と歩調を合せて交渉しており、本件も十二月一日変更となるところ十二月十四日まで延期し、只今の一月三十一日のRIFも延期することになつている。これでも判るように軍におし切られていることなく県ではやつており、知事も他県に比して渉外間題に関心をもつてやつている。 組合 制服支給については契約条文をそのまま解釈すれば県の主張の如くにもとれるが、労務者の立場からすれば同じ県で働き乍ら海軍は支給され陸軍は支給されないのは納得出来ない。契約締結時の精神は制服を支給してやろうと云うにあり、我方もその前提で厚生協議会、労働協議会で話合つて来たのをRIFの出ている現在制限条項云々として支給しないのはおかしい。全員に支給されるよう至急に対軍折衝してほしい。 県 司令官、CORと折衝したが、現在予算がないので発注出来ないとのことなので、契約に軍で免除する場合は支給しなくてもよいという制限条項がある以上支給は困難である。 組合 契約の解釈については中央で争つているのでそれはさておき、県は支給してやろうと云う立場に立つて折衝して貰らわなければ解決は出来ない。現実に労務者に有利となることを積極的にやるのが労務管理の実体である。 県 現行規定の解釈については、制限条項がある以上支給すべきか否かは軍の自主判断にまかされていると我々は解釈しており、組合はおかしいとしているが、それは中央で明確にすることとして、現行で支給出来ないとなれば契約改定せねば全員支給はむずかしい。実際問題としては今後の折衝にはやぶさかでない。 組合 第五議題については、商工部と云うが軍との折衝なので渉外で強力にやらねば駄目であり、駐労以外の業者に牛耳られぬよう失対幹事会を通じてあつせんに努力していただきたい。 県 関係各課と緊密に連絡をとり対処していく。 組合 通勤距離外の問題は、PAに上つているが、解雇手当支給というのでなく解雇無効として裁判や日米合同委員会に上げる段階に来ており、長官ももう一度対軍交渉すると云つているので県も解決方を促進されたい。 県 了解。 組合 追加議題の特別給付金支給については、年内に解雇された者は年内に支給されるよう要求する。 IBM取扱者の件は、中央で話がまとまるまで実施すべきものでなく、組合は異議があるので賃金小委員会で討議したい。県 特別給付金は、現在流された資金は九月までの該当者についてであり十月以降の者についてはPAを通じ大蔵省に督促を計りたい。 IBMの件については賃金小委員会での討議に了解。 組合 年末に来て未解決の事案が多いが、組合は重大な決意をもつて対処していくので、県としても年内解決を目標に知事以下の格段の努力を要求し、本日はこの辺で終りたい。 議長 それではこれで本労協を終ります。 (神奈川県渉外部業務課「組合関係綴」(昭和三十三年)神奈川県庁蔵) 〔注〕文中略語については左記の通りである。 RIF ReductioninForce(人員整理) SSC SignalSupPortCommand(通信補給本部) QMC QuarterMasterCommand(補給部隊) PD ProcurementDemand(請負)軍の作業に従事した業者の呼称。 JCE JaPanCentralExchange(中央購買部) COR ContractingOfficer'sRepresentative(契約担当官代理者) MLC MasterLaborContract(基本労務契約) QM QuarterMaster(補給) PX PostExchange(購買部) PA ProcurementAgency(調達部) CYMG CommandYokohamaMotorGroup(横浜陸上輸送部隊) IBM InternationaIBusinessMachine 電子計算機を使って資料の分析等を行っていた職場の総称。 GDJ GeneralDepot,Japan(総合補給廠) MHE MaterialHandlingEquipment(フォークリフト課) DH DependentHouse(住宅)軍人軍属及びその家族の住宅の呼称。 二四五 全駐労神奈川地区本部の労働者失業反対 要求 三三労調第三三七号の二 昭和三十三年十月二十一日 企画渉外部長(印) 横須賀渉外労務管理事務所長殿 駐留軍労働者の失業反対に関する要求について このことについて神奈川県地評議長並びに全駐労神奈川地本執行委員長より別紙甲のとおり昭和三十三年八月二十九日付第一次、九月十五日付第二次の申入れがあつたので別紙乙のとおり回答したので執務の参考とされたい。 別紙甲(第一次) 昭和三十三年八月二十九日 神奈川県地方労働組合評議会 議長 河村宏弥 全駐留軍労働組合神奈川地区本部 執行委員長 勝島良一 神奈川県知事 内山岩太郎殿 駐留軍関係労働者の失業反対に関する要求について 駐留軍関係労働者に対する大量の人員整理の続出についてはこゝ数年来、年々数千人の整理が行われ、昭和二十五、六年に県下に八万に及ぶ程であつたものが現在ではその半数四万人になつていることは、雇用主たる貴職の熟知しているところであります。 この人員整理は昨年六月、日米共同声明が出される前後より特に激しくなり、過去一年間で県下一万五千人に近い整理となつており、追浜基地関係一万人の解雇発表に示されるように、この首切りは益々深刻になり、規模に於て日本の労働史上空前の残酷な記録を残そうとしているのであります。この苛酷な首切りにあい、且当面している労働者は既に十有余年占領米軍の絶対権限下に人種的差別、人権侵害、日本国諸法規の無視、我々がもつ風俗、習慣、労働慣行を破る等の悪条件下に日本の完全独立えの希望を持ちながら国際親善と友好の役割を政府の政策方針のもとで基地労働に従事して来たのであると断言することは決して過言ではありません。 然るにその努力と功労に報ゆるに米軍並に政府、県は救済措置をとらざるまゝに首切り、失業、生活の破壊をもつて応え数万の労働者とその家庭をはかり知れぬ不安の暗黒につき落しけ落ししているのが現状であります。 この事態に対し全駐労は終始一貫貴職に対し警告及救済の要求等をして来たところであり、且地評も県内労働者に関連する大問題として、これが解決の為、度々貴職に要望申入れして来ました。 離職者対策本部設置にみられる貴職の努力をみとめるところであるが、この大量解雇と合せみる時、対策確立の緩慢と不足は、不誠意怠慢によるなにものでもないと追及せざるを得ないところであります。 整理の原因は極東米軍のミサイル、原水爆戦略体制の強化を主眼とする配備変更、及自衛隊の拡大と装備強化にあると指摘出来ます。従つて首切りは職場の実体を無視し、又業者切替えによる悪質な方法或は労働強化、賃下げ労働条件の極度な悪化等々を伴つているので全労働者の立場から容認出来ないものであります。 以上のようにこの駐留軍関係労働者の人員整理は大きな社会問題であり、県民の問題となつています。 県当局より、しば〴〵手におえない問題であるので政府に要望しなければならないとの言明を聞くところでありますが、まだ県当局として且又雇用主として努力すべき余地は十二分にあるので、こゝに基本的要求をなし、文書回答を求める次第であります。 記 一 現在出ている人員整理は完全に救済措置がとられない限り、雇用主として、且又県政担当者として撤回若しくは延期されたい。 二 間接雇用労働者の職場を奪う契約業者えの切替えに対しては絶対反対されたい。間接雇用及調達方式を確立し、日本の独立と自主性を確立せよ。 三 失業対策の完全確立を計れ。 完全失業者が数万に及んでいる現在、当面我々が既に申入れた駐労失対諸要求事項の実現の実施を即時実施せよ。 別紙乙(第一次) 三三労調第二八五号 昭和三十三年九月二日 神奈川県知事職務代理者 副知事 矢柴信雄 神奈川県地方労働組合評議会 議長 河村宏弥殿 全駐留軍労働組合神奈川地区本部 執行委員長 勝島良一殿 駐留軍関係労働者の失業反対に関する要求について(回答) 昭和三十三年八月二十九日付貴信をもつて要求のあつた標記のことについて次の通り回答する。 記 一 要求事項一について 現在発出中の人員整理は昨年六月の米地上軍撤退に関する日米共同声明による在日米陸軍部隊の撤退、移動並びに予算の減少等に伴う必然的なもので、真に止むを得ない措置である。従つて、人員整理を撤回、若しくは延期することは出来ない。 二 要求事項二について 駐留軍関係の雇用形態を間接雇用(MLC方式)で行うか直接雇用(DH方式)で行うか、又契約業者(PD方式)に行わしめるかは軍の専権に属することであり、行政協定からも基本労務契約から云つても雇用形態を統一しなければならないと云う根拠はない。 従つて県として契約業者への切替えは絶対反対であるという態度の表明は出来ない。 しかし乍ら、円滑なる労務管理上の観点から雇用の形態に関して軍側にサゼッションすることは従来とも行つてきたところであるので、今后もこの方針に基き事案毎に善処したい。 なお、本件について目下中央の段階において「事前調整」の問題として調達庁、在日米軍司令部との間に折角意見調整中であるので貴方においても中央の問題とせられたい。 三 要求事項三について 本件については国の施策にまつところが多いが、当県においては早くより離職者対策本部を設置し、実施可能なものについてはその都度適宜の措置を講じている処であり将来も可能な限りの努力を払いたい。 別紙甲(第二次) 昭和三十三年九月十五日 神奈川県地方労働組合評議会 議長 河村宏弥 全駐労神奈川地区本部 委員長 勝島良一 神奈川県知事 内山岩太郎殿 要求書 昭和三十三年九月二日付回答について次の通り意を附して再度要求致します。 記 一 現在出ている人員整理は真に止むを得ない措置であるので、人員整理を撤回、若しくは延期することはできないと回答しているが、現にRU大船、座間PX関係では、整理案を撤回したり修正したりしている事実があることは、ねばり強い軍交渉によつては撤回が可能であることを証明していると思うが如何。 更に最近、駐留軍関係の作業を業者と契約して引続き駐留軍作業を実施する一方、MLC労務者を整理している事実は真に止むを得ない措置と考えられるのか如何。 又労務基本契約に云う雇傭の安定を確保するために適当な事前の調整が十分且つ満足になし得られたと考えるのか如何。 我々は県の回答に対して極めて不満を持つものである。 二 駐留軍関係の雇傭形態について労務管理上の観点から雇傭の形態に関して目下「事前調整」の問題として意見調整中であることについては、我々も承知していることであるが、これを我々の要求の線まで高めるために、日本政府機関が強烈な態度で軍と交渉するよう働きかけると共に、県独自の立場からも強く軍に要求すること。 雇傭形態に関してはかつて米国務省ラスク高官と日本政府機関の代表との交渉で、間接雇傭方式を中心にして雇傭する建前を堅持する旨の相互諒解がなされたということをそく聞している。 又契約の業者切替えによつて出血受注で日本経済に不利な影響を与えていることを聞いているが、これらの点から推しても県の回答は極めて遺憾である。 三 失業対策の完全確立について次の点を特に要求する。 1 追浜地区―誘致した産業に駐留軍関係労働者が大量集団就職できる措置をとること。そのために現在の駐労関係失業者の習得技術がそのまゝ事務、生産面に生かされる産業を誘致すること。誘致した産業に駐労関係失業者を就職させるに当つて尚技術習得の必要あるものについては、政府、県の責任に於いて技術習得の訓練をすること。 大量集団就職までの間、駐労関係失業者の生活については、失業保険のほかに失業保険の六分の四を国又は県の責任において補償する特別の措置を講ずること。大量集団就職までの個々労働については、政府、県の責任において実施すること。 2 追浜以外の地区―追浜地区と同様に大量集団就職ができるよう努力すること。かりに大量集団方式が実施されない場合でも追浜地区と同様に技術習得就職、生活補償については特別の措置を講ずること。 3 失業保険の支給期間を一ケ年に延長すること。 別紙乙(第二次) 三三労調第三三七号 昭和三十三年十月八日 神奈川県知事 内山岩太郎 神奈川県地方労働組合評議会 議長 河村宏弥殿 全駐留軍労働組合神奈川地区本部 執行委員長勝島良一殿 駐留軍関係労務者に関する要求書について(回答) 昭和三十三年九月十五日付貴信をもつて要求のあつた標記のことについて次のとおり回答する。 記 一 人員整理について 現在発出中の人員整理は、先に貴方に回答した通り、在日米軍の撤退に伴う必然的なもので、大綱的には真に止むを得ない措置であり、人員整理の全面撤回は出来ない。 しかし乍ら、個々の人員整理については、従来から機会あるごとに軍側と折衝して整理の縮少、部隊間の配置転換、他部隊への移管等の措置を行い、相当の成果を上げているところであり、大船RU関係等もその一例である。 従つて今後とも基本労務契約の趣旨に基き、事前調整に努めるとともに、折角これが救済について更に努力を続けることゝいたしたい。 二 駐留軍関係の雇用形態について 駐留軍関係の雇用形態に関する県の基本的方針については、先に貴方に回答した通りであるが、円滑なる労務管理上の観点から個々の事案について善処したい。 三 失業対策の完全確立について 1 産業誘致の問題については、雇用力の大なる企業を誘致すべく県及び関係各市において配慮するとともに、政府並びに関係機関に要請しており、誘致の上は可能な限り関係離職者の就職あつ旋について努力する。 なお、再就職のため技術習得の必要あるものについては、公共職業訓練施設を活用するよう勧奨し、なお必要に応じては施設の拡充を図るよう考慮する。 2 失業保険等の要望は、現状においては甚だ困難と思われる。関係離職者の就職あつ旋については、職業安定機関の総力を挙げて再雇用に努めるとともに、建設的土木事業を起し、就労の機会を造成するよう、目下、政府関係機関に強く接渉している。(神奈川県渉外部業務課「組合関係綴」(昭和三十三年)神奈川県庁蔵) 二四六 厚木航空基地騒音問題等関係資料(一―六) ㈠ 昭和三十四年六月十八日 大和市福田四八〇五 代表者柴田政一 他名 横浜調達局長殿 陳情書 私達当部落の住民は去る昭和十六年軍部のつよい要求によつてその所有土地の九割余を厚木基地建設のために失い従来農業をもつて生計をたてゝ来た生活を根底からくつがえされその後は副業や内職等によつてからうじて今日迄過してきたのでありますが、農耕を主として生計をたてるためには現状の一戸当り平均耕作地三反歩余りではどの様に努力をいたしましても家計を維持してゆくことは困難であります。この様な状態のために大戦終了後町当局の手を通じて飛行場用地の一部解放を請願いたしましたが当時は連合軍の占領治下にあつたため私達の要望も空しく拒否されました。 而しながら私達は講和条約が締結され平和状態が回復されゝばいづれは飛行場用地も旧所有者に返還されるものと信じて今日まで忍び難きを忍んで待望して居りましたところ昨三十三年十二月には新たに飛行場南北の接続地を航空機の離着陸安全のために数万坪政府に買収される事態に直面し、更に近時航空機の発達に伴い従来と全く比較にならない程強大な爆音及地上整備音のために昼夜を分たず悩まされ続ける結果私達は安眠することも出来ずこのため精神に異状を来すものさえあらわれる状態にあります。 此の地に祖先の土着以来数百年十数代にわたつて築き上げてきたこの郷土に強い愛着を感じながらも今や一日も安住することの不可能となつた此の土地をはなれて経済的に又精神的に不安のない地域を求めて移住しようという事に私達は意見の一致を見たのであります。 依つて私達はこゝに連署を以てお願いいたしますので何卒御当局におかれましても私達の苦衷御賢察の上移転、移住に必要な経費と転職等に必要な資金の一助となすために別紙添付図面記載地区内の不動産を政府において御買上下されたく下名等一同署名捺印の上陳情いたします。 昭和三十四年六月十八日 住所 氏名 神奈川県大和市福田四八〇五 柴田政一 四六九四 間宮正一 四九三一 田辺伝蔵 四七七二 柴田政五郎 四九三四 田辺艶治 四九二〇 田辺ハナ 四七八四 柴田熊 四七五四 柴田清治 四六九一 柴田春吉 四七〇一 柴田愛治 四七七七 柴田半治郎 四七八二 柴田アキ 四七七九 柴田国満 四七六七 柴田栄一 四七七〇 柴田忠一 四七九七 柴田勝一 本蓼川一一八三 小菅清 一一八五 田辺貞良 一一八八 田辺時蔵 福田 五五二五 柴田政義 福田 四七四一 柴田角 下草柳 一四九 小菅伊太郎 一四一 小菅章男 下草柳 二七七 田辺利徳 一四一 鈴野登司雄 一四七 小菅竹次 下草柳 二七三 田辺一雄 二六一 市川亀吉 二六〇 小菅晋三 二七二 田辺勝男 二四四 田辺鶴之助 二五〇 田辺クニ 二五〇 田辺裕 二六二 市川銀蔵 二六二 市川保己 二六四 市川直夫 ㈡ 起案 昭和三十四年七月十日 厚木・座間方面基地周辺渉外事案調査について(報告) このことについて、本七月十日山脇渉外課長、福山係長他二名が現地調査を行いましたので結果次の通り報告します。 記 一 厚木基地北側拡張区域 本区域は既に買収を完了している部分について目下ブルドーザーその他により整地工事を実施中であつた。 なお買収済区域内の中央部に存在の帯状の共有地及農道については整地工事は行はれていないが、両側の買収済地が工事中のためブルドーザーその他の通行によつて相当荒されていた。 二 厚木基地廃油流出現場 厚木基地内日飛工場入口下の水田用水路に基地側から地下浸透した廃油が流出しており、既に数日前軍側に於いてかんがい用水用の鉄管を敷設、応急工事が施されていたが、排水路内には未だに地下を浸透して油類が流出しており、軍側労務者によりポンプをもつて油類の汲上げが行はれていた。 被害水田については、稲の植え代えが完了した処もあり、極く一部に枯死した水稲が見られたに過ぎない。 〔欄外注記〕二十株程度 現在の応急工事だけでも今後或る程度の被害増発は防止出来るものと推測されたが、 一部農民から軍側敷設のパイプに支線を設け水田にかんがいして欲しい旨の要望が述べられた。これに対しては軍側に交渉の要あるも、軍側労務者の見解によればガソリンが流出しているので熔接工事は危険であるとのことであるので検討を要する。 三 厚木基地南側拡張区域 現在拡張区域境界の杭打は完了しているが、整地工事は未着工、県道平塚川和線の付替現場を調査中の厚木土木特工課長と偶々現地で逢う。特工課長の意見によれば、当初予定した付替路線予定線内にある民家が立退きを断固拒否しているので、この案は無理である。従つて綾瀬側の軍側フェンスを約一〇米位内側にさげてもらうよう調達局に要請中とのことで、なお本件については渉外部長を通じて軍側と交渉して欲しいとの意見が出された。 四 蓼川護岸工事 数年前特損工事として施工した蓼川護岸工事は、木製のため既に半分腐蝕し、台風時の堤防欠かいの危険が見られた。 本件は特損工事として実施の要があり、昨年度申請が出されており調達当局で目下検討中のものである。 五 基地周辺の騒音 相当激烈であり、周辺住民にとつては誠にたえられないものと思はれる。 六 目久尻川改修工事 本件は昨年度特損工事として県耕地課で施工したものであり、工事完成地域内の沿岸田畑の被害発生は今後起らないものと考えられる。 なお下流については、本年度も継続して工事が行はれる予定。七 鳩川改修工事 本件も昨年度特損工事であるが、問題の箇所は全部修復されているので、従来の悩は解消されたものと考へられる。 なお下流については、目久尻川同様本年度も工事実施予定。㈢ 昭和三十四年七月二十七日 大和市長 高下重平 綾瀬町長 橘川勇 在日米海軍司令官厚木海軍航空基地司令官}あて 厚木海軍航空基地周辺に於ける航空機等の騒音防止対策について(要請) 謹啓 酷暑の候貴官には愈々御清祥の段お慶び申し上げます。 さて、最近厚木海軍航空基地に於けるジェット機等の離着陸に際し発する爆音と基地内に於けるエンジンの整備作業により発する強烈な継続音は昼夜の別なく附近一帯の住民を悩まし、既に新聞等により御承知の通り周辺住民の一部は他地区への移住を考慮し調達庁へ陳情を行つている事実もあり斯様な事態をこのまゝ放置しおくことは厚木基地拡張の問題に関連し、将来社会問題を惹起する一因にもなる虞れがありこれが対策に腐心している次第であります。 これらジェット機による騒音防止については当市(町)に対しても附近住民から最近二、三陳情が出され、周辺住民にとつて大きな問題となりつゝあり厚木基地拡張の問題に関連し報道陣もこれら問題を大きく取り上げておる実情にあります。 勿論、附近の学校、病院等の施設については逐次防音装置が施されつゝありこの点については住民も一応諒としておりますが、これらの処置がなされない一般民家は勿論会社、工場、役場等に於いてはこれら噪音のため種々の障害を起し、又万一の事故を憂慮する者も少くない状態にありますので、先般これが対策についての協力方を県当局にも陳情した次第であります。 つきましては、貴官に於かれましても右事情篤と御賢察下され周辺地区住民の福祉保全のため航空機爆音の減音処置並びに夜間飛行の制限特に緊急事態の場合を除いて午後十時から午前六時までの強烈なる爆音等を伴う整備作業及び離着陸訓練等は絶対に禁止されるよう早急に御措置煩わし度くこの旨御懇請申し上げる次第であります。 ㈣ 航空機の騒音に関する陳情書 先に航空機騒音問題について関係当局に陳情申上げましたところ当局の厚意ある計らいにより其後は騒音状態も稍緩和され附近住民の雰囲気も柔らげられご当局の誠意に衷心感謝致しておりました所最近に至り頓に昼夜の別なくエンヂンの整備作業の爆音及び離、着陸に際しての低空飛行に発生する騒音の為にあらゆる方面に甚大な影響を受け大きな障害となつていることは看過できないことであります。 学校、病院などの施設については逐次防音装置が施されていることを聴き及んでおりますが当瀬谷地区は未だその恩典に浴せませんので児童、生徒達が学習を進める諸活動の基本要素が阻害され学習指導は屡々中断される実情にあります。 更に一般住民生活においては通常の会話が中断されることは勿論のこと緊急の電話連絡は不能となり防火、防犯、急病等におきましては極めて憂慮すべき情勢であり且つ乳幼児、病人の安眠も絶対に保持されず特に幼児哺育については発育不良となる憂いの声も大きく誠に忍び難いものがあります。 要するにジェット機の騒音のため日夜悩まされ関係住民の日常生活全般に及ぼす影響は甚大なのでこのまゝ放置することは一般市民感情の上にも悪化の傾向がありますのでこの際周辺住民の福祉保全のため航空機爆音の消音処置を一刻も早く善処下さるよう格別の御配慮お願い致したく当瀬谷地区住民を代表して陳情申し上げる次第であります。 昭和三十四年八月 日 横浜市戸塚区瀬谷地区連合町内会長 川口竹則(印) 〃 〃 副会長 見上正勝(印) 〝 〃 〃 原政寿(印) 〃 〃 〃 清水信一(印) 〃 〃 〃 佐藤京三(印) 〃 〃 〃 石川万喜(印) 〃 〃 下瀬谷自治会長 市川八重蔵(印) 〃 〃 北、新自治会長 小澤金太郎(印) 〃 〃 中郷町内会長 川口進吾(印) 〃 〃 中屋敷自治会長 小島孝徠(印) 〃 〃 上瀬谷町内会長 山本公平(印) 〃 〃 五〆目部落会長 鈴木武雄(印) 〃 〃 相沢町内会長 平本保(印) 横浜市戸塚区瀬谷地区 宮沢町内会長 上杉喜平(印) 〃 〃 南台第一自治会長 葛西万次郎(印) 〃 〃 第二自治会長 新妻力丸(印) 〃 〃 第三自治会長 後藤千代(印) 〃 〃 第四自治会長 上村勝次(印) 〃 〃 第五自治会長 池田正一(印) 〃 〃 第六自治会長 中村三郎(印) 〃 〃 第七自治会長 宮川英作(印) 〃 〃 第八自治会長 板垣静馬(印) 〃 〃 第九自治会長 佐野桓(印) 〃 〃 第十自治会長 萩野匠司(印) 〃 〃 第十一自治会長 黒沼静海(印) 〃 〃 第十二自治会長 江間登(印) 〃 〃 南台商進会長 八木竹磨(印) 〃 〃 南台若葉会長 民谷嘉明(印) 〃 〃 谷戸自治会長 須賀広武(印) 〃 〃 二ツ橋みどり会長 中島淳(印) 〃 〃 南台アパート自治会長 押田清志(印) 〃 〃 楽老アパート自治会長 佐藤定良(印) 〃 〃 楽老会長 今井茂男(印) 〃 〃 公団住宅自治会長 吉岡和夫(印) 〝 〃 県営住宅自治会連絡協議会長 畑山利夫(印) ㈤ 起案 昭和三十四年十二月十一日 ジェット機の騒音による学力低下の問題について このことについて去る十一月十九日付の神奈川新聞に別添記事が掲載されたので本十一日、山脇渉外課長が小俣大和中学校々長を訪ね実情調査した処次の通りでありますので報告致します。 記 一 知能と学力の相互関係調査結果 1 大和中学校では学習指導方針を決定するため、本年度第一学期及び第二学期を通じて全校児童を対象に標題調査を行つた。 2 その結果、別紙新聞記事にもある通り知能指数は全国平均より稍や高い数字が出たのであるが、逆に学力指数は全国平均より低い数字が出た。(註=通常は知能指数より学力指数の方が高いのが普通) 3 知能より学力が劣つている生徒は全校生徒(一、四〇〇人)の四分の三近くもおり、その中でも不振児(知能指数より学力 指数が十一点以上劣つている者)全校の一八・五%の二五九人もいた。(註=不振児の全国平均は三―四%) 二 学力低下の原因 1 右調査の結果に基き学力低下の原因と考へられるものとして次の四点がある。 ① 家庭環境―親の無関心 ② 地域環境―ジェット機の騒音 ③ 学習指導方法―教師 ④ 生徒自身の学習意欲 2 そこでこれらの原因を更に詳しく究明するため個々の不振児について学習態度を調査した処次の諸点を生徒自身が訴えている。 ① 一度読んだだけでは意味がわからない ② 精神が集中出来ない ③ ジェット機の騒音に気が散る 三 ジェット機の騒音の影響(大和中校長の見解) 1 前記生徒の訴えにもある通りジェット機の騒音が児童の学習態度の上に相当の影響をもたらしていることは事実だ。 2 然しどの程度の影響があるかを数字的に表はせと云はれると表はしようがない。 3 防音装置をしてあつてもジェット機の場合頭上を飛行する際は講義が中断されることは時々ある。 4 このことからして、ジェット機の騒音が生徒の学習態度に与へる主な影響として次のことが云へる。 ① 騒音のために後方の生徒は先生の声が聞えない ② 自宅に於ける予習復習にも影響がある ③ 本を読んでいても騒音に中断されると再び最初から読みなおさねばならない ④ 性格が落着かない ⑤ 新転入児童は二、三ケ月間極端に学力が低下する 5 又、音感調査の結果は、他校に比し不協和音に対しては鈍感であるという結果が出ているところから、児童の大多数は順次騒音に慣れて行きつゝあるということも云へる。 四 結論 1 新転入児童が転入後二、三ケ月は学力が低下するという事実からしてジェット機の騒音が児童の学習を妨げる主要原因の一つであることは間違いない。 2 しかし、徐々に騒音に慣れて行くところをみると騒音が学力低下をもたらす決定的な原因でないことは校長自身も認めていた。 〔注〕別添省略 (神奈川県渉外部渉外課「厚木航空基地騒音関係綴」 (昭和三十四年)神奈川県庁蔵) ㈥ (表紙)「昭和三八年度米海軍厚木航空基地周辺騒音調査報告書 (付・住民意向調査) 神奈川県・大和市・綾瀬町」 目次 一 はじめに 二 調査の前提 ㈠ 調査の名称 ㈡ 調査期日 ㈢ 調査実施機関 ㈣ 調査班の編成 ㈤ 調査区域 ㈥ 調査地点 三 調査結果の概要 ㈠ 曜日別調査結果について ㈡ 距離別調査結果について ㈢ 飛行状況について ㈣ 善徳寺における二四時間測定結果について ㈤ 方向別調査結果について ㈥ 地上整備音について ㈦ 学校、病院等公共施設の調査結果について ㈧ 最高記録について 四 むすび 五 附帯調査(住民意向調査) ㈠ 調査の限定 ㈡ その分析 ㈢ 解決の方向 一 はじめに 我々は、日常生活を営んで行く過程に於いて、絶えず騒音に囲れている。 その騒音には、地域社会の都市化、産業化等の発展状態により異るのであるが、一般的には、今日の日常生活に不可欠な家庭電化製品から生ずる騒音、製造工場等第二次産業からの騒音、自動車、電車、汽車等の地上交通機関及び航空機による騒音等第三次産業からの騒音と種々のものが考えられる。 近時、注目をあびてきた第二次産業から生ずる騒音については、産業公害として種々の対策が進められつつあり、又、航空機からの騒音についても航空公害との観点からその対策をせまられつつある現状である。 ここで、我々の調査の対象としてとり上げたのは、厚木米海軍航空基地周辺の航空機及びそれに伴う騒音であり、この騒音は周辺住民に対する精神的、肉体的影響は著しいものがある上、基地問題の一端としての民族的感情も介入しており、その対策の樹立は非常に難かしい問題である。 騒音対策としては騒音発生源に対するいわば積極的対策と騒音を受ける側における対策いわば受動的対策とがある。前者とはさる九月発表された日米合同委員会における合意事項にうたわれており(添附資料参照)後者は学校、病院等の防音工事あるいは集団移転等が考えられる。いづれにしても騒音それ自体は基地がある限り消滅するものでなく、問題は今後もこの緩和のために以上の両面から積極的に検討が進められるべきであり、現に日米合同委員会に専門委員会を設けて検討しているのである。 また本県では、従来から基地騒音についてはその緩和のために意を用いているところであり、その参考資料を得るために昭和三五年以降毎年基地周辺における騒音の実態を把握するための調査を大和市、綾瀬町の協力を得て実施してきた。 そもそも基地騒音の実態は日時、天候、地形、軍側作戦訓練計画等によつて著しく状況に変化があり、一定の期間の調査をもつて基地周辺の騒音調査に関する確定的かつ科学的結論として、調査結果の基地騒音のすべてを示しているものとして、騒音の全般的な動向とみなすことはもとより当を得ていないと考えられる。 しかし、この調査については、その日時・場所・天候その他与えられた条件下においてはできるだけ正確を期したものであり、この意味においては、複雑な諸問題を内容とする航空基地周辺の騒音対策確立の一助になるものと確信する。 なお、従来の騒音調査は騒音度を物理的に測定し、その結果を纒めたものであり、騒音に対する基地周辺住民の意識を把握することは行わなかつたので、本年度の調査では、特に事例法によつて基地周辺の住民の声を集録するという意識調査を新に行ない、この結果を別途基地周辺住民意向調査として本調査に附記した。 (添附資料) 覚書第一号 覚書あて先 合同委員会 件名 騒音対策特別分科委員会の経過に関する報告 一 本特別分科委員会は厚木海軍飛行場周辺における航空機の騒音問題を緩和する方策について検討し、これに関する勧告を行なう目的をもつて、一九六〇年一〇月合同委員会により設置された。 二 公式会議 省略 三 非公式会議 省略 四 厚木海軍飛行場周辺の航空機の騒音軽減に関する次の勧告は、本特別分科委員会の日米両国委員により合意された。 a 飛行活動・関する時間制限 ⑴ 二二・〇〇時から〇六・〇〇時までの間、すべての飛行活動(飛行および地上のランアツプを含む)は運用上の要求に応じ、かつ米軍の警戒体制を保持する上に絶対必要と認められる場合を除き禁止する。 ⑵ 日曜日の飛行訓練は最小限に止める。 b 規制されたアフターバーナーの使用 アフターバーナー装備の航空機を操縦するすべての操縦士は、厚木海軍飛行場隣接地域の上空において、高出力で低空飛行を続行することを防止するため、できるだけすみやかに同飛行場の空域内で離陸、上昇しなければならない。ただし、安全飛行状態を持続するため、または運用上の必要による場合を除き、飛行場の境界線に到達する前にアフターバーナーの使用を中止しなければならない。 c 他の飛行場を使用し着艦訓練の一部を実施 必要とする着艦訓練の一部を厚木海軍飛行場の付属飛行場で実施する場合には、原則として、現在厚木海軍飛行場で実施中の諸規制が適用される。 d 飛行方法の規制 ⑴ 離陸及び着陸の場合を除き、航空機は人口稠密地域の上空で低空飛行をしてはならない。 ⑵ 航空機は運航上必要ない限り、低空で飛行を行ない、高調音を発し、または第三者に迷惑を及ぼすような方法で操縦をしてはならない。 ⑶ いかなる航空機も厚木海軍飛行場周辺の上空において曲技飛行および空中戦闘訓練を実施してはならない。ただし、年中行事として計画的に予定されている曲技飛行の公開実演を除く。 右記は米海軍が指定空中戦闘訓練区域において空中戦闘訓練を実施する場合には適用しないものとする。 ⑷ 着艦訓練を行なう航空機が編隊飛行をする場合は二機までとすること。 ⑸ 着艦訓練を行なう航空機の巡航速度は一マツハ以下とすること。 e 飛行高度の規制措置 ⑴ 着艦訓練を行なう航空機は離陸または進入の場合を除き、平均水平面の上空八〇〇呎以下の高度で飛行してはならない。 ⑵ 厚木海軍飛行場の航空管制塔員は同飛行場のトラフイツクパターン内で飛行中の航空機を有視界により監視すること。このことは航空管制塔員が配置されているすべての空港における標準運用方法である。 f ジエツトエンジン試運転時間の制限 航空機運航のため、または警戒体制のために必要とする場合を除き、ジエツトエンジンの試運転は一八・〇〇時から〇六・〇〇時までの問は実施しないものとする。 g 消音器の使用 ⑴ ジエツトエンジン試運転場における作業の実施にあたり、厚木海軍飛行場は、できる限りすみやかな時期に効果的な消音器を装備し、騒音減衰のために使用すること。 ⑵ ジエツトエンジンの試運転の作業は、主として現存のジエツトエンジン試運転場区域(注・同飛行場滑走路地域西側中央部)において実施することを勧告する。 h ヘリコプター機の飛行区域の限定 ヘリコプター機は厚木海軍飛行場により制定された発着ルートを航行するものとする。ただし、この制限はヘリコプター機が緊急事態に対処する目的をもつてする飛行、または年中行事の際の公開実演飛行を行なう場合には適用されない。 i 操縦士の教育 随時、操縦士に対して航空機の騒音問題が飛行場周辺社会に対して重大な妨げとなつていることについて、十分に教育すること。 j 騒音対策委員会の設置 騒音対策上あらゆる可能な措置を考究するため、合衆国軍構成員から成る騒音対策委員会を設置すること。 k 広報活動 あらゆる機会をとらえて、飛行場周辺の住民に対して騒音防止に関するすべての措置ならびに警戒態勢にある防衛任務の必要性について熟知させるよう努めること。 1 渉外連絡 ⑴ 厚木海軍飛行場司令官は現地の騒音問題について地元当局または一般住民に通知する場合は、事前に座間防衛施設事務所長に通告するよう努める。 ⑵ 今後、厚木海軍飛行場司令官と日本政府(防衛施設庁)の代表者は航空機の騒音を軽減する新装置または方策に関する情報を交換する。 m 統計資料の提供 年一回、通常七月一日ごろ、厚木海軍飛行場司令官は、日本政府の要求があり次第、前年一二カ月間にわたる四半期ごとの同飛行場における月間離着陸の平均回数を示す統計を提供する。なお、要求あるときは厚木海軍飛行場の付属飛行場に関する同様な統計資料も提供する。 五 厚木海軍飛行場における騒音問題は、これまで本特別分科委員会の存続中詳細にわたり討議され、米国製および日本製消音器と消音方法に関する情報の交換が行なわれてきた。本特別分科委員会における討議および厚木海軍飛行場司令官の独自の措置の結果として一九六〇年一二月以降次の事項が既に実施されていることが報告されている。 以下省略 六 勧告 a 本特別分科委員会は課せられた目的を達成したので解散されたい。 b 日本における航空機の騒音を軽減する方策に関して検討ならびに勧告を行なうための分科委員会の設置について配慮されたい。 二 調査の前提 ㈠ 調査の名称 昭和三八年度米海軍厚木航空基地周辺騒音調査 ㈡ 調査期日 昭和三八年八月二七日より九月七日までの一二日問 ㈢ 調査実施機関 神奈川県渉外課、大和市、綾瀬町 ㈣ 調査班の編成及び従事者 総指揮県渉外課長原正義以下二ケ班一〇名 他に大和市、綾瀬町の各調査班 ㈤ 調査区域 基地滑走路の南・北両端及び滑走路中心より東西南北に一〇㎞の概ね橢円形の線に囲まれた約三六七平方粁の地域で、関係市町は横浜市(港北区、保土ケ谷区、戸塚区)藤沢市、茅ケ崎市、相模原市、大和市、高座郡寒川町、海老名町、綾瀬町、座間町の五市四町にわたる広大な地域である。 ㈥ 調査地点 ア 巡回調査(一ケ所三〇分間)三六個所 イ 定点調査(一ケ所一時間、二時間、三時間、四時間、五時間、七時間、八時間及び二四時間)七九個所 計 一一五個所 (註)夜間、早朝定点調査は定六五の枝番定六五―一~定六五―一〇とした。 三 調査結果の概要 ㈠ 曜日別調査結果について 本調査を実施した際の各曜日における天候、測定時間等が異るため比較検討することは困難であるが、附表㈠日別、曜日別主要統計より推定されることは以下のとおりである。 ア 土曜日(八月三一日)の飛行は悪天候でもあつたが、他の曜日に比し極端に少く、平日の五分の一程度の飛行状況であつた。 三一日(土)一時間当り二機(昨年度比七機減) イ 日曜日(九月一日)の飛行は前日に殆んど飛行しなかつたせいか、飛行機数においては平日と同等数であつた。もつとも騒音程度は低く、最高音及び平均音は各曜日中の最低を記録した。 九月一日(日)一時間当り八機(昨年度比七機増) ウ 雨天及び曇りがちの日には、晴天の日に比して飛行が少ない。 八月二七日(火) 曇 一時間当り 六機 〃 二八日(水)曇・一時雨 〃 五〃 〃 二九日(木)曇・時々雨 〃 四〃 八月三一日(土)雨・のち曇 一時間当り 二機 九月三日(火) 晴 〃 一九〃 〃 四日(水) 晴 〃 一七〃 エ 早朝訓練(六時~八時)は殆んど行われていず、下記のとおり調査一時間当り機数(九機)の半数以下である。(調査地点・滑走路中央より南東東一・五㎞、大和市桜株) 八月二八日(水)六時~八時 二時間中 二機 一時間当り一機 〃 二九日(木)五時~八時 三 〃 一〃 〃 〇・三機 〃 三〇日(金)六時~八時 二 〃 五〃 〃 二・五機 〃 三一日(土)六時~八時 二 〃 五〃 〃 〃 九月 一日(日)六時~八時 二 〃 一五〃 〃 七・五機 〃 二日(月)六時~八時 二 〃 一〃 〃 〇・五機 〃 三日(火)六時~七時 一 〃 四〃 〃 四機 〃 四日(水)六時~八時 二 〃 七〃 〃 三・五機 〃 五日(木)六時~八時 二 〃 三〃 〃 一・五機 以上の各日の平均は一時間当り二・四機で、昨年の二機と同様な結果となつている。 オ 日没後訓練(一八時~二二時)は、左記のとおり昼間に比し比較的少ない。 八月二七日(火)一九時~二二時三時間中一三機一時間当り四・三機 〃 二八日(水)一七時~二二時五 〃 一六〃 〃 三・二機 〃 二九日(木)一八時~二二時四 〃 五〃 〃 一・三機 〃 三〇日(金)一八時~二二時四 〃 七〃 〃 一・八機 〃 三一日(土)一九時~二二時三 〃 九〃 〃 三機 九月 一日(日)一七時~二二時五 〃 三四〃 〃 六・八機 〃 二日(月)二〇時~二二時二 〃 五〃 〃 二・五機 〃 三日(火)一八時~二二時四 〃 一一〃 〃 二・八機 〃 四日(水)一八時~二二時四 〃 四二〃 〃 一〇・五機 〃 五日(木)一八時~二二時四 〃 三八〃 〃 九・五機 以上の平均一時間当り四・七機で昨年の八機に比し約半数である。 (以上エとオは附表第一表参照) カ 深夜訓練(二二時~六時)は実施していないが、定期連絡又は偵察飛行らしきものが行われる。しかし、その飛行状況は、善徳寺における二四時間定点調査によれば深夜の飛行は僅か六機であつた。同じ調査により昨年は六機、一昨年は三五機が記録されている。 キ 日没後における地上整備音は、基地周辺住民を悩ませている騒音の大きな原因の一つであるが、本調査期間中は二回(八月二九日一八時~二二時の調査時間中及び九月四日一八時~二二時の調査時間中)滑走路中央より南東東へ一・五㎞の地点(大和市桜株)で記録した。それらの騒音の七〇ホーン以上の騒音持続時間はそれぞれ五六分及一九分四五秒であり、その間における最高音は九八ホーン及八七ホーンであつたが、昨年度の記録、持続時間一時間四六分、最高音一〇五ホーンに比すれば減少している。 ク 母艦発着訓練 同じ様に基地周辺住民を悩ませている騒音の大きな原因の一つである。反復して行う母艦発着訓練は、本調査期間中は九月三日及び四日の両日における少数機による離着陸訓練(両日共に二~三時間づつ)を除き、確認されなかつた。 ㈡ 距離別調査結果について 距離別調査結果(附表「㈡距離別主要統計」参照)より推定されることは次のとおりである。 ア 音の大きさと分布について (ア) 最高音は滑走路北側進入表面下一㎞(大和市上草柳)において記録した一二九ホーンで、三七年、三六年及び三五年度の最高音も同地点で記録された、それぞれ一一五、一二四及び一二九ホーンであつた。 (イ) 距離別の平均音をみれば、昨年度調査では基地からの距離に従つて概ね逓減していたが、本年度調査結果は滑走路南・北端又は滑走路中心より〇・五㎞の地点上の平均は七三ホーン、一㎞においては七八ホーン、以下それぞれ一・五㎞六八ホーン、二㎞七五ホーン、三㎞七〇ホーン、四㎞七五ホーン、六㎞七〇ホーン、八㎞六九ホーン及び一〇㎞六四ホーンであり、騒音の高さが滑走路よりの距離に従つて逓減する一般的傾向は認められなかつた。昨年度は同じ距離間隔の地点上における平均音はそれぞれ八四、七八、七五、七四、七二、七〇、六六、六二、六七ホーンであつた。本年度の距離別平均音を三五年~三七年度のそれと比較すると〇・五㎞~一・五㎞の地点上の平均音は概ね過去三年度の平均音を下廻つたが、二㎞~一〇㎞の地点上の平均音は概して上廻つた。 ㈢ 飛行状況について ア 調査期間中の飛行方法とその特徴は (ア) 着陸と同時に又は着陸寸前にアフターバーナーをふかして急上昇を繰返す母艦発着訓練(タツチ・アンド・ゴー)が三五、三六年度は騒音中大半を占めていたが、本年度調査期間中は九月三日及び四日の両日の少数機による訓練(両日とも二~三時間)以外には確認されなかつた。 (イ) 着陸の際、浮力を利用しつつ騒音を低減して着陸している。本調査中に調査地点より一㎞以内で低空を着陸態勢で降下して来る単発ジエツト戦斗機(練習用の小型ジエツト機ではない)で七〇ホーンを越えないものが多数測定された。 (ウ) 三五年、三六年の調査時に多く見かけられた(基地附近で実測した機数の大半を占めた)三角翼ジエツト機(他の機種のジエツト機に比し五~一〇ホーン高い)が昨年度は減少し、本年度も非常に少なかつた。一方昨年度から練習用小型ジエツト機が見かけられたが、本年度調査でも相当数測定された。この機種はエンジンが小さくアフターバーナーも使用しないようで騒音が比較的低い。 (エ) 離陸の際、推力を増すために使用するアフターバーナーは基地外へ出ると一時使用を止め、基地より相当の距離(数粁)上空に至つて、再び使用している場合があるように見受けられた。 イ 飛行機数について 本年度の全調査期間を通じて把握した飛行機数は合計二、一五八機で、距離別の調査一時間当り機数の最高は滑走路より三㎞の地点上における二五機で、次いで二㎞の地点上における一八機である。調査一時間当り機数は、昨年度においては滑走路よりの距離に従つて逓減することが認められたが、本年度の調査においては四㎞以遠においては逓減性を認め得たが、三㎞以内においては距離的逓減性は認め得なかつた。 ㈣ 善徳寺における二四時間測定結果について(附表第二表参照)ア 全測定時間中最高音は一二九ホーンで昨年度最高音一一五ホーンより一四ホーン高く、三五年~三七年度間の最高音、三五年度の一二九ホーンと同じであつた。 イ 一時間当り七〇ホーン以上持続時間の最高は一一分五六秒(一〇時~一一時)であつた。本年度調査の七〇ホーン以上持続時問の総計は五五分七秒であり、昨年度の三七分一九秒に比し、一七分四八秒の増加であつた。 ウ 実測機数は総計一四〇機で昨年度一八三機、三六年度四四二機、三五年度七八二機に比し、相当減少している。 エ この二四時間測定の結果より主な記録を上げると、 (ア) 飛行機数の多い時刻は一〇時~一一時(三一機)、一一時~一二時(二六機)、一五時~一六時(一四機)、一二時~一三時(一二機)、一三時~一四時(一一機)、八時~九時(九機)である。 (イ) 騒音の多い時間は九時~一二時(七〇ホーン以上持続時間二八分一八秒)、一二時~一五時(同一〇分二秒)、一五時~一八時(同八分四七秒)であつた。早朝及び日没後は比較的少なかつた。 (ウ) 深夜(二二時~六時)は僅か六機であり、うち一機(最高一一八ホーン、七〇ホーン以上持続時間二八秒、横田基地改修工事期間中に限り厚木飛行場に発着する四発ジエツト輸送機)を除き、全機基地上空通過機であつた。 ㈤ 方向別調査結果について(別表第四表参照) ア 本調査は昭和三八年九月三日及び四日の二日間に亘り、滑走路の南・北端及び中央より等距離の地点に六調査班を配置し、定点同時調査(一地点一時間)を行い、一定距離の時刻における騒音の状況を調査したものである。 本調査の諸記録は天候、測定時間、飛行状況等特定条件の下での測定であり、従つてこれによつて各地点の騒音度の高低を断ずることは避けねばならないが、その調査時点における各方向別の主な記録を挙げれば次の通りである。 (ア) 滑走路北端より北方では最高音は〇・五㎞の地点におけ善徳寺(大和市上草柳)二四時間測定結果(別表第二表抜すい) 註 一 飛行機数の〝一時間当り最多機数〟とは測定時間中最も多く飛行機の飛んだ一時間内の機数を示す。 二 騒音の持続時間の〝最長持続時間の一時間比(%)〟とは最も長く七〇ホーン以上の騒音が続いた時間とその一時間との比率を示す。 る一一五ホーンであり、七〇ホーン以上の騒音持続時間の最も長かつたのは二㎞の地点における五分五六秒(測定時間に対する比率約一〇%)であつた。 (イ) 北端より北東方では最高音は一㎞地点の一〇三ホーン、最大持続時間は一㎞地点の五分八秒(測定時間比約七%)であつた。 (ウ) 北端より東方では最高音は〇・五㎞地点の一一五ホーン、最大持続時間は一・五㎞地点の三分五一秒(測定時間比約六%)であつた。 (エ) 中央より東方では最高音は〇・五㎞地点の九九ホーン、最大持続時間は一㎞地点の一六分五五秒(測定時間比約二八%)であつた。 (オ) 南端より東方では最高音は〇・五㎞地点の一〇七ホーン、最大持続時間は一㎞地点の五分八秒(測定時間比約七%)であつた。 (カ) 南端より南東方では最高音は一㎞地点の九九ホーン、最大持続時間は〇・五㎞地点の六分一七秒(測定時間比約一〇%)であつた。 (キ) 南端より南方では最高音は一・五㎞地点の一一三ホーン、最大持続時間は二㎞地点の九分四四秒(測定時間比約一六%)であつた。 (ク) 南端より南西方では最高音は一・五㎞地点の九九ホーン、最大持続時間は一・五㎞地点の八分六秒(測定時間比約一四%)であつた。 (ケ) 南端より西方では最高音は〇・五㎞地点の一〇六ホーン、最大持続時間は〇・五㎞地点の六分五二秒(測定時間比約一一%)であつた。 (コ) 中央より西方では最高音は二㎞地点の九六ホーン、最大持続時間は一㎞地点の三分五三秒(測定時間比約六%)であつた。 (サ) 北端より西方では最高音は〇・五㎞地点の一〇五ホーン、最大持続時間は二㎞地点の五分四秒(測定時間比約八%)であつた。 (シ) 北端より北西方では最高音は二㎞地点の一〇五ホーン、最大持続時間は一・五㎞地点の八分一八秒(測定時間比約一四%)であつた。 イ 四㎞以遠の方向別調査について 滑走路より四㎞~一〇㎞の地点は巡回調査(一地点三〇分間)によつて測定されたものであるが、飛行状況と短い測定時間との関係から、滑走路南北、東西方向地点との騒音度の相違性についての明確な資料は得られなかつた。 調査中の最高音は九四ホーン、平均音の最高は八九ホーン、七〇ホーン以上持続時間の最大値は北端より北方四㎞(大和市南林間)の二分五一秒(測定時間比約一〇パーセント)であつた。 ㈥ 地上整備音について 地上整備音は、基地に最も近接した区域の住民に苦悩を与えている最大の要因の一つであるので、本調査においては、飛行音と同じに総体的騒音度の構成主要要因として測定されたのであるが、その結果は次のとおりであつた。(附表第一表参照) ア 早朝(六時~八時)において 本調査期間中は測定しなかつた。 イ 昼間(八時~一八時)における地上整備音(七〇ホーン以上の持続時間五分以上)は以下のとおりであつた。 (ア) 九月二日、滑走路北端より北方一㎞の地点における九時~一七時に亘る調査において、一一時過ぎに七〇ホーン以上の、一三時過ぎに八〇ホーン以上の整備音が測定された。持続時間五一分五〇秒(最高音九九ホーン)。 (イ) 九月一日、滑走路中央より南東東一・五㎞の地点における七時間(九時~一二時・一三時~一七時)に亘る定点調査において整備音断続を記録。持続時間三一分五四秒(最高音九〇ホーン)。 (ウ) 八月三一日、滑走路中央より南東東一・五㎞の地点における調査(八時三〇分~一七時三〇分)において、主として午前中に持続時間一七分二一秒(最高九二ホーン)の整備音断続を記録した。 (エ) 九月四日九~一〇時の間、滑走路中央より東方〇・五㎞の地点において八〇ホーン前後の整備音が測定された。持続時間一一分四九秒(最高音九九ホーン)。 (オ) 九月六日~七日の滑走路北端より北方一㎞の地点における二四時間定点調査において、持続時間九分四〇秒(最高八八ホーン)の整備音を記録した。 (カ) 九月四日、一〇時三〇分~一一時三〇分の間に、滑走路中央より東方一㎞の地点において、八〇ホーン前後の整備音断続を記録した。持続時間八分二五秒(最高八六ホーン)。 (キ) 九月五日、一三時三〇分~一六時三〇分の間、滑走路中央より東方一㎞の地点において、七〇ホーン前後の整備音断続を記録した。持続時間七分三九秒(最高七九ホーン)。 (ク) 九月四日、九時~一〇時の間に、滑走路中央より北西方一㎞の地点において整備音断続を記録した。持続時間五分(最高七二ホーン)。 (ケ) 八月三〇日、一三時二〇分~一七時二〇分の間、滑走路南端より南方へ二㎞の地点において整備音断続を記録した。持続時間五分(最高七四ホーン)。 ウ 基地周辺住民にとつて最大の苦痛の要因である夜間における地上整備音は九月二九日、九月三日及び四日に滑走路中央より南東東へ一・五㎞の地点において測定された。とくに八月二九日夜間における整備音は最も酷く、九〇ホーン前後の整備音が一時間近くにも亘り鳴り響いた。持続時間五六分、最高九八ホーン(昨年度も同地点における持続時間一時間四五分、最高一〇五ホーンが最大であつた)。 地上整備音、離陸準備音等より成る基地騒音の七〇ホーン以上持続時間の計四時間八分一四秒は全七〇ホーン以上騒音持続時間の三四パーセントを占めた。 ㈦ 学校・病院等の公共施設の調査結果について(附表㈢参照)本調査は騒音による被害を受けている学校、公共施設についてそれぞれ大和市及び綾瀬町が調査を実施したものである。最高は一一三ホーン(草柳小学校)、平均音の最高は同校における一一二ホーンであるが、その記録の同校のRA三型防音工事(鉄筋コンクリート造A三級防音工事)施行室内における測定記録はそれぞれ八〇ホーン、七八ホーンであつた。各調査別に結果を概説すれば以下のとおりである。 ア 大和市立病院定点調査(屋外) 最高音は一〇六ホーン、測定時間別の平均音の最高は九五ホーン、全測定時間中の平均音は九二ホーン、七〇ホーン以上の持続時間は計五〇分四〇秒であり、その測定時間に対する比は一〇パーセント、そのうち基地騒音は約三〇パーセントを占めた。実測機数は延一一九機、測定一時間当り一四機となつた。 イ 大和市立草柳小学校屋内外同時調査 屋外調査の最高音は一一三ホーン、平均音の最高は一一二ホーン、全測定時間中の平均音は八九ホーン、七〇ホーン以上の持続時間は三五分二五秒であり、その測定時間に対する比は七パーセント、そのうち基地騒音は約三〇パーセントを占めた。実測機数は延一二一機、測定一時間当り一五機であつた。 防音工事施行室内での調査の最高音は八〇ホーン、平均音の最高は七八ホーン、全測定時間中の平均音は七一ホーン、七〇ホーン以上の持続時間は二分〇六秒であり、その測定時間に対する比は〇・四パーセントであり、基地騒音は測定されなかつた。実測機数(音が測定の対象となつたもの)は延五五機、測定一時間当り七機であつた。 右記の調査結果より、屋内調査結果は屋外調査結果に比し、最高音で三三ホーン、全測定時間中の平均音で一八ホーン低く、七〇ホーン以上の持続時間は約一七分の一、実測機数は約四五パーセントに過ぎない。 ウ 綾瀬町公共施設調査 調査時間が短く、その調査結果から何ら断定的なことは言えないが、鎌倉保育園綾瀬ホームは防音工事は施されていず、この施設の特殊性(身障者救護施設)からも、相当な騒音被害を受けているものと考えられる。 ㈧ 最高記録について 本調査の全期間を通じての各種最高記録は次のとおりであつた。 ア 最高音は一二九ホーンで滑走路北端より北方一㎞の地点、大和市上草柳善徳寺で記録した。これはジエツト戦斗機二機が離陸直後低空で上昇しながら直進して来たのを直下で記録したもので、特に大きな騒音であり、これ以外にも同じ機種、機数、飛行状況で相当回数測定されたが、それらの最高音はいづれも一一五ホーン前後であつた。 イ 測定一時間当り機数の最高は四二機で、滑走路南端より南西一・五㎞の地点(綾瀬町深谷)で測定した。これは少数機による離着陸訓練で数機が上空を反復して通過したのを記録したものである。 ウ 測定音の平均値の最高は九一ホーンで、九月三日九時~一〇時滑走路北端より東へ一㎞の地点における調査で記録した(昨年度平均値の最高九六ホーン)。 エ 七〇ホーン以上の騒音持続時間の最高は五六分で、八月二九日一八時~二二時の滑走路中央より南東東へ一・五㎞の地点における調査で記録した(昨年度最高は同地点における一時間四五分四八秒)。 四 むすび 調査期間及び各測定時間中における飛行状況及び基地騒音の発生状況が軍側の作戦訓練計画及び天候等により左右される事実からして昭和三五年~三八年度の四次にわたり実施された調査の結果について直接的な比較検討はできないが、各年度の調査の全調査期間を通じての最高音、測定音の平均値、測定一時間当り機数、七〇ホーン以上の持続時間の測定時間に対する比率等の比較検討は可能であるので、それらの各年度調査結果を比較しつつまとめてみると次のとおりである(次表参照)。 各年度調査結果比較主要統計 (註)本表には各調査の全調査期間を通じての全ての実測機数及び飛行音、基地騒音等の区別を問わず、全ての騒音が集計されている。 ㈠ 本年度調査期間中の実測機数は二、一五八機、測定一時間当り九・四機で、三七年、三六年及び三五年のそれぞれ二、二一二機、一三・七機、三、六六一機、一九・五機及び三、九七四機、二二・八機に比し、測定一時間当り機数は大幅な減少を示している。 ㈡ 本年度調査期間中における騒音の最高音は、滑走路北端より北方一㎞地点(大和市上草柳)で記録された一二九ホーンで、三七年、三六年及び三五年の調査の最高音は同じく同地点で記録された一一五、一二四、一二九ホーンであつた。 本年度調査期間中に測定された騒音の総平均は七三ホーンであり、三七年度七二ホーン、三六年度六五ホーン、三五年度六九ホーンに比し、一~八ホーン高くなつている。 ㈢ 本年度調査期間を通じての騒音持続係数(七〇ホーン以上の騒音持続時間の測定時間に対する比率)は五・二パーセントであり、三七年度五・七パーセント、三五年度は六・六パーセントであつた。なお三六年度とは騒音持続時間の計算の基礎となつた騒音の高さが異なる(三六年度は八〇ホーン以上で測定時附表(I) 日別・曜日別主要統計 註1.上記表中には、9月6日~7日の2日間にわたって実施した善徳寺における24時間調査は含まれていない。 2.上記の表は、比較の便宜上あくまでも本年度における調査統計を主体としており、他の年度における統計はそれぞれの日付を度外視して各曜日に統一して記入した。 附表(Ⅱ) 距離別主要統計 間比二・四パーセント)ので直接の比較は出来ないが、本年度は三六年度より少いものと推定される。 ㈣ 騒音度が滑走路よりの距離に従つて逓減するという一般的傾向は距離別調査の結果からは認められなかつたが、その理由としては基地近辺地区上空の反復飛行が従来より減少し、各方面への分散直行傾向によるものと考えられる。 ㈤ 同時調査を行つた方向別調査において、昨年度の調査においては、いわゆる進入表面下においては転移表面下におけるよりも概して騒音度が一〇~一五ホーン高いことが指摘されたが、本年度調査からは離着陸時(主として離陸時)の進入表面下の騒音度が高いことは勿論であるが、一般的に騒音度は基地を中心とした南北方向が東西方向に比して著しく大きいとの傾向は確認されず、別表第三表方向別調査結果統計表によつて騒音の各方向への分散傾向が表わされているものと推定される。 ㈥ 二四時間定点調査の結果では、本年度の七〇ホーン以上の騒音持続時間は五五分〇七秒、三七年度は七〇ホーン以上で三七分一九秒、三六年度は八〇ホーン以上で四一分一三秒、三五年度は七〇ホーン以上で二時間二三分一七秒であり本年度騒音持続時間は三六年、三五年度調査より短かかつたが、昨年度調査より長かつた。 附表㈢ 厚木航空基地周辺公共施設騒音測定結果主要統計 ア 大和市立病院定点調査 日時 昭和三八年九月一六日〇八・三〇~一七・〇〇 (八・五時間) 場所 大和市下鶴間 大和市立病院第五病棟脇 (滑走路北端より北北東へ約三㎞) 測定方法 屋外定点測定 天候 晴 風向 北・南(微) イ 大和市立草柳小学校屋内外同時調査 日時 昭和三八年九月二三日 〇八・三〇~一六・三〇 (八時間) 場所 大和市上草柳 大和市立草柳小学校 (滑走路北端より北東へ一㎞) 測定方法 屋内外同時測定 屋外(校庭) 屋内(RA三型)鉄筋コンクリート造A三 級防音工事施行室内 天候 晴 風向北・南東・北(弱) (註)測定値中の基地整備音は屋外調査の 一一・〇〇~一二・〇〇 測定回数 三回 七〇ホーン以上の持続時間 八分二〇秒 一二・〇〇~一三・〇〇 測定回数 三回 七〇ホーン以上の持続時間 一分二八秒 一三・〇〇~一四・〇〇 測定回数 一回 七〇ホーン以上の持続時間 四二秒 であり屋内測定では測定されなかつた。 ウ 綾瀬町公共施設調査 一 昭和三八年九月三日 一二・〇〇~一三・〇〇(一時間)綾瀬町深谷綾瀬町立綾瀬小学校(滑走路南端より西方へ一㎞)屋外調査天候晴風向南・微 二 昭和三八年九月四日 一二・〇〇~一三・〇〇(一時間)綾瀬町所在鎌倉保育園綾瀬ホーム(身体障害者救護施設)(滑走路中央より北西西へ約二・五㎞) 屋外調査 天候 晴 風向 南・微 (註)調査時間中に基地整備音の測定なし 五 附帯調査 (住民意向調査) ㈠ 調査の限定 基地周辺住民の騒音による被害の実態調査は、本来ならば疲労度についての生理的測定、情緒的動揺度についての精神的測定、知能の低下度についての教育効果的測定等が総合的に進められてこそ科学的研究成果といえるのであるが、今度の調査は、何分技術的、予算的にも制約があるので一応のアプローチとして騒音により被害を受けている住民の声を集録し、その中から周辺一㎞以内の各社会階層又は年齢階層別に三三事例を抽出したものである。 附図 年度別・距離別調査結果比較グラフ 附図 録音調査地点位置図 録音調査結果一覧表 (別表) その調査の段階においても、いわゆる事例法によつたものであり、各社会層からの無作為抽出等の統計的処理を経ていないので、これをもつて一般的傾向とは断定できないが、 一応住民の意向調査として整理分析したものである。 ㈡ その分析 調査対象は与えられた条件の可能なかぎり方向別、社会階層別、年齢別に、平均的な分布が得られるよう心掛け、三三ケースを集録し、別図並びに附表の如く典型的な二一例をとりあげた。質問事項としては、全対象を通じて附表(参照)のとおり七項目とした。 最初の仮説としては、方向別、社会階層別、年齢別にそれぞれ異る傾向が得られるものと想定したが、作業を進めるに従つて年齢別は概ね社会階層別に密接し、方向別はたゞ質問第三項のみが異つた傾向が判明したので以下分析は質問項目別、社会階層別に考察する。 (ア) 質問項目別 質問事項 「一 基地からの飛行音、エンジンテスト等による騒音について一般にどのような影響を受けていますか。」これについては社会階層別にその特徴が出ているので⑵項の社会階層別分析に譲る。 質問事項 「二 一週間のうち何曜日、また一日のうち何時がうるさいか。」 各階層を通じて一般的に土曜日、日曜日は静かであると主張する者が多かつた。 中に月曜日、金曜日が特にうるさいと主張する者もあつたが、これは土曜日、日曜日の休日前後による飛行回数の増加によるのか、住民の休日と比較した心理的なものに起因するのかのいづれかに該当すると考えられる。 なお、一日のうち何時がうるさいかとの質問に対してはあまりはつきり意識していない者が殆どだが、これらの農民の中には具体的に一日のうち午前は九時から一〇時、午後は一七時から一九時と明確に答えた者もみられた。 質問事項 「三 飛行音とエンジンテストに分けてどちらの方が被害が大きいか。」 前述のとおり、この事項に限つて各方向別の違いが顕著であつた。 即ち、進入表面下の農民は口を揃えて離陸飛行音がうるさく、恐怖感にすらとらわれると主張している。 その他の地域においては、エンジンテストの方がうるさくしかも持続時間が二〇から三〇分にもわたるので被害が大きいと主張されている。なお、中には高校生の如きアフターバーナーがうるさいとの主張もあつた。 質問事項 「四 ラジオ、テレビの視聴に及ぼす影響はいかゞか。」 この事項については各階層各方向を通じて、騒音がはじまると、ラジオはボリユーム一杯にしても聞えない、テレビの映像はゆれて困ると異口同音に主張している。 特に夕方のエンジンテストは持続時間が長いので困る様である。 質問事項 「五 現在国の諸施策が実施されているが、これについて知つていますか、またそれはどの様な方法で知りましたか。」 この事項については、一般的にあまり認識されていない様子であり、農民層については、集団移転補償、家庭の主婦については、教室の防音工事が認識されている程度である。 その認識の方法としては、各市町の広報回覧によつているのが大部分の様である。 中には団地の主婦の「選挙の時だけ国の施策については聞く程度だ」というしんらつな声も聞かれた。 質問事項 「六 国、県、市、町等の行政当局に対する要望があるか。」 この事項について、各階層を通じていえることは飛行回数の減少及びエンジンテストの時間制限、並びにラジオ、テレビの聴視料の減免に集約される。 なお、階層別には、農民層の農業労務損失補償料増額、並びに補償対象区域の拡大の主張が訴えられている。 教師としては、図書室、音楽室の防音工事及び朝礼、体育に必要な防音された体育館兼講堂の設立を要望している。 (イ) 社会階層別 先ず、調査対象を「産業に従事している階層」と、「産業に直接は従事していない階層」に分け、前者を第一次産業、第二次産業及び第三次産業の系統に分けて別表のとおり整理した。 以下その順を追つて列挙する。 農民層 「頭上を飛行されると非常な恐怖感に襲われ、作業が中断される。」 「農業経営に使用する農協から等の有線放送が聞えない。」 養鶏業 「農家の兼業ではあるが、飛行中は鶏がさわいでいるので産卵率が低下する。」 養豚業 「子豚に授乳中、飛行音がすると逃げてしまうので発育が悪い。」 牛舎経営 「乳牛であるが乳の出が悪い、これは音楽を聞かせると乳の出が良いという話があるが、騒音の場合はその反対と思う。」 工場長 「工場自身の騒音があるので作業能率に影響がない。」 商店主 (一㎞以内は不存在) 教師 「体育、朝礼の時に声が聞えないので無理に発声してのどを痛める先生が多い。」 住職 「読経の声が聞えなくて、また騒音が始まると仏閣のムードがなくなり人間関係が稀薄になる。」 医師 「聴診音、打診音が聞えず、特にエンジンテストが二〇分以上も続く時、急患に対しては誤診の恐れあり。」 病人 「療養中に神経がいらいらして静養が出来ない。」 主婦層 「息子の嫁がきてくれない。」「電話の声がきゝとれない。」「コンクリート建アパートでも夏期には窓を開けておくので木造と変りない。」 生徒学生層「数学などは思考が中断されるので特に困る。また英語の発音、暗記物も困る。」「受験ムードが全然盛り上がらない。」 老人 「戦時中の旧日本軍使用時よりも現在の方がうるさい。」 乳幼児(助産婦) 「出産のあと乳児は特に安静が必要なので、夕方のエンジンテストにははらはらさせられる。」 以上のように各階層により各々異つた被害の実態が集録された。 ㈢ 解決の方向 前述の分析結果より総じて言えることは、各階層、各地域を通じて要望されているものは①飛行回数の減少②エンジンテストの時間制限③ラジオ、テレビ聴視料の減免に帰結されるが第一点については、これに関連するものとして従来の東旋回による市街地上空通過を西旋回により、避けている等の米軍の協力を得たこともあるが、飛行回数の減少ともなれば、軍事訓練の内容ともなるので、この解決はむづかしい。 第二点については日米合同委員会の合意事項として「航空機運行のため、または警戒体制のため必要とする場合を除き、ジエツトエンジンの試運転は一八・〇〇時から〇六・〇〇時までの間は実施しないものとする。」との成果を上げているが、エンジンテスト騒音の効果的消音装置については、基地司令官は最近、新聞紙上で「現在の消音器はアフターバーナーのテスト時の高熱により消音器が溶ける可能性があり技術的にむづかしく完全な消音器はない。アメリカのジエツト機メーカは消音器に一分間に何千ガロンもの水を使用し、莫大な費用をかけている。」ので現段階としては技術的にむづかしいので今後の課題として研究する様、大和市長との談話が掲載されていたのが参考となろう。 (昭和三八年一〇月二八日 神奈川新聞) 第三点については抜本的対策として基地周辺民生安定法の制定に期待するところが大きいと考えられる。 なお、農民層の声として農業労務損失補償料の増額並びに補償対象地域の拡大及びその延長としての農地の買上げ、又は教師、主婦層から出されている防音工事施行対策の拡大等種々の渉外事案の解決については、現行特損法の改正並びに基地周辺民生安定法を是非制定することが必要と考える。〔以下附表録音調査票は略〕〔注〕別表四は省略。 (神奈川県渉外部渉外課「厚木航空基地騒音調査綴」(昭和三十八年)神奈川県庁蔵) 二四七 神奈川県基地関係県市町連絡協議会の提供施設返還要望書 提供施設の返還要望について (基地問題事務連絡会における関係市町の要望) 一 逗子市について 池子弾薬庫 面積 九〇〇、八一六・六七坪 ㈠ 要望 池子部隊本部の一部(自動車修理工場)一八、〇〇〇坪(国有)の返還 ㈡ 返還の必要性 ア 市域の六〇%が山林(一〇〇~三〇〇m)であり、一七%にあたる地域が接収されている。 イ 平坦地域が少ないため人口密度は一平方キロメートルあたり、九、〇〇〇人という高率を示し、しかもベツトタウンとして年々人口の増加が著しい。 ウ〝イ〟のごとき事情から公園、総合運動場の建設は急を要する問題であるが〝ア〟のような事情から用地の確保に困難を極めている。 エ 昭和四〇年一二月には、返還について市議会が決議している。 ㈢ 開発計画 都市公園としての指定を得て、国有地の無償貸付を受け、運動公園として開発し市民の利用に供する。 ㈣ 財政措置 ア 返還後の国有地については、国有財産法第二二条に基づき無償貸付を受ける。 イ 施設の建設費は起債による。 ㈤ 代替施設の見通し 弾薬庫地区に集約移転。受益者負担は財政的に不可能。 ㈥ 過去の折衝結果 昭和二九年一一月六日池子接収地返還促進協議会(市、議会、民間代表)が米軍当局、政府関係機関に要請。 米軍当局から返還に応じられない旨の回答があり、その後も機会あるごとに関係当局へ陳情を続けている。 ㈦ 施設の有機的関連 追浜基地から弾薬が陸揚され、池子弾薬庫に貯蔵している。㈧ 市の返還の見通し ア 池子部隊本部には兵士は少なく(一〇〇名程度)大部分の施設は遊休化している。 イ 遊休化している部分を圧縮すれば、弾薬庫地区の中に集約可能と考える。 ウ 〝ア〟〝イ〟より部隊本部のうち国有地一八、〇〇〇坪の返還が期待される。 二 横須賀市について ㈠ 要望 ア 追浜海軍飛行場(全面返還)一三七、七七三坪(国有)(含む制限水域) イ 久里浜倉庫地区(全面返還)二五一、七四四・〇九坪(国有) ウ 横須賀海軍施設(一部返還)一〇、〇〇〇坪(国有) エ 海軍兵員クラブ(全面返還)二、五七四・二四坪 (うち民公有一二・九坪) オ 観音崎艦船監視所(一部返還)二、〇〇〇坪(国有) ㈡ 返還の必要性 ア 市域全面積九六・〇九平方キロメートル(約二、九〇七万坪)の既成市街地面積は二五%、二三・七六平方キロメートル(約七四五万坪)に過ぎず、この市街地に米軍施設一五(一六三万七、〇〇〇坪)自衛隊二七(六五万七、〇〇〇坪)の大部分が集中的に存在している。 即ち、米軍施設面積の市域面積にしめる比率は五・六%市街地面積に対しては一九・一%にあたり、自衛隊施設面積を含めると前者は七・九%、後者は二七・三%にも達し、市の開発上一大障害となつている。 イ 旧軍港市転換法(昭和二五年六月二八日法律第二二〇号)により平和産業港湾都市に転換すべく要請されたにもかかわらず〝ア〟のとおり旧日本軍の残した財産は、大概米軍又は自衛隊が使用しており、産業港湾施設の建設計画は極度に阻害され、他に用地を求めるにしても起伏の多い山陵地帯のみで、自然的条件に恵まれず極めて困難である。 三 返還要望度(ア―オの順) ア 追浜海軍飛行場 イ 久里浜倉庫地区 ウ ガントリークレーン附近 エ 観音崎艦船監視所 オ 海軍兵員クラブ ㈣ 市の返還の見通し(明るいものア―オの順) ア 観音崎艦船監視所 イ ガントリークレーン附近 ウ 久里浜倉庫地区 エ 追浜海軍飛行場 オ 海軍兵員クラブ ㈤ 追浜海軍飛行場(制限水域を含む) ア 返還の必要性 (ア) 旧接収跡地は、旧軍港市転換法による平和産業都市の構想に基づき追浜工業団地として企業四二社が進出し本格的操業に入つているが、狭隘のため隣接の当該施設の返還が望まれている。 (イ) 臨海工業地域として開発可能な地域であるが、現在岸壁は米陸軍の弾薬陸揚に使用されており、海上輸送に長浦港を使用せざるを得ず、追浜地区開発の障害となつている。 (ウ) 返還の見通しが立つていないのに、四二社のうち日産自動車、関東自動車、東邦化学、大島工業、琺瑯鉄工、横浜米油は、跡地の利用計画を立て、市に返還要望にきている。 イ 開発計画 (ア) 企業が大蔵省から有償払下げを受け工場用地として利用する。 (イ) 現存する岸壁の一部を公共岸壁(物揚場)として確保し活用する。 (ウ) 現存する道路を産業道路として確保し活用する。 ウ 財政措置 企業負担とする。 エ 代替施設の見通し 富岡倉庫地区に移転する。 オ 過去の折衝結果 昭和三五年以来、毎年行なつているが結果は、池子との関連から三浦半島のどこかで岸壁の利用できる代替施設があればOK カ 施設の有機的関連 池子弾薬庫 (案) (ア) 浦郷倉庫地区(田浦弾薬庫)を海軍との共同使用とする。 (イ) 浦郷倉庫地区は、衣笠弾薬庫に統合し、陸軍は浦郷倉庫地区を利用して陸揚する。 衣笠弾薬庫への陸揚は、武山を日米共同使用とする。 (註 武山は遠浅で大型船の使用に適しないというので調査を要す) ㈥ 久里浜倉庫地区 ア 返還の必要性 (ア) 久里浜地域は、市の臨海工業開発の中核地域であり首都圏整備法に基づく市街地開発地域の予定地として開発に努めているが久里浜倉庫地区があるため進捗せず指定を受けられない事情である。 (イ) 久里浜工業団地と有機的に一体となるべき久里浜港との直結が、久里浜倉庫地区があるため遮断され周辺開発の一大障害となつている。 (ウ) 久里浜港の整備のための先行的投資を行なつたが効果を発揮できないでいる。 久里浜港に五、〇〇〇トンバースが完成したが久里浜倉庫の存在のために活用されていないという点は専門的に検討する必要がある。 (エ) 久里浜倉庫地区は遊休化していると考えられる。 イ 開発計画 (ア) 久里浜港の整備 二七年 一、八〇〇トン級 岸壁一バース三〇〇万円 三八年 三、〇〇〇トン級 岸壁二バース一億五、〇〇〇万円 四〇年四月 五、〇〇〇トン級 岸壁一バース二億六、〇〇〇万円 四三年 三、〇〇〇トン級 岸壁一バース一億一、〇〇〇万円 (イ) 久里浜工業団地の整備 地域 横須賀市久里浜平作川沿岸 面積 四四・八万坪(工業用地三六・七万坪) A 横須賀市が造成するもの (A) 地域 横須賀市久里浜平作川右岸 (B) 面積七六八、八〇〇㎡(二三二、九六九坪) 内訳工業団地六四四、四〇〇平方メートル(一九五、二七二坪) (C) 造成期間 昭和四一・四・一~四三・三・三一 (D) 必要資金 三、二一一、五〇〇千円 a 初年度必要資金 二、〇九三、六〇〇千円 内訳‥土地購入費 二、〇九三、六〇〇千円(二〇九、三六〇坪) 整地費 b 四二年度以降必要資金 一、一一七、九〇〇千円 内訳‥整地費 七七一、七九五千円(一九五、〇〇〇坪) 関連工事費 三二六、一〇五千円 その他 二〇、〇〇〇千円 (E) 財政措置 起債 七〇〇、〇〇〇千円 余納金 借入 一般財源 B 企業が造成するもの(平作川左岸) (A) 進出を希望する企業が土地を買収し造成する。 (B) 現在約四〇社(八万坪)が進出している。 (ウ) 久里浜倉庫地区跡地は、久里浜港に近く、地盤は良好であるうえ背後の工業団地との関連を考えて基幹産業を誘致し、久里浜港↓基幹産業↓引込線↓工業団地との有機的機能を強化して、周辺一帯を臨海工業地帯として開発する。(国有地が返還された場合、工場の進出の可能性を調査する要あり) ウ 財政措置 国有地の買収は企業負担とする。 エ 代替施設の見通し 横須賀海軍施設の中に集約移転する。 オ 過去の折衝結果 米軍の意向は、引込線を付けられる代替施設があればOK カ 施設の有機的関連 米海軍が管理し、横須賀海軍施設補給部の出先としての倉庫及び浦郷倉庫地区(田浦弾薬庫)及び衣笠弾薬庫の出先として弾薬庫に使用している。 (参考) 一 横浜防衛施設局には、横須賀市からの全面返還のほかに井上工業KK(三一年七月三〇日―五、〇〇〇坪返還)及び三菱鉱業KK(三八年一一月一三日及び四〇年一月二〇日―一五〇、〇〇〇坪)からも返還要望が出ている。 二 横浜防衛設施局の対軍折衝結果は次のとおりである。 三菱鉱業KKの要望に対する折衝結果 四〇年四月二七日付横須賀基地司令官あて要請 四〇年六月一七日付 横浜防衛施設局長あて回答 (内容) ⑴ 在日米海軍としては、返還を要請された地域内にある施設は、まだ必要である。 ⑵ それ故、遺憾ながら現在の状況では当該地域の返還は不可能である。 三 横須賀市の対軍折衝結果は次のとおり。 三七年六月二八日付横須賀基地司令官あて要請 三七年七月 二日付 横須賀市長あて回答 (内容) 司令官としては、久里浜倉庫は、必要な材料を常置して使用しているので、将来において、在日米海軍の用として使用を減ずることはない。従つてこれに相当する施設を提供しない限り返還に応じられない。 (案) (ア) 横須賀海軍施設内に集約移転することが困難な場合、現施設を圧縮して久里浜工業団地内に移転する。 (イ) 全面返還が不可能な場合、弾薬庫地区の返還と引込線の返還又は日米共同使用を図る。 ㈦ 観音崎艦船監視所 ア 返還の必要性 (ア) 昭和三一年九月都市計画法に基づく都市公園の決定をみており、予算を計上して整備に努めているので米軍施設の一部返還をはかり所期の目的を達成したい。 (イ) 返還を要望している地域は、使用された形跡はなく地形的にも艦船監視の不可能なところである。 イ 開発計画 都市公園として整備する。 ウ 財政措置 三九年 四五〇万円 四四年 一、〇〇〇万円 四〇年 六四〇万円 四五年 〃 四一年 五四〇万円 四六年 一、四〇〇万円 四二年 一、〇〇〇万円 四七年 一、二〇〇万円 四三年 〃 四八年 一、二〇〇万円 エ 過去の折衝結果 (ア) 市は、小泉純也議員が防衛庁長官時代地元選出議員として追浜、久里浜、観音崎、ガントリークレーン、海軍兵員クラブの返還について要望書を提出して検討してもらつたところ、観音崎の一部返還が一番可能性があるので、正式ルートで手続きを進めるようにとの口頭の回答があつた。 (イ) 昭和四〇・六・一横浜防衛施設局に要望書を提出したところ大蔵省にも提出するように指示されたので大蔵省にも提出したところ、大蔵省は、具体的な計画を添付して申請書を提出すれば日米合同委員会に提出するとの口頭での回答があつたので昭和四〇年一〇月関東財務局横須賀出張所に申請書を提出している。 (参考) 横浜防衛施設局の対軍折衝結果は次のとおり 四〇年六月二三日付横須賀基地司令官あて要請 四〇年一二月二三日付横浜防衛施設局長あて回答 (内容) 返還要請のあつた地域は、現在のところその機ではないと考慮していることと申し上げる。 即ち、FAC―三一三二内の現在未使用となつている地域は全て参照⒝―施設特別委員会覚書FSUS―一三四―七八三―L(N)(横浜海浜住宅移転の件)―に記載されている横浜家族住宅移転計画実施案件で予定中の扶養家族住宅施設用地域として現在保留している。 ㈧ ガントリークレーン(横須賀海軍施設の一部) ア 返還の必要性 昭和三二年、三五年、三六年にわたつて解除された当施設の一部ガントリー船台は、現在民間企業(浦賀重工KK浦賀工場)が使用しているが、同ガントリー船台は、本来A・B・C・Dの四つが一体となつていたものが、そのうちC・D施設のみの返還に止つたため、その効用は半減されているので、残部A・Bの返還により有機的な活用をはかる。 イ 開発計画 浦賀重工業が使用活用する。 ウ 財政措置 企業負担 エ 代替施設の見通し 横須賀海軍施設内に集約する。 (参考) 横浜防衛施設局の対軍接衝結果は次のとおり。 三九年五月一五日付 横須賀基地司令官あて要請 三九年六月一六日付 横浜防衛施設局長あて回答 (内容) 上級機関からの事前の承認なくして、本件についていかなる討議をすることも当司令部としてはできない。もし、当該地域が合衆国政府の必要上余剰になつた場合には、在日米海軍司令部経由で日本政府にその旨通知する。 三 相模原市について ㈠ 要望 相模総合補給廠の一部返還(西側野積場地区)一〇三、七〇〇坪(国有) キヤンプ淵野辺(全面返還)二〇一、八五三坪(うち一、九一九坪は民公有) 座間小銃射撃場(全面返還)三七、〇七二・八一坪(うち一五、八一四坪は民公有) ㈡ 相模総合補給廠 ア 返還の必要性 (ア) 首都圏整備法に基づく市街地開発地域の指定を受けており、その構想として補給廠周辺は工業地域として開発することになつている。 (イ) 基地内道路(上溝立川線旧県道)を県道相模原立川線のシヨートコースとして活用し、境川に架橋して町田市内の都道に接続させ周辺の開発を図る。 (ウ) 野積場には、中古車輛等が置かれているが空地が多く遊休化していると思われる。 イ 開発計画 (ア) 返還跡地は、市開発公社が大蔵省から有償払い下げを受け、九区画に分けて企業に分譲する。 (イ) 県道相模原立川線のシヨートコース計画(基地道路―旧県道上溝立川線―の返還後、市道に移管し市が改良工事を行なう) 延長 一、四五〇m 幅員 二〇m ウ 財政措置 返還跡地の開発については、市開発公社及び企業負担とする。道路の改良工事については三、〇〇〇万円程度かけ市単独で整備する。 エ 代替施設の見通し 相模総合補給廠の北側野積場に集約する。 オ 過去の折衝結果 (ア) 昭和三九年六月横浜防衛施設局に要望したところ、局では、〝市の事情はわかるが相手がだめだといつているので平行線になつてしまう〟とのことであつた。 (イ) 現地米軍(座間)では、返還について権限がないが現地の意向を問われるならばNOであるとのことであつた。 カ 施設の有機的関連 横浜ノースドツク 富岡倉庫地区(相模総合補給廠の出先として倉庫ならびに野積場として使用している) 鶴見貯油施設(相模総合補給廠の出先として貯油倉庫として使用されている) (案) (ア) 基地内道路のみの返還又は日米共同使用とする。 (イ) 早期返還の可能性は別として継続的に西側野積場の返還運動を行なう。 ㈢ キヤンプ淵野辺 ア 返還の必要性 首都圏構想にもとづく市街化計画の進展にともない当施設を含む地域一帯を学園地区として整備する計画であるが全面返還の見通しがたたないので、特に緊急を要する小学校の建設敷地として最少限五、〇〇〇坪の返還が必要であつたが時間的にまに合わないので民有地の買収(六、〇〇〇坪)を行ない、とりあえず手当した。しかし、学校不足は解消していないので学園地区としての整備が必要である。 イ 開発計画 小学校、中学校、高等学校各一校、理工科系大学一校(市立又は私立)の建設用地とする。 ウ 財政措置 検討中 エ 過去の折衝結果 現地米軍の意向は、電波障害があるのでNO。 ㈣ 座間小銃射撃場 ア 返還の必要性 (ア) 誤射があつたり、薬きよう拾いに施設内に立入つたりして現在でも危険な施設である。 (イ) 当施設周辺は、横浜市水道局古山沈澱池をはじめ、相模原ヘルスセンター、県淡水魚増殖場等観光資源として利用可能な施設が多いので、古山公園(県立都市公園―三総)として開発を進めているが、計画遂行上支障があるばかりでなく、保安上危険である。 (ウ) 市は、現在公園が少なく公園必要基準に充たない事情であるので、公園の建設が必要である。 イ 開発計画 古山公園建設計画 運動場、テニスコート、陸上競技場、野球場等 全面積 六二〇、四〇〇㎡(一八八、〇〇〇坪) 施設施工面積 三五〇、〇〇〇㎡(一〇六、〇六〇坪) ウ 財政措置 検討中 エ 代替施設の見通し 現在あまり使われていないキヤンプ座間内の練習場に移転する。 オ 過去の折衝結果 現地米軍は、どこか良い場所があれば移転しても良い。 四 大和市について 厚木飛行場の一部(海兵隊用地) 面積 約三、〇〇〇坪(国有) ㈠ 要望 海兵隊用地は、現在、本部、兵舎等に使用されているが、これを厚木飛行場内に統合し、跡地を返還してもらいたい。 ㈡ 返還の必要性 ア 現在都市計画路線が、この用地のため東側に彎曲し、小田急、引地川間を通り福田地内まで計画されている。これを直線に通したいということである。 イ この計画路線により東側地区を開発したいということである。 ㈢ 開発計画 現在計画はできていない。 ㈣ 財政措置 現在計画はできていない。 ㈤ 代替施設の見通し 厚木飛行場内に集約してもらいたい。 ㈥ 過去における折衝経過 なし。 (案)防衛支出金で付替える。 現在の計画路線の変更についての各要素を考慮する必要あり。 (神奈川県渉外部渉外課「基地関係県市町連絡協議会ファイル」(昭和四十年)神奈川県庁蔵) 〔注一〕 Facility Account Code(提供施設番号) 〔注二〕 Facility Special Unit Subcommittee 第三節 公害問題対策 二四八 神奈川県事業場公害防止条例同施行規則 条例 神奈川県事業場公害防止条例をここに公布する。 昭和二十六年十二月二十八日 神奈川県知事 内山岩太郎 神奈川県条例第七十八号 神奈川県事業場公害防止条例 (目的) 第一条 この条例は、他の法令に特別の定がある場合を除く外、事業場から生ずる公害を防止し、産業の発展と住民の福祉との調和を図ることを目的とする。 (定義) 第二条 この条例において事業場とは、次に定める作業を行う作業場及びその作業に使用し、若しくはその作業により製造されたものの貯蔵所をいう。 一 物の製造、加工、選別、包装又は修理の事業 二 電気又は動力の発生伝導又は供給の事業 2 この条例において公害とは、事業場から発生する騒音、振動、ばい煙、粉じん、廃液、ガス等により、人又は物に与える障害であつて、知事が第八条に定める公害審査委員会に諮問して除害を必要且つ適切と認めたものをいう。 (事前調査の請求等) 第三条事業主は、自己の事業場について公害を生じないよう努めなければならない。 2 事業主は、自己の事業場について公害が生ずる虞があると認めるときは、あらかじめ知事にその調査を請求することができる。 3 知事は、前項による調査請求があつたときは、直ちに当該吏員に調査させ、その結果を事業主に通知するものとする。 (行政措置) 第四条 知事は、公害が生じたときは、直ちにその除害について必要な措置を講ずるよう事業主に通知しなければならない。 2 事業主は、前項の通知を受けたときは、すみやかにその除害措置を講じなければならない。但し、知事の許可を得たときは、他の措置を講ずることができる。 第五条 事業主が前条第二項による除害の措置を行わないときは、知事は、期限を指定してこれを行うべきことを命ずることができる。 (除害措置の届出及び有効保持) 第六条 事業主が前二条の規定により除害措置を講じたときは、十日以内に知事に届け出て検査を受けなければならない。 2 事業主は、前項により検査を受けた除害措置を有効に保持しなければならない。 (立入検査) 第七条 知事は、公害に関する調査、検査等のため事業場に当該吏員を立入検査させることができる。 2 当該吏員は、立入検査をする場合は、その身分を証する証票を携帯し、且つ、関係人の請求がある場合は、これを呈示しなければならない。 (公害審査委員会) 第八条 第二条第二項による公害審査委員会(以下委員会という。)は、知事が任命又は委嘱する委員二十人以内をもつて組織する。 2 委員の任期は、一年とし、補欠委員の任期は、前任者の残任期間とする。但し、再任することができる。 3 知事は、必要に応じて臨時委員を任命し、又は委嘱することができる。 4 委員会に委員長一人及び副委員長一人を置き、委員の互選により選出する。 5 委員会は、委員長が招集する。 6 委員会の会務を処理させるため事務局を置く。 7 委員会は、第二条第二項に定める職務を行う外、この条例の施行について知事に意見を具申することができる。 (事業主の責任) 第九条 事業主は、その代理人、家族、同居者、雇よう者、工員その他の従業員がその業務に関してこの条例に基いて発する命令に違反したときは、自己がしたものでないとの理由で処罰を免れることができない。但し、事業主が違反防止について周到な措置をとつていたときは、この限りでない。 (罰則) 第十条 事業主が、第五条の命令に違反したときは、一万円以上十万円以下の罰金に処する。 2 事業主が、第六条第二項の規定に違反したときは、五千円以上五万円以下の罰金に処する。 (委任規定) 第十一条 この条例の施行について必要な事項は、知事が定める。 附則 この条例は、昭和二十七年三月一日から施行する。 規則 神奈川県事業場公害防止条例規則をここに公布する。 昭和二十七年三月七日 神奈川県知事 内山岩太郎 神奈川県規則第八号 神奈川県事業場公害防止条例施行規則 第一条 神奈川県事業場公害防止条例(昭和二十六年十二月神奈川県条例第七十八号。以下条例という。)第六条の規定により届出をしようとするときは、第一号様式によるものとする。 第二条 条例第七条第二項の規定による身分を証する証票は、第二号様式とする。 第三条 条例第八条の規定による委員会は、神奈川県事業場公害審査委員会(以下委員会という。)と称する。 第四条 委員長は、議事を総理し、委員会を代表する。 2 副委員長は、委員長を補佐し、委員長に事故があるときは、その職務を代理する。 第五条 委員会は、委員の過半数の出席がなければ、会議を開くことができない。 2 会議の議事は、出席委員の過半数で決し、可否同数のときは、委員長の決するところによる。 3 前項の場合委員長は、委員として議決に加わる権利を有しない。 第六条 委員会は、専門的事項を審議するため必要と認めるときは、専門調査員をおくことができる。 第七条 委員会に幹事若干人を置き、そのうち二人を常任幹事とする。 2 幹事は、県職員のうちから知事が任命する。 3 幹事は、委員長の命を受けて会務を処理する。 第八条 委員会の事務局は、経済部商工課内に置く。 第九条 事務局に局長及び書記若干人を置く。 2 事務局長は、常任幹事のうちから一人を選び、知事が任命する。 3 書記は、県職員のうちから、知事が任命する。 4 書記は、局長の指揮を受け、庶務に従事する。 第十条 この規則に定めるものの外、委員会について必要な事項は、委員長が定める。 第十一条 この規則に定めるものの外、必要な事項は、別に定める。 附則 この規則は、公布の日から施行し、昭和二十七年三月一日から適用する。 第一号様式 除害措置完成届 一 事業場所在地 二 事業場名 三 除害設備の構要 四 完成年月日 右のとおり完成しましたからお届けします。 昭和 年 月 日 住所 事業主 氏名㊞ 神奈川県知事殿 第二号様式(縦八センチメートル横六センチメートル) 表 第 号 職氏名 年 月 日生右の者は、神奈川県事業場公害防止条例第七条の規定により立入検査を行う者であることを証明する。 年 月 日 神奈川県知事 氏名印 裏 神奈川県事業場公害防止条例 (抜すい) 第七条 知事は、公害に関する調査、検査等のため事業場に当該吏員を立入検査させることができる。 2 当該吏員は、立入検査をする場合は、その身分を証する証票を携帯し、且つ、関係人の請求がある場合は、これを呈示しなければならない。 (「神奈川県公報」神奈川県庁蔵) 二四九 神奈川県公害の防止に関する条例同施 行規則 条例 公害の防止に関する条例をここに公布する。 昭和三十九年三月三十一日 神奈川県条例第十六号 公害の防止に関する条例 (目的) 第一条 この条例は、他の法令に特別の定めがある場合を除くほか、公害を防止して、生活環境の保全と産業の健全な発展との調和を図り、もつて県民の福祉の増進に寄与することを目的とする。 (定義) 第二条 この条例において「公害」とは、工場又は事業場から発生する騒音、振動、汚水、廃液、ばい煙、粉じん、ガス、臭気等により人又は物に与える障害であつて、規則で定める基準に基づき、知事が防止の措置を必要と認めたものをいう。 (公害発生防止義務) 第三条 事業主(工場又は事業場の長を含む。以下同じ。)は、公害を発生させないように努めなければならない。 (機械の新設等の許可) 第四条 事業主は、別表第一に掲げる機械を新設、増設、変更若しくは移転しようとするとき又は別表第二に掲げる作業を新たに行なおうとするとき若しくはその作業量を著しく増加しようとするときは、知事の許可を受けなければならない。 2 知事は、機械の新設、増設、変更若しくは移転又は作業の方法が公害の発生の防止に支障がないものであると認めるときでなければ、前項の規定による許可を与えてはならない。 (機械の使用停止命令等) 第五条 知事は、前条第一項の規定による許可を受けないで、機械を新設、増設、変更若しくは移転した者又は作業を行なつている者に対し、必要な限度において、当該機械の使用停止又は当該作業の停止を命ずることができる。 (機械の新設等の届出) 第六条 事業主は、別表第三に掲げる機械を新設、増設、変更若しくは移転しようとするとき又は別表第四に掲げる作業を新たに行なおうとするとき若しくはその作業量を著しく増加しようとするときは、あらかじめ、その旨及びそれによつて発生するおそれのある公害の防止の措置を知事に届け出なければならない。 (公害発生防止措置の命令) 第七条 知事は、前条の規定による届出があつた場合において、公害が発生するおそれがあると認めるときは、その届出をした者に対し、機械の新設、増設、変更若しくは移転又は作業の実施に関する計画の変更その他公害の発生の防止について必要な措置を講ずべきことを命ずることができる。 (公害防止の勧告) 第八条 知事は、公害が発生するおそれがあると認めるとき又は公害が発生しているときは、当該事業主に対し、公害の防止について必要な勧告を行なわなければならない。 2 前項の規定により勧告を受けた事業主は、すみやかに公害の防止の措置を講じなければならない。 (公害防止措置の命令) 第九条 知事は、次の各号のいずれかに該当するときは、事業主に対し期限を指定して公害の防止のため必要な措置を講ずべきことを命ずることができる。 一 公害の防止の措置を緊急に講ずる必要があるとき。 二 事業主が前条第二項の規定による公害の防止の措置を講じないとき。 三 その他知事が特に必要と認めるとき。 (行政処分) 第十条 知事は、事業主が前条の規定による命令に従わないときは、公害を防止するために必要な限度において、期限を指定して、公害を発生させている機械の使用停止、移転若しくは除却、作業の停止又は物品の撤去を命ずることができる。 (諮問) 第十一条 知事は、第二条の規定による基準を定めようとするとき又は第九条(同条第一号に掲げる場合を除く。)若しくは前条の規定による処分をしようとするときは、神奈川県公害審査委員会の意見をきかなければならない。 (公害防止措置の届出及び有効保持) 第十二条 事業主は、第九条の規定による命令に基づき公害の防止の措置を講じたときは、十日以内に知事に届け出て検査を受けなければならない。 2 事業主は、前項の規定により検査を受けた公害の防止の措置を有効に保持しなければならない。 (立入検査) 第十三条 知事は、この条例の施行に必要な限度において、公害に関する調査、検査等のため、工場又は事業場にその職員を立入検査させることができる。 2 前項の立入検査を行なう職員は、その身分を証する証票を携帯し、かつ、関係人の請求がある場合には、これを提示しなければならない。 3 事業主及び関係人は、第一項の規定による立入検査を拒むことはできない。 (報告の徴収) 第十四条 知事は、この条例の施行に必要な限度において、事業主に対し必要な報告をさせることができる。 (罰則) 第十五条 第五条又は第十条の規定による命令に違反した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。 第十六条 次の各号のいずれかに該当する者は、五万円以下の罰金に処する。 一 第四条の規定による許可の申請をせず、又は虚偽の申請をした者 二 第七条又は第九条の規定による命令に違反した者 三 第十二条第二項の規定に違反した者 第十七条 次の各号のいずれかに該当する者は、三万円以下の罰金に処する。 一 第六条の規定による届出をせず、又は虚偽の届出をした者 二 第十三条第三項の規定に違反した者 三 第十四条の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者 第十八条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、前三条の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対して各本条の罰金刑を科する。 (委任) 第十九条 この条例の施行に関し必要な事項は、知事が定める。 附則 1 この条例は、昭和三十九年六月一日から施行する。 2 神奈川県事業場公害防止条例(昭和二十六年神奈川県条例第七十八号。以下「旧条例」という。)は、廃止する。 3 この条例施行の際、別表第一若しくは別表第三に掲げる機械(旧条例別表の一に掲げる機械を除く。)を設置している者(設置の工事をしている者を含む。)又は別表第二若しくは別表第四に掲げる作業(旧条例別表の二に掲げる作業を除く。)を行なつている者(作業に使用する機械等の設置の工事をしている者を含む。)は、この条例施行の日から一箇月以内に次に掲げる事項を知事に届け出なければならない。 一 工場又は事業場の名称及び所在地 二 別表第一又は別表第三に掲げる機械の種類、数量、用途その他知事が別に定める事項 三 別表第二又は別表第四に掲げる作業の種類、工程その他知事が別に定める事項 四 公害の防止の措置 4 この条例施行の際、別表第一に掲げる機械の新設、増設、変更若しくは移転又は別表第二に掲げる作業に使用する機械等の設置の工事をしている者については、この条例施行の日から二箇月間は、第四条の規定は適用しない。 5 この条例施行前にした旧条例の規定に違反する行為に対する罰則の適用については、なお、従前の例による。 6 附属機関の設置に関する条例(昭和二十八年神奈川県条例第五号)の一部を次のように改正する。 別表中神奈川県統計報告調整審議会の項の次に次のように加える。 神余川県公害審査委員会 公害の防止に関する条例(昭和三十九年神奈川県条例第十六号)の運営及び公害の防止に関する重要施策につき知事の諮問に応じて調査審議し、その結果を報告し、又は意見を建議すること。 三十人以内 同表中神奈川県事業場公害審査委員会の項を削る。 7 職員の特殊勤務手当に関する条例(昭和三十二年神奈川県条例第五十三号)の一部を次のように改正する。 第十七条第一項第三号中「神奈川県事業場公害防止条例(昭和二十六年神奈川県条例第七十八号)第九条」を「公害の防止に関する条例(昭和三十九年神奈川県条例第十六号)第十三条」に改める。 別表第一 一 鍛造機 二 コンクリートプラント(容量〇・三立方メートル以上のものに限る。) 三 動力を使用する砕石機(建設現場に設置するものを除く。) 四 動力を使用するじやり選別機 五 圧縮機(動力七五キロワツト以上を用いるものに限る。) 六 木材用の動力のこぎり機(動力〇・七五キロワツト以上を用いるものに限る。)又は動力かんな盤(動力〇・七五キロワツト以上を用いるものに限る。) 別表第二 一 板金(厚さ〇・五ミリメートル以上の材料を用いるものに限る。)又は製かんの作業 二 鉄骨又は橋梁の組立ての作業(建設又は建築の現場作業を除く。) 三 鋼製船舶の建造又は修理の作業 四 獣畜、魚介類又は鳥類の臓器又は排せつ物を原料とする飼料又は肥料の製造又は加工の作業 五 原皮のなめしの作業 別表第三 一 アスフアルトプラント 二 コンクリートプラント(容量〇・三立方メートル未満のものに限る。) 三 圧縮機(動力二・二五キロワツト以上七五キロワツト未満を用いるものに限る。) 四 送風機(動力二・二五キロワツト以上を用いるものに限る。) 五 デイーゼルエンジン(出力七・五キロワツト以上のものに限る。)又はガソリンエンジン(出力七・五キロワツト以上のものに限る。) 六 動力を使用するプレス機械 七 動力を使用するシヤーリングマシン 八 ポータブルグラインダー 九 カツトグラインダー 一〇 動力を使用する織機又は編機 一一 ボイラー(電気ボイラー、廃熱ボイラー、いおう化合物の含有率が容量比で一パーセント以下であるガス(以下「希硫ガス」という。)を燃料として専焼させるもの、移動式のもの及び伝熱面積一〇平方メートル未満のものを除く。) 一二 金属の精錬又は無機化学工業品の製造の用に供するばい焼炉、焼結炉(ペレツト焼成炉を含む。)又はか焼炉 一三 金属の精錬の用に供する溶鉱炉(溶鉱用反射炉を含む。)又は転炉 一四 製鋼の用に供する平炉 一五 金属の精製又は鋳造の用に供する金属溶解炉(電気炉、転炉、平炉及び希硫ガスを燃料として専焼させるものを除く。) 一六 金属の鍛造、圧延又は熱処理の用に供する金属加熱炉(電気炉及び希硫ガスを燃料として専焼させるものを除く。) 一七 石油製品、石油化学製品又はコールタール製品の製造の用に供する加熱炉(希硫ガスを燃料として専焼させるものを除く。) 一八 窯業製品の製造の用に供する焼成炉又は溶融炉(電気炉及び希硫ガスを燃料として専焼させるものを除く。) 一九 食料品又は無機化学工業品の製造の用に供する反応炉(カーボンブラツク製造用燃焼装置を含む。)又は直火炉(希硫ガスを燃料として専焼させるものを除く。) 二〇 乾燥炉(電気炉、希硫ガスを燃料として専焼させるもの及びアスフアルトプラントに付属するものを除く。) 二一 製銑、製鋼又は合金鉄若しくはカーバイドの製造の用に供する電気炉(製鋼の用に供する炉にあつては、酸素吸込式のものに限る。) 二二 ごみその他の汚物の処理の用に供する焼却炉(火ごうし面積二平方メートル以上のものに限る。) 別表第四 一 金属の表面処理又はめつきの作業 二 動力を使用する吹付塗装の作業 三 石油の精製の作業 四 石油化学製品の製造の作業(その製造に用いる原料又は中間物の製造の作業を含む。) 五 塗料又は顔料の製造の作業 六 界面活性剤の製造の作業 七 合成、発酵又は抽出による医薬品又はその中間物の製造の作業 八 合成、発酵又は抽出による食品添加物の製造の作業 九 農薬の製造の作業 一〇 化学肥料の製造の作業 一一 動植物油の精製の作業 一二 廃油の再生の作業 一三 活性炭の製造の作業 一四 炭素製品の製造又は加工の作業 一五 貝灰の製造の作業 一六 窯業用原料の粉砕又はふるい分けの作業 一七 バフ研ま機又は粉体を用いる研まの作業 一八 合成樹脂の成型の作業 一九 ガスを用いる金属の切断の作業 二〇 綿の製造又は再生の作業 二一 羊毛の洗浄の作業 二二 染色又は漂白の作業 二三 紙の製造の作業 二四 乳製品の製造の作業 二五 食肉製品又は魚肉ねり製品の製造の作業 二六 食料品かんづめの製造の作業 二七 でん粉の製造の作業 二八 酒類の製造の作業 二九 ふつ素化合物を用いる作業 三〇 一から二九までに掲げるもののほか、製造、加工又は修理の工程において、亜硫酸ガス、硫酸ミスト、硫化水素、一酸化炭素、塩素、窒素酸化物若しくは二酸化セレンが発生する作業又は遊離塩素、シアン、硫化物、酸、アルカリ、重金属化合物、糖、でん粉、油脂、鉱油、フエノール酸若しくはアルデヒド類を含む水が排出される作業 規則 公害の防止に関する条例施行規則をここに公布する。 昭和三十九年三月三十一日 神奈川県知事 内山岩太郎 神奈川県規則第二十五号 公害の防止に関する条例施行規則 (趣旨) 第一条 この規則は、公害の防止に関する条例(昭和三十九年神奈川県条例第十六号。以下「条例」という。)の施行に関し必要な事項を定めるものとする。 (機械の新設等の許可申請) 第二条 条例第四条第一項の規定により許可を受けようとする者は、機械(作業)許可申請書(第一号様式)に次に掲げる書類を添えて、知事に提出しなければならない。 一 付近の見取図 二 建築物の配置図(屋外作業を必要とする場合にあつては、その作業を行なう場所を明示すること。) 三 作業場の建物の姿図 四 条例別表第一に掲げる機械については、その機械の配置図及び構造図又はこれらに準ずるもの 五 条例別表第二に掲げる作業については、その作業に使用する機械、装置等の配置図及び作業工程図 六 別表第一に掲げる機械のうち鍛造機、砕石機及び圧縮機については、その機械の基礎図面 (機械の新設等の届出) 第三条 条例第六条の規定により届出をしようとする者は、機械(作業)届出書(第二号様式)に前条第一号から第五号までに掲げる書類を添えて、知事に提出しなければならない。この場合において、前条第四号中「別表第一」とあるのは「別表第三」と、同条第五号中「別表第二」とあるのは「別表第四」と読み替えるものとする。 (機械の使用開始等の届出) 第四条 条例第四条又は第六条の規定により許可を受け、又は届出をした者は、当該許可又は届出に係る機械の使用又は作業を開始したときは、その日から十五日以内に機械使用(作業)開始届出書(第三号様式)を知事に提出しなければならない。 (地位の承継) 第五条 条例第四条又は第六条の規定により許可を受け、又は届出をした者から当該許可又は届出に係る機械を設置し、又は作業を行なう工場又は事業場の全部又は一部を譲り受け、又は借り受けた者は、当該機械又は作業に関し、当該許可を受け、又は届出をした者の地位を承継する。 2 条例第四条又は第六条の規定により許可を受け、又は届出をした者について相続又は合併があつたときは、その相続人又は合併後存続する法人若しくは合併により設立された法人は、当該許可又は届出に係る機械又は作業に関し、当該許可を受け、又は届出をした者の地位を承継する。 3 前二項の規定により条例第四条又は第六条の規定による許可を受け、又は届出をした者の地位を承継した者は、その日から三十日以内に地位承継届出書(第四号様式)を知事に提出しなければならない。 (事業廃止の届出) 第六条 条例第四条又は第六条の規定により許可を受け、又は届出をした者は、当該工場又は事業場の事業を廃止したときは、その日から三十日以内に事業廃止届出書(第五号様式)を知事に提出しなければならない。 (氏名等変更の届出) 第七条 条例第四条又は第六条の規定により許可を受け、又は届出をした者は、次に掲げる事項に変更があつたときは、その日から三十日以内に氏名(名称、住所、所在地)変更届出書(第六号様式)を知事に提出しなければならない。 一 氏名又は住所(法人の場合にあつては、名称、代表者の氏名又は所在地) 二 工場又は事業場の名称又は所在地 (公害防止措置の届出) 第八条 条例第十二条第一項の規定により届出をしようとする者は、公害防止措置完了届出書(第七号様式)を知事に提出しなければならない。 (立入検査の証票) 第九条 第十三条第二項の規定による証票は、第八号様式によるものとする。 (公害審査委員会の委員) 第十条 神奈川県公害審査委員会(以下「委員会」という。)の委員は、県議会議員、学識経験のある者、県職員及び関係行政機関の職員のうちから、知事が委嘱し、又は任命する。 2 学識経験のある者のうちから委嘱される委員の任期は、二年とする。 3 前項の委員は、再任されることができる。 (委員会の委員長及び副委員長) 第十一条 委員会に委員長及び副委員長各一人を置き、委員の互選により定める。 2 委員長は、議事を総理し、委員会を代表する。 3 副委員長は、委員長を補佐し、委員長に事故があるときは、その職務を代理する。 (委員会の会議) 第十二条委員会の会議は、委員長が招集する。 2 委員会の会議は、委員の過半数の出席がなければ開くことができない。 3 委員会の会議の議事は、出席委員の過半数で決し、可否同数のときは、委員長の決するところによる。 (委員会の専門委員) 第十三条 委員会に、専門の事項を調査審議させるため、専門委員を置くことができる。 2 専門委員は、学識経験のある者及び県職員のうちから知事が委嘱し、又は任命する。 (委員会の幹事) 第十四条 委員会に幹事若干人を置く。 2 幹事は、県職員及び関係行政機関の職員のうちから知事が任命し、又は委嘱する。 3 幹事は、委員長の命を受けて委員会の事務を処理する。 (委員会の庶務) 第十五条 委員会の庶務は、企画調査部公害課において処理する。 (委員長への委任) 第十六条 この規則に定めるもののほか、委員会の運営に関し必要な事項は、委員長が定める。 (事務の委任) 第十七条 次に掲げる事務は、市の区域にあつては、当該市の市長に委任する。 一 条例第六条の規定による届出(条例別表第三の十一及び二十二に掲げる機械に関する届出で、事業場に係るものに限る。)の受理に関する事務 二 前号の届出をした者に対する条例第七条の規定による命令に関する事務 三 条例第八条の規定による勧告に関する事務 四 前各号に掲げる事務に伴う条例第十三条の規定による立入検査及び条例第十四条の規定による報告の徴収に関する事務 (申請書等の提出) 第十八条 条例又はこの規則の規定により知事に提出する申請書及び届出書は、正本にその写し一通を添えて、当該工場又は事業場の所在地を管轄する市長又は地方事務所長を経由して提出しなければならない。 附則 一 この規則は、昭和三十九年六月一日から施行する。 二 神奈川県事業場公害防止条例施行規則(昭和二十七年神奈川県規則第八号)は、廃止する。 三 この規則施行の日以後最初に開催される神奈川県公害審査委員会の会議は、第十二条第一項の規定にかかわらず、知事が招集する。 第一号様式 機械(作業)許可申請書 年 月 日 神奈川県知事殿 住所(所在地) 氏名(名称及び代表者氏名)㊞ 公害の防止に関する条例第四条第一項の規定により、機械(作業)について許可を受けたいので、次のとおり申請します。 第二号様式 機械(作業)届出書 年 月 日 神奈川県知事殿 住所(所在地) 氏名(名称及び代表者氏名)㊞ 公害の防止に関する条例第六条の規定により、機械(作業)について、次のとおり届け出ます。 第三号様式 機械使用(作業)開始届出書 年 月 日 神奈川県知事殿 住所(所在地) 氏名(名称及び代表者氏名)㊞ 公害の防止に関する条例第四条(第六条)の規定により許可を受けた(届出をした)機械の使用(作業)を開始したので、公害の防止に関する条例に関する条例施行規則第四条の規定により、次のとおり届け出ます。 一 工場(事業場)の名称 二 工場(事業場)の所在地 三 機械(作業)の種類 四 機械使用(作業)開始年月日 第四号様式 地位承継届出書 年 月 日 神奈川県知事殿 住所(所在地) 氏名(名称及び代表者氏名)㊞ 公害の防止に関する条例第四条(第六条)の規定により許可を受けた(届出をした)者の地位を承継したので、公害の防止に関する条例施行規則第五条第三項の規定により、次のとおり届け出ます。 一 工場(事業場)の名称 二 工場(事業場)の所在地 三 機械(作業)の種類 四 承継の年月日 五 被承継者の氏名(名称) 六 被承継者の住所(所在地) 七 承継の原因 第五号様式 事業廃止届出書 年 月 日 神奈川県知事殿 住所(所在地) 氏名(名称及び代表者氏名)㊞ 工場(事業場)の事業を廃止したので、公害の防止に関する条例施行規則第六条の規定により、次のとおり届け出ます。 一 工場(事業場)の名称 二 工場(事業場)の所在地 三 廃止の年月日 四 廃止の理由 第六号様式 氏名(名称、住所、所在地)変更届出書 年 月 日 神奈川県知事殿 住所(所在地) 氏名(名称及び代表者氏名)㊞ 氏名(名称、住所、所在地)に変更があつたので、公害の防止に関する条例施行規則第七条の規定により、次のとおり届け出ます。 一 変更の内容 ㈠ 変更前 ㈡ 変更後 二 変更の年月日 三 変更の理由 第七号様式 公害防止措置完了届出書 年 月 日 神奈川県知事殿 住所(所在地) 氏名(名称及び代表者氏名)㊞ 公害の防止に関する条例第九条の規定による命令に基づき公害の防止の措置を講じましたので、同条例第十二条第一項の規定により、次のとおり届け出ます。 一 工場(事業場)の名称 二 工場(事業場)の所在地 三 公害の防止の措置の概要 四 措置完了の年月日 第八号様式(縦六・〇㎝ 横八・八㎝) (表) 第 号 立入検査証 写真はりつけ 所属 職名 氏名 年 月 日生 上記の者は公害の防止に関する条例第十三条第一項の規定に より立入検査を行なう者であることを証明する。 年 月 日 神奈川県知事印 (裏) 公害の防止に関する条例(抜すい) (立入検査) 第十三条 知事は、この条例の施行に必要な限度において、公害に関する調査、検査等のため、工場又は事業場にその職員を立入検査させることができる。 2 前項の立入検査を行なう職員は、その身分を証する証票を携帯し、かつ、関係人の請求がある場合には、これを提示しなければならない。 3 事業主及び関係人は、第一項の規定による立入検査を拒むことはできない。 (罰則) 第十七条 次の各号のいずれかに該当する者は、三万円以下の罰金に処する。 二 第十三条第三項の規定に違反した者 (「神奈川県公報」神奈川県庁蔵) 二五〇 産業公害による農作物被害調査(一―二) ㈠ 三〇工第一、一五七号 昭和三十年九月十日 商工部長 神奈川県農業試験場長あて 工場の煤煙、ガス等による農作物の被害調査について 標記のことについて今般川崎市長金刺不二太郎から川崎市大師地域の一部に八月末日頃地区工場(名称不明)から飛来せし煤煙、ガス等によると推測されるものの影響によつて該地区の農作物が相当程度の実害を被つているのでこれの原因を化学的に究明し善処願いたき旨の依頼があつた。 よつてこれの事態に対し理化学的視角から調査の上解明願い、報告を煩わしたく特に依頼する。 なお川崎市農林課調査による被害状況の調査資料を参考までに添付する。 農作物被害状況調査 九月二日農林課調査による 一 発生の時期 昭和三十年八月二十九日~三十日頃と推定 二 発生の区域 大師観音町、川中島町、藤崎町、中町、池上新田 三 被害作物の種類及び面積 水稲 一町八反五畝 陸稲 二反 何れも葉先一〇~二〇糎程度枯れこみ生育極めて悪く出穂中のものは籾変色し稔実不良である。 果樹 特に無花果約三町歩にわたり被害を受け、落葉落果甚しく全滅に近い果樹園も相当ある。 その他 農作物に限らず区域内の植物は殆んど被害を受け落葉しているか葉が損傷されている。 ㈡ 三〇農試一、〇六五号 昭和三十年十月三日 神奈川県農業試験場長(印) 商工部長殿 工場の煤煙、ガス等による農作物の被害調査について 三〇工第一、一五七号にて依頼の標記のことに就いては調査結果次の通りに付報告致します。 記 一 被害発生時期 昭和三十年八月下旬 一 調査時期 昭和三十年九月十二日 一 公害の種類 工場の煤煙、ガス等による農産物への被害 一 被害地区 川崎市 大師観音町、川中島町、藤崎町、中町、池上新田 一 被害状況 水、陸稲共に葉先が枯れ無花果は落葉落果を起し、特に観音町一丁目の無花果の被害は顕著である。 又農産物以外では「いちよう」「ぷらたなす」等の植物に相当の落葉が認められた。 一 被害葉の調査 同一の木より被害葉(既に枯死してゐる)と健全葉とを採取し、水に浸漬し溶出して来る成分(硫酸と塩素)を分析した結果は次の通りである。 分析値は乾物百分中 ぷらたなす(味の素株式会社傍) 被害葉 健全葉 硫酸 (SO3) 〇・五三 〇・五四 塩素 (Cl) 〇・八四 一・四五 いちぢく(観音町一丁目) 被害葉 健全葉 硫酸 (SO3) 〇・六四 〇・五九 塩素 (Cl) 〇・六三 一・四〇 いちぢく(観音町一丁目 日本鋼管寄り) 被害葉 硫酸 (SO3) 〇・八八 塩素 (Cl) 〇・六七 尚農産課杉本技師の九月六日に採取した試料は いちぢく 被害葉(観音町) 健全葉(藤崎町) 硫酸 (SO3) 二・六一 〇・三二 塩素 (Cl) 二・〇六 〇・八六 一 判定 以上の事柄より判定すると九月十二日採取の試料では被害原因は捉えられなかつた。九月六日採取の試料より判断すると八月下旬に被害を受け枯死した葉は、その後の降雨により洗い流された為か、硫酸、塩素の含量が減少したものと思はれる。 特殊な気象条件下では下層部における空気中の硫酸、塩素等の濃度が高くなり、此の様な被害を惹起したものと思はれる。 (神奈川県商工部工務課「事業場公害関係書類綴」(昭和三十年)神奈川県庁蔵) 二五一 ヨコハマゼンソクの実態 (表紙)「昭和三十一年十月ヨコハマゼンソク(四〇六総合医学研究所年報より抜抄産業衛生及び職業病雑誌)神奈川県衛生研究所訳神奈川県商工部」 一九五二年度四〇六総合医学研究所年報 P一〇三~一〇八 アレルギー調査‥植物学的研究、大気汚染研究、横浜喘息と大気汚染 アレルギー調査 アレルギー調査部の主要目的は、横浜喘息で知られた地区の実態を継続的に調査することである。この疾病の徴候とか従来の研究の概要等は既に発表されている。 アレルギーの調査には花粉と菌類芽胞の研究が重要と考えられたが結論を得るに至らなかつた。 この疾病の多くの症状を見ると、米国に於いて多くの工業都市に見られるような大気汚染に基因するケースではないかと予想された。大気汚染及び地形的気象的諸条件によつて発生する〝スモツグ〟(煙霧、Smog)が原因と考えられる。横浜喘息の患者の症状は〝スモツグ〟による被害者の症状に非常によく似ている。 右述の理由によつて、一九五二年の後半は横浜の大気汚染の調査を行つた。(第十三表) 植物学的研究 一九五二年の前半はアレルゲン抽出物を調製するために、Alterna-ria.Homodendron.Aspergillus及びPuccinia等の黴と銹黴類の培養を行つた。 一月から三月の間に大気中から採取したスライドに数多くのAlter-nariaとAspergillusの胞子及び稲藁のくずを見つけた。 またこの期間□藻と羊歯の芽胞を研究した。藻を乾燥したり包装したりすることは冬期の東京湾周辺の重要な工業の一つである。 第一三表アレルギー部の実施した研究 抽出した物質……………………………………………………二一 花粉スライド作製のために集めた植物……………………二一七 黴数計算を行つた平板培地数…………………………………八二 作成した菌アレルゲン抽出物…………………………………一九 横浜の大気検査………………………………………………五四一 横浜喘息発生数の把握………………………………………五八七 三月から六月にかけての早春の頃、スライド上に認められた花粉のうちで、喘息に最も関係があると思われたのは、四月に杉の花粉五月に松の花粉があつた。この二つの植物は日本中どこにでもあり、とりわけ杉の木立の多い横浜周辺に多く見られた。Betula.Ginko.Castnea.Acea及び、Alnusの花粉も認められたが前記二つの植物よりも少ないのが普通であつた。 夏期になると各種の庭花が咲くが殆ど虫媒花でこの研究にはさして意義はない。またこの期間は横浜喘息の発生は極めて少ない。 六月七月は雨季にはいり、芝生の様な風媒花でも花粉の散布を抑制される。 秋期は他の季節に比して枯草熱を誘発するような植物が多くなる。米国の大部分と同様に、横浜周辺にも枯草熱を起すAmaranth(ヒマ) ChenoPods(アリタ草) Atriplexes( )やAmbrosia(ブタ草)Xanthium(オナモミ)、Solidago(キリン草)Arthemisia(ヨメナ)及びChrysanthemum(菊)のような菊科の類の雑草が多い。これ等の植物は八月半ばに開花をはじめ、初霜の頃まで続く。この地区の喘息の多くのものが枯草熱を誘発する花粉に基固することはありそうである。しかし横浜喘息の最も多発する時期は色々の種類の花粉が少ないときである。臨床的に横浜喘息の多発する時期の花粉、芽胞について検索したが何の結論も得られなかつた。 大気汚染研究 横浜の大気の組成は一定していない。多種多様の工業副産物のために、汚染原因物質も種々雑多な訳である。まず第一に考えられるのは燃料の燃焼である。液体燃料及びガス燃料は亜硫酸ガスやメタン、アセチレン、アルデヒド類、フエノール類、ケトン類、アンモ二ア、アルコール類等の多種類の有機性ガス及び蒸気を放出する。石炭の燃焼は煤、水蒸気、一酸化炭素、炭酸ガス、窒素酸化物、炭水化物及び有機酸類を放出する。 LosAngelesの研究者達の報告によればガソリンの燃焼のみによつて毎日放出される大気汚染物質は次の如くである。 窒素酸化物 一三二トン 亜硫酸 二一〃 アルデヒド類 一〇〃 有機酸類 七〃 空気ゾル 二五〃 通常これ等の生成物は気象の動きによつて大気中から消散してしまうが、年間のある特定期間これ等の汚染物質は気温の逆転と微弱で風向の一定しない風や、高い丘、山等のために一地域に停滞することがある。 横浜では冬期になるとこのような条件がすべて揃うので、〝スモツグ〟が長い間市を覆つて居り、こうした時、横浜喘息の発生が頂点に達する。 大気汚染の研究について四つの問題がある。 一 大気汚染物質の決定 二 汚染物質の定量 三 気象の影響 四 大気汚染、気象及び横浜喘息発生の相関関係 可検空気捕集場所は横浜陸軍病院裏の検査車内に設けられ、限られた職員で有効な研究をするために、捕集は一日の中一九・〇〇時~二四・〇〇時の間にのみ実施した。この捕集時間は通常の勤務時間に支障を来さないこと。この時間の測定が一日の大気汚染の指標となると考えられることの二つの利点があつた。 大気中の微量亜硫酸ガスの定量にはJacobs※のヨウ素法を採用しこの方法が最良であることが判つた。 ※窒素酸化物の定量もJacobs法を採用した。 ヨウ素法では、亜硫酸以外に、過酸化窒素等も操作を妨害するから正確な定量法と云えない(訳者註) 本法の概要は、吸収液として三五㏄の五%KOH溶液と五㏄の三%H2O2溶液の混液を使用し、既知量の空気を捕集後、フエノールヂスルホン酸法で総硝酸根として定量する方法である。 オゾンの分析にはオゾンの 2N―KI溶液に対する酸化性を利用した。遊離したヨウ素はチオ硫酸ナトリウム標準液で滴定する。この方法は他の酸化性物質の存在しない状態でのみ特異的であるから可検空気を濃厚過マンガン酸カリウム溶液とクロム酸溶液を通して酸化性物質を除去する。 塵埃量は〇から五までの塵埃係数によつて判定した。既知量(六・六m)の空気をエーテルで洗つたワツトマン一号(径一一〇㎜)の瀘紙二枚を通して二時間半吸引する。塵埃がひつかかつてできた黒灰色の斑点を、活性炭を使用して作製した標準灰黒色表と比較する。この方法は空気中の塵埃粒子量の判定に高度の満足すべき結果を与えた。 エーテル可溶性空気ゾルの定量は塵埃測定終了後の瀘紙を用いる。二枚の瀘紙を小片に切り、予め減圧蒸溜して精製したエーテル二五㏄で一五~二〇分浸出し、エーテルを瀘過、重量既知の五〇㏄ビーカーに入れ恒量になるまで減圧下で蒸発させ、ここに得た残渣を秤量する。 この重量が空気中のエーテル可溶性空気ゾル量を表わす。これは有機酸類、ケトン類、不飽和炭水化物、有機性過酸化物その他の混合物である。 風が弱く風向が交互に入れかわるような場合を除けば、風や雨があるということは汚染空気の浄化に役立つ。大気汚染に関与する最も重要な気象現象は気温の逆転(Temperature inversion)である。この様な気象条件は大地と地表附近の空気の温度が大気より冷たく温度勾配(Thermal gradient)が逆転したときに起る。大気は乱流が殆ど全くなくなつて非常に安定し、工場排出物は希釈されなくなる。 気温の逆転の際、〝スモツグ〟が高度に生成するかどうかは、温い空気層の下面の高さ、逆転の持続期間、大気汚染源の存否にかかつている。 横浜及び近在の風向、風速、雨量及び気温逆転のデータは、米国第二、一四三気象分隊から提供された。しかし、あいにくなことに気温逆転のデータは一日に二回しか集められなかつたし、それも横浜から六マイル離れた羽田飛行場のものであつた。煙突の煙によつて肉眼的に観察出来るような低位置の気温逆転は横浜のものも記録することが出来た。 喘息の研究に気象が明らかに重要な要素となつているということは多くの他の調査からも判明した。 雨が少なかつたり、降らない期間が長びいたり、風がおだやかであつたりすると、〝スモツグ〟が生成するのに理想的な条件となる。低高度に温度の逆転はみられるようなときは、高い丘や山は大気停滞という悪影響を示す。そのとき汚染空気は拡散せず、また気温逆転下の空気量は汚染物質を希釈するのに不十分である。このような場合空気中の多くの物質は好ましからざる濃度に達する。 横浜喘息と空気汚染 空気汚染の研究は尚完全な段階にあるわけでないから、決定的な結論を引用できないが、横浜喘息の要因の多くは空気汚染であることが確実に指摘し得る。データはまだ不完全ではあるが、次の報告は〝スモツグ〟のある日と〝スモツグ〟の殆どか全くない日に測定した汚染物質の平均値を調べたものである。 空気を採集した日の喘息患者の平均数は、スモツグのない日が二・四人、スモツグのある日が一一・四人であつた。 右掲の空気汚染物質中、エーテル可溶性空気ゾルと塵埃とは喘息の発生率に密接な関係がみられる。 (第一図) 第一図 一九五二年十一月二十九日及び三十日の例外を除いては、相関関係は非常に明らかなようである。その二日間だけ適当な相関関係がみられなかつたということは、多くの要因があるのであらう。そのうちの若干について論議中である。次の四回にわたる調査に於いて、二日間もしくはそれ以上の期間スモツグが続いていたということは注意すべきである。この期間中喘息の発生は左に示すように極めて増加した。 第1図 第1図〝横浜喘息〟1952年11月~12月 毎日発生した喘息患者数と塵埃及びエーテル可溶性空気ゾルとの関係 各期間とも一日当りの患者の平均数はスモツグのあつた全期間の一日当りの平均数よりも相当高い。(平均一一・四人) この実験記録と同時に気象データは一九五二年十一月三十日まで利用した。 これらのデータに基づいて、その期間中に於ける患者発生と気象条件とを比較してみると、次の如くである。 明らかに若干の不一致はあるが、更に研究して喘息発生と温度変化空気汚染及び他の気象状況との間の関係を確認する必要がある。 高率の喘息発生と、高濃度の空気汚染とスモツグとの間にかなりの相関関係があることは注意すべきである。一般にスモツグの形成は低風速で雨が少ないか、全くないとき及び地上近くで温度逆転があるときなどの気象条件の場合に起り易い。 この研究中、若干の困難が生じた。それは主として喘息発生率把握の問題と職員の不定である。 発生率の把握と解釈には改むべき点が多い。ここに発生率としてあげられている患者は横浜陸軍病院に報告したものだけであり、また激しい呼吸困難を訴えたものだけである。多くの患者は気管支炎、鼻炎、副鼻腔炎及びその他の呼吸器患者として報告されていることは疑いもない。また一度診断をうけた患者のうち、再び軽い症状があつても報告したものは稀であつた。 喘息発生データの問題は職員の不足のために一層複雑化した。直接面接して個々のケースについて検討すべき人数の研究者が得られずその結果発病データは極めて不完全なものになつた。 人的制限のため、可検空気の捕集も一日に一九時から二四時の間だけしかできず、従つて大気汚染の判定も不正確であり、捕集時間の来るまでに雨や強風が浄化してしまうことが度々あつた。この様な時、その日の実態に比して低い値や全くネガテイブな結果を得た。 横浜の地形は起伏が多く、喘息患者は広範囲に亘つて散在している。 従つて十分な人間と準備ともつと多くの測定場所とが望ましい。 この様な不都合を除去して、より明らかで正確な結果を得る様にしたい。 (神奈川県商工部工務課「公害審査委員会関係綴」(昭和三十二年)神奈川県庁蔵) 二五二川崎市煤煙防止対策協議会調査報告 「川崎市煤煙防止対策協議会調査報告書昭和三十二年四月三十日川崎市煤煙防止対策協議会」 A 川崎市内地域別各学校の主要疾患と神奈川県平均との比較 昭和三十一年度において実施された学校衛生統計調査の結果より比較的煤煙によつて影響を持つと考へられる疾患 ・ トラホーム ・ その他の眼疾 ・ へんとう腺肥大 ・ その他の鼻及びいん頭疾患 ・ 結核性疾患 について県下全小中学校の総平均と川崎市内の a 大師田島地区 b 川崎御幸地区 c 中原高津地区 d 稲田地区 の四地区ごとの小中学校の平均との比較検討をすれば次の通りである。 先づ小学校に於ける児童一〇〇〇人中の「トラホーム」り患者数は 県平均 三四人 市平均 三五人 大師田島地区 五六人 川崎御幸地区 五一人 中原高津地区 一五人 稲田地区 九人 となり、中学校に於いては 県平均 三三人 市平均 三八人 大師田島地区 五〇人 川崎御幸地区 四八人 中原高津地区 二八人 稲田地区 六人 となる。これは川崎市衛生部に於て毎月発表しているデボジツト・ゲージによる市内各地域別降塵量と比例している。 しかも川崎市内に於ける学校衛生の対策は他都市以上に徹底して行はれ校医内海栄氏(新川橋病院々長)の談によれば学校衛生対策の不完全な昭和五年当時は田島地区の小学校児童の四〇%以上が眼科疾患を持つてゐたとの事であつて、積極的な予防、医療対策をもつてしてもなほ煤煙地帯児童にトラホームり患者の多いことを如実に示してゐる。 これはその他の眼疾についても同様の傾向が見られる。 その他の眼疾、小学校に於て一〇〇〇人中 県平均 五四人 市平均 七八人 大師田島地区 一〇五人 川崎御幸地区 七九人 中原高津地区 七一人 稲田地区 二三人 となり、中学校に於ては 県平均 四六人 市平均 五三人 大師田島地区 六九人 川崎御幸地区 六六人 中原高津地区 四一人 稲田地区 一五人 となる。 次にへんとう腺肥大り患者の場合小学校では 県平均 一三九人 市平均 一七二人 大師田島地区 一七三人 川崎御幸地区 二〇〇人 中原高津地区 一五三人 稲田地区 一五三人 中学校では 県平均 八八人 市平均 九二人 大師田島地区 六七人 川崎御幸地区 九八人 中原高津地区 一一〇人 稲田地区 六七人 となつている。 これは煤煙粉塵等の、大小比重の関係から眼科疾患の原因となる煤じんよりも比較的徴細なものが影響する疾病であることを証明する傾向とも云へるのであつて、煤煙塵埃発生地よりその周辺に影響を与へているものと見られる。 これは、その他の鼻及びいん頭疾患の患者数にも同様の傾向を見せている。その小学校では一〇〇〇人当り 県平均 五五人 市平均 九二人 大師田島地区 六二人 川崎御幸地区 九八人 中原高津地区 一一三人 稲田地区 六一人 となり、中学校では 県平均 三〇人 市平均 七七人 大師田島地区 八七人 川崎御幸地区 四八人 中原高津地区 一〇一人 稲田地区 二七人 となる。 次に結核性疾患の場合であるが、これもすべて県平均より上廻つている。しかし結核性疾患は予防、早期治療等のため、り患者数と煤煙との連関性については多くの疑義を持つが参考のためにこれも列記することとした。 小学校一〇〇〇人につき結核性疾患り患者数は 県平均 七・四人 市平均 一一・八人 大師田島地区 一一・〇人 川崎御幸地区 一一・六人 中原高津地区 一一・七人 稲田地区 一五・八人 中学校の場合は 県平均 五・七人 市平均 一三・七人 大師田島地区 一七・八人 川崎御幸地区 一〇・二人 中原高津地区 一四・七人 稲田地区 六・六人 となる。こゝで注目されるのは県平均では小学校より中学校の方が一・七人少ないが川崎市平均では逆に一・九人多く、煤煙等公害の中心地とみられる、大師田島地区に於ては実に六・八人も多くなつていることである。 B 桜本小学校に於ける煤煙及び塵埃の調査 本調査は学童と教師が中心となつて測定したもので、その調査方法は至つて単純なものであるが、教育環境の実態調査として尊重されるべき資料と考へられるばかりでなく現在川崎市が行つているデボジツト・ゲージによる降下煤塵の調査がその方法に於て完全なものかどうかをチエツクする一助になる。即ち戸外に於ける降下煤塵と室内へ散入する煤塵との関係を知らうとするものである。 一 測定の場所 a 川崎市桜本町一―二六 川崎市立桜本小学校第二部校舎二階の西南面の教室 b 近傍の工場 略 二測定の時期 第一回 昭和三十二年一月十九日午后四時より昭和三十二年一月二十日午前八時まで}十六時間 当日は連日晴天つゞきの日で北西風三~五米、空気は乾燥してゐたが季節としては川崎の煤塵の最も少ない冬季であり、しかも冬季中の煤塵が特別多くも少くもない。中間的条件と思はれる日であつた。 第二回 昭和三十二年四月十四日午后四時より昭和三十二年四月十五日午前八時まで}十六時間 当日は曇天小雨の日であり北西風二~三米 煤塵が最小と思はれる日 三 測定の方法 校庭に面した二階普通教室で全窓を締め、その内面を白木綿カーテンで覆うた教室を使用し、午后四時教卓(教師用のテーブル〇・六㎡)の上に白模造紙を敷き固定し、翌朝午前八時紙上の煤塵を集めて天秤にて測定した。 四 測定の結果 第一回 面積 〇・六㎡の卓上に煤塵 三・六gであつた。これは一㎡当り 六gであり測定時間一六時間を二四時間とすれば9g/㎡/d となる。 第二回 面積 〇・六㎡の卓上に煤塵 〇・六gであつた。これは一㎡当り 一gであり測定時間一六時間を二四時間とすれば一・五g/㎡/dとなる。 五 測定に対する考察 本調査を担当した桜本小学校理科研究部は次の如き考察をしている。 右記の測定は主として北西風の卓越する期間であり煤煙及び塵埃の比較的少ない時期である。 本校としては、むしろ五月から九月にかけての南西風の卓越する時期が煤煙塵埃になやまされる時期である。そしてその時期の風速により煤煙塵埃の濃が違うようである。若しこの期間に南西側の教室の戸を開放した場合は一瞬にして教室一面が煤煙と塵埃のため覆われてしまうのである。 したがつて教室の清掃もいかに努力しても、その成果は現状においては、なんとも手のほどこしようがない。 同時にこの煤煙と塵埃は児童の健康に及ぼす影響も大で胸部疾患及び眼疾(トラホーム、結膜炎等)の児童が多く今後に大きな問題を残している。 なお毎月コークス製造及び工場で吐き出すガスに覆いかぶされたときは、全く呼吸に困難を感ずることがしばしばある。 右記の如く煤煙防止と同時に考えるべき問題と思う。 六 本調査結果とデボジツト・ゲージに依る降下煤塵調査との関連に於ける一考察 本調査の結果地上約五m~八mの教室で第一回調査で一㎡当り一日9g、第二回で一・五gの煤塵の検出を見たが、これより一㎢当一月の煤塵量を推算すれば、第一回二七〇t第二回四五tとなる。これに対して、川崎市調査のデボジツト・ゲージによる降下煤塵量は桜本小学校に近くの測定点に於て左記の通りである。 単位 トン/平方粁/月煤塵最盛期の一ケ月一平方粁当りの降下煤塵が冬季中間的な条件の日、室内で測定した実態の十分の一にも満たないほど少いという矛盾した数値が発見されるが、これは現在のデボジツト・ゲージが塵埃を避けて煤煙だけを捕捉しやうとし、その設置位置を地上より一〇~二〇mもの高さに置くことに起因してゐる。 従つて学校や家庭の主婦の訴へる煤塵の被害と市調査降煤塵の量とは非常にかけはなれたものとなつている。 従来川崎の煤塵は一ケ月約四〇〇~五〇〇tとゆう常識も実際はデボジツト・ゲージによる測定よりの推測であり、各家庭、地上等を基準とするときは月三、〇〇〇t~四、〇〇〇tを超へるものであらうと推定される訳で少くとも一日一〇〇t以上の煤塵に川崎の街は覆はれ汚染されていることになる。 c 煤煙等の家庭の主婦労働に及ぼす影響調査 一 調査の目的 この調査は煤煙防止対策の方途を定める一翼としていかに煤煙が家庭の主婦労働に、又は家計経済等に影響するか、これらの資料を得る目的のために行う。従つてこれによつて得た資料を此の目的以外には使用しない。 二 調査の範囲 川崎市域の内指定された地域で、別に定める方法により選び出され、調査の時期に現在する普通世帯につき調査する。 三 調査の時期 昭和三十二年三月三十日午前零時現在による。但し、ある調査事項についてはその限りではない。 四 調査事項 調査票参照 五 調査の方法 単記票を用い主婦又はそれに代る者を調査票提出者とし、これに所定の事項を記入提出せしめる。但し提出者が記入困難の場合は世帯員中適宜定める。 六 調査機関 調査地域の婦人会 調査員 調査世帯 煤煙防止対策協議会 七 結果の集計 煤煙防止対策協議会事務局において集計する。 八 事務日程 三月二五日 調査事務打合会 三月三〇日 調査の期日 三月二六日調査票を調査票提出者に配布記入方指導 三月三一日四月六日調査票を取集め内容審査 三月三〇日四月 七日 調査票を煤煙防止対策協議会事務局に提出する 九 調査票配布数 一〇、〇〇〇枚 十 調査票提出数 八、一八六枚 十一 考察 今回調査について集計分析中であるが、次期調査を夏季に行いこれと総合して報告書作成の予定である。 d 学童成績品(図画)による教育環境差違の調査 煤煙、じん埃の学童の色感への影響について 川崎市立新町小学校教諭、平間誠治氏を中心とする調査は、別添学童成績品(図画)の比較検討の上、次の考察を発表した。 南部地区の子供の絵は、暗く、濁つているといはれるが、その原因は……。 子供の絵が暗くなつたり、色彩が濁つたりする原因には多くの要素が含まれている。 絵具やパス類の取扱いの不慣れから、心ならずも濁つてしまうこともあろう。又、教師の指導上の未熟さからそうなることもあり得る。しかし、川崎の南部地区の児童画に感じられる暗さや濁りは、もつと根深いところに原因を含んでいるのではないか。北部や、中部の児童の描く絵の中に暗いものや、濁つたものがないわけではない。 それどころか、絵具や、その他の描画材料の取扱いに欠陥があれば大いにあり得るわけである。にも抱わらず、南部の児童画は暗いといわれるのは何故だろう。指導者の指導技術が北部よりも劣る故か。とんでもない話で、南部地区の教師の図工教育に対する熱意と研究は、何ら他の地区の者に引を取るとは考えられない。むしろ、より熱心に指導している程なのである。試みに北部と南部の児童の絵を比較すると、北部の児童の作品は、たとえ濁つていても割合さつぱりした気持良さが多少感じられるが、南部の作品の濁り方は、実に執つこい感じで、追求すれば、追求する程、更に暗く混濁してしまうといつた相違がある。 一般に児童は、明るく鮮かな色彩の絵を好むものである。にも拘らず、自分が描く絵が暗くなつてしまうのは、児童の内面的な要求よりも、外的な圧力が強いからなのであろう。木といえば、煤煙に痛めつけられ、やつと生き永らえているといつた風の、凡そ大自然の美しさ偉大さを感じさせるには程遠いものしか知らず、緑といえば、弱々しく、薄汚い、黒ずんだ緑より、見たことがなく、空といえば灰色だと思つている。それが、児童の自然に対するすべてなのである。このような環境の中で生活している児童の、色彩に対する感覚が、北部のみずみずしい自然の中で生活して来た児童の感覚と同じであるとは考へられない。だから、春の写生大会で、二子多摩川畔へ行つたときなど南部の子供は、新緑の土堤、対岸の美しい森や山、清らかな水、澄んだ空などに接して、ビツクリして興奮し、絵を描くことよりも、まず自然の恵みを全身の感覚で味わうといつたように、草原に寝ころんだり、そこらを馳けずり廻つたりするのだ。 図工科の目的は、創造的な造形能力を養うことにあるのだか、結局「造形活動」を行うそれ以前の問題が触決されていないのが南部の実情なのだ。如何なる悪環境の下においても、それを克服して、十二分の効果を挙げ得るように努力するのが教育者だ、などと痩我慢をしてはいられない。被害を受けるのは児童なのだ。ゴミ箱の中にも美はある、などというのは、大人の感覚で物を考えている人の言う言葉だ。子供の欲求は、もつと健康で明るいものなのだ。 南部の子供達には、もつと自然と接する機会を多く与えてやるのが必要である。そして、自然の偉大なる力によつて、子供達の心の中にほのぼのとした感情を、養うようにすべきだと思う。 (神奈川県商工部工務課「公害審査委員会関係綴」(昭和三十二年)神奈川県庁蔵) 〔注一〕調査票省略。 〔注二〕別添省略。 二五三 昭和三十二年度横浜川崎市の公害に関する請願陳情 三二工第一、四四九号 昭和三十二年十月四日 神奈川県知事 神奈川県事業場公害審査委員会 委員長殿 県議会に対し請願並に陳情のあつた公害問題について 県議会に対し請願並に陳情のあつた別記公害問題につき県議会企画商工常任委員会に対し、これが処置に関し貴見可然具申されたくお願いいたします。 県議会に対し請願のあつた公害問題表 県議会に対し陳情のあつた公害問題表 (神奈川県商工部工務課「公害審査委員会関係綴」(昭和三十二年)神奈川県庁蔵) 二五四 朝日製鉄株式会社の公害問題(一―五) ㈠ 三一重局第二、六〇六号 昭和三十一年十二月二十八日 通商産業省重工業局長 神奈川県知事殿 朝日製鉄株式会社の操業開始について 昭和三十一年十二月二十七日付三一工第二、一三六号貴翰を以て御連絡の件については、当局として前記文書に添付の覚書第四項を了承いたしました。 ついては高炉操業につきよろしく御取計らい下さい。なお、当局より日本鋼管(株)あて別添文書のとおり依頼したことを申し添えます。 三一重局第二、六〇六号 昭和三十一年十二月二十八日 通商産業省重工業局長 日本鋼管株式会社社長殿 朝日製鉄株式会社の操業開始について かねて懸案の標記の件について別添神奈川県知事発翰に接したので当省として前記文書に添付の覚書第四項を了承する旨回答しました。 ついては貴社におかれましても同覚書の趣旨により、原料その他につき配意されるようお願いします。 覚書 横浜市鶴見区鶴見町一、三二〇番地所在朝日製鉄株式会社の高炉操業に関し朝日製鉄株式会社と朝日製鉄熔高炉設置反対期成同盟はこの覚書の各条を遵守することを確約する。 一 朝日製鉄株式会社の現在地(横浜市鶴見区鶴見町一、三二〇番地以下同じ)における操業は、昭和三十二年一月十五日より昭和三十四年一月十四日までとする。 二 朝日製鉄株式会社は昭和三十四年一月十四日以降現在地における操業を完全に停止し、製鉄設備一切を速かに他に移転するものとする。 三 朝日製鉄株式会社は操業による騒音、粉じん、ガス、用廃水等の附近に及ぼす影響は最少限度に止めるよう最善の努力をなすものとし、万一公害の虞れある場合は別に定める操業監視委員会の決定に基づき無条件に操業を停止するものとする。 四 通商産業省は第一項の操業期間終了後及び前項操業停止の場合鉱石の配給停止の措置を講ずるものとする。 五 朝日製鉄株式会社は第三項による公害発生の場合の被害者に対する補償準備金として別に定める方法により一定の金額を積立てるものとする。 六 日本鋼管株式会社は朝日製鉄株式会社の高炉操業に関し、経営及び技術の援助指導を行うものとする。 七 本覚書に定めていない事項に関しては別に定める細目協定によるものとする。 この覚書の確実を証するため朝日製鉄株式会社、朝日製鉄熔高炉設置反対期成同盟及び神奈川県が調印を了し各自一通を保管するものとする。 昭和参拾壱年拾弐月弐拾七日 東京都中央区銀座東七丁目六番地 朝日製鉄株式会社 取締役社長 平山新一 横浜市鶴見区鶴見町一、一七五番地 朝日製鉄熔高炉設置反対期成同盟 委員長 湯川次郎平 横浜市中区日本大通り一番地 神奈川県知事 内山岩太郎 代理副知事 矢柴信雄 立会人 横浜市神奈川区反町二六番地 横浜市長 平沼亮三 代理助役 田中省吾 同 鶴見区議員団代表 館豊次 同 鶴見区長 芹沢勇 細目協定 一 朝日製鉄株式会社は現在地において公害発生のもととなる如き施設の拡張を行わないものとする。 但し長谷川染色株式会社染色工場買収による敷地を製鉄設備以外の事務所又は倉庫に使用することを妨げない。 二 朝日製鉄株式会社の操業期間後の移転につき県は直ちに敷地あつせんを行うものとする。 三 朝日製鉄株式会社は附近住民の特別健康診断を励行することについて必要な経費を負担するものとし、これが実施は別に定める苦情処理委員会の決定に従うものとする。 四 朝日製鉄株式会社工場に近接する住民に対する特別措置は別途直ちに附属協定書によりこれを定めるものとする。 五 朝日製鉄株式会社は移転完了までの間において協定に関する責任回避となる如き会社の経営主体変更等を行つてはならないものとする。 六 井水汲上による地盤沈下の虞れについては公的専門機関に調査を依頼し適切な措置を講ずるものとする。 七 高炉操業に伴う原料、製品その他の運搬のため、交通事故を惹起せぬよう万全の措置をとるものとする。 八 その他必要と認める事項については苦情処理委員会において協議決定するものとする。 細目協定第四項に基づく附属協定書 一 朝日製鉄株式会社はその高炉操業による長谷川染色株式会社染色工場に対する防じんの為必要な施設を行うものとする。 二 長谷川染色株式会社染色工場の移転に伴う移転補償額の決定については県建築部並苦情処理委員会の意見決定に対して朝日製鉄株式会社及び長谷川染色株式会社は何等異議を申し立てないものとする。但し朝日製鉄株式会社は昭和三十二年一月十四日迄に移転補償額を決定支払契約するものとする。 三 附近住民に公害が発生した場合においては操業監視委員会の決定に基き苦情処理委員会の裁定により補償準備金からこれを支払うものとする。 四 朝日製鉄株式会社は附近住民が過去において出費した負担を償うため一金百万円を反対期成同盟に支払うものとする。 五 朝日製鉄株式会社は附近住民の公共の福利厚生施設費として一金四百万円(壱ケ年につき弐百万円宛)提供するものとする。 補償準備金要領 朝日製鉄株式会社高炉操業に関する覚書第五項による朝日製鉄株式会社の行う補償準備金積立は左によるものとする。 一 公害補償準備金は一金参百万円とし富士銀行鶴見支店に預金すること。 二 前項の補償準備金のほか更に積立を必要とする場合は操業監視委員会並に苦情処理委員会の決定に基き追加積立を行うものとする。 三 前項の預金は公害による附近住民の被害補償金又は見舞金以外支出してはならないこと。 四 前項による支出に際しては操業監視委員会並に苦情処理委員会の承認を得なければならないこと。 朝日製鉄株式会社操業監視委員会構成 一 神奈川県事業場公害審査委員会の専門小委員会として朝日製鉄株式会社操業監視委員会を設立し、その構成は左の通りとする。 委員長神奈川県事業場公害審査委員会委員長矢柴信雄 委員 鶴見区選出議員団団長 館豊次 委員 神奈川県事業場公害審査委員会委員北川徹三 委員 日本鋼管株式会社 委員 神奈川県工業試験所所長北島三省 委員 神奈川県衛生研究所所長児玉威 委員 神奈川県商工部長 五神辰雄 委員 鶴見区長 芹沢勇 朝日製鉄株式会社苦情処理委員会構成 一 朝日製鉄株式会社の高炉操業に係る苦情処理をする為朝日製鉄株式会社苦情処理委員会を置く。 その構成は左の通りとする。 委員長 神奈川県副知事 矢柴信雄 委員 鶴見区選出議員団団長館豊次 委員朝日製鉄熔高炉設置反対期成同盟委員長湯川次郎平 委員 鶴見区選出横浜市議会議員 松村民蔵 委員 鶴見区自治連合会長 森田宗作 委員 鶴見区中央地区七ケ町連合会長 遠藤栄司 委員 朝日製鉄株式会社社長 平山新一 委員 朝日製鉄株式会社専務取締役 平山栄一 委員 朝日製鉄株式会社社員 浅野季雄 委員 朝日製鉄株式会社顧問 大山岩雄 委員 神奈川県商工部長 五神辰雄 委員 鶴見区長 芹沢勇 朝日製鉄熔鉱炉設置反対運動経過報告 朝日製鉄熔鉱炉操業による公害問題に関し、昭和二十九年四月二十七日を期して、朝日製鉄熔鉱炉設置反対期成同盟結成以来満弐ケ年八ケ月の長期に亘り、人命尊重の為めの反対運動に皆様の御協力頂きましたことを、心から、感謝申上げます。 現下の国策上通産省においては、我々の反対を押し切つてまでも輸入鉄鉱石の割当をなし、鉄鋼需給の逼迫状況打開を県知事宛に通告して参りました。よつて我々反対同盟は鶴見区議員団と県知事との会見報告により、急遽触決の途を考慮せざるを得ぬ状態にたちいたつたので、我々は十数会合し、操業解決条件を審議の上、覚書並に細目協定書を作成し、これをもつて県知事に対し鶴見区議員団並に区長に交渉方を依頼いたしましたところ、これを諒承応諾を得ました。更に県知事よりも交渉依頼があり、ここに始めて正式に調定交渉が開かれた次第であります。 この間、特に我々反対同盟としての念願は県知事の責任において通産省、日本鋼管株式会社、朝日製鉄株式会社に対する協定後の確然たる実行の点を強硬に主張した結果、県側はこれを受諾し種々協議の結果、別添、覚書・細目協定・附属協定書並に県知事対日本鋼管会社長・県知事対通産省間の確約文書交換の完了をみたものであります。ここに我々反対同盟は地区代表と度々協議を重ね、全員の意見一致したる上の、我々と、責任者としての県知事代理副知事、横浜市長代理助役、鶴見区議員団、鶴見区長列席のもとに、鶴見区長室において去月二十七日午后五時我々の意向が全面的に貫徹されたることを再確認し、引続き朝日製鉄側と我々反対同盟・内山知事代理矢柴副知事・五神商工部長、立会人として平沼市長代理・田中助役・館鶴見区議員団長並に全議員一人の欠席もなく、芹沢鶴見区長立会の上、相互の基本的人権の理念に立つて午后六時調印式を終了した次第であります。顧みるに初期の反対陳情当時の野放し操業最悪状態から、特に公害防止審査委員会の審議による施設改善勧告がされ、更に材料が貧鉱より良質の輸入鉄鉱石と一変し、公害の完璧を期し撤去移転を前提とする弐ケ年間の期限付条件操業を認めたる上の調印に至るまでの弐ケ年八ケ月の永きに亘る皆様の一糸乱れざる運動の御心労と心からなる御協力に対し厚く御礼を申上げます。 尚今後各条件の完了まで一層の御援助と御鞭韃を賜り度ここに最終段階における経過報告と共に、重ねて、この間の御苦労に対し深謝いたす次第であります。 昭和卅二年正月十二日 横浜市鶴見区鶴見町一、一七五番地 朝日製鉄熔鉱炉設置反対期成同盟 委員長湯川次郎平 神奈川県事業場公害審査委員会委員長殿 (神奈川県商工部工務課「公害審査委員会関係綴」(昭和三十二年) 神奈川県庁蔵) 〔注〕別添は前掲。 ㈡ 朝日製鉄㈱の公害問題(事前審査)経過概要 ㈢ 朝日製鉄操業后現在までの主要文書交換 ㈣ 朝日製鉄株式会社にかかる公害問題の経過について 横浜市鶴見区鶴見町一、三二〇番地所在の朝日製鉄株式会社の熔鉱炉操業にかかる公害問題の処理経過は次のとおりであります。 ㈤ 朝日製鉄株式会社熔鉱炉操業について 昭和三十四年四月六日 神奈川県 横浜市鶴見区鶴見町一、三二〇番地所在朝日製鉄株式会社の熔鉱炉操業に関しては、去る昭和三十一年十二月二十七日朝日製鉄株式会社と地元設置反対期成同盟との間に締結調印された覚書に基いて昭和三十二年二月以来県及び日本鋼管株式会社の監督指導の下に極力附近住民に悪影響を及ぼすことのないよう慎重な注意を払うと共に、影響調査については神奈川県工業試験所及び衛生研究所の技術陣を動員し、科学的調査を継続実施した結果、当初各方面から懸念された公害は幸いにして発生を見ることなく覚書による操業期限である本年一月十四日を迎えるに至つた。 その間朝日製鉄株式会社は操業開始後間もなく鉄鋼業界を襲つた異常な不況によつて多額の欠損を生じ経営も困難に陥つたが、日本鋼管株式会社の援助に依つて辛うじて経営を維持することができた。 しかしながら、前記覚書によれば本年一月十四日をもつて朝日製鉄株式会社は熔鉱炉の操業を完全に停止して他に移転すべきであつたが、去る一月十四日開催された朝日製鉄株式会社苦情処理委員会において朝日製鉄株式会社より操業継続の要請があつたので、協議の結果とりあえず紛事の円満解決をみるまで保安操業を認めることに決定し、じ来二ケ月余に亘り県を中心として、特に地元県市議員団代表、鶴見区長のあつせんにより地元反対期成同盟及び日本鋼管株式会社並びに朝日製鉄株式会社との間に円満解決をはかるべく最善の努力を傾けたが、地元反対期成同盟側においては、あくまでも熔鉱炉の操業停止を主張する空気が強く、反対期成同盟委員長以下幹部の非常な努力にも拘らず操業継続に関し一般の了解を得ることが出来ず今日に至つた。 その間、事態を早急に解決するため県は諸般の事情を慎重に検討した結果①前述のように過去二ケ年に亘る操業期間において覚書締結の前提として当初懸念された公害が発生しなかつたこと②最近鉄鋼の需要増大傾向にあるとき、直ちに操業の中止乃至設備の移転を行うことは資材、設備の損耗によりいたづらに多額の経費を費し、国家経済上からみても甚だ不経済であること③朝日製鉄株式会社は前述のように経営的にみて目下のところ他に移転する資金的余裕がないこと④いま直ちに操業を中止することは朝日製鉄株式会社の多額の損失を更らに累積し、再起不能に陥れること⑤再起不能は多数従業員並びにその家族を路頭に迷わせる結果となること等の理由によつて、差し当り現在地における操業継続は止むを得ないとの結論に到達した。 よつて、県は前記あつせん者とも協議の上、別紙のような覚書案を作成し、当事者双方並びに日本鋼管株式会社に提示し、その協力を要請したが地元反対同盟側は依然として操業停止を主張する空気が強く、朝日製鉄株式会社側においても操業の期限その他について難色を示し、ついに未だ円満妥結をみるに至り得なかつたことは、甚だ遺憾である。 こゝにおいて県としては今後の解決方策について朝日製鉄株式会社苦情処理委員会にはかつた上、引き続き事態の収拾に最善の努力をいたすと共に操業による公害発生の防止については、県の行政権の許す限りにおいて万全の措置を講ずることゝし、朝日製鉄株式会社に対し強く勧告すると共に、日本鋼管株式会社に対しても協力援助を要請した次第である。当事者各位においても事態並びに県の意図するところを十分に認識せられ、紛争の早期解決に協力されるよう切に要望する次第である。 (神奈川県商工部工務課「公害審査委員会関係綴」(昭和三十二年)神奈川県庁蔵) 〔注〕 前掲「朝日製鉄株式会社の公害問題㈠」のことを示す。 二五五 日の出製鋼公害問題の陳情および報告書 (一―三) ㈠ 陳情書 日の出製鋼工場は京町に所属し当町とは運河を隔ており当町に居住する住民は工場より発生する騒音、煤煙に日夜悩まされ特に電気ハンマーの地響が甚しく就寝する事も出来ず病人などは寝ている事も出来ない状態です。 夜間などにおいては神経衰弱になり幼児子供等は夜間の火を見ては火事と思い誤る有様で精神的疲労甚しく尚粉塵の為に洗濯物を始め座敷縁側等も一日に何回となく掃く有様です。 以上申述べました如く何卒県当局において我々の窮状御推察の上適当なる御処置方御願い致し度別紙署名押印の上陳情致します。 昭和三十五年四月十六日 平安町々会住民代表 会長 西坂又蔵 外壱千六百七名 神奈川県知事 内山岩太郎殿 日の出製鋼公害報告書 横浜市鶴見区平安町二丁目一三一番地居住の県営建売住宅入居者岩井常良他一同直接被害を受けて居る約九十世帯の居住者は運河を越えの川崎市京町日の出製鋼所の煤煙、騒音、悪臭の公害に日夜悩まされて居ります事之が解決の為御善処あらん事を御願いするものであります。 然乍吾々と致しまして只単に県に御願いするのみではなく直接会社側と交渉をもつた事再三でありますが煤煙防止等の下備を訴えれば資金が無い今暫らくの猶予を乞ふ等誠くの言いのがれの言辞を弄し何ら責任ある回答は得られなかつたのであります。 故に今度県に実情を訴える事と相成り以下被害の実情を箇条を追い訴えるものであります。 一 煤煙の件 一 現在迄の会社側との交渉の際に煤煙中に有毒素ありやの問に対し確答せず半ば之を認めて居るが如き、誠にたよりない状態であります。 二 大気汚染調査期間中は自粛し期間終れば日夜煤煙を放出するが如き不誠意な態度である。 三 風向きによつては家の中に迄煤煙が入り鼻をつく悪臭を伴ふ。 四 煤煙は埃を伴い(白い粉)為に家の中は掃除をしても掃除をしてもザラ〳〵してゐる。 五 煤煙の濃度は約十米先の家が見えなくなる時がある。 六 煤煙にはしばしば熱風が伴ふ。 七 会社建物には煙突がなく廻りを囲むナマコ板羽目の間亦屋根の空気抜より黒煙を放出する。 八 天候と風向を考えねば洗濯物を干せない、亦干した洗濯物は白く乾かない。 九 再三直接交渉に不拘自粛改善の色がなく煤煙対策は全然なされてゐない。 二 騒音の件 一 スクラツプ処理(切るくだく)の為発する振動を(相当強く硝子戸が鳴る)伴ふ音。 二 金属と金属がふれ合ふ金属音。 三 電気炉のカーボンの音。 四 家の硝子戸はたえず振動して居る。 五 頭上を通る航空機の爆音の連続である。 六 一種名状しがたいカン高い音のため頭を押さえられる様な気分であり言はばノイローゼ気味におちいる。 七 以上は昼夜を問はず四六時中発し工場に面した家では夜子供が寝られず亦火が硝子に真赤に映り一瞬火事を思はせる時がある。 三 悪臭の件 一 常時煤煙には悪臭を伴ふが時として天候の加減により附近一帯が何とも言えぬ悪臭に悩まされる時が再三ある。 以上大要を記し未だ言い足らぬ処も多々ありますが、県係官に於かれては吾々多数の者の窮状を御賢察の上日の出製鋼側の意表をつき本当の実情と御見分の上善処あらん事を御願い申し上ます。 本状平安町々内会陳情書に添え、実情を申し陳べるものであります。 昭和三十五年四月十六日 横浜市鶴見区平安町二の一二二 居住者一同 代長 岩井常良 神奈川県知事 内山岩太郎殿 ㈡ 起案 昭和三十五年四月三十日 商工部長 工業試験所長殿 公害問題調査依頼について 標記のことについて下記事業場から発生する公害について、このほど附近住民より陳情がありましたので調査のうえ、これの対策等について御回答を願いたい。 記 一 対象事業場 所在地 川崎市京町二―四八 事業場名 日ノ出特殊製鋼株式会社 二 業種 製鋼業 三 用途地域 住居地域 四 公害の種類 騒音、煤煙、粉じん 五 作業の概況 エルー式電気炉(容量一五t)一基でスクラツプを熔解しインゴツトを造る際の騒音、煤煙が甚だしい 事業場公害調書 №三八九 公害の種類 騒音、煤煙、粉じん 受付 三十五年四月十九日 陳情者 住所 鶴見区平安町々会 氏名 会長 西坂又蔵 外一、六〇七名 用途地域 住居地域 建築基準法関係 確認済 業種 製鋼業 主要生産品名 特殊鋼々塊及圧延 事業場所在地 川崎市京町二―四八 事業場名称 日の出特殊製鋼㈱ 事業主名称 取締役社長 大山梅雄 電話(川崎二)五五三一―四番 創業年月日 十九年 月 日 敷地 三三、〇〇〇平方米 建物面積 公害を対象とする作業場一〇、六一〇平方米 資本金 一億円 従業員数 二〇〇名 作業時間 自定時至時 残業 時間 電気炉のみ(二交替制) 作業の概要 スクラツプをエルー式電気炉(定量一五t)一台により熔解し特殊鋼々塊(インゴツト)を造る。 公害問題発生の原因 熔解中のカーボンスパーク音及び煤煙、粉じん。 特に素材挿入時及び追加挿入時騒音甚だしい。 煤煙は白煙が多いが石灰石を投入する際、黒灰色の煤煙が飛散する。 備考 問題の電気炉は昨年十一月に工場を新設した際新たに設置したもので、この際条例第三条三項届出により調査した結果、騒音、煤煙が甚だしかつたので至急防除措置を講ずるよう回答し、一応処理したところ、今回別添のとおり鶴見側の住民から陳情が出されたものである。 工場は種々改善策の計画中であるが、これの対策については改めて工業試験所に調査依頼する予定。 処理経過 四月十九日 現地調査 四月二十三日工業課長・仁藤、工試・古藤田、泉、永見、川崎市商工課長・石塚、現地調査 十一月二十二日 夜間測定(三富、古藤田、三橋) 三十六年四月十三日 夜間測定(古藤田、三橋、仁藤、石渡) 六月十二日 〃 解決年月日 昭和 年 月 日 〔注〕 状況図は省略した。 ㈢ 陳情書 現在私達の居住地(京町地区)は住宅地区であり商業地区である。 この中央にある東洋特殊製鋼株式会社(旧日の出特殊製鋼)は戦前からの所在とは云え一昨年電気炉工場が新設され、スクラツプの電気熔解によつて特殊製鋼の生産に目下昼夜兼行で作業をいたしております。 この工場より発する煤煙、騒音は甚しく、洗濯物は勿論、植木は枯れ金魚は死ぬ有様で、人体に及ぼす影響は甚大と申さねばなりません。 また、騒音にいたつては二十四時間作業であり、この為、安眠は出来ず、特に病人、子供らは寝つかれず困窮致しております。 私どもは話合いによる円満解決を希望致し三十四年度より再三に渉り会社と交渉を重ねて参りましたが、未だ尚解決に至らずにおりました所、本年始、突然更に電気炉が一基新設され稼動を開始されました為、住民との間に紛争を続けておりますが、会社は県の御指導による設備改善についても、その実施に対し約束を充分に実行せず現在に至つて居ります。 加ふるに最近鍛造による生産を計画中とのことでありますが、鍛造による騒音は先年住民よりの陳情により、漸く御解決いたゞきました問題にて、この計画の実施は更に住民を困窮させ紛争を大きく致す結果と相成るものと思はれます。 〔欄外注記〕本件については工場に究明したところ、計画していない旨言明している。 就きましては、当局に於かれまして私共のこの窮状を御推察の上、適当なる御処置をお願いいたしたく、別紙住民者の署名を添え陳情申上げます。 昭和三十六年 月 日 京町々内会 公害対策実行委員長(印) 三井祐夫(印) 外八六七 神奈川県知事 内山岩太郎殿 実行委員長 三井祐夫 白井一 実行委員顧問 林嘉三(印) 今野房雄 実行副委員長 内田佐吉 実行委員 武井承平 小菅菊太郎 森田友三郎 徳増正勝(印) 土屋菊唯 村上義夫 西山茂雄 林百合正 福井未良 湯本酉吉 橋野幸雄 町田佳代子 榎本秋蔵 畔上寛子 南清市 平松醇平 石川一郎 中村音松 野牛島虎雄 大塚与三郎 堀内正 斎藤福三郎 久保清 山岡知己 西野辰男 穴水要 土屋時夫 宮本正吉 中島博乃 峯岸源五郎 阪本秀男 (神奈川県商工部工業課「陳情書」(昭和三十五年)神奈川県庁蔵) 二五六 昭和三十六年度中小企業公害除去施設資金助成事業場の公害状況 「昭和三十六年度中小企業公害除去設備資金助成事業場の公害状況について昭和三十七年五月神奈川県商工部工業課」 (神奈川県商工部工業課「公害審査委員会関係綴⑴」(昭和三十七年)神奈川県庁蔵) 二五七 昭和三十六年度現在公害陳情問題処理概要 「昭和三十七年三月三十一日現在陳情問題処理概要 」 陳情問題中分類A項(解決困難なもの)のうち、処理内容に変更のあつたもの (神奈川県商工部工業課「公害審査委員会関係綴⑴」(昭和三十七年)神奈川県庁蔵) 二五八 昭和三十七年上期神奈川県公害業務概要 「公害業務概要自 昭和三十七年一月至 昭和三十七年五月神奈川県商工部工業課」 (神奈川県商工部工業課「公害審査委員会関係綴⑴」(昭和三十七年)神奈川県庁蔵) 二五九 公害防止条例の沿革公害発生経過 公害防止条例の沿革 本県において、公害に対する法的規制の必要性が叫ばれるようになつたのは、昭和二五年のころからである。戦後における産業復興が休廃止工場の転換活用を進め、更に朝鮮動乱はその傾向を助長した。しかしながら、その反面においては、附近住民との間に、工場からの騒音・ばい煙等による紛争が生ずるようになつた。このような工場側の無過失の侵害に対して、附近住民の福祉を保護する法令はなく、いかにして産業の発展と住民の福祉との調和をはかるかが、問題として提起されるにいたつた。 当時、東京都においては、工場公害防止条例(昭和二四年八月)が、また、大阪府においては、事業場公害防止条例(昭和二五年八月)が、すでに施行されており、公害の防止に相当の実績をあげている状況から、本県としても、公害に起因する紛争の処理については、条例の制定により早期の解決をはかるべきであるとの方針を固め、昭和二五年末から条例案の起草にかかつた。 条例の立案に当つては、公害の発生を防止するためには、戦前の工場取締規則に準ずる法的規制を必要とするが、条例による規制が産業の復興を抑制したり、企業活動を不当に圧迫したりすることは極力避ける方針のもとに、関係業界との協議を重ねつつ条例案を取りまとめ、二六年一二月の定例県議会に、神奈川県事業場公害防止条例案を提案し、議会の議決を経て翌二七年三月一日から施行された。 同条例は、昭和三九年六月一日、現行の公害の防止に関する条例の施行に伴ない、同日づけをもつて廃止されたが、その間一二年余にわたる条例の施行状況を示すと概ね次のとおりである。 ㈠ 公害陳情事案の処理 工場から発生する騒音、ばい煙等による附近住民の苦情は、いわゆる陳情の形で県又は地元の市役所に持ち込まれるが、昭和二七年三月一日から三九年五月末日までに発生した公害事案は、一、一二一件であつて、年次別・公害種類別件数は第一表のとおりである。 表一 陳情問題、年次別、公害種類別、発生状況表 (注)三九年は五月三一日まで。 なお、陳情問題の処理については、昭和三六年三月、条例施行規則の一部を改正し、障害の発生又は拡大を防止するため緊急を要する場合及び工場の規模が比較的小さく、障害を受ける地域が極めて小範囲であり、かつ調査に高度の技術を要しない公害問題の処理に関する指導及び勧告の権限を県下の各市長に委任することにした。同年四月一日から三九年五月末日までに各市が取り扱つた陳情件数は、六五〇件である。 県及び各市が取り扱つた陳情件数を公害種類別、地域別にみると第二表のとおりである。 表二 陳情問題種別地区別発生状況表(三九・五・三一現在) (注)この表において、 「県」の欄は県が取り扱つた事案の件数を、また「市」の欄は、各市が県の委任に基づいて取り扱つた件数を示す。 ㈡ 公害発生の予防措置 旧条例の制定以来、県は事業主の自主的な申請(条例第四条に基づく調査請求)に基づいて、既設の工場から発生する公害問題のほか工場の新設に際しても、公害の防止に必要な指導を行つてきた。 その年次別、公害種類別取扱件数は第三表のとおりである。 しかしながら、県下への工場進出が活発化するにつれ、事業主の自発的な申出をまつという体制では、公害防止の目的を達成し難い状況にいたつた。そこで、昭和三四年三月、条例の一部を改正し、公害の発生のおそれのある機械の設置や作業について、事前の届出制を採用するにいたつた。すなわち鍛造機やプレス機械等々を新設し、増設し又は移転しようとするとき、あるいは板金やめつき等々の作業を業として行なおうとするときは、事業主は、あらかじめ、その計画の概要と公害の防止措置とを知事に届け出ることを要するものとした。県はこの届出に基づいて、事前に審査を行い、公害の発生のおそれのあるものについては、防止の措置について指導するなど、公害発生の予防につとめてきた。 昭和三四年四月から三九年五月末日までに条例第三条に基づいて、県が受理した届出件数は、一、四三九件であるが、その年次別・地域別件数は第四表のとおりである。 表三 条例第四条による調査請求取扱件数表 (注)三九年は五月三一日まで。 表四 条例第三条による届出年次別地区別状況表 公害防止条例の改正(新条例の制定) 以上のごとく、本県は東京都及び大阪府についで、昭和二六年に事業場公害防止条例を制定し、また昭和三四年には条例の一部改正を行なうことによつて、機械設置等の事前届出制を採用するなど、予防行政においても前進的な体制を整備し、産業の発展と住民の福祉との調和を図りながら、公害事案を処理してきた。 しかしながら、県下における公害の発生は、横浜・川崎両市の、いわゆる京浜工業地帯はもとより県央その他湘南・県西地域等々、県下全域にわたつて多発化する傾向を示し、従来の体制のままで推移するとすれば、大気の汚染、河川の汚濁、騒音の発生等によつて、県民の生活環境は悪化の一途をたどる公算が大となつた。 このような情勢から、昭和三八年六月、県は行政機構の改革により、従来商工部工業課で所掌していた公害行政を企画調査部に移すとともに公害課を新設し、本県における公害防止対策ないしは公害規制の在り方について抜本的な検討を加えた結果、㈠公害の発生を未然に防止することが公害行政の基本であること。㈡公害問題の処理に当つては、行政措置の実効を確保することが必要であるとの見地から、従来の事業場公害防止条例を全面的に改正することにした。改正条例案は、三九年二月の定例県議会に「公害の防止に関する条例」(案)として提案され、議会の議決を経て同年三月三一日に公布され、六月一日から施行された。 改正の要点は次のとおりである。 ㈠ 旧条例は、主として工場公害を規制の対象としていたが、新条例においては、工場のほか一般の事業場をも規制できるようにした。 ㈡ 旧条例は、騒音・振動・ばい煙・粉じん・廃液・ガスを公害の種類として明示していたが、新条例においては、これらに「汚水」と「臭気」を加えた。 ㈢ 旧条例においては、公害の認定を行なうときは、知事の諮問機関である事業場公害審査委員会へ諮ることを要件としていたが、新条例においては、事案の処理を促進するため、別に規則で定める基準に基づいて、知事が防止の措置を必要と認めたものを公害として処理できるようにした。 ㈣ 許可制の採用―工場の立地条件いかんによつては、公害の防止が技術的に極めて困難な機械の設置や作業については許可制を採用した。 ㈤ 届出制の強化―届出を要する機械・作業の範囲を大幅に拡大するほか、知事は、必要に応じ、事業主に対して、機械の設置や作業の実施に関する計画の変更等を命ずることができるようにした。 ㈥ 勧告権の市長への委任―工場及び事業場から公害が発生しているとき又はそのおそれがあるときは、知事は事業主に対して公害の防止について勧告を行なうことになつているが、市の区域内にあつては勧告権を全面的に市長に委任することにした。 ㈦ 行政処分―知事の公害防止措置命令に従わない悪質な事業主に対しては、機械の使用停止、移転除却、作業停止、物品の撤去等を命ずることができるようにした。 以上のように、新条例は公害の規制を強化する面で画期的なものであるが、行政の行き過ぎのないよう重要事案の処理に当つては、事前に知事の諮問機関である神奈川県公害審査委員会の意見をきくことになつている。 なお、公害の規準に関する規則については、三九年六月五日に、新条例施行後第一回の公害審査委員会を開催し、同委員会への諮問の手続きを経て、六月一二日に公布、即日施行された。この規則においては、騒音・汚水・廃液・ばい煙及びガスについては、それぞれ数値をもつて基準を設定したが、振動及び粉じんについては「工場又は事業場の周辺の人又は物に著しい障害を与えると認められる程度」、また臭気については、「工場又は事業場の周辺の人の多数が著しく不快を感ずると認められる程度」をもつて公害認定の基準としている。(公害の基準設定に関する詳細は、関係各章を参照されたい)(神奈川県企画調査部公害課「公害行政概要」(昭和四十年)神奈川県庁蔵) 〔注〕 関係各章省略。 二六〇 昭和四十年五月現在公害処理状況 公害認定事案とその処理状況 県は、公害防止条例の改正を機会に、公害の認定を知事の権限とし、あらかじめ公害審査委員会にはかつて制定した「公害の基準に関する規則」に照らして、障害の程度が条例に基づく防止の措置を必要とするものを公害として認定することにした。 しかしながら、実際の運用に当つては、障害の程度が公害の基準を超えているものを直ちに公害として認定することはさけ、まず行政指導によつて事業主に必要な措置を講ずるよう指示するものとし事業主の自主的な防止対策によつて問題の解決をはかる方向で処理しているが、県市の再三にわたる指導にもかかわらず、効果的な措置を講じないため、附近住民の多数に長期間著しい障害を与えている工場に対しては、公害認定の上、所要の行政措置を講ずることとした。 以上のような趣旨から、県は関係市の意向を聴取し、事業主側の対策の実施状況及び住民側のうけている障害の程度等を十分に調査検討した結果、去る一月二八日次の工場に係る公害事案を条例適用上最初の「公害」として認定し、関係市長あて通知するとともに条例第八条の規定による勧告を要請した。 なお、今回の公害認定は、条例施行後はじめての事例でもあり、慎重を期する意味から特に公害審査委員会にはかつて決定した。 これら公害認定事案の概要は、次のとおりである。 ㈠ 日本油化工業株式会社の悪臭公害 ① 工場所在地 川崎市港町四三 ② 用途地域 工業地域 ③ 操業開始年月 昭和三五年四月 ④ 資本金 五〇〇万円 ⑤ 従業者数 二〇人 ⑥ 業 種 飼料製造業 ⑦ 公害の種類 臭気 ⑧ 公害の発生源 フイツシユソリユブル(魚の内臓を煮て液状に加工したもの)にふすまぬかを混合させた後、乾燥させる工程で発生する悪臭 ⑨ 公害の程度 工場周辺の住民多数が著しい不快感をもよおす程度の悪臭がしばしば発生し、周辺の住民から、そのつど川崎市へ陳情が出され、特に三九年九月九日には、二一名(その後九月二一日に九名追加)の者が医師の診断書を添え関係町内会長から陳情書の提出があつた。 ⑩ 処理経過 三五・五・一七 附近住民四六〇人から知事あて陳情があつた。 三八・九 県から公害防止対策について指示した。 三九・一 脱臭装置が設置された。 三九・九・九 第二回公害審査委員会の席上、前記の陳情書の取り扱いにつき審議した。 三九・九・二六 知事名をもつて悪臭発生防止について警告書を送付した。 三九・一〇・七 川崎市長名をもつて条例八条により公害防止措置を講ずるよう勧告した。 四〇・一・一六 川崎市長名をもつて、知事あて公害認定の申請があつた。 四〇・一・二八 公害と認定された。(臭気) 四〇・二・二四 川崎市長名をもつて、日本油化に対し、公害の防止措置を講ずるよう勧告した。 四〇・三・一八 臭気がひどいとの苦情申出があり調査したところ、さきに設置された脱臭装置は稼動しており、風向は海側に吹き、敷地外では臭気はそれほど感じなかつた。同時点において工場としては、ソリユーブル量を減ずると同時に、川口物産(静岡)の鮮度の高い比較的臭気の程度の低いソリユーブルを使用しはじめていた。 四〇・五・一三 風下では、かなり悪臭を呈した。勧告後未だ改善策を提出していないので、早急に文書により提出するよう指示した。 四〇・五・一五 工場付近の住民から悪臭について陳情の電話があり調査した。その結果、作業の点では通常と変化は認められなかつた。しかし風向は民家の方向で、かつ、微風状態なので、悪臭が付近に停滞したものと思われる。 四〇・五・二一 日本油化の鈴木社長が公害の防止措置の改善案を持参して来庁した。 内容は原料のソリユーブルを鮮度の高いものとし、かつ、臭気軽減のため「エアーウイツク二三一」(商品名)をソリユーブルの中に入れ脱臭する。又、脱臭装置については専属管理者を一名増員すると言うものである。内容については十分検討する必要があるので「エアーウイツク二三一」の使用並びに脱臭装置の作業に関する資料を報告するよう指示した。 ㈡ 太平飼料株式会社の悪臭公害 ① 所在地 横須賀市川間一六三 ② 用途地域 工業地域 ③ 操業開始年月 昭和二四年四月 ④ 資本金 三、〇〇〇万円 ⑤ 従業者数 三五人 ⑥ 業 種 飼肥料製造業 ⑦ 公害の種類 臭気 ⑧ 公害の発生源 魚の内臓を濃縮してフイツシユソリブルをつくり更にぬかを混合させて乾燥し、飼料を製造する工程及び魚の残滓を煮て粉砕し、乾燥させ肥料を造る工程から発する悪臭 ⑨ 公害の程度 工業地域ではあるが、工場周辺には住家が多く、多数の人が悪臭により著しく不快を感じている。また、隣接の湘南化成(従業員九六人)から悪臭により不快感、頭痛、吐気を催すことがたびたびある旨、市長あて陳情があつた。 ⑩ 処理経過 三九・四・一七 公害調査請求に基づく調査結果を通知した。 三九・一〇・一二 湘南化成工業から知事及び横須賀市長あて陳情があつた。 三九・一一・一九 悪臭除害対策につき計画書を提出するよう指示した。 四〇・一・一九 県衛生部長名で当該化製場の施設改善につき指導監督方を市長に通知した。 四〇・一・二八 公害と認定された。(臭気) 四〇・一・二九 一月一八日提出された除去対策につき、工試に検討依頼した結果不適当であつたので、その旨、大平飼料の田中専務に連絡速やかに再検討し抜本的な対策を計画するよう指示した。 四〇・三・五 横須賀市商工課担当者を同行して現地調査を行なつたところ、天火乾燥を行なつていたので即刻中止するよう厳重に注意した。 除害装置については、栗田、白石、ジヨンソン、日本光電の各メーカーに見積設計を依頼中であつた。 四〇・三・六 横須賀市長から会社あて公害防止の勧告を行なつた。 四〇・四・三〇 田中専務より除害装置について検討の結果、栗田工業の装置が最良のものと考えられるが、所定の予算額を大幅に超過するので、業者とも再度相談のうえ決定したい旨報告があつた。 四〇・五・一八 栗田工業とも相談の結果、まず化製場の施設改善を十分に行なつたうえで、除害装置を設置することになり(役員会においての決定事項)栗田工業に再度見積設計するよう依頼した旨田中専務より報告があつた。 四〇・五・二六 栗田工業より再度提出のあつた見積設計について工試に検討を依頼した旨、田中専務より連絡があつた。 ㈢ 富士チタン工業株式会社平塚工場の廃液及びガス公害 ① 所在地 平塚市新宿一一五 ② 用途地域 工業地域 ③ 操業開始年月 昭和三一年四月 ④ 資本金 三億二、〇〇〇万円 ⑤ 従業者数 五〇〇人 ⑥ 業 種 化学工業(酸化チタンの製造) ⑦ 公害の種類 廃液及びガス ⑧ 公害の発生源 鉱石(砂鉄)から金属チタンを抽出するため溶解反応タンクに鉱石と濃硫酸を入れて加熱溶解する際に発生するガス(亜硫酸ガス)と硫酸ミスト並びに鉄と硫酸を含む廃液及び廃液処理の過程で混入するカーバイト滓を含む汚水。 ⑨ 公害の程度 廃液 PH 一~一四 (基準値五・八~八・六) COD 三五〇~六四〇 (基準値日間平均五〇) (基準値最 大八〇) 浮遊物質五、三〇〇~五、九〇〇 (基準値日間平均 七〇) (基準値最 大一〇〇) 鉄 五四六~五七六 (基準値日間平均一〇) ② ガス 周辺の住民に著しい障害を与えた事例があつたにもかかわらず、除害設備が全くなされていない。 ⑩ 処理経過 三五・八・四 平塚市長から知事あて陳情。 三六・五・二 平塚漁業協同組合から知事あて陳情。 三七・四・三 知事名で工場あて公害防止対策を勧告。 三八・三・三一 廃液処理施設を設置したが、その後同施設は故障が多いのでしばしば改善するよう指示した。 三九・九・五 工場廃水処理につき改善方指示した。 三九・一二・二八 平塚市長から知事あて公害認定の依頼があつた。 四〇・一・二八 公害と認定された。 (廃液およびガス) 四〇・二・一三 平塚市長から会社あて公害の防止について勧告。公害除去計画書を三月末までに提出するよう指示。 四〇・三・三〇 平塚市において会社からの公害除去計画書収受。 四〇・四・三〇 会社から日本開発銀行の融資を受けたいので、融資あつ旋方依頼の文書が提出された。 四〇・四・二二 公害防止対策について、会社案ができたので、現地で事情聴取。具体的に文書で提出するよう指示した。 四〇・五・六 公害課にて、会社側より公害防止対策について事情聴取。アンモニアタンク、沈澱池の容量等が不明なので、詳細な計画書を提出するよう指示した。 四〇・五・二五 公害防止対策についての文書を平塚市を経由して収受。この計画では、既に会社で説明のあつた浮遊物除去の施設(振動篩)がない。水量に対してピツトの大きさが小さくてアルカリを注入しても完全に中和されない等不完全である。なお、中和処理施設の完成時期は、一応本年七月を目標としている。ガスについても具体的資料がないので適否の断定はできないが、この計画では硫酸ミスト二酸化硫黄を除去することは、困難と思われるので、更に具体的な資料の提出を要求した。 ㈣ 株式会社大同鉄工所の騒音及び振動公害 ① 所在地 横浜市鶴見区上末吉町一、三四四 ② 用途地域 住居地域 ③ 操業開始年月 昭和一五年四月 ④ 資本金 四、五〇〇万円 ⑤ 従業者数 二四人 ⑥ 業種 鍛造業 ⑦ 公害の種類 騒音及び振動 ⑧ 公害の発生源 ①騒音 鍛造機(一トン及び四分の一トンエアハンマー)のハンマ衝撃音と排気音及びコンプレツサーの吸気音。 ② 振動 鍛造機のハンマ衝撃による振動 ⑨ 公害の程度 ① 騒音 近接住宅で 八〇ホン 四〇~五〇mのところで六五ホン (公害基準値 五五ホン) ② 振動 近接住宅で 二~五㎜/S 二〇~二五mのところで〇・六㎜/S (公害基準値 〇・六㎜/S) 陳情者 附近居住者 二三人 ⑩ 処理経過 三九・一・三一 横浜市長あて陳情(二二人連名) 提出 三九・四・二四 工場、陳情者、市で話し合い。 三九・六・一七 再度、横浜市長あて陳情書提出。 三九・八・二五 横浜市長名で条例八条による公害防止勧告。 三九・一〇・二〇 県、市、工場、陳情者とで話し合い。 三九・一二・三 知事あて陳情書提出。 三九・一二・一二 横浜市長から知事あて公害認定申請書提出。 三九・一二・二五 工場、陳情者、市とで話し合い。(現在地での移設計画が工場側から提示された) 四〇・一・二八 公害と認定された。 (騒音及び振動) 四〇・二・四県、市、工場、陳情者による話し合い。 四〇・二・一〇 工場より移設計画の提出があつた。 四〇・三・一 認定後の勧告を行なつた。 (鶴見保健所長名) 四〇・三・八 県、市、工場による移設計画の検討を行なつた。 四〇・三・二二 県、市、工場による移設計画の検討を行なつた。 四〇・三・二四 工場より最終の移設計画書案が提出された。 四〇・三・三一 県、市、工場、陳情者による話し合い。 移設計画を説明し、この計画を実施することで陳情者の了承を得た。 四〇・五・二〇 鍛造機移設の許可申請書が提出された。 なお、鍛造機移設計画に対し、陳情者、町内会長ほか附近関係者より承諾書が提出された。 (神奈川県企画調査部公害課「公害行政概要」(昭和四十年)神奈川県庁蔵) 第二章 社会運動 第一節 労働運動 二六一 昭和二十一年一月~二十四年六月月別型態別発生労働争議調 二十一年~二十四年六月 月別型態別発生労働争議調(当月発生) 備考 この統計は当課に報告のあつたもので当月発生した争議行為である。 内訳の其他とは罷業、怠業を除いた工場閉鎖、業務管理亦WildcatStrikeと云はれた定時退庁、総辞職、国鉄の安全運転、一斉賜暇戦術等である。 全般的な傾向 昭和二十一年、二十二年及二十三年中間迄は殆んどが経済生活向上の為賃上げに終始し此れが二十一年の八月産別会議結成から十月攻勢と銘打ち海員、電産、国鉄、東芝等賃上・整理問題より横の連絡をもつ□り政治的性格を含んだ所謂「労働攻勢」として長期亦長時間ストで殆んどが労働者の勝利□なつたが二十三年中頃より漸く金詰りから企業整理の兆が抬頭しはじめるや今迄の「労働攻勢」 「防衛斗争」と変り要求項目を其都度変へた短時間スト(一時間、二時間、半日スト)を数多く行い亦関連産業との共同斗争が活発となつたゝめ二十四年以降は争議件数が俄然多くなつてゐる。 因に一月から六月迄(二十四年)の争議件数七十三件中の ・賃上のための争議は 十八件 ・企業整備反対のための争議は 三十五件 (退職金問題も含む) ・其他は 二十件 (賃金遅配反対、国電同調スト都公案条例反対同調スト) となつてゐる。 (神奈川県厚木労政事務所「統計表綴」(昭和二十四年)神奈川県庁蔵) 二六二 昭和二十一年五月一日現在労働組合名簿 号外 昭和二十一年五月九日 神奈川県教育民政部長(印) 労働組合(勤労団体)名簿に関する件 標証の件に関し今般県下管内に於ける労働組合(勤労団体)実体把握上其の他必要と認めましたので五月一日現在にて労政課にて作成致しました。依つて各勤労署自体におかれても何かと連絡上必要と思はれますので、御参考迄に御送附致します。 「昭和弐拾壱年五月壱日労働組合(勤労団体)名簿神奈川県労政課」 各勤労署長殿 〔注〕神奈川県食糧営団北相地区従業員組合以下はペン書きである。この文書作成後に相模原勤労署において書入れたとおもわれる。 (相模原労政事務所「県下労働組合単位連合体名簿綴」(昭和二十一年)神奈川県庁蔵) 二六三 昭和二十一年現在神奈川県下労働組合連合体組織実態調 「昭和二十一年九月五日労働組合連合体調神奈川県労政課」 目次 ○総同盟神奈川県連合会 ○総同盟神奈川金属労働組合 神奈川県労働組合協議会 全日本機器労組準備会神奈川支部 ○全国鉄労組 全日通労働組合 全日本鉄鋼産業労働組合 全日本映画演劇労働組合 全逓信従業員組合 全国港湾労働組合 全国生命保険従業員組合連合会 煙草労働組合 関東電気工業労働組合 関東地方化学労組神奈川県支部 全日本医療従業員組合協議会 全国硫安工業労働組合連盟 ○横浜市従業員労働組合連盟 ○東芝関東地区労働組合連合会 ○保土ケ谷化学工業労働組合 ○石川島芝浦タービン労働組合連合会 ○芝浦製作所労働組合連合会 ○東洋通信機労働組合連合会 ○富士通信機労働組合 ○ヂーゼル自動車工業労働組合連合会 ○浦賀船渠労働組合 ○富士電機従業員組合 ○東京急行従業員組合 ○戸塚地区労働組合連合会 ○神奈川県中部労働組合連合会 ○印ハ届出ノアツタモノ 労働組合総同盟神奈川県連合会 代表者 三木治朗 昭和二十一年二月三日結成 川崎市大島町四ノ四九 鋼索製線労働組合川崎支部 五五五 三菱川機従業員組合 一、九一二 昭和電線労働組合 九四〇 日本高炉セメント労働組合 一六〇 日本冶金工業労働組合 四〇〇 東洋電機横浜工場従業員組合 一、五三三 同 戸塚工場従業員組合 九九二 東芝鋼管従業員組合 二一二 芝浦共同工業労働組合 六四九 横浜交通労働組合 一、二七五 横浜市水道従業員組合 二七〇 日本麦酒従業員組合 二〇六 臨港バス労働組合 一七九 文寿堂従業員組合 六六四 日本鋼管川崎製鉄所従業員組合 三、一八六 三機工業労働組合 二八五 内務省土木従業員組合 一〇〇 同 京浜支部 一〇〇 小田原運送労働組合 一八二 小田原自動車工業従業員組合 五一 大同製鋼川崎工場労働組合 一五四 東京機器工業労働組合 五四三 日本製鋼所横浜製作所従業員組合 三八八 宇山カーボン支部 五七 保土ケ谷一般労働組合 五〇 保土ケ谷化学保土ケ谷工場従業員組合 五二六 同 横須賀工場 一一四 東亜計機労働組合 六〇 日本鍛工川崎製造所労働組合 五五 同 秦野工場 〃 八八 鈴木製作所川崎工場労働組合 八四 計三一組合 一五、九七〇名 労働組合総同盟神奈川金属労働組合 昭和二十一年五月十三日結成 代表者 土井直作 川崎市浜町三ノ二六 三菱川機従業員組合 東洋電機横浜工場従業員組合 東芝鋼管従業員組合 芝浦共同工業労働組合 三機工業従業員組合 東亜計機労働組合 六〇 東京機器 〃 五四三 日本製鋼横浜工場従業員組合 同 富士製鉄所 〃 大同製鋼川崎工場 〃 日本鍛工川崎工場労働組合 同 秦野工場 古河鋳造従業員組合 四四五 計一四組合 五、七八二名 神奈川県労働組合協議会 帝国金属横浜工場従業員組合 一〇七 池貝自動車労働組合 六六六 三菱化工機川崎労働組合 三一〇 日蓄従業員組合 八六四 日本造船富士見工場従業員組合 三四六 同 鶴見工場 〃 三二〇 東芝堀川町工場 〃 四、三一〇 同 電子研労働組合 一三六 関東配電従業員組合神奈川支部 一、七三一 ヂーゼル自動車川崎勤労組合 一、六六〇 同 鶴見労働組合 九三〇 三菱化工機鶴見工場従業員組合 二三三 京三製作所労働組合 一、一七〇 ヂーゼル自動車末吉製造所勤労組合 二二七 東京兵器労働組合 二六〇 石川島芝浦タービン労働組合 八一七 東芝鶴見労働組合 二、六二五 日本鋼管鶴見製鉄所労働組合 一、五八五 大阪造船所横浜工場 〃 一四三 開工社製作所従業員組合 六四 小田原郵便局 〃 二七六 横浜西部運送㈱従業員組合 一六二 東京中島電機本社 〃 一九九 計二四組合 一九、一四一 全日本機器労働組合準備会神奈川支部 常任執行委員長 中村秀弥 昭和二十一年六月二十四日結成新興クラブ 池貝自動車工業労働組合 六六六 〃鉄工神明工場 三六四 〃 尻手 二〇一 〃 溝口 二一七 早川鉄工所川崎工場 八九 半田(製作所)労働組合 三五 日本造船海岸工場 三六六 〃 鶴見 三二〇 〃 富士見 三四六 日産重工従業員組合 二、九七九 〃 千若支部 一六九 日産重工従組柏尾支部 七四 〃 厚木〃 四三六 〃 鶴見〃 三八九 日本鋼管本牧機械 一六九 日蓄従組 八五四 日本精工藤沢工場労組 一、二九三 東京鍛工川崎工場 五五 東京兵器 二六〇 東京機械 一九〇 東缶 三六〇 東亜企業山下工場 五四 ヂーゼル自動車末吉製造所 二二七 〃 川崎工場 一、六六〇 不二越精機多摩川工場 六二 帝国自動車 二五八 三洋機械 二二三 三菱化工機鶴見工場 一九八 川崎工場 三一〇 自動車部品 一六八 湘南製作所酒匂工場 二一七 山本工場 一九一 東京螺子 五八〇 月島機械鶴見工場 一二一 東京ラジエーター 一四三 計三五組合 一五、五四八 全国鉄単一労働組合(総連合) 東京地方労働組合 新橋支部 横浜支部 九、七四九 国府津支部 (各鉄道局二地方労組) 北海道地区 東北地区 千葉県 東京都 横浜支部 七四九 鶴見 京浜海運 川崎 二六三 全日通労働組合 関東地区労働組合 神奈川県協議会 溝口 藤沢 戸塚 小田原 一七三 松田 五〇 鎌倉 横須賀 四五二 新潟地区 中部 関西 中国 四国 九州 群馬県 埼玉県 茨城県 栃木県 十一組合二、五〇〇(概数) 全日本映画演劇労働組合 東宝従業員組合 本社支部 営業部〃 撮影所支部 横宝職場会 横須賀〃 追浜 〃 平塚 〃 小田原〃 熱海 〃 松竹従業員組合 横浜シネマ従業員組合 九州 〃 中部 〃 東北 〃 北海道〃 技術研究所従業員組合 松竹大船従業員組合 京都製作所従業員組合 全日本鉄鋼産業労働組合 奥羽支部 東北支部 関東支部 北信支部 関西支部 中国支部 日本鋼管鶴見製鉄所従業員組合 一、五八五 同 川崎製鉄所従業員組合 三、六八六 日産重工業従業員組合鶴見支部 三八九 日産化学工業川崎神明労働組合 一四四 三機工業川崎工場労働組合 二八五 東亜産業戸塚工場従業員組合 三五一 特殊製鋼従業員組合 三七〇 日本電解労働組合 四三二 自動車鋳物従業員組合 三六五 日本冶金川崎製作所労働組合 四〇〇 昭和特殊製鋼従業員組合 三六九 日本鋳造従業員組合 五九六 大阪造船所横浜工場労働組合 一四三 日本金属川崎工場従業員組合 四〇〇 同 横浜工場従業員組合 一三五 其ノ他 十二組合 ― 本県下 十五組合 九、六五〇 全逓信従業員組合 関東地方連合会 神奈川地区協議会 東部連盟 横浜支部 特定局部会支部 其の他 中部連盟 藤沢支部 其の他 三浦連盟 横須賀支部 特定局横須賀支部 其の他 湘南連盟 小田原支部 上部会支部 其の他 全国港湾労働組合 二十一年八月十 二日 東京駒沢 北海道地区協議会 東北地区協議会 東京湾地区協議会 名古屋地区 〃 大阪 〃 広島 〃 九州 〃 横浜港運労働組合 一、一一七 横浜港湾労働組合 一、八〇七 横浜屋外労働組合 九、七〇〇 川崎港湾労働組合 一〇二 芝浦港湾荷役労働組合 相模港運労働組合 計六組合約二五、〇〇〇名 全国生命保険従業員組合連合会 日本生命従業員組合連合会 東北 東海 関東地方委員長会 横浜支店従組 各支店従組 北陸 近畿 中国 四国 九州 煙草労働組合 東北 関東地方連合会 秦野支部 三七七 中部 西部 四国 九州 関東電気工業労働組合 沖電気 二十一年四月二十六日 落合英一 東芝堀川町工場 四、三一〇 〃柳町工場 三、〇六八 日本電気労組玉川向支部 一、五七四 〃 生田支部 三三〇 安立電気従組吉田支部 七六五 日本通信工業従組 六八八 東洋通信機川崎工場 七五九 富士通信機川崎工場 一、二八六 日本ビクター 八一六 日立製作所戸塚工場 一、三五八 県下十組合 一五、七一九名 関東地方化学労組神奈川県支部 二一―五―二七 (神奈川県化学工業労働組合) 保土ケ谷化学保土ケ谷工場 五二六 鶴見 二一二 横須賀 一一四 三菱化成鶴見工場 六二六 三菱石油川崎製油所 一八五 鶴見曹達 一〇九 大有化学平塚工場 九九 関東電気工学保土ケ谷工場 二一一 横浜ゴム神奈川工場 八七 日本石油横浜製油所 三七四 小西六写真工業 九四 日本油化工業川崎工場 六八 計 十二組合 二、七〇六名 全日本医療従業員組合協議会 全日本医療団従業員組合 神奈川県医療団従業員組合 各都道府県組合 日本医療団横浜市従業員組合 七一 日本医療団横浜同愛病院従組 五〇 日本医療団神奈川県支部従組 八四 計三組合 二〇五名 全国硫安工業労働組合連盟日東化学工業横浜工場従組 四九四 昭和電工㈱川崎工場従組 七四二 二一年五月二八日 加入組合 二六 組合員約三万 横浜市従業員労働組合連盟二十一年三月 二十二日 八木秀雄 八組合 三、七四七名 横浜市職員労働組合 横浜市従員業組合 横浜市復興局職員組合 横浜市水道職員組合 横浜市十全病院職員組合 横浜市交通労働組合 横浜市水道従業員組合 横浜市全区役所職員組合連合会 =保土ケ谷、磯子、中、南、西、鶴見、神奈川、港北、戸塚各区役所職員組合 東芝関東地区労働組合連合会 代表者 片山数一 堀川工場内 昭和二十一年三月三十一日 東芝堀川町工場 四、三一〇 柳町 〃 三、〇六八 本社 九六九 小向工場 一、三九九 電子研究所 一三六 鶴見工場 二、六二五 塚越工場 四六一 芝浦製作所川崎工場 六八八 〃 大船〃 三七九 石川島芝浦タービン 八一七 日本ビクター 芝浦共同工業 六四九 中央研究所理化学研究所 府中工場 足立〃 砂町〃 川口〃 荏原〃 山岸〃 東芝車輛 東芝工機 計二十一組合 二九、二八〇名 保土ケ谷化学工業労働組合亀田東伍 二十一年四月二十日結成 本社労働組合 大島工場 王子〃 江古田〃 豊島〃 保土ケ谷 五二四 鶴見 二一二 横須賀 一二一 研究所 一〇八 郡山工場 白浜〃 小名浜〃 富山〃 佐伯 計 十四組合 一、三三〇名 石川島芝浦タービン労働組合連合会 鶴見 八一七 本社 杉本 辰野 伊那 木曾 松本精機 計七組合 芝浦製作所労働組合連合会 川崎工場 六八九 大船工場 三七九 小浜工場 計 三組合 東洋通信機労働組合連合会 田口弘 川崎工場内 二十一年五月七日 川崎工場従組 七五九 栗橋工場〃(埼玉県) 豊橋工場〃(愛知県) 計 三組合 一、三六五名 富士通信機労働組合 勝俣宗義 川崎工場内 二十一年五月二十五日 川崎支部 一、二八六 下館支部(茨城県) 五九一 須坂支部(長野県) 五七六 計 三組合 二、四五三名 ヂーゼル自動車工業労働組合連合会 小林一郎 川崎工場内 昭和二十一年七月十日 川崎勤労組合 一、六六〇 鶴見労働組合 三〇〇 菅製造所労働組合 二七八 末吉製造所勤労組合 二二七 大森労働組合 計 五組合 五、五三三名 浦賀船渠労働組合 上野才次 浦賀造船所内 昭和二十一年八月二日 横須賀支部 横浜支部 東京支部 富士電機従業員組合連合会 川崎工場従組 一、一九六 東京急行従業員組合 (電車関係) 品川支部(旧京浜線) 一、一八七 横浜支部(湘南線) 七五一 相模支部(神中線) 四三〇 目黒支部(目蒲、池上、大井線) 渋谷支部(東横、玉川、井頭線) 新宿支部(小田原線、江島線) 京王支部(京王線) (本社関係) 本社支部 倉庫支部 (自動車関係) 自動車東京支部(東京自動車部) 自動車神奈川支部(神奈川自動車部) (傍系関係) 東横興業支部(東横興業株式会社) 神奈川中央支部(神奈川中央乗合自動車㈱) 三二三 戸塚地区労働組合連合会 飯田 馨 日立戸塚工場内 昭和二十一年五月十七日 東洋電機戸塚製作所従業員組合 九九二 日立製作所戸塚工場労働組合 一、三五〇 日本ビクター戸塚工場従業員組合 七四八 日本タイヤ横浜工場従業員組合 一八五 国華工業戸塚工場従業員組合 三九 東和産業戸塚工場従業員組合 三五一 日産重工従組戸塚支部 三五一 〃 柏尾支部 七四 日本火工従業員組合 一一一 戸塚区役所職員組合 七二 戸塚郵便局従業員組合 八二 計 十一組合 四、二二九名 神奈川県中部労働組合連合会 春山文五 (東京計器) 昭和二十一年六月五日結成 東京計器内 茅ヶ崎地区労働組合連合会 春山文五 (東京計器) 昭和二十一年五月十七日 東京計器内 東京計器茅ヶ崎工場労働組合二五九 日本内燃機寒川製作所労働組合一六六 茅ヶ崎製作所従業員組合 二五四 東洋カーボン従業員組合 一九二 サガミ化学工業従業員組合 二二 東洋陶器従業員組合 茅ヶ崎郵便局従業員組合 藤沢地区労働組合連合会 関野忠義 (日本精工) 日本精工内 日本精工藤沢工場労働組合一、二九三 〃 職員組合 二〇七 東京螺子製作所従業員組合 六〇〇 日本煉鋼労働組合 藤沢市役所従業員組合 日本光測器従業員組合 日通関東地区労働組合藤沢支部 関東配電従組神奈川支部鎌倉分会 辻堂地区労働組合連合会 下川五郎 (山本工場) 山本工場従業員組合 一一〇 松下産器産業電池製造所 辻堂工場労働組合 一六〇 辻堂園池従業員組合 一〇四 大気工業労働組合 一一六 宍倉工業労働組合 平塚地区労働組合連合会 野崎□□ 平塚郵便局内 平塚市役所従業員組合 平塚郵便局従業員組合 大有化学平塚工場労働組合 一〇六 関東配電従組神奈川支部平塚分会 国際航空労働組合 (神奈川県相模原労政事務所「県下労働組合単位連合体名薄」(昭和二十一年)神奈川県庁蔵) 二六四 昭和二十二年六月現在単位労働組合および労働協約締結状況 昭和二十二年六月末現在単位労働組合設立及労働協約締結状況 労政課組合係 (神奈川県厚木労政事務所「統計表綴」(昭和二十二年)神奈川県庁蔵) 二六五 昭和二十二年十一月現在単位労働組合の組織状況 昭和二十二年十一月末現在調 労働統計表 目次 一 登録単位労働組合事務所別設立解散状況 二 登録単位労働組合月別設立状況 三 登録単位労働組合産業別設立解散状況 四 登録単位労働組合事務所別産業別状況 五 登録単位労働組合規模別状況 (イ)事務所別 (ロ)産業別 六 登録単位労働組合系統別状況 神奈川県労政課組合係 ⑴ 昭和二十二年十一月中 登録単位労働組合事務所別設立解散状況 労政課組合係 ⑵ 昭和二十二年十一月末 登録単位労働組合月別設立状況 労政課組合係 ⑶ 昭和二十二年十一月中 登録単位労働組合産業別設立解散状況 労政課組合係 ⑷ 昭和二十二年十一月末 登録単位労働組合事務所別産業別状況 労政課組合係 ⑸ 昭和二十二年十一月末 登録単位労働組合規模別状況 労政課組合係 (イ) 事務所別状況 (ロ) 産業別状況 ⑹ 昭和二十二年十一月末 登録単位労働組合系統別状況 労政課組合係 (神奈川県厚木労政事務所「統計表綴」(昭和二十二年)神奈川県庁蔵) 二六六 昭和二十三年四月分労働紛争争議 産業別形態別参加人員(括孤内は前月より引続けるものを表はす) 系統別形態別参加人員(括弧内は前月より引続けるものを表はす) 地区別形態別参加人員(括弧内は前月より引続けるものを表はす) 地区別参加人員において件数の増加したのは連合形態のものを特に地区別に分類したためで主なものは東芝、日産重工業である。 昭和二十三年四月分労働紛争議(前月以前より継続のものを含む) (神奈川県厚木労政事務所「統計表綴」(昭和二十二年)神奈川県庁蔵) 二六七 昭和二十四年一~五月末現在工場閉鎖ならびに人員整理状況 (表紙)「昭和二十四年一月発生~五月末日現在調 企業整備に伴う工場閉鎖並人員整理状況 目次 一 形態別分類 二 事務所別形態表 三 産業別形態表 四 事務所別規模別状況 五 原因別状況 六 月別状況 七 企業整備率 八 事務所別産業別状況 本統計は昭和二十四年一月より五月末日までに本課使用者係に報告のあった企業整備状況調書中整備企業体七四事業場について分析せるものである。 神奈川県労政課使用者係作製 」 一般概況 本県に於ける企業整備状況を昭和二十四年一月発生より五月末日現在まで分として一応報告のありしもの七四事業場について分析せるものである。 1 形態別分類 形態別にすると事業場閉鎖をしたもの七四件中 二二件で人員整備に伴う事業縮少を図つたもの七四件中 一七件となつている。 2 解決状況 現在までに解決したもの 七四件中 五七件で未だ未解決のもの 七四件中 一七件となつている。 3 事務所別形態表 一月発生より五月末まで 4 産業別分類 一月発生より五月末まで 5 事務所別規模別状況 6 原因別状況 一 売掛金の回収困難 三件 二 販売不振 三件 三 経営困難 三二件 (註) 三号の経営困難とは、一、二、四、五、六、八等の諸原因が複合したものである。 四 資材難 三件 五 金融資金難 一九件 五 生産不振 一件 七 不明 一一件 八 其の他 二件 計 七四件 7 月別状況 一月発生より五月まで 解決 未解決 一月分 四件 一月分 〇件 二月分 一一件 二月分 〇件 三月分 四件 三月分 四件 四月分 一七件 四月分 四件 五月分 一六件 五月分 九件 計 五二件 計 一七件 (註) 解決月日不明のもの(解決済み) 五件 計 七四件 8 企業整備率 本統計により一月~五月までの整備企業体七四事業場についてその比率をみると 七四事業場組合総数 二三、九二七名 企業整備総人員 六、九六四名 で三割四分八厘を示めしておる。 尚本統計中には未解決のものもあるからこの比率は若干の変動があり、又未調査事業場を含めた場合はこの比率以上になると思われる。 9 産業別事務所別状況 一月~五月 以上の調査により人員整理を伴つて企業整備は京浜地帯の中小企業体の機械器具工業、金属、製材、化学工業に多く、中でも電気通信工業、製材業、機械部分品工業が目立つており、戦災工場、転換工場が多い。これ等企業整備は人員整理の形で各大企業にも漸次行なはれておるのであるが実際化しておるのは未だ少数事業場であり全国的企業体でも神奈川県下の事業場へ波及しておるのは少ない。整備状況は組合活動の本格化と共に真に止むを得ないものであつても、配置転換、新会社へ吸収、又職業安定所の利用、賃下げ等による就業を基本線とする整備傾向が若干ではあるが表はれておる。 (附録) 人員整理を伴なはない整備事業場例 1 東洋通信機(株) 川崎組合員三七六名 組合と協議の結果、未払給与等も六月末までに完済し、これを機会に四月十二日に許可となつておる。 新会社、東洋通信電気会社として発足することゝなつた。 2 大同製鋼(株) 川崎工場川崎組合員三〇六名 組合と協議の結果、二四名は小里伸鉄㈱新設に吸収、一〇名は職場配置転換、六名は老齢、長期欠勤、結婚によつて退職 3 ユアサ蓄電池(株) 小田原組合員三八九名 未解決 非作業員の作業員への配置転換 (組合側反対) 4 東急横浜製作所 (横浜 組合員七一四名) 平均賃金九、〇〇〇円より二、〇〇〇円賃下げをする 未解決 5 日本光測機(株) (茅ヶ崎 組合員一一三名) 組合員の退職金により工場設備を買収して新会社を設立して発足 準備中 〔注〕目次には、二 解決状況がぬけている。 昭和二十四年一月発生~五月末日現在企業整備状況(未解決分) 〔解決分〕 (神奈川県厚木労政事務所「統計表綴」(昭和二十四年)神奈川県庁蔵) 二六八 昭和二十四年六月現在神奈川県主要単位労働組合調 神奈川県主要単位労働組合調(神奈川県労政課) 横浜労政事務所 二四・六・三〇 川崎労政事務所 横須賀労政事務所 茅ヶ崎労政事務所 小田原労政事務所 厚木労政事務所 (神奈川県厚木労政事務所「統計表綴」(昭和二十四年)神奈川県庁蔵) 二六九 昭和二十四年十一月現在産業別事務所別労働組合の組織等実態調 昭和二十四年十一月末現在 労働組合統計表 目次 ㈠ 産業別・事務所別組合数及組合員数調 ㈡ 一般労働組合産業別・事務所別組合数及組合員数調 ㈢ 公共企業体労働組合産業別・事務所別組合数及組合員数調 ㈣ 国家公務員組合産業別・事務所別組合数及組合員数調 ㈤ 産業別労働組合組織率調 (備考)本統計表は昭和二十四年六月末労働組合基本調査を基礎とした十一月末現在迄の設立解散により算定した。 神奈川県労政課 ⑴ 産業別・事務所別組合数及組合員数調 24.11.末現在(労政課組合係) ⑵ 一般労働組合産業別・事務所別組合数及組合員数調 24.11.末現在(労政課組合係) ⑶ 公共企業体組合産業別・事務所別組合数及組合員数調 24.11.末現在(労政課組合係) ⑷ 国家公務員組合産業別・事務所別組合数及組合員数調 24.11.末現在(労政課組合係) ⑸ 産業別労働組合組織率調(昭和二四・一一末現在) (神奈川県労政課) (註)①組合数及組合員数(一般労働組合、公共企業体労働組合、国家公務員組合)は昭和二十四年六月末、労働組合基本調査を基礎とし十一月末現在迄の設立、解散に上り算定した推定数である。 ②事業場数及労働者数は神奈川基準局にて調査した昭和二十四年九月一日現在労働基準法適用事業場数及労働者数に官庁事業場を加へこれを産業別に分類して十一月末現在を算定した推定数である。 ③組合数及事業場数はその単位決定の差違から(例へば数事業場を以て一単位組合を組織する等)その割合が少ない。 (神奈川県厚木労政事務所「統計表綴」(昭和二十四年)神奈川県庁蔵) 二七〇 産別会議神奈川地方会議の賃金問題等に関する要請書 要請書 さきに政府が給与審議会に提示せる業種別平均賃金案に対し我が産業別労働組合神奈川地方会議に於ては執行委員会に於て検討の結果、其の内容、本質に於て従来我々労働階級が全面的に反対し続けて来た前吉田内閣と何ら変ることのない低賃金政策であるとの結論を得、茲に断乎反対の決意を表明するものであります。 最近の食糧事情をみても前途に見通しを持たない遅欠配は、益々其の深刻の度を深めてゆく一方である。 それに加えて物価の昂騰はその止るところを知らず、特に我々働く労働者の生活は益々飢餓と窮乏とにさらされてゐる現状である。 然も此の業種別平均賃金案の当然の裏付ともなるべき食糧の完全配給が根本的にくづれて来てゐる今日の現状に於て万一此の飢餓賃金政策が強行されるならば吾々労働階級の生活は破綻し、政府自らが危機に瀕してゐる日本経済の前途を益々危険ならしむる結果となる以外の何物でもない。 我々労働者は今こそ日本経済再建の為、自らの生存権を護り抜く為にも此の際全力を全労連の大組織のもとに結集して、政府の陰謀を粉砕すべき秋である。 更に神奈川県下に於ても賃金不払、企業整備に依る大量首切が身近に迫つて居り、即時全国的反対闘争を展開される様要望するものであります。 一九四九年七月二十八日 産業別労働組合神奈川地方会議(印) 殿 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 二七一 昭和二十二年産別会議神奈川地方会議運動方針 新しい情勢に対する新運動方針案 横浜市西区高島通り二ノ三〇新興クラブ一階 産業別労働組合神奈川地方会議 ㈠ 情勢 A 国際情勢 1 客観的条件 イ 第二次世界大戦にフアシズムに勝利した民主主義勢力は戦後急速に拡大強化したが、最近特に世界的連帯を強くして来た。 ロ 深刻化した資本主義の危機を救ふ為の反動的資本家的コースは次第に進歩的民主的コースに席をゆづつて来たが、其の速度は近時益々大となり、今や世界的に―「資本主義より社会主義へ」の革命が民主勢力の指導のもとに急速に進展してゐる。 民主勢力は着々勝利を拡大してゐるのである。 ハ 金融独占資本は最後のアガキを見せて益々狂暴となり、反動陣営の統一強化に狂奔しこれが急速にフアツシヨ的傾向を強くして来た。これが階級対立激化の現象を呈して居る一つの理由である。 ニ 但し資本主義の本質上、特に最近世界恐慌が迫り又民主勢力の攻勢強化に伴ひ反動陣営内部の矛盾対立は著しくなり、資本主義国家間の対立が激化して居る。此の対立をインペイする為にも亦世界的階級対立の激化が不当に大きく宣伝されて居ることを注意する必要がある。 2 主体的条件 イ 世界労連は非常な成長を見せ、現在日本の労働組合と米国のAFLを除く全世界の労働組合をその傘下におさめ、殆ど世界的な労働戦線の統一が完成された。 ロ 世界労連は国際連合に対する発言権を増大してゐる。 ハ 労働者を中心とした民主勢力は各国に於て勝利に輝く闘争を展開してゐる。 B 国内情勢 1 客観的条件 イ 戦後相対的に勢力を増した金融独占資本は、今や大ヤミ資本となり、地主、官僚と結びついて国家権力をほしいまゝにし、資本家的再建コースを強行しやうとしてゐる。これはフアツシヨ的植民地的日本の建設を意味する。而して、搾取の重点を流通面より生産面に次第に移行しようとして居る事が特に注目される。 ロ 此の為に独占金融資本は、一方国外反動勢力との結合に努力すると共に保守政党、官僚群、暴力団、新聞放送、其他の教育宣伝機関を運用して勤労階級に飢餓と窮乏を強制し、中小企業を犠牲にし、一部大産業資本にさえ圧迫を加えてゐる。これに依つて益々金融資本の支配権を強化して居る。 一部の労働運動指導者さえ之に屈伏して、反動勢力の手先になる傾向を見せる組合も表はれて来た。 ハ 此の為に片山内閣は充分に社会党の政策を実行出来ず、却つて『高度民主主義』の名の下に反人民的政策を強行する金融独占資本のカイライ政権と化してゐる。金融独占資本は内閣に対する不満を全て社会党に集中せしめ、民主的政党を国民より孤立させ、次期政権を純然たる保守政権として公然と実行出来得る様に工策を進めてゐる。 (社会新聞、第六四号、八月十一日附参照)此の悪ラツな陰謀に乗ぜられてゐる国民が相当数見られる。 ニ 経済危機の深化と共に国民の覚醒も著しく、民主勢力の力は非常に増大し反動政策に対する攻撃も次第に強くなり、保守反動陣営内部の動揺対立も著しくなつてゆく。然し此の対立(特に金融資本と産業資本との対立)を不当に過大評価する事は出来ない。 ホ かくして経済危機は政治危機を招き、両者は互に作用し合つて益々その危機を深めてゆく。 へ 反人民的政策の主要なものをあげれば次の様である。 1 食糧攻勢―計画遅配欠配、生きる為の買出の取締強化、飯米を残さない程の強制供出、而も大ヤミ大量の隠退蔵の許容。 2 高物価、低賃金制―鉄道運賃其他丸公の一斉引上げ、賃金一、八〇〇円のクギ付、賃金の不払、分割払、結局実質賃金の大幅引下げとこれに伴ふ職場放棄に依る消極的首切り。 3 企業整備と賠償―真の産業復興を考へず、資本家本位のやり方で積極的消極的大量首切の強行、中小企業の圧迫強化。 4 悪税の新設―非戦災家屋税、電力消費税其他。 5 労働立法に依る攻撃―特に罷業権の抹殺、労組法、基準法、労調法等の悪用、改悪。 6 土地革命の妨害―地主擁護の農調法、土地取上げ等。 7 官僚統制の強化―ヤミ経済の拡大、小ヤミの取締り強化。 (資金、資材、主食、煙草、酒等に顕著に見られる) 8 反動的文化攻勢―特に『日本民主化完了』の神話を流布してゐる。 9 労農戦線の分裂―戦闘的組合に対する攻撃、非階級的理論の宣伝、日農の分裂を目的とする全農と全日農の結成等。 2 主体的条件 イ 日本の労働者と世界労連との連絡がとれた。 ロ 全労連を有力なテコとして、又反動勢力撃砕の闘争が盛上るにつれて全国的に労働戦線の統一運動が活発となり、民主戦線組織も地方的に実現しつゝある。 ハ 民主勢力の政治的進出に伴ひ、内閣や議会内の民主的勢力の立場を有利に導く為にこれ等の前進基地が自ら進んで議会外大衆運動との結合を望む様になつたこと、(社会新聞、第六四号、八月十一日附等参照)又これ等の基地が保守陣営の軍門に下るのを防がんとする大衆自身の努力とに依り戦線統一が促進されて居る。 ニ 二・一スト以来、内部の整備に専心して来た各組合は、今や一段と闘争体制を整へ直し、各組合員も亦、政治経済危機の深化と共に階級意識を愈々ハツキリさせて来て熱烈な闘志に燃えて居る。 C 神奈川県の地方情勢 1 客観的条件 イ 横浜市長に社会党石河氏が就任したのをはじめ、民主勢力の政治的進出が著しいが、それだけに保守陣営の逆襲も強い。 ロ 官僚知事の下に官僚群、保守政党、全国的大経営の幹部等が結集し、その上に東京に本拠を有する金融資本が君臨して政府の反動政策を強化、促進して居る。 ハ 特に郡部に於ける官僚、保守政党、農業会の勢力は著しく、是等が労働組合の背後を襲ふ一軍団を為して居る。 ニ 貿易再開、特別市制の問題等は反動陣営内部の対立を複雑化し、又激化して居る。これは亦、勤労大衆に対する種々なる圧迫をもたらして居る。 2 主体的条件 イ 民主戦線の結成 ○メーデー決議実行委員会はメーデー以来、不当課税反対闘争、生協強化運動、物価引下げ運動、社会党激励大会、飢餓突破県民大会、食糧確保運動、東北水害救援運動、検察民主化懇談会等を通じて組織を強化して来た。現在県食糧対策委員会、横浜市生活対策委員会、県下各所の民生委員会等に代表委員を送り、県政民主化に貢献して居る。 その構成も神奈川産別、総同盟、中立の各組合、各地区労連、日農、労救、生協、民科、文連、朝連、女性解放の会、社会党、共産党等県下の主要民主団体を全部網羅して居り、実質上、民主戦線の組織である。 しかし遺憾乍らこの組織は、一部の総同盟幹部の態度不明確の為に完璧のものとなつて居ない。例へば、この組織を民主団体協議会と改名して一歩前進を図る事が総同盟代表をも交へた小委員会で決定したのに拘らず、その後総同盟幹部は『改名すれば脱退する』と云ふ意志をもらして居る。総同盟以外の各団体は、改名と拡大強化を強く主張して居る。 ○経済復興会議、電力協議会の活動は、産業資本家、中小企業者、労働者、市民、農民等広汎の層を集め、産業民主戦線結成に寄与して居る。但し総同盟の態度は、当初の熱心さを失ひつゝある事が観取される。 ○即ち民主戦線結成は、全県的には、非常に困難な道を通りつゝも、一応メーデー決議実行委員会の形で現れ、着々拡大強化の気運にある。 地区的には相当強い組織も出来て活動して居る。 (中部、藤沢地区等) ロ 労働戦線の統一 ○神奈川産別は無条件合同、大産別整理を目標に、不断、総同盟その他に統一を呼びかけて居るが、総同盟が同調しない為に成功して居ない。 ○メーデー決議実行委員会の中の地方対策委員会も、総同盟の時期尚早論の為に、活動休止のやむなきに至つて居る。 ○メーデー決議実行委員会は七月末以来、三回に亘つて戦線統一の問題を正式議題にのせて討議し、更に八月九日、全県工代会議で全自動車より地労連結成の提案もあつたが、総同盟幹部はこれに反対の意志を明かにした。各地区労連、中立の全自動車、電線等は地労連結成を強く主張して居り、総同盟を除いて組織しようとの声も高い。 ○現在、横浜市内一部の区を除けば、全県下に亘り各地区労連が結成されて居る。特に、大船、藤沢、平塚、小田原、秦野、厚木の六地区は企業整備その他の問題について、連絡協議会をもち、又地労連結成の運動を強めて居る。 ○総同盟県連は、神奈川産別を除く県下各組合に独自の統一方針書を送り、検討を申し入れた、(七月末)しかしこの方針書の階級性に疑問を抱いて多くの組合がこの申し入れを黙殺して居る様である。そればかりか、総同盟内部よりも、方針改正の声が起つて居り、更に地労連結成の要望が闘争のもり上りと共に強まりつゝある。 ○要約すれば労働戦線統一は、全県的には出来て居ないがその要望は強く、充分機は熟して居るので、総同盟県連幹部の考へ次第で直ぐにでも出来る態勢にある。 ハ 神奈川産別の現況 ○県下組織労働者十九万中、総同盟三万、中立(大組合のみ)三万、神奈川産別八万である。しかし県下に存在する全国的に有力な組合は殆ど神奈川産別に結集して居る。 ○冷凍、日平産業等が新に加入し、日国工業、横浜ダイカスト及び三菱電機等は夫々、機器、電工と密接な連絡をとつて居り、他の組合も次々に我々に接近し、総同盟傘下組合でさえ闘争の指導や、共同闘争を我々に依頼して来るものが増加して居る。 ○之を要するに、神奈川産別は県下最大の組織をもち、メーデー決議実行委員会の活動、その他民主戦線、労働戦線統一の為の一大推進力を為して居る。県下全労働者数に比すると、組織率はまだ充分大でないが、着々、組織を拡大強化して居る。 ニ 闘争の情況 ○企業整備、食糧、物価、賃銀等の闘争が活発とならうとして居る。東芝、鋼管、三菱、日立、日産各連合会、電工、紙機、鉄労、全官公、電線、海員、その他殆んどすべての組合が闘争又は闘争準備中である。 ○闘争は各企業毎に起り、之が企業間の連携にすゝんでゆく事、闘争は下請工場、中小企業等をまき込み、更に市民、農民との闘争へ進む事。 かくして全人民的、地域的大闘争にもり上る傾向にある事、而も、これらの闘争が単産の闘争として統合され、大産別の線に結集してゆく、こゝに成長した労働者の闘争の新しい特徴的様相が見られる。 ㈡ 運動方針 A 闘争目標 1 適正価格に依る生必物資の完全配給、これに基く地域的生活給の確立の為の闘争。 2 物価安定を基礎とする最低賃金制の確立の為の闘争。 これ等は食糧、賃金此の二つの闘争の統一されたものであり、今後闘争の最大中心である。 これ等は労働者自身の要求であると共に、市民、農民の要求とも一致する全人民的重要性を持つものである。 特に米の消費県である京浜工業地帯を有し、又貿易其他の中小工業を有する本県に於て重要な闘争である。 具体的には イ 遅配欠配手当獲得闘争―これは確固たる賃銀制獲得までの暫定措置であること。 ロ 名目賃銀引上の闘争―丸ヤと丸公価格より算出す。 ハ 業種別平均賃銀制反対。 ニ 地方、地区物価賃銀会議に依る要求の統一と闘争の連絡。 ホ 協同組合の組織と荷受権獲得の闘争。 3 資本家的企業整備、賠償に伴ふ首切反対闘争。 前記1、2の闘争こそこの闘争の重要な一環であり、出発である。猶ほ企業整備に対しては 1 首切反対闘争、完全雇傭の為の闘争。 2 会社案の検討、労働者案の作製。 3 企業整備に関する法律の、政府案反対、労働者案の作製。 4 業種別対策委員会の活動を強化する。 5 失業保険、失業者経費等失業対策を考慮する事も必要である。 賠償対策としては 1 施設撤去緩和の懇請。 2 同 延期の懇請。 3 施設撤去に際して首切をさせないこと。 4 指定工場代表者会議を開き対策委員会をつくる。 4 中小企業擁護の闘争 イ 電力、資金、資材等の獲得の闘争が中心である。又技術的指導も重要である。 ロ 従業員は組合に組織し、企業主は生産協同組合(従来の同業組合は闘争組織でないから之に依存しない方が良い)両者が共同闘争する様に指導する。 但此の共同闘争が労資協調にならない様にすること、其の為に親会社の労組や産別が充分に指導すること。 ハ 組織と闘争の指導は各単産の中小企業対策委員会と神奈川産別の中小企業対策部門とが共同して行ひ、単産に入り得る組合は単産組織に入れ其他は各行政単位の合同労組に組織する。 B 闘争戦術 1 交渉其他凡ゆる戦術を総合的に駆使し最も有効適切に罷業権を行使する。即ち罷業権は絶対に確保して置く。そして之を発動し得る態勢を整へておく。 2 言論、出版、集会の自由を確保し之を活用する。 3 労働者が経営の責任を請負のではなく、労働条件を改善しながら生産意欲を高める為の生産復興闘争を行ふ。 4 文化、教育、スポーツ、調査活動を強化する。但し階級的立場を守り、労働運動進展の為に統一的、計画的に行ふものである。 教職員組合、文化団体等との協力を積極化する。 5 市民、農民、失業者との共同闘争を強化する。 (食料問題、供出問題等) 6 凡ゆる機関や組織との連絡協調を図り、特に広範囲の共同行動組織を作る。又総同盟、中立、メーデー決議実行委員会、経済復興会議、電力協議会等の全県的組織と協力し、更にG・H・Q、対日理事会、議会、内閣等の連絡交渉を積極化する。勿論これらの動きを下部に徹底させると共に、これらの運動を中央の産別や全労連へ結集させるのである。 C 文化闘争 1 階級的立場を守る、但し公式的な階級理論を振廻すことは排斥する。 2 闘争の目標を明確にする、当面の目標は『日本の民主化完了』とか『民主化が円滑に進んでゐる』とか云ふ神話の打破、之にもとづくいろ〳〵な偽装階級理論の打倒にある。但し実利主義に陥つてはならない。 3 日常生活との結合を図る、但し日常闘争主義、誤れる新生活運動主義に陥つてはならない。 4 セクト的趣味的文化サークル主義や分派主義を克服する。 5 組合として組織的に文化運動を展開する、そして職場の事情闘争の情況に従つて凡ゆる文化の問題を取上ること。 6 文化闘争の重要な任務は、反動文化の打倒と吾が国の民主主義の伝統を生かす新しい文化の建設にあり、此の点からも労働組合が文化闘争を最も積極的に進める必要がある。 D 戦線統一 1 今次闘争を共同に行ひ、この共同行動組織を戦線統一に役立たせる。上から丈でなく、下からの共同闘争に重点をおく。 2 大産業別整理を目標にする。 3 凡ゆる分裂主義との闘争を強める。 4 地区労連、中立組合が行つて居る地労連結成運動に積極的に協力する。 5 メーデー決議実行委員会、経済復興会議、電力協議会等の現存組織を大衆的共同行動の為に活用する。 6 神奈川産別の拡大強化こそこの運動の中心である事を確認し、この為に積極的な努力をする。 7 この基本方針を県下全労働者に徹底させる。 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 〔注〕この資料は一九四七年末と推定される。 二七二 産別会議神奈川地方会議の企業整備反対声明書 声明書 終戦茲に三年、相次ぐ失政と資本家の意識的な資材の隠匿、生産サボに依つてもたらされた経済的危機は今や二百万県民の面前に未曾有の深刻な事実となつて露呈されるに至つた。 一例をあげれば京浜工業地帯勤労大衆十万の足とも称すべき国鉄鶴見、南武両線の損耗はその極に達し、従業員必死の努力にもかゝわらず連日若干の事故を生じてゐる現状であり、日発鶴見、汐田両発電所は良質石炭確保に対する経営者の熱意不足の為に全能力を発揮できず徒らに電力不足の嘆をかこつてゐる。 企業整備の強行によつて、多数の労働者は国民の痛烈なる生産復興の希求をよそに工場より街頭に放り出されんとしつゝあり、又所得税の取立によつて中小商工業者は文字通り破滅の淵に喘いでゐる。 一方官公吏待遇改善に名をかる鉄道、郵便料金の大幅引上げは窮乏せる大衆の肩に更に負担を加重せんとしてゐる。 この秋にあたり産業別労働組合神奈川地方会議は県下労働界の戦線結集を図ると共に、危機打開のため集中的方策として鶴見、南武両線の急速復旧、電力不足克服のため良質炭獲得署名運動、勤労所得税免税点の理論生計費迄えの引上、中小商工業所得税、営業税の適正化、大衆課税の削減、一方的企業整備及農地不当取上げ、売逃げ反対等々一連の生産復興斗争を確固たる決意のもとに展開し、あらゆる妨害を破砕し、県下労働者農市民の先頭に立つて斗うことを茲に声明する。 一九四八年一月二十日 産業別労働組合神奈川地方会議 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 二七三 昭和二十三年メーデー世話人会議事録 一九四八・三・二〇 神奈川産別事務局 メーデー世話人会議事録 一 日時 三月十八日十三時 一 場所 古河電線会議室 一 出席者 中立大串(電線)中村(全船)堀越(自動車)荻久保(自治労) 総同盟 国広他二名 産別 小田喜、津村、田中、小幡常任、松尾(電工) 一 神奈川地方経済再建委員労働者側委員増員に就いて、中村(全船)報告 三月十三日三者懇談会の決定に基き三月十五日次の代表が横浜市役所内自治労に集合申入を行つた 代表 産別 柳田(機器)鈴木(電工) 中立 中村(全船) 総同盟は不参加 県側 商工課長不在の為、伊東事務官奥村主事 会談内容 県側としては第一回委員会を三月十八日開く予定は誤報である。 私(伊藤事務官)個人の見解として二名―三名なれば可能である。九名増員は不可能であると思う。 第二回会談は三月十六日行われ商工課長より次の様な確答あり。 臨時委員として二名を増員する。但し第一部会(一般企業)第二部会(金融団体)等専門委員会をつくつて増員する方法もある。 定員は正委員二名、臨時委員定数を定めず。 対策 二十日十時横浜市役所新会議室に於て労働者側委員、天池(総同盟)木村(産別)及各単産より企業整備委員が集り対策をねり午後一時より商工課、労政課に交渉する。 尚二十二日第一回委員会に対する態度も当日決める。 二 産別、中立、総同盟三者は今後枠に固執することなく統一の方向に持つてゆく。(再確認) 三 メーデー対策 1 本年度のメーデーは全県一本で行う。 2 全県一本で出来ない時は藤沢以東一本とし横須賀も含む。 3 交通関係は充分研究する。 4 四月一日十時古河電線に於て開催する。 三月二十九日十三時古河電線に於て第二回世話人会を開く。 5 工場代表者会議々題 イ 準備委員の選出 ロ 大会開催場所決定 ハ 事務所を決定する ニ 其ノ他、以上の議案で全県各工場に招請状を出す。 招請者は世話人会とし、産別、総同盟、中立(各組合)を並記する。 責任者、大串(古河)、二十日十時電工、電産、総同盟から各一名宛書記を出す。 四 三月二十九日世話人会議題 1 スローガンを出せる所から出し検討する。 2 其他工代会議の準備をする。 此の討議の途中に於て総同盟国広氏は「メーデーの内容如何に依つては総同盟は単独メーデーをやる」との発言あり、これに対し出席者全員より「一諸にやれない条件があるなら示せ」との申出あり、国広氏は席をけつて立去つた。 これに対し全員協議の結果次の事が決定された。 明十九日中立代表が総同盟県連を訪問して同氏の見解が正式機関のものであるか否か、条件とは何かを確めることに決定した。 以上 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 二七四 産別会議神奈川地方会議の労働戦線統一声明書 声明書 我が産業別労働組合神奈川地方会議は一九四六・九・一三、結成し、終戦後いち早く起上り組織労働者の前衛として労働階級の利益擁護の為め全力を傾倒し来つた。この間、敵資本家階級の総ゆる暴圧に抗し、分裂策と闘い乍ら全県下労働組合の産業別整理と戦線統一の為め貢献した功績は、敵階級が如何に我が産別の妨害に狂奔したかを見てもよく実証し得るであろう。 今や資本主義の一般的危機は益々増大し、崩壊の度を高め、国際、国内、独占金融資本は自己保存の為め愈々大衆収奪政策を強行しつゝある。 現在低賃金と、労働強化と、首切と、大衆課税の重圧は人民をして餓死線上に追込め、彼等のドン欲を充たし、之に対する人民大衆の怒りに対しては警察力、武力、権力、を乱用し、総ゆる暴圧を加え経済上、社会上、政治上、の基本的人権を根底から蹂躪し、更に憲法を侵して労働階級の圧殺を企図し、新たなるフアツシズム台頭の機運にある。 全県下の労働者諸君! 今こそ我々は、労働戦線を統一し、分裂策を排し強力なる団結の力を結集して敵資本家階級に対して一大闘争を展開しなければならない。 幸い我が神奈川産別は第三回定期大会を以て先に結成された神奈川県労働組合会議に発展解消し、即ち、傘下全組合は直ちに県労に正式に加盟し、その目的を強化実行する事が決議された。 これは実に神奈川労働史に於ける輝ける一頁を飾るものと云えるであろう。 我々労働階級の前途は多事多難である。併し、東欧、西欧の事情、近東諸国の情勢、中共、朝鮮の革命的推移等、亦、我が国労働階級の質的発展を見る時必や我々の勝利近きを確信するものである。 右声明す 一九四八・九・二六 産業別労働組合神奈川地方会議 第三回定期大会 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 二七五 神奈川県労働組合会議運動関係記録 (一―四) ㈠ 一九四九・六・一八 拡大執行委員会議案 神奈川県労事務局 一 斗争経過報告 全国的には五・三〇東交虐殺事件、東神奈川を中心とした全国的な国電斗争、広島大弾圧事件、東芝川岸事件と次々に発展し、世界的大恐慌の影響と国内全産業の全面的な破滅は今后益々これらの斗争を拡大しつゝある。 地方的には県労傘下各単産を中心とした斗争が急速度で拡大し、特に東神奈川に於ける国電斗争は津久井の農民斗争、鎌倉の教育防衛斗争、自由労働者の斗争、全水労を中心とした漁民との共斗等と結合して地域的な人民斗争の発展を示している。特にこの中で県労文化部が主体となつて現場とつながつた文化斗争が活発に行はれている。 こうした情勢の中で県労は東神奈川国電斗争を中心に全県工代会議を組織し、その主体的役割を果して来た。この斗争を通じて敵の反動勢力はこの斗争を重視して、ブル新を利用し(県労統一委)の様な分裂主義者をシソウし、又一切のフアツシヨ的弾圧機関を動員してこれに対処している事は、現在全国的に現はれている惨虐なフアツシヨ的弾圧と関連して気狂ひじみた彼等の意図を如何なく暴露しているし、特に敵階級は攻撃の重点を県労工代に向けて来ている。 以上の斗争を通じて県労としては、全県工代、地区工代の組織に重点を置き、斗争の地域的発展に努力して来た。東神奈川の斗争は今尚執ヨウに継続されているし、十八日東芝総連のゼネストを中心に他産業もゾク〴〵立上りの情勢にある。 二 当面の斗争方針 急速度で発展し緊迫した諸情勢の中にあつて神奈川県労は敵支配階級に対する地方的な労働者階級の中心的な大きな力となつて来た。従つて今后益々拡大する地域斗争の総合的な視野に立つた中核体としての重要な任務を遂行しなければならない。それには緊急事態に対処するためのあらゆる態勢を強化し、更に各単産各分会にもこの態勢の強化を図ることが最も緊要である。 今度の東神奈川の国電斗争に見られる様に個々の職場斗争が地域的全国的斗争に発展する要素をもつているのでこれに対しては、明確な方針を打出すと同時に具体的な要求をもつて職場管理業務管理等を実行に移してゆくこと。 これらの斗争は、今度の斗争に見られる様に、農民、漁民、市民、学生、自由労働者等も含め明らかに地域的人民斗争が具体的に発展しているので、これを総合的に拡大強化すること、以上の事を実践するためには、フアツシヨ的弾圧、賃銀遅配、首切、工場閉鎖絶対反対□止を目標に職場の具体的な諸要求を押上げ組織労働者が中心となつて斗争を拡大すること。 三 具体策 1 国電斗争 東神奈川の国電斗争は職場の具体的諸要求を以て今尚シツヨウに斗われているが、今后の対策として ① 公務員法、公共企業体法等の首切弾圧法と徹底的に斗ふこと ② 運賃値下斗争を起す ③ 小口貨物駅廃止反対 以上を目標に業務管理斗争を拡大する。 2 工代会議の組織 今后の地域斗争に於て重要な役割を占める工代会議を至急確立する。 A 全県工代会議は県労が中心となつて組織する。 B 各地区に各地区工代会議を組織する。この場合左の通り各単産で受持つ。 川崎地区工代(全電工) 鶴見地区工代(金属) 中・西区(電線) 藤沢(金属) 磯子金沢(印刷) 横須賀(進駐軍)小田原(全逓) 厚木(全自) 神奈川(全自) 戸塚(電工)大船(映画) 3 情報 連絡 防衛 A 緊急事態に備へて敏速な情報連絡を確立するため、左の通り実行する。 1 レポーターを毎日県労に派遣する 2 緊急事態、スト等の場合の電報通信 3 電話連絡網の確立 国鉄 全逓 電産 4 県労の非常時勤務をやる 5 以上に基いて各単産分会で態勢を整へること B 防衛 敵の狂気じみたフアツシヨ的暴力は今や公然非公然とあらゆる方法で個人、デモ、事務所等に加へて来ているので、これに対する充分な対策と分裂主義者、スパイ等に対する警戒を厳にする。 4 教育、文化防衛斗争 教育防衛会議の組織文化部を中心とした文化斗争を活発化する 〔欄外注記〕文工隊の組織 人民電車記念ノ新聞等出ス 5 農民斗争(別掲) 6 全水労組織 日冷五支部(二八〇) 久里浜漁民(二〇〇) 真鶴漁場(一一〇) 水産小田原(三四) 日魯(一五五) 大洋漁業(三六)これらを組織して全水労神奈川支部結成を進め、六月十九日電産で準備会をもつ。 〔欄外注記〕今月末結成大会 7 自由労働者の組織 県労の指導□より横浜、神奈川、古河、鶴鉄等の自由労働者が組織されたが、尚不充分なので、今后所在の各分会が自由労組との共斗をスグ具体的に始めること。 8 中日貿易促進について 国際情勢の進展に伴つて、中日貿易問題がクローズアツプされて来たので、この問題を各労組に於て大衆化すること。 ㈡ 一九四九・七・四 神奈川県労働組合会議 常任委員会議事録 日時 七月四日 十時 場所 県労事務所 出席者 田中事務局長 丹調査部長 川崎文化部長 荒井青婦対策部長 淵辺常任 一 全水労支部結成大会報告 七月三日片瀬婦人会館にて十時より開会 参加 日本冷蔵、日魯漁業、真鶴、三崎、大洋、江ノ島□百数名、いき詰つた魚業復興のため熱心な討議がなされ左記が決定された。 ⑴ 神奈川県労に加入する。 ⑵ 当面の斗争方針 (イ)三崎に鉄道を引き入れる (ロ)久里浜漁港の完備 (ハ)定置漁業の民主化 (ニ)冷凍冷蔵の運営民主化 ⑶ 当面真鶴を中心として組織の強化拡大をはかる。 二 全国労働者大会報告 七月一日東京中央労働学園にて開かる。参加中央単産四〇組合、県労二六―合計三二七名で、当面の諸問題を如何に斗うかに討議が集中され ⑴ 吉田買弁内閣の悪政に対し全ての階層の要求を取りあげ内閣打倒の斗争にもりあげる。 ⑵ 首切り予算の端的な表れが国鉄である。全ての斗争を国鉄斗争に結びつけて斗う。 ⑶ 全労連を強化し世界労連に結集する。 三 工代会議報告 七月三日電産神奈川支部にて県下代表百数十名参加して開かれた。もり上る斗争の実力に対しわが陣営の宣伝戦が非常に立遅れている。早急に宣伝の武器を強化し敵攻撃に移らねばならない。 基本方針として ⑴ 国鉄の首切りは反動吉田内閣の労働階級撃砕の突破口である。 ⑵ 現在のあらゆる不当行為は一企業、一官庁の意図ではなく反動政府の政治的なものである。 ⑶ 国鉄を中心に一大産業防衛斗争を展開する。 以上をもとゝして吉田内閣打倒の一大宣伝戦を県労街頭宣伝隊と共に斗う。 情報宣伝の統一をはかるため、国鉄支部内に神奈川県総合宣伝情報本部(仮称)をおく。 宣伝の武器整備、青年行動隊の大量養成、壁新聞等の指導、文化委員会の活用、通信員の養成等で各専門者青行隊、その他関係者で五日具体的打合せ会をもつ。 四 農民工作隊準備会報告 九日出発五日間の予定 参加労組 全自、電産、電工、農林十五日 批判会を十時県労事務所でもつ 四日 県庁交渉、その情報をもつて入る 五 ソ同盟引揚者対策 引揚者対策協議会を強く発展させる。第一回二日の歓迎に対し駅内で取られた ⑴アカハタを返せ ⑵駅に大勢入れろ の要求を駅長に出す。対策協議会は引揚の都度会議を持つ。 六 常任役割 其の他対策 五日横浜駅頭宣伝責任=川崎常任、国分書記 五日国鉄検束者拘留理由開示公判=田中常任 五日情報宣伝会議=丹、荒井常任神教組、海員組合より積極的連絡の要請あり、対策強化する。 復興綱領の作成 十一日常任委員までに原案持寄り。 拡大執行委員を持つ 十三日十時、電産神奈川支部、事前に議案流す。 七 民擁同結成大会報告及対策 吉田暴政内閣に対抗、民主々義擁護の旗のもとに結集した千百十三万人の結成大会は、二日十時より神田教育会館で開かれた。国内外の民主戦線の結成を平和擁護の基本として斗争を展開することが強調され、特に今后の活動に対して左記の点を徹底させる。 ⑴ 地方民擁同の確立がたちおくれている。 ⑵ 民主戦線の理解が不充分単なる団体でなく労組を先頭とする斗う人民の結集体である。 ⑶ 神奈川は下部は強い 活発の統一運動をもつと幅広く展開させる。 以上 ㈢ 一九四九・七・十二 神奈川県労働組合会議 常任委員会議事録 一 日時 七月十一日十時 一 場所 県労事務所 一 出席者 前田副議長 小田喜副議長 田中事務局長 丹常任荒井常任 内田常任 一 公安条例について 1 公安条例に対する各組合の態度が余り重要視されていない。 教育委員会その他から個々ばらばらに出されているものを重要視し、敵の不正バクロと併せて意義を充分徹底する。 2 七月九日付戸部署発表の「集会多衆運動の届出について」に対し十三日拡大執行委員会全員で市警及戸部署え抗議にいく。 3 公安委員会え労組を交えて委員会を開かせ抗議し、社会党下部大衆に我々と同一行動に立たせる様働きかける。 4 県労で届けた横浜駅前の集会届を却下して来たことに対し、その理由に何等根拠がないもので戸部署え理由書をつけて再度郵送する。 二 選挙対策 ⑴ 横須賀地区報告並対策(投票日十七日) a市政擁護同盟推せん平山三郎氏の選挙事務長わ地区労副議長高野氏(電産)、地区労としての動きわ余り活発でない。 b県労街頭宣伝隊を十五、六日派遣する。組合宣伝隊が不可能な場合は選挙宣伝として活動する。 ⑵ 磯子地区対策(投票日二十日) a十七日十時かもん山で首切反対、税制改革の大会を開き、民商の深田氏を推せんする。今日(十一日午後一時)電産神奈川支部で準備会をもつ。(出席 内田常任) b十八、十九日宣伝隊派遣、場所その他わ今日の準備会に計る。 c大会え県労代表挨拶、前畑副議長 首切反対提案=国鉄 dスローガンに工代の中心スローガン(①運賃値下斗争②小口貨物駅廃止反対③首切弾圧と徹底的に斗う)を加えてもらう様準備会に計る。 e当日の動員は全県的に要請する。 三 農民工作隊について 1 第三次工作隊 a電産(川尻、三沢村)金属(青根、青野原村)全自(佐野川村を中心に三淵、苫村)九日出発、全農林(牧野村、名倉村)十一日出発、滞在日数五日間の予定であるが現地情勢により延期する。 b全農林では単産独自の農民対策部を設け愛甲郡まで工作隊派遣の計画あり、工作隊の費用わ団交で官庁負担、この例を今後の発展方向として各単産わ強力に進めていく。 c工作隊の7/8十項目の要求をもつての県庁交渉に対し不誠意な回答したのみ。 d山北(御殿場線)等え国鉄の馘首者が中心になり工作隊を派遣、7/10人民大会をもつた。 e十五日各班隊長の報告と今後の対策会議をもつた。 四 文化委員会報告 諷刺報道劇「人民電車」わ検えつの結果約九割の削除で上演出来ず観客に経過を報告、出演者全員客席え下りて機関紙、脚本を売つて効果あつた。検えつにより上演不能わ現在迄に四本あり、文化人の非組織性から来たものであり、各単産わ文化斗争をとりあげ正式機関で討議し把握していく。 五 ブル新のデマ報道について 最近の様に斗争がシレツになつて来ると敵階級わブル新を通じ情報を入手し反動記事によつて分裂を策す。各職場でわブル新えの記事提示ボイコツトを全県的に徹底すると同時に我々の陣営の通信網を確立する。 六 新執行委員届出 日映演執行委員として南大治郎氏(大船分会)に決定、届出あり確認 七 申入事項 1 全労連より 自主貿易促進労働者大会。七月二十日十時より中央大学講堂で開かれる。 議事 a産業防衛斗争の一環として自主貿易を如何に斗いとるか b各企業の貿易に関連した情勢報告 c外国政府労組団体等えメツセージを送る 動員計画 各単産一〇〇名に対し最少二名の割で代表を送る。その他民商、企業者に働きかけ、出来るだけ出席してもらう。各単産、地区労え県労として要請書を出す。 2 日通工より 日通工大阪工場わ斗争が激烈になつているので各単産より激励メツセージを送つてもらいたい旨申入があつた。 県労=文案作成 田中事務局長 大阪市城東区関目町二ノ五一 日本通信工業大阪工場(分会長 西川秀一) 3 山口県労より a国鉄防衛斗争 b首切反対犠牲者救援 c臨時国会招集 d吉田内閣打倒 以上の署名運動資金カンパの申入あり、共斗受諾と同時に情況報告を出す。(文案作成荒井常任) 4 生協より 消費生活協同組合運営委員会委員選出の依頼あり、国鉄荒井常任を推せんした。 以上 〔注一〕小淵村のことか。 〔注二〕沢井村のことか。 ㈣ 一九四八・一一・七 常任委員会議事録 一 日時 十一月四日(日)九時 一 場所 神奈川県労事務所 神奈川県労事務局 一 出席者 前畑副議長 田中事務局長 荒井常任 池谷常任中村常任 池田常任 角田常任 一 東芝労連金子氏申入 東芝は七、八月分賃銀差額及帰休制度(実際上の首切)問題で十一月一日を期し波状ストに入ることゝなつたので協力申入と同時に声明書、宣言を持参した。 二 日本ビクター人員整理(四〇%七六八名)に対し荒井常任を派遣し実情調査の上対策をたてる。 三 月島機械対策 1 五日の口頭弁論には大勢動員すること。 2 菊地議長には地労委の重要会議の際は県労の仕事に関係なく必ず出席して貰う。 四 月造に対し中村常任を調査の為派遣する。 五 比々多村大工職労組税金交渉(藤沢) 田中、池谷両常任出張六 朝連鶴見支部主催青年政治討論会、十五日頃に県労が後援する。七 定例執行委員会、八日を中止し十六日に臨時執行委員会を開催する。 以上 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 二七六 東神奈川電車区国鉄人員整理反対運動経過(一―八) ㈠ 「資料 №2六・九斗争経過(東神奈川車掌区を中心にして)国鉄労組調査部」 五月二十七日 突然車掌区長より呼び出しを受けた各班委員長(世話役)は既に区長の手により作製された新交番表を提示され「この枠内(期日人員)において事務員個々の並べ方について協議して貰ひたい」と申渡された。然乍ら旧交番から新交番に移ることは特殊な勤務状態にある列車電車乗務員にとつて重大な問題即ち労働時間、労働条件について検討のため相当の時間を要し且つ個人の完全な理解に基く確認を得なければならない点を考へたので各委員長は「時間内に余裕がないので今の場合それは事実上無理である」と返事をした。 五月二十九日 其後区長はこれについて何等の考慮を払うことなく二十九日二十三時確認票に捺印方を強要して来たが、かゝる処置に納得出来ない組合員は当然拒否する外はなかつた。 五月三十日 之等の経過が漸次組合員の重大な関心となり、三十日十時より青年部は臨時大会を開き本問題を団体交渉により解決することに決定、同日十三時より車掌区長と交渉することゝなつた。この交渉は十六時まで継続され組合側の意見「六月一日から実施することには無理があるから来る八月一日より実施されるダイヤ改正まで延期されたい」に対し、車掌区長は「業務命令であるからそれでやれ」と何等話合や妥協の余地はなく結論を得ずして物分れとなつた。 五月三十一日 翌三十一日列車班は臨時職場大会を開き新交番反対を決議した。以上のように問題は明かに紛争状態に入りつゝあるにもかゝわらず仝日二十時車掌区長は次のような掲示を張り出し更に組合員の気持を硬化させていつた。 (急告、五月三十一日十六時三十分区長左の通り業務部長から電達があつたから各員は新交番制に誤りのないようにせられたい。電文「達四十一号陸運関係勤務時間及休暇規定改正に伴う車掌区乗務交番制はかねて内示の要員により六月一日から改正し之を実施する」) 六月一日 これらの報告を受けていた支部は新交番に対する他車掌区の処理方法についての情報も探り得たので改めて車掌区長と面談し事態の拾収をはかることにし、六月一日十時成瀬副斗争委員長外二名を現地に派遣させた。支部の意嚮として「交番の変更は直接電車の運行に関係のないことだし、きく所によると他の車掌区では新交番に切替へたことにして区長限りで旧交番でやつている所もあるのだから、実施期日を一応六月五日に予定して、その間新交番の実施に伴つて当然解決しなければならない寝具とか炊事用燃料其の他の問題を合せて話合い両者が納得したところで実施したい」と申入れたのに対し「管理部長の命令だから私には出来ない」と答へ組合は更に「それでは組合と区長と一諸に管理部へ行つて部長とよく話し合つて解決しようではないか」と申入れたところ「私は組合とは別に管理部へ行つて報告する。組合とは一諸に行かない」と肯んぜず、尚種々説得につとめたが諒解の域には到しないので止むを得ず交渉を中止することにした。 区長との交渉を中止した組合は十四時より管理部長と交渉を行つた。組合は車掌区長に対すると同様の趣旨を申入れ「尚この問題は直接行政整理との関連性があり、軽卒な取扱ひは極めて危険であると思う」と力説した。之に対し管理部長は「私は車掌区長から新交番に移行したと報告を受けている。従て現在諸君が旧交番で乗務しているとは考へぬ。組合も適当にやつて貰いたい」と答へた。そこで組合としては当日は車掌区長も管理部□ることだろうし、この含みある言葉の趣旨が充分区長に伝達されるならば問題は急速に解決するであろうという見通しを立て交渉は其の後の経過によることゝして一応管理部を引きあげたのである。 六月二日 当時支部執行部としては来るべき行政整理首切りに対してどう対応すべきであるかという事で各地区の分会役員と現場長を含めた三者構成の懇談会を順次開催中であつた。ところが二日十六時頃管理部より電話にて本日十七時から管理部長が支部へ行つて面談したいと突然の申入れがあつた。そこで「恐らくは首切についての内示ではないか」と全員支部へ集合するよう直ちに連絡をとつたのである。十八時に至り総務課長、業務課長、労働係長が部長代理として訪れ直に交渉を開始することになつた。 先づ申入れは「東神奈川車掌区の新交番制について管理部は局の命令として実施する。従来は局としてやつており車掌区長会議で決定されるのが慣習であつたが、今回は管理部として五月三十日に指令したからそれでやつてもらひたい。若しそれに従へないときは業務命令違反として処理しなければならぬ」という意外な内容であり、且つは昨日の管理部長の発言を大いにひるがへした不信極まる高圧的なものであつた。この発言を中心として昨日の管理部交渉を強引に白紙に戻そうという態度が察知されたので、組合としては次の諸点を指摘し確認を求めていつたが、はつきりした答はなし得ず真にあいまいな態度で何のために来たのか我々には到底理解がつかなかつた。 1 六月一日管理部長の発言とこの申入れは非常に喰ひちがいがある。おそらくは管理部内に労働行政を理解しない挑発的な人物があり、その人々の意見ではないのか。 2 他車掌区で新交番制の名の下に旧交番を実施している事実をどう見るか。 3 達示を掲げる前における車掌と区長の間に完全な了解がついていなかつたではないか。 4 新交番に移行するにしても寝具其の他の条件は完備していないこと。又管理部としてその対策はなく、見通しも持つていないのではないか。 5 新交番による予備員が行政整理の対象ではないとはつきり言へるか。 6 紛争状態に追ひこんだ区長はその責任をのがれるため業務命令をさかのぼつて要請した疑ひがある。 明確な返答の出来ない彼等は「問答は既に無用と思う、当局者として断乎処分する」と宣戦布告という態度で席をたつた。そこで組合は「その態度もよかろう。然し我々としては最後の忠告をする。今君達のやつている事は実に危険な事だ。今組合員はどういう環境の中にあるかをよく考へて見るべきである。十二万の大量首切りという嘗てない生活の恐怖を前にして非常な神経を使い又倹徳を高めている。そのフンイキの中で考へる交番制は首切りに繁つていることを誰も見逃してはいない。今拙劣な小手先細工で問題をこじらせ、大事を起して何の申訳がたつと思うか。再度良識を以て判断することをすゝめる」と痛烈な反省を求めた。再び席についた管理部代表に対し支部斗争委員長より「申入れの内容と管理部交渉の内容の解釈が大変異つている。わざ〴〵来て頂いて甚だ失礼だが、もう一度管理部へお帰りになつて意見を統一してもらいたい。その上で話合いをすれば釈然としよう。尚組合として特にたしかめたい点は 1 事前の処置について、組合と完全な連絡をつけてあつたかどうかという点と、切替へに対する諸条件は裏付けとして完全に用意してあつたかどうか。今後の見通しはどうか。 2 紛争状態に入つて以来の当局の態度は殊更に紛糾を深める方向に進んでいる。電報指令もそうだが特に小手先細工は絶対に止めてもらいたい。管理部長の発言は明確にされなければならない。 3 新交番と行政整理が無関係であることを組合員の充分納得の行く形で発表してもらいたい。 の三つである。早急に部長と相談をして頂きたい」と改めて組合側の意見を纒めて提議した。之に対して総務部長より「趣旨は充分了承した。速刻部長と相談して御返事を申上げる」と返答があり、交渉は一応中止の形をとり従つて申入れも事実上保留となつたのである。この時労働係長の「では御返事は電話でいたします」という言葉について支部井上書記長より「いや書面を以てしてもらいたい」と訂正を申入れたが支部委員長は「それは電話だ書面だということではなく、お互ひにこゝまで討論を行い問題の重要性を本当に認識しているならば後になつてあゝではない、そうではないというような不見識な事のないよう措置すべきであつて、その策はおそらく当局としても考へておられるだろうからこだわるまい。管理部としても特にこの言葉を忘れないで覚えておいて頂きたい」と念を入れた発言があり全員確認の上散会した。 直に開かれた斗争委員会では「電話でといつたが恐らく再度交渉の申入れがあるだろう。その席上で解決の運びに努力しよう」ということになつた。然しながら同夜はつきり言うなら三日零時二十五分労働係長荒井氏より次の如き回答があつた。 一 業務命令の徹底について 車掌区長は新交番順序を五月二十七日関係の掲示場所へ掲示し且つ三十日より各人に、帰宅点呼の際新交番を確認せしめた。設備其他の整備について、寝具燃料は新交番に移行出来ない直接的な条件とは考へない。 二 命令電報通達について 電報は三十一日十六時四十分東神奈川駅に受信してあるので日をさかのぼつたことはない。 三 新交番と行政整理の関連について 新交番は勤務時間及休暇規定改正に伴つて実施されるものであり、行政整理とは関連のないことは話合の際言明した通りである。 四 各車掌区の新交番の実施状態について当管内の他車掌区は計画に従い新交番を実施している。 五 部長の発言について 東神奈川車掌区に於ては新交番に移行したと報告を受けているから旧交番でやつているとは考へていないといつたのである。(六月一日話合いの際) 斯くの如く管理部と支部との交渉が行われているにもかゝわらず現地に於ては業務命令を楯にとり、区長並びに一部の助役はしつように新交番乗務を強要し組合員の感情を刺激していたのであつた。 六月三日 管理部長より電話回答を得た支部斗争委員会は九時半より緊急に斗争委員会を開き回答に対する態度を次のようにきめたのである。 「一項より四項までの回答については我々の要望に対して何等の誠意あるものとは認められない。従つて今後の交渉の対象とする第五項については重要点ではあるがこの回答の簡単な文章には含みを充分に感じられる。即ち此の文章においては現場において適宜処置して夫々の立場をたてゝ解決しようとする腹がで来たものと考へる」。つまり大岡裁きで新交番の名の下に修正を行ひ分会、区長、管理部三者とも面子を失わない実をとれという腹の仕事と解釈したのである。しかし乍ら後刻に至り判明したことは、そういう事ではなく当日五時頃管理部長は次の如き電達を現場へ下し支部との交渉を重視する行為を敢て行つていたのである。 「新乗務番制又は区長の指定する業務に応じない者に対しては業務命令違反として取扱わざるを得ないから至急其の職氏名を報告せられたい」 あくまで事態を最少限度の中に収拾しようという組合側の態度に対し、特に二日の申入れで念を入れたにも拘らず彼等は労働行政の未熟とか不馴れというには余りにも無恥に近い態度で強行してくることを考へると、我々の冷静な頭に直ぐ浮ぶことは近く行われる行政整理、首切りという困難な仕事を前にしてこの強引行政の成果を一つの橋頭堡として築きあげようというまことに浅墓な功名心に目を奪われ泥沼の如き混乱の中へ踏みこんでいる彼等の哀れな姿であつた。 車掌区が業務命令を蹴つて旧交番を維持していることは全分会に大きな衝動を与へ、間近く迫つている首切りの現実にどう斗うかという事を覚睡させた。特に同じ地域内にあり密接な関係をもつ電車区、駅の分会は車掌区の事態を見逃すことは、今後の自分達に加へられる首切り労働強化を苦しい守勢におくことになると大々真剣な討論の末、合同職場大会を開き共同斗争にすゝむべきであると結論を出し、六月三日十時より臨時合同職場大会を開催した。この大会は「組合支部は直ちにストライキ態勢を強化せよ」と決議をし直ちに支部へ申入れを行つた。 この決議を受けた支部斗争委員会としては前述の如く余りにも無謀なる管理部の処置に憤概し、その責任は当然管理部長の卑劣な態度によるものであり、その挑発を紛砕するためには、断乎たる態度を以て臨まねばならぬことが決定された。そしてもし現在に至つて事態を収拾するとするならば、要は車掌区長の腹にあるものと考へ十八時斗争委員長、成瀬副委員長は区長に懇談を求め約一時間半に亘り「客観状勢並に分会の状態を観察し事態を収めるのは今である。大局を考へ腹で仕事をされよう」と申述べたのである。区長としては、管理部のあいまいな態度について一応意見はあつたが、組合と管理部との間に立つ苦衷を訴へ兎に角善処することを約し、組合としても一考を促して帰つたのである。 六月四日 翌日の支部は、予定に基き夫々の業務に応じて外出していたところ、十五時過ぎ管理部長より「斗争委員長に面談したい」との申込があつた。当時斗争委員長は大船地区の懇談会に出席していたので直に連絡したが、今散会したところだという返答があり、その後に管理部の問合せがあつたので「間もなく帰ると思うが若し取急ぎの事なら当方へ出向願ひたい」と返事をし、「又代理でよかつたら誰がゆく」と申添へたところ「委員長でなければ困るから帰つてからでよいから来てもらいたい」と注文をされ委員長の帰りを待つことゝした。 当の委員長は会議が終り横浜駅に四時過ぎに到着したが「数日来帰宅もおそく、泊りこんでもいたので家庭の病人の様子を見たいから少し早いが帰してもらいたい」とそのまゝ帰宅したのであつた。 支部へ帰つた斗争委員は、その話を聞いたが連絡の方法もなく又「話そうという事の内容もいつてくれない」というのでは処置ないので翌日を待つことゝした。 現場においては区長は支部と約したことも忘れ、相変らずの態度で分会員と対峙していた。その夜管理部より、総務課長、業務課長は公安係長と部下数名を伴ひ、弾圧的な態度で業務命令の徹底に来たが、分会の抗議により引上げていつた。 六月五日 十時突如、管理部は鉄道公安官三十名「腕に自信」の管理部員三十名を伴い、総務課長、業務課長、公安係長その他係長の多数にて東神奈川車掌区に乗込み、実力行使を以て強制的に新交番に移行させ、一挙に問題を解決させるという決意を示して来た。 先づ車掌区事務室を中心に、要所々々に公安官を配置し、第二陣として管理部員を一ケ所に集中し、公安係長は獲物を狙う猟犬の如く内部の状勢をうかゞいつゝあつた。 この正に挑発的なあたかも昔の特高警察というか、時代劇の大捕物を想起させるものものしさに激昂した組合員は期せずして操縦台を中心に集合し、口々にその非をなじり公安官の撤去を迫つたのである。 「業務命令である新交番に乗れ」と絶叫する彼等に対し、組合員は口々に「弾圧はやめよ」「交渉をなぜやらせぬか」「首切りの前提かどうか確認しろ」と要求をつきつけ、近隣の職場からかけつけた組合員の数はますます増えるばかりであつた。支部より急をきいて斗争委員長外数名がかけつけたときは、彼等の力では既に拾収することは出来ず、自分達のとつた軽卒な行動の結果にふるへおのゝき「何とかしてもらいたい」と懇願するのであつた。 支部としても何回となくこのような事に対しては忠告を与へておいた事であり、今となつては致し方もないので拒絶する外はなかつた。 「五分でも十分でも委員長と話させてもらいたい」という総務課長のたつての頼みに仕方なく大衆の承諾を求めて話し合いに入つた。 組 「かねて注意しておいたのにかゝわらず何故こういう馬鹿げたことをするのか。今まであなた方のやつている事は丁度火薬庫の中でマツチをいたずらしているようなものだ。労働行政ということは生物を相手の仕事だ。先づ公安官を返すことが先決である。至急に手配してもらいたい」 総 「私は業務課長について来たゞけで公安官については業務課長に全権がある。新交番にのれば公安官もかへすようにしよう。」 組 「新旧交番がもとでこゝまで話がもつれて来ているのではないか。その根本を解決しないで、今となつて公安官のことだけで組合員が諒解つくと思うか。」 総 「そのことはよく分る。君の腹でやつてくれ。新交番でのつてあとは交渉する。」 組 「私自身の腹では何事も出来ないのが組合の規律だ。たゞこの事態を収めることには自信がある。まづ公安官をかへす。旧交番でやりながら新交番にうつる交渉をすることだ。」 この様な議論を中心に、約二時間に亘つて話し合つたが堂々めぐりに過ぎず、事態は益々紛糾しやがては運休となるかも知れなくなつた。そこで、 組 「このまゝでは運休になるおそれがある。今日はすなおに引き上げて後日交渉をもつ事が一番よい方法である。」と最後の決断をうながし、総務課長、業務課長は相談の結果 〔総〕「本日はこのまゝ引上げる。その代りこの群衆を一刻も早く解いてもらおう。今後の交渉については、管理部で通知する」ということになつた。 そこで操縦台の周囲を平常にもどし、公安官は全部引上げることになつた。 尚部外各労組よりかけつけた代表は次々に集り、 〔組〕「この東神奈川の斗争を絶対に支持し、今後の不当弾圧に対しても積極的に応接する」 と力強く誓つてくれた。 六月六日(月) 支部斗争委員会は十四時より当面の諸問題について検討を加えたが其の中車掌区の問題については一、管理部との交渉申入れには応じる。二、新交番については旧交番と実質的に変らない様に処理する。三、組合本部の交渉題目として扱はさせると決定した。東神奈川車掌区の斗争は果然憤慢を押えに押えていた東鉄管内各管理部の車掌区の奮起を促し宇都宮、白河、小山車掌区は旧交番を持続することに決定、中野車掌区千葉車掌区も亦旧交番実施を決議し、蒲田上野車掌区も反対の意志を表明し、この動きは同じ乗務員たる各電車区へも自分達に関連ある重大問題として波及していつたのである。 分会においては管理部当局の陰険な弾圧に全組合員は心から憤り飽くまで旧交番を固持するという態度は益々強くなり今後若し不当弾圧のあつた場合は実力行使も辞せずと決議をしたのである六月七日(火) 茲に至り部外労働者も車掌区の斗争の何たるかを理解し定員法の次に来る自分達の首切りを考えるとこの交番制問題は彼等の真剣な話題となつて行つた。それは彼等が工場において材料や機械の都合による手続時間を一日の実働時間から差引くということゝ同じ最も露骨な労働強化であることを知つたからである。 其の意志の結集が県下の各工場の代表者会議となり七日十七時より車掌区の休憩室において開催された。 結論としては東交の問題東神奈川の問題は自分達の事と考へ最大の応援に努力する。我々は今生死の境に立つて考へることばかりでなく斗うことは行動で示す以外にないことが確認された。終りに野毛の自由労働者より所謂ルンペン・プロレタリアートとしての悲愴な立場と覚悟を示されこれこそ明日の我身の姿と全員新らしい斗志に燃え上つたのであつた。 六月八日 新交番を拒否し旧交番乗務を持続する電車運行は一糸の乱れもなく、組合規律は正常に保たれ、各分会員とも連日苦斗の疲労にもかゝわらず次々と自己の乗務に元気よく飛び出して行つた。 一方狼狽せる当局の濫発した業務命令は次の通りである。 1 五月三十一日(電報受付十六時三〇分)既述の通り 2 六月二日 (十七時着信電達一〇七号)管理部長より各現場長宛「達第四十一号陸運関係勤務時間及休暇規程改正に伴う車掌区新乗務番制は既に電達せる通り六月一日以後確実に実行せよ」 3 六月三日 左の通り管理部長から電達があつたから知られたい 「新乗務番制又は区長の指定する業務に応じない者に対しては業務命令違反として取扱はざるを得ないから至急其職氏名を報告せられたい」 4 六月三日十八時三十分電達 業務部長より 「乗務行路変更に伴い新交番による乗務を直ちに実施せられたい。此の旨乗務員各人に確認せしめられたく確認を固辞するものゝ氏名を報告せられたい」 5 六月八日 新橋管理部長 (印) 「正常なる新交番制による乗務を直ちに実施する様重ねて通告する」 六月九日 既に管理部当局と打合をしたのであらう区長を中心とする助役陣は早朝より何事か心に決するものがあるが如き表情にて相も変らず区内を右往左往していた。その事はやがて次の掲示によつて明かになつた。 東神奈川車掌区員に告ぐ 乗務を拒否せるものは断乎処分する 昭和二十四年六月九日 新橋管理部長 (印) 六日以後の分会内の事情は区長と一応の協定を行い無意味な紛争は避けるという方向に進み、少く共組合側は自重的な態度をとつていた。しかし夫は嵐の前の静けさであつたかも知れない。何故なら管理部長から電話を受けた区長が急遽掲出した次の紙片に依つて一瞬破れ去つたからである。時正に十一時 栗竹時雄、井上勘一、柳川一夫、岡本一美、川久保正夫、皆藤音松、吉野博、水口厳、関根国松、稲耕作 日本国有鉄道法第三十一条及公共企業体労働関係法第十八条に依り免職する 六月九日十時 東鉄局長 此の報が電撃の如く全分会員に伝はるや各員は続々分会事務所に集合口々に大会決定の実力行使を叫び自動的にストライキに突入したのであつた。全く一瞬の出来事であつたことは全組合員の意志の統一を示し団結の力の結集は何如なる形をとるかを明白に裏書したものである。 同日十三時支部は取あへず次の情況発表を行つた。 情況発表一号 「新交番をめぐる紛争に対し問題の本質的解決を放棄した無誠意極まる当局は更に一方的な解雇処分に依り弾圧を企てゝ来た この不明朗な処置に納得の行かない東神奈川車掌区は最后の決意ストライキを以て当局に反省を促している」 急を聞いた県下各地の労農団体はかねての約束通り□として応援にかけつけ次に来る弾圧にそなへてくれたのである。 十五時東神奈川電車区は緊急職場大会を開きストライキに突入した。 当日は支部三役陣は市長知事回答へ対し本部指令「警察官の無賃乗車拒否」の件について組合の態度を表明し合せて現在の国鉄職員の立場について説明に廻つていたのであつたが、直ちに引返して支部に戻り緊急斗争委員会を開催し 一 直ちに管理部と交渉を持つ。 二 現地へ斗争委員を派遣することゝした。 そこで各々の分担を割当て直ちに行動に移つた。 管理部交渉(城戸崎、相沢)十六時三〇分―一七時五〇分 労働係長を通じ管理部長に面会を申入れたところ「部長不在であり代行者としても会へるかどうか分らぬ用件とはどんな事か」「今更用件とは何事であるか当然東神奈川の事態収拾についてゞある。早急に用意してもらひたい」「では相談して見よう」待つこと三十七分当局側の総務課長、業務課長、運転課長、労働課長と対談したのである。 当局「非常に忙しいので十分間に限り御話をしたい」 組合「そんな無誠意なことでどうする。十分位で話が解決つくと思うか」 当局「十分間ということは短い時間ということである」 組合「かねて充分忠告したのにも関らず何故斯る事態を引起したか」 と当局のとつた処置が万善であるかないかで討論するも結論を得ず 組合「事態を早急に平常に戻すためには首切りを白紙に返し旧交番か新交番かの条件について解決をはかろう」 当局「それは承認しかねる。但し上の人が私のとつた処置が浅墓だといわれるならば別だ。総務課長としては絶対に承認できない。新交番か旧交番かということについては組合のいつていた通り大した問題ではなかつた」 組合「組合が大した問題ではないということは腹で処理するならば大した問題でないということだ」 当局「六月三日の電話回答中部長の発言については、若し新交番でやつていないならば現場長の業務命令違反が組合の業務命令違反であるということが含まれている」 と組合が前日呉々も指摘した点について重大な過誤を冒していることを自らの口からバクロすることゝなつてしまつた。 そこで組合としては管理部長と熟考して処置する様要求して不本意乍ら引上げざるを得なかつた。 尚渉外課長より次の報告があつた。 一 横浜小本氏より局渉外を経て運転課長へ 「東神奈川車掌区組合責任者に電車の運行を戻す様」 之により管理部長より次の電報を出した。 「東京地区司令官ホール中佐より次の口頭命令ありたるにつき貴支部より東神奈川車掌区分会責任者(東神奈川車掌区組合責任者)に電車の運行を正常に戻す様指令する」 註 「管理部から組合支部へ指令という形は真に珍らしいことである」 二 十四時二〇分―局運行課沢倉氏より M・R・S・アンダーソン中佐 「東海道線、横須賀線列車、電車の運行を絶対に確保せよ」 三 十六時二〇分―渉外部長より管理部長へ ホール中佐 「軍輸送に支障を来した責任者氏名を速刻報告せよ、との口頭指令があつた。各管理部長は該当者を調査の上渉外部長宛報告せよ」 四 十六時三〇分(本省―局)十六時四五分(旅客―管理部) ホール中佐 「総ての連合軍輸送に対して絶対に支障を与へないように平常通り運転を確保することを指令する」 管理部交渉から返り分会の状況を把握して九日二十時三〇分より第二回目の緊急斗争委員会は開かれた。たまたま本部中斗より山下、中村、木下、斉藤各斗争委員が事情聴取のため来訪しており、本部の態度について説明があつた。 1 中斗としてスト中止指令云々は未決定である。 2 当局に対しては次の態度であたる。 イ 首切りを撤回し白紙に還す ロ これ以上の犠牲者は出さない ハ 旧交番で新交番について団体交渉を行う 尚、支部として分会の状況、管理部交渉について説明、中斗員は直ちに分会の実情視察に向つた。支部の斗争委員会はそのまゝ続行した。議題は「今後の処置について」種々討論の上次のような結論を得た 1 今回の斗争は相当の持久戦を覚悟せねばならぬ。当局としては即戦即決をせねばならぬ羽目にあり、挑発的に行動している。 2 従つてスト形態を切り上げて旧交番で行くようにする。 このことは電車区在庫は二編成だけであるから、他の電車区の予備車を駆りあつめたならこの不足分(電車区在庫の分)を補充し、従来のダイヤに復旧なし得る。その時には東神奈川は完全に浮上つて折角のストも無意味になろう。 3 宣伝戦を積極的に行う。 4 管理部との交渉にはいつでも応じる。 そこで、この案を腹案として現地の分会斗争委員会へはかることゝした。 直ちに現地において連絡斗争委員会を開き、一応客観状勢を説明し、スト切上げを提案したのである。悲愴な決意のもとに立ち上つた分会としては仲々納得はゆかなかつたのであるが、遂に完全に了解、この戦術を採用してくれることになつた。 その方法として分会斗争委員会より夫々区長又は助役に通告し管理部へ連絡させることゝした。分会斗争委員は直に手配に移り、支部斗争委員は支部へ引揚げた。 電車区は六月十日三時半、区長並びに吉野助役に「一仕業より乗務する」ことを申入れ、大いに喜んだ区長が早速管理部へ通告したが拒否されてしまつた。車掌区においては□時□分当直助役遠藤氏に始発より乗務することを申入れたのである。ところがこれより前一時三十七分管理部運輸司令より遠藤助役にあて、電話にて「東神奈川電車区、車掌区の乗務はさせてはならない」と通告があり、更に一時四十七分再度電話を以て「本日の軍臨にも乗務させなくてもよい。併せて今日から乗らなくてもよい」と通告があつたので担当助役としてはどうすることも出来なかつた。 乗務を完全に拒否し、事業所閉鎖の違法を敢て行う敵の姿を見た分会員は彼等が如何に不安動揺せるかゞハツキリと分り、我々はます〳〵沈着冷静に行動すべきであることを申合せた。 九日十八時三〇分トラツク四台に分乗した武装警官二百名は続々と東神奈川構内を包囲し、隊長の指揮一閃なだれこもうとする体勢がとられた。車掌区電車区の組合員を中心に近隣から馳せ参じた国鉄職員、部外労働者は全員固いスクラムを組んで、折柄の篠をつくような雨中に声高にインターを合唱し、全電車はサイレンを一斉吹鳴、非常時態を伝へた。 かくの如き鉄壁の陣に警官隊はなすことを能わず無言のまゝ引揚げてゆかねばならなかつた。 このストに対しての市民の関心は高まり二十時、東神奈川駅前は黒山の如き人出となり「真相を発表しろ」という声によつて、はからずも乗客大会ということになつた。組合側の事情説明、質問、回答という大討論の末、「よし、分つた。ストは支持するぞ」という単的な結論は万雷の如き拍手に迎へられた。そしてその時一人の乗客がすつくりと立つて「争議は明日あさつてもやれ、然し今日はこの人々を送りかへすための電車を一台動かしてくれ、そしてあすもあさつても皆のたのむときには出してくれ。その代り基金カンパでお礼はするぞ」と掛声をかけた。これも又万雷の拍手をもつて迎へられたのである。 カンパは直に開始され、忽ち二百九十円という金が集つた。かねて工代会議よりも朝晩のラツシユ運転については特に要求はあつたが、乗客大会の代表と改めての工代会議の要請により、二十一時二十五分及び二十三時の横浜線電車は組合員と乗客の歓呼の中に出発していつた。 六月十日 分会より引上げた支部斗争委員会は各地の情報を蒐める努力を行つていたが、五時分会より管理部が乗務を拒否する報告をうけ直ちに情況報告二号並に三号を発表した。 情況報告二号十日六時三〇分 「本朝初発より平常に服すべく乗務しようとした組合に対し、頑迷なる当局は頑強にこれを拒否し、敢て拾収を行おうとしない。事態はかゝる挑発的行為によつて益々紛糾し解決を困難に追ひこんでいる」 情況報告第三号 「中央線中野電車区同車掌区三鷹電車区其他隣接の駅電区は不誠意極まる当局の処置に激昂し、本朝初発よりストに突入した。 尚蒲田車掌区も同じく四時十分よりストに突入した」 十時過ぎて管理部運行課より電話あり、M・R・S・アンダーソン中佐の下へ支部の責任者は出願するよう命令があつたことが伝へられ、委員長城戸崎、副委員長相沢、成瀬の三名は十一時M・R・Sへ出頭した。この三名の外、新橋支部長仝書記長、蒲田電車、車掌区長、東神奈川電車区長仝分会長(東神奈川車掌区長代理分会長代理はあとから)並に管理部渉外課長、横浜渉外室山本氏も同じく呼出しを受けていた。先づ渉外課長のみ単独で呼ばれ、間もなくアンダーソン氏も共に現れ、渉外課長より、只今次の事項を申渡されたから皆さんへそのまゝ御報告します。 「私が今から云うことは命令ではない。希望事項としてこのように行われることを自分として最低限度で希望し期待する。京浜線は全面的に止つている。連合軍の白帯車の運行を確保出来ないか」そして渉外課長の言葉として、その事の気持は総武線も中央線も果している考へではないかと付加へた。 そこで我々としては管理部から乗務を拒否されているが、どうしたらよいかという事を質問したが、課長としてはその問題は改めて話したらよかろう。今日の話の限界ではないといゝ、押問答の中アンダーソン氏は立去り、我々も別に回答を求められたのではないので、そのまゝ帰ることにしたのである。 東神奈川車掌区前分会長水口巌は今回の馘首者の一人であるが前日軍政部へ呼ばれていたが、出頭したときは時間が遅く遂に面会出来ず、十日改めて出頭して別紙の如き話があつた。 現地東神奈川車掌区においては第二回の首切りが又もや高々と掲げられた。 車掌 篠崎賢 車掌 波木井次郎 客専 大木由春 日本国有鉄道法第三十一条及公共企業体労働関係法第十八条により免職する 局長 六月十日十二時十五分 この外当局の不安動揺を示す掲示は次の通り ㈠ 六月九日十二時五五分 区長 左の通り電達があつたから知らせる 記 東京地区司令官の命により東神奈川車掌区の組合責任者に正常運行に戻すよう指令せよ ㈡ 六月十日 区長 次の通り管理部長からの電達があつた 記 目下のスト状態を直ちに中止して正常業務に服する様茲に厳命する ㈢ 六月十日十時 警告 さきに二回三回職場に□るように警告したのであるが千葉車掌区に於ては全員復帰正常勤務に服している。尚職場復帰をしたいという気持をもつて迷つている者も相当多いようである㈣ 六月十日十二時 東鉄局長 警告 日本国有鉄道の従業員は公共企業体労働関係法の定めるところにより不正行為を制止せられておるのであり、かゝる行為は非合法な行為としてこの法律による一切の保護を失い解雇されなければならないのである。 二三車掌区電車区等の乗務員が現在スト状態に入つていることは遺憾の極みであるが、これ等は一部少数の過激分子の煽動に誤られたものであると考へる。当局は諸君が速やかに職場に復帰し正常業務に服することを申出ない者は自ら職場を放棄したものと認め断乎解雇処分に附する。右警告する。 ㈤ 六月十日十三時三十分 管理部長 局長命令により本日十六時までに職場復帰しない場合は全員解雇する。 組合支部は十三時四〇分緊急斗争委員会を開き、無誠意無能なる管理部に対し、現段階において交渉を持つも意味なし。局長を相手とすべし。という意見が圧倒的にて直ちに地評を通じて連絡させたが「拒否する」との回答を受け、この上は乗り込めと斗争委員長外六名は直に局に向けて出発することゝなつた。 局に於いては「不在」行方不明にて要領を得ず、折しも本部が総裁と交渉するという情報を聞き一時は本部へ行こうという事にした。 交渉人員を制限する当局と交渉の末ようやくにして五名の支部代表を許され十七時二十七分より交渉へ参加する。 前夜の交渉事項(1 首切を撤回し白紙に戻す、2 これ以上の犠牲者は出さない、3 新交番については、団体交渉を行う)について、2、3は了解を確認、1については間違つていた者は取消す。但しストライキをやめることが前提である。それにしても全部を取消すことにはならぬ。 中斗の理づめの戦法も反動政府のロボツトと化した無気力な当局には応へず、交渉は些も進展しない。横浜支部としては余りにも現地の実態、下僚の失策を知らない当局の態度にたまりかね特に発言を求め、その非をせめ反省を鋭くついた。之に応援する中斗の力に依り当局は寸時の休憩を求め考慮することになつた。 然し、再開した交渉は当局が側フラクの決定を再確認したものの遂に妥結点を見出すことはできなかつた。 この交渉後中斗は緊急に対策を協議したが、何等結論は出なかつた様であつた。 六月十一日 支部へ連参した全斗争委員は、深夜二時十五分緊急斗争委員会を開き現段階に於ける精密なる情勢分析を行つた結果、 「今までの斗争の偉大なる成果を挙げ、尚前夜の決定を正しきものとし持久戦々法で敵の短期決戦作戦を外し、更に弾力性を以て斗争を行うべきである事を再確認、具体的には、客観状勢上真に困難であろうが敵前大旋回を行い、一応電車運転を正常に戻し運転を我々の手に確保する」 という事に決定した。 四時三十分会議を終り、そのまゝ東神奈川斗争委員会へ出発した。 五時より連絡斗争委員会を開催したが、既に十三名の犠牲者を出し更に全員馘首さるゝも敢て辞さないという固い決意も定まり又本日に至り漸く腰をあげつゝある他支部の情報を入手しつゝある現在、この提案は涙と怒号の中に容易に理解される筈はなく激論三時間に及び、双方遂に語る言葉もつき、冷やゝかな沈黙がしばらくつゞいた。「ではどうするか」「この提案を各分会斗争委員会へ持ち廻つてみよう」「その結果を再び持寄ろう」 各分会の斗争委員会においては支部斗争委員会を交へ、再び激烈な討論の末、各々が自然に「動くストライキ」という結論を打ち出していつた。 かくて九時より各分会毎に大会を持ち各分会斗争委員、支部斗争委員の正に必死の決意により 「斗ひの放棄ではない」「スト態勢は持続する」「支部の決意を確認する」「政治性をもつたより高い斗争への飛躍」であることを確認し、こゝの涙と怒号は固い決意と新らしい斗志にもえる拍手に化していつたのである。 大会終了と同時、東神奈川電車区は十一時五〇分、車掌区は十二時三〇分、自主的に電車運転を平常に戻すことを前夜の申入れを改めて夫々の区長に申入れたのである。 嵐の過ぎた後の分会の心理状態は全極平隠であつたにもかゝわらず、当局の態度は真に意外ではあつたかも知れぬが、周章狼狽醜悪の極みであつた。 一 永久命令であるべき筈の東達甲五八三号は自動的に解消するといゝ、公共企業体関係法第十八条2の事業所閉鎖の違法即ちストライキの対抗手段たることを自らバクロした。 二 「今はたゞ速かに平常運転に復すべし」という組合の提案を憶測し、新交番旧交番を行きがけの駄賃式にさらおうとして出したり、引つこめたり一人で騒ぎ廻り、あげくの果臨時交番でやろうと頼みもせぬ組合に申入れて来た。 三 乗務は組合の正式申入れにもかゝわらず、個人の確認証云々を今すぐにと取上げ、あとでもいゝではないかという組合の態度をうたがい、その事務もなかなかはかどらず、夕方のラツシユに間に合う運転を二〇時すぎまでおくらせた。 以上の事は次の確認書によつても明らかにされる。 確認証 一 組合からは十三時より仕事につくと通告があつた。 二 運転のおくれたのは業務上其の他による。 六月十一日 東神奈川車掌区長 伊藤栄一 (印) かくて、暴逆無道な当局を震撼させた二十六時間ストライキは終結したが、斗争は更に尖鋭化したまゝ内蔵され、本格的な形ですゝめられることになつた。 (以上十一日まで) 東神奈川車掌区斗争に関係方面より出された示さ命令 M・R・S・司令官代理アンダーソン中佐口頭命令(六月九日十四時二十分東鉄局運転部運行課沼倉氏より新橋管理部長へ) 東海道線、横須賀線、列車並電車の運行を絶対に確保せよ 東京地区司令官ホール中佐(六月九日十六時二十分東鉄渉外部長より新管部長へ)口頭命令 「軍輸送に支障を来たした責任者氏名を即刻報告せよ」との口頭命令があつた。各管理部長は該当者を調査の上渉外部長宛報告せよ東京地区司令官ホール中佐(六月九日十六時三十分本省より鉄道局へ 十六時四十五分局旅客課より管理部長へ)指令 すべての連合軍輸送に対して、絶対に支障を来たさない様に平常通りの運転を確保することを指令する 新橋管理部長より横浜市部長へ通達(六月九日横浜渉外室山本事務官ホール中佐によばれ十二時五十五分管理部運行掛長に通告 運行部長運転課長に報告運転課長より労組横浜支部長(十五時二十分発信) 東京地区司令官ホール中佐より次の口頭命令ありたるに付、貴支部より東神奈川車掌区分会責任者に伝へられたし 「東神奈川車掌区組合責任者に電車の運行を正常にもどすよう指令する」 管理部長より労組横浜支部長へ(六月十日九時五十分) アンダーソン中佐より命令を受けたならばすぐ集合出来るよう本日該当分会の責任者(現場長及び分会長)と管理部は軍政部に出頭のこと 情報(六月十日十時三十分) 中央線と横須賀線が運休するおそれがある。その場合東鉄局長と地方評議会議長とを招集する M・R・S・アンダーソン中佐のもとへ出頭(六月十日十時会見十一時より十二時十分) 1 命令を下すことはない。 2 希望としてこのやうに行はれることを期待する。 京浜線では電車が全面的に止まつている。連合軍の白帯車の運行を確保出来ないか。 (出席者 管理部渉外課長、太田課員、横浜渉外室渉外課長、山本事務官、労組側 城戸崎、相沢正副委員長、新橋支部木出委員長、書記長、井上東神奈川駅分会長、庭田電車区分会長、佐藤電車区長、箱岩蒲田車掌区長) 軍政部も組合の自主性を強調、当局不手際をバクロ、ダーテイ氏労組支部の行為を称賛 神奈川軍政部へ申入れ(六月十四日十時より十四時十分まで) W・ダーテイ第八軍労働課長、マテーネス幹部候補生 井上通訳労組側 相沢成生、栗竹、稲、柳川、吉野、水口、関根、波木井皆藤、篠崎 組合 今日は東神奈川車掌区の馘首された人を連れて来た。御存知でせうが九日に十人、十日に三人と馘首された理由は公共企業法第十八条日本国有鉄道法第三十一条によるといつた。十日に馘首された水口氏が軍政部に出頭ケツト労働課長に面会した時、ケツト中尉より職場に勤務するように云はれたのであるが、当局は局長命令で「区長は馘首された者や外部の者を入れてはたまらないし、又区員も許可なく入れてはならないと云つて居る」ので私達は今後の首切りは団体交渉中一方的に行はれた不合理なものであるからケツト中尉の云はれたように出来れば当局に職場に勤務することは差支ないと云つてもらいたいために来ました。 ダーテイ氏 日本側のことは日本側で解決して欲しい。軍政部としては公衆の安全、公衆の福祉のために脅威のある場合については口を入れる。しかしこの問題については個人的注意は出来る。個人の考へを中立の立場で話す。 普通の場合解雇された者は事件の解決された場合給料をもらうことが出来る。鉄道側(経営者)のことを軍政部が入つてどうこう云ふことは云へない。 非常に複雑した問題であるからもし問題があればこゝで聞く。 公企法は六月一日より実施しているが、六月一日以前に首になつた人はいないか。 組合六月一日以前に首になつたものはない。 ダーテイ氏 六月一日以后前になつた方が組合には有利である。 公企法第八条によれば労資は交渉しなければならない。又一方当局の有利のことは新交番については五月二十八日頃に発表してあるので、組合と協議する必要はないのである。現に公企法第十七条について話す。解雇されても提訴する権利はないか?今度の紛争については組合の指導者が少しあやまつていた。落度があつたことである。法律のことを話すのならば半日位話してもよいが皆さんの欲しているのは十九人が職に復帰することであると思ふ。しかし解雇するしないは経営者側つまり鉄道当局に権利があつて、軍政部としては首を切られた人たちを働かせろと云ふ権利はない。 たゞ軍として援助することの出来るのはエーミス氏を通じて当局に苦情処理機関を早くつくれと云つたことである。 諸君はエーミス氏がどうして復職をあつせん出来ないかと不思議に思ふでせう。それは国会に於いて法律が出来る。その法律を国民は守らなければならない。軍としては法律をいかに守つているかを見届け又は守らせる権利がある。次に労働協約についてだいたいの話をして見ると協同処理機関の活用をすることである。 (仲裁機関に移行) 組合 当局は新交番制については六月一日以前に新交番を発表したと云ふが、組合としては六月一日以後の問題であるから当然団体交渉に移すべきだと思ふがどうか。 ダーテイ 私は中立であるからどちらにもつけない。 組合 当局は鉄道公安官や警察官を動員して公務執行妨害で組合員を検束すると云ふが、これは正しくないと思ふがどうか? ダーテイ氏 私が思ひ出すには組合も経営者も今度は法をよく知らなかつた。今度のことも法律をよく研究して居れば別の方法があつたと思ふ。今度の問題は法によつて民主的に解決することが出来る。多少時間はかゝると思ふが、「特に今日私は横浜支部の人に御礼を云ひたい。それはスト期間中非常に協力的であつた。労組は早くから職場に復帰する意志があつたことである。私はこのことをエーミス氏に話して特にマツカーサー元帥に伝へてもらふよう申達した。」私は長い間東洋におつたので東洋人のことはよく知つている。東洋の人は上から命令があるとよく動くと云ふ習慣があるが自分で自主的に動くことは少い。 組合 端的に云へば馘首された人を復職させるよう指示アツセンをお願ひしたい。 ダーテイ氏 首になつた者は職場に入つてはいけない。労働者には三つの権利がある。それは組織することゝ団体交渉とストだ。しかし諸君にはストの権利はない。 組合 当局と交渉して了解を得ている建物に組合員が入るのはどうか。 ダーテイ 当局の了解を得ている建物に組合員が入るのは自由だ。 組合 鉄道公安官が組合に干渉するのはけしからんと思ふが。 ダーテイ 公安官をどういうふうに使ふかは鉄道経営者側に権利がある。 組合 警察官が民主的な労働組合会議や組合事務所に出入しスパイ又は干渉することは日本の民主化を阻害することになると思ふがどうか。 ダーテイ 警察官もまだ民主化されていないので悪いこともある。例へば広島の賠償工場についてもそうである。 もし警察官が不法にスパイしたり弾圧したりした場合には、氏名、年齢、時間等を調査して軍政部へ報告せよ、その結果によつて軍政部では命令を出す。 組合 神奈川県に於いて公安条例を制定する気運があるので労組は知事に公安条例制定に反対の申入れをした。時には横浜のごとき第八軍M・R・S・等米軍の本部がある所で最も民主化されている国際港都であるから、公安条例の如きものを制定する必要はないと思ふがどうか。 ダーテイ 公安条例については貴男がたと全然見解を異にする。 地方に於て必要あればつくれるし、又つくつて差支ない。しかし作る場合は軍政部で内容を検討するので組合で云ふ様な心配はない。 尚今后も相談することがあつたならば遠慮なく来て欲しい。 当局の無謀、無策、遂に電車を全面的にすとつぷする。 六月九日二十一時三十分労組支部は東神奈川三分会(東神奈川駅車掌区 電車区)斗争委員と合同斗争委員会を開催 諸情勢の検討と今后の斗争について協議 労組は戦術上一大転換を行うことを決議、六月十日初電車より平常運行に復することを決定した。この旨関係区長、助役に申入れ管理部運転に報告せしめた。しかるに六月十日一時三十七分及び一時四十七分管理部運転指令より当直助役に対し 東神奈川車掌区車掌は今日より乗務しなくてもよいと通告、更に軍臨七八一列車、仝廻送六九一九、六九三六列車の乗務も拒否し遂に全面停止の状態となつたのである。 こうした事態に追いこんだのは当局の策なき悪らつきはまりない実態である。 当局のアクラツな手段 ついに事業場閉鎖 当局は六月九日二〇時東達甲第五八三号(電報)をもつて東神奈川車掌区の管理区域を次の如く変更して来た。桜木町、大森間を品川車掌区に移管、横浜線全線を八王子車掌区に移管し東神奈川車掌区の管理区域を鶴見線全線と新鶴見操車場月島間の貨物線の二線区だけに縮少された。しかもこの通知は六月十日夜間行われた下山総裁との交渉過程に於て知つたのである。鉄道の公共性を発揮するために斗つている東神奈川車掌区の企業を縮少することは当局の無謀性を如何なく暴露する破壊的な政策である。 正しい総合運動と団結の前に 当局カブトをぬぐ 六月十一日東神奈川三分会は大会をもち支部の方向に従ひ全員新交番に乗務する事を決定、区長並に管理部に申入れた。こゝに於て一方的に発表した事業場閉鎖第五八三号達廃止を十八時三〇分組合に通知せざるを得なかつた。 電車運行をソガイしたのは誰れか 組合は事態を収拾せんとあらゆる努力を図り自主的に分会大会を開き、平常業務に復帰せんと通告せるに拘らず当局はまんぜん時間を延長し、遂に二十時四〇分まで運転を遅延したのである。 申入書 分会斗争委員は全分会を代表し、本日より新交番制にて乗務することを申入れる 六月十六日十六時二十分 東神奈川車掌区分会斗争委員長代理 山岸平吉郎 東神奈川車掌区長殿 ㈡ 一九四九年六・一〇 午後廿時 斗争情報 産別会議情報宣伝部 ☆国鉄団交つゞく。 午后五時四十分、中斗鈴木副委員長以下は横浜支部代表を交へて下山総裁以下と三項目について交渉を初めたが、ストをやめれば今後の処分問題、新交番制について団交する旨回答したが、横浜支部から今日東神奈川車掌区では平常運転に復帰する旨、組合幹部から管理部に通告したところ、運転指令として「今日は乗務しなくてもよい、軍臨も運転しなくてよい」と発令申し渡して来たという事実が出され、こゝに事態は一変し、当局は休ケイを宣して約二十分後横浜支部を除く中斗と総裁間に交渉を行ひ、当局より二、三項目はみとめる、しかし一項はみとめられない、たゞしカク首者については再調査しようと妥協を申しでたが、中斗は事態収拾のため一度職場に復帰させてから調査してもらいたいと申し出たのに対し当局はこれを拒絶し、中斗は非公開で協議を続けている。 ☆電産神奈川動く。 日発鶴見火力、潮田火力、神奈川変電所の三分会は廿日午后三時、職場大会を開き、大会の決定として斗争中の東神奈川車掌区に同調することゝなり満場一致で職場放棄を行ふことを決議した。その時期は分斗に一任。 ㈢ 一九四九・六・一〇 午后一〇時 斗争情報 産別会議情報宣伝部 ☆地下鉄では十日の職場大会で十一日から超過労働を拒否、警官の無賃乗車拒否を決定した。 ☆一〇日午後七時千葉車掌区は新交番制に復して平常運転にかへつた。 ☆カマタ車掌区では、正午頃の警官の襲撃は撃退したが、夕方再び五〇名が又襲撃遂に六名の検束者を出した。 ☆午后八時現在、首切発表者数。 三鷹 十九名 中野 三五名 蒲田 十一名 東神奈川 十三名 ☆「人民電車」動く。 スト中の東神奈川電車区は昨九日、労働者の手による人民電車を動かして大衆の要求に答へたが一〇日、車掌区、電車区、駅、三者の話合ができて、地区工代会議のもとに、本日十八時から人民電車を上下線とも動かすことになつた。 尚人民電車第一号は午後六時五分、労働者と市民の拍手とインターに送られて同駅ホームを赤羽にむかつてすべり出した。 毎日ラツシユ時に一時間に一本のわりで上下線とも運転する。 ㈣ 産別特報 号外 一九四九年六月十一日 全日本産業別労働組合会議 情報宣伝部 防衛会議が電車を動かす! !注目すべき人民管理への動き! 今度当局の不当な首切りに反対して立ち上つた国鉄労組東神奈川地区を先頭とする国鉄防衛斗争は、情勢の発展にともない新しい斗争態勢を示して来た。それはその地域における工場代表者会議、産業防衛会議による人民管理へのうごきである。 このストの端緒をきつた東神奈川車掌区、電車区にスト突入後、金属、電工を中心とする労働者六〇〇名が直ちに応援にかけつけ同工場代表者会議を開き、次の国鉄共斗方針の四項目が決定された。 1 国鉄は全人民のものである。これをうごかすのも止めるのも全人民の意志である。 2 われわれは直ちに各工場で要求をかゝげ、断乎たる実力行動を起す。 3 当局の発表した十名の首切及び予想される弾圧に対して実力行動をもつて抗議する。 4 差当り車掌区長と団体交渉を行う。 この決定に応じて、川崎、鶴見地区の各工場では、それ〴〵の要求をかゝげて斗争に立ち上つたが、 この工代会議の決定にもとづいて、スト中の東神奈川電車、車掌両区はラツシユアワーの労働者市民乗客の要望にこたへ、十日午后六時二三分京浜赤羽行及び横浜線八王子行「人民電車」第一号より労働組合の手で発車させた。赤信号を出して発車を妨害しようとする駅長の反対を乗客に訴へ乗客の協力のもとにおしきり、「人民電車 東神奈川車掌区管理」と表面に大きくかき出した電車は、赤旗の波と乗客の拍手のうちに数本運転されたのである。 蒲田車掌区でもやはり応援にかけつけた。全逓、電産をはじめ各組合代表者、婦人団体、民主商工会等を加へて代表者会議をひらき、この会議を太田地区防衛会議と名ずけて電車を動かすのも止めるのもこの会議の決定にもとづくことを確認、単に国鉄の斗争だけでなく駅前マーケツト取りはらい問題などもとりあげて恒常的な態勢をつくりあげた。 このような動きは、産業防衛会議が宣伝機関から実力行使をともなう行動機関へ成長しなければならないという方針の正しさを裏書している。 以上 ㈤ 一九四九・六・一一 一八時 斗争情報 産別会議情宣部 中斗指令後の各分会の動き ○東神奈川車掌区 十四時臨時分会大会をひらき平常運転に帰ることを決定し、十四時三十分職場へ復帰したが当局は赤信号を出したまま送電しないので電車は動かず十六時すぎようやく動きはじめた。斗争体制はとかず現在旧交番制を実施している。 各地の動き ○神奈川方面 一 九日の四項目をかかげて斗いをはじめた工代会議は昨日(十日)東神奈川駅に集めて共斗本部を設け常駐の実行委員を各単産から出すことを決定した。 二 東神奈川井上斗争委員長、溝口委員に対して地検は逮捕状を発したが、工代会議はこれに対して直ちに逮捕理由なしとして抗議文を出した。 三 神奈川生活協同組合は全力をあげてこの斗争を支援し共斗するとその態度を明かにした。 四 川崎地区では東芝堀川町、同柳町を中心にデモを敢行、鶴見地区では東芝鶴見、鶴鉄を中心として約二、〇〇〇名がデモに参加した。 五 日本製鋼は本日一時無期限ストに突入、東芝横浜、日平産業、石川島産業は本日二十四時間ストに入り、古河電線もストを指令した。 六 横浜の民主商工会も工代会議に同調、ビラなどによる宣伝活動を活発に展開している。 七 横浜市中区の自由労働者約二、〇〇〇名は、仕事よこせの斗争を県庁に対して行つた。当局は武装警官を動員したが、交渉の結果殆んど全員仕事をカクトクした。 八 電工、金属の神奈川支部は東京本部に対して厳重なる抗議をするとともに、即時除名処分の撤回を勧告し「われわれとともに公安条例反対、当該事件の責任者の即時罷免リコール、処分の取消等を要求し果敢なる斗争に起ち上ること」を要請した。 〔注〕この資料の「中斗指令後の各分会の動き」 「各地の動き」は神奈川に関する部分のみを抜粋したものである。 ㈥ 組合の戦術転換に対し当局挑発 組合はGHQの中止勧告に先だつて戦術転換を整然としかも敵前で転換した。これに対して当局は短期戦でしかも十二万の首切の突破口として潰す意図を持つていた。然るが故に敵は滅茶苦茶の攻撃を行つて来、組合の戦術転換に対して盛んに挑発を行ひ、『組合員一人一人から業務命令に従うという確認書を出せ』『新交番でのれ』と挑発して来た。軍労働課では問題が解決するまで旧交番でのれ、確認書は後でもよいと言はれており、中央当局は確認しているにも拘らず、遂いに十九時すぎようやく動き出したのである。この間の動きに就いては車掌区々長は『組合員は早く復帰した。おくれたのは業務上その他に依る』の確認書を組合に提出した。 東神奈川の斗争が我々に与へた最大のものはあらゆる法律によつて縛られた吾々に力と自信と勇気お注いだ事である。茲に支部委員会は次の感謝文を其の名に於いて三分会に送つた。 感謝文 茲に歴史の一駒を大きく進展せしめた事実がある。それは悪政をけり暴逆な当局を震撼せしめた十一日間の東神奈川の斗争がそれだ。 労働者は斗うことに依つて生抜かねばならない。然しそれはスローガンを決定することではなく、行動する事だ。東神奈川の斗争は全労働者にその事を確認せしめ、懦夫を奮起せしめたであらう。我々は重苦しい十二万人の首切りや引つゞく労働強化を坐して待つていられない筈だ。すでに敵は団体交渉にのせられるべき新交番という労働条件、労働強化の問題すら業務命令という形で強要している。 その圧政を一撃の下にはねかへしたのが東神奈川の斗争だ。東神奈川の諸君!! 君達の斗争は我々に勇気と確信を与へてくれた。少くとも惰眠から目覚めた。諸君!! 吾々は君達の後につゞくぞ。それが君達の苦斗に報いる唯一の方法と思うからだ。我々は諸君の息吹きによつて本来の労働者に立返つた事を誓う。有難う諸君! 我々は斗うことだけだ。 一九四九年六月十三日 支部委員会 東神奈川車掌区、駅、電車区分会殿 ㈦ 第一次声明 皆様に御心配をかけました今次のストも組合の自主的な処置によつて一応平常に復して居りますが、問題の根本については何等解決はついてはいません。従つて電車は走つていても斗争体勢は依然持続し、更に強化されています。報道機関を持たぬ組合の貧弱な宣伝力のみでは大方の皆さんに真相を知つて頂けないので実に残念であります。その反面当局の一方的な談話や見解は新聞、ラヂオ等にそのまゝ発表され事実は大いに曲げられています。只今より真相の概略を申上げ逐次声明によつて問題を解明したいと思います。 一 団体交渉の対象たる乗務交番制(労働時間、労働条件)について交渉中、結論をまたず一方的に見解をつけ、理由のない首切りを発表した。 二 この間数回に亘り鉄道公安官を多数動員し組合員を威嚇した。 三 この挑発的な不当処分(十名首切)により組合員は鬱積した不満を押えることができず乗務を拒否し、当局にシユン烈な反省を求めた。 四 頑迷な当局は到底反省すべくもないので組合は持久戦体勢に切換え一応平常状態に戻るべく六月十日初発電車より乗務を申入れた所、これを拒否しあまつさえ車掌区閉鎖(事業所閉鎖)という法違反を敢て行つている。 五 組合は斯る当局の処理による乗客の不利を考え、且つ県下工場代表者会議並に乗客の積極的な要望により在庫二編成電車の中一編成を応急に運転し緊急に処理したが、当局の電源切断によつて後を継続できなかつた。 六 六月十日十四時組合は東京鉄道局長に対し事態拾収について団体交渉を申入れたところ、全面的に拒否し且つ三名の首切りが追加された。 七 六月十一日組合本部と当局の交渉を期待し、尚戦術上の見地を考え、職場大会の名を以て東神奈川電車区に於ては十一時、車掌区に於ては十二時半、夫々再度乗務を申入れたが当局側は遷延策(弾圧計画)をとり平常状態復帰を妨害し、当然運転なし得る午後のラツシユ運転を阻害した(当局確認)。 以上が「真相はこうだ」であります。考え得ることは組合側の度々の勧告にも拘らず当局の未熟な労働行政が斯る事件を生み更に紛争の逆手をとつて弾圧を行い、今後の行政整理による労働不安を解消しようという官僚的な行方は、事毎に挑発的な行動によつて組合員を煽り「問答無用無礼打ち」という悪ラツにして拙劣な計画をすすめていたのでした。 何れ然るべき機関によつて明確となると思いますが取敢えず真相を発表し絶大な御協力に厚く御礼申上げます。(九日夜の乗客大会に莫大な斗争資金をカンパして頂いたことを併せて御礼申上げ、当日の司会者の方の氏名をお伺いしなかつたので略儀乍ら紙上で御礼申上げます。) 一九四九年六月十三日 乗客各位 国鉄労組横浜支部斗争委員会 ㈧ 第二次声明 当局の惨忍な労働行政による不当馘首に端を発したストライキは一応組合の自主的措置により平常運転に復して居ります。 皆様の関心はストライキにかゝつていると思いますが、之は不当馘首に関する限りの物であつて問題の中心は首切りに至るまでの新旧交番制をめぐるところにあります。新交番制についての反対理由は勿論私達の勤務時間労働条件に重大な関係がありますが、之はとりもなおさず全国鉄十二万首切りの前提であり、更には一般産業労働者の虐殺的首切りの端緒となるものであります。特に旅客の皆様にとつての問題は、車掌削減による列車運転の間引きということの事前工作と見られる点であります。我々が新交番制に反対し車掌を浮かさないことは、現在の列車電車をへらさないことであり、少くとも皆様の利益に一致することは疑もなく茲に組合の自主的な職場防衛の意図を表現するものがあります。然し乍らこの問題は今の国鉄にとつては一つの例にしかすぎないのです。私達が長い鉄道員生活で睨んできた旅客の利益不利益の点は間違いはないと思います。それは輸送復興ではなくて、輸送の破滅への一歩一歩を辿つている今の政策から探知出来ることで之を阻止しようとするのが現在の斗争体勢であり、こゝに働く者の職場監理の気構えがあるのです。だからこそ東神奈川は今尚果敢に斗い続けてゐるのです。そしてその斗いの目標を示すならば 一 国民の反対を押切つて行つた運賃値上げは逆に減収を来している。従つて独立採算制など思いもよらない。だから我々は値下げを叫ぶ。 二 首切りのため改札口や出札口が閉鎖され、乗車券の発売制限をやらなければならない。 三 首切りのため小口扱貨物の制限停止が行はれ、繁雑な手続きと共に非常に不便となる。 四 日通委託業務鉄道還元は労働強化だけ鉄道に返り利益の大部分はそのまゝおあづけとなつている。 五 公務員法、公共企業体労働組合法等も今の労働者にとつては保護法律ではなくてむしろ弾圧法であり、労働者の基本的な権利は黙殺されている。 以上の様に僅かな費用の節約で大きな利益を見のがし、その利益のゆく先は大資本家擁護の形となり、馬鹿をみるのは国民諸君といつも白い眼でみられている従業員だけであります。この馬鹿々々しいカラクリを皆さん! この国鉄の斗争の中からハツキリと見極めて下さい。そして一日も早く本当に国民の鉄道国鉄にしようではありませんか。 一九四九年六月十五日 国鉄労組横浜支部斗争委員会 乗客各位 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 二七七 川崎地区労働組合連絡協議会の弾丸道路調査報告(一―二) ㈠ 第一回弾丸道路調査報告 川崎地区労働組合連絡協議会 常任委員会 経過 六月四日、地区労常任委員会に於て、全日土建川崎地区協より提案された『弾丸道路が県道拡張の名目で実施されつゝある』ので討議されたい、を検討した結果、地区労常任工場全部並びに現地労組からの代表者による調査団を派遣することに決定。六月十一日午前十時に武蔵溝ノ口駅に集合することを申合せた。 調査団の構成 調査団に参加した労組並びに代表者は次の通りである。池貝溝ノ口労組工藤書記長、日立川崎労組水島書記長、昭和電線労組青木組織部長(地区労副議長)、帝国臓器従組小林事務局長、全日土建高津分会金山書記長外二名、全日土建登戸分会一名、地区労事務局秋美議長、池上書記の十名。 調査範囲 調査団はまず市役所の高津出張所に行き、小川庶務係長に会い事情を聞いたが、市の出張所は何んにも知らないとの事であつた。 そこで市土木課の高津出張所え行つて聞いたが、こゝでも『これは建設省でやつていることで私達は何も知らない』と云つているので、調査団は現地下作延周辺一帯と、ねもじり坂地蔵尊附近の実地調査と農民との懇談を行つた。 たまたま現地を測量していた建設省の橋本氏ら一行五名と会い、懇談することが出来た。 以上により判明したことは、この計画中の道路は〝行政協定道路〟と云い、または行政協定による防衛道路と建設省では云つていると橋本氏の一行は調査団に何のためらいもなく話してくれた。 それらの話を要約すると、この道路は幅八・五米、補稜が七・五米で両弁を肩と云つて五〇センチづゝとる。 第一期工事は二子橋より土手を四〇〇メートル上流え上り、そこより真直ぐにねもじり坂地蔵尊前迄の二、五〇〇メートルである(裏面略図参照)、これを二八年度一杯に完成させる予定である、最終点は厚木え行きます、軍用道路ですねと質問に答えてくれた。 農民の声 庭の真中に杭を打たれている農家、大久保初太郎さん老夫妻は、われわれ調査団一行を心から歓迎してくれ、庭先の杭を指さして『これは仮の杭だから打せてくれと云つて打つて行つたが、近所の人はこれは本物だと云つているので本当に困つています。この家はどうしたらよいか、移すにも土地はないし毎日この問題で苦労してますがどうにもなりません。子供や親類も心配しています。どうか力になつて下さい』と真剣に訴え、お婆さんは物も云えず涙を流して喜んでくれた。尚農民は挙げてこれに反対して署名運動をやりました。農地委員の越水さんのところえもぜひ寄つて行つてくれとのことで調査団は農地委員越水長太郎氏の家え話を聞きに行つた。 丁度昼休み時で、一家の働き手が皆一休みしているところであり、早速いろ〳〵の話を伺つた。 農民は全員反対 初めは大山街道(県道)の拡張と補修と云う話しであつたが、杭を打出したのが全然違うので、反対の署名運動をやることになつた。皆んなこんな道路は反対だとすぐ署名が集まつたので県の道路課え持つて行つた。(署名数約八〇との事) 反対理由と要求 その他いろ〳〵の話を要約すると反対の理由は、農耕地がつぶされたら農民は生きていけない。先祖代々からの下作延が高架道路に二分されてしまう。軍用道路には反対です。この声は農民だけの声ではなく、現地に住む労働者、一般市民、商人の声でもある。この声のなかから金があるなら男子の中学校(高校の意)を建てゝくれの要求が出ている。また地元選出各議員に対する反対斗争の先頭に立つてもらいたいの要望が出ている。 現在の交通量 調査団がねもじり坂にて現地調査時における交通量を大山街道で行つた際(約二五~三五分)の実績は、車一〇台中、ジープ四台、米高級車二台、バス一台(日)、定期トラツク一台(日)、オート三輪一台(日)、農民の引く牛車が一台と云う割合であつた。 今後の方針 調査団は調査終了後、溝ノ口神社の境内で調査結果の確認と今後どう斗いを進めてゆくかを討議した結果 1 ねもじり坂より厚木に至る予定地の調査を行う。 2 調査報告を出し全市の労組、農組、民主団体、各政党、並びに行政協定道路予定地沿線の労組、農民、市民との共斗を確立し計画を放棄させる。 3 懇談会、大会等を行い農民との交流を深める。 4 労働者、農民、市民を含めた反対同盟を組織してゆく。そのため連絡事務所を設置する。 六月十四日の地区労常任委員会は調査団の報告を確認すると共に、各政党、労組、農組、民主団体による第二次調査団を送ることを決定した。なお弾丸道路問題小委員会を日立、池溝、土建、事務局で組織し、活動を進めることを合せ決定した。 〔注〕裏面略図は省略。 資料年代は昭和二十七年と推定される。 ㈡ 第二次弾丸道路調査隊派遣についての要請 第一次弾丸道路計画は県民の反対によつて中止の状態にありますが、新らしく二子橋より下作延まで二、五〇〇米予算一億六千万円で第二次計画が実施されようとしております。 全日土建労組高津分会が労組としてこれの調査を開始し、続いて川崎地区労常任委員会も第一次調査を行いました。 地区労常任委員会はこの弾丸道路に反対する一切の人達が集つて運動してゆくことが必要だと考え、去る二日調査のための打合せ会を池貝鉄工溝ノ口労組にて行い、御出席の労組、農民、学生、志村衆議院議員、鈴木、奥村両市議、社会党左派、社会党再建派、労農党、共産党代表など約五〇名の方々の総意によりまして再度現地の実情調査を行うことになりました。 労働組合は早くから行政協定に対する反対の斗いを続けておりますが、現地農民の方々はこの調査に大きな期待をよせられております。 自由党市議の方々も軍用道路には反対であると云はれる方が多数あり、工都川崎を平和産業の街として繁栄させてゆくことは誰しも望んで居ることと思います。 いろ〳〵と御多忙とは思いますが、この調査隊に御参加下さることをお願い致します。 ☆ とき 七月一〇日午前九時 ☆ ところ 大井線二子新地前、駅前にお集り下さい。 尚同封の報告書は川崎地区労として調査したものでありますが、御参考までにお送り致します。 各位殿 川崎地区労組連絡協議会 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 〔注〕前掲「第一回弾丸道路調査報告」を示す。 資料年代は昭和二十七年と推定される。 二七八 神奈川県下基地労働者解雇反対運動(一―三) ㈠ 農家の皆さんにうつたえる! 私達基地労働者はいま『雇用・昇給・首切りの一切が米軍のおのぞみ次第』という労務基本契約をおしつけられこれに反対して斗かつています。 私達の不安定な生活、それは結局日本政府が米軍と対等の立場で話合い出来ない状態にあるからです。つまり日本が本当の独立をしていないからです。 それに吉田政府は、米軍の手先になつて日本の軍事化―そして戦争によつて大もうけしようとしている資本家の政府だから、労働者のことはちつとも考えてくれないのです。 去年のくれ上溝で、米軍の砂利運びの車が農家の主人をひき殺しました。 同じくこの春、桑畑で一人の婦人が兵隊によつて暴行をうけ殺されました。 この事件がその後どうなつたかは誰もよく知りません。みんな日本人の知らない場所でうやむやのうちに片付けられているのです。 基地は日毎に拡大され強化されています。その度にお百姓さんは土地をとり上げられ、砂利運び、資材運びのトラツクはいく台となく町にほこりをまいてつぱしり、道べりの作物をきづつけ、そしてそれにはこれつぽつちの保しようも出ていないのです。それは結局日本政府が米軍と対等の立場で話合い出来ない状態にあるからです。つまり日本が本当の独立をしていないからです。 それに吉田政府は米国の手先になつて日本の軍事化―そして戦争になつて大もうけしようとしている資本家の政府だから農民のことはちつとも考えてくれないのです。 このように労働者と農民の要求は根本において完全に一致しています。 賃金切下げや首切りの不安をなくすために、人殺しや土地取上げや作物を荒されないために、そのために本当の独立を斗いとろうそのために労働者と農民は団結しよう 相模原駐留軍労働組合共同斗争委員会 統一行動隊 一九五三・八・十二 ㈡ 全国民の皆さんに訴える! 軍事基地で働く私たちは十二日より四十八時間ストライキを行いました。私たちは、毎日門の出入にも囚人のようにきびしい身体検査をされ、基地内に一歩はいれば、日本の法律のおよばない別世界で、組合活動は出来ません。 首切りは軍が一方的に勝手にやり、予算が足りない、好ましからざる人物だ、保安上危険だ、不適当だ、無能力だ、居眠りした、命令違反だなどの理由で簡単に行われています。 去る七月九日、第二港湾(横浜港)労組とチヨート基地副司令と政府(労管)との三者会談の席上、軍側は〝勤務時間を何時にしようと、何人首切らうと部隊の勝手だ。日米行政協定にもとづいてやつている。使用者の決めた条件が気に入らぬ者はヤメテもらうだけだ。横浜には失業者が沢山いる。アメリカのデモクラシーはクビを切るのは自由だ。労働者の生活まで保障する義務はない。組合は福利厚生だけやつていればよい〟と私たちの人権、生活権、団結権、権利を認めていません! 私たちは、こうしたアメリカ軍の直接の管理下で(カービン銃の下で)自由と人権と権利をふみにじられ、ドレイ的な労働条件で働かされています。こうした私達の無権利な状態を〝新労務基本契約は決して新しいものではない。今までに行われていたこと、あつたことを成文化しただけだ〟 (軍側)と占領下に結んだ契約よりもつとひどいドレイ契約で働かせようとしています。 労働者・農民・市民・学生・主婦の皆さん! こうした状態は私たちだけの問題ではありません。内灘をはじめ、日本全国に網の目のように設けられている(七三三ケ所、はじめは六〇四ケ所だつた)軍事基地、日本に住んでいる全国民が背負わされ、苦しめられている状態と全く同じなのです。私たちは、直接米軍の下で働くので特にひどいだけです。 私たちは、こうした自由も人権も権利もないドレイ契約に反対し、ストライキで斗つているのです。 行政協定をタテにとつて、こうした状態がます〳〵ひどくなることは、休戦の成立が真近いと云うのに、全国民の与論の反対を押し切つてまで内灘に基地を作つたことによつてもうかがわれます。私たちに押しつけられているドレイ契約も、日本人の事なぞ眼中になくタダ米軍の思うままに日本人を利用し、安くコキ使おうとしているものなのです。 労働者・農民・市民・学生・主婦の皆さん! 内灘問題でわかるように、私たちのドレイ契約粉砕の斗いは、決して生易しいものではありません。全国民の支持がなければ絶対に勝つことは出来ません。 総評の高野事務局長も〝基地労働者の斗いは、民族独立の斗いだ。総評は全力を上げて共同斗争をする〟と言明しています。 国鉄・日通なども共斗に立上つています。 私たちは、広く私たちの実情を全国民の皆さまに訴え、知つて頂き、□の支持とゲキレイと、共に斗つて頂くことによつて、この苦しい斗いを勝ちぬいていこうとここに心より訴えます。 一九五三・八・十三 YED相模統一青年行動隊 ㈢ 共斗ニユース №7 一九五三・九・五 首切り粉砕のために実力行使を確認 RPE、CYMG、武山、追浜、その他に大量首切りが出ている。 そこで共斗会議では三十日に首切り反対の斗いをどう進めるかを討論した結果「実力行使以外には、この斗いは勝利しない」事を確認し、断乎として職場の日常斗争グループのもとにストの方向を検討し、討論と具体的な行動を開始するよう全労働者にアツピールする事を決定した。 CYMG実力で斗う事を決定緊急合同委―拡でスト体制 一日の朝になり、のび〴〵になつて動揺していた。敵は「力」を以て首切り三二五名を発表し対抗してきた。だがCYMGの労組では、「力には力を以て」と執行委で実力斗争を決定し、敵の弱さを現わしているアセリを堂々とつき上るために同夜、合同委を開き、万場一致で執行部の方針を確認し、斗いは進められている。共斗会議では、この状勢のもとに、連帯と共斗体制を確立するように進めている。 武山でもストの投票を職場で決定 同じく武山の労組でも三十一日執行部、県連、全駐本部の三者会議を開き、職場の声を圧倒的に支持の方向に動き、ストの一般投票によつて立上る条件にある。 RPE労働者の声は首切り粉砕の声が圧倒的 RPEに首切りが出た直后共斗では直ちにビラ宣伝に出た所「御苦労さん」「どうしたら首切りが撤回出来るか」と相談し、ビラを見たら職場の仲間とどうしたら首切りを撤回し、組合の御用幹部の圧迫をハネとばせるかを真剣に考えてゐる。職場では「実力でやらなければダメだ」「執行部は職制の手先だ」と斗ひを職場からつよめてゐる。又小さな職場の要求が無数に出されようとしてゐる。 外船労も家族会船内大会で四日に斗争委で決定 外船労でも沖からの声で「首切りを粉砕しろ」の声はつよまり斗争委を開く準備に入つた。 又三月一日に家族代表が「首切り反対」で県の渉外局長に交渉し今后も斗かわれようとしてゐる。 首切り粉砕「退職金」現金化の総選挙としよう 労働者、農民、市民の力はついに野党派をして不信任を決議、吉田は解散せざるを得なかつた。国民の真の代表と云う右社その他の野党派は「不当な解散」とのゝしり、吉田を支持してゐる腹の底がはつきりわかつた。吾々はこの選挙を有利なそして全労働者国民の統一した要求で斗ひとる事に確信をもち、売国奴吉田内閣と戦争やに徹底的な攻撃をかけ、愛国戦線の旗の下に「首切りをやらない」「退職金、全額以上の現金化」をやる代表を出す事こそが今后の賃上、平和を斗ひとる道だ。 吾々の要求を入れないものは一人も入れるな。 吾々の要求を入れる代表をどしどし支持し、神奈川県統一選挙斗争会議に職場から参加しよう。 日飛、YOD、CYMG労組など統一選挙を決定 市従では参院全国区に畑中氏を決定。 共斗会議の日飛、YODは左派、労農、共産を決議し、カンパも決定、具体的な選挙斗争を進めてゐる。又CYMGでは三党の統一(共産、労農、社左)を決定し選挙会議に参加。 市従では参院全国区に平和の戦士、畑中政春氏(中国帰国準備代表)を決定している。 弾圧をケツて斗う昭電労働者 主婦もにぎりめしで激励 賃下げ(生産手当一、〇〇〇円切下げ)反対で斗つてゐる、昭電川崎労働者は「労農提携」を具体的に出し「農民、国民に安い肥料と米を」と斗ひは強まる中で、会社は硫安二万五千トン、五億円が倉庫にねむつてゐる打撃をうけたので、三月十四日より部分ロツクアウトを強化し、更に二十五日から全国的工場閉鎖をやり組合をつぶそうとねらい、九名の組合員、役員を実力で弾圧して来た。これに対して各労組、川崎地区労では県知事、市役所、市警本部その他に抗議を行ひ、おかみさん達の力と合せて直ちに釈放されるまでの動きを迅速にとつた。 又このような中でおかみさんは組合を激励し、行動隊にお茶を入れたり、にぎりめしを一杯もつてきて「もうどんなに云つても、おまわりを良い人だと云えない」と怒りが斗いの中から爆発し団結が強められてゐる。 CYMG労組各労組でカンパに立上る共斗会議でも激励文を送る! CYMG労組や各労組では一円でもカンパしようと職場から斗ふ財政が送られてゐる。 特にCYでは、一回のパチンコ代をと集めて「八百九十円」を三月二十三日にもつてゐつた。 又共斗会議でも激励文を送り地域的な斗いを進めてゐる。 メーデーの歴史 メーデーは英語の五月一日の意味で全世界の働く労働者国民は、生活、自由、平和、独立の要求で大会、デモを行う事になつてゐる。 このはじまりはアメリカの労働者が「八時間制獲得のために毎年五・一はゼネストを行う」と決議し、翌年一八八六年の五・一に実施し、斗ひとつた。 この成功を三十二万以上の労働者が記念して、五月一日を「世界労働者の総動員の日」ときめた。 このようにして、第一回メーデーが一八九〇年に行はれ、日本では明治、大正、昭和と開かれ、昭和十一年の第二次大戦中に禁止された。戦后昭和二十一年に復活され、昨年は「人民広場でメーデー」をやれと決議された。今年は反戦独立、民主の統一メーデーとして中央メーデーは決議され、神奈川でもそのように動き、川崎、鶴見は早くも盛大な文化祭を催す事に進められている。 そして総選挙のさ中で、平和戦線の統一として国際的に注目され、日本の国内でも労働者、農民、市民の力が盛り上つて来てゐる。 メーデーを有給休暇で要求決定 共斗で参加しよう 共斗会議では「今年こそ基地労働者の斗いをメーデーに結集しよう」と首切り反対の中で決議され、有給休暇を要求する事に決定、各組合では斗はれようとしてゐる。又今年のメーデーには実行委も加はり文化祭も計画しようと話し合を進めてゐる。職場ではこのメーデーに対する対策をたてるため実行委員会を作り準備中。 今度こそ北京メーデーに代表をCYの大島教宣部長を派遣に決定 昨年のお正月に中国の総工会(労組)が来たのと同じように今年は本当に平和を守りましようと日本国民に挨拶をよこすと同時に、帰国問題について援助を与え、生活の事やいろいろの事を心配するような手厚い送りぶりでした。 又更に昨年と同じく総評、産別、賃金共斗宛に五・一メーデーに是非来て下さいと招請が来ました。そこで今年は必ず代表を送るために各方面で準備してゐます。吾々共斗会議でもこの要請に答え代表を送る事を決定し、CYMGの大島教宣部長を是が非でも送る事とカンパで皆さんの力を出してもらう事などもきめました。又共斗会議では大島氏を盛大に送る会を計画してゐます。 職場でもメーデー実行委の中で歓送会を計画し、カンパ激励に協力して下さい。 メーデーに文化祭や 婦人の日を盛大にやろう 共斗会議では、メーデーにちなんで立派な祭典とするために文化祭を計画、大体五月三日の予定です。此の日のプロは、替え歌大会やのど自慢、かくし芸をやり、音楽等もまじえて一日を明るく楽しい解放の日として準備を進めてゐます。 又四月十日の婦人の日も計画し、「婦人を解放し」今后もそのための力となるために、青婦懇談会を開きいろいろな不満要求をどのように勝ちとるか等も相談しあうために、第一回を三月二十八日に開きました。第二回目はもつと多くの青年婦人に集つて頂き、幻燈、懇談に入り、云ひたい事をどしどしいつてもらう事になつてゐます。日時は六日の五時半より横浜市従会館でやります。 (市電六角橋行 二ツ谷町下車 横浜市役所内) 〝中央のうごきで問題点〟 労働者を増々酷使し首を切る制裁規定を分科会で決定 「軍直反対」と叫んでゐる折も折、三者会議は斗いになる所か、軍直になる枝葉ばかりで審議づめ、 最近おこなわれた第一分科会で、 「違反行為に対する制裁処置の範囲」なる者が決められた。これはどんな名目にしろ首切り基準案を呑んだ結果と同じになり合法的に小さな事で罰則を受け、この斗いも規定されて、斗ひをさせない方向でつくられてゐると職場で働く人は感ぜざるを得ない。 以下簡単に紹介しよう。 一 正当な理由のない遅刻一回目(戒告)二回目(戒告と一日の出勤停止)三回目(一日~七日)、然も六ケ月間に三回になつた場合は次の段階となり首の問題になる。 このようにして、以下 二 一就労日以上の理由のない遅刻 三 就業時間に不当に職場をはなれること 四 交通規則違反、軍施設内での不注意な運転又車輛の作為的な取扱 五 意識的な怠慢、時間の浪費 六 不良品、材料のムダ、生産の遅延をもたらす様な不注意な作業 七 命令で与えられた仕事、カントク者の指示の実行を正当な理由なく怠り、おくらせる事 八 米軍の財産、器具、設備を紛失し、損傷し、危険を与える事等の他細かい規定がそれである。 然も、一の項より数が増えていくに従つて罪がおもくなり、首首と出され、出勤停止がザラに出てしまつにこまる状態がおきてくる。 このねらいは何か、労働協約にも「軍、日本政府のヒボウ」云々はやつてはならないのと関連し、増々組合の御用化をはかり、労働者の不満をおさえ労働強化の不満やいろいろな事を云うだけでも首となる。だから「中央情勢は日本政府の雇傭は原則」と云ふ奴の顔がみたくなるし、軍直はかたつぱしからしかられている。 そこで吾々はもう一度、全体的に内部を見て反対を決議し、日米契約の調印はチヨツト待てとストツプさせ、首切り反対の斗い、賃上げの要求を出し斗わなければならない。そうしないと賃下げと労働強化、首切りがアツと云ふまに増々出て、組合の真の活動家はどしどしやられ後に残るのはダラ幹だけだ。 YODに言論の弾 制裁規定や労働協約が職場に出る 軍直そのまゝの制裁規定や労働協約案が上の方で問題になつている時、YODに三月二日労働協約の中の組合機関紙宣伝の中に「軍、日本政府個人をヒボウする事は出来ない」と云う事が掲げられ、事前に軍に宣伝ビラ、機関紙を見せる項がある。この事が発表され、「部隊の中に機関紙及び掲示する事はいけない。もし持つてくるものがあれば、日米行政協定の刑事訴訟に基き日本の警察によつて逮捕する」と云う事が英文で発表されている。 CYにも同じ 始末書とつて首切り 今、CYMGに首切り問題が起きている時、CVPのメンテナス職場の二名の人は、三月十八日に一名の人に「おくれるから(五分位)タイムカードをたのむ」と頼み、その頼まれた人がカードを押してやつた。その后頼んだ人の某さんが仕事をしていたらシベリヤンから呼び出され(ホーマンその他が一諸)始末書をかき二十日に以后はしません、とその事は了解になつた筈の所に首切りせん風に巻きこみ、合法的に首を切るために四月二日にそく日首切りを出してきた。CYMGではおりから斗争委の中にもちこみ「これは、明らかに軍直の表れであり、実力で斗つてハネとばす事だ」と確認され、職場要求と共に斗うことが決議された。 組合活動家にダン圧 これも軍直の如く不当カンキン 三月中旬に第二港湾カーゴチエツキング分会の久々江、高木職場代議員は軍カントク将校より呼び出されて「君は時々早発、遅刻をする何故か」と問われたので「二交代十二時間制であるため委員会に出るのでおくれた」と答えたら「今后はもう一度欠勤や遅刻をしたら首にする」と誓約書に強制的に署名をさせられた。久々江氏の場合は朝七時から夜六時までしばられるようになつた。これは、軍側が提示している徴罰規定を全日駐、全駐労のダラ幹が呑んだため、職場にはこの様に実施されたものである。 このニユースは各種組合、職場から出された意見に基いて、出されているものです。今后は、職場からどん〴〵ニユースを下さい。 住所は、横浜市中区花咲町三ノ八四 外船労内 共斗会議御中 青婦人こんだん会と共斗会議のおしらせ! 青年婦人こんだん会の第二回は横浜市従(市電六角橋行、二ツ谷町下車市役所内)で開きます。又共斗会議は、十日、八〇〇一労組で開きます。このようなあつまりは、職場の方からどし〴〵来てもらい、意見などをのべて頂ければ甚だ幸いです。 えんりよなく、どし〴〵来て下さることをおねがい致します。 〔注〕文中略語については左記の通りである。 YED Yokohama Engineer Depot (横浜技術廠) RPE Regioal Post Engineer (地区技術部) YOD Yokohama Ordnance Depot (横浜兵器廠) C Y Camp Yokohama (キャンプ横浜) CVP Cargo Vehicle pool (トラック輸送部) この他の略語は六九四頁を参照。 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 二七九 昭和三十三年十月現在基地労働者組織状況一覧表 労働組合組織状況一覧表 昭和三三年一〇月一日現在 (備考) 一 全…全駐労、日…日駐労、関…関駐労、海…全日本海員組合無…無所属、未…未組織 二 横浜労管関係は一〇月七日付神奈川労管と合併後のもの。 三 日駐労座間支部は一〇月一八日付で全駐労座間支部に合併。 労働組合組合員数一覧表 昭和三三月一〇月一日現在 (神奈川県渉外部業務課「組合関係綴」(昭和三十三年)神奈川県庁蔵) 〔注〕 文中略語については左記の通りである。 CYTS Camp Yokohama Transportaion Section (キャンプ横浜輸送部) YPM Yokohama Provost Marshal’s office (横浜憲兵司令部) AGAC Adjutant General Administration Center (副官部管理部) この他の略語は六九四頁、九五九頁を参照。 第二節 原水爆禁止平和運動 二八〇 神奈川県平和評議会規約草案 神奈川県平和評議会規約(草案) 一 この会は、神奈川県平和評議会(以下会という)といゝ事務所を「……」におく。 二 この会は原水爆の製造、使用、実験の即時中止を要求し、戦争に反対し、各国との国交の恢復により平和を守ることを目的とする。 三 この会は神奈川県下の平和をのぞむあらゆる団体や個人で構成する。 四 この会は思想、宗教、政治的見解の相異を問わず、参加するすべての人の善意の意見は勿論その自主性や独自性も尊重され最も徹底した民主々義のもとに行動の統一をはかることを原則とする。 五 この会は職場、農村、町内、学校その他あらゆる所に平和擁護の運動を起し、それが発展するよう協力し、その各々に平和の組織ができるよう援助する。 六 この会は平和擁護の運動に役だち、その戦線を統一する目的にそうならば、どんな運動とも共同し、どんな団体とも提携する。 七 この会は毎年一回「平和擁護大会」を開き、重要事項や運動の方針を討議し、委員を選出する。 八 この会は、毎年三回以上委員会を開き、大会で決定された方針に従つて運動をすゝめる。 九 この会は、委員の中から常任委員を選出し、毎月二回以上会議を開き大会と委員会の決定を実行する。 十 常任委員会には書記局をおき、常時活動にあたる。 十一 常任委員会と委員会の決定のうち、重要事項は次の大会で承認を得なければならない。 十二 この会の財政は会費、寄附、事業収入をもつてあてる。会費は(イ) 参加団体は人数に応じ、毎月百円、弐百円、参百円、五百 円、七百円、千円以上 (ロ) 委員は毎月 五十円 (ハ) 会費は毎月 二十円 (ニ) 賛助会員は毎月一回弐百円として一口以上 十三 会計報告は年三回以上とする。 十四 この会の加入、脱退は自由に認められる。 以上 (広田重道氏蔵) 二八一 第十三光栄丸船員一同の原水爆実験禁止の訴え 訴え!! 全国の皆様私共は第十三光栄丸の船員であります。 本船は三月十六日あの水爆実験による被害を知らぬ間に受けて帰港しました。 現在私共は三崎町立の国保病院に時たまみてもらつておりますが、白血球が四千から五千を上下しております。気のせいか少し体もだるいようです。 私共はこんな状態ではとても沖には出れないと思い、永年すみなれた船を降りました。 そして家に帰るか転船するか途間どつております。帰るに帰れない私共の仲間には金の欲しさに大丈夫だろうと云つて出漁した人達もおりますが、本当に心配です。 私共は実際入港してからあらゆる所であらゆる人達に実に無責任な仕打を受けました。五十余日陸の見えない海上にゆられながら一日五時間と休まずに働きました。そおして全く命とひきかえに得た魚を厚生省の命令で三昼夜も走り続け沖に出て棄てました。 この時衣類一切長ぐつ布とんも海中に投げ込みました。 このことは一生涯わすれることは出来ません。 皆様! 一つ一つ海に捨てる魚が海底深く沈んでゆく時の私共の気持は筆や口で言いあらわすことは出来ませんでした。 国民全部が一切の戦力を放棄して平和を心から願つている今日、公海に於て働く私共が何故こんなむごい仕打を受けなければならないのか、心から原爆をキライ、ノロウのであります。そして心からアメリカをニクミます。 皆様こればかりではありません。入港以来三度も医者を替え、或る時は試験管に二本の血をとられ、或る時は「大丈夫でせう」などとカラカイ半分に注射をうたれた時もあります。いまだにもつてまるでモルモツトのような生活を余儀なくさせられております。 政府は私共被害者に保障すると云つていながら一月すぎてもまだビタ一文もくれません。私共は船主にも、町長にも、県知事にも、政府にも、保障を要求しました。しかしみなにげてしまつて何一つ満足な回答をえられませんでした。 私共は今船主からようやく借金して生きており、家には生活費すらも送つていません。煙草を買う時には子供のことを、朝飯し時は親兄弟のことを思いだし全くいたたまらない気持になつております。 私共は一日も早く郷里に帰りたい。しかし、金はない、どおしてく れるか。 全国の平和を愛する皆さん 魚を棄てる時は私共の寝床もない程来た多くの政府の役人はあつたが、私共の保障はだれもみてくれない!! 私共は今度こそ陸の人の無情さと現実の政治と政府と、アメリカのやり方がどんなものであるかを知りました。 私共はもおこうなつたら一歩もしりぞきません。県庁に座つても飯を食わなくても斗い続けます。本当に働ける体の保障を得る日まで、八十日間の保障を得る日まで斗い続けます。そして私共は皆さんに訴えます。 全国の平和を愛する皆さんに訴えます。 特に働かなくては食つてゆけない全国津々浦々にいる労働者、農民、商人、 一人一人に訴えます。 損害補償の即時支給、被害者の生活の保障を 公海の自由を! 原水爆の実験禁止を そして全世界の平和を! 若し、私共にこの保障がなかつたら全く死を意味します!! 全国の平和を愛する皆さん!! 心からの御支援をおねがいします。 昭和二十九年五月一日 神奈川県三浦郡三崎町 三崎港遠洋漁船船員寮内 第十三光栄丸船員一同 (広田重道氏蔵) 二八二 横須賀市市民大会の水爆実験反対決議 決議 本年三月以来、引続き南太平洋方面水域に於て行われた水爆実験が日本人の生活に重大な影響を与えているので、次の事柄を速かに実現して戴くよう、関係当局に強く要請する。 一 原水爆(原子力兵器)の製造、実験を絶対に禁止して下さい。 一 被害業者に対する税の減免並に特別金融、被害船員の徹底的治療その他一切の水爆被害を全額国家で補償して下さい。 一 国民が懐いている魚食に対する不安感を除くすべての処置を講じて下さい。 右決議致します。 昭和廿九年五月八日 横須賀市民大会 会場 横須賀市大滝町一ノ廿一㊉株式会社横須賀魚市場内 (広田重道氏蔵) 二八三 世界平和大集会神奈川県準備会活動記録(一―五) ㈠ 「神奈川県平和懇談会記録 国際緊張緩和のために」 二百万人の署名を 世界平和大集会へ! 〝原水爆を禁止せよ〟の声はビキニの水爆以来、県下では三崎の水爆マグロ事件を機として高まり、いま工場に農村に居住に、あらゆる階層の、あらゆる人達のあいだにひろがり、運動は県民のつきることのないエネルギーをどんどん汲み出し、いま一つの大きな平和の流れになろうとしている。 五月二十四日午后四時から、横浜紅葉坂の教育会館でひらかれた神奈川県平和懇談会には、労働組合、民主団体、農民、市民、商工業者、学生、職場の青年、婦人など、七〇団体の代表ならびに個人を含めて一六〇名の人達が集まり、いまゝでやつてきた平和運動の経験を交流し、「平和を守る運動をどうすゝめてゆくか」を話しあつた結果、県下二〇〇万の原水爆禁止署名をやり、来る六月中旬のストツクホルムでひらかれる世界平和大集会、六月七、八、九日の日本大会への代表派遣、さらにその後の神奈川県平和大集会を成功させる対策と運動についてつぎのように決定した。 みんなで決めたこと 一 六月中旬(十四日頃)神奈川県平和大集会をもつ。それまでに署名(原水爆禁止)運動を活発に行う。 署名されたものは世界平和大集会に持込む。その後に行われたものは国会に持込み、国会で決議させ世界にアツピールする。 二 全日本平和大集会(六月七、八、九日)に神奈川県として代表を送ると共に多数の人々が参加するようにする。又神奈川として全日本平和大集会準備会に常任幹事を送る。 三 世界平和大集会に前県会議長、現県会議員添田氏及び憲法擁護国民連合の会長―県下出身の片山哲氏及び国鉄横浜支部副委員長の古見氏を代表として推選する。 この費用として原水爆禁止署名と合せ、カンパ運動をおし進める。 四 神奈川県平和大集会をもつために、この会の準備会を県下大集会の執行機関として今后の活動を続ける。 その中で宣伝活動(ニユース等の発行)を活発に行う。 五 今后の平和運動としては中央と呼応して、県平和大集会後神奈川県に平和集会を継続的にもち県下運動の集約体として運動を強力に続ける。 六 本日の会議で決議を行なう。この決議は中央、関東に持込み平和の力を強めると共に県下に発表する。 七 今会の諸決議をジユネーブ会議に直ちに送る。(電報にて) 七十団体、百六十名が参加 議長団に坂間、添田、広田の三氏を選出 この日の懇談会はまづ準備委員会より議長団選出についての発言を求め、以下三名に決定 添田氏(前県会議長、現県会議員) 坂間氏(地評議長、国鉄横浜支部委員長) 広田氏(横須賀「子供を守る会」副会長、「日本子供を守る会」常任委員) ついで議長団挨拶に入り 添田氏「戦争により三度にわたる原水爆の被害をうけ特にマグロ船の三崎をもつ我々が、人類や、信条をこえていろいろ話し合える機会がもたれたことは非常に喜ばしいことであります。 原水爆の恐怖におびえている我々が、今后の諸対策のため充分意見を出し合い、話し合わねばなりません。活発な討論をおねがいします。」 今会が開かれるまでの経過報告が国鉄の矢野氏から 「三度目の死の恐怖『死の灰』以来新しく平和を守ることが至る所で行われて来た。当県でも五月十一日、十三日と話合いが行われ、十五日に具体的に今回が催される運びとなつた。三崎でも大被害をうけ、台所では困る状態がきたが、このことはたゞそれだけの問題ではなく、あの様な兵器が四百発もやられゝば、世界の人類も草木も全く地球の上に存在することは出来ない。そして実験でなく実際に原水爆が使用されゝば、広島の数百倍の力で多くの人達が生命を絶たれる。これは実に恐ろしいことであり、こゝに全人類が、全県民があらゆるものに先立つて取組まねばならないものがあり、この平和の問題を具体的に押し進めていくために今会をもつことになつた。」 この后討論に入り、涙のにじむ様な愛の運動の報告討論が出席者によつて行われた。 平和に国境はない 原水爆の禁止運動へ全県民がとりくもう 司会 原水爆その他の運動で困難な点、成功した経験を話しあつたらどうですか。意見、要望を出して下さい。 米軍直傭 活動家が少ないなやみがある。以前署名簿をつくり、組合員に家庭にもつていつてやるようにたのんだが実際には三分の一しか集まらなかつた。 今度一人が十人集めることを組合で決定し、やり直している。運動について感じることは、タテ、ヨコの連絡が少ないこと。中心がないことだ。 日ソ 署名が三分の一しか集まらなかつたことは活動家が少ないというだけだろうか。 米軍直傭 署名運動が〝平和を守るためにどう役立つているか〟ということの意義をつかんでいなかつたことにもあります。 日ソ その宣伝を大々的にやる必要があると思います。しかし活動家が少いうえに仕事が多過ぎて出来なかつた。運動のタテヨコの連絡が少なかつた。これも討論してもらいたい。 生協原水爆のことも誰もが納得するように会をすゝめてもらいたいと思います。署名などやらねばならないと思うがどうして何からやつていゝのか判りません。そして「平和」と云うと「赤」とか「白」とか云われるがそれを討論して下さい。 学生 私達はその問題について平和のためのいろ〳〵の会や、話し合つたり署名をとつていく中で可成り克服されました。学生平和会議は実に多くの一言や二言で云うことの出来ない感激と感動を与えてくれました。そこで全人類の破滅を招く原水爆は本当にイデオロギーをこえて取組まねばならず、そして再軍備も徴兵の問題も「平和」と尊い「生命」を守る一点で信条を超えてやらねばならないと思います。 学校では署名が約三〇〇、カンパは五〇〇円近く集りました。そして学生大会でも反対決議、街頭署名をやることが決議され、傍の□根基地は反対再確認を行い、青年を戦争にかりたてるための学生に選挙権を与えないことの再燃に対しても反対決議を行いました。全学生が平和の問題にとり組むための悩みを出し合つてもらつて明日でもすぐやれることを討議していたゞきたいと思います。 日ソ 平和のために婦人の占める地位は小さくない。 婦人の意見を聞いて下さい。 平和婦人新聞鶴見で婦人の方が署名をやられたが、私服、正服などがみているなかで婦人の署名が非常に多かつたが、これは婦人がどんなに考えているかのいゝ証拠であると思います。 シエル石油 「赤」だと云われているが本当に誰れもの問題だから何と云われてもやりたい。少数の人達で話合い、それを皆に伝えるべきであると思う。水爆や再軍備や徴兵の中では労働者階級の解放はない。 労働者が先頭に立つてやらねばならない。このためには討論と話合い抜きには出来ない。今度の国鉄大会では国際緊張緩和のための世界平和集会に横浜支部の古見さんを送ることを決めました。 いまこそ若人は先頭に立つ青年、婦人、平和大集会を計画 県地評青年婦人部 五月初旬開かれた「平和のための日本青年婦人大集会」に県下で約七十名が出席しました。この会の後に出席者が懇談会をもち、県下の青婦の平和運動について意見を出し合い平和のための県下青年婦人集会をもつことに決つた。それを具体的にやつていくために六月一日に第三回世話人会を開くことになつており、六月十三日正午から大会発起人会をもつことになつていますから多くの人達の積極的参加をお願いします。なお県下平和青年婦人大集会は六月十五日から一ケ月間の平和月間を通じて八月十五日頃に予定しています。これにはY・M・C・A等宗教青年、大学、高校生、農村青年団、労働者、文化団体のすべての青年婦人の大集会になるため援助をお願いします。鶴見造船や川崎市従、高教組、昭電等も署名を始めているがまだ〴〵少く、飛躍的に署名は進めねばならないと思います。 そして原水爆の恐ろしさを正しく広く知つてもらうために幻燈や映画機関で大いにやるべきだと思います。 各地で平和集会ひらく お祈りのあとで平和署名 鎌倉のキリスト教会 平和婦人新聞 鶴見の婦人が始め二三人が話し、今では多くなり、婦人平和集会をもとうとしています。 このことが云われ出したのは「放射能で子供が生めなくなる」と云う恐怖が大きな地位を占めています。 或る著名な政界の人に大会の援助方を頼んだところ「出来るだけやります」と云うことも云つていられます。こゝでも原水爆反対、平和の問題は大きくなつています。 鎌倉平和の会発起人 進んでいなくて援助をおねがいします。少しの報告をしますと、国鉄大船の青年の人達が署名をやり、婦人の力で原水爆禁止の大会をもつように進められています。宗教界では或るキリスト教会でお祈りのあとで「戦争反対」署名がやられています。医師会でも原水爆問題がとりあげられています。運動のための「一万円」基金を目標としてやつているところもあります。 同会発起人 この会の発起人は非常に広い層にわたつている。円覚寺の人、自由党旧幹事の方、市会議員の方、各党派改進、右、左社、共産党の人々、労働者、牧師さん、大学教授約五十名が今集つています。 鎌倉地区労に申込んだが 「そこまではまだ……」と云われました。市会議員に原水爆禁止決議について申込んだところ、心よく引受けて下さつた。 〝宣伝を強めよう〟労商助けあいが必要だ 川崎市商工会 役員会で水爆禁止について話しあつた。みんな禁止をのぞむが切実な問題は税金、売上げの減少で明日の生活をどうするかが先決問題だという意見が多いのです。横浜で私のとり立て先の店、三店のうち二店がつぶれるところへ来ている。しかし三崎へ行くと業者は入港船が放射能でだめ、どうしても水爆禁止を要求してます。平和の問題を、これをやることが商人の収入を補償するということを労働者の人たちが先頭に立つて宣伝してほしい。これを機会に互いに連絡し「助けあい」をやつてゆきたい。尼ケ崎の労商助け合い運動は、はじめ労働者がストの宣伝に行つたら困るといわれ話し合い、商人が援助した。今度は商人が差押えられたとき、労働者が助けたことから出発したのです。 〝禁止させなければなりません〟老婦人の声に満場感激 横須賀母の会(老婦人) 私たちはキリストの愛の運動をしています。宗教に国境がないと同様、平和にも国境はありません。最近ある母から子供がヘロインをのんでいるということについて相談を受けました。 私はガクゼンとしました。子供を救うのは私たち母の愛で解決できます。しかし平和……原水爆は二人の愛では解決出来ません。 もっと大きな問題ですと話しが一致しました。私たちは母の会の会報を出し原水爆兵器の禁止ということを話しあつています。主婦の生活は放射能が野菜にまであるという危険状態から何をたべたらよいのか、そしてこれを誰がやつているのかということを話してます。……(中略)平和はどこの国の専売特許ではないのです。私は原水爆兵器の禁止を声を大にしてさけびます。やめさせなければなりません。(拍手) 逗子平和懇談会(老婦人) 私は海の生物研究で油つぼへ行きました。そのとき三崎で原爆マグロを知りました。エナージ(エネルギー)をつくつた科学を私は尊敬しますが、それが目かくしされた馬のように一路爆破へと行くことに不満です。バイブルは科学以前の総合文書でしたが、科学を知り自然の動き、天体の運行、海流をつかんだ人類、そのアメリカがなぜ考えないのだろうか。 アメリカは人種的差別撤廃に立上つたリンカーンを生んだ国です。それがいま自分の国で実験できないことを地域の原住民がいることを知りながら、モルモツトにすることを神が許すでしようか。(拍手)クリスチヤンはアメリカの良心をはつきりと目覚めさせましよう。原子力のエナージが大きいように私たちの精神のエナージをもつて老骨をさゝげたいと思つています。(拍手) 逗子平和懇談会 私達のこんだん会がやらねばならぬことは会員外の人達の手足となつて動くことだと思います。講演会をやり、原水爆の恐ろしさを医学的な立場から、又社会的な立場から大学の先生などに話してもらい、署名運動を行つて一部の人達だけでなく全部の人達と一緒にやらねば駄目です! 大船労組 組織を通じてやつていつて立おくれを取戻します。 〝職場の要求は平和です〟全員が署名運動へ 昭電川崎 昭電川崎 うちでは組合機関の決定で組合員一人九名の署名が出来るようになりました。それは一昨年のスト以来、職場は圧迫され、日中貿易の問題「中国へ硫安を」と話しても赤だと云われ苦しい状態だつたのです。それがいまのようになつたのはどうしてかと云うと、いろ〳〵活動している青年が弾圧にも屈せず斗つたからと思うが、あのメーデーのとき職場でプラカードをつくれと組合ですゝめたことにありました。それはプラカードはほとんど全部が平和の問題をとり上げていたのです。職場にはいま首切り、賃銀問題があるのにと執行部はおどろいたのです。平和の問題がこんなに職場で要求されてることに気が付きました。それで執行部に平和の問題を提案し、署名を決定したのです。九月のブタペストでひらく化学労働者大会へも人を出す方針です。本当に平和のくるまでわれ〳〵は積極的に斗います。 真剣な婦人、子供たち街頭署名で教えられた 神奈川平和の会 五月例会で横浜の五ケ所で一万枚を用意して原水爆禁止署名をやることにしました。神奈川区六角橋町で署名をやりましたが、平和運動は町や地域との接触がなくては絶対駄目だと云うことが判りました。署名は約二時間で二五〇人、カンパ約五〇〇円をいたゞきました。署名は婦人の方が特に熱心で、追つかけて来てカンパを渡す人さえありました。子供の平和への願いも推しはかれないものをもつていることが判りました。と云うのは、小学校五、六年位の女の子供達がやつて来て、「おじさん原爆が落つこちるの?」と尋ねるのです。「今度は落してもらわないためにいまやつているんだよ」と答えたところ真剣に続けて尋ねてきたわけです。「集めてそれをどうするの?」と署名用紙をさして言うのです。五大国政府に送るんだと云つたところ「でもカズが足りないでしよう」と云つてくるのです。 この時の子供達の顔つていつたらほんとうにまじめな顔つきなのです。「日本中、世界中の人がするから」と云つても、ふに落ちない顔をしていましたが、「じやあ私達もやりましよう」と云つて自ら署名をしたのです。子供達の平和への大きな関心と希望に頭の下る思いでした。こんな罪もない子供たちが戦争のために「学徒動員」や人殺しのために働かせられるのは本当にさせてはなりません。大きな平和の力で希望を実現しようではありませんか。 警察の干渉許さず(県会)国鉄労組は駅前署名に協力す 港湾労組 太平洋岸の入港船舶はみな放射能船だ。また荷物にもあつたらさらに問題だ。国民生活の全般におよんでくると考えられる。これはビキニで実験したというのでなく、アジアに対してアメリカの命令に従えという脅迫行為だ。このことをジユネーブ会議に反映させる必要がある。ストツクホルムにおける平和集会にも代表を送るべきだ。旅券をカクトクしよう。 ◇議長こゝで原水爆禁止の運動方針をはかり、満場の拍手で可決。 具体的な運動について…… 内野(共) 運動をすゝめてゆくには禁止の署名を無数に集めることが大切だと思います。水爆は四〇発爆発すれば放射能で全人類が滅亡するといわれている。これは人道的な問題です。だからこそ原水爆の禁止を強力に進めなければなりません。これが禁止されゝばアメリカの戦争政策はなくなります。それはアメリカのすべての政策が原水爆兵器を中心にくまれているからです。われわれはいまこそ署名をウンと集め、二八〇万県民から最低二〇〇万の署名をとり、まづ日本大会までに二〇万を目標にはじめましよう。そのためには県会も先頭に立つて署名運動をやつていたゞきたい。そして市会も、町会も運動をおこし、誰もが気がねせず、大ぴらにやれるようにしよう。(拍手) 中国帰国者(五十才位) 国会に警察が「署名平和運動に干渉すること」をやめるように提案したい。弾圧する人達も放射能が入れば死んでしまうのだからこれは可決されるのが当然だし、させなければならない。 横須賀基地労働者 山の上の井戸に一千カウントもあつた。水ものめない。またマグロのキレハシを買つていた近所の貧しい小母さんもこれが買えなくなつた。いまゝで署名に行つても夫が富士モーターに勤めているからよそうと断つた主婦も、ビキニ以来署名するようになつた。また職場では今まで何も話せない空気だつたが、いまは原水爆問題でいろ〳〵話しあつている。原爆の禁止には反対だといつてた人も禁止に署名するようになつた。 議長(添田) さき程中小業者から目先の生活問題ということが出されたが、戦争という本質的なものが中小業者を今日のように追いつめている。このいまのありかたを解決することだと思う。県会は全県民の名において原水爆の国際管理を決議しました。署名について警察の干渉があつたとしたら県会は断固斗います。(われるような拍手) 国鉄 国鉄も駅前でみんなが署名するときに必らず出来るように協力します。組合へ連絡して下さい。(大拍手) 国鉄 いま原水爆反対について議論の余地がない。外国での活発な具体的運動を聞くにつけても、もつとわれ〳〵は統一した力として神奈川大会を平和運動の結集体にしてゆくことが必要と思う。 ◇以上からこの会の参加者全員が準備委員になり、全地域に平和運動のセンターをつくり、県会に中央センターをおくように運動を高めてゆく。署名の数を表わす平和塔をつくろうと話しあい、この動きの結集の上に県の平和集会をもつことを決定。 〔注〕世界平和大集会神奈川県準備会「神奈川県平和大懇談会記録」(一九五四年五月二十四日)より抜粋。 ㈡ 関東平和懇談会発足 平和運動の発展にともない全国各地方別の平和の連結が緊密になつて来ているが関東地方でも西園寺公一氏、淡徳三郎氏(東京)秋元正氏(茨城)猪野千観(栃木)山田確造氏(千葉)添田良信氏(神奈川)志村寛氏(山梨)中村英順氏(群馬)等の呼びかけで五月廿五日参議院会館で全関東より各界の有力者四十四名が集り、それぞれの立場からの意見の交換が行われた。 今後は関東平和懇談会として発足すること、各県の情報の交換、運動の援助、講演会その他集会への協力等が決定された。尚神奈川県からは次の方々が加入している。 岩田義一(会社重役)高畑荀(会社重役)添田良信(県会議員)菊地ミツ(逗子平懇副会長)広田重道(日本子供を守る会)内野竹千代(共産党)古見松雄(国鉄横浜副支部長)宮島肇(横浜国大教授)飛鳥田一雄(国会議員)竹本宗定(牧師)伊藤博(高教組合長)小牧近江(仏文学者)渡辺輝一(横浜国大経済学部長)神奈川県地方労働組合評議会青婦人協議会 原水爆禁止署名の集計 原水爆禁止署名の集計をはじめました。個人、団体をとわず署名数をどん〴〵とどけて下さい。又この署名運動をするとき必ずカンパ活動をあわせてお願します。 署名とカンパの送先 横浜市神奈川区栄町二の一八 地評会館内世界平和大集会神奈川県準備会 原爆禁止署名数 右の集計は六月三日現在知りえたものだけです。従つて実際はもつと大きな数字となつていると思います。 もれているところはすぐお知らせ下さい。 各地の動き 横須賀 ▽ 水爆被害実情報告会開く 五月十日午后一時より横須賀魚市場にて魚市場が主催。商工会議所、工業クラブ、婦人会、日赤、市教組、日本キリスト教会、キリスト教平和の会、地区労その他十数団体が後援し開かれた。 講師は武部啓博士(横須賀学院長)、林信雄博士(市立病院長)、赤路代議士(衆院水産委員)でした。 ▽ 原爆問題懇談会ひらく 宗教会代表、文化人代表、地区労代表などの斡旋により六月三日午后六時三十分から市立図書館にて原爆問題懇談会が開かれたが関東平和懇談会から西園寺公一氏が講師として出席、約五〇名が集つた。 ▽ インドの仏教徒を囲む平和集会―地区労の提唱で― 六月七日午后六時から勤労会館にて世界平和者会議の出席インド僧侶を囲む平和集会が地区労の提唱で行れる。横須賀での始めての試みでありその成果が期待されている。 逗子 当地での「国際緊張緩和のための集り」の発起人は六月二日現在各階層から三十五名になり、第一回発起人の集りを六月六日午后七時より行う。発起人ニユース第一号を五月二十日に発行。 又原爆禁止運動の世話人はいまのところ七名、各世話人が更に各方面に呼びかけ拡大中です。 尚これら運動の中で六月中旬を目標に「市民平和大会」を行う様努力している。 横浜 ▽ 六月三日午后三時より日中貿易促進神奈川県会議員連盟主催により野毛山の県会議員クラブで日中貿易のコンダン会が開かれた。当日は県議連理事長添田良信氏をはじめ各層の人々が廿八名参集、セイロンの仏教徒、雑誌ナワローカ編集長サラナンカツラ氏等四師を囲み「国際経済の自由な交流と平和問題」について懇談した。 サラナンカツラ師は「セイロン政府は日本の政府と同様セイロンの共産化をおそれているが、ゴムを米国に買たたかれ、ゴム園は閉鎖の危機にひんし、食糧は一ケ月分の余裕もない状態に陥つたなかで遂に中国とゴムと米のバーター五ケ年契約を政府が協定することになつた。中国ではセイロン代表に対しすぐ八万トンの米を無償で送ることを約し、しかもこの協定では米は国際価格よりも安く、ゴムは非常によい値段で買つてくれた。 そのためセイロンは四百年の植民地の苦しみからはじめて解放された。国民は更に多くの品目について総合的な貿易を進める様強く望んでいるが政府は米国からの圧力で動かうとしない」と語つた。 ▽ 青年婦人平和集会の準備進む 県下の全青年婦人を結集した平和集会をひらかうと云う第三回世話人会は六月一日地評で行われた。 出席者は横ドツク、生検、民愛青、女同、日農、富士フイルム、専売秦野、金属、国鉄横浜、県労、石川島タービン、川崎市職、日新運輸、神大、横須賀生協、民青団、わだつみ会、合唱団など二〇名。 各地でどん〴〵すすんでいる原爆禁止運動の経験がたくさん出され、また一方「平和への意志をもつてながら職制の圧迫や、村の封建制の中でどうして良いのか悩んでいる人たちまでどうやつて含めていくか」「署名なんかやつても何になると云う人もいる」などの疑問も出された。決定された事項は 「世界平和集会や県下平和集会の運動と結合していこう」 「当面原爆禁止の署名運動をどし〴〵拡げよう」 「平和集会のことをまだ知らない所、原爆禁止をまだとり上げてないところにどん〴〵よびかけて地域での話合いをもち、発起人もどん〴〵ふやしていこう」 「十二日午后五時より第一回発起人会をもつ」 六月の予定 〔注〕 世界平和大集会神奈川県準備会「ニュース№1」 (一九五四年六月五日)より抜粋。 ㈢ 神奈川県でも 〝青年婦人平和大集会〟を実行委結成され、運動活発化 去る五月九・十の両日東京で〝平和のための日本青年婦人大集会〟が行われ、全国の労働者、農漁村、青年団、文化、宗教団体等あらゆる階層の青年婦人約三千名が集つて「平和を守るためにどうするか」「生活を守るためにどうするか」その他私達が考えていること、或いは各地に於ける活動の状態など熱心な話し合いが行われた。 この集会には神奈川県からも約七十名が参加した。これらの人達は「本当に青年婦人こそ平和の先頭に立たねばならない」「団結さえすれば平和は必らず守れる」と云う確信を持つて来たのです。そして参加者が皆一致して神奈川県でもこういう集りを持とうと話し合い、参加者が全員世話人となり、広く県下各地、各層の青年婦人に呼びかけ、六月十三日には横浜の社会福祉会館で第一回の発起人会が参加団体約八十の下に持たれました。 そして現在盛り上つて来ている各地区各階層の動きをより大きく拡げると共に、お互いに余り接触のなかつた人達の交流を図り、若人の友情と団結を作り上げるために是非共大集会を成功させねばならないと熱情をこめて決められ、直ちに運動を具体化するために大集会実行委員会が結成されました。 ひろがる平和の声市会、町会でも禁止決議 私達の日常生活までも直接おびやかした水爆実験以来、これまで絶え間なく根強く続けられて来ている平和を求める運動が、直接一人一人の生活につながるものだと云うことが広く理解され、あらゆる階層の人達の参加によつて盛り上つて来ている。 逗子市では二十七年春に誕生した青年婦人を中心とする逗子平和懇談会を含めて〝原水爆禁止促進協議会〟が結成され、人種、信条を超えて、文化、青年、婦人、教育、商工農並びに宗教の各団体や個人の人々が共に平和の一点で大きく結びつき、平和を自らの手で得ようと云う運動が押し進められている。 相模原でも〝相模原青年婦人平和を守る会〟が中心となり、近隣の青年婦人層に働きかけて居り、原水爆禁止の問題を始め青年の未来と幸福にかゝわる諸問題、例えば戦争反対、徴兵反対のこと等が討議され、又それらの問題が取り上げられないと不満の声が出される程に運動の成果が表われている。 労組では、横浜市従業員労組が活発な動きを進めており、青年婦人部が中心となり独自で全県各層の青年婦人にアツピールをする事が決定され、又実行委で決定された分担金或は平和バツヂによる資金獲得の問題等でこの運動に積極的に協力している。 宗教界でも平和問題が討議されており、横浜仏教青年会では特に積極的に原水爆禁止の問題を取り上げて運動を始めている。 学生の団体でも平和の問題は各所で取り上げられ、討議され、又実際に署名運動が行われている。横浜市大ではその成果としての署名九千票をこの運動に合流したいと云う申し出でもあり、その他民主々義科学者協会の国大班では、原水爆の実態、被害の実情等を直接目で観てもらいより深く理解してもらおうと各労組団体等と相提携して移動展を行つている。説明は直接自分達で担当し啓蒙に努めている。 この他全県の各労組、文化、教育、宗教、農村、学生等の団体を中心にし、青年婦人の力強い平和の呼び声は大きく拡がつている。 私達青年婦人のこの様な動きの中で去る六月十三日、第一回神奈川県平和大集会が神奈川県平和評議会を中心に横浜で開かれ、県下の各層約八十団体、五百名が参加した。集会は各地に盛り上る運動の報告と熱心な討議のうちに進められ、 一 当面の平和運動の統一・目標を原水爆禁止の一点に集約する。 二 原水爆禁止をかち取るための運動として県二百万票を目標として署名運動を行う。署名簿は政府並びに五大国を含む国連に届けよ。 三 神奈川県各地の運動を統一してやつてゆくために、神奈川県平和実行委員会をつくる。 その他に決められた。 県外では、栃木県でも青年婦人の問題を一緒に話し合つて行こうと既に〝青年婦人平和協議会〟が恒久的な機関として結成され、八月十五日を平和記念大集会にしようと、機関紙を発行して啓蒙に努めたり、運動が強力に進められている。 兵庫県では六月二十七日に青年婦人の大集会が、約四十六団体、二千名が集まつて行われている。 この様なあらゆる人達の心からの要求に基いて神奈川を始め福岡、石川、茨城の各県会、及び横浜、逗子、京都、前橋、銚子、焼津、府中、伊東等二十数市の市会並に三崎を始めとする全国の各町議会等全国の地方自治団体では原水爆の禁止、原子力の国際管理等を決議した。この他禁止を決議する自治体の数は日毎に増している。 〔注〕平和のための神奈川県青年婦人大集会実行委員会「平和の呼び声№1」(一九五四年七月二十日)より抜粋。 ㈣ 逗子市議会に於ける〝原・水爆禁止決議〟 決議文 われわれは世界で最初に原子爆弾を体験し、その深刻なる病禍に今日なお呻吟している日本国民として、最初の水爆実験による人類の不幸な被害にたいして心から遺憾に耐えない。 われわれは、原子兵器の惨禍がすでに人類を絶滅する危機に達しようとしている現状を黙視することは出来ない。 こゝに逗子市議会は市民を代表して左の決議をなし、その急速なる実現を関係各国にたいして要望するものである。 一 原子兵器の使用ならびに実験の禁止 一 原子力の厳重な国際管理とその平和的利用の促進 昭和二十九年六月十四日 逗子市議会 趣意書 本年六月十四日、逗子市議会は「原・水爆の実験、使用の禁止」決議を行つて関係各国に対し逗子市民の心からの願いを訴えました。 ビキニ水爆の被害は日をおつて深刻になりつゝある今日、海によつて生きる逗子市にとつてまことに意義深いことでありました。 われらは、この決議を尚一層効果あらしめるものにし、世界人類の生命と幸福を守るために、この恐るべき破壊兵器の実験と使用を禁止し、これを完全な国際管理に移し、その偉大なるエネルギーを平和のために使用していただく運動を更に〳〵強力に押し進めて行きたいと希うものであります。 平和を願う世界の心ある多数の人達が力を合せればどんなに紛糾した国際間の問題も必ず話し合いで解決出来るようになるものと固く信じて疑はないのであります。 凡ての市民が個々の立場や思想の垣根を乗り越えて只一つの願いのためにその力を結集して下さることを心から祈念するものであります。 昭和二十九年七月二十四日 逗子原・水爆禁止促進協議会 代表 菊地みつ (参加団体) 逗子平和懇談会 天理教湘南逗子分教会 小坪青少年後援会 逗子民主クラブ 市政研究会 仏教会 全駐労池子支部 左派社会党逗子支部 右派社会党逗子支部 共産党逗子細胞 逗葉文化同友会 民戦逗子支部 南台青年有志 (個人参加) 浜野春保氏(全駐労池子支部書記長) 永田靖氏(新劇俳優)殿山泰司氏(映画俳優) 山内明氏(新劇俳優) 中泉正徳氏(東大放射線科主任教授) 牛尾定吉氏(前市議) 広瀬音吉氏(福祉協議会長) 桑原元氏(太陽教会々長) 菊池兵之助氏(前市議長) 金子直衛氏(逗子小学校長) 丸山雅司氏(逗子PTA会長) 永井要造氏(元代議氏) 石内義孝氏(大和生命相談役)井上肇氏(前市議) 金沢冬三郎氏、小笠原三郎氏(前公安委員長) 和田高次氏(魚高) 山本宏氏(教育長) 座間義雄氏(旅館) 小林芳蔵氏(魚芳) 加藤武雄氏(逗子水泳協会会計理事)尾崎孝子氏(歌人) 牛尾長吉氏(市議会議長) 平井金太郎氏(副議長) 田中菊治氏・辰已政之助氏・原山伸雄氏・加藤正氏・田村市太郎氏・平井繁雄氏・鈴木道雄氏・川瀬市蔵氏・一柳亀蔵氏・高橋寛裕氏・山崎ハツエ氏・熊坂長勝氏・葉山進氏・石黒一郎氏・岩田悦蔵氏・境儀留氏・相川一勇氏・石井好雄氏・峰松厳氏・中村キヌ氏・鈴木昇二氏・角田芳三郎氏・永田光二郎氏・中辻荒吉氏 ㈤ 「一九五四年八月五日神奈川平和評議会ニユース 3発行所 横浜市神奈川区栄町二の一八神奈川地方労働組合評議会内神奈川県平和評議会」 八月十四日PM5:30平和祭 原水爆禁止運動中心に神奈川体育館での催し 日本国民が再び銃を取らないと心に誓いあつた八月十五日は近かづいて来た。日本人は八月十五日を国際平和デーとして世界に呼びかけ、日本全国津々浦々で平和の集会をひらくということが本年六月東京で開かれた日本平和集会で満場一致決定されている。 神奈川県においても全国と歩調を合せその準備を進めていたが、こゝに全県下の原水爆禁止を中心としておきている運動を中軸として平和祭が八月十四日神奈川体育館で行われる。 八月四日午后一時より地評に於て実行委員会が地評、高教組、駐留軍、直傭、国鉄、日石、厚木平和友の会等十四団体が参加して行われた。特に地評では大会后の第一回評議会で「全力をあげて平和運動を発展させる。特に十四日の平和祭は成功させるよう努める」ことが報告される等熱心な話合いが行われた。 プログラムは次の様に決まつたが、催物の内容は、県下の運動が力強く、広般の人々が参加していることをはつきり示している。 コーラスは国鉄、川鉄、横船の職場コーラスの登場といまゝで数回県下で集会を行い成功している音楽サークルに協議会が多数出席する。 映画は、今度総評で自主製作された「永遠なる平和」の封切で、とくに地評が努力して公開のはこびになつたもの。 日時 八月十四日 午后五時半 場所 神奈川体育館 第一部 司会者挨拶 来賓挨拶 添田氏帰朝報告 宣言・決議 第二部 朝鮮の歌とおどり 演劇 沖縄舞踊 コーラス 映画「永遠なる平和」 大合唱 解散 なお、平和祭の最終打合せ会を十二日午后一時より地評で行う。 横須賀市平和の会結成 横須賀では魚市場で、五月八日原水爆実験の被害実状報告会から、原水爆禁止の運動をはじめることが決定され、これをきつかけに平和運動が発展した。横須賀市議会は原水爆の禁止を決議し、各国政府にこれを要請した。 平和を願う各階の人々約八十名の発起によつて、横須賀平和の会を結成して、原水爆禁止署名を中心に平和運動を進めようと、七月三十日市民会館でその結成大会を催し、 次のような基本方針で幅広い平和運動を展開してゆくことを申合せた。 横須賀平和の会 基本方針 原子兵器の実現により、戦争は人類の滅亡を意味することゝなつた。我々は今や、人類の名に於て平和の永続のために力の限りをつくさなくてはならない。 我々は、原子兵器の製造、使用、実験の絶対中止、原子力の平和的利用を要請し、個人及国家相互の憎しみ対立感情をなくし、国際間のもつれはすべて話し合いで解決する原則を樹てる。 右の実を挙げるために我々は、全市民、他団体を中央地方の国際平和運動に協力推進し、党派思想のかたよりをさけ、幅広い平和運動を展開するものである。 添田良信氏の帰朝報告会各所に開かる ストツクホルムの世界平和大集会に日本代表として出席した、県会議員添田良信氏は新らしい世界の平和の動きとソヴエト、イギリス、フランス、東独、西独等の国内情勢について各所で講演し、市民に大きな感銘を与えている。 七月二十四日第一番に、地元茅ケ崎市弘報委員会の主催で講演をしたのを手初めに、七月二十七日横浜市役所健保会館で朝鮮停戦一周年記念の集いに招かれて、又八月一日には津久井郡鳥屋村で農民の人々と語り合い、質問に応えた。 八月五日には川崎市古市場町の主婦を中心とした集りで、八月六日は寒川町の日本内燃機労働組合で、八月十四日午后一時半から横浜新生活協同組で、同じく午后五時半からは神奈川体育館の平和祭で講演が予定されている。 尚添田氏が神奈川県のミカンとソヴエトの木材、石炭のバーターによる輸出入を取りきめて来たところから、これら関係の業者との貿易問題についての動きがあり又スポーツを通じての国際親善のため、サトベツク等のマラソン選手を日本に招待することについての話合をしてきており、これについてスポーツ団体との交渉等も進められている。 原水爆禁止を要望する〝講演と映画の会〟 一 演題 「ビキニより帰りて」 俊鶻丸調査員 「放射能症について」 横浜国大教授 宮川 正 一 映画 「ひろしま」 神教組提供 一 その他幻燈 一 日時 八月十一日(水)午后五時 一 場所 横浜医科大講堂 主催横浜医大□水会 後援 横浜医師会 原水爆禁止署名運動全国協議会生れる 原水爆禁止の署名運動を全国一本のものにまとめてほしいとの要望にこたえ、有田八郎、植村環、大内兵衛、奥むめお、賀川豊彦、片山哲、北村徳太郎、椎尾弁匡、羽生もと子の九氏が発起人となり原水爆禁止署名運動全国協議会の結成を八月八日午后一時より東京の国鉄労働会館で行うことになつた。 青年婦人平和集会 本当に青年婦人こそ平和を守る斗いの先頭に立たねばならないと原水爆禁止署名を街頭で行つたり、平和の鳩バツチをひろめたりしながら県下各地各層の青婦人は八月六、七日国大工学部講堂で大集会を行う。 名前は「平和のための神奈川県青年婦人大集会」とし発起人団体個人名は百二十を超えている。その中には労働組合の青年部、農村青年団、横浜仏教青年会及び左派県連青年部、民主青年団など県下の全文化団体が参加している。 各地の動き 朝鮮停戦一周年記念神奈川県平和集会 横浜市従会館で 朝鮮停戦一周年を記念して、更に話合により完全な平和を求めようとの呼びかけで七月廿七日横浜市従会館で地評、国鉄横浜支部、高教組等廿二団体約七十名が参加して行われた。 当日は公務員インター準備会に出席した市従桜井書記長と世界平和集会に参加し、ソ同盟その他をみて最近帰国した添田氏の講演と、見聞記についての質問、懇談が行われた。 なお鶴見公会堂でも二十八日集会が行われたが、四百名近く参加した。 県職中心に打合せ会 二十四日県職組合で、県職、三井倉庫、シエル、海上、統一委員会、映画等で原水爆禁止をどうやるか、ストツクホルムから添田氏の帰朝報告会を行う。 その為の準備等が取りきめられた。 横浜国大、医大のセツルメント診療所発足 半年に近い準備活動を積みかさねて、八月一日より、清水ケ丘に国大と医大とが協力してセツルメントの診療所を開設した。 深い隣人愛と平和をねがう学生諸君や、多数の教授その他の人々の協力により、治療活動、予防医学的活動、更に文化活動と立体的に行つている。 原水爆反対講演会 鶴見、正明寺で 七月二十四日鶴見正明寺で原水爆反対講演会が参加者百五十人でひらかれた。水爆の幻燈、東大からの講師五人と飛鳥田氏の国際情勢の話とで盛会裡に終了した。主催した鶴見文化研究会の人達はそのごの会合で海の平和祭に地元の青年団職場の方達にもすゝめ全会で参加を決定した。 「青年の国際的友情と平和の集い」 八月六日七日の全県青年婦人大集会めざして、民青団県委ではこの準備活動を一層促進するために、七月三〇日より、鶴見公会堂で「青年の国際的友情と平和の集い」を開いた。参加者三百名。 神奈川区で原水爆禁止協議会 二十九日神奈川区原水爆禁止協議会世話人会では商店街会長や地元の有力者が集まつて、原水爆が止まる運動を続けよう、発起人をひろげよう、二日に準備会を開き全区の方達が幻燈や講演会を開くことが申合された。今迄の発起人は白幡万平氏、吉田セイ氏、山田金次郎氏、西川茂氏、商店街、高教組、日石、各労組等。 秦野で原水爆講演会を行う 七月二十四日七時より秦野小学校で東大助教授菅野信宏氏を招いて講演会がひらかれた。主催は秦野地方原水爆禁止運動の会、秦野、南秦野、西秦野、東秦野及び大根村の各社会教育委員会であつた。 尚、秦野地方原水爆禁止運動の会は、こつ〳〵と署名をとりながら四ケ町の町長及び町会議員及び二村の村長及村会議員を始め有力者六十名と三つの労働組合が参加している。 原水爆禁止署名集計 八月五日現在一五二、六七三票 内{前回分 八〇、八一〇 今回分 七二、〇六三 横浜 神大(夜) 二四四 金沢 一、四〇七 鶴見共産党 七八八 逗子 平懇 二、八一六 横浜駐軍直傭労組一、九八四 芝浦工機 四四〇 高教組(神工高) 八一二 神奈川化学 八三五 平塚地区 四、三七六 神奈川民戦 五、八五八 共産党 四、七七四 県民戦 二、九五〇 藤沢民主クラブ 二五三 同憲法ヨーゴ連盟三、四八六 藤沢 一七、九五八 つるみ生活を守る会 三二四 カナ川 一六四 南区共産党 五〇八 平和しんぶん 神奈川支局  四三八 神奈川県民戦 一八、二八〇 藤沢東京ネジ労組二、五三四 全港湾 五三一 横浜流星インク 二八六 総計 一五二、八七三 全関東 海の平和祭 8月7日(土)前夜祭 午后8時より 8日(日)平和祭 鎌倉中央海水浴場 ―プログラム― 前夜祭 平和とうろう流し ヨツト競走 歌とおどりの会 宝さがし 遠泳 映画 幻燈の会 すもう大会 パン喰い競走 演劇 騎馬戦 すいかたゝき 花火 海上すいかとり 事務局よりのお知らせ 一 原水爆署名の集計をどし〴〵おくつて下さい。 二 ニユースは毎月五日、二十日に発行することにしました。各地の記事をおくつて下さい。 三 各地域、団体でこのニユースの必要部数をきめてお知らせ下さい。 四 このニユースをより良いものとするために是非御批判を願います。 (広田重道氏蔵) 二八四 逗子原水爆禁止促進協議会ニュース第一号 原水爆はもう御免だ!! 世論の力で原水爆を禁止させよう!! 八月六日!! わが同胞よ、この日を永久に忘れるな。噫々、世にも恐ろしいピカドンの日、広島が人類最初の実験台にされた日、今一度あの悲惨を憎しみを以て憶い起せ!! 更に、更に、吾々は水爆実験の被害者となつた。福竜丸を忘れるな。まぐろを喰う度、憶い出せ!! 吾々の恐怖と悲しみと憎悪の声を、「原水爆やめろ」 の叫び声に結集させろ!! 世界の人々も、アメリカでさえも、「原水爆やめろ」の声をあげている。吾々も、世界中の人々と一緒に叫ぼう。「原水爆は絶対にごめんだ」!! そして署名を以て世界の世論に訴えよう。被害者である日本人の署名が一等きゝめがあるのだから。 逗子にたかまる原水爆禁止のこえ神を信じる者も信じぬ者もたゞ原水爆禁止の一点で 去る六月十四日、市会が原水爆禁止の決議をし、同日、逗子原水爆禁止促進協議会が全市民の要望をになつて誕生しました。 これは、はじめ五月から逗子平和懇談会が原水爆禁止署名運動の世話人をつのり、中泉正徳・永田靖・牛尾定吉・浜野春保氏ら九名の世話人が市会、各団体個人に「たゞ人間として生きるため神を信じる者も信じないものもあらゆる思想信条をのりこえて、全市民が原水爆禁止と云う一点で集ろう」と積極的に呼びかけたのです。 ―申し合せ事項― 一 会代表として菊地ミツ(平懇副会長)を選出する。 一 参加団体から一、二の代表が出て事務局を構成する。事務局長は関谷亀之助(民主クラブ)。 一 会計は神尾シズコ・横山シズコさん(天理教)。 一 連絡事務所は山ノ根二〇、菊地ミツ方とする。 一 個人参加の人は世話人となる。 一 各参加団体個人はお互に統一協力して原水爆禁止促進協議会としての運動を積極的に行う。但し、独自の運動は拘束されない。 一 各参加団体、個人はその運動として自主的に署名運動を行う。 一 街頭署名運動を行う。 六月十八日{一、三二三票 一、一〇〇円(カンパ) 六月十九日{一、四六七票 一、一五〇円 七月廿四日{六七一票 一、二〇八円 八月二日{一、二七八票 六七三円 八月六日 一 署名は八月六日に発足し、原水爆禁止署名運動会と協議会に送る。 一 八月十四日(土)映画と講演の夕を開催する。 予算 映画プリント 五千円 技師映写機等 三千五百円 宣伝雑費 五千円 計 一万五千 予算の提出 A 市会教育委等に働きかける。 B 各参加団体は充分の負担金を出し合う。 全市民の良心で原水爆を禁止させましよう 市議長 牛尾長吉 太平洋戦争前でさえ、各国は軍事協定を結んで毒ガスの使用を禁止していた。その何千倍も力のある原水爆弾を禁止させるのは当然です。平時、戦時をとわず原水爆を禁止すべきです。 市議 川瀬市蔵 科学が発達して人類に生きる楽しみを与えるならばよいが、度をこして人類を殺す様になつたらたまりません。水爆の実験は人類を滅亡させ、地球をなくすかも知れません。 市議 中辻荒吉 原水爆の反対は今や世界の声としてほう湃として起つて居る事で、今更声を大にして云うまでもないが、あの悲惨なる広島、長崎の爆げきの跡をラジオに新聞に又映画ニユース等によつて知らされた時、これもしこの原水爆を今後における人類の斗争に使用せんか、そのよつて来たる所の惨状は独り広島、長崎のみに限らず科学の発達を予想するなれば人類の破滅も如何と考えられるものであります。今や科学の発達にともない原水爆の実験も止むを得ざる場合もあるが、そのよつて来たる結果を見た今日、これの実験にて人体の障害に天候の変化に又水産食糧に及ぼすへい害は実に人類の生存に危機を思わせる状態と感ぜられるのでありましてかく考えてまいりまして、今後原水爆の使用は元よりその実験は何等人類に益なきものと思われ、絶対反対するものであります。 国際緊張緩和のために悉く声をあげて原水爆禁止へ 原水爆禁止促進協議会代表・逗子平和懇談会副会長 菊地ミツ 原水爆は人類を滅亡させる兵器です。アメリカは今度戦争が始まれば、原水爆を投下すると云つています。原水爆を所有している事が国際間の緊張を強めています。国際間の緊張を緩和させるために各国は原水爆禁止の協定を結ぶべきです。政府はそのためとりもつべきです。私は世界のすべての良心を呼び起すために、平和を守るために、老骨の一生を捧げます。 天理教湘南・逗子分教会長 神尾新次 世界全人類の生か死かの世紀の大問題を起した本家米国の人道主義を重んずる良心ある者も、西欧諸国でさえ原水爆禁止運動を叫びつゝあると、朝日新聞等でも報じられているのに、広い世界の中、日本民族のみ幾度か原水爆の有難くない洗礼を受けて居りながら、何つの日に立つ? 吾民族こそ他国に率先して真に人類平和と福祉の運動に総けつきすべきだと思う。東海道五十三次のひざ栗毛の時代ではない。超科学兵器の発明も、人間のした事であり、破壊は一瞬であり、造るに長い日月を要する事を思えば私は叫びたい。各派の組織団体も宗派も一切一丸となつて人類の生存に幸あることにつきる運動に参加してもらうことです。双方敢斗も、本来の目的たる人間社会の福祉の運動にあつめたいものです。 苺と放射能 尾崎孝子 昨日の雨に放射能ありし放送を聞きつつ庭の苺摘みをり 摘みし苺水に注ぎて放射能の雨は此処にも降りしと思ふ 広島に娘を死なせたる母の嘆き聞きつつ辛し梅雨曇る窓 広島に爆死せし娘を嘆く母放射能の雨を憎みて止まず 放射能に汚染されたる黒潮の流るる海に魚族らはあり 原水爆禁止決議をせしあとも余燼のごとき忿りは消えず 放射能に刺戟されゐる昨日今日国土死滅の噂も伝はる 映画「ひろしま」について 監督 関川秀雄 映画「ひろしま」は長田新編「原爆の子」より日教組が製作したもので、製作の意図は原爆の惨害を多くの人に正しく知らしめ「全世界の人々の意志と力を平和を守る運動に結集し、自滅に直面した人類の将来に光明を得たい」ということでした。 「原爆の子」に集録された多くの子供達の作文が数年前の四、五才の頃の印象を鮮明に記しているのに私たちは驚かされるのですが、実はそれほどまで「ピカドン」の被害がムゴタラシイものだつたのです。この映画は、この恐ろしい原爆禍を克明に写し出しています。生きとし生けるものが、瞬時にして死滅するその地獄絵がくりひろげられます。何処の誰といつた主人公がいるわけではありません。この映画では原爆が主人公です。映画は七年後に被災者が原子病に倒れるところから始まり、七年前の昭和二十年八月六日の広島にさかのぼります。そして又七年後の現在へ。何んでもなかつた人が突然血をはいて倒れる。頭の毛もぬけ落ちる。手当のほどこしようのない業病=原子病。この恐怖は人ごとならず今や私たち全部をとらえています。そして現実の被爆者は「ひろしま」でさえ生ぬるいといつています。この地獄の苦しみが水爆で私たちの上に運ばれたら、一体私たちはどうすればよいのでしようか。 〝講演と映画の夕〟 とき 八月一四日(土)午后七時 ところ 逗子小学校講堂 講師 林克也(民主主義科学者協会々員) 映画 ひろしま・原爆ニユース (広田重道氏蔵) 〔注〕「逗子原水爆禁止促進協議会ニュース№1」(一九五四年八月六日)より抜粋。 二八五 横須賀平和の会便り第三号 「一九五四年八月十日横須賀平和の会 便り №3仮事務局市内大滝町一ノ二十一 ㊉魚市場内電話 一一一五〇」 役員会開催のお知らせ 一 第三回常任幹事会 日時 八月十七日(火) 午后二時 会場 ㊉魚市場二階役員室 議事 1 会友制度の件 2 市内各地で懇談会、講演会開催の件 3 経済問題懇話会の件 4 第四回世話人会及び懇話会開催の件 5 其の他の件 二 第四回世話人会兼懇話会 日時 八月二十三日(月) 午后七時 会場 勤労会館講堂 会費 一人百円(但し傍聴者歓迎) 議事 第四項を除き第三回幹事会と同様の件 懇話会去る七月三〇日の結成大会に欠席された添田良信氏が陳謝を兼ねて来会下さるので、お話をきくと共に質問及び意見の交換をする。 横須賀平和の会結成大会盛大に開かる 一九五四年七月三〇日午后六時十五分より市民会館において、広田重道氏司会の下に、約三百名の参会者にて、終始和やかな空気で開催された。当日の出席世話人三〇名であつた。 最初に、広田重道氏の「開会のことば」があつたが、特に平和の会が結成大会を待たずに実際活動として原水爆反対署名運動その他を行いつゝあることゝ、それが政党や宗教のちがいをのりこえて広い市民層のなかで手を握り合つていることが強調された。 次いで事務局長高畑荀氏の経過報告があり、横須賀魚市場における原水爆被害実情報告大会から本日の横須賀平和の会結成に至るまでの経緯を詳細に説明して、本会の成立の事情を余すところなく明かにした。 続いて来賓諸氏の御挨拶をうけることゝなつたが、時間の関係から県会議員秋山徳雄氏と市会議員高橋喜八郎氏の両氏に来賓代表の挨拶を戴くことゝなつた。秋山県議は本会の結成を心から祝福され、その発展を希望されたが、高橋市議は過日の横須賀市会に於ける原水爆実験及使用反対決議の経緯を説明され、平和の会が市会の決議の線に沿うている以上全市民的当然の運動である点を強調された。 終つて横須賀地区労働組合協議会を代表して全駐労横須賀支部長長島秀吉氏が登壇し、メツセージを朗読されたが、更に衆議院議員山田長司氏(栃木県社会党支部会長)及び、琉球問題懇話会のメツセージ並に本会参加団体のメツセージが事務局長高畑荀氏により披露され、関東平和懇談会、神奈川地評、横須賀民線、その他からの祝電が読み上げられて、万雷の拍手をあびた。 次に横須賀図書館長竹田平氏から本会の基本方針の発表と説明があり、特に戦争なき世界の招来を力説されたが、その方針は満場の賛成の拍手を以て確認された。 これに引続いて、世話人代表として魚の会々長岩田義一氏及び市立病院レントゲン科主任林信雄先生のそれぞれ本会の成立をよろこび将来の発展を誓い市民各員の御支持を希望する旨の挨拶があつた。 最後に、横須賀文化協会々長三輪芙聡氏が立つて「閉会のことば」として、参会者に感謝し、平和の会発展のためにます〳〵協力することを希望する旨の発言があり、午后七時二〇分結成大会の幕を閉じて記念講演会にうつつた。 続いて記念講演会に移る。講演の概略 婦人と平和 神近市子氏 ○ 戦争の罪悪 親と子、夫と妻さゝやかに寄りそう営みを一朝にして破壊し去る戦争、無に過ぎない一大消費、人間否定、殺戮、それに関連して、前戦争時の女性の献身と再び流れる事のないようにと祈らずにいられない女性の涙について。 ○ 原水爆実験と製造禁止 これからの水爆実験の継続により戦争はしてゐないが、戦争と同じ危機にさらされている事の無気味さ、腹立たしさ、世界で始めてその被害を受けた日本人が世界に向つて原水爆の実験はもとより、製造の禁止を強く提唱しその運動を推進しなければならない。それにしても日本の外相の国民に対する愛情はおろか、国籍さへうたがはしい言明、親の心子知らずは昔の話で、今は政府が親、国民が子とすれば、子の心親知らずの甚しい見本である。 ○ 再軍備の愚 警備隊の主力を北海道に大変な力こぶを入れてゐるが、勿論仮想敵国はソビエートを指す事は明らかで、しかも警備隊の最高の地位に立つ人は敗戦を指導した旧軍人であり、仮に攻められた時は五日は持ちこたへられても後はお先真暗という自信のなさ、然しながらそれに費す軍備費の厖大な事、軍備を持つ事によつて嫌でも二つの勢力の一方の側と見られ相手側を刺戟するに過ぎない不利、女性は本能で再軍備に深い懐疑の目をむけている事。 ○ 軍備を持つ事による損失 軍備を持つ事によつて起つてくる種々の面白くない現象について軍備費を社会保障に充分流せば結核療養者の坐り込みも、子を道ずれの自殺もなくなり、世の中が幾分でも明るくなる。 ○ 平和への婦人の切なる悲願 何と云つても子を産み、子を育てるのが女性の務めであるから、再び息子を夫を戦いに奪い取られまいと必死に平和であることを切望しない女性は只の一人もいないといふ事を結びに力強くお話は終る。 平和運動について 淡徳三郎氏 平和と云う言葉は百年、二百年否何百年、何千年前から叫ばれている。人間が棲息して以来惨禍のあとには必ず平和という声が溢れているのだ。特に第一次世界戦争が終結した当座は各国に於て熱心に称えられたがそれは単なる題目にしか過ぎず、やがてまた目を掩うような焦熱地獄を現出した。第二次大戦が予想もしないうちに突如として勃発してしまつた。御承知のように独逸・伊太利・日本と枢軸国が敗け、そして平常にもどつたものゝ、平和とは言い得去一三年後の世界情勢は冷い戦争と呼ばれ、何時いかなる場所でまたもや熱い戦争に入る事も図り難い不安な暗雲に包まれてしまつた。第三次大戦に入つたなら、それこそ人類の破滅だと平和の雄叫びが各地に強く言挙されたけれどもそれは、―無力にも等しかつたがそれがようやく力強いものになつた。進軍しだしたのは五年前巴里とプラーク(?)に於て第一回世界平和大集会が開催されてからである。それは何故か、この大集会以来単なる叫びでなくなつたからだ。平和を愛する人々が国籍の如何を問はず皆んなで腕を組みながらその運動に寄与しているからである。凡らく人間として平和を愛さぬものはなかろう。ところがその平和を純粋に考えない所に問題があり、人類の不幸がある。こゝにお集りの方等にしても保守派の人もあろうし、革新派の人もあろう。自由、改進を支持する人、社会党、共産党に共鳴する人、中立の人等、思想も自ら別れるので平和の観点も違つてくる。併し乍ら共通の点はある筈だ。この共通の場所を探究してゆかなくてはならない。 われ〳〵は生命の尊さと幸福を希求する。この生命と幸福の場所では右の人も左の人も異論のある筈がない。皆同一の考えであろう。こゝに一致点を見出さなくてはならない。各階層、各階級の人等が真剣に話し合うことが必要で平和の為にどうすればよいか、どう云う方向に進むべきかは、自らその道は分明してくる。国際問題にしても、主権の尊重と不干渉と、平和共存の二原則のもとに話し合うならば、戦争に訴へる事なく永久の平和は絶対に樹てられる事を確信してこの運動に皆さんと益々強く広く深く手を取り合つて進もうではないか。 本市で広島原爆追悼大会ひらかる 八月六日、広島に最初の原爆の投下された日を記念して、本市上町地区において、広島原爆追悼大会世話人会の主催で、横須賀平和の会の後援の下に、映画と講演の夕べが開かれた。 当夜は約三〇〇名の人々が、定刻の午後七時に続々と会場である興産会青物市場広場に集まり、日朝協会の万俊福氏の司会のもとに開会され、最初に橋本住職によつて原爆ギセイ者に対する一分間の黙祷が厳粛に行われた。 次いで神奈川県経理協同組合理事長安藤馬吉氏の世話人代表の挨拶があり、それに引続いて各地からのメツセージが朗読、披露されてから講演に移つた。講師として横須賀平和の会の広田重道氏がマイクの前に立ち、大要つぎの通りことばをのべた。 「八月六日は日本人が最初に原爆の洗礼をうけた日として意義がある。三月一日に日本人はまた〳〵水爆の世界最初のギセイ者となつたが、次のもつと強力な原子兵器の最初のギセイ者が日本人であつては大変だ。日本人こそが原水爆の禁止を叫びうる唯一の民族であり、同時にそれが日本人の義務である。広島のギセイ者を葬う唯一の道は、世界から原水爆をなくすことである」 次いで映画〝原爆の子〟その他が公開され、盛会裡に午後十一時すぎ散会した。因に右の世話人の主なる人々は、安藤馬吉、加藤善哉、(市会議員)稲川寅治郎、小林祐助、増田市蔵、飯島義彦、長井知一、金甲柱、その他の人々であつた。 各地の運動 A 平和のための神奈川県青年婦人大集会開かる 八月六日午后五時から前夜祭として第一から第三まで各分科に分れて、「平和を守るにはどうしたらよいか」「生活を守るにはどうしたらよいか」「教育、文化、スポーツについて」の題目の下に討論会を行い、八月七日午前十時から横浜国大工学部講堂で大集会全体集会を行つた。尚、同日午後七時から工学部学生ホールで懇親会を行つた。 B 海の平和祭には全関東から約三万人が集会 鎌倉市中央海岸で県青年婦人連盟主催の下に開かれた八月八日の海の平和祭には、関東の各地から約三万人の人々が集まり、さながら海のメーデーの感があつたが、終始和やかに行はれて、文字どほりの海の平和祭であつた。 C 世界平和集会日本準備会の世話人総会開かる。参議院第一会議室にて、八月七日午前十一時から、全国各地の世話人約一〇〇名の出席を得て開催された世界平和集会日本準備会は、同事務局長淡徳三郎氏司会の下に、尾形昭二、西園寺公一、秋元正の三氏を議長団に選び、次のとおり進行された。 経過報告(淡徳三郎氏) 世界平和集会えの日本代表のうち次の十二名が帰国し、以下続々と帰国の途についている。平塚常次郎、池田正之輔、石黒清、鈴木力、田尻一雄、佐竹五三九、添田良信、国井秀作、須藤五郎、堂森芳夫、大野幸一、柳田謙十郎、これらの人々を迎えるに当り、次のことを基本態度としたい。 1 その労をねぎらうこと 2 平和の確信をたかめること 3 平和への国民的統一を強めること 4 ストツクホルム大会の意義を明かにすること 5 日本に於ける今後の平和運動の在り方に対して示唆を与える事 次いで池田正之輔氏(日自党)が出席して、帰朝の挨拶をされたが、世界会議における通訳団の必要を力説した。終つて休憩に入り午後は最初に原彪氏(衆議院議員副議長)の挨拶があり、つゞいて須藤五郎(共産党)の帰国挨拶があつたが、特に次の引用が印象にのこつた。それはフランス代表の「十二時間戦うより十二ケ月話し合う方が望ましい」とのことばであつた。 次いで柳田謙十郎氏と佐竹五三九氏(全金属労組)のそれ〴〵帰朝挨拶があつたが、柳田氏の「ソ連人は戦勝を一つも誇らずに、戦禍を嘆き且つ呪い、日本代表の手をとつて、どうか世界平和のために努力してくれと口々に云う」このことは考えさせられる問題だと思つた。議題としてアジア平和会議の問題が上程されたが、世界代表団が一応帰国したのちに細部はきめるべきであるとのことで、たゞ次の点が確認された。 1 代表を各県別に出すことを止める 2 全国的視野から出す 3 通訳陣を強化する 次いで常任世話人会の確立が決定され、午後五時半終了した。尚夜六時から小掠広康氏のアジア安全保障についての講演があり、終つて岩村三千夫氏を囲む座談会が行われた。 D 原水爆禁止署名運動全国協議会結成さる 八月八日午前十一時より東京、国鉄労働会館七階ホールにて、原水爆禁止署名運動全国協議会の世話人総会が、安井郁氏(法大数授、杉並区公民館長)の司会の下に開催され、全国各地より参集した約二百名の世話人の出席を得て開かれた。 議長団には、遠藤三郎(元陸軍中将)、高良とみ(参議院議員)、片山哲、有田八郎、その他の人々が選ばれ、趣意書の審議をもつて議事が進められた。 趣意書については「自ら直接に署名運動を行うものではなく、その署名の総数を全国的に集計するものである」「かゝる運動のセンターとなる全国協議会は一切の党派的、個人的エゴイズムに依つて汚されない、清らかな組織でなければならない」この二点が確認されて、原案どうり可決した。 次いで要綱の審議に入り、目的の第三項の「署名運動によつて示された日本国民の要望を全世界(各国の政府、議会、国民ならびに国際機関、国際会議等)に訴え、原水爆禁止に向つて協力を求める」について、横須賀平和の会の意見に基き、満場一致にて次のとおり訂正した。 「……日本国民の要望を日本政府及世界各国政府、議会、国民ならびに国際機関、国際会議に訴え……」 かくて議事を終り、午后に引続き結成大会を行うことゝなつた。 結成大会開かる 午后一時より渋谷区原水爆禁止促進協議会の天満千鶴女史司会の下に開会され、議長団には遠藤三郎、高良とみ、片山哲、有田八郎、椎尾弁匡の諸氏が選ばれ、安井郁氏の経過報告が行われた。 次いで有田八郎氏の結成宣言が朗読され、終つて趣意書及要綱の発表があつた。更に発起人代表片山哲氏が登壇し椎尾弁匡、有田八郎氏の発起人としての挨拶があつた。 続いて三笠宮、在北京平和代表団、湯川秀樹、植村環、秋元正、その他の方々のメツセージが披露されたが、帰国された代表の一人として大野幸一氏が挨拶された。 尚、科学者武谷三男博士、清水慶子(日本子どもを守る会)、南博(日本文化人会議)各氏の挨拶があつたが、南氏の紹介された某アメリカ人のコトバとして「原爆投下をトルーマンはゆるしたが神はこれを許さない。神の許さないものを阻止することはわれ〳〵の任務である。」この引用は感動を与えた。 また歌人の中原綾子夫人が登壇し、原爆についての歌を発表されたが「D・D・Tをまかれし虫も広島の、人よりむごき死にざまはせじ」「ビキニ近き無智な土民の云うが憐れ、われら悪いことは何もせぬに」などは感銘をわかせた。 更に、旧将軍の遠藤三郎氏が挨拶に立ち「平和のためには、原水爆を使う戦争に反対せねばならず、戦争に反対するためには、軍隊そのものの存在に反対しなければならない」と述べて満場の拍手をあびた。つゞいて松岡洋子女史が挨拶をされ、各地の報告に入り、北海道、秋田、山形、福島、静岡、九州、大阪、高知、島根、東京(杉並、立川)から夫々代表が立ちて各地の活動状況を報告したが、人類愛善会、原水爆禁止をねがう医師の会代表もそれ〴〵報告する所があつた。このうち特に大阪の主婦連合会が百万円近い金を集め西脇教授夫妻をヨーロツパに送つたことは、流石に大阪と絶讃をあびた。 次いで事務局長の大会による任命が可決され、安井郁氏が選ばれたが、その他の具体的な行動は事務局の確立をまつて計画されること意見が一致した。 かくて、高良とみ女史の閉会の辞をもつて五時三十分、大会の幕がとぢられた。因に当日発表された署名の総数は八九万九千余名分であつた。 大会の終了後に、総評、憲法擁護国民連盟などの提供になる映画〝永遠なる平和〟が上映されたが、啓蒙宣伝にはきわめてよい映画であると評判がよかつた。 事務局便り 一 集会予定一括 ○ 八月十四日 午后五時三〇分 神奈川県平和大集会〝平和祭〟が神奈川体育館(横浜、反町)にて行われる。 ○ 八月十四日 午后七時 逗子原水爆禁止促進協議会の主催で講演と映画の夕べが逗子小学校講堂で開かれる。 講師は民主科学の林克也氏、映画は〝ひろしま〟他。 ○ 八月廿一日 午后五時三〇分 東京都体育館(神宮外苑)にて平和使節歓迎大会が開かれる。 二 「原水爆問題講話」パンフレツト出来 一部四〇円 事務局へお申込下さい。 (広田重道氏蔵) 二八六 神奈川平和祭原水爆禁止運動に関する決議案 原水爆禁止運動に関する決議案 原水爆の被害は神奈川にも恐しい勢で拡がつている。 農村ではこの馬鹿天候のため作物が順調にのびていない。県下に散在する牧場の牛乳の中に迄放射能に侵され様として居る。みんなが何んでもなしにのんでいる牛乳の中にです。 しかし放射能のためと云はれる長梅雨は何と云つても致命的です。稲をはじめ、トマト、キユーリ、ナスに到る迄六割から七割、ひどいところでは五割と云ふ収穫、此の様に農作物はひどい被害をこうむつて居る。これから次々とおそつて来る台風季節の風水害の心配もある上に更に一つ恐しい放射能被害が加つた。 水害は〝天災でなく人災だ〟と云はれます。そしてこの人災は日本人だけでも食止めようとすれば食止めることのできることです。 けれどもこゝにもつとひどい私達日本人だけではどうすることも出来ない人災が加つたのです。それは人間の食生活を脅し、平和な漁夫の身体にくいこんだだけではなしに、人類が死ぬか生きるかの恐しい問題なのです。 しかし三崎に入港した第十三光栄丸以来、京浜の労働者を中心に次々と大きな反対の運動が拡がりました。その力がついに県会で原水爆禁止決議を全員一致で決議させたのです。又横浜川崎の各市会、各町村議会で既に決議致しております。 こちらはみな原水爆禁止を願ふ県民の切実な願いがさせたことなのである。しかし神奈川県全体の大きさから云つてはその力はまだ〴〵です。 全国的にも憲法擁護国民連合では全国民四千万票の目標をたてゝいる。 私達の神奈川でも早くから二〇〇万の署名目標をたてゝ運動をすゝめております。去る六月六日、七日の〝平和のための神奈川県青年婦人大集会〟でも大集会決議として二〇〇万票の目標をたてゝ大きな署名運動を展開しております。 この集会の決議をもつて、こゝに県下二〇〇万の署名完遂をきめようではありませんか。そしてもつともつと地方議会にみんなでよびかけて、全県下の市町村会が一つ残らず原水爆禁止を決議するよう広くよびかけ、運動をすゝめようではありませんか。そして決議するだけではなしにその市町村県会が運動の先頭になつてゆくよう更に〳〵働きかけようではありませんか。 神奈川県平和祭はここに日本人の生活と人類の生死にかかわる原水爆禁止運動を強力に展開してゆくことをここに決議する。 一九五四年八月十四日 神奈川県平和祭 (広田重道氏蔵) 二八七 逗子平和懇談会ニュース第十九号 逗子でも八千票集まる 逗子には既に「原水爆禁止促進協議会」が生れており、次第に全市民的な運動を展開し始めてきている。五回に亘つて街頭署名を行い八千近い署名を集めた。現在この運動を更に広汎なものにするため、逗子在住の知名人、百余名の人々に呼びかけ来る五月二日、十時に会合を開く予定であると通知されている。平懇は、この運動に全面的に協力していくものであると、会員一人一人が周囲で署名運動をおし進め市民に訴え「原水協」に強力な支持を与えることが必要であろう。 全市民に支持された総会をもとう! ―第三回総会の準備いそぐ― 平和懇談会の第三回総会は今年の春開く筈であつたが、種々の都合で延び延びになつて来た。役員会ではこのために特別に対策を検討して来たが、その結果「総会対策委員会」がつくられた。 「対策委員会」は、第二回総会以后一年余の内外情勢の発展と平懇の活動の経験から、綱領、会則等々の再検討も必要になつていると思われるのでこれらの予備的検討も行う筈である。 会員の意見を結集 特に総会の課題として国際、国内情勢に対応する方針と、積極的な平和運動の展開―平和勢力の結集等―が具体的に取り上げられるであらうが、そのために会員全体の意見を結集するために各地域の懇談会も開かれるであらう。平和を守る運動が、「原水爆禁止」を中心として全市民のものになりつつある現在、総会を私達のものだけでなく会外の平和を望む全市民に支持されたものにする努力も続けられている。 「平懇の歴史」を書こう! 白土建 「平懇の歴史を書いたら」とこの頃私は考える様になりました。平懇が始めて生れてから二年余に亘る期間のいろいろな事を書きまとめてみようというのです。 「歴史」というものが「官製の歴史」から解放された様に思えた現在でも沢山の「上から与えられた歴史」が横行しています。こうした上からの歴史でなく私達の自分の歴史をもつことの必要は様々の所を、様々の人に依つて痛感されています。「民衆の歴史」という言葉さえ生れています。そしてこの様な「歴史」は、私たちの様にひからびた歴史を学んで来た者にとつて殊更になつかしい響きをもつのです。 勿論、私たちに今すぐ民族の歴史や、世界の歴史が書けるとは思われません。幸いこの頃では秀れた「歴史」が数多く書かれている様ですからあわてふためくことはしますまい。 だが、「平懇の歴史」となると話が違います。二年余の活動の中で私たちが私たちの手でつくつて来た「歴史」はこのままでいれば誰も書いてはくれません。一人一人の心の中では生きつづけ、たまには回想の形で現われるにしても、やがては忘れられてしまうにちがいありません。二年余に亘つて絶えることなく続いて来たこの平和を守る世動が跡かたもなく忘れ去られてしまうということは残念なことではないでしようか。 しかし、私は唯「□□の趣味」だけからこの事を悲しむのではないのです。私には私たちがつくつてきた「歴史」が私たちの手によつて「歴史」として書き上げられるということは大きな意義をもつている様に思えるのです。 第一に、「平懇の歴史」は今はいろいろな理由で会を去つた人々にも協力をお願いし、又会員の共同の仕事である必要がありますが、このことで私たちは、共同で仕事をするために必要とされ、多くの事を学び将来の活動に対する活気を呼びおこされ、あるいは正しい「歴史観」を学ぶことにもなるかもしれないのです。 第二に、「平懇の歴史」は二年余の平和を守るための私たちの活動の中で多くの誤りを明らかにしてくれるでしよう。同時に、私たちの「平懇の活動」の多くの輝しい成果をくつきりと照らし出してくれるでしよう。こうして私たちは今後の活動に大きな教訓を得ることが出来るのです。 第三に、「平懇の歴史」を書くことは、私たちすべての者に現在の平和運動に対する正しい認識をもつことを助けてくれる筈です。 第四に、「平懇の歴史」は、私たちより遅れて平和を守る活動に入り込んで来ている全国の沢山な人たちに、私たちの得た成果を巧みに利用してもらう上で大きな役割を果すに違いありません。 私たちがつくつてきた「歴史」が、私たちの手によつて「歴史」として書かれることの意義はもつともつと気づかれない多くの事を含んでいる様に思われるのです。 実際にこれまでの「平懇の活動」をまとめて「平懇の歴史」として書き上げるには多くの困難があるに違いありません。各人が自分の職業をもち、平和を守る活動を寸時も忘れることなく続けながら、尚「歴史」を書く仕事のために何回もの懇談会、その他をもつていかねばならないのですから。でもこの努力を続けていくならば、きつと私たちのこの上もない喜びになるに違いないと私は思つているのです。 (広田重道氏蔵) 〔注〕逗子平和懇談会「平懇ニュース№19」 (一九五四年八月二十九日発行)より抜粋。 二八八 神奈川平和評議会ニュース第五号 土地は絶対渡さない岸根基地反対報告大会ひらく 港北区岸根町五万二千坪は岸根公園として、市民の憩の場所となると思つていたら、米軍基地に接収されることになり地元住民はびつくり仰天した。この周辺には大学一、高校五、中学五、小学校七、学生生徒児童二万をようする文教地区だ。当然なこととして基地反対の運動がおこつた。 岸根町はかつて米軍高射砲陣地で接収の時にも反対運動がおきたところだ。 神奈川地評を中心とした労組、民主団体、地元団体、農民等により岸根基地反対連絡会議が結成され運動が進められてきた。 八月十七日横浜市役所に対して反対の陳情が行われたが市側は、会うどころか警察を動員しておい出して来た。仲介に入つた大島市議も警官におい出される始末、だがねばり強い交渉で遂に八月十八日第一回の交渉がひらかれた。 地元の強い反対にもかゝわらず市側は依然として基地設定に賛成であり、第二回の廿四日の交渉も進展しない。 市民の怒りは遂に八月廿七日現地で「岸根基地反対報告大会」となつて現われ、千名をこえる地元民の参加の中で開かれた。 神奈川工業の荒井先生の経過報告、地評議長、学生、農民、婦人、高教組、横須賀、小田原等から意見発表があり、特に横須賀平和を守る会の広田さんから 横須賀で十九才の婦人がMP三人に強姦され頭に小便をかけられたということは、みなさん新聞で御存知でしよう。基地の実体はこのとおりです。 と訴えられ、又地元農友会の坂本さんは「皆が一緒になつて反対すればかならず勝てる。岸根の土地は軍事基地に渡さない。皆で団結して頑張りましよう。」と老躯を押して絶叫すれば大喊声がおこつた。全員で絶対反対を決議、最后に映画「永遠なる平和を」を上映、明日えの斗を誓い合つた。 各地の動き全税関横浜支部では 八月廿八日午后二時より、同講堂で添田、白幡両氏の講演と映画「月の輪古墳」等を行つた。参加者は組合員だけでなく地域の労組にも呼かけ二百名近くだつた。なお講演后各組合は白幡氏を交えこん談した。 鶴見では 八月廿一日公会堂で自労と一般労組共催で東京工大の畑先生を講師とし、原水爆禁止同盟結成の集いを七百人の参加のもとに行つた。同盟は廿三日から署名を行つている。 日中友好協会神奈川県連では 日赤神奈川支部に十月日本を訪れる李徳全女史の招待準備を申し入れると共に、帰国友の会や友好労組、文化人共催で九月八日桜木町駅前で二時から「アジアの平和は日中友好から、李徳全女史来日歓迎」を呼びかける。 三十一日南区セントラル劇場で 国鉄、横浜造船、生協、筍の子、民戦各サークルが会場をうづめる歌声で開会、共産党の糸川さんの訴え、筍の子会の一年におよぶ平和の活動報告、添田さんのストツクホルム集会の報告、「郷土を守る人々」を観賞し、参加者七〇〇人の「平和を守れ」の大合唱で幕をとぢた。 保土ケ谷では 県議佐藤氏の肝入で十八婦人団体が廿六日星川小学校で婦人を主として講堂に入り切れない程の参加で行われた。添田代表の平和を欲するソヴエトと、日本の米国一辺倒とに批判し満場の共感を得た。平和宣言の決議と映画「ひろしま」をみ、平和を守るため署名運動を続ける申し合せが行われた。 厚木地方の平和祭 九月四日厚木小学校で厚木地方大平和祭が開かれた。会場は後から後からとつめかける人々で二度、三度と場内整理をやつたが、まだ入りきれない人でいつぱいだ。 世界平和集会日本代表の添田氏の報告で世界各国の人々が原水爆の禁止に対する熱意と平和を求める声に集つた人々は今更のように驚いていた。 原水爆の禁止決議を万場一致で決定し、歌、おどり、映画等盛沢山の平和な催しを味わつた。 平塚では 市長、市会議長を始め文化人、労組等が参加して、原水爆禁止運動の世話人会を結成して、全市民に訴えた。運動を普及させるため毎月催しの会を開くこととし、その第一回が八月廿八日商工会議所で添田代表の「欧州の動きと平和集会の報告」の講演と映画「ひろしま」を上映し、市民に広く宣伝をはじめた。 川崎市内全労組の統一された話し合の場である五月会では 原水爆禁止署名運動のセンターを市役所内に設ける目標で努力中であるが、川崎地区労では同運動の発展のため各地の実情の交流が大切だと判断し、九月八日五時半より地区労会議室でニユース発行の打合せ会を行つた。 民主青年団、池貝溝の口、昭和電線、東大セツルメント、古市場平懇等十四名が参加し、廿日発行、三千部の目標で努力するための打合せを行つた。 逗子では 逗子平和懇談会、天理教湘南逗子分教会、小坪青少年後援会、逗子民主クラブ、市政研究会、仏教会、全駐労池子支部、社左、社右、共産党逗子細胞、逗葉文化同友会、民戦逗子支部、南台青年有志 個人参加の人々は 菊地兵之助(自由党 前市会議長)、金子直衛(逗子小学校長)、石内義孝(大和生命相談役)、山本宏(教育長)など廿一名ほか市会議員一同で原水爆禁止促進協議会を作り活動している。又八月十四日には逗子市が主催となり同小学校で林克也氏(軍事科学者)の「原子力について」との講演と映画「ひろしま」を上映し終戦記念と平和の運動を発展さすことをあらためて心にきざんだ。 (広田重道氏蔵) 〔注〕神奈川県平和評議会「神奈川平和評議会ニュース№5」 (一九五四年九月一〇日)より抜粋。 二八九 足柄原水爆禁止運動ニュース 足柄原水爆禁止運動ニユース 原水爆禁止運動足柄上郡協議会準備会機関紙 一九五四年九月廿四日号 第一回世話人会は総会として開催され九月廿三日松田町の足柄上郡文化センターに松田・金田・吉田島・三保・山北・岡本の六ケ町村から約三〇名の方々が参集された。会合は司会の開会経過報告にはじまり原水爆禁止の力ある世論をきづき上るため、すでに足柄上郡十七ケ町村の中十一ケ町村の町村長さんをはじめとして、二〇六名の方々が世話人に賛同され署名をいただいた旨報告された。ついで座長の選出が行はれ、島崎重太郎氏が座長となられた。そして原水爆を禁止するためにどうしたらよいか、又、このための運動をすゝめるためにどうするか―とゆうことで意見の交換が行はれた。松田町議、天神堂薬局の吉田一郎氏から「運動の母体をつくる」とゆうことや島崎氏から足柄地方でこの運動をすすめるための「会の結成について」それ〴〵提案の意見が出された。各地の経験についての質問など行なはれ、これについて、国会事務局え勤務の松田の安藤亮氏や、この会合のために横浜の神奈川平和評議会からこられた広田重道氏から原水爆禁止運動全国協議会に全国から一千二百万の署名が集められたことや、各地の経験について聞いた。のち、実際に署名運動や総会準備のしごとにあたられた方々より各町村の模様やうごきについての報告が行なはれ、全郡的に運動の母体をつくるか、それとも当面は各町村単位にすすめ、運動の進展によつて全郡的なものをつくるかについて意見の交換が行なはれた。この点について特に石川岡本村長より「本日の会合によつて運動が全郡的なものであることが確認される」旨の発言が出され、この会合を総会として開催された足柄上地方世話人会として、今后の原水爆禁止の運動を足柄上郡において推進する母体とすることとなつた。 署名を進めることを当面の運動の中心とし、郡下各町村各団体で集められた署名の全郡的集計をすると共に、全国各地の原水爆禁止運動と連絡し、又各町村民の間に原水爆禁止の必要を徹底させるための映画、講演、幻燈、その他の集会をひらくことがきめられた。そしてこの運動によつて示された郡民の要望を各方面に要請しようとゆうこととなり、署名は全国協議会え送ると云うこととなつた。このような討議の后(この間議長島崎氏急用のため島崎氏の指名で石川岡本村長に議長交代さる)原水爆禁止署名運動全国協議会要綱を参考とし、後に記されている原水爆禁止運動足柄上郡協議会要綱をつくり、逐条審議を行い検討した結果この(略称)郡協要綱を採択し、これに従つて運動をすすめることとなつた。 代表世話人を設けることとなり、総会準備にたずさわられた五名―林延命寺住職・吉田一郎松田町議・中村松田町長・島崎前県議・渋谷日通松田支店長と小沢県議・吉田福蔵県議・関山北町長・武山北町会議長・飯山金田村長・石塚酒田村長・辻村吉田島村長・石川岡本村長の諸氏に代表世話人になつて頂くこととなつた。(武山北町会議長と小沢県議をのぞいては、既に世話人会におられるので、この二氏について伺つてないので行くこととなつた) 常任世話人会を設けて原水爆禁止郡協(略)の事業遂行のための運動を具体的に審議決定することとなつた。これについては、この会合の議長石川岡本村長の閉会の挨拶にのべられているように「本日集られた方々には特にこの運動推進の力になつてもらいたい」と云う様に、実務遂行に当つては、事務局との密接な連絡を、第一回世話人会に参集の団体及び個人との間にとりつつ運動をすゝめることとなつた。この会合の協議を通じて、実質的な運動の前進に伴いつつ協議会の形をもととのえ、最初から形にばかりとらわれるとゆうことなく、又、それ〴〵の団体や個人の立場を尊重しつつ、原水爆禁止の一点で、広く運動をすゝめようと云うことになつた。 事務局については足柄上郡文化センターと云う意見が圧倒的多数の人から出ているが、代表世話人会で松田町長との間に確認をうけ、すみやかに正式に決める。当面総会準備の会合での確認通り松田町の足柄上郡文化センターで行う予定である。又、当面事務責任者一名を置き、運動の事務をここに集中する、ときめられた。 原水爆禁止運動足柄上郡協議会要綱 一九五三・九・廿三 一 本会は原水爆禁止運動足柄上郡協議会と称す。 二 本会は左の目的をもつ。 (イ) 全国各地各団体の原水爆禁止署名運動と連絡し、この運動を推進すると共に各地各団体により独自に集められた署名の全郡的集計を行い、これを発表すること。 (ロ) 原水爆禁止の必要について各町村民の間に正確な知識の普及徹底をはかること。 (ハ) 署名運動によつて示された各町村民の要望を全国協議会を通じ、全世界(各国の政府・議会・国民・国際機関・国際会議など)に訴え、原水爆禁止に向つての協力を求めること。 三 本会は右の目的遂行に必要な諸活動を行う。 四 (イ) 世話人 本会は前記目的達成に協力する世話人をもつて構成する。本会の事業遂行につき特に重要な問題は世話人総会において審議決定する。 (ロ) 代表世話人 世話人総会において若干名の代表世話人をえらぶ。代表世話人は本会を代表する。 (ハ) 常任世話人 世話人総会において世話人中より若干名の常任世話人をえらぶ。常任世話人会は本会の事業遂行につき審議決定する。 (ニ) 事務局 常任世話人会は事務局を設置する。事務局は世話人総会及び常任世話人会の決定を執行する。 五 本会の会計は寄附金ならびに原水爆禁止募金をもつてこれをまかなう。 連絡所(予定)松田町役場内 足柄上郡文化センター 第一回世話人会に御参集の方々を職業別に分類すると ①町村長 二名 ②町村会議員四名 ③医師 二名④農業六名 ⑤林業一名 ⑥商工業五名 ⑦労組、職組 四名(中傍聴二名) ⑧生協 一名 ⑨青年団 一名⑩通勤の職員労働者及びその他 五名 (町村長、町村議員の方について重複あり) 第一回代表世話人会は九月月末までに開かれる予定。 (広田重道氏蔵) 二九〇 逗子平和懇談会第五回定期総会資料 「第五回定期総会の資料昭和二十九年十月逗子平和懇談会」 一年のあしどり ◎一般経過報告(役員会) 昨年八月の第四回定期総会より第五回定期総会までの一年余の内外情勢の発展については、一般方針の中で明らかにされておりますので、ここでは省略いたしますが、常にこうした情勢の推移を念頭において平懇の活動の成果と欠陥を明らかにしたいと考えます。 ㈠ 一九五三年八月~十二月 行事月日 8・21 幻燈会。沼間会館で七十名の子供参加。 8・27 町長選挙共斗を池子労組に申入れ。文化活動を通じての提携を約される。 8・30 三十余団体に呼びかけて「町長選に関する座談会」を開き「町をよくする会」をつくる。 8・31 平懇ニユース第八号発行。(町長選に関する) 9・6 幻燈会。桜山福田寮で六十名の子供を集めて。 9・12 町長候補のアンケート回答を千五百枚のビラで流す。(投票日前日) 9・13 幻燈会。久木寮で五十名を集める。 9・23 幻燈会。小坪小で小坪青少年後援会と協力して六十名を集める。 9・28 「松川公判、公正裁判要求」の手紙を鈴木裁判長宛に出し署名運動を始める。 10・3 平懇ニユース第九号発行。(ブタペスト・アツピール。平和は話しあいで) 10・8 代表三名「学生選挙権問題」で選挙管理委員会え行き逗子の実情調査。 10・11 湘南コーラス会。鷹取山ヘハイキング、十八名が参加。 10・18 幻燈会と平和についての座談会、南台青年の協力で四十名集める。(沼間会館) 10・24 平懇ニユース第十号発行。(生活を破かいする凡ゆる措置に反対しよう) 10・25 幻燈会。久木寮で六十名集める。 11・1 久木中学校庭で、久木青年会、沼間南台青年会とソフトボール試合。 11・3 町主催文化祭に湘南コーラス参加。 紙芝居「混血児」を久木小学校に展示。 平懇ニユース号外、(松川事件特集)署名二百集む。 11・8 「基地と子供」の講演会。講師 日本子供を守る会副会長神崎清氏(於 逗子小) 12・1 「松川対策協議会」より感謝状とゞく。 12・6 終戦記念日を迎えて反省ポスターを貼る。 12・11 「日朝親善映画会」の席上菊地ミツ氏三〇分に亘つて松川事件に対する注意をよびかける。(逗子小学校) 12・16 平懇ニユース第十一号発行。(図書目録作製) 12・19 湘南コーラス会のクリスマス・パーテイー五〇名参加。 (町立図書館で) 12・20 延命寺で「松川の被告を囲む会」 各地区で行われた幻燈会は主に子供たちを俗悪な戦争文化から守るという意味をこめたもので、その意味では成果をあげ、又、各地の青年との友好のために大きな役割を果たしました。 この期間に於ける大きな活動は、町長選の際の「町を良くする会」の活動、「松川公正裁判要求」の活動、そして「基地と子供」の講演会の三つでありました。 「町を良くする会」の成果と欠陥 平和の力が大きくなつている時に行われる町長選挙に「平和の町政」を期待して全町民と手を結ぶ努力をした点は大いに結構でした。しかし、「平和の町政」という要求が、町民の日常要求を平和の観点からとりあげることをしなかつたため混乱してしまい、平懇の組織拡大に目を奪われてしまつて極めて性急に会員の参加なしに運動が進められてしまいました。町民の平和に対する熱望をとり上げる事よりも利権やかけ引きの選挙を打倒する方向へ傾きすぎて、丁度平懇発足当時、平和の運動を特定の政党支持の運動に解消してしまう誤りを犯した様に、結局は町民に平懇は特定の思想傾向の人々の集りという印象を与えてしまいました。この事は後に明らかにされるように平和の運動は、ただ平和を願う人々の平和という一点だけで統一された運動であるという認識が不足していたという点に原因しております。 「松川事件」の際にもこれが反フアシヨの人権擁護運動として取り組まれた傾向があり、この運動の平和の側面を強調してとり上げる努力が不足しておりました。 従つて平懇がどうして松川事件を取り上げるかという理由に納得がいかず運動は活発なものにはなりませんでした。 平懇ニユースに発表された「ブタペスト・アツピール」六月十五日に世界平和評議会が出した「ブタペスト・アツピール」 が十月三日のニユースに掲載され「力によらない話しあいの平和」という事についての二、三の解説記事が見受けられるようになりました。これまでの平懇の活動分野はあくまでも国内的なものであり、従つてニユースにも世界の平和運動の成果は少しも反映していません。 平和を守る運動はいうまでもなく国際的な性格のものです。日本の平和を守る運動はこの点で重大な欠陥をもつておりましたが、ストツクホルム・アツピールの運動などを通じて徐々にではありますが是正されてきておりました。遅れたとは云え平懇でもブタペスト・アツピールへの関心をキツカケとしてこれまでの活動の欠陥が克服され始めたのでした。国内の凡ゆる問題をすべて平和を守る観点を貫くことなく取り上げたために、平懇は「アカ」だといわれて自信を失つてしまつた私たちの活動が四、五ケ月後に克服された。その端緒をつくつたという意味で特にこの点は大事であります。平懇の活動に一時期を画したといえましよう。 ㈡ 一九五四年一月~十月 行事月日 1・3 新年会。国鉄海の家で二十五名参加。 1・31 平懇ニユース第十二号発行。 2・19 ニユース第十三号発行。 (教育二法案反対) 3・21 拡大役員会、逗子教職員組合の教育二法案反対署名運動に協力する事を決める。 4・1 パンフレツト「教育二法案のあとにくるもの」発行。署名一五〇を集む。 3・10 ニユース第十四号発行。 4・11 ニユース第十五号発行。(原子兵器禁止の運動を進めよう。ジユネーブ会議。ストツクホルムの緊張緩和のための集り) 4・25 ストツクホルム集会の発起人を募る運動を進める事。原水爆禁止を呼びかける発起人を募る事を役員会で決定。 5・5 幻燈会。町立図書館で六〇名。 (教育委員会に協力)沼間会館で一五〇名集む。 5・8 ニユース第十六号発行。 (原子兵器禁止国際緊張緩和のために) 5・23 「ストツクホルムの集り」のための逗子発起人会ニユース発行。(十二名の発起人) 5・24 ストツクホルムの集り県準備会に参加。 6・13 ニユース第十七号発行。(原水爆禁止、平和のためにあらゆる団体と手を組もう) 禁止運動のための発起人九名。 6・14 「原水爆禁止促進協議会」十二団体参加のもとに生る。市議会で禁止決議。 6・18 「原水協」による街頭署名運動に参加。八月六日までに前后五回に亘つて参加。 7・8 ニユース第十八号発行。(良き代表者を選ぼう)九日の新聞夕刊に四百枚を重点地区に折込む 8・29 ニユース第十九号発行。(世界平和評議会のベルリン特別総会の決議発表) 9・30 ニユース第二十号発行。(一九五四年度一般方針草案発表) 10・23 関東平和愛好者会議に参加。 この期間には幻燈会などの活動は五月五日を除いて一回も行われず、コーラスにも平懇からの分離問題が起るなどしましたが、この方は神奈川合唱団から先生を呼び次第に軌道にのつてきております。 何んといつてもこの期間に於ける活動の中心はストツクホルムの集りの準備と原水爆禁止の運動でした。 教育二法案反対の運動がやはり平和の観点を貫くことに失敗し、そのために実際運動をやる自信を失くして簡単な署名運動と文書活動に限定されてしまい、会員全部のもり上る活動にならなかつた事も平和を守る運動に対する理解の浅いところからきているものと思われます。この事実を念頭において先の二つの活動の成果と欠陥を明らかにしたいと考えます。 「ストツクホルムの集り」のための活動 この集りの意義は、国際緊張をやわらげるために各国の有力者が私的に話し合うというところにありました。これは世界平和評議会の枠を越えた非常な広汎な平和の集りでした。日本でもこの集りのための準備活動が活発に行われ「日本平和大集会」などが各階層の人によつてもたれました。 逗子に於ける発起人もこれまでにない幅の広いものになつて、平懇の呼びかけに応えて牧師さんや医師や労組の人などが参加してこれまでの平懇の枠をはるかに越えるものとなつたのです。何よりも良かつた事は、ある場合には二、三時間にも及ぶ話し合いが行われ、又、一人の人の所へ数度も足を運ぶなどしてこれまでにない運動の進め方をした事だと思います。この活動で平懇は始めて国際的な平和を守る運動としつかりと結びつき、その事によつて、 ㈠ 異なつた両体制の平和的共存。 ㈡ 国家間の如何なる紛争も話し合いで解決できる。 という様な平和運動の原則を我が物としました。又、この根気のいる話し合いの活動の中で熱心な平和の働き手に平懇に入つていただくことも出来ました。 「原水爆禁止のための運動」 「ストツクホルムの集り」のための活動をもとにして平懇が世話人会結成を呼びかけることによつて宗教家、自由、社会、共産の各層を含む文字通り超党派的な「逗子原水爆禁止促進協議会」が生れました。御承知のように現在では市長を顧問にして全市民的な署名運動を展開しております。 平懇は事務局に人を送つてこの運動を推進する上で大きな役割を果しております。私たちは常にニユースその他を通じてこの運動を支持激励し、同時に〝禁止を実現するため〟に正しい平和の思想の普及に努めております。 これらの運動を通じての何よりの成果は、 第一に、平和を守る運動で私たちが他の団体や個人と手をつないで幅の広い共通の行動をとつている事、従つて平和運動は平懇の一手販売というひとりよがりを捨てた事。 第二に、世界の平和を守る運動と固く結びついて国際緊張緩和の思想を身につけた事。 第三に、あらゆる問題を平和の観点からとり上げる様になつた事。つまり両体制の平和的共存の信念の上にたつて、話し合いで国際緊張をやわらげ平和をもたらすという観点から凡ゆる問題にとりくむようになつた事。 また、この運動を通じて平懇の本当の役割が全市民に正しく認められ始めた事であります。この様にして私たちは平懇の果す役割を正しく認識し会の活動に自信をとりもどしました。 然し欠陥も多く見られます。 「ストツクホルムの緊張緩和のための集り」や「原水協」の運動などの様に非常に大事な活動が、役員会を中心とし全会員によつて行われず、数名の人によつて、甚だしい場合には二、三名の人によつて行われたという事が、全体として逗子に平和の力が強くなつているにもかゝわらず、組織的には平懇の弱体化を来しているという結果を生んでおります。特殊な事情で会を去つた二、三の人を除いて会員の自然的減少に増加の方が追いつかないという現実であります。これは何よりも地区責任者の存在がボヤけて会員に充分な連絡がついていないという事であり、会員の積極性をほり起す活動が充分でないという事であります。この欠陥はなによりも原水爆禁止の署名運動に会員が殆んど参加していないという事のうちにはつきりとあらわれております。 私たちが平和運動の正しい在り方を身をもつて体験したいまでは会員の積極性をほり起すというこの活動がきわめて大事であります。幻燈会などのような日常活動を活発にして、いつも全会員が何らかの仕事をしているという状態をつくる事、会員間の連絡を緊密にする事、こうした事が今後より一層平懇を発展させ、平和を守る運動を活発にするために必要であります。 以上 会計報告 本年になつて各地に平和大会が催され、これに参加するための交通費が前年度より大分多くなつています。小さな催しが少なかつたため会場費がずつと少くなり、通信費の方は他団体との連携が緊密になつたため増加しています。寄附は本年になつてストツクホルム集会準備のときに入つたものが大部分を占めています。 全体として幻燈会などの日常活動が少なかつた割に大きな運動があつたという事情が反映しております。宣伝費の方はニユースなど弘報活動の活発化を反映しております。 会費の収入は依然として悪く、否、むしろ前より悪い徴候を示しております。 会計部 一九五四年度運動方針(草案) 一般方針 情勢 最近の国際情勢は平和を望む人類多数の力が国際間の緊張をやはらげいかに紛糾した国際問題でも、必らず話し合いで解決出来るということをはつきりと示しております。 ジユネーブ会議の成功によつてインドシナの戦火が消し止められたことは、その最も偉大な証明であります。五年振りで開催されたベルリンの四大国外相会議によつて朝鮮、インドシナ問題解決のために中国を含めた実質上の五大国会議として出発したジユネーブ会議は、三ケ月に亘る話し合いの結果、国際緊張緩和への一大巨歩を踏みだしたのです。フランスの平和を望む人々はマンデス内閣を成立させてこの話し合いを成功させるために努力し、更にドイツ軍国主義の復活をもたらし国際緊張を強めるE・D・C・⦅欧州防衛共同体条約⦆の批准を阻んで全世界の平和を望む人々の期待に応えました。 この間、六月にストツクホルムで「国際緊張緩和のための集り」が開かれ、東西三十ケ国の代表が参加し、全世界の平和を願う人々の非常な期待のうちに日本からも、あらゆる党派からなる十七名の国会議員団や、実業界、労働界、学術界、宗教界等各界を代表する三十九名の有力者が平和を守るために、国際緊張の緩和に貢献したい一念から党派を越えて参加しました。この事実は急速に復活しつゝある軍国主義日本のほかに、平和を愛する真の日本があることを世界に知らせたのであります。又、日本の平和運動が世界のそれと固く結びついており、国際的な平和運動の重要な一環であることを明らかにしました。 ストツクホルムのこの集いは、政治的社会的制度の違いそれ自身は戦争の不可避的な原因ではないこと、若しも大小すべての民族が主権を自らその手ににぎるならば、異なつた両体制の平和的共存は完全に可能であることを確認しました。 だがこうした中にも一方に於て欧州やアジアで国際緊張を強め、戦争の危機を深める一連の企てが今現に進められていることも、またかくれもない事実であります。このことを欧州に於ける西独再軍備のためのE・D・C復活、アジアに於けるSEATO(東南アジア条約機構)や日本のMSA再軍備にみることが出来ます。 MSA体制下の日本では放射能を含んだ「死の灰」が容赦なく国民の頭上に降りかかり八〇〇になんなんとする外国軍事基地の支配網の下で再軍備が着々進行し、すべての法律制度もこの線に沿うて改悪されアジアの緊張は益々強められております。 然しビキニの水爆実験以後、原水爆禁止を要求する国民の声は何物をも圧倒せずにはおかぬ勢いで湧き起つており、再軍備に反対し民主々義を守る運動も次第に全国民をとらえてきています。 私たちはこうした情勢下において、全世界の平和勢力と手を握り、その期待に応えるために国内の平和を望むすべての人々と緊密に連携をとりつゝ更に新らたな勇気と決意をもつて平和を守る運動を押し進め、押し拡げて行きたいと考えるのであります。 こゝに内外の諸情勢と当面の諸事情とを考え合わせて次の主要な目標を決定し今年度一般方針とします。 一 原水爆を禁止させましよう いまおこなはれている原水爆によるおどかしの政策は恭しく国際間の緊張を強めております。 私たちは原水爆によるおどかしの政策は平和的共存の信念に対立するものであると信じます。 現在、人類を死滅に導く原水爆を禁止させる運動は世界中でまき起つておりますが、世界で最初の原爆の洗礼を受け、今また恐ろしい水爆の犠牲者となつた日本人こそ、この禁止運動の先頭に立つて叫ばねばなりません。この運動は人類を滅亡から救うものであります。国際緊張をやはらげる運動の当面の焦点であります。 (イ) 私たちは諸国民と共に非常緊急の措置として、これ以上実験を行わず、原水爆兵器を使わないという公約を含む国際協定を結ぶよう、更にこれが完全に実行できる厳重な国際管理を確立するよう各国政府と話し合うことを日本政府に要求しましよう。 (ロ) 私たちのこの願いが結集されて「逗子原水爆禁止促進協議会」が生れました。全国の禁止の願いは「原水爆禁止署名運動全国協議会」に結集され既に一千万近くの署名が集められています。私たちは積極的に「逗子原水協」に参加すると共に、禁止を有効に実現するための正しい思想の普及に努めましよう。 二 再軍備に反対し平和憲法を守りましよう MSAを受け入れた日本は着々と再軍備を行つています。特定の国と軍事ブロツクを結んで行われるこの再軍備は、アジア諸国民に日本軍国主義の復活として恐れられ、アジアの緊張をこのうえもなく強めています。そしていま、平和憲法の改悪がこの再軍備を更に強化するために行われようとしています。既に憲法の精神はふみにじられ、警察法、破防法、教育二法、秘密保護法、労働三法の改悪等々が軍国主義を復活するために行われました。このような情勢のもとで、私たちは国際緊張、特にアジアの緊張をやわらげ平和を実現するために日本のMSA再軍備に反対します。そのために「平和憲法擁護国民連合」その他青年婦人の徴兵反対運動などにも参加し逗子市民の先頭に立つて進みましよう。 三 アジアと世界の平和と友好のために共同の安全を確立しましよう 世界を二つに分ける軍事ブロツクの政策は冷い戦争を長びかせ二つの体制間の緊張を強化させています。仮想敵国を念頭においた軍事ブロツクによつては各個人の安全と諸国民の独立を保証することが出来ません。 ㈠ 平和と安全の確固たる基礎をつくり現存する緊張を和わらげ諸国民の共通の利益を守るためにわ政治的社会的体制のちがいにかかわらず、周、ネールの五原則にもとずく平和協定⦅集団安全保障⦆が結ばれねばなりません。その原則とは、互いに領土主権を尊重し、互いに侵さず、互いに内政に干渉せず、平等互恵の立場に立つて平和的に共存するということです。 ㈡ 外国の干渉、外国軍隊の占領と他国に於ける軍事基地の設定は世界を軍事ブロツクに分割しております。日本に於けるMSA再軍備と軍事基地の強化は、平和の諸原則をふみにじつて進められておりNEATO⦅東北アジア条約機構⦆への地ならしとされています。 東洋一の池子火薬庫もこれらの政策の一環として重要な位置をしめております。これらの事実はアジアと世界の共同の安全を保障する平和協定の締結を妨害するものであり、アジアの緊張を強めております。 私たちはこの観点に立つて市会の池子火薬庫一部接収解除の決議を支持し、この運動に積極的に参加しましよう。私たちは日本政府に領土主権の尊重、相互不可侵、内政不干渉、平等互恵、平和的共存の五原則にもとずいて各国と平和とりきめを結ぶよう厳しゆくに呼びかけましよう。 文化交流を計りましよう 私たちの願いは文化が国民の友好と平和に役立てられることであります。技術の進歩と科学と芸術の達成を交換したいという願いは最近の文化交流の間で見られた様々な催しのうちにみられます。コーラスを通じて他国の民謡に親しむこともそのためのさゝやかな試みの一つといえます。また私たちは他国の秀れた文化を通じて友好を深めると共に、日本の民族文化をやはり同様に誇りたいと思うものです。この民族文化を圧殺するタイ廃的な似非文化をそのまゝに見逃すことは民族の主権を放棄することであると信じます。 私たちは民族文化を尊重し、相互の交流を計り、そのために現在あるところの行政上、政治上の障害を取り除くよう努力しましよう。こうすることによつて世界に友好の感情をもたらし平和の関係を打ちたてましよう。 国交調整に努力しましよう 私たちは日本が世界特にアジアの諸国と仲よくしていくことが緊張緩和のための最善の方途の一つと思つております。今や日本国民の間にはこの願いがホーハイとして起つており様々な形で平和を望む人々同志の親善関係が生れております。国民各層代表の中国、ソヴエト訪問、ソヴエト選手の来日、イギリス労働党代表の中国、日本訪問等々がそれでした。今また中国から李徳全女史一行を迎えようとしております。私たちはあらゆる機会に諸国との国交の正常化、特に現在のところ不自然に断絶されている中国、ソヴエトとの国交回復に役立つ一切のことに努力しましよう。そして日本政府に中国、ソヴエトを含めたあらゆる国と正常な国交関係を結ぶよう訴えましよう。 以上 今後どのような活動をするか 現在の会員数は最近になつて若干名が増加しただけで全体としては減つてきております。これは私たちのこれまでの活動が極く限られた人たちだけで行われて、会員の間の連絡は殆んどなく、どんなに大きな活動も終つてから皆んなが知らされるといつた有様であつた事、こうした事から会員の積極性が失われて益々少数の人達だけが働らかざるをえないという堂々廻りが繰り返されてきた事、などからおこつたと考えられます。私たちは何よりも先ずこの様な良くない状態を変へなければなりません。第一には、地区の責任者をはつきりと決めて会員との日常の話し合いを充分にする事です。第二に、この様な人たちは役員会の仕事に積極的に参加しながら、その仕事振りを会員に伝え、逆に会員の創意を積極的に掘り起して活動を全会員のものにする様に努めなければなりません。若しこうしたことがその他の日常的な活動と共に充分に行われるならば会の状態は次第に良くなつていく事でしよう。この事を念頭において次に具体的な活動に入ります。 原水爆を禁止させるために 一 原水爆禁止運動は平和運動の中で一番大切な問題となつています。逗子ではまだまだ市民全体のものとなつておりません。そのために色々な問題をだきあわせず、たゞ〟原水爆禁止〟の一点で市民と共にこの運動に献身的に努力しましよう。 一 逗子原水爆促進協議会の署名運動に会員は積極的に参加しましよう。 一 署名運動終了後は近隣市町村に呼びかけその署名の獲得にも努めましよう。 一 同時にどうしたら禁止の実現ができるか原水協の人たちまた市民と次の運動について話し合いましよう。 一 一般方針で明らかにされた正しい思想を「平懇ニユース」その他で常に具体的に市民特に「逗子原水協」の人たちに伝えましよう。 一 日本国民の意志と願いにそつて政府に対して実験協力の政策を変えてもらい、禁止の国際協定成立のため捨身の力を払うよう、要請状等あらゆる方法で呼びかけましよう。 再軍備に反対し平和憲法を守るために 一 再軍備による、自由と生活の破壊に反対して労組やその他の団体と共同で幅広い運動をおこしましよう。 一 映画、講演、弘報活動、署名運動などあらゆる方法で再軍備反対、徴兵拒否の気運を強めていきましよう。 一 「憲法擁護国民連合」の支部結成に努め、積極的にこれに参加しましよう。 一 現在の再軍備促進その他の諸政策、いわゆる大量殺人兵器をテコとした〝力の政策〟は新しい戦争の恐怖をまき起します。私たちはこれら政策を変えてもらうよう、市民的―国民的な運動をおこしましよう。 諸国民の共同の安全を確立するために 一 市議会の池子火薬庫一部接収解除の要求を支持して、このための市民運動を起し積極的に参加すると同時にこの教育施設拡充の運動を正しい平和運動に発展させるため池子火薬庫並びに日本の軍事基地が日本の独立とアジアの安全と両立しないという事を話し合つて行きましよう。 一 厚木飛行場から武山基地に通ずるいわゆる観光道路は、小坪の漁場、逗子の海水浴場を荒らしてしまいます。逗子が戦争の目的に使われることに反対しましよう。 一 近いうちに開かれようとしている〝アジアの緊張緩和のための集り〟及び明年前半に行われるすべての国の平和諸勢力代表の集会を成功させるためにあらゆる努力を払いましよう。 一 政府に平和五原則(領土主権の相互尊重、相互不可侵、内政不干渉、平等互恵、平和的共存)に基いて全般的な集団安全保障をすべての国との間にうち立てるように訴えましよう。 文化の交流を計り各国と正常な国交を結ぶために 一 映画の上映などを通じて各国、特にまだ正式に国交が結ばれていない中国、ソヴエト等の文化の紹介に務めましよう。 一 コーラス、幻燈会などの活動を通じて俗悪な戦争文化に反対し民族文化を圧殺する一切の障害を排除し、健康な文化をおこし守つていきましよう。 一 李徳全女史来日のような機会をとらえて、平和バツチを送るなどして諸外国との友好を深めていきましよう。 一 政府に対して各国との友好を深める機会をつくるように訴え、これらの障害を排除するよう務めましよう。 一 鎌倉で近く開かれるという国際マラソン大会が盛大に行われるよう協力し、今後このような大会が数多くもたれるように務めましよう。 一 又、新中国の国家に定められた「義勇軍行進曲」を作曲した音楽家聶耳氏は昭和十年藤沢市の鵠沼で死去されたがこの度李徳全女史の来日を期として、藤沢市長を会長とする「聶耳氏記念碑建設会」を作り古い文化交流の礎の上に、新中国と、日本との文化交流の新芽をはぐくもうとしております。私たちはこれにできるだけの協力をし、市民の人たちに知らせましよう。 一 各国の平和愛好者と手紙のやりとりをするよう務めましよう。 一 文化人の人たちとの懇談会をもつたりして、文化人との連携を深め、逗子を真の平和な明るい文化都市とするように務めましよう。 一 読書サークル、平和問題研究会等を開き、またその成果を発表したりしましよう。 一 各地域の連絡を緊密にし、親睦会等を開いて会員同志の意見を交換し親睦を深めましよう。 一 平懇ニユースの批判や投稿を活発にしてニユースを充実させましよう。会員の意志、町の情勢を反映させたニユースを市民に広め読者を増やしましよう。 一 隣接地区の各平和団体、民主団体と提携しましよう。 一 関東平和懇談会、神奈川の平和集会等平和のための集りに参加して各地の運動の経験を学び日本の平和勢力と手を結び世界の平和勢力との固い団結をうちたてましよう。 (広田重道氏蔵) 〔注〕会計報告明細は省略。 逗子平和懇談会「第五回定期総会の資料」 (昭和二十九年十月)より抜粋。 二九一 横浜市岸根基地反対連絡会議の訴え 横浜をアメリカ兵とパンパンの街にしないために岸根基地の建設に反対いたしましよう!! 日本の国にある七百ケ所ものアメリカ軍基地のまわりでは、アメリカ兵の暴力によつて、日本の婦女子の貞操がうばわれ、パンパンとヒロポンのために、青少年は毒され、教育の環境はうちこわされています。 わたくしたちは、横浜をそのような街にしないために、婦女子の安全、街の風紀と子供たちの教育環境を守り、農民の耕作している土地を守るために、一年十ケ月にもわたつて、岸根基地の建設に反対し斗つてまいりました。 岸根基地ができると、そこの鉄筋コンクリート四階建、木造とりまぜて三十八むね、工費十三億円の兵舎には、朝鮮からひきあげてくる四千人からのアメリカ兵が入ります。そして、いま横浜にあるキヤンプ・マツクネリー(南区)ロスコ・M・カルコーテ宿舎(新子安)ウイレイ・B・ブルークス兵舎(日吉)にも、アメリカ兵が入ります。 もしも岸根基地ができて、横浜に朝鮮からたくさんのアメリカ兵がきたとしたら、わたくしたちの横浜は、いつたいどうなることでしよう。 朝鮮戦争のはじまるまえ、たくさんのアメリカ兵が横浜にいたときには、一ケ月平均、十四人から十五人の日本の女性が、アメリカ兵の暴力によつて、貞操をうばわれていました。 そのときのように、またしてもパンパンとヒロポンで横浜ぜんたいが毒され、婦女子ばかりでなく、男さえも夜の一人歩きができなくなるのではないでしようか? わたくしたちは、それで心配でなりません。 現地の三十八戸の農民は、神奈川県地評や高教組とかたく団結して「アメリカの兵舎をつくるためならば、絶対に土地はあけわたさない」と、がんばつております。 第二回神奈川県婦人大会に御出席のみなさん!! 横浜をヨコスカやタチカワのような街にしないために、岸根基地の建設に反対いたしましよう。 教育予算や社会保障費をけづつて、岸根基地の建設に十三億円もの大金をつかう政府のやりかたに反対いたしましよう。 岸根基地予定地を耕作している農民に、みんなしてゲキレイをおくりましよう。 岸根基地の建設を促進しようとしている政府と横浜市当局に、みんなして抗議をいたしましよう。 一九五五年二月一三日 横浜市神奈川区栄町二ノ一八地評会館 岸根基地反対連絡会議 (ゲキレイ先) 横浜市港北区岸根町 伊藤伊之吉 横浜市神奈川区六角橋上町 坂本繁蔵 横浜市神奈川区片倉町 加藤金作 (抗議先) 内閣総理大臣 鳩山一郎 横浜市長 平沼亮三 (広田重道氏蔵) 二九二 軍事基地反対県民大会 基地反対連絡会議を結成 軍事基地反対県民大会ひらく斗いを全県的に交流 八月二十七日横浜市の社会福祉会館で「軍事基地反対、平和擁護、神奈川県民大会」がひらかれ、県下各地から六百名の代表があつまつて「神奈川県軍事基地反対連絡会議」を結成して〝基地反対〟の斗いを全県的に交流しあつてすすめることになつた。 大会は「妙義に勝利した教訓を学んでいこう」という国広地評事務局長の司会によつてはじめられ、総評代表相沢重明氏、全国軍事基地対策委員会清水氏、平和擁護日本委員会早川氏、共産党今野武雄氏、左社飛鳥田一雄氏、左社県連佐藤賢治会長などの挨拶があり、河上丈太郎、鈴木茂三郎、労農党、共産党の祝電がよみあげられた。つづいて各基地から斗争報告があり「基地は日本ではない日本の法律は適用されず、大きな問題も泣ねいりになつているが事情をよく調査してへんなことがあればみんなでおしかえそう」(横須賀・広田)「高射砲陣地に自衛隊がいるということで反対しているが、一党一派の運動に見られないように細心の注意をして商人も農民もみんな一緒に反対している」(保土谷・幸山)「富士や砂川の問題をみてやはり斗わなきやいかんと感じている。稲刈りをやらなきやならないし百姓はつづかないといつているが、山が平らになつたら田んぼがだめになると村をあげて反対に立ちあがろうとしている」(横須賀・飯島)「私たちは四十戸の農民をまんなかに三年間斗いぬいてきた、陸稲や麦をまくときこれが穫れるかと心配してきたが、だまつていたら穫れなかつたかもしれないと労働者に感謝しています。岸根だけではどうにもならない神奈川県あげての支援を願う」(岸根・荒井)「茅ガ崎、辻堂の演習場に原子砲ロケツトがくるのではないかと当局に抗議しているが、生死のドタン場にきている」(辻堂・三橋)「池子火薬庫に原子砲ロケツト弾頭らしいものがもちこまれている。さきごろ火薬庫の解除をしてもらおうと、三日間で二万八千名の署名をあつめて要求したが、こんごもみんなで問題にしていきたい」(池子・高橋)などと報告され、さいごに国広地評事務局長より決議文を提案して、子供たちからも〝異議なし〟と声がかかり万場大拍手できめ、神奈川合唱団の歌とおどり、映画「日本ザル」「無限の瞳」「九十九里浜」を上映した。 なお代表団は神奈川県副知事に決議を手交し、県民の要求に応ずるよう要望した。 長期の斗いのなかで岸根全町民が固く団結ゆるがぬ反対運動 岸根では現地四十戸(港北区岸根町十三戸、神奈川区片倉町五戸、同区六角橋町二十二戸)の農民のまとまりが強く、長期の斗いのなかでいわゆる条件斗争派を出していない。岸根町六百七十七人の全町民が分裂することなく「基地反対」の一点で団結している。 戸数は百四十一戸、うち五十一戸が専業農家で一戸当り五反五畝平均の農地をたがやしている。岸根には三万九千余坪の水田と四万二千余坪の畑があるが、四万二千余坪のうち約二万坪の畑が今度兵舎のできるという清田塚、大堀の台地にあり、岸根基地の建設はとりもなおさず岸根町からその畑の約半分の広さをうばいさることになる。 陸稲やさつまいもの農地のすぐとなりでは、建設省横浜営繕工事事務所の監督で工事が始められており、ブルドーザーで平たく地ならしされた三千六百坪の運動場のわきでは、倉庫になるという鉄骨が組立てられ、その北側の谷間では大きなヒユーム管がいくつもつなげられ、下水道の工程が進められている。 しかし肝心の兵舎のたつところは農地であり、農民があけ渡しを拒否しているので農地に手をつけることはできない。 県収用委で結論まとまらず 七月一日、岸根基地反対連絡会議は県収用委員会にたいし「貴収用委員会には岸根基地問題を審理、裁決する権限がない。よつて第一意見書に関する意見陳述はこれを保留する」との第二意見書を提出した。 一方、県収用委員会では「仮処分命令」申請の却下とともに、三日間にわたる研究会をひらいたものの結論がまとまらず、その後、何回かの研究会がひらかれたもようであるが、依然として各人各様の意見が麻のようにみだれたままの状態である。 全国の斗いとむすびつく こおした収用委員会における斗いと並行して、六月十七日には座間の米極東陸軍司令部にたいし、横浜市議高地敏孝氏を団長とした岸根基地反対連絡会議の代表団三十名がはるばる陳情をおこない、六月二十三日東京でひらかれた「生活と権利と国土を守る国民大会」にも岸根基地反対連絡会議から四名の代表が参加した。そして二十三、二十四の両日、総評会館で開かれた「全国軍事基地反対斗争代表者会議」の席上で組織された「全国軍事基地反対連絡会議」に岸根基地反対連絡会議も正式に加盟した。 八月十七日の対市交渉ではいままで岸根基地反対連絡会議と真正面から対立していた横浜市当局が①おたがいに市内から米国軍隊の完全撤退を望んでいる②市は国に対し、さらに岸根基地の必要性を問いただす③岸根基地反対連絡会議の「基地建設工事中止」の申入れは、市が建設省、調達庁に伝えるの三点で、岸根基地反対連絡会議との意見の一致をみることができた。 十万の反対署名をあつめてすすむ こうした岸根基地反対の斗いのなかで、国鉄労組横浜支部青年部は桜木町駅頭や川崎駅頭で「岸根基地反対」の駅頭署名運動をおこない、神奈川県地評傘下各労組、神大の大学生、高木学園の女学生も職場、教室、家庭で署名運動に参加、十万をこす署名が集められた。 神奈川県地評の労働者、浜教組の先生、高木学園の女学生から現地の農民におくられてきたたくさんの激励の手紙は斗う現地の人々に明るい話題をなげあたえ、斗いのつかれを忘れさせている。 〟祖先伝来の土地をかえせ〟瀬谷通信基地の拡張反対すすむ 米海軍瀬谷通信隊は瀬谷町の北部、七十二万坪を占めてその北端は保土ケ谷区上川井町にくいいる広大な基地で、通信隊のもつ特殊性から瀬谷基地は日本政府の接収台帳にのつていない。 今度、二百五十六万ドルの米軍予算で無線施設が拡充され、高性能レーダーと二千五百名収容の通信隊宿舎百五十一戸が新設されることから、既存の基地の西側の農地二十四万九千坪の耕作者、百三十四人が土地をうしなうこととなり、地元瀬谷町から強い〝瀬谷基地拡張反対〟の運動がわきおこつてきた。 これにたいし、瀬谷町北部の上瀬谷、竹村、中屋敷、五貫目各部落の農民は「死活問題」として去る八月七日、上瀬谷小学校で農民大会をひらいて対策をねり、十二日に瀬谷地区農業委員会会長川口竹則氏ら十一名の代表による県渉外部、農地部、横浜調達局との交渉がもたれた。 この交渉では①第一期工事地域の返還については昭和二十八年の神士協定があるので応じてもよいが、そのかわりに最大限の補償をしてもよい②第二期、第三期工事地域については神士協定に拘束されないので、あくまで返還はことわる。農民の生活を守るため、第二期、第三期工事地域の農地にたいしては耕作権をはつきりと認めてほしいと地元代表は強硬に要求した。 ここを耕作する農民は田反当り百五十円、畑反当り百円の地代を納めており、今年一月八日には〝祖先伝来の土地を返してくれ〟と、接収解除の申請書を出していた。 ヘリコプター基地新設反対 三浦半島の住民たち 三浦半島の旧日本軍の高射砲陣地のあと、横須賀市野比の千駄ケ崎、同市長沢の砲台山、三浦郡葉山町の畠山山頂の三カ所を接収して米海軍のヘリコプター基地を新設する計画にたいして、それぞれ地元の反対運動がおきている。 北下浦(横須賀市)地区では、千駄ケ崎、砲台山のヘリコプター基地新設に反対して農業委員会が横須賀市長に申入れをおこない、北下浦観光協会でも反対の態度を決定した。 千駄ケ崎に近い久里浜国立療養所では八月五日患者自治会役員会で反対を決め所長に申入れた。 なお葉山町木古庭部落でも、各所にひらかれた日蓮宗十二日講の席上で「畠山ヘリコプター基地の新設反対」をきめ町当局に申入れがなされた。 カラツボの高射砲陣地 保土ケ谷区では「保土ケ谷基地解除促進連盟」が六月に発足したが、花見台の高射砲陣地はもともと工費七百六十万円で二十五年の夏つくられた県営の蹴球場で、完成後わずか五日目に、県民はおろか県当局も知らないまに無警告で米軍に接収されたといういわくつきのものである。 「花見台を県民の蹴球場として返してほしい。そして県有緑地帯を住宅地にしてほしい」というのが地元の要求で、六月八日の対県交渉のあと、二十二日には星川小学校講堂に二十三団体五百名を集めての「基地解除促進区民大会」がもたれた。大会では①米軍高射砲陣地の自衛隊入れかえには絶対反対②県民の財産であるスポーツセンターをすみやかに返還せよ、との決議文をきめ翌二十三日その決議文は内山県知事あて手交された。 神奈川区子安台の場合には、生麦中学の校庭のなかばが高射砲陣地に接収されており、浜教組の先生がたが子供たちの幸せのために同校校庭の全面的接収解除の運動を、同校PTAの協力をもとめてすすめるという。 磯子区岡村町では、さきごろ結成された「磯子区接収地解除期成同盟」を中心に全区民によびかけて、高射砲陣地返還の署名運動をおこなうことになつた。 あちら~こちら現実にみる横浜の実態 ―基地めぐり― 横浜市教職員組合 小畑義夫 横浜市民は「接収ぼけ」と一口にいわれているように全国でも接収の面積比率の一番高いところに生活していながら半ばあきらめに似た感情で日夜送つていることは否定できない事実であろう。 われわれ教育の任にたずさわるものとしてわれわれの教育内容を眺めた時そこに全く意識的に「接収地」とか「従属」とかは避けられており、教師もタブーのごとき取扱いをしている現状がしばしば見受けられる。 そのようなことで一体すまされるだろうか。子供と一緒に野毛山に立ち市内を一望してみるならばそこには星条旗のはためくビルが立ちならび、かまぼこ兵舎の行列がまるで外国か植民地のごとく堂々と存在しているこの事実にふれた時、われわれは子供たちの目をおおいかくすことができようか。われわれは素直に現実を話してやるべきだ。 バスは第二国道を通つてまづ浦島丘中学の高台に登り、そこから見下す接収地の状態は港湾は申すにおよばず物資集積所の連続それも何年となく鉄材木材が雨ざらしとなつて利用しているとも思えない現状に一同ただ驚きの表情、この接収のため児童生徒が交通禍で犠牲になつている。また商店街をとられてそのために全く転落した家が相当あり、一部に貧民街を形成している。その他にいろいろな問題をはらんでいるとのこと。憂うべき現状である。 車は国道を通り鶴見の生麦中学に向う。ここも校庭の半分を取られて生徒は野球も出来ない始末、それも高射砲陣地として使用もしておらず鉄条網が意地わるくはりめぐらしてある。一同大いに憤慨する。 つぎに今問題の中心となつている岸根に車を向ける。横浜市が公園として考えていただけあつてほんとうに良い場所だ。緑一面のなだらかな丘陵つづき、ハイキングにも好適な土地となるだろう。 その一画にはや駐留軍の宿舎が立てられようとしている。このまま工事が進んで行くならばこの緑地もブルドーザのつめあとで見るかげもなくなつてしまうことだろう。 とくに文教地区として影響を受ける学校数も多く六角橋中学など基地から一〇〇㍍の近く建設されかけている。交通の問題、風紀の問題その他もろもろの問題の発生することを考えた時これに反対しない人々の脳を疑い度いと一同話し合う。時間の余裕もないので一路市内特に中心部に向う、これは説明するまでもなく大きな建物には星条旗が立ち目新しいところはほとんどあちらさんのもの学校など兵舎に囲まれているといつて過言でない。 丁度昼ごろ大鳥中学に到着昼食をとり屋上に昇る。また驚いたことには、見渡すかぎり駐留軍のハウスの連続、芝生を備えきれいな洋館がまるで外国に来たかと錯覚を起すばかり。 広いプールに満々と水をたたえて僅か五、六人の外人が遊んでいる。こんなプールが学校にあつたらと長歎息―それに比べて日本人の住宅のまずしさ、両者を見較べて一同何か奇妙な感じに打たれる。 次にヘリコプターの騒音で授業も出来ないという金沢区の文庫小学に向う。八景の海岸近くに車をとめて説明を聞いていると問題のヘリコプターが飛んで来た。低空で来るので全くうるさい。何も陸地へ来ないで海上を飛んでくれれば良いとつくづく考えた。われわれとして当局に申込んでいるのだがまだ解決しない問題である。早急に解決しなければ子供たちが可哀想だ。 戸塚区に入ると全く農村風景だ。平和そのものの姿。本郷小学の隣りにPXがあり、有難くない。 話しに聞くとここの日本人従業員に対する待遇は良くないとのこと、気の毒なことだ。 われわれの車の前をPXのトラツクが走つて行く。何もこんな広い面積を使用しなくてもよさそうにとつくづく思われた。 (法政大学大原社会問題研究所蔵) 〔注〕神奈川県地評基地反対連絡会議共同デスク「神奈川共同デスク特集」(一九五五年九月十五日)一面省略、二面のみを収録した。 二九三 神奈川県原水爆禁止運動センター設立の呼びかけ 原水爆禁止の運動は三千三百万の署名を生み、広島、長崎の世界大会を経て益々発展して参りました。 特に去る十月八日小倉市で原水爆禁止全国市議会議長大会が開かれました。その決議の実践は今后の運動に大きな力を与えるものと信じています。 神奈川県でも原水爆禁止運動は全県的に拡がり、広島、長崎の大会へは各々百名を越える代表を送り、各地域、団体での報告会その他で活発な運動を進めて参りました。 しかし一面からみますとまだまだ全県民の運動となつておらず、又各地域のそれぞれの運動を交流する場も僅少で、折角の運動も分散されている状態です。 従つて会合のたびに全県的な運動のセンターを必要とする声が出ており、皆さんの要求でもありました。 これは神奈川県だけでなく、全国的にみられることで、原水爆禁止全国総会でも今后の大きな課題となつています。 今各県にも運動の中からセンターの組織に世界大会出席の代表を中心として進められております。 来る十二月二、三日の全国総会は、こうした成果の上に立つて禁止運動の方針が決定されることゝ思います。 つきましては、私共が広島、長崎の世界大会神奈川県代表団長として出席いたしましたので、僣越ながら神奈川県の原水爆禁止運動のセンター確立についての呼びかけをさせて頂きました。 準備をするための準備という形だと思いますが、最初は少数の方々にお集り頂き、全県民の幅広い運動としてのセンターの役割について充分隔意ない意見の交換をお願いいたしたいと思います。 御多用中の処誠に恐縮でございますが是非御出席下さいますよう御案内申上げます。 記 一 日時 十一月十日(土) 午后二時より 一 場所平塚市新宿平塚市役所内 昭和三十一年十一月二日 石河京市 西田共清 様 追而 当日御出席不可能の場合は代理の方を御差向け下さるか、又は御意見をおよせ頂ければ幸甚です。 (広田重道氏蔵) 二九四 原水爆禁止横浜市協議会の結成 原水爆禁止横浜市協議会の結成に就て 三年かゝつて日本の原水爆禁止運動は漸くその成果をあげつゝある。日本国内は言うに及ばず、クリスマス島で実験を強行しようとしている英国内に於ても、労働党をはじめとする良識ある大部分の英国民に依つて反対運動が今、展開されている。 原水爆禁止の声は、良識ある多くの人々の支持を得て、世界中の世論となり、今や原水爆禁止の問題は、国連に提案され、我々が望んでいる国際禁止協定締結へあと一息という所に来ている。 こうした中にあつて、当神奈川県にあつても、去る四月、各方面の賛同と協力を得て原水爆禁止神奈川県協議会が誕生し、活発に運動を展開する事となつた。 然しながら、神奈川県の中心地である当横浜でのこの運動は、従来やゝもすると部分的にして散発的であり、組織化の努力が不充分であつた為めに未だにしつかりとした組織がない。この事は、強いては、県原水協の運動に充分な支えとなり得ないばかりでなく、県原水協の運動をして不活発のものに終らせてしまう恐れさえある。 今、日本政府は、国民の強い世論に押されて、一応、英国に松下特使を派遣するなど、若干の努力を払つているかの如くであるが、一方に於て、実験登録制を国連に提案する等、必ずしも国民の要望に合致しない矛盾した態度をとつている。 我々は、あくまで、原水爆禁止の悲願の達成のためにこの政府を鞭韃し、更に強力にして広範な運動を展開すべく、真に国民の力を結集して行かなければならない。 この為、我々は、今、来るべき第三回世界大会を前にして、平和をねがうあらゆる人々の協力を得て、当横浜に於ける原水爆禁止協議会を組織化したいと考える。 敢て、貴殿(貴団体)の御賛同と御協力を要請する次第です。 昭和三十二年五月十一日 横浜市平和委員会 横浜地区労組協議会 殿 (広田重道氏蔵) 二九五 原水爆禁止神奈川県協議会規約活動記録(一―七) ㈠ 原水爆禁止神奈川県協議会暫定規約 第一条 この会は原水爆禁止神奈川県協議会といい、事務所を平塚市役所におく。 第二条 この会は神奈川県下での原水爆禁止運動を行うことを目的とする。 第三条 この会は前条の目的をとげるために次のような諸活動を行う。 1 文書の頒布、映画会、講演会などの開催により県民に原水爆禁止の宣伝を行う。 2 署名運動、募金運動などにより県民の原水爆禁止の意志の結合をはかる。 3 原水爆被害者救援活動を推進する。 4 県下各地の原水爆禁止運動を行う団体の結成を助け、その発展に協力する。 5 原水爆禁止のための全国的組織及び国際的組織と連絡し、これと協力する。 6 その他必要な活動 第四条 この会は神奈川県下に於て原水爆禁止運動を行う団体、及びそれに賛成する個人で構成する協議体である。 第五条 この会に次の機関をおく。 1 総会 2 幹事会 3 常任幹事会 第六条 総会は毎年一回これを開き、事業計画の決定、予算、決算の承認、役員の選出、規約の変更等をきめる。 第七条 幹事会は総会で選出された役員で構成し、総会に次ぐ議決機関である。幹事会は年四回以上これを開く。 第八条 常任幹事会は総会及び幹事会の決定にもとづいて会務を執行する。常任幹事会のもとに事務局を設け、 一般事務を処理する。常任幹事会は随時これを開く。 第九条 この会に次の役員をおき、その任期は一年とする。 代表委員 若干名 幹 事 若干名 常任幹事 若干名 監査 二名 必要あるときは顧問をおくことが出来る。 第十条 代表委員はこの会を代表する。監査は会計の監査にあたる。 第十一条 この会の経費は会費、寄附金、事業収入その他をもつてまかなう。 第十二条 この会の会費は個人は一口月額五十円とし、一口以上を納入する。団体については幹事会できめる。 第十三条 この会の会計年度は毎年四月一日に始り翌年三月三十一日に終る。 附則 第十四条 この規約は創立総会で承認されるまでは暫定規約とする。 キリトリセン 申込書 貴会に加入します。 私の会費は 口、月額 円一ケ年六ケ月三ケ月毎月払とします。 住所 昭和 年 月 日 氏名(又は団体名) (印) 原水爆禁止神奈川県協議会 御中 ㈡ 「一九五六・十二・二十五原水爆禁止神奈川県協議会準備会ニユース№1平塚市役所内原水爆禁止神奈川県協議会準備会」 原水爆禁止のため 県下の協議会の結成へ =準備会発足する= 去る十月八日に九州小倉市でひらかれた原水爆禁止のための全国市議会議長会議には、全国の市議会の七割以上の三百五十市議会が参加し、横浜市議会議長津村峯男氏が議長となつて、熱心な討議が行われたが、次のような重大な決議がされた。 一 われわれは原水爆禁止を真に一大国民運動とするため、地方議会を中心として各地に署名運動を展開する。 二 われわれは原水爆禁止を日常活動とするため、各地の原水爆禁止協議会を強化する。 三 われわれは米英ソの三国をはじめ世界各地の地方議会に対し、世界の平和と人類の繁栄に貢献せんとするこの大運動への積極的参加を要請する。 四 われわれは速かに政府が原水爆被災者の実体を把握し、その責任において治療、健康管理、生活保障を法制化することを要請する。 この会議には本県からも横浜市、藤沢市、小田原市、茅ケ崎市、三浦市、厚木市、平塚市が直接参加し、横須賀市その他からは委任状やメツセージが送られた。 小倉大会の決議の実現へ 小倉大会によつて刺戟された県下各地の原水爆禁止団体や広島大会、長崎大会に本県代表として参加された人々の間には、小倉大会の決議の第二項によつて、本県にも何らかの形で協議会を作るべきだとの意見が旺んになつたので、広島大会の代表団長石河京市氏と長崎大会代表団長西田共清氏とが呼びかけて、去る十一月十日に平塚市役所で、第一回の懇談会がもたれた。そのときの出席者の主なる方は、平塚市長戸川貞雄氏のほか次のとおりであつた。(順不同敬称略) 三浦市議会議長宮口若太郎、藤沢市議会副議長石垣荒一、平塚市婦人団体連絡協議会盛きよ子、藤沢市議会事務局石井惣七、茅ケ崎市議会事務局林頓子、秦野市議長小泉光三、座間町副議長高橋和夫、座間町長鹿野文三郎、座間町役場稲垣功、横浜原水協水谷静香、日本原水協常任幹事広田重道、長崎大会神奈川県実行委員佐々木修二、鎌倉原水協郷原重雄、秦野原水協武俊次、横須賀三浦原水爆禁止懇談会笹口晃、平塚地区労事務局長磯田勢次、神奈川地評副議長篠原猛、神奈川県教職員組合稲垣卯三郎、県会議員添田良信、前横浜市長石河京市、平塚市助役西田共清、厚木市議会事務局長能条誠一 そこでは全県的な協議会の結成を進めることには意見が一致したが、それを政党や思想的に偏らず、あくまで小倉大会の決議の線にそつてやるためには、ひろく県下に知らせて、各方面からの参加をお願いすることとし、そのための準備会を作ることから始めようと方針がきまつた。そのために次回に規約の原案を提出し、それを中心に話し合つてみようということとなつた。 準備会はじめて発足 十一月十日の懇談会の結果、十一月二十八日に平塚市役所で、第二回の懇談会がひらかれたが、これには第一回出席者のほか次の人々(敬称略)が参加した。 逗子市議会議員山崎はつえ、鎌倉市議会議員宮本せつ子、茅ケ崎市議会議長赤間芳山、相模原市会議員福山泰夫、同市議会事務局川崎文雄、川崎市議会事務局森谷清、小田原市役所高橋義雄、横須賀三浦原水協渡辺好徳、秦野市議会副議長青木吉長、秦野市原水協桑原主幹、秦野市会議員関口澄 ここでは、規約草案を審議し、規約原案を作り、一応準備会として発足し、暫定的に事務所を平塚市におき、事務局は広田重道、佐々木修二両氏が暫定的に責任をもつことなどがきめられた。また財政については暫定措置をとり、直ちにニユースその他による宣伝と別項のとおり中央の日本原水協主催の国会請願運動に笹口晃、石河京市両氏と事務局を送ること、目標として、明春早々に結成大会をひらく方針で、県下各方面にひろく参加を求めることなどが決定された。 原水爆禁止、被爆者救援の 国会請願デーに代表を送る ―十二月三日― 日本原水爆禁止協議会の提唱した原水爆禁止、被爆者救援のための国会請願運動は、十二月三日午前十時から東京衆議院第三議員会館に全国各地から約二百名の代表者が集り、それぞれ力強い意見発表を行つたのちに、衆参両院と首相官邸との三方面に分けて、広島、長崎の被爆者代表をふくむ陳情団を送つたが、本準備会からも横須賀三浦原水爆禁止懇談会の笹口晃氏、秦野地方原水協事務局長栗原已代治氏の両者が代表として参加した。 この陳情の結果、近く政府から被爆者援護のための法律案が議会に提出される予定であるが、これに対しては民自党はもとより社会党、共産党、労農党なども超党派的に支持するとの意向が明かにされ、被爆者の前途に明るい見通しがもたれたことは、大きな収獲であつた。 なお、この国会請願運動につゞいて、原水爆禁止日本協議会では、十二月四日、五日の両日にわたり、参議院議員会館で総会を開催したが、これには準備会事務局として広田、佐々木の両氏秦野地方原水協会長内藤五郎氏が出席した。 その詳細は別項にゆずる。 地道になつた原水爆禁止運動 日本原水協第二回総会報告から 原水爆禁止日本協議会(日本原水協)の第二回総会は、十二月四日、五日の二日間にわたり、参議院議員会館第一号室で行われたが、北は北海道から南は九州までの各地の代表が続々とつめかけ、熱心な討議が行われた。 この総会では原水爆禁止運動の中心母体である日本原水協を、むりのない形に再編成することが主なる議題となつたが、暫定的に会則を決定し、特に地方の原水爆禁止運動を行う団体を尊重する方針をとることとなつた。従つて会員としても、個人は原則として地域の原水爆禁止協議会その他の団体をつうじて参加することなども規定された。 また運動の面でも、原水爆禁止と基地反対運動との関係が問題とされたが、これは各地の状況と原水爆禁止運動に集つている人々の大多数の考えによつて決定されるので、何でもこの二つの運動を一つにしようとするおしつけや、一部の人々の考えだけで押しとおすようなことのないように、常に多数の人々の一致した点をキソに運動をやることなどが結論となつた。また救援運動については、今まで国内、国外から集つた救援資金の使いみちについて、単に被害者の個々人にわけるというようなことではなく、被爆者全国協議会の助成金とか、広島、長崎などに被爆者の相談所を作るとか緊急の治療を要する者に重点的に支出するとか其の他の有効な方面にも使えるように使途を決定し、取り敢ず前年からの残りの九五七万円の配分の大綱をきめた。(ただし、その詳細な処理は新会則により作られる被害者救援対策部にまかされることになる)更に、援護法が成立する明るい見とおしの上に立ちながらも、その援護法が本当に被害者を救済するような完全なものになるよう、また法の成立後の実施が完全に行われるように、一段と努力することを申し合わせた。 この総会には自由党の国会議員も多数来賓として出席され、なかには力強い祝辞をのべて満場の拍手をあびた方々もあつたが、社会党や共産党からも国会のバツチを胸に沢山の方々が参加され、文字どおり超党派的な集会であつた。また、席上での発言にしても、東京の一部の人々をのぞいては、全く建設的であり、協調的で、運動が地道になつたことを如実に物語つていた。 (東京の一部の人々は長野その他の地方の人々から非協力的だと批判されたのも印象的であつた) なお、来年に予定される原水爆禁止の世界大会が、どんな形で行われるかについては、結論は出なかつたが、広島大会、長崎大会の二番せんじであつてはならないこと、今からそれを真剣に考えて、長崎大会のように準備不足にならないようにしようという点は意見が一致した。この点は本県にとつても大きな宿題である。 三十四府県に協議会 因に全県で協議会の成立しているのは青森、岩手、長野、石川、富山、和歌山、大阪、奈良、兵庫、広島、香川、高知、愛媛、福岡、長崎などで、本県のような準備会を加えると三十四府県になつていることも明らかにされた。 △ 久里浜に原水協生れる (横須賀) かねがね横須賀三浦原水爆禁止懇談会に参加して活躍していた横須賀市議玉木弁戒氏は、このほど地元の各町内会長によびかけた結果、いわゆる町ぐるみの原水爆禁止懇談会の成立をみるに至り、去る十一月十八日に久里浜小学校において地元民約三百名を集めて盛大なる結成式をあげた。 この懇談会には代表世話人として連合九村町内会長山田鉄五郎、内川新田町内会長中川一郎、久里浜町内会長石渡勇、久比里町内会長湖幡荘作、八幡町内会長大倉誠三 佐原町内会長竹山米治、岩戸町内会長山崎善次郎のほか久里浜中学校長菊地兼雄、同小学校長石川新吉氏などが頭をならべ、事務局長には前記の玉木弁戒氏(住職)が就任されるなど町ぐるみの組織の面目をイカンなく示していて、今後の動きが注目される。 なお当日は各界代表の挨拶のほか砂川町の戦いの映画を上映して、参加者に多大の感銘を与えた。 県下の被爆者の実体を明らかにしよう ―救援の第一歩は調査から― 被爆者の救援のためには、別掲のとおり国の内外から二千三百万円以上の資金が集められている。また次期の国会にはその援護法案が出されるところまで来ている。ところが肝心の救援の対象になる被爆者の実体は広島県や長崎県をのぞくと、ほとんど知られていないのが現状である。これは被爆者がいろいろな不利益をおそれて病状をかくし、または被爆の事実を秘するためでもあるが、調査する方に本当に救援する心ぐみや力のなかつたことにも原因があつた。 今日では全国民に救援の意欲が高まり、また救援資金もあることなので、積極的に名のり出られることを切望して止まないが、みなさんの周囲でも、そうした人々の存在に気付いたら、どうか連絡をとり、われわれの真意をよく諒解してもらい、準備会の方に直接または間接に結び付けて頂くように、ご努力賜わりたい。救援活動はあくまで被爆者個人に関する秘密は守り、またその不利益になることのないように細心の注意を払うので、その辺の心配はさらさらない。 県下の被爆者が一つの力にまとまり、それが全国的な組織としての被爆者全国協議会にでも結び付いてゆくなら、被爆者の方々の道は大きく拓けてゆくことを私たちは信じているので、敢て以上のことを県下のみなさんに訴える次第である。 原水爆禁止署名総計三三、五一三、五四八名 (一九五六年十一月二十日) 署名数の歴史 一九五四年三月 一日 ビキニ被災 八月 八日 全国署名運動協議会結成 九月十三日 二、一四三、九〇三名 十月廿四日 一四、五六〇、〇〇〇〃 十一月十七日 一八、〇二六、〇一六〃 一九五五年一月 一日 二〇、五六二、四四四〃 一月十五日 二二、〇七四、二二八〃 八月 四日 三一、八三七、八七六〃 八月十五日 三二、三八二、一〇四名 九月 三日 三二、五八一、一四五〃 九月十七日 三二、五八五、四一八〃 十月廿九日 三二、五九〇、九〇七〃 十二月二十日 三三、一〇八、〇五六〃 一九五六年二月十三日 三三、一二七、四一九〃 二月廿一日 三三、一三一、九〇〇〃 三月 一日 三三、五一〇、二六四〃 十一月二十日 三三、五一三、五四八〃 (注) この統計は日本原水協の第二回総会の席上で発表されたものである。従つて、これからの署名はすべてこの数字に加算されることになる。 因に全世界での署名数はすでに九億をかるく突破しているので、この数こそエジプト事件を不拡大に終らせた無言の力であつたと信じている。 ソ連からまたまた多額の救援資金 ―日本原水協総会の席上発表― ソ連は昨年の広島大会にも約七二〇万円の被爆者救援資金を送つたが、去る十一月末にまたまた約七二〇万円の資金を日本原水協に寄託して来たことが、去る十二月四日の日本原水協第二回総会の席上に発表された。 日本原水協では、これに対して、ソ連代表部に安井事務局長を派遣して感謝の意を伝えると共に、送り主であるソ連平和委員会に対して鄭重なる感謝電報を打つた。 なおこの資金の使途については、来年早々にひらかれる被爆者対策部で決定されることとなるが、このたびは長崎や広島に開設される被爆者相談施設にその大部分が向けられるものと思われる。 因に今日まで日本原水協に寄託された国内及び国外からの救援資金は別表のとおりである。 (一九五六年十月末日現在、日本原水協の発表による) 海外の分 中国五団体 七、二二五、五七八円 北カルホルニヤ 七、一八四〃 アラメダ平和協議会 五、二〇八〃 ソ連平和委員会 七、一八四、〇〇〇〃 アンダーソン氏(米) 七一七〃 世界民主青年連盟 一七九、六〇〇〃 中国五団体 七、二一九、〇八二円 世界労連 三五九、二〇〇〃 国内の分 一、七九九、九一八〃 総合計 二三、九八〇、四八七円 あとがき 一九五六年もあわただしく暮れようとしています。このときにこの準備会ニユース第一号を送り出すことのできましたことは、いささか、本年の棹尾を飾るものと信じて居ります。ただ出来映えについては、意あつて力足らずという形ですが、それは追々改善して行きたいと思います。ことに次号からは、みなさんの意見をのせ、県内各地の運動を詳細にのせたいと思いますので、みなさんのご投稿をお待ちしております。また編集上の注意やご意見もどうぞお願いします。 準備会はあくまで県協議会結成までの準備に当るものでありますが、それなりに県下各地の運動に役立つような行動をとりたいと思つていますので、みなさんの疑問やお訊ねのことには責任をもつてお答えします。どうぞ、どんなことでも遠慮なくお申越し下さい。 なお別項にもお願いしてあるとおり、みなさんの周囲に被爆者の方が居られましたら、一応その健康状態、生活状態などお知らせ下さい。緊急救援を要するものについては、日本原水協あたりと相談して、何とか致したいと思いますので、なるべく詳細な状況を知らせて下さい。 それでは、よいお年を迎えますように。 御健康を祈ります。 (十二月十日 広田記) ㈢ 「一九五七・三・二十六原水爆禁止神奈川協議会準備会ニユース№2平塚市平塚市役所内原水爆禁止神奈川県協議会準備会」 四月五日夜、県立音楽堂にて県協議会結成大会ならびにクリスマス島水爆実験阻止大会 去る二月十日に平塚市公会堂でひらかれた準備委員総会で、クリスマス島水爆実験阻止のための県民大会と、原水爆禁止神奈川県協議会の結成大会をひらくことがきまつたが、現在の実情から、この二つは一つの大会として持たれることが適当であると決定された。 その後、大会設営委員会がもうけられ、横浜市原水協、神奈川県地方労働組合評議会、神奈川県教職員組合、全日本自由労働組合神奈川県支部、自治労神奈川県連合会などの団体代表と平塚市助役西田共清氏、準備会事務局長広田重道氏などが、県民大会の準備のために協議した結果、次のとおりに一応の計画が立てられた。 日時 四月五日(金)午后五時三〇分 場所 県立音楽堂(横浜市紅葉坂上) 内容 県協議会の成立を内外に明かにすると共に、クリスマス島水爆実際阻止をふくむ原水爆禁止運動についての県下各界の名士や代表の意見発表を行い、クリスマス島水爆実験阻止の具体的方策を討議する。そのために県知事をはじめ、在横浜知名の士の出席を要請する。 財政 県下官民の寄附により大会費用を賄い、入場料などはとらない。 なお、当日は日本原水協理事長安井郁氏、各政党代表者などの挨拶もうけることとなるが、映画などのアトラクシヨンは行わず、コーラスその他の県民の自発的参加によつて、大会を多彩なものとすることに一応きめられた。 何れにせよ、当日は県民の一大デモンストレーシヨンという意味で、できるだけ各方面から、多数の方々が参加して下さることが、何よりも肝心であるから、関係各位の御協力も切にお願いする。 プログラム とき 一九五七年四月五日午后五時半 ところ 神奈川県立音楽堂(入場無料) 第一部 一 開会の辞 一 経過報告 一 挨拶並に意見発表 神奈川県知事 内山岩太郎氏 神奈川県議会議長 加藤喜太郎氏 神奈川県カツオマグロ漁業協同組合長 寺本正市氏 神奈川県地方労働組合評議会議長 八木秀雄氏 各政党・団体の代表 原水爆禁止日本協議会理事長 安井郁氏 一 クリスマス島水爆実験反対に関する決議 一 宣言 一 閉会の辞 第二部(約四十分) コーラス、民謡、舞踊 最後の準備委員総会の召集 三月二十九日、午後二時 横浜市教育会館(横浜市紅葉坂上) いよいよ四月五日夜に県協議会の結成大会がひらかれることになつたが、それに先き立ち、準備会としての最後の準備委員総会が持たれることとなつた。 当日御相談をねがう議題としては、大体、次のとおりである。 一 規約の最後的な確認 二 代表委員、幹事、常任幹事などの役員の選任 三 事務局長の選任と事務局の設立 四 財政計画の確定と予算編成 五 結成大会上提議案の確定 六 結成大会運営委員の選任 七 その他 これらの各項については、いろいろと御意見もあることと思われるので、各団体や地域においては、あらかじめ相談をされて結論を持ちより、御欠席の場合も、文書で意見を準備会事務局によせられるように、是非とも御協力をお願いします。 クリスマス島水爆実験阻止県下各地の動き 内山県知事議会で反対のため努力を表明 三月六日神奈川県議会本会議で八木邦継議員(長崎大会代表)の「クリスマス島の水爆実験は日本人として反対だ、これを実現するため国際的な世論を喚起する必要があるが知事はどう考えるか」との緊急質問に対し、知事内山岩太郎氏は「反対の趣旨には全く共鳴するし、これが実現のために微力ながら努力したい」と表明した。 三月八日県知事は英国総領事にクリスマス島原水爆実験反対について県民の強い反対意向を本国に伝えてほしいと申入れをした。 横浜市議会で反対決議 本準備会の代表世話人津村峯男氏を議長とする横浜市議会では、三月九日の本会議に水爆実験禁止要望決議案を上提し、全会一致をもつて、これを可決した。この要望決議は津村議長の親書をそえて、英国大使館をはじめ国会など関係方面に、ひろく送られることとなつたが、決議文の内容は次の通りである。 クリスマス島の水爆実験禁止要望決議 「イギリスが日本政府の申入れを無視し、近くクリスマス島で水爆の実験を断行せんとしていることは、その限りなき被害を身をもつて体験したわれわれ日本人としてはまことに不可解といわざるをえない。ことに水爆による汚染は地球上ひろく、かつ永く人類におよぼす影響の深刻なことを思うとき、実験の禁止は一国民のみの希いではない。政府は世論を起し、あらゆる手段方法を尽してこれが禁止を要求するよう要望するものである。」 県下では三浦市議会、横浜市議会に相ついで、三月十四日には藤沢、横須賀、十五日には小田原、平塚、十八日には相模原、十九日鎌倉、二十二日逗子、各市議会が反対決議を行い、関係方面に決議文を送つた。 三浦の全市民は立ち上る三千余の街頭署名あつまる すでに一月下旬に三浦市議会(議長宮口若太郎氏は本準備会の代表世話人)は、実験反対決議を行つたが、その決議を実行するため、各区長を通じて、全市の各戸毎に反対署名を集めはじめたが、その数は、すでに三万余に達している。 また、二月三・四日と九・十日の四日間にわたり宮口市議会議長などが陣頭に立つて街頭署名運動を行つたが、約三千余の署名を得たので、近くこれを中央に送ることとなつた。 横須賀でも街頭署名運動原水爆禁止懇談会が中心 クリスマス島水爆実験反対について、横須賀三浦原水爆禁止懇談会では、二月十七日に幹事会をひらいて協議した結果、三月二・三日の二日間にわたり市内中央駅附近で街頭署名を行うことに申合せ、当日は天候にも恵まれたので約五千余の署名を集めた。 なお二日間の署名集めには、本準備会の代表世話人笹口晃氏も、陣頭に立たれたが同懇談会の御子柴吉之助氏その他の方々の熱心な活動は、市民に多大の感銘を与えた。 県市議会議長会議関東市議会議長会議も実験反対を決議 二月六日にひらかれた神奈川県下市議会議長会議では、三崎市議会宮口議長(本準備会代表世話人)その他の提案にもとずき、クリスマス島水爆実験反対の決議を行つたが、二月十二日にひらかれた関東市議会議長会議では、小田原市議会山橋議長(本準備会代表世話人)からの提案により、同じくクリスマス島水爆実験反対の決議を行つた。 県外の教訓抗議電報三〇〇通 抗議ハガキ七〇〇通を出した山梨県原水協 山梨県原水協では、山梨大学々生自治会や魚市場の人々と協力して、二月二十三日に甲府市県会議事堂で、水爆実験抗議大会を行い、気勢を上げたが、これに先立ち全県下で抗議運動を展開し、イギリス首相マクミラン氏に当てた抗議電報は三〇〇通をこえ、また抗議ハガキは一千通目標のうち七〇〇通をかるく達成した。 県知事が先頭に立つ青森県原水爆禁止協議会の活躍 二月十一日より十二日にわたり、県内の青森・弘前・黒石・五所川原・八戸・十和田の六市で、原水協結成をかねた実験阻止の集会がひらかれ、さらに二月十日には、青森市で県原水協の結成を記念した水爆実験阻止大会が開催されたが、これには県原水協会長として青森県知事山崎岩男氏が挨拶を行つたほか、日本原水協からは安井郁氏が出席し、県下各界の代表者の意見発表が行われ、県民に多大の影響を与えた。 因に、青森県原水協には山崎会長のほか、副会長として青森市長横山実氏、八戸市長岩岡徳兵衛氏、弘前市長藤森誉氏、五所川原市長外崎千代吉氏、県町村会々長中野吉十郎氏が就任している。 国際的な世論をまき起した実験阻止中央大集会 (三月一日)エヂプト大使、インド大使も出席 去る三月一日夜、豊島公会堂で行われた日本原水協主催のクリスマス島水爆実験阻止中央大集会は、場外にまであふれる二千余名の参会者で盛大にひらかれたが、北は北海道、青森から南は九州、沖縄までの各地代表も出席し、またマリク印度大使のほかエジプト大使も席にのぞみ、意見発表を行うなど、国際的な色彩もゆたかに、成功のうちに、宣言、決議などを決定した。 なお当日は、自民党代表須磨弥吉郎氏、社会党代表浅沼稲次郎氏、緑風会代表高良とみ女史、共産党代表野坂参三氏なども挨拶され、また上原専禄氏、坂田昌一氏、林克也氏などの文化人のほか、徳川夢声氏も出席され、軽妙な挨拶で満場をわかせた。 最後にソ連音楽映画〝春のうたごえ〟の上映があり、九時すぎに散会した。 第三回原水爆禁止世界大会は今夏、東京で開催ときまる日本原水協第一回理事会で 日本原水協の第一回理事会は、三月二日三日にわたり、東京・神田の教育会館でひらかれたが、新規約にもとずき安井郁氏を理事長に選任したほか、三十五名の常任理事をも選び、終始、熱心な討議が行われた。 この理事会の席上で、第三回原水爆禁止世界大会の開催について、八月九日前後に東京で行うことが決定し、よびかけが行われることとなつた。なお、抗議船団の派遣問題については、さまざまな意見が出されたが、これについては、四頁にのせておいた。 第三回原水爆禁止世界大会開催のよびかけ 一九五五年いらいつゞいた〝雪どけ〟の世界の大勢は、曲り角にきたかのようにいわれています。 昨年十月スエズ、ハンガリア事件は、平和の世論によつて原子戦争への発展が阻止されたとはいえ、この事件を転機として、再び冷戦や軍事的紛争の危険が増大してきました。(中略) 世界の世論と科学者の警告を無視して、大規模な原水爆の実験が続けられ、原子戦機動部隊の配置を中心に、新しい原子戦争準備が拍車をかけられ、諸国民のうえに大きな脅威がおおいかかつています。 全世界民衆の安全と幸福を、 一挙にうばいさるこのような脅威にたいして、平和愛好諸国民は、いま、大きく団結して立ちあがろうとしています。 三千四百万の原水爆禁止署名にうらづけられた日本国民は、原水爆実験に反対し、原水爆基地拡張や原子兵器の持込みに対してたたかい、冷戦をやめさせ、すべての国との平和的共存をめざす運動をおしすすめすでに国内政治はこれを無視できないところまできました。(中略) わたくしたち、原水爆禁止日本協議会に結集した日本の平和愛好団体は、第二回世界大会(長崎大会)の決議にしたがい、海外諸団体とれんらくし、広く意見をもとめてきました。その結果、(中略)原水爆禁止日本協議会は、本年八月日本で第三回原水爆禁止世界大会を開くことを全世界によびかけます。 一九五七年三月三日 原水爆禁止日本協議会 (註)長崎大会の決議とは『一九五七年度にできるだけ早く原水爆禁止と軍備縮少をもたらすための世界大会をひらくこと』をきめたものをさす。 被災者に暖かい愛の手を原爆被災者神奈川の会の訴え 原爆被災者のために援助運動をつゞけている原爆被災者神奈川の会(責任者、伊藤直成氏)では、その会の運営のための資金にも事欠く現状なので、県下のみなさんに愛の手を求めているが、本準備会でも近く強力にこれをバツクアツプすべく、中央とも連絡をとりつゝ対策を立てている。 同会の所在地は左のとおりですから、慰問や救援をして下さい。 横浜市保土ケ谷区二俣川二〇四九 伊藤直成方 原爆被災者神奈川の会 解説 抗議船団派遣問題について誤解を生みやすい報道 三月一日のクリスマス島実験阻止中央大会にひきつゞいて行われた三月二日・三日の日本原水協の理事会において、阻止の手段として抗議船団を送るべきだとの提案が高知県代表からなされ、さらにイギリスのピース・ニユース誌(週刊)から、イギリスのキリスト教徒でガンヂーの友でもある作家レジナルド・レイノルズ氏他五名の人々が抗議船団にのり込みたい意向であるが、日本で船をチヤーターできるかどうかを問い合せて来ていることが発表されたので、はしなくも此の問題をめぐつて活発な意見が交されるに至つた。その結果、理事会の結論としては『抗議船団などを含む実験阻止の強力な手段について検討する』こととし、それを新たに選出された常任理事会に付託した。 常任理事会(第一回)は三月三日午後ひらかれ、慎重に討議した結果は、この問題には明かに決死的坐り込みをやらなければどうにもならないというつきつめた感情があるので、その可否については、ひろく国民の意見をきき、むしろこれに替るべき他の手段を問うことに決定した。 ところが一部の新聞その他では、あたかも日本原水協が坐り込み船団を出すことに決定したかの如き報道がなされ、この不正確な報道によつて海員組合幹部は、その非をならし、特攻隊精神であるとか、異常性格であるとかきめつけたことは、悪意がなければ、少くもあわて者のそしりは免れない。 去る三月八日にひらかれた第二回常任理事会でも、日本原水協の態度として、抗議船団はあくまでヒユーマニズムの立場に立つて、世界の世論に強く訴えるということが主眼であり、爆心地に突入して、身をもつてモルモツトになるというようなものであつてはならないということが確認されているのを見ても明かなことである。 抗議船団は国際的な世論をバツクにして日本官民一致の強い運動として出され、それは太平洋水域で示威運動をやるのみではなく、進んでイギリス、ソ連、アメリカに航行し、全世界の世論に訴える形をとることこそ、望ましいのであつて、単なる非常手段とか、人柱であると考えることは、全くわれわれのとり得ない立場である。 ただ、ここで注目すべきは、日本政府が折角、国連に代表を送り、発言のチヤンスを与えられながら、このような切実な日本国民の要望すら伝えずに『軍縮委員会に席がないので発言できなかつた』(沢田代表の帰国談)というが如き態度をとつているならば、遂には国民の非常手段に訴える所まで追い込まれるものであることを、この抗議船団派遣問題がはつきりと示していることであり、この点こそ、真剣に考えねばならないことであろう。またそのような問題を真剣にとり上げずに、国民を精神病患者扱いにすることは、日本人として最も恥ずべき態度であると思う。 ―一九五七・三・二〇― あとがき 永かつた冬にも別れをつげるときに、準備会ニユースの最終号を送ります。 この号には、のせたい事が山のようにあり、カツトするのに骨がおれました。重要なことで、もれているのは、すべて事務局の不手ぎわと深くおわび申上げます。 協議会が四月五日の結成大会を機としていよいよ発足しますが、準備会ニユースも協議会ニユースにかわりますので、それをチヤンスに、強力な機関紙部を作りたいと思います。地域の団体や組合などで、充分な経験をもつている方々の御参加を心からお願いします。 ますます盛り上つてくる日本国民の原水爆禁止の決意と、次第に世界の世論をリードしつゝあるわれわれの力を信じながら、新しく発足する協議会に、県民の総力が注ぎ込まれることを心から希望しまして、ペンをおきます。 (三月二十五日 広田記) 会費の前納についてのお願い 準備委員として御承諾いただいた個人からは、六ケ月分の会費(月五〇円以上)を前納して頂くことになりましたから、是非とも御協力下さい。 ㈣ 大会宣言 (案) 久保山愛吉氏その他の尊い犠牲者を出したビキニ事件をきつかけとして、日本国民の内心に燃えていた原水爆禁止の願いは、公然の叫びとなつて、全日本にわき上つた。 それから三年たつた今日では、原水爆禁止の運動は、まさに、文字どおり全日本の国民運動となつている。しかも、今日では、世界の平和を愛する世論の力強い支持をうけながら、二回にわたる世界大会の成功により、国際政治を動かす力にまで発展して来た。 また、昨年十月、小倉市で開かれた原水爆禁止のための全国市議会議長大会は、原水爆禁止運動が全県民の運動であり、全市民の参加すべき運動であることを明かにし、地方自治体等が進んでこれを援助、育成すべきことを決議した。 わが神奈川県においても、原水爆禁止運動が国民運動であり、県民のこぞつて参加すべき運動であるとの見地に立ち、かつて広島、長崎での原水爆禁止世界大会、並に小倉の全国市議会議長大会に参加した人々が中心となり、広く県下、各層の人々の協力の下に、ここに原水爆禁止神奈川県協議会の結成を見た。 われわれは、正しく人類愛の立場に立ち、広く全県民の意志と力を、この協議会に結集し、人類の悲願である原水爆禁止実現をめざす国民運動の一環としての自覚に立ち、広島、長崎、小倉大会の宣言を基調として、当面するクリスマス島周辺における英国の原水爆実験に反対すると共に、今夏、東京において開催を予想される第三回原水爆禁止世界大会を成功させるために全力を注ぎ、世界の世論の喚起に貢献しようとするものである。 過去の数々の事実が示しているように、全県民、全国民の団結こそ、決定的な力であり、さらにそれが全世界の諸国民の力と結び付くときこそ、原水爆禁止は実現されるのであり、このことを確く信じつゝその目的にむかつて、今日ただ今から力強い一歩をふみ出すことを、本大会の名において、ここに宣言する。 一九五七年四月五日 原水爆禁止神奈川県協議会結成大会 ㈤ 決議文 全人類の永遠の平和を希望し、その繁栄を図るため、世界各国が原水爆の製造、使用を禁止するに至るまで、我等は一致団結して益々禁止運動を強力に推進することを誓う。 右決議する。 昭和三十二年五月 日 原水爆禁止平塚市協議会 〔注〕 「製造と使用」の間の欄外に「実験」が挿入されている。 ㈥ 大会宣言 日本国民の悲願である原水爆禁止の要望は第三回世界大会に発展し、当保土ケ谷に於ても広島に長崎に悲しみと怒りの原爆が投下された日に、あらゆる階層の人々が一同に集り大会が開催されました事はきわめて意義深い事であります。 原水爆の恐ろしさは三十余万の人々が一度に殺されたのに今尚十二年経つた今日でも突然発病して死んで行く人が後をたたない。 病院から見放されて発狂死した人、高工に進学すれば生活扶助が打切られて困る原爆孤児の姉妹、美しくありたいと願う青春をケロイドに胸もつぶれる思いで泣く原爆娘、迫りくる死の影を前にして母と共に十字架に祈る少女、被爆者が入院出来ずに働かねば生活出来ない現実、そればかりではなく原水爆実験により生じた放射性の〝死の灰〟は風にまき散らされて地球の果てにまで運ばれ私達の日本にも〝死の灰〟がまき散らされこれ以上実験されると危険な状態にまでなつてきております。 この被爆者たちの昨日の今日の悲劇は私達日本中、世界全体の明日の悲劇ではないでしようか。原爆娘が叫んだ「この十年どんなに死にたい思いをしたか分りません。でも私達が死んでしまつたら、原爆の恐しさをだれが世界中に知らせる事が出来るでしよう。」と訴えた。 死の影におびやかされ、なほ強く生きようとする生命力の美しさ、その美しさの故にこそ人のいのちを奪うことは出来ない。 原水爆禁止の悲願は町から村から日本全国に結びつき幅広い運動となつて来ておりますがまだ世界のあらゆる地点に原子戦争準備が停止されておりません。 私達のこの原水爆禁止の運動はむしろ今日が出発点であります。 原水爆が禁止され、その貯蔵が破棄され、さらに軍備が縮少されて人類の上に真の平和が来る日まで、この運動を展開して行かねばなりません。 保土ケ谷に於きましても、その政党、宗派、社会体制の相違をこえて原水爆禁止の運動をさらに強く進めて行きましよう。 原水爆禁止運動の平和えの望みは輝いております。 一九五七年八月九日 原水爆禁止保土ケ谷区民大会 〔注〕裏面「原爆許すまじ」は省略。 ㈦ 原水爆禁止神奈川県協議会第一回幹事会報告書 一 とき 昭和三十二年六月十日午后一時三〇分~五時五十分 一 ところ 日本赤十字社神奈川県支部会議室 一 出席人員県、市議会、各地域、団体、個人等三十六名 幹事会議事内容 座長 宮口若太郎氏(三浦市議会議長) 一 経過報告 広田事務局長(省略) 二 会計報告(別添報告書の通り) 1 収入の点について、会費、地方自治体の賛助金の収入が非常に悪い。このままでは結局県協議会をつくつたというだけで何等活動が出来ないうちに消滅という状態になることも考へられる。全県民要望の原水爆禁止運動なのだから全県民のものとして各自が収入の確保に積極的にとりくむ必要がある。 2 支出の点では事務局の費用が余りにもすくなすぎる。これでは犠牲のみを強いることになり、活動を阻害する。増額を検討すべきである。 3 会計報告は次の点を常任委員会に附託することを全会一致で決議の上承認 イ 常任委員会は運動を積極的に進める人々によつて構成すること。 ロ 収入の点はそれぞれの団体と積極的に事務局が協議して納入の促進をはかるよう具体案をつくること。 ハ 特に事務局員の待遇は適額であるよう措置をとること。 三 常任幹事会の構成について 1 常任幹事会は代表委員、事務局長、常任幹事をもつて構成する。 2 常任幹事会は三〇名とする。但し地域の区分については明確を欠くので事務局で具体的に示すこと。内訳についても常任幹事会で再検討して決定する。 学生団体一名とあるが学生側の要望により増員して二名とする。 内訳 県議会一名、市議会三名(横浜一名を含む)、町村関係二名、地域原水協六名(横浜、川崎、三浦、湘南、相模原、県北)、労働組合六名、婦人団体二名、青年団体二名、学生団体二名、宗教団体一名、業界一名、その他四名。 3 第一回常任幹事会を六月二十五日と予定し、各地域、団体等でそれぞれ協議の上、常任幹事を決定し、事務局に報告する。 四 第三回原水爆禁止世界大会について 中央の世界大会に対する構想について 一 方針 第一回、第二回の世界大会ではその名は世界大会でありながらその内容が日本の大衆集会に世界各国の代表が参加した形になつた。第三回世界大会はこの点を文字どおり世界大会にするよう努力する。そのために日本に国際準備センターを設けて、大会に先立つて各国代表者会議をひらき、準備と内容の予備討議をおこなう。また、努めて自由主義国からの参加を多くする。 二 日程 大会の期日を五日間とする。 第一日 八月十二日(開会式・基調報告) 第二日 八月十三日(階層別懇談会) 第三日 八月十四日(分科会) 第四日 八月十五日(宣言・決議の準備)宣言・決議起草は外国代表全員と日本からも代表を選んで、約二百名が参加する予定。その他の代表者は各種の集会をもつよう準備する。科学的講演会なども予定。 第五日 八月十六日(宣言・決議・閉会式) なお八月十一日には前夜祭を行うが、本県の海の平和祭なども、一つの前夜祭として考えられる。 また階層別懇談会は、労働者、農漁民、青年、学生、婦人、教育者、知識人、地方自治体議員、被害者、宗教家、商工業者などに分れる予定である。 三 分科会 分科会の内容については、目下中央において助言者グループの会議を行つて、資料をまとめているが、取り扱われる問題は大体つぎのとおりである。 1 原水爆の被害について A 物理学的問題 B 放射能障害 C 実験被害(久保山氏の死因等) 2 原水爆戦争の危険 A 原子戦の構想、戦術思想の変転 B 戦争技術の問題 C 原子戦支援部隊の問題 D 世界の軍事的情勢 3 国際情勢 A 全体的な評価 B 平和の面 C 危険な面 4 軍縮問題 A 歴史(原水爆禁止と軍縮) B 現在の問題点 C 困難と一致点 5 国内情勢 A 国交回復、国際交流 B 憲法擁護問題 C 基地問題 6 軍事ブロツク A 平和的共存と安保体制 B 安全保障条約 7 国連と軍縮委員会 8 原子力平和利用 9 被害者救援問題 10 平和運動 11 教育文化問題 四 財政 世界各国からの支援を期待するが、開催地日本が大部分負担するつもりでかかるべきである。 その総額は次の通りである。 米英ソへの国民使節派遣費 一、〇〇〇万円 世界大会費用 二、〇〇〇万円 合 計 三、〇〇〇万円 この費用の分担については、中央諸団体で三六〇万円、地方諸団体で二六四〇万円となつているが、神奈川県の割当は総額百八万円となつている。 五 代表数 全国からの代表総数は五〇〇〇名で、神奈川県の割当数は一八〇名となつている。 神奈川県としての実施要綱 1 今年は県としては神奈川県原水協が最終責任をもつ。 2 地域としては、地域原水協がある所はそれが中心となり、そのない所では実行委員会の形をとる。但しこの実行委員会は、世界大会を通じて地域原水協を結成することが望ましい。 3 大会を成功させるために、大会の意義の徹底、大会の議題にもとづく大衆的な討論がおきるように努力する。(そのために出来得るかぎりのニユース、資料等を発行する。) 4 この運動の中で東京アピールの署名活動を行う。 5 大会の参加について イ 神奈川県の代表は一八〇名(全国五、〇〇〇名)であるが別表割当案により構成する。但しこれが最終決定は更に今后の運動の内容等により変更することもありうる。 ロ 代表の選出は七月三十一日までとする。 ハ 代表団の結成、打合せ会は八月四日頃を目標とする。 6 国民募金について イ 費用は昨年の通り国民募金により充当する。(中央発行の国民募金帳を活用) ロ この募金の九〇%はそれぞれの地域、団体の活動費にあて、一〇%は県センターに醵出する。 ハ 代表を選出した地域、団体は県センターに次の様に代表一名に付き七、〇〇〇円を醵金する。 七月二十日までに 代表一名に付 三、五〇〇円 七月三十一日までに 〃 三、五〇〇円 ニ 募金帳と募金額の一〇%は八月二十日までに県センターに完全に納入する。 ホ 第三回世界大会を記念するバツチが出来ているので募金活動の中で普及をはかる。(定価は一ケ売二〇円。地域、団体には一ケ一二円でおろす。) 7 全体について中央と充分な連絡を取りつゝ常任幹事会で再検討する。 第三回原水爆禁止世界大会神奈川県代表割当表(案) 第三回原水爆禁止世界大会神奈川県予算案(一九五七年七月一日~八月三一日) 五 被爆者医療法普及月間について 1 県衛生部より係員が県の方針等について説明に出席したが時間がなくて受けることが出来なかつた。 2 当面県下に一、二〇〇名転入していると予想される被爆者に法の適用が受けられるよう、県、市関係者とも連絡を密にすること。 3 被爆者の自主的な届出を促進出来得るよう、充分な考慮をはらいながらその所在を地方自治体と協力してつかむこと。 4 広報活動を積極的に行うよう県、市、町村に申入れること。 5 被爆者の組織化をはかること。そのために現在ある「原爆被災者神奈川の会」に結集をはかること。 連絡先 横浜市保土ケ谷区二俣川町二〇四九 原爆被災者神奈川の会 伊藤直成氏 (広田重道氏蔵) 二九六 横浜市原水爆禁止協議会の運動趣旨 横浜市原水爆禁止協議会趣旨 世界中で平和を願う人々が原水爆禁止の運動を起しています。そのために各国政庁もこの問題を真剣に考えるようになり明るい見通が生れてきました。しかし、今でも原水爆実験は続けられて居り、わたくしたちの生活を脅かしています。わたくしたちは世界中の人々、なかでもアジア十億の人々といつしよに手を結んで原水爆の禁止、ひいては軍縮にまで進まなければなりません。 昨年わたくしたちは広島の被爆者を招待してその人々のお気の毒な実状を知り、被爆者救済の必要を痛感しました。今年も県会・市会・各団体・教育・宗教家・地域婦人など多数の代表を長崎大会へ送ることができ、わたくしたちの運動は拡がつて参りました。 被爆した人たちの救援、原水爆をうける恐れのある基地の解決など、原水爆を完全に禁止させるまで、みんなでちからを合せて行きましよう。 一九五六年十月 日 横浜市原水爆禁止協議会準備会 会則 ㈠ 事務所 横浜市内におく。 ㈡ 目的と事業 原水爆禁止世界大会の宣言と諸決議を実現することを目的とする。この目的達成のため必要な事業を行う。 ㈢ 構成 原水爆禁止運動に参加する団体、および個人の会員をもつて構成する。 会を代表するものとして複数の代表委員を、議決機関として常任委員会を、日常事務を遂行するものとして事務局を設ける。事務局に局長をおく。 ㈣ 財政 会の財政は参加団体、個人の会費、その他をもつてまかなう。 個人会費は一ケ月一口(三十円)以上とする。 団体会費は一ケ月一口(百円)二口以上とする。 (広田重道氏蔵) 二九七 第二回神奈川県婦人大会宣言決議 大会宣言(草案) 私たちはこれまで、職場から、家庭から、学校から、病院から集り、婦人の生活と権利、平和と子供の幸福を守るにはどうしたらよいかについて話しあいました。 その結果、婦人が当然みとめられてよいはずの基本的な権利がみとめられず、しかもあたえられていた僅かな権利まで、ますます奪われていることがはつきりしました。 婦人は職場ではいまだに男子と同じ仕事をしながら同じ賃金をみとめられず、責任ある仕事をまかせられず、思つたことも話せない状態です。そして最近特にめだつてきたことは、女子の職場しめだしの事実です。横浜交通局のように、婦人専用の仕事と思われていたバスの車掌や、交換手や教員などでさえ、今年は男子だけを採用する方針です。その上あらゆるところで、首切りの嵐の中で、婦人がまつさきに対象にされています。しかもその理由は、共かせぎだから、妊娠したから、子供がいるからであり、生理休暇や産休も首切りの原因になるため、規定にはみとめられていても実際にはとれずにいます。更に、このような事実が、家族制度の復活により正当化されようとしています。 家庭婦人の生活は、現在ひどい貧困のどん底におちこんでいます。 その原因は、主人が、低賃金、労働強化、失業におびやかされているためで、そのしわよせが、子供をかゝえる主婦に一番ひどくのしかゝつています。主婦たちは、くらしのために内職にあえぎ、仕事にありつきたいと願つていますが、子供を託児所にあずけることができず、又就職の道は主婦には殆ど望みない現実です。託児所がほしいというのが、職場の婦人からも主婦からも切実な要求となつています。 子供の生活もみじめです。義務教育でさえ、くらしを助けるために休まねばならない子供たちがふえ、一ケ月五千円もらえるならと、少年自衛隊に子供をやる母親も予想外に多数出ています。給食費の払えない子供たちがふえていますが、このことは、せめて可愛いい子供たちにはみじめな思いをさせたくないとの親心さえ、どんなにきりつめてみても満たすことのできない窮状を如実に語つていると思います。女子学生も勉学とアルバイトの両立に苦しみ、就職難にさらされています。 国民の健康も危機にひんしています。特に主婦は病気になつても休むこともできず、からだを使いきつて倒れるまで放り出されています。主婦の結核対策は急がれねばなりません。 私たちはここにあらゆる婦人たちが集り、これらの生活は改善され、婦人の権利は守られねばならないことを話しあいました。そしてこれらの無権利の状態がすべて、憲法を改悪し、再軍備を進め、日本に米軍のための基地をつくり、国民を戦争にかりたてようとしている今の政治から生まれていることを知り、このような政治を、平和を守る政治に変えさせるために、婦人がみんな力を合せることを誓いあいました。私たちは今後、集つた一人一人が、職場で、地域で、このための話しあいを進め、次のことを実現させるため努力することを宣言します。 一 平和憲法を守り、徴兵制度と再軍備に反対します。 一 原子戦争の準備に絶対に反対します。 一 基地に反対し、日本の土地を返してもらうことを要求します。 一 婦人の働く権利を守ります。これをはばむ家族制度の復活と封建制度に反対します。 一 子供の幸福と社会の発展のための教育を要求します。 一 安心し、生活できるだけの社会保障費を要求します。 一 職場婦人のためにも主婦のためにも、乳児施設のある託児所を作りましよう。 一 再び日本に戦争が起り、日本が戦争にまきこまれることに反対します。 一 世界各国の人たちと話しあつて、平和の力を強めましよう。 一九五五年二月十三日 第二回神奈川県婦人大会 決議したこと 一 日本婦人大会を早く開くように要請し、代表を送りましよう。 一 原子戦争準備に反対する運動を、すぐはじめましよう。 一 総選挙には、私達の生活と平和を守る人を選びましよう。 一 神奈川県婦人懇談会をつくり、話し合いをすゝめましよう。 一 松川事件の裁判をやりなおすよう、みんなで要請しましよう。 (広田重道氏蔵) 〔注〕第二回神奈川県婦人大会世話人会「第二回かながわけん婦人大会記録」(一九五五年二月十三日)より抜粋。 二九八 横須賀在住婦人の生活記録 「横須賀婦人のつどい こだま 一九五五・七発行」 こだま 子供たちがすくすくと育つ様にとねがい、家庭が平和に明るく健康に恵まれてと祈る母心を……家庭で職場で母としての娘としての苦しみ、なやみ、悲しみ亦よろこびを希望を一人々々の思いをこめて書いて見ましよう。 横文字が並び、ジヤズのわめく日本の中の異国のような横須賀に明けくれる私たちのいつわりない気持をうちあけてみましよう。 やがて私たちのねがいはせせらぎが流れ流れて大川となるように、こだまし合い、強めあつて平和をまもり、子らをまもる力となるでしよう。 1 原水爆戦争をやめ世界平和を望む。生活物資がもつと安くならないものでしようか。家庭婦人の労働時間を短縮してほしい。 2 二児の母親として悪環境の今の社会の中に於て貧しきその日暮しで思う様に仕事も出来ず、従つて教育上家庭内での教育もその日の仕事に追われて不充分のため、ややもすれば悪の社会にそまりやすし。母親として日常の生活と共に、二児の教育に付いて朝鮮人民共和国公民として、責任を思う日夜に心苦しく、唯々足りぬ努力を致しおります。 3 私の家庭もそうですが、私たちの周囲には、終戦以来住宅の事で、今日はと云う日もなく人様の家屋を借り又間借りのため、どれだけつらい日を送つて来た事か、おそらくそうした人達が今日の日本には何十万、何百万いる事でしよう。戦艦一隻、原爆一個持たない軍隊のために費う何千万円の金で私たちの住むバラツクを建てたら、おそらく私達の様な困つた人達は多分ほとんど助かるのではないでしようか。親たちの世界に貧富の差はあつても、せめて子供の世界にはそれがない様に、せめて人生のスタートである小学校の教育費だけは国庫負担でやれないものでしようか。 4 子供の為の遊園地がほしい。戦争が終つて少し世の中が平和になり、それにつれて児童憲章が制定され、子供達は楽しく毎日すごされるはづであるのに、子供に一番必要である遊ぶ場所が無いという事は、何故であろうか。この横須賀市も市の中央である市役所前には遊園地がある。少しは施設も備つているが町を少しはずれるとそんな事は少しも考へられてない。計画的に発展し道路も排水もきちんと出来た処に住宅が建つたならよいが、目茶苦茶に畑がつぶされ、田圃が埋められて、無制限に家が建ち人口がどん〴〵増加して行く。そして子供はせまい道、家の中で遊ぶ事しか出来ない。市はどうして計画的な事が出来ないのだろうか家が建つてから道路も公園もおそいのである。一度災害があつた場合何処に逃げたらよいのだろうか。その四方をかねられる遊園地、公園を是非共たくさんほしい。私達の横にも三百坪ばかりの空地がある。地代が高くてまとめての買手がなく、ブローカーの手から手へと渡されている様子である。前にそこに鳩の町が出来るとの事だつたが附近の人の反対で取り止めになつたそうだ。そのまま荒れつぱなしになつている広場である。私は毎日この空地が遊園地になつてくれないかと考へる。そうすれば子供は誰に叱られる事なく自由に遊べる。自由に遊べるという事は子供としてどれ程嬉しい事であるか。小さい時より自然に親しみ、身も心ものび〴〵と育つ事が出来たら、再びあの悪夢の様な戦争を起す事など考へられないであろう。 横須賀市の上空も毎日々々米軍機の爆音でやかましい。戦争は絶対に反対だ、なんとかしてあの空地を遊園地にしたい。多勢の子供が楽しく遊べるだろう。私はその実現を切実に願う。今日も保育園の子供が来て楽しそうに踊つたりお話したり三々五々クローバの花をつんでいた。和やかな学校が何時までも続くようにあのクローバが何時迄も埋められない様に願う。 5 働けど働けど我が暮し楽にならんやと詞にもある通り私達は一日中汗と働力によつて護られたものは一片のパン(麦飯)なのだ。国会で民主、自由、両社会党と色々とトラブルを演じている時私達は住宅難就職難と私達の斗いは実に切実である。一日の糧を得るために一生懸命働くけれど働ける人達は幸い多くさん外にもいる。私達は民主、自由、社会どれでもかまわぬ。それより働く職場を与えてもらいたい。一片のパンを獲る場所がほしい。これと平和がおとずれる事を心から祈る。そして私の家にも……それまでは頑張ろう。 6 生活費をもう少しふやしてもらいたい。戦争はもうこりごりだ。母心として子供をそばにいてめんどうを見てやりたいと思う。寒さにむいてこまるから(ふとん)一、二枚ばかりほしい。屋根のかわらが落ちて来て家の中がむつてこまるからなおしてもらいたい。 7 私達は小さい時「働く者に追いつく貧乏なし」と教わりました。そして人間正直に真面目に働いてゆけば、人間は必ず幸福になれる。と、しかし、どうでしよう。今の世の中は、私達は現在身を粉にして働いても人間の生活というよりは、只、命をやうやくつないでゆくだけの暮しです。そして真面目な人間程苦しい生活をしている様な気がします。 私達は強く要望します。「人間が真面目で一生懸命働いたら必ず幸福な生活が出来る世の中になる政治の到来を」。そして又たといカヤブキでもよいから誰にでも気がねしないで住み得る家屋を。 8 私達の希望 私共は毎日朝四時から起きて六時には家を出て働きに行きます。 まあ職場では暑さ寒さを忘れて無中になつて仕事をしたり又皆さんといろいろとおたがいにこまる話しをしたり(ばか)を言つてわらつておりますが夕方家に帰ると子供にあれこれとおねだりされて、本当に少々のお金、おこづかいを取られるのが何よりこまりますが、又子供が何も知らないのだから、これも無理も有りません。もつと何んとか、気持をおちついて家にいるようになりたいものです。 9 私は今病床にあつてこの文を書いております。私は二度と私のような苦しみ、悲しみを次代の人達にさせたくありません。私の夫はこの戦争に四才と生後十六日の二児を残して出征しました。 残された私はこの二児を抱へあらゆる苦しみに耐へて生きてきました。そして終戦の夫の帰りを唯一の希望に生きて来た。私に帰つて来たのは白の空箱でした。 それでもじつと耐へて子供の成長のみを希望に生きて来ましたが、夫の出征後女手一つで子供を抱へての生活苦、無理と知りつつ無理をせねば生きられなかつたため、身体に無理な労働もしました。前の様に身を粉にして働いて子供にたべさせるのがやつとで自分の夕食をお茶ですませたことも度々でした。そうした無理が今私の身に病気となつて毎日を苦しみつづけております。一週間前ひどい発作で死に直面した時(私はこの時はつきりと死を感じた)唯涙が落ちた。それは死のきよふではない。十二才と十六才の子供の身を案じ、この子供が成人したらその日に死すとも私は悔いない。今死ねば子供はと思へば死すとも死ねぬこの涙は血の涙です。私が死ねば子供は両親を失います。戦争さえなかつたらと思わずにはいられません。それ故戦争には強く反対します。 私のように血の涙をこんなに苦しい悲しい思いは私達だけでたくさんです。だれにもさせたくありません。貧しく共親子夫婦、兄弟姉妹平和に暮せる世の中にしたいと希望するのは私ばかりではないでしよう。大切な父を夫を子を兄弟をむごい戦争で殺されるのは嫌です。残された家族は飢えと悲しみに日夜泣き苦しむ戦争さえなかつたらこんな苦しみもせずにすみました。どうぞ戦争が再びおきぬ様にして下さい。切に切に病床より平和を祈る。 10 失業して職安で働いてますが、この中から又首切りが出て失業しそうです。どうして生きて行つたら良いのでしよう。何もすきこのんで職安で行くかどちらかの所まで追いこまれて職安で働らいていたのです。今後どうして行つたら良いか皆様にも考へて戴きたいと思います。 一未亡人より。 11 先日急用でタクシーに乗ろうと思い手を上げると止まらず外国人にはとまり乗せて行くのです。同じ日本人であり乍ら又同じ料金で乗るのに何故、友達に話した所やはり同じ様な事があり、私はみじめな気持になりました。この様なことがない様改めて頂きたいです。横須賀は基地の関係もあるのでしようが、物価は東京などにくらべると高いのです。もう少し生活費やすく業者の方達で考へてと思います。 12 いくら叱つても〳〵机の上にうづ高く積み上るまんがの本をどうしたらよいかと思案しております。鬼面党だとか、やれ道場やぶりだとか、地獄島だとか人命軽視の思想をうえつけるような事ばかりよつたり、見たりしていられると本当に母の立場から心配でなりません。何んとかもう少しよい本をと思いますが、お金が思うにまかせず買つてやることもできません。長い棒を腰にさして切り合うまねをして遊んだり本当に子供のためにもう少し世の中のあり方を考えなければ大変なことになると思います。 13 うちの嫁は口が多くていうことをちつとも気かない。アメリカ人は国へ帰つてもいい。 14 子供たちに不良防止の為に明るい楽しい市民全体が笑つて暮らせる市にしたい。小さい子供が意味もわからず、唄う下品なうたは止めてほしい。夜の女の余りにも身近に多い事をなげくと共にどうにかしてこの人たちを子供の目の届かない地域に追放したい。 15 内職(養鶏)のつかれでねながらラジオを聞いていると、「基地問題を如何に考えるか」、放送討論会で、自由党民主党の人も立派な事をいつている。体裁のよい言葉のいいまわしでいいまるめられそうです。だがその人達の言葉のうらを一つ一つ考へて見なければ安心出来ないような気がする。そんな事にも気をつかわねばならないと思うとそれだけでも神経がすりへつて仕舞いそうです。正真者が馬鹿を見ない世の中、びんぼうな人でも安心して食べる世の中に一日も早くならないかと思います。 16 民生保護を受けている者ですが今日子供の学校に持つて行く金が券に成つて来て持つて行けなくてこまつています。何とか皆さんと同じ様に現金で戴いて現金で出しいい様にして戴度いと毎日思つてますがどう仕様もありません。保護をもらつている人達が相談仕合いたいと思います。如何でしようか。又安く親切にみてもらえる診察所があるとよいと思つてます。 17 民生保護委員はだれのために働いているのか、困窮者のための仕事をやりながら反対の立場に立つて一銭でも少く出すために働いている様な風に見えます。私達の立場に近い人を選んで働いてもらつたらあんな風な考えはもたないと思いますが、如何でしよう。最低でも食つて行ければ此んな事をしてもらわないでもよいのですが、生きて行かれないからたのむのです。 18 親のない孫に、体を丈夫にベンキヨウを安心出来る様にしてもらいたい。近所で子供が殺された事がありますが、その様な事がない様にしてもらいたい。 19 私は横須賀市の主婦で御座いますが、私達の生活は誠に戦きにたえません。それは浴場です。夜八時頃行きますと、パン〳〵でよごれて子供を入れるに考へる。 20 子供のために是非遊園地がほしい。密集した民家の大勢の子供が良い遊びの出来ます様にそうした場所がない為につまらぬものを見たがつたり、たとえばパン〳〵の遊んでいる所とか、ほんとに子供に悪い影響をあたえる、教育にとつても実に悪い。そのパン〳〵宿をこうした固い生活をしている近所に部屋を借りて生活をしているのでほんとうにこまつてしまう。なんとかこうしたパン〳〵等は一ケ所に集めることが出来ないでしようか。不良少年といいますか(殺人事件)等の多くなつたのも、みんなこうした影きようから来るのではないかと思う。と、ほんとに女の子を持つ母には安心が出来ません。 331 私は母親ではありませんが、私の母を想う時、父の死後ずつと病院の掃除婦として三人の子を育て、嫁いだ姉達は自分達の生活であえぎ生きるだけの現在、どうしてその母を幸福といえましよう。末の子である私までが七年という長い間の療養生活、その生活も今では続けてゆけない有様。社会保障は私達患者をも守つてくれません。戦争に連がる家庭の破壊はまだまだ立ちなおつていないのに軍備費だの自衛隊だのと私たちの心を痛めて居ります。私はたとえ金持でなくとも、安心して療養生活の出来る社会を、やがては母親として妻として恋人として苦しみ悲しむ事のない平和を勝とりたいと望みます。尚、原子戦争の禁止を強く〳〵病床より叫びます。 295 横須賀の朝鮮人小学校では去る四月に母の会を結成しました。 母親の数が百人程ですが五十余人の母親(その中に夫が朝鮮人の日本婦人が十六名おります)が集まりました。 一 学校内の品物の紛失、通学の道中の買食い、学力の低下と色々の問題が出ました。 一 母親が子供の教育に対する無感心さと先生まかせ、といつた事が自覚されて一ケ月一回学校に集まり学業の参観と先生との相談と云う事にきまり、五月二十一日一回目の参観日には働らく婦人も職場からかけつけて集まり先生と共に話合いました。 又、日本婦人の母親は自分のため、子供のため、さらに祖国へ帰る日のためという事で毎週月曜日に朝鮮語の勉強をしております。子供をおんぶしながら楽しい未来を期待して勉強しております。 272 一 私は店を持つておりますが、富士モーターの首切りが三千人も出ると、その次の日から売上げがずつと減り今まででさえ売上げが悪くどうしようか? と思つていたので声だけの収入では生活も出来そうもありません。ですから首切りは絶対に反対です。私の主人は何回も首になりどうにもならないので借金で店を始めたのです。私と同様に首を切られる人の奥さんが色々と職を探して歩いているとの事を聞き横須賀にこれ以上、又日本にこれ以上の失業者が出る事はない様にしたいと思います。 一 店に来るお客さんの話 大通りはコンクリート、アスフアルトで雨が降つても長靴もいりませんが、ちよつと裏に入るとどろんこの道で子供に使いなど出せません。 134 横文宇の町横須賀、此の中で子供達はどんな風に育つて行くか考えると、母親としての私は気がくるいそうです。見るもの聞くもの害になることばかりです。子供たちの遊びはパンパンごつこと、ギヤングごつこ。この子供たちが将来どんな風に考えて大人になつて行くか一日たりともじつとしてはいられない。早くアメリカ兵を追つぱらつて平和な日本をきづく運動を進め又、平和産業を発展させたいと考えます。 332 病気のため子供達を学園にあづけすくすく育つ子を見て安堵の胸にうれしく思つております。五年このかた親をはなれても育つ子のうれしさは親でなくてはわかりません。一人々々卒業する子の姿には涙がにじみ出ずにはおられません。日やけの顔に汗にじまして休み度々見舞いに来るいじらしさ少ない小遣いよりあたえずにおられない可愛さ、淋しさ今はすつかりなれつくしてかあきらめつくしてか不足一ついわずもくもく育つ子、他の子供のように遠足にも行きたいだろうし又修学旅行にも行かず唯勉強にいそしむ子、親はたゞ祈るだけです。正しい良い子に育つようにと。 334 基地横須賀に住む母としては、最近未成年犯罪者が多くなり行くのに対し米基地の悪影響の一つとも云えよう。家庭の環境もありましようが学校又社会に於ても又少し感じて赤線区域外のハウス等取締り願い子供たちの遊びにも明るい世であることを望みたい。今日の世の中物質的の世家庭の貧しき子、親なき子、又有福なる子等でも平等に生活を送りさせたいと思う只今はあまりにも民主的すぎて野ばなしの様に思われる故悪道へ走る倅が多い様です。もつともつと子供達に対して伸び〳〵と明るい世を暮させたいと思う、私達の様に永い病をして居ると世の中の事すべてがあまり掛離れている様に思いますので少しでも早く全快して子供達と一諸に伸び〳〵とした世の中をすごしたいと思うのみです。 329 三人の子の母で療養七年続けている私でございます。初病までは一度も床についたことがなく唯ひたすらに子供の成長を楽しみに家事に励んで来ましたが終戦後三年目にこのいまわしい肺病に取りつかれ手術もできず早や七年になりまだ元気になりません。年々にむしばれて行く様な気がしてなりません。病気、これは過去をふり返り考えれば戦争の犠牲と云う事に外はありません。 あの食糧難人間の生きる上に第一の食物が私たちの肉体を保持出来なかつたのであります。それに過労が重み「打ち殺しても死なない」なんといわれていた頑固な体が胸うすい吹けばとぶ様な体になつてしまつたのです。健康で働き自分達の幸せを築くのには誰も骨身をおしまないのですが戦争と云うものは人間の幸を根こそぎ取り去るものです。子供達の時代は平和な世界である様願いかつ努力致しましよう。 333 私達入院患者であり又六人の子供の母親である者としての一番痛切に感じる事の一つとして書きたい事は医保の事です。社会の風は冷たく子供たちが君の家のお母さんは肺病で入院しているといわれ何をするにつけても、いやな顔で見られる事なのでふびんに思えるのです。これは国民それぞれが昔からいだいてきた感情なので自分達もかつてはそうした気持で来たのですが今度はいわれる立場となり始めて知りました。どうか世間の人達よもう少しひらけた気持で私達の子供を世間の冷たい言葉に心を痛める事なくすこやかに明るい元気に正直な良い子になつて欲しいと病床より祈るばかりです。 238 安心して働ける世の中に 毎日家の中でせわしく立ち働らく主婦と致しましてこうして筆を取る時間を作るのは容易なことでわありません。主婦として希望や苦しみは沢山あります。その中で一番心配なことは夫の職業の安定という事です。今、横須賀では富士自動車の大量首切りが大きな社会問題となつていますが人事とは思えません。明日は我が家の問題となるかも知れないのです。首の心配のない社会にす るために私たち主婦の立場から、どんな政治が行われているか、行われようとしているか深い関心を持とうではありませんか。横須賀の町が平和な産業で埋められる様になれば働らく人達の生活も豊になりそれに併つて町も栄え明るい生活が出来るのではないでしようか。 278 失業者の群に此の生活難や住宅難に一番大切な子供の教育など一様に行くわけがありません。生活状態がどこの家庭も違うのです。どうにも食えない者や、やむを得なくて生活保護を受ける人達がどうして人から馬鹿にされたり冷たい目でみられたりしなければならないのでしようか。皆んながもつと進んだ考えを持つてもらいたいのです。子供の教育方針もだんだん外国をまねた自由放任主義になつて困ります。 214 だんだんお祭りが近づいて参りますと又寄附がまわつて参りましよう。この寄附も子供たちのために使うのなら良いのですが大人のつまらぬ物と化してしまう様ですからそんな寄附は廃止して欲しいです。それから隣組制度復活について反対します。町内のボスが登場するし、戦争と結びつき平和を乱す様な気が致しますから。 210 職場婦人の締出しに反対し職場婦人の立場を守りたいと思います。そして働らく婦人が安心して働ける様に無料託児所を横須賀市にも設立して子供達を守つて欲しいと思います。尚主婦達が学ぶ場所も設立して私達の横須賀を、植民地から、平和な日本の働らく人達の横須賀にしたいものです。 209 横須賀の町を平和な明るい市にするためにまず特殊婦人をなくす事です。それには平和を乱すアメリカ兵共を自分達の国へ追いはらう事が必要です。そして横須賀の町を横文字から日本字にするため私達働らく人々の憩の場所を数多く作成して軍事基地反対。再軍備絶対反対。原水爆禁止。運動を母として娘として協力しようではありませんか。平和を願う婦人と手を結び横須賀のために努力しましよう。 129 再軍備に絶対反対したいと思います。折角苦労して高等学校にも入学でき、パンパンとポン引、米兵との町に住んでいても、一生懸命に守り抜いて間違つた考えも起さず正常な子供に育て上げたのに大学でも卒業する頃は、このままでは再軍備が進んで行けば大事な子供を兵隊にとられてしまうのではないかと心配しています。二度と再び戦争はいやですのに、最近は原爆戦争の騒ぎ、これを食いとめるには、どれだけの事をしたら良いのか、どんな事でもしたいと思つていますが、まだ署名用紙に署名をしただけです。 130 アメリカ人を相手の商売を営んでいる家の主婦ですが、つくづく嫌になつて来ました。あんな野バン人はありません。けだものみたいな人間を相手ではなくなんとか日本人相手の商売に切り換へたいと思つていますが、仲々適当な商売がなくずるずると外人相手の商売を続けていますが、子供、正常に大人になれるかどうか、害になる事ばかり、見せつけられて自然に神経が麻痺してしまつていつでも見ている事がなんでもなく普通のように思つてしまうのではないかと心痛しています。子供だけは普通の一人前に育てたいと思つています。 131 商売をやつている者ですがなんのために働らいているのかわからなくなつて来ました。働らいても働らいても税金に追いかけられ、子供の勉強一つ見てやれないような忙さですが、残るのは借金ばかり、正直に働らいては食べて行けないこの世の中がつくづくいやになつて来ました。なんとか正直に働けば食つていかれるような世の中に一日も早くなつてもらいたいと思い、そのために少しでもお手伝いしたいと思います。 136 学校運営の九十四%から九十七%をP・T・A会費でまかない、教員が完全なところまで教えると教育法にひつかかつてしまうので途中で中止してしまわなければならないような教育方法を変え、正しい事を完全に教育出来得るような教育法をのぞみ、又、私たち母親が中心になつて変えていかなければ子供に正しい教育が出来ないと思います。又現在の教育は話の泉式の方法で一貫性がなく(と云つても戦争中みたいな軍国主義教育されては困りますが)系統的な教育が行なわれていない。又勉強する子供は苦労して自分で広い範囲の独学で、参考書で調べて行かなければならないが、勉強しない子供はしないでもすんでしまう。然し勉強する子供でもあつちを少し、こつちを少しと云う風に系統的なおぼえ方ではないから大変不合理な勉強をしているように思います。この方法をなんとか変えて系統だつた勉強をさせたいと考えます。 171 私の主人は富士モーターにつとめております。毎日朝から晩まで一生懸命に働らいていましたのに、こんど半分も首切りだなんてひどいと思います。毎日を不安な気持ですごしております。 一人ではどうしてよいのかも分らず、家族の人達と相談したら何かよい智恵が出るのではないかと思います。ボーナスもこんなでは当てにならずこの様では子供に新聞配達をして貰つていた事が良かつたと思います。この様な問題を社会的に広めて失業者をなくし少しでも明るい世の中にしたいと思います。こんな心配ばかりしていたのでは、生きて行くのが嫌になつてしまいます。先が真暗です。子供に聞かせたくないと思つているのに学校等で友だちから富士モーターなら首だと云われてくるので本当に可哀想だと思います。 192 私のお願い、それは益々はげしくなるパンパン娘の横行です。 これが日本女子かと思うと全く情なくなります。このため、私たち母親は、子供を育てるのにどんなに苦心し又泣いているかわかりません。外人との愛情交換誠に結構です。然しなぜもつとつつしんだ日本撫子らしい態度をとつてくれないのでしよう。半身ろ出で腕をくんで歩く、室内では夜となく昼となく正視出来ないふるまいを平気でする。子供たちがこれを見たらどんな結果になるか。「児童犯罪防止週間」と大きく書き並べたら、先づこういう家を、こういう窓を取締る事が最も大切だと思う。是非このお願い各方面にこだまして取締つてほしいと存じます。 194 日本の植民地生活に私たち主婦のなやみは、益々大きく、広いか、どれが先か、どれが後か語り話したい事ばかりです。いま深刻になやむのは矢張り職のこと、職はなし、あつても首切りなどと次から次へやせる思いです。又、学校へ行けば教科書のなやみ、雨が降れば放射能、又、生活保護が適用されればけづりとるとあらゆる面に主婦のなやみは深刻です。百姓は労働過重になやみ又税金、小作人は地主にしぼられ、これではいつになつたら浮ぶ瀬があろうかと、生きた心地すらありません。植民地生活のため人権は守られず、無視され、アメリカの正体を丸出しにしています。私たち主婦はいつどんな時でも、思う事は平和であり、健康であり、子供達も健やかにと思う心でいますが再軍備などと不安な事ばかりです。どうか皆さん、一人でも多く全世界の婦人たちが、みんな同じ心で固く々々手をとり合つて進んで行きたいと思います。言葉や筆では心の中まで思うように書けませんが、どうか皆さん、一日も早く平和になるようにお互いに頑張つていきましよう。無学で字も満足にかけませんが、誠一杯です。 早く良い世の中にするため平和という信念をもつて 武山の一主婦 239 衛生設備のない職場、小さな印刷所に働らく女性より 私の職場は従業員二十人足らずの小さな印刷工場です。これから夏になるというのに水道一つとりつけてありません。みんなかげでは困る〳〵と多くの不満をいいますが主人に面と向つては何もいえないのです。勿論組合などなく、健康保険なども二年前位から入る〳〵といつて今日までそのままなのです。 主人は「水道など引いたら、のべつ水ばかり使つて、仕ようがない。仕事の能率が下る」と、いうのです。 五時のベルが鳴ると、バケツ二杯の水……病気にならないのが不思議な位です。私はまだ入つたばかりで余りあれもこれもと、不満を云う事も出来ず、少しでも主人の気にさわつた事をいえば、すぐにらまれる。 「安い給料でいやなら、やめて貰うんだね」と。 大きな顔をしています。このような悩みを差当つてどうすべきなのでしよう。みんな諦めてしまつているようです。話し合つてみんなの希望をまとめて出すなどと云う事もまだまだ遠い先のことのようです。 363 私は米軍の海軍基地で有名な横須賀の昼となく夜となく酒と女とジヤズの流れに瞬間々々を呼吸している人間群像の中にまじつて朝九時から夜の十二時半、一時までお勝手仕事をしている一軒のバーの女中です。私も昨年暮失職して以来、職安通いや友人に依頼して八方手をうつたのですが、いまだに適当な職がなく、働かなければその日のこと欠く生活故、考えあぐんだ末、職安の紹介で住み込み女中で働くことに決意し、ここにきて二十日程にしかなりませんが、異国的匂いのする、こんな横須賀町の米兵相手に自分の身を売る女の人たち、酒と女とジヤズで人間の希望を麻痺させて金をもうけようとやつきになつている人間どもの中をうろちよろして暇さえあればお金を頂戴よと泣きわめき、金を握るが早いか、商店に走つて買食いしている子供たち。店が忙しいので子供の生活をみてやることが出来ず、金を与えて育てている母親。米軍の基地があるために、いやここ横須賀だけでなく、全日本のすみずみまで占領して我がもの顔にいばり返つている、憎らしい米軍をみるたびに胸の底から憎しみが沸いてこずにはいられないのです。然し、この米軍といつても白人、黒人共に家庭があり妻や子供を持ちながら軍隊に入らなければ食べていけない現在の米国の政治や経済のカラクリを考える時米兵個人をせめようとは思わず、その陰で糸をあやつている資本家たちに対して強く深い憎しみを感ぜずにはいられません。 六月一日の国際子供デーを前にして、又日本の母親大会、世界母親大会と全世界が平和で楽しい生活が出来るように原水爆戦争に反対して子供を婦人を働らく人を本当に幸福にするために熱望をもつて集りをもつた事に対して心から喜びの涙が流れます。おしいかな私は現在の所、どんな小さな集りにも出れず、正式の公休一日と二、三回の夜仕事が終つてから翌朝早く帰つて来なければならない休みをもらうだけのカゴの鳥の生活では共に喜び悲しみ語り合う、うつぷんをはらす場がないのですが、唯一つ私を力強く勇気づけてくれるものは、日本共産党のアカハタと経済学教科書の独習でこの苦しみを明日えの明るい生活をきづくもとにと夜仕事を終つてから、又仕事の合間にむさぼり読み頑張つています。どんな嵐の夜も、明けない夜はないように、こんなに苦しい暗い世の中でも一人でも多くの人が手を取り合つて話合つて努力すれば、やがてすばらしい社会が作れるのだと云う事に確信をもつて毎日を送つております。昔から子守りや女中等と云えば人間扱いにされないような哀れなものでした。然し女中でもどんな所で働いていても世の中がどんな風にカラクリされていて、それがどのように変つて行くか、自分はその場合毎日の仕事を生活をどうすれば良くなるか、小さなことにも気をつけて努力し、共に話し合える友がいる場合は話し合つて、私達で自分たちの自由と権利を守つて行く事だと思います。こういつても何をどうやつて話し合つて勉強すべきかを知らない友も沢山いると思います。私の今の家にも女の人が(パンパンと云われている私たちの姉妹です)二人いますが、この人たちとの日常生活もいそがずに話合いを仕事の中からもつてゆき、苦しみを少しづつでも取り除いてゆくつもりですが、日が浅いので、後日また詳しくお便りします。婦人の集いがあること、又〝こだま〟が編集される事に深く感謝しますと共に、書く事によつて力になりたいと思います。皆さまの健斗を心から祈りながら乱筆をとめます。(K) 366 一 お勝手の道具が自由に買いたいけれど自由に買えない。思うように買えるような賃金がほしい。物価が高いので困ります。 一 患者さんに医療券をもつと簡単に出して貰いたい。医療券をもつてくる人は手おくれになつている人がほとんどです。 一 住宅がなくて困つております。市、県ではもつと住宅の事に力を入れて下さい(鳩山さんの公約実行をお願いします)。 一 水道、電気の料金値上げはおことわり。 失業反対 働らくにも職のない人が街には多い。首切りも起らない様に失業者のない安定した世の中にして欲しい。 最近は何となく世間的にうるおいがない様な感じがする。親も子も共に楽しく歌へる歌、例えば〝お山の杉の子〟の様な歌を作つて頂きたいと思う。 働らく賃金と物価の平均化 働らいても働らいても喰えない世の中、最底生活者の現在の生活態度は実に苦しいと思う。もつと楽しい世の中にして欲しい。 競輪、競馬の及ぼす家庭悲劇も多い。もつと何等かの善処を望みたい。口先ばかりでなかなか実行力の乏しい議員さんばかりで国民はいつも馬鹿を見ている世の中ではないでしようか。 38 戦后十年街の様子は段々と正常に戻りつつありますが、幼い子供に対してどんなに悪い本や映画を追放しろと叫んでもジヤズに合せアメリカ人とおどりパンパン宿の一掃出来ぬ土地の子供は自然に悪の方へ心をうばわれるのではないでしようか。悪い言葉や行儀を放任させず本当の愛情をもつて幼い子供を育てて行きたいと希うのはいつわらざる母の気持ではないでしようか。 369 一 教育費(教科書・月謝・学用品)をもつと安くしてほしい。 一 夜学に通うための労働時間を守つてもらいたい。 一 家庭、職場、学校の三角定期を作つて下さい。 一 日曜、祭日の休みがほしい。 36 毎日平凡に過している私、子供も何事もなく、健康に大きくなつて行く。これが母親として一番たのしみである。 苦しい家計のやりくり家庭の雑用に追われながらも少しでもと思い子供のためにと働らくのです。 365 一 職場での不満は事業主がもう少し思いやりがあつてもよいと思う(時間の問題)。 一 雨が降ると靴等はいて歩けない位に道が悪い。又幅がせまくて自動車と自動車がくつついて本当に交通事故になるもとだと思う。 273 五月二十五日上町中里通りで子供がタクシーにひかれました。 タクシーは子供をよけたのですが、道路のくぼみが後の輪にかかりよけきれなかつたと近所の人は道路のわるいのを悲観しておりました。又、この道路は昨年八月頃近所の人が自動車が通ると地震の様で夜もねられないと市に交渉してやつと補修されたのですが直ちに前と同じになり今ではもつと悪くなつてしまいました。 道路の補修を完全にしてもらいたいとの要求は、この辺でお母さんを始め買物に来る人も話合つております。 288 「主婦が働らかなくても済む世の中」 私は一人の子供の母としてこの何かと住みにくい社会で夫の収入の不足を補うため勤めを持つものの一人で御座います。毎日ぎりぎりの生活の中で楽しみと云えばただ我が子の成長する事だけです。やはり女は家庭にあつて夫を助け子供の教育に専心しているのが何よりの幸せと思います。私達の生活の土台を作くる人達、直接それらの基礎を考えだす議員さんたちにもこの街の片隅に住む一人の女性の声を聞きとどけて下さるでしたら言いたいのです。主婦が内職をしたり子供をおいて働きに行かなくても良い社会を築くためにもつと努めて下さい。 一 バスの本数がもう少し多く出てくれると雨の日など長く待たなくて又会社におくれる事の心配もなくなると思う。 一 学生割引ばかりしないで個人の所のも、もう少し割引きしてもらいたい。 5 NHKの都民の時間で民主警察への疑問と云う放送があつた。 問題は工員が駅の待合室で寝ている人を起してあげたのが何か物とりと間違えられて警察官から、うつ、けるの暴行を加えられたと云うのである。 これに対して警察官はそんな事実はないと云うのであるが、何か聞いている人に割切れない感じをのこした。もつと広く世論を聞く必要はないだろうか、聞いた人はどんどん投書する事もよいと思う。 21 共稼ぎをしておりますが、夫の働きだけでは生活困難、子供がほしくとも子供を産む事は出来ない現在です。こうした生活が何時迄続くのでしようか。又、横須賀の町は夜の女一人で歩けない様に駐軍しており子供がもし産れても横須賀で教育する事は母親となる場合も考えてしまいます。又、共稼ぎの場合は是非託児所があつたらと思います。 4 家の前で大勢の子供が遊んでいる。何かの拍子に大ちやんと云う子が嫌なら、嫌にしろ好きにしろ、好きな女とねんねしろ、と大声でどなりながら家に帰つた。家の中で聞いていた長男は、お母さん早く横須賀を引き上げなければ子供等は悪くなつてしようがないよと、言つた。私はそんな事を云つて皆んな横須賀を去つて行つたら後はどうなつてもいいのかねと云うと長男は黙つてしまつた。子供等の一挙一動にも心して上品で住みよい横須賀にしたいものである。パンパンとアメリカ兵の見悪い情景を、教室からパンパンの住居の見える学校生活に貧して未亡人サロンに出かける母親、果はヒヨウタン池で殺された子供の事等、色々の問題は次々と起る。母親はみんなで手をつなぎ、之等の問題に対し真剣に考えよう。 61 平和を望む 空襲に明け空襲に暮れたかつての昔、そして終戦と共に家にともる灯を見た時、私は本当に心からホツト致しました。夫をそうして我が子を戦場に送り国土を焼野原にする戦争こそ私達婦人の一番の敵です。全世界の婦人は起つてしつかりと、再び起らぬ様に腕を組んで進みましよう。 夫に理解力を 私共の様に働く者は仕事と家庭を考へると過重労働です。夫に理解のある方もいますがまだまだ亭主関白が多い。男女同権も叫ぶ声に終つている様な気がします。共稼ぎの場合はもつと理解を深めて頂きたい 住宅 勤労者向きの住宅をどしどし建てて頂きたいと思います。 託児所 子供を抱へて働らく身は安心して預けられる所を設けて頂きたいと思う。 生活を楽にして下さい。 物価が安くはならないでしようか。 保険のない私達の病気の時、安心してかかれる方法はないでしようか。 お米の配給をもつと多くして下さい。 71 私達は常に子供を健康に育てようと思う心は誰しも持つていると思います。ところが私達貧困者は子供が病気になつても満足に治療が出来ません。医学が進歩している此の世の中、よい薬があると云うことを知つていても使うことが出来ず、手をくれになつて命を取られるが事あると思います。だから私達はこれが一番悲しい所であります。ですから私達は民衆的な診療所が欲しいのです。 77 私達主婦の第一の悩みは米の配給の少い事です。内地米が十日位、外地米が五日位配給としてあるのはこれだけでしよう。一ケ月米の配給米が半月分しかないとは全く困つた事で米の配給をもつと多くする事は出来ないものでしようか。第二に最近の映画、流行歌、雑誌などにみる猥褻的流行、これにより子供達の受ける悪影きようは想像以上と思います。子供達を立派に育てる為にはこの様な営利主義な面のみしか考えないこれらのものに主婦連の人達の力に依つて追払う事が出来ると思います。生活の向上は主婦達の声に依つて出来ると思います。 86 遠足について 一 修学旅行は子供の一生の思出になるのでやめてはならないと思います。 事故をなくするには 一 責任者の人に責任をもつてもらいたい。乗物に乗る時には機械の故障、定員以上の乗車などに注意してもらえば事故が起る心配もなく、安心して旅行が出来るようになると思います。 家庭で使う物の物価が高いのでもう少し安くしてもらいたいと思います。 97 米の配給を増配して欲しい。戦争反対。世界平和を望む。 99 おろかな母の一言を皆様に聞いて頂きます。 私共では最低生活をしておりますが、少い収入ではとてもとても大変なんです。三度に一度は子供は旅行にも行きますし、其の時は□に付する物からお小遣いまでの心配は大変なんですが、ついついせがまれて親心を出してやりますが又、近頃は事件がありまして二重の心配をします。主婦の皆様この会を通じて物価引下げをお願いしようではありませんか。ストをやつて少し上げて頂いてもそれに付いて物価が上つては何の役にも立ちません。皆様が力を合せてお願いしましたら、多忙な政府も少しは聞いて頂けるでしよう。生活が安定すれば、世人も変りますし、青少年も職場も出来、悪事もだんだん消えましよう。何としても引下運動を起しましよう。まとめのないお話を書きましたが、お察し下さいませ。 283 私は夫と二人で共に働きながら毎日を過しておるものです。この静かな生活をだれにもこわされたくありません。ですから原水爆等の原子兵器の使用は一切禁止してほしいと思つております。又、戦争は強く反対します。それにこれから生れて来る子供のためにも心からいつまでも平和な生活がつづけていかれることを欲しております。 237 戦後の日本はなんと張合のない味気のない生きているのがやになる事がたびたびある。毎日々々生活に追はれて一日がなんとなく終つてしまう。今はただ子供の成長を一番のたのしみにしてくらす。いつになつたららくにくらせるのかしら。それにつられて毎日一生懸命働らいている主人がかわいそうになることがある。 282 再び夫を、恋人を戦場に送れない。 敗戦後十年の年月が過ぎた今、また世界のきわめて一部の人たちによつて「原子戦争」の企てが行が行われています。全世界の幸福を願う多くの人々の「反対」の叫びの中で悪の道へと準備は着々と進められているのです。毎日それは貧し、苦しみの多い生活ではありますが、世の中が平和でさえあれば、戦争さえ起らなければ、いづれ私達の力で少しずつでも豊かな生活が築かれて行くのではないでしようか。 戦時中のさまざまな苦しみ、それは筆舌で言いつくせるものではありません。当時の食糧事情を思い浮べただけでも、それは明らかです。 夫を息子たちをそして恋人を再び帰らぬ姿としたくはありません。どんな事があろうとも戦争には反対しましよう。 またそれを一番強く叫ぶことの出来るのは私たち日本人です。何故なら世界ではじめて日本に原爆がおとされ何十万と言う尊い人命をうばわれそればかりか、十年経つた今、原爆症にかかつて亡くなつたり、苦しんでいる人たちがいるではありませんか。 この広島、長崎のむごたらしい被害は、ここだけで終る事なく、昭和二十九年三月「ビキニ」で行なわれた、アメリカの水爆実験による魚や野菜まで及ぼしたさまざまな悪影響等……これ程私達の生活はおびやかされているのです。日本をはじめ全世界の良心ある人達によつて「原水爆使用禁止」の署名運動は更に進んで、「原子戦争反対」の署名運動となつて行なわれています。私達家庭の幸せを希う皆の力を一つにまとめて、平和をみだす悪の力にたちむかつて行こうではありませんか。正しい事を愛するものこそ勝のだ‼ と云う事に確信を持ちましよう。 特に主婦の立場から又、母親としての立場から、そして職場婦人等女性の立場から、強く戦争反対を繰り返して強く叫びましよう。 278 全国の御母様方 長い間の戦争も済みやつと平和が訪れようと致している時、又ニヨキニヨキ春の木の芽の様に出て来た再軍備論……この問題の如何が皆様はお考えではないか、他人事ではありません。身近なわれわれの自身の問題と思います。過去をふり返り幼き日の恐しき数々の想出、あの戦災を受けた方、又、肉親を戦線へ送つた者なれば誰が言わなくてもこの問題は兼々考へる事と思います。 御母様方よ、此れより先二度と昭和二十年前の様な事が起らぬ様、皆様と共に良く考へ又、自身が考へた事を相談の出来る様な良き集い又は、通信でも自由の出来る良き友達が沢山出来る機会の巡り合へる事を望んでいます。戦争の為の満足の勉強の出来る中からみれば子供が大きく育つ事の学力の不足いたしている事の自覚致して一人恥しく悩んでいます。此の問題は私自身と致しまして大きな問題であります。安心致して幼き子等を預ける事の出来る託児所があれば一生懸命働らきその何分の一かは勉学の方の時間なり、経済などに廻す事が出来るのではないかと思う。子供と共に勉強致しているお母さん、良き導きを教へて下さい。そうして我々母親がきつと向上し前進する事と努力致しましよう。代表で世界母親大会に出席される方々私達の希望を大きく取入れて下さい。 138 働きたい、働かねば生きていけない母親が今の社会にはどんなにいる事でしよう。その足手まといになるのが小さな子供等です。 安心して小さな子供等をあづける事の出来る施設が沢山出来たら、働く母親にとつて本当に切なる願いです。そして子供等もいつもいつも母親にまわりついてわがままにならず、集団生活の中で良いしつけが出来ていつたらと思います。 39 いつの間にか平々凡々に過ぎ去つた四十年の年月、苦しかつた事、悲しかつた事、つらかつた事、のいく分なりとも我が子に味わあせたくない親心、幸にしてやりたいと願いながら我が儘な子供を見る時これでいいのかしら、早くから苦しい思いを体験させた方がかえつて子の幸福になるのではないかと切りつめた家計のやりくり、家庭の雑用に追われながら明け暮れている私、でも必死になつて食わんがために働いている未亡人の様な人達から見れば未だ未だ甘い考えなのでしようか? お母さんだと、威張る何ほどの自信ある自分ではないけれど子供が自分に素直に協力してくれ、話合い手になつてくれるなら、それ以上を望む気持は何も無い。健康で……それは何よりの心からの願いである。 29 このほど横須賀に在住する私達朝鮮の若い嫁さん達は、自分達の力で主婦の友会を作り上げました。それは皆な家庭において、古い家族制度の風習や、朝鮮人でありながら、朝鮮の文字と言葉を知らないためであります。それは今まで日本の帝国主義者共が私が祖国の文字をうばつたためであります。現在私達は一挙両得の方法を取つてます。それは、自分自身がおぼえて又、子供達に教える事です。今まで知らなかつた祖国の歴史と地理を何により早く勉強致しており家庭内において日常朝鮮語を一生懸命に使用しております。悲しいことには、私達の中にこの会に出たくても出られない人が多数おります。それは前にものべましたように古い家族制度のためであります。女は、家庭の仕事さえ良くやれば文字とか、勉強をしなくて良いという小事です。 皆さん、この苦しみは長年女でなくてはわからないことです。世界の婦人達が力を合せて平和と婦人の地位のために戦いましよう。 2 けれどその時私の脳裏をかすめたのは、今日ラジオで聞いた濃縮ウラン受入れのニユースでした。アメリカは絶対に条件付ではないといつているけれど大丈夫かしら、私の胸の中は不安で一ぱいになつた。今私等一家には不幸な事は何ひとつ数えられないけれど国として考える時、この幸福を一瞬にして吹きとばしてしまう原爆戦争です。かつて吉田首相は国民に何も相談せずに安保条約やMSA協定を結んでしまい後で国民がいくら後悔してもおつかない様に日本国中に基地は作られアメリカの支配のもとに戦争への準備は着々と進められた。今度この濃縮ウランが受入られて原子戦争が始つたら、もう日本の国は一瞬にして消えてしまう。 あの世へ送られてから後悔してもおつかないと思う。今日この日私の誕生日を一番有意義にするために、日本母親大会、世界母親大会えのために何ひとつ取柄のない頭の悪いこの自分が少しでもお役に立つ仕事の一端を受持たして貰えた事を何より子供えのプレゼーントとしたいと考えました。 261 戦争中は世界屈指の軍港都市横須賀に生れ、又横須賀に育ち教育を終えて私は戦争と云う事につくづくと嫌怒を起します。その横須賀は戦後否アメリカの原爆長崎広島に投下し日本の姿が変ると一諸に軍港地横須賀もアメリカ海軍基地に変りました。何が変つたでしよう。昔の工廠はアメリカに使用されその中に働く労働者は米軍管下による法にしばられ何時各人の生活権を失うかビクビクして働いております。現在では横須賀の大部分の人が勤めている富士モータが三千有余名の首切りが始まり一万余名の家族達及商店達がどうしよう、協力して首切反対に動いております。 何しろ米軍がいてはあの大きな施設を持つ横須賀を何時になつたら平和産業に切換へ楽しい明るい労働者の街にしたいものです。 平和産業に切換へた施設は幾らかありますが、直接産業にひびくのはツメのアカ程です。海軍日本一の造船施設を貸与する気もなく米軍一人じめです。一日も早く租界地の様な横須賀を一日も早く明るい住みよい労働者の街にして下さい。 346 毎日の食物をもうすこしやすくしてもらいたい。 100 戦争反対、正直者は馬鹿を見る世の中をなくせ。 328 新聞やラジオで基地拡張を報じる時、私は病床にいて、田舎にあづけてある二人の子供の事を想い浮べる。これから大きくなる子供に母親として教育する事も出来ずその子供をどんな風に変えてしまうか解らない。基地も減るどころかどんどん増えてゆく有様では私は落付いて療養など出来ません。朝に夕に頭の上を飛行機はとび、こんど、もし、戦争でも起れば頼みの綱である主人を始め、子供、私達すべてが生命をうばわれ、幸福をうばわれてしまうのだと思うとどうしても、私達の力で二度と戦争の起らない国になる様にしたいと思います。 190 ㈠ 私たちはほんとうに一日も早く朝鮮が平和になるのを、一日も早く待ち遠しいです。だから早く朝鮮を平和にして下さい。 ㈡ どうしてアメ公が日本の国、又朝鮮の国に来てよけいなことをやるのか、原爆を落したり、海には魚はとれず、原爆のまぐろを日本中をあらしたりする。ひきようなアメ公です。だから早くアメ公を自分の国へ帰れ。 ㈢どうして日本の国で朝鮮人は働かせないのだ。日本人はどんな国でも行つても働かられると思います。私達も今年卒業したばかりで、なにも、どこへも働かないでお手伝いしてこまつています。どうして朝鮮人は工業や会社に働かせて下さい。朝鮮人は日本人と同じ人ですからお願いします。 297 私は朝鮮人を主人として男子三人女子一人の人妻です。結婚して十二年になり現在まで生活の基礎が出来ずに親子共に苦労しており、主人は外国の人で就職が出来ずにいろいろな事をして生活しておりますが、現在の社会ではつねに生活におびやかされて居り又、子供の教育について思う様に成らず困つております。 早く平和な人間生活が出来る様に願うと共に私も朝鮮語を習つています。早く安心して生活出来る様に願います。 一就職につきたいこと 一 子供の為に明るい教育したいこと 一 平和な生活が出来ること 240 「子供たちにもつと健全な遊びを」 先日の事でした。私の生れ故郷から久し振りに母が訪ねてまいりました。可愛い孫の顔がみたいと言つてわざわざ来たのでした。 喜びのうちに母をむかえました。しかしそれも母の第一声で私の心を曇らせてしまつたのです。何故つて、母はこう言つたのです。 「横須賀の子供たちは、子供らしさというものがないね。この辺に限らず、今の子等は……やはりこれも大人のいかがわしい映画や、特殊婦人の影響かね」と。 その通りなのです。一言もありませんでした。子供の話していること歌つている歌をきいて下さい。本当に恐くなります。私達主婦は、只それをきづかつているばかりで、何の運動も出来ません。 若い青年婦人のみなさん。子供たちのために明るい、子供のうたを、映画を持つて来て下さい。 321 ソ同盟、新中国の託児所! 小さい子を持つ母として何と羨しい事でしよう。塩をなめてもまだ足りず一日一食の日が月に五、六日僅かな収入を少しでもと内職の手も子守を兼ねたは思うにまかせず、色々と学びたい気持も流れに生えた草のように常に生活の波に打流されてしまいます。 このような私と似た生活を送つていらつしやる方が日本中に何人いられることでしよう。 託児所が欲しい。 一つ一つのこだまが大きなこだまとなつてかえりますよう母親大会に一人の母として切実な希いをお伝へいたします。 178 死ねるものなら死んでしまいたい。 ここ一両日で扶助も使い果し無一文です。お金があつて休んでいるのだろうと云つている人もいるそうですが、歯をくいしばつて、休んでいる次第です。 お父さんも「死ねるものなら一そう死んでしまいたい」といつているので心細くなつてしまいます。近所の人が秋までもてばいいといつていますが、お父さんはあと二、三年生きると寂しそうに笑つています。市内病院にかかつていましたが、医療保護では良い注射も打つてもらへず、おまけに寝具がないので入院できなかつたため身体が衰弱し近頃では心配ごとが多いので食欲もなくなつてしまいました。私はお父さんが子供のために思つてくれれば栄養をとるために多い時は三百円(一日)もかけて来ましたが、今ではそれどころではありません。私も無理がたたつて、神経痛がおきて痛み、お父さんの布団がわを縫う(六尺)のに三時間もかかつた有様です。民生課へ頼みに行こうと思つても「又来たか」と、言う顔をされると思うと行かれません。これから先三人の子供を抱えてどうしたらいいのか真暗闇です。海にでもとび込んでしまいたい位です。 2 今日は六月二日私の誕生日、午後は母親大会の横須賀として代表を徳永さんに御出席願へるか、どうかを菊地女史と一諸にお願いに行く約束があるので、朝からお夕食のおすしと、よせ物の果物の這入つたゼリーを作るため材料を仕入れたり、煮たり、焼いたり、ゆでたり、それは目が廻りそうな忙しさ、ようやくすつかり仕度が出来上り、私はお膳の上にもう盛付るばかりのおすしとゼリーを形にはめて大急ぎで出かけた。幸に徳永女史は代表として出席する事を引受けて下さつた。私は私として小さな使命を一つだけ果せた事に大きな喜びを感じながら家に帰り食卓に付いて今日は主人も外の仕事を全部やめて私のために早く帰つてきてくれたが御土産に果物とカステラ、家中そろつて「お母さん、お目出度うございます」の祝詞を浴びてうれしさに、「有難う」の声もふるえてしまう。楽しい食事が終つて末つ子の典佳は「お母ちやんのお祝だから、僕は歌とおゆうぎをやるよ」と。言つて、「海は広いな 大きな 月は上るし 日がしずむ」と。 あまり上手ではないが一生懸命におどつてくれた。おどり終ると、みんなしてうまいうまいとぱちぱち手をたたく…… まあなんて幸せなこと、私の胸は幸福ではち切れそうです。 75 ㈠ 私達母親は一番心配になるのは、思春期の子供をどうみちびくかと云うことです。今はあまりにもエロ本が多い事です。 それでなくても、久里浜、野比海岸などになまなましい現状を時として見ることもあるのに、どうか、そお云う方面を是非取りしまつて頂きたいと思います。 ㈡ 私達母親はPTAの会に出たくても出られない事です。そもそもPTAの会とか総会だとか、何の会だかわかりません。着物や洋服の展覧会のようです。私達は着物がないので行かれません。私達もんぺの上にかつぽうぎでも着て一寸出られるようなPTAの会に改革をお願い致します。 ㈢ 私の家は屋根が悪いため、雨がふるとねてもいられません。 其のたびに子供達にいやな思いをさせなくてはなりません。何んとかならないでしようか。 ㈣ この世界母親大会へ多くの母親のなやみをうつたへ、母親のなやみをかいけつしていただき世界母親大会の成功を心からお祈り致します。 ㈤ 貧乏でも義務教育だけは出来るような世の中を作る事をのぞむ。今の制度ではとても義務教育もむずかしい。 76 ㈠私の家のまわりに空地がない為、子供達が田へ入つたり、畠で遊んだり着物や洋服をよごしてのんびりあそべません。少しでも子供達の遊び場がほしい。 ㈡ 私の子供は学校でクツだとか上ばきを何ども学校でなくしてこまります。何とか先生にきをつけて頂く事は出来ませんでしようか。 ㈢ 私は子供二人、六年と一年と通学しております。昼間働いている関係でPTAの会にも出席出来ません。何とかしてPTAの会にも出たいと思います。何とか良い智恵をおかし下さい。 ㈣ 私は久里浜の自由労働者です。子供二人の母親として一番なやんで居る事は再び原子戦争を準備していることです。私は絶対に原子戦争準備に反対です。平和を守りぬきましよう。 ㈤ 私は母親として横須賀の余りにもパンパンの多い事になやんでいます。しゆういのかんきようで、おさない女の子が、青少年によつて、たたかれるというむごたらしい事件が次から次へとおこつて来ます。 一日も早く、ちつじよある世の中に、たのしいすみよい所にしたい。 この表紙のうらに出ております様な趣旨のもとに「こだま」が作られました。この編集に対する御意見御感想等をお寄せ下さい。この「こだま」には私たちの日常生活が赤裸々に記されています。引き続き「こだま」第二集を発行致したいと思いますので、みなさんが日々に感じておられる事などをどしどし投稿して下さい。 (広田重道氏蔵) 〔注〕 用語文意等に不明な個所があるが原資料にしたがった。 二九九 第一回横浜母親大会記録 誓いのことば 昨年の第五回日本母親大会横浜報告会以後、新安保条約批准阻止の国民運動はかつてない長期の統一行動によつておしすゝめられ、去る五月二十日未明の衆院強行単独裁決により国民の怒りは極度に燃えひろがり、あらゆる階層の人達が破壊された民主々義をとり戻そうと一斉に立ち上りました。六月十五日そのたゝかいの渦中女子学生の尊い生命が失われました。又多くの人達が傷つきました。平和を願う私たち母親は、余りに大きいこの犠牲に悲しみと怒りの心で一ぱいです。 第一回横浜母親大会は、このような不安と混迷の真只中に準備され、開かれました。私たちの可愛いゝ息子や娘達の生命をつゝがなく守り育てたいと願う横浜の母親は本日こゝに集り、このきびしい情勢のなかで、どのようにしたらこの母親の願いが実現出来るだろうかと、身近かな問題を持ちより話し合いの場を持ちました。 分科会から全体会を通していろいろの提案を討議し、先生方の助言や講演等により、つぎのことがはつきりわかりました。 一 平和を乱すものは何であるか 一 生命を阻むものは何であるか 一 母親に重荷を負わせているものは何であるか ということです。 之等の一つ一つの障害を取り除くためには次のことを実行して行きましよう。 一 一人が一人の仲間をつくり、小さなグループから大きなグループに育て、横浜中の母親、世界中の母親と、手をつないで、いかなければならないことです 一 この話し合いが本日一日で終るのでなく、明日への行動の新らしい出発点でなければならないことです 一 この行動なしには、生命を守り育てるという願いもすべてむなしくなること などのことを確め得ました。 私達横浜の母親は、これ等願いの実現のために横浜母親の連帯の決意をもつて本日の話し合いの決論をすみやかに実行にうつすことを、こゝに誓います 昭和三十五年七月三日 第一回横浜母親大会 開会のことば 西区 林嘉代 家庭でお働きのおかあ様方 職場でお働きのおかあ様方 今日はじめて横浜市内全区の皆様とこうしてお逢いする事ができましてほんとにうれしく思います。 おそろしい原爆の惨害を最後にして終つたあの第二次世界大戦で一番多くの被害を受けたのは母親であり子どもたちでした。 この時、 『二度と戦争をしてはならない。子どもたちに再びこのような不幸を与えてはならない。そのために社会的にしいたげられたおかあさんたち、貧しい婦人たちと手をとり合つて進みましよう。』 と、世界民婦連会長コツトン婦人のよびかけに始つたのが世界母親大会でした。世界中のおかあさんたちが手を握り合うことが出来れば戦争はこの世の中からなくなるでしようと私たちは信じています。 横浜でも私たち母親のなやみや喜びを語り合う母親大会を開きたいと切実にのぞむおかあさんたちの一人一人の大変な努力が集まつて今日此処にこんなにも立派に第一回横浜母親大会が開けることになりまして、皆様と共に喜びにたえません。 私たちは毎日のくらしの中でいろいろのことを考えいろんな願いをもつています。殊にこの頃のように日本の歴史始つて以来という安保条約に対する国民の批判がはげしく起つているとき、安保条約が戦争への下ごしらえだときいて私たち母親はじつとしていられない気持にかりたてられます。けれどもひとりで考えだまつていたのでは、その願いは声になりません。声に出さなければその願いは人には聞えません。そして一人の声よりも大勢の声こそ大きく強く世論となつて世の中を動かす力となつてゆくでしよう。 生命を生み出す母親は生命を育て守ることをのぞみます という尊いスローガンのもとに集まつたこの母親大会こそ、平和と豊かな生活をのぞむ私たちの声を一つに集める場所なのです。 皆様と御一緒に私たちのこの願いをたしかめ合つてこれからの時間をほんとうに、実のり多いものといたしましよう。 これをもちまして開会のことばにかえさせて頂きます。 経過報告 今から五年前に、第一回日本母親大会が東京で開かれました。 同じ年にスイスのローザンヌで世界母親大会が開催され、日本からも、河崎ナツ先生を団長とする、十一人のお母さんが代表に選ばれました。その中に横浜の全日自労の菅原絹枝さんが神奈川県の代表として参加することになりました。 その当時は、原水爆の実験が盛んに行われ空気は放射能に汚染され、軍備はどんどん拡張され、なんとなく生命の危険を感じ、世界中のお母さんがぢつとしていられなくなつていたときでした。 菅原さんは、ローザンヌから帰られ、世界中のお母さんが手をつなぎ生命の危険を取り除き、平和のために立ちあがりましようと訴えてまわりました。菅原さんは自分の住んでいる横浜のおかあさんたちが先づ一つにならなければと考えられ、第四回の日本母親大会へ出席された横浜のおかあさんに呼びかけました。呼びかけによつて集まつたおかあさんたちはさつそく準備会をつくり、二回程集りをもつて昨年の第五回の日本母親大会には横浜母親連絡会(仮名)の旗のもとに参加できるようになりました。 三十四年九月、日本母親大会の感激を横浜のおかあさんたちに報告いたしましよう、と、紅葉坂の婦人会館で報告会を持ちました。 この報告会を機会に、横浜母親連絡会、としてあらためて出発することになりました。 1 役員、運営委員の選出。 2 月一回運営委員会を開き会の運営にあたること。 3 地域で一人でも二人でも仲間をふやしていくこと。 4 他団体に申入れをすること。 5 他団体からの呼びかけに対しては、母親として協力する必要のあるものは一しよにやる。 等のことを決めました。 今日まで 1 保育所設置の運動。 2 主婦の生活を圧迫する物価値上りに反対する運動。 3 子供の生命に不安を与えるものに反対していく運動。 4 職場の婦人や地域の母親との結びつきをつめよる運動。 5 北鮮に帰るおかあさんたちとの話し合いや送別会。 6 教育の問題や平和に関する映画会の催。 以上のような仕事をして参りました。 今年の四月からは今日の大会をめざして、ほんとうに子どもの幸せを願うおかあ様たちが、忙しい家庭の中から集つて来て、何回もの準備会を重ね、ない智恵をしぼり、小さい力をよせ集めて、今日この大会が開かれました。 『生命を生み出す母親は、生命を守り、生命を育てることを望みます』 誰も阻むことの出来ないこのスローガンの基に集つたおかあ様たちは、今日の大会で充分な話し合いを深め私たちの子どもの幸せのために大きく手をつないで参りましよう。地域にお帰りになりましたら御近所の皆様と是非話し合いを持つて下さい。 では此の大会が開かれるまでには労組、各団体、個人の皆様方から力強い御支援を頂きましてありがとうございました。厚くお礼申し上げると共に報告いたします。 横浜母親連絡会 尾和瀬梅子 (広田重道氏蔵) 〔注〕 横浜母親連絡会「第一回横浜母親大会記録集」(一九六〇年)より抜粋。 三〇〇 鎌倉の自然をまもる会の結成 「鎌倉の自然をまもる会」発足純然たる市民運動として 「鎌倉の自然をまもる会」は別記のような趣意と経過と規約のもとに発足した。 役員の陣容も、一応のとり定めであり、目下同志の勧誘中であるが、発会式と第一回の催しを次のように行います。とくに、愛読者の皆さんのご参加をお待ちいたします。 日時十一月十日(土)二時より五時まで 会場 清泉学院講堂(二階堂) 会費 無料 発会式 記念講演 「自然だけが知つている」 横浜国大教授本会会長 酒井恒氏映画鑑賞 一 「尾瀬」(学習研究社作・カラーフイルム) 二 「カニの生活」(東映作品・酒井恒博士監修・カラーフイルム) 懇談会 鎌倉の自然をまもる会 趣意書 季節と共に、うの花がまつ白に散りこぼれ、まんじゆしやげがまつかに道ばたをいろどり、からすうりがゆらゆら風に揺れ、あるいわ鳥がさえずり、虫が鳴き競う―わたしたち鎌倉市民の身近かには、四季の花や鳥の色や音が実に豊かです。心をやわらげてくれる古寺名社の庭園や樹林もいたる所にあります。どの家に座つていても、耳を澄ませば、潮騒か山風の音かが届いてきます。澄んだ空気とおだやかな気温とやさしい人のいたわりとが、長い年月をかけて、わたしたちにこの豊かな自然と共に住む楽しみを残してくれました。 しかし、近ごろ、このだいじな自然がわたしたちから目立つて遠のいていこうとしています。鎌倉のいのちが衰えるのでしようか。わたしたちは、わたしたちの手で、鎌倉のいのちをよみがえらせたいと思います。わたしたちの自然を、今以上に乏しくしてはならないと思います。鎌倉にそだつ一本の山の樹、一むらの草花、一羽の野鳥にも、いたわりの手をさしのべましよう。世と共に移り変わる鎌倉のすがたの中で、鎌倉のいのち、自然と親しみだけは、わたしたちがしつかりとまもろうではありませんか。 「鎌倉の自然をまもる会」は、このような同じ志、同じ憂えを抱く市民の結集であり、市民運動です。この愛すべき美しい自然をまもり、且つ育てるものは無垢の市民意識以外にないというのがわたしたちの信条なのです。 幸いに「鎌倉市民社」の斡旋が実を結び、横浜国立大学教授陣やその他専門家の積極的な参加をえ、会長にも酒井恒博士の就任をみるなど、ここにその性格にふさわしい体制が整いました。 できるだけ大ぜいの参加をえたいとおもいます。 昭和三十七年十月 鎌倉の自然をまもる会 規約要領 一 事務所は当分鎌倉市民社内におく 一 事業は講演会、映写会、実地研究調査、出版等 一 正会員は月額百円の会費を醵出する、賛助会員は一口年額千円以上醵出する 一 役員は会長一名、評議員若干名、幹事若干名 同 役員名(敬称略) 会長―酒井恒 評議員(五十音順・十月十五日現在決定の分、いずれ会員中より増員される予定)―田辺操、原実、籾山泰一、横山邦雄 幹事―内田大、岡田泰明、斉藤実、柴田敏隆、神保均、寺島浩一、永海秋三、藤木久次郎、見上敬三 会員募集要領 一 会員募集いたします。ご希望の方は所定の申込書(本社にあります)に一か月分の会費を添えてお届け下さい。 二 催物には会員外の方も臨時に参加できる場合がありますが、その場合は実費をいただきます。 (鎌倉市民社「月刊鎌倉市民三十四号」(昭和三十七年)鎌倉市民社蔵) 三〇一 風致特別保護地区自然擁護の共同見解 風致を守る ―情報第五号― 凡例 1―この欄は本誌が主要課題として追究しつつある「鎌倉の風致を守る」ための情報を常設的に特集するために設けられる。 2―この欄では鎌倉風致保存連盟は「連盟」と、財団法人鎌倉風致保存会は「法人」と略称する。 3―「連盟」は鎌倉の風致を守るため鎌倉市民のみならず全国の同志の自発的な結集であり運動である。 「法人」は同じ目的をもつて問題を公的に処理する鎌倉市の外廓機関である。 風地特別保護地区について連盟と自然をまもる会の共同意見発表風致保存に関する世論に対処する市の施策の一つとして、かねて現在の風致地区内に特別保護地区を設けることが考慮されていたが、最近できた市の原案は都市計画審議会の諮問に付され、同審議会はこの原案についてさらに、文化財専門委員会、法人、連盟、鎌倉の自然をまもる会等の意見を求めたので、連盟としては自然をまもる会と合同検討の結果、次のような共同意見を具申するとともに一般にも発表した。 (註)鎌倉市の風致地区は全市域の約五五%=六五〇万坪でこれは京都、奈良ともに僅か一四%であるのに比べて異例ともいうべき広さをもつが、その地区は全部普通地区で、規則に定められている特別保護地区、普通地区、維持地区の区別がない。普通地区指定が何ら風致保護の効果を発揮していないことは周知のとおりであり、そこで今度特別保護地区を設け、その効果をあげようというのが当局のねらいのようであるが、もともとこの格づけは建坪率が特別二〇%、普通四〇%、維持(その状況に応じてそれ以下)の差であつて、山並みが崩され樹林が伐られること自体が問題になる鎌倉独得の風致には意味をなさない―この規則がザル法といわれる理由の大きな一つ―ものである。しかし、従来よりは一つの進歩であるという考慮に基き、より強力な法制化が実現するまでこの方法によることとし慎重検討の結果、全風致地区が特別保護地区たるべきものであるとの結論に達した。 なお、連盟は、原案に対して提出された各団体の意見とともに、さらに慎重に論議さるべきことを当局に申出ている。 意見 一 元来鎌倉は現在風致地区に指定されている全域が特別保護地区たるべきものである。 二 従来の風致保護行政は、法規の不備と相俟つて、ほとんどその実績をあげていない。 三 特別保護地区の設定によつて、ややその効果をあげることが期待されるが、ただ特別保護地区が、原案の程度に、しかも点々と、指定された場合、残りの大部分の普通地区を従来のように破壊に任せる限りは、風致が分断され、ほとんど意味なきものとなるおそれが十分である。一例をあげれば、円覚寺と建長寺のそれぞれの周辺は特別保護地区に指定されながら、その間の明月院周辺が残されることによつて、また東慶寺が指定され隣接の浄智寺が指定されぬことによつて、山ノ内一帯の独特の風致環境は、あるいは一変することなきを保し難い。明月谷一帯に大団地現出のとき、円覚寺、建長寺それぞれの環境がいかに浅薄のものとなるかは想像に難くない。 四 さらにこのさい特別に考慮さるべきことは、風致地区の重要度の格づけは主として建坪率の差異であるが、元々鎌倉の風致破壊が問題になるのは、建坪率以前の現形破壊そのものにあるので、破壊したあとにあらためて二〇%あるいは四〇%の建坪率が守られても、それは意味をなさないということである。 歴史と自然が相俟つて醸しだす鎌倉の風致は、ブルドーザーによる破壊のあとをいかに美化しようと返らぬ美しさをもつているところに問題がある。その意味で、風致地区内の土地造成には、まず絶対にブルドーザーを使用せしめぬくらいの行政措置がなさるべきである。 五 現在私有権の補償規定がないことが、風致地区規則をザル法たらしめている最大の原因であるが、ほかに文化財保護法による史跡指定があり、その適用対象は異るが、鎌倉の場合はこれがダブル面が多いので、補償規定のある同法の援用にも積極的に意を用うべきであろう。また近く制定される「古都における歴史的風土保存に関する法律」はさらに包括的強力な補償規定をもつので、その早急な発効が期待される。しかし、風致地区規則は風致地区規則で、現在の時代おくれと弱点の是正が真剣に考えらるべきであるとともに、行政面でも一段と慎重且つ積極的な運用がはかられるべきであろう。 六 行政の観点から、ザル法ながら、現在では鎌倉の風致地区は全域特別保護地区に指定することを原則として、原案をあらためて検討すべきである。それは新法律が制定され「歴史的風土」が指定される場合の大きな参考ともなるであろう。 連盟風致行政確立について要望 連盟は、釈迦堂の宅造工事が端なくも風致行政の根本的欠陥を暴露したものとみて、県知事並び市長宛次の要望書を提出した。 さいきん、浄明寺釈迦堂谷にある貴重なやぐら群調査のため現地に赴いた鎌倉市国宝館員が偶然に発見した宅地造成工事にからまる暴挙は、その暴挙に対する法的行政的処分以前の問題として現在の風致行政上の根本的欠陥の一つの典型を暴露したものと考えられますので、この機会に、県当局並びに市当局におかれては今後次にあげる諸点について、格段のご配慮あるよう、とくに要望いたします。 一 釈迦堂谷の宅造(約千八百坪)は、昨年八幡宮裏山の宅造反対運動の行われていた最中すなわち七月八日申請十月二十四日許可になつたもので、後者が、市民の反対のため市も当初の「宅造支障なし」という県宛意見進達を「支障あり」と訂正し、県もついに当初の計画を大幅に縮少して許可するという異例の措置をとらざるをえなかつたのに対し、前者は市民の反対もなく、市の意見進達も「支障なし」であり、県も申請どおり許可したという事実は、この種の申請は市民の反対がなければ全て申請どおり許可されていることを示しているようにおもわれます。かくては、風致政策について行政当局に何ら積極的な方針がないということになり、著しく行政の威信を傷けることになるとおもわれますので、このさい、早急に、県・市一本となつてその確立のため努力されるよう要望いたします。 二 同申請には申請者自ら「切土・盛土には人力を用いる」ことを条件とし、鎌倉市長の意見進達にもそのことを条件としているにかかわらず、工事者は岩石の破砕には爆薬を用い、切土・盛土にはブルドーザー二台を使用しております。このことは明かに行政当局の監督不十分であることを示しております。また、許可にさいし、文化財を発見した場合は速かに届けでることを条件とし、申請者もまたそれに従うことの念書を提出しながら、それを守らなかつたのみならず、やぐらを破壊し墓石人骨等を埋め去つた、その違約に対する厳格な処分もさることながら、それを監視しなかつた行政上の責任も軽視できません。 このさい、かかる風致地区内の造成工事は、県・市密接な連絡の下に、絶えず監督指導できるよう機構人事の整備を要望いたします。 三 市教育委員会所管の文化財専門委員会は、文化財のほかに、風致上の問題についての市の諮問機関であり、風致地区内の造成工事申請についてはつねに同委員会の意見が徴せられるのでありますが、それは形式的にすぎないうらみがあります。例えば、ある造成申請についての諮問に対して同委員会が現場視察を要請されるのは、その工事の下工作が行われ、風致がすでに半ば破壊され、飯場等の施設が設けられてからというのが通例であります。 従つて同委員会の申請も消極的なものになり、当局としてもこれを単に形式的参考的なものとして扱う傾向があるようにおもわれます。 県・市両当局は、風致政策が一大強化を迫られているこのさい、とくにこの種の関係専門委員制度を重要視し、実質的に積極的に活用されるよう要望いたします。 四 三に関連して、鎌倉の風致は自然と歴史と一体になつて醸しだす独得のものであるという事実に則し、風致行政は風致地区規則の適用に限定せず、文化財保護法の適用を表裏一体のものとし、行政面でもとくに密接不可分の運用をはかられるよう要望いたします。 以上 (鎌倉市民社「月刊鎌倉市民六十六号」(昭和四十年)鎌倉市民社蔵) 三〇二 神奈川自然保護連盟の結成 神奈川自然保護連盟いよいよ発足 予報の神奈川自然保護連盟の発会式、記念講演、レセプシヨンは、予定どおり、新年明けの去る一月十五日一時より、鎌倉市鎌倉彫会館で各地より約百七十名参加して行われた。 司会は辻堂南部の環境を守る会の安藤元雄氏、開会の挨拶(湘南の自然を守る会の氏家文弥氏)、会長挨拶(会長関屋悌蔵氏病中のため鎌倉風致保存団体協議会副議長和田金五郎氏メツセージ代読)、経過報告(同じく副議長・本連盟事務局長原実氏)、来賓祝辞(鎌倉三日会顧問沢田節蔵氏、横須賀市教育委員長上原虎雄氏、神奈川県自然保護協会会長李家孝氏、ほかメツセージとして歴史的風土審議会会長堀木鎌三氏、日本観光協会会長平山孝氏(代読丹沢自然保護協会会長中村芳男氏)、祝電として県知事津田文吾氏、衆議院議員平林剛氏、県議会議員甘利正氏、同栗原藤次氏、閉会の辞逗子自然保護連絡協議会会長中沢清志氏、五分休憩後記念講演は、日本自然保護協会役員井上万寿蔵氏の「日本人の自然観・その他」、予定の横浜国大教官宮脇昭氏急用のため、鎌倉の自然をまもる会の安田三郎氏の自作スライドによる鎌倉の問題点の解説と同会長酒井恒氏の自作スライドによる最近の外国の自然の解説に代えて約二時間、ついでレセプシヨンに移り、おくれて来場した山本鎌倉市長、藤沢在住読売新聞顧問の松尾邦之助氏を主賓にこれは約七十名参加して盛大に行われた。 なお、当連盟は二月半ばころようやく本格的な活動を開始する予定であるが、その前提として各団体当面の問題とその要点を一括整理して印刷物にし、その扱いについて連盟の立場からあらためて検討する。 散在ケ池周辺保全問題国会へ 鎌倉風致保存団体協議会の散在ケ池周辺緑地保全に関する県議会に対するはたらきかけが、宅造許可承認必至とみられた建設常任委員会の審議をついに再び継続に持ちこんだことは、すでに前号で報ぜられたが、一方国会に対しては、ひろく県出身国会議員に超党派的に呼びかけて、それぞれの紹介をもつて衆参両院に請願する努力をつづけすでに、自民の小泉純也氏紹介のものは十二月臨時国会で採択され、その他議員紹介のものも順調に手続きが進んでいる。 なお風致問題が国会で審議の対象になる足場がつくられたことは初のケースで、協議会としてはこのさい新発足県連盟の協力もえて、あらためて大々的なキヤンペインの展開を計画中である。 このことについて、この問題の当の責任者である原実氏は、「ここまでくれば、これは単に一散在ケ池周辺や鎌倉だけの問題でなく、これをモデルとして日本の政治行政における自然や文化財保護政策の根本的欠陥を大きくクローズアツプして、問題意識をうえつけることを目標にしてたたかう。なおそのための一環として、差詰め、鎌倉でわれわれが当面している諸問題、例えば、散在ケ池周辺、和賀江島、西ケ谷、十二所、明月谷のマンシヨン、扇ケ谷山内を貫く道路等を一括して、その特殊な問題点を指摘することによつて、けつきよくは政治行政上の欠陥の共通点を明かにして、ひろく訴えてゆきたいとおもう」といつている。 (鎌倉市民社「月刊鎌倉市民一〇八号」(昭和四十四年)鎌倉市民社蔵) 解説 一 政治・行政編2の「戦後」の構成をめぐって この巻は、すでに刊行されている『神奈川県史資料編11近代現代1』、すなわち政治・行政編1の続編として、昭和七(一九三二)年から昭和四十五(一九七〇)年前後にかけての神奈川県下の政治行政領域の関係資料を収録している。資料の編集方針やその具体化にかんしては、前巻の解説の「総論政治行政編の資料編集方法」で、作業経過もふくめてかなり立ち入ってふれておいたし、今回も基本的には前回の方法を踏襲しているのであらためて説明をくわえる必要はないが、この巻で三分の二以上の分量をしめる第二次大戦後の、いわゆる戦後のとりあつかいかたについては、あらためてすこし弁明しておかなければならない。というのは、戦後にかぎっていえば、本来、近代現代の社会編が対象としている県民の生活と生産・労働をめぐる諸問題と運動等々の資料を、社会編にかわって、この巻で背負いこむことにしたからである。どうしてそうなったのか。理由はごく簡単で、 「社会編」がとりあつかった資料の時期範囲が第二次大戦期で下限の線をひかざるをえなかったからである。したがって、わたしたちは、こと戦後については、前回の「資料編集方法」で明示しておいた六系列の資料の範囲を拡大し、 「政治行政編1」で伏線ないしは付随的に配慮をくわえておいただけにとどめておいた社会諸事象にまつわる資料を、できるだけ広い分野から可能なかぎり収録することにした。 そこで、まずこの巻の資料の構成について説明しておくことにしたい。目次をみてもあきらかなように、資料は、全体として、一応、時系列の流れを考慮しながら、内容上三つの編成をとることにした。いま、その枠(編・章)を列記すると、 ⑴昭和準戦時戦時―国民更生経済更生運動、戦争体制の組織 ⑵昭和戦後(一)―政治改革、地方行政改革⑶昭和戦後(二)―労働社会状態、社会運動という組み立てかたにおちついた。この枠組設定を導きだすまでには、とりわけ第二次大戦後の戦後政治行政と社会諸現象を切り結びながらどう統一的に位置づけていくべきか、また、歴史的―段階論的視角からだけでなく、現状分析の視点を加味して戦後神奈川の政治社会の像を資料で語らせるには、どんな資料をどう配置したらよいかという観点を重視してきた。 しかし、作業の過程で、収集した膨大な資料を選択し組み合せていくなかで、仮説ともいうべき当初の資料構成プランはたえずぬりかえられ、ある意味では試行錯誤にも似た経過をたどらざるをえなかったのは、いつわりのないところである。だいいち、膨大な資料といっても、問題によってはいまのところ資料は皆無という分野があるし、ある場合には枝葉末節にも等しい、二次的、三次的な断片的な資料だけが山ほど集まるといったぐあいの領域もある。また、資料の所在も、とくに公文書にかんしては、県・市・町・村ともども、昭和二十年代の文書の保存状態はすこぶる悪いし、廃棄された文書はおびただしい数にのぼり、さらに、戦後行政改革のせいもあって、第二次大戦前のような国―県―(郡)―市町村という行政系列にそって内容的にも統一された公文書の相互補完的な利用のしかたは不可能となり、町村役場文書で県の動きを補塡できない場合が多い。また、公職経験者、団体役員等、個人の記録、日記類もいちじるしく乏しくなる。その意味で、この巻で収録することのできた加藤木保次(元横須賀市助役)布沢宏一(元横浜終戦連絡委員会勤務)、広田重道(元県原水協事務局長)、相澤栄久、原実(鎌倉市民社)の諸氏の所有資料は希有の例であり、貴重である。とにかく、これまでのべてきたような理由から、資料で戦後の像を再構成していくとなると、仮説は、たえず資料の制約を受け、修正をよぎなくされるはめにおちいる。 ちなみに、さきにとりあげた目次構成の枠組を、第三次案(昭和五十・六・十四)とつき合せてみても、大きく変ってきている。第一編は別として、第二編、第三編は第三次案では、⑵戦後―戦後改革、地方行政制度、社会運動、労働行政⑶「現代」―地域開発、高度成長政策、社会運動の転換と地方行政、公害行政、というふうになっていた。このうち、章として「地域開発高度成長政策」がスッポリ抜けたのは、この課題を「産業経済編」にゆだねたからであるが、結果として、第二編に関連する事項では、戦時行政組織の解体、地方事務所の統廃合問題、警察署警備関係、賠償引当、県復興委員会、公職追放、知事公選等の諸問題が欠落し、第三編に相当する論点としては、勤務評定、安保をめぐる問題や反対運動、政治団体の動き、さらには社会福祉施設、環境衛生行政、公衆衛生行政等の問題にふれることができなくなってしまった。もっとも、なかには、横浜の戦災と敗戦後の接収等々にかんしては、『横浜の空襲と戦災接収復興編』に収録されることがはっきりしているので、分業と協業システムの名をかりて、この巻では意識的に切り落したものもある。 したがって、わたしたちが、ここに編み出した目次編成と枠組は、もちろん万全なものとは考えていない。諸々の制約のもとでの限界をみきわめたうえでの構成である。この点を断っておいて、資料の組み立てかたについてすこしふれておくことにしよう。 わたしたちは、前巻の場合と同じように、ここでも局面の切りかたを元号でおこなっているが、主眼はもちろんそこにあるわけではない。また、三編の構成をとっているが、実は、一五年戦争の時期と敗戦を境とする戦後の世界の二つの局面で資料を分類し、神奈川の地域をとおして戦中・戦後の政治・社会の動態をえぐりだすことを主目的にすえている。この点をもうすこし説明しておくと、第一に、戦時期がどのように形づくられ、戦時下の地方体制がどう展開していったか、また、どんなふうに戦時体制が崩れていかざるをえなかったか、そのへんに意をくばって資料を組んでみた。だから、わたしたちは、昭和二十(一九四五)年八月十五日の敗戦を分水嶺として戦前と戦後を機械的に分けてはいない。戦時体制の崩壊のきざしのあらわれかたをなによりも戦時下の行政の内側からとらえると同時に、あわせて崩壊から再生への芽が地域からどうあらわれているか、を資料をつうじて問題にしようとした。したがって、いわゆる「八・一五」をこの巻の資料構成の大きな山場にすえてはいるが、そこを境に機械的に戦前戦後を区分けしているわけではない。むしろ、わたしたちは、敗戦とその処理ならびに戦後改革の動きが、地域と県民の複雑な経験と反応をつうじてどう立ちあらわれているかという課題と合せ考えて、近代日本の落ち込みとしての戦中と現代日本のきっかけともいうべき戦後にかけての連続性と断絶性をあらためて検討する手がかりを提供しようと考えてきた。そのうえで、第二編と第三編で、現代日本が抱えこんでいる戦後改革の実態とその動きを基軸とする諸問題が、日本の「先進」的地帯の一つと目される神奈川の地域でどのようにあらわれているかを、立体的に跡づけてみようとしたのである。その意味で、第二編と第三編は、相互に資料をつき合せて統一的に把握してもらいたいと思う。以下、この巻の諸資料をひもといていくさいに参考になるような見地から各論の解説をおこなっていきたい。 二 昭和準戦時戦時 国民更生 経済更生運動の展開 昭和四(一九二九)年から翌五年にかけて深刻さを増していく昭和大恐慌のなかで、県知事山県治郎は、 「質実剛健」と「勤倹力行」の風を社会の底辺から培養すべきことを強調し、公私経済緊縮運動の推進とあいまって、県民の自力更生の行手を指し示していた。神奈川県としてみれば、関東大震災で経済的、財政的に大きな痛手をこうむったその負傷が癒えぬままに金融恐慌に巻きこまれて民力の疲弊が、他県に増して累積し、その渦中で大恐慌に直面しただけに、県知事は、浜口民政党内閣の「財政緊縮」 「産業合理化」の政策にみあう線上に立って深刻なおももちで、自力更生を訴えなければならなかった。と同時に、県下の町村長会の運動も活発をきわめ、地方自治体を媒介にして社会の再編成をはかっていったのである。この間の経緯の一端にかんする動きは、前巻に収録してある諸資料から証明することができる。そして、こうした動きこそは、実は、政党政治という名の体制を再編成するという国家改造に呼応していく傾向を示めしていた。それは、あきらかに西欧化による「営利主義売買主義」としての日本資本主義がもたらした「地方を無視しての中央計画」を巻き返し「自制自治」 「自主自救」をよみがえらそうとする権藤成卿の『自治民政理』の主張と一脈あいつうずるものがある。 事実、恐慌下の社会情勢は、一方では、政局の中枢にいた原田熊雄流にいえば「陸軍のクーデター」としての意味をもつ一五年戦争の皮切りとなった満州事変を後立てに、桜会を中心とする皇道派青年将校、民間国家主義団体の国家改造運動が台頭し、血生まぐさいクーデター計画やテロリズムがくりかえされ、他方では恐慌の過程で労働者のなかからは失業者が輩出し、農家負債額はつのりにつのり、労働争議、小作争議が増大していく傾向にあった。この二つの側からの体制の突き上げが打ち続くなかで社会混乱の輪は拡がり、その合い間を縫って無気力な「エロ・グロ」の風潮もまた渦巻いていた。こうした情勢下で、もっとも深刻な問題は、都市と農村を結ぶ民衆の窮乏状態であったことはいうまでもない。 たとえば、県下では昭和五年の失業者数は約一万八〇〇〇人で、全国で第三位であったという。この数字は、おそらく内務省社会局の失業者推定数約三一万五〇〇〇人の数値の一環で、当時この数値が批判され実際には約一〇倍と推定されていただけに、実際の数はぐんと高くなる。が、ともかく失業者が溢ふれ都市の下層社会に沈澱していくか、さもなくば郡部に還流していった。そして、農村では、恐慌による繭価の大暴落で、県下の全農家の四〇パーセントを占める約三万戸の養蚕農家は現金収入の道を断たれ、農家の負債総額は、約六五〇〇万円に達し、これを農家一戸当りに手直しすると八三五円という額にのぼっていた。この数値は、関東地方でみると茨城、群馬のそれよりもはるかに高い。 このような実情にあったからこそ、木戸幸一がその『日記』にしたためていたように、昭和七年のあの五・一五事件は「一の社会問題」のあらわれであり、事件のよって立つ理由は奥ぶかいところにあった。その後、この荒廃し悲惨な状態にある農村救済が大きな課題となった。五・一五事件で犬養毅内閣に代って政権を担当した斉藤実内閣の農相後藤文夫は、この年の十月、農山漁村経済更生運動を打ち出した。この運動の目的は、農山漁村の病弊の現状にてらして、 「其ノ不況ヲ匡救シ産業ノ振興ヲ図リ以テ民心ノ安定ヲ策シ進ンデ農山漁村ノ更生ニ努ムルハ刻下緊急ノ要務」であるという点に置かれていた。この農林省訓令にもとづいて、運動は、ひとまず不況克服を前提として農村中堅人物の養成、産業組合の拡充、負債整理を三点骨子として形づくられていた。 その計画の具体的内容は、資料「農山漁村経済更生計画樹立に関する件通牒」にあきらかなように、農山漁民の自覚をうながし、 「隣保共助共同融和ノ精神」と「自奮更生ノ熱意」をもって農山漁村の経済の整備改善を、それぞれの地域の特殊事情を考慮して、具体化することにあった。そのために、県から市町村にかけて、更生計画を立て、運動を指導する機関としてそれぞれ更生委員会が設置され、事業内容が明示されていたことは、いくつかの収録資料からもうかがうことができよう。そこで、注目しなければならないのは、 「神奈川県市町村更生委員会規程」をみてもあきらかなように、更生運動がくりひろげられていくなかで、経済更生、市町村財政の再建、公私生活の改善という内容にくわえて、産業全般にわたる組織的統制計画にかんする調査立案、更生運動指導者講習会の開催等々、国民のあらゆる階層に自主的に運動にたずさわることを喚起している点である。 その意味合いにおいて、わたしたちは、農山漁村経済更生運動は、もう一つ大きく国民更生運動としてとらえなおさなければならないと、考えた。それは、まさに資料「神奈川県国民更生運動実施計画要綱」が伝えているように、中国東北部(満州)への膨脹と国内改造運動の視座で、 「愛国的熱情ト信念」を県民にかきたて、統制経済と国民統合を強め、結果として戦時体制を整えていく方向をたどっていった。この点は、昭和九年から十一年度にかけての町村長会における県知事の訓示要旨のなかにも、明確にあらわれている。また、資料「神奈川県農山漁村経済更生計画再検討の方針」にも示されているように、戦時体制下にはいっていくと、その実施項目も修正増補され、更生運動の組織体である産業組合―部落実行組合―家の関連制度のなかで、生産力の維持拡充、 「勤労奉仕」をもっての労働力の調整と、体制を支える下部指導者層の養成と精神的結合の強調にくわえ、 「満州集団農業移民」の奨励もおこなわれていく。要するに更生計画の海外膨脹版である。 準戦時から戦時体制にかけての更生計画―対策がどのように進められていったかは、資料「昭和七年度神奈川県副業奨励計画概要」をはじめ、失業対策事業、納税奨励、耕地拡張改良事業、土木事業、国民信念培養指導等にかんする諸資料で跡づけておいたが、町村単位で自力更生事業がどのように実行されていったかは、資料「神奈川県自力更生町村の事例」を批判的に検討していくとあきらかになろう。また、県下の更生指定町村は、昭和七年以来六ヵ年間に九三町村を数えるにいたったが、この巻では県内の地域と職業構成の差異を考慮して、 「特別助成町村」の対象となった中郡成瀬村と足柄下郡吉浜村等の事例をかかげておいた。これらの町村の計画と実績を追っていくと、わたしたちは、負債整理を徐々に実現しながら、更生計画をねりあげるなかで町村内で戦時体制の網の目のなかに、一人ひとりが目にみえるかたちで組みこまれていくことに気がつく。 総動員から大政翼賛の道 経済更生運動は、昭和十一(一九三六)年七月に勃発した日中戦争を介して戦時体制へ移行していくなかで、いっそう推し進められていくが、更生計画の基本的な狙いの一つであり、首相近衛文麿も目指していた「国内相剋の解消」という課題も、戦争によってかたがついていった。そして、日中戦争が本格的な戦争として意識され、 「祝出征」ののぼりが目立ち戦時風景が出現するにおよんで、十二年九月には国民精神総動員運動が開始されていった。そこで、わたしたちは、この運動の進めかたとか狙いをあらためて確しかめる意味をこめて、資料「国民精神総動員第二回強調週間実施要綱および実情」をかかげたのである。この運動の狙いである「国体観念ノ明徴日本精神ノ昂揚」を強調して社会のなかに徹底していくという趣旨は、県下においては経済更生計画とこの間に、大船、茅ケ崎、平塚、小田原の東海道沿線にかけての兵器産業を中心とする湘南工業地帯の形成とあいまって、経済から社会、イデオロギーの域にかけて戦争体制を固めていく運動のきっかけとなっていたとみてよい。 さらに、翌十三年三月には、戦時統制法規の集大成ともいうべき国家総動員法と電力管理法が日の目をみて、戦争体制の根幹がつくられた。国家総動員法は、労務、物資、資金、物価諸施設などの経済部門、情報伝達、国民生活のあらゆる面を、政府の統制下におく、いわゆる「戦時動員」であった。この総動員法については、反対の空気も流れるなかで近衛首相は、今回の戦争には直接これをもちいないと言明していたが、はやくも夏には総動員法にもとづき労働力への統制が打ち出され、急速に経済統制から物質動員計画がねりあげられていった。国家総動員法の発動の過程で、県民生活のうえにどのような統制がかけられ、負担が転化されてきているか、わたしたちは、資料「日中戦争勃発一周年記念献納運動実施要綱」やその実施状況をつうじて「戦時動員」のなだれ込みの事態をあきらかにしようとした。なかでも、 「官民一体戦時態勢」を確立し、戦局の拡大するなかで、軍需のための「物資需給調整計画」の実践をうながした二つの資料、すなわち昭和十三年の「経済戦強調週間実施要綱」の内容は、国家総動員法の現実を反映したものとして注目しておく必要がある。 軍需優先主義に立つ経済統制の強化は、とうぜんのことながら、民需にしわ寄せをもたらし、なかんずく非軍需的中小企業を苦境におとしいれており、すでに昭和十三年には転失業問題が話題になっていた。戦時体制に物的人的資源を動員し、体制を固めていく統制の強化は、また、国民の諸活動の自由を奪うものであり、不安を醸成していく。この問題は、戦争を支える組織につきまとうぬぐうことのできない矛盾である。それだけに、地域からの体制固めが必要となる。資料「中郡秦野経済報国会会則草案」は、すでに「八紘一宇」や「挙国一致」の呼びかけのもとで、諸資料のあちこちにでてくる消費節約、貯蓄奨励、生活改善運動とか、隣組制度とあいまって戦争の国策に、どう協力しようとしていたか、その傾向の一側面を伝えたものである。 ところで、戦争遂行の政治革新の担い手として、十五年当時、新体制運動の中心の担い手であった近衛が再び組閣するにおよんで、 「大東亜新秩序の建設」のために「国防国家」の建設とあいまって国内の態勢刷新が問題となり、 「強力な新政治体制の確立」が国策として定められた。この国内における新体制運動は、日本の南方進出政策とあいまって急速に進み、その結果として大政翼賛会が発足した。昭和十五(一九四〇)年十月のことである。 「大政翼賛の臣道実践」を旗印としてかかげるこの組織は、ドイツのナチスばりに「一国一党」論にもとづいており、中央から県、市町村にかけてのさまざまな指導者層を会にくみいれて、 「国民家族会議」と称し、地方の隅々にまで戦争遂行のための上意下達のパイプを強化し、その「組織細胞の末端」にまで「愛国の赤誠」をみなぎらそうとするものであった。そのへんの事情については、この巻に収録してある「大政翼賛会神奈川県支部第一回協力会議」の関連資料を一読するときあきらかになろう。 大政翼賛会は、政権が近衛から東条英機に受けつがれ、昭和十六(一九四一)年十二月に太平洋戦争に突入するにおよんで、まったく上から下への官僚統制の組織と化していった。東条内閣は、思想統制を強め、戦争批判の声を封じ込みながら、大政翼賛会のもとに産業、商業、農業、あるいは言論、文学などのあらゆる報国組織を統合し、戦争遂行のために国民を縛りつけていった。たとえば、資料「木灰供出強化運動に関する実施要綱」は、大政翼賛会神奈川支部と県農会、その他の関係団体との食糧増産をめぐる組織運動の実情を示しているし、文化面では「県下伝承芸術ノ振起活用」が、戦争に不可欠なものとして、翼賛運動に組み込まれている。資料「神奈川県郷土芸術振興資料調査に関する件依頼」がそれである。 県下における翼賛活動のその後の状況については、資料「昭和十六年度大政翼賛会神奈川県支部事業報告」以下一連の資料によって把握することができるが、十七年の「総員戦闘配置を強調する局面にはいると、 「空襲は必至」 「疎開を行ふ地域」 「疎開も戦闘配置の一つ」という、いわゆる防衛策も加味されてくる。そして、戦争体制の危機が進行し、戦局が日増しに不利になるにしたがって、十八年には、資料「大政翼賛会神奈川県支部決戦生活実践促進要綱」が伝えているように「自省自奮一意決戦生活」の覚悟が強要されていく。この年から翌一ヵ年にかけて、すなわち、ガダルカナル島からの撤退、アッツ島玉砕、サイパン島からの米機の空襲がはじまる時点で、戦局は日本の敗色が濃くなるというふうに転換している。 「大東亜共栄圏」の構想も地におち、戦争経済も行きづまり、国内の戦争体制も自壊していく道をたどっていった。さきの「決戦生活実践促進要綱」の資料やあるいは資料「町内会部落会等の機構整備指導等に関する件通牒」等は、 「国内態勢」の強化をうたいながら、敗戦への坂道を転がり落ちていく実情を示すものである。なお、この間の都市部の生活破壊と世相にかんしては、横浜、川崎両市の「戦災と空襲」の記録が参考になる。 三 昭和戦後(一) 敗戦と占領と改革と 昭和二十(一九四五)年八月十五日、この日は、ポツダム宣言を受諾し、日本が「無条件降伏」という敗戦を迎えた日である。国民の多くは、これまでの日本の劣勢な戦闘能力の実態も知らされていなかったし、降伏のいきさつについても、まったくつんぼさじきにおかれていた。支配層は「国体護持」に望みがもてるかどうか、敗戦の混乱によって革命がひきおこされるのではないかどうかと、もっぱらその点をいたく恐れ、神経をそばだてていたが、国民は、敗戦によって、大きな衝撃を受け、 「玉音を拝して感泣鳴咽」という心理状態におちいっていた。 たしかに、敗戦は国民にとってみれば「感泣鳴咽」という感情が一般に支配していたが、もちろん、神奈川県民のなかには、当時のいろいろな回想録や手記、あるいは日記等を読んでみると、安堵の胸をなでおろした人、将来に不安とおののきを抱く人、徹底抗戦を決意する人などさまざまな反応があらわれていた。この敗戦と占領をめぐる民衆の受けとめかたの雰囲気については、いまや、ポピュラーになっている資料「神奈川県下の治安状況等に関する証言」に縮図となってあらわれている。そうしたなかで、明治・大正・昭和の風雪のなかを村の指導者として生き抜いてきた相澤菊太郎(相模原市元橋本)は、資料にあきらかなように、敗戦に直面して、支配層は「下民ニ重圧ヲ加ヘツ、協賛ノ任」をつくせといいながら、その実は、 「組織ハ密ニテ動ケサル様ニテ働ケ」と強制に終り、結局は「忠臣皆無」ではなかったかと、ユニークなとらえかたをしていた。なお「相澤日記」については、敗戦時から戦後改革期にかけて、主な出来事と当時の世相の一端を伝えるその一部を、ここに収録しておいた。 ところで、神奈川は、 「一億玉砕」の抗戦から降伏へという転換のなかで、連合軍進駐の計画を無事故で実現し、軍隊と国民に敗北を納得させ、あわせて「国体護持」をいかにはかっていくかという敗戦処理にあたる東久邇宮稔彦内閣の役割を担う主要な舞台になっていたのである。実際、八月二十一日、後藤真三男県内政部長らは内務省に呼ばれ、連合軍の進駐を神奈川県でくいとめるようとほうもない命令を押しつけられていた。そのときには、三浦半島に占領軍を釘づけにすべきであるという主張もあらわれていたほどであるが、結局この会議に出席していた外務、陸海軍、鉄道の各省の代表らは、中央では進駐の要領も予想できないとの判断で、鈴木九万公使らを横浜に派遣して県と各省代表とで終戦連絡委員会横浜事務局をつくり、県が仕事をまかせられるかっこうになった。とうぜんのことながら、県庁や横浜市役所は蜂の巣をつついたように大騒ぎになったという。そうしたなかで、神奈川県は、マッカーサー司令官以下の連合軍の受入れ態勢をととのえる命令を受け、物資も労力も不足がちななかで、県と横浜市の職員は、懸命になって徹夜作業で進駐受入れの設営、調達にあたったというエピソードもある。マッカーサーら本隊は、八月二十八日、テンチ大佐の率いる先遣隊、アイケルバーガー中将らにひきつづき、三十日に厚木飛行場に降りたった。すでに、抗戦継続を叫んでいた厚木航空隊の将兵も、進駐まえに徹底抗戦を断念し、進駐は、 「流血の惨」をみることなく完了したのである。この間、県は、政府の命令を実行に移すために、横浜税関を連合軍総司令部にあてることを決定してホテル・ニューグランド、生糸検査所付近あたりで進駐をくいとめようという設営計画をたてていた。もちろん、進駐軍の宿舎も、おまけに慰安設備もととのえられた。しかし、ことは思惑どおりにはいかなかった。マッカーサーは、さっさとホテル・ニューグランドにはいったというように。ところで、連合軍と円滑に接衝する機関として設けられた終戦連絡委員会横浜事務局は、どのような業務をおこなったであろうか。その結果、どのような状況にあったか。この巻では「終戦連絡横浜事務局等設置の経緯と業務組織」と「横須賀終戦連絡委員会業務報告」の二つの資料を収録して、ここから連合軍の進駐にともなう折衝と事務処理の模様および当時の社会状況の一端を読みとることにした。 敗戦を迎えて連合軍が進駐するにつれ、県民は、いったいどのような状態におかれていたか、また地域のなかでどんな問題に直面していたかをあきらかにする必要がある。ここでは、もっぱら日常生活の根幹をなす食糧問題をめぐって、その事情の一端をあきらかにしてみた。県民にとってみれば都市部を中心に「飢餓線上ニ彷徨ス」といわれたように食糧を確保することは、まさに緊急事となっていたのである。資料「神奈川県下全市民代表の食糧供出懇請電報文案」などは、深刻な食糧危機を告げているデーターの一つである。さらに、戦時体制を自主的にどのように転換していくべきか、その動きの芽生ともいうべき旧軍隊をはじめとする戦争の人的資源の解体、転化の事情と占領目的にそう行動基準がどのように打ちだされてきているかをあきらかにする必要がある。資料「時局転換下の軍事援護に関する件通達」は、軍人援護、軍人遺族家族の授産事業を町村の実情にそくして適切な措置をとるよう通達したもので、敗戦直後の事情をリアルに伝えているとみてよい。また、資料「敗戦後の旧日本国軍隊の国家再建参加」も、きわめて能動的に復興の原動力になろうと懸命になっている軍隊の転身ぶりを示めしている。 ところで、地域にとって最大の問題は、敗戦にともない占領軍による政策が打ち出される前に、これまでそれぞれの町村内で戦時体制を支えてきた中心的な底辺組織ともいうべき町村常会に、どのような指導方針があたえられていたか、ということにかかってこよう。そこで注目すべきことは、 「国体護持ト国運ノ開拓」が要請され、「譲ノ精神」という伝統的観念をもって「時代ノ推移」を認識し、リーダーシップをとるよう強調されていたことである。資料「敗戦後の町村常会等指導方針要旨」はその一例といえよう。また、資料「神奈川県足柄下郡常会」は、敗戦の年に常会を交点として県の各課から、地域住民にたいしてどのようなことがらが提案されていたかを、実に多面的に告げている。やはり、町村常会は、なんといっても地域における行政の指揮命令系統の組織の拠り所として、戦中から戦後にかけて住民と県を結びつけていく要であると意識されていた。しかも、報徳イズムの「和心協同」が常会運営のべースとして強調されていたのである。戦時から戦後にかけての連続面がこういうところにひそんでいる事実は見逃せない。 占領と復興計画と民主化と 占領政策が打ち出され推し進められてくるなかで、占領という事態と県民とのかかわりあいについて問題を追求してみる必要がある。当初、連合軍は、きびしい軍事占領の線にそって、天皇を連合国最高司令官のもとにおき、軍政を全面的に施行していくかまえをとっていた。が、八月末、米政府からマッカーサーに通達されてきた「降伏後におけるアメリカの初期対日政策」によって、日本の占領管理は、アメリカの政策が優先することをあきらかにしながら、日本政府をつうじて占領管理をおこなっていくという間接統治の方式をとることが確定した。しかし、占領軍の接収は徹底をきわめ、横浜の場合をみると、官庁、銀行、大手の商社などが密集する関内一帯はもちろんのこと、盛り場の中心地伊勢佐木町には飛行場がつくられるなど市の主要地帯の大部分は接収されたのである。横浜市の土地の接収総面積は、約八二〇ヘクタールで、計算してみると、日本全土の接収地域の約六三パーセントにあたっていた。 このような事態のもとで、県レベルで占領機構がどのようにひかれ、そして県当局との業務交渉がどう進められていたかを知る資料として、この巻では、占領行政の実情の一端を例示しておいた。また、連合国軍進駐地域の占領軍にたいする住民との無用な摩擦を避け治安を維持するためにどのような処置がとられていたか等々については、資料「連合国軍隊進駐地域の住民の心得事項」などが、その間の事情を伝えている。連合軍側の不法行為や逆に住民の好奇心、言語問題などによって種々のトラブルがまま生じていた。たとえば、敗戦の年、進駐以来約二ヵ月間で、横浜におけるアメリカ兵の不法行為は、殺人四件、強姦二九件、傷害四〇件、金銭等強奪七八七件等総計九五七件にのぼっていたほどである。だから、 「各個人の権利は自分自身で充分護る」ということが基本方針にすえられていたのである。 占領下でなんといっても重要な行政上の課題は、廃虚のなかから復興をいかにはかっていくべきか、そのまえに再建の条件をどのようにつくりだしていくか、ということにかかっていた。このへんのいきさつは、敗戦の年、知事藤原孝夫が県下市町村長懇談会においておこなった訓示要綱のなかにとらえることができる。資料「市町村長懇談会における県知事藤原孝夫の訓示要綱」は、神奈川県独自のものではないが、この資料をみても、そこでの大きな眼目は「国民生活ノ安定」をいかにはかっていくかということであり、そのために食料と生活必需物資をどう確保していくか、悪性インフレーションをどのように防止するかという問題が訓示のなかで大部分をなしていた。ここから、これらのことがらが、いかに行政上さしせまっていた論点であるかがうかがえよう。だから、ここでは、食料危機をはじめとする経済危機にかかわる諸対策と動きを中心に資料を構成し、あわせて、当時の地方財政事情、さらにその後、連合軍の不法行為、接収地の処理をめぐる県民の努力と状況についての資料をとりいれておいた。 戦災によって壊滅状態におちいった横浜、川崎というような都市部の復興をどうはかっていったらよいか。資料「神奈川県戦災都市復興都市計画事業概要」は、その方向を示したものである。当時、この資料にも明示されているように、都市復興は、 「農村の食糧増産」とともに経済復興の基礎であると考えられており、 「平和日本」の再建の土台をつくりかえる作業とみなされていた。そのうえでポツダム宣言の「民主化」・「非軍事化」を楯とするその線にそって矢つぎばやに打ちだされてくる戦後改革が、地域にどのように具体化されてきているか、またその改革をどう受けとめていたかを、諸資料であきらかにしようとした。この巻では、連合国最高司令部が、昭和二十年秋から政治犯の即時釈放、思想警察、弾圧法規の廃止、言論報道の自由の指令等々、民主化政策に本格的にのりだしてくる過程にそって、主として、社会・教育面における民主化政策を軸に資料を構成している。 と同時に、もう一方では、国家主義イデオロギーにまつわる諸行事、慣行の廃止とその修正、緩和の動きとかかわらせて、日本国憲法の制定にともなって、この憲法をどう普及しようとしていたか、その実情を追求してみた。昭和二十二(一九四七)年五月三日は、日本国憲法の施行の日であったが、対日理事会のイギリス連邦代表のマクマホン・ボールは、この日は「日本歴史における新紀元の始り」であるけれども、われわれは、今日を「成就の日」とみないで、むしろ「機会の日」とみるべきであると語っていた。いわゆる明治憲法を改正して新しい憲法をつくりだしていくまでにはあらためてここで説明するまでもなく、その舞台裏の動きまでふくめると、実に紆余曲折の道をたどってきたが、資料「憲法討論会要領」をはじめ諸資料にも共通にうかがうことができるように、とにかく、日本国憲法の基本精神の普及、徹底をめざして、ボール流にいえば「機会の日」を実体化しようとしていた事情を読みとることができよう。その動きは、従来理解されていた以上に活発であったことがわかる。そこでは、多くの人びとにどうすれば「新憲法の精神を日常生活化」させることができるかということが中心命題になっていた。 地方行政改革の動き 憲法の改正が論議され、実施のはこびになっていくにつれ、長年にわたり明治憲法体制下で「国家の基礎」として位置づけられ内務省に統轄されてきた府県制、市制、町村制も抜本的な改正をおこなわなければならなくなった。地方自治法をはじめ地方制度関係改正法令が施行される前夜、日本国憲法とともに地方制度改正にかんする理解の普及、啓発のための宣伝が強調されていくのも、実は、地方自治体の首長の公選、首長、議員の選挙権、被選挙権の拡張、地方自治への住民の参加など直接民主主義制度のルールが導入されていただけに、まさに地方行政の場では、その機構と運用とともにコペルニクス的転換をはからなければならなかったという理由にもとづいていた。 そこで、この巻では、 「地方行政改革」の冒頭に、二次的資料の色彩が強いけれども、内務省の「地方制度改正にともなう公民啓発運動に関する件通知」という次官通達を収録した。この資料は、内務省が地方制度関係改正法令を施行していくにあたって、いかに緊張せる姿勢をもって国民の積極的な協力をえなければならなかったかという事情と、また、それだけにこの制度改革が一連の戦後改革のなかできわめて重要な位置をしめていることを告げている。 神奈川という地方自治体は、占領軍との渉外関係で政府からとくに重視されていた。昭和二十一(一九四六)年一月、県知事に、内務官僚出ではなく、フランス大使参事、アルゼンチン公使、仏印大使府サイゴン支部長を歴任した外務畑の元外交官の内山岩太郎が起用されたのは、そのためである。内山知事は「渉外名知事」と呼ばれるほど、占領軍との折衝で敏腕を振い、知事公選後も知事をつとめ、津田文吾知事にバトンを渡すまで二十一年間在任した。 ところで、地方行政改革の大本ともいうべき地方自治法による地方公共団体の運用は、どのように受けとめられていたであろうか。資料「神奈川県下の地方自治に対する世論調査等結果調」によってみても、地方自治の運営は、その財政的基盤の脆弱性と、長年にわたる「官尊民卑」のもとで慣らされてきたいわゆる官僚機構に「依らしむる」風習も影響してか、がいして住民は「無力」であり、地方自治の実はあがっていないとみなされていた。が、そうしたなかでも、観念的には被調査者の四分の三以上の人が、地方行政の運用は「一部のものに委さず自分達の手で治めるのが良い」と評価するようになってきている。この世論調査は、その方法、手続がかならずしも当をえたものではなかったが、新しい地方自治制度に切りかわってから四年ほど経過したころの結果調であることを考慮すれば、このような制度の定着ぐあいは、ちょうど、新聞社の世論調査などに示されているように、日本国憲法の国民主権・基本的人権の尊重・平和主義という理念が徐々に地下水のように国民のなかに浸透し、肯定的評価が強まっていた事情と共通していたといえよう。 けれども、改正地方制度に問題がないわけではなかった。 そのもっとも大きな争点は、自治体警察の設置と廃止にあらわれていた。自治体警察は昭和二十三(一九四八)年十一月に発足したが、二十六年には雪崩のごとくに廃止の運命におちいっていった。この巻では、県行政にかかわる内容で、もっぱら自治体警察にかんする資料に焦点をしぼってみた。 「地方自治の真義」を推し進めるこの自治体警察の存廃の決定は、たてまえとしては高座郡座間町、中郡伊勢原町の資料が告げているように「町村民の自由」な意思によっていたが、結局のところ、廃止の運命をたどらざるをえなかったのは、国家警察と自治体警察との連絡調整の困難さ、自治体警察の装備能力の貧弱性や、管理面における腐敗というような限界が前面にでて本来の目的から逸脱していったことが要因となっており、なんといっても維持が不可能になったのは、町村財政の危機が深刻化していたからである。 ついで、市町村レベルで行政改革の実状をみていくとき、地方自治法にもとづく地方公共団体の行政の編成替え以上に実質的な重みをもったのは戦時下の隣組制度の廃止にともなう町内会、部落会の運営の再編成についてであろう。資料「民主自治発展協議懇談会要綱」をみてもあきらかなように、町内会、部落会は、戦後改革のその後の動きとからんで、 「民主自治」の完成を期すための「基部組織」として、その自主的活動をどうはかるか、という点に主眼がおかれていた。そして、町内会、部落会の「自治的活動」を実質的にはかるその方向を模索しながら、当初、食糧対策と金融措置をどう解決するかという具体的なさしせまった問題に直面していたのである。そこで、町内会、部落会の再編成の動きや規約、準則、あるいは運営、行為制限などにかんする諸資料を掲げ、さらに、町内会、部落会が廃止を宣告されるまでの動向をとりあげてみた。足柄下郡湯本町の部落会、町内会の規約準則は、町内会、部落会の廃止への過渡的措置として、敗戦直後における「地方自治―基部機構」としての町内会、部落会の機能とそのありかたを如実に示している。資料「町内会部落会等の解散およびその他の行為制限に関する件通知」は、廃止後の町内会、部落会の善後処置の一端を告げているとみてよかろう。 また、町村行政の地方財源の拡充、財政の自主性の強化をめぐる法改正については、資料「地方税制度財政制度改正事項」でとらえることができるが、おおよそのところ、地方制度の民主化の方向と財政の貧困さとの間の落差が地方行政改革のネックになっていた。そこで、地方行政改革にまつわる問題が、具体的にどのように存在していたか、という事情を知ることもかねて、県下の町村会の活動や、あるいは町村合併の動態を中郡伊勢原町の建設過程の事例を中心にとりあげ、地方行政改革のゆきつくところを問題にしてみたのである。 四 昭和戦後(二) 労働社会状態 敗戦にともなう戦後改革の波のなかで、県民の生活や地域にかかわりのある場で、占領下の民主化政策の流れと影響をみてきたとき、そこには、日本国憲法にたいする理解や関心が徐々にふかまりをみせていくことと関連して、制度としての民主主義は社会に受けいれられていった。その傾向が、よしんば、ただちに民主主義の風土化を意味するものでないとしても、初期占領政策という名の横からの改革は、地域の地すべり的変動をうながしているきっかけになっていたといえよう。しかし、制度としての民主主義は、その反面、占領政策の軸が憲法体系の方向から、漸次、日米安全保障条約を締結する線に移行していく過程で、県民や地域にたいして初期占領政策の「民主化」と「非軍事化」の理念にたいする文字どおりのリアクションが作用し、安保体制からの内政面にたいする規制が強まってきた。その一端は、第二編第一章第二節の「占領と県政」のなかに収録してある政治改革の資料からもとらえることができる。そうなると、とうぜんのことながら、民主化という言葉とその用語が現実に投げかける実態との内部矛盾がかきたてられ、民主化という名のもとで種々の社会問題が発生し、はてしなくひろがりをみせていた。と同時に、いわゆる戦後体制の内側において、逆説的な意味で制度としての形式的色彩の強い民主主義を保守する動きと、民主化をたえず更新していく革新との対立関係が、時間の経過とともにますます深刻になってくる。このことは、戦後三十年の歴史の証言をまつまでもない。 このような観点に立ってこそ、第二次大戦後、県域においてくりひろげられる社会問題を、まさに問題としてとらえなおすことができると、わたしたちは考えている。そして、社会問題がどのように発生し、どう社会の争点に転化していくか、その経緯をあきらかにしていくためには、県民の労働と生活の場から、県民のおかれている状態、直面している問題を洗いだしていかなければならない。 けれども、わたしたちはこの資料編で、敗戦直後の食糧難とインフレーションにかかわる深刻な社会状態をリアルに告げる資料を収録することはできなかった。が、資料「神奈川民主団体協議会活動状況」は昭和二十三(一九四八)年のものではあるけれども、この報告のなかにある民主団体協議会が対策の一環として、「物価値上反対闘争の全県的な展開」をはじめ運賃、通信料値上反対、電気・瓦斯税、市電値上反対闘争、食料獲得運動をかかげてその運動をくりひろげている事情をみても、そこに戦後の社会状態の縮図を読みとることができる。もちろん、この資料は、神奈川民協という団体の運動報告であり、その観点からとらえるべきであるかも知れないが、戦後の社会問題をすくいあげて「運動の地方協力への闘争」「労働組合を中核」とする「労農市民の闘争」「民主戦線の統一」を実現しようとしている運動の側面を加味して考えてみるとき、ここに、労働・経済・社会の諸問題と運動との結びつきを介した新たな社会状態を生みだしている状況をみることができよう。この社会状態は、また、戦後改革の修正推移の動きと保守化の政治潮流のひろがりとに対決する情勢に一枚かかわっている。 戦後の社会状態をしめす軸は、さまざまな勤務場所で多様なかたちであらわれてくる労働問題や、農村問題にもとめてみる必要がある。資料「産別会議等の昭和電工川崎工場爆発事件調査報告」は、労働者のおかれている危険な労働環境の問題と労働強化の一つの側面を浮きぼりにしており、 「神奈川県労調査部の津久井郡串川村実態調査報告」の資料は、山間部農村の苦境に立たされた社会状態をとらえる手がかりの一つになろう。 この二つの資料は、労働問題、農村問題のティピカルな事例として収録したのではなく、むしろ問題の極限状況の一側面を知る素材としてとりあげた。そこで、これらの問題の状況全般を把握していく資料として、労働問題にかんして昭和二十五年と昭和四十年の時点の異なる二つの調査報告を再録することにした。そのうち資料「神奈川県下組織労働者の消費生活調査報告」は神奈川県労働部が横浜市立大学経済研究所に委嘱して横浜市内居住の造船、港湾、金属工業等の産業組織労働者を対象に、その消費性向を調査した統計表である。この表によってみても、敗戦後の組織労働者の経済状態がいかに困難であったかがうかがわれよう。また、調査問題の性格や被調査者の立場も、前掲の資料と異なるが、資料「中小企業労働者余暇利用調査報告」は、高度経済成長がピークにさしかかる時点での中小企業労働者の余暇利用状況を一瞥したものである。が、当時、仕事が活況をていしている事情が作用していたとはいえ、一つ指摘できることは、職場での労働のきびしさと家庭内での仕事負担の重さが、表面上、はなやかな形をとっている経済成長の底をふかく流れているという事実である。 いうまでもなく、農業から諸産業をつらぬく労働問題―社会問題は、もちろん神奈川の地の特有な問題ではない。この点は、ある意味では、全国どこにでも共通するものであるが、こうした状態を根底において神奈川の地でひときわ鋭くあらわれてきた二つの問題に着目する必要がある。その一つは、占領にともなう基地化がかもしだした社会状態とその状態が社会に投げかけてきた波紋であり、いま一つは、京浜工業地帯を中心にして年ごとに大きくなってきた公害問題である。神奈川県下で戦後三十年にわたる社会状態史を構成するとなると、この二つの問題はおとすことはできない。 基地問題については、昭和三十(一九五五)年に神奈川県平和評議会の広田重道が「基地神奈川の実情」という報告のなかで、県下には、 「軍事基地の親分と言われている横須賀米海軍基地を始めとして大小とりまぜ約一三〇ケ所の軍事基地とその付属施設」があり、その数は全国の総数約七〇〇の一九パーセント弱にあたり、しかも、基地拡張が進められている神奈川県は「文字どおり軍事基地県」であるとのべている。基地の主なものは、厚木基地の約五一〇ヘクタールをはじめ座間キャンプ、横須賀海軍基地、相模原などであり、特徴的なのは県庁所在地の横浜市が、港湾施設以下都市の中心部、建物、公園、学校にいたるまで接収されていて、他府県にまして深刻な状況におかれていた。それだけにこの間、一方では米軍の基地接収の拡張、それに日本の自衛隊の割り込みによる再接収の動きもあらわれてくるなかで、基地返還の運動があちこちで組織された。その共通の訴えは「基地による苦悩」からの解放である。そのため、すでに三十年はじめには、県下基地対策懇談会がもたれていた。基地問題は、もちろん軍事関係としてだけで争点になるのではなくして、騒音に代表されるような公害、教育、福祉等々、社会生活にかかわる鍵になっている。そこで基地がどのような問題を投げかけているか、その実情を逆説的にあきらかにする手がかりとして資料「神奈川県基地関係県市町連絡協議会の提供施設返還要望書」を、この巻で掲げておいた。また、基地が地域に具体的にどのような被害をもたらしているか、その深刻な実態を示す事例として資料「厚木航空基地騒音問題等関係資料」を収録しておいた。 ところで、もう一つ、工業化、都市化の進行する過程で、大きな問題となってふりかかってきたのは、いうまでもなく公害である。公害は、「パブリック・ニューサンス」の訳語であり、工業化と交通網の発達によって生じる大気汚染、河川の汚濁、騒音、振動などが、住民に害毒を流す状態をさして使用されているが、県下の公害は、資料「ヨコハマゼンソクの実態」 「産業公害による農作物被害調査」などによってもあきらかなように、すでに、昭和二十年代の後半から問題になりつつあった。そこで、この公害問題にかんしては、この巻に収録した諸資料を一括してとらえていただきたいが、公害をもたらしているその実情の一端と、公害に抗する請願、陳情の動静とあわせて、県当局の公害防止対策をとりあげておいた。というのは、県企画調査部公害課「神奈川県公害行政の概要」にも明示されているように、公害は、すくなくとも、規則で定める基準にもとづいて「知事が防止の措置」を必要と認めたものを指すのであるから、県当局の公害対策はどうしても正当に位置づけなければならない。県の公害対策は、資料の「昭和三十七年上期神奈川県公害業務概要」 「昭和四十年五月現在公害処理状況」などをみてもあきらかなように積極的であり、津田文吾知事時代の後半には、県内の自然保護対策とあわせてかなりのメリットをあげてきた。それは、生態的危機に瀕する社会状態の一つの回復を指示する意味をおびているといえよう。 多彩な社会運動の流れ 農村と都市を結ぶ社会生活や経済、労働関係を基底に、基地、公害問題を軸に戦後の社会状態の趨勢を資料で跡づけてきたが、こうした社会状態の改善を積極的にはかるために、どのような運動が展開されてきたか、その動向を資料で追ってみることにした。そこで、ひとまず、社会運動の中枢をしめ、常時、指導的な役割をはたしてきた労働運動の傾向をみる必要がある。そこで、わたしたちは、まず資料「昭和二十一年一月~二十四年六月月別型態別発生労働争議調」をはじめとする一連の労働組合組織の実態ならびに労働争議や労働協約の締結状況をあきらかにしようとした。これらの資料から指摘できることは、敗戦後、労働運動が高揚していくのは、打ち続く生活不安から組合を結成し、さらに争議と結びつくかたちで組合がつくられていくというパターンが多かったこと、そうした動きを保障したのは昭和二十一年三月から、警察官、消防職員などをのぞき、官公吏もふくめてすべての労働者に団結、団体交渉、罷業の労働三権を付与した労働組合法が施行されていったからである。 こうして労働組合が個々に復活したり、生みだされ、さらに革新政党が旗上げするなかで、労働組合の全国組織の再建運動も進められていった。そして、昭和二十一年八月には、日本労働組合総同盟(総同盟)と全日本産業別労働組合会議(産別会議)の二つの連合体がスタートを切ったのである。当時、総同盟には一六六九組合、約八五万五〇〇〇人が結集し、産別会議には、産業別の二一組合、約一六三万の労働者が結集した。このような動きのなかで、神奈川の労働戦線は、総同盟も活発であったが、がいして産別会議の影響力が大きかった。産別会議の結成の発端は、敗戦の年の暮、日本鋼管鶴見造船所労働組合以下九つの組合の呼びかけで集まった神奈川県下二一組合の代表七〇人からなる神奈川県工場代表者会議によっていたからである。しかも、年を越えて一月には、全関東一三七工場の代表者によって、関東工代会議が開かれ、そこで勤労所得税の撤廃、生産増大を目指す労働組合による経営管理―生産管理、社会、共産両党の共同闘争を要請するなど、全体で一二項目を討議した。その結果、組合の生産管理をつうじて生産を増大し、農村と直結して農業生産の増加と自主供出のためにたたかいを進め、市民とともに食糧の人民管理をおこなうという構想を決定していたのである。 このようないきさつもあってか、県下では二十一年秋、産別会議の十月闘争のもとで、政治的性格をおびた長期かつ長時間ストライキをもって、国鉄、海員の人員整理反対闘争を中心に、いわゆる「労働攻勢」 「防衛闘争」をくりひろげていった。産別会議、総同盟が結成された直後の県下の労働組合連合体の実情については、資料「昭和二十一年現在神奈川県下労働組合連合体組織実態調」がその全貌を伝えている。 なお、組合組織の推移にかんしては、 「昭和二十四年十一月現在産業別事務所別労働組合の組織等実態調」等々の諸資料をくらべてみるとき、あきらかになろう。 敗戦後の労働運動は、 「経済生活向上」のための賃上げを中心に展開されてきた。もっとも、十月闘争のなかで「労働問題はたんなる経済問題」ではなく「政治闘争」であるという談話が発表される一方、産業復興闘争的性格ももっていた事実は否定できない。そして、もう一面では、昭和二十一年の終りから総同盟と産別会議は、ともに、生活危機突破の共同闘争をもりあげていったが、すでにこの時期では、労働組合育成に力を貸していた連合国総司令部のコーエン労働課長も、労働組合が「強大な力を発揮」するときは、そこに「責任」がつきまとうとか、 「増産をはばむストライキ」は、極力避けなければならないと、警告を発するようになっていた。コーエン発言の背景には、労働組合運動にたいする占領政策の転換がすでに台頭していたことを意味している。この傾向は、二十二年の「二・一スト」にたいするマッカーサーのスト中止指令でますますあきらかになっていった。この「二・一スト」を境に、参加組合の自主性を尊重する連絡協議機関として全国労働組合連絡協議会が総同盟、産別会議、日労会議、農民団体によって設けられていった。 たしかに「二・一スト」後、労働戦線は、企業整備が台頭してくるなかで、要求項目をそのつど掲げながら、関連産業との共同闘争を組むかたちであらわれ、労働争議もその件数が多くなっていった。その間の労働戦線の統一問題にかんしては、資料「産別会議神奈川地方会議の労働戦線統一声明書」が、「労働者階級の前途」の多事多難を意識しながら、統一の必要についてふれており、また、運動の状況の一端にかんしては、東神奈川国電闘争を中心に、賃金問題、企業整備反対の動向等々について諸資料を収録しておいた。 労働運動をめぐる資料は、種々の制約上、主として敗戦後の時期を対象にして収録せざるをえなかったが、ここに、問題点もふくめてその後の県下の労働運動の原型がかたちづくられていたと位置づけ理解してもらえれば、その意味はすくなくないと考えている。この点を断っておいて、労働運動とともに、むしろ、わたしたちが、この巻で意をはらわざるをえなかったのは、全駐労をはじめ基地関係の労働者の直面している諸問題、すなわち資料「神奈川県下基地労働者解雇反対運動」に示されているような、雇傭条件をはじめとする基地労働者の問題であり、いま一つは、平和運動、原水爆禁止運動が、地域の内側から流れでたその実情と意味を資料で追跡してみることであった。ここに収録した諸資料からもうかがえるように、昭和二十九(一九五四)年春のアメリカのビキニにおける水爆実験を契機に、原水爆禁止、平和運動が民衆運動として一筋の流れをなし、県域に浸透しはじめ、地域運動となった事実は、今日の住民の政治参加、社会参加の先駆的形態として位置づけることができよう。また、この運動は多方面にわたる社会運動の核として評価することもできる。 戦後三十年、地域のなかで、日本国憲法が保障する制度としての民主主義と、その精神をどう風土化すべきか、それはいま脈々と波打っている課題であり、今後も追い続け、裏打ちしていかなければならないテーマである。この資料編は、そういった観点から、戦時体制下から、第二次大戦後の時期を対象として、政治行政から社会の領域にかけて民主主義を推し進めふかめていく推力が、どのようにたちあらわれてきているか、その力が紆余曲折の道をたどりながらどんなかたちで流れてきているか、それをたどってみようということを狙いに構成してみた。 収録資料所蔵者一覧(敬称略・順不同) 国立公文書館 東京都千代田区北の丸公園 外務省外交史料館 東京都港区麻布台 農林省図書館 東京都千代田区霞ケ関 横浜市図書館 横浜市西区老松町 川崎市役所 川崎市川崎区宮本町 横須賀市役所 横須賀市小川町 横須賀市教育研究所横須賀市坂本町 平塚市教育研究所 平塚市浅間町 藤沢市役所 藤沢市朝日町 相模原市立図書館 相模原市鹿沼台 秦野市役所 秦野市桜町 厚木市役所 厚木市中町 伊勢原市役所 伊勢原市伊勢原 座間市教育委員会 座間市座間 大磯町役場 中郡大磯町東小磯 箱根町役場 足柄下郡箱根町湯本 藤野町役場 津久井郡藤野町小淵 神奈川新聞社 横浜市中区太田町 鎌倉市民社 鎌倉市浄明寺 川崎医療生活協同組合 川崎市川崎区大島 法政大学大原社会問題研究所東京都千代田区富士見 相澤栄久 相模原市元橋本 加藤木保次 横浜市神奈川区新子安 久保田昌孝 相模原市東橋本 小柴俊雄 横浜市金沢区富岡町 斎藤秀夫 横浜市神奈川区旭ケ丘 竹前栄治 東京都町田市木曾町 広田重道 東京都江東区富岡 布沢宏一 横浜市磯子区汐見台 神奈川県立湘南高等学校 藤沢市鵠沼神明 神奈川県庁 横浜市中区日本大通り あとがき 一 この巻は、昭和七年から敗戦までの政治・行政関係資料と、戦後については政治・行政関係資料に加えて社会問題に関する資料も含め、これをテーマ別に分類、構成して収録した。 本県では、敗戦の混乱によって多くの関係資料が消滅していることに加え、廃棄された戦後の公文書も大量にあり、このため資料収録にあたっては個人所蔵資料およびこれらの消滅・廃棄をまぬがれた県・市町村公文書を主とした。 収集資料は多岐にわたったが、予定したテーマ別にみた場合、必ずしも十分でないものもあり、できるだけ平均的に適切な資料を収録、配列するよう努めてある。 一 この巻の資料の収集過程においては、県下各地域の多くの方々にお世話になった。紙数及び構成の関係から多くの良質の資料の割愛を余儀なくされたが、これらの資料については、将来なんらかの機会を得て世に送り出すべきだと考えている。資料の収録について快く御承諾いただいた方々に対しては、心からお礼を申しあげるとともに、また、調査のさいに御協力をいただきながら収録できなかった資料の所蔵者には、とくにこの点の御理解をお願いし、あわせて深くおわびしたい。 一 この巻の資料調査・執筆および編集には、竹内理三総括監修者・大久保利謙主任執筆委員のもとで、金原左門執筆委員が担当し、内田修道、栗原和子、長谷川邦男、大木基子、桜庭宏の各氏に補助者として協力していただいた。 また、いちいちお名前をあげないけれども、この巻の資料調査から編集発行にいたるまで御協力・御教示をいただいた多くの方々に、厚く感謝の意を表する次第である。 昭和五十二年三月 神奈川県企画調査部県史編集室長 主な関係者名簿 神奈川県史編集懇談会会員(順不同) 昭和五十二年二月一日現在 長洲一二 神奈川県知事(会長) 石井孝 津田塾大学教授 穴水清彦 神奈川県商工会議所連合会会長 小串靖夫 神奈川県中央会・信連・経済連・共済連会長 亀井高孝 元清泉女子大学教授 呉文炳 元日本大学総長 清水末雄 神奈川新聞社社長 高村象平 慶応義塾大学名誉教授 永田衡吉 芸能史家 脇村義太郎 東京大学名誉教授 嶋村尚美 神奈川県議会議長 石井忠重 神奈川県市長会会長 露木甚造 神奈川県町村長会会長 神奈川県史編集委員会委員(順不同) 昭和五十二年二月一日現在 委員長 知事 長洲一二 副委員長 副知事 白根雄偉 〃 県史総括監修者兼主任執筆委員 竹内理三 委員 県史主任執筆委員 大久保利謙 〃 〃 児玉幸多 〃 〃 安藤良雄 〃 県総務部長 陌間輝 〃 県企画調査部長 鹿山静 〃 県教育長 八木敏行 〃 県立図書館長 稲垣直太 〃 県立川崎図書館長 湯川喜一 〃 県立博物館長 北林一光 〃 県企画調査部参事兼県史編集室長 戸栗栄次 顧問 (東京大学名誉教授) 坂本太郎 神奈川県史執筆委員(五十音順) 昭和五十二年二月一日現在 原始・古代及び中世 ○竹内理三 早稲田大学教授 (県史総括監修者兼資料編監修者) 貫達人 青山学院大学教授 百瀬今朝雄 東京大学助教授 近世 青木美智男 日本福祉大学助教授 川名登 千葉経済短期大学教授 神崎彰利 明治大学講師 木村礎 明治大学教授 ○児玉幸多 学習院大学学長 近代及び現代(政治・社会・文化担当) 今井庄次 東京外国語大学教授 江村栄一 法政大学助教授 ○大久保利謙 国立国会図書館憲政資料室 金原左門 中央大学教授 山口修 聖心女子大学教授 近代及び現代(産業・経済担当) ○安藤良雄 東京大学教授 腰原久雄 横浜国立大学助教授 寺谷武明 横浜市立大学教授 丹羽邦男 神奈川大学教授 林健久 東京大学教授 三和良一 青山学院大学教授 山本弘文 法政大学教授 民俗 大藤時彦 成城大学名誉教授 考古 赤星直忠 県文化財保護審議会委員 岡本勇 県文化財保護審議会委員 自然 酒井恒 東京家政学院大学教授 見上敬三 横浜国立大学教授 宮脇昭 横浜国立大学教授 ○印は、各時代担当の県史主任執筆委員を示す。 人物編の編集に協力をお願いしている方々(五十音順) 昭和五十二年二月一日現在 石井光太郎 前横浜市史編集室副主幹 石井富之助 元小田原市立図書館長 臼井弘 元平塚市立浜岳中学校教諭 沢寿郎 元鎌倉市図書館長 座間美都治 相模原市文化財保護委員 竹田平 元横須賀市図書館長 中野敬次郎 小田原市文化財保護委員 服部清道 横浜商科大学教授 浜田勘太 三浦市文化財保護委員 村上直 法政大学教授 神奈川県史編集参与(五十音順) 昭和五十二年二月一日現在 秋本益利 横浜市立大学教授 浅香幸雄 専修大学教授 大岡実 日本大学教授 加茂儀一 関東学院大学教授 久保常晴 立正大学教授 小出義治 神奈川歯科大学助教授 佐野大和 国学院大学教授 玉村竹二 元東京大学教授 辻達也 横浜市立大学教授 長倉保 神奈川大学教授 服部一馬 横浜市立大学教授 藤田経世 跡見学園女子大学教授 堀江重次 県文化財保護審議会顧問 本阿弥宗景 県文化財保護審議会顧問 三上次男 青山学院大学教授 森栄一 県文化財保護審議会委員 山中裕 東京大学教授 吉川逸治 東海大学教授 神奈川県史資料編12近代・現代(2) 第15回発行 昭和52年4月21日印刷 定価 四、五〇〇円 昭和52年5月1日発行 送料 実費 編集 神奈川県企画調査部県史編集室 発行監修 神奈川県 横浜市中区日本大通1 発行 財団法人神奈川県弘済会 横浜市中区日本大通1 電話横浜〇四五(二〇一)一一一一内線五五八〇~一 印刷 大日本印刷株式会社 東京都新宿区市谷加賀町1丁目12番地